2019年クロアチア・セルビア合作
88分、クロアチア語

 原題は Posljednji Srbin u Hrvatskoj (The Last Serb in Croatia)
 クロアチア最後のセルビア人、の意。
 このタイトルの面白さやそこに込められた皮肉は、クロアチアとセルビアのここ100年の関係を知らないと分からない。
 それはつまり、1929年に誕生し2003年に消滅したユーゴスラビアという国家の歴史について知るということであり、ゾンビもののB級ホラーコメディに過ぎない本作をより深く味わいたいなら、ちょっとしたネットリサーチが必要だ。
 もっともそれがなくても、本作の映像センスやスマートな語り口は、リチナ監督の才能を存分に示しているけれど。

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ユーゴスラビアがあった頃のヨーロッパ

 ユーゴスラビアは、長靴の形をしたイタリア半島の背中側、アドリア海をはさんだ隣りにあり、昔から「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島のほぼ西半分を占めていた。
 1つの国に、2つの文字(ラテン文字とキリル文字)、3つの宗教(カトリック、セルビア正教、イスラム教)、4つの言語(スロベニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語)、5つの民族(スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、マケドニア人、イスラム人)、6つの共和国(スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア)が共存し、7つの国(イタリア、オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、ギリシャ、アルバニア)とアドリア海に囲まれている――多民族・多言語・多宗教国家だったのである。
 第二次大戦後、お国の英雄チトー大統領や共産党がなんとか舵取りをしてきたのだが、ソビエト崩壊(1991年)と期を同じく、分解してしまった。

1918年 セルビア人クロアチア人スロベニア人王国誕生
1929年 ユーゴスラビア王国と改称
1945年 ユーゴスラビア連邦人民共和国と改称
1963年 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国と改称
1991年 スロベニアとクロアチアが独立
1992年 マケドニアとボスニア・ヘルツエゴビナが独立
2003年 ユーゴスラビア消滅(国名が「セルビア・モンテネグロ」となる)
2006年 モンテネグロ独立(6つの独立国家となる)

 このあたりの複雑にして怪奇極まるお国事情は、カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞したエミール・クストリッツァ監督『アンダーグラウンド』(1995年)にも描かれている。
 
 分解前の6つの共和国の中では、どうやらセルビアが一番勢力を持っていたようで、その強引な振る舞いが決裂のきっかけとなったらしい。
 とくに、クロアチア独立に際しては、クロアチアに住むセルビア人の反乱とそれと結託したユーゴ内セルビア勢力の妨害により紛争が勃発し、多大な被害が出た。
 こういった経緯から、クロアチア人とセルビア人の対立があからさまになったのである。(それ以前にもナチス支配時代のクロアチア人によるセルビア人虐殺とか、いろいろあったようだ)

 本作がクロアチアとセルビアの合作であるのを見ると、国交断絶とか文化交流をしない――というわけではないことが知られる。
 日本と韓国みたいな感じかもしれない。

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 ある日、クロアチアにゾンビが出現する。
 ゾンビに噛みつかれた者も次々とゾンビになっていく。
 クロアチアに住むセルビア人である主人公は、ゾンビに噛みつかれたものの、なぜかゾンビ化しない。
 スーパー戦士ものTVドラマの主演女優や半分ゾンビ化した若者、スーツケースを持った謎の女らと合流し、安全地帯を求めて逃げる主人公は、セルビア人の家に避難する。
 そこで驚愕の事実が明らかに。
 すべての原因は謎の女がばら撒いた人工ウイルスであり、それはクロアチア人だけに効果を発揮するものだったのだ。(半分ゾンビ化した若者は、本人は知らず、クロアチア人とセルビア人のハーフだった!) 
 セルビア人の血液とアルコールを混ぜた血清がゾンビを大人しくすることを発見した主人公は、それを研究者に伝えることに成功する。
 クロアチアゾンビたちに血清が打たれ事態は丸く収まるかに思えたが、それは新たなる恐怖の始まりに過ぎなかった。
 血清が効いてきたゾンビたちはさらにパワーアップし、「自分は新セルビア人だ」と名乗り徒党を組むのであった・・・・。

 旧ユーゴを記憶する洒落のわかる人々が、この映画を観て大爆笑したであろうことは想像に難くない。
 
 

おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損