初出1974~1993年
2005年集英社文庫

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 超ド級の傑作ぞろい。
 「プロローグ」をのぞいて9編が収録されているが、いずれも作者の創造した独特の世界に引きずり込まれ、読後もなかなか日常への生還が難しい。
 しばらくはその世界への旅を反芻することになる。
 一日一篇か二篇読むのが限度。
 というか、あまりに凄いので、サーっと読むのがもったいない。
 
 その世界を構築しているのは、諸星の該博なる考古学的・民俗学的知識と奇想天外なる発想、そして画力である。
 この三つの連合が、諸星を他の追随を許さない唯一無二の漫画家たらしめている。

 とりわけ、漫画家という観点から言えば、画力がはんぱない。
 絵が巧いとか下手とかいうレベルを飛び越えたところにある魅力。
 諸星よりデッサン力がある者、写実の巧みな者、遠近法など絵画技法に長けた者、構図の秀でた者、ペンの使い方の達者な者、余白の使い方の上手い者は、ほかにたくさんいることだろう。
 彼の絵の凄さは、クライマックスをつくるここ一点のコマの圧倒的迫力と日常破壊力にあると思う。

 本シリーズの主人公でありながら金田一耕助のような「事件の傍観者」に過ぎない考古学者・稗田礼二郎が、日常の中でたんたんと探り続けてきた奇妙な謎が、解明に向かって次第に緊張を高めていき、クライマックスの一点において、ついに謎が暴かれると同時に日常から非日常へと飛躍する。
 そのポイントとなる一コマ(数コマ)の持つ衝撃が、読者である我々を完全にノックアウトし、我々もまた非日常空間へと連れ去られるのである。
 
 たとえば本コミックで言えば、『生命の木』ではあちこちで引用されるほど有名になった「おらといっしょにぱらいそさいくだ!!」からの数コマ、『海竜祭の夜』では平家伝説のある孤島に伝わる奇妙な祭の謎が暴かれる海竜登場の見開きページ、『闇の客人(まろうど)』では鬼面をかぶった踊り手に曳かれて大鳥居を抜けて“あの世”に去っていく禍つ神の後ろ姿(『帰ってきたウルトラマン』の津波怪獣シーゴラスを思い出した)。

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 これらのコマの持つ破壊力の秘密は、悪夢のような超現実的感覚を読者に与えるところにある。
 つまり、日常生活で隠蔽されている読者の無意識に訴えるのだ。
 その意味で、シュールリアリズム系の画家であるジョルジョ・デ・キリコやサルバトーレ・ダリに近いものがある。
 諸星の作品を読んで、「怖いけれどなんだか懐かしい」という奇妙な感じに襲われるのは、考古学や民俗学が下敷きになっているからばかりではなく、ユング的な深層心理への接触があるからではなかろうか。
 それを視覚的に表現できる才能こそ、唯一無二なのである。
 
 

おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損