2021年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

 シルバー・プロレタリア文学シリーズのラスト(今のところ)を飾るは、15年間の都内タクシー運転手生活を綴った一編。
 著者は1951年埼玉生まれ。
 家業である雑貨会社が倒産したのを機に、大手タクシー会社に雇われることになった。

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 タクシー運転手ほど、さまざまな人間の裏の顔をのぞく機会に恵まれた職業はないと思う。
 車内は一種のプライベート空間であり、乗客は運転手を空気のような存在とみなしがちだし、深夜や飲み会の後などの人間がもっとも素をさらしやすい現場に関わるからである。
 本書でも、人を人と思わないような態度をとる大手広告社社員やドラマ撮影中の女優、朝のワイドショーに出ている有名コメンテーターの話が登場する。
 また、吉原のソープランドで働く女性たち、助手席に乗り込み著者に熱い視線を送る上野界隈のオネエさん、「できれば乗せたくない」その筋の人たち、銀座のホステスと常連客との「タヌキとキツネの化かし合い」、乗車料ふんだくりの詐欺師、上野から富山まで8時間かけて送った客(料金20万円)の話など、興味深いエピソードてんこもりで楽しく読んだ。
 嫌な客、困った客は多いだろうし、朝から深夜まで一回18時間勤務はつらいと思うが、人間観察の場としては最適だろう。
 タクシー運転手を主人公とした探偵小説(ドラマ)があってもいいんじゃないか?

 タクシー運転手の就労形態も良く知らなかったので、興味深かった。
 たとえば、
  • 一台の車を二人で交互に使う。
  • 営収(メーター総計)の60%がその日の手取りとなる。
  • 基本18時間勤務で、一ヶ月12回の出番。
  • 休憩時間はちゃんと取らなければならない(レコーダーに記録される)。
  • 燃料(LPガス)は満タン返ししなければならない。
  • 無線連絡「大きな荷物の忘れ物があります」は都内での事件発生を知らせる隠語。
  • 黒タク運転手は優良乗務員のしるし。(著者は黒タクをまかされていた)
 地理オンチで、腰痛持ち痔持ちのソルティは、長時間の座位が課せられるタクシー運転手はできない。加えて、飛蚊症と羞明と夜盲症があるから、雨の日や夜間は危険である。
 そもそも何十年もペーパーなので、今さら運転を始めても人を乗せるなど怖くてできない。
 著者も一過性黒内障の疑いで視力に自信がなくなり、退職を決めたという。
 お疲れ様でした。

タクシー運転手

 これでシルバー・プロレタリア文学シリーズ既刊8冊をすべて読み終えた。
 つくづく思うに、「世の中に楽な仕事なんかないなあ~」

 会社勤めは人間関係やノルマ、顧客や取引先に悩まされるし、フリーの仕事は不安定な立場におびやかされるし、福祉など対人相手の仕事は身心のきつさを伴う。

 かと言って、まったく働かないでいる日々を長期間過ごすのも結構しんどいものである。
 ソルティは過去に数回失業して無職になった。
 最初のうちは勤めから解放された自由を満喫していたが、おおむね三ヶ月過ぎると、昼夜逆転して怠惰になってくる。退屈と同時に、社会に組み込まれていない不安や後ろめたさが忍び寄ってくる。(気の小さいヤツ)
 そういうときに心の安定を保つ助けになった一つは、このブログであった。
 毎日一記事書くことを日課としていた。
 失業保険が切れると、蓄えもないので重い腰を上げてハローワークに行き、次の仕事探しを始めるわけだが、もし働かなくてもいいくらいの財産や定期収入があったら、どうなるだろう?
 よほど固い意志がないと、退廃した日々を送ることになりそう。
 日々の仕事が、規則正しい生活や他人との交流機会や緊張感をつくり、心身を健康に保つ鍵となっているのは間違いない。

 本シリーズを読んだあとでは、街で見かける交通誘導員やタクシードライバー、住宅地で見かけるメーター検針員や介護職員やマンション管理員、旅先で見かける派遣添乗員などに、これまでよりずっとやさしい視線を送れそうな気がする。
 当ブログで洋書を紹介する時は、翻訳者の名前も列記するようにしよう。

 良いシリーズであった。 
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損