2011年
141分

 原作は川本三郎の同名エッセイ
 20代前半の川本の身に起きた衝撃の出来事をつづったノンフィクションである。

 しかるに本映画に関しては、川本の原作とも、川本三郎本人とも、まったく関係ない次元で語りたい。
 というのも、映画単体としての出来が素晴らしいからである。

 監督の山下敦弘は『リンダ リンダ リンダ』(2005)、『天然コケッコー』(2007)、清野とおる原案のTVドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』(2015)などの演出で知られている。
 ソルティは本作で初めて接したが、「映画作家」という言葉で語ることのできる数少ない才能の持ち主。
 最初から最後まで、映画的時間と空間がスクリーン(モニター)に投影されていて、物語の切なさとは裏腹に、観ていて幸福な気持ちに包まれる。

 妻夫木聡演じる新聞記者・沢田雅巳(モデルは川本三郎)と、松山ケンイチ演じる赤邦軍リーダー・梅山とが初めて出会い、一緒にCCRの『雨を見たかい』を歌うシーンなど、あまりのフラジャイルな美しさに卒倒しそうであった。
 二人の配置、間に置かれたテーブルの緑色の天板と赤い座布団のコントラスト、テーブルの上のビール瓶とコップの微妙な距離(小津っぽい)、立ち昇る沢田の煙草のけむり、二人の沈黙にかぶさる列車の響き・・・・。
 すべてが計算されているはずだろうが、それが自然な域に達している。
 見事・・・・・!

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妻夫木聡と松山ケンイチ

 撮影がまた素晴らしい。
 物語の背景は全共闘はなやかなりし1970年前後。
 ソルティは生まれてはいるものの、その時代の東京の街の空気感は知るところではない。
 本映画がそれを正確に再現しているかどうかは判定できない。
 が、少なくとも80年代以降の東京の空気とはまったく相容れない、まったくアナログな時代の質感が映し出されている。
 これはたとえば、太平洋戦争時の話を描いたNHK制作『スパイの妻』が、一応戦前らしいセットや小道具や衣装やセリフを整えながらも、空気感だけは令和になっているのと雲泥の差である。(フィルムをいじれないテレビの限界かもしれないが)
 撮影は近藤龍人。是枝裕和監督の『万引き家族』(2018)を撮っている。

 役者は、妻夫木も松山も好演。
 とくに松山がいい。この人は性格破綻な役をやると本当にはまる。
 沢田の先輩記者役の古舘寛治、味のある芝居で印象に残る。
 それとチョイ役に過ぎないが、新聞社上役の三浦友和の貫禄と迫力はさすが。
 
 居酒屋のラストシーン。
 沢田(妻夫木)が、久しぶりに会った昔馴染みの「生きてりゃいいのよ」という言葉にハッとして思わず泣き出すのは、おそらく「生きて」さえいられなくなった自衛官や雑誌のカバーガールだった少女のことに思い至ったからなのだろう。
 ソルティはそう受け取った。
 
 時代や社会風俗や思想性という部分を拭い去ってみると、これはやっぱり青春映画、それも『真夜中のカウボーイ』や『ベティ・ブルー』や『時をかける少女』のような、ほろ苦く切ない青春映画の傑作である。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損