初出2002~2005年『ネムキ』
2006年朝日ソノラマ
収録作品
『Gの日記』
『トゥルーデおばさん』
『夏の庭と冬の庭』
『赤ずきん』
『鉄のハインリッヒ または蛙の王様』
『いばら姫』
『ブレーメンの楽隊』
『ラプンツェル』

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 『ネムキ』というのは『眠れぬ夜の奇妙な話』の略で、2012年12月廃刊となったコミック誌である。
 「オモシロ不思議いっぱいの少女コミック誌」というキャッチフレーズが表すように、読者は圧倒的に若い女性が多い。

 『少年ジャンプ』を中心に少年誌や青年誌で数々の傑作を発表し、多くの男性読者を獲得してきた諸星大二郎が、女性向けコミック誌にも作品を描いていること、しかもその内容がまさに「オモシロ不思議いっぱい」でありながらも現代を生きる若い女性たちの琴線に触れるであろうものであることに、びっくりした。
 発表する雑誌のカラーや読者層を意識して描くのがプロの漫画家の使命であり実力の見せ所であるとはいえ、諸星がこれほどまでに柔軟で幅広いテーマを自在に描ける書き手であるとは思わなかった。
 
 グリム童話を下敷きにした、いわゆる質の高いパロディの創作というだけではない。
 読者の共感を得られるべく、女性を主人公としているというだけではない。
 なんと、これらの作品群の核となるのがフェミニズムだからである。
 諸星がフェミニズムを描ける男性漫画家である――しかも1949年生まれの団塊の世代のヘテロ男子である!――ことに驚かされた。
  
 ただその予感はあった。
 初期の作品である『赤い唇』(1974年)では、魔物の力を借りてペルソナ(仮面)の下の真の自分をさらけ出すことに“成功”した女子中学生・月島令子が、男性教師や男子生徒たちを女王様の如く圧倒する様が描かれていたし、奇妙なSF短編『男たちの風景』(1977年)では、女たちが若く美しい男たちを追い回し、男たちが出産し“父性愛”に目覚めるという、地球とは逆転した文化をもつ不思議な惑星マクベシアが舞台となっていた。
 主要発表媒体であった少年コミック誌における描写の限界や、青年コミック誌の読者層への忖度(つまり受けを狙ったテーマの選定)によって気づかれにくい面があったのかもしれないが、諸星大二郎には性やジェンダーの常識を問うような作品が散見される。
 意識的か無意識的かは知らないが、通常のマッチョイズムや男尊女卑的な性役割に対する違和感を持っている人なのではなかろうか。
 でなければ、本作に収録されているようなフェミ色の強い作品群を、「出版社の依頼を受けたから」「読者層に合わせて」というだけで即座に描けるものではないと思う。

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 収録作品はどれも、主人公の女性たちの意志の強さ、自立心の高さ、「自分の欲しいものは周囲に頼らず自分で手に入れる」タフネスなしたたかさが目立つ。
 読者は、本のタイトルになった『トゥルーデおばさん』のヒロインに、自らの才能と適性を知った少女が家族や世間の縛りを断ち切って、思い定めた職(生き方)にかける覚悟と勇気を見るだろう。
 『鉄のハインリヒ あるいは蛙の王様』のヒロインに、自らの野望の実現のために、頭を使い、自分の命令を何でも聞いてくれる強靭な味方を手に入れ凱旋するシングルマザーの姿を見るだろう。 
 髪長姫『ラプンツェル』では、支配的な母親(いわゆる毒親)から解放される若い女性の心の彷徨をともに経験するであろう。
 いずれも実に現代的な女性を巡るテーマと言える。
 
 絵そのものが発揮する衝撃力こそ初期の作品に及ばないが、人間年をとるとどうしても毒気が抜けるので、これは仕方ないところである。(かつての諸星なら、たとえば泉に囚われた蛙の王様などは、もっとおぞましく不気味に描けたであろう)
 いっときグリム童話の残酷性を目玉にしたエッセイやホラー風漫画が流行ったが、それらとは次元の異なるグリムパロディであり、諸星の天才をまたひとつ証明するものであるのは間違いない。
 
 
 
おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損