収録年 1991年1月
会場 メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)
管弦楽&合唱 同劇場管弦楽団&合唱団
指揮 ジェイムズ・レヴァイン
演出 ピエロ・ファッジョーニ
キャスト
グスタフ3世 :ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)
レナート :レオ・ヌッチ(バリトン)
アメリア :アプリーレ・ミッロ(ソプラノ)
ウルリカ :フローレンス・クイヴァー(メゾソプラノ)
オスカル :ハロライン・ブラックウェル(ソプラノ)
ヴェルディ中期の傑作。
スウェーデンの啓蒙絶対君主であったグスタフ3世(1746-1792)の暗殺という史実に材を取っている。
国力増強に努めるとともに社会福祉に力を入れ国民の人気を集めたグスタフ3世は、一部貴族から反感を持たれていた。ある晩ストックホルムのオペラ座で開催された仮面舞踏会の最中、背後から拳銃で撃たれ、それがもとで命を落とした。犯人として捕まったのは、ヤコブ・ヨハン・アンカーストレム伯爵であった。
本作は、この史実をもとにしながら、グスタフ3世と忠実な部下であり親友でもあるレナート(アンカーストレム伯爵がモデル)、そしてレナートの妻アメリアの三角関係を創作し、暗殺の動機を政治的なものから痴情的なものに転換している。
すなわち、グスタフとアメリアの関係を誤解したレナートが、華やかなる仮面舞踏会の会場でグスタフを刺し殺すという恋愛悲劇である。
レナートは、妻として自分を裏切ったアメリアより、友として自分を裏切ったグスタフのほうが許せなかったのだ。
その直前にグスタフは身分を隠して女占い師ウルリカのところに行き、将来を占ってもらう。
ウルリカは言う。「おまえは身近な人間の手で殺される」
ウルリカは言う。「おまえは身近な人間の手で殺される」
この予言が実現してしまったわけで、いかにも大時代的なベタな設定だなと思うが、なんとこれもまた史実で、ウルリカは実在の占い師で暗殺予言も実話らしい。
全体にヴェルディらしいドラマチックで重厚な曲調で、アリアや重唱や合唱の出来も良い。
中だるみのない緊密な音楽構成は、中期の傑作として上げられるのももっとも。
中だるみのない緊密な音楽構成は、中期の傑作として上げられるのももっとも。
運命のいたずらで、レナートはグスタフとアメリアが深夜二人きりで会っている現場を目撃してしまう。二人の間に肉体関係はなかったのだが(身も蓋もない言い方でスミマセン)、レナートはてっきり自分がコキュされたと思い込む。
しかもバツの悪いことに、現場にはグスタフの命を狙う貴族たち一味も潜んでいて、一部始終を見られてしまう。
この衝撃のシーンにおいて、ヴェルディは、貴族たちの「ハハハ」というレナートへの嘲り笑いを歌にした軽妙な音楽を入れる。
もっとも悲劇的なシーンに、もっとも喜劇的な音楽をぶつけて、ドラマをさらに盛り立てるヴェルディの天才性には唸らされるばかり。
世界のメトである。
オケや合唱はむろん、出演歌手たちも当時の最高峰を集めて、間然するところがない。
パヴァロッティは声の素晴らしさは言うまでもないが、王様の衣装が実に良く似合って、あの髭面がイケメンに見える。
レオ・ヌッチの形式感ある立派な歌唱、抑えた演技は好ましい。
オスカル役のハロライン・ブラックウェルの明るいコロラトゥーラソプラノと軽快な動きは、暗く陰惨な作品の雰囲気を緩和してくれる。
そして、アメリア役のアプリーレ・ミッロであるが・・・・
ソルティが人生ではじめて観たオペラのライブは、1988年メト来日公演の『イル・トロヴァトーレ』(NHKホール)であった。
このときの指揮者はジュリアス・ルデール。
予定されていたキャストは以下のとおりだった。
- レオノーラ:アプリーレ・ミッロ
- ルーナ伯爵:シェリル・ミルンズ
- マンリーコ:フランコ・ボニゾッリ
- アズチェーナ:フィオレンツァ・コソット
オペラ好きならもうお分かりだろうが、オペラ史に残る名演フィオレンツァ・コソットのアズチェーナが聴きたかった・観たかったのである。
しかし、理由は忘れたが、直前にコソットが来られなくなって、急遽代役が立てられた。
ソ連(!)から駆けつけた名歌手エレナ・オブラスツォワがアズチェーナを歌った。
安くないチケットを買い、字幕を見ないで済むようリブレット(台本)を読みこなし、CDで聴きどころを繰り返し聴き、準備万端整えていたのに、一番の目的が果たされずがっかり・・・・ではあったが、さすが世界のメト、やっぱり素晴らしい舞台だった。
コソットの不在という大きな穴を埋めてくれた一番の功労者は、しかし、エレナ・オブラスツォワではなかった。
メトの有望新人ソプラノとして赤丸急上昇のアプリーレ・ミッロだった。
当時まだ20代だったのではなかろうか。
よく通る豊麗な声と深い響きが合わさった、まさにヴェルディのヒロインにぴったりの声だった。
とりわけ第4幕第1場のレオノーラのアリア『恋は薔薇色の翼に乗りて』は絶品で、彼女の歌声によって、昭和バブル期のNHKホールから、月の輝く中世ヨーロッパの古城にタイムスリップしたかのような感覚を抱かされた。
あの世の主役はミッロだったと思う。
ソルティの素人判断はともかくとして、ミッロは非常に期待されたソプラノだった。
もちろんすでにメトのプリマには到達していたのだが、それ以上の存在になる、オペラ黄金時代(1950年代)のテバルティやカラスの域まで行くのではないか、とさえ言われていた。
本ライブでも、大先輩であるパヴァロッティやレオ・ヌッチにまったく引けを取らない堂々たる歌唱で、ヴェルディの音楽に内包するドラマ性と抒情性を見事に表現しきっている。
声のコントロールも巧みである。
これで20代とは!
たしかに末恐ろしい。
本ライブでも、大先輩であるパヴァロッティやレオ・ヌッチにまったく引けを取らない堂々たる歌唱で、ヴェルディの音楽に内包するドラマ性と抒情性を見事に表現しきっている。
声のコントロールも巧みである。
これで20代とは!
たしかに末恐ろしい。
その後、ソルティがミッロの歌声を生で聴く機会を持ったのは、1992年1月ローマ・オペラ座だった。
イタリア旅行中のローマでミッロのリサイタルがあると知り、当日券を買った。
久しぶりに聴くミッロは調子悪そうで、声がよく出ていなかった。
ライブの途中で、彼女自身が客席に向かって、「今日は風邪をひいて声の調子が良くありません」と弁明しなければならないほどだった。
その後、ミッロの名前を聴く機会は急速に減った。
どうも80~90年代初頭がピークだったようだ。
喉を壊したのだろうか?
それとも、キャスリーン・バトルに虐められた?
本DVDは、デアゴスティーニ発売「DVDオペラコレクション」(2009年創刊)の一枚で、ブックオフで500円で購入した。
世界的歌手が出演する伝説のオペラライブを収録したLD(レーザーディスク)が1万円以上して、それを観るためのLDプレイヤーが10万円以上した時代を知る者にとって、こうしてワンコインで画質も音響も良い映像ソフトを手に入れられて、自宅の低価格DVDプレイヤーで気軽に視聴できるのは奇跡のようである。