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収録年 1987年2月
会場  メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)
管弦楽&合唱 同劇場管弦楽団&合唱団
指揮  ジェイムズ・レヴァイン
演出  ポール・ミルズ
キャスト
 カルメン: アグネス・バルツァ(メゾソプラノ)
 ドン・ホセ: ホセ・カレーラス(テノール)
 エスカミーリョ: サミュエル・レイミー(バリトン)
 ミカエラ: レオーナ・ミッチェル(ソプラノ)

 80年代後半に一世を風靡したバルツァ&カレーラスの黄金コンビによる『カルメン』。
 1986年にKDD(現:KDDI)のCMで俳優の斎藤晴彦(2014年没)が「310円、310円・・・」といった宣伝文句を早口で歌ったのを覚えている人も少なくないと思う。あの替え歌の原曲が『カルメン』序曲であった。
 あのCMで斎藤晴彦は大ブレイクを果たしたが、背景にはバブル到来を象徴するようなオペラブーム、そして『カルメン』ブームがあった。
 ソルティは「バブル」と言うと、この狂騒的でありながら破滅の予感を孕んでいるカルメン序曲が浮かんでくる。

 このコンビの成功は、バルツァとカレーラスがこれ以上にないハマリ役だったことが大きい。
 ギリシア生まれのバルツァの激しそうな性格(ほんとはどうか知らないが)と人目を引く個性的な顔立ちと鋭角的な声の表現、スペイン生まれのカレーラスの純朴で生真面目なイケメンぶりと熱情たっぷりの歌声。
 魔性の女カルメンと彼女に玩ばれる元兵士ドン・ホセにそれぞれぴったりであった。(カレーラスときたら名前まで役と同じである)
 もちろん、2人の歌唱と演技もすばらしく、ふられた男がふった女を激情に駆られて刺し殺すという三面記事にありがちな陳腐な色恋沙汰を、ギリシア悲劇かシェークスピア劇のような深みある運命劇にまで押し上げている。
 2人の相性の良さも抜群である。

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アグネス・バルツァとホセ・カレーラス

 ドン・ホセ役は、カレーラスの親友でありライバルでもあったプラシド・ドミンゴも得意としていた。
 1978年ウィーン国立歌劇場のカルロス・クライバー指揮『カルメン』のライブDVDで、ドミンゴはエレーナ・オブラスツォワ相手にドン・ホセを歌っていて、これが相当に凄い。
 ドミンゴはホセになりきっていて、舞台上のカルメンであるオブラスツォワが本気でドミンゴを恐がっているかのように見える。
 ドミンゴは1984年公開の映画『カルメン』(フランチェスコ・ロージ監督)でも、ジュリオ・ミゲネス・ジョンソン相手にドン・ホセを演じているが、これもまたカッコよく素晴らしかった。
 個人的には、都会的な洗練と母性本能をくすぐる甘さを持つカレーラスのドン・ホセより、真面目と執着が表裏一体のストーカー気質を匂わすドミンゴのドン・ホセのほうが、リアリティにおいて勝っているのではないかという気がする。
 ただ、ドミンゴとバルツァが組んで成功するかと言えば、たぶん難しかっただろう。
 2人の個性が強すぎて、互いに食い合ってしまい、芝居そっちのけで主役の奪い合いに転じそうだ。
 最後はほんとうに舞台上でドミンゴがバルツァを刺しかねない。
 あるいは逆か(笑)

 エスカミーリョ役のサミュエル・レイミー、ミカエラ役のレオーナ・ミッチェルも、堂々たる歌いっぷりで、総客席4000というメトロポリタン歌劇場の大向こうをうならせるに十分な美声と声量である。
 エスカミーリョは、色男で闘牛士で子供たちのヒーローで女にモテモテの上に、『闘牛士の歌』という世にも名高いアリアを与えられている。
 すべてのオペラのバリトン役の中で最も得な役回りと言える。
 篠沢紀信か葉加瀬太郎のようなヘアスタイルのジェイムズ・レヴァインも若々しく、力が漲っていて、迫力あるしかしきめ細かい演奏を紡ぎ出している。
 
 『カルメン』ライブ記録の決定版という位置づけを今も失っていない名盤である。

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左から、カレーラス、レヴァイン、バルツァ、レイミー