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第1巻『灰色のノート』(1922年発表)
第2巻『少年園』(1922年)
第3巻『美しい季節』(1923年)
1984年白水社より邦訳刊行
 
 新書サイズの白水Uブックスで8部13巻からなる大長編。
 今年のゴールデンウィークの楽しみ(と暇つぶし)はこれと決めた。
 骨折休職中に読んだ住井すゑ著『橋のない川』以来の文芸大作にちょっと及び腰のところもあり、おそるおそるページを開いたら、なんとこれが面白いのなんの!
 連休に入る前に第3巻まで読んでしまった

 作者はフランスの小説家ロジェ・マルタン・デュ・ガール(1881-1958)。
 本作でノーベル文学賞を獲った。
 第一次世界大戦期のフランスを舞台に、厳格なカトリックで富裕なチボー家に生を享けた2人の男子アントワーヌとジャック、かたやプロテスタントで自由な家風に生まれ育ったダニエル、3人の若者の人生行路が描かれる大河小説である。

 とにかく物語のスピードが早く、起伏に富んでいる。
 『少女に何が起こったか』や『スチュワーデス物語』などの往年の大映ドラマか、大ヒットしたBBC制作の英国上流階級ドラマ『ダウントン・アビー』を思わせる波乱万丈と濃い人間ドラマが繰り広げられる。
 たとえば、初っぱなの第1巻だけで以下の事件が立て続けに起こる。
  • 幕開けは同じ中学に通うジャックとダニエルの熱いボーイズラブ。
  • 2人の関係がバレて教師や親から責められる。ダニエルは放校処分。
  • 思いつめた二人は手に手を取って駆け落ち。
  • 港町で2人ははぐれてしまい、ダニエルはその夜泊めてくれた女の家で初体験。
  • 2人は警察につかまり親元に連れ戻される。
  • ジャックは、業を煮やした父親の命によって感化院に放り込まれる。
といった具合だ。
 第2巻も第3巻もこの調子で続く。
 先の見えない展開にワクワク&ハラハラさせられる。
 これをそのまま映像化あるいは漫画化したら面白いことであろう。
 フランスでは過去に2度テレビドラマ化されているらしいが、邦訳はされていないようだ。
 映画化されていないのが不思議。

 もちろん、豊かな物語性だけでなく、近・現代小説としての巧さもたっぷり味わえる。
 フランス近代文学にありがちな延々と続く情景描写や高踏なレトリックが抑えられる一方、キャラクター造型と心理描写が卓抜で、登場人物たちの(本人さえ気づいていない)心の底を恐いほど抉り出して、それを見事に文章化する。
 夏目漱石と三島由紀夫を足して赤川次郎フィルターをかけたような感じ・・・(かえってよく分からない?) 
 小津安二郎監督の映画『麦秋』の中で、紀子(原節子)がのちに結婚することになる謙吉(二本柳寛)と緑濃き北鎌倉駅で『チボー家の人々』の話をするシーンがある。
 明らかに小津安二郎もチボー家ファンだったのだ。

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「どこまでお読みになって?」「まだ4巻目の半分です」
(映画『麦秋』より)

 第2巻では、感化院の虐待まがいを知った兄アントワーヌの手によって、ジャックは家に連れ戻される。心の健康を取り戻す過程で、ある年上の女性に恋をして初体験する。(ジャックもダニエルもそうだが、「年上の女性との初体験」というのはどうもフランス文化の十八番のようだ)
 一方ダニエルは、どうしようもない放蕩者で女ったらしの父親が、優しい母親を泣かせているのを目の前で見ながら育ったにも関わらず、自分の中に目覚めてくる父親の血を押えつけるすべを持たない。すでにジャックとのボーイズラブは、彼の中では過去のお遊び。

 第3巻では、ダニエルの放蕩者の資質が全開する。狙った獲物を逃さないスケコマシぶりがいかんなく発揮される。
 アントワーヌは新進の医師としての力と自信を着けはじめ、人生で最初の情熱的な恋に陥る。野心的で仕事第一のアントワーヌの恋による変貌が面白い。
 二人に比べて不器用で潔癖なところもあるジャックは、なかなか世間や社会に馴染まない。ダニエルの妹ジェンニーの存在が気になりだすが、恋の成就は先のことになりそうな気配。
 
 実を言えば、大学時代に本書を読んだような気がするのだが、こんなに面白い小説を覚えていないはずもなく、誰かにあらすじや感想を聞いて読んだ気になっただけなのだろうか?
 それとも本当に忘れてしまった!? 痴呆け?
 この先読み進めていくうちにはっきりするかもしれない。
 しないかもしれない。