2021年KADOKAWA
『今日もあの子が机にいない』『断薬記』と上原の本が続いているが、本作こそまさにソルティのツボにはまった一作。
むろん、自分が四国歩き遍路をしているからである。
本文に出てくる地名や札所の名前から周辺の情景がさあっと目の前に立ち上がってくるし、著者が5年かけて歩いたという遍路旅のいろんなエピソードも、似たような経験をしているので、「うんうん、わかる」「そうそう」と共感を持てる部分が少なくない。
呪縛されたように読んだ。
上原が四国を歩こうと思ったきっかけは、『断薬記』に書かれているように、睡眠薬依存からの脱却を願ってのことだった。
たしかに、新鮮な空気を吸いながら美しい風景の中を毎日20~30キロ歩いていれば、よく眠れるようになる。
そこで四国遍路のことをあれこれ調べているうちに、本書のテーマが育ったらしい。
それは大きく3つに分かれる。
一つ目は、上原の十八番ともいえる路地、いわゆる(元)被差別部落をめぐるルポ。
四国の路地は遍路沿いに多く存在しているので、その来歴や現状をスケッチする。
大宅壮一ノンフィクション賞を取った『日本の路地を旅する』の四国遍路版といったところか。
私が乞うのは米や金でなく、多くは路傍に落ちている小さく悲しい話だ。四国を旅しながら路地を回り、いろいろな人に話を乞うてまわろうと思った。遍路道沿いに落ちこぼれている話を乞いながら巡礼しよう、それが私のへんど旅になるのだと。
ここではやはり、100年前の福田村事件で朝鮮人と間違われて虐殺された行商人グループの故郷、香川県の路地(70番本山寺付近)を訪ね、「福田村事件真相調査会」の会長であった人物に話を聞くくだりが興味深い。
犠牲者の遺体はすべて川に流されたため、今も香川の路地にある墓には遺骨が入っていない。
ソルティも数人見かけた。
たいがいが、大きなリヤカーやキャスター付きのカートにてんこ盛りの荷物を積んで歩いていた。
たいがいが、大きなリヤカーやキャスター付きのカートにてんこ盛りの荷物を積んで歩いていた。
一種異様な近寄りがたい雰囲気があり、会話することはなかった。
中には明らかに精神疾患を抱えているらしく、独り言をわめきながらリヤカーを引いている男もいた(結願寺近かったので喜びの誦経だったのかもしれないが)。
また、草遍路ではないが、お四国病と言って、四国遍路に憑りつかれ暇あれば歩きにやって来る人も多かった。
そういう人たちの納経帳は御朱印で真っ赤だった。
本書で上原は、幸月とヒロユキという2人の草遍路について詳しく取り上げている。
NHK「にんげんドキュメント」に出演したほどの名物へんどになったものの、こともあろうに番組出演がきっかけとなって、過去に起こした傷害事件がばれて逮捕されてしまった幸月。筑豊に生まれ、少年時代から窃盗を繰り返し鑑別所や刑務所の常連、戦時中は志願兵としてジャングルで闘い、戦後は闇市の売人、山谷の日雇いから土建業、その波乱万丈の生涯は昭和史そのもの。
一方、不登校から親に精神病院に入れられた過去を持ち、どこの職場でも人間関係がうまくいかず釜ヶ崎でホームレス生活20年、還暦をこえてやっと四国遍路に安住の地を見出したヒロユキ。
対照的な性格や来歴をもつ2人が、同じ四国遍路ですれ違い、同じ篤志家の世話になったのはどういった因縁によるものか。
対照的な性格や来歴をもつ2人が、同じ四国遍路ですれ違い、同じ篤志家の世話になったのはどういった因縁によるものか。
上原はヒロユキを托鉢の師匠と仰ぎ、托鉢作法を習い、お椀をもって遍路沿いのスーパーに立つ。
初心者の上原がなぜか師匠より多く稼いでしまい、プライドを傷つけられたヒロユキが電飾を使ったパフォーマンスを繰り広げて屈辱を晴らす場面がおかしかった。
三つめは、上原自身の遍路旅の実況ルポ。
旅の途上でのハプニングや、同宿の遍路仲間やお接待してくれた土地の人々との交流などが描かれる。
四国遍路の歴史やあちこちの札所や遍路宿や名所のこぼれ話にも興味が尽きない。
本を書くという目的あっての遍路とは言え、行く先々で面白い人と出会い、風変りな話や味わい深い話を引きだしてしまう上原の才能に感心する。
ソルティももっと気持ちの余裕と体力あったら、善根宿やお寺の通夜堂に泊まって、いろいろな人の話を聞きたかったが、まずは1400キロ歩き通すのが先決だった。
次の機会あれば・・・・(こうしてお四国病になっていく)
本書を読んで改めて思った。
四国遍路の深さというのは、つまるところ人間の業の深さなのだ。
道もアクセスも情報ツールも昔よりずっと良くなり、観光化・国際化・カジュアル化・アスレチック化・RPG化しているのは間違いないところだけれど、底流にあるのは生きることの苦しさ・空しさ・哀しさに惑う人々が織りなす長い長い負の歴史であり、お大師様信仰による浄化や許しや悟りを乞う祈りの道なのである。
ソルティの四国遍路は、深い河の表面をわずかに掠めただけであったけれど、足先についた河のしずくによって、河そのものとつながってしまったような気がしている。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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