1959年松竹
94分

 ずいぶん昔に観て白黒映画と記憶していたのだが、カラーであった。
 『彼岸花』に続き2作目のカラー作品という。
 デジタルリマスター修復による画面の鮮明さに驚いた。
 小津監督の色彩感覚の鋭敏さがうかがえる逸品である。

 土手下の新興住宅地で起こるご近所騒動をユーモラスに描いた喜劇。
 騒動と言ってもなんのことはない。
 集めた町会費を組長が納め忘れただの、親に叱られて拗ねた子供が夜になっても家に帰ってこないだの、昭和30年代のありふれた庶民の日常である。(夜9時過ぎても小中学生が家に帰って来なければ、令和の現在なら大事件になるかもしれない)
 平凡なストーリーでもこれだけ面白く描けるというところに、脚本家と演出家の才を感じる。(脚本は野田高梧と小津コンビ)
 黛敏郎の音楽はモーツァルトの軽い長調曲をポンコツにした感じ。作品のトボけた空気を助長している。

 あいかわらず役者もそろっている。
 トラブルメーカーの組長を演じる杉村春子、その母親で肝の据わった産婆を演じる三好栄子(木下惠介『カルメン純情す』で佐竹熊子女史を怪演した東宝女優)、他人の噂話大好きな主婦を演じる高橋とよ、3人のベテラン女優の競演が楽しい。
 小津組常連の笠智衆、三宅邦子、久我美子、東野英治郎もさすがの安定感で、小津カラーに染まっている。
 しかるに、これら豪華俳優陣のすべてを食ってしまっているのが、子役の島津雅彦である。
 林家の次男坊・勇として、いつも長男・実のあとをついて真似ばかりしている小学生に扮しているのだが、これがもう可愛いったらない。
 出演シーンでは、この子ばかりに目が行って、他の役者に注意が向かないほど。

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林家の兄弟を演じる設楽幸嗣(右)と島津雅彦(左)
 
 小津映画に出る役者は、あらかじめセリフや動きや間合いが完璧に決められていて、寸分狂いなくその通りに演じることが要求されたのは有名な話で、もちろん子役も例外ではなかったろう。
 ここでの勇も、脚本に書かれた通りのセリフを小津の指示した通りに口に出しているに違いない。ロボットのように。
 その点、小津の親友であった清水宏監督の作品、たとえば『風の中の子供』や『みかへりの塔』に出てくる子供たちの野放図で自然な演技とはまったく質が異なる。
 人工と自然といったくらいの差がある。
 小津映画の子供たちは、人工の極みにおいて抽出された“子供らしさ”を演じていると言えよう。
 そうした監督の作為を超えてなお「可愛い」としか言いようがないのだから、島津雅彦の天然ぶりはたいしたものである。
 
 その後、どんな役者になったのだろうとウィキで調べたら、小津の『浮き草』『小早川家の秋』『戸田家の兄妹』、黒澤明の『天国と地獄』、松山善三の『名もなく貧しく美しく』、木村恵吾の『瘋癲老人日記』 など数多くの名作に出演後、公開時17歳の『喜劇 満願旅行』(瀬川昌治監督)を最後に引退していた。
 その後、慶應義塾大学法学部に進学し、学生結婚したとある。
 現在、69歳。
 どんな顔になったのだろう?
 見たいような、見たくないような。
 もし孫がいるなら、孫の顔は見たい気がする。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損