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2021年MdN新書

 MdNとは(株)エムディエヌコーポレーションのこと。
 1992年に設立した出版社で、「雑誌・書籍・ムック・インターネット・イベントを通して、グラフィックデザインやWebデザインのノウハウと可能性を伝える」(MdN公式ホームページより抜粋)
 『大人の塗り絵』シリーズやデザイン関係の書籍を多数刊行している。

 本書は、同じ著者による『呪いの都 平安京 呪詛・呪術・陰陽師』(吉川弘文館)同様、王朝時代を中心とした本邦の呪術に関する研究書&解説書である。
 繁田は他にも『平安貴族と陰陽師』『安倍晴明』など同じテーマの本をいくつか出している。
 このテーマがよほど好きなのだろう。

 例によって、『今昔物語』『小右記』『御堂関白記』『大鏡』『紫式部日記』『枕草子』といった幅広い歴史書、古典文学の精読をもとに、平安時代の陰陽師や密教僧による呪術の様子が浮き彫りにされていく。
 そもそもがマニア受けするオカルティックな話題で面白いエピソード豊富な上に、古文は適切に現代語訳され、各章末に「家庭の呪術」を紹介するコラムがついているなど、気軽に読めるものに仕上がっている。(時折、著者の癖なのか、回りくどい文章が気になる。「二度言うな」って突っ込みたくなる)

 一回の呪術に対して術者に支払われた報酬を現代の物価に換算するなど、生活に根差した具体的な記述が興味深かった。
 それによると、貴族の依頼に応じて民間の陰陽師(法師陰陽師)が呪術を行なう場合、一回100万円ほどの報酬が見込まれたというから、実にいい商売である。
 すでに僧侶として修業中の自分の息子を改めて陰陽師に転職させるかどうかで迷う貴族の父親の話が出てくるが、なんとも生臭くて人間的!(笑)
 相談された見識ある僧侶は、当然、これに反対する。

僧侶が仏法を離れて外法に携わるというのは、末永く仏の教えを捨てることなのです。
・・・・陰陽師になるというのは、地獄に堕ちる契機なのです。 

 安倍晴明のような選ばれた数少ない官人陰陽師は別として、民間の法師陰陽師はいかがわしく罪深い存在とみなされていたらしい。(この回答を聞いた父親がどう判断したかは残念ながら書かれていない)
 
晴明と道満
官人陰陽師の代表・安倍晴明(左)と
民間陰陽師の代表・蘆屋道満(右)

 最終章において著者は、現代日本人の呪術への憧れについて、“人を呪い殺したくなったことがある”自分自身を顧みながら分析し、その本質を「自分だけのズルへの憧れ」と述べている。

 少なくとも、著者の場合は、この現代日本において、自分だけが呪術を使える身になりたいのであって、現代の日本が、突如として、誰もが当たり前のように呪術を使える世界に変わってしまうことなど、これっぽっちも望んでいないし、また、誰もが当たり前のように呪術を使える異世界へと、著者自身が赴くことなども、少しも望んでいない。そんな世界は、むしろ、願い下げである。

 自分にとって邪魔な人間、憎い相手を呪い殺しても、今の法律では罰せられることはない。
 狙った獲物を相手にそれと気づかせることなしに思い通りにできる。
 手に縄が掛けられるおそれなく野望が果たせる。  
 「透明人間になれたら・・・」というエッチな下心を含む願いと同じようなものだろう。
 
 ソルティは実在する霊能者・寺尾玲子の活躍を描いた『ほん怖コミック』(朝日新聞出版発行)をたまに読むのだが、実によく呪術の話が出てくる。
 誰かの仕掛けた呪術によって日夜苦しめられている読者からの霊障相談を、寺尾玲子が驚異的な霊能力を用いて術者と術式を見抜き、様々な方法を用いて解決するという筋書きである。
 これがノンフィクションであってみれば、科学万能の現代日本でもかなり頻繁に呪術が行われているんだなあと変に感心する。 
 王朝時代も江戸時代も現代も、「ズルしたい」という人間の本質は基本変わっていないので、あって当然というべきなのだろうが。

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 考えてみれば、テーラワーダ仏教に伝わる「慈悲の瞑想」の効用をそれなりに信じて実践しているソルティもまた、呪術というかまじないを信じているのである。
 違いは、相手の不幸を願う代わりに幸福を願うところ。
 自分を害するような憎い相手、嫌いな相手の幸福を願うのは難しいところであるが、これにはそれなりの理屈がある。
 一つには、昔からよく言うように「人を呪わば穴二つ」、つまり呪術は必ず仕掛ける人間自身に何らかの形で戻って来て害をなすからである。
 人を呪うというその気持ち自体がすでに術者の中にマイナスエネルギーを生みだし、溜め込んでいく。
 それは術者の心身に悪い影響を及ぼすだけでなく、「類は友を呼ぶ」という言葉通り周囲の同じような悪いエネルギーと共鳴し合い、引き寄せてしまう。
 単純に言っても、顔つきが悪くなる。
 自分を呪う相手を呪い返すことは、自分もまたマイナスエネルギーの世界に足を踏み入れてしまうことになる。
 相手の思うつぼである。
 
 いま一つは、人が呪術に頼るほど誰かを恨んだり憎んだりしているとき、その人間は不幸のどん底にいるわけである。
 なので、自らに仕掛けられた呪術を解くには、仕掛けた相手に幸福になってもらうのが一番の得策であって、それには慈悲のエネルギーを相手に送るのが良い。
 柔よく剛を制す。
 
 ――というようなことをどこかで信じているのだから、ソルティも王朝時代の人々とたいして変わりなく、迷信深く、非科学的で、お目出たいのだろう。
 もちろん令和の現代では、ままならない周囲の状況を変えるには「ズルをする」という手だけでなく、ネットで問題提起するなり、味方を集めて運動や裁判を起こすなり、メディアを利用して世論を形成するなり、合理的で合法的な手段がある。
 それこそ、選挙権は日本のすべての成人に平等に与えられている呪符といったところ。
 無駄にしてはいけない。(おあとがよろしいようで)




おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損