2018年岩波新書

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 先ごろ大宅壮一ノンフィクション賞をとった『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』(文藝春秋)の著者による、「人生のテーマ」となったと言うもう一つの事件を描いた渾身のノンフィクション。

 早大キャンパスに自由と平和を取り戻すべく、仲間と連帯し、徒手空拳で革マル派とたたかった樋田は、卒業後朝日新聞に入社した。
 新聞記者として経験を積み、人脈を広げ、実力を身に着けてきた9年目、兵庫県西宮市にある阪神支局で一大事件が勃発する。

 1987年5月3日の夜8時過ぎ、目出し帽で正体を隠した男が阪神支局のビルに侵入し、雑談していた記者らを散弾銃で撃った。
 当時29歳の小尻友博記者が射殺され、42歳の犬飼兵衛記者は重傷を負った。
 犯人は赤報隊を名乗る右翼らしき一味で、凶行後にマスコミ宛に犯行声明を送った。
 「この日本を否定するものを許さない」「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」云々。
 当時樋田は大阪社会部に所属していたが、3年前まで阪神支局にいた。
 事件後に担当デスクより特命を帯び、選ばれた仲間と共に事件を取材し、犯人探しに奔走する。

 私と仲間たちが、この30年間にしてきたのは、一般的な取材ではなく、犯人を追い求める取材だった。(犯罪に使用された)ワープロや銃など物証に関わる情報収集も重要な仕事だったが、より究極な任務は、犯人かもしれないと考えた人物に会うこと、犯人について何か手がかりを得られそうな人物に会い続けることだった。取材者の多くは、右翼活動家たちで、暴力団関係者もいた。(カッコ内ソルティ補足)

 実際の死傷者を出した上記の事件のほかに、赤報隊は複数のテロ事件を起こし、そのたびに同じワープロによる犯行声明を出していた。

1987年(昭和62年)
  • 1月24日 朝日新聞東京本社に発砲。怪我人なし。
  • 5月3日  朝日新聞阪神支局を襲撃。1名殺傷、1名重傷。
  • 9月24日  朝日新聞名古屋本社社員寮を襲撃。記者不在だったため寮内で発砲し逃走。
1988年(昭和63年)
  • 3月11日 朝日新聞静岡支局に時限爆弾を設置。装置に不備があり爆発ならず。
  • 3月11日 中曽根康弘・竹下登両元首相に脅迫状を送る。
  • 8月10日 江副浩正リクルート元会長宅を襲撃、発砲。怪我人なし。
1990年(平成2年)
  • 5月17日 愛知韓国人会館に放火。怪我人なし。

 警察および朝日新聞社による懸命な捜査も空しく、事件は2003年に時効を迎え、お蔵入りとなった。
 本書は、2017年に朝日新聞を退社した樋田が、これまでの膨大な取材資料をもとに執筆したものである。

赤報隊事件記事 (3)
毎日新聞1987年5月4日付朝刊より

 1987年と言えばバブル絶頂の頃合い。
 ソルティは都内に住み、都内の会社に勤務していた。
 が、この事件の記憶がほとんどない。
 当時は超タカ派の中曽根康弘が政権を握り、戦前回帰を思わす国粋主義的な政策が次々と打ち出されていた。国家秘密法案(現「特定秘密保護法」)上程、靖国神社公式参拝、復古調の教科書の検定通過 ・・・・・e.t.c.
 それに対して全社を挙げて中曽根政権を批判していたのが朝日新聞社だった。
 右翼の赤報隊が朝日新聞社を目の敵にするのは自然である。
 一方、中曽根や竹下に脅迫状を送ったのは、アジア諸国からの強い非難を浴びた両者が後退姿勢を見せたことによる苛立ちが原因と推測された。

 当時ソルティは右でも左でもなかった。
 産経新聞を取っていたが、その理由は読売や朝日より購読料が安かったからで、それがもっとも右寄りの新聞であることも知らなかった。
 ありていに言えば、政治に無関心だったのである。
 「バカな右翼が何かやってるなあ。朝日新聞も受難だなあ。さて今日は何の映画を観に行こうか」といったノンポリ気まま役立たず新人類だった。
 つくづく、感情や関心によってタグづけされなければ記憶は残らないのである。

 本書を手にしたのは、ここ最近の旧統一協会騒動をめぐるネット情報の中にこの事件の名前を見かけたからである。
 赤報隊事件は右翼の仕業だろう? なんで統一協会が?
 そう言えば、『彼は早稲田で死んだ』を書いた樋田毅が、赤報隊事件についても本を出していたっけ・・・・。
 ということで図書館で借りて読んでみたら、びっくらこいた。
 この事件の捜査線上には右翼と並んで統一協会も上げられており、当時から警察も樋田たちも協会の周辺、とくに協会肝いりの政治団体である国際勝共連合を探っていたのである。
 反共産主義を掲げている右寄りの統一協会および勝共連合にとって、朝日新聞は封じ込めたい敵(サタン)の筆頭であるが、そればかりでなく、当時朝日は統一協会のいわゆる“霊感商法”を批判する糾弾キャンペーンをおこなっていた。
 両者は強い緊張関係にあったのである。

 ソルティはこちらのほうなら覚えている。
 80年代後半から統一協会の強引な資金調達活動(信者からの集金)や教団への勧誘やマインドコントロールの実態などが、脱会した元信者の証言や被害者を支援する弁護士の解説とともに、マスコミに取り上げられるようになった。
 その頂点は92年に韓国ソウルのオリンピック・スタジアムで行われた合同結婚式。
 桜田淳子、山崎浩子、徳田敦子ら有名人が参加したこともあって、報道は熾烈を極めた。
 その後、95年にオウム真理教事件が勃発したこともあって、統一教会の動向は世間からよく見えないものになった。

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 本書第1部では赤報隊事件の概要が物語風にわかりやすく説明され、第2部では犯行声明の内容からして最も濃厚な被疑者と思われる右翼に対する樋田らの捜査経過が記されている。
 
 一言で右翼と言っても、様々な思想・政治的背景、行動形態、活動分野があることが分かった。そして、私たちが追いかけている「赤報隊」は、右翼世界のどのあたりに位置しているのか。日本の右翼の世界を図式化することで、「赤報隊」に迫る道筋を探ることができるのではないかと考えてきた。

 読者の理解を助けるべく本書に掲載されている右翼世界の分類図が非常にわかりやすい。
 今後の右翼に関するニュース報道や資料を読み解く際に役だつと思うので、ここに上げさせていただく。
 
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本書より転載(樋田毅作・日本の右翼の構図)

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本書より転載(樋田毅作・日本の右翼の6つのグループ) 

 樋田および朝日新聞特命班は、警察がマークした9人の容疑者――新右翼団体「一水会」の鈴木邦男含む――をはじめ、全国約300人の右翼思想家・右翼活動家に取材して調査を進めてきた。
 暴力を肯定する猛々しい敵の中に乗り込んでいく樋田の度胸や執念、プロ根性は見上げたものである。
 同僚の死に対する「弔い合戦」的な思いは当然あったであろう。
 その奥には学生時代に挫折した革マル派との攻防の記憶、キャンパスで殺された川口大三郎君の「カタキを取る」という思いもあったのではなかろうか。
 右であれ左であれ、暴力は絶対に許さないという樋田の信念が全編にあふれている。
 だが、残念ながら樋田ら特命班は、右翼の中に犯人を特定することはできなかった。 

 第3部では、統一協会(本書ではα協会と記載)および勝共連合(同様にα連合)に対する捜査過程が記されている。
 ここでは、勝共連合内部で朝日新聞に対する憎悪が半端なく高まっていたこと、全国に20を超える射撃場付きの銃砲店を持っていること、軍事訓練を受けた秘密部隊があった(ある?)らしいこと、裏工作を専門とする機関があったこと、内輪もめから協会を追放されその後協会を告発する記事を発表した元広報局長が何者かによって瀕死の重傷を負わされたこと、などが取材によって明らかにされる。
 元信者の証言や潜入取材などから浮かび上がる統一協会の実態が(そのまま事実であるならば)実に恐ろしい。
 松本清張が『日本の黒い霧』の中で取り上げたGHQのキャノン機関の謀略の数々を連想させる。
 しかし結局、赤報隊事件とのつながりを示す明らかな証拠はここでも見つからなかった。

 犯人側はなぜ、阪神支局を襲撃したのか。なぜ、小尻記者を射殺したのか。なぜ、赤報隊と名乗ったのか。なぜ、朝日新聞の関連施設を攻撃対象に選び続けたのか。そもそもの犯行目的は何だったのか。30年間にも及ぶ取材にもかかわらず、事件をめぐる謎は何一つ解明できていない。時間の経過とともに、取材対象は広がったが、事件をめぐる闇は深まるばかりである。

 黒い霧はいまも日本を覆っている。
 この霧の背後になにが隠されているのだろうか?
 真夏の怪談にも増して怖い。
 怖いけれど、もはやノンポリではいられない。
 事態は切迫している。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損