2015年毎日新聞出版
「国防について考えよう」と思い、まず『蒙古襲来』を読み、2冊目でこの本に当たったのはラッキー至極であった。
本書は、これからの日本の国防を自ら考え、人と議論し、政策提言しようとする人ならば、絶対に読んでおくべきテキストと言える。
すべての国会議員に読んでおいてもらいたいくらいだ。
その何よりの理由は、著者のバックボーンにある。
現在東京外国語大学大学院教授をつとめる伊勢崎賢治は、根っからの研究者ではなく、長らく国際紛争の現場にいた人間であった。
1957年生まれ。早大大学院博士課程修了後、インドのスラムで住民運動に関わり、国際NGOの一員としてアフリカで活動。その後、国連の要請により東チモールやシエラレオネの紛争地帯に派遣され、現地の暫定政府の県知事や武装解除を担当。日本政府特別顧問としてアフガニスタンでの武装解除を担当。
国際情勢や紛争現場にくわしい海千山千の紛争解決のスペシャリストなのである。
戦後生まれで銃弾の飛びかう紛争現場に足を踏み入れたことのない日本の国会議員たち(左右問わず)の語る国防論が、まさに「絵にかいた餅」でしかないことが白日のもとに晒される。
それが副題にある「9条もアメリカも日本を守れない」、すなわち、現状の日本国憲法も日米安保も国を守るに十分でない。
「そのとおり。だから自衛隊を国軍化し、防衛費増額・戦力増大をはかり、核を保有し、徴兵制を導入し、アメリカに頼らない強い日本を作って、自国は自分の手で守ろう! 世界に誇る日本になろう!」
――といった日本会議など保守右翼が喜ぶ結論に導かれそうだが、著者のスタンスはそこにはない。
なぜなら、
仮想敵国(ソルティ注:中国)の目の前にいながら国防上の“懐”のない日本。だからこそ、かつては大東亜共栄圏を夢想したわけですが、今は平べったい島国に「原発」を並べただけの日本。
これをボクシングにたとえるとすると、大きなアメリカをセコンドに持つも、9条で後ろ手に縛られたまま、自ら腹をひっ捌いて臓物を敵に露出しているようなものです。この臓物を引っ込めて傷口を縫うことは未来永劫できません。核物質を地球外に廃棄する技術ができない限りは。
そして、もちろん、臓物が狙われたら真っ先に逃げるのはセコンド(アメリカ)でしょう。3・11の東日本大震災の時、横須賀の米空母ジョージ・ワシントンが真っ先に逃げ出したように。
つまり、日本は、臓物を攻撃しないという敵の善意、原子力施設への攻撃が違法化されている国際人道法や戦時国際法を、北朝鮮も含めた国連加盟国なら「守る」だろうという、薄氷のような“良識”に依存してゆかなければ、国防という概念さえ成り立たないのです。
(本書より)
そう、原子力発電所に爆薬の積まれたドローン一つ落下で、「日本はおしまい」なのである。
なのに、集団的自衛権容認でアメリカやNATOがかかわる戦争に兵を出さなければならなくなり、敵対国に容易に「敵」とみなされる確率が増えた。
2001年9月11日のアメリカの同時多発テロに見るように、国家組織ではないテロリストのような「まともじゃない敵」が増えた。
そのような国際情勢にあって、日本に害意を持たなかった国から敵視される状況を生むような政策を押し進め、かつ、歴史修正主義によって相手国家や民族のみならず国際人権世論さえ敵に回すことにやっきとなっている現・保守政権のスタンスは、国防とは真逆のものである。
では、どうしたらいいか?
本書では、日本のあるべきグランドデザインの姿を探りながら、日本だからこそ、国際平和のためにできることを探っていきます。(「はじめに」より)
という言葉にある通り、著者は日本が現在抱えている様々な対外的軍事課題を分析し、具体的な提言を行っている。
沖縄問題、尖閣諸島をめぐる中国との関係、北朝鮮の拉致問題、難民受け入れ問題、原発テロへの対策、集団的自衛権の問題点、グローバリズムテロリズムとの闘い、日本のPKOへの関わり方・・・。
いずれの処方箋も、国際紛争の現場を良く知る者だけができる、客観的な分析と明確な根拠と豊富な経験をもとにした現実的なものである。
我々が今どんな時代、どんな世界に生きているか。
日本はその中でどういった位置に置かれているか。
それらを一望のもとに鮮やかに示してくれる内容に、目の前の霧が払われるような爽快感、頭の皮が一枚剥けるような覚醒感さえ覚えた。
まさに「新」国防論の名にふさわしい。
まさに「新」国防論の名にふさわしい。
こんな人がいたのか!
巻末近くで著者が披露している「日本の指針10」は、国防を考え議論していく上での押さえておくべき前提であると同時に、日本という国家のひとつの方向性を示すものである。
護憲派にも改憲派にもどちらでもない人にもぜひ読んでほしい。(ちなみにソルティは、改憲派にして護憲派――憲法は変わってあたりまえ、護ってあたりまえ――である)
やはり、まずすべきことは国際情勢と国際法を良く知り、さまざまな脅威の質と大きさと現実性を再吟味し、日本の置かれている位置を客観的にできるだけ正確に見ることだろう。
国連憲章の定めている「敵国条項」について知らない国民や政治家、政治評論家なども多いのではあるまいか。
次に、紛争現場をよく知っている著者のような人間の声を聞き、政策に生かすことだろう。
「敵」とされる者たちの背景や思考方法や理念や行動様式をよく理解し、臨機応変で適切な対応のできる人材が育成・登用されなければならない。
「日本は強い、日本は美しい、××国は悪い、××国は危険だ」を馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す政治家では話にならない。
ソルティは、伊勢崎賢治に外務大臣か防衛大臣をやってもらいたいと思ったが、自民党政権であるうちはまず無理だろう。
さらに、国際人権世論を味方につけることも欠かせない。
唯一の被爆国である日本は本来ならそれが最もたやすくできるはずなのだ。
それにはまず、国民の人権意識向上が急務だ。
歴史修正主義の横行を許さないことが大切だ。
大日本帝国幻想も、9条絶対のお花畑ファンタジーも、現実と向き合っていないという点では同類である。
一刻も早く夢から覚めて、「唯一の被爆国で戦争放棄を決意した国である」と同時に、「いまだに国連憲章の定義する“敵国”である」という条件を逆に強みとするような国防策が望まれる。
「敵を作らないこと、内政を安定させることが最良の防衛」という著者の言葉には、十分な説得力がある。
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損