2015年フジテレビ放映
前編170分、後編163分
原作 アガサ・クリスティー
監督 河野圭太

 フジテレビ開局55周年特別企画として制作された5時間を超える長編ドラマ。
 三谷幸喜の脚本と豪華キャストが話題となった。 

 原作や海外での2度の映画化作品と大きく違うところは2点。
 一つは、原作と同じ1930年代前半を時代設定にしながらも、場所がヨーロッパから日本に変換されている点。
 登場人物はすべて日本人であり、下関から東京に向かう豪華寝台列車「特急東洋」(英語にするとオリエント)が殺人現場に設定されている。
 この変換は、原作に見られる豊かな国際色や乗客の多様性の面では興趣を削がれている感なきにしもあらずだが、そこは島国で多民族国家でない日本ゆえ、致し方ないところ。
 おおむね、不自然さを感じさせない変換に成功している。
 もちろん名探偵ポワロもベルギー人から日本人・勝呂(すぐろ)に変換されている。

 いま一つは、犯罪が起きてから事件が解決するまでを描いた原作や映画化作品とは違って、犯人が犯行に至るまでの経緯をじっくりと描いた点。
 つまり、列車の中での殺人事件発生とポワロの活躍が中心となる探偵視点の前編に加えて、犯行の動機となった過去の出来事や犯罪計画実施に至るまでの苦心惨憺を描いた犯人視点の後編が付け加えられている。
 別の言い方をすれば、推理ドラマに加えて人間ドラマの味が濃厚になっている。

 むしろ、本作の大きな特徴はこちらのほうにあるだろう。
 脚本家である三谷の創作モチベーションを高め、腕の見せどころと言えるのも前編より後編にある。
 それがうまく行っているかどうかは、原作ファンそれぞれの感想にまかせるほかあるまい。
 ソルティ自身は、2017年にケネス・ブラナー監督&主演で映画化された作品のほうが、人間ドラマとして感動大であった。
 三谷は根がコメディ作家であるので、観る者に瞬発的な衝撃は与えられても、深い人間悲劇を描くには向かないように思う。いまやっている『鎌倉殿の13人』を観てもそれは感じる。
 とは言え、クリスティの原作から想像を発展させて犯人たちの心模様や人間関係を描こうとしたチャレンジ精神は、敢闘賞に十二分に価しよう。
 なんと言っても、5時間超えのドラマを退屈させずに見せる筆力は尋常ではない。

蒸気機関車
 
 ポワロ(勝呂)役の野村萬斎、ハーバード夫人(羽鳥夫人)役の富司純子――2015年の映画ではミッシェル・ファイファーの好演が光った――が芝居巧者ぶりを発揮している。
 轟侯爵夫人(草笛光子)のメイドを演じる青木さやかも意外なうまさ。お笑いタレントの印象が強いが、もはや立派な女優だろう。
 『鎌倉殿』でも重厚感と存在感を見せつけた西田敏行と佐藤浩市の至高のバイプレイヤーぶりは言うまでもない。この二人は三國連太郎で結びついてるのだな、きっと。
 


 
おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損