2009年文藝春秋
2011年文庫化
全4巻

 映画『ひめゆりの塔』、ドキュメンタリー『沖縄戦』と、このところ沖縄戦がマイブームになっている折、最寄りのブックオフに行ったら店頭ワゴンで一冊105円で売っていた。
 沖縄をテーマとした山崎豊子の最後の完成作である。

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 『暖簾』『ぼんち』『女系家族』『白い巨塔』『沈まぬ太陽』と山崎作品には原作や映画でずいぶん接してきたが、共通して言えることは、実に良く取材していること、骨太で構成がしっかりしていること、そして男を描くのが上手いこと。
 とくに、男を主人公とした『白い巨塔』『沈まぬ太陽』『運命の人』を読むと、よくもまあ女の身で、男の欲望や嫉妬やコンプレックスや孤独が分かるものだなあと感心する。
 男を描いてここまで成功した本邦の女性作家は、紫式部をのぞくと他に見当たらない。
 骨太の構成力という点も合わせて、著者自身かなり男性的な人だったのではなかろうか。

 本作は、1985年8月の日本航空123便墜落事故を描いた『沈まぬ太陽』と同様、「事実を取材し、小説的に構築したフィクション」である。
 1972年の沖縄返還をめぐる日米交渉の中で実際に起こった事件がもとになっている。
 俗に言う、沖縄密約暴露事件あるいは西山事件である。

 沖縄返還協定成立直後の1972年(昭和47)3月末から4月初めにかけて、衆議院予算委員会を舞台に、社会党の横路孝弘代議士ら野党議員が、外務省の極秘電報2通を材料に、沖縄返還交渉をめぐる日米間の密約問題を暴露し、佐藤内閣の責任を追及した。
 これをきっかけに、同年4月4日外務省は、同省の蓮見喜久子事務官が電報の内容を新聞記者に漏らしたという疑いで、同事務官を国家公務員法第100条(秘密を守る義務)違反容疑で告発した。警視庁は、蓮見事務官と、同事務官に秘密漏洩をそそのかした容疑(国家公務員法111条)で毎日新聞社政治部の西山太吉記者を逮捕、起訴した。
(『コトバンク 小学館日本大百科全書』より抜粋)

 当時ソルティは小学生だったので、この事件について知らなかった。
 長じてからも、沖縄密約と言うと在日米軍基地にある核の有無にかかわる問題という認識であった。
 が、当事件で問題となったのは核ではない。
 沖縄返還にあたって地権者に対する土地原状回復費400万ドルをアメリカ政府が支払うことになっていたが、実際には日本政府がその分を肩代わりして、形の上だけアメリカが支払ったように見せかける「密約」をしていたのである。
 毎日新聞記者だった西山太吉は、外務省事務官の蓮見喜久子に近づき男女関係を結んだうえで密約の証拠となる資料を手に入れ、政府の不正をすっぱ抜いた。
 佐藤栄作首相を頭にいだく政府は密約を全面否定し、西山と蓮見を国家機密漏洩のかどで裁判に訴えた。

 結果だけ言えば、西山と蓮見はともに有罪となり、職も家庭も社会的信用も失った。
 どちらも既婚者だったのでW不倫(当時この言葉はなかったが)であり、男女関係をもとに西山が蓮見を「そそのかし」罪を冒させたというストーリーが出来上がって、週刊誌を中心にマスコミを騒がす桃色スキャンダルとなり、二人(とくに西山)は世間の非難を浴びることになった。
 裁判では西山の取材方法が、法にてらして適切か否かが問われた。
 
 結果だけ言えば、密約はあった。
 後年になって、米国側の資料からそれは裏付けられた。
 つまり、密約による国民への背信行為および国民の「知る権利」という重要な問題が、大衆の喜ぶ桃色スキャンダルに覆い隠されていったのである。
 のちにノーベル平和賞をもらうことになる佐藤首相にとって、自らの花道を飾る沖縄返還に関してケチをつけられることは、絶対に許容できなかったのであろう。
 
 もちろん、「事実を小説的に構築して」いる本書に実名は出てこない。
 西山太吉は弓成亮太に、蓮見喜久子は三木昭子に、佐藤首相は佐橋首相に変えられている。
 ほかにも、ナベツネもとい渡邊恒雄、大平正芳、田中角栄、福田赳夫、横路孝弘、後藤田正晴ほか、それと分かる著名人が別名で登場する。
 フィクションとノンフィクションの合い間を狙った小説は、裁判になった三島由紀夫の『宴のあと』に見るように、プライバシー侵害や名誉棄損や営業妨害などの問題が生じやすいので、書くのは難しいと思うが、同じ手法を用いた『沈まぬ太陽』で成功をみている山崎にとって、お手の物だったのだろう。
 言うまでもなく読者にとっては、どこまでが事実でどこからが創作(想像)なのだろう?――という好奇心をくすぐって、面白いことこのうえない。
 地裁から高裁、そして最高裁へと続く“国家権力V.S.ジャーナリズム”の法廷闘争の描写も、被告原告双方をめぐる人間関係の模様とともに関心をそそられる。
 あとがきによると、すでに80歳を超えていた著者は病気をおして執筆していたらしい。
 前作の『沈まぬ太陽』にくらべれば筆力の低下は否めないものの、驚くべきパワーである。
 
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David MarkによるPixabayからの画像

 本書の主人公は弓成(西山)なので、事件は弓成の視点から描かれている。
 弓成は、有能でエネルギッシュで野心あふれる一記者として描かれる。
 政府の隠したがる機密を暴いて時の首相の逆鱗に触れたため、権力を敵に回すことになり、記者生命ばかりか家族をも失うことになった悲劇の人として描かれている。
 特ダネを手に入れるため男女関係を巧みに利用した卑劣な男としてではなく・・・。
 一方、某週刊誌がスクープした30代女性事務官の涙の告白――「私は弓成記者に酔った勢いで体を奪われ、一方的に利用されたあげく捨てられた」――は、現在なら鼻白むところであるが、70年代は十分通用した物語であった。
 男と女の間のことだけに、真相はどこらにあるのか、正直わからない。
 ただ、弓成(西山)が「取材源の秘匿」という記者の使命を守れなかったのは事実であり、一審判決のように秘密書類を持ち出した女性事務官だけが有罪となるのは、心情的に解せないところではある。
 
 社会的破滅に追いやられた弓成が、自死すら考えて沖縄へと渡る最終巻が、この物語の真骨頂であろう。
 弓成はそこで沖縄戦の真実に触れていくことになる。
 住民たちが集団自決した洞窟(読谷村のチビチリガマ)や、爆弾が雨あられと降り注いだ本島南部に足を運び、生き残った人から想像を絶する体験を聞く。
 米軍に集団レイプされた現地の女性から生まれ、父からも母からも捨てられた女性の苦しみに寄り添う。
 米軍統治下において先祖伝来の土地を収用された住民たちの怒りの声に耳を傾け、粘り強い奪還運動のさまを知る。
 また、1995年の3人の米兵による少女暴行事件と怒りの県民大集会、2004年の琉球大学キャンパスへの米軍大型ヘリ墜落事件を、リアルタイムで経験する。
 そこには、米軍そして日本政府から沖縄が被ってきた圧倒的な暴力と冷遇と無視の歴史がある。

 沖縄はつねに本土を守るための犠牲、人身御供になってきた。
 本土の大新聞社のエリート記者としてばりばりと特ダネをものにし、ある意味権力のお膝元で働いてきた弓成は、人生ではじめて挫折し、逃げるように沖縄にわたった。
 そこで現地の人々のあたたかさと美しい自然に触れて心の傷をいやし、沖縄の歴史と沖縄戦の真実を学び、人々の深い悲しみや怒りを知って、「語るべきこと」を見出し再生してゆく。
 これは一人の人間の成長の物語でもある。
 
 日本にある米軍基地の75%が集中している沖縄という島の現状と、そこで日々起きている様々な理不尽の因は、ひとえに戦後の日米間の不平等な関係にある。
 沖縄に犠牲を強いてきた政府もとい本土の人々の冷たさと無関心にある。
 戦後75年経つのに一向に改善できない、どころか緊張高まる東アジア情勢においてますます物騒な様相を呈している。
 沖縄戦で亡くなった20万を超える御魂も浮かばれまい。
 
さとうきび畑



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損