先週日曜日(11/27)のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、源実朝(柿澤勇人)が鶴岡八幡宮の石段で公暁(寛一郎)に暗殺された。
 ネット上には実朝ロスの声が氾濫している。
 純粋で誠実すぎるゆえに周囲と齟齬をきたしてしまうナイーブな実朝を演じきった柿沢勇人は、確かに素晴らしかった。
 ゲイセクシュアリティを匂わす主人公に、ここまで世論が味方する時代になったのだな~、と時代の変化に感じ入った。

 ソルティはこの機会に源実朝の自選集『金槐和歌集』を読み、時代を超越した詩心に驚嘆した。
 ドラマの進展に合わせてツイッターに放った歌を、テーマごとにまとめて再掲載し、実朝供養としたい。

【孤独】
 実朝の孤独は、青春期にある若者なら誰でも感じるような淋しさであると同時に、生まれる時代と場所を間違えた天才ゆえの孤独である。
 王朝時代風の文学的な資質を持ちながら、武蔵という辺境の武家社会に生を享けた。
 古代から中世へと移り変わる時代に生きながら、内面的には近代的な青年そのものであった。
 実朝の孤独は、近代人の孤独――夏目漱石や正岡子規や島崎藤村や三島由紀夫や我々がもつ実存的孤独と、とっても近い。 
 それだけに、周囲に実朝の心を理解できる人間なぞ誰もいなかった。 
 
ながめつつ 思ふも悲し 帰る雁
行くらむ方の 夕暮の空
(ねぐら目指して帰る雁が夕暮れの空に吸い込まれていく。悲しくてやりきれない)

ひとり臥す 草の枕の 夜の露は
友なき鹿の 涙なりけり
(旅先で独り寝ている私の枕は露でしとどに濡れる。いいや、この露は友のいない鹿の涙なのだ)

苔の庵(いほ)に ひとりながめて 年も経ぬ
友なき山の 秋の夜の月
(心のうちを語らう友もないままに苔むすほど馴染んだ独り住まい。月の光だけが差し込んでいる秋の夜だよ)

秋風は やや肌寒く なりにけり
ひとりや寝なむ 長きこの夜を
(秋風が吹いて肌寒くなってきた。今夜も独りで長い夜を過ごさなければならないのか)

四国遍路1 2822



【恋】
 そんな実朝も恋をすれば普通の男。
 相手が同性なのか異性なのか、はたまた想像上のキャラなのかは知らないが、古今東西に通じる恋心を詠んでいる。
 ただ、「山に住む木こり」の心を想像するとか、「陸奥の金山の鉱夫」の境遇に思いを馳せるとか、平安&鎌倉時代の普通の男の感性ではない。
 自らとかけ離れた庶民、それも身分的には最底辺に置かれていたであろう山の民の内面に関心を示すあたりが、実朝の近代性を表している。
 つまり、「自分とは異なる存在=他者」を意識した人なのである。

天の原 風にうきたる 浮雲の
ゆくへ定めぬ 恋もするかな
(風に流される浮雲のように、私の恋もゆくえの見えないことだ)

君ならで 誰にか見せむ わが宿の
軒端ににほふ 梅の初花
(ただ君だけに見せたいんだ。こんなに見事に咲いた我が家の梅を)

あしびきの 山に住むてふ 山がつの
心も知らぬ 恋もするかな
(山に住んでいるという木こりの心のうちなど誰が知ろう? 私の恋する人の心のうちも知りようがない)

黄金掘る みちのく山に 立つ民の
いのちも知らぬ 恋もするかも
(みちのくの山で金を掘っている鉱夫のごとく、命がけの恋をしているこの私)

わが兄子(せこ)を 真土(まづち)の山の 葛かづら
たまさかにだに くるよしもがな
(愛しの君とたまにでもいいから会いたい。なんとか手繰り寄せる手段はないものかな)

夏深き 森の空蝉 おのれのみ
むなしき恋に 身をくだくらむ
(真夏の森の蝉の抜け殻のような空しい恋ばかりしている私。この身がばらばらに砕けそうだ)

さむしろに 独り空しく 年も経ぬ
夜の衣の 裾あはずして
(独りぼっちで寝るようになってずいぶんになる。着物の裾を合わすほどの人もいないままに)

四国遍路1 2907



【乱世】
 時は戦国。 
 源頼朝亡き後の鎌倉幕府の実権を誰が握るかで、陰謀や裏切りや謀殺や仲間割れが日常茶飯であった。
 3代将軍実朝は、北条義時をはじめとする周囲の御家人たちの陰謀術数や血で血を洗う争いに巻き込まれざるを得なかった。
 誠実で潔癖な人柄だけに、罪悪感や自責の念を背負うことになる。

宮柱 ふとしき立てて よろづ世に
いまぞ栄えむ 鎌倉の里
(社殿に立派な柱を立てて、万世も栄えあれ、わが鎌倉よ)

もののふの 矢並つくろふ 籠手のうへに
霰たばしる 那須の篠原
(那須の篠原では御家人たちが箙に差した矢の並び具合をたしかめている。その籠手の上に霰が勢いよく降りかかっている。狩りが始まる)

世の中は つねにもがもな 渚こぐ
海人の小舟の つなでかなしも
(波打ち際を綱に引かれながら漕いでいる小舟。なんとしみじみと平和な光景だろう。こんな世が続くといいのになあ~)

みよしのの 山に入りけむ 山人と
なりみてしがな 花に飽くやと
(ああ、鬱陶しい鎌倉を離れて、吉野の山奥に行きたいなあ。飽きるほど桜を見たいものだ)

身につもる 罪やいかなる つみならむ
今日降る雪と ともに消ななむ
(この身に積もった罪はいったいどれくらいの深さか。降ったばかりの今日の雪のように消えてくれたらどんなによいことか)

炎のみ 虚空に満てる 阿鼻地獄
ゆくへもなしと いふもはかなし
(今さら言ってもせんないことだが、この身は地獄の底に落ちて灼熱の炎で焼かれる宿めにあるのだ)

大海の 磯もとどろに 寄する波
割れて砕けて 裂けて散るかも
(とどろくばかりに押し寄せる磯の波のごとく、私の身も心も、割れて砕けて裂けて散るのだ)

四国遍路1 2811


【無常】
 心を寄せた御家人たちのあいつぐ死、親子兄弟間の醜い諍い。
 最終的には、この世の無常さや儚さ、人間の測り知れない煩悩と無明のさまを達観していただろう。
 自らの最期もある程度は受け入れていたと思われる。 
 なんと言っても、1052年から末法の世に入っていた。

月影も さやには見えず かきくらす
心の闇の 晴れしやらねば
(月の姿もはっきり見えない。悲しみにくれた心の闇が晴れないので)

うつせみの 世は夢なれや 桜花
咲きては散りぬ あはれいつまで
(この世は夢のようなもの。桜の花が咲いては散っていくように儚いものだ。この身もいつまであることか)

かくてのみ ありてはかなき 世の中を
憂しとやいはむ あはれとやいはむ
(かくも儚い世の中。つらいとか悲しいとか言うことすらむなしい)

世の中は 鏡に映る 影にあれや
あるにもあらず なきにもあらず
(世の中は鏡に映る影のようなもの。実在でもなく非在でもなく)

神といい 仏といふも 世の中の
人の心の ほかのものかは
(神とか仏とかいったところで、結局は人の心がつくったものでしかない)

四国遍路1 2745


【純真】
 源実朝がどんな人であったかは、『吾妻鏡』のような歴史書よりも、むしろ彼が詠んだ歌から想像するのが真実に近いと思う。
 次にあげる歌などは、実朝の純真さや、小林一茶に通じるような動物や子供など弱い者に対する慈しみの心を感じさせる。

ものいはぬ 四方の獣(けだもの) すらだにも
あはれなるかなや 親の子を思ふ
(言葉を知らない獣でさえ、親が子を思う気持ちを持っているではないか。親兄弟で争い合う人間たちの愚かしさよ)

時により 過ぐれば民の 嘆きなり
八大龍王 雨やめたまへ
(八大龍王よ。いくら天候を司る力がある次の歌からと言って、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。もう雨を止めてくれ。民が泣いているのが見えぬのか)

旅を行きし あとの宿守 おのおのに
私あれや 今朝はいまだ来ぬ
(私が昨夜遅くに旅から帰ってきたことを知らないためか、今朝はまだ誰も出仕していない。それぞれに用事があるのだろう。閑散とした御所の静けさよ)

乳房吸う まだいとけなき 嬰児(みどりご)と
ともに泣きぬる 年の暮れかな
(生まれて間もない赤ん坊が母親の乳房を吸いながら泣いている。それを見ている私も知らず泣いてしまった。ああ、また一年が終わろうとしている)

谷深み 人しも行きて 告げなくに
鶯いかで 春を知るらむ
(鶯が鳴いている。谷が深いので誰も春の訪れを知らせに行くことができないはずだのに、どうやって春が来たのを知ったのだろう)

 
 以上28首。
 源実朝の享年と同じ数である。


四国遍路1 2813