1962年松竹
113分、カラー

 「秋刀魚の味」というタイトルが示すのは「庶民の哀歓」といったほどの意味だろうか。
 作中、東野英次郎演じる元教師が元生徒たちにご馳走されて泣いてよろこぶ鱧(ハモ)は出てくるが、サンマは出てこない。

 かつて原節子が演じた年頃の未婚の娘を、21歳の岩下志麻が演じている。
 岩下の小津作品出演は『秋日和』(1960)が最初だが、そのときは端役であった。
 2作目にしてヒロイン抜擢。凛とした美しさと原節子にはなかった快活感が光っている。
 岩下にとっては世界的大監督との貴重な共演機会となったわけであるが、後年の岩下の演技派女優としての活躍ぶりを思うと、俳優を型にはめ込む小津演出では岩下の真価は発揮できなかったであろうし、岩下自身もそのうち飽き足らなく感じたであろう。
 本作で小津演出に嵌まり込んで上手くいったのは、志麻サマが新人女優だったゆえ。
 その意味でも貴重な邂逅と言える。
 
 一方、父親役の笠智衆はこのとき58歳。
 若い頃から老け役を演じてきたが、ついに実際の年齢が役に追いついた。
 年相応の哀感あふれる演技は年輪を感じさせる。
 やっぱり実際に歳をとらないと出てこない味や風格、老けメイクではどうにもならないものがあることをフィルムは証明している。
 本作の笠の演技は、数多い出演作の中でも高評価に値しよう。
 それにしても、昭和の58歳は令和の70歳くらいの感覚だ。

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笠智衆58歳

 中村伸郎、東野英治郎、杉村春子、高橋とよ、三宅邦子ら小津作品のお馴染みは、それぞれに手堅い演技のうちに個性が醸し出されて楽しい。
 岸田今日子が珍しい。小津作品はこれ一作のみではなかろうか。
 翌年の文学座脱退騒動で仲違いした杉村春子との数少ない最後の映画共演作ということになる。(出番は重ならないが)

 娘のような若い嫁をもらって夜毎に励み、友人の平山(笠智衆)から「不潔!」と非難されてしまう男を北竜二という役者が演じている。
 これまで注目したことのない役者であるが、渋くて端正で、いい味出している。
 しかし「不潔!」はあんまりじゃないか・・・・。

 『晩春』(1949)で確立された小津スタイルが踏襲され、妻を亡くした男と婚期の娘、あるいは家族を失って孤独になった老境の男、すなわち家族の崩壊や老いというテーマもこれまで通り。
 ただ、どうにも気になるのは、本作は『晩春』や『東京物語』などとくらべて全般暗い。
 話の暗さや照明の暗さではない。
 原節子が出ていないからでもない。
 零落した元教師を演じる東野英次郎の演技が、あまりに真に迫っているからでもない。
 画面全体を厭世観のようなものが覆っている感があるのだ。
 この暗さはなにゆえだろう? 
 同じ年の初めに、小津が最愛の母親を亡くしたせいだろうか。
 体調の異変で死を予感していたのだろうか。
 『晩春』や『東京物語』の時とは違って、小津監督はもはや自らが撮っている世界を信じていない、愛していない。
 そんな気配が濃厚なのである。
 その暗さの中で唯一光を放っていた娘(志麻サマ)が家を出ていって、小津作品は幕を閉じる。

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嫁ぐ娘を演じる岩下志麻




おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損