2020年アメリカ
274分

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 原題は City Hall
 邦題の通り、ボストン市庁舎で働く市長はじめ市職員たちの日頃の仕事ぶりを撮ったドキュメンタリー。

 『パリ・オペラ座のすべて』『ナショナルギャラリー 英国の至宝』『ニューヨーク公共図書館』など公共施設を撮ってきたワイズマン監督が、次なるターゲットに選んだのが市役所。
 インタビューにおいて監督は、「6つの市役所に撮影許可を求めたところ、ボストンだけが受けてくれたのでここになった」と語っている。
 結果的にそれが金的を射止め、さまざまなルーツをもつ多民族から構成されるボストン市において、市民自治を実現すべく精力的に動き回るマーチン・ウォルシュ市長はじめ市の職員たち、そして市政に積極的に関わり自らの意見を堂々と述べる市民たちの姿を通して、多様性社会アメリカの現時点における民主主義の到達点が描き出されていく。
 一言で言えばそれは、ワイズマン監督自らが述べているように、「トランプが体現するものの対極にある」政治であり、とりもなおさず、安倍政権の流れを汲む現在の日本の自民・公明連立政権が体現するものの対極にあるということである。
 トランプの熱狂的支持者による連邦議事堂襲撃など民主主義の危機が叫ばれるアメリカであるけれど、やっぱり、「人民の人民による人民のための政治」という建国理念は生きている、アメリカの強さの秘密はここにあるのだなと感じさせる。

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Gordon JohnsonによるPixabayからの画像

 日々ボストン市庁舎のさまざまなセクションで行われている市民のための業務が、ボストン市の街並みや由緒ある建築物のショットを挟みながら、次々と映し出されていく。
 総合相談窓口、治安維持のための警察との会議、同性同士の結婚式、住民の強制的立ち退きを防止する策の検討、地域企業を集めての温暖化対策、若者のホームレス支援、ゴミ回収、公共施設の改善を求める障害者の集まり、麻薬対策、道路の舗装工事、中華料理のワークショップ、保護犬のワクチン接種、民家のネズミ駆除、大麻ショップ出店に対する地域の話し合い、賃金格差是正を求めるラテン女性の集まり・・・e.t.c. 
 すべての現場に市職員が出向き、多様な市民の意見を聴き、集会を重ね、施策にまとめていく。
 そこには高度のヒアリング能力とコーディネート能力、それに人権尊重を基盤とした民主主義に対する確固たる信念が必要とされる。
 むろんそれは、ボストン市民ひとりひとりにも求められるものである。

 本作を観ながら、ソルティは笠井潔が『新・戦争論 「世界内戦」の時代』で書いていた一節を思い出した。

国家の統治形態でない本物の民主主義は、さまざまな国や地域から吹き寄せられてきた、難民のような人々が否応なく共同で生活する場所、先住民と移民とが雑居していたニューイングランドや、カリブ海の海賊共同体のような場所で生まれます。

 『ボストン市庁舎』で描き出されていること、人口約71万のマサチューセッツ州ボストン市で日々起きていることは、まさに上記のことである。
 さまざまな人種・民族・宗教・文化・言語をもつ人々、障害者、LGBTQ、高齢者、ホームレス、戦時トラウマに苦しむ帰還兵などのマイノリティ。
 多様な背景をもつ人々が、それぞれの権利を主張しつつ、互いの違いと基本的人権を認め合いながら、平和的手段で合意形成を図っていく気の遠くなるような対話が日々繰り返される現場――それが民主主義を選択した市民が担わざるを得ない義務と使命なのだと、映画は語っている。
 この骨の折れる、誰もが自らの価値観を点検し修正せざるをえない衝突と葛藤と気づきと妥協を通して、市民は他者との共生のための流儀を学び、成熟していく。
 一枚岩でない多様性は地域を強くする。文化的にも経済的にも。
 真の民主主義を日本に根付かせるために、「移民を無制限に受け入れよ」という笠井潔の発言が実に理に適っていることが、本作を観ると実感される。

 274分という上映時間はたしかに長い。
 劇場でいっぺんに観るには、かなりの体力と気力を必要とする。
 しかし、「どこか削って、せめて3時間にまとめてくれれば・・・」と思っても、削ってもいいと思われる部分が指摘できない。
 一つ一つのエピソードが、一つ一つの対話や市長コメントが等価に重要。
 それが民主主義というものなのだ。
 
 「同性愛は非生産的」とか、「女性はいくらでも嘘がつける」とか、チマチョゴリやアイヌ民族衣装を「品格がない」と貶める発言をする人間を国会議員にしておく、あまつさえ内閣の要職につけている日本は、いったい何周遅れだろう?




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損