2016年アメリカ、オーストラリア
139分

 1945年4月から始まった日米沖縄戦で死闘を極めた前田高地の闘いが舞台である。
 前田高地の峻厳たる地形をアメリカ軍は Hacksaw Ridge(弓鋸の崖)と呼んだ。

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ハクソー・リッジ(前田高地)
標高約120~140mの丘陵。
ここから約4キロ南西に首里の軍司令部があった。

 本作はしかし、沖縄戦がテーマあるいは戦争一般がテーマというよりも、一人の新米兵士の堅い信念と英雄的な行為が描かれる伝記映画という感じ。
 それもそのはず、この映画は沖縄戦で衛生兵として従軍したデズモンド・ドスの実体験をもとにしているのである。

 デズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)の堅い信念とは、「絶対に人を殺さない。銃は持たない」ということであり、そこには子供の頃に喧嘩で弟を危うく殺しかけた苦い体験と、その後のデズモンドのキリスト者としての信仰があった。
 また、デズモンドの英雄的な行為とは、激しい戦闘を経て部隊が前田高地から一時退却したあとも、ただひとり、日本軍が見回る戦場に残り、負傷し取り残された同僚を何十人も手当し救い出したことであった。
 こんな人間が米軍にいたとは驚きである。

 ただ、ソルティがより驚いたのは、「銃は持たない」「人は殺さない」と堂々と宣言し実際に銃の訓練を拒否する一兵卒を、軍隊に居続けさせるアメリカ軍の度量というか法治性である。
 かつての日本軍なら、おそらくその場で殴って従わせるか、それでも駄目なら仲間と引き離して投獄し拷問をかけ、強制除隊させるだろう。
 銃を持たない者=敵と戦う意志のない者など邪魔なだけである。
 戦争とは人を殺しに行くところなのだ。

 デズモンドの上官らは、説得してもダメなことを知ると、まずデズモンドが精神異常であることの言質を取ろうと試みる。
 精神異常であれば除隊させられるからだ。
 しかし、デズモンドがその手に乗らないことが分かると、上官の命令に従わないという理由で軍法会議にかける。
 軍法会議で違反となれば投獄された上、除隊となる。
 だが、結果的には軍法会議より上位にある合衆国憲法の規定により、「従軍の意志がある者の参加を軍は拒むことができない」「個人の信仰を侵して武器の使用を強制することはできない」という理屈が通って、デズモンドは衛生兵として銃の訓練を受けずに従軍することになる。
 合衆国憲法がデズモンドの味方をしたのだ。

 戦時にもかかわらず、憲法を絶対的に尊重する法治性がすごいと思う。
 否、戦時だからこそ、憲法が守られなければならないのだ。
 平和な時の憲法を国が守るのは難しくない。
 戦時という非常時に国が守ってこそ、憲法の最高法規たるゆえんがある。
 これが実話なら、やはり法と論理重視のアメリカに、「考えたくないことは考えない、考えなくてもみんなで頑張ればなんとかなる」という法と論理軽視のニッポン・イデオロギーが敗北するのも無理はないと思う。

 ハクソー・リッジでの戦闘の様子は凄まじいかぎりのリアリティ。
 これを見れば誰だって、「戦争に行きたくない」「戦争なんかしたくない」「絶対に戦争はしてはいけない」と思うのが普通だろう。
 負けたら地獄は当然だ。
 けれど、勝っても天国は待っていない。
 この映画の優れた点は、過去の従軍体験のトラウマによってアル中に陥り、その後の人生を自暴自棄に生きるデズモンドの父親をあらかじめ描くことで、「ハクソー・リッジを落として万歳!」「アメリカが日本に勝って万歳!」で終わらせる戦意高揚的ハッピー・エンドを回避しているところである。
 衛生兵としてのデズモンドの活躍は奇跡としか言いようがない立派なものだが、負傷兵を救うよりは、最初から負傷する人間を作らないほうがいいに決まっている。

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嘉数高台から望む前田高地





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損