2021年アメリカ
106分

2022年もあと半月で終わろうとしているが、今年観た中で一番衝撃的な映画、それは間違いなく本作である。
残り半月で、これを超えるものに出会えるとは思えない。
どれくらい衝撃的かと言うと、ソルティは本作を2晩続けて観た。
観終わったら、もういっぺん最初から観直さずにはいられないくらい、奸智に長けたトリッキーな作品なのだ。
なんという脚本の隙の無さ!
なんという象徴性!
一方、観終わってすぐに、早送りで観直すことはできなかった。
なんという象徴性!
一方、観終わってすぐに、早送りで観直すことはできなかった。
内容が衝撃的すぎて、重すぎて、あっと驚くどんでん返しが仕組まれた他のよく出来たパズラーやサスペンスのようには、簡単に再生ボタンを押せなかったのである。
この衝撃と重さに近い作品を上げるとするなら、テリー・ギリアム『未来世紀ブラジル』(1985)、ラース・フォン・トリアー監督『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)、ジェニファー・ケント監督『ナイチンゲール』(2020)あたりだろうか。
本作はジャンル的にはホラーサスペンスに分類されている。
それは間違ってはいないけれど、むしろ社会派ドラマと言ってもいいくらい底の深い、現代的な内容である。
たいして期待せず、暇つぶしの軽い気持ちで観始めたソルティは、途中で度肝を抜かし、居住まいを正し、胸を鷲づかみにされ、ラストは完全に持っていかれた。
超弩級の問題作であるのは間違いない。
アンテベラム(Antebellum)とは、ラテン語で「戦前」の意。
アメリカでは特に「南北戦争前」の時代のことを指して言う。
そのタイトル通り、本作は南北戦争時代のアメリカ南部の典型的な風景からスタートする。
陽光降りそそぐプランテーション、緑鮮やかなる芝、影濃き木立、白亜のお屋敷、ドレスに日傘をまとった優雅な貴婦人、一面の綿花畑、風にはためくアメリカ連合国(南軍)の旗、軍服を着て銃を担ぎ行進する兵隊、そして庭や畑で働く黒人たち・・・・。
かの名作『風と共に去りぬ』の幕開けシーンそのもの。
「ああ、これはコスチュームプレイ(時代劇)だったのか・・・」
と、セットや美術の素晴らしさや照明・カメラワークの見事さに感心しながら観ている間もなく、惨たらしいシーンが続く。
白人領主らによる黒人奴隷への虐待である。
殴る、蹴る、銃殺する、レイプする、首に縄をかけて馬で引きずり回す、鞭で打つ、焼き鏝を背中に当てる、奴隷としての名前をつける・・・・e.t.c.
目を覆うばかりの非道さ。
と、予想していたB級ホラーサスペンスとは異なる展開に、半ば残念な気持ちを抱きながらも“この時代の”黒人差別の酷さに怒りを覚えながら見続けていると、不意に場面は転じて、現代アメリカの高学歴高所得のインテリ黒人女性の日常へと話は飛ぶ。
かつての黒人奴隷もいまや、人種差別・性差別撤廃のフェミニズムの闘士である。
「なにこれ? 二つの別の時代を交互に描いていく手法? あるいは、もしかしたら、輪廻転生がテーマ?」
なるほど、DVDパッケージのデザインには輪廻転生の象徴である蝶があしらってある。
また、映画の最初のクレジットには、アメリカの最も偉大な作家ウィリアム・フォークナーの言葉の引用があった。曰く、
「過去は決して死なない。過ぎ去ることさえしない」
スピリチュアルホラーなのか・・・?
ここから先は書かない。
蝶とフォークナーで暗示をかけられたソルティが真相を悟ったのは、物語もかなり進んでからであった。
2度目の鑑賞により、真相を知る手がかりはあちこちに散りばめてあったことに気づいた。
バイアスというのはままならない。
真相を知った時、この身が震えるほどの衝撃が走った。
それは見事にだまされていたことの衝撃だけではない。
それ以上のものだ。
暴かれた真相のあまりの狂気、あまりの非人間性、あまりの怖さ、そしてあまりの現代性に震えた。
制作国であるアメリカでは本作の評価はかなり低かったらしい。
そのことの意味を考えると、この映画が持っているホラーネス(怖さ)はいや増してくる。
ただの陰謀論?
いやいや、我々は、「カルト宗教団体が与党を支配している」という話を「陰謀論」と笑い飛ばせない現実を知っているではないか。
はたして、松明を片手に高く掲げるヒロインの照らし出すものはなんなのか?
軍服をはおり剣を空に突き立てジャンヌ・ダルクのごと馬駆けるヒロインが、帰る先はどこなのか?
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損