2018年講談社より刊行
2021年集英社文庫

 本書と出会ったのは、ほかならぬ沖縄の地。
 嘉数高台と佐喜眞美術館を訪れた日の午後、那覇の繁華街を足の向くまま気の向くままぶらついていた。
 国際通りから、土産物屋がずらりと並ぶ平和通りに入って、途中のドライフルーツ店で買ったココナッツジュースを飲みながら迷路のようなアーケード街を奥へ奥へと進んでいくと、いつのまにか、夕餉の食材を買う地元住民で賑わう昔ながらの商店街に出た。
 ふと見ると古本屋がある。
 どこの土地にいようが、本屋を見ると条件反射的に入ってしまうソルティ。
 特に買うつもりはなかったのだが、文庫棚から誘いかけてくる本書の圧に負けて、ほぼ半値で購入した。

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 ソルティは国内でも国外でも初めての街を訪れたとき、たいてい風俗街がどこにあるのか気になるほうだ。
 場所が分かると、とりあえず足を向けて様子を探る。
 むろん、ゲイの自分がノンケ男子専門の風俗店を利用することはハナからないのだが、そういう場所の存在を知ることでなんとなく街の裏の顔を見たような気になって、親近感が増す。
 観光名所だろうが文化都市だろうが芸術の都だろうが、人間の住むところ何処も同じだなと――。
(長いことNGOでエイズの相談を受けていたせいもある。性風俗情報を取り入れておく必要があった)

 国際通り周辺にはどうもそれらしき一角が見当たらないので、「さて、那覇の風俗街はどこにあるのだろう?」と思っていた。
 これだけの観光地で、しかも米軍基地がある。ないわけがない。
 戦跡を巡りながらもどこかでそんなことを考えていたので、つい本書のタイトルに惹かれたのであった。

 本書を開いたのは内地に帰って来てから。
 最初の数ページで、「なんだ、そうだったのかあ~」とつい声を上げた。
 というのも、本書でメインに取り上げられている売春街、著者が本書を書くきっかけを作った沖縄でもっとも有名な(悪名高い?)風俗街――それは普天間飛行場のすぐ近くにあった真栄原新町いわゆる「真栄原社交場」であり、嘉数高台のほぼ真下に位置しているからだ。
 ソルティはそれと知らず真栄原社交場を眼下に見ていたのであった。
 あの時ハクソー・リッジ(前田高地)や沖縄国際大学を教えてくれたジョガーマンも、さすがに真栄原社交場は教えてくれなかった。
 まあ、朝っぱらから初対面の人間にするような話題ではないか。

 90年代に真栄原社交場をはじめて知った時の模様を著者は次のように記している。

 県道34号の真栄原交差点から大謝名方面に向かう途中の角を左に折れ、街路灯や家々の玄関灯ぐらいしか明かりがないひっそりとした住宅地をタクシーで200~300メートル進むと、妖しい光を放つ空間が忽然とあらわれた。タクシーを降りた私は思わず息をのんだ。魔界の入り口に立ったような気がして、歩を止めて立ちつくす。夜10時をまわっていた。

 私が降ろされた場所は、「ちょんの間」と呼ばれる性風俗店が密集した街だった。タクシードライバーは「真栄原新町」という街の名前と、買春の料金と時間などについて説明をしてくれ、「ゆっくりしてくればいいさ」と言って笑った。女性たちが体を売る値段は15分で5000円。「本番行為」まで含んだ値段だという。夜だけでなく、ほぼ24時間営業の不夜城の街だと教えられた。私は魅入られたように一人で街の中を歩いた。

 この真栄原新町に加えて、ソルティがレンタル自転車で対馬丸記念館に向かうときに通り抜けた海岸沿いの「辻」という街も、琉球王国の時代から遊郭があったところで、戦後は米兵や観光客相手の売春街として栄えたという。
 事前に知っていたら探索したのに・・・・。
 もっとも、辻はいざ知らず、真栄原新町は今ではすっかり廃れてしまって、往時の面影はない。
 2010年前後から始まった警察・行政・住民一体の浄化運動で、店舗は撤退せざるをえなくなり、働いていた女性たちはどこかへ消えてしまったからだ。

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嘉数高台から普天間飛行場を臨む
この間にかつて「真栄原社交場」と呼ばれた売春街があった

 本書は、真栄原新町という一つの売春街が、どのように生まれ、どのように栄え、どのように消えていったか、そこで働いていたのはどういう人たちであったかを、関係者への丹念なインタビューをもとに描き出している。
 同時に、コザ(現・沖縄市)の八重島やセンター通りや照屋や吉原、那覇市の辻や小禄新町や栄町などかつて存在した他の売春街も取り上げ、広い視点から戦後沖縄の性風俗史、売買春事情を浮かび上がらせている。
 占領下の米兵による凄まじい性暴力の実態、各地に売春街が誕生するまでの経緯、米軍当局の政策に翻弄される売春街の様子、本島の人間による奄美大島出身者への差別、沖縄の売春街をレポートした作家・佐木隆三や沖山真知子へのインタビュー、沖縄ヤクザの暗躍と売春街で働く女性からの過酷な収奪システム、ついに始まった浄化運動の顛末など、実によく調べ、よく取材し、よくまとめてある。
 ネットに見るような、街のアンダーグラウンド的な場所を好奇心まじりに訪問し煽情的・暴露的に描いたレポートとは一線を画す力作である。
 学ぶところ大であった。
 とくに、コザの売春街で働く若い女性アケミを描いたドキュメンタリー『モトシンカカランヌー 沖縄エロス外伝』(1971年布川徹郎ほか)は機会あればぜひ観たいと思う。
 ちなみに、売春街のことを昔は「特飲街」(特殊飲食店街の略)と言ったそうだ。

 半世紀以上にわたって続いてきた、真栄原新町や吉原という沖縄の売春街が、2010年前後を境にゴーストタウンと化した。官民一体となった「浄化作戦」が成功したからだ。本書は、戦後長きにわたって続いてきたそれらの街の「近い過去」と「遠い過去」を記録したものだと言えるだろう。
「近い過去」は、この十数年のうちにこの街で働いてきた人々への取材を通して得ることができた、これまで外部に漏れ出ることのなかった街の内実とその変遷だ。そこには、「浄化作戦」を担って、街をゴーストタウンに追い込んだ側の人々の意見も含まれる。
「遠い過去」とは、1945年以降、戦後のアメリカ占領下でどのように売春街が形成されたかという「沖縄アンダーグラウンド」の戦後史だ。当事者の証言や新聞報道、アメリカ側の稀少資料などを織りまぜながら、国策的かつ人工的につくられた街の軌跡を辿った。

 本書の記述をもとに、沖縄の売春街の歴史を大まかにまとめてみる。
  • 1945年4月  米軍上陸により沖縄戦本格化
  • 1945年8月  日本降伏、沖縄はアメリカの領土となる。これ以降、米兵による沖縄女子への強姦事件、殺戮事件が多発。また、生活のため米兵相手に売春する女子ら増加
  • 1949年  コザの八重島に、町の治安および風紀を守り一般婦女子を守る「性の防波堤」として、米兵相手の売春街が誕生
  • 1950年  普天間に真栄原社交場誕生。以降、沖縄各地に米兵相手の売春街が誕生する  
  • 1950-53  朝鮮戦争。沖縄にたくさんの米兵が送り込まれ、売春街が繁盛する
  • 1961-1973  ベトナム戦争。同上
  • 1972年  沖縄返還。日本の領土となる。以降、売春街には日本人観光客が増え、米兵は減少していく
  • 1980年代  バブル期。内地からの買春ツアーで賑わう
  • 1995年  米兵による少女暴行事件で反基地世論高まる。普天間基地返還合意
  • 1990年代後半  インターネットで真栄原社交場が世界的に広まる
  • 2005年頃  市民の間で真栄原社交場を無くそうという声が高まる
  • 2010年  真栄原社交場消滅。ほかの売春街も衰退する

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 20代の著者は真栄原社交場を最初に知った時、「青い空と青い海」でも「反戦・平和」でもない、沖縄の別の顔に触れて興味を抱いたそうだ。
 明るい観光客向けでもない、反米左翼向けでもない、もう一つの顔。
 それがアンダーグラウンドの世界、すなわち売春街であった。
 しかるに、売春街というアンダーグラウンドは昔も今も世界中どこにでもある。
 また、パンパンやGIベイビーに象徴されるような、貧困女性の犠牲と米軍の落とす金によって成り立つ戦後日本の性風俗事情は、都下の立川や横浜の黄金町の例を上げるまでもなく、内地でも同じであった。
 沖縄の真栄原新町や吉原は、内地の立川や黄金町、あるいは大阪の飛田遊郭や浅草の吉原や滋賀の雄琴とどこがどう違ったか、その理由はなんなのか。
 そこに我々が知るべき沖縄アンダーグラウンドの最大の肝があるのだろう。
 あとがきで著者は次のように述べている。

 私が記録した沖縄は、「アンダーグラウンド」に視点を据えた、戦後史の一断面に過ぎない。だがその姿は、過酷な戦争体験の後、日本から切り離されてアメリカの占領下に置かれ、復帰後も今に至るまでヤマトの敷石にされ続けている沖縄のありようと歴史の底流でつながっている。

 最後になるが、著者の筆致からは真栄原社交場が浄化され消滅したことに一抹の寂しさを感じているような印象を受ける。
 しかし、ソルティは戦後の赤線そのものの売春街が2010年まで公然と存在し続けたところに、戦後の沖縄が置かれてきた内地との圧倒的な不均衡があるように思った。
 明らかに、街自体は無くなって良かった。
 が、街の記憶は風化させるべきではない。

 そこで、真栄原新町の跡地利用の提案を一つ。
 「沖縄アンダーグラウンド館」なるものを作って、本書で書かれているようなことをテーマに各種資料やありし日のお店の再現セット(マネキン人形含む)を展示し、関係者の証言を集め、フェミニズム視点も取り入れ、広く人々に「戦争の怖ろしさ、および人間(男)の性と暴力について考えてもらう機会を作る」ってのはいかがだろう?
 もちろん、街の下に広がる文字通りのアンダーグラウンド、すなわち鍾乳洞見学も含めて・・・。


鍾乳洞
Marliese ZeidlerによるPixabayからの画像





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損