1967年松竹
101分

 人工授精をテーマとする夫婦の愛憎劇。
 主演はもちろん、吉田監督の生涯のパートナーである岡田茉莉子。

 人工授精は夫の精液を用いる「配偶者間人工授精(AIH)」 と第三者男性からの提供精液を用いる「非配偶者間人工授精(AID)」に分けられる。
 夫の精液を用いる場合(AIH)は、通常の性交による膣への精液注入を他の手段に置き換えただけの話なので、合意のある夫婦間にさしたる問題は生じなかろう。
 たとえば、妻がHIV感染している場合、コンドームを使わない通常の性交だと夫にHIVをうつしてしまう可能性がある。
 安全な方法での妊娠を望むなら、夫の精液をビーカーなどに取っておいてそれをシリンジを使って妻の膣に注ぐという手がある。
 感染している母親から胎児・乳児にHIVがうつる確率は、先進国ではほぼゼロに近づけることができるので、これなら母親がHIV感染者であっても子供を安全につくることができる。
(ちなみに、父親がHIV感染者である場合でも、精液の科学的処理と体外受精によって子供を安全につくることができる)

 夫婦間に、あるいはのちのち親子間に問題が生じやすいのは、夫が無精子症などのため第三者の精液を使用したAIDの場合であろう。
 性交による授精ではないにしても、妻は夫でない男の精液を体内に注入され、夫でない他の男を遺伝上の父親とする子供を産んで育てなければならない。
 夫は、自分でない男の精液が妻に注がれ、遺伝上の実子ではない子供をおのれの子として育てなければならない。
 生まれてきた子供は、いつの日か自らがAIDによってできたことを知るかもしれない。
 血液型では判定できなくとも、遺伝子検査をすれば簡単にわかる。
 子供はショックを受けるかもしれない。
 自分の実の父親が誰なのか知りたがるかもしれない。
 家族関係が微妙に変わるかもしれない。

 本作で描かれるのは、このAIDを行なった夫婦の姿である。

family-308445_1280

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

 子供は欲しいがつくることができない夫・真五を木村功が演じ、夫との愛ある生活があれば別に子供はいらなかったのに人工授精を強いられて産むことになってしまった妻・立子を岡田茉莉子が演じている。
 AIDにより子供をつくったことによって、穏やかに暮らしていた夫婦に亀裂が生じ始める。
 真五は自分が本当の父親でないことに引け目を感じ、血のつながった立子と息子・鷹士の母子関係を前に、自分が疎外されているような感覚を抱く。
 立子がほかの男と浮気しているという妄想を抱く。
 一方の立子は、精子の提供者=鷹士の本当の父親が誰なのか気になってならない。
 十分納得した上でつくった子供ではないので、生んだ鷹士への愛情もどこかなげやりである。
 このような境遇に自分を追いやった真五に対する恨みが払拭されないままでいる。

 そんな微妙な二人の関係に、やはり複雑な関係にあるもう一組の夫婦が絡まる。
 真五の友人である坂口(日下武史)と妻のシナ(小川真由美)。
 二人は愛情のない打算的な結婚をし、見かけだけの夫婦生活を送っていた。
 坂口は立子に思いを寄せており、シナは2人の関係を疑っている。
 しかも厄介なことに、坂口こそが鷹士の真の父親=精子提供者であり、そのことを真五だけは知っていたのであった。

 なんつー、面倒な四角関係であろうか?
 わけても、精子提供者である坂口と交友関係を結び続け、あまつさえ何も知らない妻や息子(坂口の遺伝上の実子)と合わせ続ける真五の倒錯性がこわい。
 自らを傷めたいマゾヒストなのか?

IMG_20221220_215821
左から、岡田茉莉子、小川真由美、日下武史、木村功

 話が全般暗く、人工授精に対する観念も古臭く、吉田監督の好きな男女のドロドロがここでも執拗に描かれるので、ソルティは途中でうんざりしてしまった。
 アラン・レネ監督の『去年マリエンバードで』を思わせるスタイリッシュなショットの連鎖と洗練されたセリフは見事である。
 
 一番の見どころは、岡田茉莉子、小川真由美、木村功、日下武史という実力派4大スターの競演であろう。
 映画的演技の巧みな岡田茉莉子&木村功ペアに対し、いかにも演劇的演技の小川真由美(当時は文学座所属)&日下武史(劇団四季)ペアという対比も面白いし、茉莉子と真由美の気の強い美女対決も楽しい。(茉莉子のほうが6つ年上)
 後者について言えば、監督が夫であるため茉莉子の美貌がひたすらに強調されているのは、『樹氷のよろめき』『情念』『水で書かれた物語』同様。
 愛妻家だったのだなあ。

 吉田喜重監督は本年12月8日に亡くなられた。享年89歳。
 ご冥福をお祈りします。





おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損