2006年アメリカ
141分、パートカラー
日本語

 1945年2月19日から3月26日にかけて小笠原諸島の硫黄島で行われた日米の戦いを、日本軍の視点から描いた作品。
 3月10日に東京大空襲があり、4月1日に沖縄本島上陸があったことからも分かるように、太平洋戦争末期のすでに日本の敗北が明らかな状況における軍(いくさ)、いわば死に軍である。
 日本兵たちは、生きて祖国に還れぬことが分かっていた。
 双方の攻撃がもたらす火炎のみカラー、それ以外はくすんだセピア色で統一した映像が、物哀しいBGMとともに、日本軍を被っている疲弊と悲愴と絶望とを表現してあまりない。
 一気に話に引きこまれる。 

 どこまでが史実でどこからが創作なのかという点は措いといて、まず、勝者アメリカの映画監督が、敵国だった日本軍の視点に立って過去の日米戦を描き出せる度量と技量がすごいと思う。
 渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童ら日本人の役者を使って日本語で撮るのは当然の前提だが、描き出される日本人像が同じ日本人であるソルティが見ても、まったく違和感がない。
 多くの洋画で描かれてきたステレオタイプのアジア人像あるいは日本人像という型にはまらず、いわんや、米軍を最後まで悩ました敵として「憎々し気に、恐ろし気に、あるいはカミカゼやハラキリに象徴される狂気の民族として」描かれるのでもなく、郷土に残してきた家族を思い死を恐れる、米兵と変わりない市井の人間として描かれている。

 同じことをやった日本人作家がこれまでにいただろうか?
 たとえば、過去の日中戦争の一シーンでもいいが、侵略される中国人の視点から、中国人の役者を起用して中国語で撮影し、しかも現代の中国人が見ても違和感ないレベルの作品に仕上げたことのある日本人監督はいただろうか?
 それだけ考えても、イーストウッド監督の人間的度量と映画監督しての技量がわかろうものだ。

 そのうえに、本作はソルティがこれまでに観た戦争映画の中でも屈指の傑作である。
 戦場のリアリティは抜群で、役者がみな優れた感性と演技により個性あるキャラを打ち出し、抑制の効いたプロットと演出は格調高く、撮影も印象的である。(火炎以外にもう一箇所、カラーが使われるショットがある)
 戦争の怖ろしさと無意味さ、国家主義の非人間的な残酷さがあますところなく描き出されている。
 人民の本当の敵は、国家が想定し「悪」として祭り上げる敵国ではない。
 国家主義を押しつけ、「全体のために個を犠牲にせよ」と唱導する連中なのだ。
 ロシアや中国を見ればその事情は明らかではないか。
 人民がそのことに気づかない限り、日本はまた死に軍をすることになる。

硫黄島の闘い
日本軍が立て籠もった摺鉢山に星条旗を掲げるアメリカ軍
(従軍カメラマンのジョー・ローゼンタールによる撮影)

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摺鉢山





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損