2018年講談社

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 『宝島』と言えばスティーヴンソンの冒険小説であるが、本作もある意味、冒険小説と言えないこともない。
 悪漢を主人公としたピカレスクロマン(悪漢小説)の風味があるからだ。
 代表的なピカレスクロマンの主人公と言えば、アルセーヌ・ルパンや石川五右衛門や『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士や『悪の教典』の蓮実聖司あたりだろう。
 映画では、『ジョーカー』やエミール・クストリッツァ監督『アンダーグラウンド』にとどめを刺す。
 本作の主人公らは、米軍基地からの窃盗行為を繰り返す「戦果アギヤー」と呼ばれる若者たち。
 
 ただ、本作がピカレスクロマンあるいはミステリーあるいは青春小説というジャンルにどうあっても収まらないのは、宝島とはすなわち沖縄のことであり、本作で語られるのは1952年から1972年の沖縄――サンフランシスコ平和条約締結から本土返還に至るまでの沖縄――が舞台となっているからである。
 GHQによる占領が終わり主権回復、経済白書が「もはや戦後ではない」と高らかに言い放った本土の平和と繁栄の陰で、いまだ米軍による占領が続いていた沖縄20年間の苦闘の歴史である。

 読み終わるまで知らなかったが、本作は2019年に直木賞を受賞している。
 当然評判になり、ベストセラーの一角を占め、多くの人――ヤマトンチュウ(本土出身者)もウチナンチュウ(沖縄出身者)も――が手に取ったことだろう。
 出身地により、世代により、政治信条により、それぞれどんな感想を持ったのだろうか。
 
 少なくとも一つ言えるのは、沖縄戦の実態とその後の米軍基地をめぐる問題についてある程度知っている読者と、本作で初めてそれに触れた読者とでは、まったく読みの深さが異なるだろうということである。
 本作には20年間に実際に沖縄であった事件――米兵による現地婦女子レイプ殺害事件、石川市(現うるま市)宮森小学校への米軍戦闘機墜落事故、地元ヤクザの那覇派とコザ派の対立、コザ暴動など――がたくさん出てくるし、実在の人物も実名のまま多く登場する。
 また、「特飲街、Aサイン、オフリミッツ」といった戦後沖縄の風俗シーンを彩った用語も詳しい説明なしに使用されるし、「ウタキ(御嶽)、ユタ、ニライカナイ」など古くからの琉球文化の重要な概念にも触れられる。

 読者が沖縄のことを知っていれば知っているだけ、本書の深みと魅力はいや増すに違いない。
 登場するウチナンチュウたちの心情にも一歩なりとも近寄ることができよう。
 ソルティはここ半年で、実際の戦跡めぐりも含め、ずいぶん沖縄戦や戦後の沖縄事情を学んできたこともあって(沖縄のスピリチュアル文化については永久保貴一の漫画で学んだ)、本書を読むに際してわからない用語や概念がほとんどなかった。
 戦後沖縄で実際にあったこと、あるいはあっても全然おかしくなかったことの記述なのか、それとも話を盛り上げるために作者が誇張して創作しているのか、と戸惑うこともなかった。
 主人公たちにも自然と共感できた。
 これがもし半年前に読んでいたら、幕の向こうから触れるみたいなもどかしさやリアリティへの疑問を感じたかもしれない。
 つくづく本との出会いにはタイミングが重要だと思う。

 もちろん、事前にこういった知識を持たぬ読者でも、理解できて楽しめるような物語性やキャラの魅力は有しているし、本書を読むことで若い読者が沖縄文化や沖縄問題に興味を持ち、調べ考えるきっかけになれば何よりであろう。

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 一番の驚きは、本書を書いたのが沖縄出身の作家、少なくとも沖縄在住経験の長い本土生まれの作家とばかり思っていたのだが、そうではなく、1977年東京生まれ東京育ちの男であるということ。
 沖縄返還後の生まれではないか!
 よくまあ、並み居るベテラン作家が怖気づくようなこの戦後最大級の重いテーマを取り上げて、よく取材し、よく小説化したなあと、その度胸と力量に感心した。
 逆に言えば、安室奈美恵と同年生まれの作家だからこそ、「沖縄問題」に対して無用な偏見やイメージや固定観念を持たず、想像力を縛られることなく、真正面から立ち向かえたのかもしれない。

 直木賞受賞の価値は十分ある。
 が、それ以上に本書の価値を高めるのは、『沖縄アンダーグラウンド』と一緒に受けた「沖縄書店大賞」の受賞であろう。
 ウチナンチュウの書店員らに選ばれたことは、真藤が沖縄の人々の思いをしっかりと受け止めて、表現し得た証拠であると思う。
 



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損