2020年アメリカ
118分

 介護業界の闇をテーマにしたクライムサスペンス。
 原題は I Care a Lot 「ケアにかかりきり」ってところか。
 
 医師によって認知症の診断を下された独り暮らしの高齢女性ジェニファーが、高級老人ホームに無理矢理閉じ込められて、家や車や財産など一切合切を悪徳後見人マーラに巻き上げられてしまうまでが前半。
 ジェニファーの息子ローマンは実は裏社会のボスであることが判明し、母親を取り戻そうとするローマン一味とそれに抗うジェニファーとが死闘を繰り広げるのが後半。

 女だてらに(と言うと男女差別の叱りを受けそうだが)元ロシアンマフィアのボスに逆らい、瀕死の目にあわされながらも驚異的なガッツでサバイバルし、あまつさえボスに復讐を企てるマーラの闘志とパワーがとにかく凄い。
 アクション満載の後半は、最後までどう決着するか読めないスリリングな展開で、映像から目が離せない。
 マーラを演じるロザムンド・パイクは、デヴィッド・フィンチャー監督『ゴーン・ガール』でも、目的の為なら手段を選ばぬソシオパス(反社会性人格障害)の妻を好演していた。
 かつてジェーン・オースティンの名作『プライドと偏見』(ジョー・ライト監督2005年)で純粋でお人好しのお嬢様ジェーン・ベネットを演じていたのと同じ人間と思えない、女優としてのたしかな成長ぶり。
 しかも、ここでパイクが演じるマーラはレズビアンという設定で、恋人女性とのラブシーンもある。
 生きるのに男を必要としない女性2人が、男尊女卑の父権社会に敢然と立ち向かい、自力でのし上がっていくフェミニズムな物語と読むこともできる。
 その意味で、リドリー・スコット監督『テルマ&ルイーズ』(1991)を想起した。

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Victoria_WatercolorによるPixabayからの画像

 しかしながら、本作の最も独創的でゾッとするところは、淡々とした前半である。
 認知症高齢者の身上保護や財産管理を後見する人間が、もし悪徳で強欲だった場合、何が起こりうるかを描いて、この上なく恐ろしい。

 ジェニファー・ピーターソン(往年の名女優ダイアン・ウィースト演ず)は、一人暮らしなれども何不自由ない快適な老後を送っていた。
 ある日突然、後見人を名乗る女が戸口に現れて、「あなたは認知症のため、医師と裁判所の指示により医療保護のもとに置かれることになりました。私があなたの後見人です」と告げる。
 誰かに連絡とる暇も与えられず、警官付き添いで車に乗せられ老人ホームに連れていかれ、そのまま一室に閉じ込められる。
 安全とプライバシーの名のもと、外に出ることも電話をかけることも叶わない。
 その間に、財産は整理され、車と家は売却され、銀行の個人金庫は空にされる。
 以上すべてが、正式な医師の診断書と裁判所の公式な手続きのもとに遂行されていく。

 ジェニファーは実際には認知症ではなかった。
 マーラと手を組んだ悪徳医師が偽の診断書を作成し、マーラの息のかかった高級老人ホームに“合法的に”送致されたのであった。つまり、グルなのだ。
 知らないうちに認知症にさせられ、それを否認する言葉を周囲の誰も信じてくれないという恐怖。(なぜなら、「認知症患者の多くは自らが認知症だとは認めない」というのは通説になっているから)
 本人にしてみれば、カフカの小説の主人公が味わうような悪夢であろう。
 実際にありそうな話だから怖い。

 しかしながら、当人が本当に認知症であったとしても、一方的に診断を受け、無理矢理施設に入れられる理不尽と恐怖は同じようなものだろう。
 自分を認知症と思っていない本人は、全然納得していないのだから。
 ソルティが介護施設に務めていた時、ベッド脇のナースコールをマイクのように握りしめて、「もしもし、すぐに110番してください。わたしは誘拐されてここに閉じ込められています。助けに来てください」と日々繰り返していた80代の女性がいた。
 戦争も貧苦も乗り越えて80過ぎまで生きてきて、最後にこんな目に遭わされるなんて!
 彼女の目には、介護者であるソルティもまた、恐ろしく冷酷な牢番に映っていたであろう。

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Gerd AltmannによるPixabayからの画像

 日本でも認知症、知的障害、精神障害など判断能力が十分でない人の権利と財産を守るための成年後見制度というものがある。
 たいていは、妻や夫や娘息子など家族が後見人になるのだが、身寄りのない人や家族が適任でないとみなされた場合は、弁護士や行政書士などが選任される。
 後見人がこの映画のマーラーのような人物だったら、当人はそれこそ尻の毛まで抜かれてしまうだろう。
 また、後見人でなくとも、悪徳老人ホームの理事長が認知症入居者の財産を掠め取っていたという話はしばしばニュースにのぼる。
 財産ってのは、あればあるでトラブルが絶えないものだ。(負け惜しみ)

 お金持ちの65歳以上の人は余計な不安が募ると思うので、本作の鑑賞をお勧めしない。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損