1933年原著刊行
2003年講談社文庫

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 児童文学の傑作として名高いが、未読であった(おそらく)。
 タイトルからして、楳図かずお『漂流教室』のようなSF設定、あるいは主人公ドロシーが家ごと飛ばされる『オズの魔法使い』のようなファンタジーなのかと思っていた。
 が、蓋を開けたら違った。
 ドイツの寄宿学校を舞台とする普通(BL色なし)の少年小説である。
 個性的で腕白な5人の少年を主人公に、ケンカや友情や尊敬する教師との心温まるエピソードなどが描かれる。
 「飛ぶ教室」というのは、彼等がクリスマスの余興として体育館で上演する創作芝居のタイトルであった。
 
 評判通り、実に楽しく、面白く、感動的で、心が洗われる。
 友情、正義、勇気、誇り、思いやり、感謝、かしこさ、自由、寛容、誠実、親子の情愛といった古き良きドイツの価値――それはまた人類に普遍的な良き価値でもある――が、押しつけがましさのない、ユーモアたっぷりの語りのうちに謳われている。
 本作の刊行年を思うとき、これはある種の奇跡といった気がしてくる。

 というのも、1933年こそはナチス=ヒトラーが政権をとった年であり、ドイツという国がファシズムの狂気とジェノサイドへと突き進むスタートを切った年だからである。
 戦争末期のドイツ領の様子を描いた身辺雑記である『ケストナーの終戦日記』に見るように、自由主義・民主主義の立場を貫いたケストナーはナチスに目をつけられ、二度逮捕され、執筆を禁じられ、著書を焼かれた。
 本作のような小説はこれを最後に書くことができなくなったし、そもそも現実のドイツ自体が、ドイツの教育現場自体が、ここに書かれている自由と友愛と正義の空気をまったく失ってしまったのは言うまでもない。
 友が友を裏切り、子供が親を売り渡し、隣人同士が疑心暗鬼に陥った時代であった。
 そうした暗黒の夜に突入するぎりぎり直前に、最後の光線のごとく放たれたのが本作だったのである。
 本作にはかなり長めの「まえがき」がついている。
 その中でケストナーは次のように語っている。

 かしこさをともなわない勇気はらんぼうであり、勇気をともなわないかしこさなどはくそにもなりません! 世界の歴史には、おろかな連中が勇気をもち、かしこい人たちが臆病だったような時代がいくらもあります。これは、正しいことではありませんでした。勇気のある人たちがかしこく、かしこい人たちが勇気をもったときにはじめて――いままではしばしばまちがって考えられてきましたが――人類の進歩というものが認められるようになるでしょう。 

 ケストナーは相当の危機感を抱いていたのは間違いない。






おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損