ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●映画・テレビ

● 北風と太陽 映画:『教皇選挙 Conclave』(エドワード・ベルガー監督)

2024年アメリカ、イギリス
120分

教皇選挙

 野心まみれのカトリック狸オヤジたちのドロドロした権力争いが、コンクラーヴェという古臭いしきたりのうちに描かれているのだろう――という先入観からスルーしていた。
 ずいぶん評判が高いのでレンタルしたところ、予想を超える出来栄えで、びっくり仰天。
 たしかに野心深い狸オヤジの権力争いが主要プロットに組まれているのだが、むしろ、現在の世界情勢とリンクする部分が多く、我々が日々SNS上で見るような身近な現象と重ねられるため、ぐんぐん話に引き込まれていく。
 途中涙する場面も。
 ラストには予想を超えたどんでん返しがあり、並みのサスペンス映画以上の衝撃があった。
 脚本が天才的。
 『国宝』と並ぶ本年度1位である。(いまのところ)

 原題の Conclave コンクラーヴェとはラテン語で「鍵のかかった」の意。
 カトリック教会の最高指導者たるローマ教皇を、世界各国からバチカンに集められた枢機卿たちが、投票で選出する制度のことである。
 新しい教皇が決定するまで、枢機卿たちはシスティーナ礼拝堂内に閉じ込められ一歩も外に出られなかったところから、この名称が生まれた。(現在は、選挙期間中は外部と一切連絡しない規定のもと、バチカン内の決められた区域を移動することができる)
 本作の最初のシーンは教皇の死。
 ラストシーンは新しい教皇の誕生。
 主人公はコンクラーヴェを取り仕切るローマ教皇庁首席枢機卿。
 まさに、コンクラーヴェの一部始終を内側から描いた宗教ドラマかつ政治ドラマなのである。
 
 “現在の世界情勢とリンク”というのは、世界各国で起こっている政治思想の二極化――右v.s.左、保守v.s.リベラル(革新)の対立が描かれているからである。
 排外主義のナショナリズムで、多様性や人権に後ろ向きで、武力重視の保守派。
 個人の自由や平等に重きを置き、マイノリティの権利を尊重し、お花畑に住むリベラル。
 資本主義or共産主義、民主主義or独裁体制という政治体制の違いを越えて、現在、世界を分割しているのはこの保守v.s.リベラルの思想対立であろう。
 たとえば、日本と中国という国家間の違いよりも、日本&中国の保守派と、日本&中国のリベラル派との、国籍を超えた「保守v.s.リベラル」の思想間の違いのほうが大きいのではないかと思う。
 いま、日本と中国の関係はここ数年でもっとも悪化しているが、ソルティは高市早苗と習近平(ついでにドナルド・トランプ)はよく似ていると思う。
 人間を10個の類型で分けたときに、この3人は同じグループに入るであろう。
 保守v.s.リベラルとは、単純にいえば、童話の『北風と太陽』である。

北風と太陽

 この傾向は、バチカンに集められたカトリック枢機卿においても同様で、カトリック教会の今後の行く末を決める教皇選挙に際して、保守派の枢機卿とリベラル派の枢機卿との対立が鮮明化する。
 考えてみれば、同じカトリック枢機卿であっても、人種も国籍も言語も政治思想も人生経験もいろいろである。
 同じなのは、神やキリストに対する信仰と“性別”のみ。
 世界各地から来た100人を超える一団は、まさに世界の縮図たりうるのである。
 本作の肝は、教皇選挙を通して描かれる現代世界の様相である。

 何度目かの投票中にイスラム過激派によるテロがローマや他の都市で起こる。
 システィーナ礼拝堂も被害を受ける。
 多数の死傷者が出たことが枢機卿たちに伝えられる。
 次期教皇の有力候補である保守派の枢機卿は、ほかのメンバーの前で憤懣を爆発させる。

これが相対主義の教義がもたらした結果だ。
リベラルな諸兄が愛する相対主義は、すべての信仰と気まぐれな発想を同等に重んじる。
 
祖国にイスラム教を入れても、向うは我々を締め出す。
我々は祖国で彼らを養い、絶滅させられる。

いつまでこの弱さに甘んじる?
彼らはその壁まで来ている。

今求められる指導者は、宗教戦争が目前だと分かっている者だ。
我々が求めるのは、あのケダモノと戦う者だ!

 いくつかの固有名詞を入れ替えたら、現在、日本のテレビや週刊誌やネットであふれている保守派の言説そのままではないか!
 隣人愛や寛容を説くべきキリスト教会の最高指導者候補が、上記のようなセリフを大っぴらに口にする。
 ここバチカンで起きていることは、世界で起きていること、日本で起きていることである。
 (念のため、本作はロバート・ハリス原作のフィクションです。現実のバチカンや枢機卿たちがこの映画の通りだとは限りません)

 上記の保守派枢機卿の発言に対して、人々を納得させる反論のできる者がいるのか?
 他民族、他宗教による祖国への侵犯や文化破壊、強大な武器を持った独裁国家の脅威、テロリズムによる無差別殺戮・・・・こうした危険から身を守るのに、多様性理解や人権がいったいなんの役に立つ?
 そもそも多様性も人権も分からない相手に、どう対応しろと言うのか?
 甘い顔を見せれば蹂躙されるがオチ。
 文化や伝統や社会を守るためには戦わなければならない。
 “太陽作戦”など、文字通り、お伽噺の世界に過ぎない。

 では、信仰との齟齬はどうする?

 答えが簡単には見つからない世界で、どの道を選ぶのがキリスト者としてふさわしいのか。
 枢機卿たちが最後にどういう選択をし、どの候補を教皇に選出したのか、今の世界情勢を憂うすべての人に目撃してほしい。
 驚くべきラストについては、秘しておこう。

 教皇選挙を取り仕切る首席枢機卿を演じるレイフ・ファインズが素晴らしい。『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモート役で有名だが、本作も十分彼の代表作たりうる。
 『ブルーベルベット』(1986)でデビューしたイザベラ・ロッセリーニが、修道女役で出ているのも見どころ。出番は多くないのにその貫禄たるや! 日本で言えば、山田五十鈴のごとき。
 映像も凝っていて、あらゆるショットがルネッサンス絵画のように美しい。
 実際のバチカン内で撮影したのではないと思うが、教会建築や聖具の美しさ、枢機卿たちの衣装のゴージャスにも目を奪われる。
 システィーナ礼拝堂の天井を飾るのは、もちろんミケランジェロのフレスコ画「創世記」である。

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おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損
























● 柄本明の背後霊 映画:『ある男』(石川慶監督)

2022年日本
121分

ある男

 3年以上ともに暮らし子供までこさえた夫・谷口大祐が、事故で亡くなった。
 葬儀後にはじめて会った夫の兄は、仏壇の遺影を見て、「これは弟ではない」と言う。
 妻・谷口里枝は、知り合いの弁護士に調査を依頼し、夫が谷口大祐に成りすましていたことを知る。
 いったい夫の正体は?
 ほんとうの名前は何なのか?
 谷口大祐はどこにいるのか?

 原作は平野啓一郎の同名小説なので、純文学ジャンルに入るのかもしれないが、ふつうにミステリーロマンとして楽しめる。
 石川慶監督ははじめて観たが、役者の好演を引き出す丁寧な演出が光る。
 撮影は『マイ・バック・ページ』、『桐島、部活やめるってよ』、『万引き家族』、『怪物』の近藤龍人。もはや日本映画ベストキャメラマンと言っていいだろう。
 「ある男」の過去を探るミステリーという点で、今年公開された坂口健太郎主演『盤上の向日葵』を、他人への成りすましという点で、杉崎花主演『市子』(2023)を想起した。

 IT全盛の現代に、戸籍を偽って他人に成りすますということが実際に可能なのかどうかは知らない。が、「過去を隠したい、過去を変えたい」と思う人がいるのは、いつの時代も変わらぬ現実なのだろう。
 技術の進歩ほどには、人間は進歩しないのだ。

 本作で提起されるテーマは、犯罪加害者家族のその後の生である。
 ちゃんと統計的に調べたわけではないが、犯罪加害者の家族が自殺しているケースをしばしば見聞きする。
 1989年に逮捕された幼女連続誘拐殺人事件の犯人・宮崎勤の父親、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の犯人・加藤智大の弟、2014年佐世保市で起きた女子高同級生殺害事件の犯人の父親などが、すぐに思い浮かぶ。
 被害者家族の苦しみ・悲しみ・怒りは一般世間の共感や同情を呼びやすいが、加害者家族については“犯罪者を生んだ家庭”といった目で見られ、あたかも共犯者のようにみなされてしまう。犯人の実の子の場合など、“犯罪者の血”が流れているといった偏見にさらされやすい。
 XのようなSNSが発達している現代、加害者家族の一員が、いつ実名や住所や勤務先が特定されて顔写真とともにネットにアップされ、血祭りにあげられる日が来るかと、生きた心地もせず日々過ごしているのは、想像に難くない。
 別人になって、別の人生を歩めたら・・・と願うのも無理ないではないか。 

SNS炎上

 役者の演技も見どころである。
 夫を亡くした妻を演じる安藤サクラの上手さは、なんだかもう鼻につくほど。
 樹木希林や大竹しのぶや高畑淳子に連なるレベル。
 最近、庶民の妻役・母親役が多いが、それ以外の役(たとえば悪役)を観てみたい。

 窪田正孝は、戦後沖縄を描いた『宝島』で、役者としての真価を知った。
 陰ある風情が、演技に奥行きをもたらしている。
 ちょっと危険な匂いがする役者である。

 谷口大祐の兄役の眞島秀和もいい。
 老舗温泉旅館の自己中心的で頭のカタい主人の雰囲気をよく出している。
 この兄がいたら、弟の大祐が家を飛び出したくなるのも無理もない。

 やっぱり、破格の演技者は柄本明。
 『盤上の向日葵』で渡辺謙とやり合った鬼気迫る将棋の真剣師役も凄かったが、本作における詐欺の囚人役も圧巻の迫力とリアリティ。
 この男・小見浦憲男を主人公とした続編やシリーズ物が観たいと思うほどの特異な個性を身につけている。
 海外俳優で比するなら、アンソニー・ホプキンズか、ベン・キングズレーか。
 2人の息子(柄本佑、柄本時生)が役者デビューしてからの柄本の演技は、なんかグレードアップした感がある。
 ライバル心を焚き付けられたのだろうか。
 ソルティはどうも、柄本明の演技を観るたび、志村けんを背後に見てしまふ。

 安藤サクラ(演じる母親)の息子役の坂元愛登(まなと)。
 2009年生まれ(!)の16歳。
 感性素晴らしく、将来期待できる役者の卵とみた。
 小津安二郎映画に出てきそうなたたずまい。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 映画:『ベイビー・ガール』(ハリナ・ライン監督)

2024年アメリカ
114分

ベイビーガール

 1967年生まれのニコール・キッドマンは御年58。
 それでこのトンでもない役を引き受けて、完璧にこなしちゃうんだから!

 日本でこの役をやれる女優がはたしているだろうか?
 ニコールと同世代の女優達――沢口靖子、高島礼子、山口智子、薬師丸ひろ子、柏原芳恵、米倉涼子、石田ゆり子、天海祐希、内田有紀、松嶋菜々子、鈴木京香e.t.c.――をあれこれ思い浮かべたものの、これはという人が見当たらない。
 最後に、「あっこの人がいた!」と思いついたのは杉本彩。
 団鬼六原作のSM映画『花と蛇』のヒロインを文字通りの体当たりで演じきった彩姐さんなら、日本版ベイビー・ガールになりきれるかもしれない。
 つまり、本作はほとんどポルノ映画なのである。

 と言っても、ニコールの裸が出てくるのはほんの少しだけで、それも本人なのか吹替え女優なのか分からない。
 男優とのセックスシーンやニコールのオナニーシーン、床にうつぶせに押し付けられ男の手によって“イかされる”シーンなど、衝撃的なシーンは次々出てくるけれど、そこで写されるのはニコールの顔のアップであって、身体の動きや局部付近が写されることはない。
 演技とはいえ、欲情と絶頂と恍惚のあられもない表情をさらけ出すニコールの女優魂には驚嘆する。
 アカデミー賞常連の名女優で、もはや注目を集めるためにスキャンダラスな役を引き受ける必要なんてまったくないはずなのに、こんな冒険に挑戦するとは!

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Uki EiriによるPixabayからの画像

 裸とセックスシーンばかりのポルノ映画は、実は猥褻でも害毒でもない。
 それは勝敗のつかないスポーツみたいなもので、最初は「おおっ!」と興奮するが、同じことの繰り返しに観る者はやがて飽きてしまう。
 大島渚の『愛のコリーダ』がそのいい例である。
 観る者にいかがわしさや猥褻を感じさせるのは、裸そのものでもセックスという行為自体でもない。
 抑圧され秘められたセクシャルファンタジー(性的妄想)こそ、いかがわしさの肝である。
 他人のセクシャルファンタジーがさらけ出されるのを垣間見たとき、観る者は「見てはいけないものを見てしまった」ような決まりの悪さや猥褻を感じる。
 なぜなら、往々にして、個人のセクシャルファンタジーのうちにその人の魂の秘密が隠されているからである。
 それを目撃する者は、全裸を見るよりずっと、その人の恥部に接近する。

 本作の場合、CEOという地位も金も家族も美貌も手に入れた成功者であるヒロイン(ニコール・キッドマン)のセクシャルファンタジー(=魂の秘密)は、“屈辱されながらのセックス”というものであった。
 長年連れ添った優しく物わかりよい夫(アントニオ・バンデラス)は、頻繁に彼女の体を求めて愛の言葉をささやいてくれる。
 けれど、彼女がしんに求めている“それ”だけは与えてくれなかった。彼女からも求めることができなかった。
 それゆえ、彼女は欲求不満に陥っていた。
 ある日、若いインターン(ハリス・ディキンソン)が彼女の会社に現われ、彼女の心の奥の秘密を見抜いてしまう。
 社の誰もが敬い怖れる彼女を、インターンはぞんざいに扱う。
 2人は、鍵と鍵穴がはまるように、性の深淵へと突き動かされていく。
 彼女は、母という立場も、妻という立場も、CEOという立場も忘れて、淫欲の罠にみずから嵌っていく。
 人生で手に入れたすべてを失ってしまう危険にさらされても、彼女はその快楽を捨てることができない。
 単に肉体的なエクスタシーを得たいとか、真実の愛をつかみたいというのとは違う衝動がそこにはある。
 この映画は、人間の性の不可解を描いた作品と言えよう。

アイズワイドシャット
アイズワイドシャット(1999年)

 最後まで観て、なぜニコールがこの作品に出ようと思ったのか、ハリナ・ラインという女性監督と組もうと思ったのか、腑に落ちるところがあった。
 本作は、ニコールが当時の夫であったトム・クルーズと共演して話題になった、スタンリー・キューブリック監督の遺作『アイズワイドシャット』(1999年)へのオマージュであると同時に、女性側からの答えなのだ。
 『アイズワイドシャット』では、夫(トム)の妄想と性的冒険が、男性目線で描かれていた。妻(ニコール)はそこから追いやられていた。男の性の物語であった。
 本作は逆に、妻(ニコール)の妄想と性的冒険が、女性目線で描かれている。夫(バンデラス)はそこから追いやられている。徹底的に女性が主役、女の性の物語なのである。
 しかも、『アイズワイドシャット』の夫は、最終的には一線を踏み越えなかった。妻を裏切ることはなかった。
 が、本作の妻は夫を裏切って、若い男との性の快楽に身をゆだねてしまう。

 1999年から2024年の四半世紀におけるフェミニズムの浸透を実感するとともに、ニコール・キッドマンがもはやトム・クルーズが到底かなわないほど、表現者として高みにたどりついたことを、本作は実証する。





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● この電話回線は2時間後に停止します 映画:『ジェリーの災難』(ロー・チェン監督)

2023年アメリカ
75分

 原題 Starring Jerry as Himself
 「ジェリーが自らを演じています」
 台湾出身のアメリカ人ジェリー・シューが、自らの身に起こった出来事を、自ら脚本化し、自ら演じた再現ドキュメンタリーである。
 ロー・チェン監督にとっては、初の長編作品という。

 最後にどんでん返しがあるので、ここで内容を書くのは反則かもしれない。
 が、大方の日本人なら、ソルティ同様、映画の早い段階で真相に気づくと思うので、ネタばらしをします。(知りたくない人はここで読むのをお止めください)

着物の外国人

 ある日、かかってきた電話を取ると、あるいは留守録を再生すると、次のような自動音声が流れる。
 「こちらは総務省(またはNTT)です。この電話回線は事情により2時間後に停止します。オペレーターと話される方は1番を押してください。または、×××番まで折り返しご連絡ください」
 心当たりある人も少なくないと思う。
 ソルティの職場の固定電話にも半年前くらいにかかってきた。
 実家の固定電話には半月前にかかってきた。
 もちろん、詐欺にちがいないと思い、無視した。
 親にも「絶対に応答するな」と釘を刺した。

 しかし、引っかかってしまう人はいるのである。
 本作の主人公ジェリー(69歳、一人暮らし、離婚歴あり、無職、友人なし)がその一人。
 まんまと引っかかってしまい、倹約に倹約を重ね生涯かけて作り上げた約100万ドル(約1億5千万円)の財産を根こそぎ奪われたのである。
 本作はその一部始終を描いている。

 人の心理を巧みに利用した詐欺グループの手口の狡猾にして芸術的なこと!
 電話回線停止にあわてたジェリーが指定された番号をプッシュすると、まず、「あなたはマネーロンダリング(資金洗浄)の犯罪グループの容疑者になっている」と脅かし、公安にすぐ相談せよと携帯番号を伝える。
 ジェリーが公安(もちろん詐欺グループの仲間である)に電話かけると、「このままだと中国に強制送還になるかもしれない」と脅かす。(なんと効果的な脅しだ!)
 不安を煽った後に、救いの手を差し伸べる。「なんとか疑いを晴らせそうです」
 ほっと一安心したジェリーが感謝の気持ちあふれているところで、すかさず、犯罪グループ逮捕への協力を依頼する。
 ジェリーが了解すると、さまざまな指示を出す。
 「あなたの利用している銀行が怪しいから、撮影して画像を送ってくれ」
 「あなたの担当職員はグループの一味である可能性が高いから、尾行してくれ」
 ・・・・・等々。
 絶体に周囲には秘密にしてくださいという警告とともに。

 公安に協力しスパイ活動しているというドキドキ感と栄誉に動かされて、言われるがまま動いて課題をクリアしていくジェリー。
 やりとりを重ねていくうちに、公安への信頼は次第に深まっていく。
 自分が重要人物として扱われることで自尊心は満たされる。
 自分の日常生活に関心を示してくれる他者の存在が、独り身の淋しさを埋めてくれる。
 そして、公安に言われるがまま、自らの資産を指定口座に送金してしまう。
 不審に思って問いただしてくる銀行員の姿が、もはや悪人にしか見えなくなっている。
 
 奪われるものがなくなったところで、終焉はやってくる。
 最後の送金を終えたあと、公安からの電話は途絶え、ジェリーからかけてもつながらない。
 明日までに、息子が新しいマンションを購入するための頭金を用意しなければならないというのに。
 息子に「出してやる」と約束したのに。
 そして、破綻がやって来た。

ナイアガラ

 ニュースなどでこうした詐欺に引っかかって大金を失った人の話を聞くと、
 「なんでまた、そう簡単に、会ったこともない相手を信じたんだ?」
 と思うけれど、誰にでも起こりうることなのである。
 とくに、年を取って、物忘れが出てきたり、耳が遠くなったり、親しい人が亡くなって心細さが増したり、目の前でわけのわからないIT用語を振り回されたり、子供や孫の名前を持ち出されて脅かされたりすると、一種のパニックに陥ってしまう。
 地域の高齢者の相談支援をしているソルティの回りでも、連日のように詐欺被害の話を聞く。
 地元警察署からの注意喚起の連絡が頻繁に入る。
 「今日は、×××地区で警官を装った詐欺電話が多発していますので、注意してください」 (ん? これほんとに警察からだよな・・・)
 昨今、固定電話を廃止する高齢者が増えているのも無理ない。

黒電話

 詐欺に遭って大金を奪われた話は、日本では漫画家の井出智香恵のケースが有名である。
 井出は、俳優マーク・ラファロを騙る国際ロマンス詐欺に引っかかって、7500万円を奪われた。
 青春を取り戻したいと願う中高年女性の孤独感や焦燥感を利用した、あくどい手口。
 人の弱みや人の善意につけこんで荒稼ぎする者たちに天罰あれ!

 ジェリーの場合も、井出の場合も、救いがあった。
 両者ともこの苦い体験を生かして、映画や漫画を作り上げたのである。
 井出の場合は、自らの体験を本にし、コミックにし、メディア出演し、自分のような被害者が増えないよう啓発活動を続けている。
 平凡なエンジニアだったジェリーは、人生の最後に役者デビューし、主演男優賞をもらうなど一躍有名人になった。
 転んでもただは起きない2人の強さが素晴らしい。
 たしかに、「詐欺に遭ったせいで、私の人生は終わった」と言うのならば、奪われたのは財産だけでなく、人生であり、尊厳であり、命である。
 詐欺師にそこまでの力を与えてはいけない。

 立ち直りを可能にしたのが、家族の支えであったという点も両者共通している。
 本作では、ジェリーの家族(元妻と3人の息子)も共演し、それぞれの本人役を演じている。
 全財産をだましとられたジェリーが、失意から自ら命を絶ったりしないよう見守り、本人の若い頃の夢であった映画づくりをすすめ、全面的に協力したのである。
 本作が、ただの犯罪ミステリーに終わらず、世界中で絶賛を博した理由はそこにある。
 詐欺グループも家族の絆は奪えなかった。

 ラストシーンでジェリーは、40年前にアメリカにやって来たとき同様、スーツケース2つきりで台湾に帰国する。
 何も知らない故郷の人は、その姿を見て“尾羽打ち枯らして戻って来た”と言うかもしれない。
 が、本作を観た人なら、「結局、ジェリーが失ったのは、手に入れたものにくらべれば、些細なものに過ぎない」という意見に同意してくれるだろう。

 禍福はあざなえる縄の如し。
 詐欺師はあざなえる縄に縛るべし。

出雲大社



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 名前の出てこない俳優No.1 映画:『あ、春』(相米慎二監督)

1998年日本
100分

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 神保町シアターで開催中の「藤村志保特集」の一本。
 未見であった。
 シアターの入口で40代くらいの見知らぬ男に呼び止められた。
 「チケット、1000円で買ってくれませんか?」
 急な用事ができて鑑賞できなくなったのだと言う。
 1000円という額は、ソルティが活用できる学生入場料金と変わらないので別にトクにはならないのだが、人助けと思って購入した。
 正規の大人料金は1400円である。
 
 藤村志保はどちらかと言えば地味な女優で、一番の代表作はデビュー作『破戒』(市川崑監督)ではないかと思う。(芸名の藤村は、島崎藤村から取っている)
 60年代大映時代劇の“刺身のツマ”的ヒロインをはじめ、脇役としての活躍がメイン。
 本作でも、主役をつとめる佐藤浩市の義理の母親役で、脇をしめている。
 女優対決では、実の娘で佐藤浩市のメンタルな妻役の斉藤由貴はともかく、出番のずっと少ない緋牡丹お竜こと藤純子こと富司純子の艶やかな存在感の前には、かすみがちである。
 そういった控え目な、カスミ草のような風情がいいというファンも多かろう。
 演技は確かである。

 演技という面では、佐藤浩市。
 やっぱりいい。
 ある日突然目の前に現れた、幼い頃に死んだと思っていた父親(演・山崎努)に振り回される平凡な入り婿サラリーマンを、リアリティ豊かに演じている。
 観る者に登場人物の心のうちを自由に想像させてくれるような、“演じ過ぎない”塩梅がいい。
 演じ過ぎていないのに、一癖も二癖もある不良親父に扮する山崎努の怪演に喰われていない。
 映画(スクリーン)の演技というのは、演劇(舞台)の演技とは違うのだと、つくづく思う。
 この演技のクオリティや存在感を目にすると、血は争えないと思う一方、昨今の佐藤浩市の使われ方の“もったいなさ”思わざるを得ない。
 三谷幸喜の『ザ・マジックアワー』(2008)でコメディに挑戦し、新境地を開いたのは良かったけれど、その後も続く三谷作品への出演作を観ていると、「本来の佐藤浩市ではない。役者・佐藤浩市は三谷作品におさまりきれない」という気がしてしまうのだ。
 ついでに、吉永小百合との度重なる共演も、佐藤を“殺している”のではないかと危惧する。
 佐藤浩市の魅力を生かせる監督あるいは企画がなかなかないってのが原因かもしれない。

 好きな俳優であり、三國連太郎という名優の息子であり、顔立ちも濃いので、絶対に忘れることのない役者なのだが、不思議なことにソルティにとって、「どうしても名前が覚えられない」役者No.1である。
 「名前が覚えられない」というより、「名前が出てこない」のである。
 顔は思い浮かぶし、三谷作品含めいくつかの出演作(役柄)も上げられるし、父親は三國連太郎で息子(寛一郎)もまた役者をやっていて、競馬やキリンビールのCMにも出ていて・・・・とプロフィールはいくらでも出てくるのに、名前が出てこない。
 どうしてなんだろう?
 しばらく考えて出した答えは、サトウコウイチという名前のもつイメージと、本人の持っているイメージが一致しないという理由。
 サトウコウイチって、ソルティ的には「爽やか系優等生」のイメージがある。
 サイダーのCMにでも出てきそうな。
 それと実物の佐藤浩市の醸し出す“ちょっと重たくて陰のある”雰囲気にギャップがある。
 これが、たとえば「犬神浩市」だったら絶対忘れないと思う。
 
 1998年公開のこの映画、バブル崩壊後の平成につくられたわけだが、匂いは昭和である。
 ざらざらしたフィルムの質感や、古い家屋や店舗をロケに用いたせいもあろうが、季節感がよく出されている点が大きい。
 薔薇の剪定、節分、春雷、春雨、ひな祭り、桜吹雪、鯉のぼり・・・。
 『あ、春』というタイトルからすれば当然なこととはいえ、日本映画において庶民の生活を描くには、季節を感じさせることはとても大切だったのだと改めて思った。
 人の生き死にが季節とともにあったのだ。

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おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 映画:『Playground/校庭』(ローラ・ワンデル監督)

2021年ベルギー
72分、フランス語

 「小学生の頃が一番楽しかった」
 「あの頃に戻りたいなあ」
 ――なんて、つい思ったり口にしたりするけれど、よくよく思い出してみれば、実際には日々学校ではいろいろな出来事があって、楽しいことばかりではなかった。
 午後の音楽の時間に使うリコーダーを持ってくるのを忘れて午前の授業中ずっと「どうしようか」思い悩んでいたり(ヒステリックな女の先生だった)、クラスのイジメっ子に「明日100円持ってこい」と脅かされたり、下校中にズボンの尻が破れてしまったのをバレないように歩くのに苦労したり、お気に入りの消しゴムがなくなった次の日に同じ消しゴムを前の席の人が使っているのを見たり、放課後に大便が我慢できなくなってクラスから離れた校舎の個室を使っていたら、上から覗いた上級生に冷やかされたり・・・・。
 どれもこれも大人の目から見たらささいな出来事だが、子供にとっては小さな心臓がバクバクするような、しんどい出来事だった。
 クレヨンしんちゃんみたいに面の皮が厚かったり、ちびまる子ちゃんみたいにやり返すことができたり、磯野カツオみたいにマイペースで要領のよい性格だったら良かったのだが、ソルティは気が小さくて、恥をかくのが嫌で、人に相談できないタイプの子供だったのである。
 公立の小中学校はいろいろな背景ある家庭からやって来る、いろいろな生活レベル・知的レベルの子供が集まる、まさに社会の縮図のようなところである。
 大学進学率の高い地域の高校に入って、自分と同じような知的レベルの、乱暴でも野蛮でもない同級生に囲まれて、ようやっと修羅場をくぐり抜けたような気がしたものだ。
 そのぶん、突拍子もない面妖な事件が減ってつまらなくなりはしたが・・・。

 総じて、学校時代は子供にとっての“世界”はそこだけで、嫌なことがあっても逃げるという選択肢が考えられず、またたとえ選択肢が与えられたとしても、そこから逃げることで人生から脱落するような怖さが先立って、たとえ苦しくとも“世界”にへばりつこうと頑張ってしまう。
 親をはじめとする周囲に弱みを見せまいとこらえてしまう。

小学生男子

 本作の原題はまさに Un monde(世界)。
 子供たちの作りだす“世界”が、子供視点で描かれている。
 「校庭(Playground)」という邦題は上手い。
 小学校に入学したばかりの7歳の少女ノラが日々体験する出来事が、手持ちカメラによる撮影によって、生々しい臨場感と子供の背丈から見る世界の狭隘感をもって、映し出される。
 そこで描かれるのは、ソルティの小学生時代の体験なんか屁と思えるほどの残酷な天使のテーゼ。
 ひとりぼっちで弁当を食べる泣きたいほど心細い時を経て、一緒に遊ぶ友達ができて、やっと学校に馴染めてきたノラが目撃したのは、優しくて頼りになる、大好きなお兄ちゃんが日々虐められている姿であった。

 戦場は、ガザ地区やウクライナやミャンマーに行かなくとも見つけることができる。
 地域の小学校の校庭で日々繰り広げられている。
 地獄は日常に潜んでいる。
 “世界”の縮図がここにある。

 本作は第74回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損











● To be or Not to be 映画:『ハムレット』(マイケル・アルメレイダ監督)

2000年アメリカ映画。
112分

ハムレット2000

 原作はもちろんシェークスピアの『ハムレット』。
 舞台が中世のデンマークから現代アメリカに置き換えられているのは、DVDパッケージの解説を読んで事前に知っていた。 
 人物関係やプロットは原作そのままに、設定やセリフを現代風にアレンジしているのだろうと思っていた。
 が、驚いたことに、セリフはほとんど原作まんま。
 シェークスピアの書いた初期近代英語を現代英語に変えただけである。

 そんなこと可能なのか?
 いろいろと意味的な不自然が生じてくるだろう?
 ――と思ったけれど、そこはうまく工夫している。
 たとえば、ハムレット王子の将来治めることになる“デンマーク”を、ハムレット青年が将来継ぐことになる大企業“DENMARKE”に変換している。
 だから、ハムレットが学友のローゼンクランツとギルデンスターンに向かって投げかける、「なぜ、君たちはデンマークに送られて来たんだ?」というセリフがそれなりに符合するという具合。
 まあ、英語のヒアリングが苦手なソルティは、日本語字幕をたよりに観るので、セリフの意味的な不自然さは気にならないのだが。(日本語字幕はそれなりに現代社会に合うよう脚色されているので)
 むしろ、単純に、シェークスピアの書いたセリフが持っている高貴さやリズムの面白さが、音楽でも聞くように味わえた。

 To be or not to be, that’s question.

 「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」から始まるハムレットの独白には、時代や地域に関係なく、一度でも自死を思ったことがある者なら誰にでも共感できる真理の響きがある。
 やっぱり、シェークスピアって凄い!

 役者が豪華メンバーかつ演技達者で驚いた。
 主演のイーサン・ホークは、『テスラ エジソンが恐れた天才』(2020)でもアルメレイダ監督と組んでいた。舞台もこなせる実力派である。
 ハムレットの叔父クローディアス役は、『ブルーベルベット』や『ツイン・ピークス』シリーズや『デスパレートな妻たち』で有名なカイル・マクラクラン。甘いマスクがカッコいい。
 ハムレットの亡き父親(亡霊)役は、劇作家にして名優のサム・シェパード。渋くてカッコいい。
 ポローニアス役はハリウッドが誇るコメディアンのビル・マーレイ。
 ハムレットの母親ガートルード役のダイアン・ヴェノーラ、オフィーリア役のジュリア・スタイルズも役にはまって良かった。
 シェークスピアの難しいセリフ回しを見事にこなせるのは、皆、舞台の基礎が身についているからなのだろう。

 ハムレットを、ファザコンの映像オタクで統合失調症患者的に解釈したアルメレイダ監督の演出と、スタイリッシュな映像も、見る価値あった。
 一番驚いたのは、ハムレットが自分の部屋でひねもす流している映像の中に、ティク・ナット・ハンが出てきたこと。
 ハンの有名な Interbeing(相互共存)の説法が突然流れてきて、思わず姿勢を正した。

 To be or not to be, that isn’t question.
 Just “interbeing”.

 在るのでも、無いのでもない。
 「共に在る」のです。

 ――という、監督の投げかけた禅問答だったのかな?

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おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 令和の「砂の器」 映画:『盤上の向日葵』(熊澤尚人監督)

2025年日本
123分

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 天才棋士を主人公とするミステリーサスペンス。
 原作は柚月裕子の同名小説。
 2019年に千葉雄大主演でNHKでドラマ化されたらしい。
 知らなかった。

 山中で発見された男の白骨死体が胸に抱いていたのは、名工の彫ったこの世に7組しか存在しない将棋の駒。
 ベテラン刑事石破(演・佐々木蔵之介)と、かつてプロ棋士を目指していたが挫折した部下の佐野(演:高杉真宙)の懸命な捜査が、駒の持ち主を洗い出す。
 それは、彗星のごとき現れた気鋭の棋士、上条桂介(演・坂口健太郎)だった。
 圭介の過去を探る石破と佐野の旅は、父親に虐待された圭介の壮絶な子供時代に行き当たる。
 父・上条庸一(演・音尾琢真)は行方知れずだった。
 将棋界をリードする七冠の天才・壬生芳樹と挑戦者圭介とのタイトル戦が迫るなか、死体の身元が判明する。
 “鬼殺しのジュウケイ”と異名をとった元アマ名人・東明重慶(演:渡辺謙)がその人であった。
 圭介と重慶の間になにがあったのか?
 消えた圭介の父親はどこにいるのか?

 令和の『砂の器』というネット上のコメントを観て、映画館に足を運んだ。
 よもや『砂の器』に肩を並べられるほどの作品は、今さら作れないと知りながら・・・。
 
 たしかに、刑事ものミステリーというジャンルや“宿命”という重いテーマのみならず、プロット的に両作はよく似ている。
 『砂の器』が〈天才作曲家+悲惨な子供時代(父親の業病と差別)+過去と決別するための殺人〉であるならば、『盤上の向日葵』は〈天才棋士+悲惨な子供時代(父親からの虐待と呪われた血)+過去と決別するための殺人〉という布置。
 両作とも、日本各地を巡り歩く2人の刑事の捜査模様と、世間的な成功と称賛を手に入れた容疑者の姿とが、交互に描かれる構成を取っており、栄光からの転落がラストに待っている。
 悲惨な子供時代を演じる子役の印象的な眼差しも共通している。
 撮影と音楽はさすがに、川又昻と芥川也寸志・菅野光亮を擁した『砂の器』に及ばないが、ドラマを邪魔することなく、無難な水準である。
 テンポは断然、令和の平均的日本人の感覚に合わせた『盤上の向日葵』のほうがスピーディーで、退屈している暇がない。
 早指し同士の対戦のようにサクサクと話が進んでいく。
 一方、長考同士の対戦のような、『砂の器』のゆったりしたストーリー展開は、令和の若い世代には馴染まないかもしれない。
 テレビドラマやネットドラマとは違って、余白を味わえるのが映画の醍醐味なのだが・・・・。

 『砂の器』では、人間ドラマの合間に映し出される四季折々の日本の風景こそが、もうひとつの主役であった。
 『盤上の向日葵』もヒマワリ畑をはじめ季節感を出すべく頑張っているけれど、やはり、現代日本映画に季節感や風土色を盛り込むのはもはや容易ではないってことを、本作は示唆している。
 『砂の器』の森田健作の汗がどれだけ多くのことを語っていたか。

鰯雲
 
 さて、役者である。
 『砂の器』においては、父親・加藤嘉、息子・加藤剛、刑事・丹波哲郎、田舎の巡査・緒形拳がそれぞれ魂のこもった演技を披露して、観る者の心を鷲掴みにした。
 とりわけ、ハンセン病のため故郷を追われる男を演じた加藤嘉のそれは、一世一代の名演というにふさわしい。

 『盤上の向日葵』では、賭け将棋をなりわいとする真剣師を演じる渡辺謙、同じく真剣師で人生最後の対戦にのぞむ兼埼元治役の柄本明、この2人の役者としての凄みに圧倒される。
 2人が大金を賭けて5番勝負するシーンは、将棋の対決というより演技対決といった迫力。
 駒を打つ音とともに、2人の頭上で交差する白刃の音が聞こえてくるかのよう。
 『国宝』といい、NHK大河ドラマ『べらぼう』といい、今年は渡辺の当たり年だった。

 圭介を虐待するダメ親父役の音尾琢真(おとおたくま)、それと対照的に圭介を保護する元校長役の小日向文世もいい。味がある。
 音尾琢真という役者ははじめて知った。
 大河ドラマ『どうする家康』に出ていたらしいのだが、気づかなかった。

 このベテラン4人の濃い演技に圧されて、主役の坂口健太郎はちょっと割喰った感がある。
 脚本のせいもあると思うが、渡辺謙に喰われがち。
 ナイーブな表現のできるいい役者だと思うが、この役に限っては、坂口の持って生まれた清潔感が足を引っ張っているような気がした。
 同じ二枚目で誠実な性格で知られた加藤剛が、『砂の器』で深い業を背負った野心的な音楽家になりきっていたのと比較すると、坂口の演技には何かが足りない。

 昔からいい役者には「陰」が必要と言う。
 森雅之しかり、市川雷蔵しかり、三國連太郎しかり、仲代達矢しかり、高倉健しかり、石原裕次郎しかり、松田優作しかり、松山ケンイチしかり・・・・。
 無いものねだりかもしれないが、若い頃は好青年役しか似合わなかった三浦友和がどんな役でもこなせるバイプレイヤーになったのだから、坂口にも期待したい。
 
 ソルティは将棋指しではないので、将棋マニアの目で観たらもっと深い意味合いをもったシーンに気づかなかった可能性がある。
 将棋マニアの友人に勧めて、感想を聞いてみるかな。

AI将棋




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 松田優作の色気 映画:『それから』(森田芳光監督)

1985年東映
130分

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 現在、東京駅近くの国立映画アーカイブで森田芳光特集が組まれている。
 デビュー作『の・ようなもの』(1981)はじめ、出世作『家族ゲーム』(1983)、大ヒットとなった薬師丸ひろ子主演『メイン・テーマ』(1984)と黒木瞳主演『失楽園』(1997)、サスペンスミステリーの傑作『39 刑法第三十九条』(1999)と『黒い家』(1999)など、主要作品がラインナップされている。
 80年代映画青年だったソルティにとって、まさに青春時代の映画監督である。
 懐かしさも手伝って、未見の『それから』を観に行った。
 もちろん夏目漱石原作である。

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国立映画アーカイブ
場内は同窓会を思わせるがごとく同世代男子が多かった

 主役の長井代助を演じた松田優作は89年に早逝し、不倫相手の三千代役の藤谷美和子はプッツン女優と騒がれたのち芸能界から姿を消し、代助の書生を演じた羽賀健二は梅宮アンナとのすったもんだののち刑事事件を起こして転落の一途をたどり、代助の父親役の笠智衆は93年に亡くなった。
 主要人物のうち今も一線で活躍しているのは、小林薫、草笛光子、風間杜夫くらい。
 2011年に亡くなった森田監督の没年(61歳)をソルティは越えようとしている。
 時はどこに消え去るのやら?

 この年のキネ旬1位をとった映画の出来もまた、時代の変化を感じさせるに十分であった。
 むろん、漱石が生きた明治時代が舞台の話だから、すでに公開時(昭和60年)において古臭い内容ではあった。
 愛する女に告白せずに彼女の幸せを考えて親友に譲る主人公とか、お互いに惹かれ合っていながら倫理に縛られて一線を超えられない関係とか、欲望追求こそ善の昭和バブルにあって相当ナンセンスなプロットであった。そのレトロ感が、かえって新鮮に映ったのかもしれない。
 が、時代を感じさせたのはストーリーそのものではなく、映画のスタイルである。
 フィルムのざらざらした質感然り、明治時代のロケセットのリアリティ然り、美術や照明のクオリティの高さ然り、フィルムの巻が変わる直前にスクリーン右上に出る黒いドット(チェンジマーク)然り。
 さらには、話のテンポの遅いこと!
 テレビドラマだったら45分あれば描けてしまう単純なストーリーを、130分もかけて描いている。
 ひとつひとつのシーンが長く、重要な対話シーンではカットそのものが長い。
 代助が三千代についに愛を告白するシーンなど、9分半の長回しで、その間、セリフはほんのわずかである。
 セリフのない沈黙シーンが延々と続くさまは、まるでタルコフスキーかテオ・アンゲロプロスかカール・ドライヤーの作品のよう。
 このゆったりしたテンポ、沈黙(会話の間)の長さは、テレビゲームやファスト映画のテンポになれた令和の若者には耐えられまい。
 だが、真のドラマはたいてい沈黙の中で進行する。
 それは活字では表現できない映像ならではの特典である。
 沈黙の時間の中に、代助と美千代の互いに気持ちを伝えられないもどかしさが見事に描き出されている。

 80年代当時、すでに日本映画界は斜陽を通り過ぎて、ヒットするのはアニメと動物映画とアイドル映画ばかりといった寒々しい状況だったと記憶する。
 が、溝口や小津や黒澤を先達にもつ日本映画の良心を感じさせる、質の高い、丁寧につくられた、見ごたえある映画が作られていたのだ。
 ソルティは洋画ばかりに目が行っていた。

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 松田優作がいかにすぐれた役者であったことか!
 アクション映画だけでなく、文芸映画でもバッチリはまっている。武骨な表情と訥々とした口調のうちに、恋と友情の板挟みになる男の葛藤が色気となって表れている。
 小林薫も上手い。
 本来なら小林という役者のイメージは、主人公の男にこそ向いている。イメージと異なる、どちらかと言えば暴君な夫を、違和感なく演じている。
 二人の男に挟まれる美千代を演じる藤谷美和子は、演技はうまくないが、美しいことこの上ない。演出や美術や照明や衣装の力で、魅力ある女性像に仕立てられている。
 やっぱりうまいなあと舌を巻くのは、草笛光子。
 市川崑監督の金田一耕助シリーズでみせた役幅の広さが、ここでも発揮されている。名家の嫁としての品の良さと、姉さん女房風の世話焼きの面を矛盾なく造形している。
 笠智衆が出演しているとは知らなかったので、うれしい驚きであった。
 笠が出てくるシーンでは、キャメラは常にローポジションに据えられる。おそらく、森田監督による小津安二郎に対するオマージュであろう。笠さんの姿勢の良さはいかにも明治男らしい。
 羽賀研二はイケメンで芝居も悪くない。つくづく、もったいないことをした。真面目に生きていれば、いい役者になっただろうに・・・。
 
 国立映画アーカイブの鑑賞料金は、一般520円、学生310円。
 310円で映画が見られるって、ほんと素晴らしい。
 学生のうちにたくさん観ておこう。 



 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★
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● 映画:『宝島 HERO'S ISLAND』(大友啓史監督)

2025年日本
191分
宝島ポスター
 
 原作は第160回直木賞を受賞した真藤順丈の同名小説。
 太平洋戦争後の米統治下の沖縄を舞台に、島の若者たちの熱く激しい青春が描かれる。
 『国宝』の175分を超える191分という上映時間にちょっと怖じけたが、始まってみたら、スクリーンいっぱいにたぎる半端ない熱量に圧倒され、最後まで集中して観ることができた。
 もっとも、前立腺治療の薬のおかげで、排尿周期が長くなったおかげが大きい。
 高齢者は観に行きたくとも、この尺の長さにはビビるだろう。
 制作・上映サイドは、超高齢社会を迎えた我が国の観客のことをもっと考えてほしい。
 だいたい、本編前の予告編だけで15分も使っているのがおかしい。
 本編を第1部と第2部に分けて、間に15分の休憩時間を入れ、そこで予告編を流せないものか。
 あるいは、入口でオムツを配布するとか・・・。
 ソルティは30年以上前イタリアに行ったときローマのポルノ映画館に入ったが、彼の地ではポルノ映画ですら“intermezzo(休憩)”があった。

 ソルティがこの映画の熱をビンビンと感じることができたのは、やはり、『ひめゆりの塔』に象徴される沖縄戦の悲劇や、1972年沖縄返還まで米国の支配下にあって朝鮮戦争やベトナム戦争の出撃・後方支援基地として使われた沖縄の事情や、島民たちの悲惨な生活実態を学んでいたからである。
 太田隆文監督によるドキュメンタリー『沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』、大江健三郎の『沖縄ノート』、沖縄随一の売春街であった真栄原社交場を描いた藤井誠二の『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』、沖縄返還交渉をめぐる日米間の密約問題をテーマにした山崎豊子の『運命の人』、台湾有事に揺れる現在の沖縄を描いた三上智恵監督によるドキュメンタリー『標的の島 風かたか』、もちろん、真藤順丈の原作も読んだ。
 本土返還50周年にあたる2022年には、3泊4日の沖縄戦跡めぐりをした。
 ゆえに、この映画を観るのにまったく解説を必要としなかった。
 原作を読んでいない、沖縄戦をよく知らない、沖縄返還もはじめて耳にした、レジャー&スピリチュアルスポット以外の沖縄文化に触れたことのない人々が、本作を観て、どれくらい内容を理解できるのか、どれくらいウチナンチュー(島民)の思いに心を寄せることができるのか、ソルティにはわからない。
 ただ、その断絶の前には、「登場人物たちが話す沖縄方言がわからない」なんてのは些末な事柄に過ぎない。

 まったく前提知識が無いまま鑑賞しても、ストーリーを理解し映像を楽しむことができるのが、映画という娯楽の必要条件とするならば、もしかしたら、この映画は成功していないのかもしれない。
 しかし、たかだか191分!で、沖縄の人々がこの80年間体験し感じてきたことを理解するなど、そもそも絶望的に不可能なのである。
 ならば、戦後生まれのヤマトンチュー(島民以外の日本人)にできるのは、スクリーンにたぎる熱量をそのまま全身に受け止め、言葉を失くすことだけであろう。
 その熱は観る者の血管に浸透し、体中をめぐり、エイサーの太鼓の響きのごと鼓動を鳴らすに違いない。
 理解できないことに醒めた態度をとる人間の卑小さを気づかせるに違いない。
 何があったか調べるのは、そのあとからで遅くない。

魂魄の塔
魂魄の塔
沖縄戦で犠牲になった35,000人の遺骨が埋まっている

 熱量の源となっている役者たちの演技が素晴らしい。
 グスクを演じる妻夫木聡の本気度。『ウォーターボーイズ』の少年がここまで到達したことに目を瞠った。大人のエレベータを着実に昇った。
 ヤマコを演じる広瀬すず。本作で女優として明らかに一皮むけた。少し前に吉永小百合と共演し、小百合に気に入れられ、「わたしの演じる役の娘時代はすずちゃんにお願いしたい」と言われていたのを見て、嫌な予感がよぎった。
 が、杞憂であった。吉永小百合路線でなく、宮沢りえ路線に進んだことが証明されている。
 レイを演じる窪田正孝。こんなに存在感ある役者とは知らなかった。おみそれした。助演男優賞に値する熱演。
 オンを演じる永山瑛太。出番は多くないが、この物語のキー・パーソンである。オンの「非在」が物語を駆動する。それだけのカリスマ性がなければならない。永山は無頼なアニキの風格を見事に醸し出している。
 個人的に一番惹かれたのは、グスクとペアを組む初老の警官役の男優。
 なんとも味がある。
 この役者、だれ?
 ――と思ったら、ラストクレジットで塚本晋也と知った。
 『野火』や『ほかげ』など監督として一級であるが、役者としても実に魅力あふれる。

 米兵がたむろする夜の売春街や暴動勃発のゴザの街など、時代考証を尽くしたロケセットも見ごたえある。
 筋が複雑で、内容が重厚で、構成バランスが必ずしも良いとは言えない原作を、尊重しながらも適確に剪定した大友監督の手腕は十分称賛に値する。
 惜しむらくは、ゴザ暴動まで保ってきた緊張の糸が、そのすぐあとの米軍基地内のシーンで途切れてしまう。
 武装した米軍兵士たちの前で、主人公たちがいきなり“青春漫才”をおっぱじめる。
 いささか興冷めした。
 ここは映像によって語らせたかった。

シーサー

 現在上映中の本作への評価は二分しているようで、興行的に苦しんでいる模様。
 だが、日本人とくにヤマトンチューは観ておくべき映画と思う。
 左も右も関係なく。(だいたい排外主義を唱える連中が米軍基地撤退を唱えない不可思議。本物の保守はどこに行った!?)
 この映画をヒットさせられない現代日本の文化状況の貧しさ、令和日本人の政治意識・歴史認識の欠落が哀しい。
 少なくとも、『国宝』と『宝島』が同じ年に公開された日本映画界の奇跡を、劇場に足を運んで目撃することは、十分な意義がある。

普天間飛行場
普天間飛行場に並ぶオスプレイ

P.S. 上映終了後、白杖をついた男がいるのに気づいた。191分を“聴いて”、脳内スクリーンに沖縄の風景を描いていたのか! やはり映画は「見る」ものでなく、「観る」ものなのだ。




おすすめ度 :★★★★

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