ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●映画・テレビ

● 電子監視導入 映画:『ハウスバウンド』(ジェラード・ジョンストーン監督)

2014年ニュージーランド
107分

ハウスバウンド

 ニュージーランド映画って珍しいと思っていたら、有名な監督に『ロード・オブ・ザ・リング』、『ホビット』のピーター・ジャクソン、『ピアノレッスン』のジェーン・カンピオンがいた。ちなみに、われらが大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』もニュージーランドで撮影が行われたため、制作国に同国が名を連ねている。

 本作はB級サスペンスホラーコメディである。
 恐さの中に若干のお笑いとちょっぴりのお涙頂戴を潜ませているところがユニーク。
 それなければ陳腐なC級映画に過ぎなかったろう。
 天井や壁がきしむ、電気が突然消える、何者かの気配がする、調べてみたら数十年前にこの家で殺された少女がいた・・・・。悪霊の潜むオカルト屋敷と思ったら、実は壁の中に"引きこもり(housu bound)”の同居人がいたというオチ。

 映画の筋とは別に「へえ~」と思ったのは、ニュージーランドの刑事政策。
 主人公の女性カイリーは、ATM強盗で捕まって保護観察処分となり、母親と義父が暮らす実家で8カ月過ごすよう命じられるのだが、その際に外出禁止命令を受ける。
 つまり、house bound(家に閉じ込められる)。
 足首にGPS付きのアンクレットがはめられ、家の敷地から出ようとしたり、アンクレットを切断してはずそうとすると、警報音と共に最寄りの警察に通知され、刑事が駆けつける。
 期間中は定期的にカウンセラー(保護司)が訪問し、本人と面談し、更生を目指す。
 この刑事政策を電子監視という。
 すでにアメリカ、韓国、イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、スウェーデンなどで性犯罪者を中心に実施されており、日本でも早ければ2026年から運用が開始されるという。

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おすすめ度 :★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


● LGBTもっこりアクションコメディ 映画:『シティーハンター 史上最香のミッション』(フィリップ・ラショー監督)

2019年フランス
93分

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 『世界の果てまでヒャッハー!』(2015)、『アリバイドットコム2 ウェディング・ミッション』(2023)で、コメディメイカーとしての力量を証明し続けているフィリップ・ラショー監督。
 ソルティもすっかりファンになった。
 間違いなく、いま世界で一番笑わせてくれる映画監督である。

 ラショーは、北条司作画『シティーハンター』の大ファンであるらしく、映画化するのが夢だったという。
 もちろん、主役の冴羽獠を演じるのはラショー自身である。
 舞台をフランスに移し、冴羽獠ならぬニッキー・ラーソンの名で、もっこり活躍している。

 ソルティが『シティハンター』を読んでいたのは、はるか3、40年むかし――そんなになるのか!――つまりリアルタイムで読んでいた世代なので、原作をまったく覚えていない。
 どうも『キャッツ♥アイ』と混戦している。
 なので、本作がどれくらい原作にもとづいているのか分からない。
 当時流行ったDCブランド風のジャケットに細目のパンツ、無類の女好き(エロ好き)というキャラクターはそのまま踏襲しているようだが。
 時代の要請か、さすがに“もっこり”そのものを示すシーンはなかった。

 本作は、『シティハンター』=冴羽獠の香りを漂わせるラショーのオリジナル作品ととらえるほうがいいと思う。
 ラショーの見事な脚本と冴えた演出とずば抜けた演技力あってこその面白さだからだ。
 実際、家で一人きりで映画を観ていて爆笑するなんて滅多ないことを、この作品は可能にしてくれる。
 バカリズムももっとラショーから学んでほしい。

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 ラショーのコメディセンスの冴えの一端を紹介したい。
 冒頭シーンで、ラショー演じるニッキー・ラーソンと敵役のファルコン(海坊主)は美容外科のクリニック内で大立ち回りする。
 麻酔をかけられた手術中の男が真っ裸でベッドに横たわっている両脇で、二人は激しいバトルを繰り広げる。
 バトルのあおりを喰らって、患者の男を乗せたベッドは窓を突き破って街路に飛び出してしまい、ちょうどクリニックの前を通過していたバスのフロントに乗り上げてしまう。
 そのバスに乗っていたのは修道尼たちであった。
 修道尼と裸の男の組み合わせ。
 聖と俗の対比から笑いを生み出す。
 これは洋画で昔からあるお笑いを引き出す一つの型である。
 フィリップ・ド・ブロカ監督『まぼろしの市街戦』(1966)でもそういったシーンがある。

 裸の男を目の前にした修道女たちは、目を丸くして驚き、各人各様の反応を示す。
 ここまでは昔のコメディ映画の演出と変わらない。
 と、バスの奥のほうに座っていた若い修道尼がスマホを取り出して、写メを撮る。
 カシャッ!
 いっせいに振り返って彼女を非難の目で見る他の修道女たち。
 現代風である。
 ここまではおそらく、三谷幸喜やバカリズムでもできるだろう。

 ラショーがすごいのは、そこからもう一捻りするところ。
 若い修道女にこう言わせるのだ。
 「わかったわよ、あとでシェアするから」

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 本作は、肌にスプレーすると、その匂いを嗅いだ相手が香りの主にメロメロになってしまう、いわゆる惚れ薬が物語の鍵をなしている。
 薬の効果を信じようとしないニッキーを納得させるために、薬の持ち主兼依頼者の中年オヤジは自らの体に媚薬をスプレーし、ニッキーに匂いを嗅がせる。
 すると、無類の女好きであるはずのニッキーが、目の前の中年オヤジにメロメロになってしまう。
 つまり、ニッキー=冴羽獠は、なんと男に“もっこり”してしまう。
 ニッキーは中年オヤジとのさまざまな恋愛シチュエイションを妄想し、デートに誘う。
 つまり、ホモネタ満載なのである。

 LGBTQの人権が唱えられる昨今、コメディで扱うにはなかなか難しい素材なのだが、当事者の一人(ゲイ)であるソルティが観ていてもイヤな気はしない。
 とんねるず&フジテレビの保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)にくらべれば、全然セーフである。
 これはやはりフランス人であるラショーの根本的な人権感覚の反映なのだと思う。
 そのネタがマイノリティである当事者を「馬鹿にしているか」「下に見ているか」「憐れんでいるか」「差別しているか」、大方の当事者は敏感に察するものなのである。
 とんねるずは、明らかに男性同性愛者を下に見て、馬鹿にして、笑いを取ろうとしていた。
 ラショーは、同性愛もまた異性愛と変わらぬ愛のあり方なのだと示すべく、中年オヤジに袖にされた(相手はヘテロなので仕方ない)ニッキーの失恋シーンをご丁寧にも描き出す。
 その悲哀と笑いの絶妙なバランスは、とんねるずがこの先50年かけても身に付けられないものである。

 たぶん、原作者である北条司にもまたこの芸当はできないと思う。
 ラショー監督は、冴羽獠の人間的デカさをさらに押し広げることに成功したのである。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 映画:『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)

2023年アメリカ
180分

オッペンハイマー

 原爆開発を目的とするマンハッタン計画の主導者にして「原爆の父」と呼ばれたJ.ロバート・オッペンハイマー(1904-1967)の半生を描いた伝記映画。
 第96回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞などを受賞した。

 多くの人にとっては、難しすぎる映画と思う。
 主たる時間軸が3つあり、以下の3つの物語が入れ替わり立ち替わり語られるので、話が錯綜して分かりにくい。
  1. オッペンハイマーの半生を振り返る物語・・・・病的な学生時代~著名な物理学者らとの出会い~理論物理学者として有名になる~マンハッタン計画に参加~広島・長崎原爆投下~罪悪感に襲われる
  2. 1954年オッペンハイマー事件・・・・赤狩り時代、政治家ルイス・ストローズの策謀によりソ連のスパイと疑われ、聴聞会にかけられ、公職追放となる。
  3. 1959年の連邦議会の公聴会・・・・ルイス・ストローズが閣僚として適正か否かを審議する公聴会が開かれ、結果不適格とされる。
 2番目の物語はひと昔前の家庭用ビデオのような粗い画質のカラー映像、3番目の物語はモノクロ映像と、画質に違いがあるので、注意深く見れば異なる時代の異なる物語が並行して語られているのだと気づくことはできる。
 が、ある程度の事前知識がないと、2と3の場面は何をやっているのか見当がつかない。
 アメリカ人の知識層なら、2のオッペンハイマー事件や3の公聴会の制度について知る人も多いのだろうが、そうでなければ話についていくのは難しい。
 そのほかにも、この映画を十分に理解するにはかなりの知識が要る。
 現代物理学史や有名な物理学者のプロフィール(アインシュタイン、ハイゼンベルク、ニールス・ボーアが登場)。
 第二次世界大戦の推移(とくに日米戦)。
 マンハッタン計画と広島・長崎原爆投下。  
 米ソ冷戦と核開発競争。
 赤狩り、FBI、アメリカの政治制度。
 
 ソルティは2回見てやっと全体像を理解することができた。
 悪い映画ではないが、これがアカデミー作品賞受賞ってどうなんだろう?
 あまりに大衆から離れ過ぎていやしないか?
 アメリカの観客の何%が、この映画を一度見ただけで理解できたのか、気になるところである。
 評価の高さの背景として、ロシア×ウクライナ戦争とイスラエル×ハマス戦争の勃発が、核戦争に対する全米の危機感を煽ったことが大きかったのではなかろうか。 
  
 もちろん、質は高い。
 クリストファー・ノーランの映像はいつもながら美しい。
 役者の演技も一級である。
 オッペンハイマー役のキリアン・マーフィーは、アカデミー主演男優賞も納得の繊細な演技。広島・長崎原爆投下の被害状況を知ってから、がらりと顔つきを変えている。
 野心に満ちた成り上がり者ルイス・ストローズを演じるロバート・ダウニー・Jr.も、助演男優賞納得の好演。オッペンハイマーV.S.ストローズは、いわば、モーツァルトv.s.サリエリみたいな関係だろうか。凡庸な人間が天才に抱く賞賛の念と嫉妬と劣等感が表現されている。
 ほかにも、マット・デイモン、ジョシュ・ハートネット、ラミ・マレック、トム・コンティ(アインシュタイン役)、ケネス・ブラナー(ニールス・ボーア役)、ゲイリー・オールドマン(トルーマン大統領役)など、主演級のベテラン役者が出演している。
 これらの役者の凄いところは、それぞれが演じている人物になりきって、役者自身の地が目立たないところである。
 高度のメーキャップ技術のせいもあろうとは思うが、マット・デイモンやケネス・ブラナーやトム・コンティやゲイリー・オールドマンなどは、最後まで本人と気づかなかった。
 日本の俳優は、「なにをやっても〇〇〇(名前が入る)」という人が結構多い。石原裕次郎とか吉永小百合とか笠智衆とか木村拓哉とか。
 海外の俳優はどれだけスターになって顔が売れても、いったん芝居となるとスター性を引っ込めて役になりきるところがプロってる。(トム・クルーズやブラッド・ピットは例外か)

 「原爆の父」となったオッペンハイマーはのちに罪悪感に苦しめられたらしい。
 だが、オッペンハイマーがやらなければ、誰か別の科学者が原爆を開発したのは間違いない。
 アメリカがやらなければ、どこか別の国(ソ連か?)が原爆をどこかの国に投下し、その効果を確かめたであろう。
 また、日本がポツダム宣言受諾を拒否し続けたことで、みずから原爆の悲惨を招いてしまったことも否定しようのない事実である。
 日本人にとっての悲劇は、唯一の被爆国となったという歴史的事実について、単純にアメリカばかりを責められないという点にある。
 
原爆ドーム





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● 2024年映画ベストテン

 今年は61本の映画を観た。
 月に5本。
 シニア料金対象になったこともあって、映画館で観る機会が増えた。
 以下、鑑賞した順に、タイトル(監督名、公開年)を挙げる。
  • なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新、2020)・・・・立憲民主党の国会議員小川淳也の活動を追ったドキュメンタリー。大島新は大島渚の息子である。小川の著書もなかなか良かった。
  • 雪之丞変化』(市川崑、1963)・・・・絶世の美男役者と言われた長谷川一夫の十八番。あでやかな女形といなせな男衆の一人二役が見物。市川のスタイリッシュな映像は美の極致。
  • ㊙色情めす市場』(田中登、1974)・・・・日活ロマンポルノだが、すでに伝説の域に達している名作。70年代大阪釜ヶ崎のドヤ街に生きる庶民のバイタリティが爆発。主役の娼婦トメを演じる芹明香はこの一本で映画史に名を残した。
  • 赤い殺意』(今村昌平、1964)・・・・『太陽にほえろ』のヤマさんこと露口茂がレイプ犯を演じる衝撃作。鈍くさい主婦を演じる春川ますみの体当たり演技に惹きつけられる。家父長制と男尊女卑を当然とする昭和期の日本の記録。
  • 気違い部落』(渋谷実、1957)・・・・タブーの2乗のようなタイトルに驚くが、国立の施設で鑑賞した。令和の今では考えられないような「ふてほど」満載。大正生まれの役者たちの味の濃さよ。    
  • 侵入者』(ロジャー・コーマン、1962)・・・・『スタートレック』のカーク艦長ことウィリアム・シャトナー主演。60年代アメリカの黒人差別の実態をなまなましく描く。この傑作が半世紀のあいだ日本で観られなかったのはもはや犯罪的。
  • 桐島、部活やめるってよ』(吉田大八、2012)・・・・高校が舞台の現代青春群像。神木隆之介、東出昌大、橋本愛、仲野太賀のフレッシュ共演。生々しくも繊細なタッチのキャメラは近藤龍人。
  • 人間の條件』(小林正樹、1959)・・・・全編9時間31分の超大作反戦映画。これほどの映画が作れた時代があった。田中邦衛、笠智衆、岸田今日子、高峰秀子が印象に残る。
  • どうすればよかったか?』(藤野知明、2024)・・・・本年最高の収穫はこのドキュメンタリーかもしれない。上映後、呆然として言葉を失う観客続出。こういう作品がヒットする時代になったのだ。
  • 侍タイムスリッパー』(安田淳一、2024)・・・・江戸の侍が21世紀の時代劇のセットにタイムスリップ。ラストの決闘シーンの殺陣は神業もの。山口馬木也と冨家ノリマサは今年の二大ブレイク男優である。

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次点グループ

 以上の作品は今年初めて観たものである。
 二度目以上のものも含めると、今年観た中のベストワンは、
 であった。
 今年も映画を観ることで、さまざま時代×さまざまな土地にタイプスリップする幸福が味わえた。
 山本陽子、寺田農、唐十郎、中尾彬、久我美子、アラン・ドロン、マギー・スミス、大山のぶ代、西田敏行、火野正平、中山美穂、オリビア・ハッセー。
 素晴らしい役者たちが亡くなった。
 感謝とともに冥福を祈る。
 
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● 映画:『帝銀事件 死刑囚』(熊井哲監督)

1964年日活
108分、白黒

帝銀事件死刑囚
主役の信欣三

 戦後間もない1948年(昭和23年)1月26日、東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店で、死亡者12人に及ぶ毒殺強盗事件が発生した。
 本作は帝銀事件をテーマにした熊井哲の初監督作品である。

 前半は毒殺事件の再現と警察や新聞記者らによる捜査の様子、後半は容疑者として逮捕された画家・平沢貞通の取り調べと裁判の模様、が描かれる。
 平沢貞通は有罪となり最高裁で死刑が確定した。
 が、刑の執行も釈放もされないまま39年間を獄中で過ごし、この映画の公開から20年以上経った1987年(昭和62年)5月10日、獄中で病死した。
 95歳であった。

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平沢貞通画伯

 この事件については、松本清張が『日本の黒い霧』で取り上げているほか、横溝正史の『悪魔が来りて笛を吹く』でも「天銀堂事件」と名を変えて素材にされている。
 一言でいって、たいへん不気味な事件である。

 平沢貞通は冤罪の可能性が限りなく高く、真犯人は731部隊(大日本帝国陸軍関東軍防疫給水部本部)の関係者ではないかとする説が濃厚である。
 総力挙げて犯人探しに取り組んでいた警察が、731部隊に目をつけた途端、GHQからストップがかかったという。
 のちに反権力の社会派作家として名を成した熊井哲は、むろん、冤罪事件としてこれを描き、国家の謀略と暴力を告発している。
 綿密な取材に裏打ちされたリアルかつスリリングな演出と、信欣三、内藤武敏、笹森礼子、北林谷栄、鈴木瑞穂といった大スターではないが実力派の役者たちの起用が、ドキュメンタリー性を高め、作品にリアリティと品格をもたらしている。

 冒頭の毒殺場面において、真犯人は後ろ姿しか見せていない。
 その声は加藤嘉が担当している。

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青酸カリ入りの液体を薬と偽って銀行員に処方する真犯人
731部隊は中国で捕虜に対して同様の実験をおこなっていた



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 池袋シネマ・ロサが熱い! 映画:『侍タイムスリッパー』(安田淳一監督)

2024年日本
131分

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 幕末の乱世を生きる侍が、140年の時を超え、2000年代の時代劇ロケ現場(京都東映太秦映画村)にタイムスリップしてしまう、自主制作のSF時代劇コメディ。
 ヤマザキマリ原作の漫画『テルマエ・ロマエ』みたいに、2つの時代のギャップに戸惑う主人公の姿を楽しむコメディであるが、『テルマエ』の主人公ルシウスが古代ローマと現代日本(の浴場)を行ったり来たりできるのにくらべ、本作の主人公の会津藩士・高坂新左衛門は元の時代に戻れない。
 豊かで平和な現代日本で、主君の為に生きる武士としてのアイデンティティを揺るがされ損なわれながら、得意の殺陣を生かし、時代劇の斬られ役の仕事を覚えていく。

 脚本も撮影も編集も安田淳一監督がこなしている。
 本業はなんと京都のコメ農家だというから驚く。
 半農半撮か。

 8月17日に池袋シネマ・ロサで単館上映されるや、SNSや口コミで話題となり、瞬く間に全国展開、今なおロングランを続けている本年最高の話題作のひとつである。
 12月7日に公開されて現在大ヒット中の藤野知明監督のドキュメンタリー『どうすればよかったか?』同様、SNSの威力をつくづく感じるが、作品自体のパワーと魅力あってのことであるのは間違いない。
 どちらの作品も、映画を“撮る”ことに対する監督やスタッフの熱い思いが全編に漲り、スクリーンから発しられる磁力が観客の心を金縛りにする。
 「撮りたいものがあるから撮る、伝えたいことがあるから作る」という映画制作の原点回帰が、それぞれの作品のストーリ的な感動とは別に、映画を愛する観客の琴線を鳴り響かせて止まない。
 いまや、「自主制作+単館上映+SNSで爆発+全国展開」というカタチこそが、優れた映画の生まれるメインルートなのかもしれない。

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思えば『福田村事件』も『』も『最後の乗客』もここで観た
いま、もっとも注目の映画館なのではあるまいか

 なによりの勝因は、時代劇に本物の武士が紛れ込むというアイデア。
 プロットが奇抜で、先が読めなくて楽しい。
 ドラマ制作の舞台裏をのぞく面白さも手伝う。
 脚本(セリフ)はややベタで凡庸な部分が見られる。
 「このシーンは削ったほうが・・・。このセリフは要らないな・・・。」と個人的に思うところが結構あった。
 たとえば、斬られ役のプロ集団「剣心会」への入門試験を受けた新左衛門を前にした、新左衛門応援団の「滑る」、「落ちる」のNGワード炸裂というベタなギャグ。
 いくらなんでも、これで笑える観客はいないだろう。
 『寅さん』シリーズへのオマージュなのか?

 だが、中盤まで気になったいくつかの瑕疵も、ラストの決闘シーンの迫力で帳消しされた。
 すべての欠点を蹴散らしてあまりある名シーン。
 劇中人物のひとりが思わず漏らす、「ほんもの侍がここにいる!」というセリフが、共感をもって頷ける。
 このシーンだけでも、この映画を観る価値はある。

 役者陣も全般いい仕事をしており、また、息が合っていた。
 主役の山口馬木也(やまぐちまきや)についてはまったく知らなかった。
 いろいろなテレビドラマや映画や舞台に出演しているようだが、主役はこれが初めてなのではなかろうか。
 顔良し、スタイル良し、声良し、姿勢良し、芝居良し、カメラ写り良し、殺陣良し。
 今年度の主演男優賞はこの人をおいて他にないだろう。

 敵役の侍を演じる冨家ノリマサは、やはり堀江貴監督による自主制作映画『最後の乗客』で、主役のタクシー運転手を好演していた。
 本作では、里見浩太朗を思わせるような福々しい時代劇スターに扮し、多彩で微妙な感情表現ができる力量を示した。やはり、殺陣も見事。
 助演男優賞はこの人で決まり。

 2024年は、メジャー制作の鳴り物入り商業映画が、自主制作映画に完膚なきまで打ちのめされた年として、そして、山口馬木也と冨家ノリマサという素晴らしい二人の男優がブレイクした年として、この時に刻まれよう。

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高坂新左衛門を演じる山口馬木也



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
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● 女のミーム? 映画:『ウェディング・ハイ』(大九明子監督)

2022年日本
117分

ウェディングハイ

 バカリズムの脚本の才を確かめたかったので借りてみた。
 結婚式場で起こるドタバタを描いたスラップスティック・コメディである。

 新郎新婦、老若男女の出席者たち、式場スタッフ、新婦の元カレ、脱獄したばかりのコソ泥・・・・・。
 縁あって祝いの席に集まったさまざまな人々の裏事情や思いや魂胆を回想形式を用いて描き出しながら、披露宴という一つのエンターテインメントにまとめ上げている。
 グランドホテル形式の変型と言っていいだろう。
 似たような設定の三谷幸喜脚本&監督『THE 有頂天ホテル』を想起したが、本作のほうが面白かった。
 一方、フィリップ・ラショー監督『アリバイドットコム2 ウェディング・ミッション』(2023)には遠く及ばず、日仏ウェディング・コメディ対決は仏に軍配が上がる。

 バカリズムの脚本は、お笑い芸人だけあって、コメディセンスに光るものがある。
 が、言葉が多すぎて説明過多なのが欠点。
 テレビ業界のお笑い出身のためか、映像に対する信頼度の低さを感じた。
 テレビドラマでやれることを、わざわざ映画で見せてくれるには及ばない。
 バカリズムの名に気圧されたのか、大九(おおく)監督の演出もいま一つ冴えない。ただ脚本をそのまま映像化しましたという感じ。
 つまり、脚本と演出のバランスが良くない。
 映画はやはり、演出&撮影>脚本となるべきだろう。
 同じお笑い芸人出身のビートたけし(北野武)はそれがよく分かっていた。

 出演者では、ウェディングプランナー役の篠原涼子、新婦の元カレ役の岩田剛典、新婦の父親役の六角精児、新婦の恩師役の片桐はいり、新郎の上司役の高橋克実が味があって良い。
 とくに、片桐はいりの存在感は素晴らしい。着物がこんなに似合う人とは思わなかった。

 冒頭で、中村倫也演じる新郎が結婚式とくに披露宴を(内心で)億劫がるさまが描かれている。
 実際、男で披露宴をやりたがる人ってどのくらいいるのだろう?
 ジェンダー平等の叫ばれる世の中で、男女の違いをあげつらうのはあまり褒められたことでないと分かっているが、こればかりは男女差が大きいように思う。
 もっとも、同じ男であっても、芸能人と政治家は別であるが。

 思うに、結婚したことを親戚や友人はじめ広く世間に知らしめることで、新婦たちは新郎から言質を取っているのだろう。
 「これでもう、私はあなたに縛り付けられました。浮気はしません」という。
 つまり、人類の長い歴史でつくられた女性(母親)の生存戦略――子供が一人前になるまでは、食料をちゃんと運んでくれる男をつなぎとめておける能力こそが子孫を残せる――のひとつ、いわゆるミーム(文化的遺伝子)なのではなかろうか。

同性婚
同性婚の場合はどうなんだろう? 

 


おすすめ度 :★★

★★★★★ 
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★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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● 上野駅地下道の記憶 映画:『ほかげ』(塚本晋也監督)

2023年日本
95分

ほかげ

 大岡昇平原作『野火』で戦争の狂気を見事に演じかつ描いた塚本晋也。
 今回も、俳優としての出演こそないが、脚本・撮影・監督の三役をこなしている。
 『野火』では、南の島の息をのむほど美しい自然の光景が鮮やかに写しとられ、“人間的”でグロテスクな戦場の光景とのすさまじいまでの対比を生んでいた。
 その撮影の才は、本作でも存分に発揮されている。
 火影(ほかげ)というタイトルそのままに、おぼろなる光と不吉な影の織り成す夢幻めいた映像が、終戦直後の焼け跡の街という特異な時代の空気と、死者に取り巻かれて生きる庶民たちの心象風景を象徴的に表現している。
 和風オカルト映画さながらに。

 前半の主人公である飲み屋のおかみを演じる趣里、後半の主人公である復員兵を演じる森山未來、どちらも気迫のこもった熱演で凄みを感じさせる。
 森山はほんと、どこまで行くのだろう?
 狂気や悪を演じて、佐藤浩市以上に三國連太郎に近い。

 前半から後半に移る際のギャップがいささか気になった。
 前半の趣里の印象があまりに強いので、後半に入ってしばらくは集中力が途切れる。
 趣里と森山の演技の質の違いによるところが大きいのかもしれない。
 直感的な演技の趣里と、直感的に見えて実は技巧的な演技の森山。
 二人は直接からんでいないので、互いに影響し合うことなく、それぞれが独立した演技をしている。
 演技の質を統一するのは演出の仕事だが、小津安二郎や黒澤明ほどの演出支配力はいまどき望むのが無理と言うものだろう。
 ならば、完全に独立した二つのエピソードにする。あるいは、両方の話に共通して登場する戦災孤児の少年(塚尾桜雅)の視点で、最初から話を進めていけば、このギャップは緩和できたのではないかと思われる。

 それにしても、塚本監督は1960年生まれとのことだが、戦争の酷さに対するこのナイーブな感性と峻烈な視点はどこから来ているのだろう?
 同じ世代として気になるところである。

 ソルティの太平洋戦争に関する生の記憶は、幼少から昭和末頃まで繁華街で見かけた傷痍軍人の姿くらいしかない。
 小学低学年のとき、何かの用事で上野に連れて行かれるたび、上野駅の地下道の両脇を埋める浮浪者の群れを見た。
 片腕・片足がなかったり、松葉杖をついていたり、顔にケロイド状の火傷の跡があったり、異形のさまに震えた。
 長じてから、「あれは傷痍軍人だったんだな」と理解したが、自分とは別世界の住人という気がし、とくに気に留めなかった。
 いや、目を向けることを避けていた。

 今になって思うに、彼らは、「お国のため、天皇陛下のため」に赤紙一枚で駆り出され、虐待と暴力の常態化した軍隊でしごき抜かれ、上官の命じるままに人殺しをさせられ、飢餓や負傷に苦しみ、仲間を目の前で失い、この世の地獄を見た挙句、九死に一生を得て日本に帰ってみたら、焼け野原が広がり、家族も散り散りとなり、帰る家とてなかった。
 そのうえに、戦場でのさまざまな記憶が彼らを苦しめ続けた。PTSD(心的外傷後ストレス障害)である。
 GHQによって差し止められた軍人恩給が復活したのは、サンフランシスコ条約締結後の1953年。それまでは、働くことのできない傷痍軍人たちは街頭で物乞いするほかなかった。
 一方で、「お国のため、天皇陛下のため」、同じように戦って障害を受けたものの、恩給制度に与れない人々もいた。
 60年代末の上野駅でソルティが見たのは、在日コリアンの傷痍軍人たちだったのかもしれない。  

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Arman ParnakによるPixabayからの画像
 
 「日本国のために命をかけて戦った英霊に感謝し、彼らを祀るのは当然」と、ある人々は言う。
 そういった言辞は、自らは戦場に赴かずに内地の本部で戦略を練って兵隊を将棋の駒のように動かしていた連中(いわゆる上級国民)か、あるいは、部下に責任を押しつけて自らは戦犯たることを免れた卑劣な上官たちの後ろめたさからくる言葉だろう。あるいはその後裔どもの――。 
 「日本のために戦ってくれてありがとう」などと言われようものなら、胸中渦巻く怒りと虚しさで、永遠に浮かばれない多くの戦没者や元兵士がいる。
 この映画が、戦争を知らない世代に教えてくれるのはそのことである。



 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 家族という病 ドキュメンタリー映画:『どうすればよかったか?』(藤野知明監督)

2024年日本(動画工房ぞうしま制作)
101分

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 銀座で新作映画を観るなんて、10年ぶりである。
 平日10時からにも関わらず満席だった。
 なぜこのテーマに人が集まるのだろう?
 テレビニュースで特集でもあったのか?
 不思議な気がした。
 というのも、これは若くして統合失調症を発症した姉の生涯を、実の弟が描いたドキュメンタリーだからである。

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ヒューマントラストシネマ有楽町
JR有楽町駅中央口 ITOCIAの4階にある
  
 藤野知明監督は1966年北海道生まれ。現在50代後半。
 両親ともに医師で研究者というエリート家庭に生まれ育った。
 8つ違いの姉・雅子は幼いころから成績優秀で、将来は親と同じ医師か研究者の道に進むものと期待され、本人も国家試験目指して勉強していた。
 それが20代半ばのある日、統合失調症を発症する。
 奇声を上げ、とりとめないことを呟き、暴力をふるい、家を飛び出し行方知れずになっては保護される。 
 だが、両親は娘の病気を認めず、治療をいっさい受けさせず、家に閉じ込めた。
 いたたまれなくなった知明は、家を飛び出して、離れた土地で生活を始め、やがて映像関係の仕事に就く。
 姉の発症から18年後、知明は意を決し、カメラ片手に帰宅し、家族の姿を撮り始める。
 2001年のことである。

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 カメラは、2001年から2021年まで約20年間の雅子の姿、家族の状況を断続的に映し出す。
 それとともに、子供の頃の雅子の写真やエピソード、発症前後の状況、知明が家を離れていた間に起こった奇行の数々が明かされる。
 雅子当人が考えていることや感じていることは、まともな会話が成り立たないので、観る者はその表情や行動から推測するほかない。
 たしかに統合失調症のひとつの症例がそこにはある。

 一方、まともな会話が成り立たないのは雅子だけではないことに、観る者はやがて気づかされる。
 “正常”な人間で、きわめて高い知能と華々しい経歴をもつ父親と母親もまた、コミュニケーションがどこか変だ。
 姉の病気をなんとか改善したい知明は、帰宅するたびに姉の状況を確認し、姉との会話を試み、親に精神科に連れていくことを勧める。
 しかし、プライドが高く、頑固で、常に自分の正しさを確信している両親は、まったく耳を貸さない。
 医師の父親は、知明が探してきた精神科医の論文を読み、小馬鹿にさえする。
 玄関のドアを何重にも鍵をかけて閉じ込めておかねばならない現状にあってなお、“壊れた”娘の現実を認めることができず、賢かった過去の娘の面影を追っている。
 それはまるで宇宙人との会話のよう。
 地球人知明の孤軍奮闘ぶりに同情しつつ、観る者はやがて気づく。
 「これは統合失調症患者の話ではない。家族の病の話なのだ」

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 想起するのは、精神障碍者の移送サービスをやっている押川剛が書いた『「子供を殺してください」という親たち』、『子供の死を祈る親たち』(ともに新潮文庫)である。

 たとえば、私のところへ相談に来る親に、よくありがちな例を挙げてみましょう。親は、問題行動を繰り返す子供について、「人の言うことをまったく聞かないのです」「嘘ばかりつくのです」「倫理・道徳観がないのです」などと訴えます。ところが、その親自身が、私のような第三者に対して、「人の言うことをまったく聞かず」「嘘ばかりつき」「倫理・道徳観がない」振る舞いをしています。
 具体的に言うと、相談やヒアリングの席で自分たちに都合のいい話だけをして、事実を述べない。子供の目線に立って親の過ちを指摘すると、言い訳に躍起となり本質の話をさせない。こちら側の指示に対して、自分の考えを優先し聞き入れない。子供の違法行為や倫理・道徳に反する行為を、自分たちの生活に影響を与えるからという理由で隠蔽したり黙認したりする。お金や自分の都合など目先のことにとらわれ、他人を振り回す。
(『「子供を殺してください」と言う親たち』より)

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 2001年に撮り始めた時、これがどういった作品になるか、どういう展開ののちにどういう結末を迎えるのか、ラストショットはどうなるのか、いや、そもそもちゃんとした作品に仕上がるのか、藤野監督は見当もつかなかったことだろう。
 20年後の家族の姿など、誰だって想像のつきようもない。
 歳月の残酷さ――この作品の一番ショッキングなところである。
 
 20年たてば、家族それぞれが20歳分、年を取る。
 30代だった知明も、いまや還暦手前。
 明晰な頭脳を誇った母親は認知症になって幻覚に振り回され、世界を旅した父親は脳梗塞で車いす生活となり、姉の雅子はさらなる病に襲われる。
 発症から25年、パワーの衰えた両親は、やっと雅子を精神科に入院させることに同意する。
 その結果、これまでの状態が嘘のように、雅子の症状は劇的に改善する。
 すっかり目つきの変わった雅子。
 料理を楽しみ、散歩を楽しみ、趣味のイベントでの買い物を楽しみ、花火を楽しむ“少女のような”中年女性が現れる。
 もっと早く治療につながっていたら、この女性には別の人生が、別の可能性が開けていたかもしれなかった。
 だが、もう遅い・・・・・。

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 雅子の人生は、まるで、弟知明にこのフィルムを作らせ、家族という病の厄介さを世に知らしめるためにあったかのようだ。
 だが、それはなんの慰めにもならない言葉だ。
 「どうすればよかったか?」と監督は問う。
 「こうすべきだった」と外野が言うのは簡単であるが、無責任だし、酷でもある。
 知明を責める資格は誰にもないし、責められるべき事由もない。 
 かと言って、「こうなるよりほかなかった」と諦観するのは、あまりにむごい。
 悲しすぎる。 

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日比谷公園


 

おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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● 旧ソ連のBL事情 映画:『ファイアバード』(ペーテル・レバネ監督)

2021年イギリス・エストニア合作
107分、英語

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 70年代のソ連を舞台とするBL映画。
 軍隊の中で芽生えた上官と部下の恋(2人ともイケメン)、秘められた情事、露見のスリル、美しい映像、悲しい結末・・・・。
 “萌える”要素たっぷりで、腐女子沸騰の『モーリス』や『ブロークバック・マウンテン』や『君の名前で僕を呼んで』を想起する。

 が、これはフィクションではない。
 セルゲイ・フェティソフ(1952-2017)という役者の残した回顧録『ロマンについての物語』をもとにした実話である。
 はたから見れば、“萌える”エンターテインメントであっても、当事者にしてみれば生死に関わる問題。
 ソ連では同性愛行為は犯罪とされ、最大7年の禁固刑が科されていた(刑法121 条)。

 モスクワで役者になることを夢見る若き二等兵セルゲイ(トム・プライヤー)は、間もなく兵役を終えようとしていた。
 仲の良い同僚のルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)から思いを寄せられるも、セルゲイには受け入れられない理由があった。同性愛者だったのである。
 ある日、パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)が同じ基地に配属されてくる。セルゲイはロマンの世話係を命じられた。
 気の合った二人は互いを意識し合うようになり、ほどなく友情は愛に変わった。
 密会を重ねる二人。
 セルゲイとロマンの関係を怪しむクズネツォフ大佐は、二人の身辺調査を始める。
 危険を感じたロマンは、セルゲイとの関係を断つ決心をし、セルゲイに別れを告げた。
 傷心のセルゲイは、モスクワで役者の修行を始める。
 しばらくして、モスクワにルイーザがやって来た。ロマンとの結婚をセルゲイに伝えるために・・・・。

 禁断の愛に悩み苦しむ二人の男の関係を描いて、社会の不寛容を打つ部分では、『モーリス』や『ブロークバック・マウンテン』はじめ多くのBL映画と変わりない。
 映像、脚本、演出、芝居、どれも素晴らしく、BL映画の新たなる傑作誕生というにふさわしい。 
 本作のユニークさは、二人の男の間にルイーザという女性を配したところにある。
 いまルイーザの視点から物語を見ると・・・・。

 美人で男たちの人気の的であるルイーザは、同僚のセルゲイが好きだったが、その思いはなぜか届かない。
 仕方なく、ほかの男に目を向けたところ、ロマンという理想の男が現れた。
 兵役を終えたセルゲイはモスクワに去ってしまった。
 ロマンからの求婚をルイーザは喜び、二人は軍に祝福されて結婚する。
 男児に恵まれ、何不自由なく暮らしていたところに、青天の霹靂。
 思いがけない事実を知らされる。
 モスクワに単身赴任していた夫ロマンは、セルゲイと寄りを戻し、隠れて付き合っていたのである。
 そのうえ、ロマンは紛争地アフガニスタンに飛ばされ、そこで戦死してしまう。

 なぜかゲイの男ばかり好きになってしまうルイーザのヤオイ体質も不憫(?)ではあるが、なにより偽装結婚のおとりに使われていたことがむごい。
 もっとも、ロマンがバイセクシュアルであった可能性は否めないし、「そこに愛がなかった」とは一概には言えない。
 だけど、ルイーザが、最初からロマンの性的指向(セクシュアリティ)を伝えられて、それを受け入れて結婚したのでない限り、「自分は騙されていた」という気持ちになるのは無理もなかろう。
 夫が不倫していたというショックに加え、その相手が男性でかつ過去に自分をふった相手だったというショック、さらには息子一人残して夫が亡くなるというショック。
 「わたしの人生はなんだったの!?」
 ロマンと結婚していなければ、このような事態には陥らなかった。
 ルイーザは、二人の男の“歪んだ”愛の犠牲となったのである。
 同性愛を抑圧する社会は、当事者以外をも不幸にする。

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 1993年、ソ連崩壊後、刑法121条は無効になった。
 独立国となったエストニアでは、2023年3月国会で同性婚法案が議決され、2024年1月施行されるに至った。旧ソ連圏では初、世界では35か国目の同性婚承認国である。
 エストニア出身のペーテル・レバネ監督は、同性婚を国に認めさせるための様々なロビー活動を行ってきた人で、2021年公開のこの映画のヒットも大きな推進力となった。
 一方、プーチン大統領下のロシアでは、2013年に同性愛宣伝禁止法が全会一致で(!)制定され、書籍や映画、オンラインなどで同性愛を流布することが違法とされた。いわば、「カミングアウト禁止法」である。
 ウクライナ侵攻以降、性的少数者への弾圧が高まっているのは言うまでもない。

 ラストクレジットで、「セルゲイに捧ぐ」の文字とともに若き日のセルゲイ・フェティソフの写真が映し出される。  
 死後4年しての顔出しカミングアウト。 

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イケメンなんだよな~、これがまた!
 



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