2022年アメリカ、イギリス
127分
ケネス・ブラナー監督&主演による『オリエント急行殺人事件』(2017)は良かった。
同じアガサ・クリスティ原作で、エジプトが舞台で映像ばえする『ナイル殺人事件』に期待が高まるのも当然である。
多くの鑑賞者同様、ソルティもまた、筋書きも犯人もトリックも知っているので、見どころは疑似エジプト旅行を味あわせてくれる豪華な映像と、スター俳優たちの競演という点にある。
映像はまったく素晴らしい。
ナイル川の広々とした悠久の風景、ピラミッドやアブシンベル神殿など神秘的な古代エジプト遺跡、金持ち御用達の豪華客船、美しい衣装やアクセサリー、スタイル抜群の美男美女。
一気に物語の世界に運んでくれる。
役者もそれぞれ好演なのだが、残念なことに出演俳優の中でソルティが見知っているのは、ケネス・ブラナーただ一人だった。
これは、ソルティが最近の映画を観ていないのと、記憶力が減退しているので役者の顔を一度で覚えられないのが大きな理由だろう。
調べてみたら、サイモン・ドイル役のアーミー・ハマーはルカ・グァダニーノ監督のBL映画『君の名前で僕を呼んで』の恋人役を演じているし、ポワロの親友ブーク役のトム・ベイトマンは『オリエント急行』に続く出演だし、ブークの母親役のアネット・ベニングはサム・メンデス監督『アメリカン・ビューティ』で英国アカデミー主演女優賞を受賞している名優であった。
観る人が観れば、今を時めく豪華スター総出演なのかもしれない。
それでもやはり、1978年版『ナイル殺人事件』の出演陣――ピーター・ユスティノフ、ジェーン・バーキン、ベティ・デイヴィス、ミア・ファロー、ジョン・フィンチ、オリヴィア・ハッセー、ジョージ・ケネディ、アンジェラ・ランズベリー、マギー・スミスほか――に比べると、小物感が漂い、見劣りする感がある。
そんな中でも、サロメ・オッタボーンを演じるソフィー・オコネドーという黒人女優が、素晴らしい歌声と酸いも甘いも知る成熟した女性の魅力を醸していて、印象に残る。
原作ではサロメ・オッタボーンは、ハーレクイン小説まがいの性愛小説を書き散らすアルコール中毒の作家だった(アンジェラ・ランズベリー演ず)が、ここではポワロが好意を抱く人気ブルース歌手に変えられている。
前作『オリエント急行』でもそうであったが、本作においてもエルキュール・ポワロという人物像の掘り下げが見られる。
ベルギー人ポワロは、どんな過去を持ち、どんな恋愛をしてきたのか?
なぜ生涯結婚しなかったのか?
なぜ髭を生やすことにしたのか?
クリスティが書かなかった人物背景が創作されている。
現代という時代は、「名探偵」という肩書一つでドラマが作れる、視聴者が満足する時代ではなくなったのである。
さらに現代性という点で言えば、1978年版の主要登場人物が全員白人だったのにくらべ、2022年版の人種の多様性は驚くべきものである。
ハリウッド映画界のダイバーシティ(多様性)尊重のあらわれだろう。
それに反対するつもりは毛頭ないが、有産階級のリネット・リッジウェイの幼馴染や従兄弟が黒人であったり、白人男性が黒人女性を結婚相手に選ぶなど、物語の時代背景(1930年代)を無視した設定にはさすがに不自然を感じる。
史実は史実である。
史実を曲げる形での原作変更は好ましいとは思えない。
そんなことしたら、「きびしい差別があった」という事実さえ、観る者は学べなくなってしまう。
おすすめ度 :★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損