ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

映画・テレビ

● 映画:『SNS―少女たちの10日間』(監督:バルボラ・ハルポヴァー、ヴィート・クルサーク)

2020年チェコ
104分

 12歳の少女に扮装した3人の女優にSNS上で友人募集させ、彼女たちにコンタクトしてきた男たちとのやりとりを映したドキュメンタリーである。
 10日間で2500人を超える男からのアクセスがあったというから驚く。

 撮影されているのを知らない男たち(画像処理されて個人が特定できないようにされている)は、相手が“12歳の少女”と知りながら、卑猥な問いを投げかけ、服を脱いで胸を見せろと要求し、変態画像を勝手に送り付け、ズボンを下ろし勃起したペニスを見せ、その場でシコってみせる。少女が男の要求に応じて裸の写真(偽造したもの)を送ると、それをネットに流すと脅かし、さらなる要求を仕掛けてくる。
 アクセスしてきた男の中には撮影クルーが個人的に知っている人物もいて、その男の職業は子供たちのキャンプの世話人だという。
 ぞっとする話である。


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 インターネットはある意味、人間の心の暗部の投影だと思うが、SNSはとくに怒りや欲望を焚きつけ、とめどなく膨らましていく作用がある。
 年端の行かない少年少女が、好奇心や退屈や淋しさからSNSを始めて、飢えを高じている捕食者の手につかまって、取り返しのつかない事態に追い込まれていく。
 自分がいま、12歳の子供を持つ親だったら、「絶対子供にSNSはさせない」と思うけれど、親自体がすでにSNS世代でそれを当たり前として生きていたら、子供に禁止するのはなかなか難しいことだろう。
 子どもを持つ若い親たちに観ておいてほしい映画である。 

 それにしても、迂闊なのは危険を知らない子供たちばかりではない。
 少女たちにアクセスしてくる男たちも、録音録画される可能性だって十分あると予測がつきながら、PCモニターに平気で顔をさらし、声をさらし、ペニスをさらし、恥をさらし、自らの罪の確たる証拠を残していくわけである。
 いったんバレれば、職を失い、家族を失い、収入を失い、社会的な地位を失い、身の破滅になり得る可能性大なのに・・・。
 性欲ってのは、ほんとに人の脳みそを破壊してしまう。
 



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 赤い鉄壁 映画:『レッドクリフ Part I,Part II』(ジョン・ウー監督)

PARTⅠ 2008年、145分
PRATⅡ 2009年、144分
製作国 中華人民共和国
中国語


 映画というものは、もっとも金と労力と人手がかかり、もっとも投機リスクの高い芸術である。社会的には必ずしも無くてはならないものでもない。
 それだけに、前編・後編合わせて5時間近い本格歴史&戦闘ドラマを、このようなレベルの高さで制作できてしまうところに、現代中国の国力の大きさがありありと示されている。
 国力を効率的に傾注できる共産主義国家か否かという点や、欲しい映像効果が自在に得られるCGやVOXの活用という点は別にしても、もはやアメリカでさえ、このレベルの大作映画を製作するのは困難であろう。
 セットの豪華さ、エキストラ(動物含む)の数、野外ロケの迫力、戦闘シーンの凄まじさ、美術も音楽も撮影も役者も見事に揃って、超弩級のエンターテインメントに仕上がっている。(音楽は日本の岩代太郎と東京都交響楽団が担当)
 ハリウッド映画全盛期に作られた『風と共に去りぬ』(1939)のみが、これに匹敵する圧倒的パワーを有す。
 恐るべき中国!

 もちろん、これだけの大作映画を作ることができる国民的物語を持っているということも背景にある。
 『三国志』の舞台は2~3世紀。日本はまだ弥生時代、邪馬台国はあったかもしれないが、日本という国はなかった。
 アメリカ大陸と来た日には、まったくの先史時代である。
 中国文明の長さと深さには恐れ入る
 
 本映画を観て疑問に思うことの一つは、『三国志』に登場する古代の中国人の人生観なり死生観、国家観なり君主観、処世術なり教訓といったものが、現在の共産主義国家下の中国人にどの程度受け継がれているのか、という点である。
 たとえば、登場人物のセリフの中で、ハッとしたものがある。


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呉の国の王・孫権を演じるチャン・チェン

 いわゆる「天命思想」である。

中国の独特の政治哲学思想。その意味は天の下す命令で、有徳者に天子たるを命じ、無徳者に喪亡を下すのみならず、政治や行為の善悪にも福祥や災禍を下して賞罰警戒するものと考えられた。(『旺文社世界史事典』三訂版より抜粋)


 天下を取る者になにより必要とされるのは「徳」という思想。

 本作でも、呉の武将たる周瑜(しゅうゆ=トニー・レオン)や蜀漢の国の王たる劉備(りゅうび=ヨウ・ヨン)が、リーダーたる資格を周囲に示し「この人についていこう」と思わせるのは、彼らが部下や庶民にほどこす優しさや謙遜の姿勢であることを描写するシーンが出てくる。
 決して武芸や腕力などの戦闘能力、政治力や駆け引きの巧みさなどの知力だけではないのである。

 今の中国にも天命思想は生きているのだろうか?
 中国人は、共産党の幹部たち、とくに習近平国家主席にはたして「徳」を見ているのだろうか?
 日本の約26倍もの国土や14億の民を率いる「赤い鉄壁」のリーダーとして適格だと思っているのだろうか?
 それとも、上から下まで「徳」よりも「得」を重んじているのだろうか?

 いやいや、他国のことばかり言ってられない。
 日本の民こそ、リーダーに何を求めるべきか考えないといかん。


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呉の武将を演じるトニー・レオン
こういった風水的セリフも『三国志』の定番だが。
いまのリーダーは「天候」ではなく「核」と思っているのでは・・・

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 蜀漢の軍司・諸葛孔明を演じる金城武
 日本の芸能界には大きすぎた人
(深キョン、中山美穂と共演したこともあったっけ)




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


 


● 北朝鮮にも雨が降る 映画:『クロッシング』(キム・テギュン監督)

2008年韓国
107分、朝鮮語

 DVDパッケージの解説を読むと、「北朝鮮の現実、脱北者の姿を描いたフィクション」とあったので、悲惨で重苦しいドキュメンタリータッチの社会派ドラマを予想していた。
 が、最初の数シーンで印象が変わった。
 まぎれもない“映画”である。

 貧困や病気や暴力などの悲惨な現実を映しながらも、ただならぬ美しさと背筋がざわざわするようなフィルムの手触りがそこにあった。
 語り口や撮影や演出もうまい。
 キム・テギュン監督の作品を観るのはこれがはじめてだが、韓国のスピルバーグと言っても遜色ない才能を感じた。

 北朝鮮ナショナルチームの元サッカー選手キム・ヨンス(=チャ・インピョ)は、結核で妊娠中の妻の薬を手に入れるため中国に密入国するが、公安につかまってしまう。人権団体の助けによりなんとか強制送還を逃れ韓国に渡ったものの、その間に故国に残された妻は亡くなり、一人息子ジュニは路頭に迷ったあげく収容施設に入れられてしまう。
 妻の死を知ってショックを受け、自らを責め、神(イエス)をののしるヨンスであったが、せめて息子を韓国に呼び寄せようとブローカーに依頼する。
 ブローカーの差し金で収容施設から救い出されたジュニは、国境を越えて中国に入り、モンゴルの砂漠に解放される。
 ジュニは父親との再会を願って、ただひとり砂漠を歩き出す。

 クロッシング(crossing)というタイトルはおそらく、「横断、縦断、越境」すなわち「国境を超える」意であると同時に、キム親子の心のつながりであるサッカーの「クロス(センタリング)」であり、さらには「十字を切る」すなわち「神への祈り」を含意しているのではなかろうか。
 はたして、息子と会いたいというヨンスの祈りは届くのか?
 父と子の再会は果たされるのか?
 二人はふたたびドリブル練習できるのか?


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父を探して砂漠をさすらうジュニ少年


 とにかく主人公の少年ジュニを演じるシン・ミョンチョルが凄い。
 これだけ観る者を泣かせる少年の演技は、往年の名作『穢れなき悪戯』のパブリート・カルボ、『誰も知らない』の柳楽優弥、『マイ・フレンド・フォーエバー』のブラッド・レンフロ、そして『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』の野原しんのすけ――くらいではないか。
 ソルティの涙腺は少なくとも4回は崩壊した。

 というと、お涙頂戴のあざといドラマと思うかもしれない。
 だが、豊かな国に生まれ育った観客たちの“上から目線”の皮相な見方や醒めたコメントをはねのけるに十分な、あまりにむごい北朝鮮の現実があり、その中で家族とともに生き延びようともがく庶民の姿がある。
 なんと言っても、国自体が強制収容所なのである。


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収容所からの脱走者を捕らえる北朝鮮の兵士


 この映画が製作されたのは2008年で、当時の最高指導者は金正日(キム・ジョンイル)。
 それからすでに13年が経っている。
 今もこの映画に描かれているような庶民の生活が続いているのだろうか?
 それとも、金正恩(キム・ジョンウン)のいや増す狂気とコロナ禍により、地獄化が進行しているのだろうか?
 気になるところである。

 江戸時代の百姓なら、隣国の現実、世界で起こっている悲劇など知らないで太平楽に生きられた。
 現代では、ミャンマーの内紛もアフガニスタンの混乱も新疆ウイグル自治区のジェノサイドも、情報はリアルタイムの映像付きでスマホを通して飛び込んでくる。某バーガーチェーンのクーポン券と横並びに・・・。
 世界の悲惨を知らないでハッピーに生きるか。
 知って多少の後ろめたさや抑鬱気分とともに生きるか。
 あるいは、知って無視してハッピーに生きるか。
 我らはいずれかを選択しなければならない時代に生きている。



おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 沢尻エリカを待ち望む 映画:『パッチギ !』(井筒和幸監督)

2005年シネカノンほか制作
119分
日本語、朝鮮語

 1968年の京都が舞台の青春恋愛ドラマ。
 朝鮮高校の番長リ・アンソン(=高岡蒼佑)の可愛い妹リ・キョンジャ(=沢尻エリカ)と、鴨川を間にはさみ事あれば対立する日本の高校の真面目な一生徒・松山康介(=塩谷瞬)の「ロミオとジュリエット」まがいの、甘酸っぱくも苦い恋愛が描かれる。
 もちろん、背景に横たわるのは近代以降の日本による半島侵略であり、在日コリアンの受けてきた苦難の歴史である。

 容易には語りえない重苦しい題材を扱いながら、笑いと涙とアクションシーンを散りばめ、全体に爽やかなエンターテインメントに仕上げた井筒監督の手腕が光る。
 この監督のなによりの凄さは、出演するすべての役者の良さを存分に引き出してしまうところであろう。
 3人の主役――沢尻エリカのキュートな美しさ、高岡蒼佑のニヒルな優しさ、塩谷瞬の朴訥としたひたむきさ――はむろんのこと、アンソンの弟分役の尾上寛之、朝鮮高校のスケ番役の真木よう子、高校の先生役の光石研、ほかにキムラ緑子、前田吟、笹野高史(好演!)、ケンドーコバヤシ、オダギリジョー、余貴美子、大友康平など、すべての役者がそれぞれの見せ所を与えられ、ほんの数カットに過ぎなくとも印象に残る芝居をみせてくれる。
 一度井筒に使われた役者は、きっと次も出演したいと思うのではないか。

 いろいろ思うことはあるが、本作に関してはなんと言っても沢尻エリカの一本勝ちである。
 チマチョゴリを着た彼女の美しさには、国籍や人種や民族といったハードルを平気で飛び越えさせる力がある。
 この力ゆえに、日本の真面目な高校生が、よりにもよって朝鮮高校の番長の妹に一目惚れして一点突破(パッチギ)してしまうわけで、その力学が働かなければ物語は動きださない。
 沢尻エリカのたたずまいは、そこに十分な説得力を与えている。
 女優としてこれだけいい素材の持主なのだから、やっぱり復帰してほしいものだ。
 井筒監督の手によって再生されることを祈りたい。
 
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在日コリアンの少女を演じる沢尻エリカ 




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
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● ウミウシもの2 映画:『バクラウ 地図から消された村』(クレベール・メンドンサ・フィリオ、ジュリアーノ・ドルネレス監督)

2019年ブラジル、フランス
131分、ポルトガル語、英語

 『ボーダー 二つの世界』(2018)に奉った「ウミウシもの」という新ジャンル枠を、本作にも捧げたい。
「いったいこれはなんの映画なの?」という、戸惑いと驚きと奇天烈感に満たされる作品である。
 宗教(カルト)コミュニティ映画のように始まり、LGBTQ映画のような多様性のニュアンスが立ち込め、それが不意に犯罪・スプラッタ映画の残虐シーンに突入し、サイコパスホラーの色を帯び、ガンマンが跋扈する西部劇のような展開を経て、村人総出の百姓一揆のごとき戦闘バトルでクライマックスを迎える。
 悪徳政治家の卑劣な企みから「おらが村」を守りぬいた住民たちの勇気と団結の物語と言えば聞こえはいいが、村人の中には世間で「殺しのプロ」と恐れられる凶悪犯はじめ前科者、娼婦や娼夫、オカマやヌーディストもあたりまえに(なんら差別を受けずに)暮らしていて、勧善懲悪とも言いかねる。
 なんとも不思議な味わいの映画。
 
 80年代LGBT映画の傑作『蜘蛛女のキス』で世界デビューした往年の美女ソニア・ブラガが、無頼なレズビアンの医師役で出演。圧倒的存在感をみせている。
 
 
蜘蛛女のキス
『蜘蛛女のキス』におけるソニア・ブラガ



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
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● 映画:『異邦人の河』(李学仁 イー・ハギン監督)

1975年緑豆社
115分、白黒

 在日2世の若者のアイデンティティをめぐる葛藤を描いた青春ドラマ。
 主演は往年のロックバンド、キャロルのジョニー大倉(2014年62歳で没)。
 この映画出演を機に、自身が在日2世(朴雲煥 パク・ウナン)であることをカミングアウトした。
 つまり、演じる本人と役柄とがモロ重なっている。
 演技の上手下手はおいといて、勇気と覚悟と解放感をもって熱い思いを胸に演じているのは確か。
 瑞々しい素朴な表情が光っている。
 映画評論家の町山智浩によると、ジョニー大倉はカミングアウトがきっかけでラジオのレギュラー番組を下ろされたという。
 75年当時、在日をめぐる我が国の状況はそんなものだったのだ。
 
 恋人役の在日の少女を当時19歳の佳那晃子(当時の芸名は大関優子)が演じている。
 なんつー、美少女!
 若き日の松坂慶子似の目鼻立ちのくっきりした高貴な顔立ちは白黒画面に映える。
 デビュー2作目なのに演技も素人臭い感じはなく、ジョニーをリードしている。
 元来備わっているこの風格が、後年『魔界転生』のガラシャ夫人好演につながったのだと納得。
 
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佳那晃子とジョニー大倉


 李学仁監督についてはよく知らないが、白黒映画をここまできれいに効果的に撮れる技術は並ではない。
 構図や光の使い方にも工夫がある。

 本作では、1963年から1979年まで16年に及んだ朴正煕(パク・チョンヒ)政権下での大韓民国の実情が背景をなしている。
 朴大統領は、民主化を弾圧し独裁者と呼ばれた。(その娘は韓国初の女性大統領となったものの不祥事で罷免された朴槿恵 パク・クネである)
 ソルティは韓国の政治史についてまったく門外漢なのだが、小学生だった当時、『ユンボキの日記』という韓国の貧しい少年の物語を読んで、あまりの悲惨さに胸が詰まったのを覚えている。
 チューイングガムを売ってつくったお金でうどん一玉を買い、病弱の父親と3人の弟妹で分け合うとか、そんな話だった・・・・
 思えば、あれが朝鮮文化との最初の出会いだった。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
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● 天城越えず 映画:『あした来る人』(川島雄三監督)

1955年日活
115分、白黒

 原作は、井上靖の同名小説。
 青春を過ぎたものの世間的になかなか落ち着かず、それぞれの幸せを求め続ける男女4人(月丘夢路、新珠三千代、三橋達也、三國連太郎)と、すでに老境に差しかかった社会的成功者である男(山村聰)、都合5人が織りなす抑制の効いたメロドラマである。
 “抑制の効いた”というのは、少なくとも「不倫」という言葉が市民権を得た80年代以降なら、平気で肉体関係を持ったであろうような絶好のシチュエーションで、この5人の男女は欲望を抑えるからである。
 たとえば、月丘夢路演じる美しき人妻と三國連太郎演じるやもめのカジカ(鰍)研究家は、お互いに惹かれ合っているにもかかわらず、二人きりになった伊豆の旅館で一線を越えることはない。
 この時代、『天城越え』(by 石川さゆり)はまだ遠い。
 5人の関係は面白いように複雑に入り組んでいるので、もし各々がおのれの欲望に忠実に従って倫を越えてしまえば、ぞっとするような愛憎の修羅場がそこに出現し、来るべき「あした」は地獄となるであろう。
 一線を越えるというハードルは、この時代、まだまだ高かったのである。


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伊豆の海をバックに月丘夢路と三國連太郎

 別に選んでレンタルしたわけではないけれど、ここにも三國連太郎が出ていた。
 男盛り28歳、どのカットを取っても「絵になる」。
 西欧人の血が混じっているのでないかと思うような彫りの深い美形。 
 ジャン・コクトーが観たら、ほうっておかなかったのでは・・・。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 映画:『アンチグラビティ』(ニキータ・アルグノフ監督)

2019年ロシア
111分

 ロシア発のSFアクション映画。
 アンチグラビティは「反重力」の意だが、原題 Koma はロシア語で「昏睡」の意。
 事故や病気や投薬によって昏睡状態になった人が赴く、各自の記憶の断片をもとに合成・創造された奇妙な世界が舞台となる。
 つまり、『エルム街の悪夢』、『マトリックス』、レオ様主演の『インセプション』と同型の、意識下のヴァーチャル世界をリアルに生きる者たちの話である。

 Koma(昏睡)世界の住人には「リーパー」と呼ばれる共通の敵がいて、その恐ろしき怪物との闘いが主筋の一つをなしている。
 この怪物の正体が、脳死患者の記憶が創造したイメージであるというのが、なんとも微妙である。
 脳死患者は本作を観て「差別的だ!」と抗議できないだけに・・・。
 
 今一つのテーマは、「現実世界と Koma 世界、どっちに生きるのが幸福か?」という問いかけである。
 Koma 世界の住人たちは、現実世界でそれなりの理由があって昏睡状態に陥る羽目になったわけで、昏睡から“幸運にも”目覚めたときに待っている現実は、決してなまやさしいものではない。
 たとえば、交通事故が原因で頭を打ち昏睡に至った者なら、目が覚めたときに、一生不自由になった身体や変わり果てた容貌や様々な人間関係・現実社会のしがらみに直面しつつ、その後の人生を生きていかなければならない。
 であるならば、五体満足で思い通りの自分になれる Koma 世界に生きるほうが幸福ではないか?
 
 本作はCGを駆使した高いビジュアル効果が売りのアクション映画――たしかに見事な驚異的な映像の連続である――なので、そこらへんはあまり深く追及されていない。
 が、真剣な考察に値する問いと言えよう。
 その点で、同じロシア――というよりかつてはソ連だった――の名監督アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』(原作はポーランド作家スタニスワフ・レムの小説『ソラリス』)を思い出した。


夢と現実



おすすめ度 :★★

★★★★★
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 令和の少年 映画:『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(原作:吾峠呼世晴、監督:外崎春雄)

2020年 ufotable制作
117分、アニメ

 『千と千尋の神隠し』が持っていた日本映画の最高興行収入記録 324億円をほんの一年足らずで抜きさり、約400億に達した、文字通り“化け物“アニメである。
 コロナ禍にかかわらず、あるいはコロナ禍が幸いして、観客動員数は約2400万人、日本人の5人に1人が観た計算になる。
 社会現象というか社会的事件というにふさわしい。

 例によって流行に疎いソルティ、この漫画が『少年ジャンプ』に連載されていたことも、テレビ放映されていたこともちっとも知らず、作者の名前もついさっきウィキで調べるまで知らなかった。
 「ごとうげ こよはる」と読む。
 本名なのか?

機関車

 
 ついに「5人に1人」の仲間入りした。

 う~ん・・・・。

 下手なこと書くと非難コメント殺到しそうで怖いが、正直、なんでこんなに騒がれるか理解できない。
 言うまでもなくアニメの技術は見事だし、迫力あり感動ありで面白くないことはない。
 スクリーンの大画面とドルビーの大音響で観たら、興奮間違いなし。 
 が、『千と千尋』や『もののけ姫』にくらべたら、あるいは『エヴァンゲリオン』や『クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲』にくらべたら、まったくの子供向け。
 大人の鑑賞に耐えるものではない。
 いや、これは悪口ではない。
 『少年ジャンプ』に掲載されていたのだから、それが当然なのである。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 
 ただ気になったのは、主人公の少年たちのナイーブ度、センチメンタル性。
 最近の『少年ジャンプ』のヒーローたちは、こうも傷つきやすいのか、こうも平気で泣くのか、こうも複雑なものを抱えているのか。
 ソルティが少年の頃に読んでいた同誌の作品たち――『リングにかけろ』、『キン肉マン』、『コブラ』、『北斗の拳』、『キャッツ・アイ』、『キャプテン翼』ほか――の主人公の男たちの単純さ(わかりやすさ)とくらべると、“男”のありように隔世の感がある。
 また、かつて少年たちは父親の大きな背中を追ったものだが(『巨人の星』や『美味しんぼ』のように)、本作の場合、主人公の少年たち(竈門炭治郎と煉獄杏寿郎)は母親との絆によって力を得る。
 父親の影は圧倒的に薄い。 
 そして、それが世に受ける!
  
 時代の趨勢を感じた。
 


おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 三國連太郎、絶賛! 映画:『三たびの海峡』(神山征二郎監督)

1995年松竹配給
123分

 原作は帚木蓬生の同名小説。
 終戦までの日韓併合下、朝鮮から強制的に連れてこられ、筑豊炭田で奴隷のようにこき使われた朝鮮人の物語。
 『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』でも言及されている史実である。

 主演の三國連太郎は本作の演技で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲っている。
 「それも当然!」と大いに頷ける渾身の演技で、最初から最後まで三國の表情、喋り、一挙手一投足に魅入られてしまう。
 このレベル、『サンダカン八番娼館』の田中絹代に匹敵する。
 『飢餓海峡』、『切腹』、『親鸞 白い道』、『利休』、TVドラマ『赤い運命』の島崎など、三國には数々の名演、代表作があるけれど、本作の演技が役者人生の一つの頂点をなしているのは間違いあるまい。
 ここに至るには、佐藤浩一もまだまだ伸びしろがある。

 80年代後半にアイドル四天王と言われた南野陽子が、思いがけず、素晴らしい。
 朝鮮人の若者を愛する積極的な後家さんにして、生まれながら二つの祖国をもつことになった男児を女手一人で育てる気丈な母親を、美しくも艶やかに演じている。
 アイドルの演技では全然ない。

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ラブシーンを演じる南野陽子
色っぽいのナンノ・・・
 
 筑豊炭田で朝鮮人をこき使う冷酷無比なる日本人監督に隆大介が扮している。
 ふてぶてしい面構えと鋭い眼光、187㎝のいかつい体躯はまさにはまり役で、作品にリアリティを与えるに十分な存在感を放つ。
 が、ウィキによれば隆大介は在日コリアンだったらしい。
 どのような心境から演じていたのか興味深い。
 
 ほかに永島敏行、樹木希林、白竜、林隆三がしっかりと脇を固めていて、作品の質の高さを担保している。

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父と子の再会シーンにおける林隆三と三國連太郎 

 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 思わず解析したくなる 映画:『クワイエット・フレンド 見えない、ともだち』

2019年カナダ
84分

 8歳のジョシュは、優しい両親と何不自由なく暮らす感受性の強い男の子。
 学校で孤立し、いつの間にか空想上の友達と遊ぶようになる。
 それがZである。(本作の原題は『Z』)
 最初は気にしなかった母親エリザベスであったが、ジョシュの問題行動があらわになり、周囲に不可解な現象が続くようになって、恐怖と不安に襲われる。
 もしかしたら、Zは実在するんじゃなかろうか?
 旧知の精神科医に助けを求めたエリザベスは、驚愕の事実を伝えられる。
 Zはもともとエリザベスが子供の頃に作りだして一緒に遊んでいた友達であり、エリザベスはくだんの精神科医の治療を受けていたのだった。
 彼女はなぜかその記憶を失っていた。 
 そう、Zの真の標的はジョシュではなくて、エリザベスだった。 

 一見、超常現象オカルトサスペンスである。
 Zを孤独な少年少女に憑りつく悪霊と取れば、リンダ・ブレア主演『エクソシスト』に通じる。
 エリザベスやジョシュに救いの手を伸べるのが修練を積んだエクソシスト(悪霊払い)ではなく、精神科医であるところが、現代的と言える。
 結局、精神科医の手には負えず、エリザベスは自殺未遂したあげく精神崩壊、Zはジョシュの“見えない友達”として存在し続けることを暗示する、すっきりしない陰鬱なラストが待っている。
 エリザベスの夫はZに殺されてしまうし、家は火事になるし、何も解決していない。
 ハッピーエンドと程遠いのはともかく、謎が解明されないまま終わってしまう。
 Zとは何だったのか?
 一つのホラー作品として観た場合、観る者にまったく理解もカタルシスももたらされないので、失敗作と評価されてもおかしくはない。

燃える骸骨

 
 しかるに、心理サスペンス&家族ドラマとして観た場合、非常に解析欲をそそる題材となっている。
 ソルティは、通常モードで1回、2倍速で2回観て、手がかりを探してしまった。
 そう、普通のオカルトドラマなら必要ないような細部のエピソード、とくにエリザベスの生まれ育った家庭にまつわる描写が多く、どうも普通のオカルト映画以上のなにかがあるように思えてしまうのである。
 ソルティが気になったいくつかのポイントを上げる。(ここからネタバレになります)
  1. エリザベスには腹違いの妹ジェナがいる。ジェナは母親との間に確執があるらしく、母親の最期を看取ることができない。今は独り身でアルコールに溺れる荒れた生活をしている。
  2. 死の床にあるジェナの母親は、見舞いに来たエリザベスの示す好意を拒絶する。むろん、血のつながっていない義理の娘ではあるが、なにかそれ以上の理由が隠されているように見える。
  3. エリザベスとジェナの父親は、二人が子供の頃に家の中で首つり自殺をしている。エリザベスはそれを発見したらしい。(彼女の記憶喪失はこの時のショックからかもしれない)
  4. 母親(義母)が亡くなったあとの実家で、壁に飾られた父親の写真を見たときから、エリザベスとZとの再会が始まる。
  5. エリザベスの実家に連れていかれたジョシュは、祖父の自殺現場に引き寄せられてしまう。(自殺の事実をおそらくは知らないのに)
  6. Zは破壊的で独占欲が強い。
  7. 精神科医は子供の頃のエリザベスの臨床風景を録画していた。そのビデオの中でエリザベスは、「お父さんが好きでない。Zと結婚する」と発言している。
  8. Zの嫉妬からジョシュの身を守るために、エリザベスはジョシュを妹に預け、Zと二人きりの生活を始める。途端に彼女は幼児化し、あたかも子供の頃の自分に戻ってしまったかのよう。
  9. 義母の残したウエディングドレスを着てZとの結婚式をあげるエリザベス。テレビ画面に映る古いビデオ映像を憎々し気に見つめる。そこには義母と父親との結婚式の模様が流されている。
  10. 精神科医は言う。「子どもが空想上の友達を作る原因の一つは、現実との間に壁を作る必要があるから」
  11. Zは最初は妖怪のような恐ろしい姿をして現れるが、最後には首に何かを巻いた裸の男の姿になって出現する。
  12. エリザベスはZとベッドを共にしている。
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上記4 自殺した父親の写真を目にするエリザベス


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上記5 祖父の自殺現場を凝視するジョシュ


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上記11 精神科医の背後にZの姿を見るエリザベス


 さて、以上からソルティが作りだした解釈は次のようになる。

 実の母親を失ったエリザベスは、独占欲の強い父親から夜毎に性虐待を受けていた。
 その現実を認めたくないため、エリザベスは空想上の友達をつくり、それをZと名付けた。
 実の父を拒絶し、Zを理想の父(恋人)とした。
 父親は再婚し、ジェナが生まれた。ジェナの母親は、夫とエリザベスの関係に薄々気づいていた。(ゆえにエリザベスを受け入れることができない)
 その後、父親は自害する。その光景を見たエリザベスはショックから幼児期の記憶を失う。義母の目を盗んで父親と関係を持ったことが自殺の原因と思い、無意識下に強い罪悪感を抱えこむ。
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 大人になったエリザベスは結婚し、ジョシュが生まれる。
 義母の病と死をきっかけに、抑え込んできた幼児期の記憶が浮上する。(あるいは抑えつけられていたZの霊が解放される)
 相手が実の父であったことを受け入れられないエリザベスは、それをZの仕業ととらえる。
 エリザベスは、Zを相手に幼児期の父親との関係を反復し始める。

 つまり、Z=エリザベスの父親、というのがソルティの解釈である。
 そう考えると、幼児化したエリザベスが、部屋にやって来るZとベッドを共にするシーンが、何とも言いようのない痛々しさで迫ってくる。

 勝手に深読みして、勝手に不快な思いを抱いているのだから世話ないが。



おすすめ度 :★★

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もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 遊び心あるかあ! 映画:『真空地帯』(山本薩夫監督)

1952年新星映画社
129分、白黒

 原作は野間宏の同名小説。
 反戦映画であるが、舞台となるのは激しい戦闘が繰り広げられる外地の戦場ではなく、初年兵などの軍事教練の場である大阪の兵営である。
 野間宏も山本薩夫監督も従軍経験があり、実体験に基づいた迫力ある描写に慄然とさせられる。
 真空地帯とは、一般社会から隔絶された軍隊の謂いである。

 きびしい規律と上下関係に支配された軍隊内に日常的にはびこる暴力や私的制裁(リンチ)、閉鎖された環境で起こる洗脳や群衆心理、利権がらみの組織の腐敗などをリアルに描いて、軍隊という組織の怖ろしさを暴いている点では、大西巨人の小説『神聖喜劇』と双璧である。
 ものの本によると、大西は野間の『真空地帯』を批判し、両者の間で激しい論争が繰り広げられたとか。
 ソルティは、それぞれの作品を映画とコミックとでしか触れていないのでいい加減なことは言えないけれど、戦争や国家主義という共通の敵を前にして論争しなければならないほどの大きな違いがそこにあるとは思えなかった。
 「自分こそ正しい」という固執こそが不和と戦いの種であろうに、まったく男ってやつは・・・・。
 戦争の一番の原因はマウンティングしたがる男(♂)の本能にあるとソルティは思っている。
 男の頭の中には理性がすっ飛んでしまうような真空地帯があるのだ。(むろんソルティにも)
 まあ、机上で論争できるのは世の中が平和で表現の自由があるからこそ。
 そこを忘れない遊び心が肝要である。

 主役で刑務所帰りの木谷一等兵を演じるは木村功。
 なんだか誰かに似ているなあと思いながら観ていたが、歌手の長渕剛だ。
 内向する生真面目さと暗い眼差しは、島崎藤村『破戒』や三島由紀夫『金閣寺』の主人公にも合っていたと思われる。(どちらも雷様こと市川雷蔵に取られてしまった)
 木谷の唯一の理解者であるインテリ一等兵を演じるは下元勉。
 繊細な表情が印象に残る好演。
 木谷が刑務所に収容されるきっかけをつくり、のちに復讐される林中尉を加藤嘉が演じている。
 このとき嘉さん39歳、彫りの深い外人のような風貌。
 年齢相応の役は珍しいのではないか。
 
 加藤嘉と下元勉には驚くべき共通点がある。
 二人とも大女優・山田五十鈴の亭主だった。  
 
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加藤嘉と木村功



おすすめ度 :★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 小松左京の教え 映画:『復活の日 VIRUS』(深作欣二監督)

1980年角川春樹事務所/TBS制作
156分日本語、英語、ドイツ語
 
 〽イツ ノッ ツレート ツスターラゲーン(It’s not too late to start again)

 ――というジャニス・イアンの主題歌が耳に残る小松左京原作のスペクタクルSF映画。
 40年前に観たきり、すっかり内容を忘れていた。
 人類が破滅し、生き残った一組の男女(草刈正雄とオリビア・ハッセ―の超美男美女カップル)が砂浜で再会するという感動のラストシーンは覚えているが、「そもそもなぜ人類は破滅に至ったか」を忘れていた。
 今回見直して、映画のサブタイトル(英語版タイトル)に VIRUS とあったことに気づいた。
 そう、致死性ウイルスが原因だったのだ。

 時は東西冷戦たけなわの1982年、生物兵器として某国で造られたウイルスMM88が輸送途上の墜落事故で漏出してしまい、その地域の動物から人へ、人から人へ、国から国へと感染し、またたくまに全世界に広がって、35億(当時の世界人口)の人間とほとんどの脊椎動物の命が奪われていく。
 わずか数ヶ月で、南極大陸の各国基地で働く約800人をのぞいて、人類とその文明は滅亡した。MM88はマイナス10度以下で不活性化するのである。
 生き残りをかけて連帯し、ワクチン開発やたった8名の女性頼りの種の存続計画など、新たなルールのもと奮闘する極地の人々であったが、脅威は終わっていなかった。
 生命のいなくなった不毛の大国アメリカのホワイトハウス地下では、愚かな軍人官僚によって解除設定された核ミサイルの自動報復装置が、地震によって作動し、ソ連を含む世界中に核ミサイルが撃ち込まれてしまう。
 連動するようにソ連の自動報復装置も起動し始める。
 標的の中には南極も入っていた。

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草刈正雄放浪中のこのシーンが有名だった


 原作は今から半世紀以上も前の1964年に刊行されている。
 前半はまさに新型コロナウイルスの発生とその猛威を予言していたかのような展開。
 緒形拳演じる医師や多岐川裕美演じる看護師たちが、際限なくやって来るMM88感染者の対応に身も心も疲れ果てて、仕事場である病院の休憩室でへたばっている場面は、現在のコロナ専門病棟もかくやと思わせる。
 MM88の主症状が肺炎であるというのも恐ろしさを煽る。

 映画史上初の南極大陸ロケ、多数の外国スター含む豪華キャスト実現、メインのセリフは英語、山となった死体に覆われた都市の風景、エキストラ大量動員のパニックシーンなど、並大抵でない予算と手間ひまがかかったであろう。
 この小説を映画化するために会社を継いだという角川春樹の意気込みと、ヤクザ映画でアクションシーンや大人数を動かす腕を鍛えた深作欣二監督の底力を感じる作品である。
 エンターテインメント性も十分で、156分という長さを感じさせない。

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南極ロケ


 どうしても気になってしまうのは、主役の草刈正雄の演技。
 ジョージ・ケネディ、グレン・フォードなど並いる外国ベテラン役者の中に混じって、観ているこちらが恥ずかしくなる稚拙さ。
 うっかりすると、人類滅亡という作品の深刻なテーマと黙示録的ムードを破壊しかねないレベル。
 アイドルばりの端正な美貌と爽やかすぎる笑顔が、かえって仇となっている。
 「人類が破滅したのに、白い歯見せて笑ってるんじゃないよ」と思わず突っ込みたくなる。
 もちろん、今や堂々の実力派人気俳優の一人であるのは知っての通り。
 当時の草刈の人気の高さと外人に引けを取らない身長の高さ(185㎝)が、この抜擢の理由だったのだろう。
 あるいは、80年代は華のある若手男優の払底期だったのかもしれない。
 
 オリビア・ハッセ―は日本人に人気の高い女優であった。
 白い肌にストレートな黒髪の美しい、バタ臭くない清楚な容姿もさることながら、歌手の布施明を亭主に選んでくれたことで、日本男性に潜む外人コンプレックスを払拭する働きをしてくれた。 
 ソルティは、フランコ・ゼッフィレリ監督の『ロミオとジュリエット』(1968)が忘れられない。
 映画史上最高のジュリエットであろう。

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オリビア・ハッセ―と草刈正雄
 
 半世紀前に観たときから、ジャニス・イアンの歌う主題歌「ユー・アー・ラブ」の歌詞の最後が不明であった。
 英語ではないらしく、“トューザ キムシャ”とか聞こえるのだ。
 今回調べてみて、Toujours gai mon cher というフランス語と分かった。
 直訳すると、「いつも元気に、愛する人よ」
 「お元気で」「お達者で」といったところか。 

 ウイルスは確かに怖い。
 だが、もっと怖いのは人と人、国と国との不信や憎み合いや理性の喪失である。
 小松左京はそう教えてくれる。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
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● 辰っちゃん、満鉄小唄を歌う 映画:『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』(山下耕作監督)

1975年東映
93分

 渡哲也主演『仁義の墓場』(1974)と並ぶ東映ヤクザ実録シリーズ中の異色作。
 1950年代の暴力団抗争を描く。
 主役の花木勇(=小林旭)のモデルとなったのは、当時全国制覇を企む山口組の傘下にあって切り込み部隊として全国にその名を轟かした柳川組の頭、柳川次郎である。
 “殺しの軍団”としてヤクザからも恐れられた柳川組は、柳川次郎(本名は梁元錫 ヤン・ウォンソク)はじめ在日コリアンを主とするグループだったらしい。
 そこに焦点を当てたところが、単なる殴り合いとドンパチの暴力団映画、血糊飛び交うスプラッタ映画、組同士が奸智を弄する壮絶な国盗り合戦、とは異なる“文学的・政治社会的”なニュアンスを作品にもたらしている。
 つまり、在日コリアンの悲惨な歴史と彼らがこの国で受けてきた差別が通低音として響いている。
 
 クールで寡黙なボスである花木勇とは違い、情熱家で率直な感情表現をこととするのは花木と固い絆で結ばれた兄弟分、金光幸司(=梅宮辰夫)。
 彼もまた在日である。
 金光の吐くセリフからは、在日コリアンが背負ってきた重荷が伺える。
「わいの親父は無理やり日本に連れてこられて、炭鉱にぶち込まれて、モグラのように殺されおった」(彼は2世なのだ)
「わいらには墓はない」
(戦後、在日コリアンは地域の共同墓地に墓を立てることができなかった)
 また、酔っぱらった金光が必ず歌うのが、1930年代の満州でヒットした軍歌の替え歌である『満鉄小唄』。
 この唄は、満州で日本人相手に売春する朝鮮人女性を描いた春歌で、元歌をはるかに凌駕する知名度と生命力を得て、歌い継がれてきた。
 大島渚監督『日本春歌考』の中でも、吉田日出子演じる在日らしき女子高生によって口ずさまれている。
 次のような歌詞だ。

雨がショポショポ降る晩に
カラス(ガラス)の窓から覗いてる
満鉄の金ポタンのパカ野郎

触るはゴチ銭(五十銭)、見るはタダ
三円ゴチ銭くれたなら
カシワ(鶏)の鳴くまでボボ(セックス)しゅるわ

登楼る(あがる)の帰るの、どうしゅるの
早くセイチン(精神)決めなしゃい
決めたらケタ(下駄)持ってあがんなしゃい

お客さんこのごろ、紙高い
帳場の手前もあるでしょう
ゴチ銭、祝儀をお足しなさい

そしたらアタイもせい出して
フタチ(二つ)もミッチ(三つ)もオマケして
カシワの鳴くまでボボしゅるわ

ああ、騙された騙された
ゴチ銭硬貨と思うたに
ビール瓶のフタだよ、騙された

南満州鉄道
南満州鉄道


 花木勇を演じる小林旭が超カッコイイ。
 クールで暗い眼差しと精悍な顔立ちは、松田龍平を思わせる。
 ソルティの世代だと、“赤い”トラクターのCMと大ヒット曲『熱き心に』のイメージが強いので、歌の上手くて田舎っぽい無口なトッチャンという印象が強かった。
 こんなにカッコよく、芝居も(もちろん歌も)上手く、陰を出せる役者だとは知らなかった。
 もっとも、陰の表現の見事さは演出や照明の力によるところも大きい。

 辰っちゃんこと梅宮辰夫も他の役者に替えがたい個性が光る。
 河原での死闘の果てに、血まみれになった金光がたくさんの真っ白いシーツ(?)に取り囲まれて息を絶えるシーンの美しさは、全編中の白眉である。
 組の幹部を演じる小松方正、遠藤太津朗らのふてぶてしい貫禄も見物である。
 また、冒頭に出てくる当時の大阪の朝鮮人部落(鶴橋あたり)の描写も興味深い。

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小林旭と梅宮辰夫

 厳しい差別を受けてきた(受けている)からと言って、暴力行為を免罪することはできない。
 言い訳にはできない。
 だが、己の命も将来もまったく顧みない花木の捨て鉢な生き方には、蓄積された怒りや恨みや絶望や哀しみが潜んでいるのは確かであろう。
 ラストシーンで花木は、命令に背いて金光の仇を取ったことにより、属していた天誠会から破門される。
 ナレーションはこう締めくくる。
「だが彼は、もともとすべてから破門されていた」



おすすめ度 :★★★★

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● 映画:『風の電話』(諏訪敦彦監督)

2020年日本映画
139分

 2011年3月に起きた東日本大震災および福島原発事故をテーマにしたドキュメンタリータッチのドラマ。
 岩手県大槌で津波被害に遭い両親と弟を失った女子高生が、数年後、震災後に身を寄せていた広島の叔母の家から故郷大槌までヒッチハイクする。
 旅の途中で出会う様々な人との交流を描いたロードムービーである。

 主役の女子高生ハルを演じるは、モトーラ世理奈というモデル兼俳優。
 難しい出ずっぱりの役を熱演している。
 ハルに関わる大人たちを演じるは、三浦友和、渡辺真起子、山本未來、西島秀俊、西田敏行といった実力ある役者たち。
 そのおかげで、見ごたえある作品に仕上がっている。

 ハルが道中出会う人もまた、様々な苦しみや悲しみを抱えていた。
 広島で被爆体験をもつ老女、父のない子を産み育てる決意をした妊婦、入管に家族を収容されているクルド人一家、原発事故によって破壊された郷土に残り続ける一家、事故で父親を亡くしたばかりの家出少年。
 ハルの抱える苦しみと悲しみが彼らのそれと共振し、自然と彼らの語りを引き出していく。
 それによって、両者の間に目に見えない絆が結ばれて、一期一会が果たされていく。

 ブッダの説いた「からし種」のエピソードにあるように、悲しみはあらゆる人に分け隔てなくもたらされる万人の軛(くびき)であり、と同時に万人の宝なのだ。
 悲しみゆえに人は一つになれる。
 悲しみを深く味わえる人ほど、他人と深くつながることができる。
 浦河べてるの家についてのドキュメンタリー『治りませんように』(みすず書房)の中で、著者の斉藤道雄はこう記している。

 べてるの家には、人間とは苦労するものであり、苦悩する存在なのだという世界観が貫かれている。苦労を取りもどし、悩む力を身につけようとする生き方は、しあわせになることはあってもそれをめざす生き方にはならない。苦労し、悩むことで私たちはこの世界とつながることができる。この現実の世界に生きている人間とつながることができ、人間の歴史へとつながることができる。(斉藤道雄著、みすず書房)  


 タイトルの意味についてソルティは知らなかった。
 「風の電話」は、実際に岩手県上閉伊郡大槌町の浪板海岸のそばにある電話ボックスの愛称。
 白い電話ボックスの中に電話線のつながっていない黒電話が置かれていて、亡くなった人と会話できるという。
 2011年に大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格さんが自宅の庭に設置して以降、たくさんの人が訪れて、失った縁者の声に耳を傾けている。
 土台だけの廃墟となった実家を目撃したハルは、帰りの駅で出会った家出少年から風の電話のことを聞いて、共に浪板海岸を訪ねる。
 吹きすさぶ風の音に囲まれて、亡くなった家族に別れを告げるシーンで映画は終わる。


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風の電話


おすすめ度 :★★★

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● 哀しきマッチョ 映画:『エル・クラン』(パブロ・トラペロ監督)

2015年アルゼンチン
106分、スペイン語

 エル・クラン(El Clan)とは「一族」の意。
 80年代前半のアルゼンチンで、一家で誘拐殺人事件を繰り返したプッチオ家の実話をもとに制作された犯罪ファミリーサスペンス。
 第72回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞している。
 
 アレックス(=ペテル・ランサーニ)はアルゼンチン代表のスターラグビー選手。
 裕福で絆の強い家庭に生まれ、輝かしい戦歴とアイドル並みのルックスを持ち、良い仲間と美しいガールフレンドに恵まれ、誰もが羨む幸運な若者である。
 が、彼には大きな秘密と苦悩があった。
 彼の父親アルキメデス(=ギレルモ・フランチェラ)は身代金目当ての誘拐を稼業として行っており、被害者を家の一室に監禁したあげく、身代金を得るや情け容赦なく殺害していた。
 アレックスはこの仕事を手伝わされていたのである。 

ラガー

 
 この映画(=プッチオ事件)を理解する鍵の一つは、当時のアルゼンチンの混乱した政治情勢であろう。
 1983年に民政移管が実現するまで、アルゼンチンは軍事政権下にあった。
 軍の特別情報部隊の一員であったアルキメデスは、反体制のゲリラグループや人権団体の情報収集やメンバーの誘拐・拷問・殺害を、“お国のため”という錦の御旗の下に行っていた。
 それが、体制が180度変わったことでお払い箱となり、同時に立場が危うくなったのである。
 アルキメデスは忸怩たる思いを抱える。 
 60年代後半インドネシアのスハルト大統領政権下における共産党関係者虐殺を描いた『アクト・オブ・キリング』(2014)を想起させる。
 
 いま一つの鍵は、ラテンアメリカの伝統的な家父長制およびマチスモ(男性優位文化)である。
 一家の長の権威は絶大であり、他の家族(成員)はその意見に従わなければならない。
 父親に従順である限りにおいて、成員は家庭の中に自らの居場所を得ることができ、他の成員から支えられ、愛される。
 ラテン民族ならではの強い絆でもって――。
 このような家庭に長男として生まれ育ったアレックスは、跡取りであることの責任や彼自身の名声を守るために、父親の指示に唯々諾々と従ってしまう。
 言ってみれば、アレックスは虐待親の洗脳を受けた、ストックホルム症候群の被害者のような存在である。
 
 映画の最後、アレックスは父親の目の前で飛び降り自殺を図る。
 「俺の人生はあんたに滅茶苦茶にされた」と叫んで。
 クレジットで流される解説によれば、一命をとりとめて逮捕され、有罪判決を受けて終身刑になった。
 刑務所の中でも自殺未遂を繰り返したという。
 ウィキによると、2007年に仮釈放、その1年後に肺炎で亡くなったとある。
 享年49歳。
 彼も一人の哀しきマッチョであった。
 


おすすめ度 :★★★

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● 幼少期のトラウマ 映画:『地獄』(中川信夫監督)

1960年新東宝
101分、カラー

 子供の頃にテレビで観た映画のうち最も怖かったのがこの『地獄』であった。
 むろん、監督や出演俳優の名前はわからなかったので、後年になってからてっきり神代辰巳監督の『地獄』(1979年東映)がそれかと思ったのだが、観てみたらどうも違う。
 だいたい79年の映画ならソルティはすでに思春期、「子どもの頃」のはずがなく、もう少し記憶もはっきりしているはず。
 それに映画の中で最も怖かったのは、闇の底から無数の人の手がイソギンチャクのように揺らめきながら伸びてくるシーンであったのだが、79年の『地獄』にはそれがなかった。
 今回、そのシーンを目にして、「ああ、これこれ!」と懐かしさと不気味さが入り混じった奇怪な感覚を味わった。

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 三途の川、閻魔大王の審判、針の山、血の池など地獄のさまを描いた内容そのものも確かに恐ろしいには違いないが、ソルティの脳内に悪夢のごとく残り続けた恐怖の一番の源は、上記のシーンに代表されるシュールな映像の魔力であった。
 『怪談』の小林正樹監督や『ツゴイネルワイゼン』、『東京流れ者』の鈴木清順監督に比されるべき映像美術がここにはある。
 実際、今見ても60年制作とは思えぬほどの新しさを感じる。


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吊り橋の上でのラブシーン(逆さ撮り)


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唐傘の配置が見事


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灼熱地獄で水を求める亡者


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血の川を流れる赤ん坊
このシーンもわけなく怖かった


 今見ると、本当に怖いのは地獄の刑罰ではなく、現世における人間のさまざまな欲望や迷妄だと知られる。
 つまり心の中の地獄。
 人間世界のドロドロを容赦なく描く前半がおっかない。
 「怪談映画の巨匠」と呼ばれた中川監督の本領は、むしろそちらにあるのではないかと思う。
 他の作品を観ていきたい。

 天知茂、三ツ矢歌子、沼田曜一といった新東宝の俳優たちも、下手に役者役者していないフレッシュな佇まいがかえって印象的である。
 


おすすめ度 :★★★

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● 加藤嘉の名演 映画:『ふるさと』(神山征二郎監督)

1983年
106分

 日本が誇る名優中の名優、加藤嘉主演の一本。
 モスクワ国際映画祭の最優秀主演男優賞を受賞している。
 監督は『郡上一揆』、『草の乱』、『ハチ公物語』の神山征二郎。
 丁寧で誠実な作り、鮮やかな野外ロケは上記の作品群と変わらない。

 本作の一つのテーマは老いである。
 加藤嘉演じる伝三が呆けていって、妻の死も理解できず、息子や嫁も認識できなくなって“壊れていく”姿がリアリティもって描かれる。
 加藤嘉の演技は、認知症高齢者の介護を7年間やっていたソルティから見ても非の打ちどころがない。
 モスクワ映画祭の審査員たちは、実際の認知症老人をキャスティングしたと勘違いしたそうな・・・。
 『砂の器』と共に伝えられるべき加藤嘉の名演であろう。

 呆け老人を抱えた家族が抱える苦労を、息子役の長門裕之と嫁役の樫山文枝が息の合った演技で見せている。
 樹木希林、前田吟、石立鉄男などが脇を固めて抜かりない。

 今一つのテーマは失われていくふるさと、日本人の原風景である。
 伝三一家の住む岐阜県揖斐郡徳山村は、まもなくダム建設のため湖底に沈む運命にある。
 600戸の住人たちは生まれ育った村を離れて、下流にある町に移住しなければならない。
 村人たちが故郷で過ごす最後の夏が描かれている。
 この物語は、実際に徳山村で小学校教師をしていた平方浩介の『じいと山のコボたち』を映画化したもので、現地ロケなのである。
 その意味で、かつての村人たちにとっては“ふるさと”の貴重な記録映像と言える。
(2008年に徳山ダムは完成した)

 一時代前の日本を知る男の老いと死、そして美しく豊かな郷土の消滅。
 二つの喪失の物語が重奏する。
 時はバブル直前であった。

 認知症患者が増えたのは、もちろん日本人が長生きするようになったからではある。
 男の平均寿命は、1950年には約60歳だったものが、70年に約70歳、90年に約76歳、2010年に約80歳となった。
 しかし、高齢化だけでなくて、生活環境の変化も大きな原因の一つであろう。

 日本の風景は、戦後、特に70年代以降、劇的に変貌した。
 兎追いしかの山も、小鮒釣りしかの川もあらかた姿を消した。
 また、何千年と変わらなかった日本人の生活様式も、昭和の終わりあたりから加速度的に変化していった。
 50年前までなら同じ一家の祖父母と孫とは多くの文化を共有できたが、令和の現在では完全に別の文化を生きている。
 世代から世代への文化継承も、いまや役に立たないものになりつつある。
 老人たちは、環境のあまりに速い変化に脳や気持ちがついていけず、現実を否認してしまうのである。
 
 本作では、伝三と小学生の孫の千太郎とは、揖斐川の秘境でのアマゴ釣りという遊びを共有し、釣りの名人と謳われた伝三から千太郎に釣りのコツが伝授される。
 それによって伝三の呆けは和らいでいく。 
 いまではどうだろう?
 孫がなにより教えてほしいのはコンピュータゲームの攻略の仕方か、より有益なスマホの使い方なのではないか。

 そう言えば以前、富士山に最も近い山である三ツ峠(1785m)に登った時、山頂の雄大壮麗たる富士山を前に、父親と一緒に来た小学生くらいの男児がゲームウォッチに熱中してまったく風景に無関心なのを見て、驚いたことがある。
「おい、富士山だぞ、見ろよ!」
 という父親の促しもものかは、まるで自分の部屋にいるかのような男児の姿に、さすがの富士山も蒼ざめていた。

 
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主演の加藤嘉と孫役の浅井晋 


おすすめ度 :★★★

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★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● 映画:『ビバリウム』(ロルカン・フィネガン監督)

2020年アイルランド、デンマーク、ベルギー
98分

 なんとも不気味な感触のファミリーホラーSF。

 新居を探す今どきの新婚カップルが不動産屋に連れていかれたのは、同じ格好のこぎれいな緑色の家が立ち並ぶ広大な建売住宅地。
 NO.9と扉に書かれた家を案内された二人がふと気づくと、不動産屋は姿をくらましていた。
 二人は帰ろうとして車を走らせるが、いくら走っても住宅地から抜けられない。
 精魂尽き果てた二人の前に、段ボールの箱が現れ、中には可愛い赤ん坊が入っていた。 

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 これまでホラー映画やSF映画を数多く観てきたソルティにさえ先の読めない展開で、好奇心とサスペンスとで最後まで持っていかれた。
 幾何学的な住宅地や同じ形をした雲が浮かぶシュールな光景には、観る者の無意識を掻き乱すような悪夢に似た美しさがある。
 フィネガン監督のセンスの良さが光っている。

 アイデアの独創性は間違いないところであるが、『不思議の国のアリス』、『砂の女』、『未来世紀ブラジル』、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』、なにより『竹取物語』を想起した。
 かぐや姫は、竹取の翁と姶にカッコウの雛のごと托卵されたのであるから。

 「ビバリウム」とは、動物を観察または研究するため、またはペットとして飼うため、準自然環境下を保つように作られた囲い、容器、または構造物のことである。



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 映画:『かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ監督)

2012年スターサンズ(日本)
100分

 ヤン・ヨンヒの小説『朝鮮大学校物語』が面白かったので、借りてみた。
 本作は同年のキネ旬1位、ブルーリボン作品賞を獲っている。
 日本アカデミー賞にはノミネートすらされなかったのはなぜ?
 
 朝鮮総聯幹部の父の勧めで16歳で家族と離れて北朝鮮に渡ったソンホ(=井浦新)。
 結婚し、いまでは一児の父である。 
 彼の地ではできない脳腫瘍の手術を受けるため、25年ぶりに日本に戻って来られることになった。
 慈父のような金主席の配慮で3ヶ月という特別滞在許可が下りたのだ。
 人が変わったように無口で笑わなくなったソンホを温かく迎える母(=宮崎美子)と妹リエ(=安藤サクラ)、そして旧友たち。
 しかし、ソンホの帰国生活は同志ヤンによる監視付きで、そのうえリエを北朝鮮のスパイとしてスカウトするよう命じられていた。兄の言葉に傷つき、激しく拒絶するリエ。
 数日後、手術の見込みも立たないまま、突然なんの理由もなく帰国命令が出て、家族はまた離れ離れになる。 

 主演の安藤サクラは本作で主演女優賞を総ナメにしたが、それも納得の好演技。
 樹木希林の衣鉢を継ぐのはやっぱこの人だ。
 井浦新はこれまで注目したことがなかった。雰囲気のいい役者である。
 宮崎美子演じる母親(おそらく在日2世)も、安藤や井浦演じる子供たち(おそらく3世)も、言葉や仕草の点で在日コリアンの演技としてはどうなのかな?――と一瞬思ったが、ソルティがステレオタイプの在日コリアン像(それと分かる1世の人の言動より抽出された)を知らず身に着けているだけと気づいた。お恥ずかしい・・・。
 
チマチョゴリ


 1910年の日韓併合によって、労働力として日本に強制連行されたのが在日朝鮮人の始まりと言われる。
 その当事者や家族、子孫ら約10万人は、1950年代から1984年にかけての壮大な帰還事業で北朝鮮に永住帰国した。
 当時、北朝鮮は「地上の楽園」と言われていたのである。(吉永小百合の代表作『キューポラのある街』にこのへんのことが描かれている)
 蓋を開けてみたら、その実態は楽園とは正反対の金一族の独裁体制による生き地獄。
 もはや自由は微塵もなかった。
 結果的に、「在日」として不当な差別や抑圧を受けながらも、日本に残ることを選択した者たちのほうが賢かったのである。
 こんな皮肉な話もあるまい。
 
 同じ朝鮮民族が、朝鮮戦争による分断の結果、あるいは北朝鮮に生き、あるいは韓国に生き、あるいは在日の子孫として韓国語を忘れて日本に生き、あるいは朝鮮人の誇りを胸に帰国して北朝鮮に生きている。
 いったいどの朝鮮人が一番幸せなのか?
 まるでユダヤ民族のそれのような朝鮮民族の受難に思いを馳せざるを得ない。
  
 日本人がこうした歴史を教えない、教わらないのは罪としか言いようがない。

  
 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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