ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●旅・山登り

● DA・I・KI・CHI ! 高尾山薬王院初詣

 恒例の高尾山薬王院初詣。
 今年は世間一般が仕事始めとなる5日(月)に出かけた。
 ソルティは基本テーラワーダ仏教徒なので、日本の大乗仏教しかも密教である 真言宗は関係ないのだが、年の初めに高尾山の清新な空気に触れて、生きとし生けるものの幸福を、多くの参拝者と一緒に願うのは悪くない。
 家で飲食にふけりながらゴロゴロとテレビを観ているよりは、健康にも良い。
 朝8時に京王高尾山口駅で友人と待ち合わせ。
 ケーブルカーで山頂駅に登り、9時からの護摩法要に参列した。

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今年は午(うま)歳。どうも「牛」と読んでしまう

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東京スカイツリーと相模湾を望見

高尾山薬王院
薬王院本堂
平日の9時台は空いていた
外国人を一人も見かけなかった

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開山は行基菩薩(天平16年=744年)
東大寺大仏造立のための勧進に尽くした僧である
奈良では空海より行基が尊い

行基
近鉄奈良駅前の行基菩薩像

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天狗は本尊・飯綱大権現さまの眷属

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山頂から見た富士山
尊い!
近隣の部活高校生がたくさんいた

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知る人ぞ知る福徳弁財天
薬王院の裏手の洞窟におわします

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昭和天皇即位の年に築かれたという
岩に穿たれた防空壕のような5mほどの洞穴である

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一番奥におわします
弁財天は七福神のひとりで、音楽・福徳・学芸の神様
今年も奈良大学通信教育の勉強がはかどりますよ~に!

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帰りはリフトで下山
気持ちいい~

極楽湯
ふもとの極楽湯で温泉はじめ

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DA・I・KI・CHI !









 

● 異界からの帰還 絵本:『龍潭譚』(作・泉鏡花、絵・中川学)

2011年私家版発行
2023年国書刊行会

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 京都三条河原にある古刹瑞泉寺の住職にしてイラストレーター、中川学の絵本デビュー作。
 これに続いて、やはり泉鏡花原作の『化鳥』、『朱日記』、『榲桲(まるめろ)に目鼻のつく話』を絵本化している。
 切り絵のように美しく、影絵のように幻惑的、アニメのようにポップな中川のイラストレーションで、現代人には取っ付きにくい泉鏡花の作品が一気に親しみやすいものとなった。
 しかも、近代日本作家の中でひときわ異彩を放つ鏡花の美と幽玄と妖しの世界を、少しも損なうことなくヴィジュアル化している。
 素晴らしい才能だ。

 中川学のイラストがすごいと思うのは、戦後の国語教育を受けた現代人にはいささか難しい鏡花の文章を難なく読ませてしまうところである。
 もちろん、現代かなづかいに改めたり、ルビを振ったり、ポイントを大きくしたりと適宜編集上の配慮はしているが、そればかりではない。
 中川のイラストは、物語の理解を助け、あざやかなイメージを立ち上げ、行間に潜んでいる含意まで引き出し、鏡花ワールドの魅力を堪能させてくれる。
 その結果、鏡花ワールドはたしかにこの文体でなければならないのだという確信に導き、泉鏡花という作家の比類なさを知らしめる。
 つまり、イラストによって文章が輝くという芸当が生じている。
 オーブリー・ビアズリーのイラストによって、オスカーワイルドの戯曲『サロメ』が一段と輝くのに似ているかもしれない。

サロメ
ビアズリーの「サロメ」

 なぜこうした芸当ができるのか不思議だったのだが、昨春京都に行ったとき、たまたま三条河原にある瑞泉寺に足を踏み入れて、そこが中川学のお寺だと知った時に、腑に落ちるものがあった。
 瑞泉寺は豊臣秀吉の甥で、謀反の疑いで秀吉に切腹を命じられた豊臣秀次一族の菩提を弔う寺なのである。
 境内には、秀次はじめ息子・娘・34人の側室などの墓があり、一族および家臣たちをかたどった49体の京人形が地蔵堂に祀られていた。
 一族は鴨川の河川敷で惨殺されたという。
 秀次がほんとうに謀反を企てたかどうかは明らかでなく、無辜の罪の可能性も高い。 
 この因縁を知ったときに、そして瑞泉寺の裏手の三条大橋から夕暮れの鴨川を眺めたときに、中川学の描くイラストがなぜ鏡花ワールドと響き合うのか、その秘密の一端を知ったように思った。

瑞泉寺地蔵堂
瑞泉寺地蔵堂

鴨川
鴨川
四条大橋から五条大橋を望む

 『化鳥』は、橋のたもとに住む貧しい虐げられた母と子供、そして川向うに暮らす被差別の民たちの物語。
 『朱日記』は、山から下りてきた薄幸の美女と、怒りに狂って城下町を焼き尽くす魔坊主の物語。
 『榲桲に目鼻のつく話』は、男たちに買われる可憐なる少女の物語。
 そしてこの『龍潭譚』は、異界に入り込んで魔に憑かれてしまう少年の物語。
 少年が異界に入り込む境界で出会うのは、日頃少年が父母や祖父母から「一緒に遊ぶな」とかたく戒められている「かたい(乞食)」の子供たちである。

 もっとも有名な作品『高野聖』がまさにそうであるように、泉鏡花は常界と異界のはざまを描くのに巧みであった。
 常界に生きる主人公が、なにかのきっかけで異界に住む者と出会い、その妖しい魅力に惹きつけられて異界に入り込んでしまい、しばしの幻想的経験を経たあとに、常界に帰還する。
 いわば、浦島太郎潭である。 
 鏡花ワールドの特徴の一つは、この異界を、「差別され疎まれる民、虐げられる女子供」のいる世界に設定している点にあるのではないかと思う。

 泉鏡花は、金沢で幼少期を過ごした。
 父親は彫金職人で、生家は市の中心を流れる浅野川のほとりにあった。
 川向うには、芸妓や娼妓が働く茶屋、いわゆる女が買われる遊廓があった。
 城下町には被差別部落があるのがふつうだった。
 鏡花は、このような異界に対する畏怖と憧憬、親しみと哀れみとが入り混じった幼少年時代を過ごしたのではなかったろうか。

 龍潭(龍の棲む淵)の彼方にある九ツ谺(ここのツこだま)という“異界”から無事帰還した少年が、常界に住む者たちから、「神隠しにあった者」と化け物あつかいされ疎まれるストーリーに、日本の歴史に潜む哀しくも愚かな“物語”に思いはめぐる。

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おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 運慶独り占め :神奈川・浄楽寺に行く

 JR逗子駅からバスに乗って、三浦半島の西側を南下すること約30分。
 葉山御用邸、長者ヶ崎を過ぎて、右手に大きく迫る相模湾を見送って、三崎に向かう国道が少し内陸に入ったあたりに、浄楽寺はある。
 正式名称は金剛山勝長寿院大御堂浄楽寺。
 創建は明らかでないが、三浦一族の和田義盛が、奥州征伐の戦勝祈願のため文治5年(1189年)前後に創建したのではないかという説がある。
 であれば、北条時政が伊豆に建てた願成就院と同時期である。

 時政が運慶に本尊・阿弥陀三尊像、毘沙門天像、不動明王像、制吒迦童子(せいたかどうじ)像、矜羯羅童子(こんがらどうじ)像を依頼したのと同様、義盛もまた運慶に5体の彫像を頼んだ。
 それが、今も残る阿弥陀如来像、観音菩薩像、勢至菩薩像、不動明王像、毘沙門天像である。
 建暦3年(1213年)、源実朝や北条義時ら率いる幕府軍によって、和田一族が滅亡したことはよく知られる。(和田合戦)
 2022年放映のNHK『鎌倉殿の13人』では、横田栄司が髭もじゃの武骨で心やさしい義盛を好演していた。

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JR逗子駅
自宅から列車で2時間
4年前に仙元山に登ったとき以来である  

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浄土宗浄楽寺
今年8月に収蔵庫の改修工事が済み、9月1日より、これまで開帳日を設定しての予約制だった仏像の拝観が、常時予約なしでできるようになった。
しばらく前から、このときを待っていた。

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本堂
江戸時代の再建

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本堂の阿弥陀三尊像
内陣の周囲を「南無阿弥陀仏」と唱えながら右繞三匝(うにょうさんぞう、右回りに3周)すると、煩悩の根である三毒(欲・怒り・無知)が消滅するという。
指示通りにやってみたが、駄目だった模様。

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宝池
映画上映会、音楽コンサート、写経会、竹細工づくりのワークショップを催したりと、お寺の開放による地域活性化に取り組んでいる様子が伺える。
宿坊にも泊まれるようだ。

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収蔵庫
ここに運慶仏はおられる。
大人600円

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阿弥陀如来、観音菩薩(右)、勢至菩薩(左)
社務所でポストカードやクリアファイルなどを購入することができる。

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毘沙門天
宝塔を手にしているのに注目。

   見仏雑感    
静かで薄暗い堂内に、5体が寡黙な威厳のうちに居並んでいる。
阿弥陀三尊は、のちの時代に鍍金し直したものと思われる。
金色に輝いて美しい。
昭和34年(1959)に毘沙門天と不動明王の胎内から発見された木札により、運慶が小仏師10人を率いて造像したことが判明した。

阿弥陀如来坐像(像高141.8cm)
どっしりとふくよかな体と、広い胸と左右に開かれた両腕によって作りだされた空間が、像の前に立つ者をあたたかく包みこむ。
くっきりした切れ長の目とピンと張った頬は、興福寺国宝館にある運慶作の木像仏頭に似ている。
面差しは、円成寺大日如来より厳しいが、興福寺北円堂の弥勒如来ほどの諦観はなく、壮年期の男子のよう。
流れるような衣の襞が美しい。

観音菩薩立像・勢至菩薩立像(178.8cm、171.1cm)
抜群のプロポーションの良さに感嘆する。
薬師寺金堂の、あるいは福島会津若松の勝常寺の日光・月光菩薩を想起した。
この三尊は、阿弥陀如来のどっしり感といい、勝常寺の薬師三尊(平安前期作)の像容に近い。
なめらかな体の線はセクシーであるが、衣の襞はやや平板で、手を抜いている感がある。

不動明王立像(135.5cm)
かなり表面が傷んでしまって仏師の腕前を確認しにくいのは差し引いても、これは運慶の手は入っていないと思う。
全体に雑なつくりで、反対側の端を守る毘沙門天像との差は歴然としている。
弟子のだれかの手によるものか?

毘沙門天立像(140.5cm)
この像が一番出来が良い。
運慶らしい躍動感、迷いのない彫り跡。
願成就院の毘沙門天より、ひん剥いた玉眼や踏みつけられた邪鬼のなかば恍惚とした表情など、人間的でユーモラスな風がある。
いつまでも観ていられる。

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「日本の郵便の父」といわれる前島密(1835-1919)の墓があった。
浄楽寺境内に建てた如々山荘で晩年を送り、亡くなった。
墓のデザインはここから望める富士山をかたどっている。

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郵便事業の創業以外にも、漢字廃止の建議、江戸遷都を建言、鉄道敷設立案、新聞事業の育成、電話の開始、東京専門学校(のちの早稲田大学)の創立、訓盲院の創立など、日本の近代化のために様々なことをした。

前島密
偉人なのに1円切手は可哀想

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満州事変、支邦事変、大東亜戦争で亡くなった人たちを祀る忠魂碑
相模湾越しの富士山に面している
(昭和49年設立)

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帰りのバス待ち
約2時間の滞在だった。
60分以上、運慶独り占めの贅沢を味わえた。

葉山海岸
天気が良ければ、葉山海岸を歩いて富士山や江の島を見るのも楽し。
今日はあいにくの雨模様で寒かった。

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京急・逗子葉山駅構内にある蕎麦屋さん
前回来た時に見つけた。

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毎朝打ちたての生麵
鰹節・鯖節・宋田節を配合したまろやかで玄妙な出汁
大きなかき揚げ
美味しかった記憶は忘れないものである。


















● 縄文土器的エネルギー :「幕末土佐の天才絵師 絵金」展(サントリー美術)

 2018年の秋に四国遍路したとき、室戸岬を回って3日目、高知県香南市の路上に面白いものを見た。
 北緯33度33分を示す碑であった。

伊能忠敬石碑

 伊能忠敬は享保元年 (1801) 幕府の命を受け実測による日本地図の制作に取り組んだ。文化5年 (1808) 土佐に入り4月27日赤岡浦の実測が行われ、この地を北緯33度33分と測量した。 (碑文より)

 そこから少し歩いた赤岡町の昔ながらの家並に、絵金蔵と弁天座という建物が向かい合っていた。
 弁天座には浮世絵風の極彩色の看板絵がかかっていた。
 絵金蔵? なにそれ?
 なぜこんなところに芝居小屋が?
 ちょっと寄ってみようと思ったが、あいにく月曜日だったので、絵金蔵、弁天座とも休館だった。

絵金蔵
絵金蔵
 
絵金弁天坐
弁天座

 遍路から帰って調べたら、絵金とは江戸時代末期の土佐の絵師のことであった。

 絵師金蔵、略して絵金。
 もとは土佐藩家老桐間家の御用を勤める狩野派の絵師でしたが、贋作事件に巻き込まれ、城下追放になります。
 野に下った絵金はおばを頼りにこの赤岡の街に定住し、酒蔵をアトリエに絵を描きました。(絵金蔵のパンフレットより抜粋)

 もともと絵金の絵は、地元の神社に奉納するために、六尺四方、二曲一隻の屏風に絵の具で描かれたものだが、それが江戸時代末期から宵宮にあたる7月24日に商家の軒先に飾られるようになった。
 これが赤岡町で今も続く絵金祭りの由来である。
 まちに残っている23点の絵屏風を一括管理しているのが絵金蔵。
 絵金の絵の題材となった歴史上の有名な物語を「土佐絵金歌舞伎」と名づけ、祭りのときに実際に演じているのが弁天座であった。(ふだんは町民ホールとして利用されているようだ)

 現在、六本木にあるサントリー美術館で幕末土佐の天才絵師 絵金展が開かれている。
 高知県外で半世紀ぶりとなる大規模な展示で、あべのハルカス美術館(2023年)、鳥取県立博物館(2024年)と巡回し、ついに東京にやって来たのである。
 この機会を逃す手はない。

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東京ミッドタウン・ガレリア(六本木駅すぐ)
3階に美術館がある

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サントリー美術館

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屏風に描かれた物語絵
これは歌舞伎『浮世柄比翼稲妻』より「鈴ヶ森」の場面
血生臭いドラマ、大胆で劇的な構図、捻じれのたくる線、氾濫する色彩、縄文土器的エネルギーが絵金の特徴
ストーリーを知っていたらもっと楽しめるのだが・・・
それぞれの絵の横には解説がなされているが、いずれも複雑すぎる筋立てに頭が追っつかない

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祭りの夜にはこのような山門風の絵馬台に屏風絵か飾られ、道に並べられる

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薄闇の中、提灯に照らし出されるおどろおどろしい絵
血気盛んな高知の土地柄を感じさせる

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能で有名な『船弁慶』の一場面
平知盛の霊が海上で義経と弁慶に襲いかかる
左上に恨みのため成仏できない平家一門の亡霊たち

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『芦屋道満大内艦』より「葛の葉子別れ」の場面
スーパー陰陽師安倍晴明出生にまつわるエピソード
狐の正体がばれた晴明の母親が泣きながら家を去っていく
中央の赤子が晴明
左上から右下への対角線に沿った動きがドラマ性を高めている

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 撮影できるのは一部のみ。
 歌舞伎の題材が多いので、歌舞伎好きの人なら楽しめること請け合い。
 そうでない人も、迫力ある絵と激しい感情表現の氾濫に気を飲まれるだろう。
 江戸時代の日本人の感情の激しさを思う。
 しがらみや束縛の多い武家社会の中で、耐える男、犠牲となる女子供、振り回される庶民の姿が、印象に残った。
 その中で、おちんちんをおっぴろげた子供たちの絵に和まされる。
 絵金は子供好きだったにちがいない。
 
 また、石川五右衛門の生涯を描いた20点強の絵馬提灯(行燈絵とも)も展示されている。
 これが滅法面白い。
 「五右衛門って、こんな奴だったのか!」
 最期は釜茹での刑に処せられたことからわかるように、まったく滅茶苦茶な悪党なんだが、清水次郎長しかり、国定忠治しかり、日本の庶民は元来、お上を愚弄するような、こういった破天荒なキャラクターを愛したのである。
 令和日本人はずいぶん変貌してしまった。

 11月3日まで開催。

高知の海辺遍路
高知県の海沿いの遍路道 






 

 

● ラテンの熱き血潮 オペラライブ:『カヴァレリア・ルスティカーナ』&『道化師』

道化師オペラ

日時 2025年9月28日(日)14:00~
会場 朝霞市民会館ゆめぱれす・大ホール(埼玉県)
主催 PASSION事務局
オケ 朝霞フィルハーモニックオーケストラ
合唱 コーラス・リリカ
演出 舘 亜里沙
指揮 高山 美佳

 朝霞市民会館に行くのははじめて。
 東武東上線・朝霞駅から歩いて15分のところにある。
 この駅で降りたのは数十年ぶりだが、駅前がずいぶんと垢抜けていた。

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東武東上線・朝霞駅 

 19世紀末にイタリアで生まれた『カヴァレリア・ルスティカーナ』と『道化師』は、いわゆるヴェリズモ・オペラの代表作として知られる。
 ヴェリズモ(verismo)とは「現実主義」の意で、それまでのロマンチックで華やかなオペラ、あるいは歴史上の人物や事件を描いた英雄的なオペラとは一線を画し、イタリア南部の貧しい庶民のややもすれば悲惨な日常生活をありのままに描くところに特徴がある。
 わかりやすく言えば、三面記事に扱われる類いの、痴情のもつれが起こした血なまぐさい悲劇である。
 どちらの作品も1時間強という短い上演時間なので、2つ合わせて舞台に乗せられることが多い。
 ソルティは、どちらもライブ鑑賞はこれが初であった。

 主催のPASSION事務局は、吉見佳晃(よしてる)というテノール歌手が2000年に立ち上げたクラシックのコンサート企画事務所。
 これまでに『椿姫』、『トスカ』、『魔笛』、『蝶々夫人』などの人気オペラや多数のコンサートを企画・開催している。
 「ゆめぱれす」が会場となる機会が多いのは、事務局が朝霞市にある関係からのようだ。

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朝霞市民会館ゆめぱれす
このデザイン、なんだろねえ

ピエトロ・マスカニーニ作曲『カヴァレリア・ルスティカーナ』

キャスト
  • サントゥッツァ: 松平 幸(メゾソプラノ)
  • トゥリッド: 堀越 俊成(テノール)
  • アルフィオ: 岡 昭宏(バリトン)
  • ローラ: 木田 悠子(メゾソプラノ)
  • ルチア: 筒井 絢子(アルト)
 南イタリアのシチリアが舞台。
 シチリアと言えばソルティは、30数年前にイタリア旅行したときにバスで通ったレモン畑を思い出す。
 旅の疲れがたまって座席でぐったり眠っていたところに、少し開いた窓からレモンの香りがふわっと入ってきて、驚いて目が覚めた。
 作品中最も有名な一曲で、しばしばコンサートで単独演奏される「間奏曲」を聞くと、あの一面のレモン畑の光景を思い出す。
 そうした爽やかな印象がある一方で、シチリアはマフィア誕生の地でもあり、情が強く名誉や血縁を大切にするラテンの人々による血なまぐさい事件が多い。
 本作も、夫に浮気された妻が、相手の女の亭主に告げ口したことがもとで起こる復讐劇。

 歌手がみな粒揃いで素晴らしかった。
 サントゥッツァ役の松平は、立派な声を最後まで維持し、堂々たる主役ぶり。  
 トゥリッド役の堀越も、よく通る朗々たる声で、いやがおうにもドラマを盛り立てる。
 アルフィオ役の岡は、顔もスタイルも良く、舞台姿に花がある。
 正直、岡がカッコよすぎるので、ローラがアルフィオを裏切ってトゥリッドと浮気するのが不自然に思えたほど。(人間、顔じゃないよ)
 色彩を抑えたシンプルな演出が、つれあいの裏切りと復讐という、世界中どこにでもあるドラマの普遍性を浮だたせた。
 完成度の高い舞台であった。

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RomyによるPixabayからの画像

ルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲『道化師』

キャスト
  • カニオ:吉見 佳晃(テノール)
  • ネッダ:東城 弥恵(ソプラノ)
  • トニオ:大貫 史朗(バリトン)
  • ペッペ:須藤 章太(テノール)
  • シルヴィオ:小川 陽久(バリトン)
 こちらも南イタリアが舞台。
 旅回り一座の花形、美しき女優ネッダをめぐる男たちの愛と復讐のドラマ。
 なんと言っても聴きどころは、主役の道化師カニオ演じるテノールのアリア『衣装をつけろ』である。
 フィギアスケートでもしょっちゅう男子選手が使用楽曲に選ぶ。が、表現がとても難しいので、「これぞ」という演技にはなかなかお目にかかれない。
 個人的には、高橋大輔が2012-13年シーズンのフリープログラムで滑ったのが印象に残っている。

 カニオ役の吉見は、さすが運営者だけあって、存在感ピカイチ。
 名唱名演だが、やはり長身のイケメンなので、妻に愛想つかされた男というリアリティは不足気味。もっと老けメイクで良かったかも。
 トニオ役の大貫は、喉の不調のためか、声が管弦楽に消されがち。そこを竹中直人ばりの演技力でカバーしていた。
 こちらの演出は、『カヴァレリア』とは真逆に、カラフルでポップ感覚あふれる仕上げ。
 それがドラマの陰惨さを際立たせるはたらきをした。

 指揮と演出がともに女性という舞台はなかなかお目にかかれない。
 どちらも、細かいところに目の届いた質の高い仕事であった。
 出演の子供たちが可愛かった。

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次の公演が楽しみ!










● 2025年夏・みほとけまつり4 即成院、悲田院

 京都市内観光はレンタサイクルが便利。
 渋滞も駐車場探しも一方通行も待ち時間も関係なく、狭い路地でもスイスイ入っていける。
 東福寺駅そばのサイクルステーションで電動アシスト自転車を借りて、泉涌寺(せんにゅうじ)の2つの塔頭寺院をめぐった。

日時 2025年8月12日(火)曇り
行程
10:00 JR東福寺駅
10:15 即成院
11:15 悲田院
12:30 鳥戸野陵
13:00 東福寺駅
15:00 新幹線・京都駅発 

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即成院(そくじょういん)
藤原頼通の次男・橘俊綱による創建と伝わる
真言宗泉涌寺の塔頭の一つ

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本堂

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阿弥陀如来と二十五菩薩
最下段左隅の光輪を持たない如意輪観音をのぞいて25菩薩と数える
26体のうち、阿弥陀如来坐像を含む11体が平安時代作、残りの15体は江戸時代の補作(画像は受付でいただいたポストカード)

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この観音菩薩像が見たかった!
阿弥陀如来に向かって右隣に座す
手にもっているのは蓮台である
27体中、飛び抜けた美しさ。
定朝の孫の院助作とする説がある

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本堂から渡り通路を登っていくと・・・

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那須与一の墓
源平合戦屋島の戦いの際、敵(平家)の船上に掲げられた扇を一射で落としたことで知られる日本のウィリアム・テル。
即成院の阿弥陀仏への信仰篤く、晩年は当地に庵を結び、没したと伝えられている。

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泉桶寺総門
山内に9つの塔頭寺院をもつ広大な寺

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悲田院
悲田院と言えば、聖徳太子や光明皇后や鑑真がつくった福祉施設。平安京にも存在したが、当寺との関係は不明である。
拝観は予約が必要。

 ここの何よりの目玉は、快慶作の宝冠阿弥陀如来坐像。
 2009年の調査で頭部内より「アン(梵字)阿弥陀仏」の墨書が見つかり、快慶作と判明した。快慶がこの署名を使ったのは「法橋」という地位を授かる1203年までなので、それ以前の作と考えられている。
 醍醐寺の弥勒菩薩坐像に似た、左右対称性の強い、非常に洗練された像容。
 快慶仏の特徴の一つは、切れ長の目の美青年ってところにあると思う。
 たとえれば、昭和のアイドル沖田浩之。  
 衣もまた、昭和時代のアイドルがよく着ていた、スパンコールをあしらったドレープの波打つきらきらドレスを思わせるところがある。

 このお寺にはまた、土佐光起・土佐光成父子が描いた襖絵がある。
 これが素晴らしい。
 なんでも、長い間お寺の天井裏に丸められ捨て置かれていたものを、平成18年(2006)に京都市観光文化資源保護財団が修復し、3室34面の襖絵に仕立て上げたという。
 「松に猿」、「竹に鶴」、「紅葉に雁」、「蓮・梅・菊」、「滝を見る李白」、「ホトトギスを聴く杜甫」など、よくもまあ紙屑のような古紙からこれだけ修復したものと、保存科学技術の技に感心した。 
 繊細にして優美な筆致も見どころであるが、興味深いのは人物の左目がすべて潰されているところ。
 どういった謂れがあるのやら?
 ちょっと、ぞっとした。


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境内から北西方向に京都市街を望む
左端に京都タワーが見える

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東側に広がる鳥戸野陵と東山

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鳥戸野(とりべの)陵
平安時代以降、葬送の地として知られる
東の鳥辺野、西の化野(あだしの)、北の蓮台野が京の三大葬地

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ここに来たのにはわけがある

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清少納言『枕草子』の主人公である一条天皇妃・定子のお墓なのだ

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ほかにも、醍醐天皇妃・穏子、円融天皇女御・詮子、後朱雀天皇妃・禎子など王朝時代の6人の后が祀られている

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お経の代わりに朗読

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる。

夏は夜。月の頃はさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

秋は夕暮れ。夕日の射して、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。

冬はつとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼なりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。

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陵墓から見える京都市街
清少納言との楽しき日々を思い出してくれただろうか

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カンカン照りではなかったけれど、奈良と京都の蒸し暑さは関東とはレベルが違う!
徒歩5分でシャツが背中に張り付いた。
でも、この湿気ゆえにお寺や仏像が守られてきたのかもしれないな。

いにしえの人々のいろいろな思いに浸った旅だった。
















● 2025年夏・みほとけまつり3 奈良国立博物館・仏像館

 奈良国立博物館の一角を占める仏像館は、仏像専門の展示施設として2010年にオープン。
 飛鳥時代から南北朝時代にいたる日本の仏像を中心に、常時100体近くの仏像を展示している。
 まさに仏像の巨大集積地であり、仏像マニアにとっての聖地である。
 ついにここにデビューした。

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仏像館
一般入場料700円だが、奈良大学の学生は学生証提示で無料
写真撮影可の仏像もある

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現在、吉野金峯山寺の金剛力士像が展示されている

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出山釈迦如来立像(木造、南北朝時代)
苦行で悟りは開けないと知ったお釈迦様が山を下りたところ
このあと乳がゆを飲んで菩提樹の下に座す

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五大明王像(木造、平安時代)
多面多手の奇怪な姿は密教の影響
空海帰国以降の像と知られる

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二十八部衆立像(木造、鎌倉時代)
左より、婆藪仙人、毘沙門天、毘楼博叉天、五部浄居天
力強く写実的な像容はおそらく慶派?

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憤怒の五部浄居天

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金峯山寺仁王門・金剛力士立像(木造、南北朝時代)
康成作、像高約5m
東大寺南大門の次にデカい仁王像
寄木造のため分解して運び入れた(by警備員さん)
天井ぎりのド迫力!

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阿!

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吽!

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血管が蛇のようにのたくっている

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毘沙門天立像(木造、鎌倉時代)
これも慶派だろう

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男女神坐像(木造、平安時代)
ひな人形の原型のように見える

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伊豆山権現立像(木造、平安~鎌倉時代)
静岡県熱海市の伊豆山神社の祭神
これぞ『源氏物語』時代のイケメン!

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獅子(木造、鎌倉時代)
かつて背上に文殊菩薩を乗せていた
主を失って、どことなく淋しげである

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伽藍神立像(木造、鎌倉時代)
「走り大黒」と呼ばれていたが、禅宗寺院を護る伽藍神との説
宅急便のキャラクターにしたら受けそう

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 今回仏像を見るにあたってソルティがチャレンジしたのは、キャプション(解説)を読む前に、仏像の造られた時代を推定するゲーム。
 奈良大学通信教育の美術史概論で、時代ごとの仏像の様式を学んだので、観るだけでどれだけ当てられるものか試してみた。
 結果、約7割くらいの仏像について、正しい(キャプションどおりの)時代を当てることができた。
 難しいのは、鎌倉時代以降の仏像について、鎌倉か室町か南北朝か、見分けがつかなかった。
 〇〇派や仏師の名前まで当てられるようになれば、上級者入り?

 今回もっとも感動した仏像は、金峯山寺仁王像のほかに2点あった。
 1点は、快慶の阿弥陀如来立像。
 よもやここで快慶仏と出会えると思っていなかった。
 建仁元年(1201)に快慶が兵庫県浄土寺のためにつくったもので、奈良国立博物館が預かっているのだという。
 浄土寺の阿弥陀如来三尊像と言えば快慶の代表作(国宝)として有名だが、これはそれとは別物。
 俗に「裸阿弥陀」と呼ばれ、法会の際に裸の上半身に実際の衣を着せ、台座に乗せて信徒の間を練り歩くのに使われた像らしい。
 普通に考えて、あの国宝がなんの広報も宣伝もなく、仏像館に並んでいるわけがなかった。
 しかし、この阿弥陀如来像も素晴らしいことこの上ない。
 像高266.5cmのすらりとした麗姿と、透過力ある眼差しを前にすると、一歩も動けなくなる。
 蜘蛛の巣にかかった虫のように身動き取れなくなってしまうところが、快慶仏の凄さ。  
 巣の中心から放射されたキラキラした糸が、慈しみの光で観る者を包み込む。

 もう1点は、平安時代の十一面観音菩薩立像。
 木造、等身大、なめらかな黒檀のような肌と細くくびれたウエストをもつ非常に美しい像で、インドの女神のごとく下半身を軽く捻った姿勢が官能的である。
 一方、表情はたおやかにして童女のようにあどけない。
 どことなく現役時代の浅田真央に似ている。
 衣の彫りは丁寧で、指先の表情の豊かさは、法隆寺の百済観音か、中宮寺の菩薩半跏像を思わせる。
 この完成度、超国宝展でお会いした京都・宝菩提院の菩薩半跏像に近い。
 一目惚れしてしまった

 帰宅後に調べたところによると、斑鳩の勝林寺が所有していたのだが、現在廃寺になってしまった。
 東京文化財研究所のデーターベースによると、1960年2月の記事に、

奈良県斑鳩町高安の勝林寺では、本堂再建資金の調達と重要文化財の仏像の保持困難を理由に、重要文化財指定の仏像三体を売却する法的手続をとつた。仏像は、木造十一面観音立像、聖観音立像、薬師如来座像の三体で、文化財保護委員会ではこれを許可した。
 
とあるので、このとき奈良博に所有が移ったものと思われる。
 なんと、白洲正子がその著『十一面観音巡礼』の中でこの仏像に触れている。

 殊にくびれた胴から腰へかけての線はなまめかしく、薄ものの天衣を通して、今や歩みだそうとする気配がうかがわれる。十一面観音にはよく見られるポーズだが、この観音の場合は、極端に細い胴と、豊満な腰のひねりによって、その動きが強調され、太っているわりにはひきしまって見える。(白洲正子著『十二面観音巡礼』、新潮社)

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 また会いに行くよ












  

 
 





 





● 2025年夏・みほとけまつり2 奈良市・元興寺

 奈良大学の3日間のスクーリングを終えた翌日、目覚ましをかけない朝寝坊を楽しみ、ホテルの食堂でゆっくりモーニング。
 荷物をフロントに預かってもらって、チェックアウト。
 本日は歩いて行ける仏閣・仏像めぐり。
 
日時 2025年8月11日(月)晴れのち曇り
行程
09:30 元興寺
12:00 猿沢池
     昼食
12:30 奈良国立博物館・仏像館
16:00 JR奈良駅
17:30 京都入り 

 元興寺は猿沢池から徒歩5分強の住宅街にある。
 あまり知られておらず、訪れる旅行客もさほど多くないのだが、実は長い長い歴史を誇る由緒ある寺である。
 なんと、日本で一番古い寺!なのである。

 いや、日本で一番古い寺は、蘇我馬子が596年に飛鳥の地に建てた法興寺(飛鳥寺)、鞍作止利のつくった金銅造の釈迦如来像がある別名・安居院だろう?
 そのとお~り。
 実は、飛鳥寺は平城遷都のときに当地に移され、元興寺と名を変えたのである。
 それゆえ、元興寺は「平城(なら)の飛鳥」と呼ばれたという。
 知らなかった。

 もとの飛鳥寺のほうはその後、元法興寺と呼ばれて平安時代頃まではそれなりに栄えていたらしい。
 が、室町時代には廃寺同然となり、釈迦如来像は吹きさらしに置かれていたという。現在の本堂は江戸時代に再建されたもの、釈迦如来像は顔の一部と右手の3本の指をのぞいてあとから作り直されたものなのである。

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飛鳥寺(安居院)

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飛鳥大仏(釈迦如来像)

 もし、平城京に移る際に釈迦如来像も一緒に移していたら、日本で一番古い仏像がもっとマシなかたちで残っていたかもしれない、と一瞬思う。
 が、平重衡による南都焼討ち(1180年)によって、興福寺・東大寺を含む現在の奈良市主要部の大半が焼け野原になったというから、やっぱり期待はできなかった。
 文化遺産の最大の敵は戦である。


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養老2年(718)、飛鳥より現在地に遷された
もとは猿沢池のほとりを北辺とする広大な寺所があった

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国宝・極楽堂(本殿)
本尊は、天平期に智光僧都がつくった曼荼羅(浄土変相図)
現在は模写が飾られている

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手入れが行き届いた気持ちいい空間
この寺を愛する地元民のこころを感じる

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極楽堂を裏手から見ると、飛鳥時代(創建当初)の瓦が見える
鎌倉時代にお堂が再建されたときに再利用された

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 ここの宝輪館の展示が実に面白い。
  • 奈良時代唯一の五重塔(高さ約5.5m)は、ずっと屋内に保管されていたため保存状態がとても良く、国宝指定されている。ただし、当初の色は失われている。2階に上って、塔の上層部を真横から見ることができるのは貴重。
  • 平安時代の阿弥陀如来像、鎌倉時代の毘沙門天像、桃山時代の閻魔大王像、江戸時代の弁財天像など、各時代の仏像が居並び、バラエティ豊か
  • 聖徳太子2歳像、16歳像、弘法大師坐像と揃っているのが民間信仰を感じさせる
  • 3階には、国家でも貴族でもなく地元庶民の篤い信仰によって支えられてきた寺の歴史を感じる資料がたくさん展示されている。鎌倉時代の女性が作った「DV夫との離婚を祈願する祭文」はじめ、中世の庶民信仰の様子をうかがえる第一級の資料の数々に感嘆した。国の庇護を受けた東大寺、藤原氏の氏寺である興福寺のそばに、奈良庶民の寺があった。
  • 卒塔婆など木製遺物の保存修復の実際など、文化財保存科学に関するわかりやすい展示もあって、テキストで勉強したことの復習ができた。

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境内に咲く桔梗に癒される

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かえる石
太閤秀吉により大阪城に召し出された奇石
淀君の霊がこもっていると言われ、城堀に身投げした人は必ずこの石の下に帰り着いたとか
いかなる縁からこの寺にたどり着いたのやら
毎年7月7日に供養しているとのこと

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春日山を借景とする緑豊かな境内は、市中とは思えない静かさ
落ち着いた時を過ごせる良い寺である

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興福寺の梵鐘を聴きながら、猿沢池のほとりで昼食
午後から仏像館へ。











 

 
 

● 2025年夏・みほとけまつり1 愛知県・瀧山寺

 奈良大学のスクーリングに合わせての寺社仏閣・仏像めぐり。
 今回も、名宝&秘宝&珍宝てんこもりの満足至極な旅となった。
 40度近い炎天下の行軍(?)を覚悟していたが、曇りや雨が多く、身体的にはさほどしんどくなかった。
 スクーリング前日、名古屋で途中下車し、運慶・湛慶父子作の仏像がある瀧山寺に寄った。

日時 2025年8月7日(木)曇り時々晴れ
行程
11:18 JR名古屋駅発(名鉄名古屋本線)
11:47 名鉄・東岡崎駅着
12:00 東岡崎駅発(名鉄バス・上米河内行)
12:30 滝山寺下バス停着
     瀧山寺参詣(約2時間)
14:48 滝山仁王門前バス停発
15:17 東岡崎駅着
15:47 新幹線・名古屋駅発 

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東岡崎駅北口から名鉄バスに乗る
本数が少ないので、事前チェックは必須

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滝山寺下バス停下車
こんな里中にあるとは思わなかった
「市街地より気温が2度ほど低い」とご住職

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その名の通り、滝のある川沿いの山の上にある
石段で汗を絞られた

 瀧山寺は、天武天皇(673-686)の時代に役行者によって開かれたと言われる。
 もとは吉祥寺という名前であったが、平安末期に天台宗になり、瀧山寺となった。
 以来、源頼朝や足利義氏や徳川家光の庇護を受け、三河屈指の古刹として地域の人々の信仰を集めてきた。
 
 
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本堂
鎌倉時代建立
本尊は50年に1度御開帳の薬師如来坐像
内陣には十二神将が立ち並ぶが、暗くてよく見えなかった

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瀧山寺パンフレットより
薬師如来三尊像と十二神将

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本堂の背後にある日吉山王社
平安末期、瀧山寺の守護神として山王権現を勧請した
いわゆる神仏習合である
建物自体は江戸時代建立

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徳川家光建立の東照宮
岡崎は家康公誕生の地なのである

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宝物殿
拝観料500円
ちょうどご婦人団体と一緒になり、住職の愉快な解説が聞けた

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運慶・湛慶作の聖観音立像
(瀧山寺パンフレットより)

 なぜ、鎌倉からも京都や奈良からも離れたこんな愛知の里中に運慶作の仏像があるのか?
 それは鎌倉時代初期に瀧山寺の住職を務めた寛伝僧都が、源頼朝の母方の従弟だったから。
 頼朝が亡くなった際、寛伝は頼朝の追善供養のため堂を建て、頼朝と関係の深かった運慶に本尊と脇侍の制作を依頼。
 運慶は、息子の湛慶と共に、聖観音菩薩立像、梵天立像、帝釈天立像の3体を彫像。
 寺の縁起によれば、頼朝の3回忌にあたる正治3年(1201年)に完成、像内に頼朝の鬚(あごひげ)と歯を納入したという。
 近年のX線撮影では、聖観音像の頭部に人の髪の毛と歯が発見されている。

 実を言えば、美術の本やインターネットで観た時は、運慶作という点に疑心暗鬼なところがあった。
 肌を白ベタや金ベタに塗りたくられ、カラフルな衣装をまとった3像からは、温泉地の土産物屋で売られている人形のようなゴテゴテしい安っぽさを感じた。
 しかるに、実物を目の前にしてみたら、思ったより大きくて、周囲の空気を薙ぎ払う風格と品の良さがあった。
 静かな落ち着きのうちに神々しいオーラを放っていた。
 聖観音と梵天は、とても優しい顔立ちで、体の線には女性らしい柔らかさとなまめかしさがある。母性的といおうか。
 対して、帝釈天は、きりっとした勇ましい顔立ちで、アスリートのごとく引き締まった体から漲る力を感じる。“美しい緊張”は願成就院の毘沙門天像に近い。
 個人的な印象では、帝釈天は運慶、梵天は湛慶、聖観音が合作といった感じ。
 江戸時代に彩色されてしまったため、国宝指定は受けられないのだそう。

 宝物殿にはほかに、深大寺の巨大彫刻のミニチュア版のような元三大師坐像(鎌倉時代)、いっとき快慶作ではないかと騒ぎになった十一面観音菩薩立像(美術史家の奥健夫氏によって否定されたそうな。but 慶派の作であるのは間違いなかろう)、愛知県で一番古い木彫りの狛犬、旧正月七日に行われる瀧山寺鬼まつりの鬼面、まつりの光景を描いた巨大絵画などが展示され、見どころたっぷりだった。

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前を流れる青木川
豊田市との境で矢作川に合流し、三河湾にそそぐ

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三門(仁王門)
鎌倉時代建立
お寺からはバス停ひとつ分(歩いて10分)離れたところにある
かつてはここから境内が始まっていた

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バスの待ち時間にベンチで横になる
イチョウの緑の大群のなかに、紅葉を発見

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名古屋駅に戻る

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新幹線の車窓から
岐阜県近江八幡付近を走行中

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JR奈良駅到着
明日からスクーリング












● 慶派をめぐる伊豆の旅(後編)

 朝5時に目が覚める。
 1時間瞑想。  
 露天風呂独り占め。
 宿の庭を散策。

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夜中に一雨あったらしい。
天気予報では午後からまた雨になるという。

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9時過ぎにチェックアウト。

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千歳橋から守山を望む。
あそこまで歩く。
晴れてなくて良かった

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途中にある眞珠院(曹洞宗)

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ここには源頼朝との恋に破れ、真珠ヶ淵に身を投じた伊東祐親の娘八重姫の供養塔がある。『鎌倉殿の13人』ではガッキーこと新垣結衣が演じていた。

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八重姫の木像

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守山に抱かれた願成就院

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文治5年(1189)北条時政が、頼朝の奥州征伐を祈願して建立したと伝えられる。
その後は北条氏の氏寺となった。

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真言宗のお寺である。
このお大師様、颯爽としている。

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北条時政(1138-1215)のお墓
『鎌倉殿』では坂東彌十郎が好演していたが、ソルティの中では『草燃える』の金田龍之介のイメージが強い。

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大御堂
外国人の男性が案内&解説してくれた。

 寺院建立にあたって、時政は30代の運慶に作仏を依頼した。
 運慶は、現在大御堂にある阿弥陀如来像、毘沙門天像、不動明王像、制吒迦童子(せいたかどうじ)像、矜羯羅童子(こんがらどうじ)像などを造立した。
 その力強く大胆な造形と人間味は、平安後期の仏像の模範であった定朝様(宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像が典型)とは一線を画すものであった。
 これによって、運慶を始めとする慶派は東国の武士たちに贔屓にされ、鎌倉時代に隆盛を極めることになる。
 5体いずれもはんぱないオーラを放つ存在感に満ちた傑作であるが、とくに毘沙門天像が優れていると思う。(5体とも2013年に国宝指定を受けた)

 大御堂の背後に宝物殿がある。
 北条時政の肖像彫刻、北条政子地蔵、両界曼荼羅、上記仏像の中に見つかった木札(そこに時政の発願により運慶が造ったことが記されていた)などが展示されている。

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本堂前の庭
予想を超える素晴らしい仏像との出会いに、すっかり満足した。
来た甲斐あったな。

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五百羅漢
地元の石工さんの指導・手伝いのもと、羅漢づくりに挑戦できる。
眼鏡をかけた羅漢やゴルフクラブを持った羅漢など、ユニークで面白い。

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これはむしろオーソドックス羅漢

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願成就院の隣にある守山八幡宮
治承4年(1180)、この地で頼朝は平家追討を祈願し挙兵。手始めに山木判官平兼隆を討った。

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やっぱり、本殿は山の上にあるのね。

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わざわざ登らなくても良かったのだが・・・。
まあ、足腰を鍛えるためとしよう。

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三島駅に戻って、駅前の寿司屋で刺身定食(1800円)を注文。
今回の旅の一番の御馳走。

 雨が降ったら、まっすぐ帰るつもりでいたが、どうやら持ちそう。
 せっかくなので、前々から気になっていた「かんなみ仏の里美術館」に行くことにした。

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JR函南駅
ここからタクシーで5分の山里にある。

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かんなみ仏の里美術館
2012年に開設された函南町立の美術館。
函南町桑原区で古くから大切に拝まれてきた仏像24体を保管・展示している。

 洞窟のように暗い展示室に入った瞬間、別次元に連れて行かれた。
 「まったく、こんな山里に、よくもまあ、こんな素晴らしい仏像たちが眠っていたものよ!」と、驚いたのなんの。
 もとい眠っていたわけではなく、里人たちに篤く信仰されていたのであるが・・・。

 慶派の仏師と言えば、慶派の祖である康慶(運慶の父)をのぞけば、運慶と快慶が2大巨頭。
 そのほかは、運慶の長男の湛慶(京都・三十三間堂の千手観音菩薩像)、3男の康弁(奈良・興福寺の龍燈鬼像)、4男の康勝(京都・六波羅蜜寺の空也上人像と東寺の弘法大師像)あたりの名が、その代表作とともに上げられることが多い。
 しかし、ここに実慶という仏師がいたのである!

 実慶は康慶の弟子で、運慶や快慶と同年代と推測されている。
 関東中心に活躍していたらしく、ほかに伊豆修禅寺の大日如来像(毎年11月に開帳される)を残している。 
 
 実慶作の阿弥陀如来像、勢至菩薩、観音菩薩の美しいことったら!
 前に立つや、思わず、「うつくし~!」と声に出てしまった。
 慶派ならではの力強い写実性と厳しい表情は備えながらも、奈良・薬師寺金堂の薬師如来三尊像のようなエレガンスをまとっている。
 両脇菩薩のなめらかな腕のラインなどは、奈良・中宮寺の菩薩半跏像のようである。
 明らかに、実慶は、治承4年(1180)に平重衡によって焼かれる前の東大寺や興福寺、および法隆寺や薬師寺の白鳳・天平彫刻たちを学んでいる。
 また、流れるような衣文(ドレープ)の絵画的な美しさや、如来が乗っている蓮華座の細やかな意匠などは、運慶よりむしろ、快慶(京都・醍醐寺三宝院の弥勒菩薩坐像)に通じるところがある。
 3者の上下関係はわからないが、実慶はちょうど運慶と快慶の交接点に位置しているかのように思われる。

 阿弥陀三尊の右側に居並ぶ十二神将も面白い。
 3体が平安時代、4体が鎌倉時代、5体が室町時代以降の作なので、時代ごと様式変化を探るのも一興。
 ソルティはもっとも人間っぽい顔をして動きの静かな因陀羅大将が気に入った。

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 実慶の阿弥陀三尊も十二神将も玉眼――目の部分をくりぬき、内側から水晶をはめ込む技法――がほどこされている。
 周囲が一様に明るかったり暗かったりする場所では目立たないのだが、ここの展示室のように暗い場所で、仏像の顔に懐中電灯を向けるや、玉眼が浮き上がり、鋭い光を放つ。
 数世紀の眠りからいま目覚めたかのように、表情が一変するのである!
 その効果はすさまじく、とりわけ阿弥陀如来像などは、悟りきった穏やかな慈顔と思ってそれまで観ていたものが、光を差し向けるや否や、像の前に立つ者におのれの罪業の深さを自覚させ反省させるかのような厳しさを示す。
 昼の光ではわからない。
 夜の闇でもわからない。
 蝋燭の光が揺らめく夜の堂内においてのみ、仏たちはその真の姿を、煩悩に苦しむ者たちの前に現したのではないかと想像する。 
 これはぜひ懐中電灯持参で拝観してほしい。(受付でも貸してくれる)

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受付でもらったパンフレット
左が実慶作の阿弥陀如来像、右が平安中期の薬師如来像

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この美術館は展示内容も展示の仕方も素晴らしく、スタッフの方々も親切で、(望むなら)懇切丁寧に解説してくれる。
仏像好きなら、至福の時間を過ごせること間違いなし。

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仏像を守って来られた桑原の人々に感謝。

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今回も気づきと驚きいっぱいの良か旅であった。
 


 
おわり








 
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