ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●読んだ本・マンガ

● ハドソン夫人のフライパン攻撃 本:『新しい十五匹のネズミのフライ』(島田荘司著)

2015年新潮社
2020年文庫化

IMG_20260613_100553~2

 シャーロック・ホームズ物のパスティーシュ。
 副題に「ジョン・H・ワトソンの冒険」とあるように、ワトソンが主役になっているところがミソである。
 原作のキャラクター設定を踏襲しているため推理能力こそ欠落しているものの、我らがワトソンは、愛する女性を救うため、足の怪我をものともせずに馬を駆り、塔によじ登り、火の海をくぐり、見事な銃の腕前をみせる。
 読む者は、胸躍り、心の中で声援を送り、喝采せざるをえない。
 誠実で、友誼に篤く、女性や弱き者に優しく、危機に当たって冷静で、結構ロマンチストで、英国紳士の鏡のようなワトソンに、シャーロキアンは惚れなおすこと間違いなし。

 一方、原作キャラにくらべてカッコ悪いのが、ホームズである。
 見当違いな推理を連発するわ、コカイン中毒で野獣のごとく凶暴化するわ、精神病院でブラック患者になるわ、妄想であらぬこと口走るわ、肝心なときに麻薬入りのお茶を飲んで失神するわ、いいところがほとんどない。
 ホームズ完璧主義の“推し”にしてみたら、ちょっと許せない設定かもしれない。
 ソルティは、子供の頃からのシャーロキアンであるが、四十過ぎてからはホームズよりワトソンが好きになったので、本作はとても楽しめた。

 タイトルの「新しい十五匹のネズミのフライ(NEW 15 FRIED RATS)という謎の言葉の解明を含む本格推理要素、ワトソン大立ち回りの冒険アクション要素、ワトソンとヴァイオレットをめぐるロマンス要素、『赤毛連盟』『這う人』『まだらの紐』といったホームズ短編の名作をうまく物語に組み込んだファンサービス要素、ハドソン夫人のフライパン攻撃などユーモア要素、趣向盛だくさんの上に構成も語り口も巧みで、島田荘司の小説家としての実力に感じ入った。
 ソルティは島田のデビュー作『占星術殺人事件』しか読んでいなかった。
 これから評判のいい作品をさらっていきたい。

 ホームズ物の長編パスティーシュの中では、トップに位置する傑作と思う。
 海外の作品にくらべてもまったく見劣りしない。
 同郷のシャーロキアンとして誇らしい。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● ホトケの風はエーゲ海から吹く 本:『仏像の誕生』(高田修著)

1987年岩波新書刊行
2026年講談社学術文庫

IMG_20260606_125947

 新刊かと思ったら、40年前の本だった。
 学術書の復刊はうれしいけれど、古い本だと情報も古いままなので、書いてあることをそのまま鵜呑みにしてしまうと、とんだ勘違いをしてしまいかねない。
 この40年間の研究の進展により、情報が刷新されている可能性があるからだ。
 その点が気になったものの、巻末に現役の仏像研究者による補足説明を兼ねた解説がとくに付与されていないのは、「仏像の誕生」に関する研究の現在地が40年前とたいして変わっていないためなのだろうと思い、読むことにした。(解説のかわりに、仏像マニアとして有名なみうらじゅんの解題が載っている)
 編集サイドにおいては、学術書を復刊する際には、研究の現在地とのギャップの有無を付記してほしいものである。

 さて、仏像の誕生に関しては、いくつかの謎がある。
  1.  なぜ、お釈迦様が亡くなられてからおよそ500年以上もの間、仏像が作られなかったのか?
  2.  それが突然、紀元前後に作られるようになったのはなぜか?
  3.  最初に仏像が作られたのはどこか? いつか?
  4.  それはどういう像であったか?
  5.  紀元前後の大乗仏教の興隆と仏像の誕生との間には因果関係があるのか?
 たとえば、1の謎については、宗教学者の島田裕巳が、「インドに仏像が誕生するのはブッダが亡くなって600年以上経ってから。こんなタイムラグが生じたのは、仏像のモデルとなるブッダの存在が曖昧だったから」といった趣旨の驚くべき見解を、『ブッダは実在しない』(2015年角川新書)という著書の中で述べている。

 3の謎については、現パキスタン北西部のガンダーラ地方と現インド北部の都市マトゥラーの2つの候補地が、過去100年近くにわたり熾烈な元祖争いを続けている。
 とくにお釈迦様生誕地=仏教発祥地のインド(マトゥラー)勢にしてみれば、仏像誕生の栄誉が異国とりわけ因縁深きパキスタンにとられるのは、許しがたきところであろう。

 5の謎については個人的に興味がある。
 仏像の誕生も、大乗仏教の興隆も、紀元前後のほぼ同じ時期に起こっている。
 これは偶然ではなく、そこに何らかの因果関係があるはずと勘繰るのはむしろ自然であろう。
 「諸行無常」「無執着」「私(釈迦)ではなく法を拠り所にしなさい」というのが、お釈迦様の教えの根幹なので、本来、偶像崇拝はまったく非仏教的である。
 それを500年以上守り抜いてきた原始仏教が、在家主義で信仰祈願の要素の強い大乗仏教の大波にさらわれたとき、仏像が生まれたのではないかとソルティは考えるわけである。
 そのあたりはどうなのだろう?

 本書において著者の高田は、上記5つの謎について、これまでの主要な学説を紹介しつつ、歴史学的・美術史的・考古学的根拠に基づいて、自分なりの推理を述べている。
 文庫版で180ページにも満たない分量で、簡潔にわかりやすく、論理的かつ広い視野を持って要点をまとめあげる筆力は素晴らしい。
 復刊に値する書であると十分納得した。
 高田修(1907-2006)は、インド哲学・仏教美術を専門とし、職歴の最後は東北大学名誉教授であった。

DSCN6196

 以下、高田の説をポイントを絞って紹介する。

1 なぜ、お釈迦様が亡くなってからおよそ500年以上もの間、仏像が作られなかったのか?

 私は『増一阿含経』に説かれている経文にもとづき、より妥当な説明ができると考える。その文は漢訳だけにあってこれに相当する原典が伝わっていないが、この経の二カ所には次のような注目すべき文言が見出される。必要な部分だけを示すと、「如来の身は不可思議である。如来の身は造作することも、またこれを模則して長いとか短いとかいうこともできない」(巻21〈29-6〉)、また、「如来はこの世界で最も尊く、諸天(神々)の中にもこれと等しいものはなく、また像猊することもできない」(巻22〈30-3〉)とある。
 すなわち仏は造作することも、長短などを憶測する(測る)ことも、また像猊(形象化)することもできない存在である。いいかえると、滅尽してしまった仏だから再現できないというのではなく、偉大で特別な存在、神以上の神であるがゆえに、普通の人間の能力ではこれを具体的に色や形で表出することが不可能であるという意味にほかならない。

 お釈迦様があまりにも偉大過ぎて、畏れ多くて、とうてい人間業では表現できないということだろう。
 それゆえ、最初期の仏伝図においては、お釈迦様の姿は明示されず、方形の台座や樹下の仏座、傘蓋を立てた仏座、仏足跡、仏塔、菩提樹、輪宝などで象徴的に表現されたのである。

仏足跡
仏足跡

 実は、この謎は日本人にとってはあまり不思議なものではないはずである。
 というのも、日本で神像が作られ始めたのは、やっと平安時代に入ってから(9世紀初め)であり、天照大神にせよ須佐之男命にせよ、神を形象化するという発想を日本人もまた持たなかったからである。
 平安時代に神像の制作が始まったのも、先に仏像というモデルがあり、神仏習合という思想が起こったればこそ。
 ゼウスやアポロやヴィーナスはじめ、神像をバンバン作った古代ギリシア・ローマ人と日本人とでは、(おなじ多神教文化であっても)感性が異なるのだ。

男女神坐像
平安時代の男女神坐像
(奈良国立博物館・仏像館)

2 仏像が突然、紀元前後に作られるようになったのはなぜか?
 高田はその原因をガンダーラ地方へのギリシア・ローマ文化の伝播に帰している。
 すなわち、神像を作ることになんの抵抗も持たないギリシア・ローマ出身の彫工たちの存在である。

 最初期の仏伝図に見られる主役の仏の現われ方はきわめて自然で、そこにいささかのためらいとか抵抗とかがあったような形跡はない。これはガンダーラ美術が仏像不表現に固執した古代初期の中インド仏教美術とは無関係に発生してきたことを示すもので、同時に当地方で制作に当たった最初期の彫工たちの立場とも密接に関連したからに相違ない。すなわち西方的な文化基盤を持ち、中インドの先例を全く知らない彼ら彫工たちが、仏伝図の主役を描くのに、果して思想的あるいは技法的に何らかの抵抗を覚えたであろうか。神々を擬人的に考え、人間の姿に表現し慣れてきたギリシア系美術の伝統からすれば、たとえ超人的で偉大な存在の仏であると教えられたとしても、これを仏伝図に登場する主役の人物として表現するのに何のはばかるところもなかったのではないか。

 そうして、これまで仏座や菩提樹などで象徴的にしか表現されなかったお釈迦様が、人間の姿として表されるようになった。
 つまり、仏像の誕生である。

3 最初に仏像が作られたのはどこか? いつか?
 上記の見解が示唆するように、高田はギリシア・ローマ文化の洗礼を受けたガンダーラ地方を仏像誕生の地と想定しており、仏伝図から単独仏像への流れを次のように記している。

 この美術(ソルティ注:ガンダーラ美術)がもっぱら仏教に奉仕する美術としてスタートするのは、仏教建造物の荘厳に仏伝図を扱い始めてからであり、まず主役の仏がごく自然な姿で仏伝図のなかに登場し、やがてその主役だけが強調されて大きく表現されるようになる。・・・・(略)・・・・。単独の仏像は仏伝図におけるこのような主役強調の段階からさらに進んで、その主役である仏だけを独立させ、礼拝供養のための像としたもので、ここに偶像崇拝の対象である仏の像が成立したことを意味する。

 高田は、ガンダーラにおける仏伝図の中の仏像の登場を紀元1世紀末期、単独仏像の出現を紀元2世紀前半と推定している。
 一方、マトゥラーの仏像の出現を紀元2世紀初期とし、ガンダーラで仏が形象化されたという事実がマトゥラーに伝わって、マトゥラーでもとより栄えていた仏教文化に影響を及ぼしたものとみている。

 マトゥラーの仏の出現を促したのは、仏像不表現の殻がすでにガンダーラで破られたというその事実の情報であったという以外には考えられない。すなわちマトゥラーの仏教徒はこの事実を伝聞することによっていち早く反応し、独自の手法になる仏の像表現に踏切るに至ったと推定される。

4 それはどういう像であったか?
 ガンダーラとマトゥラーとでは違いがある。

ギリシア・ローマ風の写実的な手法により、インドの生んだ仏教の主題や思想を表現した美術であり、東西文化の交流によって生まれた混血の美術

なので、その像は古代ギリシア・ローマ彫像によく似た作風である。ぶっちゃけて言えば、欧米人っぽい。
 一方、マトゥラーの仏像は、

インド固有の古い伝統的な手法になる純インド様式のもの

で、インド人っぽい。
 詳細に比較すれば、相好や衣の表現などにさまざまな違いが指摘できるのだが、ソルティ思うに、衣の表現が薄く体の線が強調され、よりエロティックなのがマトゥラー仏の特徴の一つではなかろうか。
 温暖な地中海性気候のギリシア・ローマと、暑季には45℃を超えるインドの気候の差の反映と言えよう。

ガンダーラブッダ
ガンダーラ・ブッダ
(東京国立博物館蔵)

5 紀元前後の大乗仏教の興隆と仏像の誕生とには因果関係があるのか?

 ガンダーラにおける造像のはじまりに対し、大乗教徒の関与があったらしい徴証はなく、また一方、当地方で部派仏教とくに有部の仏教が優勢であったにしても、その実在論的な仏教思想が仏像の起源に積極的な根拠を与えたとも断言できないであろう。

 大乗仏教がマトゥラー仏の出現に関与したと見られるような証跡はどこにも求められないのである。それよりも見逃せないのは、マトゥラーにおける造像の初期に、新たに表出された仏の形像が、抵抗もなく容易に仏教徒によって受容されている事実でなければならない。

 どうやら、「大乗仏教の興隆=仏像の誕生」というわけではないらしい。
 むしろ銘記すべきは、大乗と小乗の別なく、出家集団でなく在家信者らこそが、お釈迦様の形象化を望み、喜んだという点ではなかろうか。
 世界中どこであっても、偶像崇拝は大衆の常である。

 ただし、大乗仏教の興隆と拡大が、仏像の多様化と量産を促進したのは間違いない。
 それは、日本の仏像事情を見ても明らかで、日本のお寺で、根本教祖たるお釈迦様の像(釈迦如来像)が本尊として祀られているのを見ることは非常に稀で、阿弥陀如来や薬師如来や観音菩薩が圧倒的に多い。
 逆に、テーラワーダ仏教(旧小乗仏教)国のタイやミャンマーやスリランカでは、仏像と言えば釈迦如来像である。

深大寺釈迦如来
釈迦如来像
(東京深大寺)

 日本の仏像は、ガンダーラ系仏像がシルクロードに乗って中国に到来し、同地で中華的変容を遂げたあと、朝鮮半島を経由し、6世紀前半に百済からもたらされた。
 すなわち、ギリシア・ローマ・西アジア・インド・中国・朝鮮の味が混じり合った“多国籍仏”として到来したということになる。
 そこに和風が加わっていったわけだから、仏像最終変態形と言ってもよいだろう。
 面白いのもあたりまえ。
 仏像を観れば世界が見える。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 本:『AIという鏡 人の価値とは何か』(佐々木閑、佐々木斎生著)

2026年法蔵館

IMG_20260526_204752~2

 本書の著者二人は親子です。私たちは、仏教学者の父と数学者の息子という、一見交わりにくい分野を専門とする親子の対話を通じてこの本を執筆しました。その一番の目的は、AIによって人類の持つ既存の価値が奪い尽くされたとしても、なお私たちには「生きる意味」や「存在する価値」が残されるという確信を表明し、「我執を捨てて生きる」という新しい道をAI時代の新たな生き方として提案することです。(「はじめに」より)

 佐々木閑の仏教とAIに関する講演は、前に聴いた。 
 AIの驚異的な進化が、世界を根底から変え、人間の生活ばかりか意識をも変えていくことになるだろうとの予測を口にされた。
 本書はその道筋をより丁寧に、より具体的に、より科学的に、さらったものと言える。

 全体が2部からなり、第1部が佐々木親子による対談、第2部が息子の斎生(ときおう)によるAI技術とその背後にある数理の解説となっている。
 前者は縦書きの右開き、後者は横書きの左開き。例えるなら、国語の教科書と数学の教科書の合体形態である。
 さらに言えば、仏教用語が登場する第1部が文系的、数式が並ぶ第2部が理系的。
 むろん、95%文系人間であるソルティが読めたのは第1部のみで、第2部は最初からお手上げだった。
 佐々木斎生は1987年生まれ。専門は代数幾何学。東京大学理学部数学科の出身である。
 
 ソルティは、数理的なことは全然理解できないが、AIが進化していった先に私たちを見舞うであろう究極の問いは想像できる。
 それは、「人間はAIに仕事を奪われてしまうのか?」――ではない。
 学問や芸術や医療やボードゲーム(囲碁や将棋など)やスポーツの領域において、AIが人間を凌駕してしまうことから生じる問い、すなわち、「地上最高の知的生命体の座をAIに譲らなければならないのか?」――でもない。
 あらゆる分野で人間がAIに打ち負かされ、AIに取って代わられることは、人間の尊厳を傷つけ、人間から生きがいを奪っていく可能性がある。
 だが、それは「AIと人間」を別個のものとして比較する視点に基づいた、勝敗レースに過ぎない。
 ウサギと亀とどっちが早いか――みたいなものである。

 より重要な問いは、次のものだ。
 「はたして、人間はAIとどこが違うのだろう?」

alexandra_koch-ai-generated-7772478_1280
Alexandra_KochによるPixabayからの画像
 
 いや、人間には心がある。喜びや悲しみや怒りや恥を感じることができる。
 人間は美を感じ、自然や人を愛し、過去を振り返って後悔したり、未来に希望を持ったり、適切に判断して自己決定し、他人の気持ちを想像して適切に振る舞うことができる。
 AIが、一見そのように振る舞うことができているように見えたとしても、実際にはそれは入力されたデータに文字通り“機械的に”反応しているだけであって、思考しているわけでも、感情が働いているわけでもない。
 あくまでロボットに過ぎない。
 そうした反論が一般であろう。 

 しかるに、AIが生活の隅々まで入り込み、その反応の“人間らしさ”が、人間とまったく区別できないあるレベルを超えたとき、人間はこういう問いを自らに向けざるをえなくなるだろう。
「ひょっとしたら、人間自身がかつてAIだったんじゃなかろうか?」
「どこかの惑星の宇宙人が開発した最先端AIロボット、それがヒトの正体なのではなかろうか?」
 つまり、人の「心」が数理的・生理的なものに徹底的に還元され尽くして、「私」とか「個性」とか「自己」とかいう概念が幻想であったと、認めざるをえなくなる瞬間の到来である。

 AIとの比較で言えば、「AIには心がない」と思いたくなるけれども、むしろ逆で、「私たちには“人間だけが持つ心”というものがあるんだ」という感覚こそが錯覚だと。
 「AIには心がないじゃないか」というその言葉の投げかけ自体が、実は我欲の一端なのです。「心を持つ自分たちの方が心のないAIよりも優れている」という、自分だけが特別でありたいという、我欲の表れです。

 AIと仏教が出会うのは、この地点である。
 人間たちに、いやでも「無我」を知らしめるAIの暴力的な力に対して、あらかじめ免疫をつけておくために、仏教の「諸行無常・諸法無我・一切皆苦」という教えが役に立つ、という論点。
 なぜなら、到来するAI社会において、もっとも苦しみに苛まされるのは「自我」の強い人間なのである。

 これから私たちが迎える社会とは、ある意味で「すべてが無意味な社会」に他なりません。私たちはその現実を直視し、受け入れる必要があるかもしれない。・・・(中略)・・・「社会にどれほどの影響を与えられるか」といった価値観にしがみつき、他人と比べることで自分の立場を確立しようとしても、虚しさが募るばかりです。なぜなら、社会に最も大きな影響を与えるのは、今後は人ではなくAIだからです。だとすれば、私たちは自分自身の内側に目を向け、一人ひとりが自分自身の生き方や生きがいを築いていく必要があります。

 佐々木親子の予言、はたして当たるのか?
 AIに聞いてみよう。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




 


● 昭和ルッキズム 本:『ガラスの城』(松本清張著)

1962~1963年雑誌『若い女性』連載
1976年講談社
2023年講談社文庫

IMG_20260526_204337

 本作は未読であった。
 これまでに3度テレビドラマ化されているが、それも観ていない。
 現代の日本社会(と言っても1960年代)を舞台にした殺人ミステリーである。
 清張ミステリーと言えば「社会派」だが、掲載されていたのが“若い女性”向け雑誌だったためか、社会派っぽさは希薄である。
 構成も変わっている。一流企業に勤める2人のOLの手記を並べる形になっている。
 つまり、女性読者を意識した、女性視点の小説と言える。
 読みやすさ抜群。 
 ちなみに、発表当時、OL(オフィス・レディ)という言葉はなかった。
 BG(ビジネス・ガール)と呼称していたらしいが、これは「商売女=売春婦」を連想させるという理由から使用中止となり、週刊『女性自身』の公募の結果、OLが選ばれたという。
 そのOLという言葉も、いまや死語になりつつある。

 三上田鶴子と的場郁子は同じ会社の同じフロアに勤める女性社員。
 2人とも独身で、ルックスに自信がなく、人づきあいが得意でない。
 毎年恒例の課の慰安旅行で伊豆修禅寺に行った先で、女性社員に人気あるダンディな課長が行方不明となり、数日後に伊豆山中でバラバラ遺体で発見される。
 犯人は土地勘ある人物らしい。
 警察の捜査が行き詰まりを見せるなか、三上と的場はそれぞれ別個に、事件の真相究明に乗り出し、記録を取り始める。

 さすが清張、読み始めたら止まらない面白さ。
 巧みなストリーテリングでぐいぐい引き込まれる。
 最初の三上の手記に描かれるのは、課内の複雑な人間関係、出世をめぐる男たちの攻防、タイピングやお茶くみのような単純作業しか任せてもらえない女子社員の鬱憤、水面下で密かに発展している社内恋愛、女子社員間の嫉妬や見栄の張り合い、同僚の外見や性格に対する遠慮ない評価・・・・。
 組織や人間の醜い面がこれでもかとばかり描き出され、えげつないことこの上ない。
 発表後60年以上が過ぎた令和現在の感覚からすれば、殺人事件の真相そのものより、むしろ、昭和時代の会社生活の実態のほうが、極めて奇っ怪なものにうつり、興味をそそられる。
 ソルティも昭和時代の会社員を経験した一人だが、「昭和の会社って、こんなだったかなあ?」と思わず昔を振り返った。
 ソルティが都内で会社勤めをしていたのは、40年近くも前のことで、スーツを着なければならないような仕事には6年ほどしか就かなかったから、よくわからんというのが正直なところ。
 出世競争にも、社内派閥にも、人事にも、興味なかった。 
 いろいろな面における男女格差や、(義務感しかない)慰安旅行や、(奥さんにばれて大ごとになった)社内不倫スキャンダルは、記憶の片隅にあるけれど・・・。

 純粋にミステリーとしては、ちょっとびっくりさせられた。
 清張が、“この種”のトリックを使ったものを書いているとは思わなかった。
 ネタばれになるので詳しくは書かないが、女性2人の手記の形にしたことの意味が最後に明かされ、「そう来たか!」と唸った。
 これをどうテレビドラマ化したんだろう?

IMG_20260516_175424

 それにしても、本作は女性の容貌に関する言及が非常に多い。
 対象読者が女性であったためが大きいと思うが、令和の今では「ルッキズム」と批判されるところだろう。
 清張は、それを三上田鶴子と的場郁子の口を借りて(すなわち手記の中で)書いているのだが、実は清張自身の見解なのではないかと思う。

 いったい、美とは何であるか。醜とはなんであろうか。
 わたしは美に関するさまざまな本をよんだ。美学も、哲学も。・・・・それから、いわゆる文化人のかいた教養書の中にもそれをさがした。
 結局、どの本にも美醜の関係はきわめてまわりくどいあいまいな記述しかなかった。ひどい書になると、美を最上の価値におくと同時に、醜にたいしては精神的な宥和をこころみている。たぶん、読者の中に美しくない女のいることを意識したからかもしれない。言葉は最高に思想的であり、美学的であり、哲学的だが、ただよむ者は抽象的な言葉の迷路にふみこむだけであった。
 結局、美にたいして醜は対立するものであり、美は幸福な雰囲気にとりまかれている。これにたいし、醜はたえず不幸な中に孤立し、自分自身からもつきはなされてうずくまっている。――としかおもえない。

 清張には容貌コンプレックスがあったらしい。





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 「律」あればこそ 本:『仏教はいかにして多様化したか』(佐々木閑著)

2025年NHK出版

IMG_20260523_105809~2


 「仏教はどのように変容し、どのように多様化したのか」を理解するということは、「なぜ私たちは今、このような仏教世界にいるのか」を理解することであり、そして「今の私たちにとって、仏教はどのような意味を持っているのか」を理解することでもあります。これからますます混迷の度を増すと思われる現代社会で、釈迦がつくり出した仏教の価値観、世界観は重要な視点を我々に与えてくれると確信しています。(本書「はじめに」より)

 ――という趣旨から書かれたコンパクト仏教史(日本版)。
 世界3大宗教の一つとされ、2500年もの歴史を持つ仏教を、わずか160ページほどの冊子にまとめてしまう佐々木の「難しく複雑なことを、わかりやすくシンプルに解説する」相変わらずの手腕に敬服した。
 取り急ぎ日本仏教史のポイントをさらいたいという初学者におススメ。

 いま暴挙は承知の上、さらにそれを500字以内のダイジェスト版にすると、

 紀元前500年頃のインドで釈迦により説かれた教えは、没後100~200年の根本分裂による部派仏教の成立、および紀元前後の大乗仏教興隆を経て、シルクロードを伝って中国に渡り、そこで新たに沢山の経典を加え、538年に日本に入ってきた。
 現世利益を叶えてくれる“新しい神”として受け入れられた(大乗)仏教は、7~8世紀には国を一つにまとめ国を護る手立てとして用いられ、平安初期に最澄・空海が唐からもたらした密教で呪術的要素を加味し、1052年の末法到来に向けて極楽往生を願う貴族の間に急速に広まっていった。
 武家政権に移るとともに一気に大衆化・易行化し、浄土宗・浄土真宗・時宗・臨済宗・曹洞宗・日蓮宗など現在まで続く宗派の林立を生み、徳川幕府の統治政策のもと檀家制度による国民総仏教徒化に至った。いわゆる葬式仏教の始まりである。
 明治初期に神仏分離令からの廃仏毀釈というピンチが訪れるも、国策協力することでこれを切り抜け、アジア・太平洋戦争では戦意高揚・一億玉砕のため大いに宗旨と組織力を活用した。戦後、組織の立て直しを図ったが、日本人の宗教離れが加速化し、現在の末期的状況に至る。(486字)

 こうやって流れをふり返った時に、いくつかの疑問が浮かぶ。
 たとえば、
  • なぜ、根本分裂は起きたのか?
  • なぜ、大乗仏教と小乗仏教に分かれたのか?
  • なぜ、大乗仏教にはたくさんの宗派があるのか?
  • 日本の仏教はどういった点が特殊なのか?
 本書は上記の問いについて、実に鮮やかに、実にわかりやすく、答えてくれる。
 特に、部派仏教の成立の背景を、「律(出家集団が守るべき決まり)」の改変あるいは解釈の変更によって解き明かしていく箇所は、良くできた推理小説並みにスリリングで面白く、「なるほど~」と唸らされた。

 仏教における三宝と言えば「仏・法・僧」、すなわち「ブッダ・ブッダの教え・出家集団(サンガ)」のことを指す。
 また、三蔵と言えば「経・律・論」、すなわち「お経・サンガの規則・仏教哲学」のことを言う。
 在家のテーラワーダ仏教徒であるソルティにとって、三宝のうち「僧(サンガ)」はやや遠いところにあり、したがって三蔵のうち「律」は――在家が守るべき五戒をのぞけば――ほとんど関係がない。
 なので、「律」の重要性について、これまであまり考えたことがなかった。

 本書を読んで、「仏・法」を守るためには、「律」によって統制された「僧(サンガ)」の存在がいかに重要であるかを認識させられた。
 仏教が、根本分裂によっていくつもの部派に分かれたのも、大乗仏教が起こったのも、日本仏教が異なる宗旨や経典を奉じるいくつもの宗派を擁しているのも、「あるがままの状態がそのまま悟りである」という天台本覚思想が生まれたのも、日本の仏教宗派が進んで戦争協力(=暴力肯定)したのも、日本のお坊さんが妻帯し酒を飲み風俗で遊ぶのも、すべては釈迦没後の第一結集のときに弟子たちが確認し合った「律」の根幹が崩れてしまったことに因を発していたのである。

 佐々木は、日本仏教の特徴の一つとして、次の点を挙げている。

 律蔵にもとづいて運営されるサンガは存在せず、僧侶の生活を厳密に規定する規則は存在しなかった。これは現代に至るまで続いている特性である。

 その結果、僧侶の妻帯(=お寺の跡を継ぐ息子の存在)という他の仏教国では見られない特異な現象を生み出したわけだが、最も重要かつ深刻なのは暴力の肯定である。

 律蔵では、僧侶が他者に暴力を振るうことは絶対に禁じられています。武器を手にして争うことはもちろん、たとえ教育上の必要によって弟子を叱責する場合でも、暴力を用いることは決して許されません。僧侶が軍隊の行進を見ることさえも禁じられているのです。

 しかし日本仏教では、その律蔵が機能していません。その結果として当然予想できることですが、聖戦思想を利用した暴力が積極的に容認されるようになりました。「仏教の教えを守るためならば僧侶が暴力を振るうことも許される」、あるいは「仏教の教えを守るために暴力的に戦うことは、進んでなすべき善いおこないである」といった暴力肯定の姿勢が容認されるようになったのです。

 「律」がなくとも、「経」と「論」があれば仏教は守られる。「僧(サンガ)」がなくとも、「仏」と「法」があれば仏教は守られる。
 ――と言いたいところだが、現実的には、その時々の政治の状況によって、「経」も「法」も改変され、都合よく解釈されてしまった歴史の経緯がある。

 「反戦の意志があれば、憲法9条がなくとも平和は守れる」という、最近よく耳にする言説を思い出した。

IMG_20260516_173339


P.S. 新たに「●読んだ本・マンガ」の下位に佐々木閑カテを立てました。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 

 

● 本:『友達・棒になった男』(安部公房著)

1987年新潮文庫
収録作品
『友達』(1967)
『棒になった男』(1969)
『榎本武揚』(1967)

IMG_20260519_170656

 安部公房の戯曲ははじめて読む。むろん、舞台を観たこともない。
 『砂の女』、『箱男』といったSFチックで寓意風の奇妙な小説で知られる作家が、いったいどんな芝居を書いたのだろう?
 ――と思ったら、やっぱり、寓意風の奇妙な作品だった。

 収録されている3作の中では、『友達』が抜きんでている。
 どこからか突然現れた9人家族(祖父、父母、息子3人、娘3人)に家を乗っ取られる平凡な男の話。
 この家族の正体や意図が明かされないだけに、否、かれらが「隣人愛によってひとりぼっちの人を救う」という使命を帯びて行動しているらしいだけに、底知れぬ怖ろしさが募る。
 単に物盗りが目的であるのなら、一般的理解の範疇におさまるのだが・・・。
 男は、家の管理人や警察やフィアンセに助けを求めるが、だれも男の話を本気にせず、助けになってくれない。 
 そのうちに男は諦めモードになって、9人家族との奇妙な同居生活が始まる。
 そして・・・・

 日常を不意に襲う非日常。
 その非日常にいつのまにか慣れて、それが日常になっていく。
 ――というプロットは、『砂の女』に重なるところがある。
 なんだかコロナ禍を思い出した。
 我々日本人が、どれだけすんなりと黙食や黙浴や黙席といった「新しい日常」に馴染んでいったことか。 
 9人家族とは、母体に寄宿し、内側から母体を破壊し変容させていくウイルスみたいなものか。
 あるいは、人を“ひとりぼっち(=個人)”にさせておかない「世間」という怪物の比喩か。
 いろいろな読み方ができて面白い。

 ソルティは、正体不明のこの9人組の姿に、ルイジ・ピランデルロ作『作者を探す6人の登場人物』(1921年初演)を想起した。
 『友達』は約60年前、『作者を探す6人の登場人物』は100年以上前の作である。
 どちらの作品も、現在上演しても十分通用し、観る者に衝撃を与える。
 やっぱり、安部公房は凄い。
 1994年の大江健三郎のノーベル文学賞受賞は、三島由紀夫の短命(1970年、享年45)と安部公房の急死(1993年、享年69)に依るところが大きかったのであろう。

IMG_20260516_172802

 安部公房はソ連(現ロシア)をはじめとする共産圏の国々で高い評価を受けた。
 それはおそらく、SFチックな設定を用いて閉塞状況に陥った人間の姿を描く安部の作品が、全体主義管理社会の中で生きる人間たちの寓意のように解されたからだろう。
 そこでは個人の尊厳や表現の自由は、徹底的に否定される。
 スターリン時代のソ連やチャウシェスク時代のルーマニアがその典型である。
 先頃ついに日本初公開されたピョトル・シュルキン監督のポーランド〈暗黒SF4部作〉もまた、全体主義管理社会(その実体は独裁政権である)の実相を描いていた。

 90年代に起きた世界的な民主化の機運から一周して、いま世界は“新しいスターリズム”の勃興が危惧される状況にある。
 安部公房がふたたびブームになるのではなかろうか。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損





● 牧歌的ミステリー 本:『死はすぐそばに』(アンソニー・ホロヴィッツ著)

2024年創元推理文庫
山田蘭・邦訳

IMG_20260504_155303

 ホーソーン&ホロヴィッツのH2コンビによるミステリー第5弾。
 第4弾『ナイフをひねれば』まで読んで、肝心の探偵役ホーソーンの魅力にかげりを感じ、コンビの関係性も愉快に思えなくなっていたので、第5弾に手を出すか迷った。
 が、GWに気軽に読める本格ミステリーを一冊選ぶとなれば、やっぱりホロヴィッツに手が伸びてしまう。
 読みやすさ、筋の運びの上手さ、適度の軽さとミーハー性、伏線回収の心地よさ、現代性など、コナン・ドイル、クリスティ、クイーン、ディクスン・カーなど黄金時代の作家たちを追慕する本格ミステリーファンの好みに通暁している。
 イヤミスや社会派ミステリーやサイコサスペンスのような後味の悪さを残さない、五月の風のような爽やかな娯楽性、それは“牧歌的ミステリー”と言うにふさわしい。
 期待通りの楽しい読書タイムが持てた。

 読み始めてすぐ「あれ?」と気づくが、本作はこれまでの4作と違って三人称スタイルがとられている。
 つまり、ホーソーンの傍らに控えその捜査活動を実況する“できの悪い”助手ホロヴィッツの手記、という形をとっていない。
 これは今回語られる殺人事件が、ホロヴィッツとホーソーンが出会う前にホーソーンが関わった事件、すなわち過去の物語だからである。事件はすでに終わっている。
 探偵役としてホーソーンは登場するが、助手はホロヴィッツではない別の人物である。
 助手ホロヴィッツは過去の事件についての本を書くために、ホーソーンから当時の話を聞き、資料をもらい、数年後の事件現場をひとりで取材に行く。
 前4作で見られた事件解決に至るまでのH2コンビのとげとげしいやりとりがない。
 おかげで、いささか不愉快に感じられつつあった2人の関係性にかかわる描写が減り、かつまた、ホロヴィッツ以外の助手(相棒)を相手にした時のホーソーンの態度が常よりマイルドなのを知って、ホーソーンの印象もちょっと持ち直した。
 (助手としてでなくて)創作者としてのホロヴィッツが、今回意図して三人称スタイルにしたのかどうかわからない。
 が、よいタイミングでの軌道修正と思った。

 日本の読者にとって一番の驚きは、作中で本邦のミステリー作家である島田荘司と横溝正史について言及されていることだろう。
 密室殺人に関する話題の中で、すぐれたトリックの考案者として2人の名前と代表作が上げられる。
 日本のミステリーファンにとってうれしいこと限りない。
 ひょっとしたら、これは日本語版だけのSpecialサービスであって、アメリカ版にはアメリカの推理作家とその作品が、ドイツ語版にはドイツの推理作家とその作品が、中国版には中国の・・・・が、上げられているのかもしれない。
 それに関して言えば、実は、ソルティが本作を最後まで読んで、「趣向的に一番近いなあ」と思ったのは、京極夏彦の代表的シリーズのなかの一作であった。
 ホロヴィッツがそれを読んでいるのかどうか知らないが、今からそれを読んで本作との類似に気づいたら、「ちっ、やっちまった・・・・」と舌打ちすることだろう。

leolo212-spider-web-9302026_640
Antonio LópezによるPixabayからの画像

 ソルティの悪いクセで、どうしてもミステリーを読むとアラ探しをしてしまう。
 本作の密室トリックはいまひとつの出来。
 だいたい警察(鑑識)が、真犯人が密室から抜けだすのに用いたトリック(痕跡)に気づかぬはずないと思う。
 本作の最大の欠陥は死体の処理方法だろう。
 これ以上は言えないが、あまりに杜撰すぎて、作家ホロヴィッツが真犯人に与えた性格とは合致しないこと甚だしい。

IMG_20260414_150833



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 本:『人類学者が教える性の授業』(奥野克巳著)

2025年ハヤカワ新書

DSCN8268

 早川書房が新書参入したのを本書ではじめて知った。
 2023年6月に創刊し、すでに60冊以上出ているようだ。
 著者の奥野については、『人類学者K ロスト・イン・ザ・フォレスト』(亜紀書房)でそのユニークな存在を知った。
 本書は、2019年に立教大学で開講した「セックスの人類学」の授業を基にしたもので、まえがきで次のように記している。
 
 性を人類学的に考えるとは、私たちの「当たり前」を括弧に入れ、異なる文化や他の生き物たちの行動と照らし合わせながら、人間の性を見つめ直す試みです。本書では、さまざまな生き物の行動や文化習慣を通じて、性にまつわる工夫と実践を紹介します。そこからまずは、私たちが抱えがちな性愛の問題や生きづらさをほぐし、新しい風を吹き込むことができればと思います。

 さまざまな時代、さまざまな地域の文化や風習をフィールドワークする人類学者は、当然、多様な性文化を見聞する機会が多い。
 だが、それを調査研究して発表するのは、なかなか勇気のいることだろう。
 ソルティは90年代に、性人類学者のキム・ミョンガンが『週刊ビッグコミックスピリッツ』に連載していたエッセイを面白く読んでいた。
 動物界と人間界の多様な性行動を紹介する文章は、何をもって正常と言い、何をもって異常と言うのか、ソルティの固定観念を揺さぶった。
 フェミニズムブームの影響もあってか、当時はそういった記事をよく目にしたものである。
 2000年代に入って、統一教会勢力(むろん自民党議員を尖峰とする)による“行き過ぎた”性教育バッシングが起こり、「性を自由に語ること」に対するバックラッシュが社会全般を見舞った。
 その余波はいまも続いている。
 なので、本書の登場は、どこか懐かしいような、記憶の底に埋もれた金鉱を探り当てるようなこそばゆい感じがあった。

 90年代半ば仙台にいた頃、ゲイやレズビアンの仲間と一緒に、多様な性の存在を訴える広報誌を発行したことがあって、そのときにつけた会報の名前が『ぼのぼ』であった。
 本書でも取り上げられているように、ゴリラやチンパンジーと同じ類人猿ショウジョウ科に属するボノボは、群れのコミュニケーションを円滑にするために、オス同士、メス同士でも普通にセックスする習性をもつ。

 ボノボは性に余念がなく、ありとあらゆる性交渉を行いますが、印象深いのは、2頭の若いオス同士でディープキスをすることがあります。こうした熱烈なキスが、いつの間にか、ケンカの真似事になったり、追いかけっこの遊びに変わったりするのです。ドゥ・ヴァール(ソルティ注:オランダの動物行動学者)によれば、ボノボにとって、ディープキスのようなエロティックな接触は、それ以外の行動と切れ目なくつながっています。それが、ボノボの日常なのです。
 私たち人間は日常的な行為と、性的な行為を分けています。多くの場合、セックスは非日常的な特別な行為である場合が多いでしょう。しかし、ボノボはそうではありません。彼らにとって、社会生活とセックスは、完全に結びついていると言えます。

 逆に、一頭のおとなのオスだけが群れのすべてのメスを支配し交尾する、いわばハーレム集団をつくるオナガザル科のハヌマンラングールの例がある。
 オス同士は群れのボスになる権利を巡って激しい闘争を行う。
 前のボスを倒して新たにハーレムの主となったオスは、前のボスが作った群れの中の子どもたちを次々と殺していく。
 結果的に、自らの子ども(遺伝子)だけが残る。

猿の一夫多妻

 同じ霊長類であるボノボとハヌマンラングールでもこれだけ性行動には違いがある。
 地球上で有性生殖が始まってから、つまりオスとメスという性が生まれてから、いかに多様な性行動が生まれては消えていったことか。
 人類もまた自然が生んだ生命のひとつであり、進化の法則のもとに生息しているのだから、人類の性を考えるには、まず、「生物(自然)としての性」、すなわち、「人類史を動物との連続性から見て、過去から未来へと貫く生物進化的視点」から捉えることが必要だ、と奥野は述べる。
 これが縦軸である。

 一方、横軸は「文化としての性」、すなわち、「さまざまな地域で実践される多様な性文化を比較する比較文化的視点」である。
 たとえば、高地ニューギニアのサンビア社会では、少年の通過儀礼として儀礼的同性愛が行われる。
 7~10歳前後の少年たちは、年上の若者たち(おおむね15歳以上)にフェラチオし精液を飲む。
 15歳になると、今度は精液を与える側に回る。
 精液の授受を通して、生まれたままでは不完全な男子が、生殖能力や戦闘能力を備えた一人前の男になると信じられているのである。
 男子は結婚するまでは女性と交わらない。
 近代西欧的概念で言うならば、サンビア社会の男たちは、結婚するまでは同性愛(ゲイ)、結婚すると両性愛(バイセクシュアル)、子供ができると異性愛(ヘテロセクシュアル)と、時期によってセクシュアリティを変えていく。

 あるいは、南米ベネズエラのバリ社会の例。
 バリの女性は結婚後、妊娠が発覚すると、複数の愛人と関係を持つようになるという。
 子どもが生まれると、生物学的な父親とは別に、愛人たちは「第二の父親」となり、生まれた子どもに対する食料の分配の義務を負う。共同親権みたいな感じか。
 これは、食料の調達手段が男性だけに許されているにもかかわらず、男性の人口比率が少ないため、女子供が餓死しないように生み出された生存戦略とされている。

DSCN8263

 このような文化や風習を聞くと奇っ怪に感じるかもしれない。
 が、日本人もまた、令和の感覚からすれば奇っ怪な性愛文化を有していたことは、歴史が証明している。
 平安時代の貴族の男たちは、女の顔も姿も声も知らずに恋文を送り、結婚した。その結婚も、女のもとに三夜通い続けなければ成立しなかった。
 だから女たちは、男の誠意や人柄を確かめるべく、つれない返事を歌で送って男をじらし、男を燃え立たせたのである。 

 あるいは、布教のため来日した伴天連たちを仰天させた日本古来の男色文化
 僧院で、戦場で、お茶屋で、男たちは愛を語り肛門性交し、稚児や念弟をめぐって喧嘩し、あるいは死によって結ばれることを願って心中さえした。
 ジャニーズ騒動以降、未成年を対象とする同性愛は(異性愛も)許されないものとなったが、ちょっと前までは『少年愛の美学』なる本がふつうに書店で並んでいたのである。

 セックスの人類学を考える上では、縦軸としての生物進化的視点(生物としての性)と、横軸としての比較文化的視点(文化としての性)、両方のアプローチで捉えることが大切、と奥野は力説する。
 それぞれのアプローチにおいて奥野が紹介する興味深い事例に驚いたり感心したり、飲み会で披露する恰好のネタを仕入れるようなつもりで楽しく読み進めていった最後の最後に、その深い意図に気づかされる。
 取り上げられるのは、いまもアフリカ大陸各地で見られる女子割礼/女性器切除(FGM)である。

 女性や女児の健康被害や命の危機という視点から、そして男性による女性の「性の支配」というフェミニズム的視点から、年端の行かない少女が自己決定しないままに強制的に行われる女子割礼/女性器切除は重大な人権問題とされ、西洋社会から強い非難を浴びてきた。
 しかし、当の風習をもつアフリカなどいわゆる発展途上国、第三世界の女性たちから、「あなたたちに私たちの文化を批判されたくない」と反発された。
 西洋的価値観の押付けとみなされたのだ。 

 ここで問われるのは、「健康」「安全」「人権」を至上とする近代西洋社会の価値体系によって、それとは別の伝統的価値体系によって生き残ってきた社会を、一方的に批判・審判・裁断することの正当性である。
 そしてそれは、19世紀の人類学の学問的態度、すなわち、「西洋こそが最も進んだ社会であり、未開と呼ばれる社会もいずれ西洋社会に近づいていく」という自文化中心主義的発想と、その傲慢を反省したところから生まれた20世紀以降の人類学、すなわち、「未開と呼ばれた文化・社会にも固有の体系的・理性的かつ深遠な思考があり、それぞれ固有の価値を有する」という文化相対主義との対立である。

MVIMG_20260414_152015~2

 日本は明治維新このかた、とくにアジア・太平洋戦争で敗北を喫して以降、アメリカをはじめとする近代西洋社会の価値体系を受け入れて、まがりなりにも先進国の末席に連なってきた。
 一夫多妾の招婿婚も、男色文化も、昔話の語り草となった。
 だから、多くの日本人は、女子割礼/女性器切除に対しても西洋的価値観に則って、これを「人権侵害」「性暴力」と判断する傾向にある。
 もちろん、ソルティもそのひとりである。
 でもその日本人だって、一夫多妾や男色文化に対する西洋諸国からの批判に対しては、「お恥ずかしい」「廃止します」と素直に受け入れられても、「天皇制は人権侵害だから即刻廃止すべき」という批難に対しては、冷静には耳を貸さないだろう。
 内政干渉と大いに反発するであろう。
 どこの国だって、どこの民族だって、自らが祖先から受け継いで大切に守ってきた伝統文化について、よその国からとやかく言われたくないのである。
 いくら普遍的・人道的な理由が持ち出されようとも、介入された側からすれば、それは理不尽な暴力ととらえられかねないのである。

 では、どうしたらいいのか?
 女子割礼/女性器切除の問題は、よその国の固有の文化・風習だからほうっておくべきなのか?

 あらゆる文化の優劣をつけずに、相手の文化の価値観を尊重するという考えが、文化相対主義の理念です。それは時に相手の価値を尊重するあまり、「私は私」」「あなたはあなた」という過度の相対主義に陥ってしまい、相手の文化やその価値を手付かずの状態で突き放してしまうことで、無理解なままに放置してしまうことになるのです。しばしばこれを「文化的アパルトヘイト」とも呼びます。人類学者・浜本満の整理によれば、本来、文化相対主義は人類学における他者=異文化理解のための「理解と対話の出発点」として試みられたにもかかわらず、逆に「理解の停止と対話の断念」を正当化するレトリックとしても使われてきたのです。
 また、・・・(略)・・・他者の文化や社会を昔から今、未来に至るまで固定的で変わらないものと見なしてしまう可能性もまた、文化相対主義的思考の落とし穴として指摘できます。文化・社会を固定的なものと見なし、人間の行為の意味を当該地域の文化によってあらかじめ決めつけて語る文化決定論に陥ってしまう危険性もありうるのです。

 横軸の比較文化的な視点では、それぞれの固有文化のセックスのあり方がただ示されるだけで、私たちはそれを自分たちとは異なる文化として突き放して理解することに終始してしまう恐れがあります。結局、どんなにめずらしいセックスの習慣を見聞きしたとしても、私たちのセックスに対する価値基準はそのままで、単に保存されてしまうだけなのです。
 しかし、ここに縦軸としての生物進化的視点と合わせて考察をしていくならば、人間自体を問うことになります。人間のことを考えるためには、人間を超えたレベルで比較し分析する必要があるのです。だからこそ、本書では15億年前を出発点とし、生物進化という悠久の時のなかで、セックスがどのように今日の人類に見られるようなかたちに生成変化してきたのかを見てきました。そのとき、生物としての人間にとって、何が自然で何が不自然なのかが改めて問われることになります。・・・・(略)・・・・多文化でなく、多自然的な視点に立つことで、文化相対主義が取りこぼしてしまった問題を問うことができるのです。(ゴチックはソルティ付す)

 90年代にソルティが読んだ性人類学の記事では、ここまでの深掘りはなかった。
 人類学も進化しているんだなあ。
 
ぼのぼ
ボノボ





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 


● 本:『三島由紀夫という存在』(野坂昭如&石原慎太郎著)

2025年中央公論新社

IMG_20260416_142725

 三島由紀夫生誕100周年を記念して出版された一冊。
 三島と親交のあった2人の後輩作家によるエッセイ6編と、2つの対談が収録されている。
 いま、それぞれの文章の発表された時期とその時の2人の年齢を時系列で並べると、次のようになる。
  • 1970年12月 石原(38)
  • 1971年1月 野坂(40)
  • 1971年2月 野坂(40)
  • 1972年12月 野坂(42)&石原(40)対談
  • 1995年12月 野坂(65)&石原(63)対談
  • 2000年6月 石原(68)
  • 2000年11月 石原(69)
  • 2001年8月 野坂(71)
 三島由紀夫が自決した1970年11月25日直後のそれぞれの追悼文から始まって、2年後(三回忌)の対談、25年後の対談、30年後のそれぞれの回想文が掲載されている。
 事件から時間が経過するにつれての、また野坂と石原の加齢につれての、語り口の変化がなかなか興趣深い。
 おおむね直後の追悼文は、事件に対する驚きと戸惑いの向きが強い。無理もない。
 事件後2年経過し、三島由紀夫という人物および自らと三島との関係を語る視座を得た1972年12月の対談は、両者ともに思うところを率直に述べている。
 事件後四半世紀が経ち、両人が三島の享年はおろか還暦も越えた1995年の対談以降は、舌鋒が柔らかくなり、過ぎ去った時代や在りし日の三島の姿を偲ぶ懐旧のニュアンスが現れている。
 野坂は2015年に85歳で、石原は2022年に90歳で亡くなった。

 三島由紀夫の死後、数多くの三島論が出版され、それは現在も続いている。(ソルティがよく利用する都心の図書館の棚を見たら、ざっと30冊の三島論が並んでいた)
 また、文学者らによる対談も多い。
 ソルティが読んだのはほんの一部に過ぎないが、総じて言えるのは、一つは男性論者によるものが圧倒的に多いことであり、一つは、数ある三島語りの中でこの石原慎太郎と野坂昭如によるものが最も故人に対して辛辣だということである。
 2人が作家デビューするにあたって、他のどの先輩作家からよりも三島由紀夫から目をかけられ引き立てられたことを重ね合わせると、「恩知らず」と思えるほどである。
 同じ時代に文壇で活躍し三島と親交のあった安部公房と大江健三郎による三島語りにくらべると、その差は歴然としている。
 その差がどこから出てくるのかは新旧の文壇事情に詳しくないソルティには分からない。が、一通りでなく世話になった先輩作家に対する恩を仇で返すような野坂と石原の物言いの裏には、心理学で言うところの防衛機制、いわゆる「否認」に近いものを感じる。

 いったい何を否認しているのか?
 『三回忌に思う』と題された1972年12月の対談より引用する。

野坂 さまざまな虚構を張りめぐらしながらも、彼自身としてはとにかく一生懸命やったわけですよね、ひたむきに、矮小な体にムチ打って。しかし彼のボディビルと同じように、まとった衣装はぜんぜん自分に合っていなかった。ある時期は、その合っていないということをエネルギーにしていたんだろうけれども、そのエネルギーが絶えちゃったとき、今度は自分がまとった衣装の重さに押しひしがれて、最後は悲鳴をあげていたような感じだな。

石原 ほんとにあの人は、自分がかかえる、アンビバレンツなものはアンビバレンツなものとしてかかえてるっていうことに耐えられなかったんでしょうね。

石原 あの人の精神のメカニズムを象徴するものは、結局、肉体にたいするコンプレックスでしょうね。それを是正するために人工的につくった機能性のない肉体というものが、結局、あの人を亡ぼしたんだ。

野坂 あれだけはじめに虚構を描いていたけれども、やがて虚構を生きざるをえなかった。自分自身の生き方、自分の肉体そのものが虚構だったことに気づいたときの三島さんの気持を考えると、物書きのはしくれとしては、ほんとに涙なくしてはいられない気がする。

 三島と同じ流行作家であり、三島と同じようにマスコミに持て囃されたタレントであった2人の分析は、ほぼ同じである。
 すなわち、「肉体上のコンプレックスからボディビルを始めたことに象徴されるように、ある種の欠落を糊塗するために仮面をかぶり、虚構の自分を意識的に演じ続けた。その無理が限界に達して、ああいう悲惨な最期に至った。」
 欠落とはなにか?
 次の野坂の言葉がそれを示唆している。

野坂 ぼくは小学校のときに、虚弱児童だったんです。相撲だけは強かったけど、ものすごく気が弱くて、喧嘩はぜんぜんできなかった。そして、なにぶん戦争中だし、このままじゃ男として世の中に生きていけないと思って、ある時期、喧嘩ばかりしてました。気を強く見せようと・・・・。ぼくはつまり昔に、無理していた覚えがあるから、石原さんより、三島さんの持っていたものについて同情があるというか、それをからかいの対象とするよりも、「いやあ、あなたも大変ですね」って感じでね。(ゴシックはソルティ付す)

 つまり、男としてのコンプレックス。
 男らしさ(マチョイズム)の欠落である。

 昭和時代のマチョイズム、とくに戦前戦中のマチョイズムは、令和の現在とは比べものにならないほど確たる規範として日本社会を覆っていた。
 昭和元年に生まれ、天皇を神と仰ぐ軍国主義教育を受け、国のために死ぬことをなによりヒロイックな雄々しい行為として教えられてきた三島由紀夫すなわち平岡公威少年が、長じて、自らの類まれなる文才とは裏腹に、貧相で脆弱な肉体と運動能力の欠如、そして異性に対する性的能力の空転を知った時、相当な自己否定に襲われたことは想像に難くない。
 20才のときの徴兵検査の(意図的な?)不合格は、深い恥の感覚を植え付けただろう。

 だが、三島の強い自意識とプライド、それに戦後マスコミによって作り上げられ世間に流布された時代のヒーローとしてのイメージは、自らの中の「女性性=弱さ」を受け入れ肯定することを許さなかった。(そもそも、「女性性=弱さ」とみなすところがマチョイズムの誤謬である)
 豪快な高笑い、ボクシング、ボディビル、筋肉誇示、剣道、居合い、自衛隊体験、葉隠れ、軍服をまとってのパレード・・・・e.t.c.
 さまざまな鳥の羽を自らの体にあしらって孔雀ばりに装ったイソップのカラスの物語のように、三島由紀夫は「男らしさ」という羽で、持って生まれた資質を覆い隠した。
 その羽が借りものだとバレる前に、あの行為に及んだのである。

1tamara2-crow-8861129_640
1tamara2によるPixabayからの画像

 しかし、ここでソルティが指摘しようとしているのは、野坂と石原が容赦なくあぶり出したような“虚構に生き虚構に死んだ”三島由紀夫の欺瞞や悲哀ではない。
 三島由紀夫を侮辱するつもりは毛頭ない。 
 そうではなくて、マチョイズムそのものの虚構性を言いたいのである。

 時代や地域や文化の違いにより、「男らしさ」の定義や内実は異なる。
 たとえば、昭和時代には男の化粧品CMなんてあり得なかった。
 国民的人気と輝かしい実績を誇る大谷翔平のような野球選手が、スキンケア商品のCMに出てお肌ペタペタなんて図は考えられなかった。
 そんなことをした日には、次の打席では球場中の客から笑い者にされ、「おかま」と囃し立てられたであろう。

 多かれ少なかれ、意識的であれ無意識的であれ、世の男達はマチョイズムに支配された社会の中で、周囲から馬鹿にされ見下されないよう「男らしさ」を身につけていく。
 「男」という虚構を演じている。

 野坂昭如や石原慎太郎が、なぜこれほど三島由紀夫という人物について、また最終的に自決につながった政治的行動の意味について一致した見解を示せるのかと言うと、野坂も石原も世のマチョイズムに支配されて生きてきたし、その虚構性にある程度自覚的だったからではなかろうか。
 身近にいて一時は敬愛の対象であった三島由紀夫が、あまりに大っぴらに、あまりに分かりやすく、あまりに身も蓋もないかたちで、「男」の虚構性を暴露してしまったがゆえに、そこと距離を置くために、必要以上にバッシングしたのではなかろうか。
 あたかも、観客に手品の種明かしをするマジシャンに対して、同業者が抱く思いにも似て・・・・。

 三島論を書く人間に男が多いというのも、そこと関係しているような気がする。
 つまり、三島由紀夫は「マチョイズム」という荒野の逆説的なランドマーク、「男らしさ」という天盤の道を誤らせる北極星のようなもので、三島を評する男たちは、自然、おのれと三島との距離を測ってしまうのではないかと思うのである。
 さらに付け加えれば、それはまた、(極右と極左からの)政治的距離でもあるし、文学的才能における距離でもあるし、自らの信念を遂行した行為者としての距離でもあるし、米国追従の戦後民主主義社会からの距離でもあるし、天皇制からの距離でもある。
 三島由紀夫は、戦後の日本社会に生きる者に、自らの立ち位置を顧みさせるさまざまな座標軸を提供した。
 それが「三島由紀夫という存在」の意味であり、三島が読まれ、語り続けられる大きな理由なのではないかと思うのである。

DSCN7661



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 本:『棺一基 大道寺将司全句集』

2012年太田出版

IMG_20260411_063109~2

春光や 房壁にある 罅(ひび)二本
差し入れの 甘夏薫る 人屋かな
凍蝶(いてちょう)や 監獄の壁 越えられず

 上の俳句からどんな詠み手を想像するだろうか?
 「房」は独居房、「人屋」は牢獄のこと。
 すなわち、詠み手は囚人である。
 これは、刑務所に収監されている男の詠んだ句集なのである。
 
 そう分かって詠んでいくと、次の句などまことに味わい深いものがある。
 たとえ、自ら牢に入れられた経験がなくとも・・・・。

黒南風(くろはえ)や 髪切りし身の おぼつかな
動き出す 朝の気配や 初氷
余寒なほ 房舎に響く 施錠音

 男の名前は大道寺将司(まさし)。
 1948年北海道釧路生まれ。
 昭和時代の政治活動家で、「東アジア反日武装戦線“狼”」という極左テロ組織のリーダーであった。
 同組織は、1974年8月に、昭和天皇が乗るお召列車を橋ごと爆破する「虹作戦」(未遂に終わった)や、死者8名・負傷者380名を出した三菱重工爆破事件を起こした。
 大道寺ら主要メンバー7名は1975年5月に一斉逮捕され、一部は超法規的措置により釈放・国外脱出した。
 釈放を拒否した大道寺は、1987年3月24日に死刑が確定し、葛飾区小菅にある東京拘置所に収監された。
 そう、囚人は囚人でも、死刑囚による俳句なのである。 
 本書の題名にとられた「棺一基」とは、絞首刑にされた囚人の遺体をおさめた棺のこと。
 大道寺は、いつ自分の番が来るかと思いながら、次々と処刑されていく牢友たちを見送っていた。

己が身を 虫干しに出す 死囚かな
縊られて 世はこともなし 実南天
棺一基 四顧茫々と 霞みけり

 俳句をつくるようになったきっかけは本書に書かれていないので分からないが、もともとアルチュール・ランボーや中原中也の詩を好んで読んでいたという。
 文学青年だったのだろう。
 故郷でアイヌへの差別を目の当たりにしたことがきっかけで日本帝国主義に反感を抱くようになり、その後反日思想を深めていったという経緯からも、虐げられているマイノリティの境遇を想像し共感できる感性と、マジョリティである自らの加害者性を自覚できる知性を備えた、ナイーブな青年像が思い浮かぶ。
 政治活動でなく宗教活動に向かっていれば、親鸞のような宗教家になったかもしれない。
 次のような句をみると、獄中にいて他者の身の上を思いやる大道寺の“やさしさ”が知られる。 

秋海棠 苦海に生きし 女たち
みなしごの また生まれけり 星月夜
帰りゆく あぶれ土工や 冬の雨
福島の 無人の町に 散る桜

 いったい、どんな男が苦海に生きる女(=春を売らざるをえない女)の苦しみを想像し得るだろう? 
 自らは、長く独房にいて、性欲を満たす機会がない一種の飢餓状態にあるというのに。
 どんな男が、日雇い仕事にあぶれた土工の境遇に心を寄せるだろう?
 自らは、処刑されるのを待つことだけが仕事だというのに。
 なんだか鎌倉幕府の将軍にして歌人源実朝の和歌に通じるものを感じた。
 次のような身の回りの風物を詠んだスケッチもまた実朝風である。

天宆の 剥落のごと 春の雪
訪ひくれし 蜘蛛の走りの 速きこと
雨ざんざ 角凛凛と 蝸牛
翅一枚 遺して蝉の 食はれけり

 27歳で逮捕されてから獄中の30年余が過ぎ、大道寺はがん(多発性骨髄腫)を患う。
 最後は壮絶ながんの痛みと闘いながらの句づくりであった。

骨疼き 雨だと知れり 初桜
飛花落花 褥瘡(じょくそう)の夜の 明けにけり
重力を 総身にて受く 梅雨の星

 大道寺将司は、2017年5月24日に処刑を待たずに病死した。
 68歳だった。

死者たちに 如何にして詫ぶ 赤とんぼ
人として あること哀し 梅一枝

nennieinszweidrei-ornamental-plum-7115659_1280
Annette MeyerによるPixabayからの画像





おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損















記事検索
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文