ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

読んだ本・マンガ

● 漫画:『古事記』1~7巻(久松文雄・画)

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2009年~2019年青林堂

 久松文雄は1943年名古屋生まれの漫画家。
 『スーパージェッター』『冒険ガボテン島』が代表作らしいが、ソルティは読んだことがない。
 癖のない見やすい揺るぎないデッサンとシンプルなコマ割りは、こうした歴史物の漫画化にはもってこいである。
 最終巻に収録されているインタビューにおいて「できるだけ原本に忠実に漫画化」したと言っているように、いたずらに脚色したり誇張したりしていないので、『古事記』のあらすじは知りたいけれど原典を読むのはちょっと億劫、という人にはおススメである。
 ソルティは通りがかりの古本屋で見つけて全巻1400円で購入した。(amazonでは1冊1,026円で販売されている)

古事記
現存する日本最古の歴史書。712年成立。3巻。
天武天皇の命により稗田阿礼 (ひえだのあれ) が暗誦。これを元明天皇の詔により太安万侶 (おおのやすまろ) が撰録したもの。
『帝紀』『旧辞』を検討し、その正説を定めるという編集の根本方針により、神代から推古天皇までを内容とし、天皇の支配による国家の建設という意図により構成されている。
(旺文社『日本史事典』三訂版より)

 書かれていることのどこまでがフィクションでどこからが史実か――という詮索は措いといて、ソルティがもっとも好きな話はヤマトタケル(日本武尊)伝説である。
 父王(景行天皇)に忠儀を尽くすもそのあまりの武勇によりかえって遠ざけられ、父の命令に従って西に東に平定のため駆け回り、いつの日か故郷に戻って父に誉められることを願いながら若くして客死し、白鳥になった英雄。
 ちょうど、『鎌倉殿の13人』の源頼朝(大泉洋)と弟の義経(菅田将暉)の関係を思わせる。
 悲劇の英雄こそ日本人の心の琴線をかき鳴らす。
 東宝映画『日本誕生』では、かの三船敏郎がヤマトタケルに扮し、強さのうちにも賢さと優しさを秘めた真っ直ぐな日本男児像をつくりあげている。まさにはまり役。

ヤマトタケル
三峰神社にあるヤマトタケル像(埼玉県秩父市)

 『古事記』はつまるところ、古代天皇家の系図と事績を記したものである。
 その意味で考えさせられるのは、第25代武烈天皇と第26代継体天皇の間の隔絶である。
 系図によるとこの二人――天皇は神の子孫なので「二柱」と呼ぶのが適切らしい――は、なんと十親等も離れているのである。
 今の皇室に置き換えるならば、令和天皇のあとを明治天皇の弟の孫の孫が継いだ見当になる。(実際に明治天皇の兄弟は早世しているので、その系統は存在しない。ちなみに評論家の竹田恒泰は明治天皇の娘のひ孫、すなわち女系の子孫である)
 これは第25代武烈天皇の周辺に男系資格者がいなかったからということらしいが、「そんな遠いところからわざわざ持ってきたのか!」とビックリする。
 いったい、自分の十親等にあたる親戚をたどれる人がいるだろうか?
 まさに国続させるために選ばれし帝だったのだ!

 ソルティが本コミックを購入した一番の理由は、旅行や山登りに行ってその土地の神社を詣でたときに「祀られている神様のことを知りたい」、すなわち「土地の古くからの信仰を知りたい」と思ったからである。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損



● 眠れぬ夜のしもべ 本:『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』(P・G・ウッドハウス著)

原著発表1916~1922年
2011年文春文庫(岩永正勝・小山太一邦訳)

 最近、よく眠れなくなった(気がする)。
 寝つきが悪くなり、眠りも浅い。
 若い頃のような「ぐっすり寝た」感覚が得られにくくなった。
 パターンとして、夕食1時間後に急な睡魔に襲われ、2時間ほど仮眠して、10時くらいに目が覚める。
 そのあとは明け方近くまで眠れないでいることが多い。

 といって、目がらんらんと冴えている、すっきりした頭で勉強するのに向いている、というような覚め具合ではなく、若干の不安と焦燥感を伴った(明日仕事がある夜はとくに)ぼーっとした意識状態にある。
 そんなときは漫画やミステリーなど肩の凝らない読み物の出番となる。
 英国の生んだ国民的ユーモア作家ウッドハウスの作品こそは、眠れぬ夜の最高の友人である。
 とりわけ、気は優しいがいささかオツムの弱い青年貴族バーティと、才気煥発なる執事ジーヴズのコンビが放つ上流階級ドタバタコメディは、眠れない不安と焦燥感を忘れさせてくれる面白さ。

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 本作は、森ヒカリの表紙デザインが素敵な文春文庫のウッドハウス・シリーズの一冊。
 ジーヴズものは他に「大胆不敵の巻」がある。

 収録されているのは、バーティとジーヴズの出会いを描いた『ジーヴズの春』、痛快などんでん返しミステリーの快作『ロヴィルの怪事件』、バーティの親友ビンゴがこともあろうに階級制度に反対する社会主義者の娘に恋してしまう『同志ビンゴ』、いつものバーティの一人称語りではなしにジーヴズが語り手となる『バーティ君の変心』など全7編、どれも抜群に面白かった。
 最初の一編くらいでやめておくつもりが、結局、全編(解説まで)読破してしまい、気づいたら朝刊を届けるバイクの音が窓の外に響いた。
 しまったー‼ 明日は仕事なのに完全寝不足だ~! 
 が、なんだか気分は良くなって、そのあとストンと眠りに落ちた。

 そういえば、コロナ世になってから寄席に行っていない。
 笑いが足りていなかったのかもしれん。

 ご主人とは馬のようなものであって、調教が肝心なのです。紳士に仕える紳士のうちにも、調教のこつを心得ているものもおれば、いないものもおります。幸いなことに私は、この点でなんら不足するものはありません。(by ジーヴズ、『バーティ君の変心』より)

 
おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 一俵の価値 本:『カムイ伝講義』(田中優子著)

2008年小学館

 田中優子は刊行当時、法政大学社会学部教授だった。
 江戸時代をテーマとする授業において白土三平『カムイ伝』を使用するという画期的な試みをした。
 その過程で生まれたのが本書である。

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 『カムイ伝』には江戸時代の庶民(百姓、穢多、非人、山の民、海の民、下級武士、商人など)が登場し、それぞれの生活の場がくわしく描かれる。
 稲作、麦作、綿花栽培、養蚕、マタギ、漁師、鉱山、林業、皮革産業、刑吏、肥料の商い・・・・・。
 それらは、庶民が日々生きるための仕事、食うための仕事であって、多くは厳しい自然との闘いが必須である。いわゆる第一次産業。
 白土の綿密な取材と、それぞれの仕事現場の風景や生産過程を読者にわかりやすく臨場感もって伝える画力の高さには脱帽するほかない。
 まさに、江戸時代の庶民を研究するに恰好の素材である。
 そこに目を付けた著者の慧眼は素晴らしい。
 
 本書は江戸時代の庶民の研究書であると同時に、江戸時代の庶民の暮らしを通じて現代の日本人を振り返る一種の社会評論であり、かつ、もっとも優れた『カムイ伝』の解説書と言える。

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 本書を読んで特に気づいたことの一つは、白土の『カムイ伝』(とくに第一部)が江戸時代の特定の時期の特定の場所(藩)をモデルとしているわけではなく、時間的にも空間的にも江戸時代全般にわたっているという点である。
 たとえば、第一部の主要舞台となる日置藩は、一応、江戸時代初期の地方藩という設定になってはいるが、そこで描かれる事件や文化や風習は江戸時代のいろいろな時期、いろいろな地方の出来事が混じり合って凝縮されていたのである。
 時代考証で言えば、「ザ・江戸時代」なのだ。
 
 いま一つは、この時代の武士の存在意義について。
 戦国時代が終わり曲がりなりにも天下泰平の世になって、多くの武士が存在意義を失った。
 厳しい身分制度や武家としての誇りのため、簡単に他の職業たとえば百姓や商人に鞍替えすることはできない。
 結果として、「約80%の農民が、5%の武士を養っていた」。
 それでも高給取りの上級武士たちはまだいい。扶持の少ない下級武士たちは家族を養うために様々な内職――寺子屋の講師、傘張り、行灯の絵付け、小鳥の飼育、金魚や鈴虫の繁殖など――をせざるをえなかった。
 文字通り「地に足を付け」大自然と闘い生産過程そのものを生き、不満が募れば一揆を立ち上げる百姓(農民、山の民、海の民など)の逞しさにくらべると、生産過程から離れたところで儒教精神に縛られた窮屈な生活を送り、上に反抗すれば「お家取潰し」の武士たちは、まさに生殺し状態。
 
 食べ物がどこから来るのか知らない、考えようともしない――これは何かに似ていないだろうか? そう、現代の日本人である。昼に食べた納豆の原料が、アメリカや中国から来るのを知らない。ペットの食べ物を誰がどこで作っているのか知らない。毛皮やダイヤモンドの背後に、どのような搾取構造が潜んでいるか知らない。現代の日本人はまるで、江戸時代の武士の人口がふくれあがったものであるかのように見える。

 穢多の仕事についてもそうだったが、江戸時代の人々の生き方と仕組みを見ていると、互いに必要不可欠な仕事をすることで社会が成り立っている。いなくていいのはむしろ武士だったかもしれない。一揆について考えるにはその視点が欠かせない。一揆は、搾取されているかわいそうな人々が貧しさに押し潰されて仕方なく起こしたのではなく、必要不可欠である自分たちの存在をもって、生活の有利を獲得するための方法であった。しかもその場合の生活とは個人生活である前に、生産共同体としての集落の生活だった。 

 第一次産業従事者が圧倒的に減った現代の「武士」である我々だが、少なくとも「一揆=デモ」を起こすことはできる。
 選挙で世の仕組みを変えることができる。
 一票は米一俵ほどの価値がある。

米俵

おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 本:『右翼は言論の敵か』(鈴木邦男著)  

2009年ちくま新書

 最寄り駅に街宣車がやって来た。
 一時間近く、大音量で檄を飛ばし、「9条廃止」「赤旗せん滅」と繰り返し唱和し、軍歌を流していた。
 現行憲法で保障されている言論・表現の自由があるので、どういった思想であれ、公共の場で喧伝する権利を認めるにやぶさかでないが、鼓膜を破るほどの大音量は騒音公害以外の何物でもない。
 演説場所から300mほど離れている我が家に居て、窓をぴったり閉めてさえ、うるさくて読書に集中できないほどだった。
 すぐそばの家や店の住人たちはたまらなかったろう。
 市民から「嫌われよう、憎まれよう」としているとしか思えない。
 ひょっとしたら、右翼の仮面をかぶった反保守・反自民組織による、逆効果を狙った戦略だったのかもしれない。
 ならば、とても成功したと思う。
 ソルティはその一時間でかなり左傾化した(笑)
 
騒音公害

 池上彰、佐藤優共著『真説 日本左翼史』(講談社現代新書)を皮切りにこのところ左翼に関する本を読み続けてきたが、やはり一方だけ学ぶのは片手落ちであろう。
 右翼についても少し齧ってみようと思った。
 とは言え、ここ数十年の右翼の思想家兼活動家としてソルティが名前を挙げられるのは、「在日特権を許さない市民の会」初代会長の桜井誠と、「一水会」現顧問の鈴木邦夫くらいである。前者は到底許容できる範囲にはいない。
 鈴木邦夫と一水会の名は『朝まで生テレビ』で右翼特集が組まれた90年代初頭から知っており、「これまでの右翼とはちょっと違う人」という印象は持っていた。
 何がどう違うかはよく分からなかったけれど、凝り固まった思想を持つ問答無用タイプの右翼とは違い、まともに議論できる理知の人というイメージをもった。
 本書の目次をざっと見たところ、戦前・戦後の代表的な右翼の大物についても紹介して、その生き様や言説を記している。
 右翼デビュー本としては手頃なのではないかと思った。
 
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 街宣車、軍歌、特攻服、旭日旗、ヤクザ(暴力団)、威嚇、改憲推進、天皇制護持、靖国賛美、北方領土問題、反共、三島由紀夫と楯の会、児玉誉士夫、笹川良一、日本会議、在特会、ヘイトスピーチ、権力(自民党、資本家)の番犬、ネトウヨ・・・・・。

 現在、大方の人が持つ右翼イメージはこんなところだろう。
 が、これらの多くは戦後の右翼に特徴的なものであって、戦前の右翼と共通するのは、天皇制護持と反共くらいのようだ。
 街宣車を発明したのは大日本愛国党の赤尾敏(1899-1990)で、昭和30年から平成2年まで続けていた銀座・数寄屋橋での街宣に端を発するらしい。
 社会人になったばかりのソルティは銀座で飲んだり映画を観に行ったりするたびに目の端にとらえていた。あのお爺ちゃんは銀座の日常風景と化していた。
 また、ヤクザと右翼が結託するようになったのは、戦後政財界の黒幕であった児玉誉士夫が、表と裏の世界をつなぐフィクサーとして君臨したことによると言う。

 右翼としての児玉がその実力をいかんなく発揮したのが岸政権下の60年安保のときだった。左翼運動の高揚に「左翼による革命前夜」と危機感を強めた右翼陣営は、政財界だけでなく裏社会にも顔の利く児玉を頼った。そこで児玉は、全国の親分衆に、「(任侠社会での)抗争を廃してお国旗のもとへ結集せよ」と呼びかけた。

 アイゼンハワー米大統領訪日反対運動の高まりに対抗して、警察力の不足を補うために、ヤクザやテキヤの大量動員が計画された。このとき、自民党幹部からの要請で、全国のヤクザに顔が利く大物親分を動かしたのが、児玉だった。

 いわば、ヤクザと右翼が一体化して時の政権に奉公するという動きがこのときから始まったのだ。それも体制側のお墨付きによってだ。

 なるほどそうだったのか・・・と納得がいったが、国家や巨大資本家といった体制側が組合や民衆運動をつぶすためにヤクザを利用すること自体は戦前にもあった。
 夏目雅子主演の映画『鬼龍院花子の生涯』や住井すゑ著『橋のない川』にも、そうした場面が描かれている。白土三平の『カムイ伝』に如実に描かれているように、社会から疎外されている者・忌み嫌われている者を手なずけて自らの番犬として使役することは、昔から権力がよく用いる手なのである。
 児玉はそれを組織的・全国的・徹底的に行ったのであろう。
 かくして、右翼=ヤクザ=自民党・資本家の犬、というイメージが刻印されてしまった。

 戦前の右翼思想家はみな資本主義体制に批判的だった。右翼は決して「資本家の犬」でないと、痛烈に資本家を批判する。そこが戦後の右翼との大きな違いだ。

 右翼は「反共」だというイメージがある。それは間違いないが、正確にいうと、マルクス・レーニン主義、ソ連・中国型の共産主義(体制)に対する「反共」であり「反社会主義」であって、広い意味でとらえると、すべての右翼が経済制度としての社会主義に反対していたわけではない。とくに戦前の右翼はそうだった。

 戦前の右翼運動は「国家革新運動」といわれたように、世直しの思想を持っていた。国家社会主義や農本主義の潮流が右翼のなかに存在した。

 戦前と戦後で右翼はずいぶん変貌したようだ。
 鈴木邦夫と一水会が「新右翼」として話題をさらったのは、まさに児玉誉士夫や笹川良一に代表されるような戦後の堕落した右翼に檄を入れようと、右翼の右翼たる原点に回帰しようとしたからであろう。
 ようやっと、一水会の位置づけが分かった。

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 さて、鈴木はこう書いている。

 もともと右翼は左翼との論争を嫌う。左翼は論理で迫るが、右翼は、天皇論、日本文化論などは日本人として当然の考え、常識と思っているし、それ以上に信仰的な確信をもっている。だから、左翼とははじめから相容れない。論争など無用と思っている。「言挙げ」を嫌うのだ。憂いや憤怒は和歌をつくって表現すればよい。(ゴチックはソルティ付す)


 右翼というものが上記の通りの存在であるなら、なにも左翼だけでなく誰であろうと、右翼と対話することは不可能である。言葉が通じない。
 キリスト教原理主義者やイスラム教原理主義者の例を見るまでもなく、自らの思想を絶対視して決して枉げない相手とは議論するだけ徒労である。
 自分が正しいと思い込んでいるのだから。

 ところが、右翼であるはずの鈴木邦夫は議論上手で、左右問わず、どんな相手とも対談してきた。
 テロを無くすには言論の場を確保すればいい、とさえ主張している。
 言葉の力を、対話の価値を信じているのだ。
 つまりそれは「人が変わる」可能性を信じているってことである。

 最近の鈴木邦夫についてネットで調べて驚いた。
 憲法改正に「待った!」をかけている。
 死刑廃止に賛同している。
 外国人参政権を支持している。
 反韓デモを批判している。
 立憲民主党の応援演説に立っている。
 もはや左の人と言ってもいいくらいではないか!
 なんていう面白い人だ!(新書のプロフィールに自らの住所と電話番号を載せているのも含めて)
 
 右翼は言論の敵か?
 鈴木の“転向?”ぶりから察するに、言論こそが右翼の敵なのだ。
 街宣車のあの切れ間のない大音量の主張攻勢は、他者との対話を阻もうとする必死の抵抗なのだろう。


おすすめ度 :★★★

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● 白土三平作画『カムイ伝』を読む 3

1964~1971年『月刊漫画ガロ』連載
1989年小学館叢書11~15巻

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 第一部完読。
 凄絶で希望のないラストに暗澹たる思いがした。
 グロテスクなまでの残虐と徹底的な正義の敗北に永井豪『デビルマン』を想起した。
 百姓一揆の首謀者たちが役人から拷問を受ける場面は、これほど名作の誉れ高くなければ今ならR指定受けそうなレベルである。まるでサド伯爵の小説のよう。
 愛着ある主要キャラたちがラストに向けてバタバタ殺されていくのも『デビルマン』に似ている。
 百姓のゴン、抜け忍の赤目、浪人の水無月右近には生きていてほしかった。
 第二部があるとはいえ、“夢が現実に負ける”後味の悪さは比類ない。

 第一部は『月刊ガロ』1964年12月号から1971年7月号までに連載された。
 これは社会的には戦後の左翼運動が盛り上がった時期と重なる。
 反ベトナム戦争、第二次日米安保闘争、学園紛争・・・・反体制の嵐が日本中を吹き荒れていた。
 『ガロ』の読者である若者たちは当然反体制だったから、圧政に虐げられる百姓や非人の立場に自らを置いて『カムイ伝』を読んでいたはずだし、作者であると同時に『ガロ』の生みの親であった白土三平が、自身の思想信条はおいといても、反体制側の意を汲んだ(読者の共感の得られる)作品を描こうとしたのは間違いあるまい。
 当時の読者は、江戸時代の「幕府(徳川)―藩(大名)―侍―商人―百姓」の姿に、リアルタイムの「アメリカ―日本政府(自民党)―役人―企業―庶民(自分たち)」の姿を投影したことだろう。
 そして、資本主義の悪を描いた作品と受け取ったであろうことは想像に難くない。
 
 その点を考慮すると、最終巻の発表された1971年という年は意味深である。
 つまり、1969年末に機動隊の投入によって学園紛争は鎮静化し、1970年6月に日米安保は自動延長となり、新左翼の過激な内ゲバやテロリズムなどで世論の風向きが変わり始めていた。
 資本家と結託した巨大で老獪な権力に庶民が立ち向かうことの困難があからさまになった一方、運動する者たちの間に疑心暗鬼や分裂や潰し合いが広がっていた。
 非人や百姓の生活向上のためにひたすら尽くしてきた庶民のヒーロー・正助が、共に闘ってきた仲間である百姓たちから「裏切者」とののしられリンチを受ける凄惨なラストは、衆愚に対する作者の絶望とともに、本作が時代を映す鏡のような位置まで高められていた消息を感じさせる。
 
 江戸時代の階級闘争と昭和時代のそれとをリンクさせたところに、この作品が伝説的存在となった理由の一端があるのだろう。
 その意味では令和の今だって十分通じる話なのであるが、お上の不正に対する庶民の怒り、声を上げる勇気、連帯する力は、江戸や昭和の頃より鈍っているやもしれない。
  
 いつか第二部を読む日が来るだろう。

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おすすめ度 :★★★★★

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● 四万十川の大文字焼き 本:『忍びの者 その正体』(筒井功著)


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2021年河出書房新社

 ソルティにとって忍者と言ったら、「サスケ、カムイ、赤影、花のピュンピュン丸、風車の弥七、服部半蔵、忍者ハットリくん」あたりであるが、ウィキ「忍者」の項をみると「忍者をテーマにした代表的な漫画は『NARUTO ーナルトー』」とあり、ちょっとビックリしてしまった。
 もはや『伊賀野カバ丸』ですらないのか・・・・。

 在野の民俗研究家・筒井によると、 
黒覆面に黒装束、背中に柄の長い直刀を負って、蜘蛛のように城の石垣を登ったり、「草木も眠る丑三つどき」に闇の中を風のように駆け抜けていく姿など虚像にすぎず、現実にはまず存在しなかったろう。

 漫画や映画やテレビ時代劇に描かれる忍者像は架空のものであり、歴史上(主に戦国時代)に暗躍した忍者の実像とはかけ離れているらしい。
 そもそも「忍者」という言葉ができたのも大正か昭和初期で、それまでは「忍び」「草」「悪党」「スッパ」などと呼ばれていた。(スッパが「すっぱ抜き」の語源とのこと。忍者の如く極秘情報を抜きとる、ということか)

 では、実在した忍びはどんな働きをしていたのか。

 忍びの仕事は大きく分けて、正規軍とは別に奇襲・遊撃隊を担当することと、いわゆる諜報活動の二つであったらしい。前者は、やや集団的で、ことの性質上、外部の目を完全に遮断することが難しいのに対して、後者はしばしば個別に行われ、かかわった当事者以外には何があったのかわからず、記録に残されることもまずない。

 わかりやすく現代風に言えば、「傭兵とスパイ」といったことになろう。
 いずれにせよ、忍びに関する学問的研究はこれまでほとんどされてこなかったようで、結果的に虚実入り混じった忍者像が独り歩きしているのである。
 2017年三重大学に国際忍者研究センターが設立され、2018年同大学に日本初の専門科目「忍者・忍術学」が導入されたというから、今後の調査研究によって忍びの実像が露わになっていくことが期待される。

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 そういうわけで、本書の内容も忍びについて総論的に語るのでなく、各論となっているのは止むをえまい。
 信頼性の高い資料から史実と認められる戦国時代の4つの忍びのケースが取り上げられている。
 章題をそのまま用いると、
  
第1章 北条氏配下の忍び軍団「風間一党」のこと
 もちろんこれは『鎌倉殿の13人』に出てくる執権・北条氏ではなく、戦国大名で関東を一時支配した後北条氏(小田原北条氏)のこと。北条氏が傭兵として要所に配していたならず者部隊が、のちに風魔小太郎伝説で有名となった風間一党である。

第2章 一条兼定へ放たれた忍び植田次兵衛のこと
 土佐(高知県)の有力大名であった一条兼定が、新勢力の長宗我部元親の放った刺客・入江左近により瀕死の重傷を負った。入江左近の手伝いをした忍びが猿回しの植田次兵衛である。

第3章 伊賀・甲賀の忍びとは、どんな集団だったか
 忍者の里と言えば伊賀・甲賀であるが、なぜこの二つが忍びで有名になったかを、今も当地に数多くの遺構が残る方形土塁の武家屋敷を手がかりに推理する。

第4章 伊達氏の「黒脛巾(くろはばき)組」と会津・摺上原の合戦
 伊達政宗が使役していたと言われる忍び部隊「黒脛巾組」は本当にあったのか、どんな働きをしていたのか。政宗の晩年に仕えていた小姓・木村右衛門の覚書から探る。
 
 1章と3章が傭兵的な忍び、2章と4章がスパイ的な忍びのケースと言えるだろう。
 いずれのケースも、複数の古い資料の読解と照合をもとに、筒井の柔軟にして洞察力に満ちた推理が組み立てられていく。
 歴史ミステリーの面白さを存分味わえる。

手裏剣

 中でもっとも筒井が関心を抱き、力を注いで取材や資料調査を行っているのは、一条兼定暗殺事件を扱った第2章である。
 本書中の白眉と言える面白さだった。
 
 一条兼定(1543-85)は土佐一条家の4代目当主であるが、名前から推察されるように、一条氏はもともと京都に長く住み代々の天皇を補佐した上級貴族であった。
 関白の地位まで登った一条教房が応仁の乱の戦火を逃れ、土佐の領地に都落ちしたのがことのはじまり。
 息子の房家が土佐一条の初代となり、房冬、房本と、土佐最強の大名家として名を馳せる。
 が、4代目兼定のときに最大の敵・長宗我部元親(1539-99)が現れる。
 土佐一国のみならず四国支配を狙う元親は、兼定を亡きものにしようと謀り、もともと一条家の重臣だった入江左近を手なずけて味方に引き入れる。
 そうとは知らない兼定は、「累代主従の厚恩」を口にして潜伏中の島を訪れた左近をこころよく受け入れて、一献交わしてしまう。
 その夜、暗殺事件は起こったのである。
 入江左近は恩ある主人を裏切った不届きものとして今も評判良ろしくないようである。

 筒井の『猿まわし 被差別の民俗学』(河出書房新社)に詳しいが、猿回しは当時、各地を歩き回りながら牛馬の祈祷を専らとした賤民であった。
 土地勘すぐれ、厩を持つ武家屋敷に入り込みやすく、馬の扱いにも長けた猿回しは、忍びとして恰好の存在だったろう。
 植田次兵衛は、入江左近の指図のもと謀略を助けたのである。
 
 この話が史実らしいのは、高知県の四万十川近くの山中に猿飼という名の村が今もあり、そこの住人たちの姓は最近まですべて植田だった。しかも次のような村の言い伝えが残っている。
「先祖の植田次兵衛は入江左近の家来だった人で、一条の殿様の暗殺に手を貸した。だから、この村の者は中村(現・四万十市中村町)にある一条神社にお参りしない」
 ぬあんて面白いんだ!
 
四万十川
四万十川

 四国遍路で高知県を歩いていた時のこと。
 四万十川を越えてしばらく行ったところで、ソルティの足は止まった。
 遍路道の右手に大文字山が見えたのである!
 伐採されて裸になった山の斜面に、くっきりと「大」の字が浮かび上がっている。
 場所が場所だけに、とうてい観光目的とも地域のお祭りのために作ったとも思えない。
 「なぜこんなところに大文字山が???」
 不思議な思いでシャッターを切った。

大文字山(高知) (2)

 その先に看板があった。

大文字山の送り火
今から五百有余年前、前関白一条教房公は、京都の戦乱をさけて家領の中村に下向され、京に模した町づくりを行った。東山、鴨川、祇園等京都にちなんだ地名をはじめ、町並みも中村御所(現在は一条神社)を中心に碁盤状に整然と整備し、当時の中村は土佐の国府として栄えた。
この大文字山の送り火も、土佐一条家二代目の房家が祖父兼良、父教房の精霊を送るとともに、みやびやかな京都に対する思慕の念から始めたと、この間崎地区では言い伝えられている。現在も旧盆の十六日には、間崎地区の人々の手によって五百年の伝統は受け継がれている。
高知県環境共生課


 土佐一条時代の中村は、「土佐の京都」「小京都」と呼ばれていたという。
 4代目兼定の死をもって土佐一条家は滅亡したが、大文字は500年の時を越えて残り、今も道行く遍路たちを見守っている。





おすすめ度 :★★★

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● 本:『四国辺土 幻の草遍路と路地巡礼』(上原善広著)

2021年KADOKAWA

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 『今日もあの子が机にいない』『断薬記』と上原の本が続いているが、本作こそまさにソルティのツボにはまった一作。
 むろん、自分が四国歩き遍路をしているからである。
 本文に出てくる地名や札所の名前から周辺の情景がさあっと目の前に立ち上がってくるし、著者が5年かけて歩いたという遍路旅のいろんなエピソードも、似たような経験をしているので、「うんうん、わかる」「そうそう」と共感を持てる部分が少なくない。
 呪縛されたように読んだ。
 
 上原が四国を歩こうと思ったきっかけは、『断薬記』に書かれているように、睡眠薬依存からの脱却を願ってのことだった。
 たしかに、新鮮な空気を吸いながら美しい風景の中を毎日20~30キロ歩いていれば、よく眠れるようになる。
 そこで四国遍路のことをあれこれ調べているうちに、本書のテーマが育ったらしい。
 それは大きく3つに分かれる。
 
 一つ目は、上原の十八番ともいえる路地、いわゆる(元)被差別部落をめぐるルポ。
 四国の路地は遍路沿いに多く存在しているので、その来歴や現状をスケッチする。
 大宅壮一ノンフィクション賞を取った『日本の路地を旅する』の四国遍路版といったところか。
 
 私が乞うのは米や金でなく、多くは路傍に落ちている小さく悲しい話だ。四国を旅しながら路地を回り、いろいろな人に話を乞うてまわろうと思った。遍路道沿いに落ちこぼれている話を乞いながら巡礼しよう、それが私のへんど旅になるのだと。 

 ここではやはり、100年前の福田村事件で朝鮮人と間違われて虐殺された行商人グループの故郷、香川県の路地(70番本山寺付近)を訪ね、「福田村事件真相調査会」の会長であった人物に話を聞くくだりが興味深い。
 
 犠牲者の遺体はすべて川に流されたため、今も香川の路地にある墓には遺骨が入っていない。 

本山寺
第70番本山寺


本山寺付近
本山寺付近の遍路道沿いの風景
 
 二つ目は、草遍路――すなわち四国巡礼が日常とも生き方ともなっている乞食遍路(「へんど」と言う)――についてのルポ。
 ソルティも数人見かけた。
 たいがいが、大きなリヤカーやキャスター付きのカートにてんこ盛りの荷物を積んで歩いていた。
 一種異様な近寄りがたい雰囲気があり、会話することはなかった。
 中には明らかに精神疾患を抱えているらしく、独り言をわめきながらリヤカーを引いている男もいた(結願寺近かったので喜びの誦経だったのかもしれないが)。
 また、草遍路ではないが、お四国病と言って、四国遍路に憑りつかれ暇あれば歩きにやって来る人も多かった。
 そういう人たちの納経帳は御朱印で真っ赤だった。

 本書で上原は、幸月とヒロユキという2人の草遍路について詳しく取り上げている。
 NHK「にんげんドキュメント」に出演したほどの名物へんどになったものの、こともあろうに番組出演がきっかけとなって、過去に起こした傷害事件がばれて逮捕されてしまった幸月。筑豊に生まれ、少年時代から窃盗を繰り返し鑑別所や刑務所の常連、戦時中は志願兵としてジャングルで闘い、戦後は闇市の売人、山谷の日雇いから土建業、その波乱万丈の生涯は昭和史そのもの。
 一方、不登校から親に精神病院に入れられた過去を持ち、どこの職場でも人間関係がうまくいかず釜ヶ崎でホームレス生活20年、還暦をこえてやっと四国遍路に安住の地を見出したヒロユキ。
 対照的な性格や来歴をもつ2人が、同じ四国遍路ですれ違い、同じ篤志家の世話になったのはどういった因縁によるものか。 
 上原はヒロユキを托鉢の師匠と仰ぎ、托鉢作法を習い、お椀をもって遍路沿いのスーパーに立つ。
 初心者の上原がなぜか師匠より多く稼いでしまい、プライドを傷つけられたヒロユキが電飾を使ったパフォーマンスを繰り広げて屈辱を晴らす場面がおかしかった。

 三つめは、上原自身の遍路旅の実況ルポ。
 旅の途上でのハプニングや、同宿の遍路仲間やお接待してくれた土地の人々との交流などが描かれる。
 四国遍路の歴史やあちこちの札所や遍路宿や名所のこぼれ話にも興味が尽きない。
 本を書くという目的あっての遍路とは言え、行く先々で面白い人と出会い、風変りな話や味わい深い話を引きだしてしまう上原の才能に感心する。
 ソルティももっと気持ちの余裕と体力あったら、善根宿やお寺の通夜堂に泊まって、いろいろな人の話を聞きたかったが、まずは1400キロ歩き通すのが先決だった。
 次の機会あれば・・・・(こうしてお四国病になっていく)

 本書を読んで改めて思った。
 四国遍路の深さというのは、つまるところ人間の業の深さなのだ。
 道もアクセスも情報ツールも昔よりずっと良くなり、観光化・国際化・カジュアル化・アスレチック化・RPG化しているのは間違いないところだけれど、底流にあるのは生きることの苦しさ・空しさ・哀しさに惑う人々が織りなす長い長い負の歴史であり、お大師様信仰による浄化や許しや悟りを乞う祈りの道なのである。
 ソルティの四国遍路は、深い河の表面をわずかに掠めただけであったけれど、足先についた河のしずくによって、河そのものとつながってしまったような気がしている。

自撮り(遍路姿影)




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 歴史リテラシー 本:『百姓の江戸時代』(田中圭一著)

2001年ちくま新書

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 田中圭一(1931-2018)は新潟県佐渡生まれの歴史学者。高校教諭を経て、筑波大学、群馬県立女子大学の教授を歴任。専門は近世史。
 「どこかで聞いたような名前・・・・」と思ったら、『うつヌケ』『ペンと箸』の漫画家と同姓同名であった。

 『日本の歴史をよみなおす』を書いて「日本は農業中心社会」「百姓=農民」という固定観念を打ち破った網野善彦同様、本書において田中圭一もまた、江戸時代について、あるいは江戸時代の百姓について、我々が歴史の授業で習いテレビ時代劇で補強された固定イメージを払拭せんとしている。

 これまで、江戸時代は封建支配者が暴力的・強制的、あるいは経済外的な強制によって、無権利の人民に対して法と制度を押しつけ、庶民はその暴政のもと、悪法に苦しみ、ときには法に反抗しながら270年を経過した、と考えられてきた。わたしはそうした歴史理解について、いささか考えを異にする。
 村を回っていると、庶民は力を合わせて耕地をひらき、広い屋敷と家をもち、社を建て、大きな寺院を建てている。百姓の子弟の多くは字を読み、計算をし、諸国を旅した者も多い。婚礼の献立は驚くほど立派である。日頃の粗食は貧しさだけが理由ではない。それは生活信条なのである。一口に言って、百姓は元気なのである。

 日本の江戸時代史を勉強する上で、これまで欠けていた点を一つ挙げるとするなら、百姓・町人を歴史の主役としてみることがなかったという点だ。あらゆる禁令や制度を支配者の意志による政策として疑わなかった。だから、法と制度だけで歴史をえがいてしまったのである。

 田中がこのような結論をもつに至ったのは、新潟県史編纂事業のため、幕府最大の直轄領であった佐渡の260に及ぶ村の資料調査を行ったことがきっかけらしい。
 国に残る支配者寄りの資料ではなく、村々に残る庶民寄りの資料――地域の実態を細やかに示し、文面から庶民の肉声が聴こえてくるような――を丁寧に読み込むことで、これまで多くの歴史学者が語ってきたのとは相貌を異にする江戸時代像、百姓像が浮かび上がって来たのである。
 天意でなく民意を汲んだ歴史学ってところか。
 百姓の訴状により勘定奉行がクビになった例とか、百姓一揆が幕府の理不尽で一方的な契約違反に対する民衆運動であったとか、著者が資料と共に示す様々な事例を読むと、これまで自分が江戸時代の百姓を「愚かで無力で情動に生きる子供のような存在」として捉えてきた安直さに気づかされる。
 たしかに一口に江戸時代といっても、初期と中期と後期とでは変化があって当然であるし、地域差も無視できないだろう。 

 網野史学や田中史学が、中世史や近世史の研究フィールドにどういう影響を及ぼし、現在どういう評価を得ているか、歴史の教科書にどう反映されてきたかは知るところでない。
 が、歴史教科書の内容が、時の権力の都合のいいように捻じ曲げられてしまう実態は、ドキュメンタリー映画『教育と愛国』で明らかである。
 「誰が、どのよう意図をもって、どんな資料をもとに、歴史を語っているか」
 歴史リテラシー能力を高める必要性を感じた。





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 白土三平作画『カムイ伝』を読む 2

1964~1971年『月刊漫画ガロ』連載
1988~1989年小学館叢書6~10巻

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 最近『ゴールデンカムイ』という漫画が人気らしいが、これは白土の『カムイ伝』とはまったく関係ないらしい。江戸時代が舞台でもないし、忍者物でもない。
 ウィキによれば、『週刊ヤング・ジャンプ』に掲載されていた野田サトルの作品で、明治末期の北海道・樺太を舞台にした金塊をめぐるサバイバル・バトルという。
 主人公は元陸軍兵とアイヌの少女で、カムイとはアイヌ語で「神」なのであった。
 ゴールデンカムイ=金の神=金塊ってことか・・・・。
 面白そうなので、そのうち機会あったら読んでみたい。

 カムイがアイヌ語とは気づかなかった。
 となると、『カムイ伝』の舞台は東北あたり?
 たしかに正助の暮らしている日置藩の村の名は花巻である。
 冬には雪がそれなりに積もっている。
 岩手県なのか?

 しかし読み進めていくと、海には鯨が泳いでいるし、寒さに弱い綿花の栽培も行っている。
 ネットで調べてみたら、大阪の岸和田という説や紀州和歌山という説もあった。
 白土はあまり細かく設定しないで描き始めたようだ。

 白土の性格なのか月刊連載だったためなのか分からないが、『カムイ伝』の話の設定や構成自体はかなり大まかなところがある。(カムイが双子だったのにはびっくり)
 登場人物が多いうえに話があちこち飛ぶ。場所だけでなく時間も飛ぶ。
 すっかり忘れた頃に途中で終わったエピソードの続きが出てくるので、「ああ、そうだった。この一騎打ちは途中で終わっていたんだっけ・・・」と思うようなことも多々ある。
 リアルタイムで連載で読んでいた人は、よく話についていけたなあと思う。
 10巻まで読んできて、ソルティは誰が味方で誰が敵なのか、誰が非人で誰が百姓なのか、誰と誰が血縁関係にあるのか、よく分からなくなってきた。
 ウィキ『カムイ伝』の登場人物一覧をプリントアウトして、コミックに挟んで読んでいる。
 
 それにしても、白土の絵はクセがすごい
 絵の上手さはこの時代の漫画家としては当然のこととして、個性が際立っている!
 これほどアクの強いタッチには滅多にお目にかかれまい。
 非人や百姓の暮らしぶり、人が斬られる場面(体の一部が千切れる絵が多いこと!)、それに弱肉強食の自然界の描写には残酷なまでに生々しいリアリティがあるのだが、それらも含めて作品全体が墨絵のようなスタイルで統一されている。
 それが、江戸時代の農村を描いた話というレベルを超えて、なにか壮大な寓話めいた印象を作品に付与している。
 あくまでも白土ワールドの中の江戸時代であり、士農工商であり、非人であり、忍者であり、男であり女であるのだ。
 フランスの文豪バルザックは、自らの小説中の人物をあまりにリアルに創造したため、晩年には自らの創作したキャラと現実世界の人間との区別がつかなかったと聞いたことがある。自らバルザック・ワールドを生きていたのだ。
 白土もまたそうだったのではなかろうか。
 
 カムイたちが使う忍術の物理的あり得なさ(たとえば分身の術)や、どうしたってバレて当然と思われる変装に相手がいとも簡単に騙されてしまう不可解さ(たとえばカムイ=美形剣士・鏡隼人)――こういった漫画ならではの奇想天外な非リアリズムと、封建社会の矛盾を突く写実的リアリズムとが両立しうるのは、読む者もまた白土ワールドの住人になってしまうからだろう。
 

 
 
 
 

● 本:『断薬記 私がうつ病の薬をやめた理由』(上原善広著)

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2020年新潮新書

 高齢者介護施設で働き始めたときにソルティが驚きあきれたことの一つは、入居者が日々飲んでいる薬の多さであった。
 毎食後10錠、一日20~30錠はあたりまえで、「こんなにいろんな薬をいっぺんに体に入れて大丈夫なのか?」と不審に思いながら服薬介助を行なっていた。
 介助拒否ある認知症の人に薬を飲んでもらうのは実にたいへんで、なだめすかしたり、機嫌がよくなるまで待ったり、甘味のついたゼリーに包めて口に運んだり、(推奨できないことではあるが)錠剤をつぶして食事に混ぜ込んだり、苦労したものである。

 介護施設にいる高齢者は複数の病気を持っている人がほとんどで、薬もそれぞれの病気や症状に対応したものが複数処方されている。それぞれの薬には多かれ少なかれ副作用があるので、副作用を抑えるための薬も処方される。そのうえに、多くの人に下剤がついている。
 大小さまざまのカラフルな薬が入った透明な袋がフロアの人数分、服薬ケースにびっしり収まっているのを見ると、「これだけの服薬介助を食事時間が終了するまでに、ひとつの誤薬も落薬もなくやらなくちゃいけないのか・・・」と毎回緊張したものである。
 それぞれの薬についての副作用はわかっていても、複数の異なった薬を併用することによる心身への影響はどうなのだろう?――そう思いながらも一介の介護職が医師や看護師に意見できるものではない。
 かくして、薬漬けの老人たちを作り出して製薬会社の売り上げに貢献していた。

 ソルティの知り合いでホスピスに入所している95歳のA子さんが、ちょっと前に危篤に近いところまでいった。
 数日間寝たきりで食欲もなく、意識が低迷し、看病していたスタッフから「もう危ないかもしれない」と連絡が入った。
 これが最後の機会になると思い、A子さんの好きなイチゴを買って会いに出かけた。
 やせ細って気力をすっかり失ったA子さんは会話するのも億劫らしく、こちらの問いかけに小さく頷くのがやっと。元気に好きな演歌を歌っていた頃の面影もない。
 それでもイチゴを見せると「食べたい」という仕草を示した。
 砂糖と牛乳をかけてスプーンですりつぶしたイチゴを口元に持っていくと、美味しそうに数口食べてくれた。
 (A子さん、さようなら)と心の中でつぶやいて、部屋をあとにした。
 数日後、様子を聞くため施設に電話を入れた。
 「あれから復活して、すっかり元気になってバリバリ歌ってますよ」とスタッフ。
 思わず、「ええっ! 死ななかったの!?」
 スタッフは笑いながら教えてくれた。
 「どうせもう最期だからって、飲んでいた薬をすべてストップしたら元気になっちゃったのよ」

薬の袋

 上原善広は2010年に双極性障害いわゆる躁うつ病と診断され、医師に言われるまま多量の薬を飲み始めた。
 が、執筆意欲の減退や記憶の欠落、勃起障害などの副作用に苦しめられたあげく、三度の自殺未遂を起こす。
 ここに至って薬の効果に疑問を持ち始め、減薬に挑み、断薬を目指す決心をする。
 すると今度は、断酒中のアルコール依存症患者やシャブ抜きする覚醒剤常用者が経験するのと同じような苦しい離脱症状(禁断症状)に見舞われる。
 すっかり向精神薬や睡眠薬の依存症になっていたのだ。
 減薬を提唱する専門医師の協力のもと、四国遍路したりSNSを止めたり草津温泉で湯治したり、「三歩進んで二歩下がる」試行錯誤をしながら完全な断薬に至るまでの経緯が、赤裸々に記されている。

 これはそのまま、上原個人の体験談として読むのが良かろう。
 向精神薬や睡眠薬のおかげで、なんとか日常生活が保たれている患者も少なくないであろうから、参考にはできても一般化することはできまい。
 上原自身も書いているとおり、薬の影響については個人差は無視できない。
 大切なのは、安易に薬に頼る薬信仰は捨てて、「自分の身は医師や薬が守ってくれるのではなく、基本的には自分自身で守っていくしかない」と自覚することなのだ。

 むしろソルティが興味深く読んだのは、本書に垣間見られる上原自身と周囲の人間(特に女性)との関係性である。 
 「ずいぶん周りを振り回す人だなあ」と思った。
 自殺未遂などその最たるもので、死ぬなら自分一人で静かに死んでいけばいいものを、わざわざ夜中に昔の女に電話して「これから死ぬ」と宣言してから連絡を絶ち、相手を不安にさせて巻き込むようなことをやっている。
 境界性パーソナリティ障害の事例を読んでいるような印象を受けた。
 『今日もあの子が机にいない』を読めば、上原が暴力的な家庭で育ったこと、被虐待児であったことは明らかである。精神的な安定を育むのは難しかったろう。
 子供の頃に親に振り回されたうっぷんを、大人になったいま、周囲を振り回すことで晴らしているかのように見える。
 あるいは、周囲がどこまで「こんな自分」についてきてくれるかで、自分に対する周囲の愛情を試しているかのように見える。
 上原自身もそこに気づいているのだろう。

 振り返れば、自分が薬を飲み始めた経緯と、取材した結果を照らし合わせてみると、やはり第一に、自分の性格と生き方、生活環境に問題があったのだと思わざるを得ない。

 「しんどい人生を背負ったなあ」と思いはするが、一方で彼の場合、その「しんどさ」がノンフィクション作家としてのメリット(売り)にも活力源にもなっているのは間違いない。
 読み手をぐいぐい引っ張る筆力はここでも健在であった。

 



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 7

第1~13巻(1922~1940年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

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 前回6で『チボー家』の記事は終わりにするつもりだったが、全巻読み終わって(ブログを書き終わって)しばらくしてから、何か言い足りないことがあるような気がした。
 それは、「『チボー家』にはチボー(希望)がない」と言い切ってしまったことで、この作品が読むに値するものではないと思わせてしまうのではないか、という懸念と関連している。
 それはソルティの本意ではない。

 『チボー家の人々』はストーリー性豊かで面白いし、キャラクターがよく描けているので登場人物たちに愛着もてるし、青春について、恋愛について、家族について、戦争について、国家について、死について、生きる意味について、深く考えさせてくれる堂々の大河ドラマ、オールマイティ小説である。
 青春や恋愛や家族関係が主題となる前半に比べ、社会主義思想や第一次世界大戦がテーマとなる後半は内容的にも用語的にも難しく、とくに死を前にしたアントワーヌの内面を描く最終巻は思弁的・哲学的になる。
 言ってみれば、第1~7巻は中学~大学生レベル、第8~11巻は社会人レベル、第12~13巻は脱世間レベルといった趣き。
 読み手のレベルによっては、途中挫折もやむを得ないかもしれない。
 だんだんと深みを増していく小説なのである。 

 つまりそれは、主役であるアントワーヌの成長過程に即しているからである。
 アントワーヌの精神的成長に応じて内容も深化していく、あるいは世界情勢と身の上の深刻度に応じてアントワーヌの精神的成長が深まっていく。
 この物語の大きなテーマの一つは、アントワーヌという一人の男の精神的成長を描くことを通じて、「人間の成熟とはなにか?」を問うているところにあると思う。

 医師としての世間的成功と栄達だけを目的とし信仰心を持たない俗物的人間であったアントワーヌは、ラシェルとの恋愛によって世間に対する目がひらかれていく。
 医師として実力と自信を身に着け、父親の遺産で思い通りの生活を送れるようになったアントワーヌは、自分でも気づかぬうちに、伝統と慣習に固まった父親そっくりの保守主義者になる。人妻との浮気もお手のもの。
 が、第一次大戦が勃発し兵に取られ、戦場の悲惨を身をもって知ることで、人生観が一変する。
 自ら瀕死の患者となったことで、戦争の愚かさや国家の詐欺、ナショナリズムの馬鹿らしさを痛感する。
 個人的成功と栄誉のために生きてきた半生を後悔し、ようやく弟ジャックの生き方を理解し始める。
 だが、それももう遅い。
 医師である彼には自らの寿命の長くないことがわかる。 
 残り少ない時間のなか、アントワーヌは生きる意味について考える。
 
 《人生の意味いかん?》こうした無益な質問を、全面的に払いのけることはとうていできるものではない。このおれ自身にしても、わが身の過去を反芻しながら、いくたびとなく、こうわれとわが胸にたずねているのに気がつく。《それは何を意味しているのだろう?》と。
 ところで、それは、何を意味してもいないのだ。何一つ意味してなんぞいないのだ。こうした事実をみとめること、それははじめちょっとむずかしい。それというのも、骨の髄までしみこんだ、十八世紀間にわたるキリスト教というやつがあるからなのだ。だが、考えれば考えるだけ、そして、身のまわり、心の中をはっきりみつめればみつめるだけ、《それが何も意味していない》ことの明白な事実に直面せずにはいられない。何百万何千万という人間がこの地殻の上に生みだされ、それがほんの一瞬蠢動したと見るまに、やがて解体し、姿を消し、ほかの何百万何千万に取ってかわられる。しかも、そうやって取ってかわったものも、あすになれば解体する。そうしたつかの間の出現、それにはなんの《意味》もないのだ。人生には意味がない。そして、そうした仮の世にはかなく生きているあいだ、せめては不幸を少なくしようとつとめる以外、そこにはなんの意味もないのだ・・・・ 

 人間の《成熟した精神》がこのような結論に至るのは一種の不条理であろう。
 つまるところ、そこに信仰が、宗教が、介入する隙が生まれる。
 アントワーヌとジャックの父であるチボー氏は、神や天国を信じていたがゆえに、その死に際してすがるものを持ち得た。
 一方、神と決別したジャックもアントワーヌも、不条理のうちに死んでいくほかなかった。
 
 20世紀初頭にデュ・ガールが到達し小説の形で見事に描ききったこの「哲学的命題」は、答えのないままに21世紀に持ち越されている。
 だから、本小説は読み継がれる価値をいささかも失っていないのである。
 
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● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 6

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第12、13巻『エピローグ』(1940年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 ついに全巻踏破!
 二か月くらいはかかると思っていたら、一ヶ月で達成した。
 ゴールデンウィーク中の乗りテツ読書が効いたとは思うが、なにより小説自体が面白くて、ぐいぐいページが進んだ。
 第一次世界大戦が背景となる第8巻からは、ウクライナとロシアをめぐる2022年現在の世界情勢や国内事情と重なる部分が多く、はんぱない臨場感と危機感を持って読まざるを得なかった。
 まさに今、この書を読むことの意義をびんびん感じた。
 本との出会いにも、然るべきタイミングがあるのだ。

 第12巻では、前巻のジャックの壮絶なる死から4年後(1918年)の主要人物たちの現状が描かれる。視点はチボー家の長男アントワーヌである。
 世界大戦は泥沼化し、フランスにも多くの死者・負傷者が出ている。
 アントワーヌはドイツ軍の毒ガス攻撃に肺をやられ、戦場を離れて入院療養中。会話するのも苦しいほどの重症である。
 ダニエルは太腿を撃たれて片足切断。メーゾン・ラフィットの家に戻って無為徒食の生活を送っている。自堕落の原因は実は性機能喪失にあった。
 ダニエルの母フォンタナン夫人は、チボー家の別荘を借りて戦時病院に改装し、責任者として切り盛りしている。生来の奉仕的資質と固い信仰が十全に発揮される場、すなわち生きがいをついに見出した。
 その病院で、アントワーヌの血のつながらない妹ジゼールは看護婦としてばりばり働いている。
 ジェンニーは、ジャックとの愛の結晶でありジャックそっくりな息子ジャン・ポールを立派に育てあげることに日々腐心している。

 総じて、男たちは失意や絶望や惨めさの中に置かれ、女たちは溌剌たる充実の中に生きている。「戦後女が強くなった」の言葉通り。
 だが、闘いはまだ続いておりフランスは敗けたわけじゃない。勝利の日は近い。
 国家が戦に勝とうが敗けようが、死や負傷や貧困という形でもっとも被害を受けるのは庶民にほかならない。戦場に行かない上つ方は、痛くも痒くもない。
 戦争に勝ち負けはない。それは人類すべての敗北である。

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 最終巻はほぼ甥のジャン・ポールに向けられたアントワーヌの遺書であり、フランスを含む連合国側の勝利と国際連盟設立の近いなか、アントワーヌは自らの手で安楽死を決行する。
 こうして、チボー家の父と二人の息子は亡くなり、フォンタナン家の一人息子は子供を持つことができなくなり、未来への希望は両家の血を受け継いだジャン・ポールに引き継がれるところで、物語は終わる。
 アントワーヌは日記にこう書く。

 《なんのために生き、なんのためにはたらき、なんのために最善をつくすか?》 おまえ(ソルティ注:ジャン・ポール)のいだくであろうこうした問題には、もう少し積極的な答えができるのだ。
 なんのために? それは過去と将来のためなのだ。父や子供たちのためなのだ。自分自身がその一環をなしているくさりのためなのだ・・・・連続を確保するため・・・・みずからの受けたものを、後に来る者へわたすため――それをもっと良いものにし、さらに豊かなものにしてわたすためなのだ。

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 前回の記事でソルティは、「『チボー家』にはチボー(希望)がない」と書いたが、やはりこの大河小説から希望の光を見つけるのは難しいと思う。
 死を前にしたアントワーヌは、戦争の終結およびアメリカのウィルソン大統領が提唱した国際連盟に希望を託しているが、これを書いている時点(1936年)のデュ・ガールは、むろん国際連盟が当のアメリカの不参加や日本・ドイツの脱退などで有名無実化していることを知っていた。ドイツのヒトラー出現とナチス独裁を知っていた。第二次大戦のせまる足音をその耳にとらえていた。
 ジャックそっくりのジャン・ポールが、第二次大戦にあたって父親同様の行動=良心的兵役拒否をとることは容易に想像される。ジャック同様の最期が待ち受けているだろう。(実際、フランスで2003年に制作されたドラマ版ではジャン・ポールはレジスタンス活動により処刑されるらしい。チボー家の血は絶たれたのだ)
 アントワーヌの希望が裏切られることをデュ・ガールは知っていたし、当時の読者も知っていた。
 現在の読者である我々はさらに、アウシュビッツ、広島・長崎原爆投下、ソ連や中国に見る共産主義の失敗、ベトナム戦争、湾岸戦争、ロシアのウクライナ侵攻、国際連合の無力なども知っている。
 とりわけ、プロレタリア革命による共産主義社会を夢見たジャックの希望が、文字通り夢でしかなかったことを知っている。
 どこにチボー(希望)があると言うのか?
 
 20世紀初頭のあるフランス人家族の物語あるいは3人の青年の青春群像で始まった本書は、途中から深遠なる戦争文学に発展し、最終的に不条理文学あるいは『平家物語』ばりの無常絵巻へ落着する。
 おそらく、発表当時の読者よりも2022年の読者のほうが、この小説を自らの近くに引き寄せて味読できるであろうし、デュ・ガールの世界観を深く理解・共感できると思う。
 100年寝かされて、いま飲み頃になったフランスワインのように。

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Kim BlomqvistによるPixabayからの画像



おすすめ度 :★★★★★


★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 白土三平作画『カムイ伝』を読む 1

1964~1971年『月刊漫画ガロ』連載
1988年小学館叢書1~5巻

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 「いつか時間があったら読もう」と思っていたボリュームある小説や漫画のうちの一つであった。
 『神聖喜劇(漫画版)』といい『橋のない川』といい『チボー家の人々』といい、ソルティにとって今がその「いつか」らしい。
 間に合ってよかった(何に?)

 白土三平と言えば、子供の頃再放送されるたびに観たTVアニメの『サスケ』と『カムイ外伝』、つまり江戸時代の忍法漫画のイメージが強く、本作もまたタイトルからして当然その系列と思っていたのだが、5巻まで読んだところでは、“苛烈な封建社会に対するアジテーション”が中心テーマのようである。
 もちろん、非人あらため忍者カムイは主役の一人で、忍術を駆使した剣士や忍者とのスリリングな闘いシーンは出てくるし、忍者社会の厳しい掟(とくに“抜け忍”に対する)も語られている。
 そこは上記のテレビアニメと同様のアクション漫画としての面白さがある。(「解説しよう」で始まる忍法の種明かしこそないが・・・)
 
 カムイ以上に目立っているのは、下人(百姓と非人の間の身分で畑をもつことができない)の生まれながらも、才覚と勇気と根性で百姓に這い上がった正助である。
 下人仲間はもちろん、非人にも百姓にも(庄屋にまで!)頼りにされ慕われる正助というキャラから目が離せない。
 新しい農具(センバコキ別名後家殺し)を開発したり、稲作のかたわら養蚕や綿の栽培を始めたり、自ら読み書きを覚えた後に百姓相手の学習塾を開いたり、現状を改善していこうと骨折る正助。
 封建社会の重圧や理不尽に負けず、知恵を尽くし、持てる力を発揮し、あきらめずに仲間と共に闘っていく姿が、時代を超えた共感を呼ぶのであろう。

 正助の最大の味方であるスダレこと苔丸。
 紀伊国屋文左衛門を思わせる才覚とスケールの大きさをもつ元受刑者の七兵衛。
 七兵衛に惹かれて力を貸す抜け忍の赤目。
 男同士の友情も読みどころの一つである。

 ところで、読みながら思い当たったのは、ソルティの中の江戸時代の百姓イメージが『サスケ』と『カムイ外伝』の白土ワールドによって原型を作られ、その後のステレオタイプな時代劇で補強されたってことである。
 曰く、重い年貢と日照りや長雨に苦しめられ、悪代官や「切り捨てごめん」の武士に怯え、姥捨てや間引き(嬰児殺し)や娘の身売りが横行し、五人組や村請制度の連帯責任・相互監視によって土地と世間に縛られる。
 徹底的にみじめで不自由な人々。

 だが、本当にそれだけなのか?
 網野善彦著『日本の歴史をよみなおす』を読むと、「百姓」という言葉の定義自体を見直さなければならないことが分かるが、ステレオタイプの農民像も今一度見直してみる必要を感じる。(見直してどうしようというのか?)

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 『チボー家の人々』を読み終わらないうちに本コミックに取りかかってしまったので、意識の中に20世紀初期の第一次大戦下のヨーロッパと、17世紀日本の地方の一藩と、コロナとウクライナ問題に苦しむ2022年の世界とが、並行して存在している。
 第一次大戦にプーチンが出てきたり、江戸時代の農村をジャックが飛行したり、職場の帰り道にカムイの殺気を感じたり、なんだか混乱している。






● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 5


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第11巻『1914年夏Ⅳ』(1936年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 ジャックが死んでしまった!!
 墜落事故により重傷を負い、戦場を《こわれもの》として担架で運ばれる苦痛と屈辱の末、一兵卒の手で銃殺されてしまった!

 もとより、社会主義者の反戦活動家にして良心的兵役拒否を誓うジャックが死ぬことは分かっていた。
 兄アントワーヌや親友ダニエルより早く、物語の途中で亡くなるであろうことは予想していた。
 しかし、これほど無残にして無意味、非英雄的な死を遂げようとは思っていなかった。
 なんだか作者に裏切られたような気さえした。
 このジャックの死に様によって、『チボー家の人々』という小説の意味合いや作者デュ・ガールに対する印象が一変してしまった。
 こういう小説とは思わなかった。

 フランス動員一日目、ジャックは恋人ジャンニーやアントワーヌに別れを告げ、偽造した身分証明書を用いてスイス・ジュネーブに戻る。潜伏しているメネストレルの助けを借りて、たったひとりの反戦行動を遂行するために。
 それは、フランス軍とドイツ軍が今まさに戦っているアルザスの戦場を滑空し、上空から両軍の兵士たちに向けて戦争反対のアジビラをまき散らすというものであった。
 曰く、「フランス人よ、ドイツ人よ、諸君はだまされている!」
 元パイロットであるメネストレルはこの提案に乗り、いっさいの手配を引き受けるのみならず、自ら飛行機の操縦を買って出る。
 
 これが命を賭した無謀な作戦であることは明らかである。
 2人の乗る飛行機を敵機と勘違いしたフランス軍あるいはドイツ軍により撃墜される可能性がある。
 無事使命を果たしたとしても、着陸後に待っている軍法会議による処刑は避けられない。
 そもそも命と引き換えにしてやるだけの効果ある作戦かと言えば、おそらく「否」である。

 兵役拒否を貫きたいが自分だけ安全な場所に逃げたくはない、他の社会主義者たちが次々と戦争支持へと転向していくなか「インターナショナル」の闘いを最後まで諦めたくない――そんなジャックに残された道は、日の丸特攻隊のような一か八かの英雄的行為のほかなかったのである。
 たとえそれが実を結ばず自己満足に終わろうとも、少なくとも、狂気に陥った社会に対して一矢を報い、個人の良心と正義はまっとうされる・・・・。
 ジャックはジャックでありながら生を全うできる。
 
 作者は残酷である。
 ジャックとメネストレルを乗せた飛行機は戦場に到着する前に墜落炎上し、何百万枚のアジビラは一瞬にして灰と化してしまう。メネストレルは即死。
 ジャックの野望は頓挫し、計画は徒労に終わり、あとに待っていたのは恩寵も栄光もひとかけらもない犬死であった。
 人間の尊厳をあざ笑うかのようなこの結末は、カミュやカフカあるいは安倍公房の小説を想起させる。すなわち、不条理、ニヒリズム、ペシミズム・・・。
 ここにあるのはもはや悲劇ですらない。オセロやマクベスやリア王に与えられた尊厳のかけらにさえも、ジャックは預かることができない。
 若者群像を描いた青春小説であり「青春の一冊」と呼び声の高い『チボー家』には、チボ―(希望)がなかったのである。(まだあと2冊残されているが)
 4巻の途中まで読んだ『麦秋』の謙吉(二本柳寛)は、最後まで読んで、如何なる感想を紀子(原節子)に語ったのであろう?
 
 作者デュ・ガールは厭世的で人間不信な人だったのだろうか?
 ウィキによれば、第一次大戦時に自動車輸送班員として従軍しているようなので、戦地で非人間的(人間的?)な行為の数々を嫌というほど見てきたのかもしれない。ジャックが死ぬ間際の戦地の描写は作者自身の実体験がもとになっているのかもしれない。
 次のジャックのセリフを見ても、人間性というものに対する不信の念が根底にありそうだ。
 
 ぼくは、戦争というものが、感情問題ではなく、単に経済的競争の運命的な衝突にすぎないと信じていた。そしてそのことを幾度となくくりかえして言ってきた。ところがだ、こうした国家主義的狂乱が、今日、社会のあらゆる階級の中から、いかにも自然に、なんのけじめもなくわきあがっているのを見ると、ぼくにはどうやら・・・・・戦争というものが、何かはっきりしない、おさえようにもおさえきれない人間の感情の、衝突の結果であり、それにたいしては、利害関係騒ぎのごとき、単にひとつの機会であり、口実にあるにすぎないように考えられてくるんだ・・・
 
 それに、何より人をばかにしているのは、彼ら自身、何か弁解するどころか、戦争を受諾することを、さも理にかなった、さらには自由意思から出たものででもあるように吹聴していることだ! 

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ThePixelmanによるPixabayからの画像


 本書は、とくに「1914年夏」は、ひとつの戦争論といった読み方も十分可能である。
 国家間の戦争がどのように始まるか、戦争に賛成する人も反対する人も個人がどのように社会(国家)に洗脳され脅かされ順応していくか、ナショナリズムがどれだけ強い権力と魅力を持っているか、人間がどれだけ愚かなのか・・・・。
 悪魔の笑い声が聴こえてくるような展開なのだが、その意味で言えば、ジャックを死に追いやった男メネストレル――社会主義者の仮面をかぶった虚無主義者――の名の響きには、ゲーテ『ファウスト』に登場するメフィストフェレスに通じるものを感じる。
 しかるに、ファウストが終幕の死にあってメフィストフェレスの「魔の手」から逃れ天使たちによって天界に上げられたようには、ジャックには救いの手が差し伸べられなかった。
 当然である。
 神はとうに死んでいた。
 死ぬ間際のジャックの思考には神の「か」の字もない。 







 






● 寝た子を起こすな? 本:『今日もあの子が机にいない 同和教育と解放教育』(上原善広著)

2014年『差別と教育と私』のタイトルで文藝春秋より刊行
2018年河出書房新社で文庫化

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 上原善広は『日本の路地を旅する』など被差別部落をテーマにした本を多く書いている1973年生まれのノンフィクションライター。本人も大阪府松原市の被差別部落出身である。
 本書は副題の通り、戦後の同和教育について、特に1969年に同和対策特別措置法(同対法)が制定されて以降の同和教育と解放教育の様相を、著者自身の体験や関係者へのインタビューを組み込みながらスケッチしたものである。

 同和教育と解放教育の違いについて、著者はこう書いている。

 解放教育というのは、正確には「部落解放教育」というが、同和教育から派生した、より過激な左派的教育で、解放同盟と強いつながりをもった教師たちがおこなっていた教育運動だ。

 解放教育の中心となった大阪では、同和教育というと「主に国や都道府県の公務員、保守派が使っていた公的な名称」であったという。

 60~70年代の埼玉県で生まれ育ったソルティが受けた同和教育は、わずかに高校2年生の時の一コマ(50分)だけであった。
 部落差別の歴史を描いたビデオを見せられた記憶があるが、ビデオの内容もそのときの教師の話もほとんど覚えていない。
 ただ、授業の最後に自分が手を上げて質問したことは覚えている。
「こういった差別があることをわざわざ教えなければ、自然消滅していくのではありませんか?」
 教師は「そんな単純なことではない」と答えたけれど、その理由を納得いくように説明してはくれなかった。それ以上、問うてはいけないような雰囲気があった。
 授業後しばらくたって、新潮文庫の島崎藤村『破戒』と巻末につけられた長大な解説を読んで、自分の発した質問がいわゆる「寝た子を起こすな」論であることを知った。
 が、「寝た子を起こすな」論がなぜいけないのか、はっきりと理解できなかった。
 (そもそも知らなければ差別のしようもないのに・・・・)

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 本書には、同和教育(解放教育)をめぐって学校現場で起きた3つのケースが取り上げられている。
  1.  解放教育の「牙城」と呼ばれた大阪府松原市立第三中学校のケース(同対法制定前後から70年代)・・・・被差別部落出身の生徒が多く荒れていた中学校が、熱意あふれる2人の教師の奮闘によって立て直されていく経緯が描かれる。熱血教師が主役の青春学園ドラマを見るような面白さ。「蛇の道は蛇」ではないが、アクの強い一癖も二癖もある武闘派教師にしてはじめて、旧態依然の現場の変革と生徒たちの更生は可能だったのだと知られる。三中はその後、解放教育のモデル校となった。
  2.  解放同盟の糾弾により教職員が多数負傷し、裁判となった兵庫県養父市の八鹿高校のケース(1974年)・・・・被差別部落出身の生徒たちが「部落解放研究会」のクラブ公認を求めたところ、教職員が反対したのがきっかけとなった。概要だけは知っていたが詳しい経緯は知らなかったので、興味深く衝撃をもって読んだ。冷静に考えれば、「解放同盟という外部団体に紐づけされているクラブの認可を拒む」という教職員の決定は一理あるもので、必ずしも部落差別というわけではないように思う。
  3.  卒業式での「日の丸・君が代」をめぐって、強制する官側と反対派との板挟みとなった校長が自殺した広島県世羅町の世羅高校のケース(1999年)・・・・反対派の急先鋒は天皇制に反対する解放同盟広島県連と日教組。当時大きなニュースとなり国会でも取り上げられたので、よく覚えている。亡くなった校長先生は定年まであと3年だったそうな。この事件の5か月後に国旗国歌法が制定された。
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 2002年、ついに同対法が期限切れとなり、同和問題の解決は国策ではなくなった。21世紀になると同和教育は時代遅れとなり、同和教育は「人権教育」と名を変えた。また解放教育は過去の「過激な教育実践」として、急速に忘れ去られようとしていた。
 しかし、だからといって同和教育や解放教育の実践が、日本の教育界に何も意味を成さなかったのかといえば、そうではない。同和教育の理念は、地道に「人権教育」と取り組む教師たちを確実に残している。

 著者は同和教育に取り組む教育者たちの現状をスケッチしているが、被差別部落をめぐる状況が70~80年代とは大きく変わってしまった現在、「どのように授業を進めていってよいのか」戸惑う教師たちの姿が浮き彫りにされている。
 わざわざ扱いの難しい同和問題を取り上げずに、別のテーマで人権教育のコマを埋めようという担当者がいても不思議ではない。

 ソルティはNPOに所属しHIV感染の支援活動をしていた2000年代はじめに、「人権教育」の講師として学校に呼ばれることがよくあった。
 HIVというテーマは、感染者に対するきびしい差別が存在した(存在する)という点では人権教育の恰好のテーマとなり、一方、現在あるいはこれから活発な性行動に乗り出す生徒たちの感染予防という点では保健教育にもなりうる。
 生徒ばかりでなく、学校職員や行政職員、JICA(青年海外協力隊)の派遣隊員や企業で働く社員などを対象に話したこともある。

 その際に、一通りHIV/AIDSの歴史を説明し、80年代後半に日本でエイズパニックが起きたことや感染者に対する様々な差別があったことを話し、病気の知識と感染予防の具体的な方法を伝えるのがいつもの流れであった。
 「エイズ=死」と言われた時代を知りエイズパニックの記憶生々しい大人たちに対してはこのプログラムでとくに問題なかったのであるが、エイズパニックを知らない世代(おおむね80年以降の生まれ)に対して話すときは、いつもちょっとした懸念を抱いた。
 何も知らない白紙のような若い人に対し、わざわざ悲惨なエイズ差別の事例を伝えることで、かえって「寝た子を起こす」ことになってしまうのでは?――というためらいがあった。「悲惨なエイズ患者、可哀想なHIV感染者」というイメージだけは与えたくなかった。
 なるべく感情的にならず事実だけを淡々と話すよう心がけてはいたが、若い人に限らず人間というものは、そうした極端に悲惨なケースとか不幸な話というものにどうしても耳をそばだててしまうので、話す方としては(顧客サービスというわけではなしに)場の集中を途切れさせることなく最後まで話を聞いてもらうために、やや芝居がかって語ってしまうところなきにしもあらず――であった。

 しかしながら、講演後に生徒たちが書いてくれた感想文などを読む限りでは、たとえば「エイズは恐いと思った」とか「感染者にはなるべく近づかないようにしようと思った」といったような否定的なものはなく、大人たちよりよっぽど素直で共感力が高かった。
 おそらく、差別事件を新聞記事のように客観的に語るのではなく、差別を受けた当事者の人となりや思いが伝わるように語るべく心がけたことが良かったのではないかと思っている。
 高校時代のソルティのような理屈をこね回す生徒ともついぞ会わなかった(心の中で疑問に思っていたのかもしれないが)。
 
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 今では「寝た子を起こすな」論は間違いと分かっている。
 「知らなければ差別しないのに」という言い分は何重にも見当違いである。

 一つには、人は「知らないうちに差別して相手を傷つけてしまう」からである。
 たとえば同和問題について言えば、根掘り葉掘り相手の出身地を尋ねたり、親の職業をきいたりすることは、悪気がなくとも相手に負担を強いる可能性がある。有名人の家柄や血筋の良さを云々する何気ない教室や職場での会話が、そこにいる当事者をいたたまれない気持ちにさせるかもしれない。
 実は、ソルティが通っていた高校のあった地域にもかつて被差別部落だった地区があり、そこから通っている生徒がいたことを、ずいぶんあとになって知った。(そもそも埼玉は有名な狭山事件があった県である)
 高校時代の自分は、「同じクラスの中にいるかもしれない」という想像力をまったく欠いていた。

 また、「知らなければ差別しないのに」は、逆に言えば、「知ったら差別してしまっても仕方ない」と言っているに等しい。
 「知っても差別しない」ことが大切なのであって、知識の有無と差別するかしないかはまったく関係ない二つの事柄である。

 さらに、部落差別についてたまたま学ばなかったがゆえに「部落差別をしない」でいられる人であっても、他のマイノリティ問題にぶつかったときに差別しないでいられるかと言えば、その限りではない。
 なぜなら、誰の心の中にも差別する心は存在しているので、世の中に存在する人権問題について知り、自らもまた人を差別する可能性のあることを自覚していなければ、いつかどこかで加害者になってしまう可能性があるからだ。
 
 ハンセン病差別在日朝鮮人中国人差別、アイヌ民族差別、障害者差別、HIV感染者差別、婚外子差別、セクシャルマイノリティ差別・・・・e.t.c.
 歴史上あった事実を「なかったことにする」のは、被害当事者にとって二重の差別になり得るのみならず、社会が同じ過ちを繰り返すもっとも簡単な方法であろう。

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Krzysztof PlutaによるPixabayからの画像


 本書のいま一つの“売り”は、路地(被差別部落)に生まれ育った上原善広自身の生い立ち、家庭内暴力が横行する“火宅”の少年時代、ケンカやシンナーに明け暮れた不良時代、解放教育との出会いにより立ち直っていく経緯・・・・などが率直に描かれているところである。
 「よくもまあ道を外れることなくやって来られたなあ」と感心するほどのしんどい育ち。
 戦争はもちろん、学園紛争も安保闘争も知らず、いまだ田んぼの残るのどかなベッドタウンで外でも内でも暴力とはほとんど無縁に生きて来られたソルティにしてみれば、関東と関西の違いはおいても、まったく異なる文化圏を生きてきた人という感じで、興味深く読んだ。
 他者を発見するのはいつだてエキサイティングである。


P.S. 本年7月、島崎藤村『破戒』の3度目の映画が公開予定である。(監督:前田和男、主演:間宮祥太朗、企画・製作:全国水平社創立100周年記念映画製作委員会)





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 4

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第10巻『1914年夏Ⅲ』(1936年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 物語もいよいよ佳境に入った。
 第10巻は、オーストリアがセルビアに宣戦布告した1914年7月28日から、オーストリア支援のドイツが、セルビア支援のロシアが、それぞれ動員を開始し、ドイツとは長年の敵対関係にありロシアとは同盟関係にあるフランスも内外からの参戦の慫慂を受けてついに動員令を発布する8月1日直前まで、を描いている。
 各国が急速に戦時体制に移行しナショナリズムが高揚する中、国を越えた第2インターナショナル(社会主義者たち)の反戦運動は弾圧され、抑圧され、はたまた内部分裂し、勢いを失っていく。
 フランスでは、第2インターナショナルフランス支部の中心人物で反戦の旗手だったジョン・ジョーレスが、7月31日愛国青年の手で暗殺されることで反戦運動の息の根が止められる(史実である)。

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ジャン・ジョーレス(1859-1914)

 堰を切るように、一挙に戦時体制へとなだれ込んでいく日常風景の描写が実にリアルで、おそろしい。 
 ある一点を越えたらもう引き返せない、もう誰にも止められない、全体主義への道を突き進む国家という巨大な歯車。
 メディアを支配し、世論を操り、祖国愛と敵愾心を焚きつけることで国民を扇動し、「戦争が必然」と思わせていく国家の遣り口。
 これは100年前の異国の話ではない。
 まさに今この瞬間に、ロシアで中国で北朝鮮で起こっていること、NATO各国でフィンランドで英国で日本で起こり得ることなのだ。

 《愛国主義者》たちの一味は、おどろくべき速度でその数を増し、いまや闘争は不可能なように思われていた。新聞記者、教授、作家、インテリの面々は、みんな、われおくれじとその批評的独立性を放棄し、口々に新しい十字軍を謳歌し、宿敵にたいする憎悪をかき立て、受動的服従を説き、愚劣な犠牲を準備することにいそがしかった。さらには左翼の新聞も、民衆のすぐれた指導者たちまで、――そうした彼らは、ついきのうまで、その権威をふりかざし、このヨーロッパ諸国間のこの恐るべき紛争こそ、階級闘争の国際的地盤における拡大であり、利益、競争、所有の本能の最後の帰結であると抗議していたではなかったか――いまやこぞって、その力を政府ご用に役だたせようとしているらしかった。

 登場人物の一人はこう叫ぶ。

「国家の名誉!」と、彼はうなるように言った。「良心を眠らせるために、すでにありとあらゆるぎょうさんな言葉が動員されている!・・・・すべての愚かしさを糊塗し、良識が顔をだすのをさまたげなければならないんだから! 名誉! 祖国! 権利! 文明!・・・・ところで、これらひばり釣りの鏡のような言葉のかげに、いったい何がひそんでいると思う? いわく、工業上の利益、商品市場の競争、政治家と実業家とのなれあい、すべての国の支配階級のあくことを知らぬ欲望だ! 愚だ!・・・」

 今日明日の動員令発布を前に、久しぶりに会ったアントワーヌとジャックは意見を闘わせる。
 たとえ心に添わなくとも祖国を守るために従軍するのは当然と言うアントワーヌと、「絶対に従軍しない」すなわち良心的兵役拒否を誓うジャック。
 同じチボー家の息子として何不自由なく育った2人、一緒に父親の安楽死を手伝うほどに強い絆で結ばれた2人が、ここにきてまったく別の道を選ぶことになる。
 いや、当初から野心家で体制順応的なアントワーヌと、体制による束縛を嫌い心の自由を求めるジャックは、対照的な性格および生き方であった。
 が、戦争という大きな事態を前にして、2人の資質の違いは生死を左右する決定的な選択の別となって浮き出されたのである。
 アントワーヌは言う。

 われらがおなじ共同体の一員として生まれたという事実によって、われらはすべてそこにひとつの地位を持ち、その地位によって、われらのおのおのは毎日利益を得ているんだ。その利益の反対給付として、社会契約の遵奉ということが生まれてくる。ところで、その契約の最大の条項のひとつは、われらが共同体のおきてを尊重するということ、たとい個人として自由に考えてみた場合、そうしたおきてが常に必ずしも正しくないように考えられるときでも、なおかつそれに従わなければならないということなんだ。・・・・」

 まるで国家による処刑に粛々としたがったソクラテスのよう。
 ジャックは反論する。

 ぼくには、政府が、ぼく自身罪悪と考え、真理、正義、人間連帯を裏切るものと考えているようなことをやらせようとするのがぜったいがまんできないんだ・・・ぼくにとって、ヒロイズムとは、(中略)銃を手にして戦線に駆けつけることではない! それは戦争を拒否すること、悪事の片棒をかつぐかわりに、むしろすすんで刑場にひっ立てられていくことなんだ!

 国があってはじめて、国民が、個人が、存在しうるというアントワーヌ。
 個人の存在は――少なくとも個人の良心は、国を超えたところにあるというジャック。
 2人の対決はしかし、議論のための議論、相手を言い負かすための議論ではない。
 アントワーヌは、体制に従わないジャックの行く末を、心底心配しているのである。

 ああ、どうなるジャック‼
 どうなる日本‼ 





 
 

● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 3


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第8巻『1914年夏Ⅰ』(1936年発表)
第9巻『1914年夏Ⅱ』(1936年)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 この小説を読み始める前は、「今さらチボー家を読むなんて周回遅れもいいところ」といった思いであった。
 100年近く前に書かれた異国の小説で、邦訳が刊行されてからもすでに70年経っている。
 新書サイズの白水Uブックスに装いあらたに収録されて書店に並んだのが1984年。しばらくの間こそ読書界の話題となり、町の小さな書店で見かけることもあった。
 が、やはり「ノーベル文学賞受賞のフランスの古典で大長編」といったら、なかなか忙しい現代人やスマホ文化に侵された若者たちが気軽に手に取って読める代物ではない。
 今回も図書館で借りるのに、わざわざ書庫から探してきてもらう必要があった。
 自分の暇かげんと酔狂ぶりを証明しているようなものだなあと思いながら読み始めた。

 なんとまあビックリ!
 こんなにタイムリーでビビッドな小説だとは思わなかった。
 というのも、第7巻『父の死』までは、主人公の若者たちの青春群像を描いた大河ロマン小説の色合い濃く、親子の断絶や失恋や近親の死などの悲劇的エピソードはあれど、全般に牧歌的な雰囲気が漂っていたのであるが、第8巻からガラリと様相が変わり「風雲急を告げる」展開が待っていたのである。

 第8巻と第9巻は、タイトルが示す通り、1914年6月28日から7月27日までのことが描かれている。
 これはサラエボ訪問中のオーストリアの皇太子がセルビアの一青年に暗殺された日(6/28)から、オーストリアがセルビアに宣戦布告する前日(7/27)までのこと、すなわち第1次世界大戦直前の話なのである。
 世界大戦前夜。
 なんと現在の世界状況に似通っていることか!
 100年前の小説が一気にリアルタイムなノンフィクションに変貌していく。
 『チボー家の人々』はまさに今こそ、読みなおされて然るべき作品だったのである。
 
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MediamodifierによるPixabayからの画像画像:ロシアv.s.ウクライナ

 第8巻前半のいきなりの政治論議に戸惑う読者は多いと思う。それも、ジュネーヴに集まる各国の社会主義者たち、つまり第2インターナショナルの活動の様子が描かれる。
 そう、当時はプロレタリア革命による資本主義打倒および自由と平等の共産主義社会建設の気運が、これ以上なく高まっていた。

第2インターナショナル
1889年パリで開かれた社会主義者・労働者の国際大会で創立。マルクス主義を支配的潮流とするドイツ社会民主党が中心で,欧米・アジア諸国社会主義政党の連合機関だった。第1次世界大戦開始に伴い,戦争支持派,平和派,革命派などに分裂して実質的に崩壊。
(出典:平凡社百科事典マイペディアより抜粋)

 チボー家の反逆児である我らがジャックは、いつのまにかマルクス主義を身に着け、インターナショナルの活動に加わっている。まあ、なるべくしてなったというところか。
 この8巻前半は登場人物――実在する政治家や左翼活動家も登場――がいきなり増え、こむずかしい政治談議も多く、当時のヨーロッパの政治状況に不案内な人は読むのに苦労するかもしれない。
 ソルティもちょっと退屈し、読むスピードが落ちた。
 が、よくしたもので、このところ左翼に関する本を読み続けてきたので理解は難しくなかった。

 読者はジャックの活動や思考を追いながら、当時のヨーロッパの国際状況すなわち植民地拡大に虎視眈々たる列強の帝国資本主義のさまを知らされる。
 厄介なのは、列強が同盟やら協定やらを結んでいて関係が錯綜しているところ。フランス・英国・ロシアは三国協商(連合)を結び、ドイツ・オーストリア・オスマン帝国は三国同盟を結んでいる。そしてロシアはセルビアを支援していた。
 一触即発の緊張をはらんだところに投げ込まれたのが、サラエボの暗殺事件だったのである。
 オーストリアがセルビアに攻め入れば、ロシアがセルビア支援に動き、ドイツはオーストリアの、フランスはロシアの味方につき・・・・・。
 ブルジョア家庭に育ちながら資本主義の弊害に憤るジャックは、プロレタリア革命に共感を持ちながらも、暴力や戦争には反対の立場をとる。

 8巻の後半ではダニエルとジェンニーの父親ジェロームがまさかの自殺。
 それをきっかけに、ジャックとジェンニーは久しぶりに再会する。大切な人の死が新たな恋のきっかけになるという人生の皮肉。
 よく似た者同士でお互い強く惹かれ合っているのに素直になれず、なかなか結ばれない2人がじれったい。なにいい歳して街中で追っかけっこなんかしているのか⁉
 世の中には息するようにたやすく恋ができる者(ジェローム、ダニエル、アントワーヌら)のいる一方で、その敷居が高い者(ジャック、ジェンニーら)がいる。

恋の追いかけっこ

 第9巻はジャックが主人公。
 戦争阻止のためインターナショナルの活動にのめり込んでいくジャック。
 一方、互いに疑心暗鬼になって戦闘準備することによって、さらに開戦へと加速する悪循環に嵌まり込んだヨーロッパ各国。
 動乱の世の中を背景に、やっと結ばれたジャックとジェンニーの純粋な恋。
 なんたるドラマチック!
 このあたりの構成とストリーテリングの巧さは、さすがノーベル賞作家という賛辞惜しまず。

 第8巻におけるアントワーヌとジャックの兄弟対話が奥深い。
 プロレタリア革命の意義について滔々と語るジャックに対して、必ずしもガチガチの保守の愛国主義者ではないものの、現在の自身のブルジョア的境遇になんら不満や疑問を持たないアントワーヌはこう反論する。
 
「ドイツでだったら、立て直し騒ぎもけっこうだが!」と、アントワーヌは、ひやかすようなちょうしで言った。そして言葉をつづけながら「だが」と、まじめに言った。
「おれの知りたいと思うのは、その新しい社会を打ち立てるにあたっての問題だ。おれはけっきょくむだぼね折りに終わるだろうと思っている。というわけは、再建にあたっては、つねにおなじ基礎的要素が存立する。そして、そうした本質的な要素には変わりがない。すなわち、人の本性がそれなのだ!」
 ジャックは、さっと顔色をかえた。彼は、心の動揺をさとられまいとして顔をそむけた。
 ・・・・・・・・・・・・
 彼(ジャック)は、人間にたいして無限の同情を持っていた。人間にたいして、心をこめての愛さえ捧げていた。だが、いかにつとめてみても、いかにあがき、いかに熱烈な確信をこめて、主義のお題目をくり返してみても、人間の精神面における可能性については依然懐疑的たらざるを得なかった。そして、心の底には、いつも一つの悲痛な拒否が横たわっていた。彼は、人類の精神的進歩という断定に誤りのないということを信じることができなかった。

 社会主義体制や共産主義体制になっても、基礎となる人間の本性は変わらない。
 新しいものを作っても中味が変わらないのであれば、腐敗は避けられない。
 まさに、かつてのソ連や現在の中国のありようはそれを証明している。

 デュ・ガールが本作を書いたのは1936年。
 執筆時点では、ロシア革命(1917年)によって建てられた史上初の社会主義国家に対する期待と希望は健在であった。(デュ・ガールの敬愛する先輩作家アンドレ・ジッドがソビエトを訪れて共産主義の失敗を知ったのは1936年の夏だった)

 なんという慧眼!

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● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 2


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第4巻『美しい季節Ⅱ』(1923年発表)
第5巻『診察』(1928年)
第6巻『ラ・ソレリーナ』(1928年)
第7巻『父の死』(1929年)
1984年白水社より邦訳刊行

 3泊4日のみちのく旅行に携えていった4冊。
 鈍行列車乗車の計14時間でどこまで読み通せるかなと思っていたら、丸々4冊読み終えてしまった。
 ほぼクロスシートを独占できて、疲れたら車窓を流れる景色で目を休めることができるし、空いている車内には気を散らすものもないし、読書には最適の空間であった。

 もちろん、小説の面白さあってこそ。
 チボー家の息子アントワーヌとジャック、読売新聞と朝日新聞のごとき相反する性格をもつ2人の若者の青春が躍動し、それが僭主のごとく振舞った父親の壮絶な死というクライマックスで幕切れを迎える。
 ストリーテリングの巧さと魅力ある登場人物の描写に、知らぬ間に残りページが少なくなっていることに気づき、いつのまにか終点が近いことに驚く。
 現実のみちのくの旅と、本の中の100年前のフランスの旅、二重に体験しているような感覚であった。
  
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JR仙山線沿線・山寺

 第4巻はずばり「恋」の章。二組の大人たちの恋愛模様が描かれる。
 中年のフォンタナン夫妻のぬかるみに嵌まり込んだような奇態な依存関係は、成瀬巳喜男監督の名作『浮雲』の森雅之と高峰秀子のよう。『浮雲』に見るような腐敗臭ある暗さから救っているのは、フォンタナン夫人の堅い信仰である。
 一方、アントワーヌとラシェルの恋は若者らしい一途さと情熱と性愛の率直さで彩られる。
 アフリカやヨーロッパを放浪し人生経験豊かなラシェルによって、仕事一筋の堅物であったアントワーヌが異なった価値観に触れ人生に開かれていく様が描かれる。
 ラシェルがアントワーヌに語る蛮地での奇想天外なエピソードの数々、長年の愛人であったイルシェという男の不気味な存在感、このあたりの描写には同時代のフランス作家アンドレ・ジッド同様、反文明・反近代を志向する著者デユ・ガールの一面が伺えた。

 第5巻はアントワーヌが完全主役。
 有能で誠実で人望ある医師としての彼の一日が描かれる。「赤ひげ」候補といった感じか。
 このアントワーヌの成長は、ラシェルとの激しく熱い恋と唐突な別れがもたらしたものである。
 その意味では、本小説は19世紀以来の教養小説――青年が様々な経験をして成長していく物語――の流れを汲んでいる。
 人間の“成長”が信じられた時代。

 第6巻はしばらく行方不明になっていたジャックの動向が描かれる。
 親友ダニエルの妹ジェンニーとの関係のもつれや父親への反発から家を飛び出したジャックは、すべての知り合いとの連絡を断って、スイスで物書きへの道を歩み始めていた。
 ひょんなことから居所を知ったアントワーヌは、ジャックをパリに連れ戻すべく、一人スイスに向かう。
 2人の父親であるチボー氏が瀕死の状態にあったのだ。
 それぞれ自分の道を歩み始めた兄弟が再会し、愛憎半ばする父親の臨終に立ち会う。

 第7巻『父の死』は物語的にドラマチックな場面には違いないが、ここで扱われているテーマもまた深い。
 一つは安楽死。父親の苦しむ姿に耐えきれなくなったアントワーヌとジャックは、モルヒネを注射することでその苦痛を終わらせる。(現代では尊厳死にあたるから違法にはならないだろう)
 いま一つは宗教と信仰の問題。父親の葬儀のあとで司祭と対話するアントワーヌの言葉に、読者は神を信じられないアントワーヌの唯物論的精神をみるだろう。それは典型的な近代人の姿でもある。
 
十字架

 本書を読んでいると、欧米人にとって父親の存在というのは非常に大きいものなのだとあらためて感じる。
 フロイトは「エディプス・コンプレックス」という概念を提唱したけれど、あれはキリスト教を基盤とする欧米文化ならではのものであって、日本をはじめとするアジア文化にはそぐわないものだと思う。つまり、人類一般に適用できる心理現象ではなかろう。
 「絶対神=父」という構造と刷り込みがまずあって、クリスチャン家庭の中の父親が「神」のごとく敬われていく文化が強化される。家族の成員は父の背後に「神」を見ざるをえない。このとき、家父長制とキリスト教は強固に支え合っている。
 「父に歯向かうことは神に歯向かうこと」という暗黙のルールが支配する社会にあって、自立(自分らしさ)を求める息子・娘たちはどうしたって葛藤に陥る。それが信仰深い家庭の子女であればなおのこと。
 チボー家の「父の死」は「神の死」のひとつの象徴である。
 神の軛から解かれた世界で、アントワーヌとジャックはどのように生きていくのやら・・・。








 


● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 1


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第1巻『灰色のノート』(1922年発表)
第2巻『少年園』(1922年)
第3巻『美しい季節』(1923年)
1984年白水社より邦訳刊行
 
 新書サイズの白水Uブックスで8部13巻からなる大長編。
 今年のゴールデンウィークの楽しみ(と暇つぶし)はこれと決めた。
 骨折休職中に読んだ住井すゑ著『橋のない川』以来の文芸大作にちょっと及び腰のところもあり、おそるおそるページを開いたら、なんとこれが面白いのなんの!
 連休に入る前に第3巻まで読んでしまった

 作者はフランスの小説家ロジェ・マルタン・デュ・ガール(1881-1958)。
 本作でノーベル文学賞を獲った。
 第一次世界大戦期のフランスを舞台に、厳格なカトリックで富裕なチボー家に生を享けた2人の男子アントワーヌとジャック、かたやプロテスタントで自由な家風に生まれ育ったダニエル、3人の若者の人生行路が描かれる大河小説である。

 とにかく物語のスピードが早く、起伏に富んでいる。
 『少女に何が起こったか』や『スチュワーデス物語』などの往年の大映ドラマか、大ヒットしたBBC制作の英国上流階級ドラマ『ダウントン・アビー』を思わせる波乱万丈と濃い人間ドラマが繰り広げられる。
 たとえば、初っぱなの第1巻だけで以下の事件が立て続けに起こる。
  • 幕開けは同じ中学に通うジャックとダニエルの熱いボーイズラブ。
  • 2人の関係がバレて教師や親から責められる。ダニエルは放校処分。
  • 思いつめた二人は手に手を取って駆け落ち。
  • 港町で2人ははぐれてしまい、ダニエルはその夜泊めてくれた女の家で初体験。
  • 2人は警察につかまり親元に連れ戻される。
  • ジャックは、業を煮やした父親の命によって感化院に放り込まれる。
といった具合だ。
 第2巻も第3巻もこの調子で続く。
 先の見えない展開にワクワク&ハラハラさせられる。
 これをそのまま映像化あるいは漫画化したら面白いことであろう。
 フランスでは過去に2度テレビドラマ化されているらしいが、邦訳はされていないようだ。
 映画化されていないのが不思議。

 もちろん、豊かな物語性だけでなく、近・現代小説としての巧さもたっぷり味わえる。
 フランス近代文学にありがちな延々と続く情景描写や高踏なレトリックが抑えられる一方、キャラクター造型と心理描写が卓抜で、登場人物たちの(本人さえ気づいていない)心の底を恐いほど抉り出して、それを見事に文章化する。
 夏目漱石と三島由紀夫を足して赤川次郎フィルターをかけたような感じ・・・(かえってよく分からない?) 
 小津安二郎監督の映画『麦秋』の中で、紀子(原節子)がのちに結婚することになる謙吉(二本柳寛)と緑濃き北鎌倉駅で『チボー家の人々』の話をするシーンがある。
 明らかに小津安二郎もチボー家ファンだったのだ。

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「どこまでお読みになって?」「まだ4巻目の半分です」
(映画『麦秋』より)

 第2巻では、感化院の虐待まがいを知った兄アントワーヌの手によって、ジャックは家に連れ戻される。心の健康を取り戻す過程で、ある年上の女性に恋をして初体験する。(ジャックもダニエルもそうだが、「年上の女性との初体験」というのはどうもフランス文化の十八番のようだ)
 一方ダニエルは、どうしようもない放蕩者で女ったらしの父親が、優しい母親を泣かせているのを目の前で見ながら育ったにも関わらず、自分の中に目覚めてくる父親の血を押えつけるすべを持たない。すでにジャックとのボーイズラブは、彼の中では過去のお遊び。

 第3巻では、ダニエルの放蕩者の資質が全開する。狙った獲物を逃さないスケコマシぶりがいかんなく発揮される。
 アントワーヌは新進の医師としての力と自信を着けはじめ、人生で最初の情熱的な恋に陥る。野心的で仕事第一のアントワーヌの恋による変貌が面白い。
 二人に比べて不器用で潔癖なところもあるジャックは、なかなか世間や社会に馴染まない。ダニエルの妹ジェンニーの存在が気になりだすが、恋の成就は先のことになりそうな気配。
 
 実を言えば、大学時代に本書を読んだような気がするのだが、こんなに面白い小説を覚えていないはずもなく、誰かにあらすじや感想を聞いて読んだ気になっただけなのだろうか?
 それとも本当に忘れてしまった!? 痴呆け?
 この先読み進めていくうちにはっきりするかもしれない。
 しないかもしれない。





● 陰毛に関する不毛な争い 本:『エロスと「わいせつ」のあいだ』(園田寿、臺宏士著)


2016年朝日新書

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 まえがきによると本書は、

 最近、社会的に話題になったいくつかの出来事を素材にして、文化としての「エロス」と刑罰の対象となる「猥褻」との差異を考察するものである。また、性表現と規制の攻防をめぐる戦後の歴史をたどり、明治から続く刑法175条の存在意義を問い直そうとするものである。

 最近話題になった出来事としては、
  1. 春画を掲載した週刊誌を警視庁が指導したケース(2015年)
  2. 自らの女性器をかたどった石膏にデコレーションを施した「デコまん」を発表した漫画家・ろくでなし子が逮捕され裁判となったケース(2014年)
  3. 写真家の鷹野隆大が全裸の男女を写真撮影した作品を愛知県美術館に展示したところ、愛知県警から撤去を求められた「平成の腰巻事件」(2014年)
  4. モザイク処理が不十分としてアダルトビデオの規制団体「日本ビデオ倫理協会」の審査部長らが逮捕され裁判となったケース(2008年)
  5. 松文館発行の単行本コミック『蜜室』が猥褻物だとして作者ビューティ・ヘアと出版元2人が逮捕され裁判となったケース(2002年)
 などが挙げられている。
 戦後の歴史としては、文学作品の猥褻性が問われた『チャタレイ夫人の恋人』、『悪徳の栄え』、『四畳半襖の下張り』の各裁判の経緯がたどられている。

 ソルティは、上の1~5の最近の出来事についてほとんど知らなかったので、「司直はいまだにこういうことをやっているのか・・・」とあきれかえるばかりであった。
 「いまだに」と言うのはもちろん、インターネット全盛でクリック一つでいくらでも“猥褻”文書や画像や動画に触れることができるこの時代に、という意味である。
 成人しか入店が許されないアダルトショップに飾られたオブジェのごとき「デコまん」が槍玉にあげられる一方で、未成年が自分のスマホでそのものずばりの男性器も女性器も、リアルな性行為の動画も自由自在に観ることができる現状にあって、いったい刑法175条にどんな存在意義があるのか、猥褻物摘発や裁判のために使われる警察や法務関係の費用や労力は税金の無駄使いでないのか――誰だって疑問に思うところであろう。

 むろんソルティも、未成年を含む誰の目にも触れるような公の場所や状況において、それが実物だろうと画像や映像や音声だろうと、乳房や性器が素のままでさらされたり、他人の性行為のさまを見せつけられたり、猥談が耳に入ったりするのはよろしくないと思う。
 そこは何らかの規制や刑罰や倫理が必要だろう。
 だが、成人が自ら好んでプライベートに鑑賞する場合、他人に迷惑をかけないのであれば、あえて社会が規制する必要はないと思っている。
 そこは著者と同意見だ。

 そのようなもの(ソルティ注:露骨で直接的な性表現)を直接見たくない、直接聞きたくないという人の感情を刑罰によって保護することは、社会秩序を守るうえで必要不可欠なことだと思うのである。逆に言えば、露骨で直接的な性表現であっても、見たい人だけに提供するならば、それは刑法で規制するような行為ではなく、個人の自由な判断に任せるべきではないかと思うのである。

 「①見たい人だけが見られる、②見たくない人は見なくて済む、③未成年には見せない」
 単純にこの3条項が満たされれば、誰にとっても害はないのでOKではないかと思うのだが、そうは問屋が卸さない。
 
 裁判所は、およそ日本のこの社会において、性器や性行為の露骨で直接的な表現、あるいはそのような表現物が流通しているということ自体を問題としているのである。つまり、自らは直接接することがなくとも、そのようなものが〈この社会に存在していること〉について、不快感や嫌悪感をもつ人びとの仮想的な感情が問題になっているのである。

 すなわち、裁判所は「そのようなものが〈この社会に存在していること〉について、不快感や嫌悪感をもつ人びと」に対して忖度しているわけである。

 これは同性愛をめぐる議論の中でもよく聞かれるところである。
 自分とは赤の他人である男性同士(あるいは女性同士)がよそで恋愛しようがセックスしようが一緒に暮らそうが、自分や家族にはなんの物理的被害も経済的被害も受けないであろうに、同性愛が〈社会に存在すること〉が許せないという人たちが一定層いる。
 自らの持っている倫理や価値観から外れた人々の権利を認めないというのは、ある意味、宗教的信念に近い。あるいはプーチンか。
 実際、キリスト教原理主義やイスラム教、そしてプーチンは同性愛に不寛容である。

 残念なことに、往々にしてそうした信念を抱く層が社会において強い影響力を持っている(つまり保守層と重なる)ことが多いので、警察や裁判所も忖度せざるを得ないのだろう。
 他人の宗教的信念や価値観を変えるのは相当の困難を伴うので、猥褻裁判もまた最初から負けが決まっているような不毛な闘い(ありていに言えば「茶番」)になることが多い。
 本書では、戦後から平成に至る猥褻裁判のさまざまな茶番のさまが描かれている。
 チャタレイ裁判の起訴状の抜粋が引用されているが、その文面たるや、原作(邦訳)をはるかに上回るねちっこさと下劣さといやらしさ。
 声に出して読んでほしい。

 完全なる男女の結婚愛を享楽し得ざる境遇の下に人妻コニイはマイクリスとの私通によってこれを満たさんと企てたが、本能的な衝動による動物的な性行為によっても自己の欲情を満たす享楽を恣(ほしいまま)にすることが出来ず、反って性欲遂行中の男性に愉悦の一方的利己的残忍性すらあるを窃(ひそ)かに疑い失望に瀕したとき、自分の家庭で使用する森の番人で教養の度に優れず社会人としても洗練されて居ない寧ろ野生的でそほんな羞恥心をわきまえざる有婦の夫メラーズを発見するや、不用意な遭遇を機会に相互の人格的理解とか人間牲の尊崇に関し些(いささか)の反省批判の暇なく、全く動物的な欲情の衝動に駆られて直に又これと盲目的に野合しその不倫を重ねる中・・・・・・(続く)。

茶番垂れ幕

 そうこうしているうちに、状況はドラスティックに変わってしまった。
 いまや、「①見たい人だけが見られる、②見たくない人は見なくて済む、③未成年には見せない」の3条項さえ守ることは難しくなった。
 つまり、未成年がスマホやパソコンを用いて猥褻情報に接するのを防ぐ役割が、国家や自治体の手を離れ、各家庭の保護者に託されてしまった。
 子どもがどのような性的価値観、倫理観を身につけるかについて、各家庭が責任を負わなければならないのである。 
 この流れを押しとどめることは、日本が中国やロシアのような管理主義的独裁国家にならない限り不可能であろう。

 結局のところ必要なのは、メディアリテラシーと性教育。
 結論は何十年も前から出ているのだが・・・・・。




おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




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