ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

読んだ本・マンガ

● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 6

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第12、13巻『エピローグ』(1940年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 ついに全巻踏破!
 二か月くらいはかかると思っていたら、一ヶ月で達成した。
 ゴールデンウィーク中の乗りテツ読書が効いたとは思うが、なにより小説自体が面白くて、ぐいぐいページが進んだ。
 第一次世界大戦が背景となる第8巻からは、ウクライナとロシアをめぐる2022年現在の世界情勢や国内事情と重なる部分が多く、はんぱない臨場感と危機感を持って読まざるを得なかった。
 まさに今、この書を読むことの意義をびんびん感じた。
 本との出会いにも、然るべきタイミングがあるのだ。

 第12巻では、前巻のジャックの壮絶なる死から4年後(1918年)の主要人物たちの現状が描かれる。視点はチボー家の長男アントワーヌである。
 世界大戦は泥沼化し、フランスにも多くの死者・負傷者が出ている。
 アントワーヌはドイツ軍の毒ガス攻撃に肺をやられ、戦場を離れて入院療養中。会話するのも苦しいほどの重症である。
 ダニエルは太腿を撃たれて片足切断。メーゾン・ラフィットの家に戻って無為徒食の生活を送っている。自堕落の原因は実は性機能喪失にあった。
 ダニエルの母フォンタナン夫人は、チボー家の別荘を借りて戦時病院に改装し、責任者として切り盛りしている。生来の奉仕的資質と固い信仰が十全に発揮される場、すなわち生きがいをついに見出した。
 その病院で、アントワーヌの血のつながらない妹ジゼールは看護婦としてばりばり働いている。
 ジェンニーは、ジャックとの愛の結晶でありジャックそっくりな息子ジャン・ポールを立派に育てあげることに日々腐心している。

 総じて、男たちは失意や絶望や惨めさの中に置かれ、女たちは溌剌たる充実の中に生きている。「戦後女が強くなった」の言葉通り。
 だが、闘いはまだ続いておりフランスは敗けたわけじゃない。勝利の日は近い。
 国家が戦に勝とうが敗けようが、死や負傷や貧困という形でもっとも被害を受けるのは庶民にほかならない。戦場に行かない上つ方は、痛くも痒くもない。
 戦争に勝ち負けはない。それは人類すべての敗北である。

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 最終巻はほぼ甥のジャン・ポールに向けられたアントワーヌの遺書であり、フランスを含む連合国側の勝利と国際連盟設立の近いなか、アントワーヌは自らの手で安楽死を決行する。
 こうして、チボー家の父と二人の息子は亡くなり、フォンタナン家の一人息子は子供を持つことができなくなり、未来への希望は両家の血を受け継いだジャン・ポールに引き継がれるところで、物語は終わる。
 アントワーヌは日記にこう書く。

 《なんのために生き、なんのためにはたらき、なんのために最善をつくすか?》 おまえ(ソルティ注:ジャン・ポール)のいだくであろうこうした問題には、もう少し積極的な答えができるのだ。
 なんのために? それは過去と将来のためなのだ。父や子供たちのためなのだ。自分自身がその一環をなしているくさりのためなのだ・・・・連続を確保するため・・・・みずからの受けたものを、後に来る者へわたすため――それをもっと良いものにし、さらに豊かなものにしてわたすためなのだ。

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 前回の記事でソルティは、「『チボー家』にはチボー(希望)がない」と書いたが、やはりこの大河小説から希望の光を見つけるのは難しいと思う。
 死を前にしたアントワーヌは、戦争の終結およびアメリカのウィルソン大統領が提唱した国際連盟に希望を託しているが、これを書いている時点(1936年)のデュ・ガールは、むろん国際連盟が当のアメリカの不参加や日本・ドイツの脱退などで有名無実化していることを知っていた。ドイツのヒトラー出現とナチス独裁を知っていた。第二次大戦のせまる足音をその耳にとらえていた。
 ジャックそっくりのジャン・ポールが、第二次大戦にあたって父親同様の行動=良心的兵役拒否をとることは容易に想像される。ジャック同様の最期が待ち受けているだろう。(実際、フランスで2003年に制作されたドラマ版ではジャン・ポールはレジスタンス活動により処刑されるらしい。チボー家の血は絶たれたのだ)
 アントワーヌの希望が裏切られることをデュ・ガールは知っていたし、当時の読者も知っていた。
 現在の読者である我々はさらに、アウシュビッツ、広島・長崎原爆投下、ソ連や中国に見る共産主義の失敗、ベトナム戦争、湾岸戦争、ロシアのウクライナ侵攻、国際連合の無力なども知っている。
 とりわけ、プロレタリア革命による共産主義社会を夢見たジャックの希望が、文字通り夢でしかなかったことを知っている。
 どこにチボー(希望)があると言うのか?
 
 20世紀初頭のあるフランス人家族の物語あるいは3人の青年の青春群像で始まった本書は、途中から深遠なる戦争文学に発展し、最終的に不条理文学あるいは『平家物語』ばりの無常絵巻へ落着する。
 おそらく、発表当時の読者よりも2022年の読者のほうが、この小説を自らの近くに引き寄せて味読できるであろうし、デュ・ガールの世界観を深く理解・共感できると思う。
 100年寝かされて、いま飲み頃になったフランスワインのように。

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Kim BlomqvistによるPixabayからの画像



おすすめ度 :★★★★★


★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 白土三平作画『カムイ伝』を読む 1

1964~1971年『月刊漫画ガロ』連載
1988年小学館叢書1~5巻

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 「いつか時間があったら読もう」と思っていたボリュームある小説や漫画のうちの一つであった。
 『神聖喜劇(漫画版)』といい『橋のない川』といい『チボー家の人々』といい、ソルティにとって今がその「いつか」らしい。
 間に合ってよかった(何に?)

 白土三平と言えば、子供の頃再放送されるたびに観たTVアニメの『サスケ』と『カムイ外伝』、つまり江戸時代の忍法漫画のイメージが強く、本作もまたタイトルからして当然その系列と思っていたのだが、5巻まで読んだところでは、“苛烈な封建社会に対するアジテーション”が中心テーマのようである。
 もちろん、非人あらため忍者カムイは主役の一人で、忍術を駆使した剣士や忍者とのスリリングな闘いシーンは出てくるし、忍者社会の厳しい掟(とくに“抜け忍”に対する)も語られている。
 そこは上記のテレビアニメと同様のアクション漫画としての面白さがある。(「解説しよう」で始まる忍法の種明かしこそないが・・・)
 
 カムイ以上に目立っているのは、下人(百姓と非人の間の身分で畑をもつことができない)の生まれながらも、才覚と勇気と根性で百姓に這い上がった正助である。
 下人仲間はもちろん、非人にも百姓にも(庄屋にまで!)頼りにされ慕われる正助というキャラから目が離せない。
 新しい農具(センバコキ別名後家殺し)を開発したり、稲作のかたわら養蚕や綿の栽培を始めたり、自ら読み書きを覚えた後に百姓相手の学習塾を開いたり、現状を改善していこうと骨折る正助。
 封建社会の重圧や理不尽に負けず、知恵を尽くし、持てる力を発揮し、あきらめずに仲間と共に闘っていく姿が、時代を超えた共感を呼ぶのであろう。

 正助の最大の味方であるスダレこと苔丸。
 紀伊国屋文左衛門を思わせる才覚とスケールの大きさをもつ元受刑者の七兵衛。
 七兵衛に惹かれて力を貸す抜け忍の赤目。
 男同士の友情も読みどころの一つである。

 ところで、読みながら思い当たったのは、ソルティの中の江戸時代の百姓イメージが『サスケ』と『カムイ外伝』の白土ワールドによって原型を作られ、その後のステレオタイプな時代劇で補強されたってことである。
 曰く、重い年貢と日照りや長雨に苦しめられ、悪代官や「切り捨てごめん」の武士に怯え、姥捨てや間引き(嬰児殺し)や娘の身売りが横行し、五人組や村請制度の連帯責任・相互監視によって土地と世間に縛られる。
 徹底的にみじめで不自由な人々。

 だが、本当にそれだけなのか?
 網野善彦著『日本の歴史をよみなおす』を読むと、「百姓」という言葉の定義自体を見直さなければならないことが分かるが、ステレオタイプの農民像も今一度見直してみる必要を感じる。(見直してどうしようというのか?)

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 『チボー家の人々』を読み終わらないうちに本コミックに取りかかってしまったので、意識の中に20世紀初期の第一次大戦下のヨーロッパと、17世紀日本の地方の一藩と、コロナとウクライナ問題に苦しむ2022年の世界とが、並行して存在している。
 第一次大戦にプーチンが出てきたり、江戸時代の農村をジャックが飛行したり、職場の帰り道にカムイの殺気を感じたり、なんだか混乱している。






● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 5


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第11巻『1914年夏Ⅳ』(1936年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 ジャックが死んでしまった!!
 墜落事故により重傷を負い、戦場を《こわれもの》として担架で運ばれる苦痛と屈辱の末、一兵卒の手で銃殺されてしまった!

 もとより、社会主義者の反戦活動家にして良心的兵役拒否を誓うジャックが死ぬことは分かっていた。
 兄アントワーヌや親友ダニエルより早く、物語の途中で亡くなるであろうことは予想していた。
 しかし、これほど無残にして無意味、非英雄的な死を遂げようとは思っていなかった。
 なんだか作者に裏切られたような気さえした。
 このジャックの死に様によって、『チボー家の人々』という小説の意味合いや作者デュ・ガールに対する印象が一変してしまった。
 こういう小説とは思わなかった。

 フランス動員一日目、ジャックは恋人ジャンニーやアントワーヌに別れを告げ、偽造した身分証明書を用いてスイス・ジュネーブに戻る。潜伏しているメネストレルの助けを借りて、たったひとりの反戦行動を遂行するために。
 それは、フランス軍とドイツ軍が今まさに戦っているアルザスの戦場を滑空し、上空から両軍の兵士たちに向けて戦争反対のアジビラをまき散らすというものであった。
 曰く、「フランス人よ、ドイツ人よ、諸君はだまされている!」
 元パイロットであるメネストレルはこの提案に乗り、いっさいの手配を引き受けるのみならず、自ら飛行機の操縦を買って出る。
 
 これが命を賭した無謀な作戦であることは明らかである。
 2人の乗る飛行機を敵機と勘違いしたフランス軍あるいはドイツ軍により撃墜される可能性がある。
 無事使命を果たしたとしても、着陸後に待っている軍法会議による処刑は避けられない。
 そもそも命と引き換えにしてやるだけの効果ある作戦かと言えば、おそらく「否」である。

 兵役拒否を貫きたいが自分だけ安全な場所に逃げたくはない、他の社会主義者たちが次々と戦争支持へと転向していくなか「インターナショナル」の闘いを最後まで諦めたくない――そんなジャックに残された道は、日の丸特攻隊のような一か八かの英雄的行為のほかなかったのである。
 たとえそれが実を結ばず自己満足に終わろうとも、少なくとも、狂気に陥った社会に対して一矢を報い、個人の良心と正義はまっとうされる・・・・。
 ジャックはジャックでありながら生を全うできる。
 
 作者は残酷である。
 ジャックとメネストレルを乗せた飛行機は戦場に到着する前に墜落炎上し、何百万枚のアジビラは一瞬にして灰と化してしまう。メネストレルは即死。
 ジャックの野望は頓挫し、計画は徒労に終わり、あとに待っていたのは恩寵も栄光もひとかけらもない犬死であった。
 人間の尊厳をあざ笑うかのようなこの結末は、カミュやカフカあるいは安倍公房の小説を想起させる。すなわち、不条理、ニヒリズム、ペシミズム・・・。
 ここにあるのはもはや悲劇ですらない。オセロやマクベスやリア王に与えられた尊厳のかけらにさえも、ジャックは預かることができない。
 若者群像を描いた青春小説であり「青春の一冊」と呼び声の高い『チボー家』には、チボ―(希望)がなかったのである。(まだあと2冊残されているが)
 4巻の途中まで読んだ『麦秋』の謙吉(二本柳寛)は、最後まで読んで、如何なる感想を紀子(原節子)に語ったのであろう?
 
 作者デュ・ガールは厭世的で人間不信な人だったのだろうか?
 ウィキによれば、第一次大戦時に自動車輸送班員として従軍しているようなので、戦地で非人間的(人間的?)な行為の数々を嫌というほど見てきたのかもしれない。ジャックが死ぬ間際の戦地の描写は作者自身の実体験がもとになっているのかもしれない。
 次のジャックのセリフを見ても、人間性というものに対する不信の念が根底にありそうだ。
 
 ぼくは、戦争というものが、感情問題ではなく、単に経済的競争の運命的な衝突にすぎないと信じていた。そしてそのことを幾度となくくりかえして言ってきた。ところがだ、こうした国家主義的狂乱が、今日、社会のあらゆる階級の中から、いかにも自然に、なんのけじめもなくわきあがっているのを見ると、ぼくにはどうやら・・・・・戦争というものが、何かはっきりしない、おさえようにもおさえきれない人間の感情の、衝突の結果であり、それにたいしては、利害関係騒ぎのごとき、単にひとつの機会であり、口実にあるにすぎないように考えられてくるんだ・・・
 
 それに、何より人をばかにしているのは、彼ら自身、何か弁解するどころか、戦争を受諾することを、さも理にかなった、さらには自由意思から出たものででもあるように吹聴していることだ! 

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ThePixelmanによるPixabayからの画像


 本書は、とくに「1914年夏」は、ひとつの戦争論といった読み方も十分可能である。
 国家間の戦争がどのように始まるか、戦争に賛成する人も反対する人も個人がどのように社会(国家)に洗脳され脅かされ順応していくか、ナショナリズムがどれだけ強い権力と魅力を持っているか、人間がどれだけ愚かなのか・・・・。
 悪魔の笑い声が聴こえてくるような展開なのだが、その意味で言えば、ジャックを死に追いやった男メネストレル――社会主義者の仮面をかぶった虚無主義者――の名の響きには、ゲーテ『ファウスト』に登場するメフィストフェレスに通じるものを感じる。
 しかるに、ファウストが終幕の死にあってメフィストフェレスの「魔の手」から逃れ天使たちによって天界に上げられたようには、ジャックには救いの手が差し伸べられなかった。
 当然である。
 神はとうに死んでいた。
 死ぬ間際のジャックの思考には神の「か」の字もない。 







 






● 寝た子を起こすな? 本:『今日もあの子が机にいない 同和教育と解放教育』(上原善広著)

2014年『差別と教育と私』のタイトルで文藝春秋より刊行
2018年河出書房新社で文庫化

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 上原善広は『日本の路地を旅する』など被差別部落をテーマにした本を多く書いている1973年生まれのノンフィクションライター。本人も大阪府松原市の被差別部落出身である。
 本書は副題の通り、戦後の同和教育について、特に1969年に同和対策特別措置法(同対法)が制定されて以降の同和教育と解放教育の様相を、著者自身の体験や関係者へのインタビューを組み込みながらスケッチしたものである。

 同和教育と解放教育の違いについて、著者はこう書いている。

 解放教育というのは、正確には「部落解放教育」というが、同和教育から派生した、より過激な左派的教育で、解放同盟と強いつながりをもった教師たちがおこなっていた教育運動だ。

 解放教育の中心となった大阪では、同和教育というと「主に国や都道府県の公務員、保守派が使っていた公的な名称」であったという。

 60~70年代の埼玉県で生まれ育ったソルティが受けた同和教育は、わずかに高校2年生の時の一コマ(50分)だけであった。
 部落差別の歴史を描いたビデオを見せられた記憶があるが、ビデオの内容もそのときの教師の話もほとんど覚えていない。
 ただ、授業の最後に自分が手を上げて質問したことは覚えている。
「こういった差別があることをわざわざ教えなければ、自然消滅していくのではありませんか?」
 教師は「そんな単純なことではない」と答えたけれど、その理由を納得いくように説明してはくれなかった。それ以上、問うてはいけないような雰囲気があった。
 授業後しばらくたって、新潮文庫の島崎藤村『破戒』と巻末につけられた長大な解説を読んで、自分の発した質問がいわゆる「寝た子を起こすな」論であることを知った。
 が、「寝た子を起こすな」論がなぜいけないのか、はっきりと理解できなかった。
 (そもそも知らなければ差別のしようもないのに・・・・)

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 本書には、同和教育(解放教育)をめぐって学校現場で起きた3つのケースが取り上げられている。
  1.  解放教育の「牙城」と呼ばれた大阪府松原市立第三中学校のケース(同対法制定前後から70年代)・・・・被差別部落出身の生徒が多く荒れていた中学校が、熱意あふれる2人の教師の奮闘によって立て直されていく経緯が描かれる。熱血教師が主役の青春学園ドラマを見るような面白さ。「蛇の道は蛇」ではないが、アクの強い一癖も二癖もある武闘派教師にしてはじめて、旧態依然の現場の変革と生徒たちの更生は可能だったのだと知られる。三中はその後、解放教育のモデル校となった。
  2.  解放同盟の糾弾により教職員が多数負傷し、裁判となった兵庫県養父市の八鹿高校のケース(1974年)・・・・被差別部落出身の生徒たちが「部落解放研究会」のクラブ公認を求めたところ、教職員が反対したのがきっかけとなった。概要だけは知っていたが詳しい経緯は知らなかったので、興味深く衝撃をもって読んだ。冷静に考えれば、「解放同盟という外部団体に紐づけされているクラブの認可を拒む」という教職員の決定は一理あるもので、必ずしも部落差別というわけではないように思う。
  3.  卒業式での「日の丸・君が代」をめぐって、強制する官側と反対派との板挟みとなった校長が自殺した広島県世羅町の世羅高校のケース(1999年)・・・・反対派の急先鋒は天皇制に反対する解放同盟広島県連と日教組。当時大きなニュースとなり国会でも取り上げられたので、よく覚えている。亡くなった校長先生は定年まであと3年だったそうな。この事件の5か月後に国旗国歌法が制定された。
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 2002年、ついに同対法が期限切れとなり、同和問題の解決は国策ではなくなった。21世紀になると同和教育は時代遅れとなり、同和教育は「人権教育」と名を変えた。また解放教育は過去の「過激な教育実践」として、急速に忘れ去られようとしていた。
 しかし、だからといって同和教育や解放教育の実践が、日本の教育界に何も意味を成さなかったのかといえば、そうではない。同和教育の理念は、地道に「人権教育」と取り組む教師たちを確実に残している。

 著者は同和教育に取り組む教育者たちの現状をスケッチしているが、被差別部落をめぐる状況が70~80年代とは大きく変わってしまった現在、「どのように授業を進めていってよいのか」戸惑う教師たちの姿が浮き彫りにされている。
 わざわざ扱いの難しい同和問題を取り上げずに、別のテーマで人権教育のコマを埋めようという担当者がいても不思議ではない。

 ソルティはNPOに所属しHIV感染の支援活動をしていた2000年代はじめに、「人権教育」の講師として学校に呼ばれることがよくあった。
 HIVというテーマは、感染者に対するきびしい差別が存在した(存在する)という点では人権教育の恰好のテーマとなり、一方、現在あるいはこれから活発な性行動に乗り出す生徒たちの感染予防という点では保健教育にもなりうる。
 生徒ばかりでなく、学校職員や行政職員、JICA(青年海外協力隊)の派遣隊員や企業で働く社員などを対象に話したこともある。

 その際に、一通りHIV/AIDSの歴史を説明し、80年代後半に日本でエイズパニックが起きたことや感染者に対する様々な差別があったことを話し、病気の知識と感染予防の具体的な方法を伝えるのがいつもの流れであった。
 「エイズ=死」と言われた時代を知りエイズパニックの記憶生々しい大人たちに対してはこのプログラムでとくに問題なかったのであるが、エイズパニックを知らない世代(おおむね80年以降の生まれ)に対して話すときは、いつもちょっとした懸念を抱いた。
 何も知らない白紙のような若い人に対し、わざわざ悲惨なエイズ差別の事例を伝えることで、かえって「寝た子を起こす」ことになってしまうのでは?――というためらいがあった。「悲惨なエイズ患者、可哀想なHIV感染者」というイメージだけは与えたくなかった。
 なるべく感情的にならず事実だけを淡々と話すよう心がけてはいたが、若い人に限らず人間というものは、そうした極端に悲惨なケースとか不幸な話というものにどうしても耳をそばだててしまうので、話す方としては(顧客サービスというわけではなしに)場の集中を途切れさせることなく最後まで話を聞いてもらうために、やや芝居がかって語ってしまうところなきにしもあらず――であった。

 しかしながら、講演後に生徒たちが書いてくれた感想文などを読む限りでは、たとえば「エイズは恐いと思った」とか「感染者にはなるべく近づかないようにしようと思った」といったような否定的なものはなく、大人たちよりよっぽど素直で共感力が高かった。
 おそらく、差別事件を新聞記事のように客観的に語るのではなく、差別を受けた当事者の人となりや思いが伝わるように語るべく心がけたことが良かったのではないかと思っている。
 高校時代のソルティのような理屈をこね回す生徒ともついぞ会わなかった(心の中で疑問に思っていたのかもしれないが)。
 
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 今では「寝た子を起こすな」論は間違いと分かっている。
 「知らなければ差別しないのに」という言い分は何重にも見当違いである。

 一つには、人は「知らないうちに差別して相手を傷つけてしまう」からである。
 たとえば同和問題について言えば、根掘り葉掘り相手の出身地を尋ねたり、親の職業をきいたりすることは、悪気がなくとも相手に負担を強いる可能性がある。有名人の家柄や血筋の良さを云々する何気ない教室や職場での会話が、そこにいる当事者をいたたまれない気持ちにさせるかもしれない。
 実は、ソルティが通っていた高校のあった地域にもかつて被差別部落だった地区があり、そこから通っている生徒がいたことを、ずいぶんあとになって知った。(そもそも埼玉は有名な狭山事件があった県である)
 高校時代の自分は、「同じクラスの中にいるかもしれない」という想像力をまったく欠いていた。

 また、「知らなければ差別しないのに」は、逆に言えば、「知ったら差別してしまっても仕方ない」と言っているに等しい。
 「知っても差別しない」ことが大切なのであって、知識の有無と差別するかしないかはまったく関係ない二つの事柄である。

 さらに、部落差別についてたまたま学ばなかったがゆえに「部落差別をしない」でいられる人であっても、他のマイノリティ問題にぶつかったときに差別しないでいられるかと言えば、その限りではない。
 なぜなら、誰の心の中にも差別する心は存在しているので、世の中に存在する人権問題について知り、自らもまた人を差別する可能性のあることを自覚していなければ、いつかどこかで加害者になってしまう可能性があるからだ。
 
 ハンセン病差別在日朝鮮人中国人差別、アイヌ民族差別、障害者差別、HIV感染者差別、婚外子差別、セクシャルマイノリティ差別・・・・e.t.c.
 歴史上あった事実を「なかったことにする」のは、被害当事者にとって二重の差別になり得るのみならず、社会が同じ過ちを繰り返すもっとも簡単な方法であろう。

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Krzysztof PlutaによるPixabayからの画像


 本書のいま一つの“売り”は、路地(被差別部落)に生まれ育った上原善広自身の生い立ち、家庭内暴力が横行する“火宅”の少年時代、ケンカやシンナーに明け暮れた不良時代、解放教育との出会いにより立ち直っていく経緯・・・・などが率直に描かれているところである。
 「よくもまあ道を外れることなくやって来られたなあ」と感心するほどのしんどい育ち。
 戦争はもちろん、学園紛争も安保闘争も知らず、いまだ田んぼの残るのどかなベッドタウンで外でも内でも暴力とはほとんど無縁に生きて来られたソルティにしてみれば、関東と関西の違いはおいても、まったく異なる文化圏を生きてきた人という感じで、興味深く読んだ。
 他者を発見するのはいつだてエキサイティングである。


P.S. 本年7月、島崎藤村『破戒』の3度目の映画が公開予定である。(監督:前田和男、主演:間宮祥太朗、企画・製作:全国水平社創立100周年記念映画製作委員会)





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 4

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第10巻『1914年夏Ⅲ』(1936年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 物語もいよいよ佳境に入った。
 第10巻は、オーストリアがセルビアに宣戦布告した1914年7月28日から、オーストリア支援のドイツが、セルビア支援のロシアが、それぞれ動員を開始し、ドイツとは長年の敵対関係にありロシアとは同盟関係にあるフランスも内外からの参戦の慫慂を受けてついに動員令を発布する8月1日直前まで、を描いている。
 各国が急速に戦時体制に移行しナショナリズムが高揚する中、国を越えた第2インターナショナル(社会主義者たち)の反戦運動は弾圧され、抑圧され、はたまた内部分裂し、勢いを失っていく。
 フランスでは、第2インターナショナルフランス支部の中心人物で反戦の旗手だったジョン・ジョーレスが、7月31日愛国青年の手で暗殺されることで反戦運動の息の根が止められる(史実である)。

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ジャン・ジョーレス(1859-1914)

 堰を切るように、一挙に戦時体制へとなだれ込んでいく日常風景の描写が実にリアルで、おそろしい。 
 ある一点を越えたらもう引き返せない、もう誰にも止められない、全体主義への道を突き進む国家という巨大な歯車。
 メディアを支配し、世論を操り、祖国愛と敵愾心を焚きつけることで国民を扇動し、「戦争が必然」と思わせていく国家の遣り口。
 これは100年前の異国の話ではない。
 まさに今この瞬間に、ロシアで中国で北朝鮮で起こっていること、NATO各国でフィンランドで英国で日本で起こり得ることなのだ。

 《愛国主義者》たちの一味は、おどろくべき速度でその数を増し、いまや闘争は不可能なように思われていた。新聞記者、教授、作家、インテリの面々は、みんな、われおくれじとその批評的独立性を放棄し、口々に新しい十字軍を謳歌し、宿敵にたいする憎悪をかき立て、受動的服従を説き、愚劣な犠牲を準備することにいそがしかった。さらには左翼の新聞も、民衆のすぐれた指導者たちまで、――そうした彼らは、ついきのうまで、その権威をふりかざし、このヨーロッパ諸国間のこの恐るべき紛争こそ、階級闘争の国際的地盤における拡大であり、利益、競争、所有の本能の最後の帰結であると抗議していたではなかったか――いまやこぞって、その力を政府ご用に役だたせようとしているらしかった。

 登場人物の一人はこう叫ぶ。

「国家の名誉!」と、彼はうなるように言った。「良心を眠らせるために、すでにありとあらゆるぎょうさんな言葉が動員されている!・・・・すべての愚かしさを糊塗し、良識が顔をだすのをさまたげなければならないんだから! 名誉! 祖国! 権利! 文明!・・・・ところで、これらひばり釣りの鏡のような言葉のかげに、いったい何がひそんでいると思う? いわく、工業上の利益、商品市場の競争、政治家と実業家とのなれあい、すべての国の支配階級のあくことを知らぬ欲望だ! 愚だ!・・・」

 今日明日の動員令発布を前に、久しぶりに会ったアントワーヌとジャックは意見を闘わせる。
 たとえ心に添わなくとも祖国を守るために従軍するのは当然と言うアントワーヌと、「絶対に従軍しない」すなわち良心的兵役拒否を誓うジャック。
 同じチボー家の息子として何不自由なく育った2人、一緒に父親の安楽死を手伝うほどに強い絆で結ばれた2人が、ここにきてまったく別の道を選ぶことになる。
 いや、当初から野心家で体制順応的なアントワーヌと、体制による束縛を嫌い心の自由を求めるジャックは、対照的な性格および生き方であった。
 が、戦争という大きな事態を前にして、2人の資質の違いは生死を左右する決定的な選択の別となって浮き出されたのである。
 アントワーヌは言う。

 われらがおなじ共同体の一員として生まれたという事実によって、われらはすべてそこにひとつの地位を持ち、その地位によって、われらのおのおのは毎日利益を得ているんだ。その利益の反対給付として、社会契約の遵奉ということが生まれてくる。ところで、その契約の最大の条項のひとつは、われらが共同体のおきてを尊重するということ、たとい個人として自由に考えてみた場合、そうしたおきてが常に必ずしも正しくないように考えられるときでも、なおかつそれに従わなければならないということなんだ。・・・・」

 まるで国家による処刑に粛々としたがったソクラテスのよう。
 ジャックは反論する。

 ぼくには、政府が、ぼく自身罪悪と考え、真理、正義、人間連帯を裏切るものと考えているようなことをやらせようとするのがぜったいがまんできないんだ・・・ぼくにとって、ヒロイズムとは、(中略)銃を手にして戦線に駆けつけることではない! それは戦争を拒否すること、悪事の片棒をかつぐかわりに、むしろすすんで刑場にひっ立てられていくことなんだ!

 国があってはじめて、国民が、個人が、存在しうるというアントワーヌ。
 個人の存在は――少なくとも個人の良心は、国を超えたところにあるというジャック。
 2人の対決はしかし、議論のための議論、相手を言い負かすための議論ではない。
 アントワーヌは、体制に従わないジャックの行く末を、心底心配しているのである。

 ああ、どうなるジャック‼
 どうなる日本‼ 





 
 

● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 3


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第8巻『1914年夏Ⅰ』(1936年発表)
第9巻『1914年夏Ⅱ』(1936年)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 この小説を読み始める前は、「今さらチボー家を読むなんて周回遅れもいいところ」といった思いであった。
 100年近く前に書かれた異国の小説で、邦訳が刊行されてからもすでに70年経っている。
 新書サイズの白水Uブックスに装いあらたに収録されて書店に並んだのが1984年。しばらくの間こそ読書界の話題となり、町の小さな書店で見かけることもあった。
 が、やはり「ノーベル文学賞受賞のフランスの古典で大長編」といったら、なかなか忙しい現代人やスマホ文化に侵された若者たちが気軽に手に取って読める代物ではない。
 今回も図書館で借りるのに、わざわざ書庫から探してきてもらう必要があった。
 自分の暇かげんと酔狂ぶりを証明しているようなものだなあと思いながら読み始めた。

 なんとまあビックリ!
 こんなにタイムリーでビビッドな小説だとは思わなかった。
 というのも、第7巻『父の死』までは、主人公の若者たちの青春群像を描いた大河ロマン小説の色合い濃く、親子の断絶や失恋や近親の死などの悲劇的エピソードはあれど、全般に牧歌的な雰囲気が漂っていたのであるが、第8巻からガラリと様相が変わり「風雲急を告げる」展開が待っていたのである。

 第8巻と第9巻は、タイトルが示す通り、1914年6月28日から7月27日までのことが描かれている。
 これはサラエボ訪問中のオーストリアの皇太子がセルビアの一青年に暗殺された日(6/28)から、オーストリアがセルビアに宣戦布告する前日(7/27)までのこと、すなわち第1次世界大戦直前の話なのである。
 世界大戦前夜。
 なんと現在の世界状況に似通っていることか!
 100年前の小説が一気にリアルタイムなノンフィクションに変貌していく。
 『チボー家の人々』はまさに今こそ、読みなおされて然るべき作品だったのである。
 
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MediamodifierによるPixabayからの画像画像:ロシアv.s.ウクライナ

 第8巻前半のいきなりの政治論議に戸惑う読者は多いと思う。それも、ジュネーヴに集まる各国の社会主義者たち、つまり第2インターナショナルの活動の様子が描かれる。
 そう、当時はプロレタリア革命による資本主義打倒および自由と平等の共産主義社会建設の気運が、これ以上なく高まっていた。

第2インターナショナル
1889年パリで開かれた社会主義者・労働者の国際大会で創立。マルクス主義を支配的潮流とするドイツ社会民主党が中心で,欧米・アジア諸国社会主義政党の連合機関だった。第1次世界大戦開始に伴い,戦争支持派,平和派,革命派などに分裂して実質的に崩壊。
(出典:平凡社百科事典マイペディアより抜粋)

 チボー家の反逆児である我らがジャックは、いつのまにかマルクス主義を身に着け、インターナショナルの活動に加わっている。まあ、なるべくしてなったというところか。
 この8巻前半は登場人物――実在する政治家や左翼活動家も登場――がいきなり増え、こむずかしい政治談議も多く、当時のヨーロッパの政治状況に不案内な人は読むのに苦労するかもしれない。
 ソルティもちょっと退屈し、読むスピードが落ちた。
 が、よくしたもので、このところ左翼に関する本を読み続けてきたので理解は難しくなかった。

 読者はジャックの活動や思考を追いながら、当時のヨーロッパの国際状況すなわち植民地拡大に虎視眈々たる列強の帝国資本主義のさまを知らされる。
 厄介なのは、列強が同盟やら協定やらを結んでいて関係が錯綜しているところ。フランス・英国・ロシアは三国協商(連合)を結び、ドイツ・オーストリア・オスマン帝国は三国同盟を結んでいる。そしてロシアはセルビアを支援していた。
 一触即発の緊張をはらんだところに投げ込まれたのが、サラエボの暗殺事件だったのである。
 オーストリアがセルビアに攻め入れば、ロシアがセルビア支援に動き、ドイツはオーストリアの、フランスはロシアの味方につき・・・・・。
 ブルジョア家庭に育ちながら資本主義の弊害に憤るジャックは、プロレタリア革命に共感を持ちながらも、暴力や戦争には反対の立場をとる。

 8巻の後半ではダニエルとジェンニーの父親ジェロームがまさかの自殺。
 それをきっかけに、ジャックとジェンニーは久しぶりに再会する。大切な人の死が新たな恋のきっかけになるという人生の皮肉。
 よく似た者同士でお互い強く惹かれ合っているのに素直になれず、なかなか結ばれない2人がじれったい。なにいい歳して街中で追っかけっこなんかしているのか⁉
 世の中には息するようにたやすく恋ができる者(ジェローム、ダニエル、アントワーヌら)のいる一方で、その敷居が高い者(ジャック、ジェンニーら)がいる。

恋の追いかけっこ

 第9巻はジャックが主人公。
 戦争阻止のためインターナショナルの活動にのめり込んでいくジャック。
 一方、互いに疑心暗鬼になって戦闘準備することによって、さらに開戦へと加速する悪循環に嵌まり込んだヨーロッパ各国。
 動乱の世の中を背景に、やっと結ばれたジャックとジェンニーの純粋な恋。
 なんたるドラマチック!
 このあたりの構成とストリーテリングの巧さは、さすがノーベル賞作家という賛辞惜しまず。

 第8巻におけるアントワーヌとジャックの兄弟対話が奥深い。
 プロレタリア革命の意義について滔々と語るジャックに対して、必ずしもガチガチの保守の愛国主義者ではないものの、現在の自身のブルジョア的境遇になんら不満や疑問を持たないアントワーヌはこう反論する。
 
「ドイツでだったら、立て直し騒ぎもけっこうだが!」と、アントワーヌは、ひやかすようなちょうしで言った。そして言葉をつづけながら「だが」と、まじめに言った。
「おれの知りたいと思うのは、その新しい社会を打ち立てるにあたっての問題だ。おれはけっきょくむだぼね折りに終わるだろうと思っている。というわけは、再建にあたっては、つねにおなじ基礎的要素が存立する。そして、そうした本質的な要素には変わりがない。すなわち、人の本性がそれなのだ!」
 ジャックは、さっと顔色をかえた。彼は、心の動揺をさとられまいとして顔をそむけた。
 ・・・・・・・・・・・・
 彼(ジャック)は、人間にたいして無限の同情を持っていた。人間にたいして、心をこめての愛さえ捧げていた。だが、いかにつとめてみても、いかにあがき、いかに熱烈な確信をこめて、主義のお題目をくり返してみても、人間の精神面における可能性については依然懐疑的たらざるを得なかった。そして、心の底には、いつも一つの悲痛な拒否が横たわっていた。彼は、人類の精神的進歩という断定に誤りのないということを信じることができなかった。

 社会主義体制や共産主義体制になっても、基礎となる人間の本性は変わらない。
 新しいものを作っても中味が変わらないのであれば、腐敗は避けられない。
 まさに、かつてのソ連や現在の中国のありようはそれを証明している。

 デュ・ガールが本作を書いたのは1936年。
 執筆時点では、ロシア革命(1917年)によって建てられた史上初の社会主義国家に対する期待と希望は健在であった。(デュ・ガールの敬愛する先輩作家アンドレ・ジッドがソビエトを訪れて共産主義の失敗を知ったのは1936年の夏だった)

 なんという慧眼!

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● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 2


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第4巻『美しい季節Ⅱ』(1923年発表)
第5巻『診察』(1928年)
第6巻『ラ・ソレリーナ』(1928年)
第7巻『父の死』(1929年)
1984年白水社より邦訳刊行

 3泊4日のみちのく旅行に携えていった4冊。
 鈍行列車乗車の計14時間でどこまで読み通せるかなと思っていたら、丸々4冊読み終えてしまった。
 ほぼクロスシートを独占できて、疲れたら車窓を流れる景色で目を休めることができるし、空いている車内には気を散らすものもないし、読書には最適の空間であった。

 もちろん、小説の面白さあってこそ。
 チボー家の息子アントワーヌとジャック、読売新聞と朝日新聞のごとき相反する性格をもつ2人の若者の青春が躍動し、それが僭主のごとく振舞った父親の壮絶な死というクライマックスで幕切れを迎える。
 ストリーテリングの巧さと魅力ある登場人物の描写に、知らぬ間に残りページが少なくなっていることに気づき、いつのまにか終点が近いことに驚く。
 現実のみちのくの旅と、本の中の100年前のフランスの旅、二重に体験しているような感覚であった。
  
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JR仙山線沿線・山寺

 第4巻はずばり「恋」の章。二組の大人たちの恋愛模様が描かれる。
 中年のフォンタナン夫妻のぬかるみに嵌まり込んだような奇態な依存関係は、成瀬巳喜男監督の名作『浮雲』の森雅之と高峰秀子のよう。『浮雲』に見るような腐敗臭ある暗さから救っているのは、フォンタナン夫人の堅い信仰である。
 一方、アントワーヌとラシェルの恋は若者らしい一途さと情熱と性愛の率直さで彩られる。
 アフリカやヨーロッパを放浪し人生経験豊かなラシェルによって、仕事一筋の堅物であったアントワーヌが異なった価値観に触れ人生に開かれていく様が描かれる。
 ラシェルがアントワーヌに語る蛮地での奇想天外なエピソードの数々、長年の愛人であったイルシェという男の不気味な存在感、このあたりの描写には同時代のフランス作家アンドレ・ジッド同様、反文明・反近代を志向する著者デユ・ガールの一面が伺えた。

 第5巻はアントワーヌが完全主役。
 有能で誠実で人望ある医師としての彼の一日が描かれる。「赤ひげ」候補といった感じか。
 このアントワーヌの成長は、ラシェルとの激しく熱い恋と唐突な別れがもたらしたものである。
 その意味では、本小説は19世紀以来の教養小説――青年が様々な経験をして成長していく物語――の流れを汲んでいる。
 人間の“成長”が信じられた時代。

 第6巻はしばらく行方不明になっていたジャックの動向が描かれる。
 親友ダニエルの妹ジェンニーとの関係のもつれや父親への反発から家を飛び出したジャックは、すべての知り合いとの連絡を断って、スイスで物書きへの道を歩み始めていた。
 ひょんなことから居所を知ったアントワーヌは、ジャックをパリに連れ戻すべく、一人スイスに向かう。
 2人の父親であるチボー氏が瀕死の状態にあったのだ。
 それぞれ自分の道を歩み始めた兄弟が再会し、愛憎半ばする父親の臨終に立ち会う。

 第7巻『父の死』は物語的にドラマチックな場面には違いないが、ここで扱われているテーマもまた深い。
 一つは安楽死。父親の苦しむ姿に耐えきれなくなったアントワーヌとジャックは、モルヒネを注射することでその苦痛を終わらせる。(現代では尊厳死にあたるから違法にはならないだろう)
 いま一つは宗教と信仰の問題。父親の葬儀のあとで司祭と対話するアントワーヌの言葉に、読者は神を信じられないアントワーヌの唯物論的精神をみるだろう。それは典型的な近代人の姿でもある。
 
十字架

 本書を読んでいると、欧米人にとって父親の存在というのは非常に大きいものなのだとあらためて感じる。
 フロイトは「エディプス・コンプレックス」という概念を提唱したけれど、あれはキリスト教を基盤とする欧米文化ならではのものであって、日本をはじめとするアジア文化にはそぐわないものだと思う。つまり、人類一般に適用できる心理現象ではなかろう。
 「絶対神=父」という構造と刷り込みがまずあって、クリスチャン家庭の中の父親が「神」のごとく敬われていく文化が強化される。家族の成員は父の背後に「神」を見ざるをえない。このとき、家父長制とキリスト教は強固に支え合っている。
 「父に歯向かうことは神に歯向かうこと」という暗黙のルールが支配する社会にあって、自立(自分らしさ)を求める息子・娘たちはどうしたって葛藤に陥る。それが信仰深い家庭の子女であればなおのこと。
 チボー家の「父の死」は「神の死」のひとつの象徴である。
 神の軛から解かれた世界で、アントワーヌとジャックはどのように生きていくのやら・・・。








 


● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 1


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第1巻『灰色のノート』(1922年発表)
第2巻『少年園』(1922年)
第3巻『美しい季節』(1923年)
1984年白水社より邦訳刊行
 
 新書サイズの白水Uブックスで8部13巻からなる大長編。
 今年のゴールデンウィークの楽しみ(と暇つぶし)はこれと決めた。
 骨折休職中に読んだ住井すゑ著『橋のない川』以来の文芸大作にちょっと及び腰のところもあり、おそるおそるページを開いたら、なんとこれが面白いのなんの!
 連休に入る前に第3巻まで読んでしまった

 作者はフランスの小説家ロジェ・マルタン・デュ・ガール(1881-1958)。
 本作でノーベル文学賞を獲った。
 第一次世界大戦期のフランスを舞台に、厳格なカトリックで富裕なチボー家に生を享けた2人の男子アントワーヌとジャック、かたやプロテスタントで自由な家風に生まれ育ったダニエル、3人の若者の人生行路が描かれる大河小説である。

 とにかく物語のスピードが早く、起伏に富んでいる。
 『少女に何が起こったか』や『スチュワーデス物語』などの往年の大映ドラマか、大ヒットしたBBC制作の英国上流階級ドラマ『ダウントン・アビー』を思わせる波乱万丈と濃い人間ドラマが繰り広げられる。
 たとえば、初っぱなの第1巻だけで以下の事件が立て続けに起こる。
  • 幕開けは同じ中学に通うジャックとダニエルの熱いボーイズラブ。
  • 2人の関係がバレて教師や親から責められる。ダニエルは放校処分。
  • 思いつめた二人は手に手を取って駆け落ち。
  • 港町で2人ははぐれてしまい、ダニエルはその夜泊めてくれた女の家で初体験。
  • 2人は警察につかまり親元に連れ戻される。
  • ジャックは、業を煮やした父親の命によって感化院に放り込まれる。
といった具合だ。
 第2巻も第3巻もこの調子で続く。
 先の見えない展開にワクワク&ハラハラさせられる。
 これをそのまま映像化あるいは漫画化したら面白いことであろう。
 フランスでは過去に2度テレビドラマ化されているらしいが、邦訳はされていないようだ。
 映画化されていないのが不思議。

 もちろん、豊かな物語性だけでなく、近・現代小説としての巧さもたっぷり味わえる。
 フランス近代文学にありがちな延々と続く情景描写や高踏なレトリックが抑えられる一方、キャラクター造型と心理描写が卓抜で、登場人物たちの(本人さえ気づいていない)心の底を恐いほど抉り出して、それを見事に文章化する。
 夏目漱石と三島由紀夫を足して赤川次郎フィルターをかけたような感じ・・・(かえってよく分からない?) 
 小津安二郎監督の映画『麦秋』の中で、紀子(原節子)がのちに結婚することになる謙吉(二本柳寛)と緑濃き北鎌倉駅で『チボー家の人々』の話をするシーンがある。
 明らかに小津安二郎もチボー家ファンだったのだ。

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「どこまでお読みになって?」「まだ4巻目の半分です」
(映画『麦秋』より)

 第2巻では、感化院の虐待まがいを知った兄アントワーヌの手によって、ジャックは家に連れ戻される。心の健康を取り戻す過程で、ある年上の女性に恋をして初体験する。(ジャックもダニエルもそうだが、「年上の女性との初体験」というのはどうもフランス文化の十八番のようだ)
 一方ダニエルは、どうしようもない放蕩者で女ったらしの父親が、優しい母親を泣かせているのを目の前で見ながら育ったにも関わらず、自分の中に目覚めてくる父親の血を押えつけるすべを持たない。すでにジャックとのボーイズラブは、彼の中では過去のお遊び。

 第3巻では、ダニエルの放蕩者の資質が全開する。狙った獲物を逃さないスケコマシぶりがいかんなく発揮される。
 アントワーヌは新進の医師としての力と自信を着けはじめ、人生で最初の情熱的な恋に陥る。野心的で仕事第一のアントワーヌの恋による変貌が面白い。
 二人に比べて不器用で潔癖なところもあるジャックは、なかなか世間や社会に馴染まない。ダニエルの妹ジェンニーの存在が気になりだすが、恋の成就は先のことになりそうな気配。
 
 実を言えば、大学時代に本書を読んだような気がするのだが、こんなに面白い小説を覚えていないはずもなく、誰かにあらすじや感想を聞いて読んだ気になっただけなのだろうか?
 それとも本当に忘れてしまった!? 痴呆け?
 この先読み進めていくうちにはっきりするかもしれない。
 しないかもしれない。





● 陰毛に関する不毛な争い 本:『エロスと「わいせつ」のあいだ』(園田寿、臺宏士著)


2016年朝日新書

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 まえがきによると本書は、

 最近、社会的に話題になったいくつかの出来事を素材にして、文化としての「エロス」と刑罰の対象となる「猥褻」との差異を考察するものである。また、性表現と規制の攻防をめぐる戦後の歴史をたどり、明治から続く刑法175条の存在意義を問い直そうとするものである。

 最近話題になった出来事としては、
  1. 春画を掲載した週刊誌を警視庁が指導したケース(2015年)
  2. 自らの女性器をかたどった石膏にデコレーションを施した「デコまん」を発表した漫画家・ろくでなし子が逮捕され裁判となったケース(2014年)
  3. 写真家の鷹野隆大が全裸の男女を写真撮影した作品を愛知県美術館に展示したところ、愛知県警から撤去を求められた「平成の腰巻事件」(2014年)
  4. モザイク処理が不十分としてアダルトビデオの規制団体「日本ビデオ倫理協会」の審査部長らが逮捕され裁判となったケース(2008年)
  5. 松文館発行の単行本コミック『蜜室』が猥褻物だとして作者ビューティ・ヘアと出版元2人が逮捕され裁判となったケース(2002年)
 などが挙げられている。
 戦後の歴史としては、文学作品の猥褻性が問われた『チャタレイ夫人の恋人』、『悪徳の栄え』、『四畳半襖の下張り』の各裁判の経緯がたどられている。

 ソルティは、上の1~5の最近の出来事についてほとんど知らなかったので、「司直はいまだにこういうことをやっているのか・・・」とあきれかえるばかりであった。
 「いまだに」と言うのはもちろん、インターネット全盛でクリック一つでいくらでも“猥褻”文書や画像や動画に触れることができるこの時代に、という意味である。
 成人しか入店が許されないアダルトショップに飾られたオブジェのごとき「デコまん」が槍玉にあげられる一方で、未成年が自分のスマホでそのものずばりの男性器も女性器も、リアルな性行為の動画も自由自在に観ることができる現状にあって、いったい刑法175条にどんな存在意義があるのか、猥褻物摘発や裁判のために使われる警察や法務関係の費用や労力は税金の無駄使いでないのか――誰だって疑問に思うところであろう。

 むろんソルティも、未成年を含む誰の目にも触れるような公の場所や状況において、それが実物だろうと画像や映像や音声だろうと、乳房や性器が素のままでさらされたり、他人の性行為のさまを見せつけられたり、猥談が耳に入ったりするのはよろしくないと思う。
 そこは何らかの規制や刑罰や倫理が必要だろう。
 だが、成人が自ら好んでプライベートに鑑賞する場合、他人に迷惑をかけないのであれば、あえて社会が規制する必要はないと思っている。
 そこは著者と同意見だ。

 そのようなもの(ソルティ注:露骨で直接的な性表現)を直接見たくない、直接聞きたくないという人の感情を刑罰によって保護することは、社会秩序を守るうえで必要不可欠なことだと思うのである。逆に言えば、露骨で直接的な性表現であっても、見たい人だけに提供するならば、それは刑法で規制するような行為ではなく、個人の自由な判断に任せるべきではないかと思うのである。

 「①見たい人だけが見られる、②見たくない人は見なくて済む、③未成年には見せない」
 単純にこの3条項が満たされれば、誰にとっても害はないのでOKではないかと思うのだが、そうは問屋が卸さない。
 
 裁判所は、およそ日本のこの社会において、性器や性行為の露骨で直接的な表現、あるいはそのような表現物が流通しているということ自体を問題としているのである。つまり、自らは直接接することがなくとも、そのようなものが〈この社会に存在していること〉について、不快感や嫌悪感をもつ人びとの仮想的な感情が問題になっているのである。

 すなわち、裁判所は「そのようなものが〈この社会に存在していること〉について、不快感や嫌悪感をもつ人びと」に対して忖度しているわけである。

 これは同性愛をめぐる議論の中でもよく聞かれるところである。
 自分とは赤の他人である男性同士(あるいは女性同士)がよそで恋愛しようがセックスしようが一緒に暮らそうが、自分や家族にはなんの物理的被害も経済的被害も受けないであろうに、同性愛が〈社会に存在すること〉が許せないという人たちが一定層いる。
 自らの持っている倫理や価値観から外れた人々の権利を認めないというのは、ある意味、宗教的信念に近い。あるいはプーチンか。
 実際、キリスト教原理主義やイスラム教、そしてプーチンは同性愛に不寛容である。

 残念なことに、往々にしてそうした信念を抱く層が社会において強い影響力を持っている(つまり保守層と重なる)ことが多いので、警察や裁判所も忖度せざるを得ないのだろう。
 他人の宗教的信念や価値観を変えるのは相当の困難を伴うので、猥褻裁判もまた最初から負けが決まっているような不毛な闘い(ありていに言えば「茶番」)になることが多い。
 本書では、戦後から平成に至る猥褻裁判のさまざまな茶番のさまが描かれている。
 チャタレイ裁判の起訴状の抜粋が引用されているが、その文面たるや、原作(邦訳)をはるかに上回るねちっこさと下劣さといやらしさ。
 声に出して読んでほしい。

 完全なる男女の結婚愛を享楽し得ざる境遇の下に人妻コニイはマイクリスとの私通によってこれを満たさんと企てたが、本能的な衝動による動物的な性行為によっても自己の欲情を満たす享楽を恣(ほしいまま)にすることが出来ず、反って性欲遂行中の男性に愉悦の一方的利己的残忍性すらあるを窃(ひそ)かに疑い失望に瀕したとき、自分の家庭で使用する森の番人で教養の度に優れず社会人としても洗練されて居ない寧ろ野生的でそほんな羞恥心をわきまえざる有婦の夫メラーズを発見するや、不用意な遭遇を機会に相互の人格的理解とか人間牲の尊崇に関し些(いささか)の反省批判の暇なく、全く動物的な欲情の衝動に駆られて直に又これと盲目的に野合しその不倫を重ねる中・・・・・・(続く)。

茶番垂れ幕

 そうこうしているうちに、状況はドラスティックに変わってしまった。
 いまや、「①見たい人だけが見られる、②見たくない人は見なくて済む、③未成年には見せない」の3条項さえ守ることは難しくなった。
 つまり、未成年がスマホやパソコンを用いて猥褻情報に接するのを防ぐ役割が、国家や自治体の手を離れ、各家庭の保護者に託されてしまった。
 子どもがどのような性的価値観、倫理観を身につけるかについて、各家庭が責任を負わなければならないのである。 
 この流れを押しとどめることは、日本が中国やロシアのような管理主義的独裁国家にならない限り不可能であろう。

 結局のところ必要なのは、メディアリテラシーと性教育。
 結論は何十年も前から出ているのだが・・・・・。




おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● ほとけは何故西からやって来たのか? 本:『深大寺の白鳳仏』(貴田正子著)

2021年春秋社

 東京三鷹にある深大寺の釈迦如来像が平成29年(2017)9月に国宝指定された。
 その一ヶ月後、ソルティは新そば目当てに深大寺を訪れ、拝顔することができた。
 思ったよりずっと小ぶり(83.9㎝)で可愛らしいお釈迦様であった。
 さび色に鈍く光るブロンズのなめらかな質感が、たおやかな顔立ちや体や衣装の柔らかな線とマッチして、美しかった。

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 この像は7世紀後半の白鳳時代に作られたもので、関東以北でもっとも古い仏像と言われている。
 数百年深大寺にあったにもかかわらず、いつの間にか同じ境内にある元三大師堂の縁の下にしまい込まれ、忘れ去られ、世間に発見され衝撃を巻き起こしたのは明治42年(1909)10月のことだった――という来歴の突飛さも話題である。
 仏像愛好家の間では、その美しさから白鳳三仏の一つに数えられている。
 すなわち、
  • 奈良・新薬師寺の香薬師如来立像(旧国宝)
  • 奈良・法隆寺の夢違観音像(国宝)
  • 東京・深大寺の釈迦如来倚像(国宝)
 著者の貴田によると、白鳳時代の仏像の特徴は直前の飛鳥時代にくらべ、「丸顔、入定相の目(半眼)、可憐な小さな鼻、口角が水平、写実主義が進みプロポーションが人体に近づく」というもので、「世界に誇る日本独自の“かわいい文化”の起源」とのこと。
 なるほど、深大寺の釈迦如来像は童子のように可愛い。

 上記の白鳳三仏のうち新薬師寺の香薬師如来像は昭和18年(1943)に盗まれ、現在行方不明になっている。国宝指定を受けていないのはそれ故だ。
 なんという罰当たりな人間がいることか!
 実は、ソルティの実家の産土神社もまた、祭神を象った像が盗まれて久しい。
 「神様を盗む人間などいるはずがない」という地域住民に対する神社の信頼が裏目に出たのだろう。 
 (祠の中に扉に鍵もかけず置かれてあった)
 最近はちょっと珍しい仏像や神像の画像が“インスタ映え”を狙ってネットで出回る時代だから、それを見つけて、良からぬ動機を抱いて外からやって来た者がいたのでないかと思う。
 早く返してくれ~! 

盗まれた宇賀神さま
行方不明中

 香薬師如来像はいまも行方知れずなのだが、盗まれた時に取れたのか、かろうじて右手だけが現場に残された。
 が、この右手もいつの間にか行方が分からなくなっていた。
 産経新聞の記者時代から香薬師如来像の行方を追い続けてきた貴田(1969年生)は、あふれんばかりの仏像愛と情熱と執念でこの右手探索に乗り出し、ついにその在りかを突き止め、平成27年(2015)に65年ぶりに新薬師寺に戻すのに一役買った。
 貴田は別の著書でその経緯をくわしく記しているが、本書もまた歴史ロマンであると共に仏像ミステリーである。

香薬師寺像の右手
同じ著者による
香薬師像の右手発見の経緯を描く

 では、深大寺の釈迦如来像に関するミステリーとは何か?
 言うまでもない。
  1.  なんで白鳳時代を代表する国宝級の素晴らしい仏像が、当時は未開の蛮地である関東のこんな草深い寺に存在するのか?
  2.  なぜそれが明治になるまで人知れず埋もれていたのか?

 関東随一の天台古刹、深大寺でもっとも著名といえば、なんといっても本書主役の「深大寺像」である。天平5(733)年とされる寺の開創よりも古く、関東最古の傑作白鳳仏である。
 繰り返しになるが、深大寺像について、その伝来を記した寺史はいっさい存在しない。

 見つけ出した考古学者の柴田常恵の回顧録によると、寺の梵鐘調査に訪れていた柴田ら三人が梵鐘の拓本をとり、帰り支度をはじめながら元三大師堂に回った。そばにいた年配の寺務員に「古い寺だから写経の大般若などないか」などと尋ねると、その寺務員は「たいしたものはない」と返しつつ、縁の下に仏像があることを教えた。柴田が二人がかりで引っ張り出してみると、あまりに見事な仏像で驚いたという。

 深大寺の創建は天平5年(733)、満功上人によると言われている。(762年の説もあり)
 大陸(高句麗)からの渡来人である福満が当地の豪族の娘と恋に陥り、娘の親の猛反対を押し切って二人は結ばれた。その助けをしてくれたのが深沙大王(じんじゃだいおう)であったことから、二人の間に生まれた満功上人はのちに大王を祀った。それが深大寺という名の謂れである。ちなみに、深沙大王とは『西遊記』に登場する沙悟浄のことらしい。
 一方、深大寺の如来像はその造りから、白鳳三仏の他の二像と同じ工房で作られた可能性が非常に高い。
 つまり、関西で生まれたのだ。
 それが、なぜ、いつ、誰の手によって関東に運ばれたのか?

深大寺
深沙大王堂

 貴田は国会図書館に何度も通い、様々な文献にあたり、実地調査を行い、仏像研究家や関連する寺の住職や同好の士との議論を重ね、自ら年表を作成し、謎の解明に向けて邁進する。
 その何かに憑かれたような情熱とふるまい、そして随所で起こる不思議な偶然のさまは、森下典子著『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』(光文社、1995年)を想起させた。
 つまり、スピリチュアル・ミステリーの色合い濃く、書き手のワクワク感が読み手にも伝わってくる。


 貴田は、福満のいま一人の息子、満功上人の腹違いの弟に焦点を当てる。
 少年の頃に武蔵野から京に上り、持って生まれた才覚一つで出世の階段を駆け上がり、聖武天皇と光明皇后と孝謙(称徳)天皇の篤い信頼を得て生涯重用された一官僚、高倉福信がその人である。 
 当時、関東に深い縁を持ち、貴重で高価な仏像を手に入れられるほど中央政府に入り込んだ人間は彼以外にいないという。
 貴田探偵は、高倉福信が何らかの縁で手にした釈迦如来像が福信から兄の満功上人に渡り、深大寺に納められた――という至極納得いく仮説を立て、それをもとにさらに調査を進め、福信に仏像を託した人物および仏像の造られた由来にまで推理を深めていく。
 このあたり、上質な本格ミステリーのようなスリルと満足度が味わえる。
 
 ソルティは本書で高倉福信という人物をはじめて知った。
 深大寺のそばにある祇園寺(調布市)の重要性もまた。
 近いうちに深大寺像に会いに行き、深大寺そばに舌鼓を打ちたいものである。

 「如何なるか是れ祖師西来意」
 「庭前の蕎麦」



深大寺そば



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







 
 

● トンネルを抜けるとBLがあった 本:『少年』(川端康成著)

1948~49年初出
2022年新潮文庫

 宇能鴻一郎の『姫君を喰う話』に続く新潮文庫のスマッシュヒット。
 編集部に世相に敏感で勘のはたらく人間がいるに違いない。

 日本の誇るノーベル文学賞作家の自伝的BL小説という意外性と大正浪漫の香り。
 旧制中学の寄宿舎という“お約束”も魅力の一つである。
 ソルティはこの小説あるのを知っていたが、川端康成全集に収録されて図書館の倉庫に眠っていたので、あえて借りて読もうという気も起らなかった。
 濃紺の背表紙をもつ新潮文庫・川端康成シリーズの一冊に入って書店に並ぶということは、やはり格段に手に取りやすく、読みやすくなる。
 帯のアオリも明らかにBLファンを狙った確信犯。

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 川端青年が愛したのは、同じ寄宿舎の3年後輩である清野という少年であった。
 大正5年(1916年)から一年間、同室となった清野と肌を触れ合って眠るほど親しくなり、卒業後も手紙のやりとりを交わしていたが、清野が大本教の熱心な信者として信仰の道に入るようになった大正9年を最後に会わなくなった。
 川端が18歳から22歳の出来事である。(当時は数え年だったから、今で言えば17歳から21歳のみぎり)
 出世作となった『伊豆の踊子』との恋が芽生えた天城越えの旅は19歳の秋のことであるから、川端は生まれついての同性愛者(少年愛者)あるいは両性愛者というわけではなく、女性との恋愛に乗り出す前に、美しく(女性的な)同性との模擬的恋愛を体験した――といったところかもしれない。
 もっとも当時(明治・大正期)男子学生の間で男色は珍しいものではなかった。

 おそらく、これを読んだBLファンはちょっと落胆するのではないか。
 読む限りにおいて、川端と清野の間には互いの肌の接触や接吻以上の関係はなく、恋愛物語に欠かせないトキメキや戸惑いや恍惚や落ち込みや疑心暗鬼や嫉妬やその他もろもろの感情が細やかに描き出されているわけでもない。
 肝心の清野の美しさについても、のちに『雪国』で示されたような詩才を駆使して表現されることもない。
 つまり、“キュンキュン”度は低い。
 愛情の濃さというかマニアック性についても、稲垣足穂の少年愛にくらべれば、おままごとのようなものである。(ただ、BLファンの審美眼はフンドシ親父の稲垣足穂はとうてい受け入れがたいだろう) 

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稲垣足穂
(かなりボカしています)

 ソルティはBL的な面白さより、青春期の川端康成の内面を示すモノローグに興味が湧いた。
 当時の日記がそのまま引用されている部分に、ほとばしる若さが見られるのだ。

 今日も朝から学校に出て何を得て来たのかと思うと、ほんとうに悲しくなる。学校の教えに異教徒のような日を送りながらも、ずるずると五年間もひきずられ、卒業間近まで来てしまった。・・・・・・・
 尚この上続く学生生活が同じような幻滅に終りはしまいかと不安にとらわれてならぬ。
 ああ、私にゆるされた生命のすべてを燃焼しつくしてみたい。

 私はもっともっと愛に燃えた少年たちとルウムをつくりたい。

 肉体の美、肉体の美、容貌の美、容貌の美、私はどれほど美にあこがれていることだろう。私のからだはやはり青白く力がない。私の顔は少しの若さも宿さず、黄色く曇った目が鋭く血走ると言ってもいいくらいに光る。

 図画の時間S君にも話したように、私は高等学校を経て帝国大学に進むのなら、いっそ文学の学者になってしまおうかと思っている。創作の天分の疑いがだんだん増してくるにつれ、最近私の心はそんな方へ傾きかかっていることも事実である。


 劣等感、将来への不安、自己不信、欲求不満、情熱的な生への憧れ・・・・。
 後年、文章家として芸を極め枯淡の境地に達しているかのような、あるいは虚無と諦念のうちに「美」を除いた世俗を放擲したかのようなイメージある文豪にも、こんなナイーブで情熱いっぱいの時代があったのか・・・・・と新鮮な感を持った。



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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● 本:『法螺吹き友の会』(G・K・チェスタトン著)


2012年論創社(井伊順彦・訳)
収録作品
『法螺吹き友の会』(1925年初出)
『キツネを撃った男』(1921年初出)
『白柱荘の殺人』(1925年初出)
『ミダスの仮面』(1936年執筆)

法螺吹き友の会


 「ブラウン神父シリーズ」で有名なG・K・チェスタトンによる表題の長編小説、および3編の短編ミステリーからなる。
 短編の一つ『ミダスの仮面』はブラウン神父物のミステリーで、チェスタトンの秘書だった女性の屋根裏部屋から発見され、著者の没後半世紀以上たった1991年に発表されたという。(初訳は1998年)
 それ以外の作品はこれが本邦初訳である。

 よくもまあ本書を刊行してくれたなあと出版社の心意気に感心する。
 論創社という名はあまり聞かないが、長谷部日出雄著『新版 天才監督 木下惠介』(2013年)を出してくれた有り難い版元であった。
 同社のホームページを見ると、大手出版社が手をつけないようなニッチでユニークな書籍が並んでいる。
 入手困難な名著の復刻、現代戯曲、戦前の日本の推理小説、ディクスン・カーやクロフツなど黄金時代の未訳の海外ミステリーなど、なかなかに食指をそそるラインナップ。
 出版不況と言われるこのご時世に、コンスタントに新刊を出し続ける体力の秘密はどこにあるのだろう?

 さらに本書について言えば、「ブラウン神父物の新たに発見された短編の単行本初収録」というキャッチは確かにあるけれど、表題作である『法螺吹き友の会』が邦訳に(というか英語以外の言語の訳出に)向いているとは言い難いうえ、内容的にも決して読みやすいものではない。
 『吾輩は猫である』のような高踏ユーモア小説というべきで、ミステリーを期待して手に取ったら肩透かしを食らうのでご注意。
 
 原題 Tales of the Long Bow は、long bow という語が brow the long bow「ほらを吹く」という慣用句として使われることから『ほら吹きの話』という意味合いで間違いないのであるが、これにはオチがあって、話の最後に小作農による権力への抵抗(一揆のような)というエピソードがあり、ここで農民たちによって使われる武器が long bow つまり「長い弓」なのである。
 つまり、字義通り「長い弓の話」となる。
 このように、この小説の一番の特徴は、英国人なら誰もが知っている英語の慣用表現が、字義通りの意味に使われるところに意外性や面白さを引き出す点にある。
 ほかにも、white elephant「不用品、厄介なもの」、pigs fly「現実にありえないこと」、set the Thames on fire「世間をあっと言わせる」などの慣用句が出てくる。
 日本語に置き換えて例を挙げるなら、「あいつはいつも味噌も糞も一緒にする」と言ったら、本当に味噌汁に糞を入れて出してきた、ギャフン――といった感じか。
 それ以外にも、英語ならではの洒落や地口、英文学からの引用などが縦横無尽に繰り出される。
 英語を母国語とする教養人ならきっと抜群に面白いだろうし、作者の機知やユーモアや造詣の深さに感心するところだろう。
 だが、これを日本語で読むとなると・・・・・。
 翻訳者の井伊順彦は頑張ったと思うが、この本の邦訳には最初から乗り越えがたい壁があろう。

乗り越えがたい壁

 チェスタトンの難渋で回りくどい文体もまた、ブラウン神父物で慣れているソルティでさえ、時に苛ついた。
 ミステリーならまだしも政治や文化を語りだすと、とても高尚過ぎて(あるいはチェスタトンの保守思想に閉口して)興ざめしてしまう。 
 創元推理文庫や早川書房が手を出さなかったのも理解できる。
 よくまあ本作を出版したものよ。

 一方、3つの短編は面白かった。
 チェスタトン・ミステリーの特徴であるどんでん返しがどれも効いていて、「さすが!」と思った。
 中でも『白柱荘の殺人』がよく出来ている。
 読み終えた後に、もう一度最初から読み返したくなるのは必至。
 一見難渋で回りくどい文体が語り口の巧さに転じるところに、すなわち文体そのものがトリックの重要な構成要素となっているところに、チェスタトン・ミステリーの秘密があるのは間違いない。




おすすめ度 :★★

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● K 本:『はじめてのスピノザ 自由へのエチカ』(國分功一郎著)

 木島泰三著『自由意志の向こう側』を読んでスピノザに関心を持った。
 スピノザは無神論者であり、自由意志の存在を否定したという。
 原典を読むのは大変なので、スピノザの思想を簡潔に解説している本はないものかと探したところ、本書にあたった。
 著者の國分功一郎は、1974年千葉県生まれの学者。専門は哲学・現代思想。
 プロフィールに見る鋭角的な顔立ちが、いかにも頭脳明晰といった印象。

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スピノザ[1632-1677]
オランダの哲学者。初めユダヤ教を学んだがやがて批判的見解を抱き、教団から破門されて学問研究に専念。唯一の実体である神はすなわち自然であるとする汎神論を主張し、精神界と物質界の事象はすべて神の2属性の様態であると説いた。また、事物を神との必然的関係において直観することに伴う自足感を道徳の最高の理想とした。主著「エチカ」「知性改善論」など。(出典:『小学館デジタル大辞泉』) 

 上記の説明を読むと、スピノザが無神論者というのは正確でなく、汎神論者ということらしい。
 神即自然(この世界すべてがそのまま神のあらわれである)という考えが、世界を創造した超越的な唯一絶対神を信仰するユダヤ教やキリスト教の教えと反するがゆえ、無神論者と非難されたのである。
 自らがそこで生まれ育った揺籃たるユダヤ教を否定し、教会のみならず親族やコミュニティからの八分さえ恐れることなく、名利も追わず、一途に真実を求める男。
 なんてかっこいいヤツ!

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そう?

 國分はスピノザの思想の歴史的位置づけと現代的意義について、次のように書いている。

 やや象徴的に、スピノザの哲学は「ありえたかもしれない、もうひとつの近代」を示す哲学である、と言うことができます。
 そのようにとらえる時、スピノザを読むことは、いま私たちが当たり前だと思っている物事や考え方が、決して当たり前ではないこと、別のあり方や考え方も十分にありうることを知る大きなきっかけになるはずです。(本書より。以下注記ないものは同じ)

 こんなふうに紹介してくれると、スピノザ理解の助けになる。
 スピノザの難しさは、言葉や言い回しや理論の難しさというより、我々の頭の中のOS(オペレーションシステム)を取り換えなければ何を言っているか分からないといった類いの難しさなのだ。
 そしてそれはスピノザの面白さでもある。
 木島泰三も書いていたが、スピノザを読むことで、自らに「認識のコペルニクス的転換」が生じる可能性がある!
 本書は、平易な言葉により、身近な「たとえ」を適宜用いながら、ポイントを絞って、スピノザの思想を紹介している。
 書名に偽りはない。スピノザ入門書としておススメである。

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 やはりソルティが一番気になるのは、スピノザの自由意志に関する見解である。
 没後に刊行された主著『エチカ』の中で、スピノザは次のように述べている。

 例えば人間が自らを自由であると思っているのは、すなわち彼らが自分は自由意志をもってあることをなしあるいはなさざることができると思っているのは、誤っている。そしてそうした誤った意見は、彼らがただ彼らの行動は意識するが彼らをそれへ決定する諸原因はこれを知らないということにのみ存するのである。だから彼らの自由の観念なるものは彼らが自らの行動の原因を知らないということにあるのである。(第2部定理35備考)

 言い換えれば、「我々の行動は無意識によって決定されているにもかかわらず、我々はそれを自らの自由意志によって決定したと勘違いしている」ってことになろう。

 また、次のようにも述べている。

 精神の中には絶対的な意志、すなわち自由な意志は存しない。むしろ精神はこのことまたはかのことを意志するように原因によって決定され、この原因も同様に他の原因によって決定され、さらにこの後者もまた他の原因によって決定され、このようにして無限に進む。(第2部定理48)

 これは仏教の因縁の教えそのものであり、自由意志論争における立場の一つである「因果的決定論」そのものであり、ユヴァル・ノア・ハラリの言うアルゴリズムそのものである。
 スピノザは明らかに自由意志の存在を否定するハード決定論者である。

 では、我々には自由がないのか、いや、そもそも何をもって自由と言うのか?
 スピノザはこの問いについても答えを用意している。

 自己の本性の必然性のみによって存在し・自己自身のみによって行動に決定されるものは自由であると言われる。これに反してある一定の様式において存在し・作用するように他から決定されるものは必然的である、あるいはむしろ強制されると言われる。(第1部定義7)

 スピノザ(と國分)は、自由を「自らが原因となって何かをなすこと」すなわち「能動であること」と定義し、能動について話を進めていくのであるが、ここから先は本書にゆずるとして、ソルティが上記の文章でハッと思い当たったのは、20世紀が生んだ最高の賢者と言われる人の言葉であった。
 クリシュナムルティ(1895-1986)である。

 自分の思考が記憶の反応であり、記憶が機械的であるということを極めて明確に理解しなくてはなりません。知識はいつまでたっても不完全なままであり、知識から生じた思考はいかなるものであれ、限られています。そのような思考は部分的であり、決して自由ではありません。ですから、思考の自由というものは全く存在しないのです。しかしながら、思考プロセスではない自由を発掘し始めることは可能です。そしてその自由の中では、精神はそれ自体が受けているあらゆる条件づけ、それ自体に作用するあらゆる影響に単に気づいているだけなのです。
(クリシュナムルティ著『四季の瞑想』、コスモス・ライブラリー発行)

 クリシュナムルティは、人間は歴史や社会や風土や文化や宗教や教育やしつけやその他もろもろのものによって「条件づけられて」いるのであって、その条件づけからなされた一切の行為に真の自由はない、と説いた。
 人が自由を得るのは、あるいは自由な行為が可能となるのは、もろもろの条件付けに気づいた洞察がもたらす解放によってのみであり、そこには意志や欲望はもちろん思考や感情の出番はない。
 クリシュナムルティは、そうした解放の後にも「個人の独自性(individual uniqueness)」は残るとも言っている。
 それは「エゴ」ではなくて、「普遍的な生に固有の区別であり、個人性からすべてのエゴイズムが一掃された時に残る、個人性の純粋に抽象的なフォルム(型)」なのだという。(1928年のクリシュナムルティとE.A.ウッドハウスの対話より)
 スピノザの言う「自己の本然の必然性」という言葉と共鳴するものを感じる。

 さらに、クリシュナムルティはスピノザ同様、既存の神や宗教を徹底的に批判した無神論者であった。
 が、「あるがままのものが聖である」という言葉に見られるように、スピリチュアルなものを否定はしなかった。彼の自然に対する愛はつとに有名である。
 ある意味、汎神論に近いのではないかと思う。

 クリシュナムルティをとっかかりとして、スピノザの思想に近づけるのではなかろうか?
 ――という感触を持った。


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Gerd AltmannによるPixabayからの画像



おすすめ度 :★★★

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● 福田村事件の追憶

 筒井功の『利根川民俗誌 日本の原風景を歩く』の中に大正12年(1923)に起きた福田村事件の記載があった。
 関東大震災の時に発生した「朝鮮人暴動」という流言飛語に乗せられて起きた、地域住民による集団暴行殺害事件で、被害者となったのは朝鮮人ではなくて、香川県から行商に来ていた被差別部落の住民たちであった。
 一行15名のうち、6歳、4歳、2歳の幼児3名を含む男女9名が、鳶口や竹槍や日本刀で襲われて、その場で絶命した。女性の一人は妊娠中だったので、胎児を含めると10名が殺されたことになる。

 この血みどろの殺戮劇があったのは、千葉県東葛飾郡福田村三ツ堀(現在の野田市三ツ堀)の香取神社周辺で、当地での行商を終えた一行は利根川を渡って、隣の茨城県に向かう途中であった。
 そこで渡し場の船頭とのちょっとした諍いがもとで足止めを食らい、集まってきた村人たちに「朝鮮人ではないか」と問い詰められたあげく、恐怖と怒りから我を忘れ狂気と化した男たちによって惨殺されたのである。
 
 ソルティは少し前に加藤直樹著『九月、東京の路上で』ほか、朝鮮人虐殺に関する本を読んでいたこともあり、一度現地を訪ねてみようと思った。

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東武アーバンパークライン・野田市駅

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駅前にあるキッコーマンの工場

 「東武アーバンパークライン」という、かつての「E電」と同じ運命をたどりそうな、いっこうに馴染みそうもない愛称を奉られた「東武野田線」の野田市駅からバスに乗る。
 野田は千葉県内で銚子と並ぶ醤油のふるさと。業界最大手のキッコーマンと白醤油部門では業界最大手のキノエネ醤油が所在する。
 駅を降りたら醤油の香りがぷんぷん――ということはなかった。

 香取神社前まで「まめバス」という愛称をもつ可愛いコミュニティバスに乗り約20分。
 市街地を過ぎると、古くからの農村風景と郊外バイパス沿線の無味乾燥な風景が入り混じった、どこにでもある光景が広がる。
 利根川の土手が見えてきたら目的地は近い。

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香取神社前バス停
野田市駅からコミュニティバスで100円

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のどかで平和な風景が広がる

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香取神社はバス停から歩いてすぐのところにあった

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香取神社と隣接する円福寺(神仏習合の時代は別当寺だった)

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香取神社
千葉県香取市の香取神宮を総本社とし、経津主神(フツヌシノカミ)を祀っている。
経津主神は刀剣の威力を神格化したものと言われる。
まさか村人たちに神が乗り移ったのか?


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拝殿と本殿が分かれている本格的な造り

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境内には日露戦争の記念碑なども建っている

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鳥居の内側から参道を見る
一行15名のうち生き残った6名は、針金で鳥居に縛られていたという。
殺された9名は、参道の途中にあった茶店の床几に座っていた。
想像するに、鎮守様の境内にいた人間にはさすがに地元民は手が出せなかったのではないか?

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円福寺(真言宗豊山派)

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円福寺境内に見かけた九地蔵
一般に、輪廻転生する六道(天界・人界・阿修羅道・餓鬼道・畜生道・地獄)に合わせた六地蔵が普通。
九体ある(しかも左の三体は子供のように見える)ことに、九人の犠牲者との関連はあるのか?
お地蔵様自体は、明治初期の廃仏毀釈の影響が見られるので、相当古い時代(江戸時代以前)のものに思われる。


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少し離れたところに円福寺の霊園がある

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この境内に福田村事件の被害者を祀る慰霊碑があるらしい
(ソルティは気がつかなかった)

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香取神社、円福寺の裏手が利根川
河川敷ゴルフ場のはるか彼方に名峰・筑波山が霞んで見える

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広々した空間が気持ちいい利根川の土手

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前方に見えるは常磐自動車道の利根川橋

 このように今なお風光明媚でのどかな土地で、かくも残虐非道な振る舞いが行われたことに驚くばかり。
 来年(2023年)は、福田村事件100周年にあたる。
 オウム真理教信者の日常を描いた『A』『A2』や『放送禁止歌』等の作品で知られるドキュメンタリー作家の森達也が、この事件の映画化を企図しているとのことで、最近キックオフイベントが行われたとのニュースを読んだ。
 いったいどんな作品になるのか期待大であるが、ひとつだけ留意したいのは、現在三ツ堀に住んでいる人々には、何の責任も罪もないってことである。

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亡くなられた犠牲者の冥福を祈る



 

 

● 本:『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』(木島泰三著)

2020年講談社

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 いやあ、難しかった。
 おのれの読解力の限界に挑戦するような読書体験であった。
 自分は文系だなんてよく言えたものだ。
 遺伝(生まれ)か環境(育ち)かは知らず、脳の構造や頭の働きにはどうにもならない壁があるってのを痛感した。

 もちろん最初から哲学書と分かってはいた。
 山口百恵の引退ラストソングを思わせるようなノスタルジックでパセティックなタイトルに警戒心を解いて、おもむろに読み始めたものの、文意を理解し論理を追うのに手こずった。
 自由意志の有無をめぐる昨今の議論は興味深いし衝撃的でもあるので、もっと“一般向け”にわかりやすく書いてくれたら・・・・・と願わざるを得なかった。

 内容を的確にまとめるのも紹介するのも自信がないので、読書感想文レベルで素直に思ったことを記す。
 まず、著者の木島泰三は西洋近世哲学を専門とする研究者(1969年生まれ)ということなので「哲学者」と言っていいと思うのだが、現代の哲学者には科学的素養が不可欠なのだということを改めて感じた。 
 哲学とは、「人間はなんのために生きるか?」とか「人間はどう生きるべきか?」といったことを問う学問と思うが、その肝心の「人間」がそもそもどういう存在であるかを把握する上で、現代科学(とくにダーウィン以降)の知見がもはや欠かせないのである。
 進化論、遺伝子学、脳科学、心理学、動物行動学、果ては宇宙物理学や量子力学まで、「人間存在」を科学の言葉で解明できる部分が少なくない、という現実がある。
 その意味で、本書も哲学書でありながら科学書の趣きもある。
 現代の哲学者はたいへんだ。

 次に、本書全体の特徴を言うなら、「自由意志の問題を考察する上で最低限知っておきたいトピックをほぼ網羅した見取り図を描いている」ということになろう。
 古代ギリシャのソクラテスやデモクリトスに始まって、リチャード・ドーキンスの『利己的遺伝子』やベンジャミン・リベットの実験に至るまで、哲学史と科学史をたどりつつ、この問題に関する幅広い議論や説や様々な論点を整理・紹介してくれている、たいへんな労作である。 
 ソルティは、最先端の科学が自由意志の存在を否定する(ように見える)ことに関心を抱き、興味の赴くまま関連本を読んできたのであるが、そもそも自由意志の問題は哲学史において、古代から議論白熱の主要トピックの一つだったのである。
 その視点がソルティにはまったく抜けていたということに気づかされた。

 とはいえ、それも仕方ない。
 本書でも記されているように、近代科学の勃興をみるまで、自由意志の問題はおおむねキリスト教神学の中で取り上げられてきたのであった。
 
 こういう全能の唯一神を中心に据えるようになったヨーロッパ思想において、自由意志の問題は何より、神の全能性と人間の自由をどのように調停するのか、という問題として取り組まれてきた。これは人間の運命を気にかけ、それを左右しようとする人格的存在と自由意志との関係という問題であり、典型的な「運命論」の問題である。 

 つまり、ソルティが関心を持っている「自由意志の存在の有無を科学的に如何する」というテーマとはおのずから次元が異なる。
 全能の唯一神をはなから想定していない者にしてみれば、まったく関係ない議論である。
 
 一方、著者が本書でもっとも議論を尽くして強調している「運命論」と「因果的決定論」との違いは重要なポイントであり、現代の自由意志論争においても関係ないとは言えない。
 (人間についての)因果的決定論とは「自然法則に適った何らかの過程が意志を決定している」という意味で、簡単に言えば「ドミノ倒しのような原因と結果の法則は、人間の思考や感情や行動を含めたすべてに適用される」ということである。
 著者はこれを「運命論」とは明確に区別されるべきと主張している。

 運命論と因果的決定論との最大の区別はどこにあるか。それは、因果的決定論は目的論の要素を含まない思想であるのに対し、運命論が本質的に目的論の一形態として解される思想であるというところにある。つまり運命論によれば将来の「運命」があらかじめ定まっており、それを実現させる「ために」という、終着点(テロス)の指定が不可欠の要素として想定されている。あるいはそれは、「どこへ?」という問いかけと抜きがたく結びついている。

 たとえば、いま科学者が「自由意志は存在しない」とか「我々の思考や行動を決定しているのは無意識であり、意識は傍観者に過ぎない」と言ったときに、「ならば、我々の運命はあらかじめ決まっていて、何をしても無駄なのか?」とつい悲観的になってしまう人がいるかもしれない。
 が、人の運命をあらかじめ定めているような偉大な神なり宇宙的プログラマーなりは存在しないので、悲観したり捨て鉢になったりする必要はないよということである。
 たしかに、この違いをわきまえることは重要であろう。

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 現在、自由意志の有無をめぐる議論は、次の3つの立場に分かれるという。
  1. 自由意志原理主義(リバタリアン)・・・自由意志はある!
  2. ハード決定論(因果的決定論)・・・自由意志はない!
  3. 両立論・・・1と2は両立できる?
 詳しくは本書にゆずる(ゆずらざるを得ない)が、著者の立場は、たとえこの先、2のハード決定論が科学的に完璧に証明されたとしても、それで人生をあきらめる必要もないし、自らの定めた目的に向かって努力やチャレンジするのを「無駄」と切り捨てる必然性もないよ、ということのようだ。(ひどい雑なまとめ!)

 もう一点。
 因果的決定論の最たるものは、おそらく仏教それも初期仏教であろう。
 「是あれば彼あり、是なければ彼なし」の因縁の教えは仏教の中心教義である。
 また、仏教で「意志」という概念にあたるのは「行(サンカーラ)」だと思うが、ブッダは人間を構成する五蘊(色・受・想・行・識)のいずれもが「無常であり、無我であり、苦である」と説いた。
 「行(=意志)は幻想である。それは“わたし”ではないし、そこに“わたし”はいないし、そこを離れた外部にも“わたし”はいない」と言った。
 こうしたブッダの教えが、最先端の科学の知見と符合するところが多いというのが、ソルティがそもそもこのテーマに関心を持った理由であった。

 木島は西洋哲学専門なので、本書には仏教に関する論考が入っていない。
 しかし、自由意志の問題に関する見取り図を作るなら、やはり仏教に触れないわけにはいかないと思うし、仏教が「決定論をめぐる哲学史」においてどういう位置を占めるのか、自由意志についてブッダはどうとらえていたか、非常に気になるところである。
 
 著者は『エチカ』を著したオランダの哲学者スピノザ(1632-1677)に多大な影響を受けた模様。
 唯一絶対神を否定したスピノザの思想は「歴史上もっともラディカル」と言われている。
 私見だが、歴史上もっともラディカルな思想は、スピノザでもマルクスでもなく、ブッダだと思う。
  
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スピノザ
気になるが、ソルティに読めるだろうか?




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● 本:『利根川民俗誌 日本の原風景を歩く』(筒井功著)

2021年河出書房新社

 江戸時代後期、千葉県布川に赤松宗旦という医者がいた。
 晩年に、地元布川を中心とする利根川流域の歴史・風俗・動植物を紹介する図説入りの本を書いた。
 それが『利根川図志』(1858年刊行)である。

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 本書は、利根川流域を転々と移り住んできたという筒井が、宗旦の『利根川図志』に倣って、自らの興味の赴くままに、岸辺の町や遺跡や風物を訪ねて紹介したものである。
 民俗紀行エッセイといった感じであろうか。

 坂東太郎もとい利根川は、新潟県と群馬県の境にある大水上山(1,831m)に水源を発し、群馬県を縦断し、埼玉県の上辺をなぞり、東北本線栗橋駅の北で渡良瀬川と合流したあと、茨城県と千葉県の県境を作りつつ、銚子(犬吠埼)で太平洋へと注ぐ。
 全長は322km、信濃川に次いで日本で2番目に長い。
 
 本書で対象とされるのは、渡良瀬川との合流地点から下流部分について。
 主たる町の名を上げれば、古河・野田・坂東・我孫子・取手・布川・印西・成田・香取・潮来・神栖・銚子。
 我孫子から銚子までは、JR成田線沿線となる。

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 こういう本は、実際に現地を足で巡りながら読むのが一番面白いのであるが、さすがにそれはたいへんなので、昭文社『スーパーマップル 関東道路地図』を手元に置きながら、取り上げられる町の地図上の位置を利根川や鉄道との関係で確かめつつ、読んでいった。
 おかげで、ちょっとした旅行気分が味わえた。
 JR一筆書きツアーで何度か成田線には乗っていて沿線風景も目にしているが、この路線では下車したことがないので、非常に興味深かった。
 
 題材は幅広い。
 赤松宗旦や柳田邦男の住んだ家や家族の話、非定住民たちのテント集落があった森、変わった土地の名前の由来、利根川の流れの変遷や度重なる水害、“風俗壊乱(乱交)”の祭りの伝承、平将門伝説、宝珠花にあった遊郭、昭和40年代初期まであった霞ヶ浦の帆曳き網漁、工業団地に化けた砂丘、銚子半島と紀州和歌山とのつながり・・・等々。 
 まさに「町に歴史あり」「川に歴史あり」といった話のオンパレードで、民俗学の面白さを堪能した。

 読んだら、どうしても訪ねてみたくなった場所があった。
 花粉シーズンがおさまったら出かけようっと。





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 漫画:『グリムのような物語 トゥルーデおばさん』(諸星大二郎・作画)

初出2002~2005年『ネムキ』
2006年朝日ソノラマ
収録作品
『Gの日記』
『トゥルーデおばさん』
『夏の庭と冬の庭』
『赤ずきん』
『鉄のハインリッヒ または蛙の王様』
『いばら姫』
『ブレーメンの楽隊』
『ラプンツェル』

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 『ネムキ』というのは『眠れぬ夜の奇妙な話』の略で、2012年12月廃刊となったコミック誌である。
 「オモシロ不思議いっぱいの少女コミック誌」というキャッチフレーズが表すように、読者は圧倒的に若い女性が多い。

 『少年ジャンプ』を中心に少年誌や青年誌で数々の傑作を発表し、多くの男性読者を獲得してきた諸星大二郎が、女性向けコミック誌にも作品を描いていること、しかもその内容がまさに「オモシロ不思議いっぱい」でありながらも現代を生きる若い女性たちの琴線に触れるであろうものであることに、びっくりした。
 発表する雑誌のカラーや読者層を意識して描くのがプロの漫画家の使命であり実力の見せ所であるとはいえ、諸星がこれほどまでに柔軟で幅広いテーマを自在に描ける書き手であるとは思わなかった。
 
 グリム童話を下敷きにした、いわゆる質の高いパロディの創作というだけではない。
 読者の共感を得られるべく、女性を主人公としているというだけではない。
 なんと、これらの作品群の核となるのがフェミニズムだからである。
 諸星がフェミニズムを描ける男性漫画家である――しかも1949年生まれの団塊の世代のヘテロ男子である!――ことに驚かされた。
  
 ただその予感はあった。
 初期の作品である『赤い唇』(1974年)では、魔物の力を借りてペルソナ(仮面)の下の真の自分をさらけ出すことに“成功”した女子中学生・月島令子が、男性教師や男子生徒たちを女王様の如く圧倒する様が描かれていたし、奇妙なSF短編『男たちの風景』(1977年)では、女たちが若く美しい男たちを追い回し、男たちが出産し“父性愛”に目覚めるという、地球とは逆転した文化をもつ不思議な惑星マクベシアが舞台となっていた。
 主要発表媒体であった少年コミック誌における描写の限界や、青年コミック誌の読者層への忖度(つまり受けを狙ったテーマの選定)によって気づかれにくい面があったのかもしれないが、諸星大二郎には性やジェンダーの常識を問うような作品が散見される。
 意識的か無意識的かは知らないが、通常のマッチョイズムや男尊女卑的な性役割に対する違和感を持っている人なのではなかろうか。
 でなければ、本作に収録されているようなフェミ色の強い作品群を、「出版社の依頼を受けたから」「読者層に合わせて」というだけで即座に描けるものではないと思う。

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 収録作品はどれも、主人公の女性たちの意志の強さ、自立心の高さ、「自分の欲しいものは周囲に頼らず自分で手に入れる」タフネスなしたたかさが目立つ。
 読者は、本のタイトルになった『トゥルーデおばさん』のヒロインに、自らの才能と適性を知った少女が家族や世間の縛りを断ち切って、思い定めた職(生き方)にかける覚悟と勇気を見るだろう。
 『鉄のハインリヒ あるいは蛙の王様』のヒロインに、自らの野望の実現のために、頭を使い、自分の命令を何でも聞いてくれる強靭な味方を手に入れ凱旋するシングルマザーの姿を見るだろう。 
 髪長姫『ラプンツェル』では、支配的な母親(いわゆる毒親)から解放される若い女性の心の彷徨をともに経験するであろう。
 いずれも実に現代的な女性を巡るテーマと言える。
 
 絵そのものが発揮する衝撃力こそ初期の作品に及ばないが、人間年をとるとどうしても毒気が抜けるので、これは仕方ないところである。(かつての諸星なら、たとえば泉に囚われた蛙の王様などは、もっとおぞましく不気味に描けたであろう)
 いっときグリム童話の残酷性を目玉にしたエッセイやホラー風漫画が流行ったが、それらとは次元の異なるグリムパロディであり、諸星の天才をまたひとつ証明するものであるのは間違いない。
 
 
 
おすすめ度 :★★★

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● 江戸の理系男子たち 本:『天地明察』(冲方丁著)

2009年角川書店
2012年文庫化

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 ジャニーズの岡田准一が主演した時代劇映画ということは知っていたが、どういう話なのかまったく知らずに読み始めた。
 江戸時代の理系男子の物語とは意表を突かれた。
 囲碁や数学や天文学や暦づくりに人生をかけた男たちが活躍する、史実をもとにしたフィクション、あるいは想像と創造の羽を広げたノンフィクションである。
 江戸の町に数学塾があったとか、神社の絵馬を使った見知らぬ相手との数学問題の応酬があったとか、隊を組んで地方を旅して各地の緯度を計測する公務があったとか、知らなかったことばかりで新鮮な驚きがあった。
 
 江戸時代の理系男子と言えば、エレキテルを発明した平賀源内、和算の関孝和、日本地図を作った伊能忠敬あたりしか思い浮かばず、本作の主役である渋川春海の名は記憶になかった。
 名前の字面から浮世絵画家かと思ってしまうが、実は幕府おかかえの囲碁棋士にして、天文学者にして、日本で初めての暦(貞享暦)を作った男なのである。
 本作は、渋川春海が貞享暦を作成し、それを幕府(江戸)と皇室(京都)の勅許を得て日本の公式な暦とするまでの奮闘を描いている。

 貞享暦が1685年に採用されるまでは、日本の暦は中国の暦を輸入していたという。
 当然、中国の経緯度と日本のそれとは異なるので、微妙なズレがある。
 平安時代に輸入された宣明暦は800年以上使い続けられて、江戸時代には実際の天体の動きと2日のズレが生じていたという。
 月食や日食を外しまくっていたのだ。
 渋川春海は日本の経緯度に即した、新しく正確な暦の作成を目論んだのである。

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 本作には、暦づくり及び改暦作業の大変さが細やかに描かれている。
 地上のある一点から観測したときの天体(太陽や月や地球など)の動きの規則性をつかむことが必要になってくることは推測つくが、コンピュータも性能の良い望遠鏡もない時代に、原始的な測量器具(四分儀)によって測量し、紙と筆と算盤だけを使って正確な暦をつくる作業は、まさに天才的な理系の頭脳と堅忍不抜な精神をもってしかできないところである。
 感心至極。
 
四分儀
四分儀による天体観測

 作者の冲方丁(うぶかたとう)は王朝時代の後宮ドラマ『はなとゆめ』で知った。
 構成力とキャラクター造型に優れたうまい書き手である。

 90%文系のソルティにしてみれば、理系の天才たちはまさに殿上人。
 同じ人間でどうしてこんなに違うのかと思ってしまう。
 せいぜい、認知症予防のため、囲碁を学ぶか、中学高校の数学問題集でもやってみようかと思う今日この頃である。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 昭和の浦島太郎 本:『伊藤律回想録 北京幽閉27年』(伊藤律著)

1993年文藝春秋

 昭和の三大・浦島太郎と言ったら、横井庄一(1915-1997)、小野田寛郎(1922-2014)、そして伊藤律(1913-1989)と言っていいだろう。
 前者2人は、太平洋戦争終結を知らぬまま、それぞれの任地であるグアム島(アメリカ)、ルパング島(フィリピン)のジャングルをさまよい続け、派遣からそれぞれ28年目(1972年)、30年目(1974年)に日本への帰還を果たした。
 共産党幹部だった伊藤律は、戦後GHQ指令のレッドパージを避けて1951年中国に渡るも、同地にて1952年から1979年まで実に27年間の獄中生活を送る羽目となり、1980年9月ようやく帰国した。
 本書は伊藤律自身による回想録で、死後出版である。
 
伊藤律
 
 伊藤律が帰国した際のマスコミの騒ぎは相当なものだったらしいが、ソルティはよく覚えていない。
 1980年と言えばすでに高校生になっているはずなのだが・・・・。
 かえって小学生時代にあった横井さんと小野田さんの生還ニュースのほうが記憶に残っている。
 ウクレレ漫談の牧伸二が『笑点』で、横井さんがジャングルで生き延びられた理由を「♪あたァりまえだよ、ガム島だァ」などと唄ったのをいまだに覚えている。
 
 横井さんと小野田さんの場合は、状況が子供にもわかりやすかったし、テレビで繰り返し流された2人の帰還兵のヴィジュアルの衝撃もあった。密林サバイバル的な興味も大きかった。言葉は悪いが、見世物として娯楽性が高かった。
 伊藤律の場合は、状況が複雑で政治が絡んでおり、なんだか背後に闇を感じさせた。
 マスコミ報道も、横井さんや小野田さんの時とは違って、アッケラカンとした明るさがなかった。伊藤律の帰国を歓迎しているというより戸惑っているかのようで、奥歯に物がはさまったようなスッキリしないものがあった。
 ノンポリ少年としては、興味の対象にならなかったのであろう。
 本書を読むきっかけとなったのは、松本清張著『日本の黒い霧』である。
 そこで伊藤律は、戦前のゾルゲ事件に関わった二重スパイとして批判的に描かれていた。

ゾルゲ事件
昭和16年(1941)駐日ドイツ大使館顧問ゾルゲ(Richard Sorge)と尾崎秀実(おざきほつみ)らが日本の政治・軍事に関する機密をソ連に通報した疑いで逮捕された事件。両名は昭和19年(1944)処刑。(小学館『デジタル大辞泉』より)

 これが世上を揺るがす大事件となったのは、尾崎秀実が時の近衛文麿内閣のブレーンだったことによる。
 尾崎秀実と親交のあった共産党員の伊藤律もまたソ連のスパイとして当局に疑われ、身柄を拘束された。
 特高のきびしい取り調べを受ける中で、尾崎周囲の人物との関係を正直に話しているうちに、いつの間にか伊藤自身が「ゾルゲや尾崎を当局に売った人間」、つまり裏切者(密告者)にさせられてしまう。
 終戦後に出獄し古巣の日本共産党に戻るも、今度は仲間たちから「体制側(GHQや日本政府)のスパイではないか?」と疑いの目を向けられる羽目になる。
 なんとも難しい立場に陥ったものである。
 この「スパイ疑惑」という言葉が、伊藤律のその後の人生について回ることになった。

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伊藤律の人生を簡潔に記す。
  • 1913年 広島に生まれる
  • 1933年 日本共産党入党。最初の検挙。取り調べ中に「転向」を表明
  • 1935年 保釈後、尾崎秀実と知り合う
  • 1940年 二度目の検挙。その間に起きたゾルゲ事件についても取り調べを受ける。ゾルゲ、尾崎を当局に売った男として「裏切者」の汚名を負う。
  • 1945年 仮出獄
  • 1946年 共産党再入党。徳田球一書記長の信頼を得、幹部として党再建に従事。 
  • 1951年 GHQのレッドパージを逃れ、中国へ密航
  • 1952年 スパイ活動の疑いで共産党を除名される。北京で投獄され、中国共産党監視下に置かれる。
  • 1979年 釈放される
  • 1980年 日本帰国。家族との再会を果たす。過去について沈黙を守る。
  • 1989年 腎不全にて死去
 いや~、凄い人生である。
 人生の半分近くを牢獄で過ごしたこともさりながら、左右両極からスパイとみなされ、歴史の教科書に載るゾルゲ事件に名を連ね、徳田球一の後継者として日本共産党の次期トップと目されながら、いきなり言葉も分からぬ外地に幽閉されてしまう。
 すでに死んだものとみなされ、世間からも党からも忘れ去られた頃、バブル前夜の豊かで平和な日本に満身創痍の姿で舞い戻ってくる。
 「事実は小説より奇なり」を地で行く人生。
 ドラマ化、映画化されていないのが不思議だ。

 本書によれば、伊藤は左右どちらのスパイでもなかったし、ゾルゲ事件にはまったく関わっていなかった。もちろん、尾崎やゾルゲを売ってもいない。
 ゾルゲ事件に関する最新の研究によれば、G2(GHQの参謀第2部)のエージェントだった川合貞吉という男が私怨から伊藤を陥れ、裏切者(密告者)に仕立てあげたらしい。
 また、中国で投獄の憂き目を見たのは、徳田球一亡き後の党内主導権争いに絡まる陰謀のようで、ともに中国に渡った野坂参三が伊藤の過去の「スパイ疑惑」を持ち出して、日本共産党から締め出すことを企んだ結果とのこと。
 野坂の讒言を信じた宮本顕治ら日本共産党中枢部が、中国共産党に伊藤の身柄を預けたのである。
 帰国した野坂は、もとは自分と敵対する派閥の領袖であった宮本書記長にすり寄ってNO.2の座を獲得し、その後何十年にもわたり日本共産党の重鎮、党の英雄として持てはやされた。
 それが1993年に101歳で亡くなる直前、大どんでん返しが起こる。

 野坂は戦時中、一緒にソ連に渡った山本懸蔵ら数名の同士について、ソ連の秘密警察内務人民委員部(NKVD)に「敵の内通者だ」と讒言・密告し、スターリンに処刑させていた。その、長年隠していた暗い過去が1992年に発覚し、野坂はこのとき100歳を超えていたにもかかわらず日本共産党の「名誉議長」職を解任され、党除名処分も受けた。(池上彰・佐藤優著『真説 日本左翼史』より)

 野坂こそが裏切者、日本共産党史上最大の「ユダ」だったのである。
 川合貞吉、野坂参三という2人のユダと関わったのが、伊藤律の最大の悲劇だった。
 別の見方をすれば、伊藤律という人物は、こんなふうに“人に利用されやすい、生贄になりやすい、隙のあり過ぎる”男だったのであろう。
 本書を読んでも、良く言えば真面目で一本気でいったん心を許した相手には犬のように忠実、悪く言えば頑固で激しやすく世渡りベタ、そんな東映任侠映画に出てくる不器用な若頭のような性格が伺える。

ユダの接吻
ジョット作『ユダの接吻』

 図書館で借りてきたはいいものの、本書には戦後日本の左翼用語が頻出し、そのうえ伊藤が囚われていた50~70年代の中国の政治情勢の説明もある。
 漢字でいっぱいの硬そうな紙面を前に「途中挫折するかも・・・」と一抹の不安とともに読み始めた。
 が、面白いったらなかった。
 ジェットコースターのように激しく上がったり下がったりする伊藤の変転する境遇に魅せられ、あれよあれよと3日ほどで読み終えてしまった。
 
 読みどころを4つ挙げる。
 
 一つ目は、日本共産党の官僚体質、主導権をめぐる派閥争いの醜さが浮き彫りにされているところ。
 これは日本共産党に限らず、右だろうが左だろうが同じことで、男ばかりのピラミッド型組織の常なのだ。
 「思想」や「路線」の違いとか体のいいことを言っているが、つまるところは猿山のボス争い。
 オスの遺伝子に組み込まれたマウンティング合戦に過ぎない。
 しかるに伊藤はこんなことを真面目に書いている。 

路線闘争は、社会における階級闘争の党内における反映である。つきつめれば、党内におけるプロレタリアとブルジョア思想の闘争である。 

 ソルティはこんなおためごかし、9割がた信じない。
 
 二つ目は、伊藤が獄中から見た中国の政治体制の変遷である。
 伊藤は、1949年の中華人民共和国樹立から間もない52年、プロレタリア革命の気運が国中に色濃く漂う中で投獄され、1976年に毛沢東が亡くなるまでの中国を、文字通り内側から、資本主義社会であれば社会の一番下の階級に組み込まれる囚人という立場から目撃し、肌で感じとったのである。
 毛沢東の威を借りた軍官・林彪(りんぴょう)による文化大革命の推進とクーデターの失敗、周恩来らによる脱文革の動き、それを叩き潰した江青ら〈四人組〉の横暴、そして毛主席の死。
 プロレタリア主権であるはずの共産主義が、結局は毛沢東の独裁と人民に対する洗脳に収斂していった様子がありありと描かれているのだが、当の伊藤自身は最後の最後まで、毛沢東に対する信頼も、共産主義に対する信仰も失わない。
 
 裁判もなく27年間も秘密監禁されたことは残酷な運命だったが、それに不平ばかりは言えない。この獄中生活あればこそマルクス、レーニンから毛沢東に至るまでの全著作をじっくり勉強できたのだ。もちろん完全に理解することはできなかったが、一通り全著作を中国版ながら読破したのは私の生涯における破天荒なことであった。 

 三つ目は、獄中生活の詳細である。
 毛沢東の方針や彼に重用される人物が変わるごとに、社会体制は一変し、獄中にいる囚人たちの待遇もコマの目のように変わっていく。むろん、中国の経済事情も大きく影響する。
 伊藤の置かれる環境――衣食住の質、新聞・雑誌などの閲覧の自由、牢内の衛生環境、運動時間の確保、病気になったときの治療、なにより看守の態度e.t.c.――は、その時々で天と地ほどの変わりようを見せる。
 長期の拘留が健康を蝕まないわけがなく、帰国時には両耳はまったく聞こえず、目は失明に近く、口内は総入れ歯、腎不全の悪化から人工透析を必要とするほどになり、車椅子での移動が常態であった。
 とりわけ、〈四人組〉時代には伊藤への虐待と迫害、病の放置は頂点に達した。
 なのに、伊藤はこう書いている。
 
 この時期、私は生死の境を彷徨していた。あまりの苦しさと絶望的な環境のために幾度か死を想った。と同時にこの時期は、自分の個人主義、ブルジョア世界観、人生観との死闘の頂点でもあった。そしてプロレタリア世界観が死線を越えて決定的に勝利すると共に、病気も死線を越えて回復に向かった。この迫害と生死の境に置かれたればこそ、私は生まれ変わることができたのである。基本的に過去を清算し、プロレタリア人生観、世界観を確立し得た。社会主義中国の牢獄は私にとってまたとない思想改造のための学校だったのだ。

 いやはや!
 なんともお目出たい性格と言うべきか。
 あるいは、このようなポジティブな解釈の仕方ができたからこそ、伊藤は地獄を生き延びることができたのかもしれない。

 悲惨極まる牢獄生活の記述の中で、そこだけポッとあたたかい灯りが点るのは、伊藤を25年間親身に世話し教育機会を与えてくれた看守の老石(ラオシ)との交流である。
 老石の職務は中華人民共和国の工作員であった。

 一看守として私の世話を始めたころの老石は、年若い青年だったのに、別れる時には、頭には霜がふり、老眼鏡を必要とする高年幹部だった。その間実に四半世紀、何ら名利を求めず、一点の私心なく、党と人民の与えた部署を守り抜いた。可能な限り、一日本人孤囚を教育し、生命を守って自己の半生を惜しみなく費やした。しかも、文化大革命の嵐にも見まわれながらである。 

毛沢東
天安門広場の毛沢東

 四つ目は、伊藤律の骨の髄まで達した共産主義信仰のありよう。
 自らを陥れ、27年間も異国の牢獄に放置した日本共産党を伊藤は恨みもせず、党への愛と忠誠心を忘れない。
 帰国に際しての公安の取り調べでは、30年も昔の党内の機密を漏らすことを断固として拒否する。
 独裁主義に陥り人民を武力で抑圧するのを恬として恥じない中国共産党の現状に接しても、マルクス主義に対しても何ら疑問も揺らぎも感じていない。
 それはまさに信仰の領域にある。
 1980年、「伊藤律生存」の報を受けて、日本大使館の職員と共に公安検察官の大林が中国まで事実関係の確認にやって来た。
 伊藤は身構える。
 
 私はなるべく早く帰国手続きをして旅券を出してほしいと要求したが、大林は、大使館としてはできるだけ努力するが、何分本国政府の決定を待たねば、と言外に威嚇を含めた言い方をした。そして、そのあと言葉を改めて、現在は共産党をどう想っているのかと訊ねてきた。いよいよ切り出してきたなと感じた。帰国許可を餌に「転向」を表明させようとする謀略にちがいない。それを突破口に党内機密を喋らせる肚なのだ。ここが頑張りどころだと思い、「大多数の党員大衆には昔と変わらない気持ちを抱いている。共産党を愛している。ただし今の指導部については長年事情がわからないままなのでの何とも言えない」と答えた。
 大林は又もや、「あなたは除名されたのだからいまさらその党に義理だてをして自ら苦しむ必要はないでしょう」と言う。裏返せば、党についてすべてを話せば簡単に帰国が許されるのに、という意味なのだ。「共産主義者はいつ如何なる立場に置かれても、自己の見地を守る。そういう話はいっさい止めてくれ」と答えた。 

 まさに、横井さんや小野田さんと同様の「浦島太郎ぶり」に驚くほかない。 
 1980年と言ったら、山口百恵と三浦友和が結婚し、松田聖子がデビューし、任天堂がゲーム&ウォッチを発売し、映画ドラえもんシリーズ第1作『映画ドラえもん のび太の恐竜』が公開され、モスクワオリンピックへの日本不参加が決定され、ルービックキューブやソニーのウォークマンが大流行し、漫才ブームが到来し、黒澤明の『影武者』がカンヌグランプリを獲った、そんな時代である。
 70年代初頭の新左翼によるゲバルトを経て日本の左翼運動は下火となり、共産党員ですら「革命」という言葉を口にしなくなっていた。
 帰国した伊藤律の両の目に1980年の日本はどう映ったのだろう?
 いや、耳も聞こえず、目もよく見えなかったので、その脳裏に浮かぶは29年前レッドパージの中で離れたときの日本の姿だったのかもしれない。

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 伊藤律は1989年8月、腎不全のため79歳で亡くなった。
 1989年――それは昭和天皇が亡くなった年であり、中国共産党が民主化を要求する大衆を徹底的に弾圧した天安門事件が起きた年であり、ベルリンの壁が崩壊した年であり、チェコスロバキアでビロード革命が起こり共産党体制が崩壊した年である。この流れは1991年のソ連崩壊まで続く。
 伊藤律は、昭和の終わりと共に、社会主義の“終わりの始まり”と共に、世を去った。
 死まで見事に演出されている。
 まさに「伝説の人」と言うにふさわしい。




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● 本:『初期仏教 ブッダの思想をたどる』(馬場紀寿著)

2018年岩波新書

 お釈迦様が亡くなった後、最高の悟りに達した500人の弟子たちが一堂に会して、お釈迦様の教えと教団(サンガ)の規則を確認し、暗唱した。いわゆる結集である。
 ここで確定されたお釈迦様の教え(経)とサンガの規則(律)――すなわち結集仏典は、以後およそ400~500年にわたって出家者たちによって口頭で伝承された。

 紀元前後になって仏典は書写されるようになる。
 その頃、仏教教団はいくつかの部派に分かれていたが、それぞれの部派は結集仏典として伝えられていた「経」と「律」を書写・編集し、仏法を緻密に分析し体系化した仏教哲学たる「論」(アビダンマ)と合わせて、「経・律・論」の三蔵という形に整えた。
 一つの部派の三蔵がほぼ完全な形で今に残っているのは、パーリ語で伝えられたスリランカの上座部大寺派の『パーリ三蔵』のみで、他は、説一切有部・化地部・宝蔵部・大衆部などで伝えられてきた三蔵がそれぞれ部分的に残っているそうである。
 これらの部派によって伝えられた「経」が、いわゆる“小乗仏教”の主要経典であり、一般にお釈迦様の“直説”と言いならわされている『阿含経典』である。

阿含経典(増谷訳)
『阿含経典』(増谷文雄訳、ちくま学芸文庫)

 しかしながら、『阿含経典』のすべてがお釈迦様の“直説”すなわち結集時に弟子たちによって確定された教えかと言えば、あやしいところである。
 数百年の口頭での伝承の間に、伝言ゲームのように(作為の有無はともかく)いろいろなものが混じったり抜けたり変化したりする可能性は無きにしもあらずだし、書写し編集する過程においてもまた、創造力に富んだ編者が親切心から新たなお釈迦様と弟子のエピソードを盛り込んだ可能性もある。
 一例であるが、お釈迦様の最後の旅を記した『阿含経典』内の『大般涅槃経』では、お釈迦様より先に死んでいるはずのサーリプッタ尊者が登場する。
 第一回結集に参加したアーナンダやマハー・カッサパがそんな出鱈目を許すわけがなかろう。
 明らかに後世の創作である。

 本書で著者は、書写が始まる前の口頭伝承時代の仏教を「初期仏教」と定義している。
 つまり紀元前の仏教である。
 そして、「歴史的読解」という方法を通じて、初期仏教において結集仏典の核となるテーマを特定し、そこからお釈迦様の教えをたどろうと試みている。
 馬場紀寿(のりひさ)は1973年青森生まれの仏教学者である。

 歴史的読解とは、仏典を歴史的文脈で読み解く作業である。仏典を資料として批判的に検証した上で、仏典を取り巻く歴史的状況を考察し、恣意的な解釈を慎み、文献学的に正確な読解を目指す。(本書より引用、以下同)

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 はじめに、古代インドの歴史の叙述から始まって、『ヴェーダ』を聖典とするバラモン教の支配する社会において、ジャイナ教をはじめとする六師外道らと同時期に、まったく新しい世界観・人間観・社会観・道徳観を備えた仏教が登場した経緯が描き出される。
 形式的で権威主義に陥ったバラモン教に対するお釈迦様のパラダイム刷新は、ユダヤ教に対するイエス・キリストのそれと実に符合する。 
 次に、文献学にもとづく近代的な仏教研究の成果をもとに、各部派に残る『阿含経典』の片鱗や律を精密に比較検討し、最大公約数的な共通テーマを取り出し、それが作られた時代が紀元前までさかのぼれることを立証する。
 その際の論拠として言及されるガンダーラ写本なるものをソルティは初めて聞いた。

 ガンダーラ写本の発見は、旧ソ連のアフガニスタン侵攻(1979-89)によるアフガニスタン内戦の長期化により、仏教写本が国外に流出し、90年代中頃から古美術マーケットにかけられたことが発端とのこと。
 ガンダーラ写本は、それまでに見つかっていた写本の制作時期をはるかにさかのぼり、紀元前後のものもあるという。書かれていた経はまさに口頭伝承から書写に移る刹那のものである可能性が高い。
 現在、ロシアのウクライナ侵攻が国際社会を揺るがしているけれど、戦争が貴重な仏典発掘のきっかけになるとは、なんという皮肉か。

貝葉経
サンスクリット語で葉っぱに書かれた貝葉経
世界最古の経文と言われる
秩父美術館所蔵)
 
 ともあれ、歴史的読解によって馬場が明らかにしたのは、以下のようなことである。
  1. 結集仏典にあったと推定されるのは、三蔵のうちの「律」及び現存する『阿含経典』5部のうち「長部」「中部」「相応部」「増支部」の4部であり、韻文スタイルの「小部」はなかった。
  2. 初期仏教においてお釈迦様の教えとして特定し得るのは、「布施」「戒」「四聖諦」「縁起」「五蘊」「六処」である。
 1.については馬場以外の研究者も指摘しているらしいが、これが本当ならちょっとした事件である。
 というのも、「小部」の中にある『スッタニパータ』や『ダンマパダ』こそ、文献学的に最も古い仏典であり、お釈迦様の直説である可能性が高いとこれまで言われてきたからである。
 であればこそ、中村元先生は「経の集まり」の意である『スッタニパータ』を岩波文庫で訳すにあたって、『ブッダのことば』というタイトルをつけられたのであろう。 
 同じ中村元訳・岩波文庫の『真理の言葉(ダンマパダ)・感興のことば(ウダーナヴァルガ)』もまた、『阿含経典』の「小部」に収録されている経である。
 これらが結集仏典でない=お釈迦様の直説でないとすると、いったいどういうことになるのであろうか?
 岩波書店は何とチャレンジングな道に踏み込んだのだろう。
 
 これら(ソルティ注:小部)の仏典には、仏教特有の語句がほとんどなく、むしろジャイナ教聖典や『マハーバーラタ』などの叙事詩と共通の詩や表現を多く含む。仏教の出家教団に言及することもなく、たとえば「犀角」は「犀の角のようにただ一人歩め」と繰り返す。多くの研究者が指摘してきたように、これらの仏典は、仏教以外の苦行者文学を取り入れて成立したものである。 

犀
 
 第4章以降は、上記2.の「布施」「戒」「四聖諦」「縁起」「五蘊」「六処」について、簡潔にして分かりやすく論じている。
 この部分を読むと、馬場が単なる探究心旺盛で有能な仏教研究者というばかりでなく、鋭い智恵をもった真摯な仏教者であることが洞察される。(ついでに言えば、随所に見られる比喩の性質からして、馬場はソルティ同様、音楽愛好家だろう)
 四聖諦や五蘊(色・受・想・行・識)六処(眼・耳・鼻・舌・身・意)の説明が要を衝いて見事であると同時に、各々の有機的関係を鮮やかに解き明かしていて隙がない。
 次の文章などは、仏教における「自己」という概念のもつ二面性――すなわち古くからの「ゴルビアスの結び目」的テーマである「無我と輪廻の矛盾」について核心に迫ったもので、本書中の白眉と言えよう。
 
 生存は、常に危うい状態にある。思いもかけないところから統制のきかない事態に陥り、日常に自明だと思っていたことが覆ってしまう。このような状態は潜在的に続いていて、たとえ多くの人が安定していると思っていても、何らかのきっかけで顕在化する。
 したがってこの過程では、認識主体・行為主体・輪廻主体としての「自己」の存在を認めることはできない。自己は諸要素の集合に過ぎず、諸要素を統一する主体などないからである。この意味で仏教は「主体の不在」を説いている。
 
 生存そのものは、繰り返し「自己を作り上げる」ことによって成り立っている。未来に向けて努力すれば、よりよい世界が開けるのであり、それを怠れば、どんどん状態は悪化していく。良い方向であれ、悪い方向であれ、そのように次から次へと新たな自己を作り上げることによって、生存を維持するために生存を維持するという無限の反復に陥っている。
 この過程では、渇望があるかぎり、執着が起こり、生存が繰り返し作られる。諸要素の集合に過ぎない非主体的なこの生存を仮に「自己」と呼ぶなら、仏教は「自己の再生産」をも説いていると言える。(ゴチックはソルティ付す) 

 本書もまた、仏教研究書としての一面と、仏教入門書としての一面を備えた「ヤヌスの鏡」的(笑)良書と言える。

ヤーヌス
双頭神ヤヌス(杉浦幸ではない)



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