2021年インターナショナル新書
南方熊楠(クマグス)の名を最初に知ったのは、たしか男色がらみだったと思う。
画家で男色研究家の岩田準一(1900-1945)と、男色をめぐる往復書簡をした人物というので興味を持った。
調べて見ると、博物学・生物学の大家であり、とくに粘菌の研究では世界的権威という。
昭和天皇にキャラメル箱に入れた粘菌標本を献呈した話もよく知られる。
裸族のはしりでもあり、夏の間は真っ裸で過ごし、周囲から「てんぎゃん(天狗)」と呼ばれていた。
平賀源内同様、奇行の多い天才であった。
肖像写真を見ると、ギョロっとした眼のむさくるしい感じの親爺で、男色家っぽくない。(どういったのが“男色家っぽい”のか自分でもよくわからないが。ジャニーさん? 三島さん?)
図書館で著書を探して手に取ったが、文章が難しいというか、とりとめがないというか、わけがわからなくて読むのをあきらめた。
以来、疎遠となっていた。
柳田国男を民俗学の「父」とすれば「母」はクマグスだとか、いや、「父」がクマグスで「母」が柳田だとか、ジェンダー観念にとらわれた意味不明な議論があるようだが、ともあれ、日本民俗学の誕生に多大な貢献をした人である。
柳田とは生涯に一度きり、和歌山県田辺の自宅で会っている。
二日酔いのクマグスは布団にくるまりながら柳田と話したそうで、実りある対談とはいかなかったようだ。
二人はその後も頻繁に書簡のやりとりをしていたが、民俗学における「性」をめぐるテーマの扱いがきっかけで袂を分かってしまった。
男色を始めとする日本人の性風俗について、すすんで学問として取り上げようとしたクマグスの姿勢を、柳田は受け入れられなかったようだ。
それでも柳田は、クマグスが亡くなった際に「日本人の可能性の極限」と評した。
本書は、クマグスの生涯や業績や思想について述べたものではない。
『クマグスと幽霊』のタイトルが示す通り、スピリチュアルな視点から読むクマグス、あるいはクマグスにおけるスピリチュアリズム(心霊主義)の概説である。
クマグスは、若い頃から不思議な体験を多くもった。
熊野の山中で幽体離脱したり、夢の中に出てきた父親から新種のキノコの生息地を告げられたり、知人の死を予知したり・・・。
自然、博物学や民俗学の研究に勤しむのと並行して、心霊研究にものめり込むようになる。
世界各地の幽霊や妖怪に関する証言を集め、英国の著名な心霊研究家フレデリック・マイヤーズの書を熟読し、18歳から亡くなるまで明恵上人のごとく見た夢の記録を日記に書きとめた。
ただ、さすがに科学者である。
本書によれば、降霊術のようなオカルティズムには懐疑的で、予知や幽体離脱や輪廻転生などの不思議な現象に対して、なんらかの科学的な説明が可能なのではないかと思っていたようだ。
著者の志村真幸は1977年生まれの比較文化史研究者。
南方熊楠顕彰会の理事をしている。
知の巨人クマグスの別の一面を知ることのできる一冊である。
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損