ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●性にまつわるあれやこれ

● 驚異のVFX 映画:『バーフバリ』 (S・S・ラージャマウリ監督)

バーフバリ

インド映画
第1部『伝説誕生』2015年、138分
第2部『王の凱旋』2017年、141分

 世界中で大ヒットしたボリウッド発の叙事詩的ヒーロアクション。
 古代インドの大国マヒシュマティ王国を舞台に、王位をめぐる2人の王子バーフバリ(父)とバラーラデーヴァの従兄弟同士の対決、および、奸計によって国王の座をもぎとったバラーラディーヴァを倒し、捕えられた母を救うバーフバリ(息子)の激動の半生を、最新のVFX技術を駆使して描く。
 父バーフバリ―と息子バーフバリ―を、南インド出身の俳優プラバース(1979年生まれ)が一人二役で演じている。

 『RRR』同様、とにかく頭をからっぽにして楽しめる映画。
 国籍や民族や地域や時代を超えて、人類の遺伝子に書き込まれた普遍的な「物語」の強さというものを、ひしひしと感じさせられる。
 それが神話の力というものなのだろう。
 人の心の奥に潜む情動を揺り動かすので、悪用されると恐ろしい。

 観ていて思ったが、インド映画にもっとも近いのはイタリアオペラではなかろうか。
 わかりやすいご都合主義の物語。
 歌と音楽(と踊り)の目覚ましい効果。
 色彩の氾濫。
 愛と闘い。
 エロティックなくすぐり。
 エグいまでの残虐性。
 自由を求める大衆の声。
 インド映画に会ってイタオペにないものの筆頭は、野性の動物たちの愛敬だろう。
 
 そうそう、普遍的な「物語」と言ったが、本作で特徴的なのは、女性の登場人物たちの強さである。
 バーフバリ親子に関わる女性たち(マヒシュマティ王国の女王シヴァガミ、父バーフバリの妃デーヴァセーナ、息子バーフバリ―の恋人アヴァンティカ)が、そろって男勝りの自立した女性として描かれている。
 このあたりは、フェミニズムに目覚めた現代の女性観客を意識してのことと思われる。
 一方、男勝りの鼻っ柱の強い女性の固い鎧を脱がして一人の恋する“おんな”にしてしまう、バーフバリ―の男性的魅力をさらに爆上げする手段、とも解される。
 暑苦しいヒゲ面と筋肉隆々の中年男子こそ、インドのイケメン。
 日本では都会のジムに行かないとお目にかかれない。(結構の確率でゲイだったりする)  





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 芹明香という奇跡 映画:『㊙ 色情めす市場』(田中登監督)

1974年日活
83分、パートカラー
R指定

 神保町シアターに初めて行った。
 小学館運営とは知らなかった。
 昭和の古い映画を中心にプログラムを組んでいる劇場で、2/23まで『女優魂――忘れられない「この1本」』という特集をやっていた。
 その一本が、芹明香(せりめいか)主演の本作であった。

 本作は2022年に、第78回ベネチア国際映画祭クラシック部門に選出された。
 もともと日活ロマンポルノの最高傑作と評判高かったが、国際的にも認められたわけだ。
 ソルティは未見であった。
 ピンク映画を神保町で観る、しかも小学館運営の劇場で――という、なかなかクールなふるまいに心は踊った。
 平日夕方5時からの鑑賞は、99席のうち半分くらい埋まった。
 女性観客もチラホラ見受けられた。
 
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神保町シアター

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地下にホールがある
 
 とにかく凄い映画である。
 凄い、としか言いようがない。 
 フィクションには違いないけれど、70年代の大阪釜ヶ崎のドヤ街の様子がありのままに写し撮られている。
 行政上、「あいりん地区」と呼ばれる一画だ。
 日雇い労働者、路上生活者、暴力団、娼婦、女衒、ポン引き、アル中、ラリ中、指名手配された犯罪者など、社会の底辺をさまよう者たちが、戦後日本の高度経済成長から零れ落ちるように、その日暮らしの生活をしている。
 この街で娼婦をしている若い女性トメ(芹明香)が主人公である。

 同じ釜ヶ崎を舞台とする大島渚の『太陽の墓場』(1960)や、戦後の佐世保を舞台とする熊井啓の『地の群れ』(1970)同様の、戦後日本の暗部をえぐった作品と言うことができる。
 だが、本作はあくまでポルノ映画。
 しっかりと男性観客を興奮させるに十分な濡れ場が用意され、内容が重すぎて“OTOKO”がタたなくならない程度に、脚本も演出も演技も適度にコミカライズされている。
 社会派映画としてマジで撮ったら、そりゃあもう、縮むわ。
 ・・・・・。 

 どうもセクハラチックな物言いになってしまうが、実際のところ、本作は令和コンプライアンス的には、とんでもない描写の連続である。
 テレビで放映できないのは当然だが、今現在、本作をそのままの脚本でリメイクして再映画化するのは、まず無理だろう。
 知的障害者の性と自死、姉と弟の近親相姦、母から娘に乗り換えようとするヤクザのヒモ、動物虐待・・・・・。
 成人指定のポルノ映画とは言え、「よくまあ、こういう映画が撮れたなあ」と、昭和時代の表現の自由の寛容度には驚くほかない。
 バリバリのフェミニストやガチガチの人権派やコチコチの性風俗反対派が、本作を観たら、怒り心頭に発するのではなかろうか。
 ソルティは自分を、平均的な男に比べれば「人権派のフェミニスト」と思っているけれど、こと芸術表現に関しては、「実際に“ある”ものを描くぶんには、表現規制するのはよくない」と思っている。
 たとえば、実際に“ある”差別を覆い隠して、きれいごとを描くのは、偽善であるばかりか、かえって当事者の声や存在を無視する非・人権的行為と思う。
 どんな人間にも、どんな社会にも、暗部はある。
 本作で描き出されているのは、暗部を逞しく生きる、ありのままの人間の「生」であり、「性」なのだ。
 それを否認するところから生まれるのは、宗教的独善だけであろう。

 芹明香演じる娼婦トメは、どこか投げやりで人生すてているふうでいて、“自分”をちゃんともっている。他人の手づるで客を斡旋されることを拒否し、一匹狼となって、街頭で客を引く。
 「セックスは商売」と割り切るドライな一面を持つ一方、菩薩のようなやさしさを覗かせる。
 とりたてて美人でも肉感的でも演技派でもベッドシーンに長けているわけでもない女優だが、あとにも先にも、この一作でその名が長く記憶されるに十分なインパクトを放つ。
 共演者も素晴らしい。
 『四畳半襖の裏張り』でも魅せた宮下順子のただならぬエロスの奔流、トメの母親・よねを演じる花柳幻舟のケツまくった熱演、トメの知的障害の弟・実夫(さねお)を演じる夢村四郎の凄絶な演技、ヤクザのヒモを演じる高橋明のふてぶてしいリアリティ。
 フィルムから放射されるボルテージの高さは、はんぱない。
 
 知的障害の弟・実夫は、姉トメとの初体験を成し遂げた後、雄鶏を連れて通天閣のてっぺんまで上り、その後、首を吊る。
 その深みが分からないうちは、人権派を自称するには早かろう。
 
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神保町と言えば『ボンディ』のカレー

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ビーフカレー(1600円)
雨夜にかかわらず、客がひっきりなしだった





おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● ミーハーの語源 映画:『雪之丞変化』(市川崑監督)

1963年大映
109分

 これは市川崑の最高傑作と言っていい。
 ソルティ的には、「市川崑の一本を選べ」と言われたら、市川雷蔵主演の『炎上』、『破戒』でもなく、岸恵子主演の『おとうと』、『黒い十人の女』でもなく、大ヒットした『ビルマの竪琴』、『犬神家の一族』、『細雪』でもなく、本作を推したい。(『東京オリンピック』は未見)
 舶来好きスタイリッシュな映像作家としての市川の個性が爆発している。

 時代劇らしからぬ西洋芝居的な構図や演出。
 「これぞ市川印!」の細かく素早いカット割り。(一人二役の演出に役立っているのが面白い)
 光と闇の画家カラヴァッジョを思わせるライティングの冴え。
 細君である和田夏十の脚本とセリフの見事さ。
 もちろん、長谷川一夫300本記念映画に参集した大映スターの錚々たる顔触れ。
 山本富士子、若尾文子、市川雷蔵、勝新太郎、船越英二、八代目市川中車、二代目中村鴈治郎。
 完成度の高さは、大映の映画史上10本の指に入るのではあるまいか。
 市川崑の評価がこれ一作で爆上がりした。

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 本作は、長谷川にとって2度目の『雪之丞変化』。
 衣笠貞之助監督による1度目は、女形出身の美形役者だった20代後半の長谷川(当時の芸名は林長二郎)を押しも押されもせぬトップスターに押し上げた。
 つまり、当たり役である。
 「ミーハー」の語源は、当時の女性が熱狂した二つのもの――「つまめ」と「やし」――の頭文字をとったというのだから、人気のほどが知られよう。
 本作公開後、長谷川はあと一作出演して映画界を去った。
 つまり、花道を飾った作品と言える。
 
 舞台と違ってアップやバストショットの多い映画では、55歳という年齢はさすがに隠しようないものの、観ているうちにそれを忘れさせるのは、ほかでもない、長谷川の芸の高さ。 
 所作の美しさ、眼差しの艶っぽさ、立ち居振る舞いの優雅さ、セリフ回しの気品。
 しかも、女形と盗賊の一人二役を完璧に演じ分けている。(途中までソルティは別々の役者だと思っていた。市川の演出が上手すぎ!)
 女形役者では美輪明宏といい勝負である。(美輪サマも1970年にテレビで雪之丞を演じている。なんとか観たいものだ)
 雷さまも、勝新も、山本富士子も、若尾文子も、脇に回してしまう貫禄とオーラは、不世出の天才と言うにふさわしい。
 ただ一人、存在感で拮抗しているのは、憎々しい敵役に扮する二代目鴈治郎
 やっぱり、この人も天下の名優だ。

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雪之丞と闇太郎の二役を演じる長谷川一夫
おそらく中央の柱でフィルムをつないでいるのだろう
 
 それにつけても、不思議なるは日本の性愛文化
 長谷川一夫演じる雪之丞と若尾文子演じるお初は、恋い慕う間柄になる。
 女を演じる男(女形)と、その女形に恋する女。
 二人のラブシーンは、形の上ではレズビアンとしか見えない。
 外国人とくに西洋人がこれを理解できるのだろうか?
 こうした倒錯をなんてことなく楽しめる日本人って、すごいんじゃない?
 
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思いを打ち明けるお初(若尾文子)と雪之丞(長谷川一夫)



 
おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 元祖リベンジポルノ 本:『ユダの窓』(カーター・ディクスン著)

1938年原著刊行
2015年創元推理文庫(訳・高沢 治)

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 『三つの棺』『火刑法廷』など、このところカーター・ディクスンまたはジョン・ディクスン・カーの代表作をさらっている。
 いまのところ文句なしのベストワンはこの『ユダの窓』である。
 トリックの巧みさといい、謎解きの妙といい、サスペンスといい、物語の面白さといい、探偵の魅力といい、伏線の仕込みと回収といい、緊密な構成といい、オールマイティの出来栄え。
 これほどの傑作を読んでいなかったのが不思議。
 つくづくカーとは縁がなかった。

 ジェームズ・アンズウェル青年は、ある晩、婚約者の父親エイヴォリーにはじめて会うため、ロンドンに出かけた。二人の婚約はエイヴォリーに祝福されていた。
 しかし、緊張しつつ通された書斎で、ジェームズはエイヴォリーの敵対的な対応を受け、面食らう。
 「お嬢さんを僕にください」
 意を決して口にし、供されたウイスキーソーダに口をつけた途端、ジェームズの意識は朦朧としていく。
 気がつけば、目の前には胸に矢がつき刺さったエイヴォリーの死体があり、窓もドアも内側から鍵の掛かった完全な密室に、ジェイムズと死体だけが取り残されていた。
 誰がどう考えても犯人はジェイムズしかいない。
 ジェイムズの無実を信じる法廷弁護士メルヴィル卿が立ち上がる。

 密室殺人物として巧くできていて、奇抜なトリックにはそれなりの(試してみたくなる)リアリティがある。圧倒的に不利な状況のもと殺人容疑で捕らえられた男をめぐっての検察側と弁護側の息詰まるやりとりが、読む者をとりこにして離さない。
 ソルティは、仕事が休みの日に、JR一筆書き関東大回りをして本書を読み上げたのだが、本書に夢中になるあまり、今自分が何県のどこらあたりを走っているのか分からなくなった。
 カーやクリスティの筆力や発想力に比べられ得る本邦の推理作家は、結局、江戸川乱歩、横溝正史、松本清張だけなんじゃないかなあ。
 単発では素晴らしい作品を書く人はいるが、何十作も続けてある程度の水準で、しかも亡くなったあとも人気が衰えず・・・・となると、なかなかいないように思う。
 特に、人間を生き生きと書く力ってのは天賦の才であろう。

 ユダの窓とは、独房のドアに付いている四角い覗き窓のことじゃ。蓋があって、看守が自分の姿を見られずに囚人を観察できるようになっておる。(本書中の探偵ヘンリ・メルヴェール卿のセリフ)

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Frank BeckerによるPixabayからの画像

 “ユダの窓”を使った密室トリックも画期的で面白いし、ジェイムズ青年が陥った死刑必至の危機的状況――気がつけば密室の中に死体と2人きり――を作り出すプロットの精緻さもすごい。
 が、ソルティがなにより感心した(見抜けなかった)のは、名前を利用したトリックであった。
 詳しい説明はしないでおく。

 ときに、犯罪動機に絡んで、ある未婚女性が別れた恋人から恐喝される話が出てくる。
 恐喝のネタは、つき合っている間に撮影した女性のヌード写真。
 いわゆるネットで話題のリベンジポルノ。
 そんなことが20世紀初頭のカーの時代からあったわけだ。
 というより、1826年に世界最初の写真が生まれてからというもの、写真の歴史はそのままヌード写真の歴史であった。リベンジポルノという犯罪もそのとき産声を上げたのである。
 一度は愛し合い、信じ合い、一糸まとわぬ裸体をさらけ出し、写真撮影まで許した男に、別れた後で仕返しされる。
 裏切ったのは男か女か・・・・。
 ユダの窓とは、カメラのファインダーの謂いなのかもしれない。
 
 
 
おすすめ度 :★★★★★

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★     読み損、観て損、聴き損






● 「ウミウシ映画」殿堂入り :『MEN 同じ顔の男たち』(アレックス・ガーランド監督)

2022年イギリス
100分

 観ているうちに「一体、なにこれ?」と頭の中が疑問符だらけになり、予想のしようもない明後日方向のシュールな展開にあぜんとし、見終えた後もなんと人に説明していいか分からない類いの、ジャンル分けを拒む映画――それがウミウシ映画である。

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Kevin Mc LoughlinによるPixabayからの画像

 本作も、英国の瀟洒なカントリーハウスと美しい森を舞台にした、オーガニックでナチュラルでヒーリング系な映像(と音楽)から始まるので、スローフードやSDGS志向の女性観客をターゲットにした、傷ついた女性の心の回復物語と思っていた。
 たしかに、主人公の女性(ジェシー・バックリー)は恋人に別れ話を切り出し、言い争いの末に男は女を殴り、女は男に最後通牒を突きつけ、絶望と怒りから男は女の目の前で飛び降り自殺し、女は自らを責め苛むことになった。
 孤独と静寂と美しい自然とが、彼女の心を癒し、新しい出会い&人生が始まるのだろう。

 と思いきや、チン×ンぶらぶらの裸の男の出現を機に、物語はサスペンスホラーへと突入する。
 人里離れた森の邸にたった一人で住む若い女性を、男たちは放っておかない。
 どこかオタクっぽい家主の男、ストーカーまがいの裸の男、精神不安定な若者、下心みえみえの神父、男尊女卑丸出しの警官。
 おかしなことに、彼らはみな同じ顔をしている。
 そのあたりからストーリーは現実を離れ、悪夢かSFか、さもなくば主人公の妄想?――のオカルトファンタジー領域に入っていく。
 深夜の邸に一人、家を取り囲む男たちの気配に怯え、包丁を握りしめる主人公。
 やはり最後はスプラッタホラーになるのか?

 と思いきや、裸の男がギリシア神話のサテュロスのような恰好をして現れたとたん、物語は完全に「ウミウシ」領域に飛躍する。
 一体、なにこれ?
 予想すらしなかった展開にあぜんとしつつ、本来なら神聖であるべき営みのグロテスク映像に観る者の思考は麻痺させられる。

 すべては主人公のトラウマが生んだ妄想なのか?
 それともMEN(男たち)は実在したのか?
 この映画をどう解釈したらよいのか?

 ・・・・ウミウシとしか言いようがない。
 
 あえて言うなら、ソルティはジェンダーバイアス・ホラーとでも言いたい気がした。
 女にとって、理解できないMEN(男たち)の行動は十分ホラーになり得るという。
 
 一人五役でMEN(男たち)を演じ分けるロリー・キニアという役者が凄い!
 途中まで、それぞれ別の役者が演じているのかと思っていた。
 英国舞台出身俳優の実力をまざまざと知る。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 砂上の楼閣 映画:『ドント・ウォーリー・ダーリン』(オリヴィア・ワイルド監督)

2022年アメリカ
122分

 サスペンスホラーSF。
 砂漠の中にあるヴィクトリーという街に、夫ジャックと暮らす専業主婦アリス。
 美しく立派な家、ハンサムで優しい夫、仲の良い女友達、パーティやお稽古事や買い物に追われ・・・・すべてが完璧で絵にかいたような幸福な日々。
 街の男たちは、毎朝高級車に乗って、砂漠の中にある会社に出かけていく。
 そこは社員以外の住民は立ち入り禁止であった。
 夫は、いったいなんの仕事をしているのだろう?
 ヴィクトリー計画とはなんのことか?
 「心配するな、ダーリン」
 ジャックは何も教えてくれない。

 センスのいいスタイリッシュな映像と隠された真相への興味で、最後まで飽きさせない。
 ネタばらしはしないでおくが、ある有名なSF映画のアイデアを彷彿とさせる。
 一見ユートピア、実はディストピアという、ジャ×ーズ帝国のような物語。

 「砂上の楼閣」という言葉は中国の故事から来ているものと思っていたが、そうではなく、聖書の「マタイによる福音書」の中のイエスの次の言葉が由来らしい。

 わたしの言葉を聞いて実践する者は、岩の上に家を建てた賢い男のようなものだ。
 雨が降り、川があふれ、風が吹きつけようとも、その家はびくともしなかった。
 岩の上に建てられたからだ。
 
 わたしの言葉を聞いて実践しない者は、砂の上に家を建てた愚かな男のようなものだ。
 雨が降り、川があふれ、風が吹きつけると、その家は倒れて崩壊した。 

 英語では a house built on sand となる。
 ヴィクトリーという街はまさに砂上の楼閣であった。

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Paul BrennanによるPixabayからの画像

 ここに描かれる幸福像は、夫が働き妻は家事と育児をするという(トランプ元大統領の熱狂的サポーターが求める)50年代アメリカの典型的理想の家庭である。
 その後ウーマンリブが来て、フェミニズムが来て、世の男女関係も夫婦関係も一変したけれど、結局男たちの夢は50年代の「古き良きアメリカ」「パパはなんでも知っている」にあるのだろうか。
 女性監督であるオリヴィア・ワイルドはそう揶揄っているようだ。
 
 
 
おすすめ度 :★★

★★★★★
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● 本:『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬著)

2021年早川書房

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 昨年11月に図書館予約したとき、53人待ちだった。
 一ヶ月に2名が借りるとして、2年以上はかかるかと思っていたら、半年で順番が巡ってきた。
 図書館が在庫数を増やしてくれたのである。
 それでも今もまだ、新たに借りようとしたら30人以上待ちになる。
 すごい人気である。
 第11回アガサ・クリスティ賞受賞。
 「あいさかとうま」は1985年生まれの男性である。

 第2次世界大戦の独ソ戦(1941-1945)、ソ連が舞台である。
 片やヒトラー率いる全体主義国家、片やスターリン率いる社会主義国家。
 独裁国家同士の闘い。
 平和な村に侵攻してきたドイツ兵に、母親や隣人を目の前で殺された16歳の少女セラフィマは、復讐を誓い、女性ばかりの狙撃兵訓練所に入る。
 女性教官長イリーナの厳しい指導のもと、必要な知識と技術とタフネスを身につけ、最終過程まで残った4人の仲間とともに狙撃兵となり、実戦に送られる。
 スターリングラードやケーニヒスベルグでの激しい戦闘で、仲間を失いながらも腕を磨き、数十名の敵を射殺し、いまや取材が来るほどの一人前の狙撃兵となったセラフィマ。
 ついに、母親の仇のドイツ兵とあいまみえる時がやって来た・・・・。

 本作の一番のポイントは、言うまでもなく、少女が主人公で、女性狙撃兵チームの戦いぶりが描かれている点である。
 それはノーベル文学賞受賞のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチのノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』にある通り、史実に則っている。
 ソ連では多くの女性たちが自ら志願し、戦地に赴き、兵士として男たちと肩を並べ闘った。
 いい悪いは別として、ジェンダー平等であった。

 本作の主人公が少年であり、男性狙撃兵チームの物語であったのなら、この作品はおそらく陽の目を見ることはなかったであろう。
 その類いの物語は、小説でもマンガでも映画でも、昔から掃いて捨てるほどある。
 可憐な少女が銃を持つというヴィジュアルに、多くの男の読者は、『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子や『エヴェンゲリオン』の綾波レイや惣流アスカのイメージを重ねて萌えるのだろう。(主人公セラフィマの容姿についてはとくに描写されていないが、まず読者は、表紙の美少女を想定して読むことだろう)
 一方、多くの女の読者は、軍隊という究極の男社会の中で、男どもに負けず、男どもを歯牙にもかけず、男どもを蹴散らして、男以上に活躍する彼女たちの姿を小気味よく感じるだろうし、女性ばかりのチームにおける友情や反目や恋愛というテーマに心躍らせると思う。(この作品、宝塚ミュージカル化したらヒット間違いなし)

 『戦争は女の顔をしていない』同様、武器をもって男並みに闘う女性、殺した敵の数を勲章とするような女性に対する周囲の目を描いているところも、読みどころである。
 敵を100人殺した男性兵士は、男の中の男であり、間違いなく国家の英雄として持て囃される。
 敵を100人殺した女性兵士は、英雄と祭り上げられはするが、誰も近寄ろうとしない。嫁に貰おうとしない。
 昨今のトランスジェンダーに対するバッシングに見るように、伝統的なジェンダーを逸脱する人間は、叩かれやすい。
 女狙撃兵たちの戦後は、ともすれば、戦中よりも生きづらい。

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Javier RodriguezによるPixabayからの画像
 
 一方、独ソ戦を舞台に少女スナイパーの苦難や活躍を描くだけでは、たとえ本作が狙撃や独ソ戦に関する綿密な調査を踏まえ、個性あるキャラクターたちや臨場感ある戦闘シーンを描き出すことに成功しているとしても、やはり、クリスティ賞受賞には至らなかったと思う。
 本作にはある種の「どんでん返し」が仕掛けられており、それこそが本作をして、単なる男女の「とりかえばや物語」に終わらせずに『ガリバー旅行記』のような風刺小説の域まで高らしめ、読む者に衝撃を与えて作者のたくらみの妙に感心せしめ、ミステリーの女王の名を冠した賞の栄誉にふさわしいと納得させるトリックである。
 ここまで“萌える少女戦記”として読んできた男たちの足元をすくう結末が待っている。
 そのとき、『同志少女よ、敵を撃て』というタイトルの意味に、読者の胸は射抜かれよう。
 正直、これを書いたのが女性ではなくて30代の男性であることに、ソルティは驚いた。
 それこそ、読者の読みを最初から誤らせる、本作品最大のトリックかもしれない。 
 
 本書を存分に楽しむためには、スターリン独裁下のソ連、ヒトラー独裁下のドイツ、そして独ソ戦の概要を、ネットでざっと調べてから読み始めるのがおススメである。 
 半年待った甲斐はあった。
 
 
 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
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● 美輪明宏の恋人? 映画:『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』(野口博志監督)

1960年日活
86分

 トニーこと赤木圭一郎主演「拳銃無頼帖シリーズ」第1作。
 ついに“禁断”の赤木圭一郎に踏み入れてしまった (゚∀゚)アヒャヒャ
 なんで禁断なのか自分でもよく分からないが、たぶん、その昔耳にした「美輪明宏の恋人だった」とかという噂が妙な煙幕となって、彼を遠ざけていたようである。
 まあ、裕次郎や小林旭はじめ日活のアクション映画には興味なかったというのが一番の理由であるが。

 まだ一作目なので、赤木圭一郎の魅力がよく実感されなかった。
 感じとしては、時代劇映画とくに眠狂四郎シリーズにおける市川雷蔵のようなイメージだろうか?
 暗い過去や秘密を宿した母性本能をくすぐる無頼漢。
 演技も歌も上手くはない。
 ブルージーンズが似合うあたりが、裕次郎とも旭とも違ったアメリカンな色気を感じさせる。
 
 共演の浅丘ルリ子の美しさも特筆すべき。
 この人は演技力が優れているのに、日活アクションスターの恋人役として毎回つまらない役柄ばかりやらされて、つくづくもったいなかった。
 日活ジェンダリズムの被害者と言っていい。
 
 もう一人、特筆すべきは宍戸錠。
 ニヒルな笑いを振りまくダンディな殺し屋として異彩を放っている。
 こんな役作りができる達者な俳優だったとは!
 豊頬手術と『食いしん坊!万才』4代目レポーターのイメージしかなかった。

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赤木圭一郎と宍戸錠
 
 赤木圭一郎はゲイだったのかなあ~?
 21年という人生は、それを云々するにはあまりにも短い。



 
 
おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損









● 映画:『私は告白する』(アルフレッド・ヒッチコック監督)

1953年アメリカ
95分

 殺人犯のぬれぎぬを着せられたローガン神父(=モンゴメリー・クリフト)は、本当の犯人を知っていた。
 だが、それを警察に伝えることは職務上できなかった。
 真犯人の告解を聴いていたからである・・・・・。

 主演のモンゴメリー・クリフトは正統派二枚目で、ゲイであったという。
 どこか影ある美貌の正体は、「告白できない」秘密を生涯抱え屈託していたためであろうか。
 そのパーソナリティが、ここでは、真実を知っているのに話すことができず懊悩する神父の姿にぴったり重なって、リアリティある深い演技となっている。
 クリフトは30歳頃からアルコールとドラッグに溺れるようになり、35歳のとき交通事故で顔面整形するほどの大ケガを負うなど、波乱が続いた。
 46歳で心臓発作で亡くなった。 

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モンゴメリー・クリフトとアン・バクスター

 ときに、日本人には馴染みの薄いキリスト教の告解という儀式は、他人に悩みを話すことで心の重荷を軽くするカウンセリング的役割を果たしてきたと思う。
 が一方、担当地区の住民たちの秘密を知った聖職者には決して小さくないパワーが付与される。
 大事な秘密を握られている住民にしてみれば、聖職者の言うことに逆らうことは――たとえ彼を信じていて秘密が洩らされる心配はないと分かっていたとしても――容易ではなくなる。
 これは思うに、住民の心を支配しコミュニティを掌握するためにキリスト教会の編み出した奇策という気がするのだが、どうなのだろう?
 結構長い間、電話や対面での相談の仕事をしてきた者の一人として、気になるところである。
 
 もっとも、相手がモンゴメリー・クリフトのような美形神父であったなら、おそらく多くの女たちは適当な罪をでっち上げ、念入りに化粧し着飾って、いそいそと告解に通うだろう。
 ゲイの神父には効果ないことも知らずに。
 (彼の心は聖歌隊の少年の一人にあったのであった。つづく・・・・)




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




 
 

● 映画:『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』(サイモン・カーティス監督)

2022年イギリス、アメリカ
125分
脚本 ジュリアン・フェロウズ

 英国大ヒットTVドラマの映画版第2作。
 TVシリーズの放映開始は2010年、ほんとうに息の長い人気である。
 これだけ長くやっていると、出演者たちは本当のファミリーみたいになってくるだろうし、観る者からすれば遠い親戚みたいな感覚になってくる。
 懐かしの顔触れとの再会が楽しかった。

 今回もいろいろと事件は起こるのだが、最大のものは、ラストに用意されたヴァイオレット・クローリー〈先代グランサム伯爵夫人〉の逝去である。
 息子夫妻、娘、孫、親友らが見守る中、各人に言いたいことを言い放って、穏やかにして荘厳な最期を迎える。
 女優マギー・スミスの独壇場だ。
 それはまた、このシリーズからのマギーの卒業を意味するわけで、ヴァイオレットを看取る親族たちの眼差しは、偉大な女優マギーとの共演という光栄に浴し、撮影時の様々な思い出を反芻する後輩役者たちの感謝と愛情にあふれ、演技を超えた名シーンとなっている。
 ヴァイオレットことマギー・スミスの存在が、ドラマの中でも、実際の撮影現場においても、非常に大きなものであったことが知られる。
 芸の上で本邦で匹敵する女優を上げるなら、亡き杉村春子だろうか。

 本シリーズの見どころの一つは、ダウントン・アビーの使用人の一人で最後は執事になったトーマス・バロー(演:ロバート・ジェームズ=コリアー)を同性愛者に設定したことである。
 英国の現代ドラマでゲイが出てくるのはもはや珍しくもなんともないが、20世紀初頭を舞台とするドラマでゲイがレギュラーキャラとして登場し、宿命を背負った一人の人間として、その屈折や葛藤や悲しみや成長が描かれたのは画期的であった。
 むろん、LGBT視聴者を意識した制作側の目論見あってのことだろう。
 同性愛が違法とされた時代にトーマスの幸福を描くのはなかなか難しかったことと思うが、理解ある主人一家や同僚に恵まれ、本作の最後ではハリウッド男優との新天地アメリカでの生活という道が開かれた。
 「自分に正直に生きたい」というトーマスのセリフは、制作者のLGBT視聴者へのエールでもあろう。
 こういうドラマがヒットしないわけがない。

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出演者一同
左端がヴァイオレット・クローリー役のマギー・スミス



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