ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

反戦・脱原発

● バブルの記憶 漫画:『夕凪の街 桜の国』(作画:こうの史代)

2004年双葉社

 『この世界の片隅に』が面白かったので、もう一つの代表作を借りてみた。

 こちらはずばり、著者の故郷である広島の原爆投下とその後の被害がテーマである。
 『この世界~』同様に、庶民の平凡な日常生活を描きながら、その中に見え隠れする戦争の災禍や傷痕をあぶり出していく。

 本作を読んで蘇った記憶がある。
 80年代後半のバブル華やかなりし頃、大学時代のゼミの友人(♀)の結婚式に出席した。
 都内の人気ホテルでの豪華な挙式であった。
 滞りなく式は進行し、新郎の会社(誰もがその名を知っている一流商社)の同僚である3人の若い女性が挨拶に立った。当時の流行りで3人とも黒いロングヘア、きれいに着飾っていた。
 順番に、新郎の知られざる社内外での微笑ましいエピソードを語り、祝辞を述べていくのだが、最後の一人がこんなことを言った。
「●●さんは、夏はサーフィンとテニス、冬はスキーと一年中アウトドアのスポーツマンで、いつも真っ黒に日焼けしているので、私たちはまるで被爆者みたいと言っていました」
 一瞬ドキッとし、会場がざわめくか静まるかと思いきや、新郎側のテーブル席からは笑い声が起こったのである。
 帰り道、一緒に出席したゼミの友人と、「もしかしたら、この結婚うまく行かないかもな・・・」とささやき合った。所属していたゼミの教授は広島出身で、我々は折々被爆者の話を聞いていたのである。
 数年して予感的中した。

 おかしな時代であった。



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 本:『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(加藤直樹著)

2019年
ころから発行

IMG_20211021_144447


 少し前の記事で、加藤康男著『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』を取り上げて、自分なりに書かれている内容を検証し、著者の説く「虐殺否定説」がまったくのナンセンスであることを証明したけれど、ソルティがやるまでもなかった。
 
 『九月、東京の路上で』の著者・加藤直樹による徹底的な検証と反論が本書でなされていた。
 ソルティが目を付けた「関東大震災時の朝鮮人の被害者数に関する論理のほころび」もしっかりと記述してある。
 まあ、普通に読んで、まともに考えれば、中学生でも気づくようなへんてこりんな論理ではあった。

 ほかにも、加藤康男の著書のおかしな点が、具体的に証拠を上げて明確に述べられている。
 読者を馬鹿にするこすっからい手口の数々が、快刀乱麻、白日のもとに晒されている。
 これはもう勝負あった、というところだろう。

 二つの書を続けて読んで、まだ「朝鮮人虐殺はなかった」と主張する人がいるとしたら、その人は知性や理性や正義とは訣別した、ある種の“信者”というほかない。
 何を信仰するかはその人の自由だが、事実を歪めて世間に吹聴するのは迷惑千万。
 子供たちにも悪影響を及ぼす。
 自分が「〽わたしはやってない」教の信者だということを自覚してほしいところである。

なにかオウム

おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 山吹と無名戦士 大高取山(376m)

 手元のガイドブックによれば、この山は「体力、技術」の初級レベル。
 かかとの骨折後のリハビリにはちょうどいいと思い、ハイキング気分で出かけたのだが、とんだ誤算であった。
 山登りのしんどさは、山の高さではなく傾斜によって測るべし――という黄金律を叩きこまれていたはずなのに、ガイドブックの甘言にだまされた。1000mを超える山でも、ここより楽なところはいくらでもある。
 思いがけない急斜面にすっかり息が上がり、下山後に生じた骨折部の痛みと足の引きずりは、翌日の今も続いている。
 それでもやっぱり・・・・・山はいい。

登山日 2021年10月20日(水)
天気  晴れ、風やや強し
行程
09:00 JR越生線・越生駅
    歩行開始
09:25 越生神社
09:45 世界無名戦士の墓(15分stay)
10:15 西山高取(262m、15分stay)
11:00 高取山頂上(376m、10分stay)
11:30 幕岩展望台(295m、30分stay)
12:50 桂木観音(10分stay)
14:00 オーパークおごせ
    歩行終了
所要時間 5時間(歩行3時間30分+休憩・見物1時間30分)
最大標高差 310m


DSCN4512
JR越生駅
埼玉県入間郡越生町にあり、越生線と東武東上線が乗り入れている
 朝のこの時刻、降りたのは4~5名

DSCN4477
なんと、越生は江戸城を築いた戦国の武将太田道灌の生誕地なのであった。
 落語にもなっている有名な山吹の逸話もここ越生が舞台とか。
 
 狩りに出た道灌がにわか雨にあい、雨具を借りに一軒のあばら家を訪ねたところ、娘が山吹の枝を差し出した。
 七重八重 花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞ悲しき
という古歌にかけて雨具はないと断ったのだが、道灌にはそれが分からない。家来に解説されて、「余は歌道に暗い」と反省し、のちに立派な歌人になった。
(佐藤光房著『東京落語地図』、朝日新聞社刊より抜粋)

yamabuki
 山吹の品種のうち、昔から日本に栽培されている八重ヤマブキが実を結ばない
「実」と雨具の「蓑」をかけた駄洒落であるが、
じつはこの故事、後世になって作られたらしい


DSCN4478
 越生神社
八幡神社、日吉神社、八坂神社、稲荷神社などいくつかの神社が合祀されている
祭神は大物主命、すなわちオオクニヌシノミコトである
登山の無事を祈る

 車道を一登りすると、世界無名戦士の墓に着く。
 白亜の屏風のようなデザインが目を惹く。
 この階段、高齢者は登るのが大変だろう。

DSCN4482


DSCN4487
越生町の医師長谷部秀邦氏が発起人となって昭和30年(1955年)に落成
第二次世界大戦で亡くなった世界60余か国251万の兵士を慰霊・追悼している
 展望塔からの景色は「これを見るためだけでも来てよかった!」と思うほど

DSCN4484


DSCN4481


DSCN4486
 右端に白く光る西武球場ドーム(所沢)から、新宿・池袋の高層ビル群、
スカイツリー、さいたま副都心、左端におぼろに霞む筑波山(茨城)まで、
関東平野150度を見渡すことができた

 墓の横手から山道に入る。
 ここからが険しかった。

DSCN4488
 西山高取
 木のベンチで一服
 ここから尾根までまた急登続き

DSCN4492
 石灰岩の露頭
チョークの原料である

DSCN4493
 高取山頂上

 着いた!

 ガイドブックでは眺望が得られないとあったが、東面の木々が伐採されて、正面に筑波山が丸見えであった。
 今日は昼食を持参しなかった。栄養補助食品をパリパリ。

DSCN4494

 山頂を離れ、眺望の良いという幕岩展望台に寄り道。
 が、眺望自体は無名戦士の墓にかなわない。
 昼食をとるには絶好の場所。

DSCN4495


DSCN4497

 ベンチで30分ほど昼寝する。
 形を変えながら流れる雲をボーっと見る。
 こういう時間が自分には必要なんだと、つくづく思う。

 四国遍路を思い出させる鈴(りん)が聴こえてくる。
 と、やおら木々の陰から男が出現。
 最近山登りを始めたという71歳。心筋梗塞をやって健康の大切さに目覚めたとか。
 本日山中で会ったのは中高年男性ばかり5名であった。
 
 さあ、あとは下るのみ。
 が、足に負担がかかるのも、転倒して負傷しやすいのも、登りでなく下りであることも山登りの常識。
 ステッキを使って注意深く下山。


DSCN4503


DSCN4500
桂木観音

 養老3年(719年)、紫雲に曳かれて当地を訪れた行基上人が、観音のお告げを受けて山中の大杉を用いて彫像したという伝説がある。
 無人の寺だが立派な鐘楼があった。
 生きとし生ける者の幸せを念じながら、一回撞かせていただいた。

DSCN4504


DSCN4505
観音が降り立った山

 携帯はところどころ圏外。
 都会のIT生活で電磁波の溜まった身体を、杉木立がデトックスしてくれる。
 鳥のさえずりを耳に、馬の背を吹き抜ける秋風に身をまかせれば、ネット空間の浮薄さが募るばかり。
 真のリアリティは秋の里山にある。

DSCN4506
左右が崖となっている馬の背

DSCN4507
 
 昨今のグランピング&キャンプ流行を受けて開設された。
 もちろん、日帰り入浴もできる。
 岩露天風呂にゆっくり浸かって、足をもみほぐした。
 缶ビールとスナックを買い、リラックスエリアでくつろぐ。
 
DSCN4508


DSCN4509
窓からの景色
紅葉時はきれいであろう

 無料送迎バスで越生駅に戻る。
 駅前広場には太田道灌の像が建っていた。

DSCN4511
大河ドラマ主演を狙っている
演じるとしたら誰かな?

DSCN4513

 越生駅のホームからすでに世界無名戦士の墓が見えていたのに気づく。
 “無名”とは、亡くなった兵士の名前が分からないという意味ではなくて、「位階を超越し、一切無名平等にお祀りする」という意味からの命名。
 すばらしい見識だが、やっぱり戦士の墓がないのに越したことはない。
 彼らは故郷の家族のもとに帰れなかったから、ここにいるのだ。
 
 七重八重 花は散れども 山吹の 身の一つだに なきぞ悲しき


DSCN4514










● 鍋の水は熱くなっている 漫画:『この世界の片隅に』(作画:こうの史代)

初出:双葉社『漫画アクション』2007年12月号~2009年2月号
2011年コミックス発行

IMG_20211016_164702


 昭和9年(1934年)から昭和21年(1946年)に亘る、広島県の海沿いの街に暮らす一女性、浦野すずと家族をめぐる物語。
 原爆の投下された昭和20年8月6日に向かって、そしてポツダム宣言受諾の8月15日に向かって、物資の不足に苦しみ、空襲警報におびえ、愛する家族や友人を戦火に失い・・・と、傍目には(現代日本から見ると)地獄のようなしんどい日々でありながらも、明るくドジでのんびりした主人公を中心に平凡でささやかな日常を営む庶民の姿が描かれる。
 北川景子、松本穂香をすず役としてこれまで2度テレビドラマ化され、2016年にアニメーション映画として公開された。ソルティ未見である。

 作者のこうの史代は1968年生まれなので、すずは作者の祖母世代にあたる。
 よく昔のことを調べて絵に描いていると感心した。
 まるで、さくらももこと『ちびまる子ちゃん』の関係のように、作者の子供時代の記憶をもとに描いた作品のように思えるほど、生き生きした実感と豊かなリアリティがある。
 『YAWARA!』、『MONSTER』、『20世紀少年』の浦沢直樹を柔らかく幻想的にしたようなタッチの画風も、温かみがあり読みやすい。
 ちょっと抜けていて絵をかくのが得意な主人公すずは、作者の分身なのではなかろうか。

IMG_20211007_164429


 このたびのコロナ騒動でつくづく思ったことの一つは、突如として非日常的な出来事がやって来ても、人はこれまで通りの日常生活をたんたんと続けようとし、いつのまにやら非日常を日常に取り込んでしまうのだなあ~、ということである。
 最初のコロナショックに見舞われた時こそ、戒厳令のようなものものしい空気が満ちて、街路や飲食店や列車から人が消え、宇宙服のような完全防備の通行人も見かけたものだが、人々が徐々にコロナウイルスの正味のリスクと予防手段を学び、繰り返される報道に飽き飽きしてしまえば、長年続けて習慣になっている日常生活が取り戻されていく。
 三度三度飯を食って、クソして、眠って、働いて、遊んで、人と会話して飲んで、家事をして、恋をして、ふられて、結婚して、出産して、子育てして、喧嘩して、仲直りして・・・・という日常生活(ルーチン)は腰の強いものだなあと思う。
 しばらく前までは、毎夕報告される感染者数の増加に蒼ざめていたものだが、最近ではなんだか「我々は数値をコントロールできる」という妙な自信さえ、世間に漂っている感がする。
「第六波よ、来るなら来い!」みたいな・・・・。
 むろん、ワクチンのおかげが大きいが。

 茹でガエル理論というのがある。
 水を張った鍋に入れられたカエルは、鍋が火にかけられて水の温度が次第に上がっても、そのまま鍋の中に居続け、しまいには熱湯で焼け死んでしまう。
 急に熱湯に入れられたら驚いて飛び出すが、水からはじめて、ぬるま湯、熱湯と徐々に慣らされていくと、逃げる機会を逸してしまう。
 それと同じように、日常生活の中に非日常的な事柄が少しずつ紛れ込んでくると、一時は違和感を持ちはするものの、日常の持つ強さがそれを飲み込んでしまい、非日常だったものが日常になる。免疫ができる。
 次は、最初より強度の高い非日常がやって来る。免疫のできた日常は、今度はそれをも飲み込む。より免疫が強くなる。
 そうやって、昔ながらの日常生活を送っているつもりが、気づかぬうちに、最初の日常とはまったくかけ離れた非日常の日々を不思議とも何とも思わないで送っている。
 戦時下の生活とはそんなものだったのではないだろうか?
 原爆が落とされたときに、玉音放送を聞いたときに、人々ははじめて、自分たちがはじめにいたところからずいぶん遠くまで来てしまったことに、国にだまされて連れて来られたことに、気づいたのではなかったろうか?

茹でガエル
 
P.S. 茹でガエル理論は俗説であって、実際にはカエルは鍋から逃げるらしい。



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損

  

● Q.E.D. 本:『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(加藤康男著)

2014年ワック株式会社

 関東大震災における朝鮮人虐殺を否定する意見が、昨今ネットを中心にかまびすしいと言うが、どうやら否定論の最大論拠になっているのがこの著書であり、否定論者の急先鋒がこの著者、加藤康男とその妻・工藤美代子であるらしい。
 加藤康男は1941年東京生まれの編集者、ノンフィクション作家。
 出版元のワック(WAC)は、1996年に設立された出版・映像制作などをメインとする会社で、高市早苗、ケント・ギルバート、渡辺昇一、山口敬之などの本や、月刊誌『WiLL』を発行している。


IMG_20211014_121048


 ソルティは、『関東大震災「虐殺否定」の真相』(渡辺延志著)および『九月、東京の路上で』(加藤直樹著)という虐殺“認定”論者の本を続けて読んできた。(虐殺“肯定”論者と言うと別の意味に取られかねないので、虐殺認定論者=「虐殺はあった」と認める立場をとる者、と定義する)
 否定論者 V.S.認定論者。
 喧嘩両成敗ではないが、ここは公平に反対側の意見にも耳を傾けるべきだと思って本書を借りた。
 「虐殺はなかった」という主張が果たしてどのくらい正当性があるのか、説得力を持っているのか、できるだけ虚心坦懐に読んで検討してみるのも一興と思った。

 先だっての記事で、この問題の論点を次のように整理した。
 関東大震災の直後、
 ① 朝鮮人による犯罪(放火、暴行、殺人、井戸に毒投入など)はあった
 ② 朝鮮人による犯罪はなかった
 ③ 日本人による朝鮮人虐殺はあった
 ④ 日本人による朝鮮人虐殺はなかった 

 これまでの共通認識は、「②犯罪はなかった」→「③虐殺はあった」である。朝鮮人による犯罪というデマに踊らされパニックになった一部日本人が、罪のない朝鮮人を虐殺したというものである。
 本書で加藤康男が主張しているのは、「①犯罪はあった」→「④虐殺はなかった」である。朝鮮人による犯罪――とくに日本の社会主義者と結びついた抗日運動家によるテロリズム――が実際にあったのであり、地域の自警団をはじめとする勇敢な人々は、不逞な朝鮮人や危険な社会主義者から地域や国を守るために止む無く武器を手に立ち上がった。それは断じて虐殺ではない、というものである。
 
 いずれの方角から調査しても、関東大震災時に日本人が「朝鮮人虐殺」をしたという痕跡はないのである。
 あったのは、朝鮮人のテロ行為に対する自警団側の正当防衛による死者のみである。


井戸


 加藤康男の論理を検討してみよう。

 まず、「④虐殺はなかった」について。
 「虐殺はあった」という証言がたくさんあり、歴史の教科書にも史実として載っている以上、新たに「虐殺がなかった」という論を立てて証明するためには、すでに発表されている数多くの「虐殺があった」という具体的な証言を一つ一つ反証を挙げて否定していかなければならないはずである。「虐殺がなかった」という目撃証言など集めようがないのだから、「虐殺があった」を否定するほかない。
 そして、“虐殺”を否定するためには、日本人による朝鮮人殺しが純然たる正当防衛であったことを証明しなければならない。つまり、殺した相手が「朝鮮人かつ犯罪者(テロリスト含む)」であったことを証明しなければならない。
 しかるに、本書ではまったくこの作業が行われていない。たとえば、『九月、東京の路上で』で挙げられている、どの朝鮮人殺害事例についても子細に検証すべく俎上に載せられてはいない。
 この時点ですでに、「④虐殺はなかった」説は宙に浮いている。

 次に、「①テロリズムを含む朝鮮人の犯罪があった」ことを証明するためには、具体的な目撃証言が必要である。
 これは別に、特定の地域に住む数人の証言といった限定的なものであってもよいと思うが、実在する人物(実名)による直接証言が必要であろう。匿名者の発言を載せた新聞記事や伝聞では駄目である。犯罪を立証するのに、新聞記事や伝聞情報を証拠に上げる検察などいない。
 だが残念ながら、ここでも納得いく証明はなされていない。
 朝鮮人の犯罪として著者が挙げる事例は、新聞記事や伝聞情報ばかりで、実名と所属を出して「私は見た!」とはっきり語っているケースが見出せない。

 思うに、政府による戒厳令が敷かれた震災直後なら、あるいは治安維持法(1925年~)があった戦前・戦中までなら、顔と名前を出して目撃証言する者がいなかったことは理解できる。
 しかし、表現の自由が認められた戦後になっても、震災時における「朝鮮人の犯罪」の目撃証言が一つも出てこないのはおかしなことである。(逆に、「朝鮮人虐殺」の目撃証言は次々と出てきたのに・・・)
 とりわけ、著者が言うような「国家転覆(昭和天皇暗殺)を狙ったテロリズム」という大謀略があったのなら、なおさら証拠文書や証言記録が歴史研究者あたりから上がってきそうなものである。
 ここでもまた、「①朝鮮人の犯罪はあった」は証明しきれていない。

 念を入れて証明して然るべき2つのポイントをさらりとかわして、その代わりに著者が紙幅を費やしているのが、大正時代の朝鮮半島の情勢説明であり、社会主義者と結託して抗日運動する過激な朝鮮人テロリストたちの暗躍ぶりである。
 「日韓併合して天皇陛下の恩恵のもと朝鮮の近代化を推し進めてあげたのに、それに反発して独立を叫ぶ、ましてや抗日運動するなんてけしからん!」という著者の憤懣がみなぎっている。
 朝鮮人テロリストの無節操と恐怖を読者に伝えようという心積もりからの記述なのだろうが、ソルティは逆効果と思った。
 どこの国の民衆が、国体と自治権と伝統ある王朝を奪われて黙ったままでいられるだろうか?
 「朝鮮人の犯罪」に対して武器を持って闘うのが正当防衛ならば、日本人の「乗っ取り」に対して武器を持って闘うのも正当防衛と言えないだろうか?


king-sejong-1414289_1920
李氏朝鮮第4代国王世宗(セジョン)
Y.H LeeによるPixabayからの画像


 さらに、本書において著者が「朝鮮人虐殺はウソっぱち」とする決め手として自信満々打ち出しているのは、震災時の在日朝鮮人の人口に関する検証である。
 曰く、「虐殺認定論者は、虐殺された朝鮮人の数を、2607人とか6419人とか2万人以上とか言っているけれど、当時東京近辺にいた朝鮮人の数から推察してみれば、それが見当はずれな大風呂敷なのは明らかだ。だから虐殺認定論は成り立たない」というのである。
 この具体的な数字を上げての証明は、伝聞や新聞記事とは違って科学的で実証性が高い手段と思えるので、どんなものかちょっと紹介したい。

 まず、著者は震災当時、もっとも被害が大きかった東京や横浜にいた朝鮮人の数を9800人と推定する。この数値が正しいかどうかは正直わからない。もっと多かったという説もある。ただ、ここでは数字が問題ではなく、著者の論理の進め方が興味深いので、数値の正確さにはこだわらないことにする。
――A.9800

 次に、震災で亡くなった朝鮮人の数を1960人と推定している。これは、震災時の日本人の死亡率は15%だが、在日朝鮮人は一概に貧しくて、壊れやすく燃えやすい家に住んでいたであろうから、日本人より5%高く見積もって死亡率20%とし、総数の9800人に0.2を掛けた数値である。
――B.1960

 次に、暴徒化した日本人の見境ない攻撃から朝鮮人を保護するために、軍や警察は急遽、各地の収容所に朝鮮人を連行した。その数は6797人と分かっている。
――C.6797

 A-(B+C)=1043人

 すなわち、京浜地区において虐殺された(とされる)朝鮮人の数は、最大値を取ったって1000人がいいところで、虐殺認定論者の上げる数値には全然届かない。(著者は、この1000人のうち800人程度がテロリストだったと決めつけている)
 
 当時、在日した人口から、彼ら(ソルティ注:虐殺認定論者)の言う「虐殺」人数を引けば、震災による朝鮮人の死者はゼロになってしまう。その一点に誰も目を向けてこなかったのが、この九十年だった。


 金田一さん、見事な推理です!
 と拍手を送りたいところだが、この計算には奇妙な点がある。
 関東大震災の被害の90%を占めたのは、東京市(いまの東京23区)と横浜市であった。当時の両市の人口はあわせて262万人。うち死亡者(行方不明含む)は約9万5千人。死亡率は3.6%になる。
 これは著者の用いた日本人の死亡率15%には程遠い。
 15%という数字は一体どこから出てきたのだろう?

 答えは簡単。
 死亡率は地区によって大きな開きがあるのだ。同じ東京市でも、岩盤の硬い山の手と、海に近く人口密度の高い下町とではまったく被害の大きさが異なった。15%というのは、もっとも被害の大きかった本所区(現在の墨田区の南部)、深川区(現在の江東区の北西部)を合わせた数値なのである。
 著者が死亡率15%(さらに朝鮮人バイアス載せて20%)に設定したのは、この両区に朝鮮人が多く住んでいたからと言う。
 だが、9800人の朝鮮人の何%が両区に住んでいたのか、震災の起きた日中の就業時間帯に何人が本所と深川にいたのか、そこは検討されていない。
 朝鮮人9800人全員がゲトーのように両地区に起居し働いていたということが前提にならなければ、全数に0.2を掛けるのはナンセンスである。
 いや、ソルティも当時、朝鮮人がどこに住み、どこで働いていたかなんて知らない。
 ただ、震災当時、京浜地区のすべての在日朝鮮人が両区にいたなんてあり得ないだろう。B.1960はもっと少ない数値になるはずだ。

 そもそも、「朝鮮人が襲撃する」というニュースは9/1の震災当夜、横浜から始まったという。
 著者自身、横浜における目撃者の談話として、「不逞の鮮人約二千は腕を組んで市中を横行し、略奪をほしいままにするは元より、婦女子二、三十人宛を拉し来たり随所に強姦するが如き非人道の所行を白昼に行ふてゐる」と書かれた新聞記事(9月5日付、河北新報)を、朝鮮人テロの証拠の一つとして上げている。
 この2000人の朝鮮人は、いったいどこから湧き出したというのだろう? 
 阿鼻叫喚の本所と深川から、一瞬にして横浜にテレポーテーションしたのか?
 
 とてもとてもこの論理では、ミステリー読書歴40数年、読破数百冊のソルティは説得され得ない。

Q.E.D.(証明終わり)

columbo-268641_1920
ウチのかみさんも納得しませんよ!
PrawnyによるPixabayからの画像画像
 


おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 日本人だけじゃない? 本:『九月、東京の路上で』(加藤直樹著)

2014年、ころから発行

 「九月、東京の路上で」何があったか?
 日本人による朝鮮人・中国人のジェノサイド(大量虐殺)があった・・・・。
 約100年前(1923年)の話である。

 本書は、リアルタイムで現場を見た人々の証言に、周辺状況が把握できる解説を付け加えて、時系列に並べたものである。
 取り上げられている場所も、品川、四ツ木、神楽坂、上野公園、池袋、高円寺、熊谷、寄居、習志野など、東京・埼玉・千葉と多所に亘っている。
 表紙の絵は、関東大震災直後に小学4年生が描いたもので、一人の朝鮮人を武器を持った日本人が大勢で追跡しているところらしい。

IMG_20211007_204652


 本書を読んでいる間、ソルティの気持ちは深~く落ち込んだ。鬱がぶり返すのではないかと思ったほど。
 震災時の朝鮮人虐殺の話は、これまでもあちこちの本で読んでいた。が、単発だったので全体像は見えなかった。
 本書のようにまとまったものを読むのは初めてであった。
 結果、「ジェノサイド」という言葉が決して誇張ではない様相に、ショックを受けた。

 日本人ってなんだろう?
 なんという残虐な国民なのか?
 なんと附和雷同しやすいメンタルか?

 落ち込みの理由は自虐的気分におちいったからである。日本人というアイデンティティに誇りを感じられなくなりそうだったからである。

 いやいや、日本人だけではない。デビ夫人亡命後のインドネシア人だって、ポル・ポト政権下のカンボジア人だって、奴隷制時代のアメリカ人だって、ベトナム戦争時の韓国人だって、一介の庶民による庶民への虐殺行為はあったはず。特別なことじゃない。

 そう考えて気をとり直したけれど、それはまったく言い訳にも説明にもならないことは自明の理であった。
 
 夜は又朝鮮人のさはぎなので驚ろきました。私たちは三尺あまりの棒を持って其の先へくぎを付けて居ました。それから方方へ行って見ますと鮮人の頭だけがころがって居ました。わすれたがあのだいろくの原と云ふ所は二百人に死んでいたと云ふことであった。
(横浜市高等小学校1年【現在の中学1年】女児による作文)

 子供たちも含めリアルタイムを生きた人々の証言は、生々しいまでに率直で、映像喚起力があり、作為的なところがない。
 本書には、芥川龍之介や折口信夫や千田是也など著名人の証言も載せられている。
 これだけの証言を前に、「虐殺はなかった」と言うのは自己欺瞞としか言いようがない。
 罪に罪を重ねるような破廉恥は止してほしいものである。

 著者は、「虐殺はなぜ起こったか」という章を設けて、次のように考察している。

 突然の地震と火事ですべてを失った人々の驚き、恐怖、怒りをぶつける対象として、朝鮮人が選ばれたのだろうか。

 だがそうした感情をぶつける対象として朝鮮人が選ばれたのは、決してたまたまのことではない。
 その背景には、植民地支配に由来する朝鮮人蔑視があり、4年前の三一独立運動以降、日本人はいつか彼らに復讐されるのではないかという恐怖心や罪悪感があった。そうした感情が差別意識を作り出し、目の前の朝鮮人を「非人間」化してしまう。そして防衛意識に発した攻撃が「非人間」に対するサディスティックな暴力へと肥大化していったのだろう。

 しかし、庶民の差別意識だけでは、惨事はあそこまで拡大しなかった。事態を拡大させ、深刻化させたのは治安行政であり、軍である。

earthquake-502125__340
1906年サンフランシスコ大地震(M7.9)の情景


 「まえがき」によると、本書が生まれたきっかけは、朝鮮人が多く暮らす新大久保(新宿区)に生まれ育った著者が、2012年から始まった在特会(在日特権を許さない市民の会)によるヘイトスピーチを目にし、怒りを感じ、抗議行動に参加したことにある。
 2000年代に入ってからの石原慎太郎都知事による「三国人」発言、在特会の活動、ネットにあふれる嫌韓コメント・・・・、関東大震災で朝鮮人ジェノサイドを引き起こした“空気”は今もこの国に漂っている。

 関東大震災は過去の話ではない。今に直結し、未来に続いている。 

 然り。
 ソルティも、今回のコロナ禍で各地で起こった感染者差別や風評被害、秋篠宮長女の結婚に対するバッシングの嵐を鑑みるに、「日本人は変わっていない、変わらない」とつくづく思う。
 一言で言えば、日本人の国民性のネガティヴな面の一つは、「匿名を隠れ蓑にしたいじめ体質」である。

 いや、日本人だけじゃない日本人だけじゃない日本人だけじゃない・・・・。
 虚しく繰り返す秋。


P.S. 関東大震災時に千葉県福田村で起こった香川の行商グループ虐殺事件を、森達也が映画化するという。震災100周年の2023年公開を予定している。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 地獄のアルゴリズム 本:『虐殺器官』(伊藤計劃著)

2007年早川書房

IMG_20211003_094912


 近未来戦闘SF。

 世界各国の要人の暗殺を任務とする米国の青年シェパード大尉は、“虐殺の王”という異名を持つ同国人ジョン・ポールの捕獲指令を受ける。
 ジョン・ポールは元は国防総省で言語の研究をしていた人間であったが、サラエボで妻子を核爆弾で失ったのがきっかけで、以後、後進諸国の中枢に入って不穏な動きをするようになった。彼が行くところ、必ず政治は乱れ、内戦や民族虐殺が勃発する。
 戦闘員として育てられた少年少女をはじめとし、なんら躊躇いも感情もなしに敵を撃ち殺すことに長けたシェパード大尉は、自らの麻痺した良心をいぶかしみながら、ジョン・ポールの行方を追う。

 印象としては、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』(原作はジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』)へのオマージュといった感じ。
 シェパード大尉=ウィラード大尉(=マーティン・シーン)、ジョン・ポール=カーツ大佐(=マーロン・ブランド)である。
 違いとしては、『地獄の黙示録』の舞台は大国間(冷戦下の東西)の覇権争いを背景とするベトナム戦争で、戦車や銃や爆弾といった20世紀の武器が使用されていた。
 一方、『虐殺器官』においては先進大国間の争いはすでに終焉し、対テロの闘いが中心となっている。大国はいまや戦争を民間委託できる経済行為の一つのごと扱っていて、そこで使用される輸送機や装備や武器はIT技術や工学の進歩により、味方の安全性と敵に対する殺傷力のいずれもが最高度に発揮されるよう計算された効率の良いものになっている。
 つまり、一方には個人のプライバシーや自由と引き換えに得た高度のITセキュリティと物質的豊かさを享受するポストモダン的アルゴリズム社会があり、逆の一方には昔ながらの搾取と貧困と独裁と民族対立に苦しむ伝統的アナログ社会がある。前者は後者を搾取する。
 『ひとはなぜ戦争をするのか』の解説で養老孟司が「テロリズムの正体」として指摘していたのはまさにこれで、ポストモダン的アルゴリズム社会に対する伝統的アナログ社会の憤懣がテロとして立ち現れるというのである。まともに闘ったら敗けるのは明らかだから・・・。
 その点で、本作は近未来SFとは言いながら、もうほぼ現代世界そのもの。現代世界の誇張描写による戯画化といったほうがふさわしいかもしれない。

 そのような世界の中で、ジョン・ポールはなぜに後進諸国を渡り歩いて虐殺を準備するのか?
 どういった手段でもって人心を操り、虐殺への道をつけるのか?
 その動機とトリックがなかなか興味深い。
 
 著者の伊藤計劃は本作が作家デビュー。
 武器一般や脳科学や国際政治に関する専門知識が必要であろう本作を、たった10日で書き上げたというから凄い。
 ミリタリーオタクだったのかもしれない。
 「だった」と過去形にするのは、34歳でガンで亡くなっているからである。
 自らの命の限りを見続けていたことが、本作に見られるような哲学性を生んだのかもしれない。



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 本:『関東大震災「虐殺否定」の真相』(渡辺延志著)

2021年ちくま新書

IMG_20210928_144138


 およそ100年前の1923年9月1日に起きた関東大震災の直後、混乱に乗じた朝鮮人が暴動を起こし、「建物に放火した」、「井戸に毒を入れた」、「婦女を暴行した」、「各地でダイナマイトを手に破壊活動を企んでいる」といったデマ(流言)が飛びかった。デマを信じた一部の日本人らは徒党を組んで、朝鮮人を見かけるやこれを捕らえて虐殺した。

 ――というのが、これまで一般に言われてきたところである。
 ソルティも、いつからか、あるいはどういった媒体からかは覚えていないが、この言説に接し、「そんな酷いことがあったのか」と歴史的事実の一つとして神妙に受けとめてきた。
 住井すゑのベストセラー『橋のない川』にはそのあたりの記述が見られるし、筒井功の『差別と弾圧の事件史』にも香川の行商が朝鮮人と間違われて虐殺された福田村事件(千葉県)が取り上げられている。1997年阪神・淡路大震災のときも、2011年東日本大震災のときも、「決して繰り返してはならない」教訓として、この話題が再燃したのを覚えている。
 しかるに、近年、「朝鮮人のかかる犯罪はデマではなく実際にあった」、「日本人による朝鮮人虐殺の事実などなかった」という意見が出回っているそうである。特にインターネットで顕著らしい。
 ソルティはそういったサイトには立ち寄らないのでよく知らないが、「南京大虐殺はなかった」、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」に続いて出てきた、国粋主義的な価値観を持つ人たちの「なかったことにしたい」シリーズの新しいトピックという印象をもった。
 次はきっと、「731部隊はなかった」あるいは「福島第一原発事故はなかった」あたりだろうか・・・・。
 いずれにせよ、「国際社会がまともに相手にするはずはない」と思っていたのだが、本書によると、米国ハーバード大学のマーク・ラムザイヤー教授が関東大震災を取り上げた論文を書き、それが英国ケンブリッジ大学出版局が刊行する本に掲載されることになった。その中でラムザイヤー教授は、「朝鮮人による犯罪はあった」、「日本人によって殺された朝鮮人の数は言われているほど多くなかった」と論じているという。
 発行のあかつきには、国際的権威に基づく意見として流布するのは想像に難くない。
 ちなみに、同教授は2018年安倍政権時代に旭日中綬章をもらっている。

ケンブリッジ大学
ケンブリッジ大学


 本書は、このラムザイヤー教授の論文に対する検証がきっかけとなって生まれたものである。
 著者の渡辺延志(のぶゆき)は元朝日新聞記者で、明治以来の日本と朝鮮半島の関わりを調査し、『歴史認識 日韓の溝』(ちくま新書)という本を書いている。
 渡辺は、ラムザイヤーの主張の論拠となっている関東大震災直後の各紙新聞記事を丹念に探し集め、震災取材経験を持つ同業者の目でそれを読み解き、当時の国際状況や国内事情も視野に入れ、「朝鮮人の犯行」に関する公式調査による報告書にも当たりながら、“実際に起こったであろうこと”を再構成している。
 マグニチュード7.9、死者・行方不明10万人以上、全壊家屋10万棟以上という未曽有の災害の凄まじさ、逃げ惑う人々の混乱とパニック、交通機関や電話など連絡手段が断たれた中での危険きわまりない困難な取材と他社より一刻も早い報道に命を懸ける記者たちの姿、そしてどこからともなく現れたデマとそれに踊らされ常軌を逸した行動に走る者たち・・・。
 パニック&ホラー映画を観ているようなサスペンスと衝撃に、海千山千の新聞記者ならではの鋭い洞察と解析が光る社会派ミステリーの味わいが重なる。
 ページをめくる手が止まらなかった。
 
 仙台駅における水も漏らさぬ警戒ぶりは物凄いほどで、列車の着するごとに鮮人は居らぬかと鳶口(とびぐち)、棍棒を持った自警団員がホームに殺到して目を光らし、少しでも怪しいと見ればこれを取り囲んで打倒せんとする有様で仙台駅頭は殺気漲っている。民衆の興奮はもっともながら、群集心理の附和雷同から無闇矢鱈に騒ぎ廻り、何等罪なき良民を傷つくるが如き行為は謹まねばならぬ。現に鮮人と思い誤られた立派な日本人が群衆の威嚇に極度に恐怖し逃走したとして、朝鮮人だ殺して了いと喊声(かんせい)を揚げて追いまくり、一名は警察官が身をもって保護し事なきを得たが、他の一名は何者かに鳶口を背部に打込まれ二ヶ所に重傷を負い、中央篤志会の手当を受けて仙台座に収容された。
(『河北新報』に掲載された9月5日前後の避難民の目撃談) 

鳶口
鳶口(とびぐち)

 
 著者は、ほかならぬ新聞報道が「朝鮮人の犯罪」というデマを積極的に広め、それを読んだ人々に事実と思わせてしまったことを検証する。
 いわゆるフェイクニュースだ。
 
 だが、新聞記者としてその場に自分がいたならと考えると、やはり同じような記事を書いただろうと思えてならない。聞いた話の内容が本当に事実なのかを確認する手段はない。だが、語っている人たちに嘘をつく理由が考えられない。数多くの人に話を聞けば聞くほど、内容は似通っている。全国どこの新聞であっても、一本でも多くの記事を載せたいという段階だった。
 
 一方、このフェイクニュースには2種類あり、震災直後の報道陣が事実を確認しないままにデマを信じて流した“早とちり”によるもの以外に、官から意図的に流されたものもあったことを突き止める。
 震災から少したって、朝鮮人虐殺のニュースが国際問題となりつつあるのを懸念した政府は、意図的に震災直後の朝鮮人の犯罪を捏造し、マスコミを通じて世にリークしたのである。
 それは、「日本人による朝鮮人虐殺は不可抗力あるいは正当防衛であった。なぜなら、朝鮮人が最初に不届きな事件をあちこちで起こしたから」という体面(言い訳)をつくるためであった。
 このあたりは今日まで続く権力による情報操作の闇を感じさせる。
 
 ともあれ、「朝鮮人の犯罪」というフェイクニュースは悲しいことに広まっていった。
 しかし、それがただちに「相手かまわぬ朝鮮人の殺戮」という非道につながったのには、なにかしらの理由が必要だろう。上の引用にみるように、武器を持たない単独の朝鮮人(と間違えられた日本人)でさえリンチの対象となったのだから。百歩譲って、朝鮮人に恐怖や怒りを覚えたとしても、ただ捕まえて縛っておくだけでは済まなかったのだから。
 なぜ、虐殺は起こったのか?
 中心となった自警団員とはどういう人たちだったのか?
 ここでは詳らかにしないが、渡辺の説にはソルティを震撼とさせるものがあった。

軍人墓地


 最後に、この問題の論点を単純化して整理する。
 関東大震災の直後、
  ① 朝鮮人による犯罪(放火、暴行、殺人、井戸に毒投入など)はあった
  ② 朝鮮人による犯罪はなかった
  ③ 日本人による朝鮮人虐殺はあった
  ④ 日本人による朝鮮人虐殺はなかった 

 震災直後に大方の人々が抱いたのは、①→③である。各新聞社が「無責任に」、政府が「意図的に」流した情報もこの道筋に拠るものであった。つまり、「③虐殺」は、「①犯罪」に対する正当防衛だという見方である。
 その後、①は公式に否定された。
 以降、ソルティはじめ大方の日本人が学んできた常識は、②→③である。つまり、「③虐殺」は、デマを信じ込んだ日本人の愚行であった。渡辺もまたこの前提に沿って本書を記している。
 ラムザイヤー教授が約一世紀後の今になって突如として言い出したのは、よもやの①→③への逆戻り。しかも、「③虐殺」を矮小化するニュアンスを打ち出している。
 そして、最後にネットを中心に近年見かけるようになったのが、①→④である。「なかった」ことが問題化し100年間語られてきたというアクロバティックな理屈。(ここまで来たら、②→④まであと一歩。頑張れ!)
 
 もっとも、ソルティも当時そこにいたわけではない。
 自分が②→③という図式を常識と思うようになったのは、活字やテレビや伝聞など他者によって作られた情報がもとで、自分の目や耳で確かめた事実ではない。
 多かれ少なかれバイアスがかかっている。
 本書もまた、著者の渡辺が“元朝日新聞記者”ということが一つのバイアスと取られる可能性大である。
 人は、自分の見たいものを見るし、信じたいものを信じる傾向がある。
 渡辺自身もまた、本書「おわりに」でこう記している。
 
 社会に力を持つフェイクニュースとは単なる嘘ではないことを思い知った。多くの人々が信じて疑わない嘘なのだ。社会や人々の中に、信じ込む背景が、待ち望む思いがある嘘だといえるのかもしれない。
 
PA080274
 
P.S. ラムザイヤー教授の論文だが、その後、ケンブリッジ大学出版当局から改訂の要求を受けて大幅に書き直したそうだ。関東大震災に関する部分はほとんど削除したらしい。なんだよ!




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 昭和のステゴザウルス 本:『ひとはなぜ戦争をするのか』(アインシュタイン&フロイト著)

1932年7~9月の往復書簡
2000年花風社刊行
2016年講談社文庫(浅見昇吾 訳)

IMG_20210925_141950


 20世紀を代表する物理学者と心理学者がこのような手紙をやりとりしていたとは、ついぞ知らなかった。
 訳者あとがきによれば、当時この往復書簡は刊行されはしたものの、翌年のナチズム政権誕生後の激動の中で埋もれてしまったらしい。
 アインシュタインもフロイトもユダヤ系であり、ナチスの魔の手から逃れるため、前者はドイツからアメリカへ、後者はオーストリアからイギリスへ亡命している。
 第二次世界大戦の渦中、影響力の大きい二大天才によるこのようなテーマの著作が陽の目を見るのが難しかったことは、想像に難くない。
 ドイツでもオーストリアでも、アメリカでもイギリスでも、むろん日本でも、戦争に異議を唱えてはいけない時代だったのである。
 本邦での出版は2000年が初めてとのこと。

 文通のきっかけは、国際連盟がアインシュタインに寄せた依頼。
 「誰でも好きな方を選び、いまの文明でもっとも大切と思える問いについて意見を交わしてください」
 この依頼に対してアインシュタインが選んだ相手が、23歳年上の精神医学の巨人ジークムント・フロイトであり、選んだテーマが、「人間を戦争というくびきから解き放つことができるのか?」というものだったのである。

 往復書簡には違いないが、両者のやりとりは一回こっきりで、難しい物理学用語も心理学用語も使われていない。
 戦争の原因を、国際政治的あるいは宗教・民族的あるいは地勢・資源的な観点から読み解いているわけでもない。
 3、40分もあればさっと読み終える、極めてわかりやすい内容である。 
 本文庫には、二人の手紙のやりとりに続いて、浅見昇吾による『訳者あとがき』、解剖学者で『バカの壁』で有名な養老孟司による解説『ヒトと戦争』、ひきこもりの研究で知られる精神科医の斎藤環による解説『私たちの文化が戦争を抑止する』の三本が収録されている。
 これら付録のほうが本文より分量が多く、テーマが複雑なくらいである(とくに養老による解説)。

DSCN4406
 
 手紙の内容を簡潔にまとめる。
 まず、アインシュタインもフロイトも「戦争が起こるのは、人の本能に破壊欲求があるから」という点で一致をみる。フロイトは、それは人間にある「死の欲動(タナトス)」が外の対象に対して向けられたものであると専門的説明をする。
 フロイトは続ける。
 人間の攻撃性を完全に取り除くことはできないので、戦争とは別のはけ口を見つけてやればよい。「死の欲動」の反対にある「生の欲動(エロス)」を呼び覚ませばよい。
 
 人と人との間の感情と心の絆を作り上げるものは、すべて戦争を阻むはずなのです。 

 単純に言えば、「死の欲動」とは憎しみ、「生の欲動」とは愛である。
 汝の敵を愛せよ――。
 しかし、物事はそんなに単純でないことはフロイト自身、分かっている。
 大衆の感情を掻き立て心の絆を作る行為そのものが、戦意高揚にもっとも効果あることは、ほかならぬナチスが立証している。
 タナトスはエロスを利用する。(逆に、エロスもまたタナトスを利用する。たとえば三島由紀夫)
 フロイトは別の戦争抑止策を提言して、書簡を終える。
 
 文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩みだすことができる!
 
 心理学的な側面から眺めてみた場合、文化が生み出すもっとも顕著な現象は二つです。一つは、知性を強めること。力が増した知性は欲動をコントロールしはじめます。二つ目は、攻撃本能を内に向けること。好都合な面も危険な面も含め、攻撃欲動が内に向かっていくのです。文化の発展が人間に押しつけたこうした心のあり方――これほど、戦争というものと対立するものはほかにありません。

 このフロイトの回答に対してアインシュタインがどう思ったのか、納得したのかしなかったのか、希望を得たのか失望したのか、そこが分からないのは残念至極である。
 ただ、第五福竜丸の被爆事件がきっかけとなって彼が死の直前に書き上げた『ラッセル・アインシュタイン宣言』(1955年)の最後で、こう記している。
 
 私たちの前には、もし私たちがそれを選ぶならば、幸福と知識の絶えまない進歩がある。私たちの争いを忘れることができぬからといって、そのかわりに、私たちは死を選ぶのであろうか?私たちは、人類として、人類に向かって訴える――あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを忘れよ、と。もしそれができるならば、道は新しい楽園へむかってひらけている。もしできないならば、あなたがたのまえには全面的な死の危険が横たわっている。

hato_olive


 啓発的かつ面白いのは、養老孟司による解説である。
 養老は、二人の議論で扱われなかったこととして、次の三点を挙げる。
  1. 当時の政治情勢
  2. 人口問題と戦争との関係
  3. 情報あるいはITの技術が戦争にもたらす影響
 1と2はともかく、3はもちろん二人の議論に取り上げられるべくもない。
 二人もよもやここまでIT技術と武器開発が進み、たとえばドローンの遠隔操作によるポイント爆撃といったように戦争の形態が変わるとは想像していなかっただろう。
 今回の新型コロナウイルスがそうなのかどうかは知らないが、実戦よりも確実に楽々と大量の敵の命を奪って社会を崩壊させる生物兵器の恐ろしさには思い及ばなかったであろう。
 二人が手紙のやりとりした当時と現代とでは、社会は大きく変わってしまった。
 養老は述べる。

 パソコンとスマホに代表されるITは日常生活を変えた。そこでは新しい社会システムが創られた、あるいは創られつつある、といっていいだろう。現代のシステムはアルゴリズム、つまり計算や手続きと考えてもらえばいいが、それに従って成立する。それまでは社会システム、たとえば世間はいわば「ひとりでにできる」、あるいは「自然にできてしまった」という面が大きかった。でも現代ではそれは違う。「アルゴリズムに従って創られる」面が大きい。経済や流通、通信はそうなっている。それを合理的とか、効率がいいとか、グローバル化とか表現する。

 このあたりは、『ホモ・デウス』においてユヴァル・ノア・ハラリが詳述している通りで、神の死とともに始まった近現代の「人間至上主義」が、人間を含むすべての生物をデータというフラットなものに還元する「データ至上主義」に、変わりつつある。
 そういった人類史における大転換期にあって、戦争はいったいどうなっていくのか?
 テロリズムはどう解釈されうるのか?
 この観点から読み解いていく養老の洞察力が冴えて、一読に値する。

 ユヴァルはアルゴリズム的社会において、戦争は――少なくとも国家間の大きな戦争は、廃れていくと予言している。
 養老もまた、「ほとんどが局地戦」になるだろうと述べている。
 それが本当であるならば、ソルティも「IT音痴の旧世代」あるいは「昭和のステゴザウルス」として静かに世を去っていくのもやぶさかでないのだが・・・。

昭和のステゴザウルス



 最後に、二人の議論にも養老の指摘にもかからなかった今一つの論点を上げる。
 それはジェンダー視点である。
 「ひとはなぜ戦争をするのか」という問いそのものに、すでにバイアスがかかっている。
 なぜなら、この場合の「ひと」とは MAN すなはち「男」のことであろうから。
 戦争をするのは、戦争を好むのは、どう見たって「女」よりも「男」である。
 戦争の種は、ホモサピエンスの「男」の性質(マチョイズム)に埋め込まれている。
 アインシュタインもフロイトも養老孟司も、そこに思いが及ばない。
 「バカの壁」ならぬ「男の壁」がそこにある。

 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損



● 三國連太郎、絶賛! 映画:『三たびの海峡』(神山征二郎監督)

1995年松竹配給
123分

 原作は帚木蓬生の同名小説。
 終戦までの日韓併合下、朝鮮から強制的に連れてこられ、筑豊炭田で奴隷のようにこき使われた朝鮮人の物語。
 『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』でも言及されている史実である。

 主演の三國連太郎は本作の演技で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲っている。
 「それも当然!」と大いに頷ける渾身の演技で、最初から最後まで三國の表情、喋り、一挙手一投足に魅入られてしまう。
 このレベル、『サンダカン八番娼館』の田中絹代に匹敵する。
 『飢餓海峡』、『切腹』、『親鸞 白い道』、『利休』、TVドラマ『赤い運命』の島崎など、三國には数々の名演、代表作があるけれど、本作の演技が役者人生の一つの頂点をなしているのは間違いあるまい。
 ここに至るには、佐藤浩一もまだまだ伸びしろがある。

 80年代後半にアイドル四天王と言われた南野陽子が、思いがけず、素晴らしい。
 朝鮮人の若者を愛する積極的な後家さんにして、生まれながら二つの祖国をもつことになった男児を女手一人で育てる気丈な母親を、美しくも艶やかに演じている。
 アイドルの演技では全然ない。

IMG_20210909_001202
ラブシーンを演じる南野陽子
色っぽいのナンノ・・・
 
 筑豊炭田で朝鮮人をこき使う冷酷無比なる日本人監督に隆大介が扮している。
 ふてぶてしい面構えと鋭い眼光、187㎝のいかつい体躯はまさにはまり役で、作品にリアリティを与えるに十分な存在感を放つ。
 が、ウィキによれば隆大介は在日コリアンだったらしい。
 どのような心境から演じていたのか興味深い。
 
 ほかに永島敏行、樹木希林、白竜、林隆三がしっかりと脇を固めていて、作品の質の高さを担保している。

IMG_20210909_001045
父と子の再会シーンにおける林隆三と三國連太郎 

 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 遊び心あるかあ! 映画:『真空地帯』(山本薩夫監督)

1952年新星映画社
129分、白黒

 原作は野間宏の同名小説。
 反戦映画であるが、舞台となるのは激しい戦闘が繰り広げられる外地の戦場ではなく、初年兵などの軍事教練の場である大阪の兵営である。
 野間宏も山本薩夫監督も従軍経験があり、実体験に基づいた迫力ある描写に慄然とさせられる。
 真空地帯とは、一般社会から隔絶された軍隊の謂いである。

 きびしい規律と上下関係に支配された軍隊内に日常的にはびこる暴力や私的制裁(リンチ)、閉鎖された環境で起こる洗脳や群衆心理、利権がらみの組織の腐敗などをリアルに描いて、軍隊という組織の怖ろしさを暴いている点では、大西巨人の小説『神聖喜劇』と双璧である。
 ものの本によると、大西は野間の『真空地帯』を批判し、両者の間で激しい論争が繰り広げられたとか。
 ソルティは、それぞれの作品を映画とコミックとでしか触れていないのでいい加減なことは言えないけれど、戦争や国家主義という共通の敵を前にして論争しなければならないほどの大きな違いがそこにあるとは思えなかった。
 「自分こそ正しい」という固執こそが不和と戦いの種であろうに、まったく男ってやつは・・・・。
 戦争の一番の原因はマウンティングしたがる男(♂)の本能にあるとソルティは思っている。
 男の頭の中には理性がすっ飛んでしまうような真空地帯があるのだ。(むろんソルティにも)
 まあ、机上で論争できるのは世の中が平和で表現の自由があるからこそ。
 そこを忘れない遊び心が肝要である。

 主役で刑務所帰りの木谷一等兵を演じるは木村功。
 なんだか誰かに似ているなあと思いながら観ていたが、歌手の長渕剛だ。
 内向する生真面目さと暗い眼差しは、島崎藤村『破戒』や三島由紀夫『金閣寺』の主人公にも合っていたと思われる。(どちらも雷様こと市川雷蔵に取られてしまった)
 木谷の唯一の理解者であるインテリ一等兵を演じるは下元勉。
 繊細な表情が印象に残る好演。
 木谷が刑務所に収容されるきっかけをつくり、のちに復讐される林中尉を加藤嘉が演じている。
 このとき嘉さん39歳、彫りの深い外人のような風貌。
 年齢相応の役は珍しいのではないか。
 
 加藤嘉と下元勉には驚くべき共通点がある。
 二人とも大女優・山田五十鈴の亭主だった。  
 
IMG_20210902_142002
加藤嘉と木村功



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● 映画:『風の電話』(諏訪敦彦監督)

2020年日本映画
139分

 2011年3月に起きた東日本大震災および福島原発事故をテーマにしたドキュメンタリータッチのドラマ。
 岩手県大槌で津波被害に遭い両親と弟を失った女子高生が、数年後、震災後に身を寄せていた広島の叔母の家から故郷大槌までヒッチハイクする。
 旅の途中で出会う様々な人との交流を描いたロードムービーである。

 主役の女子高生ハルを演じるは、モトーラ世理奈というモデル兼俳優。
 難しい出ずっぱりの役を熱演している。
 ハルに関わる大人たちを演じるは、三浦友和、渡辺真起子、山本未來、西島秀俊、西田敏行といった実力ある役者たち。
 そのおかげで、見ごたえある作品に仕上がっている。

 ハルが道中出会う人もまた、様々な苦しみや悲しみを抱えていた。
 広島で被爆体験をもつ老女、父のない子を産み育てる決意をした妊婦、入管に家族を収容されているクルド人一家、原発事故によって破壊された郷土に残り続ける一家、事故で父親を亡くしたばかりの家出少年。
 ハルの抱える苦しみと悲しみが彼らのそれと共振し、自然と彼らの語りを引き出していく。
 それによって、両者の間に目に見えない絆が結ばれて、一期一会が果たされていく。

 ブッダの説いた「からし種」のエピソードにあるように、悲しみはあらゆる人に分け隔てなくもたらされる万人の軛(くびき)であり、と同時に万人の宝なのだ。
 悲しみゆえに人は一つになれる。
 悲しみを深く味わえる人ほど、他人と深くつながることができる。
 浦河べてるの家についてのドキュメンタリー『治りませんように』(みすず書房)の中で、著者の斉藤道雄はこう記している。

 べてるの家には、人間とは苦労するものであり、苦悩する存在なのだという世界観が貫かれている。苦労を取りもどし、悩む力を身につけようとする生き方は、しあわせになることはあってもそれをめざす生き方にはならない。苦労し、悩むことで私たちはこの世界とつながることができる。この現実の世界に生きている人間とつながることができ、人間の歴史へとつながることができる。(斉藤道雄著、みすず書房)  


 タイトルの意味についてソルティは知らなかった。
 「風の電話」は、実際に岩手県上閉伊郡大槌町の浪板海岸のそばにある電話ボックスの愛称。
 白い電話ボックスの中に電話線のつながっていない黒電話が置かれていて、亡くなった人と会話できるという。
 2011年に大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格さんが自宅の庭に設置して以降、たくさんの人が訪れて、失った縁者の声に耳を傾けている。
 土台だけの廃墟となった実家を目撃したハルは、帰りの駅で出会った家出少年から風の電話のことを聞いて、共に浪板海岸を訪ねる。
 吹きすさぶ風の音に囲まれて、亡くなった家族に別れを告げるシーンで映画は終わる。


IMG_20210824_182046
風の電話


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


● 秩父の子 本:『あの夏、兵士だった私』(金子兜太著)

2016年清流出版

 副題は「96歳、戦争体験者からの警鐘」。

IMG_20210810_221418


 金子兜太(1919-2018)は埼玉県秩父出身の俳人。
 日本銀行入行の25歳の時に自ら海軍に志願し、太平洋上のトラック島(現:ミクロネシア連邦チューク諸島)に主計中尉として赴任した。(上記の表紙画像参照)
 
私は二十五歳、当時の多くの青年たちと同様に、どこかに捨て鉢な「華々しく散っていく」美学を胸に秘めていました。しかもそこに「民族のために」「美しい故郷を守るために」「父や母、家族のために」という美しいスローガンがつけば、意識はますます高揚します。祖国のために殉ずるということがもたらす、身体が震えるような満足感、陶酔感・・・・。

 ところが、到着した翌朝、周囲を見たら島は真っ黒こげ、そこかしこに航空機の残骸、港には腹を向けて沈んでいる艦船。
 すでに勝敗は決し、戦闘どころか食糧さえ手に入らないありさまだったのである。
 米軍による爆撃や手榴弾による事故死よりも確実に多かったのは、餓死。
 いったい何のために派兵されたのか。

 敗戦と同時に金子は米軍の捕虜になり、収容所に連れていかれる。
 豊かな食糧、陽気で健康的な米軍兵士たち、好きな煙草は吸い放題。

 アメリカは、ともかく犠牲を出さないことを第一に考える。死ぬのを怖がる。それは人間として当然のことで、むしろ日本人のように、「死ぬなんて怖くない」なんて強がるほうが異常。その考えが極端になったのが特攻や、人間魚雷としてあらわれました。
 ここにも「戦争に対する備え」の違いがある。これを知ったとき、彼我の国力差もさることながら、「やっぱり、負けるべくして負けたな」とつくづく感じたものです。 

 水木しげるの『ラバウル戦記』や中国大陸における死の行軍の記録をあげるまでもなく、太平洋戦争における最も理不尽にして愚か極まる日本軍の所業は、大量の無駄死に国民を追いやったことであろう。
 少なくとも真珠湾攻撃の一年後には負けは見えていた。
 その後の学徒出陣は要らなかった。(学徒が徴兵される段階でもう末期的とわかる)
 状況を冷静に分析し、的確な判断をし、勇を鼓して、もっと早く降伏を受け入れていれば、何百万という命が無駄になることはなかった。
 そこにあったのは、意地なのか、プライドなのか、破滅願望なのか。
 はたまた、正常性バイアスなのか、コンコルド効果なのか。

「埋没費用効果 (sunk cost effect)」の別名であり、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態を指す。超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とする。
(ウィキペディア「コンコルド効果」より抜粋)

 今回のコロナ禍における東京2020オリンピック開催までの経緯を振り返るに、つくづく歴史は繰り返されるものだと思う。
 オリンピックを開催して良かったかどうかという結果論は別として、世論をまったく無視して合理的な説明もなしに進められていく「開催ありき」の国の強引な姿勢に、「ああ、80年前もこうやって戦争に突入していったのだなあ。マスコミ総動員で一億玉砕への道を突き進んでいったんだなあ」と絶望に近い恐ろしさを感じた。

五輪


 金子兜太が本書を記したのは、安倍政権下、キナ臭さを増してくる日本の現状に危機感を抱いたからであった。
 一年前にあれほど恐怖し警戒したコロナにいつの間にか慣れてしまって、もはや緊急事態宣言が意味をなさなくなっているのと同じように、80年前の日本人も海の向こうでやっている戦争に慣れて、戦時下の耐久生活に慣れて、国家の命令に従うことに慣らされていったのだろう。
 B29が国土を灰にし、広島と長崎が煉獄と化すまでは・・・・・。

 ソルティは、今回のコロナ禍のメリットをあえて上げるなら、安倍政権が倒れて憲法改正(9条改悪)がひとまず延期されたことだと思っている。
 そして、国民の多くが国の指導者層の無能と傲慢を知り、大企業やマスコミの節操のない右顧左眄ぶりを目にしたことだろう。
 こんな指導者の手によって憲法が改正されたら、どんな理不尽が待っていることやら。
 
 そもそも、人間の「知性」とは、あらゆるものに差別感を持たないということです。それを私は「自由人」と呼ぶんですが、世界にはいろいろな人間がいて、そのいろいろな人間が、お互いを認め合うからいいんです。だから世界発展していくし、人類は豊かになっていくはず。
 それなのにどうも、社会全体が同じ方向を向かないと気がすまないという人が増えてきて、そんな人が率先して自粛し、お互いを縛っていく。そしてみんなで監視し合う。このムードは戦前そのものです。

 金子兜太は平成と共に世を去った。
 秩父観音巡礼第34番札所には、彼の句碑が建っている。

 
秩父の子
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 令和のはじまりに 漫画:『昭和史 全8巻』(水木しげる作画)

1988~89年講談社より刊行
1994年文庫化

IMG_20210703_093247


 時代区分から言えば、昭和は明治・大正・平成・令和と一緒に「東京時代」という風に、後世の歴史家から括られるんだろうなあと思うが、「大化」から始まった元号の歴史において、64年は最も長い。
 2番目が45年の「明治」、3番目が35年の「応永」(南北朝時代)である。
 1979年に定められた元号法により「一世一元」となったので、おそらくこの先も昭和を超える長さの元号は現れないだろう。
 昭和は長かった。
 
 昭和天皇が亡くなる前後に日本中を覆った自粛モードは、今のコロナ禍以上のものがあった。
 テレビは連日連夜、昭和天皇の在りし日の姿を偲び、昭和時代を総括する番組を流し続けた。
 その際に、ある識者が指摘した言葉で腑に落ちたものがあった。

 「結局、昭和というのは、昭和20年(1945年)8月15日だ」

 戦後生まれで高度経済成長のさ中に育ったソルティでさえ腑に落ちたのだから、戦前・戦中生まれの人間ならまさしく「その通り」と実感したことだろう。
 昭和とは、何より戦争の時代、日本が敗けた時代だったのだ。
 戦後の40年は混乱と復興と成長と爛熟の時代であったけれども、そうした平和で豊かな日常の底には常に暗く重い「戦争」という言葉が響いていたように思う。

原爆ドーム


 水木しげるは大正11年(1922年)生まれで、平成27年(2015年)に亡くなった。
 昭和を丸々生きた人で、二十歳のときに徴兵され南方の激戦地に送られ、片腕を失いながらも奇跡的に生還した。
 戦後は餓死すれすれの極貧生活から出発し、漫画家としてブレイクし、妖怪ブームに乗ってマスコミの寵児となった。
 昭和を語る資格も経験も見識も十分に備えた人と言える。

 もちろん、語り手として、絵描きとしてのテクニックは言うまでもない。
 本作でも、歴史漫画として政治や社会や世相の変遷を正確を期しながら客観的に描くのと並行して、水木しげる自身の個人史として自身や家族や仕事など身の回りの変化をリアルかつ主観的に描いている。
 それが「社会v.s.個人」あるいは「権力v.s.庶民」の構造を浮かび上がらせ、「下から見た昭和史」とでも言うような、非常に読者の共感を呼ぶものになっている。
 昭和を彩る様々な事件の概要も、水木のオリジナル人気キャラであるねずみ男をナレーターとして登場させ顛末を語らせるなど、教科書のような説明調に陥らない工夫がなされている。
 全8巻をぶっ通しで読んで、昭和を旅した気分になった。

ビンテージラジオ


 「あとがき」で水木も述べているが、全8巻のうち6巻の半分くらいまでは戦争(日中戦争~太平洋戦争)一色に染められている。
 戦後の長さを思えば、配分としては不均衡である。
 だが、それだけ戦争は、社会(国)にとっても個人にとっても比重が大きいものなのだ。
 老人ホームで働いていた時、齢九十を超える高齢者がほかのどんなことより戦時中のことを細かく覚えていて生き生きと語るのに接し、「やはり、そういうものなのか・・・」と得心がいったものである。
 
 水木しげるの個人史として読むとき、やはり水木のユニークな個性と運の強さが印象的である。
 のんきでマイペースで楽天的で好奇心旺盛で、周囲に対する忖度というものをまったくしない。(そのため軍隊では上官にビンタされ放題)
 水木自身がある種の妖怪のようで、漫画のキャラとして立っている。
 戦後、売れっ子になっても戦時中に知り合ったラバウルの原住民との交流を続けていたことが表しているように、金や名声や人気に溺れることも奢れることもなく、幼い頃のオリジナルな感性を大切にした。
 オリジナルとはつまり、自然の中で他の生きもの(妖怪含む)と共に生きるヒトとしての当たり前の感性である。
 国や社会や世間というものは、本当にいい加減で無責任で当てにならない。
 それは今回のコロナ騒動や東京オリンピック騒動を見れば一目瞭然であろう。
 そんなものに忖度する必要は全然ないのだ。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





 
 
 

● 本:『世界から戦争がなくならない本当の理由』(池上彰著)

2019年祥伝社

 本書では、第一次大戦以降に世界で起こった内戦・外戦について述べられている。
 むろん数え上げたらキリがないので、ほんの一部に過ぎないが。

1939~1945年 第二次世界大戦(アジア・太平洋戦争含む)
1945年~1949年 インドネシア独立戦争
1948年~1973年 中東戦争
1950年~ 朝鮮戦争
1960年~1975年 ベトナム戦争
1962年 キューバ危機
1968年 プラハの春(チェコ事件)
1969年~1998年 北アイルランド紛争
1971年~1992年 カンボジア内戦
1975年~2002年 アンゴラ内戦
1979年 中越(中国×ベトナム)戦争 
1979年~1989年 ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻
1983年 アメリカのグレナダ侵攻
1980年~1988年 イラン・イラク戦争
1989年~2001年 アフガニスタン内戦
1990年~1991年 湾岸戦争
1991年~ ソマリア内戦
1991年~2000年 ユーゴスラビア紛争
2001年~ アメリカのアフガニスタン侵攻(対テロ戦争)
2003年~2011年 イラク戦争

 これはもうほとんど趣味か依存症の領域だろう。
 人類はほんとうに戦うのが好きだ。

 本書のタイトルに対する池上の答えは、「人間は過去から(歴史から)学ばないから」というものである。
 ソルティならもっと直截に「人間はアホだから」と言う。

 おそらく人類が過去をどれほどしっかり学んでも、戦争はなくならないだろう。
 各民族・各国民・各信者は、自分たちが聞きたい過去しか耳に入らないし、欲する歴史しか学ぼうとしない。アイデンティティが絡んでいるのだから。
 過去をいろいろな角度から客観的に学び反省できる奇特な人でも、現在の怒りや欲望に打ち勝つのは難しい。
 戦争がなくならないのは、ずばり人間が「欲・怒り・無知」から逃れられないからである。

 世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』の中で著者のユヴァル・ノア・ハラリは、人間が他の動物とは異なる道を歩むことになった決定的なきっかけとして「認知革命」という概念を上げている。
 国家、宗教、民族、金、歴史、自我・・・・e.t.c. 現実にはないものを“さも実在するかのように”信じ込んで取り扱えるようになった「認知革命」こそが、人間が戦争をやめられなくなった最大の要因であろう。
 認知革命を遂げたことにより、人間は湧きおこった欲や怒りを動物のように一瞬にして完結するという芸当ができなくなった。
 自分をより大きな力強い(と思える)ものに仮託するクセがついた。
 集団で欲や怒りを引きずるようになってしまった。
 ホモ・サピエンスはそのように造られている。
 
 結論として、戦争を無くすためには人間が人間であることを止めなければならない。
 

宇宙人襲来
あるいは外圧か?


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


● ほしがりません勝つまでは!


IMG_20210511_175943


IMG_20210511_180400

2021年5月11日読売新聞朝刊より(宝島社提供)








● 大川小学校の悲劇 本:『津波の霊たち 3.11死と生の物語』(リチャード・ロイド・パリー著)

2017年原著 Ghosts of the Tsunami 刊行
2018年早川書房
2021年ハヤカワ・ノンフィクション文庫

 著者は1969年生まれの英国人ジャーナリスト。
 『ザ・タイムズ』東京支局長として1995年より日本に住む。
 2000年に神奈川県逗子で起きた英国女性ルーシ・ブラックマンさん殺害事件の真相に迫ったノンフィクション『黒い迷宮』(早川書房)を著している。(この事件は映画化されるらしい)
 2011年3月11日の東日本大震災直後より被災地を回って取材に当たった。本書はそこから生まれたものである。

IMG_20210323_224851

 この震災で起きた数多の出来事はきわめて複層的で、その影響や意味が及ぶ範囲ははかり知れないものだった。そのため、私は物語の本質を確実にとらえたと感じたことは一度もなかった。それはまるで、角や取っ手のない不自然な形の巨大な荷物だった。どんな方法を試してみても、荷物を地面から持ち上げることはできなかった。震災から数週のあいだ、哀れみ、戸惑い、悲しみに私は苛まれていた。しかし、それ以外のほとんどのあいだに感じたのは、無感覚な冷静さだった。そして、焦点を見失っているというやっかいな感覚だった。(本書プロローグより)

 このように“厄介な”状態にいた著者リチャードは、震災から数ヵ月たった夏、宮城県石巻市の小さな集落で起きたある事件を知るところとなる。
 その地・釜谷に何度も足を運び、被災した人や家族を失った人に話を聞き、取材を続けているうちに、「やがて私は想像することができるようになった」、すなわち正常な感覚がよみがえり、焦点を取り戻したのである。
 その事件こそ、裁判となって日本中知られるところとなった大川小学校事件である。

 本書では、タイトルが示す通り、震災後にあちこちで生じた霊的現象とその意味に関する考察が語られる。別記事で取り上げた『震災後の不思議な話 三陸の〈怪談〉』同様、オカルチックな要素がふんだんにある。
 また、千年に一度という大津波の凄まじい破壊力と地獄の様相、その中で亡くなった人と生き延びた人の様子もリアリティもって描かれる。まさに九死に一生を得た石巻市職員の体験談などは、エドガ・アラン・ポーの小説『メールシュトロームに呑まれて (A Descent into the Maelstrom)』さながらで、津波の恐ろしさ、および生と死とが紙一重であることをまざまざと教えてくれる。
 被災地をめぐって死者の霊を慰め、生き残った人々に寄り添い、場合によっては除霊もする宮城県栗原市通大寺の住職・金田諦慶に関する記述は、読む者に畏敬の念を抱かせる。金田住職の例が示すように、宗教や信仰の価値、出家者の存在意義が改めて問われたのも震災の一つの側面であった。外国人リチャードの目を通して、深いところで息づいている日本人の神仏や祖先に対する信仰が描き出されているのもまた、読みどころである。

 しかしながら、本書のメインはあくまで大川小学校で起きたことだ。

東日本大震災に伴う津波が、本震発生後およそ50分経った15時36分頃、三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川(追波川)を遡上してきた。この結果、河口から約5kmの距離にある学校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が死亡した。その他、学校に避難してきた地域住民や保護者、ほかスクールバスの運転手も死亡している。

2014年(平成26年)3月10日、犠牲となった児童23人の遺族が宮城県と石巻市に対し、総額23億円の損害賠償を求める民事訴訟を仙台地方裁判所に起こした。
(ウィキペディア「石巻市立大川小学校」より抜粋)

大川小学校
震災前の大川小学校全景


 一番の問題は、本震発生後に児童を校庭に集合させてから津波が到達するまで50分もの猶予があったのに、なぜ教師は学校のすぐ裏手にある里山に児童を避難させなかったのか、あるいはなぜスクールバスに分乗させピストン輸送で高台に運ばなかったのか――という点である。それさえできていれば、当時校庭にいた児童や教員、地域住民の命は助かっていた。同じような条件下で、同じ石巻市内にある門脇小学校では在校児童全員をすぐ高台に避難させ、一人の死者も出さなかった。

 この運命の50分間にいったい何があったのか?
 責任者たる校長は、教頭は、そのとき何をしていたのか?
 「津波が来るぞ~!逃げろ!」という他の町民や市の広報車の警告があったのに、なぜそれが無視され続けたのか?

 リチャードは子供を失った親たち、高台に逃げて無事助かった地域の住民、学校からいち早く車で子供を連れ出して津波をからくも避けることができた親たちを取材しながら、事件の真相に迫っていく。
 さらに、子供を失った親たちの一部が、家や仕事や家族や友人を失い悲しみのどん底にいる他の町民の心をさらに惑わせ、平和だった町を分断するリスクがあると知りながら、あえて石巻市と宮城県を相手に訴え出なければならなかった背景を探り出していく。

 そこにリチャードが見たのは、「古き良き日本」――礼儀正しく“和”を尊ぶ忍耐強い人々がつくる固い絆と習わしとで結ばれた共同体――のもう一つの姿、すなわち、事に当たってだれも責任を取りたがらず、その場しのぎの泥縄式の対応を繰り返し、“世間の目”により個人が自律的に行動することを妨げ、真実や良心より組織を守ることに汲々とし、お上に対して楯突いたり逆らったりすることを恥と感じ、大乗仏教仕込みの“無常”観で闘う前にすべてをあきらめ受け入れてしまう、日本人の姿であった。
 日本人の宿痾、笠井潔言うところのニッポン・イデオロギーに直面したのである。
 リチャードは吠える。
 
 私としては、日本人の受容の精神にはもううんざりだった。過剰なまでの我慢にも飽き飽きしていた。おそらく人間の域を超越したあるレベルでは、大川小学校の児童の死は、宇宙の本質に新たな洞察をもたらすものなのだろう。ところが、そのレベルよりもずっと前の地点――生物が呼吸し、生活する世界では――児童たちの死はほかの何かを象徴するものでもあった。人間や組織の失敗、臆病な心、油断、優柔不断を表すものだった。宇宙についての真理を認識し、そのなかに人間のための小さな場所を見いだすのは重要なことにちがいない。しかし問題は、この国を長いあいだ抑圧してきた“静寂主義の崇拝”に屈することなく、それをどう成し遂げるかということだった。

 ここに至って、リチャードが追究し問い糺しているのが、我々日本人のアイデンティティであり、日本と言う国のありようであることが明らかになる。
 本書は外国人ジャーナリストによる日本論、日本人論でもあるのだ。

銭壷山合宿 030

 地震は天災であり、防げない。
 津波も天災であり、防げない。
 地震の被害も津波の被害も、あるレベルを超えると人の力の及ばぬ域にあり、そこは粛然と受け入れるほかない。想像を絶する破壊と被害に対し、それを不承不承ながら自然の掟と受け入れ、天に向かって泣き喚き地を叩いて怒りながら、復興や治療や追悼や支え合いしながら前に進んでいくよりない。「仕方ない」と呟きながら・・・・。
 古来災害の多い風土に住む日本人ほど、天災に対する免疫と耐性を有し、逆境を乗り越える力と技と団結力を持っている国民は世界にいないかもしれない。

 しかし、大川小学校事件は人災であった。
 福島原発事故も人災であった。
 人災を、あたかも天災のようにみなして、「仕方ない」と許し受け入れ、責任の所在をはっきりさせないのは過ちである。
 なぜなら、問題が問題と指摘され、原因が科学的に究明され改善策がとられない限り、再びみたび、同じ過ちが繰り返されることになりかねないからだ。
 本事件に関してソルティが何より「むごい」と思ったのは、校庭に避難した児童たちの中に、「ここにいては危ないから裏山に逃げよう!」と訴え出て率先して走り出した子らがいたのに、それを教員が叱りつけ押しとどめ、大人たちが善後策を口論している待機の列に連れ戻したという一件である。
 こういうときは、世間に汚されていない子供の動物のような直観のほうが、えてして正しい。
 教員がいなければ、大人がいなければ、子らが助かっていた可能性は高い。

 リチャードが悲惨極まりない津波被害の取材を通してはからずも身に着けてしまった“無感覚な冷静さ”を脱し、「想像することができるようになった」のは、天災と人災とを分かつこの地点であり、それは十数年来日本に住み日本と日本人を取材してきた一外国人ジャーナリストが、まさに書くべき論点を発見した瞬間だったのである。

 大川小学校事件の裁判は、2019年10月10日付で最高裁が被告側の上告を棄却し、原告側(親たち)の勝利が確定した。
 震災10周年にあたり、亡くなられた方々の冥福を祈ります。


23番への道(南海地震の碑)
1946年発生南海地震の津浪記念塔
(徳島県美波町由岐港)


おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 妖怪大協定 本&絵:『水木しげるのラバウル戦記』

1994年筑摩書房
1997年ちくま文庫
 
 敗戦後ラバウルから帰還した水木しげるが、主として昭和24~26年頃に記憶を頼りに描いた絵に、文章を添えた従軍記である。


IMG_20201212_135529

 
 なによりもまず、水木しげるの映像記憶の凄さに感心する。
 まるで、目の前の光景をその場で素描しているかのような生々しさ、臨場感がある。
 頭のなかにシャッターがついているかのよう。
 やっぱり天性の絵描きなんだなあ~。
 
 次に思うのは、軍隊のキチガイぶりである。
 ビンタをはじめとする上官の日常的暴力、無意味な労働、無駄な行軍
 水木がラバウルに派遣された昭和18年末はすでに日本の敗色濃厚だったので、戦地には自暴自棄の空気が漂っていたとは思う。
 が、それにしても頭の悪い・・・・。

 ソルティの高校時代の部活動(軟式テニス部だった)を振り返ってもそうだが、つい最近まで、日本のスポーツ界というのは疑似軍隊であった。
 先輩・OBの命令は絶対で、意味のないシゴキが付き物で、どんな炎天下であろうが運動中に休憩をとらせず、水も飲ませない。
 そうやって精神を鍛えることが選手の身心を強くし勝利を導く、とマジで考えられていたのである。
 科学的かつ合理的精神にもとづき、エビデンスを元に効率的に選手を育成するという視点に欠けていた。
 「神風特攻精神」に象徴される頭の悪さが、日本の敗戦の主因であろう。

 が、頭の悪いのは日本に限ったことではない。
 日米は、ラバウルほか太平洋の島々で熾烈な殺戮合戦を繰り返すが、はた迷惑なのは現地の住民たちである。
 家や畑を焼かれ、食べ物を盗まれ、強制徴用され、銃撃や空爆の脅威にさらされ・・・・・。
 文明国を気取っている日本やアメリカが、文明は持たなくとも素朴に平和に暮らしている人々(水木しげるは敬愛の意を込めて彼らを“土人”と呼んでいる)を虐げる。

 彼らは、文明人と違って時間をたくさん持っている。時間を持っているというのは、その頃の彼らの生活は、二、三時間畑にゆくだけで、そのほかはいつも話をしたり踊りをしたりしていたからだ。月夜になぞ何をしているのかと行ってみたことがあったが、月を眺めながら話をしていた。
 まァ優雅な生活というやつだろうが、自然のままの生活というのだろうか。

 土人は“満足をする”ということを知っている、めずらしい人間だと思って、今でも敬意を払っている。

 我々文明国の人間は、金や土地や資源や栄誉や安全など欲しいものを手に入れ満足するために戦争するわけだが、文明国でない人々は最初から満足を手に入れている
 文明とはいったいなんだろう?

 もう一つ思ったのは、水木しげるのタフさ、大らかさ、運の良さである。
 若かった(当時23、4歳)こともあろうが、上官からの度重なるビンタをものともせず、初めて足を踏み入れた南の島の自然や動植物や昆虫や食べ物に多大なる好奇心を持ち、楽しんでいる。
 兵営近くの部落の土人たちとすぐ仲良くなって、終戦時には「畑をやるからこのまま島に残ってほしい」と彼らに哀願されるほどの関係を築いている。
 一体に先入観を持たない大らかさがある。

 水木が夜の見張りのために小屋を離れた時に、攻撃を受けた部隊は全滅する。
 その後も、一人ジャングルの中を命からがら逃走し、最後は爆撃によって左腕を失う不運に遭ったものの、九死に一生を得る。
 いや、左腕を無くし野戦病院に送られたがゆえに、命ばかりは助かったのだ。
 そのまま最前線に残っていたら、生きて日本に帰れなかった可能性が高い。

 水木しげるがラバウルで死んでたら、鬼太郎や河童の三平は生まれなかった。
 目玉おやじもねずみ男も猫娘も生まれなかった。
 きっと、荒俣宏も京極夏彦も『妖怪ウォッチ』も生まれなかった。

 水木しげるは、日本とラバウルの妖怪たちの協定により守られたに違いない。

ダイダラボッチ


おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

● トロイの木馬 マンガ:『白い旗』(水木しげる作画)

1991年(株)コミックスより刊行
2010年講談社文庫

 表題作ほか『ブーゲンビル上空涙あり』、『田中頼三』、『特攻』を含む戦記マンガ。
 ラバウルで戦った水木自身の体験や戦死した知人の話、伝聞などがもとになっている。

IMG_20201129_103928


 コロナ渦でいろいろと不自由や不安を強いられる現在であるが、齢80を超えるソルティの母親がよく口にするのは、「戦争のときにくらべれば全然マシ」
 食べ物も着る物もなく、いつ何時やって来るか分からないB29による爆撃の恐怖にさらされた子供時代(母は横浜に住んでいた)を思えば、「どうってことない」
 そりゃ、そうだ。
 おまけに、今回のコロナ戦争は、どこか特定の国だけが被害を受けているわけでなしに、全世界が平等に戦渦に巻き込まれている。
 日本だけが、日本人だけが苦しんでいるわけではない。

 あまり大っぴらに言うと不謹慎のそしりを免れないが、「もしコロナがなかったら、日本は今どうなっていただろう?」と想像することがある。
 2020 TOKYOオリンピックが大々的に開催され、(熱中症による死者を多数出しながらも)それなりに成功し、インバウンド効果で経済は活性化し、安倍政権は乗りに乗っていたことだろう。
 「ニッポン、チャ・チャ・チャ」のファッショな空気に乗じて国民投票法は成立し、憲法9条改正は既定路線に入っていたであろう。
 安倍政権の存続を願う世論が形成され、自民党の党則が改正されて党首の任期が現行の3期9年から無期限となり、首相の任期制限がないこの国において安倍政権は10年目に入り、ますます巨大な権力を獲得していたことだろう。
 あたかも中国の習近平国家主席さながらに。
 日本は、日本会議の理想とするところの「戦争ができる美しい国」に向かって、どんどん変えられていったことであろう。
 
 それを思うと、「美しい国」に反対のソルティは、今回のコロナを「100%悪い奴」とは受け取れないのである。(もっとも、今後どうなるかわからないが)

IMG_20201129_122142


 それにしても、今回のコロナ戦争においては、強大な軍事力を有し対外的に強い国家ほど状況をうまくコントロールできている、とは言えないところが皮肉である。
 対外戦争に一度も敗けたことのないアメリカは、26万人をも超える死者を出している。(11/28現在)
 すでにベトナム戦争時の死者数5万8千人を上回り、太平洋戦争時の29万人を超えるのも時間の問題であろう。(一番死者数が多いのは南北戦争時の49万人)
 外敵への攻撃には無類の強さを誇る全米だが、内部に侵入した20 nm (ナノミクロン=0.000 000 02 mm)のウイルスにかくもコテンパンにやっつけられるとは!
 ウイルスってのはまさにトロイの木馬だ。
 国民を守りたいのなら、何が本当に必要かつ大切なのかをコロナは教えてくれる。

 しばらく、水木しげるを読んでいきたい。



おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



 


● 19世紀の天安門事件 映画:『ピータールー マンチェスターの悲劇』(マイク・リー監督)

2018年イギリス
155分

 「ピータールーの虐殺」について最初に知ったのは、数年前に豊島管弦楽団のコンサートでマルコム・アーノルド作曲『ピータールー序曲』を聴いたときだった。
 指揮は和田一樹であった。
 
 同曲は、15人の死者と600人以上の負傷者を出したこの惨劇を音によって表現したものであり、遠方からピクニック気分で家族が集うような平和な演説会が、武装した騎兵隊によって蹴散らされ、混乱に陥り、そこかしこで流血が起き、阿鼻叫喚の地獄と化していく様子が、迫力もって描かれている。
 事件を知らない者が聴いても、なにか忌まわしい悲劇があったことを知るだろう。

ピータールーの虐殺
 1819年8月16日、イギリスのマンチェスターのセント・ピーター教会前広場に集まった議会改革を要求する群衆が、当局側の弾圧をうけ、多数の死傷者を出した事件。
 イギリスではナポレオン戦争が終結(1815)し、戦時体制から解放されると、産業革命の矛盾が一挙に表面化し、抑えられていた労働者、職人らの不満が噴出して、政治改革・議会改革を要求する運動が高揚した。
 6万人が参集したこのマンチェスターの大集会は、下層階級による一連の議会改革運動の頂点をなすものであったが、大衆指導者ヘンリー・ハントが議長席に上がってまもなく、市当局が動員した義勇騎兵隊と軽騎兵隊とが群衆に斬り込んでけちらし、死者11名,負傷者400名以上を出した。
(平凡社『世界大百科事典 第2版』より抜粋)

IMG_20201009_150243


 死者・負傷者の数は資料によって異なるようだが、フランス革命から30年、19世紀初頭の英国でこのような弾圧事件があったのである。ちなみに、時の国王はジョージ3世であるが、精神疾患により息子のジョージ4世が摂政を務めていた。
 日本で言えば、「板垣死すとも自由は死なず」の自由民権運動に対する弾圧に相当するであろう。
 ソルティはまっさきに秩父事件を思い起こすが、秩父事件は武装した男たちによる実力行使、一種の反乱であった。
 女・子供もいるような武器を持たない民衆の集会を、権力が暴力でもって叩き潰したという点で、1989年の天安門事件がもっとも近いと思う。

 映画は、マンチェスターの田舎に住む貧しい一家が、政治改革を求める地元の活動家のスピーチを聞いて集会への参加を決め、家族そろって上京する姿を中心に置き、事件発生までの経緯を様々な角度から丹念に描いている。
 19世紀初頭の北部イングランドの街や家屋や工場や議会などのセット、人々の衣装、小道具が、しっかりした時代考証のもとに作られており、コスチュームプレイ(時代劇)としても風俗劇としても非常に見応えがある。CG全盛の昨今、ここまで本物らしさにこだわって丁寧に、予算かけて作られた映画は珍しいのではないか。
 しかも、構図や色彩や撮影が見事で、屋内のカットなどはまるでレンブラントかミレーの絵でも見るかのような奥行と深さとあたたかみを感じさせる。
 155分は長いけれど、無駄なシーン、不必要なカットは指摘できない。

 つくづく感じたのは、英国のスピーチ文化の浸透ぶりである。
 題材が題材だからスピーチシーンが多いのは当然なのだが、下層から上流まで階級に関わらず、スピーチが主要な表現手段として国民に受け入れられ尊重されているのが分かる。
 スピーチをする者は、言葉の選び方から論の立て方、古典の引用や比喩の使用、声の出し方や話の緩急、視線の向け方や手の動き、表情などを、考えに考え抜いて、鍛えに鍛え抜いて、自分なりのスタイルを作る。いかにして聴衆の耳目を惹き付け、心をつかみ、説得し、情動を揺り動かし、味方につけるかが勝負である。
 一方、スピーチを聞く方もただ黙って聞いているだけではない。賛意や反意の示し方、冷やかし方、合いの手の入れ方、拍手や締めの文句の唱和など、それなりのマナーを持っている。

 この言葉と論理と身体表現に対する愛着のほどをみれば、英国にシェイクスピアを核とする長い演劇の伝統があるのも、コナン・ドイルやアガサ・クリスティを嚆矢とする推理小説の興隆があるのも、よく分かる気がする。
 『マーガレット・サッチャー』の男議員たちを瞬殺する鋭いスピーチを出すまでもなく、素晴らしいスピーチができることはイギリス人(あるいは欧米人)の武器であり、社会において頭角を現すために若いうちから鍛えておきたい必須な技能なのである。
 口論では、日本の政治家が束になっても英国の政治家にかなうはずがない。もっともその前に英語力の問題があるが・・・・・。

 ピータールーの虐殺により、民衆の要求はことごとく潰された。
 政府はその後、治安六法として知られる弾圧立法を制定し、改革の動きを徹底的に封じ込めた。
 自由と平等を求める民衆への抑圧は、以前より増したと言われる。
 では、セント・ピーター教会前広場の集会は無駄骨だったのだろうか?
 そこで虐殺された民衆の死は、無駄死にだったのだろうか?

 事件から200年後の現在の英国で、普通選挙による議会制民主主義が確立しているのを見れば、既得権益をもつ層による弾圧や専横はあっても、歴史の流れは、個人の自由と平等と権利を保障する方向へ動かざるを得ないことが知られる。
 今となっては、「ピータールーの虐殺」は英国にとっての恥部でしかない。

 中国や北朝鮮が今のままでいられるわけがない。




おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

記事検索
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文