ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●反戦・脱原発

● “現代音楽”としてのショスタコーヴィチ :新交響楽団 第269回演奏会

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日時: 2025年4月19日(土)18時~
会場: サントリーホール 大ホール
曲目:
  • 芥川 也寸志: オルガンとオーケストラのための「響」
     オルガン: 石丸 由佳
  • シチェドリン: ピアノ協奏曲第2番
     ピアノ: 松田 華音
  • 〈アンコール〉シチェドリン:バッソ・オスティナート(『2つのポリフォニックな小品』より)
  • ショスタコーヴィチ: 交響曲第4番
指揮: 坂入 健司郎

 今年は芥川也寸志生誕100年だという。
 ということは、三島由紀夫と同年生まれだ。
 父親の芥川龍之介は也寸志が生まれた2年後に自害しているから、龍之介と三島は面識がなかったのである。
 芥川也寸志の音楽を自分はほとんど知らないと思っていたのだが、実は映画音楽を結構つくっている。
 『地獄門』(1953年)、『戦艦大和』(1953年)、『猫と庄造と二人のをんな』(1956年)、『拝啓天皇陛下様』(1963年)、『八甲田山』(1977年)、『八つ墓村』(1977年)、『鬼畜』(1978年)。
 観たことあるものばかり。
 『砂の器』では音楽監督をつとめているが、あの印象的な主題曲をつくったのは、弟子の菅野光亮である。

 芥川也寸志は1954年にソ連に密入国し、半年間滞在した。
 その際に、ショスタコーヴィチに会って自作を見てもらっている。
 その縁もあって、1986年にショスタコーヴィチ交響曲第4番の日本初演を指揮した。
 そのときのオケが新交響楽団だったので、タコ4はこの楽団にとって名誉あるプログラムなのである。

 ロディオン・シチェドリン(1932-)はソ連生まれの現存する作曲家で、日本にも何度か来ている。
 入口でもらったプログラムによると、1988年にホリプロ(!)からの依頼で青山劇場のミュージカル『12月のニーナ 森は生きている』の作曲をするために、2ケ月間、真夏の伊豆の旅館に滞在したという。
 きっと浴衣うちわで曲作りに励んだのだろう。 
 奥さんは世界的に有名なバレリーナであるマイヤ・プリセツカヤである。
 当然、母国の大先輩であるショスタコーヴィチとは深いかかわりがあり、音楽的な影響も受けている。
 今回の曲目選定は、ショスタコつながりというわけだ。

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サントリーホール

 この渋くて難解なラインアップにもかかわらず、サントリーホール(約2000席)を9割がた埋める新交響楽団の人気はすごい。
 創立70周年近い歴史により積み重ねられた安定した実力と知名度、固定ファンの多さによるのだろう。
 これといった瑕疵も見当たらず、安心して聴いていられる。
 ホールの音響効果とあいまった迫力ある重厚な響き、空間を切り裂くような鋭い打楽器、共演のパイプオルガン(石丸由佳)とピアノ(松田華音)も見事なテクニックを披露し、日本アマオケ界のレベルの高さをつくづく感じた。

 しかし、残念なことに、前半は眠くて仕方なかった。
 実を言えば、半分寝てしまった。
 これは主として聴く側(ソルティ)に原因がある。
 まず、「メロディ・リズム・ハーモニー」が疎外された現代音楽が苦手である。
 美しさを感じることができず、心は宙にさまよう。
 次に、週末のアマオケ演奏会は午後2時開演が多いが、今回は午後6時開演だった。
 日中、都内の図書館で奈良大学のレポート提出のため、5時間ぶっ続けで勉強して、頭が疲れていた。
 さらに、桜が散った頃からヒノキ花粉症の兆候が現れた。
 ここ数日、のどの違和感と鼻づまり、倦怠感が続いている。
 音楽を聴くには、良い状態とは到底言えなかったのである。
 (3曲中せめて1曲は馴染みやすい曲を入れてほしかった)

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JoggieによるPixabayからの画像

 ショスタコーヴィチは活動年代的には現代音楽の人なのだが、作った曲はマーラーなど後期ロマン派の香りが強い。
 これは、スターリニズムによる芸術家への抑圧――社会主義リアリズムの勝利を表現する内容と形式の強要――ゆえに強いられた、反動的創作姿勢の結果なのかもしれない。
 そのおかげでショスタコーヴィチの作品が、現在も、ベートーヴェンやブラームスやマーラーと並んで演奏・録音される機会が多いのだとしたら、皮肉と言うほかない。
 もし、全体主義独裁国家で作曲するという抑圧が無かったら、ショスタコもまた、大衆にしてみれば「よくわからない、つまらない」現代音楽を量産していたのかもしれない。
 案の定、コンサート後半は覚醒した。
 
 第4番を聴くのははじめて。
 第3楽章までしかないのは未完成のためなのかと思ったが、全曲60分もあり、最後はチェレスタのもの悲しい響きで余韻を残しながら終わるので、これが完成形なのだろう。
 全体に面白い曲である。
 マーラーへのオマージュといった感じ。
 第2楽章は、マーラー交響曲第4番第2楽章の諧謔的な皮相「死神は演奏する」のパロディのように思われたし、第3楽章は、ビゼーの『カルメン』序曲っぽいフレーズも飛び出すものの、全般、さまざまな音楽の“ごった煮”のようなマーラーの絢爛たる世界を忠実になぞっているように感じられた。
 『マーラー交響曲』と名付けてもいい。

 ただ、マーラーの音楽が、どちらかと言えば、作曲家個人の精神遍歴の表現、つまり近代的自我の苦悩と喜びの表出とすれば、ショスタコの音楽は、自身が生きている環境の狂気と不条理の表現に聴こえる。
 20世紀初頭にマーラーが個人的に体験した“狂気と崩壊”が、「わたしの時代が来る」の予言通りに、ショスタコの生きたソ連において国家的に現実化してしまった――そんな因縁を想像させる。
 一方、スターリンの亡くなったあと(1953年)から作曲家としての活動を開始したシチェドリンの音楽からは、体制による抑圧や矯正の匂いが感じられない。
 “普通に”現代音楽である。
 比較的自由な時代の芸術家なのだ。

 いまのロシアはどうだろう?
 ウクライナ侵攻に反対した芸術家に禁固7年の実刑が下ったというニュースを見たが、スターリン時代に舞い戻ってしまったのではなかろうか。
 ロシアだけでなく、ミャンマーでも、イスラエルでも、中国でも、アメリカでも、全体主義の恐怖が募っている。
 ショスタコーヴィチこそが「現代音楽」だと思うゆえんである。

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● ハリウッド2大名優の最初で最後の共演 映画:『タクシードライバー』(マーティン・スコセッシ監督)

1976年アメリカ
114分

 大都会の孤独なタクシードライバーが次第に狂気に陥っていくさまを描いた物語。終盤の凄まじい殺戮シーンが公開当時話題になった。

 本作で、ロバート・デ・ニーロは世界的に名を知られるようになった。
 33歳のデ・ニーロは細面のイケメンで、何より驚くのは肌の白さである。
 こんな色白だったのか!
 『ゴッドファーザー』や『アンタッチャブル』などマフィアの役が強烈だったせいかイタリア系のイメージがあったが、彼は生粋のニューヨーク生まれで、両親は北欧系なのである。

 たしかに巧い。
 完全にひとりの人格を作り上げている。
 じょじょに狂気に陥っていくさまも、緻密な演技設計と鍛錬の成果を感じる。
 何によっても癒しようのない孤独と空虚にとらわれた青年像が見事に造形化されている。
 70年代ニューヨークの夜の街の雰囲気も興味深い。 

 本作の難点は、脚本だろう。
 タクシードライバーの青年がなぜこのような孤独と空虚にとらわれているのか、なぜそこから逃避する手段として、普通よくあるように、酒や麻薬や女にはまっていないのか、全然説明されないのである。
 深夜勤務を終えた後ひとりポルノ映画を観に行くかわりに、なぜ女と遊ばないのか、なぜ酒を飲んで気を紛らわせないのか、なぜ不眠症にかかっているのか、観る者はなにも理解できないままに、彼が狂気にはまっていく姿を追うことになるので、「???」となる。
 生まれた家が属していた禁欲を旨とする宗教的バックボーンのせいかと想像しながら観ていたが、それだとポルノ映画だけOKなのが説明できない。
 この青年の抱える闇の正体はなんだろう?
 単なるサイコパスなのか?

 ――と奇妙に思いながら観終わって、ネットでいくつかの映画評を読んで、「ああ、そうか」と腑に落ちた。
 これはベトナム戦争の後遺症に悩むアメリカと一帰還兵の姿を描いた映画と解せるのであった。

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Jens JungeによるPixabayからの画像

 1976年と言えば、まさにベトナム戦争直後。
 それまで世界の勝ち組であり続けたアメリカがはじめて戦争に敗退、失意と不況が全米に広がった。
 ベトナム帰還兵の精神障害が問題となり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉が生まれた。
 デ・ニーロ演じるタクシードライバーがベトナム帰還兵であることは、映画冒頭の採用面接シーンで言及されていた。
 それを鍵に、物語を読み解いていくべきなのであった。
 であれば、彼が酒や麻薬に手を出さない理由も理解し得る。
 酒や麻薬で廃人となった戦友をたくさん見てきたのだろう。
 女性とのコミュニケーションの年齢に釣り合わないつたなさも、レイプされる対象としての女性しか現地で見てこなかったためかもしれない。
 そして、癒しようのない孤独と空虚の原因は、生死のかかった非日常をアドレナリン・フル状態で生き抜いた人間が、ゆるい日常に戻ったときに感じる虚脱感、周囲との隔絶感のためと思えば納得がいく。もちろん、不眠症の原因も。
 不浄な街に対する彼の怒りは、「こんなアメリカを守るために俺たちは命を投げ出したのか!」というやりきれなさが高じてのものだろう。

 本作をリアルタイムで、少なくともベトナム戦争映画が盛んにつくられていた80年代くらいまでに観ていれば、すぐにそこに思い当たったであろう。
 だが、公開から半世紀がたった2025年。
 なんら前提知識のない人間が本作を観て、この物語の背景にあるものを推察するのは困難である。
 ベトナム戦争を知らない人間にしてみれば、ある一人のタクシードライバーが女に振られて狂気に陥り、少女売春をゆるす不浄な街に怒りを感じ、ランボーのごとく武装して悪者を成敗した物語、つまり、一人の宗教的サイコパスの話としか受け取れない。
 逆に、デ・ニーロがメルリ・ストリープ、クリストファー・ウォーケンと共演したマイケル・チミノ監督『ディア・ハンター』(1978)は、ベトナム戦争の壮絶な現場が、戦前のアメリカの平和な日常風景と対比的に描かれており、前提知識のない人が観ても、人間を心身ともに破壊する戦争の恐ろしさが伝わるはずである。

 本作でデ・ニーロと並んで高い評価を得たのが、当時13歳のジョディ・フォスター。
 大変な美少女ぶりに驚かされるが、それ以上に驚異的なのは演技の上手さ。
 この年齢でこの演技!
 二人の名優が共演したのは、本作が最初で最後だったのではなかろうか?
 その点で、映画ファンにとっては見逃せない一本であるのは間違いない。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 本:『戦争宗教学序説 信仰と平和のジレンマ』(石川明人著)

2024年角川選書

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 戦争宗教学って言葉、初めて聞いた。
 著者は1974年生まれの宗教学者。キリスト教の家庭に生まれ育ち、幼い頃から戦争映画や戦闘機の模型や銃の玩具に夢中になったという。
 自然、宗教と戦争の結びつきに関心を抱くことになったわけである。
 本書は、戦争・軍事と宗教の関係をさまざまな角度から考察したものである。
 はじめて知ったことが結構あり、面白く読んだ。
 著者は「はじめに」でこう記している。

 本書は、いわゆる宗教戦争の歴史をまんべんなく網羅するものではない。また、一定の方法論から宗教と戦争の関係を体系的に分析するものでもない。ここで目指しているのは、宗教的な軍事や軍事的な宗教を観察しながら、私たち人間の、理想と本音、限界と矛盾、正気と狂気、愛とエゴイズムなど、良くも悪くも人間的としか言いようのない部分を直視して、それが私たちの現実なのだと受け入れることである。

 第1章「軍事のなかの宗教的なもの」では、武器や武具にみられる宗教的要素について紹介している。
 たとえば、アメリカ製の自動小銃の照準器に聖書の一節を示す略号(JN8:12=ヨハネによる福音書8章の12節)が刻まれていたとか、日本の戦国時代の武将の兜の立物に「南無妙法蓮華経」の文字が象られていたとか、戦艦大和には奈良県天理の大和(おおやまと)神社から分祠された神棚が祀られていたとか、大日本帝国の軍旗が「天皇の分身」として奉戴されていたとか、洋の東西問わず、そうした例は枚挙のいとまない。
 また、戦場におもむく兵士たちが、おみくじやお守りや占星術や験かつぎの小物など宗教的・呪術的な力を頼りにした例が挙げられている。日本の場合、千人針や五銭硬貨(四銭=死線を超える)や十銭硬貨(九銭=苦戦を免れる)がよく知られている。
 面白いところでは、第1次大戦中の西洋では、赤ん坊が生まれた時に胎盤とともに出てくる卵膜が海難除けのお守りとして海軍の兵士たちにもてはやされたという。

千人針
千人針
 第2章「戦場で活動する宗教家たち」では、西洋の従軍チャプレン、日本の室町・戦国時代に活躍した陣僧、大日本帝国軍で戦地に派遣された従軍僧について取り上げられている。
 第2次大戦中、グリーンランドの米軍基地に向かっていたアメリカ陸軍の輸送船が、ドイツの潜水艦による魚雷を受けて沈没した。このとき、自らの命を犠牲にして乗組員を最後まで励まし助けた4人のチャプレンは、いまでも「永遠のチャプレン」として聖人のごとく語り継がれており、切手のデザインにもなっているという。
 一遍上人を宗祖とする時宗の僧侶が多かったという陣僧のことや、戦地で葬儀・布教・慰問をおこなった従軍僧のことなど、その実態をほとんど知らなかったので興味深く読んだ。

 第3章「軍人に求められる精神」、続く第4章「宗教的服従を説いた軍隊」では、しばしば軍事のなかで重視される「精神」や「士気」に着目し、極端な精神主義に傾いた大日本帝国軍の実態とその背景にあったものを推察している。 
 ここが本書の白眉と言える。

 宗教には社会や集団の団結を強化する機能がある、というのは古くから指摘されていることだが、実際問題として、士気を高め、結束を強めるために、軍隊において広義の「宗教」はなくてはならないものだったのだ。宗教を真剣に、切実に必要としていたのは、実は聖職者よりも軍人だったと言っても過言ではないかもしれない。文字通り、生き残るために必要だったのである。

 宗教は戦争に大いに“役立つ”。国家レベルで然り、個人レベルで然り。
 それは、洋の東西や時代の違いを問わない人類の普遍的現象である。
 だが、戦前の日本においては、とくに国家レベルで宗教(神道)が戦争のために活用され、精神主義的傾向が顕著であった。
 たとえば、日の丸特攻隊無駄な行軍による犬死に、退却を嫌いあくまで前進・攻撃にこだわる無謀な戦略、「生きて捕虜となる辱めを受けず」、一億玉砕、「〽みごと散りましょ、国のため」・・・・。
 そこには、科学的合理的なものが何もなかった。
 そもそも、猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』で暴かれたたように、敗けると分かっていた日米戦を始めた段階で、合理性はどこかにうっちゃられた。
 あたかも日本人は、元寇の際に生まれた神風神話を信じ、江戸時代の武士道を貫いて、アメリカに向かっていったようである。
 その理由を著者は次のようにまとめている。

 日本軍の精神主義的傾向の背後にあったのは、すでに見てきた通り、「天皇の軍隊」という位置付け、風紀・軍紀を維持せねばならないという課題、そして日露戦争の経験など、さまざまなものがあった。だが1920年代半ばから30年代にかけて、軍人は自分たちの軍隊を理想通りに改造することができない現実を突きつけられたため、なおさら精神論的な文句をならべて気勢を張るようになってしまったのである。

 すなわち、
  1. 大日本帝国軍がそもそも天皇の軍隊いわゆる皇軍(神の軍隊)として組織された。
  2. 長い鎖国の江戸時代からやって来た民衆によって近代的な軍隊をつくるには、道徳的教育から始めなければならなかった。
  3. 主要会戦が一日で決した日清戦争に対し、長期化し戦死者数も跳ね上がった日露戦争においては、戦場の指揮や部隊の統制が困難になる傾向が見られた。兵士ひとりひとりの戦闘意志、士気や攻撃精神を高めなければならなかった。
  4. 大正デモクラシーの時代、社会に反戦ムードが広がり、軍人は疎まれ、軍事予算が縮小された。ときは第一次大戦直後で、軍の近代化を推し進めることが必須であったのにもかかわらず、それが叶わなかった。結果として、近代兵器以外の要素=精神力に依存せざるを得なくなった。
 1~3の理由は納得するのに困難はないが、4のような理由が存在し得るとは思わなかった。
 これは言ってみれば、国民の求める平和主義が、必要な軍備強化を妨害したため、軍事力の弱点を精神力でカバーせざるを得なかった、ということである。
 「武器がなくとも気合で勝て!」みたいな・・・。
 この4の理由が妥当なのかどうかソルティには即答できない。
 が、ここから著者が示唆しようとしているのは、過去の日本のことでなく、現代の日本のことであろう。
 左翼の平和主義や反戦思想が、憲法改正や自衛隊の日本軍への格上げや軍備増強や徴兵制や核の保有を妨害するから、日本は心許ない日米安保に頼らざるをえず、かえって国として弱体化し平和が危険にさらされている、と暗に言いたいのだろう。
 次のように述べている。

 戦争が終わると、人々はもうかつてのように「必勝への信念」は叫ばなくなった。しかし、その代わりに今度は「平和への信念」を叫ぶようになった。そして、かつての拠り所であった「大和魂」の代わりに、今度は別の魂として「憲法九条」があらわれた。つまり「戦争」に対する姿勢がそのまま「平和」に対する姿勢にスライドしただけで、結局は信念や信条や心意気のようなものでどうにかしようとする傾向はそのまま受け継がれてしまっているように見えるのである。・・・(中略)・・・軍国主義から平和主義に「回心」したつもりだけれども、単に服を着替えただけで、中身の人間は実はまだ同じような目つきをしているのではなかろうか。

 先の大戦において「大和魂」で日本を守れなかったように、「憲法九条」では日本を守れない。だから科学的合理的に世界状況を分析し戦略を練って軍備増強をはかれ、ということである。
 物心つく頃より戦争映画や武器が好きだった著者らしい言明だなあと思う。

 隣人への愛を説き、「右の頬を殴られたら左の頬を差し出しなさい」と言ったキリストの教えと、隣人を憎み大量に殺戮する行為である戦争は、原理的には相容れない。
 だから、キリスト教家庭に育った著者の心中に「信仰と平和のジレンマ」が生じているのだろうと推察される。
 なんとかしてその矛盾を受け入れ、ジレンマを解消したいという思いが、本書の行間から滲み出ている。

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 最後に、ソルティが一番驚いた文章を挙げる。
 
 宗教は「平和」を祈り求めるものだが、戦争・軍事も最終的には「平和」を目指している。少なくとも関係者はそのように自覚している。

 えっ! そうなの!?
 それが世間一般の常識なの?
 軍事関係者、宗教関係者、政治家、学者たちの自覚なの?

 ソルティは生まれてこの方、そんなこと一度たりとも思ったことがない。
 ソルティにとって戦争とは、単に欲望の追求であり、男のマウンティング合戦である。
 平和が目的だなんて1ミリも考えたことはない。
 ソルティにとって宗教とは、ひとりひとりの信者においては「心の安心(あんじん)」の杖であり、組織の長においては権力の源泉であり、国家においては人民をコントロールする道具でしかない。
 「平和が目的」と言えるのは、せいぜい個人の心のレベルにおいてのみと思っている。

 戦争も宗教も、ソルティの中では人類の発明した「愚行」としか思っていないので、両者間にはなんの齟齬も対立も生じず、ジレンマもない。(ソルティ自身はテーラワーダ仏教の徒ではあるが、実のところそれを一般的な意味での宗教とも信仰とも思っていない)

 ソルティは戦争と宗教について誤った見方をしているのだろうか?
 あまりに人間不信が過ぎ、ひねくれているのだろうか?
 平和主義者の看板を下ろさなければならないのか?

原爆ドーム



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 映画:『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)

2023年アメリカ
180分

オッペンハイマー

 原爆開発を目的とするマンハッタン計画の主導者にして「原爆の父」と呼ばれたJ.ロバート・オッペンハイマー(1904-1967)の半生を描いた伝記映画。
 第96回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞などを受賞した。

 多くの人にとっては、難しすぎる映画と思う。
 主たる時間軸が3つあり、以下の3つの物語が入れ替わり立ち替わり語られるので、話が錯綜して分かりにくい。
  1. オッペンハイマーの半生を振り返る物語・・・・病的な学生時代~著名な物理学者らとの出会い~理論物理学者として有名になる~マンハッタン計画に参加~広島・長崎原爆投下~罪悪感に襲われる
  2. 1954年オッペンハイマー事件・・・・赤狩り時代、政治家ルイス・ストローズの策謀によりソ連のスパイと疑われ、聴聞会にかけられ、公職追放となる。
  3. 1959年の連邦議会の公聴会・・・・ルイス・ストローズが閣僚として適正か否かを審議する公聴会が開かれ、結果不適格とされる。
 2番目の物語はひと昔前の家庭用ビデオのような粗い画質のカラー映像、3番目の物語はモノクロ映像と、画質に違いがあるので、注意深く見れば異なる時代の異なる物語が並行して語られているのだと気づくことはできる。
 が、ある程度の事前知識がないと、2と3の場面は何をやっているのか見当がつかない。
 アメリカ人の知識層なら、2のオッペンハイマー事件や3の公聴会の制度について知る人も多いのだろうが、そうでなければ話についていくのは難しい。
 そのほかにも、この映画を十分に理解するにはかなりの知識が要る。
 現代物理学史や有名な物理学者のプロフィール(アインシュタイン、ハイゼンベルク、ニールス・ボーアが登場)。
 第二次世界大戦の推移(とくに日米戦)。
 マンハッタン計画と広島・長崎原爆投下。  
 米ソ冷戦と核開発競争。
 赤狩り、FBI、アメリカの政治制度。
 
 ソルティは2回見てやっと全体像を理解することができた。
 悪い映画ではないが、これがアカデミー作品賞受賞ってどうなんだろう?
 あまりに大衆から離れ過ぎていやしないか?
 アメリカの観客の何%が、この映画を一度見ただけで理解できたのか、気になるところである。
 評価の高さの背景として、ロシア×ウクライナ戦争とイスラエル×ハマス戦争の勃発が、核戦争に対する全米の危機感を煽ったことが大きかったのではなかろうか。 
  
 もちろん、質は高い。
 クリストファー・ノーランの映像はいつもながら美しい。
 役者の演技も一級である。
 オッペンハイマー役のキリアン・マーフィーは、アカデミー主演男優賞も納得の繊細な演技。広島・長崎原爆投下の被害状況を知ってから、がらりと顔つきを変えている。
 野心に満ちた成り上がり者ルイス・ストローズを演じるロバート・ダウニー・Jr.も、助演男優賞納得の好演。オッペンハイマーV.S.ストローズは、いわば、モーツァルトv.s.サリエリみたいな関係だろうか。凡庸な人間が天才に抱く賞賛の念と嫉妬と劣等感が表現されている。
 ほかにも、マット・デイモン、ジョシュ・ハートネット、ラミ・マレック、トム・コンティ(アインシュタイン役)、ケネス・ブラナー(ニールス・ボーア役)、ゲイリー・オールドマン(トルーマン大統領役)など、主演級のベテラン役者が出演している。
 これらの役者の凄いところは、それぞれが演じている人物になりきって、役者自身の地が目立たないところである。
 高度のメーキャップ技術のせいもあろうとは思うが、マット・デイモンやケネス・ブラナーやトム・コンティやゲイリー・オールドマンなどは、最後まで本人と気づかなかった。
 日本の俳優は、「なにをやっても〇〇〇(名前が入る)」という人が結構多い。石原裕次郎とか吉永小百合とか笠智衆とか木村拓哉とか。
 海外の俳優はどれだけスターになって顔が売れても、いったん芝居となるとスター性を引っ込めて役になりきるところがプロってる。(トム・クルーズやブラッド・ピットは例外か)

 「原爆の父」となったオッペンハイマーはのちに罪悪感に苦しめられたらしい。
 だが、オッペンハイマーがやらなければ、誰か別の科学者が原爆を開発したのは間違いない。
 アメリカがやらなければ、どこか別の国(ソ連か?)が原爆をどこかの国に投下し、その効果を確かめたであろう。
 また、日本がポツダム宣言受諾を拒否し続けたことで、みずから原爆の悲惨を招いてしまったことも否定しようのない事実である。
 日本人にとっての悲劇は、唯一の被爆国となったという歴史的事実について、単純にアメリカばかりを責められないという点にある。
 
原爆ドーム





おすすめ度 :★★★

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● 武器でなく楽器 本:『戦場のタクト』(柳澤寿男著)

2012年実業之日本社

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 昨年末に聴いた板橋の「第九」の指揮者の自叙伝。
 読みやすく、面白く、感動的だった。
 これまでも、歌手や指揮者など音楽家の自叙伝を何冊か読んだが、彼らに共通して言えるのは、みんなとっても「感動屋」で「直感的」で「行動派」。
 子供のころから実に感動しやすく、よく泣き、よく驚き、よく共感し、感受性豊か。
 いったんなにか閃いたら、余計なことを考えず、すぐ行動にうつす。
 人のふところに入るのが上手い。
 典型的な右能人間なのだと思う。
 音楽は右能優位と言われるのと相関しているのかもしれない。

 小澤征爾に憧れて指揮者を目指し、佐渡裕に飛び込みで弟子入りし、大野和士や井上道義に可愛がられ引き立てられ・・・・と、指揮者を志す日本の若者なら誰もが羨むような経歴。
 その成功の要因は、もとからの音楽的天分や、異国の貧乏アパートで蛍雪の灯りで楽譜の勉強をする努力家であることもさりながら、人との縁に恵まれ、その縁を“自分の為でなく、他人の為、社会の為、音楽の為”に生かそうとするところにあるのだと、本書を読んで理解した。
 平和ボケしぬるま湯につかった極東の国の片田舎に生まれ育った一青年が、なにを好んで“ヨーロッパの火薬庫”たるバルカン半島に孤軍飛び込み、民族紛争の荒波に直面し、民族共栄のための音楽活動に従事することになったのか。
 人の運命というのは不思議なものだとつくづく思う。 
 そして、異なった言語、異なった宗教、異なった文化、異なった慣習をもつ多民族の心を、ひとつにまとめる音楽の力は実に偉大と思う。
 武器でなく楽器、武装でなく女装。 

ブレーメンの音楽隊

 平和ボケしぬるま湯につかった日本人は、ヨーロッパ各国やアメリカが日々直面している民族問題を、これからしこたま経験することになるのだろう。
 これまでもアイヌ民族や在日コリアンの人権問題が唱えられてはきたものの、大半の日本人にとっては「自らの生活に累を及ぼさない」レベルの“無視できる”問題だった。
 日本人の労働人口が増えない限り、そして日本人が今現在の生活レベルを維持したいと願う限り、今後、多様な民族の入国を押しとどめるのは難しいだろう。
 日本各地で、他民族との衝突の起こる可能性がある。
 埼玉県川口市のクルド難民問題など、すでに前哨戦は始まっている。
 我々がバルカン半島の歴史や柳澤の経験から学ぶことは大きい。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
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● ベートーヴェン第九〜柳澤寿男 外務大臣表彰受賞記念コンサート


第九コンサート柳澤寿男

日 時: 2024年12月25日(水)19:30~
会 場: 板橋区立文化会館大ホール
曲 目: ベートーヴェン: 交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」
      ソプラノ: 天羽 明惠
      メゾソプラノ: 鳥木 弥生
      テノール: 村上 敏明
      バリトン: 近藤 圭
指 揮: 柳澤 寿男
管弦楽: World Peace Concert Orchestra
合 唱: World Peace Concert Choir

 柳澤寿男について、恥ずかしながら何も知らなかった。
 1971年長野県生まれ。
 指揮を佐渡裕、大野和士氏らに学ぶ。
 2007年、コソボフィル首席指揮者に就任。同年、旧ユーゴスラヴィアの民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団を設立。
 2015年より、国・民族・宗教を超えた隣人との共存共栄をメッセージとする World Peace Concert を世界各地で開催。趣旨に賛同する音楽家らが、その都度、参集している。
 2024年、日本とコソボとの相互理解促進の活動が評価され、「日本国外務大臣表彰」を受賞。
 現在も、旧ユーゴスラヴィアを中心に活動している。
 「ニューズウィーク日本版・世界が尊敬する日本人100」に選出されたこともあり、メディア出演も多数である。

 正直言うと、今回の World Peace Concert Orchestra、そのまま訳せば「世界平和コンサート管弦楽団」の名を見て、若干の不審さを感じていた。
 むろん、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関連の可能性を思ったからである。
 だが、もし関連あらば、さすがに2024年のいまは、外務大臣表彰はあり得ないだろう。(安倍晋三政権時であればともかく)
 
ユーゴスラビア

 一般に日本人は、バルカン半島の歴史や情勢に疎いと思われる。
 第一次世界大戦の火種になったサラエボ事件――セルビア人ナショナリストが、ボスニアのサラエボでオーストリアの皇太子夫妻を暗殺――は歴史の授業で学ぶので知っている人は多いだろうが、戦後成立したユーゴスラビア王国、からのユーゴスラビア連邦人民共和国、からのユーゴスラビア社会主義連邦共和国、における周辺諸国入り乱れての内戦やナチス支配、ソ連崩壊を受けて6つの国家に分裂してからの激しい紛争については対岸の火事、どころか岸さえも確認できない遠い世界の話であろう。
 ソルティもその一人。
 わずかに、エミール・クストリッツァ監督『アンダーグラウンド』(1995)、プレドラグ・リチナ監督『ゾンビボーダーランド めざせ!アンデッドのいない国境地帯へ』(2019)などの映画を観ることによって、こんがらがった糸のごとき状況の複雑さと解きほぐし難さを知るのみであった。

 柳澤寿男がどのような経緯で旧ユーゴスラビアに関わるようになったのか、音楽を通しての民族共栄の道を志すようになったのか、気になるところである。
 2019年にアフガニスタンで狙撃されて亡くなった中村哲医師がまさにその一人であったが、世界のあちこちで現地の人々の平和と幸福のために地道な活動を続けている日本人がいる。
 今回、その功績が評価され表彰されたことは、まことに喜ばしい。

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東武東上線大山駅下車

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板橋区立文化会館

 仕事の後の夜のコンサートは避けるという不文律を破って、開演直前に会場入りしたら、1263人収容の大ホールはほぼ満席。
 一番前の列しか空いてなかった。
 さすが第九、さすがクリスマス、さすが庶民価格(入場料1500円)である。
 おかげで、迫力あるインスツルメントと合唱の波動をたっぷり浴びることができ、眠気も吹き飛んだ。

 柳澤の指揮は非常に丁寧で、それぞれの楽章や楽節の構成の面白さや、楽器や声楽の効果的な用い方が、くっきりと浮き出すよう組み立てられていた。
 すなわち、ベートーヴェンの天才にまたもやひれ伏す結果となった。
 コーダ(終結部)のスピードは、ここ数年聴いた第九の中で最も速かった。
 さすがに、フルトヴェングラー指揮による伝説の1951年バイロイト音楽祭のライブにはかなわないものの、あたかも、掃除機のコードがボタン一つでしゅるしゅると胴体に収納されるがごときであった。

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フルトヴェングラー伝説の『第九』
1951年バイロイト音楽祭にて収録
最後の一音に向かって加速していく様はほとんど漫画チック

 独唱者はテノールの村上敏明が良かった。
 どこかで聞いた名前だなと思ったら、2011年に『リゴレット』のハイライト上演でマントヴァ公爵を歌っているのを聴いていた。
 艶のある朗々とした声は健在であった。

 サプライズは、『きよしこの夜』のアンコール。
 美しい重唱と清らかにして華やかなオーケストレイションは、今宵最高のプレゼント。
 ここ数日、首の凝りがひどくて難儀していたのだが、『きよしこの夜』を口ずさむながらの帰り道、気づいたら凝りがほぐれていた。
 音楽のパワー、第九のチャクラ活性効果をあらためて実感。
 背中に停滞していた“気”がすっと通って、頭が軽くなり、年の終わりを迎えるにふさわしい明るい気持ちが宿った。

クリスマスツリー
Xマスケーキを食べて「きよしこの夜」を歌い、
除夜の鐘を聴き、初詣に行く
日本人ってほんと宗教的には節操がないよな







● 九段しょうけい館(戦傷病者史料館)に行く

 塚本晋也監督『ほかげ』を観て、傷痍軍人のことが気になって調べていたら、千代田区九段にこの施設あることを知った。
 「しょうけい」は「承継」のことで、「戦傷病者とそのご家族等の労苦を受け継ぎ、語り継ぐ」という趣旨で、平成18年3月に設立された国立の施設である。

 国立で、靖国神社の近くにあり、安倍晋三政権のときに作られた、と聞けば、およそどういった施設か見当つかないでもないが、入館無料でもあることだし、神ブラ(神保町散策)のついでにのぞいてみようと思った。

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九段下交差点と九段会館

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しょうけい館の入っているビル
地下鉄九段下駅、徒歩3分

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入口 

 ビルの2階に受付、企画展示室、シアタールーム、図書室があり、3階に常設展示スペースがある。(館内撮影は禁止)
 2階企画展示では、『ゲゲゲの鬼太郎』で有名な漫画家の水木しげるの戦争体験が、水木が描いたイラストや本人へのインタビュー映像を通して語られていた。
 ソルティは、『水木しげるのラバウル戦記』、『昭和史 全8巻』、『敗走記』などを読んでいたので、おおむね知っていることであった。
 ニューブリテン島で敵機の爆撃を受けてジャングルを逃げ回っているときに、ぬりかべと出会った話が面白い。
 そう、水木しげるは太平洋戦争で左腕を失くした傷痍軍人だったのである。

ジャングルの中のぬりかべ

 3階常設展示では、日中戦争・太平洋戦争において戦傷病者となった兵士の一連の体験が、彼らの残した多くの証言や遺品をもとに、時系列で語られている。
 すなわち、赤紙により徴兵された兵士は、
  • 家族や地域の人に万歳三唱で見送られて出征し、
  • 中国や南方諸島での激戦で負傷、あるいはマラリアやハンセン病や結核などに罹患し、
  • ろくな治療設備もない野戦病院等に搬送され、ずさんな治療を受け、
  • 九死に一生を得て内地に戻って来るも、
  • 戦後の生活困窮や後遺症や差別などに苦しめられ、
  • それでも同じ傷痍軍人同士で会を作って励まし合い、家族に支えられて戦後を生き抜いてきた。
 展示は、わかりやすい説明パネルと多数の証言ノート、そして、戦争のリアルを伝える大小さまざまな遺品、たとえば、
  • 甲種合格の表彰状
  • 召集令状(赤紙)
  • 千人針の腹巻き
  • 慰問袋
  • 銃弾が貫通した軍帽や軍靴
  • 傷口から摘出した銃弾
  • 止血に用いた日章旗
  • 野戦病院の様子を再現したジオラマ
  • 戦場で兵士が描いた搬送船のスケッチ
  • リハビリ用の義足や義手や義眼
  • 脊髄損傷した患者のために特別に作られた車いす
  • 傷痍軍人の街頭募金を伝える新聞記事
  • 傷痍軍人に授与された記章 など
 ――が要領よく並べられ、この施設の目的である「戦傷病者とそのご家族等の労苦を知る」のに適ったものであった。
 図書室の関連書籍も充実しており、日中戦争・太平洋戦争について何か調べたければ、それなりに役に立つ施設であろう。(図書はコピーはできるが貸出しはしていない)
 3時間半も滞在した。
 
野戦病院
 
 ひとつ大きな勘違いをしていた。傷痍軍人の定義についてである。

戦闘その他の公務のために傷痍を受けた軍人、あるいは軍属。傷痍軍人は恩給法により増加恩給、傷病年金または傷病賜金を受給でき、軍人傷痍記章を授与される。(出典/平凡社「改訂新版 世界大百科事典」)

 すなわち、国によって要件を認められ、軍人傷痍記章を授けられ、恩給を受ける資格を持つ者を指して言うのである。
 同じように徴兵されて、戦地で爆撃を受けて手足を失おうが、病に冒されて帰還後も働けないほどの後遺症を得ようが、国に認められない限り、傷痍軍人にはなれない。
 つまり、傷痍軍人とは、戦傷病者の中の特別な存在を言うのであった。 
 だから、厳密に言えば、在日コリアンの戦傷病者はいても、在日コリアンの傷痍軍人はいない。

 ちなみに、敵と戦って負傷した兵士が戦傷者、戦地でマラリアや肺炎などの病気に罹った者が戦病者である。
 野戦病院では、戦病者より戦傷者のほうが大事にされ、戦病者は肩身の狭い思いをしたという。

 予想していた通り、安部政権下に作られた国の施設なので、国(=自民党)にとって都合の悪い展示はない。
 これだけの戦傷病者を出したのに、昭和天皇はじめ戦争責任についての言及は一行もない。
 在日コリアンの戦傷病者が戦後置かれた状況にもまったく触れられていない。
 また、元兵士が被った肉体的障害については多々語られているが、精神的障害、すなわち戦場における過酷な経験がもとで引き起こされた戦争神経症の凄まじい実態には、ほとんど触れられていない。
 傷痍軍人が始めた街頭募金(白衣募金と言う)は、しばらくして社会の猛批判を浴びて一掃されたらしいが、その理由や経緯も知りたかった。

 戦傷病者やその家族の体験した労苦は確かに伝わる。
 戦争の恐ろしさも確かに伝わる。
 当事者からの平和へのメッセージも展示の最後に“形ばかり”掲示されている。
 しかるに、この展示はそのまま、「戦争は恐ろしい。負けたら傷病を負って悲惨な生活が待っている。だから、負けないように軍事力を高めて強い日本をつくろう! 平和を守るために憲法を改正しよう!」という、保守右翼にとって都合の良い文脈に利用される可能性がある。
 ちょうど、日本軍や沖縄県民がどれほど勇ましく戦い抜いたかを賞揚する沖縄の旧海軍司令部壕のように。
 そのとき、「しょうけい」は「憧憬」とでも解されるのだろうか?
 “国立”ということを念頭に置いて見学することをおすすめする。


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神保町まで歩いて天婦羅屋「はちまき」に

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天丼(1300円)
外はからっとサクサク、中はほっこりジューシー
平和は美味しい!




● 上野駅地下道の記憶 映画:『ほかげ』(塚本晋也監督)

2023年日本
95分

ほかげ

 大岡昇平原作『野火』で戦争の狂気を見事に演じかつ描いた塚本晋也。
 今回も、俳優としての出演こそないが、脚本・撮影・監督の三役をこなしている。
 『野火』では、南の島の息をのむほど美しい自然の光景が鮮やかに写しとられ、“人間的”でグロテスクな戦場の光景とのすさまじいまでの対比を生んでいた。
 その撮影の才は、本作でも存分に発揮されている。
 火影(ほかげ)というタイトルそのままに、おぼろなる光と不吉な影の織り成す夢幻めいた映像が、終戦直後の焼け跡の街という特異な時代の空気と、死者に取り巻かれて生きる庶民たちの心象風景を象徴的に表現している。
 和風オカルト映画さながらに。

 前半の主人公である飲み屋のおかみを演じる趣里、後半の主人公である復員兵を演じる森山未來、どちらも気迫のこもった熱演で凄みを感じさせる。
 森山はほんと、どこまで行くのだろう?
 狂気や悪を演じて、佐藤浩市以上に三國連太郎に近い。

 前半から後半に移る際のギャップがいささか気になった。
 前半の趣里の印象があまりに強いので、後半に入ってしばらくは集中力が途切れる。
 趣里と森山の演技の質の違いによるところが大きいのかもしれない。
 直感的な演技の趣里と、直感的に見えて実は技巧的な演技の森山。
 二人は直接からんでいないので、互いに影響し合うことなく、それぞれが独立した演技をしている。
 演技の質を統一するのは演出の仕事だが、小津安二郎や黒澤明ほどの演出支配力はいまどき望むのが無理と言うものだろう。
 ならば、完全に独立した二つのエピソードにする。あるいは、両方の話に共通して登場する戦災孤児の少年(塚尾桜雅)の視点で、最初から話を進めていけば、このギャップは緩和できたのではないかと思われる。

 それにしても、塚本監督は1960年生まれとのことだが、戦争の酷さに対するこのナイーブな感性と峻烈な視点はどこから来ているのだろう?
 同じ世代として気になるところである。

 ソルティの太平洋戦争に関する生の記憶は、幼少から昭和末頃まで繁華街で見かけた傷痍軍人の姿くらいしかない。
 小学低学年のとき、何かの用事で上野に連れて行かれるたび、上野駅の地下道の両脇を埋める浮浪者の群れを見た。
 片腕・片足がなかったり、松葉杖をついていたり、顔にケロイド状の火傷の跡があったり、異形のさまに震えた。
 長じてから、「あれは傷痍軍人だったんだな」と理解したが、自分とは別世界の住人という気がし、とくに気に留めなかった。
 いや、目を向けることを避けていた。

 今になって思うに、彼らは、「お国のため、天皇陛下のため」に赤紙一枚で駆り出され、虐待と暴力の常態化した軍隊でしごき抜かれ、上官の命じるままに人殺しをさせられ、飢餓や負傷に苦しみ、仲間を目の前で失い、この世の地獄を見た挙句、九死に一生を得て日本に帰ってみたら、焼け野原が広がり、家族も散り散りとなり、帰る家とてなかった。
 そのうえに、戦場でのさまざまな記憶が彼らを苦しめ続けた。PTSD(心的外傷後ストレス障害)である。
 GHQによって差し止められた軍人恩給が復活したのは、サンフランシスコ条約締結後の1953年。それまでは、働くことのできない傷痍軍人たちは街頭で物乞いするほかなかった。
 一方で、「お国のため、天皇陛下のため」、同じように戦って障害を受けたものの、恩給制度に与れない人々もいた。
 60年代末の上野駅でソルティが見たのは、在日コリアンの傷痍軍人たちだったのかもしれない。  

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Arman ParnakによるPixabayからの画像
 
 「日本国のために命をかけて戦った英霊に感謝し、彼らを祀るのは当然」と、ある人々は言う。
 そういった言辞は、自らは戦場に赴かずに内地の本部で戦略を練って兵隊を将棋の駒のように動かしていた連中(いわゆる上級国民)か、あるいは、部下に責任を押しつけて自らは戦犯たることを免れた卑劣な上官たちの後ろめたさからくる言葉だろう。あるいはその後裔どもの――。 
 「日本のために戦ってくれてありがとう」などと言われようものなら、胸中渦巻く怒りと虚しさで、永遠に浮かばれない多くの戦没者や元兵士がいる。
 この映画が、戦争を知らない世代に教えてくれるのはそのことである。



 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 本:『私は貝になりたい――あるBC級戦犯の叫び』(加藤哲太郎著)

1994年春秋社
2005年新装版

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 タイトルだけは有名なこの本をソルティは読んでいなかった。
 フランキー堺主演による1950年版(脚本&監督は橋本忍)、および中居正広主演の2008年版(監督は福澤克雄)、2本の東宝映画あるのは知っていたが、未見である。
 これは、しかし、原作を最初に読んで正解だった。

 加藤哲太郎は元陸軍中尉で、敗戦時は東京俘虜収容所新潟第五部の所長をしていた。
 終戦後に連合国軍(米国、カナダ)の捕虜虐待&殺人の罪で逮捕され、死刑の判決を受ける。いわゆるBC級戦犯である。
 が、妹の不二子はじめ家族や友人知人たちの強力な助命嘆願運動が功をなし、ついに、「泣く子もだまる」マッカーサー元帥を動かす。
 裁判のやり直しが命じられ、結果、殺人については無罪が証明され、死刑撤回。
 10年弱の囚役ののち、社会復帰を果たした。
 軍事法廷の判決が、マッカーサー直々の裁量で破棄されたのは、これが唯一の例だった。
 その意味で「奇跡の人」と言っても過言ではあるまい。
 本書は加藤哲太郎自身による獄中手記で、逃走中に逮捕された経緯から、絞首刑の判決を受け、その後判決が破棄されるまでの一連のことが書かれている。

 まず、意外だったのは、初稿の段階では「私は“カキ”になりたい」だったという点。
 加藤は、1952年に『狂える戦犯死刑囚』というタイトルの手記(本書に収録)を書いたが、それが1953年光文社発行『あれから七年』という本に収録されるに際し、「カキ」が「貝」に変わったそうだ。
 カキも貝の一種だから大きな変更ではないが、「私はカキになりたい」ではインパクトが弱かったろう。
 カタカナ表記だと「カキ→柿」と頭の中で第一変換されやすいし、「牡蠣」と書くと読めない人が多い。
 貝で正解だった。

 また、ソルティは貝のイメージとして、口をしっかり閉ざしている様を想起するので、「私は貝になりたい」とは「絶対に喋らない」という黙秘権の行使、あるいは誰か(国家?)にとって不都合な証言の拒否を意味しているのかと想像していた。(英語の成句に「カキのように口が堅い(as close as an oyster)」がある)
 しかし、そうではなかった。
 なんとこれは、「次に生まれ変わるとしたら、私は貝になりたい」という作者の輪廻転生願望だったのである。
 
 こんど生まれかわるならば、私は日本人にはなりたくありません。いや、私は人間にもなりたくありません。牛や馬にも生まれません。人間にいじめられますから。どうしても生まれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います。貝ならば海の深い岩にヘバリついて何の心配もありませんから。何も知らないから、悲しくも嬉しくもないし、痛くも痒くもありません。頭が痛くなることもないし、兵隊にとられることもない。戦争もない。

 上記は死刑判決が破棄されたあとに獄中で書いたものである。
 作者の人間不信、日本人に対する絶望、戦争嫌悪が、一言で集約されている言葉が、「私は貝になりたい」だった。
 作者がそのような思いを抱くようになった背景については、本書を読んでほしい。
 『人間の條件』の主人公梶と同じような理不尽と残虐を味わい尽くし、生きる希望を失ったことがわかる。
 
はまぐり

 映画を観る前に本書を読んでよかったと思ったのは、『私は貝になりたい』は映画に先んじてテレビドラマとして放送され大反響を呼んだのだが、その際に脚本を書いた橋本忍は、原作者の加藤に会うことはおろか、一言も作者に了解をとらず、加藤の手記を剽窃したからである。
 加藤は㈳日本著作権協会に解決あっせんを求めるが、橋本側はこれを無視。
 すったもんだあって、業を煮やした加藤は著作権法違反で刑事告訴状を東京地検に提出。
 ついに橋本は和解のテーブルに付き、原作者としての加藤の権利を認めた。
 最初に加藤と会った際、橋本は、剽窃したことを一切認めず、その上、「このまま沈黙してくれるなら10万円を出します。それは私のポケットマネーであって原作料ではない」と言い放ったという。
 なんて卑劣な男だ!
 ソルティの中の橋本忍株が大幅に下落した。
 『羅生門』、『生きる』、『七人の侍』、『蜘蛛巣城』、『ゼロの焦点』、『切腹』、『白い巨塔』、『上意討ち 拝領妻始末』、『日本のいちばん長い日』、『日本沈没』、『砂の器』、『八甲田山』等々、日本映画史に燦然と輝く傑作を数多くものしてきた、日本が世界に誇る名脚本家。
 が、脚本家として“人間を描く&ヒット作を作る”才能があることと、作家自身の人間性は必ずしも相関しないという、人間性の真実をまた一つ知らされた。
 この件については、「貝のように」黙ったままでいなかった加藤はえらい。

 「えらい」と言えば、加藤哲太郎の妹不二子である。
 不二子は、哲太郎が死刑判決を受けるや、助命嘆願運動を開始した。
 つてを頼って著名人に嘆願書を書いてもらい、哲太郎の友人知人に署名運動を手伝ってもらい、捕虜殺人事件の事実関係を調べるため新潟まで出向いて、多くの関係者から当時の模様を聴き、有力な証言や証拠を見つけ出す。
 果ては、皇居お堀端にあったGHQに乗り込み、マッカーサーへ直訴状を届ける。
 この不二子の果敢な行動力がなかったら、哲太郎はそのまま死刑になっていただろう。
 ここで連想するのは袴田秀子さんである。
 1966年静岡県で起きた強盗殺人事件で逮捕され死刑が確定した弟・袴田巌さんの無罪を信じ、58年間闘い続け、今秋ついに無罪を勝ち取ったことは周知のとおり。
 姉妹の力というものをつくづく感じる。

 一方、加藤哲太郎と同じBC級戦犯で冤罪により死刑になった者はたくさんいたはずである。
 加藤の場合、父親が有名なロシア文学者だった(日本で初めてのトルストイ全集の翻訳者)、当時の片山哲内閣総理大臣は父親の中学時代の同級生、キリスト教の社会運動家として有名な賀川豊彦は父親の明治学院神学時代の同級生、トルストイの三女からも支援を受けた、など強力な援軍がいた。YWCAやYMCAといったキリスト教系団体のバックアップもあった。
 おそらく、死刑撤回は、こうしたGHQが無視できない縁や政治的背景が物を言ったのであり、必ずしもマッカーサーの寛容さだけに帰せられるものではあるまい。

マッカーサー

 天皇は、私を助けてくれなかった。私は天皇陛下の命令として、どんな嫌な命令でも忠実に守ってきた。そして日頃から常に御勅諭の精神を、私の精神としようと努力した。私は一度として、軍務をなまけたことはない。・・・・・・(中略)・・・・・・私は殺されます。そのことは、きまりました。私は死ぬまで陛下の命令を守ったわけです。ですから、もう貸し借りはありません。だいたい、あなたからお借りしたものは、志那の最前線でいただいた七、八本の煙草と、野戦病院でもらったお菓子だけでした。ずいぶん高価な煙草でした。私は私の命と、長いあいだの苦しいを払いました。ですから、どんなうまい言葉を使ったって、もうだまされません。あなたとの貸し借りはチョンチョンです。あなたに借りはありません。もし私が、こんど日本人に生まれかわったとしても、決して、あなたの思うとおりにはなりません。二度と兵隊にはなりません。 

 無実の罪で獄中にとらわれ死刑判決を受けたいま、やっと、自らが天皇に、国家にだまされていたことに気づいた加藤哲太郎。
 子供のころから受けてきた天皇を神とする皇国教育、軍国主義教育の呪縛がやっと解けたのである。
 洗脳からの解放。
 同じように天皇を恨む声を挙げた三島の「英霊」たちと、ちょうど反対の立場である。
 「英霊」たちは、死してなお、あくまでも皇国幻想に執着している。天皇が人間宣言したことに憤っている。
 幻想の中に閉じ込められている者は、生まれかわっても、同じところにしか生を受けない。
 人間にも、動物にも、貝にもなれない。 

鬼


 戦争は、人間を発狂させる。死ぬか生きるかという、せっぱつまったとき、あらゆる価値が転倒する。殺人がもっとも大きな美徳とされるのが戦争である。自分が人を殺す、また仲間の兵隊が敵に殺されるのを見る、そして自分もまた、いつなんどき殺されるかわからないという心理が支配的となったとき、人間は発狂するのである。発狂の原因が取りさられてふたたび冷静が彼を支配したとき、あの時なぜ自分はあんな馬鹿なことをしたのか、ふしぎでたまらないのである。気の小さい、虫も殺さないような、しかも一応の教養のある人までが、いったん発狂すれば、大それたことをやらかすのだ。





おすすめ度 :★★★★

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● 映画:『人間の條件 第5部 死の脱出篇/第6部 曠野の彷徨篇』(小林正樹監督)

人間の條件第6部DVD

1961年松竹
第5部90分、第6部90分
白黒

 五味川純平の同名小説を原作とするこの映画は、戦争の悲惨さ、人間の愚かさを嫌というほど描いたまぎれもない反戦映画なのであるが、同時に、令和現在の視聴者にはなかなか理解しがたい政治的モチーフが埋め込まれている。
 それは社会主義・共産主義に対する希望と懐疑のアンビバレントな思いである。

 仲代達矢演じる梶は、戦前・戦中「アカ」と蔑まれた共産党のシンパであり、彼のヒューマニズムへの希求も兵役拒否の姿勢もそこから来ている。
 であるから、志を同じくする丹下一等兵(演:内藤武敏)同様、プロレタリア革命を成し遂げ史上初めての社会主義国となったソ連に、憧れと理想を抱いていた。
 その彼が、北満州でソ連軍と闘うはめになり、圧倒的な戦力差で敗北する。
 「たとえ捕まって捕虜となっても、プロレタリア(労働者)独裁であるソ連で、無産階級の庶民しかも共産党シンパである自分が、酷い仕打ちを受けるはずがない」
 そう心の中で願いつつも、仲間の敗残兵や日本人避難民らとともに、満州の荒野や深い森の中を逃げ惑う。
 その道中、梶が目撃したのは、逃げ遅れた日本人女性を集団レイプして、ぼろくずのように道端に捨て去るソ連の兵士たちであった。
 「いや、どんな集団にもどうしようもなく下劣で乱暴な奴はいる。軍という組織に関しては、日本軍よりまっとうで話が通じるだろう」
 自ら抱いていた理想の崩壊の予感におびえつつも、「社会主義の未来を信じる」と丹下に語る梶。
 ついにはソ連軍に投降し、捕虜となって強制労働に従事することになる。
 そこで目撃し体験したのは、かつて梶ら日本人が中国人を強制連行し働かせていた老虎嶺鉱山の現場(第1部・第2部)と、まったく変わりない非道であった。
 梶は収容所を脱走して、ひとり雪原を彷徨する。
 妻三千子の名を呼びながら――。

 原作者の五味川純平と小林正樹監督が共産党員あるいはシンパだったのかどうかは知らない。
 が、太平洋戦争終焉時の1945年においても、この映画が公開された1961年においても、ソ連はアメリカに匹敵する強大な力を誇っており、社会主義国の内幕すなわち革命の失敗は鉄のカーテンによって西側には隠されていた。
 1956年にはフルシチョフによるスターリン批判が起こり、世界中の左翼運動に影響を与えたが、それでも社会主義や共産主義という思想自体が駄目ということにはならなかった。 
 マルクスやレーニンを信奉し、ソ連を理想国家と信じていた60年代日本の左翼の目に、この映画はどんなふうに映ったのだろうか? 

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スターリンの写真の前で尋問を受ける梶

 梶らと共に逃げ惑う避難民の娼婦を岸田今日子が演じている。
 たいへんな存在感。
 色っぽさが画面(スクリーン)から零れ落ちている。

 避難民の少女を演じる中村玉緒の初々しさ。
 「今の君はピカピカに光って」の頃の宮崎美子を思い出させる。
 後年、明石家さんまによって引き出されたボケキャラが想像できない。

 日本の女たちが寄り集まって住み、ソ連兵相手に売春している部落が出てくる。
 そこのたった一人の男にして長老を、なんと笠智衆が演じている。
 『男はつらいよ』の御前様とまったく変わらないのどやかな空気を醸して、一瞬、これが戦争映画であることを忘れさせる。
 さしものソ連軍も御前様には手をかけられなかったと見える。
 春をひさぐ女たちの中の、春のごとき笠智衆。
 恐るべし。

 娼婦の一人で高峰秀子が出ているのも驚き。
 ストリッパーの役はあっても娼婦の役は珍しい。
 『浮雲』でも見せたやさぐれ感が印象に残る。

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梶とともに逃げる娼婦役の岸田今日子

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売春部落の長老を演じる笠智衆と稼ぎ頭の高峰秀子

 本作の最大の熱演者は、寺田二等兵役の川津祐介である。
 熱に浮かされ、糞にまみれて、野垂れ死んでいく最期が哀れ。
 愛らしいルックスのためか見過ごされてしまうが、川津は若い時から演技が上手かった。

 仲代の演技は終盤に行くほど風格を増し、演劇的になってくる。
 気が狂ったような面持ちで雪原を彷徨し非業の死を遂げるさまは、日本の敗残兵というより、シェークスピアのリア王である。
 その迫力ある風格に若干の違和感を覚えたものの、9時間半の大作のラストを飾るには、これくらいのスタンドプレイがちょうどいいのかもしれない。
 制作が松竹なだけに、最後は日本に戻って三千子と再会するのだろうと、何とはなしに思っていたので、この結末は意外であった。
 だが、理想に敗れ、自ら殺めた幾人もの血で染まった手をして日本に帰ったところで、梶は廃人同様に生きるほかなかったろう。
 “人間たる條件”をいともたやすく破壊する戦争の恐ろしさ。
 それがこのタイトルの意味だったのである。

 日本にも、これほどの映画がつくれた時代があった。
 そのことが奇跡のように思われる。
 



おすすめ度 :★★★★★

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