ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

反戦・脱原発

● 墨の下の日本 映画:『教育と愛国』(斉加尚代監督)


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2022年日本
107分

 この映画のもとになったのは、2017年に大阪・毎日放送(MBS)で放送されたドキュメンタリー番組『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか~』。
 2017年にギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞するなど大きな反響を呼び、2019年に書籍化、その後、追加取材と再構成を行い映画版が誕生した。
 監督の斉加尚代は、MBSで20年以上にわたって教育現場を取材してきたそうだ。

 漫画家の小林よしのりらによる「新しい歴史教科書をつくる会」の結成が1996年、国旗国歌法の制定が1999年、扶桑社から市販本『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』が発刊されベストセラーとなったのが2001年。
 ソルティも扶桑社の教科書を買って読み、「現場はどう判断するのだろう?」と推移を見守った。
 蓋を開けてみたら、採択率が思ったほどでないのでホっとした。
 教育現場の良識も捨てたもんじゃないと思った。
 その後、つくる会が仲間割れしたというニュースもあって、教科書問題について関心が遠のいていた。
 ソルティに子供や孫がいないことも一つの理由であろう。
 その間に、安倍晋三政権が生まれ、教育基本法の改定(2006年)があり、「美しい国」キャンペーンが日本中を覆った。
 
 2022年現在、教科書問題は、教育現場は、どうなっているのだろう?
 ――という懸念から久しぶりに若者人気ナンバーワンの吉祥寺に出向いた。
 パルコ地下にあるUPLINK吉祥寺という映画館である。
 硬いテーマだし、平日の午後でもあるし、場内はガラ空きかと思ったのだが、老若男女で6割くらい埋まった。
 注目を浴びてる作品なのは確かなようだ。

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JR中央線・吉祥寺駅南口


 従軍慰安婦問題を扱ったミキ・デザキ監督の『主戦場』(2019)に匹敵すべき戦慄の内容であった。
 ここ十数年の間に教育現場はとんでもないことになっていた。
 政治が教育に介入し、検定に合格するか否かが死活問題の各教科書会社は文科省の顔色窺いと忖度に追われ、教育現場からは教員たちの主体性が奪われ、結果として、生徒たちが国家の望む臣民たるべく育てられる方向に進んでいる。美しい国に奉仕する臣民へと。

 インタビューに応じる保守の政治家や学者が好んで用いる用語が「自虐史観」。
 戦後の歴史教育が戦時中の日本国あるいは日本軍の加害者性ばかり強調するから、自らの国に誇りを持てない、自らの国を守ろうとしない民を生んだのだ、という理屈。
 戦後数十年の自虐史観を跳ね返すためには、専門家によって確かめられている史実を無視したり、歪曲したり、忘却してもかまわない、という確信犯的詐術が繰り広げられている。
 「そういうことをする国だから誇りが持てないのだ」ということが彼らにはなぜか通じない。
 右と左で、プライド(誇り)の定義が180度違っているかのよう。
 それこそ各々が受けてきたしつけや教育の影響か?

 ロシアによるウクライナ侵攻が今後の国政や教育行政に与える影響には測り知れないものがある。
 教育現場の“戦前化”はいよいよ進むのだろうか?
 いつの日か墨で塗りつぶした文字が復活する日が来るのだろうか?
 日本は核と軍隊と徴兵制をもつ“一人前の国家”へと脱皮するのだろうか? 

 自分自身や友人が、あるいは自分の子供や孫が、兵隊にとられ戦場に送られる可能性あるを知りながら、それを推進する政党に進んで投票する行為こそ、自虐の最たるものではなかろうか。 
 こんな映画を吉祥寺で観る日が来るとは30年前には毛ほども思わなかった。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 



 

● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 5


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第11巻『1914年夏Ⅳ』(1936年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 ジャックが死んでしまった!!
 墜落事故により重傷を負い、戦場を《こわれもの》として担架で運ばれる苦痛と屈辱の末、一兵卒の手で銃殺されてしまった!

 もとより、社会主義者の反戦活動家にして良心的兵役拒否を誓うジャックが死ぬことは分かっていた。
 兄アントワーヌや親友ダニエルより早く、物語の途中で亡くなるであろうことは予想していた。
 しかし、これほど無残にして無意味、非英雄的な死を遂げようとは思っていなかった。
 なんだか作者に裏切られたような気さえした。
 このジャックの死に様によって、『チボー家の人々』という小説の意味合いや作者デュ・ガールに対する印象が一変してしまった。
 こういう小説とは思わなかった。

 フランス動員一日目、ジャックは恋人ジャンニーやアントワーヌに別れを告げ、偽造した身分証明書を用いてスイス・ジュネーブに戻る。潜伏しているメネストレルの助けを借りて、たったひとりの反戦行動を遂行するために。
 それは、フランス軍とドイツ軍が今まさに戦っているアルザスの戦場を滑空し、上空から両軍の兵士たちに向けて戦争反対のアジビラをまき散らすというものであった。
 曰く、「フランス人よ、ドイツ人よ、諸君はだまされている!」
 元パイロットであるメネストレルはこの提案に乗り、いっさいの手配を引き受けるのみならず、自ら飛行機の操縦を買って出る。
 
 これが命を賭した無謀な作戦であることは明らかである。
 2人の乗る飛行機を敵機と勘違いしたフランス軍あるいはドイツ軍により撃墜される可能性がある。
 無事使命を果たしたとしても、着陸後に待っている軍法会議による処刑は避けられない。
 そもそも命と引き換えにしてやるだけの効果ある作戦かと言えば、おそらく「否」である。

 兵役拒否を貫きたいが自分だけ安全な場所に逃げたくはない、他の社会主義者たちが次々と戦争支持へと転向していくなか「インターナショナル」の闘いを最後まで諦めたくない――そんなジャックに残された道は、日の丸特攻隊のような一か八かの英雄的行為のほかなかったのである。
 たとえそれが実を結ばず自己満足に終わろうとも、少なくとも、狂気に陥った社会に対して一矢を報い、個人の良心と正義はまっとうされる・・・・。
 ジャックはジャックでありながら生を全うできる。
 
 作者は残酷である。
 ジャックとメネストレルを乗せた飛行機は戦場に到着する前に墜落炎上し、何百万枚のアジビラは一瞬にして灰と化してしまう。メネストレルは即死。
 ジャックの野望は頓挫し、計画は徒労に終わり、あとに待っていたのは恩寵も栄光もひとかけらもない犬死であった。
 人間の尊厳をあざ笑うかのようなこの結末は、カミュやカフカあるいは安倍公房の小説を想起させる。すなわち、不条理、ニヒリズム、ペシミズム・・・。
 ここにあるのはもはや悲劇ですらない。オセロやマクベスやリア王に与えられた尊厳のかけらにさえも、ジャックは預かることができない。
 若者群像を描いた青春小説であり「青春の一冊」と呼び声の高い『チボー家』には、チボ―(希望)がなかったのである。(まだあと2冊残されているが)
 4巻の途中まで読んだ『麦秋』の謙吉(二本柳寛)は、最後まで読んで、如何なる感想を紀子(原節子)に語ったのであろう?
 
 作者デュ・ガールは厭世的で人間不信な人だったのだろうか?
 ウィキによれば、第一次大戦時に自動車輸送班員として従軍しているようなので、戦地で非人間的(人間的?)な行為の数々を嫌というほど見てきたのかもしれない。ジャックが死ぬ間際の戦地の描写は作者自身の実体験がもとになっているのかもしれない。
 次のジャックのセリフを見ても、人間性というものに対する不信の念が根底にありそうだ。
 
 ぼくは、戦争というものが、感情問題ではなく、単に経済的競争の運命的な衝突にすぎないと信じていた。そしてそのことを幾度となくくりかえして言ってきた。ところがだ、こうした国家主義的狂乱が、今日、社会のあらゆる階級の中から、いかにも自然に、なんのけじめもなくわきあがっているのを見ると、ぼくにはどうやら・・・・・戦争というものが、何かはっきりしない、おさえようにもおさえきれない人間の感情の、衝突の結果であり、それにたいしては、利害関係騒ぎのごとき、単にひとつの機会であり、口実にあるにすぎないように考えられてくるんだ・・・
 
 それに、何より人をばかにしているのは、彼ら自身、何か弁解するどころか、戦争を受諾することを、さも理にかなった、さらには自由意思から出たものででもあるように吹聴していることだ! 

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ThePixelmanによるPixabayからの画像


 本書は、とくに「1914年夏」は、ひとつの戦争論といった読み方も十分可能である。
 国家間の戦争がどのように始まるか、戦争に賛成する人も反対する人も個人がどのように社会(国家)に洗脳され脅かされ順応していくか、ナショナリズムがどれだけ強い権力と魅力を持っているか、人間がどれだけ愚かなのか・・・・。
 悪魔の笑い声が聴こえてくるような展開なのだが、その意味で言えば、ジャックを死に追いやった男メネストレル――社会主義者の仮面をかぶった虚無主義者――の名の響きには、ゲーテ『ファウスト』に登場するメフィストフェレスに通じるものを感じる。
 しかるに、ファウストが終幕の死にあってメフィストフェレスの「魔の手」から逃れ天使たちによって天界に上げられたようには、ジャックには救いの手が差し伸べられなかった。
 当然である。
 神はとうに死んでいた。
 死ぬ間際のジャックの思考には神の「か」の字もない。 







 






● 鮮烈なる工藤夕貴 映画:『ヒマラヤ杉に降る雪』(スコット・ヒックス監督)

1999年アメリカ
127分

 工藤夕貴(1973- )は好きなアイドルの一人であった。
 ハウス食品のラーメンCM 「お湯をかける少女」で一躍人気者になり、『野性時代』で歌手デビューを果たし、石井聰互監督『逆噴射家族』、相米慎二監督『台風クラブ』の鮮烈な演技で女優としての可能性を見せつけ、ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(1989)で国際女優として歩みだした。
 向かうところ敵なしといった破竹の勢いであった。
 その“野性時代”のひとつの頂点が本作であろう。
 工藤夕貴28歳。

 原作はデイヴィッド・グターソンのミステリー小説 Snow Falling on Cedars(邦訳『殺人容疑』講談社刊)。
 舞台はアメリカ西海岸の最北端に位置するワシントン州のサン・ピエトロ島。
 太平洋戦争勃発後の日本人移民に対する偏見や迫害がもとで起きた冤罪事件を主軸に、地元の青年(イーサン・ホーク)と日本の娘(工藤夕貴)の結ばれなかった恋を描く。

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イーサン・ホークと工藤夕貴
 
 錚々たる共演陣である。
 『ライトスタッフ』『フール・フォア・ラブ』のサム・シェパード、巨匠ベルイマン作品の常連だったマックス・フォン・シドー(『第七の封印』の騎士アントニウスほか)、名脇役としてならしたリチャード・ジェンキンス、ジェームズ・クロムウェル。
 ぽっと出の新人なら緊張で固まっても仕方ないようなベテランの演技派オヤジたちの間にあって、しかも母国語でない英語だけのセリフというハンディの中で、まったく引けを取らない、むしろ周囲を食ってしまうほどの鮮烈な輝きを見せる工藤夕貴の傍若無人ぶりが印象的である。
 デビュー当時、七光りと言われるのを嫌い、往年の人気歌手・井沢八郎の娘であることを隠していたエピソードは有名だが、親譲りの才能はむろんのこと、強い意志と努力の人なのだろう。
 いまや井沢八郎こそ、工藤夕貴の逆七光り。(この関係は藤圭子と宇多田ヒカルに似ている?)

 スコット・ヒックス監督は、実在のピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットの半生を描いた映画『シャイン』で一躍有名になった。
 ソルティは未見だが、本作を観ると西洋絵画のあれこれを想起させる絵作りの巧さが特徴的である。煽らない丁寧な語りも好ましい。
 思いがけない掘り出し物といった体の傑作であった。

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おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 4

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第10巻『1914年夏Ⅲ』(1936年発表)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 物語もいよいよ佳境に入った。
 第10巻は、オーストリアがセルビアに宣戦布告した1914年7月28日から、オーストリア支援のドイツが、セルビア支援のロシアが、それぞれ動員を開始し、ドイツとは長年の敵対関係にありロシアとは同盟関係にあるフランスも内外からの参戦の慫慂を受けてついに動員令を発布する8月1日直前まで、を描いている。
 各国が急速に戦時体制に移行しナショナリズムが高揚する中、国を越えた第2インターナショナル(社会主義者たち)の反戦運動は弾圧され、抑圧され、はたまた内部分裂し、勢いを失っていく。
 フランスでは、第2インターナショナルフランス支部の中心人物で反戦の旗手だったジョン・ジョーレスが、7月31日愛国青年の手で暗殺されることで反戦運動の息の根が止められる(史実である)。

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ジャン・ジョーレス(1859-1914)

 堰を切るように、一挙に戦時体制へとなだれ込んでいく日常風景の描写が実にリアルで、おそろしい。 
 ある一点を越えたらもう引き返せない、もう誰にも止められない、全体主義への道を突き進む国家という巨大な歯車。
 メディアを支配し、世論を操り、祖国愛と敵愾心を焚きつけることで国民を扇動し、「戦争が必然」と思わせていく国家の遣り口。
 これは100年前の異国の話ではない。
 まさに今この瞬間に、ロシアで中国で北朝鮮で起こっていること、NATO各国でフィンランドで英国で日本で起こり得ることなのだ。

 《愛国主義者》たちの一味は、おどろくべき速度でその数を増し、いまや闘争は不可能なように思われていた。新聞記者、教授、作家、インテリの面々は、みんな、われおくれじとその批評的独立性を放棄し、口々に新しい十字軍を謳歌し、宿敵にたいする憎悪をかき立て、受動的服従を説き、愚劣な犠牲を準備することにいそがしかった。さらには左翼の新聞も、民衆のすぐれた指導者たちまで、――そうした彼らは、ついきのうまで、その権威をふりかざし、このヨーロッパ諸国間のこの恐るべき紛争こそ、階級闘争の国際的地盤における拡大であり、利益、競争、所有の本能の最後の帰結であると抗議していたではなかったか――いまやこぞって、その力を政府ご用に役だたせようとしているらしかった。

 登場人物の一人はこう叫ぶ。

「国家の名誉!」と、彼はうなるように言った。「良心を眠らせるために、すでにありとあらゆるぎょうさんな言葉が動員されている!・・・・すべての愚かしさを糊塗し、良識が顔をだすのをさまたげなければならないんだから! 名誉! 祖国! 権利! 文明!・・・・ところで、これらひばり釣りの鏡のような言葉のかげに、いったい何がひそんでいると思う? いわく、工業上の利益、商品市場の競争、政治家と実業家とのなれあい、すべての国の支配階級のあくことを知らぬ欲望だ! 愚だ!・・・」

 今日明日の動員令発布を前に、久しぶりに会ったアントワーヌとジャックは意見を闘わせる。
 たとえ心に添わなくとも祖国を守るために従軍するのは当然と言うアントワーヌと、「絶対に従軍しない」すなわち良心的兵役拒否を誓うジャック。
 同じチボー家の息子として何不自由なく育った2人、一緒に父親の安楽死を手伝うほどに強い絆で結ばれた2人が、ここにきてまったく別の道を選ぶことになる。
 いや、当初から野心家で体制順応的なアントワーヌと、体制による束縛を嫌い心の自由を求めるジャックは、対照的な性格および生き方であった。
 が、戦争という大きな事態を前にして、2人の資質の違いは生死を左右する決定的な選択の別となって浮き出されたのである。
 アントワーヌは言う。

 われらがおなじ共同体の一員として生まれたという事実によって、われらはすべてそこにひとつの地位を持ち、その地位によって、われらのおのおのは毎日利益を得ているんだ。その利益の反対給付として、社会契約の遵奉ということが生まれてくる。ところで、その契約の最大の条項のひとつは、われらが共同体のおきてを尊重するということ、たとい個人として自由に考えてみた場合、そうしたおきてが常に必ずしも正しくないように考えられるときでも、なおかつそれに従わなければならないということなんだ。・・・・」

 まるで国家による処刑に粛々としたがったソクラテスのよう。
 ジャックは反論する。

 ぼくには、政府が、ぼく自身罪悪と考え、真理、正義、人間連帯を裏切るものと考えているようなことをやらせようとするのがぜったいがまんできないんだ・・・ぼくにとって、ヒロイズムとは、(中略)銃を手にして戦線に駆けつけることではない! それは戦争を拒否すること、悪事の片棒をかつぐかわりに、むしろすすんで刑場にひっ立てられていくことなんだ!

 国があってはじめて、国民が、個人が、存在しうるというアントワーヌ。
 個人の存在は――少なくとも個人の良心は、国を超えたところにあるというジャック。
 2人の対決はしかし、議論のための議論、相手を言い負かすための議論ではない。
 アントワーヌは、体制に従わないジャックの行く末を、心底心配しているのである。

 ああ、どうなるジャック‼
 どうなる日本‼ 





 
 

● マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々』を読む 3


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第8巻『1914年夏Ⅰ』(1936年発表)
第9巻『1914年夏Ⅱ』(1936年)
1952年白水社より邦訳刊行
1984年白水Uブックス

 この小説を読み始める前は、「今さらチボー家を読むなんて周回遅れもいいところ」といった思いであった。
 100年近く前に書かれた異国の小説で、邦訳が刊行されてからもすでに70年経っている。
 新書サイズの白水Uブックスに装いあらたに収録されて書店に並んだのが1984年。しばらくの間こそ読書界の話題となり、町の小さな書店で見かけることもあった。
 が、やはり「ノーベル文学賞受賞のフランスの古典で大長編」といったら、なかなか忙しい現代人やスマホ文化に侵された若者たちが気軽に手に取って読める代物ではない。
 今回も図書館で借りるのに、わざわざ書庫から探してきてもらう必要があった。
 自分の暇かげんと酔狂ぶりを証明しているようなものだなあと思いながら読み始めた。

 なんとまあビックリ!
 こんなにタイムリーでビビッドな小説だとは思わなかった。
 というのも、第7巻『父の死』までは、主人公の若者たちの青春群像を描いた大河ロマン小説の色合い濃く、親子の断絶や失恋や近親の死などの悲劇的エピソードはあれど、全般に牧歌的な雰囲気が漂っていたのであるが、第8巻からガラリと様相が変わり「風雲急を告げる」展開が待っていたのである。

 第8巻と第9巻は、タイトルが示す通り、1914年6月28日から7月27日までのことが描かれている。
 これはサラエボ訪問中のオーストリアの皇太子がセルビアの一青年に暗殺された日(6/28)から、オーストリアがセルビアに宣戦布告する前日(7/27)までのこと、すなわち第1次世界大戦直前の話なのである。
 世界大戦前夜。
 なんと現在の世界状況に似通っていることか!
 100年前の小説が一気にリアルタイムなノンフィクションに変貌していく。
 『チボー家の人々』はまさに今こそ、読みなおされて然るべき作品だったのである。
 
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MediamodifierによるPixabayからの画像画像:ロシアv.s.ウクライナ

 第8巻前半のいきなりの政治論議に戸惑う読者は多いと思う。それも、ジュネーヴに集まる各国の社会主義者たち、つまり第2インターナショナルの活動の様子が描かれる。
 そう、当時はプロレタリア革命による資本主義打倒および自由と平等の共産主義社会建設の気運が、これ以上なく高まっていた。

第2インターナショナル
1889年パリで開かれた社会主義者・労働者の国際大会で創立。マルクス主義を支配的潮流とするドイツ社会民主党が中心で,欧米・アジア諸国社会主義政党の連合機関だった。第1次世界大戦開始に伴い,戦争支持派,平和派,革命派などに分裂して実質的に崩壊。
(出典:平凡社百科事典マイペディアより抜粋)

 チボー家の反逆児である我らがジャックは、いつのまにかマルクス主義を身に着け、インターナショナルの活動に加わっている。まあ、なるべくしてなったというところか。
 この8巻前半は登場人物――実在する政治家や左翼活動家も登場――がいきなり増え、こむずかしい政治談議も多く、当時のヨーロッパの政治状況に不案内な人は読むのに苦労するかもしれない。
 ソルティもちょっと退屈し、読むスピードが落ちた。
 が、よくしたもので、このところ左翼に関する本を読み続けてきたので理解は難しくなかった。

 読者はジャックの活動や思考を追いながら、当時のヨーロッパの国際状況すなわち植民地拡大に虎視眈々たる列強の帝国資本主義のさまを知らされる。
 厄介なのは、列強が同盟やら協定やらを結んでいて関係が錯綜しているところ。フランス・英国・ロシアは三国協商(連合)を結び、ドイツ・オーストリア・オスマン帝国は三国同盟を結んでいる。そしてロシアはセルビアを支援していた。
 一触即発の緊張をはらんだところに投げ込まれたのが、サラエボの暗殺事件だったのである。
 オーストリアがセルビアに攻め入れば、ロシアがセルビア支援に動き、ドイツはオーストリアの、フランスはロシアの味方につき・・・・・。
 ブルジョア家庭に育ちながら資本主義の弊害に憤るジャックは、プロレタリア革命に共感を持ちながらも、暴力や戦争には反対の立場をとる。

 8巻の後半ではダニエルとジェンニーの父親ジェロームがまさかの自殺。
 それをきっかけに、ジャックとジェンニーは久しぶりに再会する。大切な人の死が新たな恋のきっかけになるという人生の皮肉。
 よく似た者同士でお互い強く惹かれ合っているのに素直になれず、なかなか結ばれない2人がじれったい。なにいい歳して街中で追っかけっこなんかしているのか⁉
 世の中には息するようにたやすく恋ができる者(ジェローム、ダニエル、アントワーヌら)のいる一方で、その敷居が高い者(ジャック、ジェンニーら)がいる。

恋の追いかけっこ

 第9巻はジャックが主人公。
 戦争阻止のためインターナショナルの活動にのめり込んでいくジャック。
 一方、互いに疑心暗鬼になって戦闘準備することによって、さらに開戦へと加速する悪循環に嵌まり込んだヨーロッパ各国。
 動乱の世の中を背景に、やっと結ばれたジャックとジェンニーの純粋な恋。
 なんたるドラマチック!
 このあたりの構成とストリーテリングの巧さは、さすがノーベル賞作家という賛辞惜しまず。

 第8巻におけるアントワーヌとジャックの兄弟対話が奥深い。
 プロレタリア革命の意義について滔々と語るジャックに対して、必ずしもガチガチの保守の愛国主義者ではないものの、現在の自身のブルジョア的境遇になんら不満や疑問を持たないアントワーヌはこう反論する。
 
「ドイツでだったら、立て直し騒ぎもけっこうだが!」と、アントワーヌは、ひやかすようなちょうしで言った。そして言葉をつづけながら「だが」と、まじめに言った。
「おれの知りたいと思うのは、その新しい社会を打ち立てるにあたっての問題だ。おれはけっきょくむだぼね折りに終わるだろうと思っている。というわけは、再建にあたっては、つねにおなじ基礎的要素が存立する。そして、そうした本質的な要素には変わりがない。すなわち、人の本性がそれなのだ!」
 ジャックは、さっと顔色をかえた。彼は、心の動揺をさとられまいとして顔をそむけた。
 ・・・・・・・・・・・・
 彼(ジャック)は、人間にたいして無限の同情を持っていた。人間にたいして、心をこめての愛さえ捧げていた。だが、いかにつとめてみても、いかにあがき、いかに熱烈な確信をこめて、主義のお題目をくり返してみても、人間の精神面における可能性については依然懐疑的たらざるを得なかった。そして、心の底には、いつも一つの悲痛な拒否が横たわっていた。彼は、人類の精神的進歩という断定に誤りのないということを信じることができなかった。

 社会主義体制や共産主義体制になっても、基礎となる人間の本性は変わらない。
 新しいものを作っても中味が変わらないのであれば、腐敗は避けられない。
 まさに、かつてのソ連や現在の中国のありようはそれを証明している。

 デュ・ガールが本作を書いたのは1936年。
 執筆時点では、ロシア革命(1917年)によって建てられた史上初の社会主義国家に対する期待と希望は健在であった。(デュ・ガールの敬愛する先輩作家アンドレ・ジッドがソビエトを訪れて共産主義の失敗を知ったのは1936年の夏だった)

 なんという慧眼!

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● 映画:『真珠湾攻撃』(ジョン・フォード監督)

1942年アメリカ
82分
原題:December 7th

 ウクライナのゼレンスキー大統領が米国連邦議会の演説で「パールハーバー(真珠湾攻撃)を忘れるな」と言ったとか、ウクライナ政府が昭和天皇の顔写真をヒトラーやムッソリーニの顔写真と並べた動画を作ったとか、このところ日本の旧悪を責め立てるようなニュースが続いている。
 古い証文を今さら突きつけられても・・・・という感がしなくもないが、人類の歴史や民族の記憶力という観点からすれば、80年という歳月は時効にするには短すぎるのかもしれない。
 
 本作は西部劇の名手であるジョン・フォード監督が手がけた戦意高揚映画で、公開時は34分の短編であった。
 これは、前半部分(48分)の内容が米軍の怒りを買って没収されてしまったからである。
 公開されたのは、日本軍による真珠湾攻撃の残虐とその後の復興や勝利の誓いを描いた後半部分のみであった。
 切られた前半部分には、仕事と自由を求めてハワイに移住した日本人の生活ぶりや、一部の日本人スパイがハワイの地勢や米軍の機密情報を故国に送った様子が描かれている。
 軍部が怒ったのは「日本人に対する罵りがない」からとも、「海軍が真珠湾の軍務を疎かにしていたように描かれている」からとも言われる。
 結局、激しい戦闘シーンが中心となる後半部分が上映され、第16回アカデミー賞短編記録映画賞を獲得した。

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 確かに後半部分は、まるで12月8日の真珠湾攻撃の一部始終を実際に撮影したかのようなリアルで迫力ある映像で、特撮レベルの高さに感嘆する。
 すべてがロケやセットを使った再現だというのが信じられないほどの臨場感。
 攻撃を受けた翌年(1942年)に、早くもこのレベルのドキュメント映画を制作できてしまう力を持っていたのだから、やっぱり日本が敗けたのもむべなるかな。
 
 お蔵入りした前半部のフィルムがその後見つかって復元され、82分の完全版で世界初公開されたのは1995年12月、なんと東京の三百人劇場において(2006年まで文京区にあった、懐かしい!)。
 制作から53年後のことだった。
 個人的には、カットされた前半部分こそ興味深かった。
 ソルティは、明治の文明開化以降に海外移住した日本人が大勢いたことは知っているが、彼らについて書かれたものも撮られたものもほとんど知らない。
 日系移民というとブラジル移民がすぐに思い浮かぶが、本作のように、ハワイに移住した日本人(日系アメリカ人)について描かれているものにははじめて触れた。
 このテーマは自分の欠落であった。

 本作の情報がどこまで正確なのか知らないが、1941年当時、ハワイの人口は42万3千人で、うち38%にあたる15万7千人が日本からの移住者だったという。アメリカ籍を取った、つまりアメリカ人になった日本人は12万人。そんなに多かったとは!
 彼らは主としてサトウキビやパイナップルの農場で働いていたそうだが、日本人町もできて、寿司屋や日系銀行や邦人の医師やナースの勤める病院、それに神社などもあったようだ。
 思うに、大日本帝国憲法下の日本より、常夏の楽園でアメリカ憲法のもと暮らしていた日本人のほうが幸せだったのではなかろうか?

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アメリカ人としてハワイに暮らしながら神道を捨てない日系移民

 もちろんそれも、真珠湾攻撃が始まるまでの話。
 太平洋戦争が始まってから日系移民たちの舐めた苦渋はいかなるものであったか。
 本作ではむろんそこまで語られないけれど、米軍や現地の住民たちに敵視されないためには、日本人としてのアイデンティティや信仰を抹消しなければならなかったはずである。
 ちょっとこのテーマを追いたくなった。




おすすめ度 :★★★

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● アデュウ! 映画:『海の沈黙』(ジャン=ピエール・メルヴィル監督)


1947年フランス
87分、白黒

 舞台はナチスドイツ占領下のフランスの田舎町。

 足の悪い老人と美しい姪が穏やかに暮らしている家に、ドイツ軍将校イーブルナックが数ヶ月居候することになる。
 敵の滞在を拒むことのできない叔父と姪は、せめてもの抵抗として沈黙を貫き、イーブルナックとの会話を拒む。
 イーブルナックは二人の祖国愛と強い意志を称賛するとともに、姪の美しさに惹かれていく。
 毎晩のように自室から居間に降りてきては、祖国ドイツへの愛、若い頃からのフランス文化や芸術への憧れ、自らの恋愛経験、そして仏と独の理想的な“結婚(融和)”について独り語りするイーブルナック。
 その礼儀正しさと魅力的な振る舞いに、叔父と姪の心はいつしか和らいでいく。 

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左から叔父役ジャン=マリ・ロバン、将校役ハワード・ヴェルノン、姪役ニコル・ステファーヌ
 
 これが「ヌーヴェルヴァーグの父」と言われるジャン=ピエール・メルヴィル(1917-1973)の長編処女作というから驚く。
 全編に行きわたる品格と無駄のないカットの連鎖は、作家としてすでに完成の域に達しているかのよう。
 しかも30歳のときの作品と来ては・・・・!
 戦時下のような危機は、人を否が応でも大人にするのだろう。

 ロシアのウクライナ侵攻をめぐる各国さまざまな人の発言をテレビやネットで見聞きするに、祖国愛というものについて思う昨今である。
 「国のために闘う」「国のために死ぬ」「国を誇りに思う」等々――日本人の多くが77年前にはあたりまえに思い口にしていた言葉、そして帝国主義への反省と資本主義的ミーイズムから戦後希薄化した言葉――が盛んに飛びかっている現実に、戦前にタイムスリップした感さえする。
 少なくとも、祖国愛を強調しなければいけない情況ってのはあまり幸福でないのは確かである。
 
 74年前に作られたこの映画が今とっても新しく思えるのは、いいことなのか、どうなのか。
 
 世間知らずのイーブルナックの仏独“結婚”の幻想は、ナチスのユダヤ人虐殺を知るに及んで見事に打ち砕かれてしまう。
 絶望から自ら前線を志願し出立するイーブルナックに、叔父と姪は初めて口を開く。 



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 

● 本:『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』(樋田毅著)

2021年文藝春秋

 著者は1952年生まれの元朝日新聞記者。事件報道の第一線で働いてきた人である。
 その海千山千の男が生涯忘れることのできないという事件、「自分の人生のテーマとなった」とすら述べる事件が、1972年11月8日に早稲田大学文学部キャンパスで起きた新左翼・革マル派による川口大三郎君虐殺である。
 樋田は当時、早稲田の文学部に籍を置く学生で、殺された川口君は同じ学部の一年先輩だった。

 60年代後半の学園紛争後、早大キャンパスは革マル派によって支配された。
 政治運動とは一定の距離を置く一般学生たちは、この抑圧的状況に普段から不満と苛立ちを募らせていたが、自分たちと同じ一般学生でどこのセクトにも属していない川口君が、革マル派のメンバー数名によって学生自治会室に拉致され、凄惨なリンチを受けて殺害されたことに衝撃を受けた。
 政治的な言葉を操って罪を逃れようとする革マル派、その革マル派を擁護するかのような大学本部の無作為、無責任。
 学生たちの怒りは頂点に達し、ついに革マル派排除を合言葉に立ち上がった。
 その先頭に立ったのが、元来ノンポリに近かった樋田であった。

 本書は、樋田をはじめとする自由と平和を愛する非力な学生たちが、鉄パイプやヘルメットで武装した革マル派相手に、徒手空拳で闘った一部始終を描いたノンフィクションである。

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 正直、驚かされた。
 一つには、私大の雄たる名門・早稲田大学において、かくも苛烈な革マル派によるテロル(恐怖政治)が敷かれていたことに。それも同年2月の連合赤軍・あさま山荘事件以降に、かくなる状態が持続していたことに。
 左翼運動とくに暴力革命を唱える新左翼の運動は、一連のあさま山荘事件で露呈した活動家たちの悪魔的な残虐ぶりにすっかり信を失い、世間から見放され、勢力を失ったものと思っていた。
 が、キャンパスの外と中とでは様子が違っていたのである。
 学生自治会を乗っ取り、巨額な自治会費を懐に入れ、学生のみならず教員や職員も恫喝と暴力によって従属させる革マル派の姿は、まったくのところ暴力団そのものである。
 大学キャンパスが山口組に乗っ取られたみたいなものだ。
 バンカラで自由な校風を誇りとする早大キャンパスが、こんな無法地帯のような状況にあったとは思いもよらなかった。

 今一つの驚きは――実はこっちの方がショックだったのだが――革マル派による学園支配が、つい最近まで続いていたという事実である。
 つまり、樋田らの闘いは頓挫したのだ。(ただし、文学部に関しては、その後革マル派の自治会は公認されなかったというから、闘ったことの意味はあったと言うべきだろう)
 本書「エピローグ」によれば、1994年に奥島孝康が総長に就任して徹底的な革マル派排除に乗り出すまで、大学本部は革マル派が主導する早稲田祭実行委員会、文化団体連合会(文化系サークルの連合体)、商学部自治会と社会科学部自治会の公認を続けていたという。「大学を管理運営する理事会に革マル派と通じた有力メンバーがいるという噂まで流れていた」(本書より)というから、たまげる。
 1994年を「つい最近」と言うと異論が出そうだが、72年の事件発生から20年以上放置されていたことを思えば、あまりに遅い変革である。
 自分が左翼のサの字も暴力のボの字も知らないような、平和で牧歌的なノンポリ学生生活を送っていた80年代前半に、同じ都内の早大で70年代の怨霊がいまだ跋扈していたとは思いもよらなかった。(たぶん、早大に行った友人からなにかしら耳にしていたのだろうが、記憶に残らなかったのだと思う)
 
 それにしても不思議に思うのは、なぜ大学当局は革マル派の横暴を許し続けていたかという点である。
 在籍する学生を守り学問の自由を保障するのは、大学当局のもっとも重要な使命であろうに!
 それが果たされてこそ、学生たちに入学金や授業料を請求する、つまりは職員が給料や研究費をもらう資格が得られるであろうに!
 令和の現在からすれば、何も悪いことをしていない学生がこともあろうにキャンパス内で拉致監禁され、凄惨なリンチの果てに殺されるなど、総長や理事会の首が吹っ飛ぶくらいの不祥事と思える。
 文部省も何をやっていたのか!
 東大安田講堂の時のように警察でも機動隊でも導入して革マル派を一掃すれば・・・・とつい思ってしまうが、このあたりの事情は当時子供だったソルティにはよくわからない。
 あるいは、文部省や大学当局がもっとも恐れたのは共産党による学園支配であり、それを抑えてくれる革マル派を必要悪と思っていたのか?
 いずれにせよ、こんな大学に20年間手塩にかけて育てた我が子を入れて、みすみす殺されてしまった親御さんがあまりに不憫。
 大隈重信は草葉の陰で嘆き悲しんだことだろう。(念のため、早稲田を侮辱する意図はありません)

大隈重信像
大隈重信

 革マル派がそもそもどんな理論的バックボーンを持った組織なのかよく知らないが、本書で見る限り、70年代初頭において、その正体はもはや暴力団とまったく変わらない。
 いや、「世界革命」とか「解放」とか立派な御託を並べないだけ、暴力団の方が可愛くさえ思える。
 まかり間違って、このような組織による革命が成功して彼らが権力を握るようになった暁には、どんな恐ろしい国家が誕生することか。
 政権維持のために、反対意見を封殺し、体制に異を唱える者を暴力によって抑圧することは目に見えている。
 かつて革命の名のもとに上に向かって発動された暴力が、今度は下に向かう。
 暴力は癖になる。
 「暴力は暴力しか生まない」というのは人類数千年の歴史の証明するところである。

 その意味で、本書を貫く主要テーマ――樋田らが革マル派との闘いにおいて最後までこだわり続けたこと――すなわち「非暴力」あるいは「非寛容に対してさえ寛容であり続けること」は、とてつもない重みをもって読む者に考察を求める。
 特定の政治色のない民主的な自治会をつくろうとする樋田らの活動を快く思わない革マル派は、反逆する学生らを捕まえては恐喝や暴力を繰り返す。
 樋田自身もキャンパス内で革マル派に囲まれて鉄パイプで滅多打ちされ、一ヶ月の入院を余儀なくされる。
 次第に、「自衛のための武装をしよう」という声が樋田の周辺から現れだす。
 日増しに大きくなるその声に最後まで抵抗していた樋田であるが、闘いの仕方をめぐって意見が割れ組織が分裂するのを見るに至って、闘いをやめる決断をする。

 川口大三郎君の虐殺事件が起きた後、私は文学部キャンパスでたまたま一番最初に、「革マル派を許せないと思う人は、この指とまれ」と指を差し出した。その指に、何千もの学生たちの指が積み重なった。その重さに耐えられなくなりそうなことが何度もあったが、これまでなんとか持ちこたえてきた。
 だが、セクト間の内ゲバが激化し、それに巻き込まれるような形で武装化をめぐって自治会が分裂していく中、重ねられた指は次第に離れてゆき、最後に、元の一人の指に戻った。そして、私は自分の指をポケットの中に戻した。
 早稲田に自由を取り戻したい。その強い思いがあったからこそ、あらゆるものを犠牲にしてでもこれまで闘うことができた。だが、もうこれ以上仲間たちを理不尽な暴力に晒すことはできないという思いが、何よりも私の中にはあった。これからは一人の学生として生きてゆくことになる。肩の荷をおろすことで、どこかでホッとしてもいたが、不寛容に対して寛容でどう闘い得るのかという自らに課した課題は道半ばで頓挫せざるを得なかった。


 不寛容に対して寛容でどう闘い得るのか?

 この問いは、人類の永遠のテーマかもしれない。
 憲法9条を擁し平和主義を国是とする日本人すべてにとって、常に問われ続ける課題である。
 とくに、ロシアのウクライナ侵攻という国際的危機にある現在、「日本もウクライナと同じ目に合わないとも限らない」という声が高まっている。
 ソルティは、最後まで非暴力主義を貫かんとする樋田青年の姿勢を「まっとう」と思い、全面的に支持しつつ本書を読み終えたものだが、「なにをケツの青い、生ぬるいこと言ってる!」、「目には目を、歯には歯を!」、「自国が守れてこそ自立した国家の証」、「寛容など弱虫の体裁に過ぎない」、「目の前で家族が殺されても同じことが言えるのか!」と反論する人がたくさんいるであろうことは重々承知している。
 
 本書では、当時革マル派の幹部として文学部自治会を牛耳ったものの、その後「転向」した二人の男が紹介されている。
 一人は自治会の委員長だった田中敏夫氏、もう一人は副委員長だった大岩圭之助氏。
 前者は川口君の事件から1年後に自己批判書を書き、「学生運動とは完全に手を切る」と宣言し、群馬県の実家に戻り、その後の人生を世捨て人のようにひっそりと生き、2019年3月心筋梗塞で亡くなった。著者が会うことは叶わなかった。
 後者は、事件から2年後に転向し、カナダやアメリカを放浪し、米国の大学で文化人類学の博士号を取得、帰国後は明治学院大学で教鞭をとっている。
 本書巻末には、樋田と大岩の対談が収録されている。
 50年前の暴力行為の被害者側と加害者側の対談には、意見のすれ違いが見られるものの、「暴力は醜い無意味なものであり、寛容な精神こそ大切である」という点では一致を見る。
 そのことをホモ・サピエンスが学ぶまで、あとどのくらいの時間が残されているのだろう?

 川口大三郎君が亡くなって半世紀経って出版された本書は、まさに今このタイミングで発表されるべき、読まれるべき書である。


おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


P.S. 本記事は、現在日本で活躍中のウクライナ出身歌手ナターシャ・グジーのCD『ナタリア』をBGMに書きました。ウクライナにもロシアにも平和あれ!

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ウクライナ民謡とともに『秋桜』、『涙そうそう』、『見上げてごらん夜の星を』など
日本の歌も収録。清澄なる美しい声と民族楽器バンドューラの響きに引き込まれる。









● 60年前のパラダイム 本:『日本の黒い霧』(松本清張著)

初出1960年『文藝春秋』
2004年文春文庫

 60年以上前のノンフィクションだが、今読んでもとても面白い。
 スリリングで、好奇心をそそられ、ゾッとする。
 松本清張の作家としての力量――探究心、知識、世間知、批判精神、取材力、分析力、洞察力、想像力、推理力、構成力、なによりも旺盛にして読者をとらえて離さない筆力――がいかんなく発揮された傑作にして代表作である。
 上下巻770ページ以上を難なく読み終えた。

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 太平洋戦争に敗北し米国GHQ占領下にあった日本で起きた数々の不可解な事件が取り上げられる。
 これを性質の似通ったものごとに大雑把に分けると次のようになろう。

1群 日本共産党の関係者が冤罪を被った事件 
  • 追放とレッド・パージ(1945~1950年)
  • 下山国鉄総裁謀殺論(1949年)
  • 推理・松川事件(1949年)
  • 白鳥事件(1952年)
2群 GHQ内部の腐敗や権力闘争が絡む事件 
  • 征服者とダイヤモンド(1945年)
  • 二大疑獄事件(1948年)
  • 「もく星」号遭難事件(1952年)
3群 スパイ疑惑が絡む事件  
  • 革命を売る男・伊藤律(1933~1953年)
  • ラストヴォロフ事件(1944年)
  • 鹿地亘事件(1951年)
4群 その他 
  • 帝銀事件の謎(1948年)
  • 謀略朝鮮戦争(1950年)

 もちろん、上記の分類は表面的・便宜的なものであって、すべての事件の背景に見え隠れするのは、GHQの占領政策であり、GHQ内部における民政局(GS)と参謀第二部(G2)との権力争いであり、米ソの冷戦であり、日本の共産主義化をなんとしても抑えたい米国の強い意志である。
 すなわち、まず戦勝国の中で共産主義勢力(ソ連、中国)と資本主義勢力(米国、英国、仏国)の対立があり、米国の中で民主党と共和党の政権闘争があり、GHQの中で日本の民主化を進めたいGSと日本を極東の橋頭堡としたいG2の覇権争いがあり、焼け野原の広がる日本にあっては共産主義革命を求める声がそれなりに高かった、という構図があった。
 この何重にも絡まって錯綜した政治と権力と野望の密林の中で、無条件降伏し武器を奪われた日本の民に――しかも国際的に見れば“12歳以下”の政治しかできない日本人に、いったい何ができたであろう?
 GHQのご機嫌を損なわないように振舞うほかなかったというのが正味のところだろう。

 読んで面白い(と言うと不謹慎なようだが)のは、上記1群の共産党が絡む事件である。
 下山事件、松川事件、白鳥事件はいずれも殺人の謎をめぐる論考であり、殺人現場の図面が掲載されていたり、目撃者の証言や凶器や遺留品に関する検討がなされていたり、当時上がった様々な仮説が検証されたり、清張自身の真犯人推量が開陳されたりと、まさに推理小説そのもの。4群の帝銀事件も同様である。ナンバーワン推理作家としての清張の独壇場である。
 一方、3群のスパイが絡む事件は、スパイ小説でも読んでいるかのような臨場感と空恐ろしさがある。
 「現実世界でもスパイ小説みたいなことがあるもんだなあ」と呑気に思ってしまうが、これはまったく逆で、我々の日常生活は想像以上に内偵や諜報や謀略がはびこっている気持ち悪いものなのかもしれない。現在の中国がまさにその例証である。
 なお、伊藤律のスパイ疑惑については、複数の研究者による調査の結果、現在では否定されており、2013年以降の文春文庫では巻末に注釈が入れられている。清張の推理も完全無欠というわけにはいかない。
 G2とGSの覇権争いを背景に起こった、官僚や政治家の汚職を暴いた2群の疑獄事件は、今も変わらぬ政・官・財の癒着構造を浮かび上がらせて余すところない。
 次の一文など、まさに時代を超えている。

 疑獄はいつの場合でも下級官吏からの摘発が常識であって、殊に課長補佐あたりが常にその犠牲になる。疑獄が起ると、通例と云っていいほどこのクラスが自殺するのは、捜査陣もここを突破口として取調べを集中するし、下級官吏としては義理に迫られて、止むなくみずからの命を絶つのである。誰が有罪の宣告を受け入獄したとしても、自殺した下級官吏こそ疑獄の最大の犠牲者であろう。

犠牲彫刻

 本書は発売と同時にベストセラーとなり、「黒い霧」という言葉は流行語になった。
 ソルティが初めて手にしたのは発行25年後の80年代中頃で、当時大学生だった。
 実を言えば全部は読み通せなかった。
 松川事件、下山事件、帝銀事件あたりは、現実の迷宮入り事件を小説家が推理するポーの『マリー・ロジェの謎』のような“推理小説のバリエイション”として興味深く読んだ記憶がある。その他のものは、戦後の国際政治や左翼運動について無知も同然だったので、難しくて読めなかった。 
 今回難なく読めたのは、池上彰&佐藤優の『真説 日本左翼史』のおかげで、戦後の大まかな日本左翼史がつかめていたからである。
 とは言え、上記の3つの事件を読んだだけでも、GHQの底知れぬ恐ろしさに震え、反米感情が募ったことは覚えている。
 「よし、マルクスを勉強しよう」とは思わなかったけれど、冤罪を被った松川・下山両事件の共産党関係者たちや、帝銀事件の犯人として捕えられた画家の平沢貞道被告に同情し、権力の不正や横暴に腹が立った。

 本作が発表された1960年は日米安保条約の最初の改定にあたり、左翼運動が盛んな時だった。
 当時本書を読んだ人々が、GHQの実態を知り反米感情を高めたであろうことは想像に難くない。
 内情がよく知られていなかったソ連や中国や北朝鮮など共産主義国家に対する憧憬や親愛の情が高まったとしても無理はない。
 清張が本書で反米を煽っているのは明らかである。

 刊行から60年余。
 その間にソ連はスターリン独裁を経て崩壊し、北朝鮮は独裁国家の生き地獄と化し、中国はジョージ・オーウェルの描いた『1984』さながらの全体主義管理国家の恐怖に覆われている。
 パラダイムは変わった。 
 共産主義は机上の思想として玩ぶならともかく、現実社会に適用させてはいけないってことは中川八洋先生の指摘を俟つまでもなく、最早火を見るより明らかであろう。
 歴史に「もし」は禁句だけれど、つい想像してみたくなる。

 もし敗戦後の日本が米国(GHQ)でなくソ連の統治下に置かれたとしたら・・・。
 もし戦後の日本で北朝鮮や中国のように社会主義革命が実現していたら・・・。
 もしソ連とアメリカが朝鮮半島ではなく日本を戦場として一戦交えていたら・・・。
 さらには、もし軍部に牛耳られていた大日本帝国が神風のおかげで米国に勝利していたら・・・。

 松本清張がその類まれなる才能を存分に発揮して作家活動に専念できたのも、本書のようなGHQや米国に批判的な作品を自由に世に送り出せたのも、ソルティがこうやって好き勝手に駄文を書き飛ばしてネットにUPできるのも、表現の自由が保障される民主主義国家に生を享けたおかげである。
 本書を令和4年の今読むことの意味は、そのあたりの事情を鑑みるところにもあろう。

 と言って、GHQや米国を持ち上げるつもりはないし、右翼や保守勢力に加担するわけでもないし、横暴な権力と闘う左翼の活動をくじくつもりもない。
 ただ歴史というものの不可解さに感じ入るばかり。
 そればかりは清張先生の推理も及ぶところではなかった。 

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おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● コロナ禍のドサクサ? 映画:『スパイの妻』(黒沢清監督)

2020年NHK
115分

 テレビドラマとして制作・放映されたのち、劇場版が公開された。
 ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞、キネ旬1位と評価の高い作品であるが、その理由は、ドラマとしてあるいは映画としての出来云々よりも、黒沢清監督のネームバリューおよびこの作品が扱っているテーマによるところが大きいのではないかと思う。
 つまり、第二次世界大戦時の日本軍731部隊の人体実験という史実を描くとともに、その悪行をなんとかして世界に知らしめようと苦闘する同時代の日本人を主役に置いたところに、しかもそれを日本の公共放送たるNHKが制作・放映したところに、世界は喝采したのではなかろうか。
 自らの犯した罪を罪として認めること、それを隠蔽することなく後世に伝えること、その際にヒューマニズムと正義の視点を忘れないこと。こういったあたりが、内外の映画人やマスメディアに評価されたのではないかと推測する。
 もちろん、主演の高橋一生と蒼井優の堂に入った演技は賛嘆に値する。
 東出昌大はここでは下手丸出し。時期的に、KEとの不倫報道で役作りに身が入らなかったか・・・?

 エンターテインメントとしてはまずまず面白いけれど、プロットがいささか不自然。
 蒼井優演じる福原聡子が平気で夫の甥っ子(坂東龍汰)を憲兵に売ったり、そのことを夫・福原優作(高橋一生)が簡単に許したり、憲兵が優作に嫌疑をかけながら留置も拷問もせずに釈放したり、ツッコミどころがいろいろある。
 
 NHKが安倍政権下に、ウヨッキーが憤りそうな反“愛国”的ドラマを企画・制作し、BSではあれ放映し得たことが、ちょっと驚き。
 コロナ禍のドサクサゆえだろうか・・・・? 

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おすすめ度 :★★

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● ゲバゲバ、ぱぱや! 本:『激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972』(池上彰、佐藤優共著)

2021年講談社現代新書

 前著も面白かったが、今回はそれを上回る面白さと満足感があった。
 一気読みした。 
 
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 面白さの理由は、やはり新左翼の登場。
 ソ連や中国の顔色をうかがい右顧左眄し官僚化した共産党――その様子は大島渚監督『日本の夜と霧』に描かれている――と、学生や労働者らの支持を集めるも平和革命絶対主義を崩さない社会党。そこに颯爽と登場した新たなるエースが新左翼であった。
 この切れる頭と勇猛果敢な精神と抜群の行動力をもつ若きエースが、社会党左派の大人たちの贔屓にあずかり、あり余るエネルギーと時間を持つ全国の学生たちの支持を集め、ベトナム戦争や日米安保延長に反対する世論の波に後押しされて、いっときは檜舞台に躍り出て時代の寵児と輝くも、思想や運動方針の違いからセクト化し、革マル派V.S.中核派に象徴されるように互いに憎み合い暴力団まがいの抗争(内ゲバ)を繰り返すようになり、市民を巻き添えにするゲリラ戦を行い、一転、党や世論に見放され、一般学生が離反し、孤立化していく。
 その先に待っていたのは、連合赤軍による「よど号ハイジャック事件(70年3月)」や「あさま山荘事件(72年2月)」といった世を震撼とさせる残虐非道であった。
 もはや、「世界平和と平等のための共産主義革命」といった文句が、「ポア(殺人)によって相手の魂を浄化させる」というオウム真理教の犯行動機さながらの狂言としか聞こえない。

 一方で、見ようによっては、新左翼は、ずるがしこく保身能力に長けた世間や大人たちに振り回された、純粋で理想主義の若者たちの悲劇という感がしないでもない。
 そこが、映画『アラビアのロレンス』のような栄光と挫折と破滅のドラマを思わせるのである。

 面白さのもう一つは、これまでソルティがあちこちで読んだり聞きかじったりしていた、あるいは記憶の底に埋もれていたこの時代(1960-72)の様々な固有名詞――人名、地名、事件名、流行歌、国際指名手配の写真、社会現象、世界のニュースなど――が、パズルのピースが埋まっていくように一つの絵となり、全体像が浮かび上がってくる快感があったからである。

 一例であるが、ソルティが小学一年の時に『老人と子供のポルカ』(1970年)という歌が流行った。
 左卜全という名の人の良さそうなヨボヨボのお爺さん俳優が、小さな子供たちに囲まれて、やや調子っぱずれなふうに、「やめてけ~れ、ゲバゲバ」と歌う。
 軽快なリズムで歌詞もメロディも覚えやすかったので、幼いソルティは意味も分からずよく口ずさんでいた。
 当時、大橋巨泉と前田武彦の『ゲバゲバ90分』というバラエティ番組が大人気で、火曜の夜にはいつも家族で観ていた。ナンセンスなショートコントやギャグ満載で、今思い返しても質の高いセンスのいい番組であった。
 ソルティは、左卜全と子供たちが『なぜ「ゲバゲバ90分」をそんなに嫌うのだろう?あんなに面白いのに・・・』と幼心に不思議に思ったのである。
 長じてから、ゲバとはゲバルト(ドイツ語 Gewalt 暴力)の略で、ヘルメットをかぶり角材を手にした若者たちのやっていた実力闘争のことだと知り、「左卜全は暴力反対を訴えていたのだ」と知るわけだが、問題はこの曲が発売されヒットした70年という年の意味である。
 1965年に慶応義塾大学から始まった学園紛争が他大学にも広がって、全共闘が結成され、東大闘争や日大闘争(日大の体質ってほんと今も変わっていない!)へと発展していく。と同時に、北爆によって残虐化していったベトナム戦争や70年の日米安保延長に向けて反対世論が高まっていく。
 このあたりは新左翼にとって追い風だった。
 それが69年1月に東大安田講堂が陥落、70年6月に安保条約は自動延長される。
 70年という年は、世間が「もうゲバはいい加減にしてくれ」と新左翼や学生運動家に対して最後通牒を突き付けた頃合いだったのだろう。
 それが「左」という名の76歳の明治生まれのお爺さんの口を借りてだったというのが面白い。
 この世間の声を無視して突き進んだ結果、新左翼は修羅へと転落していった。
 ちなみに、三島由紀夫の自決(自分に対するゲバルト)も70年11月である。

ダルマ夕日
高知県宿毛市名物・だるま夕日
(令和4年元日友人撮影)


 これら新左翼の運動とその後の日本社会への影響について、佐藤と池上はこう総括(という言葉も左翼用語であるが)している。

●佐藤の言 

 新左翼の本質はロマン主義であるがゆえに、多くの者にとって運動に加わる入り口となったのは、実は思想性などなにもない、単純な正義感や義侠心でした。そのために大学内の人間関係などを軸にした親分・子分関係に引きずられて任侠団体的になり、最後は暴力団の抗争に近づいていった。

 理想だけでは世の中は動かないし、理屈だけで割り切ることもできない。人間には理屈で割り切れないドロドロした部分が絶対にあるのに、それらすべて捨象しても社会は構築しうると考えてしまうこと、そしてその不完全さを自覚できないことが左翼の弱さの根本部分だと思うのです。

 正義感と知的能力に優れた多くの若者たちが必死に取り組んだけれど、その結果として彼らは相互に殺し合い、生き残った者の大半も人生を棒に振った。だから彼らと同形態の異議申し立て運動は今後決して繰り返してはいけない、ということに尽きると思います。

●池上の言
 日本人を「総ノンポリ」化してしまった面は間違いなくあったでしょうね。若い人が政治に口出すことや、政治参加することに対して大変危険なことだというイメージを多くの人が持つようになってしまった。

 80年代初期、ソルティが大学キャンパスの片隅で見かけた二つの勧誘団体――新左翼の残党と原理研。
 頭はいいが孤独で純粋でノンポリな若者たちを惹きつけたのは、いまや後者だったのである。 
 


おすすめ度 :★★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 本:『真説 日本左翼史』(池上彰、佐藤優共著)

2021年講談社現代新書

 左翼の歴史について大まかなところを学びたいなあと思っていたら、恰好な本が出た。
 『宗教の現在地 資本主義、暴力、生命、国家』(角川新書)で相性の良さを証明した池上&佐藤の博学コンビによる戦後左派(1945-1960)についての対談である。

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 今回も、池上の見事な手綱さばきに身をまかせるかたちで、青春時代に日本社会党を支える日本社会主義青年同盟(社青同)に属し、その後外務官僚となってロシア外交の主任分析官として活躍した佐藤優が、広い見聞と鋭い分析をもとにトリビアな知識もたっぷり、日本左翼史を概観する。
 佐藤の話が脱線したり拡散しそうなところで池上が本流に戻し、そこまでに出てきた概念を整理し、前後の脈絡をつけて、一つの歴史に編み上げていく。
 テレビ現場で鍛えた池上の編集力はさすがというほかない。
 「説」ではなく「説」と銘打っているところに、二人の自信のほどが伺える。

 革マル派、中核派、新左翼、セクト、ブント、樺美智子、重信房子、よど号ハイジャック、浅沼稲次郎刺殺・・・・・。

 折に触れていろいろなところで見聞きしてきたこれらの単語が、いったいどういった意味を持つのか、どういう影響を日本社会にもたらしたのか、ソルティはよく知らなかったし、率直に言ってあまり興味もなかった。
 戦後の左翼運動に一つの決着をつけたと言われる1972年の連合赤軍あさま山荘事件の時はまだ物の道理も分からない子供であったし、大学に入学してキャンパスの片隅で拡声器を手に演説やビラ巻きをしている活動家を見たときは“時代遅れ感”しか覚えなかった。別の一角で勧誘活動していた原理研(統一教会の学生組織)との区別もつかなかった。
 ソルティは他の多くの同世代同様に、ノンポリだったのである。

 その後、1989年のベルリンの壁崩壊や東欧諸国の民主化、とどめに91年のソ連消滅があって、「社会主義は終わった」という実感を持った。
 多くの日本人がそうであったろう。

 といって、「資本主義の勝利」とか「資本主義こそ正しい」と単純に思ったわけではない。
 利益追求、弱肉強食の資本主義は、何の規制も倫理もなければ、格差の増大や環境破壊や弱者の人権蹂躙などのゆゆしき問題を生むのは目に見えている。
 対抗概念としての社会主義が終わった今、「世界はどうなってしまうんだろう?」という懸念を持った。
 そのあたりから(30歳前後)ソルティは左傾化し、市民活動や人権支援などの運動に関わり始めたのである。

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ベルリンの壁


 本対談を通じて、日本の近現代史を「左派の視点」から捉え直す作業をしようと思った理由として、佐藤は次のように語っている。

佐藤 まず一つ目の理由として、私は「左翼の時代」がまもなく到来し、その際には「左派から見た歴史観」が激動の時代を生き抜くための道標の役割を果たすはずだと考えているからです。

 格差や貧困といった社会矛盾の深刻化(とくにコロナ以降)、アメリカに典型的にみられる民主主義の機能不全、北朝鮮や中国との戦争の危機・・・・。
 こうした脅威に対処するには、「格差の是正、貧困の解消、反戦平和、戦力の保持」といった問題で議論を積み重ねてきた左翼の論点が重要となるというのである。

佐藤 第二の理由は、左翼というものを理解していないと、今の日本共産党の思想や動向を正しく解釈できず、彼らの思想に取り込まれる危険があるということです。

 そう、今や旧社会党の末裔たる社民党は風前の灯火、一度は政権を奪った民主党の衣鉢を受け継ぐ立憲民主党も前回の選挙では票が伸びず、党首交代の憂き目を見ている。
 左派野党では共産党だけが元気なようで、昨今では格差社会に憤る若者の支持も増えていると聞く。
 ソルティも実は前回の比例区では共産党に入れたのだが、別に共産党を支持しているわけでも社会主義や共産主義を信奉しているわけでもない。
 右傾化(とくに安倍元首相周辺)の重しが増えて天秤のバランスが悪くなるのを防ぐために、反対側の皿に重しを置いているのだ。(たぶん、今のソルティの政治的位置は、左翼席の一番右あたりだろう。本書によれば「右派左翼=社会民主主義者」か)
 ソ連崩壊後の、かつ今の中国の実態を目の前にしての、日本共産党の位置づけというのがソルティには正直良く分からない。 

 実を言えば、共産党と旧社会党の区別も関係性もよく分かっていなかった。
 共産党が一番左、その右隣が旧社会党となんとなく思っていたのだが――というのも社会主義は共産主義に至る前段階と学校で習っていたから――本書によればそう事は単純ではないらしく、共産党より社会党のほうが過激な時代もあったという。(新左翼と言われる革マル派や中核派は、共産党より社会党左派とシンパシー感じていたとか)
  
 本書の帯には「左翼の歴史は日本の近現代史そのものである」と書いてある。
 戦後の日本人が出発点において、「もう二度と戦争はごめんだ!」、「国家主義や全体主義はいやだ!」、「飢えはもうたくさんだ!」というところから始まったことを思えば、大衆の中で社会主義に期待する声が高まったのも十分うなづける。
 ソ連の失敗はまだ表沙汰になっていなかったし、現在の中国や北朝鮮のありさまなど想像できるわけなかったろうし・・・・。
 日本の近現代の政体は、左に触れていた針がだんだんと中心に戻って、中心を過ぎて右に傾いてきた――っていう感じだろうか。

 それにしても、平和と平等の理想社会を目指した社会主義者や共産主義者たちが、思想や手段の違いから内部分裂を繰り返し、互いを批判し、内ゲバに至るありさまを読んでいると、結局、男というものは「自分のほうが上だ」のマウンティング体質から抜けきれないのだなあ、と慨嘆せざるをえない。
 猿山の猿か。
 これには右も左も関係ない。
 思想や理念の前にジェンダーの問題だ。

 日本でほぼ死語になっている社会主義(socialism)という言葉が、ヨーロッパのみならず伝統的に社会主義に対する抵抗感の強い米国においても、最近、頻繁に用いられるようになっている。日本でも近未来に社会主義の価値が、肯定的文脈で見直されることになると思う。
 その際に重要なのは、歴史に学び、過去の過ちを繰り返さないように努力することだ。日本における社会主義の歴史を捉える場合、共産党、社会党、新左翼の全体に目配りをして、その功罪を明らかにすることが重要だと私は考えている。
(佐藤優による「おわりに」より)

 次の対談では、学園紛争、70年安保闘争、あさま山荘事件などが語られる予定。
 発行が楽しみ。




おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● バブルの記憶 漫画:『夕凪の街 桜の国』(作画:こうの史代)

2004年双葉社

 『この世界の片隅に』が面白かったので、もう一つの代表作を借りてみた。

 こちらはずばり、著者の故郷である広島の原爆投下とその後の被害がテーマである。
 『この世界~』同様に、庶民の平凡な日常生活を描きながら、その中に見え隠れする戦争の災禍や傷痕をあぶり出していく。

 本作を読んで蘇った記憶がある。
 80年代後半のバブル華やかなりし頃、大学時代のゼミの友人(♀)の結婚式に出席した。
 都内の人気ホテルでの豪華な挙式であった。
 滞りなく式は進行し、新郎の会社(誰もがその名を知っている一流商社)の同僚である3人の若い女性が挨拶に立った。当時の流行りで3人とも黒いロングヘア、きれいに着飾っていた。
 順番に、新郎の知られざる社内外での微笑ましいエピソードを語り、祝辞を述べていくのだが、最後の一人がこんなことを言った。
「●●さんは、夏はサーフィンとテニス、冬はスキーと一年中アウトドアのスポーツマンで、いつも真っ黒に日焼けしているので、私たちはまるで被爆者みたいと言っていました」
 一瞬ドキッとし、会場がざわめくか静まるかと思いきや、新郎側のテーブル席からは笑い声が起こったのである。
 帰り道、一緒に出席したゼミの友人と、「もしかしたら、この結婚うまく行かないかもな・・・」とささやき合った。所属していたゼミの教授は広島出身で、我々は折々被爆者の話を聞いていたのである。
 数年して予感的中した。

 おかしな時代であった。



おすすめ度 :★★★

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★★    いい退屈しのぎになった
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● 本:『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(加藤直樹著)

2019年
ころから発行

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 少し前の記事で、加藤康男著『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』を取り上げて、自分なりに書かれている内容を検証し、著者の説く「虐殺否定説」がまったくのナンセンスであることを証明したけれど、ソルティがやるまでもなかった。
 
 『九月、東京の路上で』の著者・加藤直樹による徹底的な検証と反論が本書でなされていた。
 ソルティが目を付けた「関東大震災時の朝鮮人の被害者数に関する論理のほころび」もしっかりと記述してある。
 まあ、普通に読んで、まともに考えれば、中学生でも気づくようなへんてこりんな論理ではあった。

 ほかにも、加藤康男の著書のおかしな点が、具体的に証拠を上げて明確に述べられている。
 読者を馬鹿にするこすっからい手口の数々が、快刀乱麻、白日のもとに晒されている。
 これはもう勝負あった、というところだろう。

 二つの書を続けて読んで、まだ「朝鮮人虐殺はなかった」と主張する人がいるとしたら、その人は知性や理性や正義とは訣別した、ある種の“信者”というほかない。
 何を信仰するかはその人の自由だが、事実を歪めて世間に吹聴するのは迷惑千万。
 子供たちにも悪影響を及ぼす。
 自分が「〽わたしはやってない」教の信者だということを自覚してほしいところである。

なにかオウム

おすすめ度 :★★★★

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● 山吹と無名戦士 大高取山(376m)

 手元のガイドブックによれば、この山は「体力、技術」の初級レベル。
 かかとの骨折後のリハビリにはちょうどいいと思い、ハイキング気分で出かけたのだが、とんだ誤算であった。
 山登りのしんどさは、山の高さではなく傾斜によって測るべし――という黄金律を叩きこまれていたはずなのに、ガイドブックの甘言にだまされた。1000mを超える山でも、ここより楽なところはいくらでもある。
 思いがけない急斜面にすっかり息が上がり、下山後に生じた骨折部の痛みと足の引きずりは、翌日の今も続いている。
 それでもやっぱり・・・・・山はいい。

登山日 2021年10月20日(水)
天気  晴れ、風やや強し
行程
09:00 JR越生線・越生駅
    歩行開始
09:25 越生神社
09:45 世界無名戦士の墓(15分stay)
10:15 西山高取(262m、15分stay)
11:00 高取山頂上(376m、10分stay)
11:30 幕岩展望台(295m、30分stay)
12:50 桂木観音(10分stay)
14:00 オーパークおごせ
    歩行終了
所要時間 5時間(歩行3時間30分+休憩・見物1時間30分)
最大標高差 310m


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JR越生駅
埼玉県入間郡越生町にあり、越生線と東武東上線が乗り入れている
 朝のこの時刻、降りたのは4~5名

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なんと、越生は江戸城を築いた戦国の武将太田道灌の生誕地なのであった。
 落語にもなっている有名な山吹の逸話もここ越生が舞台とか。
 
 狩りに出た道灌がにわか雨にあい、雨具を借りに一軒のあばら家を訪ねたところ、娘が山吹の枝を差し出した。
 七重八重 花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞ悲しき
という古歌にかけて雨具はないと断ったのだが、道灌にはそれが分からない。家来に解説されて、「余は歌道に暗い」と反省し、のちに立派な歌人になった。
(佐藤光房著『東京落語地図』、朝日新聞社刊より抜粋)

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 山吹の品種のうち、昔から日本に栽培されている八重ヤマブキが実を結ばない
「実」と雨具の「蓑」をかけた駄洒落であるが、
じつはこの故事、後世になって作られたらしい


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 越生神社
八幡神社、日吉神社、八坂神社、稲荷神社などいくつかの神社が合祀されている
祭神は大物主命、すなわちオオクニヌシノミコトである
登山の無事を祈る

 車道を一登りすると、世界無名戦士の墓に着く。
 白亜の屏風のようなデザインが目を惹く。
 この階段、高齢者は登るのが大変だろう。

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越生町の医師長谷部秀邦氏が発起人となって昭和30年(1955年)に落成
第二次世界大戦で亡くなった世界60余か国251万の兵士を慰霊・追悼している
 展望塔からの景色は「これを見るためだけでも来てよかった!」と思うほど

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 右端に白く光る西武球場ドーム(所沢)から、新宿・池袋の高層ビル群、
スカイツリー、さいたま副都心、左端におぼろに霞む筑波山(茨城)まで、
関東平野150度を見渡すことができた

 墓の横手から山道に入る。
 ここからが険しかった。

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 西山高取
 木のベンチで一服
 ここから尾根までまた急登続き

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 石灰岩の露頭
チョークの原料である

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 高取山頂上

 着いた!

 ガイドブックでは眺望が得られないとあったが、東面の木々が伐採されて、正面に筑波山が丸見えであった。
 今日は昼食を持参しなかった。栄養補助食品をパリパリ。

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 山頂を離れ、眺望の良いという幕岩展望台に寄り道。
 が、眺望自体は無名戦士の墓にかなわない。
 昼食をとるには絶好の場所。

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 ベンチで30分ほど昼寝する。
 形を変えながら流れる雲をボーっと見る。
 こういう時間が自分には必要なんだと、つくづく思う。

 四国遍路を思い出させる鈴(りん)が聴こえてくる。
 と、やおら木々の陰から男が出現。
 最近山登りを始めたという71歳。心筋梗塞をやって健康の大切さに目覚めたとか。
 本日山中で会ったのは中高年男性ばかり5名であった。
 
 さあ、あとは下るのみ。
 が、足に負担がかかるのも、転倒して負傷しやすいのも、登りでなく下りであることも山登りの常識。
 ステッキを使って注意深く下山。


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桂木観音

 養老3年(719年)、紫雲に曳かれて当地を訪れた行基上人が、観音のお告げを受けて山中の大杉を用いて彫像したという伝説がある。
 無人の寺だが立派な鐘楼があった。
 生きとし生ける者の幸せを念じながら、一回撞かせていただいた。

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観音が降り立った山

 携帯はところどころ圏外。
 都会のIT生活で電磁波の溜まった身体を、杉木立がデトックスしてくれる。
 鳥のさえずりを耳に、馬の背を吹き抜ける秋風に身をまかせれば、ネット空間の浮薄さが募るばかり。
 真のリアリティは秋の里山にある。

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左右が崖となっている馬の背

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 昨今のグランピング&キャンプ流行を受けて開設された。
 もちろん、日帰り入浴もできる。
 岩露天風呂にゆっくり浸かって、足をもみほぐした。
 缶ビールとスナックを買い、リラックスエリアでくつろぐ。
 
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窓からの景色
紅葉時はきれいであろう

 無料送迎バスで越生駅に戻る。
 駅前広場には太田道灌の像が建っていた。

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大河ドラマ主演を狙っている
演じるとしたら誰かな?

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 越生駅のホームからすでに世界無名戦士の墓が見えていたのに気づく。
 “無名”とは、亡くなった兵士の名前が分からないという意味ではなくて、「位階を超越し、一切無名平等にお祀りする」という意味からの命名。
 すばらしい見識だが、やっぱり戦士の墓がないのに越したことはない。
 彼らは故郷の家族のもとに帰れなかったから、ここにいるのだ。
 
 七重八重 花は散れども 山吹の 身の一つだに なきぞ悲しき


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● 鍋の水は熱くなっている 漫画:『この世界の片隅に』(作画:こうの史代)

初出:双葉社『漫画アクション』2007年12月号~2009年2月号
2011年コミックス発行

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 昭和9年(1934年)から昭和21年(1946年)に亘る、広島県の海沿いの街に暮らす一女性、浦野すずと家族をめぐる物語。
 原爆の投下された昭和20年8月6日に向かって、そしてポツダム宣言受諾の8月15日に向かって、物資の不足に苦しみ、空襲警報におびえ、愛する家族や友人を戦火に失い・・・と、傍目には(現代日本から見ると)地獄のようなしんどい日々でありながらも、明るくドジでのんびりした主人公を中心に平凡でささやかな日常を営む庶民の姿が描かれる。
 北川景子、松本穂香をすず役としてこれまで2度テレビドラマ化され、2016年にアニメーション映画として公開された。ソルティ未見である。

 作者のこうの史代は1968年生まれなので、すずは作者の祖母世代にあたる。
 よく昔のことを調べて絵に描いていると感心した。
 まるで、さくらももこと『ちびまる子ちゃん』の関係のように、作者の子供時代の記憶をもとに描いた作品のように思えるほど、生き生きした実感と豊かなリアリティがある。
 『YAWARA!』、『MONSTER』、『20世紀少年』の浦沢直樹を柔らかく幻想的にしたようなタッチの画風も、温かみがあり読みやすい。
 ちょっと抜けていて絵をかくのが得意な主人公すずは、作者の分身なのではなかろうか。

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 このたびのコロナ騒動でつくづく思ったことの一つは、突如として非日常的な出来事がやって来ても、人はこれまで通りの日常生活をたんたんと続けようとし、いつのまにやら非日常を日常に取り込んでしまうのだなあ~、ということである。
 最初のコロナショックに見舞われた時こそ、戒厳令のようなものものしい空気が満ちて、街路や飲食店や列車から人が消え、宇宙服のような完全防備の通行人も見かけたものだが、人々が徐々にコロナウイルスの正味のリスクと予防手段を学び、繰り返される報道に飽き飽きしてしまえば、長年続けて習慣になっている日常生活が取り戻されていく。
 三度三度飯を食って、クソして、眠って、働いて、遊んで、人と会話して飲んで、家事をして、恋をして、ふられて、結婚して、出産して、子育てして、喧嘩して、仲直りして・・・・という日常生活(ルーチン)は腰の強いものだなあと思う。
 しばらく前までは、毎夕報告される感染者数の増加に蒼ざめていたものだが、最近ではなんだか「我々は数値をコントロールできる」という妙な自信さえ、世間に漂っている感がする。
「第六波よ、来るなら来い!」みたいな・・・・。
 むろん、ワクチンのおかげが大きいが。

 茹でガエル理論というのがある。
 水を張った鍋に入れられたカエルは、鍋が火にかけられて水の温度が次第に上がっても、そのまま鍋の中に居続け、しまいには熱湯で焼け死んでしまう。
 急に熱湯に入れられたら驚いて飛び出すが、水からはじめて、ぬるま湯、熱湯と徐々に慣らされていくと、逃げる機会を逸してしまう。
 それと同じように、日常生活の中に非日常的な事柄が少しずつ紛れ込んでくると、一時は違和感を持ちはするものの、日常の持つ強さがそれを飲み込んでしまい、非日常だったものが日常になる。免疫ができる。
 次は、最初より強度の高い非日常がやって来る。免疫のできた日常は、今度はそれをも飲み込む。より免疫が強くなる。
 そうやって、昔ながらの日常生活を送っているつもりが、気づかぬうちに、最初の日常とはまったくかけ離れた非日常の日々を不思議とも何とも思わないで送っている。
 戦時下の生活とはそんなものだったのではないだろうか?
 原爆が落とされたときに、玉音放送を聞いたときに、人々ははじめて、自分たちがはじめにいたところからずいぶん遠くまで来てしまったことに、国にだまされて連れて来られたことに、気づいたのではなかったろうか?

茹でガエル
 
P.S. 茹でガエル理論は俗説であって、実際にはカエルは鍋から逃げるらしい。



おすすめ度 :★★★

★★★★★
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● Q.E.D. 本:『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(加藤康男著)

2014年ワック株式会社

 関東大震災における朝鮮人虐殺を否定する意見が、昨今ネットを中心にかまびすしいと言うが、どうやら否定論の最大論拠になっているのがこの著書であり、否定論者の急先鋒がこの著者、加藤康男とその妻・工藤美代子であるらしい。
 加藤康男は1941年東京生まれの編集者、ノンフィクション作家。
 出版元のワック(WAC)は、1996年に設立された出版・映像制作などをメインとする会社で、高市早苗、ケント・ギルバート、渡辺昇一、山口敬之などの本や、月刊誌『WiLL』を発行している。


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 ソルティは、『関東大震災「虐殺否定」の真相』(渡辺延志著)および『九月、東京の路上で』(加藤直樹著)という虐殺“認定”論者の本を続けて読んできた。(虐殺“肯定”論者と言うと別の意味に取られかねないので、虐殺認定論者=「虐殺はあった」と認める立場をとる者、と定義する)
 否定論者 V.S.認定論者。
 喧嘩両成敗ではないが、ここは公平に反対側の意見にも耳を傾けるべきだと思って本書を借りた。
 「虐殺はなかった」という主張が果たしてどのくらい正当性があるのか、説得力を持っているのか、できるだけ虚心坦懐に読んで検討してみるのも一興と思った。

 先だっての記事で、この問題の論点を次のように整理した。
 関東大震災の直後、
 ① 朝鮮人による犯罪(放火、暴行、殺人、井戸に毒投入など)はあった
 ② 朝鮮人による犯罪はなかった
 ③ 日本人による朝鮮人虐殺はあった
 ④ 日本人による朝鮮人虐殺はなかった 

 これまでの共通認識は、「②犯罪はなかった」→「③虐殺はあった」である。朝鮮人による犯罪というデマに踊らされパニックになった一部日本人が、罪のない朝鮮人を虐殺したというものである。
 本書で加藤康男が主張しているのは、「①犯罪はあった」→「④虐殺はなかった」である。朝鮮人による犯罪――とくに日本の社会主義者と結びついた抗日運動家によるテロリズム――が実際にあったのであり、地域の自警団をはじめとする勇敢な人々は、不逞な朝鮮人や危険な社会主義者から地域や国を守るために止む無く武器を手に立ち上がった。それは断じて虐殺ではない、というものである。
 
 いずれの方角から調査しても、関東大震災時に日本人が「朝鮮人虐殺」をしたという痕跡はないのである。
 あったのは、朝鮮人のテロ行為に対する自警団側の正当防衛による死者のみである。


井戸


 加藤康男の論理を検討してみよう。

 まず、「④虐殺はなかった」について。
 「虐殺はあった」という証言がたくさんあり、歴史の教科書にも史実として載っている以上、新たに「虐殺がなかった」という論を立てて証明するためには、すでに発表されている数多くの「虐殺があった」という具体的な証言を一つ一つ反証を挙げて否定していかなければならないはずである。「虐殺がなかった」という目撃証言など集めようがないのだから、「虐殺があった」を否定するほかない。
 そして、“虐殺”を否定するためには、日本人による朝鮮人殺しが純然たる正当防衛であったことを証明しなければならない。つまり、殺した相手が「朝鮮人かつ犯罪者(テロリスト含む)」であったことを証明しなければならない。
 しかるに、本書ではまったくこの作業が行われていない。たとえば、『九月、東京の路上で』で挙げられている、どの朝鮮人殺害事例についても子細に検証すべく俎上に載せられてはいない。
 この時点ですでに、「④虐殺はなかった」説は宙に浮いている。

 次に、「①テロリズムを含む朝鮮人の犯罪があった」ことを証明するためには、具体的な目撃証言が必要である。
 これは別に、特定の地域に住む数人の証言といった限定的なものであってもよいと思うが、実在する人物(実名)による直接証言が必要であろう。匿名者の発言を載せた新聞記事や伝聞では駄目である。犯罪を立証するのに、新聞記事や伝聞情報を証拠に上げる検察などいない。
 だが残念ながら、ここでも納得いく証明はなされていない。
 朝鮮人の犯罪として著者が挙げる事例は、新聞記事や伝聞情報ばかりで、実名と所属を出して「私は見た!」とはっきり語っているケースが見出せない。

 思うに、政府による戒厳令が敷かれた震災直後なら、あるいは治安維持法(1925年~)があった戦前・戦中までなら、顔と名前を出して目撃証言する者がいなかったことは理解できる。
 しかし、表現の自由が認められた戦後になっても、震災時における「朝鮮人の犯罪」の目撃証言が一つも出てこないのはおかしなことである。(逆に、「朝鮮人虐殺」の目撃証言は次々と出てきたのに・・・)
 とりわけ、著者が言うような「国家転覆(昭和天皇暗殺)を狙ったテロリズム」という大謀略があったのなら、なおさら証拠文書や証言記録が歴史研究者あたりから上がってきそうなものである。
 ここでもまた、「①朝鮮人の犯罪はあった」は証明しきれていない。

 念を入れて証明して然るべき2つのポイントをさらりとかわして、その代わりに著者が紙幅を費やしているのが、大正時代の朝鮮半島の情勢説明であり、社会主義者と結託して抗日運動する過激な朝鮮人テロリストたちの暗躍ぶりである。
 「日韓併合して天皇陛下の恩恵のもと朝鮮の近代化を推し進めてあげたのに、それに反発して独立を叫ぶ、ましてや抗日運動するなんてけしからん!」という著者の憤懣がみなぎっている。
 朝鮮人テロリストの無節操と恐怖を読者に伝えようという心積もりからの記述なのだろうが、ソルティは逆効果と思った。
 どこの国の民衆が、国体と自治権と伝統ある王朝を奪われて黙ったままでいられるだろうか?
 「朝鮮人の犯罪」に対して武器を持って闘うのが正当防衛ならば、日本人の「乗っ取り」に対して武器を持って闘うのも正当防衛と言えないだろうか?


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李氏朝鮮第4代国王世宗(セジョン)
Y.H LeeによるPixabayからの画像


 さらに、本書において著者が「朝鮮人虐殺はウソっぱち」とする決め手として自信満々打ち出しているのは、震災時の在日朝鮮人の人口に関する検証である。
 曰く、「虐殺認定論者は、虐殺された朝鮮人の数を、2607人とか6419人とか2万人以上とか言っているけれど、当時東京近辺にいた朝鮮人の数から推察してみれば、それが見当はずれな大風呂敷なのは明らかだ。だから虐殺認定論は成り立たない」というのである。
 この具体的な数字を上げての証明は、伝聞や新聞記事とは違って科学的で実証性が高い手段と思えるので、どんなものかちょっと紹介したい。

 まず、著者は震災当時、もっとも被害が大きかった東京や横浜にいた朝鮮人の数を9800人と推定する。この数値が正しいかどうかは正直わからない。もっと多かったという説もある。ただ、ここでは数字が問題ではなく、著者の論理の進め方が興味深いので、数値の正確さにはこだわらないことにする。
――A.9800

 次に、震災で亡くなった朝鮮人の数を1960人と推定している。これは、震災時の日本人の死亡率は15%だが、在日朝鮮人は一概に貧しくて、壊れやすく燃えやすい家に住んでいたであろうから、日本人より5%高く見積もって死亡率20%とし、総数の9800人に0.2を掛けた数値である。
――B.1960

 次に、暴徒化した日本人の見境ない攻撃から朝鮮人を保護するために、軍や警察は急遽、各地の収容所に朝鮮人を連行した。その数は6797人と分かっている。
――C.6797

 A-(B+C)=1043人

 すなわち、京浜地区において虐殺された(とされる)朝鮮人の数は、最大値を取ったって1000人がいいところで、虐殺認定論者の上げる数値には全然届かない。(著者は、この1000人のうち800人程度がテロリストだったと決めつけている)
 
 当時、在日した人口から、彼ら(ソルティ注:虐殺認定論者)の言う「虐殺」人数を引けば、震災による朝鮮人の死者はゼロになってしまう。その一点に誰も目を向けてこなかったのが、この九十年だった。


 金田一さん、見事な推理です!
 と拍手を送りたいところだが、この計算には奇妙な点がある。
 関東大震災の被害の90%を占めたのは、東京市(いまの東京23区)と横浜市であった。当時の両市の人口はあわせて262万人。うち死亡者(行方不明含む)は約9万5千人。死亡率は3.6%になる。
 これは著者の用いた日本人の死亡率15%には程遠い。
 15%という数字は一体どこから出てきたのだろう?

 答えは簡単。
 死亡率は地区によって大きな開きがあるのだ。同じ東京市でも、岩盤の硬い山の手と、海に近く人口密度の高い下町とではまったく被害の大きさが異なった。15%というのは、もっとも被害の大きかった本所区(現在の墨田区の南部)、深川区(現在の江東区の北西部)を合わせた数値なのである。
 著者が死亡率15%(さらに朝鮮人バイアス載せて20%)に設定したのは、この両区に朝鮮人が多く住んでいたからと言う。
 だが、9800人の朝鮮人の何%が両区に住んでいたのか、震災の起きた日中の就業時間帯に何人が本所と深川にいたのか、そこは検討されていない。
 朝鮮人9800人全員がゲトーのように両地区に起居し働いていたということが前提にならなければ、全数に0.2を掛けるのはナンセンスである。
 いや、ソルティも当時、朝鮮人がどこに住み、どこで働いていたかなんて知らない。
 ただ、震災当時、京浜地区のすべての在日朝鮮人が両区にいたなんてあり得ないだろう。B.1960はもっと少ない数値になるはずだ。

 そもそも、「朝鮮人が襲撃する」というニュースは9/1の震災当夜、横浜から始まったという。
 著者自身、横浜における目撃者の談話として、「不逞の鮮人約二千は腕を組んで市中を横行し、略奪をほしいままにするは元より、婦女子二、三十人宛を拉し来たり随所に強姦するが如き非人道の所行を白昼に行ふてゐる」と書かれた新聞記事(9月5日付、河北新報)を、朝鮮人テロの証拠の一つとして上げている。
 この2000人の朝鮮人は、いったいどこから湧き出したというのだろう? 
 阿鼻叫喚の本所と深川から、一瞬にして横浜にテレポーテーションしたのか?
 
 とてもとてもこの論理では、ミステリー読書歴40数年、読破数百冊のソルティは説得され得ない。

Q.E.D.(証明終わり)

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ウチのかみさんも納得しませんよ!
PrawnyによるPixabayからの画像画像
 


おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 日本人だけじゃない? 本:『九月、東京の路上で』(加藤直樹著)

2014年、ころから発行

 「九月、東京の路上で」何があったか?
 日本人による朝鮮人・中国人のジェノサイド(大量虐殺)があった・・・・。
 約100年前(1923年)の話である。

 本書は、リアルタイムで現場を見た人々の証言に、周辺状況が把握できる解説を付け加えて、時系列に並べたものである。
 取り上げられている場所も、品川、四ツ木、神楽坂、上野公園、池袋、高円寺、熊谷、寄居、習志野など、東京・埼玉・千葉と多所に亘っている。
 表紙の絵は、関東大震災直後に小学4年生が描いたもので、一人の朝鮮人を武器を持った日本人が大勢で追跡しているところらしい。

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 本書を読んでいる間、ソルティの気持ちは深~く落ち込んだ。鬱がぶり返すのではないかと思ったほど。
 震災時の朝鮮人虐殺の話は、これまでもあちこちの本で読んでいた。が、単発だったので全体像は見えなかった。
 本書のようにまとまったものを読むのは初めてであった。
 結果、「ジェノサイド」という言葉が決して誇張ではない様相に、ショックを受けた。

 日本人ってなんだろう?
 なんという残虐な国民なのか?
 なんと附和雷同しやすいメンタルか?

 落ち込みの理由は自虐的気分におちいったからである。日本人というアイデンティティに誇りを感じられなくなりそうだったからである。

 いやいや、日本人だけではない。デビ夫人亡命後のインドネシア人だって、ポル・ポト政権下のカンボジア人だって、奴隷制時代のアメリカ人だって、ベトナム戦争時の韓国人だって、一介の庶民による庶民への虐殺行為はあったはず。特別なことじゃない。

 そう考えて気をとり直したけれど、それはまったく言い訳にも説明にもならないことは自明の理であった。
 
 夜は又朝鮮人のさはぎなので驚ろきました。私たちは三尺あまりの棒を持って其の先へくぎを付けて居ました。それから方方へ行って見ますと鮮人の頭だけがころがって居ました。わすれたがあのだいろくの原と云ふ所は二百人に死んでいたと云ふことであった。
(横浜市高等小学校1年【現在の中学1年】女児による作文)

 子供たちも含めリアルタイムを生きた人々の証言は、生々しいまでに率直で、映像喚起力があり、作為的なところがない。
 本書には、芥川龍之介や折口信夫や千田是也など著名人の証言も載せられている。
 これだけの証言を前に、「虐殺はなかった」と言うのは自己欺瞞としか言いようがない。
 罪に罪を重ねるような破廉恥は止してほしいものである。

 著者は、「虐殺はなぜ起こったか」という章を設けて、次のように考察している。

 突然の地震と火事ですべてを失った人々の驚き、恐怖、怒りをぶつける対象として、朝鮮人が選ばれたのだろうか。

 だがそうした感情をぶつける対象として朝鮮人が選ばれたのは、決してたまたまのことではない。
 その背景には、植民地支配に由来する朝鮮人蔑視があり、4年前の三一独立運動以降、日本人はいつか彼らに復讐されるのではないかという恐怖心や罪悪感があった。そうした感情が差別意識を作り出し、目の前の朝鮮人を「非人間」化してしまう。そして防衛意識に発した攻撃が「非人間」に対するサディスティックな暴力へと肥大化していったのだろう。

 しかし、庶民の差別意識だけでは、惨事はあそこまで拡大しなかった。事態を拡大させ、深刻化させたのは治安行政であり、軍である。

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1906年サンフランシスコ大地震(M7.9)の情景


 「まえがき」によると、本書が生まれたきっかけは、朝鮮人が多く暮らす新大久保(新宿区)に生まれ育った著者が、2012年から始まった在特会(在日特権を許さない市民の会)によるヘイトスピーチを目にし、怒りを感じ、抗議行動に参加したことにある。
 2000年代に入ってからの石原慎太郎都知事による「三国人」発言、在特会の活動、ネットにあふれる嫌韓コメント・・・・、関東大震災で朝鮮人ジェノサイドを引き起こした“空気”は今もこの国に漂っている。

 関東大震災は過去の話ではない。今に直結し、未来に続いている。 

 然り。
 ソルティも、今回のコロナ禍で各地で起こった感染者差別や風評被害、秋篠宮長女の結婚に対するバッシングの嵐を鑑みるに、「日本人は変わっていない、変わらない」とつくづく思う。
 一言で言えば、日本人の国民性のネガティヴな面の一つは、「匿名を隠れ蓑にしたいじめ体質」である。

 いや、日本人だけじゃない日本人だけじゃない日本人だけじゃない・・・・。
 虚しく繰り返す秋。


P.S. 関東大震災時に千葉県福田村で起こった香川の行商グループ虐殺事件を、森達也が映画化するという。震災100周年の2023年公開を予定している。
 


おすすめ度 :★★★

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● 地獄のアルゴリズム 本:『虐殺器官』(伊藤計劃著)

2007年早川書房

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 近未来戦闘SF。

 世界各国の要人の暗殺を任務とする米国の青年シェパード大尉は、“虐殺の王”という異名を持つ同国人ジョン・ポールの捕獲指令を受ける。
 ジョン・ポールは元は国防総省で言語の研究をしていた人間であったが、サラエボで妻子を核爆弾で失ったのがきっかけで、以後、後進諸国の中枢に入って不穏な動きをするようになった。彼が行くところ、必ず政治は乱れ、内戦や民族虐殺が勃発する。
 戦闘員として育てられた少年少女をはじめとし、なんら躊躇いも感情もなしに敵を撃ち殺すことに長けたシェパード大尉は、自らの麻痺した良心をいぶかしみながら、ジョン・ポールの行方を追う。

 印象としては、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』(原作はジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』)へのオマージュといった感じ。
 シェパード大尉=ウィラード大尉(=マーティン・シーン)、ジョン・ポール=カーツ大佐(=マーロン・ブランド)である。
 違いとしては、『地獄の黙示録』の舞台は大国間(冷戦下の東西)の覇権争いを背景とするベトナム戦争で、戦車や銃や爆弾といった20世紀の武器が使用されていた。
 一方、『虐殺器官』においては先進大国間の争いはすでに終焉し、対テロの闘いが中心となっている。大国はいまや戦争を民間委託できる経済行為の一つのごと扱っていて、そこで使用される輸送機や装備や武器はIT技術や工学の進歩により、味方の安全性と敵に対する殺傷力のいずれもが最高度に発揮されるよう計算された効率の良いものになっている。
 つまり、一方には個人のプライバシーや自由と引き換えに得た高度のITセキュリティと物質的豊かさを享受するポストモダン的アルゴリズム社会があり、逆の一方には昔ながらの搾取と貧困と独裁と民族対立に苦しむ伝統的アナログ社会がある。前者は後者を搾取する。
 『ひとはなぜ戦争をするのか』の解説で養老孟司が「テロリズムの正体」として指摘していたのはまさにこれで、ポストモダン的アルゴリズム社会に対する伝統的アナログ社会の憤懣がテロとして立ち現れるというのである。まともに闘ったら敗けるのは明らかだから・・・。
 その点で、本作は近未来SFとは言いながら、もうほぼ現代世界そのもの。現代世界の誇張描写による戯画化といったほうがふさわしいかもしれない。

 そのような世界の中で、ジョン・ポールはなぜに後進諸国を渡り歩いて虐殺を準備するのか?
 どういった手段でもって人心を操り、虐殺への道をつけるのか?
 その動機とトリックがなかなか興味深い。
 
 著者の伊藤計劃は本作が作家デビュー。
 武器一般や脳科学や国際政治に関する専門知識が必要であろう本作を、たった10日で書き上げたというから凄い。
 ミリタリーオタクだったのかもしれない。
 「だった」と過去形にするのは、34歳でガンで亡くなっているからである。
 自らの命の限りを見続けていたことが、本作に見られるような哲学性を生んだのかもしれない。



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● 本:『関東大震災「虐殺否定」の真相』(渡辺延志著)

2021年ちくま新書

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 およそ100年前の1923年9月1日に起きた関東大震災の直後、混乱に乗じた朝鮮人が暴動を起こし、「建物に放火した」、「井戸に毒を入れた」、「婦女を暴行した」、「各地でダイナマイトを手に破壊活動を企んでいる」といったデマ(流言)が飛びかった。デマを信じた一部の日本人らは徒党を組んで、朝鮮人を見かけるやこれを捕らえて虐殺した。

 ――というのが、これまで一般に言われてきたところである。
 ソルティも、いつからか、あるいはどういった媒体からかは覚えていないが、この言説に接し、「そんな酷いことがあったのか」と歴史的事実の一つとして神妙に受けとめてきた。
 住井すゑのベストセラー『橋のない川』にはそのあたりの記述が見られるし、筒井功の『差別と弾圧の事件史』にも香川の行商が朝鮮人と間違われて虐殺された福田村事件(千葉県)が取り上げられている。1997年阪神・淡路大震災のときも、2011年東日本大震災のときも、「決して繰り返してはならない」教訓として、この話題が再燃したのを覚えている。
 しかるに、近年、「朝鮮人のかかる犯罪はデマではなく実際にあった」、「日本人による朝鮮人虐殺の事実などなかった」という意見が出回っているそうである。特にインターネットで顕著らしい。
 ソルティはそういったサイトには立ち寄らないのでよく知らないが、「南京大虐殺はなかった」、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」に続いて出てきた、国粋主義的な価値観を持つ人たちの「なかったことにしたい」シリーズの新しいトピックという印象をもった。
 次はきっと、「731部隊はなかった」あるいは「福島第一原発事故はなかった」あたりだろうか・・・・。
 いずれにせよ、「国際社会がまともに相手にするはずはない」と思っていたのだが、本書によると、米国ハーバード大学のマーク・ラムザイヤー教授が関東大震災を取り上げた論文を書き、それが英国ケンブリッジ大学出版局が刊行する本に掲載されることになった。その中でラムザイヤー教授は、「朝鮮人による犯罪はあった」、「日本人によって殺された朝鮮人の数は言われているほど多くなかった」と論じているという。
 発行のあかつきには、国際的権威に基づく意見として流布するのは想像に難くない。
 ちなみに、同教授は2018年安倍政権時代に旭日中綬章をもらっている。

ケンブリッジ大学
ケンブリッジ大学


 本書は、このラムザイヤー教授の論文に対する検証がきっかけとなって生まれたものである。
 著者の渡辺延志(のぶゆき)は元朝日新聞記者で、明治以来の日本と朝鮮半島の関わりを調査し、『歴史認識 日韓の溝』(ちくま新書)という本を書いている。
 渡辺は、ラムザイヤーの主張の論拠となっている関東大震災直後の各紙新聞記事を丹念に探し集め、震災取材経験を持つ同業者の目でそれを読み解き、当時の国際状況や国内事情も視野に入れ、「朝鮮人の犯行」に関する公式調査による報告書にも当たりながら、“実際に起こったであろうこと”を再構成している。
 マグニチュード7.9、死者・行方不明10万人以上、全壊家屋10万棟以上という未曽有の災害の凄まじさ、逃げ惑う人々の混乱とパニック、交通機関や電話など連絡手段が断たれた中での危険きわまりない困難な取材と他社より一刻も早い報道に命を懸ける記者たちの姿、そしてどこからともなく現れたデマとそれに踊らされ常軌を逸した行動に走る者たち・・・。
 パニック&ホラー映画を観ているようなサスペンスと衝撃に、海千山千の新聞記者ならではの鋭い洞察と解析が光る社会派ミステリーの味わいが重なる。
 ページをめくる手が止まらなかった。
 
 仙台駅における水も漏らさぬ警戒ぶりは物凄いほどで、列車の着するごとに鮮人は居らぬかと鳶口(とびぐち)、棍棒を持った自警団員がホームに殺到して目を光らし、少しでも怪しいと見ればこれを取り囲んで打倒せんとする有様で仙台駅頭は殺気漲っている。民衆の興奮はもっともながら、群集心理の附和雷同から無闇矢鱈に騒ぎ廻り、何等罪なき良民を傷つくるが如き行為は謹まねばならぬ。現に鮮人と思い誤られた立派な日本人が群衆の威嚇に極度に恐怖し逃走したとして、朝鮮人だ殺して了いと喊声(かんせい)を揚げて追いまくり、一名は警察官が身をもって保護し事なきを得たが、他の一名は何者かに鳶口を背部に打込まれ二ヶ所に重傷を負い、中央篤志会の手当を受けて仙台座に収容された。
(『河北新報』に掲載された9月5日前後の避難民の目撃談) 

鳶口
鳶口(とびぐち)

 
 著者は、ほかならぬ新聞報道が「朝鮮人の犯罪」というデマを積極的に広め、それを読んだ人々に事実と思わせてしまったことを検証する。
 いわゆるフェイクニュースだ。
 
 だが、新聞記者としてその場に自分がいたならと考えると、やはり同じような記事を書いただろうと思えてならない。聞いた話の内容が本当に事実なのかを確認する手段はない。だが、語っている人たちに嘘をつく理由が考えられない。数多くの人に話を聞けば聞くほど、内容は似通っている。全国どこの新聞であっても、一本でも多くの記事を載せたいという段階だった。
 
 一方、このフェイクニュースには2種類あり、震災直後の報道陣が事実を確認しないままにデマを信じて流した“早とちり”によるもの以外に、官から意図的に流されたものもあったことを突き止める。
 震災から少したって、朝鮮人虐殺のニュースが国際問題となりつつあるのを懸念した政府は、意図的に震災直後の朝鮮人の犯罪を捏造し、マスコミを通じて世にリークしたのである。
 それは、「日本人による朝鮮人虐殺は不可抗力あるいは正当防衛であった。なぜなら、朝鮮人が最初に不届きな事件をあちこちで起こしたから」という体面(言い訳)をつくるためであった。
 このあたりは今日まで続く権力による情報操作の闇を感じさせる。
 
 ともあれ、「朝鮮人の犯罪」というフェイクニュースは悲しいことに広まっていった。
 しかし、それがただちに「相手かまわぬ朝鮮人の殺戮」という非道につながったのには、なにかしらの理由が必要だろう。上の引用にみるように、武器を持たない単独の朝鮮人(と間違えられた日本人)でさえリンチの対象となったのだから。百歩譲って、朝鮮人に恐怖や怒りを覚えたとしても、ただ捕まえて縛っておくだけでは済まなかったのだから。
 なぜ、虐殺は起こったのか?
 中心となった自警団員とはどういう人たちだったのか?
 ここでは詳らかにしないが、渡辺の説にはソルティを震撼とさせるものがあった。

軍人墓地


 最後に、この問題の論点を単純化して整理する。
 関東大震災の直後、
  ① 朝鮮人による犯罪(放火、暴行、殺人、井戸に毒投入など)はあった
  ② 朝鮮人による犯罪はなかった
  ③ 日本人による朝鮮人虐殺はあった
  ④ 日本人による朝鮮人虐殺はなかった 

 震災直後に大方の人々が抱いたのは、①→③である。各新聞社が「無責任に」、政府が「意図的に」流した情報もこの道筋に拠るものであった。つまり、「③虐殺」は、「①犯罪」に対する正当防衛だという見方である。
 その後、①は公式に否定された。
 以降、ソルティはじめ大方の日本人が学んできた常識は、②→③である。つまり、「③虐殺」は、デマを信じ込んだ日本人の愚行であった。渡辺もまたこの前提に沿って本書を記している。
 ラムザイヤー教授が約一世紀後の今になって突如として言い出したのは、よもやの①→③への逆戻り。しかも、「③虐殺」を矮小化するニュアンスを打ち出している。
 そして、最後にネットを中心に近年見かけるようになったのが、①→④である。「なかった」ことが問題化し100年間語られてきたというアクロバティックな理屈。(ここまで来たら、②→④まであと一歩。頑張れ!)
 
 もっとも、ソルティも当時そこにいたわけではない。
 自分が②→③という図式を常識と思うようになったのは、活字やテレビや伝聞など他者によって作られた情報がもとで、自分の目や耳で確かめた事実ではない。
 多かれ少なかれバイアスがかかっている。
 本書もまた、著者の渡辺が“元朝日新聞記者”ということが一つのバイアスと取られる可能性大である。
 人は、自分の見たいものを見るし、信じたいものを信じる傾向がある。
 渡辺自身もまた、本書「おわりに」でこう記している。
 
 社会に力を持つフェイクニュースとは単なる嘘ではないことを思い知った。多くの人々が信じて疑わない嘘なのだ。社会や人々の中に、信じ込む背景が、待ち望む思いがある嘘だといえるのかもしれない。
 
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P.S. ラムザイヤー教授の論文だが、その後、ケンブリッジ大学出版当局から改訂の要求を受けて大幅に書き直したそうだ。関東大震災に関する部分はほとんど削除したらしい。なんだよ!




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