ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

反戦・脱原発

● 三國連太郎、絶賛! 映画:『三たびの海峡』(神山征二郎監督)

1995年松竹配給
123分

 原作は帚木蓬生の同名小説。
 終戦までの日韓併合下、朝鮮から強制的に連れてこられ、筑豊炭田で奴隷のようにこき使われた朝鮮人の物語。
 『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』でも言及されている史実である。

 主演の三國連太郎は本作の演技で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲っている。
 「それも当然!」と大いに頷ける渾身の演技で、最初から最後まで三國の表情、喋り、一挙手一投足に魅入られてしまう。
 このレベル、『サンダカン八番娼館』の田中絹代に匹敵する。
 『飢餓海峡』、『切腹』、『親鸞 白い道』、『利休』、TVドラマ『赤い運命』の島崎など、三國には数々の名演、代表作があるけれど、本作の演技が役者人生の一つの頂点をなしているのは間違いあるまい。
 ここに至るには、佐藤浩一もまだまだ伸びしろがある。

 80年代後半にアイドル四天王と言われた南野陽子が、思いがけず、素晴らしい。
 朝鮮人の若者を愛する積極的な後家さんにして、生まれながら二つの祖国をもつことになった男児を女手一人で育てる気丈な母親を、美しくも艶やかに演じている。
 アイドルの演技では全然ない。

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ラブシーンを演じる南野陽子
色っぽいのナンノ・・・
 
 筑豊炭田で朝鮮人をこき使う冷酷無比なる日本人監督に隆大介が扮している。
 ふてぶてしい面構えと鋭い眼光、187㎝のいかつい体躯はまさにはまり役で、作品にリアリティを与えるに十分な存在感を放つ。
 が、ウィキによれば隆大介は在日コリアンだったらしい。
 どのような心境から演じていたのか興味深い。
 
 ほかに永島敏行、樹木希林、白竜、林隆三がしっかりと脇を固めていて、作品の質の高さを担保している。

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父と子の再会シーンにおける林隆三と三國連太郎 

 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 遊び心あるかあ! 映画:『真空地帯』(山本薩夫監督)

1952年新星映画社
129分、白黒

 原作は野間宏の同名小説。
 反戦映画であるが、舞台となるのは激しい戦闘が繰り広げられる外地の戦場ではなく、初年兵などの軍事教練の場である大阪の兵営である。
 野間宏も山本薩夫監督も従軍経験があり、実体験に基づいた迫力ある描写に慄然とさせられる。
 真空地帯とは、一般社会から隔絶された軍隊の謂いである。

 きびしい規律と上下関係に支配された軍隊内に日常的にはびこる暴力や私的制裁(リンチ)、閉鎖された環境で起こる洗脳や群衆心理、利権がらみの組織の腐敗などをリアルに描いて、軍隊という組織の怖ろしさを暴いている点では、大西巨人の小説『神聖喜劇』と双璧である。
 ものの本によると、大西は野間の『真空地帯』を批判し、両者の間で激しい論争が繰り広げられたとか。
 ソルティは、それぞれの作品を映画とコミックとでしか触れていないのでいい加減なことは言えないけれど、戦争や国家主義という共通の敵を前にして論争しなければならないほどの大きな違いがそこにあるとは思えなかった。
 「自分こそ正しい」という固執こそが不和と戦いの種であろうに、まったく男ってやつは・・・・。
 戦争の一番の原因はマウンティングしたがる男(♂)の本能にあるとソルティは思っている。
 男の頭の中には理性がすっ飛んでしまうような真空地帯があるのだ。(むろんソルティにも)
 まあ、机上で論争できるのは世の中が平和で表現の自由があるからこそ。
 そこを忘れない遊び心が肝要である。

 主役で刑務所帰りの木谷一等兵を演じるは木村功。
 なんだか誰かに似ているなあと思いながら観ていたが、歌手の長渕剛だ。
 内向する生真面目さと暗い眼差しは、島崎藤村『破戒』や三島由紀夫『金閣寺』の主人公にも合っていたと思われる。(どちらも雷様こと市川雷蔵に取られてしまった)
 木谷の唯一の理解者であるインテリ一等兵を演じるは下元勉。
 繊細な表情が印象に残る好演。
 木谷が刑務所に収容されるきっかけをつくり、のちに復讐される林中尉を加藤嘉が演じている。
 このとき嘉さん39歳、彫りの深い外人のような風貌。
 年齢相応の役は珍しいのではないか。
 
 加藤嘉と下元勉には驚くべき共通点がある。
 二人とも大女優・山田五十鈴の亭主だった。  
 
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加藤嘉と木村功



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● 小松左京の教え 映画:『復活の日 VIRUS』(深作欣二監督)

1980年角川春樹事務所/TBS制作
156分日本語、英語、ドイツ語
 
 〽イツ ノッ ツレート ツスターラゲーン(It’s not too late to start again)

 ――というジャニス・イアンの主題歌が耳に残る小松左京原作のスペクタクルSF映画。
 40年前に観たきり、すっかり内容を忘れていた。
 人類が破滅し、生き残った一組の男女(草刈正雄とオリビア・ハッセ―の超美男美女カップル)が砂浜で再会するという感動のラストシーンは覚えているが、「そもそもなぜ人類は破滅に至ったか」を忘れていた。
 今回見直して、映画のサブタイトル(英語版タイトル)に VIRUS とあったことに気づいた。
 そう、致死性ウイルスが原因だったのだ。

 時は東西冷戦たけなわの1982年、生物兵器として某国で造られたウイルスMM88が輸送途上の墜落事故で漏出してしまい、その地域の動物から人へ、人から人へ、国から国へと感染し、またたくまに全世界に広がって、35億(当時の世界人口)の人間とほとんどの脊椎動物の命が奪われていく。
 わずか数ヶ月で、南極大陸の各国基地で働く約800人をのぞいて、人類とその文明は滅亡した。MM88はマイナス10度以下で不活性化するのである。
 生き残りをかけて連帯し、ワクチン開発やたった8名の女性頼りの種の存続計画など、新たなルールのもと奮闘する極地の人々であったが、脅威は終わっていなかった。
 生命のいなくなった不毛の大国アメリカのホワイトハウス地下では、愚かな軍人官僚によって解除設定された核ミサイルの自動報復装置が、地震によって作動し、ソ連を含む世界中に核ミサイルが撃ち込まれてしまう。
 連動するようにソ連の自動報復装置も起動し始める。
 標的の中には南極も入っていた。

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草刈正雄放浪中のこのシーンが有名だった


 原作は今から半世紀以上も前の1964年に刊行されている。
 前半はまさに新型コロナウイルスの発生とその猛威を予言していたかのような展開。
 緒形拳演じる医師や多岐川裕美演じる看護師たちが、際限なくやって来るMM88感染者の対応に身も心も疲れ果てて、仕事場である病院の休憩室でへたばっている場面は、現在のコロナ専門病棟もかくやと思わせる。
 MM88の主症状が肺炎であるというのも恐ろしさを煽る。

 映画史上初の南極大陸ロケ、多数の外国スター含む豪華キャスト実現、メインのセリフは英語、山となった死体に覆われた都市の風景、エキストラ大量動員のパニックシーンなど、並大抵でない予算と手間ひまがかかったであろう。
 この小説を映画化するために会社を継いだという角川春樹の意気込みと、ヤクザ映画でアクションシーンや大人数を動かす腕を鍛えた深作欣二監督の底力を感じる作品である。
 エンターテインメント性も十分で、156分という長さを感じさせない。

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南極ロケ


 どうしても気になってしまうのは、主役の草刈正雄の演技。
 ジョージ・ケネディ、グレン・フォードなど並いる外国ベテラン役者の中に混じって、観ているこちらが恥ずかしくなる稚拙さ。
 うっかりすると、人類滅亡という作品の深刻なテーマと黙示録的ムードを破壊しかねないレベル。
 アイドルばりの端正な美貌と爽やかすぎる笑顔が、かえって仇となっている。
 「人類が破滅したのに、白い歯見せて笑ってるんじゃないよ」と思わず突っ込みたくなる。
 もちろん、今や堂々の実力派人気俳優の一人であるのは知っての通り。
 当時の草刈の人気の高さと外人に引けを取らない身長の高さ(185㎝)が、この抜擢の理由だったのだろう。
 あるいは、80年代は華のある若手男優の払底期だったのかもしれない。
 
 オリビア・ハッセ―は日本人に人気の高い女優であった。
 白い肌にストレートな黒髪の美しい、バタ臭くない清楚な容姿もさることながら、歌手の布施明を亭主に選んでくれたことで、日本男性に潜む外人コンプレックスを払拭する働きをしてくれた。 
 ソルティは、フランコ・ゼッフィレリ監督の『ロミオとジュリエット』(1968)が忘れられない。
 映画史上最高のジュリエットであろう。

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オリビア・ハッセ―と草刈正雄
 
 半世紀前に観たときから、ジャニス・イアンの歌う主題歌「ユー・アー・ラブ」の歌詞の最後が不明であった。
 英語ではないらしく、“トューザ キムシャ”とか聞こえるのだ。
 今回調べてみて、Toujours gai mon cher というフランス語と分かった。
 直訳すると、「いつも元気に、愛する人よ」
 「お元気で」「お達者で」といったところか。 

 ウイルスは確かに怖い。
 だが、もっと怖いのは人と人、国と国との不信や憎み合いや理性の喪失である。
 小松左京はそう教えてくれる。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
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● 映画:『風の電話』(諏訪敦彦監督)

2020年日本映画
139分

 2011年3月に起きた東日本大震災および福島原発事故をテーマにしたドキュメンタリータッチのドラマ。
 岩手県大槌で津波被害に遭い両親と弟を失った女子高生が、数年後、震災後に身を寄せていた広島の叔母の家から故郷大槌までヒッチハイクする。
 旅の途中で出会う様々な人との交流を描いたロードムービーである。

 主役の女子高生ハルを演じるは、モトーラ世理奈というモデル兼俳優。
 難しい出ずっぱりの役を熱演している。
 ハルに関わる大人たちを演じるは、三浦友和、渡辺真起子、山本未來、西島秀俊、西田敏行といった実力ある役者たち。
 そのおかげで、見ごたえある作品に仕上がっている。

 ハルが道中出会う人もまた、様々な苦しみや悲しみを抱えていた。
 広島で被爆体験をもつ老女、父のない子を産み育てる決意をした妊婦、入管に家族を収容されているクルド人一家、原発事故によって破壊された郷土に残り続ける一家、事故で父親を亡くしたばかりの家出少年。
 ハルの抱える苦しみと悲しみが彼らのそれと共振し、自然と彼らの語りを引き出していく。
 それによって、両者の間に目に見えない絆が結ばれて、一期一会が果たされていく。

 ブッダの説いた「からし種」のエピソードにあるように、悲しみはあらゆる人に分け隔てなくもたらされる万人の軛(くびき)であり、と同時に万人の宝なのだ。
 悲しみゆえに人は一つになれる。
 悲しみを深く味わえる人ほど、他人と深くつながることができる。
 浦河べてるの家についてのドキュメンタリー『治りませんように』(みすず書房)の中で、著者の斉藤道雄はこう記している。

 べてるの家には、人間とは苦労するものであり、苦悩する存在なのだという世界観が貫かれている。苦労を取りもどし、悩む力を身につけようとする生き方は、しあわせになることはあってもそれをめざす生き方にはならない。苦労し、悩むことで私たちはこの世界とつながることができる。この現実の世界に生きている人間とつながることができ、人間の歴史へとつながることができる。(斉藤道雄著、みすず書房)  


 タイトルの意味についてソルティは知らなかった。
 「風の電話」は、実際に岩手県上閉伊郡大槌町の浪板海岸のそばにある電話ボックスの愛称。
 白い電話ボックスの中に電話線のつながっていない黒電話が置かれていて、亡くなった人と会話できるという。
 2011年に大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格さんが自宅の庭に設置して以降、たくさんの人が訪れて、失った縁者の声に耳を傾けている。
 土台だけの廃墟となった実家を目撃したハルは、帰りの駅で出会った家出少年から風の電話のことを聞いて、共に浪板海岸を訪ねる。
 吹きすさぶ風の音に囲まれて、亡くなった家族に別れを告げるシーンで映画は終わる。


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風の電話


おすすめ度 :★★★

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● 秩父の子 本:『あの夏、兵士だった私』(金子兜太著)

2016年清流出版

 副題は「96歳、戦争体験者からの警鐘」。

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 金子兜太(1919-2018)は埼玉県秩父出身の俳人。
 日本銀行入行の25歳の時に自ら海軍に志願し、太平洋上のトラック島(現:ミクロネシア連邦チューク諸島)に主計中尉として赴任した。(上記の表紙画像参照)
 
私は二十五歳、当時の多くの青年たちと同様に、どこかに捨て鉢な「華々しく散っていく」美学を胸に秘めていました。しかもそこに「民族のために」「美しい故郷を守るために」「父や母、家族のために」という美しいスローガンがつけば、意識はますます高揚します。祖国のために殉ずるということがもたらす、身体が震えるような満足感、陶酔感・・・・。

 ところが、到着した翌朝、周囲を見たら島は真っ黒こげ、そこかしこに航空機の残骸、港には腹を向けて沈んでいる艦船。
 すでに勝敗は決し、戦闘どころか食糧さえ手に入らないありさまだったのである。
 米軍による爆撃や手榴弾による事故死よりも確実に多かったのは、餓死。
 いったい何のために派兵されたのか。

 敗戦と同時に金子は米軍の捕虜になり、収容所に連れていかれる。
 豊かな食糧、陽気で健康的な米軍兵士たち、好きな煙草は吸い放題。

 アメリカは、ともかく犠牲を出さないことを第一に考える。死ぬのを怖がる。それは人間として当然のことで、むしろ日本人のように、「死ぬなんて怖くない」なんて強がるほうが異常。その考えが極端になったのが特攻や、人間魚雷としてあらわれました。
 ここにも「戦争に対する備え」の違いがある。これを知ったとき、彼我の国力差もさることながら、「やっぱり、負けるべくして負けたな」とつくづく感じたものです。 

 水木しげるの『ラバウル戦記』や中国大陸における死の行軍の記録をあげるまでもなく、太平洋戦争における最も理不尽にして愚か極まる日本軍の所業は、大量の無駄死に国民を追いやったことであろう。
 少なくとも真珠湾攻撃の一年後には負けは見えていた。
 その後の学徒出陣は要らなかった。(学徒が徴兵される段階でもう末期的とわかる)
 状況を冷静に分析し、的確な判断をし、勇を鼓して、もっと早く降伏を受け入れていれば、何百万という命が無駄になることはなかった。
 そこにあったのは、意地なのか、プライドなのか、破滅願望なのか。
 はたまた、正常性バイアスなのか、コンコルド効果なのか。

「埋没費用効果 (sunk cost effect)」の別名であり、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態を指す。超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とする。
(ウィキペディア「コンコルド効果」より抜粋)

 今回のコロナ禍における東京2020オリンピック開催までの経緯を振り返るに、つくづく歴史は繰り返されるものだと思う。
 オリンピックを開催して良かったかどうかという結果論は別として、世論をまったく無視して合理的な説明もなしに進められていく「開催ありき」の国の強引な姿勢に、「ああ、80年前もこうやって戦争に突入していったのだなあ。マスコミ総動員で一億玉砕への道を突き進んでいったんだなあ」と絶望に近い恐ろしさを感じた。

五輪


 金子兜太が本書を記したのは、安倍政権下、キナ臭さを増してくる日本の現状に危機感を抱いたからであった。
 一年前にあれほど恐怖し警戒したコロナにいつの間にか慣れてしまって、もはや緊急事態宣言が意味をなさなくなっているのと同じように、80年前の日本人も海の向こうでやっている戦争に慣れて、戦時下の耐久生活に慣れて、国家の命令に従うことに慣らされていったのだろう。
 B29が国土を灰にし、広島と長崎が煉獄と化すまでは・・・・・。

 ソルティは、今回のコロナ禍のメリットをあえて上げるなら、安倍政権が倒れて憲法改正(9条改悪)がひとまず延期されたことだと思っている。
 そして、国民の多くが国の指導者層の無能と傲慢を知り、大企業やマスコミの節操のない右顧左眄ぶりを目にしたことだろう。
 こんな指導者の手によって憲法が改正されたら、どんな理不尽が待っていることやら。
 
 そもそも、人間の「知性」とは、あらゆるものに差別感を持たないということです。それを私は「自由人」と呼ぶんですが、世界にはいろいろな人間がいて、そのいろいろな人間が、お互いを認め合うからいいんです。だから世界発展していくし、人類は豊かになっていくはず。
 それなのにどうも、社会全体が同じ方向を向かないと気がすまないという人が増えてきて、そんな人が率先して自粛し、お互いを縛っていく。そしてみんなで監視し合う。このムードは戦前そのものです。

 金子兜太は平成と共に世を去った。
 秩父観音巡礼第34番札所には、彼の句碑が建っている。

 
秩父の子
 


おすすめ度 :★★★

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● 令和のはじまりに 漫画:『昭和史 全8巻』(水木しげる作画)

1988~89年講談社より刊行
1994年文庫化

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 時代区分から言えば、昭和は明治・大正・平成・令和と一緒に「東京時代」という風に、後世の歴史家から括られるんだろうなあと思うが、「大化」から始まった元号の歴史において、64年は最も長い。
 2番目が45年の「明治」、3番目が35年の「応永」(南北朝時代)である。
 1979年に定められた元号法により「一世一元」となったので、おそらくこの先も昭和を超える長さの元号は現れないだろう。
 昭和は長かった。
 
 昭和天皇が亡くなる前後に日本中を覆った自粛モードは、今のコロナ禍以上のものがあった。
 テレビは連日連夜、昭和天皇の在りし日の姿を偲び、昭和時代を総括する番組を流し続けた。
 その際に、ある識者が指摘した言葉で腑に落ちたものがあった。

 「結局、昭和というのは、昭和20年(1945年)8月15日だ」

 戦後生まれで高度経済成長のさ中に育ったソルティでさえ腑に落ちたのだから、戦前・戦中生まれの人間ならまさしく「その通り」と実感したことだろう。
 昭和とは、何より戦争の時代、日本が敗けた時代だったのだ。
 戦後の40年は混乱と復興と成長と爛熟の時代であったけれども、そうした平和で豊かな日常の底には常に暗く重い「戦争」という言葉が響いていたように思う。

原爆ドーム


 水木しげるは大正11年(1922年)生まれで、平成27年(2015年)に亡くなった。
 昭和を丸々生きた人で、二十歳のときに徴兵され南方の激戦地に送られ、片腕を失いながらも奇跡的に生還した。
 戦後は餓死すれすれの極貧生活から出発し、漫画家としてブレイクし、妖怪ブームに乗ってマスコミの寵児となった。
 昭和を語る資格も経験も見識も十分に備えた人と言える。

 もちろん、語り手として、絵描きとしてのテクニックは言うまでもない。
 本作でも、歴史漫画として政治や社会や世相の変遷を正確を期しながら客観的に描くのと並行して、水木しげる自身の個人史として自身や家族や仕事など身の回りの変化をリアルかつ主観的に描いている。
 それが「社会v.s.個人」あるいは「権力v.s.庶民」の構造を浮かび上がらせ、「下から見た昭和史」とでも言うような、非常に読者の共感を呼ぶものになっている。
 昭和を彩る様々な事件の概要も、水木のオリジナル人気キャラであるねずみ男をナレーターとして登場させ顛末を語らせるなど、教科書のような説明調に陥らない工夫がなされている。
 全8巻をぶっ通しで読んで、昭和を旅した気分になった。

ビンテージラジオ


 「あとがき」で水木も述べているが、全8巻のうち6巻の半分くらいまでは戦争(日中戦争~太平洋戦争)一色に染められている。
 戦後の長さを思えば、配分としては不均衡である。
 だが、それだけ戦争は、社会(国)にとっても個人にとっても比重が大きいものなのだ。
 老人ホームで働いていた時、齢九十を超える高齢者がほかのどんなことより戦時中のことを細かく覚えていて生き生きと語るのに接し、「やはり、そういうものなのか・・・」と得心がいったものである。
 
 水木しげるの個人史として読むとき、やはり水木のユニークな個性と運の強さが印象的である。
 のんきでマイペースで楽天的で好奇心旺盛で、周囲に対する忖度というものをまったくしない。(そのため軍隊では上官にビンタされ放題)
 水木自身がある種の妖怪のようで、漫画のキャラとして立っている。
 戦後、売れっ子になっても戦時中に知り合ったラバウルの原住民との交流を続けていたことが表しているように、金や名声や人気に溺れることも奢れることもなく、幼い頃のオリジナルな感性を大切にした。
 オリジナルとはつまり、自然の中で他の生きもの(妖怪含む)と共に生きるヒトとしての当たり前の感性である。
 国や社会や世間というものは、本当にいい加減で無責任で当てにならない。
 それは今回のコロナ騒動や東京オリンピック騒動を見れば一目瞭然であろう。
 そんなものに忖度する必要は全然ないのだ。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
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● 本:『世界から戦争がなくならない本当の理由』(池上彰著)

2019年祥伝社

 本書では、第一次大戦以降に世界で起こった内戦・外戦について述べられている。
 むろん数え上げたらキリがないので、ほんの一部に過ぎないが。

1939~1945年 第二次世界大戦(アジア・太平洋戦争含む)
1945年~1949年 インドネシア独立戦争
1948年~1973年 中東戦争
1950年~ 朝鮮戦争
1960年~1975年 ベトナム戦争
1962年 キューバ危機
1968年 プラハの春(チェコ事件)
1969年~1998年 北アイルランド紛争
1971年~1992年 カンボジア内戦
1975年~2002年 アンゴラ内戦
1979年 中越(中国×ベトナム)戦争 
1979年~1989年 ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻
1983年 アメリカのグレナダ侵攻
1980年~1988年 イラン・イラク戦争
1989年~2001年 アフガニスタン内戦
1990年~1991年 湾岸戦争
1991年~ ソマリア内戦
1991年~2000年 ユーゴスラビア紛争
2001年~ アメリカのアフガニスタン侵攻(対テロ戦争)
2003年~2011年 イラク戦争

 これはもうほとんど趣味か依存症の領域だろう。
 人類はほんとうに戦うのが好きだ。

 本書のタイトルに対する池上の答えは、「人間は過去から(歴史から)学ばないから」というものである。
 ソルティならもっと直截に「人間はアホだから」と言う。

 おそらく人類が過去をどれほどしっかり学んでも、戦争はなくならないだろう。
 各民族・各国民・各信者は、自分たちが聞きたい過去しか耳に入らないし、欲する歴史しか学ぼうとしない。アイデンティティが絡んでいるのだから。
 過去をいろいろな角度から客観的に学び反省できる奇特な人でも、現在の怒りや欲望に打ち勝つのは難しい。
 戦争がなくならないのは、ずばり人間が「欲・怒り・無知」から逃れられないからである。

 世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』の中で著者のユヴァル・ノア・ハラリは、人間が他の動物とは異なる道を歩むことになった決定的なきっかけとして「認知革命」という概念を上げている。
 国家、宗教、民族、金、歴史、自我・・・・e.t.c. 現実にはないものを“さも実在するかのように”信じ込んで取り扱えるようになった「認知革命」こそが、人間が戦争をやめられなくなった最大の要因であろう。
 認知革命を遂げたことにより、人間は湧きおこった欲や怒りを動物のように一瞬にして完結するという芸当ができなくなった。
 自分をより大きな力強い(と思える)ものに仮託するクセがついた。
 集団で欲や怒りを引きずるようになってしまった。
 ホモ・サピエンスはそのように造られている。
 
 結論として、戦争を無くすためには人間が人間であることを止めなければならない。
 

宇宙人襲来
あるいは外圧か?


おすすめ度 :★★★

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● ほしがりません勝つまでは!


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2021年5月11日読売新聞朝刊より(宝島社提供)








● 大川小学校の悲劇 本:『津波の霊たち 3.11死と生の物語』(リチャード・ロイド・パリー著)

2017年原著 Ghosts of the Tsunami 刊行
2018年早川書房
2021年ハヤカワ・ノンフィクション文庫

 著者は1969年生まれの英国人ジャーナリスト。
 『ザ・タイムズ』東京支局長として1995年より日本に住む。
 2000年に神奈川県逗子で起きた英国女性ルーシ・ブラックマンさん殺害事件の真相に迫ったノンフィクション『黒い迷宮』(早川書房)を著している。(この事件は映画化されるらしい)
 2011年3月11日の東日本大震災直後より被災地を回って取材に当たった。本書はそこから生まれたものである。

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 この震災で起きた数多の出来事はきわめて複層的で、その影響や意味が及ぶ範囲ははかり知れないものだった。そのため、私は物語の本質を確実にとらえたと感じたことは一度もなかった。それはまるで、角や取っ手のない不自然な形の巨大な荷物だった。どんな方法を試してみても、荷物を地面から持ち上げることはできなかった。震災から数週のあいだ、哀れみ、戸惑い、悲しみに私は苛まれていた。しかし、それ以外のほとんどのあいだに感じたのは、無感覚な冷静さだった。そして、焦点を見失っているというやっかいな感覚だった。(本書プロローグより)

 このように“厄介な”状態にいた著者リチャードは、震災から数ヵ月たった夏、宮城県石巻市の小さな集落で起きたある事件を知るところとなる。
 その地・釜谷に何度も足を運び、被災した人や家族を失った人に話を聞き、取材を続けているうちに、「やがて私は想像することができるようになった」、すなわち正常な感覚がよみがえり、焦点を取り戻したのである。
 その事件こそ、裁判となって日本中知られるところとなった大川小学校事件である。

 本書では、タイトルが示す通り、震災後にあちこちで生じた霊的現象とその意味に関する考察が語られる。別記事で取り上げた『震災後の不思議な話 三陸の〈怪談〉』同様、オカルチックな要素がふんだんにある。
 また、千年に一度という大津波の凄まじい破壊力と地獄の様相、その中で亡くなった人と生き延びた人の様子もリアリティもって描かれる。まさに九死に一生を得た石巻市職員の体験談などは、エドガ・アラン・ポーの小説『メールシュトロームに呑まれて (A Descent into the Maelstrom)』さながらで、津波の恐ろしさ、および生と死とが紙一重であることをまざまざと教えてくれる。
 被災地をめぐって死者の霊を慰め、生き残った人々に寄り添い、場合によっては除霊もする宮城県栗原市通大寺の住職・金田諦慶に関する記述は、読む者に畏敬の念を抱かせる。金田住職の例が示すように、宗教や信仰の価値、出家者の存在意義が改めて問われたのも震災の一つの側面であった。外国人リチャードの目を通して、深いところで息づいている日本人の神仏や祖先に対する信仰が描き出されているのもまた、読みどころである。

 しかしながら、本書のメインはあくまで大川小学校で起きたことだ。

東日本大震災に伴う津波が、本震発生後およそ50分経った15時36分頃、三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川(追波川)を遡上してきた。この結果、河口から約5kmの距離にある学校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が死亡した。その他、学校に避難してきた地域住民や保護者、ほかスクールバスの運転手も死亡している。

2014年(平成26年)3月10日、犠牲となった児童23人の遺族が宮城県と石巻市に対し、総額23億円の損害賠償を求める民事訴訟を仙台地方裁判所に起こした。
(ウィキペディア「石巻市立大川小学校」より抜粋)

大川小学校
震災前の大川小学校全景


 一番の問題は、本震発生後に児童を校庭に集合させてから津波が到達するまで50分もの猶予があったのに、なぜ教師は学校のすぐ裏手にある里山に児童を避難させなかったのか、あるいはなぜスクールバスに分乗させピストン輸送で高台に運ばなかったのか――という点である。それさえできていれば、当時校庭にいた児童や教員、地域住民の命は助かっていた。同じような条件下で、同じ石巻市内にある門脇小学校では在校児童全員をすぐ高台に避難させ、一人の死者も出さなかった。

 この運命の50分間にいったい何があったのか?
 責任者たる校長は、教頭は、そのとき何をしていたのか?
 「津波が来るぞ~!逃げろ!」という他の町民や市の広報車の警告があったのに、なぜそれが無視され続けたのか?

 リチャードは子供を失った親たち、高台に逃げて無事助かった地域の住民、学校からいち早く車で子供を連れ出して津波をからくも避けることができた親たちを取材しながら、事件の真相に迫っていく。
 さらに、子供を失った親たちの一部が、家や仕事や家族や友人を失い悲しみのどん底にいる他の町民の心をさらに惑わせ、平和だった町を分断するリスクがあると知りながら、あえて石巻市と宮城県を相手に訴え出なければならなかった背景を探り出していく。

 そこにリチャードが見たのは、「古き良き日本」――礼儀正しく“和”を尊ぶ忍耐強い人々がつくる固い絆と習わしとで結ばれた共同体――のもう一つの姿、すなわち、事に当たってだれも責任を取りたがらず、その場しのぎの泥縄式の対応を繰り返し、“世間の目”により個人が自律的に行動することを妨げ、真実や良心より組織を守ることに汲々とし、お上に対して楯突いたり逆らったりすることを恥と感じ、大乗仏教仕込みの“無常”観で闘う前にすべてをあきらめ受け入れてしまう、日本人の姿であった。
 日本人の宿痾、笠井潔言うところのニッポン・イデオロギーに直面したのである。
 リチャードは吠える。
 
 私としては、日本人の受容の精神にはもううんざりだった。過剰なまでの我慢にも飽き飽きしていた。おそらく人間の域を超越したあるレベルでは、大川小学校の児童の死は、宇宙の本質に新たな洞察をもたらすものなのだろう。ところが、そのレベルよりもずっと前の地点――生物が呼吸し、生活する世界では――児童たちの死はほかの何かを象徴するものでもあった。人間や組織の失敗、臆病な心、油断、優柔不断を表すものだった。宇宙についての真理を認識し、そのなかに人間のための小さな場所を見いだすのは重要なことにちがいない。しかし問題は、この国を長いあいだ抑圧してきた“静寂主義の崇拝”に屈することなく、それをどう成し遂げるかということだった。

 ここに至って、リチャードが追究し問い糺しているのが、我々日本人のアイデンティティであり、日本と言う国のありようであることが明らかになる。
 本書は外国人ジャーナリストによる日本論、日本人論でもあるのだ。

銭壷山合宿 030

 地震は天災であり、防げない。
 津波も天災であり、防げない。
 地震の被害も津波の被害も、あるレベルを超えると人の力の及ばぬ域にあり、そこは粛然と受け入れるほかない。想像を絶する破壊と被害に対し、それを不承不承ながら自然の掟と受け入れ、天に向かって泣き喚き地を叩いて怒りながら、復興や治療や追悼や支え合いしながら前に進んでいくよりない。「仕方ない」と呟きながら・・・・。
 古来災害の多い風土に住む日本人ほど、天災に対する免疫と耐性を有し、逆境を乗り越える力と技と団結力を持っている国民は世界にいないかもしれない。

 しかし、大川小学校事件は人災であった。
 福島原発事故も人災であった。
 人災を、あたかも天災のようにみなして、「仕方ない」と許し受け入れ、責任の所在をはっきりさせないのは過ちである。
 なぜなら、問題が問題と指摘され、原因が科学的に究明され改善策がとられない限り、再びみたび、同じ過ちが繰り返されることになりかねないからだ。
 本事件に関してソルティが何より「むごい」と思ったのは、校庭に避難した児童たちの中に、「ここにいては危ないから裏山に逃げよう!」と訴え出て率先して走り出した子らがいたのに、それを教員が叱りつけ押しとどめ、大人たちが善後策を口論している待機の列に連れ戻したという一件である。
 こういうときは、世間に汚されていない子供の動物のような直観のほうが、えてして正しい。
 教員がいなければ、大人がいなければ、子らが助かっていた可能性は高い。

 リチャードが悲惨極まりない津波被害の取材を通してはからずも身に着けてしまった“無感覚な冷静さ”を脱し、「想像することができるようになった」のは、天災と人災とを分かつこの地点であり、それは十数年来日本に住み日本と日本人を取材してきた一外国人ジャーナリストが、まさに書くべき論点を発見した瞬間だったのである。

 大川小学校事件の裁判は、2019年10月10日付で最高裁が被告側の上告を棄却し、原告側(親たち)の勝利が確定した。
 震災10周年にあたり、亡くなられた方々の冥福を祈ります。


23番への道(南海地震の碑)
1946年発生南海地震の津浪記念塔
(徳島県美波町由岐港)


おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 慟哭のレクイエム 映画:『この子を残して』(木下惠介監督)

1983年松竹
128分

脚本 木下惠介、山田太一
音楽 木下忠司
出演 加藤剛、十朱幸代、大竹しのぶ、山口崇、淡島千景

 長崎の原爆被害の凄まじさ、反戦・平和への強い願い、そして家族の絆を描いたノンフィクションである。原作は1948年に発表されベストセラーとなった永井隆の同名エッセイ。永井は旧制長崎医科大学(現在の長崎大学医学部)の医師&研究者であり、原爆で妻を失い、自らも数年後に被爆死した。

 80年代に木下監督がこのような骨太のパッションあふれる映画を撮っていたことに驚かされた。このとき齢71、なんという体力、なんという意志力!
 これは反戦映画の金字塔と言っていい。すべての日本人に、いや全世界の人に観てほしいと願うたぐいの映画である。投下直後の爆心地を写実的に描いたラストシーンは、地獄の黙示録と言うに、あるいは慟哭のレクイエム(鎮魂歌)と言うにふさわしい。

長崎
現代の長崎


 往年の大女優淡島千景が祖母役で出演している。若すぎる容姿の祖母ではあるものの、存在感あふれる凛とした演技はさすがである。一家の要として、物語の要として、映画全体を引き締めている。
 当時25歳の大竹しのぶ、出番は多くないが印象に残る達者で可憐な演技。
 もっとも素晴らしいのは、永井隆(=加藤剛)の息子誠一役の少年。中林正智という名前だが、木下監督いったいどこから見つけてきたのか? 爽やかで伸び伸びした少年らしいたたずまいが、暗く重くなりがちなストーリーに希望をもたらしている。陰の主役はこの子であろう。中林はいまも役者をやっているらしい。そのうちブレイクするといいな。

 74年前の今日に思いを馳せて――


評価:★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● 漫画:『いちえふ』(竜田一人作)

 2014年講談社

 週刊『モーニング』に掲載された福島第一原子力発電所(通称:いちえふ)労働記。1~3巻を近所の図書館で見つけた。
 売れない漫画家で副業を転々としていた竜田は、2012年~2014年に「いちえふ」で原発事故の後片付けのための作業員として働いた。その体験を漫画にしたものである。

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 まず、竜田の漫画家としての力量はたいしたものだ。
 画力があり、構成力があり、ネーム(セリフ)を練る力もある。読者が初めて聞くような専門用語が多い話を、わかりやすく説明している。
 なにより驚くのが記憶力である。きびしい環境で重労働しながら、よくここまで詳細に覚えているなあと感心する。現場ではもちろん携帯による撮影など許されなかったであろうし、休憩時間に他の作業員の目の前でデッサンするわけにもいかなかったであろうから、肉眼による記憶をもとに描かざるを得なかったはず。よっぽど視覚記憶に秀でていると思われる。
 本作の後に、竜田がどのような活動をしているのか知らないが、才能ある漫画家の出現は喜ばしいことである。
 
 内容に関して、ソルティは最初、「原発被害の悲惨さを訴える」、「作業員の劣悪な労働環境を赤裸々にする」、「被災地の荒廃を描き出す」といった反 or 脱原発メッセージを匂わせる作品かと思っていたのだが、そうではなかった。「フクシマの真実」を描いたのではなく「福島の現実」を描いた、という第1巻表紙のキャッチフレーズ通り、竜田が実際に経験した出来事を、淡々とありのままに冷静な目で描いている。
 一部メディアの恐怖をあおる過剰報道(たとえば「奇形動物が増えている」、「放射線被爆で作業中に亡くなった者がいる」など)がデマゴギーであることが語られる。放射線被爆から作業員を守るための設備やシステムがきちんと機能している様子も語られる。作業員のプロ意識や技術の高さ、責任感や連帯感、男所帯の気楽さや潤いのなさなども語られる。加えて、作業の暇を見て避難所にある介護施設に行きギターを弾いてボランティアする竜田の姿も語られる。ありのままの日常がそこにはある。
 原発事故・津波被害は非日常で一時的な出来事であり、その後には被害を前提とした日常生活が始まる。どんな災害であろうが、いったん喉元過ぎれば日常生活に組み込んでしまう人間の強さというか、日常生活の持つ堅忍不抜性をつくづく感じる。そうでなければ、人は逆境を生き延びてはいけない。(このあたりを描いた傑作小説に安部公房『砂の女』がある)
 
 これは、竜田の目で見た「福島の現実」であり、その点に文句をつける筋合いはない。異論を言うほどの情報も体験もソルティは持っていない。このまま受け入れるだけだ。
 ただ、「福島の現実」=「客観的に正しい福島の姿」ではない。
 創作するということは、たとえルポルタージュのようなノンフィクションであろうと、作者の主観というバイアスからは逃れられない。この作品を描くにあたって、いやそもそも「いちえふ」で働くにあたって、竜田一人という人間がもとから持っている価値観や好みや性格や思想傾向などが自ずから反映される。竜田一人というフィルターを通して、『いちえふ』は読者の前に供されている。そこは押さえておくべきだろう。
 
 で、ソルティが思うに、竜田一人は元来、どちらかと言えば保守的でマッチョな男という気がする。自民党支持者かどうか、原発推進派か否かは知るところではないが、自民党より「左」の党に投票したことはないんじゃないかという気がする。見事な画力のうちにも劇画的でマッチョな画風が漂っている。(まあ、ある程度マッチョな男じゃないと、そもそも事故後の原発作業員を志望しないだろう)
 作中で竜田は、自分が描いたこの作品が東京電力のお偉方の目に触れて、なんらかの圧力(雇用拒否など)を受けるのではないかとしきりに気にしている。
 だが、むしろ原発推進派や東京電力にとって都合の良い漫画になっているなあと思った。(はい、これもソルティの主観です)



評価:★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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●  岬めぐり

東洋町を過ぎてから室戸岬までの約40㎞はほぼ海岸線を歩く。右手に山、左手に海、いくつもの岬と港や浜辺を繰り返しながら、国道55号を延々と行く。

日和佐で同宿した遍路経験ある女性が、「寺もなく、気晴らしになるものがないから、ここが一番しんどい」と言っていた。ソルティは逆に「こんな快適な道はない」と思った。
人それぞれ、何をしんどく感じるかは異なる。
意外なことに、ここまでの遍路路は思ったより楽だった。山歩きや秩父巡礼、なにより介護の仕事で、足を鍛えていたことが大きいようだ。

高知の岬めぐりをしていると、いろいろ気づかされることがある。
ひとつは、植生の変化。
やはり南国である。

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庭先のハイビスカス


いまひとつは、津波対策。
どの町にも鉄骨の津波避難タワーというのが立っている。それが町で一番高い建物だったりする。
高知出身の友人からのメールによると、昨晩泊まった東洋町は、10年ほど前に核の最終処分場に手を挙げて、高知で大揉めになったそうだ。3.11が起こって話は立ち消えになったらしい。
そもそも、津波対策が必要な町に核処分場をつくる、という発想がどこから出てくるのだろう?

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海が悪いのじゃない。
人が愚かなのだ。

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180度の海 中心点は空なる私






● 読者への挑戦状 本:『8・15 と 3・11 戦後史の死角』(笠井潔著)

2012年NHK出版

 笠井潔と言えばミステリー作家である。読んだことはないがそう思っていたので、こういった真面目な社会評論を書く人とは知らなかった。これが本業の傍らの手すさび?と思ったら大間違い。きわめて質の高い、鋭い、並み居る評論家を恥じ入らせるに十分な内容である。プロフィールをみると、1948年生まれで学生運動をしていたとある。若い頃から、社会的関心高く、読書量はんぱなく、思考訓練を積んできた人なのであろう。
 終戦記念日、近所の古本屋で見つけて購入した。

815と311


 本書のテーマを簡潔に言えば、日本および日本人論ってことになる。日本とはいかなる国か、日本人とは何者かということを、近・現代史上の二つの大事件を手掛かりに論じている。それが、8・15(=日米戦争)と3・11(=福島原発事故)である。
 70年という時を隔て、一見関係なさそうに見える二つの大事件に共通して存在し、両者を結びつけるものとして、ニッポン・イデオロギーという概念が呈示される。

 ニッポン・イデオロギーが必然的にもたらした二つの破局、8・15と3・11は、たんに並列的に存在しているわけではない。「終戦」の歴史的な結果として福島原発事故は生じている。8・15を真に反省し教訓しえなかった日本人が、「平和と繁栄」の戦後社会の底部に3・11という災厄の種を蒔いた。これこそ戦後史の死角である。3・11という破局的な体験が突きつけている意味を真に了解するには、8・15で切断されたように見える戦前日本の錯誤を明らかにしなければならない。

 難解な読み物を想像するかもしれないが、そんなことはない。巻措く能わない面白さで一気読みした。
 さすが本格ミステリーの大御所である。読者を物語に引きずり込むプロローグ(つかみ)の上手さ、切れ味鋭い論理、容赦ない真実の探求姿勢、謎が謎よぶサスペンス、トリック解明のスリルと説得力、心髄にこたえる真相。社会評論でありながら、やっぱりミステリー作家の手腕ここにあり、といった感じである。
 とりわけ面白いのが、つかみにあたる序章。日本(東宝)が生んだ国際的スター怪獣ゴジラを登場させる。
 ゴジラが、日米戦争の「戦死者の亡霊」を象徴しているという説ははじめて知った。海から上がってきて、東京に上陸し、怒りの雄叫びをあげながら、平和と繁栄をむさぼる戦後の日本を破壊する。その平和と繁栄こそは、大戦の反省も戦死者の追悼もなおざりのまま、敵国アメリカによってもたらされた民主資本主義下に花開いたものであった。
 「なるほどなあ」と感嘆した。
 同時に、ではソルティは子供の頃ゴジラをどう見ていたかを思い返したとき、ハッと気づくものがあった。
 自分は「ゴジラ=アメリカ」と無意識ながら受け取っていた。
 つまり、海の向こうからやって来て、放射能を巻き散らしながら日本に上陸し、日本の街を(国会議事堂を)破壊する、恐ろしく強い者=アメリカの比喩ととらえていたのである。それが証拠には、その後に東宝がモスラを登場させたとき、「モスラ=日本」と即座に受け取ったからである。ザ・ピーナッツの神秘的な唄によって、南海の孤島の緑深き森から甦るモスラ(=蚕)こそは、日本的アニミズムの象徴であろう。そんなに強くないところも日本っぽい気がした。


蚕2


 さて、ニッポン・イデオロギーとはなんであろう?  

 日米戦争の経緯を簡単に見てきたが、一目瞭然といわざるをえないのは、戦争指導者の妄想的な自己過信と空想的な判断、裏づけのない希望的観測、無責任な不決断と混迷、その場しのぎの泥縄式方針の乱発、などなどだろう。

 国会事故調が福島原発事故の「人災」性として列挙した、権威を疑問視しない反射的な従順性、集団主義、島国的閉鎖性など、あるいは目先の必要に目を奪われた泥縄式の発想、あとは野となれ山となれ式の無責任など・・・(略)

 笠井は、日米戦争について、開戦を決定する過程や戦時中の戦艦大和の無謀な出撃、ポツダム宣言受諾、手のひらを返したように鬼畜米英からアメリカ礼賛に変貌した戦後日本人の姿を追っていく。そこには、当ブログでも取り上げた猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』や、岸田秀✕山本七平対談『日本人と「日本病」について』に述べられているような、日本人の宿痾とも呼びうるような負の国民性が伺える。
 福島原発事故についても同様に、戦後の原子力政策が闇雲な原発建設につながった経緯をたどり、東電を含む原子力ムラの閉鎖的体質と計画性の致命的欠如を、暴き出していく。加えていえば、3・11後の対応の拙劣さと責任の曖昧化、そして再びの原発推進路線は、ニッポン・イデオロギーによる専横以外の何物でもあるまい。別記事で取り上げた若杉冽『原発ホワイトアウト』や朝日新聞特別報道部編『プロメテウスの罠』などで指摘されているところに通じる。

 「空気」の支配と歴史意識の欠落を二本の柱とするニッポン・イデオロギーの背景には、日本に固有の自己欺瞞的な精神構造がある。

 このあたりは、ソルティも認識していた。いや、現実直視する勇気があり、冷静にものを見る目のある日本人なら誰だって、ニッポン・イデオロギーの存在とその長所と短所には気づいていることだろう。そしてそれが、多様な文化との折衝が避けられない国際社会においては、人類が原子力という魔物を手にしてしまった現代においては、むしろ短所に傾くであろうことも・・・。

 問題は、このニッポン・イデオロギーをいかにして克服できるのかである。
 そのためには、そもそもこれがどうやって生まれたのかを検証する必要がある。
 本書の一番の魅力は、そこを丁寧に行っているところにある。推理小説でいえば、まさにトリックの謎解きにあたるワクワク部分であり、ミステリー作家笠井潔の本領発揮である。

 ソルティが解したところ、次の4点がニッポン・イデオロギーの形成に関わっている。
① 土着のアニミズム的心性
② 風土に合わない稲作文化
③ 天皇制による支配システム
④ 外来文化の変容と吸収

 順に見ていこう。

① 土着のアニミズム的心性
 天皇制以前の神道的部分である。狩猟採集民に共通して見られる山川草木はじめ自然そのものに神を見る多神教的世界観。丸山眞男はその核心を「つぎつぎになりゆくいきほい」と表した。

 「いきほい」をもって、「なりゆく」自然の、無限とも思われる繁殖力に人々は感嘆し、畏怖の念さえ覚える。こうした感嘆、この畏怖がアニミズム的な宗教意識の背景にある。

 日本の徳は勢いと不可分である。中国思想とは真逆に、徳ある者が勢いを得るのではなく、「いきほい」に感応した者に徳があると見なされる。「いき」は息=空気であり、ようするにアニマだ。霊(アニマ)に感応しうる者が共同体を支配する。 


② 風土に合わない稲作文化 
 国民の性格は風土に規定される。日本人は「熱帯的、寒帯的の二重性格」を有しているとする和辻哲郎の風土論を踏まえ、笠井はそれを風土に合わない稲作文化との関係からとらえ直す。

 自然環境的に不適切な作物を無理に栽培するため、集団的な農作業が過重なまでに義務化された。契約や規律を撹乱する者を排除しなければ、全員が共倒れになりかねない。
 生産経済が普及して以降の日本列島住民の心性は、不適切な自然環境で稲作を選好した事実を規定としている。過重で単調な反復作業に耐え(「頑張ればなんとかなる」)、しかも集団的な農作業(「みんなで一緒に」)のため共同体的な相互抑圧に耐えるという二点が、この国の住民の心性を根本的に規定してきた。
 この精神的抑圧が、ときとして「日本の特殊な現象としてのヤケ(自暴自棄)」という激情の嵐を生じさせる。しかも「忍従に含まれた反抗はしばしば台風的なる猛烈さをもって突発的に燃え上がるが、しかしこの感情の嵐のあとには突如として静寂なあきらめが現れる」。    


③ 天皇制による支配システム
 ここでは吉本隆明による「グラフト国家論」を援用としている。グラフトとは「接ぎ木」のことである。
 解するに、これは侵略の一つのシステムのことである。16世紀スペイン人がインカ帝国を滅ぼしたように、あるいは17~18世紀にアメリカ入植者がインディアンを虐殺して土地をのっとったように、もとから土地に住んでいた民族を滅ぼし、その共同体を破壊するという典型的な侵略のシステムがある。古代日本の場合、これとは異なった形での侵略が起こった。

 それ以前にあった共同体における宗教的・イデオロギー的な中枢・核といったものを、次の共同体あるいは国家の権力は、自分たちのイデオロギー構造の中に包括してしまうことです。既存の共同体の宗教的な、あるいはイデオロギー的な中核の部分だけをとりいれてしまうと、どういうことがおこるかと申しますと、自分たちがすでに遠い以前からそれを掌中にしていたのだというイデオロギー的な擬制が可能になります。(吉本隆明『敗北の構造―吉本隆明講演集』弓立社)


 笠井は、出雲の国譲りの神話を例に挙げている。オオナムチを信仰していた古代出雲の共同体は、アマテラスを信仰する高天原勢力(のちの天皇制につながる)の侵略にあって支配権を譲った。その際、オオナムチは大国主命(オオクニヌシノミコト)と改名され、アマテラスの弟であるスサノオの子孫と位置付けられた。もとからの出雲の共同体の人々は、虐殺されることなく、オオナムチの信仰を許されたまま、高天原勢力の支配下におさまった。平和的な王権簒奪(支配される側から見れば自主的隷属)といったところか・・・。
 なるほど、このグラフト国家論を適用すれば、諏訪大社の謎伊勢神宮の謎に迫ることができるのかもしれない。もといた土地の神が名前と役割を変えられて、イザナミ・イザナギ・アマテラスを発端とする神統譜にグラフト(接ぎ木)される。天皇制に組み入れられていく。
 面白いなあとウキウキしていたら、しっぺ返しが待っていた。
 このグラフト国家的侵略システムが、まさにポツダム宣言受諾以降の日本で、戦勝国アメリカ(GHQ)との関係において自主的に敢行されてしまったというのである。

 奴隷である事実を隠蔽し忘却することで実際的に、あるいは理念的に保身をはかるという絶妙の自己欺瞞システムが、日本文化の基底には埋めこまれている。なにも大昔のことに限らない。8・15の翌日から日本人の大多数が望んだのは、まさに「継ぎ目」の消去だったのではないか。
 東条英機をはじめとする少数の軍国主義者が暴力と洗脳で、自分たちを「無謀な戦争」に巻きこんだ。戦争の被害者である日本国民を、軍国主義から解放してくれたのがアメリカだ。マッカーサーに与えられた戦後憲法こそ、われわれが望んだものだ。

 笠井の容赦ない追究の槍は、戦後日本人の欺瞞を突く。
 痛いッ。
 これぞ本当の自虐史観の名にふさわしい


④ 外来文化の変容と吸収

 日本列島に棲まう太古からの精霊たちは、海を渡って襲来する世界宗教や絶対観念の暴威に屈服し、いったんは征服される。しかし長い年月をかけて、仏教や儒教からキリスト教やマルクス主義にいたる普遍的で絶対的な輸入観念を骨絡みにし、最終的には消化し吸収してきた。だから日本に存在するのは、征服され頽落したアニミズム的心性と、原型をとどめないまでに変形された輸入観念の奇妙な折衷形態である。

 6世紀に大陸から入ってきた仏教が日本風に変わっていく様相は末松文美士『日本仏教史』に、16世紀にフランシスコ・ザビエルによってもたらされたキリスト教が日本という「すべてのものを腐らせていく沼」の中で変容していく様子は遠藤周作『沈黙』に描き出されている。マルクス主義もまた、日本的な学生運動や政治闘争のあげくの果てに、連合赤軍事件という目も当てられない悲惨な結末に堕してしまった。

 挫折し頽落したアニミズム的基層は、原型をとどめないまでに外来の観念や思想を変形してしまう。両者の複合体であるニッポン・イデオロギーは、いったんは成功を収めるが、歴史意識を欠如した「空気」による決定によって、繰り返し大破局を招かざるをえない。


原爆ドーム


 われわれはニッポン・イデオロギーを克服することができるのだろうか?
 それとも、8・15と3・11に続く第3の――そしておそらく最後の――破局の到来を指をくわえて待つしかないのだろうか?

 この問いかけに対して、笠井は二つの処方箋を掲げている。

 まず、原発拒否を梃子として、ニッポン・イデオロギーにNOを突きつけること。

 事故を起こす危険があるから原発に反対するのではない。社会に埋めこまれて際限なく肥大化する権力装置だから、諸個人の自由を必然的に制限し剥奪するシステムだからこそ、原発は否定されなければならない。
 8・15にはじまる戦後日本の「平和と繁栄」は、さまざまな意味で原発に依存してきた。あえて原発を拒否することは、「ゴジラ」と化して日本列島を襲った戦争犠牲者たちに、真に向き合うための唯一の道である。

 すなわち、ほとんど無意識レベルで日本国民に共有され、日々更新され、日本をすっぽり覆っているニッポン・イデオロギーという権力構造を見抜き、それに支えられ延命している原子力政策に対して、その権力構造の非人間性ゆえにNOと言おう、ということであろう。
 蓋し、正論である。原子力を扱えるだけの成熟は、まだ日本人には、否、人類には到来していない

 そして、もう一つの処方箋として挙げられているのは親鸞である。

 もしも8・15と3・11を超える契機として、日本人の宗教意識を再評価するのであれば、頽落したアニミズムとしての「神道の神々」ではなく、親鸞の絶対他力思想にこそ注目しなければならない。

 それによって、「日本独自の歴史意識が形成されはじめることを期待しよう」と笠井は結ぶ。

 謎の解明部分の密度に比べると、処方箋の呈示部分はかなり手薄で粗雑な感があるのは否めない。紙幅の関係があるのかもしれない。まだ、笠井自身も答えを探っている途中なのかもしれない。あるいは、ニッポン・イデオロギーの存在に気づき、それに支配されていることを各自が意識化することが、一番の克服手段ということなのかもしれない。人は、無意識レベルにある動機づけには抵抗できないのだから。
 であるなら、本書を書くこと、読むこと、広めることが何よりの処方箋である。


百日紅

 
 当ブログ内の多くの記事とリンクすることから分かるように、本書は、ソルティの日本および日本人に関する問題意識とほぼ重なるものであった。笠井の幅広い知識と鋭い洞察力、緻密な論理とで、自分が漠然と考えていることが文章化され、クリアに証明されていくのを見るのは、胸のつかえがとれるような爽快感があった。もっとも、暗澹たる気持ちを伴った爽快感ではあるが・・・。
 何でもっと早く笠井潔を読まなかったのだろう?

 本書を読んで疑問に思った点が二つある。

 一つは、ニッポン・イデオロギーはどのようにして相続されるのだろうか、ということである。
 どのようなシステムによって相続されるのかが判明することなしに、そこから脱出することは難しいと思うのである。

 家庭や共同体や教育機関や社会の中で、子供が長ずるにしたがい洗脳されてゆくのか。
 暮しの中に溶け込んだ神道や儒教や仏教の無数のしきたりを通して、知らず体が覚えこんでいくのか。
 日本人のDNAに書き込まれているのか。
 それとも、日本列島を包む大気の中に、目に見えない分子のように存在しているのか。
 同じ日本人でも、帰国子女のように海外生活が長ければそれに染まらないのか。
 日本に生まれ、日本で育った在日やアイヌや沖縄の人々はどうなのか。
 大部分の日本人が稲作から離れたこれからもなお、それは引き継がれていくのか。
 天皇制がなくなれば、自然消滅するのか。
 ・・・・e.t.c

 いま一つは、親鸞についてである。
 親鸞についてはよく知らない。三國連太郎の監督した映画『親鸞 白い道』を観て、『歎異抄』を読んだくらいである。他力本願や悪人正機説は言葉としては知っているレベル。
 なので、はずしているかもしれない。
 親鸞の教え(=浄土真宗)がニッポン・イデオロギー克服の手段、すくなくとも契機となるという笠井の意見には賛同できない。
 むしろ、逆じゃないかとさえ思える。
 他力本願、阿弥陀さまにすべてをおまかせするという「あなたまかせ」な態度こそは、日本人の「神風」妄想に通じるものじゃなかろうか。年金問題も少子高齢化問題もエネルギー問題も、「お国にまかせておけばなんとかなる」という、現実逃避と行き当たりばったりと自助努力の放棄を助長するものではなかろうか。それこそ、戦時中の浄土真宗本願寺派第22世宗主・大谷光端(1871-1948)の言説に見るように、国体を正当化するのに恰好な論理となったではないか。

 大谷光端は、大慈大悲の阿弥陀如来とその教えに信従する信徒との関係を、天皇と臣民との関係に適用することによって、大慈大悲の如来のごとき天皇の聖旨にただひたすら信従すべきであるという、臣民の道を説いていたのである。それは信徒のあるべき心的態度の臣民道への拡大・適用を意味した。(栄沢幸二著『近代日本の仏教家と戦争 共生の倫理とその矛盾』289ページ、専修大学出版局、2002年発行)

 だいたい、親鸞の教えがニッポン・イデオロギー克服に役立つのなら、浄土真宗信徒が一番多い日本はとっくの昔にそこから脱しているはずである。
 親鸞では無理、と思う。

 では、誰か?
 あるいは、何か?

 各自が自らの頭で考えてみることが肝要だ。

 ここは本格推理小説の人気ある仕掛けさながら、「読者への挑戦状」とするのが適切であろう。









● 天国からの宿題、または平野長蔵に捧ぐ :尾瀬一泊の旅(後編)

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●日時 2018年7月14日(土)
●場所 尾瀬(尾瀬ヶ原、見晴~三条の滝~天神田代~御池)
●行程
 4:15 尾瀬ヶ原逍遥(見晴~竜宮~ヨッピ吊橋~東電尾瀬橋~見晴)
    歩行開始
 7:15 朝食/休憩/チェックアウト
 8:30 燧小屋 出発
 9:45 三条ノ滝
    休憩(25分)
11:30 裏燧橋
12:00 天神田代
12:35 昼食
13:30 御池 着
    歩行終了 
●所要時間 9時間15分(歩行時間6時間30分+食事&休憩2時間45分)


7 オ~ンブラ・マイ・フ🎵

 クーラーの音も冷蔵庫の音も時計の音もしない、針一本落ちても聞こえるような静寂、そして携帯電波圏外における4時間の歩行のおかげで、眠りはずいぶん深いところまで達したらしい。ここ数年なかったすっきりした目覚めが訪れた。
 時刻は4時。
 窓の外を見ると、尾瀬ヶ原は薄明に蒼く浮かんでいる。
 汽車の軌道のような木道に誘われるように、宿を静かに抜け出して、湿原に踏み出した。デジカメと地図だけをポケットに入れて。
 ヘッドライトを点灯させた早朝登山者たちが、ストイックな表情で燧ケ岳あるいは至仏山へと足早に去っていく。いまのところ、両名峰とも頭にすっぽり厚い雲をかぶっている。

 正味3時間、人影まばらな尾瀬ヶ原を心ゆくまで逍遥した。


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至仏山に向かう道


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振り向けば燧ケ岳


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福島県と群馬県の境となる沼尻川


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竜宮近辺の浮島風景


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 歩いていると、頭の中をマーラーの交響曲が鳴り響く。
 自然をモチーフにした第3番、高原の朝の景色を彷彿させる第4番第1楽章。
 マーラーはオーストリアのシュタインバッハという湖畔の景勝地に別荘を持っていて、ここで第3番を作曲した。指揮者のブルーノ・ワルターがマーラーに招かれてシュタインバッハを訪れたときのエピソードがある。
 ワルターが周囲の自然に目を奪われているのを見て、マーラーはこう言った。
「もう眺めるに及ばないよ、君。わたしがこのすべてを曲にしてしまったから」
 

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ヨッピ川にかかるヨッピ吊橋


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ヨッピとはアイヌ語で、「呼び」「別れ」「集まる」といった意味がある


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木道の彼方に見えるは東電小屋


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東電尾瀬橋
今回歩いた中で一番のパワースポット
さすが東電、ワットが高い


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 マーラーのほかに、鳴り響く曲がある。


 オーーーーーーーーーーーーーーーーーーン ブラ マイフ🎵


 ある年代以上の人なら、あの美しい映像とソプラノ歌手の美声を覚えているだろう。
 1986年、ニッカウヰスキーのコマーシャルに使われ一世を風靡した曲である。もとはヘンデルのオペラ『セルセ』の中のアリアで、ペルシャ王セルセが木陰のすばらしさを讃えた歌。CMではアメリカ出身の黒人歌手キャスリーン・バトルが、どこかの湖畔の大自然の中、白いドレスの袂を風になびかせてディーヴァらしい気品と優雅さをもって歌い上げていた。演出は、鬼才・実相寺昭雄だった。

 実を云えば、あのニッカCMおよびキャスリーン・バトルこそが、ソルティのクラシック道の筆おろしだったのである。まったき静寂から生まれるバトルのピアニシモと、秋空の如き清澄なる高音の輝きに、ウヰスキーの宣伝だからというわけではないが、すっかり酔わされた。すぐにレコード店に走って同曲を収録したカセットテープ(!)を買った。当時はカセットウォークマン全盛だったのである。

 あれから30年以上が経ち、カセットウォークマンは姿を消し、実相寺監督はこの世の人ではなくなった。いまや60歳のキャスリーン・バトルはどうしているのだろう? 我が儘が高じてメトロポリタンオペラハウスから追放されたのはだいぶ前のことである。
 時は過ぎ、状況は変わっていくけれど、今でも大自然の中にいると、(周囲に人のいないのを確かめて)、ついバトルの真似して、

 オーーーーーーーーーーーーーーーーーーン ブラ マイフ🎵

とやってしまうのである。


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尾瀬の花5 オオウバユリ


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尾瀬の花6 マルバダケブキ


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宿に戻る道
夢のような3時間であった




8 三条の滝を見ずして尾瀬を語るべからず

 散歩のあとは朝メシがうまい。こんなにモリモリ食べたのは久しぶり。
 快眠、快食、・・・・・・残る一つをクリアして、宿が用意してくれたおにぎり弁当をリュックに納め、8時半にチェックアウト。
 予定では、燧ケ岳か至仏山に登りたかったのだが、どうにも天気が読めない。晴れるのは間違いなかろうが、山頂の雲の動きが不透明。せっかく山頂に到達しても、尾瀬ヶ原を見渡す展望が得られなければ残念至極である。昨日の4時間歩行の足の疲れも若干残っている。
 ここは無理せず、別のルートを楽しむことにしよう。

 見晴から平滑の滝・三条の滝を経て、裏燧林道を通り、上田代の湿原を渡って御池に至るルートがある。燧ケ岳のふもとを巻くように、山の西南から西側を回って北東へ、ぐるりと半周することになる。滝と林道と湿原の3つの味が楽しめるとはお得である。5時間くらいかかるようだが、登って下りて7時間の燧ケ岳コースにくらべれば赤子の手をひねるようなものだろう。
 これが浅はかな過信であることは、知るすべもなく、意気揚々出発した。


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途中にある休憩所


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滝が近づくにつれ道はぐんぐん険しくなる


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平滑ノ滝
遠くてよく見えず


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三条ノ滝
高さ100m、幅30mを落下する只見川


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ここまでの足場の悪い下りの苦労が報われる爽快さ
こんな豪快な滝を隠し持っているとは!
「やるな~、尾瀬」


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裏燧橋(うらひうちばし)
ここまでの登りが結構きつい
本格的な山登り装備が必要なレベルである



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橋の下は水無川


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途中の沢で喉を潤す


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どうしたらこんな具合に育つのだろうか?


9 苦行のご褒美

 思いもかけない本格的な山歩き苦行の最後に待っていたのは、パラダイス
 昼なお小暗い森を抜けた先に、ペイルブルーに輝く夏空の下、田代の湿原が広がっていた。
 燦燦と日光は降り注ぐも、高原の風が心地よい。
 いつの間にやら、燧ケ岳はすっかり雲を薙ぎ払い、てっぺんを誇らしげに見せている。
 お別れ前に、尾瀬はその最高の晴れ姿を開示してくれた。


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昼メシに最高のロケーション
燧小屋特製のジャンボおにぎりを頬張れば
なべて世はこともなし



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御池到着


10 尾瀬を離れて

 会津高原尾瀬口駅行きのバスの時刻まで間があったので、御池ロッジに併設されている「尾瀬ブナの森ミュージアム」を見学する(無料)。尾瀬の成り立ちから地形、観光地化の歴史、生息する動植物、檜枝岐村の昔の暮しぶりなどが展示されていて、興味深い。

 尾瀬はそもそも、1889年(明治22年)に檜枝岐村の平野長蔵氏が燧ケ岳の登頂に成功したのが観光名所への端緒となった。その後、1922年(大正11年)に関東水電(現在の東京電力)が水利権を取得し、尾瀬ヶ原にダムを建設するというアホな計画を打ち出す。1949年、NHKラジオが発表した『夏の思い出』(作詞家江間章子・作曲家中田喜直)のヒットにより、尾瀬は一躍有名になり、多くの観光客が訪れるようになる。

 最初期の自然保護運動は、尾瀬原ダム計画の反対運動であった。尾瀬沼のほとりに住んでいた平野長蔵は、一人でこれに反対。発電所の建設に反対するために、尾瀬への定住を始めたという。
 実際には、発電用施設は尾瀬沼南岸に取水口が1つ建設されたのみで、それ以外は建設されなかった。1956年に尾瀬地域が天然記念物に、1960年には特別天然記念物に指定され、その時点で発電所計画は事実上不可能になっていたものの、東京電力は1966年まではこの地に発電所建設計画を持っていた。
 また、それ以降も太平洋側への分水路建設計画は残されていた。東京電力が発電所建設や分水路建設計画を正式に断念するのは1996年になってのことである。
 ただし現在でも尾瀬地域の群馬県側は全てが東京電力の所有地である。現在の東京電力や子会社の東京パワーテクノロジー(旧尾瀬林業)は、木道の建設や浄化槽式トイレの建設、湿原の復元など、環境省や各自治体と並び尾瀬を守る活動の主体のひとつとなっており、東京パワーテクノロジーは尾瀬地域の5つの山小屋の経営母体でもある。(ウィキペディア『尾瀬』より抜粋)


 自然保護の思想は戦前の日本にはなく、昭和9年の国立公園の指定が象徴と言われるが、自然破壊に抗議してたたかう自然保護の誕生は「尾瀬保存期成同盟」の結成からと言われる。これが日本自然保護協会誕生の原点となっている。(ウィキペディア『日本自然保護協会』より抜粋)


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 なんと、尾瀬原ダム反対運動こそは、日本の自然保護運動の出発点だったのである。
 東電に対する!

 なんだか宿命的なものを感じる。
 脱原発を祈るソルティのような人間は、尾瀬に足を運んで尾瀬の自然に親しみつつ尾瀬を守るのが使命なのかもしれない。(もしかしたら、8年前檜枝岐で会った女性と亡きご主人も同志だったのかも・・・)


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尾瀬の花7 コバギボウシ


 会津高原尾瀬口駅の近くにある『会津高原温泉・夢の湯』で汗を流し、さっぱりした服に着替えた。
 浅草に向かう帰りの列車の中、栃木の駅弁「岩下の新生姜とりめし」に舌鼓を打ちながら、尾瀬マップを広げ、「次はどこから入って、どのルートを歩こうかな」と、すでに計画を立てている自分がいた。


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夢の湯(日帰り500円)


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● 講演:『福島の小児甲状腺がん 基礎から現状までを学ぶ』(講師:杉井吉彦)

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日時 2017年9月30日(土)18:30~
会場 阿佐ヶ谷地域区民センター(東京都杉並区)
主催 NAZEN東京、NAZEN杉並

 福島原発事故での放射線被爆により福島の子供たちに甲状腺がんが増えている!――というショッキングなテーマを描いたドキュメンタリー『A2-B-C』(イアン・トーマス・アッシュ監督、2013年)を見て、その後が気になっていた。
 アマオケのコンサートに行ったとき、会場ロビーに置かれていたチラシを見て、この講演会を知った。ケアマネ試験も近いので、「行くかどうかはその時の気分次第」と鷹揚に構えていたら、前日の夜(金曜)に大阪の友人から数年ぶりの電話をもらった。
 用件はどうでもいいのだが、彼の近況によれば、
「最近、古なった屋根の瓦を全部葺き直して、ついでにソーラーパネルを敷設したんよ。全部で800万くらい使(つこ)うたかな」
「800万!?」
「ソーラーパネルだけなら200万くらいやった」
「そーらー、高いね」
「ま、やっぱ自分は原発に反対やし、ちいとでも自分にできることはやっとこ思ってな・・・」
(以上、関西弁は適当)
 むろん、電話を切ったソルティは「これは明日の講演に行きなさい」という啓示と思ったのである。

 講師の杉井吉彦はプロフィールによると、
 
1950年、奈良県生まれ。
東京医科大学卒業後、武蔵野赤十字病院に勤務し、整形外科副部長を務める。
1992年、国分寺市に本町クリニックを開設、院長に就任。
2011年3・11原発事故をうけ、「ふくしま共同診療所」建設に尽力。2012年12月の開院以来、同診療所の医師として毎週福島市へ通い、診療を行っている。

 自己紹介の中で杉井氏は、1985年8月に起きた日航ジャンボ機123便墜落事故の現場に医療班として立ち会った時のエピソードを語った。そして、「今にして思えば、あの飛行機事故こそ、戦後日本が唱えてきた科学技術信仰による安全神話に対する最初の警告の一打だった。にもかかわらず、なんら検証も反省もすることもなく(墜落事故の真の原因はいまだに確定されていない)同じ道を突き進んだ結果、福島原発事故という未曽有の悲劇につながった」といったようなことを述べた。
 ソルティも日航ジャンボ機墜落事故と福島原発事故に強い類似を感じている。加えて薬害エイズ事件もしかり。
 利権をひたすら追い求める政・官・財の癒着や腐敗。そこに担ぎ上げられ太鼓持ちとなる御用学者連中。彼らは目の前にある現実のデータを無視して、自分たちに都合の良い言説を臆面もなく流布し続ける。金と権力と威信のためなら、国民の命なぞ、患者の命なぞ何とも思わない。
 またしても同じ過ちが繰り返されている。

 杉井氏は医師としての立場から、素人にも分かるように「甲状腺とは何か、どういう働きを司っているのか、甲状腺がんになるとどうなるのか」という点をまずレクチャーした。
  • 甲状腺は成長ホルモンを生涯産出する。もし切除したら甲状腺ホルモンを一生補充し続けなければならない。
  • 甲状腺は頸動脈のそばにあり、がんが転移しやすい。手術も難しい。
  • 小児甲状腺がんは100万人に1~3人と言われるほど、本来なら少ない。

 次に、検査で見つかった福島県の子供たちの甲状腺がんの状況を示した。
  • 原発事故以来、小児甲状腺がんの患者は増え続けている。2017年6月5日に公表された福島県民調査報告書によると、合計190人。(実に2000人に1人) 今後も増え続けるのはまず間違いない。
  • しかし、政府も福島県も、我が国の甲状腺疾患の権威・山下俊一(福島県放射線健康リスク管理アドバイザー)を擁する福島県立医大も、事故との因果関係を否定している。
  • どころか、安倍政権は今年に入って、チェルノブイリでは強制避難ゾーンとされた年間放射線量20ミリシーベルトの区域を「安全」とし、避難指示解除を行った。それに合わせて福島県は自主避難者への住宅支援を打ち切った。つまり、汚染地域に還らざるをえないよう仕向けている。
  • 子供だけでなく、大人の中でも今後、橋本病などの甲状腺疾患が増えると予測される。
 
 お隣り韓国では文在寅大統領が今が年6月に脱原発宣言をし、液化天然ガスや再生可能エネルギーによる発電を柱にする方針を発表した。杉井氏によると、韓国の原子力発電所の近くに長年住んでいて甲状腺がんを発症した人が、原発会社を相手に裁判を起こし、因果関係が認められて勝訴したとのこと。これはつまり、原発事故が発生しなくても、放射性物質を放出する原発は健康に危害を与えるという事実が法的に認められたのである。 
 なんでこんな重要なニュースが日本で報道されない!?

 明らかに何か‘おかしなこと’ ‘恐ろしいこと’が進行している。
 
 昨日67歳の誕生日を迎えたばかりという杉井氏のわかりやすく、熱く、人間味あふれる語りに会場の温度は上がった。80名を超える参加者の中には元自衛官や事故後に原発で働いた人などもいた。
 右も左も関係なく、これはまことに由々しき事態。

 ケアマネ試験が終わったら、もっと調べてみよう。


誓いの碑
薬害エイズ和解を受け厚労省内に建立された「誓いの碑」





● Happy Islandの子供たち 映画:『A2-B-C』(イアン・トーマス・アッシュ監督)

2013年日本映画。

 熊本地震の余震が続く中、九州にある原発のうち現在唯一稼働中の鹿児島県川内原発のことが気にかかる。震源が広がっていて、川内原発から80キロのところでも震度5を記録している。
 そもそもこれは本当に「余震」なのだろうか?
 「予震」でないことを祈るばかりだ。

 そんななか、東日本大震災による福島原発事故の住民への被害を描いたドキュメンタリーの上映が国分寺であった。
 監督したのは、イアン・トーマス・アッシュという1975年ニューヨーク生まれ日本在住のドキュメンタリー作家。福島原発事故の11日後に福島の取材を決意、主に伊達市を訪れて高い線量の放射線に曝された地域を取材し、不安と怒りとやるせなさに震える住民の声を採録している。
 特にアッシュ監督が懸念し問題視しているのは、子供たちの被爆である。
 
 タイトルのA2-B-C。これは、甲状腺に発生したのう胞や結節(しこり)の大きさによる判定レベルを示している。原子炉で事故が起きると、放射性物質の1つである「放射性ヨウ素」が大気中に放出される。これが体内に取り込まれ甲状腺に蓄積されると、甲状腺がんを引き起こす可能性が高くなる。新陳代謝が活発な子どもほど放射線の影響を受けやすい。
  • A1: 超音波検査によって、のう胞、結節ともに、その存在が認められなかった状態。
  • A2: 超音波検査によって、大きさが20mm以下ののう胞、または5mm以下の結節が認められた状態。要経過観察。
  • B: 超音波検査によって、大きさが20.1mm以上ののう胞、または5.1mm以上の結節が認められた状態。二次検査が必要。
  • C: 複数の医師による検討の結果、すみやかに二次検査を実施した方がよいとの判断をした状態。

 A1判定以外は、甲状腺に何らかの異常が見つかったという意味である。映画の中にはA2判定を受けた子供たちとその親たちが登場し、予測できない将来について不安な表情を隠せない。
 2011年10月から2013年11月までに福島県が実施した検査結果によれば、震災当時18歳以下の子供254,280人のうち、
 A1判定 134,805人(53%)
 A2判定 117,679人(46.3%)
 B判定 1,795人(0.7%)
 C判定 1人
となっている。(週刊「通販生活」ホームページ記事参照) 
 約2人に1人の子供に異常が見られるとは・・・・・。過剰診断を指摘する専門家の声もあるのだが、ならば福島原発事故の影響をほぼ受けなかった地域(たとえば北海道とか)の同年代の子供たちにも同じ検査をして、比較対照(コントロール)すればよい話である。しかし、当の過剰診断を訴える専門家も行政もいっこうにこれをやろうとしない。
 もっとショッキングな結果が出ている。
 福島原発事故をきっかけに「福島の子どもたちの命と健康を守ろう」と呼びかけられた基金によって建設され、今も福島駅近くで診断・治療を行っているふくしま共同診療所の昨年11月30日発表によると、
 
これまでに153人の小児甲状腺がんないし疑いが見つかり、そのうち114人を手術し113人ががんと確定しました。小児甲状腺がんの発症は100万人に3人と言われていますが、福島では約3,000人に1人の確率で発生しています。しかし国・県・福島医大・県医師会は、「甲状腺がんの多発は放射能によるものではない」と主張し続けています。(福島診療所建設委員会2015年12月15日発行『SunRise』NO,9より抜粋)
 
 全国平均の100倍強である!
 これはどう見たって過剰診断のレベルではない。ごまかしようがない。
 福島県医師会主催の開業医向けの研修会で、講師は「福島の小児甲状腺がんは放射能の影響ではなく、自然発生だ。放射能恐怖のためにスポーツをしなくなり肥満が増えた。それによる健康被害の方が心配だ」と述べたと言う。
 臆面も無いとはこういう手合いを言う。
 
 この映画を観て、どうしても連想せざるをえないのは、ソルティも裁判支援に関わった90年代の薬害エイズ事件である。国(当時厚生省)と企業(製薬会社)と医師(安部英を長とする血友病専門医)の癒着のトライアングルが手元にある明白な事実を隠蔽し、安全を吹聴し、HIV汚染された非加熱血液製剤を血友病患者に投与し続けた。結果、約1500人の血友病患者がHIVに感染し(そのなかには現在国会議員である川田龍平が含まれる)、約500人がエイズ発症し亡くなった。亡くなった子供たちの多くは、母親自らがHIV入り血液製剤を注射器で投与していたのである。
 
 国はまたしても同じ過ちを繰り返そうとしている。
 一部の医師はまたしても患者を見殺しにしようとしている。
 さらに酷いことに、メディアの大勢は真相を追究する力も倫理も見識も失っている。(この福島の子供たちの現状を今年3月11日に報道したテレビ朝日の「報道ステーション」は『週刊新潮』から激しいバッシングを受けた)
 
 隠蔽したがる理由は言うまでもなかろう。
 生身の子供よりもアトムのほうが可愛いのだ。


評価:A2BC

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




 


 
 

● 阿修羅の如し 孫正義伝 本:『あんぽん』(佐野眞一著、小学館)

あんぽん2012年発行。

 「あんぽん」とは安本のこと。安本正義という名前で日本に帰化した男が、もとの韓国姓に改姓して、孫正義になった。
 ソフトバンクの創業者にして社長、日本で五指に入る大富豪、脱原発を唱え私財100億円を投じて自然エネルギー開発に取り組む、稀代の変革者である。
 東北大震災の折りの俊敏かつ積極的な救援活動は、並み居る政治家を恥じ入らせるに十分すぎるものであった。

 この本は、一人の野心溢れる青年起業家が成功するまでの道のりを描いた通常の伝記やサクセスストーリーとは異なる。でなければ、サクセスストーリーにも企業経営にもITの将来にも政治的駆け引きにも興味のない自分のような読者が、あえて手に取ろうとは思わなかったであろう。
 本書が他の伝記と違っているのは、これが在日朝鮮人の昭和・平成史と読めるところである。

 孫正義の父方の祖父と母方の祖父(ともに朝鮮人)は、日本の鉱山で働いていた。母方の祖父は強制連行に近い形で朝鮮から連れて来られ、筑豊の炭鉱で最も危険な仕事をやらされた。孫正義の母親の弟(叔父)は、国鉄職員を希望したものの出自をもとに断られ、やはり鉱夫となり1965年に炭鉱爆発事故で亡くなっている。孫正義の両親(在日2世)は、佐賀県鳥栖駅前の朝鮮部落で養豚や密造酒づくりで何とか生計を立てていた。孫正義は、豚と酒の匂いの充満するその路地で生まれ育ったのである。
 貧困からの脱出をはかる孫の父親・三憲には事業の才覚があり、金貸し業で財を成した後、九州最大のパチンコチェーン店のオーナーとなる。むろん、それ以外の事業で在日が伸し上がるのは不可能に近かったろう。
 きわめて貧しい幼少時代のあと、きわめて豊かな少年時代を経て、幼少期から抜群に利口で意志の強かった孫正義は、実業家の道を選んで、自由の空気に触れるべく単身アメリカに行く。あとはもうサクセス街道まっしぐら。在日3世にして花形産業の青雲児に、ITやエネルギー政策を手綱に日本の未来を左右する存在にまでのし上がったのである。
 この本をサクセスストーリーと言うのであれば、それは孫正義一個人のサクセスストーリーではなくて、三世代にわたる在日朝鮮人のサクセスストーリーである。孫正義が在日の星と仰がれるのも無理はなかろう。
 が、単なるサクセスストーリーに終わっていない。
 著者は、孫正義という男が、三世代にわたる「血と骨」の在日朝鮮人一家の中で、どのように作られたかを検証している。未来を熱く語り周囲の人間を惹きつけ巻きこんでいく孫正義の類まれなるパーソナリティの形成を、血縁・文化・民族的背景に探っている。
 一人の個人を創っているのは、その個人の誕生からあとに起こった出来事だけではない。むしろ、誕生前に起こった有形無形のことの結果として、個人は運命づけられる。著者のそんな考えが紙面から立ち現われて来るようだ。

 著者の佐野眞一もまた毀誉褒貶ある人だ。
 作品が高く評価されている一方で、剽窃事件を起こしたり、『週刊朝日』の橋下徹人格否定記事でバカをしている。おそらく、この伝記でやったようなことを橋下徹に対してもやりたかったのではないかと推測するが、相手が悪かった。在日朝鮮人問題と部落問題じゃ、歴史も深みも異なる。


 著者は、孫の父親はじめ、出会えるかぎりの様々な関係者に出会って、話を聴いている。韓国にまで飛んでいる。その徹底した取材ぶりはプロと言うにふさわしい。
 次第に明らかになってくる孫正義のルーツに、日本の近代の闇を見ると言ったら大げさであろうか。
 もっとも、在日朝鮮人の来歴および家庭環境を、孫一家に代表させることは間違いであろう。もっと穏やかな、平凡な家庭のほうが圧倒的に多いはずである。
 孫正義の父親のキャラクターの濃さ、取材過程で登場する親類たちのアクの強さ(孫の叔父は元ヤクザ、孫の祖母は子豚に自らのおっぱいを吸わせていた)、親類縁者の魑魅魍魎のごとき争い、男たちの激しやすさ、粗暴なふるまい、そして朝鮮人差別・・・。こういったあまりにも濃すぎる情念の坩堝から、ITという無機質な産業の覇者が登場するという、ある種不可思議な、ある種納得のいく運命の皮肉。
 一見、優しそうで穏やかそうな孫正義の表情の背後には、虐げられてきた在日朝鮮人の怨みと怒りと哀しみと復讐心と、自分を育ててくれた日本という国に対するアンビバレントな思いと、朝鮮・韓国という国に対する複雑な思いと、貧困の中にあった親族の愛と助け合いの思い出と、裕福の中に発現した親族の裏切りと罵りあいの醜悪さと、震災被災者に対して発動されたような非利己的な自発的な愛と、それらもろもろが、天才脳のサイバー空間を四六時中、経巡っているのかもしれない。

 そう言えば、孫正義は興福寺の阿修羅像に似ている。

仏像は語る



● 日本人の宿痾 本:『原発ホワイトアウト』(若杉冽著、講談社)

140114_1102~01 政治にも会社経営にも権謀術数は付き物である。
 だから、いまさら匿名の現役官僚が、政・官・財の癒着や腐敗や国民無視を暴いたところで呆れ返ることはあっても驚くことはない。ましてや恐怖することなんて・・・。

 だが、この小説は怖い。

 読みながらダブるのは山崎豊子の『沈まぬ太陽』である。地位と権力と金とを執拗に追い求める政・官・財(JALをモデルとした航空会社)に巣食う魑魅魍魎によって組織が腐敗し、安全倫理が保たれず、結果として乗客の命が紙っぺらのように扱われる様を、山崎豊子は赤裸々に描いた。
 あるいは薬害エイズ事件である。厚生官僚(OB)と製薬会社と医者とがつくる魔のトライアングルが、HIV入りの血液製剤が市場に出回るのを放任し、結果として血友病患者1500人余の命を奪った。
 どれも構造は同じである。
 人間が変わらないかぎり、同じことは何度でも繰り返される。再発防止の為のどんな法律や制度や仕掛けや委員会をつくろうとも、頭のいい奴は必ず法に触れない抜け道を思いつく。一時は怒った大衆も忘れてくれる。
 こんなことは人間の歴史が始まってから何万回と繰り返されてきたわけで、いつの時代でも、日本に限ったことでなしに、生じている。であればこそ歴史小説は人気がある。庶民の命の価値がグレードアップしたぶん、現代の方がマシという話であろう。
 問題は、こうした政官財の腐敗によって起こる事故の規模・社会的な負の影響力の大きさである。

 こんな比較の仕方は良くないと分かっているが、あえて書いてみる。
 JAL123便の事故(1987年)による犠牲者は520名。飛行機一機の墜落で生じる被害は、人命数百と墜落地点の人的・環境的被害が主である。
 薬害エイズで起きた被害は、数千人のHIV感染と1500名余の死。HIVによる二次感染、三次感染があり得るので、実際の被害はもっと多い。
 福島原発事故の被害は測り知れない。事故による直接の死者や修復に携わる職員・作業員の死者の数は曖昧にされているので不明だが、放射線被爆の影響は数百万人に及ぶ。今後、子供などにどういう影響が出てくるかも分からない。被害は人間ばかりでない。他の生き物や自然も深甚なダメージを受けている。
 ウイルスや放射線のように目に見えない、拡散する、有毒な相手に対しては、人間はあまりにも脆弱なのである。これらを制御できるには、人類はまだ数世紀幼すぎる。「またいつもの政官財の癒着か」で義憤するだけでは済まされない。
 だから、この小説は怖い。

 原発メルトダウンは現実に起ったことであり、今後現実に起りうることである。
 そして、本書の扉に記されている「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」というカール・マルクスの言葉通り、生じた悲劇を反省できずに同じ道を歩む日本人の道化ぶりは、現在まさに上演中である。凄まじい勢いを持って原発推進に向けて脚本は書かれ、舞台は進行している。
 あれからまだ3年もたっていないのに・・・。
 なんら抜本的な防災対策も取られていないのに・・・。
 日本人の驚くべき健忘症を著者はこう書いている。

 フクシマの悲劇に懲りなかった日本人は、今回の新崎原発事故でも、それが自分の日常生活に降りかからない限りは、また忘れる。喉元過ぎれば熱さを忘れる。日本人の宿痾であった。

 著者の絶望がこの一文に凝縮されている。
 だが、現役のキャリア官僚がこのような告発小説を世に出せたことに、まだ一縷の希望がある――と思いたい。

 


● 本:『沈まぬ太陽』(山崎豊子著、新潮文庫)

沈まぬ太陽 2001年刊行。

 久しぶりの長編小説にして、はじめての山崎豊子。

 う~ん、さすが七百万部を超えるベストセラーだけあって、息もつかせぬ面白さ。一気呵成に読み上げてしまった。
 面白さの主因は、虚実皮膜というか、「どこまでが事実で、どこからがフィクションなんだろう?」と、好奇心をそそられるところにある。
 文庫本の但し書きにはこうある。

 この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基づき、小説的に再構築したものである。

 と来れば、多くの登場人物にモデルとなった実際の人物の存在を想定するし、エピソードのかなりの部分が実際にあったことなんだろうなあと思うのが道理である。悪く書かれているキャラクターや組織のモデルとなった人物・団体は黙っていないだろうなあ~、とか思うわけである。
 実際、この小説を連載していた『週刊新潮』を、日本航空は機内に置かなかったという。


 何と言っても白眉は第三巻の「御巣鷹山篇」。

 1985年8月12日に遭った日航ジャンボ機123便墜落事故の一部始終が、迫真の筆致と、胸をえぐられるような慟哭の基音をもって描き出されている。嗚咽せずに読むのが難しかった。
 乗員乗客524名のうち死亡者520名という、未曾有にして最悪の航空機事故を起こした背景に潜むのが、親方日の丸に依存していた日本航空(作中では「国民航空」)の腐りきった企業体質、いびつすぎる労務管理、政財界との癒着によって甘い汁を吸うことばかりに汲々とし利益追求の旗の下「安全」を二の次にした幹部のつける薬もない無能さ、こうした企業風土の中で疲弊し低下していく社員の士気、であったことをこの作品は暴き出していく。
 中小企業ならこれを機に会社がつぶれても仕方ないほどの、大きな、社会的インパクトのあるこの悲惨極まる事故を起こしたあとですら、日本航空(作中では「国民航空」)は自浄能力を発揮することができなかった。
 登場人物の一人が、その有様を「末期ガン」と表現しているけれど、利権と既得権と賄賂と便宜と天下りと政治的駆け引きと権謀術数と嫉妬と裏切りとが渦巻く、まさに魑魅魍魎の世界がそこには広がっていたのである。
 ううっ、気持ち悪い。

 世の中きれいごとだけでは通じない、清き流れに魚澄まず、というのはいっぱしの社会人なら誰でも理解しているけれど、巨悪のやることはほんとうに常軌を逸している。
 食欲、性欲、物欲・・・・欲にもいろいろあるけれど、権力欲に勝る危険なものはあるまい。他の欲は個人のレベルでおさまるけれど、権力欲は社会を滅ぼしかねない。 とりわけ、それが国(政治家)と結びついた時は自浄能力が期待できないだけに恐ろしい結果となりうる。

 JALと東電は双子のようだ。
 2012年の「沈まぬ太陽」とは原子炉のことである。


 くわばら、くわばら。



● ミッドウェー再び 本:『日本人と「日本病」について』(岸田秀×山本七平対談、文春文庫)

日本人と「日本病」 唯幻論を説く精神分析学者・岸田秀と従軍経験のある歴史学者・山本七平との対談。
 1980年に刊行しているから、すでに30年以上の歳月が過ぎている。この間に日本にはいろいろなことがあった。個人が起こした事件は除いて、すぐに思いつくものを挙げるだけでも、


 日本航空123便墜落事故(1985)
 リクルート事件(1988)
 大喪の礼(昭和天皇の逝去)(1989)
 バブル景気とその崩壊(87~91年)
 PKO協力法の成立(1992)
 阪神・淡路大震災(1995)
 オウム真理教(1995)
 薬害エイズ裁判(1997)
 自衛隊イラク派遣(2003)
 政権交代(自民党から民主党へ)(2010)
 東日本大震災・津波・福島原発事故(2011)


 こういった日本全体を巻き込み、日本人のほとんど全員に影響を及ぼしたような大事件をその因果関係やその当時の風景(世論、人々のふるまい、空気、対処の仕方など)と共にふりかえってみると、やはりそこには日本人が持っている国民性が共通して浮かび上がってくることに気づく。
 そしてそれは、ここ30年に限らず戦後を通して、いや戦前・戦中も維持されてきたものであり、遡れば文明開化や江戸時代のペリーの来航にまで、さらに遡れば中世、古代、弥生・縄文時代まで源をたどることができる。それでこその国民性である。
 その国民性が吉と出るか凶と出るかは、日本の場合、多くは外国との関係によって決まってくる傾向にある。鎖国が可能な極東の島国、という条件がこの国民性を滋養した一つの大きな要因であるが、それは同時に、外国との折衝を持たず一国のみですべてがマネジメントできている間ならばこの国民性はうまく働くということである。
 しかし、ペリー来航以降に見るように、外国(近代欧米国家)との「取るか取られるか」の弱肉強食の猟場に引きずり込まれると、この国民性は不利に働く。
 そこで、明治政府は温州みかんにレモンを接ぎ木するが如く、日本の国民性の上に無理やり近代西欧的な価値観やスタイルを接合させた。あるいは、中国の纏足のように、近代西欧文化という枠組みに日本人を合わせようとした。

 精神分析の徒である岸田によれば、この無理強いこそが、日本人を精神分裂病に招き、バンザイ突撃やカミカゼ信仰に象徴されるような太平洋戦争時の奇矯なふるまいや、先にあげたような重大事件に際してはからずも露呈するような、近代国家の視点からすると「不可思議きわまりない」日本国家及び日本人のふるまいの原因となっている。むろんそれは、今も続いている。

 欧米諸国が内的な必然性を持って、すなわち「内側から」自発的に、近代国家への道を歩んでいったのにくらべ、日本は何ら内的必然性を持たないままに、「外側から」無理やり近代国家に仕立て上げられていったところに悲劇があった。たとえは悪いが、性欲の自然な高まりと異性への関心の増加によって最初の性交に至るのと、性欲もまだ湧かず異性への関心もまだないのに無理やりレイプされてしまったのとの違いであろうか。
 可哀相な我が日本よ・・・。


 だが、もし黒船が来なかったら、開国要求や植民地にされる危機がなかったのなら、日本人は太平の江戸時代の末に近代欧米化への道を自発的に歩んだのであろうか?


 おそらく、違ったであろう。
 なぜならば、前近代の欧米諸国とペリー以前の日本とでは、まったく精神構造が違っていたからである。
 この彼我の違いを岸田と山本七平が述べている部分を適当にピックアップすると、


山本 日本人の社会には神がいないんですね。人間と人間とがいて、お互いの間で相手の立場に立って話し合うわけです。


山本 日本の社会では話し合いさえつけば、ほかのことはどうでもいいのであって、いわば無原則ですよね。ところが彼ら(ソルティ注:イスラム、欧米)は神との間の契約があるから原則だらけで、きわめてうるさい。たとえ個人と個人の間で約束しても、それが神との契約に反していたら、人との約束を破棄しても当然です。

岸田 日本では原則がないというのが原則なんです。


岸田 ・・・日本というのは、あらゆる組織、あらゆる集団が、血縁を拡大した擬制血縁の原理で成り立っているわけですね。


岸田 向こうの(ソルティ注:欧米の)社会とか集団とかはみんなそうですね。家族という血のつながりを断ち切った者たちが、全然別の明確な原理にもとづいて別のレベルで新たな集団を形成するんですね。


山本 日本では何かの集団が機能すれば、それは「共同体」になってしまう。それを擬制の血縁集団のようにして統制するということじゃないでしょうか。


岸田 ヨーロッパ人の自我は神に支えられ、日本人の自我は人間関係に支えられているという違いがあるわけですが、ここが違っているのですから、当然、何が自我の崩壊の不安を呼び起こし、何が恐ろしいかということが、ヨーロッパ人と日本人とでは違っているわけです。ヨーロッパ人にとって恐ろしいことは、神との契約、神の戒律に背いて神の怒りを買うことですが、日本人にとって恐ろしいことは、人々に迷惑をかけ、人々から非難され、見捨てられることです。


  これらをまとめてみると、次のようになる。

           日本                       欧米
 個を超越する  人と人との関係(和)       神
 組織の在り方  擬制血縁による共同体      機能集団(分担と役割)
 関係の基本   話し合い(その場の空気)    契約
 人を縛る     世間の目              法
 原則は      ない                 ある  
 近代的自我   脆弱                 強い

 これでは同じ土俵に上がっても勝負にならない。組織のあり方ひとつ見ても、近代兵器を使った戦争に勝てるはずがない。太平洋戦争で日本は惨敗するが、その原因として岸田も山本も日本とアメリカの戦力の差、物量の差以外のものを指摘する。

岸田 日本軍とヨーロッパやアメリカの軍隊との大きな違いがそこにありますね。日本では、軍隊というのも共同体になるから、共同体の秩序原理が働いて合理的な作戦がとれなかったということがありますね。

岸田 ・・・日本軍は陸海軍とも補給という現実のレベルのことに重きをおいていなかったんですね。日本軍は、現実のレベルではなく、主観的な気分のレベルで戦争をやっていたとしか言いようがない。勇気というものを自己目的化して、退却や降伏に拒絶反応をしたのも、気分のレベルで戦っていたからですね。


岸田 なぜ(日本の戦術は)戦略思想どおりに展開しなかったんでしょうか。
山本 それは確固たる思想がなかったということと、やっぱり日本は共同体ができてしまうんです。大鑑巨砲屋、水雷屋、飛行機屋とそれぞれコミュニティをつくって、自分の存在を主張するもんだから、それぞれバランスをとらねばならず、それで結局、どうにもならなくなった。・・・大体において、確固たる見通しに立って、将来はこうなるんだからこうすべきだという発想がないんだから。(下線ソルティ)
 

 最後の一文は、まさに日本の国民性の最大の欠陥=「日本病」を衝いている。日本には政策というものがない。戦後の日本の政府がやってきたのは、起こってしまった事件に対して不器用に事後処理するだけである。いまの福島原発事故を見るがいい。
 そして、いま50年後、100年後の日本のエネルギー問題について真剣に考えていかなければならないのに、いまだに原状復帰を目指しているありさまだ。
 おそらく福島原発事故は、太平洋戦争でいえばミッドウェーで大敗を喫したのにあたるだろう。日本の敗北がほぼ確定した時点(1942年)である。このときに降伏していれば、その後の本土決戦や沖縄戦、広島・長崎原爆被害を含む何百万という命は失われなかった。日本が侵略したアジア諸国の何千万人にいたっては言うまでもない。しかし、軍部はすでに冷静な判断を失っていた。否、もとから冷静な判断があれば開戦に踏み切らなかったであろう。このあたりは猪瀬直樹に詳しい。(→ブログ記事参照http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/4699834.html
 原発をなおも遮二無二、推進しようとする政財界の動きは、まるで自滅へと突っ走った太平洋戦争時の軍部のようである。過去のトラウマを無意識に強迫的に再現しているのだろうか。

 このような「日本病」をどう治療していくかという点に対談は及ぶ。
 マッカーサーが「日本人の精神構造は12歳」と言ったのを引き合いに出して、岸田はこう述べる。

 もし日本人がまだ子供であるとして、これから精神発達をとげて大人になってゆくとすれば、そのときの大人というものの基準は、欧米の大人の基準とは違った、日本人独自の基準でなければならないと思いますよ。子供から大人になるといったって、日本人を動かしている原理や行動規範の内容が変わるわけではありません。・・・・
 大人と子供の違いは、自分の行動規範をどれほど自覚し、相対化しているか、その通用する限界をどれだけ知っているかにある。たとえば欧米人が自分の行動規範を普遍的だと思いこみ、これが日本人にも通用するときめてかかっているとすれば、その点で彼は幼児的なわけです。これから日本人は、さまざまな外国人の行動規範との関係において、自分の行動規範の違い、相対性、限界を知り、従来のように無意識的にそれに引きずられて何かをやらかしてしまうのではなく、自覚的に自分の行動規範に基づいて行動できるよう、努力すべきではないでしょうか。日本人は日本文化の行動規範によってしか行動できないんですから。それが日本人として大人へ成長するということだと思うんですよ。 

 30年前の対談とは思えない。


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