ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●美術館・博物館・ギャラリー

● キュートな神たち :静嘉堂@丸の内「たたかう仏像」展

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 JR東京駅丸の内南口から徒歩5分、皇居のお濠に面した明治生命館1階に静嘉堂(せいかどう)@丸の内はある。
 三菱2代目社長岩崎彌之助と4代目社長岩崎小彌太の親子によって創設・拡充された文庫美術館で、国宝7件、重要文化財84件、古典籍20万冊を含む約6500件の東洋古美術品を所有している。
 静嘉堂の母体はいまも世田谷区にあるらしいのだが、創設130周年を迎えた2022年10月より、現在の丸の内明治生命館にて展示活動を始めたとの由。
 ソルティは、昨年日比谷図書文化館で見つけたチラシで、その存在を知った。
 1月2日から開催されている「たたかう仏像」展に足を運んでみた。

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明治生命館(重要文化財)
1934年(昭和9)竣工。
古典主義を採り入れた我が国近代洋風建築の代表作。
設計は岡田信一郎。
背後に建つのは明治安田生命ビル。

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明治生命館1階ホワイエ
ここで1杯1000円のコーヒーを飲むのもオツなもの。

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静嘉堂@丸の内入口
休日だったので混んでいた。
じっくり観るならウィークデイ(月曜休館)がおすすめ。

 今回は、四天王・十二神将・不動明王など甲冑を身につけ怒りの表情を見せる 「たたかう仏像」をテーマに、彫刻・絵画・刀剣などが4部屋に分かれて展示されている。
 さらに、仏像の鎧のルーツと言われる中国・唐時代の神将俑も紹介されている。  
 こちらは17年ぶりの展示とのこと。
 ちょうど学芸員さんの特別レクチャーがある日だったので、鑑賞前に見どころを聴くことができた。

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中国・唐時代(7世紀後半)の神将俑
俑(よう)とは、中国の墓の中に納められた人型の副葬品。
もっとも有名なのは、秦始皇帝陵の兵馬俑である。

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唐時代(8世紀)の神将俑

神将俑
奈良大学のスクーリングで訪れた天理参考館でみかけたこの2人。
野球拳をしているかと思ったが、墓を守る神将俑だったのね。

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秦始皇帝陵兵馬俑
Allan LeeによるPixabayからの画像

 ここの収蔵品の中でもっとも貴重とされているのは、南宋時代(12~13世紀)に建窯で作られた曜変天目という名の茶碗であろう。
  ソルティは陶器についてまったくのド素人なのでその価値がよくわからないが、プルシアンブルーの見込み(茶碗の内側部分)に玉虫色に輝く泡状の斑紋が散らばって、あたかも星雲や銀河を宿す宇宙空間の如き美しさ。
 完全な形で残っているのは日本に3碗しかなく、もちろん国宝指定されている。
 一見の価値あり。(これだけ撮影NGであった)

 ソルティが一番惹かれたのは、鎌倉時代につくられた十二神将立像。
 もともと京都・浄瑠璃寺の三重塔内にあって、平安時代に作られた薬師如来像を囲んでいたらしい。
 それが明治時代に流出し、所有主を転々としたあげく、現在、トーハク(東京国立博物館)に5体、静嘉堂に7体あるとのこと。
 像の素晴らしさから一時は運慶作ではないかと議論が盛り上がったが、修復作業中の平成29年(2017)、静嘉堂にある亥神像の頭部背面から墨書銘が発見された。
 そこには「安貞二年 八月、九月」と書かれていた。
 運慶が亡くなったのはそれより5年前の貞応2年(1223)なので、運慶作ではないことが証明されたのである。
 しかし、運慶作であろうがなかろうが、素晴らしさは変わりない!
 運慶以後の鎌倉彫刻の写実性と迫力を備えながらも、人間らしい、というか童子のような自由奔放な感情の発露とキュートさが感じられる。
 ソルティは、運慶の三男・康弁がつくった興福寺国宝館の木造天燈鬼・龍燈鬼立像を連想してしまった。
 康弁でないとしても、運慶の息子、孫たちによってつくられた可能性は高いと思う。  

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寅神
すべてヒノキの寄木造である

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卯神
頭上にそれぞれの干支(えと)の動物を乗せている。

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午神
今年の干支です

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え~と?

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酉神
「エイ、エイ、オー!」
歯や舌の緻密な表現が、先秋、東京国立博物館で開催された興福寺北円堂展の広目天を思わせる(康弁作と考えられている)。

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亥神

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矢が曲がっていないか確かめている。
実に人間っぽい表情と仕草ではないか。

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なんと! 兜を外すことができる!
この後頭部に墨書銘があったのか・・・

 今回展示されなかった残り2体と、東博にある5体の十二神将像も観てみたい。
 しかし、休日とはいえ、あんな混んでいるとは思わなかった。
 若い人も多かった。
 仏像人気ってほんまもんなんだ。
 次回は、空いているウィークデーに行こう。
 一杯1000円のコーヒーもおごってみよう。

コーヒー














 







● 1089(トウハク)舞台裏ツアーに行く

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 東京国立博物館(東博=1089)では、不定期で『文化財を未来につなぐ・博物館舞台裏ツアー』を行っている。
 本館の第17室(保存と修理)から始まり、普段職員しか入れない本館地下通路を通って中庭に出て、法隆寺宝物館の裏手にある管理棟を職員が案内してくれる。 
 管理棟は、文化財の調査・研究・修復を行なう施設で、2019年に竣工した東博の最も新しい建物である。
 東博の内部に侵入し、文化財の保存・修復に関する取り組みを学ぶ、またとないチャンス。
 奈良大学通信教育で学んだ『文化財保存科学』の復習を兼ねて、ツアーに申し込んだ。
 参加料金は一般3,000円(税込)のところ、貧乏学生のソルティは2,500円(税込)だった。

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 当日10時半に本館受付に集合。
 参加者は10名、女性が多かった。
 各々に渡されたヘッドフォンを頭に付け、先頭で誘導してくれるスタッフのマイクを使った説明を聞きながら、展示室の中へ。ほかの来館者の鑑賞の邪魔にならないための配慮である。
 撮影は本館の中と管理棟において可能だった。
 スタッフによる口頭説明のほか、モニターを使ったわかりやすいレクチャーや、実際の修復現場の見学もあり、質問にも応じてもらった。
 申し込んだ甲斐あるワクワク体験であった。

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管理棟

管理棟廊下
作業室内は気温や湿度が一定に保たれ、飲食は厳禁。
当然、通路からガラス窓越しの見学である

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博物館にやってきた文化財の現状を詳細に記録

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修復の過程も詳細にカルテに記録
学芸員の仕事はマメで器用で根気よくないとできない
ソルティには到底無理

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最新の科学機器により文化財を診断
今や科学技術なしの文化財保存・修復はあり得ない

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蛍光X線分析装置
物質の化学組成や化合状態を知ることができる
家一軒買えるお値段だとか

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大型CT撮影装置(垂直型)
360度の方向からX線を照射する、いわゆるCTスキャンにより、
3Dデータとして対象を立体的に把握できる

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CTスキャンを用いて模造された縄文時代の遮光器土偶
外側も内側も原型まんまの凹凸がある

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修復に使うさまざまな道具が並ぶさまは、
おしゃれ工房みたいなイメージ

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日本画の接着剤として用いられている膠とふのり

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屏風に用いる和紙もいろいろ
本格修理は年間約70件、対症修理は年間約500点以上行っているという

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東博では、作品保護の観点からジャンルごとに展示期間を定め、展示替えを行っている。たとえば、浮世絵は4週間が限度という。
ふた月続く展覧会の前半と後半で展示品の一部が変わるのは、鑑賞者に再度足を運んでもらうための工夫かと思っていた。

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最後におみやげをもらった!
UTAMAROO !

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庭園

 美しく懇切丁寧な展示の裏に、たくさんの地道で根気のいる作業があることを実感した。















 

● 都会のオアシス : 半蔵門ミュージアムで仏像三昧

 こんなにアクセスの良い場所に、こんなに快適で清潔な施設があって、こんなに素晴らしい仏像や仏画が並んでいて、心地よいシートで映像も観ることができて、落ち着いたラウンジで1杯150円でカフェも飲めて、仏像に関する良質の図書やポストカードも購入できて、スタッフはとても親切で・・・・。
 これで入場料無料って、なんだか狐につままれたような、狸に化かされたような、コックリに取り憑かれたような、ひょっとして異次元空間に迷い込んだか?・・・・と思うような、知る人ぞ知る都会のオアシス、それが半蔵門ミュージアムである。

 その秘密は宗教法人「真如苑」運営ってところにあると思うのだが、別に入会を勧められることもないし、受付で名前や連絡先を記載する必要もないし、真如苑の案内パンフを渡されることもない。
 ただ、仏像や仏画に対する敬愛と賛嘆の念がつのり、お釈迦様や仏教に対する親しみが一層深まり、清らかで穏やかな気持ちに満たされるのみである。
 ソルティはこれが2度目の見学だが、平日であれば混み合うこともなく、自分のペースでゆったりと鑑賞し、くつろぐことができる。

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 今回は3時間半滞在した

 ここの目玉は、なんと言っても、運慶作の大日如来坐像である。
 栃木県足利市の樺崎寺(現樺崎八幡宮)の下御堂(しもみどう)に納められていたもので、建久4年(1193)に造られたと推定されている。
 施主は足利義兼。源頼朝に仕え、北条政子の妹と結婚した武将で、足利尊氏の先祖にあたる。
 ガラスケースに入った金色に輝く大日如来坐像は、20代運慶の出世作である奈良・円成寺のそれと像容がよく似ている。こちらは40歳頃の作。
 運慶の仏像って、ミケランジェロの「ダビデ」や「ピエタ」や「モーゼ」の彫像を思わせるところがある。それは何かというと、「空間からいま切り出されました!」みたいなヴィーナス的“誕生感”。
 いつ見てもフレッシュで、生命力にあふれ、ドラマチックである。
 運慶仏をタダで見られるのは、東大寺南大門とここだけであろう。

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半蔵門ミュージアム公式パンフレットより

 運慶仏のほかにも素晴らしい仏像がある。
 平安時代(10世紀)の木造の如意輪観音菩薩坐像。
 これは京都・醍醐寺にあったものらしい。
 純潔と気品の漂う青年っぽい表情が絶品。
 6本ある腕は様々な動きをとってバランスよく配置されているが、その指の美しいことったら!
 折り曲げた右足と座面がつくる角度も絶妙。
 衣の襞の流れも自然かつ流麗で、台座から垂れたあたりは上質の絹の滑らかさを感じさせる。
 この美しさ、ソルティは、京都・宝菩提院願徳寺の菩薩半跏像を記憶から呼び起こしてしまうのだが、いずれの像においても、これだけ腕の立つ仏師の名が知られていないというのが不思議である。

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如意輪観音菩薩像

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 同じく醍醐寺にあったという17世紀の仏涅槃図も見逃せない。
 371.0cm×255.8cmのビッグサイズの絹に、お釈迦様の臨終場面が色鮮やかに描かれている。
 中央の寝台で側臥位をとるお釈迦様の周囲を、菩薩や四天王や護法神や、弟子たち、在家信者、さらには様々な空想上あるいは実在する動物や昆虫が取り囲み、その死に衝撃を受け、あるは泣き叫び、あるは天を仰ぎ、あるは地面にのたうち回り、あるは・・・・気絶している(アナンダ)。
 十人十色、いや百体百色の悲しみの表現が臨場感を醸し出す。
 動物や昆虫も精妙に描かれて、実に細やかに彩色されている。
 天からは白い曼荼羅華が降っている。
 現在、2階のマルチルームでは、お釈迦様の涅槃をめぐる物語を紹介し、涅槃図を部分ごとに拡大したパネルを掲示し、登場する主要な神や人物や動物を解説している。
 いろいろ発見があって面白い。(12月28日まで)

 ここには素晴らしいガンダーラ仏教彫刻もある。
 お釈迦様の前世、誕生、出家、悟り、最初の説法(初転法輪)、入滅を描いた、 いわゆる仏伝図を至近距離から観ることができる。
 ギリシャ・ローマ彫刻の影響がまざまざと知られる。

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初転法輪
お釈迦様の向かって左側で金剛杵を手にしているバジラバーニ(執金剛神=仁王様)

 12月28日まで、阿弥陀仏の特集展示をやっている。
 修理を終えたばかりの平安時代の阿弥陀如来立像はじめ、室町・江戸時代の絹本着色の阿弥陀仏の絵や曼荼羅が展示されている。
 ここで注目したいのが、阿弥陀聖衆来迎図。
 堂々たる阿弥陀如来が10人の菩薩を従えて、天から雲に乗って飛来する。
 蓮台をもつ観音菩薩、合掌する勢至菩薩、琵琶や横笛や鼓や花や幡をもつ菩薩たち。
 芳香漂い、妙なる調べが聞こえてくる。
 このデザインと構図、まさにジブリ映画『かぐや姫の物語』(高畑勲監督、2013年)のクライマックスを成すブッダ来迎シーンである。
 高畑監督、ここから着想を得たか!

天女来迎
原作の『竹取物語』ではもちろんブッダは登場しない
(京都・風俗博物館展示)
 
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皇居の内堀沿いに桜田門まで歩いた
google mapで見ると近いのだが、歩くと30分以上かかる
皇居=江戸城のデカさを実感

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桜田門






 

● 運慶行列、あるいは四天王像の秘密(東京国立博物館)

 11/16(日)放送のNHK日曜美術館で、東博開催中の『運慶 祈りの空間 興福寺北円堂』展が取り上げられたので、平日の午前中でも結構混むだろうなあと予想していた。
 開館10分前に到着したら、正門前にはチケットを事前購入している60名近くがすでに並んでいた。
 その最後尾についたが、どんどん後ろに人が付き、列が長くなっていく。
 それとは別に、これからチケットを買う人たちの列がある。
 全部が全部、運慶目当てとは限らないが、混むのは間違いない。
 展覧会開始10日後の9月18日に来たときは、まったく並ぶことなく入場し、余裕で鑑賞できたのに・・・・。
  
 開門と同時の運慶ダッシュを避けるための措置だろう。
 「運慶展をご覧になる方はこちらにお並びください」
 というスタッフの声に誘導され、運慶展ポスターを手にした別のスタッフに先導され、アヒルの行列よろしく敷地内を遠回りしながら本館に近づいていく。
 運慶行列のお通りだ!
 伊豆の願成就院、逗子の浄楽寺、岡崎の瀧山寺、都内の半蔵門ミュージアムで、運慶を1時間近く独り占めできたことを思うと、このギャップはなんか滑稽である。
 北円堂ならではか? 
 それでも早起きしたおかげで、待たされることなく、特別5室に入場できた。
 身動き取れないほどではないが、気を付けて歩かないと人にぶつかる程度の混み具合だった。(ある程度入れたら、入場制限している)

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 中央にまします弥勒如来像、無着像、世親像の素晴らしさは、云わんかたない。
 運慶の最高傑作であると同時に、法隆寺の百済観音像、中宮寺の菩薩半跏像、興福寺の阿修羅像、宝菩提院願徳寺の菩薩半跏像、宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像などと並んで、日本の彫刻の最高峰に位置するのは間違いない。
 いや、世界の彫刻の中でも、ミケランジェロの「ダビデ」やロダンの「考える人」やバチカンの「ベルヴェデーレのアポロ」などに匹敵する人類の宝である。
 人間の精神性の深さを表現したものとしては、レンブラントの人物画に匹敵するのではなかろうか。
 観る角度によって印象ががらりと変わる無着と世親の不思議な表情は、千変万化する人間の心模様そのものであり、観る者の心の投影であり、また、真剣な学問と修行の末に2人の仏教者が達した境地、“この世の一切を分け隔てなく包含する慈悲”のあらわれのような気がする。
 少なくとも、“無の境地”ではない。

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無着(上)と世親(下)

 今回は、四天王像をよく見たかった。
 仏教や国を守護し、外敵を威嚇・退治する役を担った四天王は、それぞれに武器や宝物を手にし、おっかない顔して四隅に立っている。
 像の前に立つと、「睨まれている」、「見透かされている」、「怒られてる」、「威嚇されている」という畏怖感に襲われる。
 しかるに、今回じっと見ているうちに、怒っているような表情のうちに、より繊細な感情が秘められていて、4体それぞれ、かなり違いがあるように思った。

 持国天は、観る者を正面からぐっと睨み、「お前は何者だ?」と誰何し、威嚇する。
 4体のうち、もっともストレートに怒りを表出している。
 が、その奥に感じるのは、この男の生真面目さ、誠実さ。
 大事な仕事をまかせるなら、この男を措いてほかにない。

 増長天は、つかみどころがない。
 剣を前にかまえて、相手を威嚇しているようにも見える。
 ネズミを前にした猫のように、相手の出方を観察しているようにも見える。
 かと思えば、角度によっては、深い思索中の哲学者のようにも見える。
 さまざまな印象を装うことによって、相手を翻弄するのを楽しんでいるように見える。

 広目天は、激しい感情の爆発が特徴的。
 4体の中で一番気が短そう。
 だが、その爆発の原因を怒りのせいとするのは早とちりかもしれない。
 大きく開いた口からのぞくチャーミングな歯列や、その奥で震える舌は、「ひょっとしてこの男、怒っているのではなくて、哄笑しているんじゃないか?」と感じさせる。
 自由闊達な体の動きも、喜びの爆発ゆえではないか。

 多聞天こそ、不可思議である。
 多聞天=毘沙門天は四天王のリーダーであり、もっとも風格がもとめられる存在であるはずなのに、この男、像の前に立つ者と目を合わせようとしない。
 威嚇するのを忘れてしまったようだ。
 その視線は、左手に掲げた宝塔に向いている。
 なんだか自分の世界に籠っているメンタル系男子みたい。
 しかも、その表情、なんだか泣いているように見える。

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右下より時計回りに
持国天・増長天・広目天・多聞天

 持国天の「怒」、増長天の「楽」、広目天の「喜」、多聞天の「哀」。
 そう、この四天王は、あたかも「喜怒哀楽」の表現のようなのだ。
 これらの像を造るにあたって、設計図となるデッサンを書いたのは、あるいは寄木造の原型となる何分の1かの雛型を造ったのは、総監督であった運慶の可能性が高い。
 もし、雛型を作ったのが運慶で、それぞれの像を実際に担当したリーダーが運慶の長男(湛慶)、次男(康運)、三男(康弁)、四男(康勝)であるのならば、この四天王は、息子たちの性格をつかんでいる父・運慶が、それぞれの像に託して4人の息子たちを写し取ったものなのではないか、とさえ思えてくる。
 すなわち、真面目で誠実な湛慶、飄々としてつかみどころのない康運、天真爛漫で感情表現ゆたかな康弁、そして、ナイーブでスピリチュアルな気質をもつ康勝。
 4つの像の表情の多様さと深みの秘密は、眼の前の息子たち兼弟子たちを深い愛情をもって育ててきた父のまなざしに由来するのではないか、と思うのである。

 もう一つ感銘を受けたのは、四天王像のたくましい体つき。
 がっしりした肩、力強い腕、見事な背筋、でっぷりした腰回り、どっしりした脚、全身から発する野性。
 やはりこれは、運慶と関東武者の出会いの産物なのではないかと思う。
 京都の糖尿病予備軍の貴族たち、奈良のインテリ僧侶たち、都会育ちの垢ぬけた平家の武者たちを見慣れていた運慶の目に、草深い東国で野山を駆けまわって狩りをし、藁と汗にまみれて農作業をし、礼儀も風流も知らない武骨な関東武者たちの姿や生態は、きわめて新鮮なものに映ったのではなかろうか。
 野性のもつ生命力との遭遇が、運慶の中にある野生をも目覚めさせて、これまでの仏像にない力強い表現を生んだのではないか。

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東博本館より上野公園噴水広場を望む

 1時間弱で鑑賞終了。
 会場の外に出たら、本館入口前に20mほどの運慶行列ができていた。
 「ただいま10分待ちです」とスタッフが連呼する。
 平日でこれなら、休日はどうなることやら。
 展覧会終了まで、この状態が続くのは間違いあるまい。

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東洋館のシアターで「VR作品 興福寺阿修羅像」を鑑賞
やっぱり、和風美少年だな
先月亡くなったビョルン・アンデルセンの少年時代とはタイプが異なる


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入口で学生メンバーズパス(1200円)を購入
東京・京都・奈良・九州の4つの国立博物館の常設展を何度でも鑑賞できる
学生ってほんとにお得!
使いまくるぞ~















 




  
 
  

● なんなら、奈良21(奈良大学通信教育日乗) れきはくデビュー

 現在、テキスト6科目目の「考古学概論」に取り組んでいる。
 レポートの課題がずいぶんとアバウトで、「考古学とはどのような学問か、自由に論じなさい。(6400字程度)」
 テキストに書いてあることをまとめて考古学を定義するだけなら、おそらく原稿用紙3枚(1200字)で終わってしまうだろう。
 考古学という学問の成り立ちなり、具体的な発掘事例なり、自分なりの視点を入れて、ふくらませなければならない。
 と言って、ソルティはたまに古代エジプト関連と邪馬台国関連の情報番組を見るくらいで、考古学には疎い。ピンとくるネタがない。
 なにかアイデアはないものかとググったところ、国立歴史民俗博物館(通称、歴博)なるものが千葉県佐倉市にあるのを知った。
 「歴史学・考古学・民俗学の調査研究の発展、資料公開による教育活動の推進を目的に、昭和56(1981)年に設置された研究機関」である。
 この種の博物館では、おそらく、日本で一番大きく、所蔵資料件数も豊富(約22万件)で、本格的なものと思われる。
 自宅から列車で2時間強かかる遠隔地ではあるが、実物資料に接すれば、なにかアイデアが思いつくかもしれない。
 連休を利用して出かけた。

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京成電鉄・佐倉駅
お隣はもうNRT(成田空港)。
列車内には大きなスーツケースを引きずった旅行客が目立つ。
そう言えば、先頃亡くなった元ジャイアンツの長嶋茂雄が佐倉出身だった。

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駅からバス5分、徒歩15分。
佐倉城址の中にあって、緑が多く、広々と気持ちいい。

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大分県臼杵摩崖仏のお出迎え。
凝灰岩から彫り出した大日如来像で、平安時代後期の作である。
頭上の突き出た岩が屋根となって、雨水の浸透から像を守っているのだろう。

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所要3時間を見越して午後1時過ぎに入館した。
大人600円、学割250円
同日中ならば入退場自由なので、朝から行くならお弁当持参がおススメ。
館内は広く、休日でも混雑は感じられなかった。

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先史時代
石器を作る親子。
日本列島に人類がやって来たのは約3.7万年前とされる。
こういったジオラマや映像や体験型ワークショップなど、子供でも楽しめる工夫が随所でなされている。

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縄文時代
約1万1千年前から、狩猟・採集・漁労・栽培など自然の恵みを生かしながらの定住生活が始まった。

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各地で出土した縄文土器

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人骨に含まれているコラーゲンから食生活を推定できるという!
ほかにも、永久歯に固定されたストロンチウム同位体から「在地の人か移住者か」を見分けたり、頭骸骨に特徴的に現われる遺伝的形質から集団の血縁関係の有無を判定したり、考古学に応用されている最新科学技術の粋にたまげた。

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縄文犬

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山内丸山遺跡(青森)の復元ジオラマ

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女性器が刻まれた土器
亡くなった赤ん坊をこの器に入れて埋葬したらしい。
生まれてきたところに戻すという意味合いか?

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複数の遺体を埋葬した墓穴
すでに死んだ後に祖霊と一つになるという来世観があった。

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弥生時代
紀元前10世紀頃に九州北部で始まった水田耕作は、700年以上かけて関東に到達した。稲作、環濠集落、弥生土器、青銅器・鉄器使用が弥生時代の特徴である。

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人の顔が描かれた弥生土器

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環濠集落
濠をめぐらした環状の土地に血縁で結ばれた数家族が暮らした。

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弥生時代はまた戦争のはじまりである。

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発掘された人骨や装身具をもとに復元された女性像。
どちらも現代日本人女性によく見られる顔立ちである。

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倭の登場
弥生時代後期になると、各地に巨大な権力と支配域をもつ王が登場し、しのぎを削った。いわば戦国時代。
面白いことに、古代史で最もホットなテーマである邪馬台国に関する展示がここにはない。
首から鏡を下げた卑弥呼さまの像もない!
いまだ考古学的証拠がない、つまり歴史的事実として証明されていないからなのだろうか?

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古墳時代
3~7世紀にかけて、日本列島には16万基もの大きさかたち様々な古墳が築かれた。古墳には上記のような埴輪や高価な服飾品が一緒に埋められた。
最終的に前方後円墳に集約されていく過程こそが、ヤマト王権成立の道である。

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ここで閉館時間となった。
第6展示室まであるのに、半日かけて第1展示室(先史・古代)しか観られなかった! 
この展示室が一番充実しているので仕方ない面もあるが、予定狂いすぎ。
結局、その夜は船橋のカプセルホテルに泊まり、翌日は朝から通った。
が、丸一日いても、江戸時代までで time over
第6展示室(昭和以降と民俗コーナー)は流し観るほかなかった。(しかも、現在第5展示室は改装中で閉鎖している)
ブックコーナーやおみやげコーナーにも寄りたい。佐倉城址も歩きたい。
じっくり観ようと思うなら、まる二日、いや三日は必要である。

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奈良時代
平城京の羅城門の復元模型
青丹よし 奈良の都は 咲くはなの
匂うがごとく いま盛りなり(小野老)


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お経を筆写する官営工房の職員
この時代は官主導による人民と土地と仏教の管理が進んだ。

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平安時代
寝殿造の内部

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十二単の女性貴族
束帯(正装)、直衣(普段着)の男性貴族

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鎌倉時代
武家屋敷の模型

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安土・桃山時代
鉄砲伝来

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江戸時代
南蛮貿易で活躍した御朱印船

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徳川家康の作った銅活字

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古活字版『群書治要』
周囲の枠の交点(角)に空きが生じていれば、木版でなくて活字版である。
書誌学で習ったことの復習ができた。

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『宋版後漢書』の東夷伝
これは木版である。
一部拡大すると・・・

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ようやっと、ここに「卑弥呼」を見つけたり!

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江戸の町
さまざまな職業の町民たちの模型がリアルでこまかい。
オペラグラス必携で楽しみたい。

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のぞきからくり
江戸時代中頃にヨーロッパから渡来した。

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のぞきからくりの内部

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江の島の土産店で売られていた貝で作った孔雀
いまなら相当の値が付くことだろう。

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民俗コーナー
村の境界を守る人形
もったいないが、もうこのあたりは流し見。

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昭和時代
戦後の貧しい民家
これ、成瀬巳喜男監督×高峰秀子主演『浮雲』で使われたセットだと。

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1970年代の学校給食
ソルティがちょうど小学生の時。
ひょっとして令和の今よりゴージャス?

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昼食休憩30分をはさんで約6時間立ちっぱなしだった。
が、あっと言う間の閉館時間だった。
やっぱり、歴史学習は楽しい。
考古学、歴史学、民俗学、書誌学、古文書、日本美術、建築史・・・e.t.c.
奈良大学通信教育で歴史文化財を学んでいる学生なら、ぜひとも足を運びたい施設である。

結局、レポートのアイデアはいまだ定まらず。
とりあえず、考古学とは体力が必要な学問である――ということだけは分かった。
















 








 

● 縄文土器的エネルギー :「幕末土佐の天才絵師 絵金」展(サントリー美術)

 2018年の秋に四国遍路したとき、室戸岬を回って3日目、高知県香南市の路上に面白いものを見た。
 北緯33度33分を示す碑であった。

伊能忠敬石碑

 伊能忠敬は享保元年 (1801) 幕府の命を受け実測による日本地図の制作に取り組んだ。文化5年 (1808) 土佐に入り4月27日赤岡浦の実測が行われ、この地を北緯33度33分と測量した。 (碑文より)

 そこから少し歩いた赤岡町の昔ながらの家並に、絵金蔵と弁天座という建物が向かい合っていた。
 弁天座には浮世絵風の極彩色の看板絵がかかっていた。
 絵金蔵? なにそれ?
 なぜこんなところに芝居小屋が?
 ちょっと寄ってみようと思ったが、あいにく月曜日だったので、絵金蔵、弁天座とも休館だった。

絵金蔵
絵金蔵
 
絵金弁天坐
弁天座

 遍路から帰って調べたら、絵金とは江戸時代末期の土佐の絵師のことであった。

 絵師金蔵、略して絵金。
 もとは土佐藩家老桐間家の御用を勤める狩野派の絵師でしたが、贋作事件に巻き込まれ、城下追放になります。
 野に下った絵金はおばを頼りにこの赤岡の街に定住し、酒蔵をアトリエに絵を描きました。(絵金蔵のパンフレットより抜粋)

 もともと絵金の絵は、地元の神社に奉納するために、六尺四方、二曲一隻の屏風に絵の具で描かれたものだが、それが江戸時代末期から宵宮にあたる7月24日に商家の軒先に飾られるようになった。
 これが赤岡町で今も続く絵金祭りの由来である。
 まちに残っている23点の絵屏風を一括管理しているのが絵金蔵。
 絵金の絵の題材となった歴史上の有名な物語を「土佐絵金歌舞伎」と名づけ、祭りのときに実際に演じているのが弁天座であった。(ふだんは町民ホールとして利用されているようだ)

 現在、六本木にあるサントリー美術館で幕末土佐の天才絵師 絵金展が開かれている。
 高知県外で半世紀ぶりとなる大規模な展示で、あべのハルカス美術館(2023年)、鳥取県立博物館(2024年)と巡回し、ついに東京にやって来たのである。
 この機会を逃す手はない。

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東京ミッドタウン・ガレリア(六本木駅すぐ)
3階に美術館がある

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サントリー美術館

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屏風に描かれた物語絵
これは歌舞伎『浮世柄比翼稲妻』より「鈴ヶ森」の場面
血生臭いドラマ、大胆で劇的な構図、捻じれのたくる線、氾濫する色彩、縄文土器的エネルギーが絵金の特徴
ストーリーを知っていたらもっと楽しめるのだが・・・
それぞれの絵の横には解説がなされているが、いずれも複雑すぎる筋立てに頭が追っつかない

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祭りの夜にはこのような山門風の絵馬台に屏風絵か飾られ、道に並べられる

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薄闇の中、提灯に照らし出されるおどろおどろしい絵
血気盛んな高知の土地柄を感じさせる

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能で有名な『船弁慶』の一場面
平知盛の霊が海上で義経と弁慶に襲いかかる
左上に恨みのため成仏できない平家一門の亡霊たち

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『芦屋道満大内艦』より「葛の葉子別れ」の場面
スーパー陰陽師安倍晴明出生にまつわるエピソード
狐の正体がばれた晴明の母親が泣きながら家を去っていく
中央の赤子が晴明
左上から右下への対角線に沿った動きがドラマ性を高めている

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 撮影できるのは一部のみ。
 歌舞伎の題材が多いので、歌舞伎好きの人なら楽しめること請け合い。
 そうでない人も、迫力ある絵と激しい感情表現の氾濫に気を飲まれるだろう。
 江戸時代の日本人の感情の激しさを思う。
 しがらみや束縛の多い武家社会の中で、耐える男、犠牲となる女子供、振り回される庶民の姿が、印象に残った。
 その中で、おちんちんをおっぴろげた子供たちの絵に和まされる。
 絵金は子供好きだったにちがいない。
 
 また、石川五右衛門の生涯を描いた20点強の絵馬提灯(行燈絵とも)も展示されている。
 これが滅法面白い。
 「五右衛門って、こんな奴だったのか!」
 最期は釜茹での刑に処せられたことからわかるように、まったく滅茶苦茶な悪党なんだが、清水次郎長しかり、国定忠治しかり、日本の庶民は元来、お上を愚弄するような、こういった破天荒なキャラクターを愛したのである。
 令和日本人はずいぶん変貌してしまった。

 11月3日まで開催。

高知の海辺遍路
高知県の海沿いの遍路道 






 

 

● ウルトラ兄弟対決! 特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」(東京国立博物館)

 仏師・運慶の最高傑作と名高い、興福寺北円堂の弥勒如来像、無着像、世親像が上野の森にお目見えとあっては、万難を廃して行かねばならぬ。
 しかも今回は、上記3像と同時に造られ北円堂に納められたのではないかと、昨今美術史学会で有力視されている四天王像も一緒に展示される!
 この四天王像、ふだんは同じ興福寺内でも、北円堂ではなく、平成30年(2018)に復元された中金堂の中におられる。
 いつもは一緒にいないのである。

 7体の像が一つの堂内で同時に観られる、すなわち鎌倉時代に北円堂が再建された当初の仏像空間が再現される。
 地元奈良を離れ、お寺の縛りを解かれたがゆえの、仏像たちの旅先での気ままなランデブーが、ここトウハクで実現したのである。

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東京国立博物館・本館

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会場は正面大階段裏の特別5室

 この7体の仏像は一般に「運慶作」とされているのだが、一体一体は運慶の下で働く7人の仏師が担当したことが分かっている。
 父・康慶から慶派工房を継いだ運慶は、棟梁として全体を統括し、仕上げを施したのである。
 それぞれの仏像の担当者と目されているのは以下の通り。
  1. 本尊・弥勒如来像・・・・源慶
  2. 無着像 ・・・・運助=運慶の五男
  3. 世親像 ・・・・運賀=運慶の六男
  4. 持国天像・・・・湛慶=運慶の長男
  5. 増長天像・・・・康運=運慶の次男
  6. 広目天像・・・・康弁=運慶の三男
  7. 多門天像・・・・康勝=運慶の四男
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 本尊をまかせられた源慶は、運慶の古くからの弟子で、制作時は慶派工房の長老格であった。運慶の信頼が篤かったであろう。
 他の6人はずばり“我が息子たち”である。
 つまり、この北円堂の造仏事業は、運慶一家男子総出の晴れ舞台であり、偉大な父の胸を借りた6人兄弟の腕の競い合いの場であったのである。
 このウルトラ兄弟対決、見ないわけにはいかないでしょう?

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ウルトラ6兄弟

 開幕10日後の平日午前中をねらった。
 本館特別5室は、テニスコート2面ほどの広さ。
 午前10~11時までの約1時間いて、80~120名くらいの入りであった。
 これくらいなら、一体一体の仏像を間近でじっくり観るになんの苦労もない。
 前から横から後から斜めからガン見し、近くから見上げ、中距離から全体を把握し、遠くから像同士が奏でる音楽を味わい、さらにはオペラグラスを通して細部を確認。
 心ゆくまで鑑賞することができた。
 俳優の高橋一生による音声ガイド(800円)も、バリトンボイスが耳に心地よく、見どころを簡潔に伝えてくれていた。
 興福寺ならぬ幸福時であった。

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左より、世親像、弥勒如来像、無着像
(当日ショップで購入したクリアファイル)

 以下、一体一体の仏像についての感想。

1.弥勒如来坐像(像高141.9cm、カツラ材、彫眼)
 室内に入って、まず惹きつけられる。
 堂々たる体躯、射抜くような鋭い眼差し、目鼻立ちのくっきりしたイケおじである。
 “美しき緊張”は、20代運慶による円成寺大日如来坐像と変わらない。
 が、やはりそこから数十年を経た時の流れ、作り手の人生の蓄積が感じられる。
 この如来像には、戦乱の世を通して人間の無明を知り尽くし、それでもなお救わんとする意志が漲っている。

2.無着立像(像高約194.7cm、カツラ材、玉眼)
3.世親立像(像高約191.6cm、カツラ材、玉眼)

 思ったより大きく、重厚感あった。
 無着(アサンガ)が兄、世親(ヴァスバンドゥ)が弟、4~5世紀頃のインドに実在した大乗仏教唯識派の僧侶の肖像である。
 実際の兄弟仏師(運助と運賀)が兄弟僧侶の像を彫ったわけだ。
 そのせいか知らん、兄弟性格をよくとらえた像と思った。
 真面目で責任感が強く保守的な気質の兄。
 甘えん坊で空気を読むのが巧みで柔軟性ある弟。
 二人は仲が良いのか、悪いのか、この像からは分からない。
 あるいは、こんな妄想も起こる。
 この2像、実は、師匠・康慶(弥勒如来)の背中を追う永遠のライバル、運慶(無着)と快慶(世親)である。
 運慶はどこか勝ち誇った顔で、一方、快慶は悲しげである。
 運慶が手にもつ包みこそは「法印」の象徴。
 仏師が宮廷から与えられるこの最高位の称号を、快慶はついに手に入れることができなかった。
 すなわち、運慶の勝利宣言。
 運慶、老いて性格悪し・・・。
 ――なんて勝手な妄想が働くくらい、真に迫った、深い人間ドラマを感じさせる肖像である。
 日本彫刻の最高峰という評価は決して大袈裟ではない。

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    右下より時計回りに、持国天・増長天・広目天・多聞天
4.持国天
 湛慶は慶派の後継者として、父・運慶とともに多くの仕事をした。
 愛知県岡崎市の瀧山寺の観音菩薩立像、梵天立像、帝釈天立像はその一つである。
 父から伝えられ吸収した教えは、兄弟の中で間違いなく一番豊かだったはず。
 この像は、確かな技術に支えられた、どこに出しても恥ずかしくない完成度の高い名品。そのぶん、個性の発露は控え目である。

5.増長天
 運慶の次男・康運についてはほとんど分かっていない。
 のちに肥後定慶と呼ばれる仏師が、改名した後の彼ではないかという説もある。
 それが本当だとしたら、父・運慶と何らかの衝突があったのかもしれない。
 この像は、見事なバランスと、神とも人間ともつかぬ神秘的な表情をもち、今にも一歩動き出しそうな軽みを備えている。

6.広目天
 迫力満点の個性爆発な像。
 「魁偉」という言葉がぴったり。
 一見、恐ろしげであるが、どこか諧謔味(ユーモラス)もある。
 この遊び精神、興福寺国宝館にある天燈・龍燈鬼立像(国宝)に通じる。
 康弁はきっと兄弟一番のやんちゃ者だったろう。 

龍燈鬼立像
奈良大学通信教育部の入学案内を飾る天燈鬼立像

7.多門天
 本像は、四天王像の中で、いちばん全体のバランスが悪く、表情も不可解。
 観ているこちらが不安になるような精神の不安定さを覗かせる。
 四男・康勝のもっとも有名な作品は、京都六波羅蜜寺の空也上人立像、および東寺の弘法大師坐像。
 現在もっとも国民に知られている代表的な肖像彫刻を二つも作っている。
 技術の高さ、器用さは折り紙付きであるだけに、この像の中途半端な感じが解せない。
 若書きならぬ、若彫りゆえか。

 武器を手にした四天王によって東西南北を護られた弥勒如来と無着・世親。 
 それは、鉄壁の守りによって仏法が守られているさまを表している。
 と同時に、6人の息子たちに対し、しっかりと仏師修行し慶派の伝統を受け継いでほしいという父・運慶の願いのようにも思えた。

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本館裏のテラスより臨む庭園と茶室

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ミュージアムショップ
販売している書籍類は奈良大学歴史文化財学部の学生にとって垂涎の的

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上野駅構内のおそばやで昼食
ここはやや高いけれど美味しいし、店員も親切
おススメ!



















● なんなら、奈良18(奈良大学通信教育日乗) 真夏のスクーリング 

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 3回目のスクーリングは「美術史特殊講義」。
 講師は日本中世絵画史専門の原口志津子先生であった。

 とにもかくにも、アウトドアの学外実習は灼熱地獄と思い、インドアのみの講義を選んだのだが、同じことを考える人は多いようで受講者は100人を超えていた。
 むしろここは、あえてアウトドア講義を選んで、少人数の中身の濃い授業を受ける特典を狙うというのもありか・・・?
 空調服があれば何とかなるかもしれない。
 来夏は検討に入れよう。

1日目
 午前、午後とも学内講義
2日目
 午前: 奈良国立博物館「世界探検の旅―美と驚異の遺産―」展見学
 午後: 学内講義
3日目
 午前: 学内講義
 午後: レポート作成

 「美術は楽しんでなんぼのもの」
 ――というのが原口先生のポリシーであり、今回の講義も、「いかにして美術から楽しみを見つけるか」というところに焦点が置かれていた。
 まったく同感である。
 芸術というのは食うためには役に立たない代物なので、その存在価値は常に議論の的にされる。
 コロナ禍の時など、どれだけの役者や音楽家や咄家が職にあぶれ、みずからの非力を嘆いたことか。
 平和があって、健康があって、衣食住が保障され、はじめて人は娯楽や芸術活動に目を向けられる。
 人類にとって、芸術は娯楽と同じレベルなのだ。
 であれば、楽しんでこそ、楽しませてこそ、その存在は正当化される。
 (むろん、「楽しい」にもいろんな質がある)

 今回の講義でとくに印象に残ったことをいくつか。
 (実際の講義内容そのままではありません、あしからず)
  • 「美術」という言葉や概念は日本にはなかった。明治の文明開化の折、それまで伝統的に技芸や工芸としてあったものを、西洋の枠組みに合わせて「美術」と「工芸」に分けた。絵画と彫刻(と美術工芸)のみが「美術」とされ、殖産興業に役立つものが「工芸」とされた。そのどちらにも入らない書道がいちばん割を食った。
    ⇒たしかに、西洋にはカリグラフィはあっても「書」という芸術はない。人間の精神や自然の表現である「書」は、東アジア漢字圏ならではのものだ。
  • 装潢師(そうこうし)・・・絵画、書跡、古文書など文化財の保存修理を専門に行う技術者。一般社団法人国宝修理装潢師連盟が資格制度を設けている。
    ⇒はじめて聞いた職名。『大辞泉』(小学館)によると、潢は「紙を染める」の意で、装潢とは本来、「書画を表装すること」を言う。国立博物館の学芸員と装潢師の青年を主人公にした『国宝のお医者さん』(芳井アキ作、KADOKAWA)というコミックがある。探してみよう。
  • 「百人一首」随一の歌聖・柿本人麿の “だらっとした” ポーズの秘密は、中国のある有名な詩人、および仏典に出てくるある有名な在家信者にルーツがあった!
    ⇒そんな関連があるとは思わなんだ。見えているものの背後に隠された意味がある。図像学の面白さよ。

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  • 歴史の教科書でお馴染みの源頼朝の肖像画(神護寺所蔵)が実は足利直義(ただよし)だった件
    ⇒30年前に新進の研究者であった米倉迪夫(よねくらみちお)がこの説を発表した際、喧々諤々の議論が起こった。その後、歴史研究家の黒田日出男や米横手雅敬(うわよこて・まさたか)らの傍証も加わって、今では頼朝説は旗色が悪い。教科書の掲載も見送られつつある。一方、所有主である神護寺は、そのホームページに見るように、頼朝像であることを疑っていない。なので、博物館や美術館がこの肖像を借りるときは「伝・源頼朝」と表記するほかない。頼朝だろうが直義だろうが、美術的価値は変わらないのだが・・・。さまざまな方面からの証拠が積み上げられていって、通説が変わっていくダイナミズムが面白い!
  • 鑑定書が付いている美術品は、時代の混乱期(江戸前期、明治維新、アジア・太平洋戦争後など)に動産移動したことを意味する。つまり、過分に箔付けされた可能性が高く、中身は当てにならないことが多い。
    ⇒今度「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京)を観るときに確認しよう!
  • ほかにも、『鳥獣戯画』や『伴大納言絵巻』や『釈迦涅槃図』など、興味深い話題がてんこもりで、日本絵画に対する関心が高まった。謎を発見することが出発点なんだと思った。
 原口志津子先生は定年間近という。
 この講義に間に合って良かった。

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昼休み中の学食
(社員食堂ではありません)

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学食の日替わり定食「ミックスフライ・ランチ」

 2日目の奈良国立博物館「世界探検の旅―美と驚異の遺産―」展は、今年3月のスクーリングで見学した天理参考館の所蔵品が主だった。
 なので、実質2度目の鑑賞。
 仏像と涅槃図に奈良博物館所蔵のものがあり、これが初見であった。

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奈良国立博物館

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展示内容のためか、外国人入場者が多かった

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釈迦涅槃図(中国・南宋時代、13世紀、絹本)
よく見ると、寝台の前で踊っている人がいる
涅槃は寿ぐべきことなのである

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釈迦如来立像(日本、13世紀、木造)
清凉寺式と言われる模刻像で、生前の釈迦の姿を写し取ったとされる。
仏像が造られ始めたのは仏滅後500年経ってからなので“方便”である。

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兜跋毘沙門天立像(日本、12世紀、木造)
これ、カッコいい!
タロットカードの絵柄のよう

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迦楼羅(かるら)像(日本、13世紀、木造)
千手観音を守る二十八部衆の一人
永久保貴一のコミック『カルラ舞う』で日本でも知られるようになった

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霊鳥ガルーダに乗るヴィシュヌ神(インドネシア、20世紀、木造)
この鳥が仏教に取り込まれて迦楼羅となった

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加彩鎮墓獣(中国、8世紀、陶製)
貴人の墓を守る獣

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魔女ランダの仮面
インドネシア・バリ島に伝わる魔女で人間に災いをもたらす
鬼子母神がバリ化したものという説がある

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霊魂舟ブラモン(インドネシア、20世紀後半、木製)
死と再生を象徴する祭具として成人式に使われる

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パプア・ニューギニアの精霊像(20世紀中頃)

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こういった未開地まで天理教を広めに行ったというのがすごいと思う。
パプア・ニューギニアといったら人喰いの噂で有名だった。

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サラスヴァティー女神像(インド、20世紀後半、金属製)
学問と技芸をつかさどる女神
仏教に取り入れられ、弁財天となった

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ガネーシャ神像(インド、18~20世紀、石像)
密教に取り入れられて聖天様となった

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魔人アスラの仮面(インド、20世紀後半)
いわゆる阿修羅
興福寺の美少年像とのギャップがはなはだしい

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蛇飾壺(エジプト・ローマ時代)

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赤像式アンフォラ(イタリア、紀元前4世紀頃)

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万年壺(中国、8世紀)

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約2時間の世界探検の旅だった
時代や国や民族は違っても、人間がつくる物語には共通項があるなあとつくづく思った。ユングの言う、いわゆる元型か。

 今回のスクーリングの評価は、3日目の講義終わりに提出するレポートも含まれていた。
 課題は初日に告げられていたが、400字詰め原稿用紙最低3枚、できれば5枚以上という指定があり、何をどう書いたらいいか迷った。
 おかげで、今回初めて大学図書館を利用した。
 2日目の講義終了後に図書館に足を運び、司書の方に本を探すのを手伝ってもらい、閉館時間近くまでレポートを書く準備作業に追われた。
 そう。せっかく現地まで来たのだから、大学施設を利用しない手はなかった。
 今後はもっと図書館はじめ学内施設を活用しよう。

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 スクーリング終了後にテキスト科目の筆記試験が待っていた。
 平安文学論である。
 手書き原稿のみ持ち込み可なので、これまでの試験のように回答を事前に暗記する必要はなかった。持参した原稿をただ書き写せばよかった。
 そこは気楽なのだが、持ち込み可ということは、それだけ事前作成した回答の質が問われるということである。
 この科目は採点が厳しいという噂が立っており、ソルティもレポートは再提出となった。
 練りに練った答案を用意して臨んだのだが、結果はどう出るか?
 ほぼ制限時間いっぱい使って、解答用紙の裏面まで書いた。
 さすがに手が痛くなった。

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通信教育学部棟
学科試験の会場だった

 スクーリングも3回目ともなると、勝手がずいぶんわかってくる。
 自動販売機やトイレの場所とか、午前の講義の休憩時間に日替わりランチの食券を買っておくとよいとか(新千円札は使えないとか)、オペラグラスがあると講義中モニターを見るのに役立つとか、大学から高の原駅(近鉄京都線)までの近道とか・・・・。
 今回は、奈良大学から平城(へいじょう)駅まで歩いてみた。
 正門・裏門からの距離はほぼ同じ(1.7km)である。


google map

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奈良大学裏門(サブゲート)

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大阪との県境をなす生駒山が見える

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奈良大学付属高等学校
奈良大学の前身
1925年南都正強中学(夜間制)として薬師寺内に創立
祝!創立100年

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赤いドームは奈良競輪場

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神功皇后陵
第14代仲哀天皇の后
気の強い男まさりの女人として知られる

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八幡神社

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近鉄京都線・平城駅
徒歩20分ほどだった
住宅街や御陵脇を通るので気持ちいい散歩道であるが、平城駅には各駅停車しか止まらない。通過電車を3本見送った。つまり、急行の止まる高の原駅のほうが便利。

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乗り換えの大和西大寺駅構内には飲食店がいろいろある

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マーボー豆腐定食
学割がきく!
陳皮やぶどう山椒が入って深みのある辛さ

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猿沢池周囲は夜間、燈籠が灯される

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対岸から
奈良のいいところは暗さを大切にするところ
街灯がない
そのぶん、池ポチャする人がたまにいるのではないかと思う(笑)
猿も池に落ちる

 今年度のスクーリングはこれで終了の見込み。
 3日間×3回、都合9日間の通学だったが、内容的には平素の3ヶ月分くらい脳を使った気がする。













● VRゴーグル初体験 :東京国立博物館「江戸大奥」展に行く

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 盆明けの平日の午後なら空いているかと思ったのだが、結構混んでいた。
 女性客が多いのは想定内だが、外国人の多さは不思議。
 外国人がなぜ江戸時代の大奥に関心ある?
 よしながふみのコミック『大奥』(男女逆転!パラレル時代劇)が英訳されて、アザーワイズ賞(旧ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞)を獲ったことが影響しているのだろうか?

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 ドラマ『大奥』(NHK放映)で俳優たちがまとった衣装の展示から始まって、有名な御台所たちの肖像画、明治時代の浮世絵師揚州周延が描いた「千代田の大奥」シリーズ、大奥の成り立ちや構造、大奥の暮らし、女中たちの生涯、歴代ヒロインゆかりの品々、豪華絢爛な着物や調度の数々・・・。
 大奥ファンにはたまらない内容だろう。
 ソルティは大奥に詳しくないし、よしながふみの『大奥』を読んでいなければ、TVドラマや映画も観ていないので、2時間程度で大まかに鑑賞した。

 大奥ってのは、一度入ったら簡単には出られない広大な座敷牢みたいなもので、厳しい規則やしきたりがあった。
 斬首や島流しや江戸追放を含み関係者1400名が処罰された江島生島事件など、きっかけは大奥お年寄の江島が、墓参りの帰りにちょっと芝居小屋に寄って門限に遅れたことであった。
 恋もままならないし、側室間の派閥争いや権謀術数には巻き込まれるし、ふつうに町娘でいるほうがずっと幸福だと思うのだが・・・・。
 それでもセレブにあこがれる女子は多かったのだろうなあ。
 食うには困らないってのも大きかったのかもしれない。

 足が止まったのは、東京目黒区にある祐天寺の阿弥陀如来坐像の前。
 これは享保8年(1723)に5代将軍徳川綱吉の養女である竹姫(浄岸院)より寄進されたのだと言う。信仰篤き大奥人だったのだ。
 全般シンプルなつくりであるが、そのシンプルさが表面を蔽う金の輝きを品よく見せている。表情も穏やかで観る者に安心感を与える。
 大奥展で仏像を見るとは思わなかった。 
 人間よりも仏像に興味が向いてしまうソルティであった。

 実を言うと、いちばん面白かったのは入口の脇でやっていた大奥VR(Virtual Reality)体験。
 NHK番組『歴史探偵』がCG制作した大奥の内部映像を、VRゴーグルを頭に付けて体感するというもの。
 ソルティ、実はVR初体験。
 頭を左右に動かしても、上下に動かしても、後ろを振り向いても、ちゃんと奥行きある映像が不自然なく立ち現れて、まさに江戸の大奥の座敷に自分がいるような感覚が味わえる。
 隣には自分と同じようにゴーグルを付けている現代人がいるはずなのに、その存在がすっかり消えてしまう。
 不思議な感覚だった。
 これが進化したら、実際に足を運ばなくとも、観光旅行や時間旅行できるようになるのでは?

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dlohnerによるPixabayからの画像

 ソルティにとって今秋の最大のイベントは、9月9日から東博で始まる『運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂』展である。
 なんと、奈良・興福寺北円堂の諸仏をすべて東京に運んできて、その空間を再現してしまおうというのだ。
 日本彫刻史上の最高傑作と言われる世親・無着菩薩立像、弥勒如来坐像、四天王立像の計7点の国宝がやってくる!
 はたして、リアルな運慶空間に、仮想現実は太刀打ちできるのか?

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● 2025年夏・みほとけまつり3 奈良国立博物館・仏像館

 奈良国立博物館の一角を占める仏像館は、仏像専門の展示施設として2010年にオープン。
 飛鳥時代から南北朝時代にいたる日本の仏像を中心に、常時100体近くの仏像を展示している。
 まさに仏像の巨大集積地であり、仏像マニアにとっての聖地である。
 ついにここにデビューした。

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仏像館
一般入場料700円だが、奈良大学の学生は学生証提示で無料
写真撮影可の仏像もある

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現在、吉野金峯山寺の金剛力士像が展示されている

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出山釈迦如来立像(木造、南北朝時代)
苦行で悟りは開けないと知ったお釈迦様が山を下りたところ
このあと乳がゆを飲んで菩提樹の下に座す

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五大明王像(木造、平安時代)
多面多手の奇怪な姿は密教の影響
空海帰国以降の像と知られる

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二十八部衆立像(木造、鎌倉時代)
左より、婆藪仙人、毘沙門天、毘楼博叉天、五部浄居天
力強く写実的な像容はおそらく慶派?

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憤怒の五部浄居天

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金峯山寺仁王門・金剛力士立像(木造、南北朝時代)
康成作、像高約5m
東大寺南大門の次にデカい仁王像
寄木造のため分解して運び入れた(by警備員さん)
天井ぎりのド迫力!

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阿!

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吽!

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血管が蛇のようにのたくっている

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毘沙門天立像(木造、鎌倉時代)
これも慶派だろう

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男女神坐像(木造、平安時代)
ひな人形の原型のように見える

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伊豆山権現立像(木造、平安~鎌倉時代)
静岡県熱海市の伊豆山神社の祭神
これぞ『源氏物語』時代のイケメン!

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獅子(木造、鎌倉時代)
かつて背上に文殊菩薩を乗せていた
主を失って、どことなく淋しげである

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伽藍神立像(木造、鎌倉時代)
「走り大黒」と呼ばれていたが、禅宗寺院を護る伽藍神との説
宅急便のキャラクターにしたら受けそう

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 今回仏像を見るにあたってソルティがチャレンジしたのは、キャプション(解説)を読む前に、仏像の造られた時代を推定するゲーム。
 奈良大学通信教育の美術史概論で、時代ごとの仏像の様式を学んだので、観るだけでどれだけ当てられるものか試してみた。
 結果、約7割くらいの仏像について、正しい(キャプションどおりの)時代を当てることができた。
 難しいのは、鎌倉時代以降の仏像について、鎌倉か室町か南北朝か、見分けがつかなかった。
 〇〇派や仏師の名前まで当てられるようになれば、上級者入り?

 今回もっとも感動した仏像は、金峯山寺仁王像のほかに2点あった。
 1点は、快慶の阿弥陀如来立像。
 よもやここで快慶仏と出会えると思っていなかった。
 建仁元年(1201)に快慶が兵庫県浄土寺のためにつくったもので、奈良国立博物館が預かっているのだという。
 浄土寺の阿弥陀如来三尊像と言えば快慶の代表作(国宝)として有名だが、これはそれとは別物。
 俗に「裸阿弥陀」と呼ばれ、法会の際に裸の上半身に実際の衣を着せ、台座に乗せて信徒の間を練り歩くのに使われた像らしい。
 普通に考えて、あの国宝がなんの広報も宣伝もなく、仏像館に並んでいるわけがなかった。
 しかし、この阿弥陀如来像も素晴らしいことこの上ない。
 像高266.5cmのすらりとした麗姿と、透過力ある眼差しを前にすると、一歩も動けなくなる。
 蜘蛛の巣にかかった虫のように身動き取れなくなってしまうところが、快慶仏の凄さ。  
 巣の中心から放射されたキラキラした糸が、慈しみの光で観る者を包み込む。

 もう1点は、平安時代の十一面観音菩薩立像。
 木造、等身大、なめらかな黒檀のような肌と細くくびれたウエストをもつ非常に美しい像で、インドの女神のごとく下半身を軽く捻った姿勢が官能的である。
 一方、表情はたおやかにして童女のようにあどけない。
 どことなく現役時代の浅田真央に似ている。
 衣の彫りは丁寧で、指先の表情の豊かさは、法隆寺の百済観音か、中宮寺の菩薩半跏像を思わせる。
 この完成度、超国宝展でお会いした京都・宝菩提院の菩薩半跏像に近い。
 一目惚れしてしまった

 帰宅後に調べたところによると、斑鳩の勝林寺が所有していたのだが、現在廃寺になってしまった。
 東京文化財研究所のデーターベースによると、1960年2月の記事に、

奈良県斑鳩町高安の勝林寺では、本堂再建資金の調達と重要文化財の仏像の保持困難を理由に、重要文化財指定の仏像三体を売却する法的手続をとつた。仏像は、木造十一面観音立像、聖観音立像、薬師如来座像の三体で、文化財保護委員会ではこれを許可した。
 
とあるので、このとき奈良博に所有が移ったものと思われる。
 なんと、白洲正子がその著『十一面観音巡礼』の中でこの仏像に触れている。

 殊にくびれた胴から腰へかけての線はなまめかしく、薄ものの天衣を通して、今や歩みだそうとする気配がうかがわれる。十一面観音にはよく見られるポーズだが、この観音の場合は、極端に細い胴と、豊満な腰のひねりによって、その動きが強調され、太っているわりにはひきしまって見える。(白洲正子著『十二面観音巡礼』、新潮社)

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 また会いに行くよ












  

 
 





 





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