ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●美術館・博物館・ギャラリー

● なんなら、奈良34(奈良大学通信教育日乗) 半蔵門ミュージアムでシルクロードに思いを馳せる

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 3度目の訪館。
 もはや勝手知ったるという感じだが、いつ行っても、清潔で、静かで、落ち着いた空間が広がっていて、スタッフは親切で、居心地が良い。
 今回も2時間半あまり滞在した。

 現在開催中の特別展示は『ガンダーラの仏像と仏伝―釈尊のすがた―』。
 高田修著『仏像の誕生』(岩波新書)を読んだばかりだったので、とても興味深く、しげしげと鑑賞することができた。
 やはり、ある程度の知識をもって仏像に臨むのと、そうでないのとでは、大きな違いがある。
 仏教の中心教義について、お釈迦様の生涯(仏伝)について、仏教史について、石造文化財の長所と短所について、古代ギリシア・ローマ彫刻について、仏像誕生にまつわる学説について、そして仏像のみかた・・・。
 自分の持っている知識やこれまでの鑑賞体験を総動員して像に向きあうと、像がいろいろ語りかけてくれる。
 特に、ガンダーラ仏教美術を観るにあたっては、20代終わりの最初の失業時におこなったイタリア一周旅行と、繰り返し読んだ手塚治虫先生の『ブッダ』が、役に立っていることを実感する。
 将来に対する不安を抱えながら、とくに何の目的もなく、イタリア各地の古代ギリシア・ローマ彫刻を浴びるほど観まくった経験が、40年以上経って、こんなかたちで生きてくるとは思わなかった。

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 考えてみれば、ソルティのはじめての海外旅行は、二十歳の時に行ったインドだった。
 ニューデリーから入って、タージマハルのあるアグラ、ベナレス、ブッダガヤ、サールナートなどを通って、カルカッタから帰路についた。北インドを横断したのだ。
 お釈迦様が悟りを開いたブッダガヤと、最初の説法(初転法輪)を行ったサールナートの二大聖地に足を運んでいる。
 両聖地を領している清浄と安らぎに満ちた“気”には、ほんと癒されたけれど、そのときはいつの日か自分が仏教徒になるとは思いもしなかった。
 なんだか人生の伏線回収している気がする60代である。

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運慶作と伝えられる大日如来坐像
今秋には半蔵門ミュージアムにて『足利樺崎寺と運慶』展が開かれる。
樺崎寺ゆかりの2体の運慶作・大日如来像が仲良く居並ぶ模様。

樺崎寺大日如来

 仏像について知見を深めるのなら、やっぱ、シルクロードについて学ばなければいかんのかなあ~。
 奈良大学通信教育学部の選択科目には「シルクロード学」がある。
 サブテキストに載っている学習目標には、「シルクロードの歴史と文化を学ぶなかで、身近にあるシルクロード以来の文化・文物に関心を持ち、分析・考察するための感性と知識を身につける」とある。
 たしかに、パルテノン神殿に通じる法隆寺回廊のエンタシスの柱や、飛鳥時代の建築や工芸品に見られる忍冬唐草文様、當麻寺の四天王像(三天王だが)のアリストテレスのような風貌、それに東大寺南大門の運慶・快慶ら作の仁王像とギリシア神話のヘラクレス像の類似に接すると、シルクロードを通じた古代ギリシア・ローマ文化の伝播を思わざるを得ない。
 青森県新郷村のキリストの墓伝説や伊勢谷武著『アマテラスの暗号』まで行くと眉唾物だけれど、古代におけるユーラシア大陸の東西の文化交流は、思っている以上に深いものがあるのかもしれない。
 正史に記されていない部分で、キリスト教がどこまで東に伝わったか、仏教がどこまで西に伝わったか、気になるところである。
 ただ、サブテキストの科目紹介を見ると、学習すべき範囲がとても広く(ユーラシア大陸横断だけに)、参考文献もどっさり上げられていて、レポート課題もなんだか難しい。
 パスするつもりでいたのだが、どうしたものか・・・・。

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山川出版社『もういちど読む日本史』より
 
 




● なんなら、奈良33(奈良大学通信教育日乗) 和歌の霊力

 現在、歴史文学論に取り組んでいる。
 テキストは浅田徹著『和歌と暮らした日本人』(淡交社)。
 一般向けに書かれた教養本なので、文字が大きく、小口も薄く(180ページほど)、文章も平易で読みやすい。
 初学者が和歌の世界について知るには恰好の本である。
 これまでに履修した科目のテキストの中で、一番ラクに、楽しく読めた。

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 提出レポートもまた、サブテキストの『学習指導書』に課題文が載せられ、考察すべきポイントやレポートのまとめ方について、懇切丁寧に記してある。
 その指導に従ってレポートを作成すればいいので、これも比較的ラクに、迷いなく書き上げることができた。(『考古学概論』のレポート作成時とは対照的←注:新しい『学習指導書』では設題が一部変更されている)
 ソルティはもともと和歌は好きなほうなので、取り組みやすかった。
 先日、レポート合格通知を手にした 

 いまは、科目試験のための答案を作成しているところである。
 この4月から出題範囲が5題から10題に増えたが、思った以上にたいへん。
 「テキストもレポートも、易しくてラッキー!」と思っていたら、そうは問屋がおろさなかった。
 というのも、「楽に読めるテキスト=内容が軽い」ので、テキストだけでは答案を作成することができないのである。
 1~10番まで10個の課題ごとに、テキスト以外の関連本を探し出して、読んで、設題の意図に添った和歌の具体例を見つけて、まとめなければならない。
 やっと8番の『武士にとって歌とはどのようなものか』までたどりついたが、ここまでにいったい何冊の本を借りたことか!
 やっぱり、どの科目も一筋縄ではいかない。

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 先日、日比谷図書文化館に行ったら、『古今和歌集と伊勢物語』と題する展示の案内チラシ(上記)を見つけた。
 千代田区神田にある天理ギャラリーで、平安末期から江戸時代までの『古今和歌集』と『伊勢物語』の写本(古典籍)が展示されているという。
 主催は奈良の天理大学附属天理図書館。
 文化財学購読Ⅱのスクーリングで天理参考館にお邪魔したので、親しみを感じる。 

天理参考館

 『古今和歌集』と言ったら、和歌のバイブルである。
 和歌について学ぶ者は、『古今和歌集』を避けて通れない。
 とくに、紀貫之が書いた序文(仮名序と言う)が有名である。

力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、たけき武士の心をも慰むるは歌なり

 和歌には、天地や神仏の心を動かし、人の感情を和らげる不思議な力がある、という。
 ここはひとつ、『古今和歌集』の写本に接して、和歌の霊力をこの身に充填し、答案作成を一気に乗り切ろうと思い、神田に足を運んだ。

外堀通り
外堀通り
地下鉄淡路町駅下車、徒歩3分

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天理ギャラリーのある東京天理ビル
ギャラリー内は撮影禁止だった

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 藤原俊成筆の『古今和歌集』写、藤原定家筆の『伊勢集』写、寛政の改革を行った松平定信筆の『小野小町集』写――定信の重箱の隅をつつくような几帳面な性格がうかがえる細かさ!――など、平安末期から江戸時代までの写本が40点近く展示されていて、なかなか見ごたえあった。
 また、書誌学で習った日本の古典籍の装訂の歴史の復習にもなった。
 上記画像は、三十六歌仙のひとり、平安時代初期の歌人・伊勢。(トーハク開催中「アイルランド チェスター・ビーティー コレクション」に出展の絵巻より)

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天理参考館発行のパンフレット類
世界各地の民俗資料、考古資料のコレクションは一見の価値あり!

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最寄りの「ゆで太郎」で腹ごなし

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幸せとはかき揚げの最初のひと齧り

 午後から日比谷図書文化館で、記念講演『校訂と注釈―古典学の断面―』があった。
 院政期と戦国期における『古今和歌集』の写本に関する話という。
 講師は、慶應義塾大学文学部教授の小川剛生(たけお)氏。中世文学・和歌文学を専門としている。
 内容的に小難しそうな感じはしたが、答案作成の参考になればと思い、参加した。
 

 参加者100名以上いただろうか。
 各人がどういった動機から参加しているのかは分からないが、実社会ではほとんど役に立たない、こんなトリビアなテーマに関心を持ち、休日の午後を当てる人が少なくないことに驚いた。
 天理教関係の人が多かったのか?
 それとも、現在進行形で国文学を教え、学んでいる人たち?
 自分がその中にいるのが不思議な気がした。
 それもこれも、奈良大学通信教育学部に入学したからこそである。

 思えばこの一年半あまり、これまで行ったことのなかった文化施設に足を運んだり、人生初のイベントに参加したり、初体験がずいぶんあった。
 新たな扉を開いて、未知の世界に足を踏み入れた。
 通学組ではない通信教育組だからこそ、レポートや答案作成のためのネタを求めて、アンテナを張って、少しでも参考になりそうなものはないかと、感度を研ぎ澄ますことができているのかもしれない。
 分かりやすいところでは、図書館はじめ公共施設に貼ってあるポスターやチラシを意識的にチェックするようになった。

 つくづく思ったが、日常の中に学びの場ってたくさんある。
 とりわけ、都心に住んでいる人間は、官民問わず無料あるいは低価格で利用できる文化施設が非常に多いし、週末ごとに様々な文化イベントがどこかで打たれているので、その気さえあれば、スケジュールがすぐに埋まってしまう。
 どこに行くにもアクセスが良い。
 Wifiの利用できるカフェや図書館もいっぱいある。
 文化的にたいへん恵まれている。
 地方在住の学生諸君にはなんだか申し訳ない。

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日比谷公園内の埴輪

 講演内容は(ソルティには)ちょっと高度であった。
 腹の満ち足りた昼下がり、眠り込まないよう、手にしていたシャーペンを太ももに何度も突き刺した(ウチョ)。
 気を抜くと、スクリーンに映されている『古今和歌集』写本の墨で書かれた仮名文字が、うねうねとミミズのように動き出す。
 視線を落として、手元のチラシの講師プロフィールに目をやって、びっくらこいた。
 小川剛生氏は、『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』という本を書いている。
 それこそ、現在ソルティが悪戦苦闘している歴史文学論の設題8番「武士にとって歌とはどのようなものであったか」のテーマ、そのものずばりではないか!(あとで気づいたが、テキスト『和歌と暮らした日本人』の巻末の参考文献に上がっていた)
 講演終了後、さっそく日比谷図書館に寄って、本を借りた。
 やはり、和歌の力はあなどれない。

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角川学芸出版、2008年発行









● 伊藤若冲「動植綵絵」 PART2 @トーハク

 前回の15幅に続き、残り15幅を観に行った。
 大型連休中とは言え、平日だったので、ゆっくり観ることができた。

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東京国立博物館 表慶館

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今回は外国人客が目立った。
そもそも、いまの若冲人気の立役者は、日本人ではなく、アメリカの美術収集家ジョー・D・プライス(1929ー2023)。2006年に東京国立博物館で開催された『プライスコレクション「若冲と江戸絵画」展』で人気に火がついた。

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Phoenix(フェニックス)=不死鳥

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手塚治虫の“火の鳥”を想起させる色っぽさ

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スズメたちの語らいが聞こえてくる

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コイ科のオイカワと思われる。
ヤマベ、ハエなどとも呼ばれる。
色描写の見事さ!

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タケノコ貝の一種か?
若冲の絵には風変わりな生き物が散見する。

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謎の水中生物
AIの見立てでは、古生代カンブリア紀に生息していたハルキゲニア。
But,若冲がそれを知っていたとは想像つかない。
一体、どこからモデルを得たのだろう?

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続いて本館へ

 現在、アイルランドのチェスター・ビーティー卿(1875–1968)の膨大なコレクションの中から、選りすぐりの日本の物語絵25点を特別展示中(~7/20)。
 絵巻物好きにはたまらない逸品ぞろいである。

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『竹取物語』の一コマ(17世紀、紙本着色)
お婆さん、若い!
翁が鎌でなく刀剣持っているのも、いとをかし。 

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『源氏物語』より、若紫発見シーン(17世紀、紙本着色)
少女を垣間見(覗き見)している光源氏。
このあと自宅へ拉致し、妾にする。
清水の舞台みたいな邸が愉しい。

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『平家物語』より「富士川の戦い」
鳥のはばたきを敵来襲と勘違いして逃げ惑う平家方の武者たち。

どの絵も保管状態が良く、色あざやか。
日本から流出したおかげで戦災を免れたか。

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伊藤若冲筆『乗興舟』(江戸時代)
若冲は晩年、相国寺の僧・大典顕常とともに京都から大坂まで淀川下りをした。
その楽しい思い出を共作でかたちにした版画巻。
やっぱり、2人はLOVELOVEだったんだろう。

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大典が詩文を書いた

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終点の天満橋に「若冲」の落款あり

トーハク庭

 トーハクは広い庭もあって、緑も多い。
 弁当持って一日過ごせる。
 来るたびに発見がある。
 還暦にして博物館の愉しさに目覚めた。

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聖徳太子16歳像(鎌倉時代、木造)














● 若冲・永徳・運慶・隠れキリシタン@トーハク

 皇居三の丸尚蔵館は、皇室で代々受け継がれてきた絵画・書・工芸品・歴史資料などを収蔵する美術館。
 今秋リニューアルオープンする。
 そのプレイベントとして、現在、トーハク(東京国立博物館)表慶館にて、高精細複製された伊藤若冲『動植綵絵』と狩野永徳『唐獅子図屏風』が公開されている。
 いずれも三の丸尚蔵館にあるオリジナルを、(株)キャノン・京都文化協会・文化財活用センターの協力が生んだ最新技術と伝統技術の融合によって、忠実に再現したものである。
 古い映画のデジタルリマスターみたいなものか?
 技術的なことはよく分からないが、本物そっくりの作品を間近でじっくり観られるらしい。
 小雨降る平日、上野駅に降り立った。

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東京国立博物館・表慶館
実はここに入るのははじめて。
京都国立博物館旧本館と同じ片山東熊による設計。

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平常展観覧料(一般1000円)のみで鑑賞できる。
ソルティは顔パス、じゃなくて学生メンバーズパス(年会費1200円)で入館。
(すでに元はじゅうぶん取った)

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4/17~5/17まで開催
『動植綵絵』は全部で30点。
うち15点が展示されていた。
入替後の後期(5/2~)にまた行きたいが、大混雑の予感がする。
ガラスケースがないので、30cmの至近距離で絵を見ることができる。
撮影も可。

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伊藤若冲(1716~1800)と言えば鶏。
色彩と構図がもたらす迫力が凄い!

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近寄ってさらにびっくり!
ほとんど細密画の世界。
若冲はおそらくサヴァン症候群だったろう。

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雌雄でなくオス同士のつがい。
若冲と相国寺禅僧・大典顕常の生涯続いた親密な関係を匂わせる。
そもそも『動植綵絵』は相国寺に寄進する目的で描かれた。

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セルフポートレートで有名な芸術家の森村泰昌が、この絵は男色の隠喩であると言っていた。
たしかに菊の花は古来男色の象徴である。
2つの青い岩が男根sなのだという。

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若冲の「白」はあでやか。
会場には高精細複製技術の概要を伝える映像が流れていた。
高性能カメラによる撮影+コンピュータ解析と目視による色合わせ+世界最高レベルの印刷技術(基底材は絹)、そこに古来よりの金箔・金泥や表装の伝統技術が加わる。
筆使いはもちろん、絵の具だまりすら再現する複製技術に驚嘆した。

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孔雀の羽の模様部分に金泥が塗られている。

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桃とオオルリ

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菊とスズメ

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雪の中のサザンカ

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芍薬にとまるアオスジアゲハ

唐獅子屏風
狩野永徳『唐獅子図屏風』
223.6cm × 451.8cm
信長や秀吉に重用された永徳(1543~90)の代表作。

 国宝2点をたっぷり堪能したあとは本館1Fへ。
 ここで、なんとびっくり!
 足利・光得寺の厨子入り大日如来が展示されていた!
 運慶作と言われる国内の仏像のうち、ソルティが観ていなかった最後の2体のうち1体である。(残り1体は神奈川・称名寺の大威徳明王像)
 保全のため光得寺から東博に移されていることは聞きかじっていたけれど、まさかこんなタイミングでなんら苦労なしに出会えるとは思わなかった。
 トーハクさんってば味なことする。

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北条政子の妹婿であった足利義兼が運慶に依頼したとされる。
樺崎寺に納められた大日如来像(現在半蔵門ミュージアムにある)と同時期につくられ、こちらは義兼が身近に置いて拝んだものと推測されている。
明治期の廃仏毀釈以前に光得寺の所蔵となった。

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言われてみれば(笑)、ハリのある頬の具合や、智拳印に組んだ両腕と胸郭とが生み出す空間の感じが、半蔵門の大日如来とも、奈良・円城寺の大日如来とも、よく似ている。
重要文化財にとどまっているのは、あとから金箔を押したからだろう。
このときソルティの周囲は外国人ばかり。
誰も足を止めないのが珍妙。
「運慶だよ、運慶!」

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和歌山・道成寺の毘沙門天像(平安前期)
どっしりした勇壮感のうちにも軽みを備える見事な造形。
道成寺って、たしか安珍・清姫の物語で有名な・・・・。

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康円作『渡海文殊菩薩群像』
安倍文珠院の快慶作のものとくらべると迫力負けするが、各像の表情は人間っぽくて趣きがある。

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 驚くのはまだ早かった。
 フロアを順路通りに進んでいくと、本館4室で「隠れキリシタン」関係資料の展示をおこなっていた。
 ソルティは最近、『カクレキリシタンの実像』と題する本を読んだばかり。
 なんというタイミング!
 トーハクさん、ソルティの心を見抜いてますね。
 今回展示されているのは、江戸幕府による禁教令が発布されたあとに、長崎奉行所が取締りの際に信徒から押収した品々。
 明治以降、これらは長崎県に引き継がれたが、取り扱いに困った長崎県が国に引き取ってもらい、その後、内務省社寺局を経てトーハクに収蔵された。

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イエス・キリスト像

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聖母子像の踏絵(真鍮製)
目鼻がすっかり摩滅している。
いったい何千回踏まれたことか?

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観音菩薩立像(17世紀中国製)
浦上村の潜伏キリシタンだった吉蔵が所持していた白磁製の観音像。
「ハンタマルヤ(サンタマリア)」と呼ばれ信仰されていた。

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いったいに観音菩薩像をマリア像の代わりに拝んでいたようだ。

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寿星立像(中国、磁製)
寿命をつかさどる寿星の化身。
寿星とは竜骨座のアルファ星カノープスのこと。
日本では七福神の中の「寿老人」として知られている。
天草で押収された寿星像は「丸やさま」と呼ばれていたという。

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守裂(スカプラリオ)と呼ばれる携帯用のお守り。
聖母マリアや聖人などの図柄が刷られた2枚の布を紐でつなぎ、胸と背中に当たるようにして首からかけた。

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聖母像(親指のマリア)
17世紀にイタリアで制作されたもの。
イタリア人宣教師ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ(1667~1714)が持参したもの。
宝永5年(1708)、シドッチは屋久島に上陸し、間もなく薩摩藩に捕らえられた。江戸に送られ、新井白石の取り調べを受けたのち、殉教した。
名の由来は、マントから親指だけが覗いているからであろう。

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上野駅そばや
約2時間の鑑賞
上野駅構内で天ぷらそばを食べて、身も心も満足した。

























 

● キュートな神たち2 :静嘉堂@丸の内

 静嘉堂@丸の内「たたかう仏像」展を再訪した。
 3月22日(日)の閉幕間近であった上に、この展覧会の模様がテレビで放送されたらしく、平日午前中にも関わらず混んでいた。

 今回は、前回出展されていなかった十二神将像の残り、子神像と丑神像を観るのが目的だったので、仏像展示室に直行した。

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子神像
鎌倉時代、木造彩色

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丑神像

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憤怒の表情と頭髪から覗く牛さんののどけさとのミスマッチが面白い

 やっぱり、キュートな奴らである。
 作者不明であるが、ソルティは「酉」像と興福寺国宝館にある天燈・龍燈鬼立像との類似、あるいは「亥」像と六波羅蜜寺にある空也上人像との類似を思ってしまう。
 運慶の息子・孫たちによる共作ではなかろうか。

十二神将酉像
酉神像

十二神将亥像
亥神像
 
 これで、静嘉堂にある「子・丑・寅・卯・午・酉・亥」の 7 体すべてを観ることができた。
 東博にある5体「辰・巳・羊・申・戌」神像もそのうち観たいものだが、どうせなら12体揃って展示してくれるといいのだが・・・・。

 人波が少し引けたところで、他の展示作品を巡った。

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騎獅文珠菩薩像(右)、騎像普賢菩薩像(左)
江戸時代

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兜跋毘沙門天立像(平安時代)

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康円作・四天王眷属像
文永4年(1267)奈良・内山永久寺(廃仏毀釈で廃寺)に安置された
ただならぬ迫力に霊威を感じた

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五大力菩薩像(南北朝時代)

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渡海文殊菩薩ご一行様(宋時代の「妙法蓮華経変相図」より)
安倍文珠院で観たばかりなので親しみが湧いた。
ところで、御一行様が渡った海はどこの海だったのだろう?
日本海?

 今回は国宝の曜変天目(稲葉天目)はお目見えなかった。
 この静嘉堂には、俵屋宗達作「源氏物語関屋澪標図屛風」や河鍋暁斎作「地獄極楽めぐり図」や葛飾北斎作「忠臣蔵討ち入り」など、気になる絵画がたくさんある。
 今後も展覧会情報をチェックしていきたい。

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● 京博と秀吉と耳塚と

 これまで何度も京都に行きながら、京都国立博物館には行ったことがなかった。
 京都そのものが一つの大きな博物館&美術館みたいなものなので、あえて行く気にならなかったのが主たる理由である。
 例えてみれば、アフリカの草原のど真ん中に作った動物園のようなもので、たくさんの野性の獣が大自然の中で見られるというのに、わざわざ檻の中で飼育された動物を見る物好きもおるまい――といったところ。
 でも、それは間違いであった。

 明治30年(1897年)オープンした京都国立博物館(当時は帝国京都博物館)は、明治初期の廃仏毀釈によって破壊・消滅の危機に瀕していた京都中の社寺の文化財を守るために生まれた。
 国宝に限っても、館が所蔵する作品27件に対し、社寺や個人から預かっているものは87件に上るという。
 つまり、京都中から質の高い作品が集められているのである。
 所蔵品数は令和元年度末時点で14600件にのぼり、考古・絵画・陶器・彫刻・刀剣・書籍・染織・金工・漆工など様々な分野の文化財が常設展示してある。
 ここに来れば、京都選り抜きの文化財がいっぺんに短時間で観ることができるわけで、むしろ、これから京都探訪を始める者が最初に訪れるべきガイダンス的施設なのであった。

 中学校の修学旅行ではじめて京都を訪れてから約50年、長い長いシカトを心の中で詫びつつ、京博デビューを果たした。

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京都国立博物館・正門(重要文化財)
赤坂迎賓館を設計した片山東熊による開館当時のもの。
現在は三十三間堂に面した南門が入口となっている。

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明治古都館(旧本館)
特別展の会場として使用されている。

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常設展観覧料は一般700円、大学生350円、18歳未満と70歳以上は無料。
ソルティは国立博物館メンバーズパスで入館。
文化財を学び守る者に対するこのような館の配慮を無下にするかのような、このたびの政府のやり口(国立博物館・美術館への締め付け)には憤りを感じざるを得ない。

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平成知新館
所蔵品・寄託品を入れ替えながら、常時展示している。
博物館というより“ミュージアム”といったほうがふさわしいモダンかつクールなデザインで、展示も見やすい。考古史料の並ぶ3階から始めると、おおむね歴史順に観られる。ソルティはじっくり鑑賞して丸3時間滞在した。

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1階ロビーのグッズ売り場

印象に残ったもの
  • 縄文時代の遺物の中に性具としか思えない男根状の石器があった。さすがに解説にはそうと書かれてなかったけれど、多分そうだろう。“大人のおもちゃ”の歴史は古い。
  • 平安時代(11世紀)の絹本着色の仏画「釈迦金棺出現図」にびっくり! なんと、涅槃したはずのお釈迦様がキリストばりに「復活!」して起き上がるという図柄。その理由が、今わの際に間に合わなかった摩耶夫人(お母さん)の嘆きを聞いて慈悲心を起こしたからというのが面白い。
  • 1階には仏像が並んでいた。京都・安祥寺所蔵の平安中期の五智如来(木造)が素晴らしかった。五智如来とは、密教における5つの智慧を5体の如来に当てはめたもの。大日如来を中心に、阿弥陀(あみだ)・阿閦(あしゅく)・宝生(ほうしょう)・不空成就(ふくうじょうじゅ)の4如来が並ぶ。それぞれにイケメンながらも表情が微妙に異なっていて、ぜひここは自分の“推し”を見つけたい。ソルティの“推し”は癒し系の宝生如来。
  • 1階特別展示室では、雛人形が時代を追って飾られていた。身代わり信仰で川などに流す形代から始まった人形が、次第に人間らしくなり、夫婦雛から宮中の婚礼を表したものへと豪華絢爛になっていくさまが興味深かった。昭和天皇と香淳皇后をモデルにした内裏雛がつくられたとは知らなかった。
  • 最後の部屋は若者たちや外国人で混雑していた。「何事?」と思ったら、刀剣の部屋。日本刀ブームとは聞いていたが、若い女性たちが目を輝かせて刀を見てあれこれ批評している姿に、『刀剣乱舞』の人気の凄さを実感した。
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の中、なにが流行るかわからないなあ~
skefalaccaによるPixabayからの画像)

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博物館の裏手には豊国神社総本社がある

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むろん祭神はこの猿。失礼、豊臣秀吉公である。
出世開運・良縁成就の神様として崇められている。

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伏見城の遺構と伝わる唐門(国宝)

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秀吉が文禄4年(1595)に建てた方広寺の旧寺域外周をなした石塁。
方広寺には日本一巨大な大仏さま(高さ19mの毘盧遮那仏)があったが、豊臣家の滅亡、地震、火災、落雷など不運が続き、4代目大仏が焼失した昭和48年(1973)に京都から姿を消した。

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豊国神社の参道にある耳塚
こんなものがあったとは知らなかった・・・!

耳塚
秀吉の朝鮮侵攻は、わが国に活字出版文化をもたらし、有田焼や萩焼など新たな陶磁器を生んだ。が、もちろん陰の部分も大きかったのである。

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鴨川にかかる正面橋から北方面を望む
右手奥に比叡山が見える

今さらながら、京都の奥深さ(=日本の歴史の闇)を感じた次第。














● 2周め、行ってみよう! :『巡礼者は秩父を目指す!』展(埼玉県立川の博物館)


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 今年午歳は秩父巡礼にとって12年に1度の特別な年。
 普段は非公開の各札所の御本尊(観音像)が一斉にご開帳されるのだ。(3/18~11/30)
 それに合わせて、いろいろなイベントも打たれるようで、すでに賑わいが感じられる。
 埼玉県寄居町にある県立・川の博物館(かわはく)では、『巡礼者は秩父を目指す!』と題する企画展が開かれている。(5/6まで)

 最寄り駅で見つけたチラシによると、秩父巡礼の歴史や意義が感じられる様々な品が展示されているとともに、札所の住職を招いた講演会『秩父札所の歴史と文化』も開かれるとあった。
 秩父ファンで、8年前に歩き巡礼を果たしているソルティは、即講演会参加を申し込んだ。

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東武東上線・鉢形駅
池袋から1時間半弱。
鉢形城跡には行ったことがあるが、この駅で降りたのは人生初。

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ちょっと歩くと、このような景色が広がる。

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波羅伊門(はらいど)神社
聞いたことのない名前に足が引かれた。
AIで調べたところによると、

創建年代不明。社の脇を流れる宮川で祓の行事が行われたことに由来すると推定される。住吉三神(底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命)を主祭神とし、神功皇后を配祀。一方、古事記や日本書紀には登場しない瀬織津姫(せおりつひめ)を御祭神とする神社としても知られている。瀬織津姫は、災いや穢れを川に流して海に運ぶ、祓い清めの女神である。

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川の博物館(かわはく)
1997年8月1日に、「埼玉の母なる川(荒川)を中心とする河川や水と、人々の暮らしとのかかわりを、様々な体験学習をとおして理解してもらうこと」を目的に開館した。いろいろなアミューズメント施設を併設した家族で楽しめるようなテーマパークである。

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受付でもらったパンフレットより

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敷地の裏手を荒川が流れ、支流の宮川が敷地を横切っている。
北方面に赤城山を望む。
大きな水車(観覧車ではない)がシンボル。

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水車小屋

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ミニ水族館

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本館
観覧料は大人410円(学生200円)
スタッフはみな親切だった。

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秩父巡礼は、観音様を本尊とする34のお寺(札所)を巡る約100kmの祈りの旅。
各札所で観音様を拝み、御朱印をもらう一種のスタンプラリーでもある。
上記のような恰好が基本(周囲からすぐに巡礼と分かる)だが、自由なスタイルでかまわない。自転車やバイクや車で回ってもいいが、やはり歩きが一番味わい深く面白い。ソルティは4回に分けて5日間で回った。

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現在見つかっている最古の納経帳
最初は札所の御朱印がなかったので、納経帳と呼んだ。

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納経帳(御朱印帳)の変遷

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札所4番金昌寺の慈母観音(レプリカ)
寛政4年(1792)江戸の商人・吉野屋半左衛門が、相次いで亡くなった妻子の冥福を祈って奉納した。歌麿のデッサンではないか、隠れキリシタンのマリア観音ではないか等々、いろいろ話題にされることの多い美しい母子像である。

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26番札所・円融寺岩井堂を描いた絵馬

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岩井堂
かつて修験者の修行地として知られた。

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鳥山石燕筆『景清の牢破りの図』
遠方の信者から円融寺に奉納されたもの。

 秩父巡礼の成り立ちから始まって、札所の見どころ、昔の人の書いた道中日記や巡礼道具、明治初めの神仏分離の影響、鉄道とのコラボによるキャンペーンの様子など、さまざまな角度からの展示が興味深く、札所の歴史と人々の信仰の篤さが感じられた。

秩父札所マップ
秩父札所マップ

 講演会の講師は、秩父札所連合会の会長であり、札所11番常楽寺住職である柴原幸保氏。
 西国33札所や坂東33札所とは異なる秩父札所の特徴――距離が短く気軽に回れる――や、秩父札所を作った十三権者の正体、午年総開帳の意義、巡礼の楽しみ方と効能など、ユーモアあふれるわかりやすい語り口であった。
 「人はなぜ巡礼するのか?」という問いに対して、「日常の役割を脱ぎ捨て、自然との語らいの中で自己回帰する」という指摘が腑に落ちた。
 また、西国札所や坂東札所が皇室関係者や幕府の肝入りで(言わば「上」から)作られたのに対し、秩父札所は地元の人々が信仰心に基づき(「下」から)作ったという話も印象深かった。
 たしかに、西国札所ならば長谷寺や石山寺や清水寺、坂東札所ならば浅草観音や大谷観音や立木観音といった、誰でも耳にしたことあるような有名な寺院が、秩父札所にはない。
 この庶民的な素朴さが、かえって疲れた心を潤すのかもしれない。

十三権者1
13番音楽寺の裏手の峰に立つ案内板
実際の創設者は、13人の最後に上げられている地元の通観法印(仏師?)ではないかと、柴原氏は推測された。

十三権者2
十三権者を祀る石像

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よし、今年、2週目行ってみよう!










● マオ観音との再会

 半年前に奈良国立博物館・仏像館で出会い、一目惚れした平安時代の十一面観音菩薩立像。
 黒檀のように滑らかで光沢ある肌と細くくびれたウエスト、現役時代の浅田真央に似たあどけなさの残るたおやかな顔立ち。 
 勝手に「マオ観音」と名づけた。
 再会の喜びを胸にいそいそと仏像館に出向いた。

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奈良国立博物館・仏像館
奈良大学の学生は学生証提示で無料で入館できる。
ソルティは国立博物館メンバーズパスを提示した。

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今回は、興福寺伝来の四天王像が特別公開されていた。
平安~鎌倉時代の作とみられるが、作者もどこのお堂にあったかも不明。
現在4体は別々の所有者の所蔵となっているが、このたび増長天と多聞天の保存修理を実施したのを機に、28年ぶりに一堂に会した。
なかなか迫力ある像だが、全体に丸っこく、柔和な曲線が目立つ。
平安末期とみた。(つまり慶派以前)

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持国天(滋賀・MIHO MUSEUM所蔵)

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増長天(奈良博物館所蔵)
4体の中ではこの像が一番優れていると思う。
若き日の運慶だったりして・・・・

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広目天(興福寺所蔵)
筆と巻物を手にしていたと思われる。

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多聞天(奈良博物館所蔵)
片手で掲げた宝塔を見上げているポーズは、興福寺中金堂の多聞天(昨秋のトーハク北円堂展に出品)と同じである。運慶(康勝)はこれを参考にしたか?

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増長天横顔

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金峯山寺仁王門・金剛力士立像(南北朝時代)
この子らとも再会しました。(2度目だと可愛らしく見えるから不思議)

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五部浄居天(鎌倉時代)


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大将軍神坐像(平安時代後期)
方位をつかさどる陰陽道の神。今年(午)は東の方角におられる。

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大黒天
叡尊上人が仏師善春に造らせたと伝わる

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やはり見るたびに和まされる「走り大黒」さま

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玉眼をほどこした無垢な瞳とアヒルくちがかわゆい。
この子との再会もうれしいかも。

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青銅館にある紀元前11~10世紀の中国の器
鳳凰の文様が浮き彫りにされている。
同じ頃、日本ではまだ縄文土器をつくっていた。
中国文明の深さを実感させられる。

 さて、肝心のマオ観音だが、奈良博物館の所蔵品データベースにはなぜか載っていない。所蔵ではなく預かっているだけってことなのだろうか?
 仏像館のポスターに使われているのをネットで発見した。

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まったく国宝になってもおかしくないトリプルアクセル級の美しさ。
同じ室内に10体ほどの平安仏が置かれているのだが、マオ観音の周囲だけ空気が違う。奥入瀬渓流のブナの天然林がかもしだす“気”をまとっている。

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ドキドキした胸をしばし休めた。


P.S. 書き忘れていた。
 昭和18年(1943)3月に盗まれ、以来83年間行方不明になっている香薬師如来像の、唯一現場に残されていた右手が展示されていた! 思ったよりずっと小さくて、まるで貝殻のよう。
 由来も何も表示されていなかったので、何も知らない人は「なんだこれ?」で通り過ぎてしまうだろう。
 この小さな手の中にどれだけドラマチックな物語が隠されていることか!

香薬師像の右手





















● なんなら、奈良26(奈良大学通信教育日乗) 日本考古学発祥の地

 横浜から東京方面に向かうJR京浜東北線が大森駅を発車してすぐ左手に、「大森貝塚」と書かれた大きな石碑が現れる。
 20代の学生の頃からずっと車窓から見かけていた光景なのに、一度も行ったことがなかった。
 大森貝塚は、アメリカから来日した動物学者エドワード・モース(1838-1925)が、明治10年(1877)6月19日に横浜から新橋へ向かう列車の車窓から発見した。
 日本で最初に学術調査が行われたことから「日本考古学発祥の地」と言われている。
 考古学を学ぶ者なら、やはり一度は足を運んでおきたいではないか。
 しっかり防寒対策して出かけた。

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JR大森駅ホームにある記念碑

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大森駅北口から歩いて6分
昭和っぽさが色濃く残る街並み(昭和遺跡?)

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大森貝塚は、現在の大田区と品川区にまたがっており、両区それぞれに石碑が存在する。

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大田区の石碑
昭和5年(1930)建立

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「モース教授により1877年に発見された」と記されている

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目の前を走り抜ける京浜東北線
日本人の誰も遺跡に気づかなかったのが不思議
考古学的視点がまだなかったのだろう

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歩道の敷石が楽しい

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大森貝塚遺跡庭園(品川区)
入場無料・無休だが夕刻には門が閉ざされる

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貝塚は残っていない
木立あり、小山あり、噴水あり、ベンチありの公園である
鬼ごっこの小学生、キャッチボールする親子、談笑する主婦
区民の憩いの場になっていることが察しられた

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噴水広場
30分に1度、ミストが噴射される

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貝塚跡
発掘調査で実際に貝塚が発見された地点

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貝塚展示ブース
実際の貝層を利用して、発見当時の貝塚を復元
スズキ、クロダイ、マアジ、サバ、ウミガメ、ウナギ、
ニホンジカ、イノシシ、アナグマ、タヌキ、イヌ
などの骨も発見された

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土器を手にするモース博士
雨水が溜まらないよう底に穴が開いていた

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当然海辺にあったのです
江戸時代には海苔の養殖で栄えた
浅草海苔の主要産地は大森だったそうな

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庭園内には縄文時代の人々の暮らしを解説するパネルがある

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品川区の石碑
昭和4年(1929)建立
後の調査の結果、こちらの地点が正しい発掘調査地と判明
(両碑は約300m離れている)

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 庭園から品川駅方向にさらに10分ほど歩いたところに、区立品川歴史館がある。
 開館40周年を迎えるというので、昭和の公民館的なアナログ施設を想像していたら、これが大違い。
 大規模な改修工事が行われ、デジタル仕様に生まれ変わって2024年4月に再オープン。
 きれいで、見やすく、面白い。
 大森貝塚とここをセットで訪ねたい。

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品川歴史館
9時から17時、月曜休
一般100円

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縄文時代から現代までの品川の歴史をたどるデジタル年代記が面白い

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灯火用あるいは香炉として用いられた土器があるとは知らなかった
縄文人もアロマテラピーをしていた?

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鎌倉時代の常滑大甕(とこなめおおがめ)
愛知県知多半島の常滑で作られた大甕を、品川にあった御殿山まで、海岸沿いに船で運んだ。
途中で割ったら打ち首ものだった?

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貝塚の上に戦争遺跡
人類がまったく進化していないことを知らしめる

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2階の休憩スペースから、大画面の「品川区の歴史」動画を鑑賞できる。
これが素晴らしい出来!
アニメ制作はアダチマサヒコによる

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歴史関係の図書も充実

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モースコーナーもある

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モースが発表した発掘調査報告書
これぞ日本考古学発祥の証拠である

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庭園散策で気分転換
梅・桜・紅葉など、四季折々の風情が楽しめる

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書院・茶室は現在も利用されている

遺跡の発掘
目の前にいつも見ていても、気づかないことがある
これがモース博士が我々にくれた教訓だろう











● キュートな神たち :静嘉堂@丸の内「たたかう仏像」展

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 JR東京駅丸の内南口から徒歩5分、皇居のお濠に面した明治生命館1階に静嘉堂(せいかどう)@丸の内はある。
 三菱2代目社長岩崎彌之助と4代目社長岩崎小彌太の親子によって創設・拡充された文庫美術館で、国宝7件、重要文化財84件を含む約6500件の東洋古美術品と約20万冊の古典籍を所有している。
 静嘉堂の母体はいまも世田谷区にあるらしいのだが、創設130周年を迎えた2022年10月より、現在の丸の内明治生命館にて展示活動を始めたとの由。
 ソルティは、昨年日比谷図書文化館で見つけたチラシで、その存在を知った。
 1月2日から開催されている「たたかう仏像」展に足を運んでみた。

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明治生命館(重要文化財)
1934年(昭和9)竣工。
古典主義を採り入れた我が国近代洋風建築の代表作。
設計は岡田信一郎。
背後に建つのは明治安田生命ビル。

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明治生命館1階ホワイエ
ここで1杯1000円のコーヒーを飲むのもオツなもの。

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静嘉堂@丸の内入口
休日だったので混んでいた。
じっくり観るならウィークデイ(月曜休館)がおすすめ。

 今回は、四天王・十二神将・不動明王など甲冑を身につけ怒りの表情を見せる 「たたかう仏像」をテーマに、彫刻・絵画・刀剣などが4部屋に分かれて展示されている。
 さらに、仏像の鎧のルーツと言われる中国・唐時代の神将俑も紹介されている。  
 こちらは17年ぶりの展示とのこと。
 ちょうど学芸員さんの特別レクチャーがある日だったので、鑑賞前に見どころを聴くことができた。

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中国・唐時代(7世紀後半)の神将俑
俑(よう)とは、中国の墓の中に納められた人型の副葬品。
もっとも有名なのは、秦始皇帝陵の兵馬俑である。

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唐時代(8世紀)の神将俑

神将俑
奈良大学のスクーリングで訪れた天理参考館でみかけたこの2人。
野球拳をしているかと思ったが、墓を守る神将俑だったのね。

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秦始皇帝陵兵馬俑
Allan LeeによるPixabayからの画像

 ここの収蔵品の中でもっとも貴重とされているのは、南宋時代(12~13世紀)に建窯で作られた曜変天目という名の茶碗であろう。
  ソルティは陶器についてまったくのド素人なのでその価値がよくわからないが、プルシアンブルーの見込み(茶碗の内側部分)に玉虫色に輝く泡状の斑紋が散らばって、あたかも星雲や銀河を宿す宇宙空間の如き美しさ。
 完全な形で残っているのは日本に3碗しかなく、もちろん国宝指定されている。
 一見の価値あり。(これだけ撮影NGであった)

 ソルティが一番惹かれたのは、鎌倉時代につくられた十二神将立像。
 もともと京都・浄瑠璃寺の三重塔内にあって、平安時代に作られた薬師如来像を囲んでいたらしい。
 それが明治時代に流出し、所有主を転々としたあげく、現在、トーハク(東京国立博物館)に5体、静嘉堂に7体あるとのこと。
 像の素晴らしさから一時は運慶作ではないかと議論が盛り上がったが、修復作業中の平成29年(2017)、静嘉堂にある亥神像の頭部背面から墨書銘が発見された。
 そこには「安貞二年 八月、九月」と書かれていた。
 運慶が亡くなったのはそれより5年前の貞応2年(1223)なので、運慶作ではないことが証明されたのである。
 しかし、運慶作であろうがなかろうが、素晴らしさは変わりない!
 運慶以後の鎌倉彫刻の写実性と迫力を備えながらも、人間らしい、というか童子のような自由奔放な感情の発露とキュートさが感じられる。
 ソルティは、運慶の三男・康弁がつくった興福寺国宝館の木造天燈鬼・龍燈鬼立像を連想してしまった。
 康弁でないとしても、運慶の息子、孫たちによってつくられた可能性は高いと思う。  

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寅神
すべてヒノキの寄木造である

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卯神
頭上にそれぞれの干支(えと)の動物を乗せている。

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午神
今年の干支です

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え~と?

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酉神
「エイ、エイ、オー!」
歯や舌の緻密な表現が、先秋、東京国立博物館で開催された興福寺北円堂展の広目天を思わせる(康弁作と考えられている)。

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亥神

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矢が曲がっていないか確かめている。
実に人間っぽい表情と仕草ではないか。

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なんと! 兜を外すことができる!
この頭の中に墨書銘があったのか・・・

 今回展示されなかった残り2体と、東博にある5体の十二神将像も観てみたい。
 しかし、休日とはいえ、あんな混んでいるとは思わなかった。
 若い人も多かった。
 仏像人気ってほんまもんなんだ。
 次回は、空いているウィークデーに行こう。
 一杯1000円のコーヒーもおごってみよう。

コーヒー














 







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