ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

美術館・博物館・ギャラリー

● 美術展:『救いのみほとけ――お地蔵さまの美術――』(根津美術館)

 根津美術館は南青山(渋谷区)にある。
 ブティックや高級レストランが立ちならぶ気取った(鼻持ちならない)界隈である。
 ソルティはずっと千代田線の根津駅(文京区)近辺にあるものと思っていた。
 紛らわしいが、根津美術館の根津は地名ではなく、創設者である根津嘉一郎(1860-1940)の名前から来ているのであった。
 ここを訪れるのは初めて。
 目的はお地蔵さまである。

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表参道駅からの道

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根津美術館

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1Fホールに並んだ古代アジアの仏像たち
右端は3世紀ガンダーラ地方でつくられた弥勒菩薩像

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正面より
ギリシア彫刻の影響が見られる

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今展のポスター

 お地蔵さま(地蔵菩薩)は庶民にとって最も身近で親しみやすい仏である。
 お釈迦さまが亡くなって1500年後に末法の世が到来し、正法は失われた。
 日本では平安末期の1052年がそれに当たる。 
 以後、56億7千万年後に弥勒菩薩が出現するまで、修行も悟りも不可能。
 さあて、困った。
 我々は永遠に六道輪廻するほかないのか?
 でも大丈夫。
 その間に娑婆世界に降りてきて、六道にいるあらゆる生命を救済してくれるのがお地蔵さまである。
 なので、お地蔵さまの仏画や仏像が盛んに作られ、広く信仰されるようになったのは、平安後期からなのである。
 今回の特別展は、日本における地蔵信仰の歴史を、書写された経典や絵巻物や仏画や仏像によってたどる試みである。
 とくに平安時代末期から鎌倉・室町時代につくられた地蔵菩薩の絵や彫像が目玉である。

 展示室は撮影禁止なので残念ながらここに紹介できないが、いくつかの彫像の美しさに心打たれた。
 お地蔵さまと言えば、風雨に打たれ摩滅し顔立ちもはっきりしない道ばたの石像のイメージが強いので、こんなに美しい地蔵像があるとは思わなかった!
 平安時代末(1147年)に作られた木造彩色の地蔵菩薩立像(ポスターの下半分)などは、興福寺の阿修羅像や法隆寺の百済観音に匹敵するほどの優美さ、高貴さ、慈しみ深さを湛えていて、これを観れただけでも性に合わない青山まで足を運んで良かった。

 1~2Fで6つある展示室をめぐったあとは、根津美術館ご自慢の日本庭園を見学。

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17,000㎡を超える広さをもつ

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ところどころに置かれた仏像がなかなか愉快

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都会の真ん中にこんな緑豊かな空間があるとは・・・


 ところで、末法思想は大乗仏教において花開いた(?)信仰なので、初期仏教の流れを汲むテーラワーダ仏教(卑称:小乗仏教)に「末法」という概念はなく、地蔵菩薩も存在しない。
 お釈迦さまの説いた法(ダルマ)はいまもちゃんと残っており、修行も悟りも可能である。

六地蔵
秩父の町中で見かけた六地蔵















● 女優!女優!女優! :小津安二郎展 @横浜

 久しぶりの横浜。
 前回がいつだったか思い出せない。
 目的は神奈川近代文学館で開催中の小津安二郎展である。
 今年は生誕120年、没後60年の節目なのだ。
 小津の人生はその映画スタイルのようにきっちりしていて、60歳の誕生日(12/12)に亡くなった。
 なかなかできることではない。

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マリンタワー
ソルティの中の横浜は「マリンタワー、氷川丸、中華街」で止まっている
いつの時代だ

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港の見える丘公園

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レインボーブリッジ?
いやいや、横浜ベイブリッジ

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マリンタワーと氷川丸

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巨大ガンダム
ここ(山下埠頭)にあったのか・・・

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神奈川近代文学館
来たことあるような、ないような・・・

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一般800円、月曜休館
近代文学と神奈川の関わりを辿った一般展示も見ることができる
三島由紀夫の『午後の曳航』は横浜港が舞台だったのか・・・

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入口にあった撮影コーナー(会場内は撮影禁止)
小津の代名詞であるローポジションを体感することができる
テーブルの上にカメラやスマホを置くと・・・

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小津調となる
これは『秋刀魚の味』のワンシーン

展示はとても内容が濃くて、見ごたえあった。
  • 小学校時代の小津の作文や写真(かわいい!)
  • 母親や親友たちとやりとりした手紙
  • 幻の第1作『懺悔の刃』のあらまし(フィルムが残っていない)
  • 全作品の内容紹介
  • 往年の大スターてんこもりのポスターやスチール
  • 監督デビューのきっかけとなった「カレーライス事件」など様々な逸話
  • 中国大陸従軍中の様子を伝える新聞記事や現地からの絵葉書
  • 山中貞雄、志賀直哉、谷崎潤一郎など同時代の映画監督や文学者とのつきあい
  • 愛用していた数々の日用品(机、撮影用椅子、帽子、パイプ、スーツ、時計、ライター等)
召集された小津は、南京虐殺(1937年12月)から間もない時期に南京入城している。
おそらく、いろいろな見聞あったことだろう。
戦後、小津は戦時中のことをほとんど語らなかったし、映画のテーマに据えることもなかった。
どんな思いを抱えていたのだろう?
戦争体験がどのように作品に影響したか興味ある。

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『晩春』のワンシーン
この作品は『東京物語』と並び、世界的評価が高い。
やっぱり原節子は日本映画史上一の美貌と思う。
ほかにも、栗島すみ子、山田五十鈴、高峰三枝子、高峰秀子、岡田茉莉子、久我美子、山本富士子、岩下志麻など、錚々たる大女優の写真がずらり。
「昔の女優さんは品があってきれいだね」
ご高齢夫婦が横で会話しているのが耳に入った。

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館内にある喫茶店で一服
なんと入館から3時間も経っていた

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喫茶店からベイブリッジを望む

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港の見える丘公園は薔薇園で有名
まさに見頃であった

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その後、中華街を散策
修学旅行の高校生でいっぱいだった

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店を冷やかしながらの肉マン食べ歩きは楽しい
横浜中華街=値段が高い、というイメージがあったが、千円以下で6点セット(ご飯、スープ、副菜2点、小籠包、デザート)の定食を提供している店がたくさん並んでいた。

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中華街のソウルスポット、横濱媽祖廟(よこはままそびょう)

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媽祖様は「天上聖母」とも呼ばれ、仏教、儒教、道教における最高位の女神とされる
中国人が熱心に礼拝していた

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横浜スタジアムを抜けて、JR桜木町駅まで歩いた
本日の歩数は約25000歩









● 治兵衛とコンドル :旧古河庭園に行く

 JR駒込駅北口から徒歩12分のところに旧古河(ふるかわ)庭園がある。
 しばらく前から気になっていた。
 瀟洒な洋館と、それを取り巻く何十種類もの薔薇で有名なのは知っていた。
 5月中旬ともなれば、たくさんの薔薇好きで賑わうことも。

 それとは別に、広大な敷地内には日本庭園もある。
 気になったのはそちらである。
 休日の午前中に訪ねてみた。

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開演時間は午前9時から午後5時
入園料は大人150円


 ここは明治時代、陸奥宗光の土地であった。
 どこかで耳にした名前だなあと思ったら、井上馨や大隈重信らと共に、江戸末期の開国から続いていた不平等条約の改正に尽くした人である。
 関税自主権の撤廃とか治外法権の回復とか、世界史で習ったのを覚えている。
 宗光の次男・潤吉が、足尾銅山の経営で知られる古河財閥の初代当主・古河市兵衛の養子になった時に、土地は古河家の所有に移った。
 それまで実子のできなかった市兵衛は、その後芸者との間に男子・虎之助をもうける。
 2代目当主潤吉は早逝し、虎之助が3代目当主となった。
 この古河虎之助が、1917年に本邸として造ったのが、今ある洋館と庭園である。

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設計はジョサイア・コンドル(1852-1920)
鹿鳴館、ニコライ堂、岩崎久弥邸(現・旧岩崎邸庭園洋館)などを設計し、
「日本近代建築」の父と呼ばれた。
1階は見学料(400円)を払って、2階はガイドを予約して観ることができる。
庭園の見えるテラスでアフタヌーンティーを頼めば、
ダウントン・アビー』の登場人物になった気分を味わえる。


 この土地は武蔵野台地の崖線(ハケ)に位置している。
 崖の上の高台に洋館が建ち、傾斜に薔薇やツツジの花壇が並び、低地に日本庭園が広がる。
 日本庭園の周囲は木々で囲まれているので、たまに日本庭園があるのに気づかずに、洋館と花壇だけ見て帰ってしまう来場者もいるそうだ。 
 もったいない話である。
 というのも、この庭園の設計者は、京都無鄰菴の作者・小川治兵衛その人なのである!
 それを知らずにやって来たソルティ、このシンクロニシティにびっくりした。
 青い鳥は案外近くにいたのね・・・。

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浅い池の中を優雅に歩く白鷺
水面に映るマンションが残念

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地下水を汲み上げて作った滝
人工的な気配を排した野趣あふれる景観が治兵衛の理想だったようだ

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こちらは枯山水の滝

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洋館の建つ高台方面を見やる
東山を借景とする無鄰菴には適わないものの、奥行きを感じさせる造形はさすが


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治兵衛は石の使い方が天才的
様々な土地から集めた大小の石を自在に使いこなしている

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園内には巨大な灯籠がいくつかある。
富の象徴(つまりは成金の見栄)だったようで、ちょっとお下品。
施主の要望には名匠・治兵衛も逆らえまい。
木々で隠すなどの工夫の跡がうかがえる。


 関東大震災(1923年)の折に、この庭は被災した2千の人々の避難所になり、当主の虎之助夫妻は敷地にあった温室を壊して仮設住宅を建て、被災者を支援したという。
 コンドル設計の洋館はびくともしなかった。
 イギリス生まれのコンドルは、日本の地震の多さに驚き、耐震性ある建築物について研究していたという。
 戦後はGHQに接収され、返還後30年間の無人状態を経て、1982年に東京都名勝指定、2006年に国の名勝に指定された。
 現在ここの所有者は国である。
 東京都が国から無償で借り受けて一般公開している。

 新緑の頃、薔薇の頃、盛夏の頃、紅葉の頃・・・。
 お弁当を持って、季節折々の庭を訪ねたい。
 こんなに近いんだもん。

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置き物かと思ったら、ほんものだった
まったり












● つくし作品展と高尾山

 高尾駒木野庭園は、JR高尾駅から歩いて15分のところにある。
 小林医院(現・駒木野病院)院長の自宅として昭和初期に建てられた日本家屋と、枯山水や露地のある池泉回遊式の日本庭園は、瀟洒にしてどこか懐かしい風情が漂っている。
 先日、ここで開催された「つくし作品展」に行き、そのあと約2年ぶりの高尾登山をした。


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高尾駒木野庭園
平成21年3月に八王子市へ寄贈された。

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入園料は無料

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つくしさんは高尾山のふもとに暮らすイラストレーター。
国内だけでなくアメリカでも発揮されたその多彩な才能と画風は Tukushi Works で知られる。

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細やかな色合いの和紙を使った自然描画が家屋に見事マッチしていた。

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外からの光線具合によって絵の印象が変化するところがまた面白い。

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もみじがまだ残っていた。

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喫茶スペースでコーヒーをいただきながら、つくしさんと会話。
つくしさんのスピリチュアルトークは深くて面白い。

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高尾の山々が借景になり、人工と自然との見事なハーモニーが奏でられる。

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たまに来て瞑想するのもよいなあ。
ここから歩いて15分で高尾登山口へ。

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高尾山の霊気(バイブレーション)にはいつも身心を清められる思いがする。

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高尾山頂
この日は午前中雨模様で寒かったので、登山者が少なかった。

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展望台
晴れていれば富士山や丹沢の山々が望める。

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首都圏方向を望む

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下山はリフトを使った

高尾極楽湯
ふもとの温泉で体を芯からあたためる。
豊かな一日だったなあ~。







● 東京タロット美術館に行く 

 昨年11月に浅草橋にオープンしたタロット美術館なるものに行ってみた。
 別にタロット占いに興味があったわけではない。
 約500種類のタロットカードが展示されているというので、図柄の美術性をこの目で見たくなった。
 運営は「ニチユ―」という名のタロットカード輸入販売会社。もともとは戦後に玩具販売会社として創業されたとのこと。

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JR総武線・浅草橋駅界隈

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「人形の久月」で有名

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駅から徒歩3分のビルの6階にある

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入口

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靴をスリッパに履き替えて受付に
(予約制、800円)

 受付でちょっとした趣向があった。
 置いてある籠の中からカードを一枚選ぶ。
 裏返すと、タロットカードの核となる22枚のカード(大アルカナと言う)のいずれかが現れる。
 大アルカナにはそれぞれ「愚者」「魔術師」「皇帝」「恋人」「運命の輪」「死神」「悪魔」「星」「太陽」「世界」などの表題がつけられ、それを表す図柄が描かれている。
 占う際にはカードの「正位置」と「逆位置(リバース)」に与えられている意味を読んでいくのが基本になる。が、重要なのはそのカードから得られた直観であるという。
 来場者は受付で引いたカードから得た直観をテーマに、館内で過ごしてほしいとのこと。
 ソルティが引いたのはこのカードであった。

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THE HERMIT
灯りを持つフクロウの図柄から「知恵」かなあと直感。

 館内には、実に多様なデザインのタロットカードが展示されているほか、企画展示コーナーやタロットカード入門書はじめ関連本を集めたライブラリー、ブローチなどオリジナルグッズ販売コーナー、サンプルカードを使って占いもできるフリースペース、それにワークショップや講演会を随時開催する小部屋などがあった。
 予約制のため静かなゆったりした雰囲気の中でじっくりと見学することができ、お茶のサービスもあった。

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撮影スポットから館内を撮る

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22枚の大アルカナ

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THE DEVIL『悪魔』
伝統的なデザイン

 やっぱり、圧倒されたのはタロットカードの種類の多さと図柄の芸術性。
 大昔(タロットカードの起源は15世紀西欧と言われている)からの伝統的な図柄はもちろん、ルネサンスの巨匠ボッティチェリやダ・ヴィンチ、アールヌーボのミュッシャやクリムトら有名画家の作品をアレンジしたもの、色彩・形象ユニークな現代美術風、キリストの生涯をテーマにしたもの、日本神話や北欧神話に材をとったもの、手塚治虫アニメのキャラクターたち(アトムやピノコなど)が描かれたもの、クマのプーさん、星の王子様、『パタリロ』や『翔んで埼玉』で知られる漫画家の魔夜峰夫デザイン、猫ちゃんデザイン、ゲイをテーマにしたもの・・・・e.t.c.

 まさに美術館というのにふさわしい一大コレクションで、時のたつのも忘れる面白さ。
 展示されているもの以外にも在庫は豊富にあり、カタログで図柄を確認することもできる。
 多くのカードはその場で購入できるようだ。
 ソルティは、ダ・ヴィンチカードとクリムトカードに強く惹かれるものがあったが、とりあえず概要を知りたいと思い――「知恵」が大切=直観!――鏡リュウジ先生の本を買った。 

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 この本によると、ソルティが引いた THE HERMIT のカードの意味は『隠者』。
 「時」「老人」「円熟」を象徴する。
 ひとりで過ごす静かな時間が魂を磨く、とあった。
 まさに今の自分にぴったりのカードではないか!




● ウィーンの音楽を楽しむ会 63回(ギュンターフィルハーモニー管弦楽団)

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日時 2022年5月14日(土)18:00~
会場 小金井宮地楽器大ホール(東京都小金井市)
指揮 重原孝臣
曲目
  • モーツァルト:交響曲35番 ニ長調 K.385「ハフナー」
  • ベートーヴェン:交響曲8番 ヘ長調 op.93

 コンサート前に国分寺駅南口にある殿ヶ谷庭園(随宜園)に寄った。
 三菱の岩崎彦彌太の別邸だったのを1974年に都が買い取ったものである。 
 藤が終わってサツキにちょっと早い今の時期、花は多くないがそのぶん緑が目立ち、草いきれが強かった。

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入園料150円はお得

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かつてはここでゴルフやパーティーをしたとか

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竹林が美しい

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ハケ(崖線)が敷地内にあり湧き水が池を作っている

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紫ランとカルミア


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 小金井宮地楽器ホールはJR中央線・武蔵小金井駅南口のロータリーに面している。
 しばらくぶりに訪れたが、ショッピングモールや高層マンションが周囲に立ち並び、ちょっとしたセレブ空間になっていてビックリ。
 570名余入る大ホールに5割くらいの入り。ソーシャルディスタンス的にはちょうど良かった。

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小金井・宮地楽器ホール

 このオケを聴くのは2回目。前回は2016年12月であった。
  コロナ禍で2019年10月以来のコンサートという。見たところ、演奏者のみならず聴衆もまた高齢者率の高い会なので、スタッフはかなり神経を使ったのではなかろうか。
 再開を慶びたい。

 前回も感じたが、上手で安定感がある。
 長い年月(結成1980年)で育まれた技術とチームワークの賜物であろう。
 そこに待ちに待った舞台ゆえの喜びと緊張感が加わって、フレッシュな響きがあふれた。
 気圧の変化に弱い“気象病”のソルティは、ここ最近の天候不順のせいで軽い眩暈と耳鳴りに悩まされていたのだが、一曲目の「ハフナー」を聴いているうちに体が楽になった。
 そうか! 気象病にはモーツァルトが効くのか!

 ベートーヴェン第8番を聴くのは初めて。
 5番や7番や第9のような渾身にして畢生の大作といった感じではなく、無駄なことを考えず楽しみながら作った良品といった趣き。これを作った時のベートーヴェンの精神状態は良好だったに違いない。
 ロッシーニ風の軽さと諧謔味あるつくりに「遊び心あるなあ~」と心の内で呟いたが、時間的に言うとロッシーニ(1792年生)がベートーヴェン(1770年生)に学んだのだろう。
 3番『英雄』や6番『田園』のような主題を表すタイトルが冠されておらず、また第9のようなドラマ性(文学性)が打ち出されているわけでもない。
 その意味で純粋なる器楽曲と言っていい。
 ソルティがこの曲からイメージした絵は次のようなものである。

 子どもの頃、毎年ひな祭りになると実家では雛人形を飾った。妹がいたからである。
 雛人形の白く神妙なよそよそしい顔つきは、美しさや気品と同時に、どこか不気味さを感じさせるものであった。
「雛人形は人間が寝静まった夜になると勝手に動き出して、五人囃子の笛や太鼓に合わせて、呑んだり歌ったり踊ったりする」といった話を誰からともなく聞いた。あるいは、『おもちゃのマーチ』からの連想だったのだろうか?
 朝起きると、雛飾りを調べて夜中の宴会の証拠が残っていないか調べたものである。

 8番を聴いていたら、あたかも人間が寝静まった真夜中に、楽器店に置かれた楽器たちが、指揮者も演奏者も聴き手もいないのに、勝手に動き出して合奏を始める――みたいなイメージが湧いた。
 それぞれの楽器が得意の節を披露して自己主張しながらも、互いの主張を受け入れ、一つの楽器が作りだしたメロディーやリズムを真似したりアレンジを加えたりしながら次から次へとバトンし、次第に大きな流れを作り上げていく。そこには作曲家であるベートーヴェンの姿すらない。
 「楽器たちの、楽器たちによる、楽器たちのための祭り」である。

 あるいはそれは、宮地楽器ホールという会場ゆえに起きた錯覚であろうか?

楽器や



 
  

● アレキサンダー大王が目撃したもの 映画:『ポンペイ』(ポール・W・S・アンダーソン監督)


2014年アメリカ、カナダ、ドイツ
105分

 東京国立博物館の『ポンペイ特別展』を鑑賞したら、当然、この映画が観たくなった。

 ポール・アンダーソン監督は『イベント・ホライゾン』、『バイオハザード』などSFパニック映画やアクション映画を得意とする人。
 本作も紀元79年のヴェスヴィオ山の噴火によってポンペイの人々が被った未曽有の災害を、大量のエキストラとCGを巧みに使いながら、迫力ある映像で描ききっている。

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CGで再現されたポンペイとヴェスヴィオ
 
 地震大国、火山大国、海洋国家である日本人にとって、まったくのところ他人事でない。
 観ればどうしたって、1995年1月の阪神淡路大震災や2011年3月の東北大震災&津波被害の記憶がよみがえり、人によってはつらい思いを持たざるを得ないけれど、「今ここにある危機」から目を背けるのは決して得策とは言えまい。

 ここには火山の噴火によって起こりうる災害のすべてが描きつくされている。
 大地震、地割れ、家屋の倒壊、ミサイルの如く降り注ぐ火山弾、広がる火の手、空を真っ黒に染める火山灰、煮えたぎる海と街を飲み込む津波、時速100キロを超えるスピードで押し寄せる数百度の火砕流、そして逃げ惑う群衆を襲うパニックと圧死・・・・。
 これはフィクションではなく、史実であり、ドキュメンタリーである。

 この映画に描かれるような地獄がまさに現実に出現して、ポンペイの人々を恐怖と苦痛のどん底に突き落としたと思うと、『ポンペイ展』の意味が180度変わってくる。
 あれは単なる博物展、美術展ではなくて、広島原爆資料館のような“断ち切られ破壊された日常生活の記録”なのだった。
 富豪の邸宅にモザイクで描かれたアレキサンダー大王は、彼が在位中に経験したいかなる戦場にもまして凄惨な、世界の終わりのごとき光景をその目に焼き付けていたのである。

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 物語的には、皇帝のいるローマと地方都市ポンペイの権力格差であるとか、市民の娯楽として供される競技場での奴隷(グラデュエーター)同士の闘いであるとか、自由を求める黒人奴隷の叫びであるとか、ローマ軍に惨殺された辺境民族の生き残りの復讐であるとか、男同士の友情や憎悪であるとか、身分を超えた恋であるとか、ローマの悪代官から愛する女を奪回するイケメン戦士であるとか(あたかも『ギリシア神話』に出てくる冥界の王ハデスに略奪された美女ペルセポネを救い出すヘルメスのよう)、定石どおり『ベン・ハー』や『クォ・ヴァディス』同様に往年のハリウッド古代ローマ時代ものらしい要素が詰まっている。

 ただし、結末はハリウッド式ハッピーエンドとは程遠い。
 ポンペイで生き残ることは事実上、不可能であった。
 迫りくるマグマを背景についに結ばれたヒーローとヒロイン含め、映画に登場するすべての人物が最後には死んでしまう。
 すべての人間の営為が無に帰し、100分近く紡いできた物語が終焉するという、『そして誰もいなくなった』を何万倍にもした究極のリアリティが待っている。

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おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 1,669年間のタイムカプセル:ポンペイ特別展(東京国立博物館)に行く


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 紀元79年10月、ヴェスヴィオ山の噴火により一日にして消滅したローマ帝国の都市ポンペイ。
 約1万人の市民(奴隷を含む)が起居し、繁栄を誇った古代の街の実態が明らかになったのは、1,748年に灰の中から遺跡が発見されたことによる。
 街の区画や家々の様子、競技場、野外劇場、広場、市場の遺構とともに、裕福な市民の屋敷跡からたくさんの美術品、工芸品が見つかった。
 実に1,669年後に開かれたタイムカプセル!
 今回の展示は、ナポリ国立考古学博物館に保管されている出土品150点を中心に、ポンペイの繁栄とそこに生きた人々の姿を現代に蘇らせるものである。

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東京国立博物館(上野公園)

 一番空いていそうな平日の朝一番をねらって出かけたのだが、コロナ禍の今は定員予約制のため、どの時間帯に行っても場内の混み具合はたいして変わらなかったかもしれない。
 密になるということもなく、90分程度でゆっくり見学することができた。
 もちろん、場内は会話禁止。
 展示会には珍しく、撮影OKであった。

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場内の様子

 時のローマ皇帝は11代ティトゥス。
 被災地の救援にあたるなど賢帝と称され、モーツァルトのオペラ『皇帝ティートの慈悲』の題材にもなった。
 キリスト教が国教とされる(紀元380年)以前のローマは、古代ギリシア文化の影響が非常に強かった。
 展示品は、ギリシア神話に出てくる神々の彫像、ギリシア神話の有名な場面を描いたフレスコ画、動植物をモチーフとした細密モザイク画などが多かった。
 つまり、一神教でなく多神教、宗教色でなく人間色豊か、あの世の幸福よりこの世の享楽といった感じで、まさにダ・ヴィンチやミケランジェロなどのルネッサンス文化の原点であることが知られた。

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エウマキア像
エウマキアは裕福で有能な実業家であった
流れるようなドレープが美しい


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アポロ像
炭化している太陽の神
本来、手に竪琴を抱えていた

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富裕層の屋敷の広間(アトリウム)を再現

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ヘレネの略奪
王子パリスと絶世の美女ヘレネの愛の逃避行
トロイ戦争のきっかけとなった


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番犬のモザイク画

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コブラとマングースのモザイク画
やっぱり戦わせるところを見世物にしたのだろうか?

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メメント・モリ「死を思え」
「確かな明日などないのだから、今日を楽しめ」と歌った
ルネサンス文化の享楽主義と呼応するものがある

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古代の英雄・アレキサンダー大王の遠征
実物の壁画は現在修復中だとか・・・
(なぜかこの画像はなかなか取り込めなかった)

 実を言えば、ソルティは30年前にポンペイを訪れている。
 今回、この展示会のチケットを買ったあと、探し物をしていたら、戸棚の奥からイタリア旅行当時の日記が出てきた。
 30年前に彼の地でどんなことを思ったのだろう。
 ページを括ってみた。

1992年1月17日(金)曇り
 ポンペイに行く。
 ナポリ駅で声をかけてきた12歳の少年は天真爛漫。ああした無邪気な少年は日本では滅多に見られなくなった。愛くるしい瞳と天使のような巻き毛をしていた。
 ポンペイは素晴らしい魅力に満ちている。山々を背景とした廃墟を歩くと、妙に心が落ち着いて、自分を取り戻すことができる。すがすがしい散策ができた。
 今でも使用されている3つの劇場は、ほぼ完全な形を保っているのだが、ローマのコロッセオ以上に劇場らしく雰囲気抜群。大劇場のアリーナ席で手を叩いたら、ピンと張りつめた音が空中にこだました。観客席の向こうにはヴァスヴィオ山が薄青く見えた。
 岩畳みの路地をあちこち歩き、いくつかの家をのぞき、壁画や床のモザイクを見て、神殿の跡を訪ねた。
 日は傾いて、夕日に反射する石の街は、なんとも「あはれ」な有様を見せてくれる。
 ポンペイに生きた人々は、どんな気持ちで一日の終わりを迎えたのだろうか。
 孤独であることの幸福に満たされて、ポンペイをあとにした。

 30年のタイムカプセルを開けたら、今と変わらない自分がそこにいた(苦笑)

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ポンペイとヴェスヴィオ山





● 東京の紅葉名所人気 No.1

 思えば、前回六義園を訪ねたのはコロナ発生前の2019年の晩秋、紅葉真っ盛りの折りであった。
 JR山手線駒込駅から歩いて、正午過ぎに国の特別名勝にも指定されているこの都立庭園に着いたはいいが、正門前には30メートル以上の行列ができていた。
 入口から中をのぞいてみると、園路は人でごった返している。
 ゆっくり紅葉や散策を楽しめる感じでは全然ない。
 あきらめて駅へと引き返した。

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駒込駅近くの染井門(通常は使われていない)

 リベンジというわけではないが、今回は午前10時過ぎに行ったら、並ばずに入ることができた。
 六義園は五代将軍・徳川綱吉に寵愛された川越藩主・柳沢吉保が、元禄15年(1702年)に築園した回遊式築山泉水の名園。
 面積は約88,000㎡、東京ドームの1.9倍。
 中央の大きな池の周囲に園路が巡らされ、四季折々の自然の景観が楽しめる都心のオアシスである。
 今の時節はもちろん紅葉、それから山茶花、紫式部、雪吊りや冬囲いした木々が見どころである。

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モミジの向こうに人の群れ

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見る角度によっては都心とは思えない光景もある

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色づき始め。見頃は来週あたりか

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園内一番の高所(35m)藤代峠から池を望む
オフィスビルが借景

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 順路から外れた人の来ない場所を見つけて瞑想
 
 一時間ほど庭園を巡って正門に戻ると、やはり行列ができていた。
 ネット情報によると、ここは東京都の紅葉名所人気ランキング1位だそう。
 道理で・・・。
 もっとも、ソルティは高尾山に一票入れたいが。



 
 

● ノーベル漫画賞ってないのか : 『諸星大二郎展 異界への扉』

 最近すっかりファンになった諸星大二郎展が三鷹でやっているというので行ってみた。
 デビュー50周年記念だという。

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案内チラシ

 会場は中央線JR三鷹駅南口の目の前にあるCORALというビルの5階にある三鷹市美術ギャラリー。
 はじめて足を運ぶ。
 ネットで調べたら、密を防ぐためか予約制になっている。もっとも空いていそうな平日の開館直後(10時~10時半)の枠を選んだ。

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三鷹駅南口

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CORAL

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会場入口

 1970年のデビュー作『ジュン子・恐喝』から現在連載中の『西遊妖猿伝』まで、B4大の原画がカラーページも含めて約350点、迷路のように仕切られた展示室にずらりと並んで、圧巻であった。
 ソルティがここ最近読んで感銘を受けた文庫版の『暗黒神話』、『壁男』、『彼方より』に収録されていた傑作群のワンシーンも見つけることができ、縮小サイズで発行された印刷物と原画との違いが興味深かった。
 塗ったばかりのような黒々したベタ、緻密な描線、迫力ある効果線、一つ一つの吹き出しに手作業で貼った写植文字(セリフ)の凹凸、そして編集者が原稿に入れたさまざまな校正記号が一つの作品が出来上がるまでの苦労と情熱とを感じさせる。(実はソルティ、昭和時代に編集の仕事をしていました)
 
 やはり、原寸で見ると諸星の絵の上手さ、漫画家としての技術の高さに驚嘆する。
 正確なデッサン、丁寧な細部処理、ペンの使い分け、人や物体の造形力、構図、コマ割りなど、基本的なところがしっかりしている。
 その安定した基礎の上に、独創的にして大胆な発想と個性的なタッチと唯一無二の世界観が、豊富な知識(美術、歴史、民俗、生物、神話、哲学、宗教e.t.c.)と卓抜なるストリーテリングを伴って、作品として結実するのだから、しかも、残酷なまでに浮き沈みの激しい漫画界にあって半世紀ものあいだ質の高い作品を生み続け、新しいテーマや描法にも果敢にチャレンジし、幅広い世代の読者を楽しませ続けているのだから、これはもう国宝級、いや世界遺産、ノーベル漫画賞ものである。
 
 2時間じっくり堪能したあと、受付に戻ってムック『文藝別冊総特集 諸星大二郎』とカオカオ様キーホルダーを買った。

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 これから、『妖怪ハンター』や『マッドメン』や『諸怪志異』や『栞と紙魚子』などが自分を待っていると思うとワクワクする。
 展示は10/10まで。 

P.S. 展示の最後のほうにあったダ・ヴィンチばりの裸の美少年の絵にはたまげた。諸星センセイ、ついにBL漫画にチャレンジか!?
 


おすすめ度 :★★★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

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