ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

美術館・博物館・ギャラリー

● 東京タロット美術館に行く 

 昨年11月に浅草橋にオープンしたタロット美術館なるものに行ってみた。
 別にタロット占いに興味があったわけではない。
 約500種類のタロットカードが展示されているというので、図柄の美術性をこの目で見たくなった。
 運営は「ニチユ―」という名のタロットカード輸入販売会社。もともとは戦後に玩具販売会社として創業されたとのこと。

IMG_20220823_143434
JR総武線・浅草橋駅界隈

IMG_20220823_190421
「人形の久月」で有名

IMG_20220823_143345
駅から徒歩3分のビルの6階にある

IMG_20220823_123913
入口

IMG_20220823_143152
靴をスリッパに履き替えて受付に
(予約制、800円)

 受付でちょっとした趣向があった。
 置いてある籠の中からカードを一枚選ぶ。
 裏返すと、タロットカードの核となる22枚のカード(大アルカナと言う)のいずれかが現れる。
 大アルカナにはそれぞれ「愚者」「魔術師」「皇帝」「恋人」「運命の輪」「死神」「悪魔」「星」「太陽」「世界」などの表題がつけられ、それを表す図柄が描かれている。
 占う際にはカードの「正位置」と「逆位置(リバース)」に与えられている意味を読んでいくのが基本になる。が、重要なのはそのカードから得られた直観であるという。
 来場者は受付で引いたカードから得た直観をテーマに、館内で過ごしてほしいとのこと。
 ソルティが引いたのはこのカードであった。

IMG_20220823_143730
THE HERMIT
灯りを持つフクロウの図柄から「知恵」かなあと直感。

 館内には、実に多様なデザインのタロットカードが展示されているほか、企画展示コーナーやタロットカード入門書はじめ関連本を集めたライブラリー、ブローチなどオリジナルグッズ販売コーナー、サンプルカードを使って占いもできるフリースペース、それにワークショップや講演会を随時開催する小部屋などがあった。
 予約制のため静かなゆったりした雰囲気の中でじっくりと見学することができ、お茶のサービスもあった。

IMG_20220823_143246
撮影スポットから館内を撮る

IMG_20220823_132928
22枚の大アルカナ

IMG_20220823_133215
THE DEVIL『悪魔』
伝統的なデザイン

 やっぱり、圧倒されたのはタロットカードの種類の多さと図柄の芸術性。
 大昔(タロットカードの起源は15世紀西欧と言われている)からの伝統的な図柄はもちろん、ルネサンスの巨匠ボッティチェリやダ・ヴィンチ、アールヌーボのミュッシャやクリムトら有名画家の作品をアレンジしたもの、色彩・形象ユニークな現代美術風、キリストの生涯をテーマにしたもの、日本神話や北欧神話に材をとったもの、手塚治虫アニメのキャラクターたち(アトムやピノコなど)が描かれたもの、クマのプーさん、星の王子様、『パタリロ』や『翔んで埼玉』で知られる漫画家の魔夜峰夫デザイン、猫ちゃんデザイン、ゲイをテーマにしたもの・・・・e.t.c.

 まさに美術館というのにふさわしい一大コレクションで、時のたつのも忘れる面白さ。
 展示されているもの以外にも在庫は豊富にあり、カタログで図柄を確認することもできる。
 多くのカードはその場で購入できるようだ。
 ソルティは、ダ・ヴィンチカードとクリムトカードに強く惹かれるものがあったが、とりあえず概要を知りたいと思い――「知恵」が大切=直観!――鏡リュウジ先生の本を買った。 

IMG_20220823_143820

 この本によると、ソルティが引いた THE HERMIT のカードの意味は『隠者』。
 「時」「老人」「円熟」を象徴する。
 ひとりで過ごす静かな時間が魂を磨く、とあった。
 まさに今の自分にぴったりのカードではないか!




● ウィーンの音楽を楽しむ会 63回(ギュンターフィルハーモニー管弦楽団)

IMG_20220514_174239

日時 2022年5月14日(土)18:00~
会場 小金井宮地楽器大ホール(東京都小金井市)
指揮 重原孝臣
曲目
  • モーツァルト:交響曲35番 ニ長調 K.385「ハフナー」
  • ベートーヴェン:交響曲8番 ヘ長調 op.93

 コンサート前に国分寺駅南口にある殿ヶ谷庭園(随宜園)に寄った。
 三菱の岩崎彦彌太の別邸だったのを1974年に都が買い取ったものである。 
 藤が終わってサツキにちょっと早い今の時期、花は多くないがそのぶん緑が目立ち、草いきれが強かった。

IMG_20220514_173012
入園料150円はお得

IMG_20220514_165443
かつてはここでゴルフやパーティーをしたとか

IMG_20220514_172933
竹林が美しい

IMG_20220514_172900
ハケ(崖線)が敷地内にあり湧き水が池を作っている

IMG_20220514_172821


IMG_20220514_172750
紫ランとカルミア


IMG_20220514_165525


 小金井宮地楽器ホールはJR中央線・武蔵小金井駅南口のロータリーに面している。
 しばらくぶりに訪れたが、ショッピングモールや高層マンションが周囲に立ち並び、ちょっとしたセレブ空間になっていてビックリ。
 570名余入る大ホールに5割くらいの入り。ソーシャルディスタンス的にはちょうど良かった。

IMG_20220514_173107
小金井・宮地楽器ホール

 このオケを聴くのは2回目。前回は2016年12月であった。
  コロナ禍で2019年10月以来のコンサートという。見たところ、演奏者のみならず聴衆もまた高齢者率の高い会なので、スタッフはかなり神経を使ったのではなかろうか。
 再開を慶びたい。

 前回も感じたが、上手で安定感がある。
 長い年月(結成1980年)で育まれた技術とチームワークの賜物であろう。
 そこに待ちに待った舞台ゆえの喜びと緊張感が加わって、フレッシュな響きがあふれた。
 気圧の変化に弱い“気象病”のソルティは、ここ最近の天候不順のせいで軽い眩暈と耳鳴りに悩まされていたのだが、一曲目の「ハフナー」を聴いているうちに体が楽になった。
 そうか! 気象病にはモーツァルトが効くのか!

 ベートーヴェン第8番を聴くのは初めて。
 5番や7番や第9のような渾身にして畢生の大作といった感じではなく、無駄なことを考えず楽しみながら作った良品といった趣き。これを作った時のベートーヴェンの精神状態は良好だったに違いない。
 ロッシーニ風の軽さと諧謔味あるつくりに「遊び心あるなあ~」と心の内で呟いたが、時間的に言うとロッシーニ(1792年生)がベートーヴェン(1770年生)に学んだのだろう。
 3番『英雄』や6番『田園』のような主題を表すタイトルが冠されておらず、また第9のようなドラマ性(文学性)が打ち出されているわけでもない。
 その意味で純粋なる器楽曲と言っていい。
 ソルティがこの曲からイメージした絵は次のようなものである。

 子どもの頃、毎年ひな祭りになると実家では雛人形を飾った。妹がいたからである。
 雛人形の白く神妙なよそよそしい顔つきは、美しさや気品と同時に、どこか不気味さを感じさせるものであった。
「雛人形は人間が寝静まった夜になると勝手に動き出して、五人囃子の笛や太鼓に合わせて、呑んだり歌ったり踊ったりする」といった話を誰からともなく聞いた。あるいは、『おもちゃのマーチ』からの連想だったのだろうか?
 朝起きると、雛飾りを調べて夜中の宴会の証拠が残っていないか調べたものである。

 8番を聴いていたら、あたかも人間が寝静まった真夜中に、楽器店に置かれた楽器たちが、指揮者も演奏者も聴き手もいないのに、勝手に動き出して合奏を始める――みたいなイメージが湧いた。
 それぞれの楽器が得意の節を披露して自己主張しながらも、互いの主張を受け入れ、一つの楽器が作りだしたメロディーやリズムを真似したりアレンジを加えたりしながら次から次へとバトンし、次第に大きな流れを作り上げていく。そこには作曲家であるベートーヴェンの姿すらない。
 「楽器たちの、楽器たちによる、楽器たちのための祭り」である。

 あるいはそれは、宮地楽器ホールという会場ゆえに起きた錯覚であろうか?

楽器や



 
  

● アレキサンダー大王が目撃したもの 映画:『ポンペイ』(ポール・W・S・アンダーソン監督)


2014年アメリカ、カナダ、ドイツ
105分

 東京国立博物館の『ポンペイ特別展』を鑑賞したら、当然、この映画が観たくなった。

 ポール・アンダーソン監督は『イベント・ホライゾン』、『バイオハザード』などSFパニック映画やアクション映画を得意とする人。
 本作も紀元79年のヴェスヴィオ山の噴火によってポンペイの人々が被った未曽有の災害を、大量のエキストラとCGを巧みに使いながら、迫力ある映像で描ききっている。

IMG_20220227_182308
CGで再現されたポンペイとヴェスヴィオ
 
 地震大国、火山大国、海洋国家である日本人にとって、まったくのところ他人事でない。
 観ればどうしたって、1995年1月の阪神淡路大震災や2011年3月の東北大震災&津波被害の記憶がよみがえり、人によってはつらい思いを持たざるを得ないけれど、「今ここにある危機」から目を背けるのは決して得策とは言えまい。

 ここには火山の噴火によって起こりうる災害のすべてが描きつくされている。
 大地震、地割れ、家屋の倒壊、ミサイルの如く降り注ぐ火山弾、広がる火の手、空を真っ黒に染める火山灰、煮えたぎる海と街を飲み込む津波、時速100キロを超えるスピードで押し寄せる数百度の火砕流、そして逃げ惑う群衆を襲うパニックと圧死・・・・。
 これはフィクションではなく、史実であり、ドキュメンタリーである。

 この映画に描かれるような地獄がまさに現実に出現して、ポンペイの人々を恐怖と苦痛のどん底に突き落としたと思うと、『ポンペイ展』の意味が180度変わってくる。
 あれは単なる博物展、美術展ではなくて、広島原爆資料館のような“断ち切られ破壊された日常生活の記録”なのだった。
 富豪の邸宅にモザイクで描かれたアレキサンダー大王は、彼が在位中に経験したいかなる戦場にもまして凄惨な、世界の終わりのごとき光景をその目に焼き付けていたのである。

IMG_20220222_233404

 物語的には、皇帝のいるローマと地方都市ポンペイの権力格差であるとか、市民の娯楽として供される競技場での奴隷(グラデュエーター)同士の闘いであるとか、自由を求める黒人奴隷の叫びであるとか、ローマ軍に惨殺された辺境民族の生き残りの復讐であるとか、男同士の友情や憎悪であるとか、身分を超えた恋であるとか、ローマの悪代官から愛する女を奪回するイケメン戦士であるとか(あたかも『ギリシア神話』に出てくる冥界の王ハデスに略奪された美女ペルセポネを救い出すヘルメスのよう)、定石どおり『ベン・ハー』や『クォ・ヴァディス』同様に往年のハリウッド古代ローマ時代ものらしい要素が詰まっている。

 ただし、結末はハリウッド式ハッピーエンドとは程遠い。
 ポンペイで生き残ることは事実上、不可能であった。
 迫りくるマグマを背景についに結ばれたヒーローとヒロイン含め、映画に登場するすべての人物が最後には死んでしまう。
 すべての人間の営為が無に帰し、100分近く紡いできた物語が終焉するという、『そして誰もいなくなった』を何万倍にもした究極のリアリティが待っている。

IMG_20220222_124010




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 1,669年間のタイムカプセル:ポンペイ特別展(東京国立博物館)に行く


IMG_20220222_204812

 紀元79年10月、ヴェスヴィオ山の噴火により一日にして消滅したローマ帝国の都市ポンペイ。
 約1万人の市民(奴隷を含む)が起居し、繁栄を誇った古代の街の実態が明らかになったのは、1,748年に灰の中から遺跡が発見されたことによる。
 街の区画や家々の様子、競技場、野外劇場、広場、市場の遺構とともに、裕福な市民の屋敷跡からたくさんの美術品、工芸品が見つかった。
 実に1,669年後に開かれたタイムカプセル!
 今回の展示は、ナポリ国立考古学博物館に保管されている出土品150点を中心に、ポンペイの繁栄とそこに生きた人々の姿を現代に蘇らせるものである。

IMG_20220222_204339
東京国立博物館(上野公園)

 一番空いていそうな平日の朝一番をねらって出かけたのだが、コロナ禍の今は定員予約制のため、どの時間帯に行っても場内の混み具合はたいして変わらなかったかもしれない。
 密になるということもなく、90分程度でゆっくり見学することができた。
 もちろん、場内は会話禁止。
 展示会には珍しく、撮影OKであった。

IMG_20220222_204245
場内の様子

 時のローマ皇帝は11代ティトゥス。
 被災地の救援にあたるなど賢帝と称され、モーツァルトのオペラ『皇帝ティートの慈悲』の題材にもなった。
 キリスト教が国教とされる(紀元380年)以前のローマは、古代ギリシア文化の影響が非常に強かった。
 展示品は、ギリシア神話に出てくる神々の彫像、ギリシア神話の有名な場面を描いたフレスコ画、動植物をモチーフとした細密モザイク画などが多かった。
 つまり、一神教でなく多神教、宗教色でなく人間色豊か、あの世の幸福よりこの世の享楽といった感じで、まさにダ・ヴィンチやミケランジェロなどのルネッサンス文化の原点であることが知られた。

IMG_20220222_123918
エウマキア像
エウマキアは裕福で有能な実業家であった
流れるようなドレープが美しい


IMG_20220222_124335
アポロ像
炭化している太陽の神
本来、手に竪琴を抱えていた

IMG_20220222_204200
富裕層の屋敷の広間(アトリウム)を再現

IMG_20220222_124431
ヘレネの略奪
王子パリスと絶世の美女ヘレネの愛の逃避行
トロイ戦争のきっかけとなった


IMG_20220222_124045
番犬のモザイク画

IMG_20220222_124249
コブラとマングースのモザイク画
やっぱり戦わせるところを見世物にしたのだろうか?

IMG_20220222_124010
メメント・モリ「死を思え」
「確かな明日などないのだから、今日を楽しめ」と歌った
ルネサンス文化の享楽主義と呼応するものがある

IMG_20220222_233404
古代の英雄・アレキサンダー大王の遠征
実物の壁画は現在修復中だとか・・・
(なぜかこの画像はなかなか取り込めなかった)

 実を言えば、ソルティは30年前にポンペイを訪れている。
 今回、この展示会のチケットを買ったあと、探し物をしていたら、戸棚の奥からイタリア旅行当時の日記が出てきた。
 30年前に彼の地でどんなことを思ったのだろう。
 ページを括ってみた。

1992年1月17日(金)曇り
 ポンペイに行く。
 ナポリ駅で声をかけてきた12歳の少年は天真爛漫。ああした無邪気な少年は日本では滅多に見られなくなった。愛くるしい瞳と天使のような巻き毛をしていた。
 ポンペイは素晴らしい魅力に満ちている。山々を背景とした廃墟を歩くと、妙に心が落ち着いて、自分を取り戻すことができる。すがすがしい散策ができた。
 今でも使用されている3つの劇場は、ほぼ完全な形を保っているのだが、ローマのコロッセオ以上に劇場らしく雰囲気抜群。大劇場のアリーナ席で手を叩いたら、ピンと張りつめた音が空中にこだました。観客席の向こうにはヴァスヴィオ山が薄青く見えた。
 岩畳みの路地をあちこち歩き、いくつかの家をのぞき、壁画や床のモザイクを見て、神殿の跡を訪ねた。
 日は傾いて、夕日に反射する石の街は、なんとも「あはれ」な有様を見せてくれる。
 ポンペイに生きた人々は、どんな気持ちで一日の終わりを迎えたのだろうか。
 孤独であることの幸福に満たされて、ポンペイをあとにした。

 30年のタイムカプセルを開けたら、今と変わらない自分がそこにいた(苦笑)

vesuvius-4635882_1920
ポンペイとヴェスヴィオ山





● 東京の紅葉名所人気 No.1

 思えば、前回六義園を訪ねたのはコロナ発生前の2019年の晩秋、紅葉真っ盛りの折りであった。
 JR山手線駒込駅から歩いて、正午過ぎに国の特別名勝にも指定されているこの都立庭園に着いたはいいが、正門前には30メートル以上の行列ができていた。
 入口から中をのぞいてみると、園路は人でごった返している。
 ゆっくり紅葉や散策を楽しめる感じでは全然ない。
 あきらめて駅へと引き返した。

IMG_20211128_190704
駒込駅近くの染井門(通常は使われていない)

 リベンジというわけではないが、今回は午前10時過ぎに行ったら、並ばずに入ることができた。
 六義園は五代将軍・徳川綱吉に寵愛された川越藩主・柳沢吉保が、元禄15年(1702年)に築園した回遊式築山泉水の名園。
 面積は約88,000㎡、東京ドームの1.9倍。
 中央の大きな池の周囲に園路が巡らされ、四季折々の自然の景観が楽しめる都心のオアシスである。
 今の時節はもちろん紅葉、それから山茶花、紫式部、雪吊りや冬囲いした木々が見どころである。

IMG_20211128_190039
モミジの向こうに人の群れ

IMG_20211128_190130
見る角度によっては都心とは思えない光景もある

IMG_20211128_190612
色づき始め。見頃は来週あたりか

IMG_20211128_190448
園内一番の高所(35m)藤代峠から池を望む
オフィスビルが借景

IMG_20211128_190216
 順路から外れた人の来ない場所を見つけて瞑想
 
 一時間ほど庭園を巡って正門に戻ると、やはり行列ができていた。
 ネット情報によると、ここは東京都の紅葉名所人気ランキング1位だそう。
 道理で・・・。
 もっとも、ソルティは高尾山に一票入れたいが。



 
 

● ノーベル漫画賞ってないのか : 『諸星大二郎展 異界への扉』

 最近すっかりファンになった諸星大二郎展が三鷹でやっているというので行ってみた。
 デビュー50周年記念だという。

IMG_20211007_122432
案内チラシ

 会場は中央線JR三鷹駅南口の目の前にあるCORALというビルの5階にある三鷹市美術ギャラリー。
 はじめて足を運ぶ。
 ネットで調べたら、密を防ぐためか予約制になっている。もっとも空いていそうな平日の開館直後(10時~10時半)の枠を選んだ。

IMG_20211007_122134
三鷹駅南口

IMG_20211007_122229
CORAL

IMG_20211007_121951
会場入口

 1970年のデビュー作『ジュン子・恐喝』から現在連載中の『西遊妖猿伝』まで、B4大の原画がカラーページも含めて約350点、迷路のように仕切られた展示室にずらりと並んで、圧巻であった。
 ソルティがここ最近読んで感銘を受けた文庫版の『暗黒神話』、『壁男』、『彼方より』に収録されていた傑作群のワンシーンも見つけることができ、縮小サイズで発行された印刷物と原画との違いが興味深かった。
 塗ったばかりのような黒々したベタ、緻密な描線、迫力ある効果線、一つ一つの吹き出しに手作業で貼った写植文字(セリフ)の凹凸、そして編集者が原稿に入れたさまざまな校正記号が一つの作品が出来上がるまでの苦労と情熱とを感じさせる。(実はソルティ、昭和時代に編集の仕事をしていました)
 
 やはり、原寸で見ると諸星の絵の上手さ、漫画家としての技術の高さに驚嘆する。
 正確なデッサン、丁寧な細部処理、ペンの使い分け、人や物体の造形力、構図、コマ割りなど、基本的なところがしっかりしている。
 その安定した基礎の上に、独創的にして大胆な発想と個性的なタッチと唯一無二の世界観が、豊富な知識(美術、歴史、民俗、生物、神話、哲学、宗教e.t.c.)と卓抜なるストリーテリングを伴って、作品として結実するのだから、しかも、残酷なまでに浮き沈みの激しい漫画界にあって半世紀ものあいだ質の高い作品を生み続け、新しいテーマや描法にも果敢にチャレンジし、幅広い世代の読者を楽しませ続けているのだから、これはもう国宝級、いや世界遺産、ノーベル漫画賞ものである。
 
 2時間じっくり堪能したあと、受付に戻ってムック『文藝別冊総特集 諸星大二郎』とカオカオ様キーホルダーを買った。

IMG_20211007_201545

 
 これから、『妖怪ハンター』や『マッドメン』や『諸怪志異』や『栞と紙魚子』などが自分を待っていると思うとワクワクする。
 展示は10/10まで。 

P.S. 展示の最後のほうにあったダ・ヴィンチばりの裸の美少年の絵にはたまげた。諸星センセイ、ついにBL漫画にチャレンジか!?
 


おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

● ラピュタ阿佐ヶ谷に行く 映画:『雪国』(豊田四郎監督)

1957年東宝
133分、白黒

 ちょっと前に「豊田四郎監督の映画が観たいなあ」と呟いたら、なんとラピュタ阿佐ヶ谷で特集(3/14~5/1)が組まれた。
 ソルティが観た『夫婦善哉』や、川端康成原作の『雪国』はじめ、29本一挙上映である。
 ラピュタにも一度行ってみたかった。
 不要不急の外出自粛ではあるが、交通経路を工夫し、平日の昼間ならば人混みを避けられよう。
 実に2年ぶりの映画館、スクリーン体験となった。

IMG_20210319_171943
JR中央線・阿佐ヶ谷駅北口

IMG_20210319_172112


 JR中央線の阿佐ヶ谷駅北口から歩いて3分のところにラピュタはある。
 狭い路地の入りくむ昔ながらの商店街を抜けた閑静な住宅街の一角にあって、中世の城郭のようなシックで落ち着いた佇まいを見せていた。
 思ったよりお洒落である。
 階下には待合室を兼ねたリラックススペースがあって、昔の映画のポスターや図書やDVD、スターのプロマイド写真などが売られていた。
 上階にはフランチレストランもある。
 昔の邦画好きにとってオアシスそのもの。 
 定員は48名、ソルティの観た回は20名ほどであった。

IMG_20210319_172306


IMG_20210319_172205
1階の待合スペース
木の風合いが良い

 本日は『雪国』。
 お目当ては岸恵子の駒子である。
 ソルティは思春期の頃、山口百恵主演のTVドラマ『赤い疑惑』の“パリの叔母さま”役で見知った時から、この女優のファンになった。
 市川崑監督の『おとうと』における姉げん役はもちろん、金田一耕助シリーズ『悪魔の手毬唄』の真犯人役や『女王蜂』の秀麗なる家庭教師役も忘れ難い。
 さすがに『君の名は』(真知子巻き)は観ていない。

 大庭秀雄監督『雪国』(松竹)における岩下志麻の駒子も美しくて良かったが、鮮烈さにおいては岸に軍配が上がろうか。
 可愛くて、いじらしくて(ブリっこで)、美しくて、激しくて、凛として、芯が強くて、哀しくて・・・・。
 ブリっこと哀しさをのぞけば、女優岸恵子そのものなのではなかろうか。
 岸のトレードマークである切れ長の目が、駒子の情のこわさと意志の強さを示していて、島村でなくとも一度彼女に捉えられたら離れがたくなってしまうだろうと思わせる。

 その島村役は池部良。
 白い雪に映える二枚目ぶりで、演技もうまい。
 が、岩下と組んだ木村功のほうが、原作のイメージ=虚無的な男には近い気がする。
 いや、映画全体、大庭作品のほうが、原作のもつ刹那的で幻影的な雰囲気をとらえていたように思う。
 豊田作品は駒子という女、駒子の恋を描くことがメインになりすぎて、島村の冷めた心情が後方に退き、ただの優柔不断のやさ男に見えてしまう。
 島村が芸者の駒子を(一時の遊び相手として)振り回しているのではなく、逆に駒子が島村を(自らの恋の犠牲者として)振り回しているようにすら見える。
 まあ、それだけ岸恵子の駒子が魅力的ということだ。
 
 ほかに旅館の女将役のおちょやんこと浪花千栄子、気性の激しい葉子を演じる八千草薫(岸とは一つ違い)、体も売っちゃう芸者役で笑いを提供する市原悦子、按摩役の千石規子が好演である。 
 
 個人的には、岩下の駒子も岸の駒子もなんだか気が強すぎて、もそっとたおやかな駒子が望ましい。
 葉子もまた気が強い女なので、二人いっぺんにかかって来られると疲れてしまう。
 ソルティは、TVドラマで観た松坂慶子の駒子(1980)が良かった(共演は片岡秀夫)。
 吉永小百合の駒子、夏目雅子の駒子あたりも観たかったな。
 
 特集中にもう数回、ラピュタに足を運びたい。



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 物語と「空」のあわいで・・・:秋の金沢探訪記 3 


「金沢ゆめのゆ」は、露天ありサウナあり寝湯あり炭酸風呂ありジャグジーあり岩盤浴ありカラオケ広間ありスナックあり休憩室ありのごく一般的な温浴施設に、ホテルが併設している。
エコノミーシングルというのに泊まったが、ネットカフェ同様のつくりで、ただブースを広くとってベッドを入れてあるといった感じ。
壁が薄いうえに天井部分が空いているので、左右前後のブースの物音が筒抜けである。
どこからか凄いイビキが轟いてくる。
迷惑千万と言いたいところだが、実はソルティも最近イビキが凄い(らしい)。
「お互いさま」と気にせず寝ることにした。


DSCN4085
金沢ゆめのゆ


二日目(11月13日晴れ)
09:40 金沢駅
    城下まち金沢周遊バス乗車
10:00 本多町バス停下車
    鈴木大拙館
14:30 本多町バス停乗車
14:40 近江町市場下車  
    昼食「市場寿司」
15:55 金沢駅発(北陸新幹線かがやき510号)


鈴木大拙館は2011年10月開館。
設計は金沢にゆかり深い建築家の谷口吉生。
位置的には、ちょうど北陸放送の裏手で小立野(こだつの)台地の緑地のふもとにある。
周囲は静かな住宅街である。


DSCN4086


大拙館のとなりには、松風閣庭園(旧本多家庭園)と茶道具の逸品を集めた中村記念美術館とがあって、これら建物の間を縫うように気持ちのいい散策路がつくられている。
金沢随一のパワースポットと言ってよい。


DSCN4088
松風閣庭園


心身洗われたところで大拙館に入る。
すぐさま目に入るのが、コンクリートの壁と通路に囲まれた池。
人工的で幾何学的なラインと、壁の背後からせり出してくる木々の生命力、それらを光と共にとらえて映しかえす静かな水面。
まさに禅的空間がそこにあった。


DSCN4087


建物内部には、展示空間と学習空間がある。
鈴木大拙の足跡や活動を学んだり、ゆっくり座って仏教や禅の図書を閲覧したり、静かに過ごせる。
仰々しい展示や説明や音や装飾はいっさいなく、たとえば壁に書の掛け軸一つ、花を生けた花瓶一つ、寂しいまでに簡素で、それが“間”を感じさせる。
物があることによって、かえって「空」を感得させる。
物語ゆえに人は「空」を知る。
心は静まって、自然、瞑想モードに入っていく。

鈴木大拙は1870(明治3)年金沢生まれ。
禅、仏教に関する多くの本を英語で書いて、海外に禅文化を広めた人である。
しばらく前から欧米は禅ブームで、ZENという言葉はそのまま辞書に載っており、フランスでは「静かにする、落ち着く」という意味で使われていると聞いた。
故スティーブ・ジョブズがZENを愛していたこともよく知られている。
おそらくマインドフルネス瞑想ブームと軸を一にしているのだろう。
このブームの下地というか端緒を作ったのが、鈴木大拙なのである。

ソルティ知らなかったが、大拙は妻のベアトリスと共に神智学協会に入会していたらしい。
神智学協会と言えば、あのクリシュナムルティを「世界教師の器」として見出し、営々と養い、結果的には足蹴にされた国際的スピリチュアル団体である。
また、大拙はスウェーデンボルグの『天界と地獄』も翻訳している。
仏教のみならず、スピリチュアリズム全般に造詣深かった人らしい。

池の周囲の日当たりのいいベンチに座る。
時間が経つにつれ、入場者が増えていく。
驚くのは外国人の多さである。
日本人より外国人のほうが多いくらいだ。
金沢の観光案内マップでは大拙館は決してメジャーな扱いではない。
やはり、海外の禅ブームは本当なのだろう。

2時間ほど瞑想。


DSCN4089


後ろ髪をひかれる思いで大拙館を去る。
バスの窓から、男川の異名を持つ犀川にさよならする。

近江町市場でバスを降りて、寿司を食べる。
カニの殻を使ったあら汁がとても旨かった。


DSCN4091
近江町市場

DSCN4093


DSCN4092
おまかせ握り(10貫1800円)

DSCN4090
アデュー、犀川!


次の来沢は近いことだろう。










● 僧侶画家・中川学の世界 絵本:泉鏡花の『化鳥』と『朱日記』

 中川学(なかがわがく)というイラストレーターを知ったのは、2016年3月のこと。
 JR中央線国分寺駅最寄りの「丘の上APT兒嶋画廊」というギャラリーで開催された「泉鏡花 化鳥展」を見に行った折である。
 泉鏡花の幻想短編『化鳥』をモチーフとする美術展であったのだが、このとき会場に置かれていたのが、中川学による絵本『化鳥』であった。

 
IMG_20190310_122433

 
 手にとってめくっていたら、「これ、ほしい!」と思った。物欲のないソルティにしては珍しいことである。
 家に帰ってネットで調べたところ、中川学は1966年京都生まれの浄土宗の僧侶。96年よりイラストレーションの仕事を始め、今や世界へと活躍の場を広げている人気画家である。
 さっそく『化鳥』を注文した。
 
 どんな画風か?
 口で説明するより実際に見たほうが早い。こちらが彼の公式ホームページである。

 スタイリッシュな線と構図、色彩の雅やかな美しさ、ユーモラスな造形、幻想性、古き日本の懐かしさともの哀しさ、母性への郷愁・・・。これらの要素はまさに泉鏡花の世界を描くのにピッタリである。
 
 中川は『化鳥』のほかにも、鏡花の『龍潭譚(りゅうたんだん)』(1896年/明治29年発表)と『朱日記』を絵本化している。『龍潭譚(りゅうたんだん)』は現在販売終了しているようだ。
 先日、近所の図書館の絵本コーナーで『朱日記』を見つけた。これは、村(鏡花の故郷である金沢)の大火事をめぐる不思議な出来事を綴った作品である。朱色と墨の2色で描かれた、もの狂おしくも美しい鏡花の世界が時を忘れさせる。


IMG_20190310_122132


IMG_20190310_123153



 嬉しいことに、中川は鏡花作品の絵本化をライフワークにしているらしい。いずれは『高野聖』にチャレンジするのだろう。楽しみである。
 

『化鳥』・・・2013年国書刊行会、原作1897年(明治30年)発表
『朱日記』・・・2015年国書刊行会、原作1911年(明治44年)発表




評価: ★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 奇想の系譜展 江戸絵画のミラクルワールド(東京都美術館)

 江戸絵画がブームだそうである。
 2016年に東京都美術館で開催された伊藤若沖展は、最高3時間待ちという大反響だったらしい。
 ソルティもここ数年、歌川国芳月岡芳年楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)、河鍋暁斎(かわなべきょうさい)といった、幕末から明治にかけての異端画家たちの展覧会に足を運んできたが、確かにどこも賑わっていた。特に若い人が多いのに驚いた。


IMG_20190227_204758

 
 今回の展示は、そのアヴァンギャルドな個性ゆえに江戸時代絵画史の傍流とされてきた8人の画家たちの作品を集めたものである。生誕順に、

  岩佐又兵衛(1578-1650)
  狩野山雪 (1590-1651)
  白隠慧鶴 (1685-1768)
  伊藤若沖 (1716-1800)
  曽我蕭白 (1730-1781)
  長沢芦雪 (1754-1799)
  鈴木其一 (1796-1858)
  歌川国芳 (1797-1861)

 まさに江戸時代(1603-1867)を網羅する。白隠、若冲、国芳以外は、はじめて聞く。

 美術史家の辻惟雄(のぶお)は、1970年に白隠慧鶴と鈴木其一をのぞく上記6人の作家を取り上げた『奇想の系譜』という本を著した。

そこに紹介されたのは、それまでまとまって書籍や展覧会で紹介されたことがない、因襲の殻を打ち破り意表を突く、自由で斬新な発想で、非日常的な世界に誘われる絵画の数々でした。(公式パンフレットより抜粋)

 今回の展示は、空前の江戸絵画ブームを受けて出版から約半世紀後に実った、辻の著作が元になった企画展なのである。


IMG_20190227_190622
東京都美術館

 
 午後1時に友人と上野公園にある会場で待ち合わせた。
 ロビーにはすでに長蛇の列。本日は特別企画として、監修者である山下裕二の講演会があるのだ。聞きたかったが、もはや整理券配布は終了していた。
 荷物をロッカーに預け、会場に入ると、最初から最後まで途切れることのない人の波。並ぶのが苦手なソルティは、前列の鑑賞者の肩と肩の間から鑑賞することが多かった。
 一点一点じっくり観たいのなら、雪の日に来るか、平日の開館直後じゃないと難しいかもしれない。それも、3月10日に日曜美術館(NHK)で取り上げるらしいから、それ以降は若沖展の二の舞となる可能性が高い。
 江戸絵画人気は本物である。
 
 まさに「奇想」という言葉がピッタリな、ユニークで楽しい絵画の洪水に、「凄い!」の連発であった。
 漫画っぽいものあり(手塚治虫風)、劇画調あり、グロテスクあり、ガリバー風誇張あり、キュート系あり、派手でけばけばしい色彩あり、「ウォーリーを探せ」的緻密あり、西洋画風あり、ユーモラスあり、成金風あり、王朝物語風あり、禅的枯淡あり・・・。
 
 ここにあるのは「美」というよりも、「力」とか「遊び」とか「過剰」といった言葉がよりふさわしいエネルギーの爆発である。それこそが「因襲の殻を破る」。

 空前の縄文土器ブームでもあると聞く。
 日本人はいま、かつてないほど閉塞感を抱いているのかもしれない。

 鑑賞後は、かつて精養軒のあったビル内のカフェで、友人とおしゃべり。
 そういえば、彼女も奇想画家であった。








● 大ボケ小ボケ

昨日、高知市に到着した。
久しぶりの大都会は新鮮である。
31番竹林寺を打ち終えて、五台山に登って展望を楽しんでいたら、自転車で登ってきた若者に声かけられた。
高知大学のイケメン1年生だった。
眼下の夕暮れの市街地を眺めながら、しばし会話を楽しんだ😁

IMG_20181017_024125


多くの遍路は繁華街に立ち入らず、素通りして先を急ぐのだが、高知久しぶりのソルティはここでオフを取ることにした。

今日はホテル近くのバス停から、龍河洞に出かけた。日本三大鍾乳洞の一つである。
通常30分で回るコースを2時間かけて、じっくり見物した。
鍾乳石が1センチ伸びるのに100年かかると言う。それが十数メートルの柱になっているのだ。
まさに悠久。
2時間くらい短いものだ。

IMG_20181017_111825


帰りは、途中の土佐山田駅でバスを降りて、土讃線で高知駅に戻るつもりであった。
乗り鉄趣味は遍路していても変わらない。

列車の待ち時間に、駅前のレストランでシーフードカレーを食べた。
発車時刻ぎりぎりまで、新聞を読んでいた。

店を出て、高知駅までの切符を買っていたら、離れたホームに列車が入ってきた。
「あ、あれだ」
足早に跨線橋を渡り、列車に飛び乗った。
背後でドアがシュッーと閉まった。

全員同じ方向を向いているリッチな感じの客車を見て、気がついた。
「あ、急行に乗ってしまった!」

しかし、この時間に高知方面行きの急行はないはず。
もしかするとーー

社内放送がのたまわる。
「次は大歩危です」

反対方向(高松)に行く急行に乗ってしまった!

列車はみるみるスピードを上げて、深い山の中に入って行く。

自らの失態にあきれ果てて、呆然と車窓風景を眺めていたら、若い車掌さんが通りかかった。
事情を説明すると、ソルティの切符に「誤乗車」と書き入れて判を押してくれた。

IMG_20181017_133951


「次の大歩危で降りて、逆方向の列車に乗ってください」
むろん、そのつもりだ。が、
「大歩危までどのくらいかかりますか❓」
「40分くらいです」
「・・・・・。」

かくして、今、高知方面の列車が来るのを50分近く待ちながら、大歩危駅ホームのベンチでこれを記している。

IMG_20181017_134049


IMG_20181017_134113


100年に比べれば、2時間ちょっとのロスくらいどうってことない😂😂😂












● 室戸岬の釈迦如来

今朝は、廃校となった小学校を利用した室戸廃校水族館に寄った。メディアで紹介されるなど大人気で、週末は混み合うらしい。

平日の開館直後だったので、一人でじっくり見て回ることができた。

IMG_20181012_191226


プールの中にサメやウミガメが泳いでいたり、飛び箱や手洗い場を覗くと金魚やトコブシがひしめいていたり、教室だった場所に置かれた巨大水槽の中でエイが優雅に羽ばたいていたり、懐かしさを伴う不思議な感覚に襲われる。

IMG_20181012_191402


IMG_20181012_191516


特段珍しい生き物がいるわけではないけれど、時間を忘れる楽しさだった。
アイデアの勝利だ。


昼過ぎに室戸岬到達😆
55号線を歩いていて、前方に弘法大師の白い像が見えた時は、さすがに胸にジンと来るものがあった。

IMG_20181012_191836


岬の先端に東を向いてすくっと立ち、「嵐よ。来るなら来い」とばかりに太平洋をグッと睨んでいる。
頼もしい。

近寄って背後に回ると、金色のお釈迦様が横たわっていた。
いわゆる涅槃像である。
こちらは、太平洋に尻を向けて、テレビを見ているうちに知らず寝入ってしまったオバチャンのようなしどけないポーズ。

一体、なぜに両者は背を向け合っているのか❓

IMG_20181012_191659


答えは簡単。
お釈迦様は北枕で西を向いて亡くなったとされているからである。
そのエピソードに従うと、室戸岬東岸では海に背を向けざるをえなくなるのだ。
別に、本来顕教であるべき仏教を密教にしてしまった御大師様を怒っているわけではない。
(でも、空海は海、釈迦は陸に、顔を向けているって、なんとなく象徴的だ)

IMG_20181012_134811



「諸々の現象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させよ」




● 猫百匹のお宅拝見! : 『猫百態』(朝倉彫塑館)

PA090298


 朝倉文夫という名前を聞いてすぐにピンと来る人は少ないかもしれない。
 大正から昭和にかけて活躍した写実主義の彫刻家である。
 代表的な作品にトルストイ似の知り合いの老人をモデルにした『墓守』というのがあるが、おそらく最もよく知られていて、聞けば「ああ、あれか」と頷く人が多いであろう作品は、早稲田大学キャンパスに建っている大隈重信像であろう。
 
 朝倉文夫のアトリエ兼自宅は台東区の谷中にあった。
 戦災を免れ、没後遺族が朝倉彫塑館として公開していたのを1986年に台東区が管理するようになった。2008年には建物を含む敷地全体が国の名勝に指定された。つまり、朝倉の設計になる建物全体がまるまる一個の作品なのである。


PA090301

 
 朝倉は猫が大好きで、多い時で19匹飼っていたという。
 亡くなった年(1964年)に開催された東京オリンピックのために、彼は『猫百態』という展示会を企画し、それに向けてたくさんの猫の像を彫っていた。
 今回の展示はまさに朝倉が生前果たせなかった『猫百態』の実現なのである。
 実を申せば朝倉文夫と聞いてもピンと来なかったソルティであるが、大の猫好きゆえ、街でポスターを目にした日から気になって仕方なかった。
 秋晴れの一日、山手線・日暮里駅で降りて、下町情緒の色濃く残る谷中へと足を踏み入れた。



PA090290
ポスター
猫を飼ったことある人ならお馴染みのポーズの数々に
朝倉の写実力の手腕を讃嘆せずにはおられまい



PA090291
日暮里駅西口から歩いて5分


PA090289
朝倉彫塑館の裏手に谷中の墓地が広がっている


PA090292
つくだに屋
このあたりは昔ながらのお店が多く、歩いて楽しい


PA090293
入館料500円
休日のせいもあり結構人が入っていた(猫好きにはたまらんだろう)


PA090294
入口にある青年像
お釈迦さまの生誕「天上天下唯我独尊」をモチーフにしているとのこと
まったくどこに行ってもお釈迦様


 館内は撮影禁止なのでここでお見せできないが、実に素晴らしいアトリエ兼住宅である。
 コンクリート造りのモダンで明るい3階建てのアトリエ棟と、数寄屋風の落ち着いた2階建ての住居棟が組み合わさって、水を湛えた中庭を東西南北四方から囲んでいる。十二分に贅と工夫は凝らしてあるけれど、自然風景と一体になっているので華美な感じも人工的で冷たい感じもまったくない。
 端的にわかりやすく言えば、「猫がくつろげる空間」である。

 特に見事なのが中庭。
 建物でつくる四辺いっぱいまで水を入れた池に、巨石やもみじなどの木々をあしらった放胆磊落なデザイン。一見なんてことはないのだが、これが順路に従って館内を巡るにつれ、見る角度によって面白いように表情を変えていく。東西南北四方から、また1階、2階、3階と異なった高さから、同じ庭が違った顔を見せる。それはあたかも3D映像のようである。
 彫刻家である朝倉の立体感覚の天才ぶりが結実している作品といえよう。
 もみじが色づく頃はきっと、より鮮やかで魔術的な景観となるはずだ。


PA090295
住宅棟の玄関
切り取られた窓を通して見える庭の一部が絵のよう


PA090300
屋上
朝倉はここで家族や弟子たちと菜園をやっていた
土にじかに触って自然から学ぶことが大切だと考えていた



PA090299
2017年の屋上からの風景
朝倉が最期に見た昭和30年代の景色とはどれほど変わっていることか


 
 また、来よう。
 猫になるために。


P.S. 建物のどこかの雨樋に朝倉オリジナルのブリキの蝶々が憩っている。これを見つけた人には幸運が訪れるとか。









 
 

● 薔薇の名前、あるいは「在日・現在・美術Ⅱ」展(@神楽坂eitoeiko)

日時 2016年8月13日(土)
会場 eitoeiko(新宿区矢来町)
出展者
 鄭梨愛(チョン・リエ)
 鄭裕憬(チョン・ユギョン)
 李唱玉(リ・ジョンオク)

 友人に誘われて絵画展に行く。
 eitoeiko(エイトエイコ)は初めて。地下鉄東西線神楽坂駅矢来口(新潮社が目の前に見える)から歩いて5~6分の閑静な住宅街にある喫茶店併設のギャラリー。広さは1Kのアパートくらいか。

20160813_144807


 出展者は揃って91年生まれ。東京都小平市にある朝鮮大学校教育学部美術科を卒業後、創作活動を続けている。‘在日朝鮮人’である。何世なのかは分からない。
 会場に置かれていたリーフレットから引用。

 他民族交流や多国間交流は人種を超えた共感を喚起する一方で、憎しみや争いを生むものですが、彼らは自らの過去と現在にそれらを内包した日々を生きているのです。しかし表現者であることを選んだ彼らは、環境や社会、歴史から受けた様々な知識や体験を、新たな視覚的イメージとして表すことを可能にしています。 ・・・・・・・・・
 「在日」であることから生じる社会的あるいは文化的な摩擦を意識しつつ、彼らは芸術と向き合います。
 
 展示作品は三者三様で面白いものであった。
 同じ‘在日’だからといって、はたしてそのテーマでひとくくりにしていいものだろうかと思われるほど、題材も画材も技法も異なっている。
 昔ながらの布キャンバスに油絵の具で丹念に描かれた家族画(レンブラント+朝鮮風)。
 『ハムレット』のオフェリアや『旧約聖書』のイブを題材に写実的に描かれた美人画(ミレー+フェミニズム風)。
 北朝鮮の街頭に貼られているプロパガンダポスターをパソコンで編集加工したカラフルでポップな抽象画(ウォーホル+レジスタント風)。
 なんだか絵画の歴史を見ているような気分であった。
 共通しているのはみな達者であること。そして「描きたい」「表現したい」というモチベーションの強さが伝わってくる‘気’の込められた作品であること。そのモチベーションの中核をなすのが、生れたときから「在日」という‘くくり’に否応なく入れられてしまった「理不尽」あるいは「特異性」あるいは「恩恵」から派生する複雑な感情なのかもしれない。

在日絵画 002


20160814_204638


 展示期間の最終日だったためか、会場には3人の作家が揃って来ていた。
 興味深かったのは、作家の見た目(風貌や衣装)とそれぞれが描いた作品の雰囲気(スタイル)とが見事にマッチしていたことである。家族画の作家鄭梨愛(チョン・リエ)は、キムチの匂いでも漂ってくるような(決して悪口でも馬鹿にしているのでもない!)素朴で家庭的な感じの女性であった。美人画の作家李唱玉(リ・ジョンオク)は、ライフスタイル誌にでも登場しそうな都会的で知的な美人であった。抽象画の作家鄭裕憬(チョン・ユギョン)は若い頃の手塚眞みたいな、いかにも現代アーティスト風な理論家であった。まあ、見た目とソルティの主観なので、ほんとのところは分からない・・・・・。

 それぞれの描いた作品を見ながら、作家とちょっと話すことができた。
 面白かったのは、鄭裕憬(チョン・ユギョン)の作品と話。
 北朝鮮で民衆を洗脳するのに使われている実際のプロパガンダポスターをパソコンに取り込んで編集加工し、カラフルな水玉模様のポップアートに仕上げている。(上記ポストカードの左の絵)
 一見、子供部屋の壁紙にでもなりそうな色彩豊かな楽しいテキスタイルといった感じなのだが、よくよく見ると絵の中に人物の姿が見えてくる仕掛けになっている。それが、勇ましいプロパガンダのもと「祖国統一と偉大なるキムお父さまを守るために」銃を構えている兵士の輪郭なのだ。
 強い意味を持つプロパガンダポスターから奥行きと表情を消して輪郭のみを残すことにより、そもそもの絵画芸術の実態である‘色彩と形象(輪郭)による2次元表現’に、そもそもの視覚の実態である‘赤・青・緑の3原色のドット認識システム’に変換する。その地点から逆照射することで、プロパガンダポスターに先鋭的に代表されるような我々が共同幻想として成立させている「(意味)世界」の虚構性を暴く。
 それはまた「在日」というレッテルについても同様で、レッテルという共同幻想をつけて他人を知ったつもりになってしまうことで、本当の相手のことを見逃してしまう、真の理解やコミュニケーションの道が閉ざされてしまう。
 彼の話からそんな意図を読んだ。(なので、この作品は元ネタになったポスターを何らかの形で――たとえば裏表に貼り付けて回転できるようにするとか――併置することで、より深い効果を生むのではないかと思った。)

 普段美術展に行っても創作者と話す機会はなかなかない。(ソルティが行くものはすでに作家が故人になっていることが多いので特に) 現代美術であれば、作品の前で作家自身と対話し、作品制作の意図や創作過程を直接聞くことができる。作家の思想や願いを理解する機会が持てる。
 そんな面白さを体験できた。

 一つ聞き逃したことがある。
 3人の作家の母校である朝鮮大学校についてはよく知らないのであるが、そこでは表現の自由がどこまで可能なのだろうか?
 本国より自由であることは間違いないと思うが、美術科の学生たちには在日でない日本人の美大生と同等レベルの表現の自由が確保されているのだろうか。鄭裕憬(チョン・ユギョン)は在校時からこのような作品を作れたのであろうか。

What's in a name? 
That which we call a rose
By any other name
Would smell as sweet.

名前がいったい何だと言うの?
薔薇という名で呼ばれているものは
他のどんな名前で呼んだとしたって
その甘い薫りに違いはないじゃないの
(シェイクスピア『ロミオとジュリエット』より)



● オリンピックなんてやってる場合か 私たちは『買われた』展(@神楽坂セッションハウス) 

買われた展ポスター


日時 2016年8月13日(土)
会場 神楽坂セッションハウス2Fギャラリー(東京都新宿区)
主催 Tsubomi(蕾)/一般社団法人Colabo 

 購読している『福祉新聞』の案内広告を見て、「なにか感じるものがあって」出かけた。
 
 主催のColabo(コラボ)は「すべての少女に衣食住と関係性を。困っている少女が暴力や搾取に行きつかなくてよい社会に」を合言葉に、虐待や性暴力にあった女子を支える活動をしている。代表の仁藤夢乃(にとうゆめの)は、自身も高校時代に家庭や学校とのつながりを失い、月25日を渋谷で過ごしていたという。『難民高校生』や『女子高生の裏社会~「関係性の貧困」に生きる少女たち』という本を出している。
 ちなみに、団体理事を務める奥田和志牧師は、本日8月15日をもって解散したSEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)の設立者である奥田愛基(おくだあき)の父親である。 

20160813_154839


 セッションハウスは神楽坂駅矢来口から歩いて5分ほどの鉄筋コンクリートの建物。
 2Fギャラリーに入ると、
「うわっ、混んでいる!」
 100平米の空間に50名ほどの来場者がいて、熱心に展示物を見ていた。Yahooのニュースにも取り上げられていたから、興味を持った人が押しかけたのだろう。
 
 主催の片割れであるTsubomi(蕾)は、Colaboとつながる10~20代の女子のグループ。
 つまり、大人たちに「買われた」少女たち及び今や成人した‘サバイバーたち’である。
 展示の中味は、彼女たちの体験談の手記(24名分)とカメラマンが彼女たちの視点で撮った(多くは街の)写真である。

   ・・・・・・・・・・・・・。

 どの手記を読んでも、悲惨にして凄絶なる生い立ちや子供時代に言葉を失う。
 これが現実か。
 これが平成の日本か。
 これが戦後70年を経た、世界で最も平和で豊かで教育水準の高い国の内実か。
 
 オリンピックなんかで浮かれている場合か。
 オリンピックなんかやっている場合か。
 SMAPの解散なんかどうだっていいじゃん。
 苛立ちとともにそう思う。

 すべての手記に共通して言えるのは、家庭崩壊、大人の無責任さ、少女たちの拠り所のなさ、大人の男たちのいやらしさ・卑劣さ・残忍さ、そして教育機関と福祉制度の役立たなさ――である。少女たちはまさに、コミュニティソーシャルワーカー勝部麗子が指摘している「人間関係の貧困、制度の狭間、見守りの狭間にあってSOSを出せない‘サイレント・プア’」である。しかも、‘大人の男’という羊の仮面をかぶった積極的な加害者が、彼女たちの周囲にあるいはネットを介して蠢いていて、どんどん事態を悪化させていくので、転落はとどまるところを知らない。地域にひとりの勝部麗子のいないことが、これほど悲惨な結果を生むのだ。
 虐待、育児放棄、近親姦、レイプ、援助交際、売春強要、妊娠中絶、クスリ・・・・。
 これらの出来事を、少女たちがあたりまえのように、あたりまえの日常の風景でもあるかのように淡々と書いていることに慄然とする。そういう現実を早いうちから見知ってしまい、そういう現実から逃れるすべを見失ってしまい、すべてをあきらめてしまったあげくの自己放棄、あるいは生きていくために残された最後の手段――それが売春なのである。
 ‘ウリ’は気軽に稼げるバイトでも、いまどきのファッションでも、快感つきの娯楽でも、大人になるための通過儀礼でもない。少女の顧客となる大人の男にとって都合のよい、そのような「おためごかし」を鵜呑みにしてはいけない。
 断じて!

 買った大人への怒りとかいうよりも、買われる前の背景があることを知ってほしい。家族や学校、施設で虐待されたり、ひどいことを言われたりしたことが繋がっている。そうでもしないと、生きられなかった。(20歳・高校生)――チラシ裏面より当事者の言葉

 展示の中に、「大人に言われた嫌な言葉」という問いに対する当事者たちの寄せ書きがあった。
 覚えているものを列挙する。
 
産まなきゃよかった。
あなたの声も聞きたくないし、顔も見たくない。
あなたから学力を抜いたら何が残るの?
家事全部やっといて。
肉便器
犯されて嬉しいんだろう?
心を開かないなら、ここはあなたの居場所じゃない。

 ほんとうに、オリンピックなんてやってる場合か。
 小池百合子さんよ。
 安倍晋三さんよ。


 


 
  
 

● 川端康成コレクション 伝統とモダニズム(東京ステーションギャラリー)

 『伊豆の踊り子』『雪国』で有名なノーベル文学賞作家川端康成は、美術品の蒐集家としても知られていた。
 現在(6/19まで)、東京駅丸の内北口にある東京ステーションギャラリーで、川端が集めた美術品・工芸品の数々が展示されている。家族連れでごった返しているGW中の東京駅は、ソルティにとって鬼門以外のなにものでもないのだが、東京国際フォーラムで開催中の「ラ・フォル・ジュルネ」鑑賞と合わせ、勇を鼓して出かけた。
  
川端コレクションとラフォルジュルネ


川端コレクションとラフォルジュルネ 001


川端コレクションとラフォルジュルネ 002

 まず、コレクションの多さとバラエティに感嘆する。
 展示されている70点あまりの作品の内訳は、
  • ロダン、東山魁夷、古賀春江、草間彌生などの現代美術の粋。
  • 作者不詳の埴輪、土偶など芸術的価値と考古学的価値を兼ね備えた逸品。
  • 与謝蕪村『十宜図』、池大雅『十便図』、浦上玉堂『凍雲篩雪図』といった国宝指定の名品。
  • 人間国宝・黒田辰秋による木目の美しい漆塗りの工芸品や北大路魯山人の陶器。
  • 数は少ないが、鎌倉時代の聖徳太子立像、アフガニスタンの仏頭など仏教美術。
  • 李朝の陶器や磁器。
 いろいろである。
 個人の蒐集なのだから当たり前と言えば当たり前。川端が、縁あって出会い特に気に入ったものを、出版社に借金してまで次々と購入した結果なのである。共通するのは、川端がそこに「美」を感じたという点、そして一部の作品が購入したあとで国宝指定されたことが示すように、質の高さはまぎれもなく川端の審美眼の一流であることを証明している。

 東山魁夷の作品が多いが、魁夷の絵の持つ「人間の不在感」が川端文学のテーマと共通しているように思う。
 川端は、『反橋』という小説の中で、作者の分身と思える主人公の男にこう吐露させている。

 美術品、ことに古美術を見てをりますと、これを見てゐる時の自分だけがこの生につながってゐるやうな思ひがいたします。さうでない時の自分は汚辱と傷枯の生涯の果て、死の中から微かに死にさからってゐたに過ぎなかったやうな思ひもいたします。


 川端康成が、己の中に‘離人症的虚無’を生涯抱え続けていたのはよく指摘されるところである。生得的なものなのか、子供の頃に家族を次々失い16歳で孤児となった身の上のせいなのか。それが、愛する対象から常に一定の距離を置いて観察するような恬淡な文体を作ったのであろう。そして、まちがいなく美術品は、常に距離を置いて観察することを許してくれる愛すべき対象であり、観る者を失望させたり裏切ったりする恐れはないのである。
 昨今、川端の虚無を『魔界』といった視点から読むのが流行っているらしい。
 久しぶりに純文学してみようかな・・・。
 
 美術品のほかにも、菊池寛、横光利一、岡本かの子、谷崎潤一郎、林芙美子、三島由紀夫、瀬戸内晴美(寂聴)ら往時の有名作家との往復書簡、川端の初恋の女性・伊藤初代との失意に終わった恋文のやりとり、ノーベル文学賞のメダルと賞状、川端自身の手による見事な書、芥川賞の選考委員であった川端に太宰治が「何卒私に賞をください」と縷々に訴えている何ともいじましい手紙・・・・・等々、とても見応えある面白い展示であった。連休中なのに混んでいないのが罰当たりなくらい。
 
 ソルティが一番感動し気に入ったのは、アフガニスタンの仏頭(3-5世紀と推定)である。
 古代ギリシア彫刻の流れを汲む白大理石のブッダの頭像。西洋と東洋が見事に融合された美しく高貴で柔和な慈悲深い顔立ち。
 思わず、ガラスケースの前で手を合わせ「慈悲の瞑想」をしてしまった。
 ‘虚無’を吸い込んでくれるのは、この透徹した眼差しだけである。

アフガニスタンの仏頭
 
 (公益財団法人川端康成記念館所蔵)
 

● 美術展:画鬼 暁斎~幕末明治のスター絵師と弟子コンドル

 東京駅のそばにある三菱一号館美術館にて開催中。

20150715_161050
 
20150715_160934

河鍋暁斎(かわなべきょうさい、1831-1889)は幕末生まれ。
6歳で浮世絵師歌川国芳に入門。9歳で狩野派に転じてその正統的な修行を終え、幕末明治に「画鬼」と称され、絶大な人気を博した絵師です。
一方、三菱一号館を設計した英国人建築家ジョサイア・コンドル(1852-1920)は、政府に招かれ明治10(1877)年に来日、日本の近代建築に多大な功績を残しました。彼は日本美術愛好家でもあり、暁斎に弟子入りして絵を学び、師の作品を海外に紹介しました。(展覧会公式パンフレットより)

 三菱一号館に行くのも、暁斎の絵を生で見るのもはじめてである。 
 もともとの一号館は1968年に取り壊し、今建っているのは2009年に完成したレプリカである。東京駅の地下道から直結するこんな騒々しいオフィス街のど真ん中に、木々と噴水と美術品と赤レンガの壁に囲まれた空間があることに感激。忙しいビジネスマンやOLが昼休みに憩うのに恰好の場所である。
 
20150715_161328

20150715_154916

 標題どおり弟子コンドルの絵と暁斎の絵が展示してあるのだが、両者の画力、才能の差は歴然。
 コンドルは西洋人の手によるものとは分からないほど日本画をマスターしている。器用である。
 しかし、やはり本業は建築家。コンドルのコーナーから暁斎のコーナーへと足を踏み入れたとたん、すぐれた絵の放つ圧倒的な輝きと磁力に感嘆した。

 なんといっても驚くのは、暁斎の作品のバラエティに富むこと!
 筆遣いの巧さの光る山水画から、色彩あざやかで彫刻的表現の冴える道釈人物画(道教と仏教に関する人物画)、ユーモラスで漫画チックな妖怪・幽霊画、斬新なテーマと緻密な表現に唸る浮世絵チックな美人画、18歳未満は大人付き添い必要(と注意書きがある)あっと驚く春画、流行の芸能・演劇を描いた風俗画、同じ国芳の弟子であった月岡芳年と紛うような生首や骸骨や死体を生々しく描いた残酷絵、そして大胆な構図と見事な筆捌きとまるで人間のようなしぐさや表情がなんとも微笑ましい動物画(国芳の影響大か)・・・。

暁斎 001

 次から次へと繰り出される、スタイルもテーマも色彩も様々な絵の氾濫に、複数の画家の展覧会を見ているかのような錯覚すら覚える。実にゴージャスな才能を持った絵師である。
 すっかり満腹した。
 この展覧会は9月6日までだが、これからきっとうなぎ登りで来場者が増えていくのは間違いない。(半分は口コミで聞いた春画にひかれて・・・)
 ショップでおみやげに七福神の絵葉書を買った。

20150715_200656
 
   併設の『カフェ1984』はかつて銀行の営業室として利用された空間を復元したもので、古代ギリシア建築の柱(イオニア式?)を思わせる木の柱が何本も立って高い天井を支えている優雅で落ち着くカフェである。
 ここで一緒に行った友人が暁斎フロートを、自分はギネスフロートを注文する。
 
20150715_162811

20150715_163916

 西洋かぶれする前の日本には、素晴らしい画家がたくさんいたんだなあ。
 単に好みの問題か。


 

● 浮世絵:楊洲周延「東錦昼夜競」(太田記念美術館@原宿)

 楊洲周延「ようしゅうちかのぶ」と読む。
 れっきとした日本人である。本名は橋本作太郎、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した浮世絵師。15歳で歌川国芳に弟子入り絵を学び始める。江戸城大奥の風俗画や明治開化期の婦人風俗画を描き、美人画絵師として一世を風靡した。
 「東錦昼夜競(あずまにしきちゅうやくらべ)」は、神話の時代から江戸時代にかけての、さまざまな歴史故事や伝説、あるいは妖怪譚などを題材としたシリーズである。一枚の絵の中に同じ登場人物の<昼の場面>と<夜の場面>を上下に描き分けているのでこの名がある。能で言えば「前ジテ」と「後ジテ」のような対称性を生み出して、物語の面白さを効果的に引き出すことを狙ったものであろう。

 伝説・妖怪譚という宣伝文句に惹かれて観に行ったのであるが、まさにその通り、本邦の有名な故事や言い伝えがリアルに色彩豊かに何十枚と描かれていて、見ごたえがあった。歴史を彩る物語の豊穣にあらためて感じ入った。

 とりわけ自分が好きなのは、能の『殺生石』の元であり、チラシのデザインに使われた「九尾の狐=玉藻の前」伝説である。

 中国・天竺を経て日本にやってきた九尾の狐は、絶世の美女「玉藻の前」として鳥羽上皇の寵愛を受けるものの、陰陽師安倍晴明によって正体を見破られ、数万の軍勢によって攻められ石となった。その後も毒気を撒き散らし悪行を繰り返したが、至徳2年(1385年)に玄翁和尚によって打ち砕かれ、そのかけらが全国3ヶ所の高田と呼ばれる地に飛散したという。(「道の駅―那須高原友愛の森工芸館」ホームページより抜粋http://nasu-kougei.main.jp/jizoo6.htm


殺生石 玄翁和尚によって打ち砕かれた石が「殺生石」として那須野の観光名所となっている。風のない日は硫化水素と炭酸ガスが立ち籠め、息が苦しいほどの臭気で、人が安易に立ち入りできないよう柵が設けてある。

 昔から那須野にあった殺生石と、中国の神話上の生き物である九尾の狐を結びつけたのは、江戸時代後期の戯作者らだと言う。そこに、鳥羽上皇の寵姫である玉藻の前をからませて、女に化けて時の権力者を手玉にとって国を滅ぼそうとする恐ろしい妖怪の成敗譚を仕立て上げたのである。素晴らしい想像力&創造力である。
 玉藻の前もまた伝説上の人物であるが、モデルとなったのは実際に鳥羽上皇の妃の一人であった美福門院(藤原得子)だと言う。NHKの「平清盛」では、松雪泰子が演じている。
 そう言えば、松雪はどことなく狐のような面差しをしている。 
 適役か。(と言ってドラマ観ていないけれど・・・・)

九尾の狐



● スプラッタ浮世絵師:『月岡芳年展』(太田記念美術館)

太田美術館 太田記念美術館は、実業家の太田清蔵(1893-1977)が収集したコレクションをもとに1980年に設立された浮世絵専門の美術館である。原宿駅から徒歩5分、表参道の晴れやかさからも、竹下通りの賑々しさからも、明治通りの騒々しさからも、等しく離れた静かな空間にそれはある。

 月岡芳年(1839-1892)は、歌川国芳の門弟であり、幕末から明治期にかけて活躍した浮世絵師である。今年は没後120年にあたる。歌舞伎や戦記物などの惨殺シーンを題材に多くの無惨絵を描いたことから「血まみれ芳年」という通称を持つ。実際、膠を含ませ血糊らしさを出した朱色の毒々しさは、スプラッタ映画を思わせる出血大サービスぶりである。
 そのせいか当時はともかく、昭和に入ってからは大衆的な人気は得られなかったようだが、マニアックな愛好者を生んでいる。芥川龍之介、谷崎潤一郎、三島由紀夫、江戸川乱歩、横尾忠則、京極夏彦・・・。この顔ぶれを見れば、怪奇と耽美、幻想とエログロこそが、芳年の特徴であり魅力であったと自ずと知られる。(三島は腹を割いて自決したとき芳年を思い出しただろうか?)

 師匠の国芳と比べると、その画風は「動と静」「陽と陰」「生と死」「楽と哀」と正反対である。国芳が「太陽」だとすると、芳年はまさにその名の通り「月」である。ここまで対照的なのも面白い。しかも、国芳は早咲きの天才だったのに比して、芳年は遅咲きであった。
 いや、もちろん、初期からそのデッサン力、構成力、色彩感覚は優れたものではある。絵も売れていた。だけど、どことなく凡庸である。上手いけれどもつまらない。国芳の作品が終生放ち続けたような力強い個性、躍動感、諧謔味に匹敵する才が見られない。注文に応じて器用に作品を仕上げるテキスタイル作家みたいな感じである。
 絵そのものにオリジナリティを欠いている。そのことを当人も自覚していたがゆえに、内容(題材)で目立つことで勝負したのだろうか。
 というのも、今回ナマで見て感じたのだが、芳年のスプラッタ絵画にはエロチックな匂い、秘められた変態性の狂おしさのようなものが希薄なのである。作家の抑圧された欲望を昇華するために描かざるを得なかったという熱さが感じられないのである。その点、ビアズリーや伊藤晴雨とは違う。

 芳年は晩年になって西洋画と出会い、開花する。
 西洋画(特に宗教画)の伝統的な様々なテクニックを模倣し、取り入れ、しまいには自家薬籠中のものとして、和洋折衷の自分のスタイルを確立する。もはや、人を惹きつけるために残虐を必要とする位置にはいない。彼の持っていた個性「静、陰、死、哀」は、残虐でなく宗教(信仰)と結びつくことでオリジナルな美を獲得し得たのである。
 この展覧会の面白さは、芳年の作品を時系列に見ることで画家としての成長ぶりを辿ることができるところにある。最後に行くほど見事になる。

 国芳がダ・ヴィンチだとしたら、芳年はラファエロなのだろう。
 52歳という若さで亡くなったのが惜しまれる。 

月岡芳年







● インカ帝国展(上野・国立科学博物館)

インカ帝国展 001 久しぶりに行く上野公園はきれいになっていた。
 とりわけ、国立博物館前の噴水広場は、ログハウスのようなスターバックスができて、噴水を取り巻くベンチも新たに作り直され、木々の間を抜ける風も爽やかに、居心地の良い癒しの空間になっていた。
 なんと言っても、ブルーシートの家々が見あたらない。
 東京都や台東区のホームレス対策が効を奏しているのか、NPOなど民間支援団体の尽力なのか。
「彼等はいったいどこに行ったのだろう?」
 単に上野公園から追い出されて、別の人目につかない場所に居所を移しただけでなければよいが・・・。

 展示物はどれも興味深い。
 チュニックと呼ばれる、アルパカなどの毛を染色した糸で編まれた色とりどりの貫頭衣が実に見事で、色合いもデザインもクール。インカの男衆は伊達っぷりを競っていたらしい。
 もっとも人がたかっていたのはミイラであった。日本人のミイラ好きは大英博物館でも有名である。
 一番感動したのは、最後に観ることができるマチュ・ピチュの3D映像である。コンドルの目線になってマチュ・ピチュを天空からまた地を這うようなアングルから探検することができる。まるで、実際にマチュ・ピチュに行き街の中を移動している錯覚が起きるほど、臨場感あふれる映像。素晴らしい技術である。
 目の前の手の届くところをハチドリがぶんぶん音を立てて飛んでいく。
 隣のおばさんが体をよけながら呟いた。
 「映画で良かった。刺されるかと思った。」
 (ハチドリは刺さないって・・・)

 平日(木曜日)の午前中という、もっとも人出が少なそうな時間を狙って行ったにもかかわらず、終始人垣の後ろから展示ケースをのぞかなければならなかった。
 一日の来場者数は4000人~5000人位、大盛況である。
 順路の最後に開始日からの日ごとの来場者数が標してあって、少ない日でも3000人を超え、一番多い日(5/6だったと思う)は8000人を超えていた。
 面白いのは、この来場者数を表すのにインカ帝国の数の表記方法であるキープという結び縄を用いているところ。結び目の数や結び方によって、数を記録するのである。(十進法)
 このことが何を意味するかというと、インカ帝国には文字文化がなかったのである。
 15世紀に栄えた文明としては不思議なことである。
 それだけではない。
 貨幣文化も持っていなかった。物々交換である。

 マチュ・ピチュに代表される高度な石積みの技術からすると、文化度の高さはかなりのものである。他国との交流がまったくなかったわけでもない。
 これはもう意図的に文字と貨幣を持たなかったとしか思われない。
 合わせて、土地の私有も認められていなかったというから、「財産」という概念がなかったのではないだろうか。

 もちろん、ホームレスなどいるわけがない。

 
国立科学博物館




  


 


記事検索
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文