ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●老い・介護

● この電話回線は2時間後に停止します 映画:『ジェリーの災難』(ロー・チェン監督)

2023年アメリカ
75分

 原題 Starring Jerry as Himself
 「ジェリーが自らを演じています」
 台湾出身のアメリカ人ジェリー・シューが、自らの身に起こった出来事を、自ら脚本化し、自ら演じた再現ドキュメンタリーである。
 ロー・チェン監督にとっては、初の長編作品という。

 最後にどんでん返しがあるので、ここで内容を書くのは反則かもしれない。
 が、大方の日本人なら、ソルティ同様、映画の早い段階で真相に気づくと思うので、ネタばらしをします。(知りたくない人はここで読むのをお止めください)

着物の外国人

 ある日、かかってきた電話を取ると、あるいは留守録を再生すると、次のような自動音声が流れる。
 「こちらは総務省(またはNTT)です。この電話回線は事情により2時間後に停止します。オペレーターと話される方は1番を押してください。または、×××番まで折り返しご連絡ください」
 心当たりある人も少なくないと思う。
 ソルティの職場の固定電話にも半年前くらいにかかってきた。
 実家の固定電話には半月前にかかってきた。
 もちろん、詐欺にちがいないと思い、無視した。
 親にも「絶対に応答するな」と釘を刺した。

 しかし、引っかかってしまう人はいるのである。
 本作の主人公ジェリー(69歳、一人暮らし、離婚歴あり、無職、友人なし)がその一人。
 まんまと引っかかってしまい、倹約に倹約を重ね生涯かけて作り上げた約100万ドル(約1億5千万円)の財産を根こそぎ奪われたのである。
 本作はその一部始終を描いている。

 人の心理を巧みに利用した詐欺グループの手口の狡猾にして芸術的なこと!
 電話回線停止にあわてたジェリーが指定された番号をプッシュすると、まず、「あなたはマネーロンダリング(資金洗浄)の犯罪グループの容疑者になっている」と脅かし、公安にすぐ相談せよと携帯番号を伝える。
 ジェリーが公安(もちろん詐欺グループの仲間である)に電話かけると、「このままだと中国に強制送還になるかもしれない」と脅かす。(なんと効果的な脅しだ!)
 不安を煽った後に、救いの手を差し伸べる。「なんとか疑いを晴らせそうです」
 ほっと一安心したジェリーが感謝の気持ちあふれているところで、すかさず、犯罪グループ逮捕への協力を依頼する。
 ジェリーが了解すると、さまざまな指示を出す。
 「あなたの利用している銀行が怪しいから、撮影して画像を送ってくれ」
 「あなたの担当職員はグループの一味である可能性が高いから、尾行してくれ」
 ・・・・・等々。
 絶体に周囲には秘密にしてくださいという警告とともに。

 公安に協力しスパイ活動しているというドキドキ感と栄誉に動かされて、言われるがまま動いて課題をクリアしていくジェリー。
 やりとりを重ねていくうちに、公安への信頼は次第に深まっていく。
 自分が重要人物として扱われることで自尊心は満たされる。
 自分の日常生活に関心を示してくれる他者の存在が、独り身の淋しさを埋めてくれる。
 そして、公安に言われるがまま、自らの資産を指定口座に送金してしまう。
 不審に思って問いただしてくる銀行員の姿が、もはや悪人にしか見えなくなっている。
 
 奪われるものがなくなったところで、終焉はやってくる。
 最後の送金を終えたあと、公安からの電話は途絶え、ジェリーからかけてもつながらない。
 明日までに、息子が新しいマンションを購入するための頭金を用意しなければならないというのに。
 息子に「出してやる」と約束したのに。
 そして、破綻がやって来た。

ナイアガラ

 ニュースなどでこうした詐欺に引っかかって大金を失った人の話を聞くと、
 「なんでまた、そう簡単に、会ったこともない相手を信じたんだ?」
 と思うけれど、誰にでも起こりうることなのである。
 とくに、年を取って、物忘れが出てきたり、耳が遠くなったり、親しい人が亡くなって心細さが増したり、目の前でわけのわからないIT用語を振り回されたり、子供や孫の名前を持ち出されて脅かされたりすると、一種のパニックに陥ってしまう。
 地域の高齢者の相談支援をしているソルティの回りでも、連日のように詐欺被害の話を聞く。
 地元警察署からの注意喚起の連絡が頻繁に入る。
 「今日は、×××地区で警官を装った詐欺電話が多発していますので、注意してください」 (ん? これほんとに警察からだよな・・・)
 昨今、固定電話を廃止する高齢者が増えているのも無理ない。

黒電話

 詐欺に遭って大金を奪われた話は、日本では漫画家の井出智香恵のケースが有名である。
 井出は、俳優マーク・ラファロを騙る国際ロマンス詐欺に引っかかって、7500万円を奪われた。
 青春を取り戻したいと願う中高年女性の孤独感や焦燥感を利用した、あくどい手口。
 人の弱みや人の善意につけこんで荒稼ぎする者たちに天罰あれ!

 ジェリーの場合も、井出の場合も、救いがあった。
 両者ともこの苦い体験を生かして、映画や漫画を作り上げたのである。
 井出の場合は、自らの体験を本にし、コミックにし、メディア出演し、自分のような被害者が増えないよう啓発活動を続けている。
 平凡なエンジニアだったジェリーは、人生の最後に役者デビューし、主演男優賞をもらうなど一躍有名人になった。
 転んでもただは起きない2人の強さが素晴らしい。
 たしかに、「詐欺に遭ったせいで、私の人生は終わった」と言うのならば、奪われたのは財産だけでなく、人生であり、尊厳であり、命である。
 詐欺師にそこまでの力を与えてはいけない。

 立ち直りを可能にしたのが、家族の支えであったという点も両者共通している。
 本作では、ジェリーの家族(元妻と3人の息子)も共演し、それぞれの本人役を演じている。
 全財産をだましとられたジェリーが、失意から自ら命を絶ったりしないよう見守り、本人の若い頃の夢であった映画づくりをすすめ、全面的に協力したのである。
 本作が、ただの犯罪ミステリーに終わらず、世界中で絶賛を博した理由はそこにある。
 詐欺グループも家族の絆は奪えなかった。

 ラストシーンでジェリーは、40年前にアメリカにやって来たとき同様、スーツケース2つきりで台湾に帰国する。
 何も知らない故郷の人は、その姿を見て“尾羽打ち枯らして戻って来た”と言うかもしれない。
 が、本作を観た人なら、「結局、ジェリーが失ったのは、手に入れたものにくらべれば、些細なものに過ぎない」という意見に同意してくれるだろう。

 禍福はあざなえる縄の如し。
 詐欺師はあざなえる縄に縛るべし。

出雲大社



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● コミックエッセイ : 『たづちゃんノート』(新美千恵子著、絵・石玉サコ)

2022年明日香出版社

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 認知症になった高齢の母親を同居介護した娘(新美)の体験記。
 副題は「交換ノートなら認知症の親との関係はうまくいく!」

 新美が50代後半のとき、父親が、ついで母親が、認知症を発症。
 父親は近所のグループホームに入居、穏やかな最期を看取った。
 母親にはできる限り住み慣れた自宅で過ごしてもらおうと、新美は自らの家族から離れて実家に戻り、母親との同居を決意。
 しかし、現実は甘くなかった。

 認知症が進行し、しっかり者だった母親の性格は一変。
 天使のように素直かと思えば、悪魔のように怒り狂う。
 昼夜逆転し、家の中を徘徊し、トイレを便まみれにする。
 何が起こるか分からないので、一人にしておけない。
 
 疲れ切った新美が頼りにしたのは、一つめは介護保険。
 ケアマネに相談し週3回デイサービスを利用、母親から離れる時間をつくった。
 二つめは家族の協力。
 夫や娘がつらい気持ちを受け止め、必要な時は手を貸してくれた。
 そして、三つめが母親との交換ノート。
 大学ノートを使って、毎朝母親に問いを投げかけ、答えを書いてもらった。
 この交換ノートで、母親の体調や機嫌や考えていることを知り、認知症の進行を抑えるための脳トレ(クイズや計算)を実施し、その日の行事など連絡を行い、日にちや名前や生年月日を書いてもらって母親の自己確認を扶ける。
 もちろん、ふだん口にはなかなか出せない互いの思いを伝え合う、母と娘の心の交流にもなる。

 高齢者の介護相談やケアマネジメントを職とするソルティ。
 この交換ノートはいいアイデアと思った。
 できるかどうかは、当事者(認知症患者とその家族)の性格や認知症の程度、それまでに紡いできた両者の関係性にもよるけれど。
 読み書きができて、じっとテーブルに向かっていられる人ならば、楽しんでやってくれるかもしれない。(メール世代には難しいかも)
 関わっている認知症高齢者とその家族に提案してみようかな。
 いや、90歳近い自分の両親で試す日が来るかもしれん。

 石玉サコの絵は上手で見やすく、ほのぼの感があり、テーマに合っている。 



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● なんなら、奈良20(奈良大学通信教育日乗) 入学まる1年

 奈良大学に3年次編入で入学して丸1年。
 先日、3年次の成績通知書が送られてきた。

認定単位・・・・計7科目16単位
〈内訳〉
 テキスト科目4科目
  • 文化財学購読Ⅰ
  • 平安文学論
  • 民俗学
  • 美術史概論
 スクーリング科目3科目
  • 文化財学演習Ⅰ
  • 文化財学購読Ⅱ
  • 美術史特殊講義
 卒業に必要な残りの単位=44単位(うち卒論8単位)

 ほかに、テキスト科目の書誌学が8月にレポート合格し、今秋受験予定である。
 目標は、テキスト5科目+スクーリング3科目=計8科目だったので、達成率90パーセント。
 仕事しながらの学業なので、これが限界。
 いや、上出来、上出来。

 とりわけ、難関の平安文学論に合格したのがうれしい。
 この科目、レポートは再提出となった。
 練りに練った答案で臨んだ筆記試験の結果も「良」、思ったより辛目であった(60~69点が可、70~79点が良、80点以上が優)。
 だが、受かればこっちのものだ。
 平安貴族の結婚形態が「一夫多妻」であろうが「一夫一妻(多妾)」であろうが、どうだっていい!
 ――なんて冗談。今後、『源氏物語』をはじめとする平安文学を読むときの新たな視点が得られたので、受講して良かった。
 レポートの書き方に関する注意事項もいただいたので、かえって最初に選んで正解だった。

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京都・風俗博物館の「源氏物語ジオラマ」
 
 もうひと踏ん張りして、この夏のスクーリングを1科目増やし、スクーリング終了後に現地で書誌学の筆記試験を受ければ、計9科目の20単位取得も不可能ではなかったかもしれない。
 が、無理はしなかった。
 8月に入って連日の酷暑で夏バテ気味になって、ちょっと体も頭も休めたかった。
 この先まだまだ長いので、いったん手綱をゆるめようと思った。

 また、「なにも急いで卒業する必要もない」と知ったことも大きい。
 手元にある「奈良大学通信教育部規程」によれば、

第42条 学生は本学の定めた期日までに、学費19万円を納入しなければならない。 
2 前項の規定にかかわらず、5年次生以上で、かつ、卒業論文を提出している者の学費については、印刷教材等による授業の履修登録単位数分の履修費とする。印刷教材等による授業の1単位の履修費は5,000円とする。面接授業等の履修費については、別表2の定めによる。 

 すなわち、卒業論文に合格するまでは年間19万円の学費がかかるが、いったん合格してしまえば、卒業に必要な残りの科目(単位)を取るのに、毎年「科目単位数×5000円(スクーリングは×8000円)」の学費を払えばいいらしいのだ。
 この解釈で合ってる・・・よな?
 3年計画のソルティの場合、卒論を3年目できっちり仕上げて、4年目以降に残りの単位をゆっくり取得するという「万年学生プラン」も可能なのである。(最長10年在籍可能)
 「奈良大学の学生」というアイデンティティは、学割の利用も合わせて、すこぶる魅力的だし、ソルティのような3年次編入生は履修する必要のない教養科目(おおむね1~2年生が学ぶ)の中にも面白そうな科目(スクーリングあり)が目白押しで、なんなら、卒論合格後にそれらを履修してもいいかも・・・・と思っている。
 たとえば、スクーリングでネイティヴ講師から「英語」を学べるのは楽しそうじゃないか。
 考えてみれば、一回目の大学生の時のように卒業後に就職が待っているわけじゃないのだから、のんびり、いや、じっくり学んだらいいのである。

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奈良大学最寄りの高の原駅ロータリー

 この一年をふりかえると、「なかなかよく勉強したなあ」と思う。
 今や4枚の公立図書館カードを所有し、図書館を利用する回数が格段増えた。
 母校の図書館にも40年ぶりに行った。
 関連本もずいぶん読んだ。
 仏像に対する関心が高まり、スクーリング前後は「みほとけめぐり」が恒例となった。
 休日の充実度がアップして、ここ数年ではじめて、「ああ、もう仕事やめて勉強だけしていたい」と痛切に(笑)思った。
 とくに、古文書の面白さに目覚めたのは大きい。
 実際の古文書学の履修は一番後回しになりそうだが、その準備をおいおい進めている。
 『はじめての古文書』の類いの本を何冊か読み、日比谷図書館でやっている古文書講座も3クール目に入る。
 すっかり、古文書にハマってしまった。
 最近はAIが瞬時に古文書を解読する時代なので、読めるようになったからと言ってなんらかの利益につながることは全然ないのだが、それでもハマるのはなぜなのか?
 やっぱり、暗号解読の面白さ?
 民間が主宰している古文書解読検定というのがあるようなので、いずれ受けてみようかなあ。

 思うに、実社会において「無駄・無益・無価値」と思われることの中に自分なりの楽しみを見出すことが、定年後の人生を楽しく過ごすコツなのではないだろうか。
 無常で無我のこの世をなるべく明るく生きるってのが、仏教徒のたしなみである。
 10月より新しい年度が始まる。

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HERE WE GO !








 
   
 

● 本:『ケアと編集』(白石正明著)

2025年岩波新書

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 著者の白石は、医学書院「ケアをひらく」シリーズを担当していた編集者。
 このシリーズは、これまでにないようなユニークかつ斬新な切り口で医療介護分野のケアを語り、話題を集めた。
 2019年にはシリーズ全体に毎日出版文化賞が贈られている。
 2024年に白石が定年退職するまで、43点のシリーズを刊行したという。
 名編集者である。

 ソルティは、『驚きの介護民俗学』(六車由美著)でこのシリーズの面白さを知って、それ以降、次の6点を読んでいる。
 「ケアをひらく」シリーズではないが、『俺に似たひと』(平川克美著)も面白かった。医療従事者向けのおカタい(おタカい)本ばかり出している出版社、という医学書院のイメージを刷新してあまりなかった。

 白石正明ってどういう人なんだろう?
 どういったポリシーなりスタンスで編集の仕事をしているんだろう?
 ――と、気になっていたので、白石自身がみずからの編集の仕事について披瀝している本書の刊行はうれしかった。

 開口一番、「ぼくの編集の先生は向谷地生良さん」と書いてあるのを見て、納豆食って血液サラサラ。腑に落ちた。
 向谷地生良(むかいやち いくよし)は、北海道浦河町にある精神障害者の生活拠点「べてるの家」のソーシャルワーカーである。
 べてるの家についてはこれまでにたくさん書かれているので説明しないが、一言でいうならば、「近代的価値観を無効にするプリズム」である。
 プリズムの中心にいるのがべてるの家の住人ならば、それを光線の中に置いたのが向谷地である。

 治療という名で「改変」するのが医学である。一方、モノ自体には手を付けずに周囲との関係を改変するのが、向谷地さんのやっているソーシャルワークだ。

 弱さや依存は「克服すべきもの」という問題設定のままであれば、弱さは強さに、依存は自立に変更されなければならない。・・・・「現在がよくないから、こうしなければならない」あるいは「現在はよくないが、こうすればもっとよくなる」という文脈は同じなのである。どちらも「現在のままではダメ」なのだ。

 出された問題に答えるのではなく、その問題自体を組み替えてしまうこと、あるいは、与えられた問題の外に出てしまうこと、ここで述べた例についていえば「弱さ」とか「依存」といった克服されるべき問題――なにより当人がもっとも「克服すべき」と思っている問題――に別の光を与えること。
 
 べてるの家のこのような思想というか文化に出会って感動した地点に、編集者白石正明が誕生したのであった。
 そこには、白石自身が子供の頃から吃音に悩んでいて、その「克服」のために試行錯誤してきたという事情があった。
 みずからの“問題”とリンクするところが大きかったゆえの出会いと感動、そして展開。
 運命という名の編集者にはだれも敵わないなあ。

 ケアと編集との共通点について、白石は、自ら担当した作品の例をあげて語っている。岡田美智男著『弱いロボット』、熊谷晋一郎著『リハビリの夜』、坂口恭平著『坂口恭平 躁鬱日記』など。
 読んでいて隔靴掻痒の感がするのは、単純に、ソルティがそれらの本を読んでいないからである。
 読んでいた『逝かない身体 ALS的日常を生きる』が例に上げられている部分はすんなり落ちた。
 本書をより深く理解したいのなら、上記の本を含め、「ケアをひらく」シリーズをもっと読まないとなあ~。
 ――と、思わされた時点で、やっぱり編集者・白石の術中にはまったのである。
 編集者にとって重要なのは、一冊でも多く本を売り、ひとりでも多くの人に読んでもらうことなのだから。

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 ソルティも高齢者のケアを担う一人である。
 高齢者支援に利用できる社会資源の中では、介護保険という行政の作った枠組みの占める部分が大きいので、知らぬ間に行政的視点でケアを考えていることが少なくない。
 対象者の問題を分析し、長期目標と短期目標を設定し、そこに至る途上にある障害(=課題)を見つけ出し、それを克服する手段を考え、支援の担い手を探す。財政逼迫の折、できる限り効率的な費用対効果の高いケアプランを立てなければならない。
 ともすれば、対象となる高齢者にとって「何が一番いいか」が二の次になって、「障害の克服と自立」を目指した“現在否定”のケアプランありきで支援を進めていることも、まったくないとは言えない。
 高齢者が80年なり90年なりの時間をかけて作ってきた“問題=アイデンティティ”が、そう簡単に変えられるわけがないと、内心思っているにもかかわらず。
 一度立ち止まって、自分のケアのあり方をみつめてミルキー。

 ケア提供者とは、未来に奉仕するような貧しい「現在」ではなく、今すでにここにある豊かな「現在」に働きかける人である。「もう本番は、はじまっているのだ」と宣言して、今ここにある快を十全に享受できるように状況を設定する人である。


 
 
おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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● なんなら、奈良15(奈良大学通信教育日乗) 暗記パンの弊害

 30度越えの日曜、最近は男もすなる日傘をさして、学科試験会場へ。
 数日前に前回受けた民俗学と美術史概論の試験の合格通知が届いたのと、今回の試験は文化財学購読Ⅰの一教科のみということもあり、気分的に軽い。
 が、5つの答案の暗記には手こずった。

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 文化財学購読Ⅰの内容は文化財保存科学なので、いきおい科学用語が頻出する。
 水漬け状態にあった木製遺物を保存するためのPEG(ポリエチレングリコール)含浸法や真空凍結乾燥法(いわゆるフリーズドライ)であるとか、金属製遺物の脱塩処理(サビ止め)に用いる水酸化ナトリウム・炭酸カリウム・セスキ炭酸ナトリウムの水溶液であるとか、さらには電気化学的還元法・電気分解還元法・灼熱水素還元法であるとか、石造文化財が劣化する原因となる凍結劣化および塩類風化の仕組みであるとか、遺構を取り上げるのに用いるウレタンフォームの特徴であるとか・・・・高校時代に物理・化学が赤点だったソルティは、苦手意識が先立って、専門用語や説明がなかなか頭に入らない。
 前回の美術史概論も、不空羂索観音やら木心脱活乾漆像やら伝衆宝王菩薩立像やら、仏像に関する小難しい専門用語が目白押しだったが、やはり興味ある分野については脳が活性化するのか、暗記が早かった。
 つくづく文系である自分を思った。 

 こうなったら、「非水系アクリルエマルジョンの合成樹脂」で答案をくるんで減圧方式で脳内に浸透させようか。それとも、「土層の取り上げのように」合成樹脂を用いて答案を脳細胞に転写(接着剥離)させようか・・・・なんて妄想が起こるくらい――勉強した人にだけ分かる比喩です――頭の中は科学用語で飽和状態。
 林野会館に向かう道中、表面張力が崩れ、せっかく暗記したことが地面にこぼれ落ちると困ると思い、よそ見せずにしずしずと歩いた。
 ドラえもんの暗記パンがあったらなあ~。

暗記パン

 それにしても、人間の暗記力というのは不思議である。
 一週間前には、「絶対にこれを暗記するのは無理」と思っていた、かなりの分量の難解な文章を、試験前日には覚束ないながらも復唱できるまでになるのだから。
 4年以上勤めている職場の電話番号をいまだ空で言えない自分にしては、よくやった。
 まだまだ自分の短期記憶は大丈夫らしい。
 こうやって自ら課題を与えて、脳を鍛えている限り。
 然り。暗記パンに頼ったらいけない年頃なのである。

 今回の出題は、『遺構の保存処理について』だった。

 遺構とは、人間の活動の痕跡があるところで、移動できないものを言う。
 遺構・遺物があるところが遺跡である・・・・云々。 

 約980字を答案用紙の表面いっぱいに書いた。
 終了10分前には書き終えた。

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● 「鰥(かん)」にして「独」 本:『武士の介護休暇』(﨑井将之著)

2024年河出新書

武士の介護休暇

 天平宝字元年(757年)に施行された『養老律令』には、次のような年齢区分が記されている。
 3歳以下  ・・・・・黄(おう)
 4歳~16歳 ・・・・・小  
 17歳~20歳  ・・・・中  
 21歳~60歳  ・・・・丁  
 61歳~65歳 ・・・・老  
 66歳以上 ・・・・・耆(き)

 さらに、妻のいない61歳以上の男を「鰥(かん)」、子供のいない者を「独」と言い、国家による救済対象の候補とみなしていたそうだ。
 ソルティは「老」にして「鰥」にして「独」ということになり、律令制度的にはかなり厄介な存在ということになる。
 むろん、老いて動けなくなったときに世話してくれる者が周りにいないからだ。
 現代は介護保険制度というものがあるけれど、施設に入れるくらいの財産や年金は持っていないので、やっぱり厄介な存在であることに変わりない。 
 厄介をかける前にピンピンコロリとあの世に逝ければいいが、こればかりはままならない。
 せいぜい健康に気をつけて、認知症予防につとめるしかない。

 本書は、「日本は老いと介護にどう向きあってきたか」という副題が示すように、古代から江戸時代までの日本人の老いと介護の実態について、古典文学や古文書や古記録をもとに概観し、まとめたものである。
 著者は1976年生まれのフリーライター。主に高齢者福祉分野の記事を書いている。
 こういう視点の介護関係本あるいは歴史本で、一般向けにやさしく書かれたものははじめて見た。
 日本介護史という新ジャンルの登場である。

 ソルティは高齢者介護分野で10年以上働いている。
 が、このジャンルについて考えたことがなかった。
 江戸時代以前の日本人が、介護が必要となるほど長生きしているというイメージが湧かなかったからである。
 俗に「人生50年」と言われたように、あまりヨボヨボにならないうちに亡くなるか、長生きしたとしても、自力で動けなくなってから亡くなるまではアッと言う間で、それほど周囲の手をわずらわせなかったのではないか、と勝手に思っていた。

 昭和時代の時代劇で、長屋で寝たきりの父親に孝行娘がお粥を食べさせるシーンがよく出てきた。
父 「ゴホゴホゴホ。すまないねえ、おまえ」
娘 「それは言いっこなしでしょ、おっとさん。さ、口開けて」
父、布団で涙を隠す。
 大方、父親の命は長くなかった。
 あるいは、『楢山節考』に描かれたような、老いて動けなくなり足手まといになった親が、口減らしのため、息子に背負われて山奥に捨てられる、いわゆる「姥捨て」の風習。
 これは現代で言えば、介護放棄あるいは介護殺人にあたる。
 「姥捨て」が実際にあったのかどうか知らない。

姨捨駅

 本書によれば、古代・中世の説話や江戸時代の武士の日記などに、老いた親や縁者を介護した者の記録が多数見られるようで、やはりいつの時代でも、老いと介護はたいへんな問題だったのである。
 とくに、筆まめな武士たちのおかげで詳細な記録が残っているがゆえに再構成しやすい江戸時代の介護の様相が興味深い。
 「看病引」、「看病断(かんびょうことわり)」と呼ばれる介護休暇制度があったとか、主要な介護者となったのは女性(妻や娘)より男性(息子)のほうが多かったとか、介護が必要となる病因としては眼病(失明)・中風(脳卒中)が多かったとか、認知症もあったとか、裕福な家の場合は外部から介護人(いわゆるヘルパー)を頼んでいたとか、懸命に親を介護した息子や娘を幕府や藩が表彰する仕組みがあったとか、「へええ~」と思うものが多かった。

 本書の肝は、古代~中世期と江戸時代のそれぞれにおいて、現役世代が親をはじめとする近親者を介護する際の動機を分析している点である。
 つまり、どんな理由や価値観から人は介護するのか。
 著者は次のような理由を上げている。

【古代~中世】
  1. 「情」の論理・・・・親に対する愛情や感謝
  2. 「儒」の論理・・・・儒教の「仁」や「孝」の教え
  3. 「仏」の論理・・・・仏教の影響。「功徳を積む」「縁を大切にする」「極楽往生&地獄回避」
  4. 「互酬」の論理・・・親の遺産目当てのギブ&テイク
【江戸時代】
  1. 「情」の論理・・・・親や主人に対する愛情や感謝
  2. 「家」の論理・・・・家制度による縛り
  3. 「地域社会」の論理・・・・五人組など村社会による縛り(連帯責任)
  4. 「儒」の論理・・・・幕府や藩による儒学・朱子学の教え
 自然発生的な家族愛や遺産がらみの欲得ずくだけでなく、儒教や仏教や制度といった外的要因がその時代の価値観を形成し、人をして「介護に向かわせる」というのはわかりやすいし、納得がいく。
 欧米であれば、「愛」の論理を説くキリスト教の影響が非常に大きい。

 ひとつ付け加えるならば、日本人にとっては「世間体」こそが、もっとも大きな行為(あるいは非行為)につながるインセンティブだったのではなかろうか。
 年老いた親の世話をしないのは「世間体が悪い」、「世間に顔向けできない」ってやつだ。
 「だった」と過去形にしたのは、介護保険制度が始まってからは、親の介護はプロの手に任せるのが普通の感覚になりつつあるからだ。

 「情(家族愛)」や「儒の精神」は美談につながりやすく、今でも保守主義者は推奨したがる。
 けれど、現場で働いているとわかるのだが、介護する者とされる者との間に生まれる共依存や強い義務観念からの「抱え込み」こそが、介護殺人などの悲劇につながることが多い。
 関係を外にひらく――これが重要だ。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 映画:『search/#サーチ2』(ウィル・メリック&ニック・ジョンソン監督)

2023年アメリカ
111分

 ITオンリー・スリラー映画『search/サーチ』の第2弾。
 前作同様、デジタル機器の画面上でストーリーのすべてが完結する。
 前作では行方不明になった娘を、IT音痴の父親が不器用にアプリを操作しながら必死に探す話だった。
 今回は逆に、ITマスターである十代の娘が、恋人との旅行中に行方不明になった母親を、パソコンを自在に駆使して探索する。
 原題はmissing

 二転三転するミステリーとしての面白さもさることながら、ITの凄まじい進歩に口をあんぐり。
 自分は旧世代の人間であると、つくづく感じた。
「パソコンやスマホでいったい何ができるの?」と問う人には、本作を見ることをお勧めしたい。
 自宅にいながらにして、こんなことも、あんなことも、そんなこともできる。
 本作の主人公であるジュン(演・ストーム・リード)は、家から一歩も出ることなしに、警察やFBI顔負けの捜索をITを駆使してやってのける。
 もっとも、これはあくまでフィクションであり、実際には存在しないアプリや素人が容易にはアクセスできないサイト(情報)もあるとは思うが・・・。
 恐るべし、Z世代。
 (しかし、この映画を見ると目が疲れる)
 
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Gerd AltmannによるPixabayからの画像

 ケアマネという仕事柄、よく高齢者(おおむね80歳以上)から、「スマホで何ができるの?」と質問を受けることがあり、答えに窮する。
 自分も全然使いこなせていないからってこともあるが、スマホやパソコンを持っているだけでは駄目で、アプリをダウンロードしないとなにも始まらない、ということを分かってもらうのが難しいのである。
 そしてまた、ソルティはどうもIT技術には信用が置けなくて、いろんなアプリをダウンロードすることに抵抗がある。
 プライヴァシーの漏洩やネット詐欺、SNSを使った犯罪など、落とし穴がほうぼう空いているイメージ。 
 下手に高齢者にアプリを紹介して、害を与えることになったらまずいと思ってしまうのである。
 ネットで新たな人間関係をつくることも高齢者はよくしないので、ガラ携レベルの機能があれば十分なんじゃないかと思うことが多い。
 が、一方、認知症の人が行方不明になった時、スマホを持ち歩いていれば、GPS機能を使って居所を突き止めることができる。
 そのために、子供世代が高齢の親にスマホを持たせるケースも増えている。
 2024年に実施されたある調査では、スマホを持っている人の割合は、60代で9割超、70代で8割超、80代前半で6割超であった。(モバイル社会研究所のホームページより)
 今の50代が高齢者になった暁には、ほぼ100%、スマホか、それに代わる何らかのモバイル通信端末を持ち歩いていることだろう。

 ソルティもじき高齢者(65歳以上)になる。
 本音を言えば、「スマホは卒業したい」のであるが、世の中の動向がどんどんそれを許さなくなっていく。(たとえば、キャッシュレスオンリーの店の増加や「JRみどりの窓口」の軒並み閉鎖など)
 ピーター・ウィアー監督、ハリソン・フォード主演の映画『刑事ジョン・ブック 目撃者』に登場するアーミッシュは、アメリカやカナダに住むドイツ系移民の宗教集団で、電気も自動車もテレビもない、移民当時の自給自足の生活を今も送っている。
 移動は馬車で、讃美歌以外の音楽は禁じられている。
 もちろん、スマホやパソコンなんて論外である。
 時々、アーミッシュに憧れるソルティなのだが、やっぱり無理だろうなあ。
 聖書以外の本が読めないのは耐えられん。

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おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 尿をめぐる男だけの話

 しばらく前から尿の匂いが気になっていた。
 小便の際に甘い匂いが立ち込める。
 「ひょっとして、糖尿病では?」
 このところ、食べ過ぎで体重が生涯MAXになっている。
 近所の泌尿器科に足を運んだ。

 待合室で問診票を書く。
 気になる症状の欄に「尿の匂いが甘い」と書き込み、ほかに「残尿感がある」、「頻尿である」のマスにチェックを入れた。
 トイレで採尿。
 名前を呼ばれ、診察室に入ると、30代くらいの若い男の医師だった。
 「尿に異常は見られません。匂いは気にする必要ありませんよ」と言う。
 なんとなく腑に落ちない気分でいると、
 「ああ、頻尿や残尿感がある? 前立腺肥大の可能性がありますね」
 机上のパソコンを操作して、泌尿器の図解を画面に映し出す。
 「男性は50歳を過ぎると、この前立腺が大きくなって尿道を圧迫するので、おしっこが近くなったり、最後まで出しきらなかったりします。ちょっと調べてみましょうか」
 言われたとおりベッドに横になると、下腹部になにか器具を当てられた。
 超音波検査だった。
 「ああ、やっぱり少し肥大が見られますね」

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『前立腺の病気』(日本新薬株式会社発行のパンフレット)より

 前立腺肥大!
 ふだんケアマネとして高齢者の健康相談を受けていて、多くの男性が前立腺肥大にかかっているのを見てきた。
 白内障や難聴や物忘れと同じく、加齢が原因で起こる老人病のひとつという認識であった。
 まさか自分がなるとは!・・・・と一瞬思ったが、自分も還暦越え、なっても全然おかしくなかった。
 実際、固有名詞が出てこないのは日常茶飯事だし、暗くなると視力が効かないし、わけなく咽ることが多くなった。
 「お薬を出しておきますから、毎日飲んでください。これで万事OKです」
 と医師は言い、意味ありげな笑みを浮かべた。

 薬局で薬を受け取り、家に戻った。
 ネットで前立腺肥大について調べる。
 前立腺の良性腫瘍で命にかかわることはないとある。(悪性の場合が前立腺がんである)
 が、放っておくと尿閉になって自分の力で排尿できなくなり、その場合は手術が必要になる。
 早めの治療が大切なのである。
 それにしても、医師が最後に見せた“意味ありげな笑み”とセリフが気になる。
 「これで万事OK」
 あれはいったいどういう意味だろう?
 薬袋から薬を取り出す。
 タダラフィルという名前の小さな白い錠剤。
 説明には「前立腺肥大を改善する」とある。
 ネットで検索する。

タダラフィル(Tadalafil)は、長時間型のホスホジエステラーゼ5阻害剤であり、日本での適応は、勃起不全 (ED) 、肺動脈性肺高血圧症、前立腺肥大の排尿障害である。

勃起不全の症状がある場合、ペニスが勃起し、性行為が正常に行える。性的刺激があったときのみ勃起が起こる、勃起機能改善効果であって、催淫剤ではないので性欲を亢進させる働きはない。
(ウィキペディア「タダラフィル」より抜粋)

 なんとバイアグラと並ぶ勃起不全(Erectile Dysfunction)の治療薬だった!
 機序としては、「血管を拡張させ、血流量が増える」、つまり海綿体に流れ込む血液が増えるのでカタくなる、ということらしい。
 前立腺肥大の治療においては、尿道を広げ排尿をスムーズにすることに加え、骨盤内の血流をよくすることで症状を改善する効果がある。
 男性医師の“意味ありげな笑み”の理由が分かった。
 いや、先生、ソルティは別にそこに悩んでいたわけではないんだが・・・・。

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 服薬を開始して1ヶ月。
 効果はてきめんで、1回に出る尿の量が増えて、トイレの回数が減った。
 夜間含め3時間に1回はトイレに行っていたものが、日中4時間に1回くらいになり、夜間は行かなくても大丈夫になった。
 これで長時間の映画やコンサートも安心して鑑賞することができる。
 残尿感もなくなり、しぼり残しの露で下着を濡らすことが無くなった。
 (そろそろ男性用パッドが必要なのではと、松岡修造のCMを見ながら考えていた)
 また、そもそもの受診の原因だった尿の甘い匂いが気にならなくなった。
 一回の尿量が増えたことで、尿が薄くなったためではないかと思う。

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 もう一つのほうの効果のほどは・・・・・。
 言わぬがホトケ、止めておこう。

テントを張る空海
四国88札所第21番太龍寺の舎心ヶ嶽に建つ弘法大師像




● IT的安楽椅子探偵 本:『ロスト・ケア』(葉真中顕 著)

2015年光文社文庫

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 第16回日本ミステリー文学大賞の新人賞に輝いた社会派本格ミステリー。
 「はまなかあきら」と読む。

 「社会派」と言えるのは、高齢者介護問題がテーマになっているからである。
 高齢の親の介護を抱え、心身ともに行き詰った息子や娘たち。
 お金があれば、介護付きの有料老人ホームに入れて厄介払いする負担を軽減することができる。
 その余裕がなければ、介護保険を利用していろいろなサービスを導入して、なんとか回していくしかない。
 しかし、介護保険でできることには限界があり、利用者が払うのは1~3割相当分とはいえ、たくさんのサービスを使えば月々の費用は馬鹿にならない。

 たとえば、介護保険を使って入れる介護老人福祉施設(いわゆる特養)の場合、一番重い要介護5の人の施設サービス費は、1割負担で月々25,410円(多床室)まで抑えられる。
 しかし、これに居住費と食事代が必ず付く。一日当たり2,300円、月々70,000円は取られる。
 プラス理美容代や娯楽費などの日常生活貨約10,000円が加算される。
 結局、毎月10~12万円の入居費用がかかる。
 しかも、医療費は別である。
 年金がこの額を上回る親あるいは十分な貯蓄のある親ならばよいが、そうでなければ、負担は子供世代にかかる。
 低所得者層にとっては、死活問題である。
 かといって、働いている子供が、親と同居して介護するのはたいへんである。
 とりわけ、親が認知症を発症していて、常時の見守りが必要な場合、その苦労は並大抵ではない。
 介護保険サービスでは到底カバーできない。

 そういったケースにおいて、子供が親を、あるいは夫が妻を、虐待し殺害する事件が後を絶たない。いわゆる、介護殺人である。
 本作の真犯人は介護職の人間で、介護殺人すれすれの数多くの悲惨な現場を見ているがゆえに、「善意から」要介護高齢者を殺害していく。自然死に見せかけて。
 親が殺されたことを知らない息子や娘たちは、悲しみの一方で、内心「救われた」と思い、重い荷物を取り除かれて、新しい人生を始めていく。
 一人暮らしのある老女は、ホームレスにならないために、万引きを繰り返す。
 捕まって刑務所に入れば、三食出て、風呂にも入れて、病気も診てくれる。光熱費もかからない。見守りもあるから安心だ。
 刑務所を無料の老人ホームとして利用しているのである。
 犯人の真の動機=作者の狙いは、このような社会状況に一石を投じるためであった。
 社会派と冠される所以はここにある。

 一方、本格派である所以は、連続殺人事件があり、捜査官たちの推理があり、驚きのトリックが仕込まれているからである。
 とくに、統計学とコンピュータを駆使した推理は初めて接したが、興味深い。
 いわば、IT的安楽椅子探偵である。
 トリックについては、まんまと引っかかった。
 介護殺人というテーマがあまりに重く、またケアマネである自分にとって身近な問題でもあるので、トリックが仕掛けられている可能性を考える余裕がなかった。

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AS PhotograpyによるPixabayからの画像

 社会派ミステリーと本格ミステリーという、一見水と油のような二つのジャンルを見事に融合させた秀作である。
 同じ介護殺人を扱った久坂部洋著『介護士 K 』(角川書店)より、テーマが明確に打ち出されており、よくできている。




おすすめ度 :★★★

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● 入院関連機能障害 本:『いえに戻って最期まで。』(中澤まゆみ著)

2024年築地書館

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 高齢者介護施設で働いているときに、自宅から家族に付き添われて施設にやって来る、気の進まない表情の高齢者をずいぶん見た。
 「ここでしっかりリハビリしてね。また様子見に来るから」
 「頑張っておウチ帰ろうね」
 という息子や娘の言葉に渋々うなずいて、契約を済ませた彼らが暗証番号付きのエレベータで去っていく姿を恨めし気に見送っていた。
 しかるに、家族の期待や思惑もむなしく、施設入所でADL(日常生活動作)が改善して自宅復帰できる入所者は3割にも満たなかった。
 7割以上は、ADLが落ちていくか認知症が進んでいき、介護度が上がっていく。
 もはや、自宅に引き取って自分たちで面倒を見ようという家族は滅多いなかった。
 となると、いったん入所した高齢者が施設を出られるのは、肺炎や転倒を起こして救急車で入院するときか、他の介護施設に移るときか、あるいは、亡くなったときであった。

 介護施設にはリハビリ専門職である理学療法士(PT)が常駐して、入所者は週に2~3回はリハビリ専用フロアに行って、数十分のリハビリを受ける。
 だが、その程度では現状維持がいいところで、自宅に戻って人の手を借りずに生活できるようになるのは難しい。
 かといって、生活フロアでは看護師も介護職員も忙しすぎて、とても入所者一人一人のリハビリにまで手が回らない。
 入所者の中には、車椅子から立ち上がって、廊下の手すりの伝い歩きをしようとする前向きな人もいるが、それは転倒リスクが高いので、職員が付き添わない自主リハビリは基本禁じられていた。
 施設の入所者は、食事をつくる必要もなく、掃除や洗濯をする必要もなく、もちろん外出して運動や散歩や買い物をすることもない。
 日がな一日、ぼーっとフロアでテレビを観ているか、雑誌をめくっているか、居眠りしている。
 これでは、ADLや認知機能が低下しないほうがおかしい。
 「いったん施設に入ったら、片道切符なんだな」
 と思ったものである。
  
 これは病院もまったく同じ。
 たとえば、高齢者が肺炎や骨折で入院する。
 1~2週間も入院すると、心身機能は落ちていく。
 肺炎や骨折の治療はうまくいったのに、寝たきりにさせられたため、全身の筋力が落ちて歩けなくなったとか、認知機能が低下して妄想を口にするようになったとか、追加された睡眠剤の影響で覚醒が悪くなって転倒したとか、食欲が低下して栄養失調になったとか、入院前より健康が損なわれ、介護度が上がることはよくある。
 そうなるとやはり在宅復帰が危ぶまれ、病院側は家族に施設入所や転院をすすめる。
 こうした現象を、最近、入院関連機能障害と呼んでいる。

入院関連機能障害(Hospitalization-Associated Disability:HAD)
入院する原因となった病気(原疾患)を治すために、長期に渡って安静に横になっている(安静臥床)ことがきっかけで、日常生活のための機能が失われること。

 70歳以上の高齢者の入院において、その30〜40%になんらかの入院関連機能障害が見られたという報告もある。
 また、寝たきりによる身体機能や認知機能の低下だけでなく、エコノミークラス症候群――長時間同じ姿勢でいたことで手や足に血の塊ができ、それが急に体を動かしたことで肺に飛び、肺栓塞症を起こす――のリスクもある。
 命に別条のない火傷で入院した母親がエコノミークラス症候群を起こして、あっという間に亡くなった経緯が、井上理津子著『親を送る その日は必ずやってくる』(集英社)に描かれている。
 抵抗力や回復力の強い若い人はともかく、高齢者はなるべくなら入所・入院しない、あるいはできるだけ早く退所・退院して在宅復帰するに限る。

在宅復帰する爺さん
 本書は、『退院・在宅支援13人のプロに聞くその「叶え方」』という副題通り、介護・医療現場で働く下記の専門職13人に著者がインタビューし、高齢者が入院先から早めに自宅に戻ることの重要性やそのためのノウハウを聞きとったものである。その中の一人、在宅ケア移行支援研究所を主宰している宇都宮宏子が執筆協力している。
  •  退院支援のスペシャリスト
  •  訪問診療医
  •  医療ソーシャルワーカー(MSW)
  •  ケアマネジャー
  •  ホームヘルパー
  •  訪問看護師
  •  福祉用具専門相談員
  •  訪問リハビリの理学療法士(PT)
  •  訪問歯科医
  •  管理栄養士
  •  訪問薬剤師
  •  病院の退院支援看護師
 現在の医療・介護に携わる職種のバラエティ豊かさは、昭和の時代と隔世の感がある。
 ソルティが子供の頃(昭和40年代)は、入院できるほどの大きな病院で働いているのは、医師と看護と検査技師と付添婦くらいの認識であった。
 介護保険成立以前なので、ケアマネや福祉用具相談員などもちろんいなかった。
 これらの専門職がそれぞれの得意分野から一人一人の患者をアセスメントして、回復のための指導や治療やリハビリを行い、また相互に連携し、患者や家族をサポートしていくのが、いまの医療介護連携の真骨頂である。

 ここで重要なのはやはりケアマネジャーである。
 各専門職はその道のプロであるがゆえ視野が狭くなりがちで、患者の生活面より医療面を、心より体を、優先的に見る傾向がある。根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine)を提供することが求められる。
 患者本人や家族に寄り添いながら、患者の本音や生きがいや死生観や生活能力を探り出し、家族の意向や介助力や本人との関係性を推し量り、必要な社会資源を調整し、必要によっては医療従事者や行政の担当者に向かって本人や家族の思いを代弁し、本人のQOL(生活の質)向上をはかっていくのは、主としてケアマネの役目である。
 時には、「自宅で死にたい、看取りたい」と言う本人や家族の希望を優先するため、延命を至上価値とする医療の専門職を相手に踏ん張らなくてはならないこともある。
 ケアマネの立ち位置は、医療従事者や行政職員と、本人や家族との、中間より数メートル後者寄りにある。

 ソルティは現在、ケアマネの端くれ(ケアマネ真似)なのであるが、医療職(とくに医師)に言われると、ついつい日和ってしまいがち。
 子供のころから植え付けられた「お医者様信仰」は根強い。
 考えてみたら、自分より年下の、人生経験の浅いドクターが増えているのに・・・・。
 『ケアマネジャーはらはら日記』(フォレスト出版)の岸山真理子さんを見習わなければ。
 
 病や老いとともに生きること。医療が、背負わない、囲わない。起きていることや、医療者が抱えているつらさとか、心模様も発信していくことで、地域にいるさまざまな人が、目指したい姿に向かって、動き出す動機づけになるのです。



 
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