2023年アメリカ
75分
原題 Starring Jerry as Himself
「ジェリーが自らを演じています」
台湾出身のアメリカ人ジェリー・シューが、自らの身に起こった出来事を、自ら脚本化し、自ら演じた再現ドキュメンタリーである。
ロー・チェン監督にとっては、初の長編作品という。
最後にどんでん返しがあるので、ここで内容を書くのは反則かもしれない。
が、大方の日本人なら、ソルティ同様、映画の早い段階で真相に気づくと思うので、ネタばらしをします。(知りたくない人はここで読むのをお止めください)
ある日、かかってきた電話を取ると、あるいは留守録を再生すると、次のような自動音声が流れる。
「こちらは総務省(またはNTT)です。この電話回線は事情により2時間後に停止します。オペレーターと話される方は1番を押してください。または、×××番まで折り返しご連絡ください」
心当たりある人も少なくないと思う。
ソルティの職場の固定電話にも半年前くらいにかかってきた。
実家の固定電話には半月前にかかってきた。
もちろん、詐欺にちがいないと思い、無視した。
親にも「絶対に応答するな」と釘を刺した。
しかし、引っかかってしまう人はいるのである。
本作の主人公ジェリー(69歳、一人暮らし、離婚歴あり、無職、友人なし)がその一人。
まんまと引っかかってしまい、倹約に倹約を重ね生涯かけて作り上げた約100万ドル(約1億5千万円)の財産を根こそぎ奪われたのである。
まんまと引っかかってしまい、倹約に倹約を重ね生涯かけて作り上げた約100万ドル(約1億5千万円)の財産を根こそぎ奪われたのである。
本作はその一部始終を描いている。
人の心理を巧みに利用した詐欺グループの手口の狡猾にして芸術的なこと!
電話回線停止にあわてたジェリーが指定された番号をプッシュすると、まず、「あなたはマネーロンダリング(資金洗浄)の犯罪グループの容疑者になっている」と脅かし、公安にすぐ相談せよと携帯番号を伝える。
ジェリーが公安(もちろん詐欺グループの仲間である)に電話かけると、「このままだと中国に強制送還になるかもしれない」と脅かす。(なんと効果的な脅しだ!)
不安を煽った後に、救いの手を差し伸べる。「なんとか疑いを晴らせそうです」
ほっと一安心したジェリーが感謝の気持ちあふれているところで、すかさず、犯罪グループ逮捕への協力を依頼する。
ジェリーが了解すると、さまざまな指示を出す。
「あなたの利用している銀行が怪しいから、撮影して画像を送ってくれ」
「あなたの担当職員はグループの一味である可能性が高いから、尾行してくれ」
・・・・・等々。
・・・・・等々。
絶体に周囲には秘密にしてくださいという警告とともに。
公安に協力しスパイ活動しているというドキドキ感と栄誉に動かされて、言われるがまま動いて課題をクリアしていくジェリー。
やりとりを重ねていくうちに、公安への信頼は次第に深まっていく。
自分が重要人物として扱われることで自尊心は満たされる。
自分の日常生活に関心を示してくれる他者の存在が、独り身の淋しさを埋めてくれる。
自分の日常生活に関心を示してくれる他者の存在が、独り身の淋しさを埋めてくれる。
そして、公安に言われるがまま、自らの資産を指定口座に送金してしまう。
不審に思って問いただしてくる銀行員の姿が、もはや悪人にしか見えなくなっている。
奪われるものがなくなったところで、終焉はやってくる。
最後の送金を終えたあと、公安からの電話は途絶え、ジェリーからかけてもつながらない。
明日までに、息子が新しいマンションを購入するための頭金を用意しなければならないというのに。
息子に「出してやる」と約束したのに。
そして、破綻がやって来た。
ニュースなどでこうした詐欺に引っかかって大金を失った人の話を聞くと、
「なんでまた、そう簡単に、会ったこともない相手を信じたんだ?」
と思うけれど、誰にでも起こりうることなのである。
「なんでまた、そう簡単に、会ったこともない相手を信じたんだ?」
と思うけれど、誰にでも起こりうることなのである。
とくに、年を取って、物忘れが出てきたり、耳が遠くなったり、親しい人が亡くなって心細さが増したり、目の前でわけのわからないIT用語を振り回されたり、子供や孫の名前を持ち出されて脅かされたりすると、一種のパニックに陥ってしまう。
地域の高齢者の相談支援をしているソルティの回りでも、連日のように詐欺被害の話を聞く。
地元警察署からの注意喚起の連絡が頻繁に入る。
地元警察署からの注意喚起の連絡が頻繁に入る。
「今日は、×××地区で警官を装った詐欺電話が多発していますので、注意してください」 (ん? これほんとに警察からだよな・・・)
昨今、固定電話を廃止する高齢者が増えているのも無理ない。
昨今、固定電話を廃止する高齢者が増えているのも無理ない。
詐欺に遭って大金を奪われた話は、日本では漫画家の井出智香恵のケースが有名である。
井出は、俳優マーク・ラファロを騙る国際ロマンス詐欺に引っかかって、7500万円を奪われた。
青春を取り戻したいと願う中高年女性の孤独感や焦燥感を利用した、あくどい手口。
人の弱みや人の善意につけこんで荒稼ぎする者たちに天罰あれ!
ジェリーの場合も、井出の場合も、救いがあった。
両者ともこの苦い体験を生かして、映画や漫画を作り上げたのである。
井出の場合は、自らの体験を本にし、コミックにし、メディア出演し、自分のような被害者が増えないよう啓発活動を続けている。
平凡なエンジニアだったジェリーは、人生の最後に役者デビューし、主演男優賞をもらうなど一躍有名人になった。
転んでもただは起きない2人の強さが素晴らしい。
たしかに、「詐欺に遭ったせいで、私の人生は終わった」と言うのならば、奪われたのは財産だけでなく、人生であり、尊厳であり、命である。
詐欺師にそこまでの力を与えてはいけない。
立ち直りを可能にしたのが、家族の支えであったという点も両者共通している。
本作では、ジェリーの家族(元妻と3人の息子)も共演し、それぞれの本人役を演じている。
全財産をだましとられたジェリーが、失意から自ら命を絶ったりしないよう見守り、本人の若い頃の夢であった映画づくりをすすめ、全面的に協力したのである。
本作が、ただの犯罪ミステリーに終わらず、世界中で絶賛を博した理由はそこにある。
詐欺グループも家族の絆は奪えなかった。
ラストシーンでジェリーは、40年前にアメリカにやって来たとき同様、スーツケース2つきりで台湾に帰国する。
何も知らない故郷の人は、その姿を見て“尾羽打ち枯らして戻って来た”と言うかもしれない。
が、本作を観た人なら、「結局、ジェリーが失ったのは、手に入れたものにくらべれば、些細なものに過ぎない」という意見に同意してくれるだろう。
禍福はあざなえる縄の如し。
詐欺師はあざなえる縄に縛るべし。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
























