ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

老い・介護

● 小津監督の遺作 映画:『秋刀魚の味』(小津安二郎監督)

1962年松竹
113分、カラー

 「秋刀魚の味」というタイトルが示すのは「庶民の哀歓」といったほどの意味だろうか。
 作中、東野英次郎演じる元教師が元生徒たちにご馳走されて泣いてよろこぶ鱧(ハモ)は出てくるが、サンマは出てこない。

 かつて原節子が演じた年頃の未婚の娘を、21歳の岩下志麻が演じている。
 岩下の小津作品出演は『秋日和』(1960)が最初だが、そのときは端役であった。
 2作目にしてヒロイン抜擢。凛とした美しさと原節子にはなかった快活感が光っている。
 岩下にとっては世界的大監督との貴重な共演機会となったわけであるが、後年の岩下の演技派女優としての活躍ぶりを思うと、俳優を型にはめ込む小津演出では岩下の真価は発揮できなかったであろうし、岩下自身もそのうち飽き足らなく感じたであろう。
 本作で小津演出に嵌まり込んで上手くいったのは、志麻サマが新人女優だったゆえ。
 その意味でも貴重な邂逅と言える。
 
 一方、父親役の笠智衆はこのとき58歳。
 若い頃から老け役を演じてきたが、ついに実際の年齢が役に追いついた。
 年相応の哀感あふれる演技は年輪を感じさせる。
 やっぱり実際に歳をとらないと出てこない味や風格、老けメイクではどうにもならないものがあることをフィルムは証明している。
 本作の笠の演技は、数多い出演作の中でも高評価に値しよう。
 それにしても、昭和の58歳は令和の70歳くらいの感覚だ。

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笠智衆58歳

 中村伸郎、東野英治郎、杉村春子、高橋とよ、三宅邦子ら小津作品のお馴染みは、それぞれに手堅い演技のうちに個性が醸し出されて楽しい。
 岸田今日子が珍しい。小津作品はこれ一作のみではなかろうか。
 翌年の文学座脱退騒動で仲違いした杉村春子との数少ない最後の映画共演作ということになる。(出番は重ならないが)

 娘のような若い嫁をもらって夜毎に励み、友人の平山(笠智衆)から「不潔!」と非難されてしまう男を北竜二という役者が演じている。
 これまで注目したことのない役者であるが、渋くて端正で、いい味出している。
 しかし「不潔!」はあんまりじゃないか・・・・。

 『晩春』(1949)で確立された小津スタイルが踏襲され、妻を亡くした男と婚期の娘、あるいは家族を失って孤独になった老境の男、すなわち家族の崩壊や老いというテーマもこれまで通り。
 ただ、どうにも気になるのは、本作は『晩春』や『東京物語』などとくらべて全般暗い。
 話の暗さや照明の暗さではない。
 原節子が出ていないからでもない。
 零落した元教師を演じる東野英次郎の演技が、あまりに真に迫っているからでもない。
 画面全体を厭世観のようなものが覆っている感があるのだ。
 この暗さはなにゆえだろう? 
 同じ年の初めに、小津が最愛の母親を亡くしたせいだろうか。
 体調の異変で死を予感していたのだろうか。
 『晩春』や『東京物語』の時とは違って、小津監督はもはや自らが撮っている世界を信じていない、愛していない。
 そんな気配が濃厚なのである。
 その暗さの中で唯一光を放っていた娘(志麻サマ)が家を出ていって、小津作品は幕を閉じる。

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嫁ぐ娘を演じる岩下志麻




おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 本:『断薬記 私がうつ病の薬をやめた理由』(上原善広著)

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2020年新潮新書

 高齢者介護施設で働き始めたときにソルティが驚きあきれたことの一つは、入居者が日々飲んでいる薬の多さであった。
 毎食後10錠、一日20~30錠はあたりまえで、「こんなにいろんな薬をいっぺんに体に入れて大丈夫なのか?」と不審に思いながら服薬介助を行なっていた。
 介助拒否ある認知症の人に薬を飲んでもらうのは実にたいへんで、なだめすかしたり、機嫌がよくなるまで待ったり、甘味のついたゼリーに包めて口に運んだり、(推奨できないことではあるが)錠剤をつぶして食事に混ぜ込んだり、苦労したものである。

 介護施設にいる高齢者は複数の病気を持っている人がほとんどで、薬もそれぞれの病気や症状に対応したものが複数処方されている。それぞれの薬には多かれ少なかれ副作用があるので、副作用を抑えるための薬も処方される。そのうえに、多くの人に下剤がついている。
 大小さまざまのカラフルな薬が入った透明な袋がフロアの人数分、服薬ケースにびっしり収まっているのを見ると、「これだけの服薬介助を食事時間が終了するまでに、ひとつの誤薬も落薬もなくやらなくちゃいけないのか・・・」と毎回緊張したものである。
 それぞれの薬についての副作用はわかっていても、複数の異なった薬を併用することによる心身への影響はどうなのだろう?――そう思いながらも一介の介護職が医師や看護師に意見できるものではない。
 かくして、薬漬けの老人たちを作り出して製薬会社の売り上げに貢献していた。

 ソルティの知り合いでホスピスに入所している95歳のA子さんが、ちょっと前に危篤に近いところまでいった。
 数日間寝たきりで食欲もなく、意識が低迷し、看病していたスタッフから「もう危ないかもしれない」と連絡が入った。
 これが最後の機会になると思い、A子さんの好きなイチゴを買って会いに出かけた。
 やせ細って気力をすっかり失ったA子さんは会話するのも億劫らしく、こちらの問いかけに小さく頷くのがやっと。元気に好きな演歌を歌っていた頃の面影もない。
 それでもイチゴを見せると「食べたい」という仕草を示した。
 砂糖と牛乳をかけてスプーンですりつぶしたイチゴを口元に持っていくと、美味しそうに数口食べてくれた。
 (A子さん、さようなら)と心の中でつぶやいて、部屋をあとにした。
 数日後、様子を聞くため施設に電話を入れた。
 「あれから復活して、すっかり元気になってバリバリ歌ってますよ」とスタッフ。
 思わず、「ええっ! 死ななかったの!?」
 スタッフは笑いながら教えてくれた。
 「どうせもう最期だからって、飲んでいた薬をすべてストップしたら元気になっちゃったのよ」

薬の袋

 上原善広は2010年に双極性障害いわゆる躁うつ病と診断され、医師に言われるまま多量の薬を飲み始めた。
 が、執筆意欲の減退や記憶の欠落、勃起障害などの副作用に苦しめられたあげく、三度の自殺未遂を起こす。
 ここに至って薬の効果に疑問を持ち始め、減薬に挑み、断薬を目指す決心をする。
 すると今度は、断酒中のアルコール依存症患者やシャブ抜きする覚醒剤常用者が経験するのと同じような苦しい離脱症状(禁断症状)に見舞われる。
 すっかり向精神薬や睡眠薬の依存症になっていたのだ。
 減薬を提唱する専門医師の協力のもと、四国遍路したりSNSを止めたり草津温泉で湯治したり、「三歩進んで二歩下がる」試行錯誤をしながら完全な断薬に至るまでの経緯が、赤裸々に記されている。

 これはそのまま、上原個人の体験談として読むのが良かろう。
 向精神薬や睡眠薬のおかげで、なんとか日常生活が保たれている患者も少なくないであろうから、参考にはできても一般化することはできまい。
 上原自身も書いているとおり、薬の影響については個人差は無視できない。
 大切なのは、安易に薬に頼る薬信仰は捨てて、「自分の身は医師や薬が守ってくれるのではなく、基本的には自分自身で守っていくしかない」と自覚することなのだ。

 むしろソルティが興味深く読んだのは、本書に垣間見られる上原自身と周囲の人間(特に女性)との関係性である。 
 「ずいぶん周りを振り回す人だなあ」と思った。
 自殺未遂などその最たるもので、死ぬなら自分一人で静かに死んでいけばいいものを、わざわざ夜中に昔の女に電話して「これから死ぬ」と宣言してから連絡を絶ち、相手を不安にさせて巻き込むようなことをやっている。
 境界性パーソナリティ障害の事例を読んでいるような印象を受けた。
 『今日もあの子が机にいない』を読めば、上原が暴力的な家庭で育ったこと、被虐待児であったことは明らかである。精神的な安定を育むのは難しかったろう。
 子供の頃に親に振り回されたうっぷんを、大人になったいま、周囲を振り回すことで晴らしているかのように見える。
 あるいは、周囲がどこまで「こんな自分」についてきてくれるかで、自分に対する周囲の愛情を試しているかのように見える。
 上原自身もそこに気づいているのだろう。

 振り返れば、自分が薬を飲み始めた経緯と、取材した結果を照らし合わせてみると、やはり第一に、自分の性格と生き方、生活環境に問題があったのだと思わざるを得ない。

 「しんどい人生を背負ったなあ」と思いはするが、一方で彼の場合、その「しんどさ」がノンフィクション作家としてのメリット(売り)にも活力源にもなっているのは間違いない。
 読み手をぐいぐい引っ張る筆力はここでも健在であった。

 



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 老いらくの恋はよしなさい? オペラDVD :ドニゼッティ作曲『ドン・パスクワーレ』


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収録日 2002年2月13日
会場  カリアリ歌劇場(サルジニア島、イタリア)
管弦楽 同劇場管弦楽団
指揮  ジェラール・コルステン
演出  ステファノ・ヴィツィオーリ
キャスト
 ノリーナ :エヴァ・メイ(ソプラノ)
 ドン・パスクワーレ :アレッサンドロ・コルベッリ(バリトン)
 エルネスト :アントニーノ・シラグーザ(テノール)
 マラテスタ:ロベルト・デ・カンディア(バリトン)

 ガエタノ・ドニゼッティ(1797-1848)が作曲したオペラ・ブッファ(喜劇)の中で、『愛の妙薬』と並んでもっとも有名で音楽的評価の高い作品である。 
 が、『愛の妙薬』にくらべ上演される機会が少ない。
 その理由を推測するに、これが「高齢者虐待」の話だからではないかと思う。
 金持ちの老人ドン・パスクワーレを、甥っ子エルネストの婚約者ノリーナと、ノリーナの兄でパスクワーレの主治医であるマラテスタがつるんで罠にかけ、さんざんな目に合わせる話なのである。

 ノリーナときたら、パスクワーレと偽りの結婚をして彼の財産を浪費するわ(経済的虐待)、悪しざまにののしるわ(心理的虐待)、暴力を振るうわ(身体的虐待)とやりたい放題。
 劇の最後でノリーナによって高らかに歌われる“この話の教訓”は、「老いらくの恋はよしなさい。鐘を鳴らして退屈と苦悩を探しに行くようなもの。愚かなだけよ」というもの。
 主役であるにもかかわらず、パスクワーレは若者たちに「老いぼれ」と馬鹿にされ、右に左にいいように玩ばされ、なんとも哀れなのである。
 高齢世代の観客が多数を占める昨今の歌劇場で、到底あたたかく歓迎される作品ではない。
 しかも、パスクワーレ、まだ70歳に過ぎない。

 本作の初演は1843年。
 ヨーロッパの平均寿命は40歳くらいであった。
 その一番の理由は乳幼児の死亡率が高かったからであるが、戦前までの我が国同様、「人生50年」であった。
 当時70歳と言ったら文字通りの古稀(古来稀なる)、現代の感覚からすれば100歳越えと言った感じではなかろうか。
 そのお年寄りが何十歳も年下の花嫁をもらうことに決め、可愛がっていた甥エルネストを遺産相続から外して無一文で屋敷から追い出そうとしたのが、ことのきっかけであった。
 マラテスタとノリーナの兄妹は、エルネストを窮地から救い、ノリーナとの結婚を成就させるためにタッグを組んでパスクワーレを罠に嵌めたのである。

 当時の観客(当然40代以下がほとんどだったろう)からすれば、70歳の老いぼれが金に飽かして若く美しい嫁をもらおうとし、将来ある若者たちの恋路を邪魔するなんて、「厚顔無恥、失笑千万、言語道断」と思ったであろうし、兄妹の仕掛ける罠にはまってすっかり面目を失ったパスクワーレの惨めな姿に、「ほら見たことか」と快哉の叫びを上げもしただろう。

 時代は変わった。
 いまや70歳と言ったら青春真っただ中!――というのは言いすぎだけれど、競馬で言えば第3コーナーを回ったあたりではなかろうか。
 定年を迎え、待ちに待った年金生活に入り、これからが『人生の楽園』。
 実際、趣味に旅行にボランティアに野菜作りに蕎麦打ちに・・・・と自由な時間を気の合った仲間たちとエンジョイしている人は少なくない。
 人生何度目かの恋をして結婚する人だって珍しくなかろう。
 恋やエロこそ最高の若返りの秘薬、老いらくの恋の何が悪い!
 そう言えば、そんな元気なシルバーたちが登場し、あざやかな“どんでん返し”が話題を呼んだミステリーがあったっけ。

葉桜の季節に君を思う


 そういうわけで、このオペラは現代の風潮からも人権感覚からも高齢者のQOL(人生の質)という観点からも、観客の不興を買う恐れがあり、上演が忌避される傾向にあるのかもしれない。
 つまり、ポリコレ(Political Correctness)失格である。
 真偽のほどは分からぬが、そう考えるのでもなければ、これほど素晴らしい音楽が詰まっているオペラがなかなか上演されない理由が検討つかないのである。
 
 『愛の妙薬』に勝るとも劣らない、美しくロマンティックで親しみやすいアリアがソプラノにもテノールにも用意され、イタリア語の語感を存分に生かしたロッシーニ風のスピード感ある重唱や合唱も楽しく、聴きどころが多い。
 ドニゼッティには珍しく、すっきりとして無駄のない筋の運びは、オペラ初心者にも勧められること請け合い。
 なにより、滑稽や悲嘆や憐れみや優しさや優美やコケットリーなど、さまざまな感情や表情を色彩豊かに表現するオーケストレーションは、贅沢の極み。
 職人ドニゼッティが晩年に達した域の高さがうかがえる。
 (ただし、ストーリーの他愛無さとご都合主義はイタリン・ブッフォそのものである)
 
 出演者では、ノリーナ役のエヴァ・メイが素晴らしい。
 華やかで色っぽく意志の強そうなルックスは、ノリーナにぴったり。
 その声は美しく豊潤で伸びがあって、コロラトゥーラ技術も文句ない。
 タイトルロール(主役)のアレッサンドロ・コルベッリは、どこかで見た覚えがあると思ったら、チェチリア・バルトリの代表作『チェネンレトラ』のDVD(1996年DECCA)で従者ダンディーニを歌っていたバリトンであった。
 役者として決して華があるとは言えないけれど、歌唱技術は比類ない。弾丸のような早口言葉を見せてくれる。
 マラテスタ役のロベルト・デ・カンディアは喜劇センスに優れ、音楽に合った体の動きや表情が見ていて楽しい。
 エルネスト役のアントニーノ・シラグーザの輝かしく明るい伸びやかな声は、ディ・ステファノやパヴァロッティの衣鉢を継ぐ正統イタリアンテノール。第3幕のセレナータ『4月の風はなんて甘美なんだろう!』は、まさに甘美さにうっとりさせられる。
 このライブ公演は記録に残して大正解だった。 

 『ドン・パスクワーレ』を発表した時のドニゼッティは46歳、その4年後に亡くなった。
 梅毒が原因だったという。
 「老いらくの恋はよしなさい」は、後悔を込めた自戒だったのか・・・・。

ドニゼッティ
ドニゼッティ




● 床下45センチ CBT初体験(福祉住環境コーディネーター検定試験2級)

 先日、上記の資格試験を受けた。

 もともと昨年12月初旬の試験を受ける心積もりで秋口から勉強を開始したが、結局12月の試験は受けなかった。
 というのも、コロナ禍で密を避けるべく、受験者の多い2級と3級の試験はこれまでの会場一斉試験ではなくなって、自宅や会社など各自のパソコンを利用したインターネット方式の試験= IBT(Internet Based Test)になってしまったからである。
 受験者数が少なく筆記が課せられる高難度の1級のみ、これまで通りの会場方式で実施される。
 ――ということに気づいたのは、受験申込みしようと主催者である東京商工会議所のホームページを確認した11月中旬であった。 

 ソルティ宅のインターネット環境はいま一つ信用が置けない。ここを試験会場にするのは不安大である。
 しかも、主催者からはいくつかの条件が課せられている。
  • 推奨するブラウザはGoogle Chrome最新版 (⇒ソルティはInternet Explorerを使用)
  • 上り下りともに2Mps以上の速度 (⇒意味がわからん。上り下り? 隅田川?)
  • 待機開始から試験終了までの間、カメラに他の人が映り込まない、かつ、マイクに他の人の声が入らないように間隔や空間を確保すること (⇒隣の部屋で80代の父親が観ている時代劇の音声が絶対入る)
  • カメラで試験中の映像(受験者の上半身、身分証明書、背景映像など)を録画し、マイクで音声を録音することから、他者のプライバシーを侵害する可能性がある物などが録画、録音されないようにすること (⇒受験生自身のプライバシーはどうなの?) e.t.c.
 なんだかメンドクサイのである。
 カンニング防止のための処置であることは重々承知しているけれど、試験中の自分の姿や周囲の物音が録音・録画されるというのは気分よろしくない。
 また、昭和アナログ人間であるソルティにしてみれば、パソコンを使ったインターネット方式の試験というのもなんだか怖い。
 (キー操作を誤って、試験途中で“全回答削除”とかやってしまいそう)
 (モニターに映し出される細かい問題文を読むのに骨が折れそう)
 (途中でデータが重すぎてフリーズしたり、シャットダウンしたりするかも)
 (試験途中に家人がヘアドライヤーを使って“ヒューズが飛んだら”どうしよう←昭和)

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 「受けるのよそうかなあ」と思っていたら、救いの手があった。
 「IBT への移行に伴う経過措置として、使用機器や受験環境等のご用意が困難な方を対象に、2021年度~2023 年度に限りCBT を実施」とあった。
 CBT(Computer Based Testing)とは、IBTと同じようにパソコンを使う試験ではあるものの、テストセンターと呼ばれる試験会場に受験者が赴いて、そこに用意されたパソコンを使って試験を受ける方式である。(インターネットにはつながってはいないと思うが、よくわからん)
 必要な機器はテストセンターに揃っているので身ひとつ(と身分証明証)で会場入りすれば良いのでラクである。
 全国47都道府県の300以上あるテストセンターから好きな会場を選ぶことができる。(テストセンターに指定されているのは、おおむね各地にある民間のパソコン教室のようだ)
 受験日時もまた、指定された期間(約3週間)から自分の都合の良い日と時間帯を選べる。
 これなら受けられそうだ。

 福祉住環境コーディネーター2級のCBTは、令和4年の1/24~2/14であった。
 というわけで、当初昨年12月に受けるつもりだったものが、この2月初めに延びたのである。
 資格取得よりも勉強すること自体が目的だったので、なんの影響もなかったけれど、さすがに気持ち的にはダレた。

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昔なつかしペーパー試験

 仕事が休みの平日の午前11時スタートの時間帯を選んで、自宅から一番近いテストセンターを予約した。
 10分ほど電車に揺られた駅の近くにあるパソコン教室である。
 当日、開始20分前に会場に着いて中に入ると、さして広くないスペースにパーティ―ションで区切られた個人用ブースが20個くらいあって、ブース内にはパソコンの乗った机と椅子と荷物置きだけがあった。
 すでに10時スタート組や10時半スタート組が各々のブースの中でモニターに向かい問題に取り組んでいて、緊張した空気が漂っている。
 ソルティも試験官(たぶんパソコン教室の先生?)に空いているブースを案内され、運転免許証で本人確認を行い、渡された注意書きを読んだ。
 トイレをお借りした。 
 本番前に、実際にパソコンを使ったシミュレーションがあった。
 「次の問いへの進み方」とか「前の問いへの戻り方」とか「残り時間の確認方法」とか「回答欄の表示方法」とか、表示されているボタンをクリックするだけの容易な操作で、銀行のATM操作ができれば問題ないくらいの簡単さ。
 モニターに表示される文字も大きくて、読みやすい。
 これならなんとかなる!

 スタートボタンをクリック、本番に突入した。(クリックした瞬間からコンピューターが自動的に時間を計測するので、一斉スタートの必要がない。早く着いて用意が整った人から順次開始できる)
 過去のペーパー試験では約70問に対し制限時間120分だったが、今回は計70問に対し90分。
 試験時間が30分短くなった。
 が、問題自体はかなり易しくなっていたので時間的には十分余裕があった。
 たとえば、ペーパー試験では選択肢に上げられた4つのかなり長い文章から「適切なものを一つ選べ」あるいは「不適切なものを一つ選べ」という形式が多く、文章を読むのも大変なら正解を選ぶのも難しかった。
 が、今回は提示された一つの文章について「〇×」を問う形式が多かった。いわゆる一問一答式。
 問題自体も、介護保険制度や福祉用具に関する基本を問うもの、過去問に出てきたものが多かった。 
 制限時間の半分(45分)で第70問まで回答し終え、15分間見直して、終了ボタンをクリックした。

 吃驚したのはここからである。
 クリックしたとたん、画面が変わり、すぐに結果が表示された。
 91点という点数と、その上に赤い文字で合格とあった。(合格ラインは70点以上)
 IBTだかCBTだかBCGだか知らないが、これぞパソコン試験ならではの凄さ!
 テスト終了後わずか0.5秒で結果が判明し、合否がわかる。
 画面の下に表示されている「印刷」というボタンをクリックしたら、試験官のいる席のあたりからプリントアウトされる音がした。
 試験官がブースまで結果用紙を運んでくる。
 「お疲れまでした。これで終了です」

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 合否をドキドキしながら数日待つことに慣れている昭和アナログ人間としては、なんかあまりにあっけなく勿体ぶらない幕切れに、せっかくの合格の喜びも3割くらい減少した。
 一方、このやり方で不合格を目にした場合、ものすごいガクッと来そう。
 思わずモニターにパンチしてしまいそう? 

 ちなみに、2級の合格率は2020年度までのペーパー試験においては平均40%くらいであった。回によっては13%という難関の時もあった。
 IBT/CBT方式になった2021年度は、85%を超えている。
 倍以上の合格率だ。(ちなみにソルティは2020年度までの過去問は平均78点だった)
 これもコロナのおかげ。
 受けるなら今だ!

 合否はともかく、3~4ヶ月勉強したおかげで福祉用具や住宅改修に関する知識がそこそこ身についたので、要介護高齢者に説明する際の自信の足しにはなった。
 たとえば、建築基準法では一階の床面は直下の地面から最低45㎝上げなければならないとか、半世紀以上この国に生きていて知らなかった。(湿気を防ぐためです)

縁側







 

● マカロニ・ファンタジー 本:『ランベルト男爵は二度生きる』(ジャンニ・ロダーリ著)

1980年原著刊行
2012年一藝社発行(原田和夫/訳)

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 副題は「サン・ジュリオ島の奇想天外な物語」
 大人のための童話といった感じ。
 著者はイタリアの児童文学・ファンタジー文学作家で、本作上梓後59歳で亡くなった。

 湖の孤島に忠実な執事と暮らす世界的大富豪ランベルト男爵。
 90歳を超えたある日、エジプト旅行で出会った男から若返りの秘術を授かる。
 屋敷に戻って早速試してみると、あら不思議!
 男爵は日ごとに若返り、健康と青春を取り戻していく。
 ところが、好事魔多し。
 男爵の財産を狙った悪党一味がサン・ジュリオ島を占拠し、男爵を人質にとるのであった。
 
 ブラッド・ピット主演の『ベンジャミン・バトン』(2008)同様の趣向だが、恋愛色はなく、ユーモラスなドタバタ犯罪劇。
 ほんの1時間あれば読める、肩の凝らない楽しい一冊である。
 「解説」に訳者の原作愛を感じた。

 なぜにこの本を手に取った?
 老いの加速度を感じる今日この頃だから・・・。

 ソルティはかたソルティはかたソルティはかたソルティ・・・・ 




おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 本:『共同研究 団塊の世代とは何か』(御厨貴ほか著)

2008年講談社

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 14人の有識者による多角的視点からの団塊の世代論。
 14人の構成は、社会学者、経済学者、政治学者、作家、新聞社コラムニスト、トヨタの会長、イベントプロデューサー、元官僚等々で、年齢は30~60代、うち6人が団塊の世代当事者(1947~1950年生まれ)である。
 これら多彩な論者によって、団塊の世代の特徴や歴史的位置づけ、政治・経済・文化における志向や影響、定年後の方向性などが語られる。
 御厨(みくりや)の前書きによると、本書のもとになったのは財務省が各方面の有識者を集めて開催した団塊の世代をテーマとする勉強会だという。
 そこでの毎回の議論の盛り上がりが、本という形に結実したのである。

 団塊の世代について語ると良くも悪くも盛り上がる。
 そこにまず、この世代の特徴があるのだろう。
 つまり、日本で世代論が成り立つほとんど最後の世代なのではなかろうか。
 それは600万とも700万とも言われる突出した世代人口の多さによるばかりでなく、一つの世代がある程度共通した価値観や生活様式を保ちながら生きてこられた最後の世代、という意味において。
 団塊の世代以降の世代、たとえばソルティが属する新人類世代(1960年代生まれ)ともなれば、価値観の多様化(つまりオタク化)や個人主義(連帯を嫌う心性)はもう明らかで、共通基盤はもろく、世代を統合し得る神(シンボル)もない。
 わかりやすい話、70年代までのNHK紅白歌合戦であれば、お茶の間でテレビを観ている一家は、出場歌手の顔と名前、その持ち歌をあらかた知っていた。
 80年代以降は知っての通り、「どういう基準で選んでいるのかわからない」というラインナップが定着した。日本人の音楽嗜好は多様化し、お茶の間も消失した。
 職業に関しても、年功序列×護送船団方式で一つの職場に生涯居続けるのを当たり前とする感覚は、団塊の世代が最後であろう。
 新人類世代以降は、「最初に就職した職場に生涯居続けられるなんてラッキーだ(あるいは奇特な人)」くらいの感覚であろう。
 ある時期に生まれた一つの世代を、共通のキーワードや概念でくくるのが難しくなったのである。

 また、本書の書き手の顔触れを見てすぐに気づくのは、14人のうち女性がたった1名(残間里江子)しかいないという点である。
 ここにもまた団塊の世代の特徴、というか限界が透けて見える。
 つまり、男尊女卑の日本社会から数々の恩恵を受け、そこから抜けきれなかった最後の男たちの世代ということである。
 もちろん、新人類世代以降だって男尊女卑の男たちはたくさんいる。
 が、雇用機会均等法(1986年)や男女共同参画社会基本法(1999年)の施行、あるいはフェミニズムの興隆やジェンダーフリー教育の登場、セクハラやパワハラに対する社会的制裁などがあって、「女性差別にご用心!」ってことは、多かれ少なかれ新人類以降の世代の男たちには意識づけられている。
 公平であるべき行政の主宰する会合のメンバーが男ばかりという状況に、「これ、大丈夫かな?」と思うくらいの意識はある(と思う)。
 「団塊の世代とは何か」を議論する会合に、世代の半数を占める女性の声を伝える代表者がたった1名っていうのは、どう考えてもいびつだろう。

 以下、興味深く思った発言を引用する。

 要するに、団塊の世代というのは、戦争を経験した若い人たちの子供であるということです。命がけで、ある価値観を共有させられていた父親世代が、ちょうどエディプス・コンプレックスの対象として、対立的な世代として上に乗っかっている、それが団塊の世代だ、と言うことができるでしょう。
(作家・平野啓一郎の発言)

 では、なぜ団塊の世代に民主党支持や無党派が多いのか。
 理由をいろいろ考えるとすれば、先ほど述べたような学生時代までの精神形成期に得た経験や感覚――その後、挫折したり体制順応の中でしまい込んできたようなもの――が、どこかに生き続けているということではないでしょうか。
 つまり、学生時代に体制変革を求めた気持ちからして、自民党は支持したくないという気持ちがいまも強いのですが、さりとてもはや現実を知らぬ訳ではないし、野党にも裏切られてきたから、おいそれと野党も支持できない。簡単に言えば、そんなところでしょうか。
(朝日新聞社コラムニスト・若宮啓文の発言)

 団塊の世代の特徴
1 ホームルーム民主主義(多数決信奉)
2 楽観的である
3 人口圧力の恐怖にさらされてきた(老化人口圧力へと続いている)
4 「世界復帰」への渇望をもつ(国連信奉)
5 教養主義(本が好き、説教が好き)
6 なにかと回想したがる
(作家・関川夏央の発言)

 団塊の世代の家族の特徴を一言で言うならば、前の世代に比べると「豊かでない家族の中で育ち、豊かな家族生活にあこがれ、それを作りだしたが、子へのバトンタッチに失敗した世代」だと言うことができると思います。
(中央大学教授・山田昌弘の発言)

 恋愛に関する統計を見てわかることは、団塊の世代は「鏡を見なければ、今も青春」と思っているようだということです。つまり、いまもバリバリ現役だと思っているということです。

 なぜ母親(ソルティ注:団塊の女性たち)が(娘の)結婚に対して否定的なのかと言えば、自分は結婚したくない、あるいはもっと何かやりたかったのに世の中が結婚という道筋しか作ってくれなかったという怨念があるからです。自分の結婚と出産・育児に対して誇りを持っている人、すばらしいことだと自信を持っている人が、団塊の女たちには非常に少ない。多くの人が、仕方なく結婚し、子供を持ったのだと思います。

 団塊の世代は、まだ見ぬ自分に対する投資と、健康に対する投資は惜しまない、ということです。
 とにかく子供の世話にはなりたくない、と思っています。まあ、本当はなりたいようですが、なりたくないと言ってしまった以上はポックリ死にたいという願望を持っている。そのため、心身ともに現役でいるために、健康コストはそうとう費やします。ジムにも行くし、健康のためなら死んでもよいという人たちがいるくらいです。
(イベントプロデューサー・残間里江子の発言)

 最後に、団塊の世代の政治家を上げる。

 菅義偉、甘利明、舛添要一、川崎二郎、鳩山由紀夫、鈴木宗男、西村眞悟、中村喜四郎・・・

 う~ん、微妙・・・・



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 脱力系老後 本:『定年後7年目のリアル』(勢古浩爾著)

2014年草思社文庫

 著者は1947年生まれのエッセイスト。団塊の世代である。
 本著は『定年後のリアル』(2009年)の続編とのことだが、前著は読んでいない。
 34年間洋書の輸入会社で働き60歳で定年を迎えた著者による、ありのままの身辺雑記&モノローグといった内容。


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 なんでこの本を購入した(ブックオフで)かと言えば、ソルティが高齢者の介護に関わって、そこでは徐々に団塊の世代(1947~50年生まれ)の要介護者が増えてきているからである。

 介護の仕事を始めた約10年前は、大正から昭和ヒト桁生まれの利用者が多かった。
 いわゆる戦前・戦中派である。
 歌レクで言えば、童謡をのぞけば、藤山一郎『青い山脈』、霧島昇『旅の夜風』、美空ひばり『悲しき口笛』、高峰三枝子『湖畔の宿』、並木路子『リンゴの唄』あたりが定番であった。
 もちろん、介護保険サービスが利用できる65歳以上の昭和フタ桁世代、あるいは65歳未満でも特定の疾病(認知症、パーキンソン病、関節リウマチ、脳梗塞など16種類が指定されている)を持っているがゆえに介護保険適用となる人たちもいるにはいたが、その数は少なく、並みいる先輩方に混じってフロアの片隅で小さくなっていた。

 10年経って、いまや団塊の世代の先陣は2022年に75歳、後期高齢者になる。
 要介護の人たちも当然増えて、大正生まれと入れ替わるように、介護サービスの主要な顧客となってきている。
 ソルティは介護施設の現場を離れてしまったが、歌レクもそろそろ『神田川』(1973年)、『なごり雪』(1975年)、『22才の別れ』(1975年)などフォークソングや、タイガースなどのグループサウンズを中心にレパートリーを変えていかなければならないだろう。

 そんなわけで、利用者のことをある程度知っておいたほうが仕事に役立つだろうと思って、団塊の世代のことを学ぼうと思った次第である。

 この世代に対しては、世間一般の最大公約数的イメージしか持っていない。
  • とにかく数が多い。ゆえに競争心が強い。
  • 議論好きで権利意識、政治意識が高い。
  • 学園紛争、全共闘の思い出を心の底で反芻している。
  • ヒッピー文化やロック文化など反体制的な志向も強い。
  • 戦争を知らず高度経済成長の恩恵をフルに受けているので、基本的に前向きで楽天的である。
  • 女性はウーマンリブやフェミニズムの影響で自立心が強い。
  • 吉本隆明、埴谷雄高、手塚治虫、吉田拓郎(あるいは井上陽水か矢沢永吉)、吉永小百合あたりが神様。
 もちろん、こういった世代観はマスメディアが作り上げた紋切り型のレッテルであり、実際には生まれや育ちや性格や人生経験によってひとりひとり違うのが当然で、十把一からげにするのはよろしくない。
 対人支援はあくまで対象者の個別性を尊重するのが原則である。
 本書の著者に団塊の世代を代表させることはできないし、団塊の世代の特徴を著者一人によって語ることもできまい。
 そのあたりを踏まえて読んでみた。

 よくある老い方指南本を期待していると、肩透かしを食らう。
 十年一日変わり映えのしない著者の平穏な日常がたらたらと書き綴られているだけで、定年後の生き方を模索する他の人が読んでも、とり立てて役立つことが書かれているとは思えない。
 読者に対して、「こういうふうに老後を生きる(老いる)べきだ」「こういうふうに考えると楽になるぜ」といった建設的な提言があるわけではなく、著者のポジティブな思考や姿勢が行間からあふれていて読者を力づける――こともなさそうだ。 
 その意味で、たとえばベストセラーになった森村誠一『老いる意味、うつ、勇気、夢』や、上野千鶴子『おひとりさま』シリーズ、曽野綾子の一連の老い方指南本とは逆座標にある。
 これらの著者の本は、どうしたって“社会的にも経済的にも成功した有名人による(上から目線の)老い方指南”と受け取らざるをえないからだ。
 一方、本書は、金もなく人脈もなく、これといった「生きがい」も野心も持たない一人の平凡な60後半の男の日常がたんたんとリアルに描かれるのみで、「こんなふうになんにも持たない、毎日テレビばかり見てなんにもしない人間でも、じんわり幸福を感じながら生きているぜ」という内容。
 脱力系老後とでも言おうか。
 
 本書の読者は、圧倒的に同世代の男であろう。(活字好きも団塊の世代の特徴の一つ、というか最後の“活字文化崇拝”世代だろう)
 続編が望まれるほどには著者の本がそこそこ出ているのは、テレビ朝日『人生の楽園』に描き出されるような「理想の老後」的なものにうんざりして(あるいは絵空事と感じて)、著者の脱力系老後の実況中継にホッとする人がいるからではなかろうか。
 誰しも『人生の楽園』の主人公になれるわけではないよな~。



おすすめ度 :★★

★★★★★
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● 福祉住環境コーディネーター試験に向けて

 高齢者や障害者の介護を考えるにあたって欠かせないものに、福祉用具と住宅改修がある。

 福祉用具は、よく知られている車いすや杖や補聴器にはじまって、装具・義肢、歩行器、手すり、スロープ、介護ベッド、ポータブルトイレ、入浴用のいす、認知症老人徘徊感知器など、ごまんとある。
 「福祉用具法」(1993年制定)では、「老人または心身障害者の日常生活上の便宜を図るための用具、およびこれらの者の機能訓練のための用具並びに補装具」と定義されている。
 介護保険を使って、お手頃価格でレンタルや購入できるものも多い。

 住宅改修は、階段や廊下に手すりをつける、扉を開き戸から引き戸に替える、段差を解消する、滑りにくい床材に替える、便器を和式から洋式に取り換えるなど、当事者がより安全で快適な生活が送れるように住宅の一部を改修工事する。
 介護保険では20万円までの補助が出る(一人原則一回限り)。

 介護の仕事をしていると、当事者や家族から福祉用具や住宅改修について相談を受けることが多い。
 また、こちらから本人のADL(日常生活動作)や家屋の様子をみて適切なアドバイスを与えられなければ、とても「プロってる」とは言えまい。
 たとえば、
  • 膝や腰が悪くて低い位置から立ち上がるのが難しい人に、高さの調節できる介護ベッドや、通常(ケロヨンタイプ)より高さのある入浴用のいすをすすめる。
  • 歩行がおぼつかなくて転倒しやすい人に、家の要所に手すりの設置、段差解消のためのスロープや踏み台の設置をすすめる。
  • 夜間、介助者なしにトイレまで行くのが難しい人に、ベッドの脇におけるポータブルトイレの購入をすすめる。
といった具合に。

ポータブルトイレ
ソルティが足の骨折時に使っていたポータブルトイレ

 しかし、専門業者や理学療法士ならいざ知らず、ソルティが保有している介護福祉士とか介護支援専門員(ケアマネ)では、資格取得の過程において福祉用具や住宅改修に関する具体的な知識や技術を学ぶ機会は少ない。
 車いすの扱い、装具のつけ方、ポータブルトイレ設置の要不要の判断など、介護施設の現場において見よう見まねで覚えていったことも多いけれど、住宅改修などはほぼ未知の世界である。
 当事者や家族に相談されてもその場では答えられず、「業者の人に確認してみます」、「リハビリの先生(理学療法士)に聞いてみてください」などと答えざるを得ないこともしばしば・・・。

 そのへん情けなさを感じていたところ、「福祉住環境コーディネーター」という資格があることを知った。
 高齢者や障害者に住みやすい住環境を提案するアドバイザーを養成することを目的に、東京商工会議所が検定試験(1~3級)を実施している。
 福祉用具と住宅改修について体系的に一から学ぶことができる。
「よし、これを受けてみよう!」

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 いまのところ、この資格を持っていなければできないことは特にない(ケアマネの資格で包括できる)ので、資格を取ることが目的ではないけれど、受験料を払って期限を設けないとなかなか学習する気にならないのが、長年身についた悲しい受験生体質である。
 12月の2級検定試験を目指して、公式テキストなるものを購読、現在は過去問をやっている。
 ちょっとでも、利用者へのアドバイスに自信がつけば御の字。
 
 学習意欲を高めるためというわけではないが、先日、以前から気になっていた埼玉県さいたま市にある介護すまいる館に足を運んでみた。
 JR京浜東北線・与野駅西口から歩いて10分、福祉関連の事業所が集まっている「彩の国すこやかプラザ」の1階にある。

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与野駅西口

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彩の国すこやかプラザ

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介護すまいる館入口
福祉用具の情報提供・相談・展示・販売を行っている
埼玉県社会福祉協議会が運営


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食事に使われる福祉用具

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ずらっと並ぶ車いす(試乗もできる)

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介護ベッドや手すりのコーナー

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男性のソレを直接さしこむタイプのオムツ

 ソルティが介護施設で働いていた時に目にしたもの、手にしたもの、扱ったものが多く、その福祉用具と共にそれを使っていた利用者の顔や体の一部(!)が浮かんできて、懐かしい思いにかられた。
 一方、初めて見る福祉用具も多く、医療や工学の進歩とともに新しくより快適に使える福祉用具が、次々と生まれていることを実感した。
 とくに、今後現場での活用が期待されている介護ロボットのコーナーが一角に設けてあるのを見て、「介護スタッフの重労働が少しでも軽減され、肩や腰の痛みで仕事を辞めなくても済むようになればなあ~」と、離職経験者の一人として思った。
 現在50代のソルティが介護を必要とする頃には、イケメン介護ロボットまもる君のケアが期待できるかしらん?

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与野駅の近くの洋食店でランチ

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昼から優雅で贅沢でしょ(運動しなければ!)

 

● シルバー・プロレタリアたち 本:『メーター検針員テゲテゲ日記』(川島徹著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 「テゲテゲ」とは鹿児島弁で「適当に」という意味で、「テゲテゲやらんな」(=あまり一生懸命やらなくてもいいんじゃない?)というふうに使うそうだ。
 著者は1950年鹿児島生まれ。巨大企業Q電力(←九州電力しかないじゃん)の下請け検針サービス会社にメーター検針員として勤務。勤続10年にして解雇される。

 検針員は、巨大Q電力や巨大T電力の正社員や派遣社員ではないにしても、少なくとも下請け会社の社員だと思っていたら、一人一人が年間契約による業務委託員。つまり、厚生年金も社会保険も労災も適用されない個人事業主なのだという。“一国一城の主”と言えば聞こえはいいが、ソープランドで働く女性たちとその不安定な立場は変わらない。実入りに関して言えば、一件40円で一日せいぜい250件(日給1万円)の検針員は、到底ソープランド嬢に敵わない。同じく針を扱う商売にしても。(←バブル親父ギャク炸裂!)

 酷暑の日も、風雨の激しい日も、雪や火山灰舞い散る日も(鹿児島ならでは!)、バイクにまたがり、ハンディ(検針用の小型携帯コンピュータ)片手に家々を訪問し、一般に目立たぬところにある電気メーターを探し、見づらい数値を読みとり、犬に噛まれハチに刺され、家人に不審の目を向けられ、やれ「植木鉢を倒した」だのやれ「洗濯物を汚した」だのやれ「挨拶もなく無断侵入した」だのと苦情を上に持ち込まれ、誤検針を年に10件もやるとクビになる。
 テゲテゲ働きたくてもなかなかそうはいかない10年間の苦労が描き出されている。
 この業界の内幕はまったく知らなかったので、非常に興味深くかつ楽しく読んだ。
 作家を目指して年収850万の外資系企業を40半ばで辞めたという著者の文章は、なかなかユーモラスで、情景が浮かぶような筆致が冴えている。

検針員
 
 ソルティもむろん子供の頃から時たま家を訪れる検針員の姿は目にしていた。アパートで一人暮らししている時も、仕事から帰るとポストの中にスーパーのレシートのような「電気ご使用量のお知らせ」が入っていて、「今日検針が来たんだなあ」と知った。
 しかるに、一昨年実家に戻ってからは検針員の姿を一度も見ていない。「電気ご使用量のお知らせ」の白い紙も見ていない。
 本書を読んでそのことにハタと気づいた。
 検針員さんはどこに行ったの?

 あと数年で電気メーターの検針の仕事はなくなってしまう。
 スマートメーターという新しい電気メーターの導入で、検針は無線化され、電気の使用量は30分置きに電力会社に送信されるからだ。

 すでに多くの家庭はスマートメーターに切り替わっているという。
 すぐさま実家の電気メーターを確認したら、アパートにあったものとは見かけが違っている。
 その名の通りスマートで、ITチックになっている。

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スマートメーター

アナログ電気メーター
かつての電気メーター
透明な容器がキカイダーを思わせる

 明治時代の街灯はガス燈であった。点消方(てんしょうかた)という専門職が、点灯や消灯、部品交換などのメンテナンスを行っていた。点灯夫とも言った。
 その姿は街灯が電気に切り替わるとともに街から消えていった。
 あるいは、ソルティが子供の頃、家のトイレは汲み取り式だった。便器の下にある便槽に溜まった糞尿を、定期的に業者が汲み取りに来た。先に野球ボールをはめ込んだ緑色の長いホースを大蛇のようにくねらせて、作業服に長靴を身に着けた男が門から侵入して便所のある家の裏手に回る。大蛇が飲み込んだ家人の糞尿は、ホースをたどって、車体に付いた大きな緑色のタンクの中に吸い込まれていく。 
 水洗トイレになって、その姿も消えた。
 それと同じように、ITの導入がメーター検針員を日本から消していく。
 本書が、失われた職業の証言になる日も近い。

 この三五館シンシャ、フォレスト出版による3K仕事シリーズを、『ケアマネジャーはらはら日記』の著者である岸山真理子氏がプロレタリア文学と評したのに、ソルティは膝を打った。
 いみじくも本書の「まえがき」で著者の川島徹はこう記している。

 低賃金で過酷で、法律すら守ってくれない仕事がどこにでも存在しつづけ、そこで働く人たちも存在しつづける。
 ただ、そうした仕事をしている人たちも、自分の生活を築きながら、社会の役に立ち、そして生きていることを楽しみたいと思っているのである。過酷な仕事の中にも、ささやかな楽しみを見つけようとしているのである。それが働くということであり、生きるということではないだろうか。

 
 本シリーズの著者の多くは、どちらかと言えば高学歴で、かつては“恵まれた”労働環境で高給をもらっていた人である。理由は各人それぞれだが、自らそういった環境を離れて、きびしい生活に入り込んでいった。
 それを「落ちぶれた」とか「人生を誤った」とか「若気の至り」と言うのは当たらないと思う。
 本シリーズで表現される庶民の哀歓と人生の機微を、Q電力やT電力のような大企業に守られている社員たちは、決して知ることがないだろう。 
 本シリーズをシルバー・プロレタリア文学と称したいゆえんである。




おすすめ度 :★★★★

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● 本:『非正規介護職員ヨボヨボ日記』(真山剛著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 この介護職員編こそは、ソルティが実態を良く知る、共感の高い一編である。
 ここに書かれていることのほとんどは、五十歳近くなってからヘルパー2級を取得し高齢者施設の介護職員となったソルティも、現場で体験し、感じ、戸惑い、考えたことであった。
 1960年生まれの著者の場合、56歳から介護の世界に足を踏み入れたというから、慣れるまでは心身共に、ソルティ以上にきつい日々であったことだろう。

 年下の同僚になめられ叱られ、職場のお局様のご機嫌を伺い、仕事がなかなか覚えられず何もできない自分に苛立ち、利用者からの罵倒や暴力に耐え、認知症患者の突拍子もない言動に振り回され、利用者家族の理不尽な要求に辟易し、利用者と会話する暇さえない寸刻みの業務に追われ、腰や肩の故障におびえ、夜勤で狂った体内時計に頭が朦朧とし、転倒事故や誤薬や物品破壊の始末書をため込み、安月給に甘んじ・・・・。
 こうやってエッセイを書けるまで余裕ができたことを祝福したい。

 ――と書くと、「いいことなんか一つもないじゃん」と思われそうだけど、それでも介護職を続けることができるのは、著者が「あとがき」でも書いているように、「人と関わること」の面白さなのだろう。
 それも、家族やパートナーのように“深く長く”関わるのではなく、施設という閉鎖空間で、利用者が死ぬまであるいは退所するまでの短期間だけ、“濃く短く”関わるところにポイントがある。
 通常の人間関係なら長いつきあいののちに初めて見せてくれるようなありのままの姿を、死期の近い老人たちは年若い介護職員たちにさらけ出してくれる。
 人間の良い面も醜い面もすべて――。
 それを役得と感じられるような人が、介護職を続けられるのだと思う。

 心身の故障で現場を退いてしまったソルティであるが、たまにあの修羅場のような、コールが鳴り響くフロアを懐かしく思うことがある。
 数秒で正確にオムツを当てる神業のようなテクニックが、今やすっかり錆びついているのを、もったいなく思う。
 認知症の人たちとの不思議なコミュニケーション空間を貴重なものに思う。 
 それにあの頃はいくら食べても太らなかった。
 


おすすめ度 :★★★

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● 一粒で二度おいしい 本:『ケアマネジャーはらはら日記』(岸山真理子著)

2021年フォレスト出版

 『交通誘導員ヨレヨレ日記』、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』に続く「3K仕事、内幕暴露日記シリーズ」の3作目。
 今回の3Kは「きつい、気骨が折れる、空回り」か。

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 一読、非常に面白かった。
 むろん、ケアマネジャー(介護支援相談員)は介護畑で働くソルティにとって関係の深い職種だからではあるが、それを抜きにしても、読み始めたら止められないスリル満点の展開が待っていた。
 まさにタイトル通り“はらはら”した。
 著者の岸山はケアマネ歴20年のベテランとあるが、物書きとしての才もなかなかのものではなかろうか。

 ケアマネは介護保険のキーパーソンと言える存在である。
 介護保険サービスを使っている人のすべてに、必ず一人の担当ケアマネがついている。
 ケアマネは、利用者の心身の状態や生活環境、経済状態などを見て、介護の必要度を判断し、利用者や家族の希望をもとにケアプランを立てる。
 そのケアプランにしたがって、訪問ヘルパーやデイサービス、歩行器・車椅子などの福祉用具、介護施設の利用といったサービスが提供される。
 良いプランであれば、利用者の健康に資するものとなり、介護サービスを使いながらその人らしい自立した生活を送ることができる。
 悪いプランであれば、利用者の心身の状態は悪化し、ますます介護度が重くなって、死期を早めてしまいかねない。
 「老いと死の最前線」にいるケアマネは、利用者の命や健康の手綱を握っている。

 本書の前半では、岸山がケアマネになるまでの半生と、これまでに担当者として関わった高齢者たちのエピソードが語られる。
 20~30代は非正規の単純労働の職を転々としていて、40過ぎてから正規雇用の介護職に就き、47歳からケアマネとなった岸山のふらふら半生が面白い。(ソルティとよく似ていて共感大)
 ケアマネは彼女にとって天職だったのだろう。
 以後はケアマネ一筋で、たくさんの利用者と出会い、ひとりひとりの生活を支えてきた。
 68歳になる今も現役である。

 いっさいの介護サービスを拒む人、ケアマネにこれまでの人生で積りに積もった怒りをぶつける人、老々介護の危うさ、認知症の親に振り回され消耗する子供たち、ゴミ屋敷の住人、80代の親が認知症で50代の子供が精神障害の8050家族、介護給付費を抑えたい行政との不毛なやりとり、一人暮らしの親の介護に関わることを拒絶し「死ぬまでは一切連絡するな」という子供たち・・・・。
 いまの日本社会の縮図がここにある。
 超高齢化と少子化、家族の崩壊、地縁の消滅、個人主義、親世代から子世代・孫世代への貧困の連鎖、不安定な雇用、精神障害者の増加、定年後の生きがいの喪失・・・・。

 ケアマネは、利用者の墜落を恐れる。墜落しないようにあらゆる施策をとり、どこかに不時着させなければならない。
 しかし、墜落しないまでも、いつ墜落するかわからない低空飛行がどこまでもどこまでも続く場合が多い。ケアマネの迷いながら、戸惑いながらの日々も、利用者の飛行とともにどこまでも続いていく。

イカルスの失墜
マルク・シャガール「イカルスの失墜」


 岸山が出会った様々な利用者のエピソードはたしかに興味深く、考えさせられること多く、家族ドラマ・人間ドラマとしても、日本社会を映すドキュメントとしても、とても読み出がある。
 また、ひとりひとりの利用者に親身に寄り添い、彼らに代わって行政や大家と喧嘩し、休日返上で駆けずり回る岸山の熱心な仕事ぶりにも感心する。
 しかし、まあこれは想定内である。
 本書の何よりの面白さは、後半以降の岸山自身に起こった“すったもんだ”の一部始終にある。
 
 岸山は地域包括支援センターという、各地域にある高齢者の総合相談窓口の代表者として長年働いてきたが、定年になって延長希望叶わず、追い出されてしまう。
 その後、別の地域の同じ包括支援センターに採用されるも、職場内のコミュニケーションがうまく行かず、思うように経験や実力を発揮できず、つまらないミスを重ね、しまいには村八分のような目にあって辞職を余儀なくされる。
 本書前半における岸山のイメージ――利用者思いで、相談能力に長け、フットワーク軽く、さまざまな社会資源を熟知した海千山千のベテランケアマネ――が、ここに来てガタガタと崩れていく。
 この落差がすごいのだ。

 その秘密はおそらく、岸山が注意欠陥・多動症(ADHD)と軽度の学習障害を持っていることにあるらしい。(本人も自覚している)
 グザヴィエ・ドラン監督の映画『Mommy/マミー』(2014)はADHDの少年の話であるが、この障害は次のような症状が特徴と言われる。
  • 簡単に気をそらされる、細部をミスする、物事を忘れる
  • ひとつの作業に集中し続けるのが難しい
  • その作業が楽しくないと、数分後にはすぐに退屈になる
  • じっと座っていることができない
  • 絶え間なく喋り続ける
  • 黙ってじっとし続けられない
  • 結論なしに喋りつづける
  • 他の人を遮って喋る
  • 自分の話す順番を待つことが出来ない
 (以上、ウィキペディア『注意欠陥・多動性障害』より抜粋)
 
 思うに、おそらく岸山自身がまったく気がつかないところで、周囲の同僚たちや仕事関係者、もしかしたら利用者たちも、岸山の言動を奇異に感じたり、困惑したり、ストレスを感じたりということがあったのかもしれない。
 本書の記述だけ読むと、岸山が周囲の冷たい人間たちからいじめを受けた被害者のように見えるけれど、周囲にはそれなりの言い分があるのだろう。

 と言って、もちろん、ADHDの人はケアマネになるべきでない、管理職に就くべきではない、なんてことではまったくない。
 ADHDや学習障害はその人の個性であり、当人が困ってない限りは無理に治す必要もなく、病気に関する周囲の理解と寛容な心があれば、生き生きと仕事をすることは可能であろう。
 つまり、岸山の場合、どうもその環境に恵まれなかったのではないかと思うのだ。
 今働いている居宅介護事業所「雀」において、ようやく安住の地を見つけたらしいことが最後に語られている。(居宅介護事業所とはケアマネの巣である)

 10年間働いた地域包括支援センターで定年延長してもらえなかったのも、次に就職したセンターを追い出されたのも、私の弱点によりパフォーマンスが悪いせいだった。
 しかし、「雀」では同僚たちに導かれ、助けられながらも仕事は滞らず、なんとか回っている。
 あらためて注意欠陥・多動症への対策は環境が決め手であることを痛感した。
 「雀」では誰も私を責めない。叱らない。蔑まない。

 本書は、ケアマネジャーという3K仕事の内幕や我が国の介護現場の現実について読者に伝えてくれるとともに、ADHDという障害を抱えて生きる人の苦労やものの見方・感じ方を教えてくれる。
 一粒で二度おいしいような本である。


道頓堀



おすすめ度 :★★★★

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● 加藤嘉の名演 映画:『ふるさと』(神山征二郎監督)

1983年
106分

 日本が誇る名優中の名優、加藤嘉主演の一本。
 モスクワ国際映画祭の最優秀主演男優賞を受賞している。
 監督は『郡上一揆』、『草の乱』、『ハチ公物語』の神山征二郎。
 丁寧で誠実な作り、鮮やかな野外ロケは上記の作品群と変わらない。

 本作の一つのテーマは老いである。
 加藤嘉演じる伝三が呆けていって、妻の死も理解できず、息子や嫁も認識できなくなって“壊れていく”姿がリアリティもって描かれる。
 加藤嘉の演技は、認知症高齢者の介護を7年間やっていたソルティから見ても非の打ちどころがない。
 モスクワ映画祭の審査員たちは、実際の認知症老人をキャスティングしたと勘違いしたそうな・・・。
 『砂の器』と共に伝えられるべき加藤嘉の名演であろう。

 呆け老人を抱えた家族が抱える苦労を、息子役の長門裕之と嫁役の樫山文枝が息の合った演技で見せている。
 樹木希林、前田吟、石立鉄男などが脇を固めて抜かりない。

 今一つのテーマは失われていくふるさと、日本人の原風景である。
 伝三一家の住む岐阜県揖斐郡徳山村は、まもなくダム建設のため湖底に沈む運命にある。
 600戸の住人たちは生まれ育った村を離れて、下流にある町に移住しなければならない。
 村人たちが故郷で過ごす最後の夏が描かれている。
 この物語は、実際に徳山村で小学校教師をしていた平方浩介の『じいと山のコボたち』を映画化したもので、現地ロケなのである。
 その意味で、かつての村人たちにとっては“ふるさと”の貴重な記録映像と言える。
(2008年に徳山ダムは完成した)

 一時代前の日本を知る男の老いと死、そして美しく豊かな郷土の消滅。
 二つの喪失の物語が重奏する。
 時はバブル直前であった。

 認知症患者が増えたのは、もちろん日本人が長生きするようになったからではある。
 男の平均寿命は、1950年には約60歳だったものが、70年に約70歳、90年に約76歳、2010年に約80歳となった。
 しかし、高齢化だけでなくて、生活環境の変化も大きな原因の一つであろう。

 日本の風景は、戦後、特に70年代以降、劇的に変貌した。
 兎追いしかの山も、小鮒釣りしかの川もあらかた姿を消した。
 また、何千年と変わらなかった日本人の生活様式も、昭和の終わりあたりから加速度的に変化していった。
 50年前までなら同じ一家の祖父母と孫とは多くの文化を共有できたが、令和の現在では完全に別の文化を生きている。
 世代から世代への文化継承も、いまや役に立たないものになりつつある。
 老人たちは、環境のあまりに速い変化に脳や気持ちがついていけず、現実を否認してしまうのである。
 
 本作では、伝三と小学生の孫の千太郎とは、揖斐川の秘境でのアマゴ釣りという遊びを共有し、釣りの名人と謳われた伝三から千太郎に釣りのコツが伝授される。
 それによって伝三の呆けは和らいでいく。 
 いまではどうだろう?
 孫がなにより教えてほしいのはコンピュータゲームの攻略の仕方か、より有益なスマホの使い方なのではないか。

 そう言えば以前、富士山に最も近い山である三ツ峠(1785m)に登った時、山頂の雄大壮麗たる富士山を前に、父親と一緒に来た小学生くらいの男児がゲームウォッチに熱中してまったく風景に無関心なのを見て、驚いたことがある。
「おい、富士山だぞ、見ろよ!」
 という父親の促しもものかは、まるで自分の部屋にいるかのような男児の姿に、さすがの富士山も蒼ざめていた。

 
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主演の加藤嘉と孫役の浅井晋 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● 夏の快適アイテム1 いぐさ草履

 いぐさ草履を知ったのは、かれこれ四半世紀も前のこと。
 当時住んでいた仙台の街に『ぐりん・ぴいす』というお店があった。
 自然食品店&雑貨店&出版社&市民活動の拠点というユニークな店だった。
 そこで働いていたスタッフからすすめられたのだ。
「とっても気持ちいいし、歩くたびに草履おもてが足の裏を“ぺったん、ぺったん”叩くから、ツボが刺激されて脳にも健康にもきっといいよ~」
 もちろん天然いぐさを使用、鼻緒はビロード仕立てであった。

 夏のつっかけと言えば、子どもの頃からゴム製ビーチサンダルと相場が決まっていたソルティにしてみれば、決して安くない買い物ではあったけれど、複数のスタッフが口を揃えて履き心地の良さを力説するものだから、試してみる気になった。
 なにより、真新しいいぐさの香りがすがすがしかった。
 それ以来、毎年梅雨が明けると新しいいぐさ草履を買って、ひと夏で履きつぶすのが恒例となった。

 十数年前に東京に帰ってきてからは、近くに扱っているお店がなくて、ふたたびビーチサンダルに戻った。
 あるいは、合成樹脂でできていて爪先から甲の部分まで覆われていて、そこに穴がたくさん空いている、いわゆる「クロックス」サンダル。
 いつの間にか定番になっているが、日本で流行り出したのは2007年からという。
 「あんなヤンキーが履くような、合成着色料でコーティングされたアンパンみたいな靴なんて履けるか!」
 と最初は拒否っていたけれど、なんの拍子か試してみたら、軽くてやわらかく、路面の衝撃を吸収してくれる。
 足指が自由に動かせるので解放感がある。
 バンドの位置によってスリッパ風につっかけにもなるし、かかとに引っかけて簡単に脱げないように固定もできる。
 一昨年、左足のかかとの骨を折った際、ギプスが外れたあとしばらくは足が浮腫んで靴が履けなかった。
 そのときは本当に「クロックス」が役に立った。

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 しかるに・・・・。
 年をとると体質は変わるもので、ソルティは四十を過ぎてから花粉症とゴムアレルギーになってしまった。
 ゴムアレルギーは四十後半になって介護の仕事を始めたときに顕在化した。
 一日の仕事が終わると、なぜか両手の指の第一関節が赤くなって痛痒い。
 入居者からダニでもうつされたのかと思って、施設の看護師に診てもらった。
 「ソルティさん、それ多分グローブのせいだと思うよ」
 グローブ? 手袋?
 天然ゴムを含んだラテックス製の介護用手袋のせいだったのである。
 むろん、グローブを使わないで介護の仕事はできない。
 チーフに訳を話して、ラテックスを含まないタイプのグローブも購入してもらった。
 それを使うと症状は出なくなった。
 
 ゴムNGの身体になってしまった。
 当然、ビーチサンダルはもう履けない。
 滑り止めに使うゴムの指サックも使えない。
 ポリウレタン製でないコンドームを使うと・・・・・悲惨なことになる
 「クロックス」サンダルに天然ゴムは使われていないようだが、素足で履き続けていると、やはり足の甲が赤痒くなってくる。
 天然ゴムだけでなく、ある種のプラスチック素材もNGのようだ。
 また、バナナやアボガドやキウイにはラテックスに類似した構造物が含まれていて、ゴムアレルギーのある人がそれらのフルーツを食べるとアナフィラキシーショック(コロナワクチン接種でおなじみの用語となりましたね)を起こすリスクがあるらしい。
 できるだけ避けた方がいいのかもしれない。
 
 そんなこんなで、ここに来て懐かしの仙台の友・いぐさ草履に白羽の矢が立ったのである。
 近所の靴店をいくつか回ったが置いてなかった。
 ネットで探して取り寄せた。
 
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 綿+ナイロン製の鼻緒の硬さが取れて足指に馴染むまでちょっと時間を要したが、数回履くとジャストフィットした。
 ゴムやプラスチックでは到底感じられない足当たりの心地良さ。
 昭和生まれの日本人ならではの“畳の上で死ねる”安心感。
 汗を吸い取ってくれるので、べたつき感がまったくない。
 そして、歩くたびに交互に足の裏が叩かれる気持ち良さと「ぺったん、ぺったん」という響きの面白さ。
 歩くのが楽しくなる!

 しかも、今回思わぬ利点に気づいた。
 左右の足で「ぺったん」の大きさと響きが違う!
 つまり、左と右とで歩き方(地面への足の付き方、筋肉の使い方、地面の蹴り方)が違っていた。
 骨折から回復して一応普通に歩けるようになってはいたのだが、ケガをした左足の使い方が元のようには(右足と同じようには)戻っていない=変に癖がついてしまっている、ことに気づかされたのである。
 足首全体を覆う普通のシューズだと気づかなかったものが、草履だと足の裏の使い方が実によくわかるのだ。
 自分の場合、左足を地面に付ける時も地面を蹴る時も親指側にしっかり力が入っておらず、小指側に重心をかけて歩いていた。
 だから、長時間歩くといまだに左足の外側の腱に痛みが生じていたのだ。
 その理屈が手に取るように理解できた。

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 左右とも同じ「ぺったん」が出るように意識して歩くことで、自然と正しい歩き方、筋肉の使い方の訓練になる。
 なんといぐさ草履って素晴らしいのだろう!
 気持ちいいうえにリハビリにも役立つとは。
 
 この夏は「ぺったん、ぺったん」だ!
 




● 本:『介護ヘルパーは見た』(藤原るか著)

2012年幻冬舎新書

 市原悦子主演『家政婦は見た!』ばりの家庭内ドロドロミステリーではなく、実際の介護ヘルパーすなわち介護保険の訪問介護員によるリアルな体験記である。
 副題は「世にも奇妙な爆笑!老後の事例集」。

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 著者は東京の某訪問介護事業所に所属する、この道20年以上の現役ヘルパー。
 1000人を超える要介護高齢者と出会ってきた。
 在宅ヘルパーの労働条件の向上を目指し公の場で発言したり、掃除・洗濯・買い物などの生活援助を介護保険から外そうと目論む厚生労働省に抗議の足を運ぶなど、現場と政策を結びつける活動もしている。
 「るか」という名前は、イエス・キリストの生涯を記した『ルカによる福音書』から取られたそうで、著者自身クリスチャンである。
 本書ではそうした出自を匂わすようなスピリチュアルな話は控えられているが、著者の奉仕精神の源に宗教的なバックグラウンドがあるのは間違いなかろう。
 認知症高齢者など個性豊かな利用者とのエピソードが楽しい。
 
 本書が出版されたのは2012年。
 その時点で著者は、上記の“生活援助外し”や“訪問ヘルパーの滞在時間の短縮”などを企む国の方針に対し怒りの声を上げている。
 10年近くが経ったいま、介護保険制度の改正(改悪?)はさらに進み、生活援助こそ制度から外されてはいないものの、比較的介護度の低い要支援者の「訪問介護」と「通所介護」については、もはや国の管轄にはなく、区市町村で行う事業へと移行している(2015年~)。
 区市町村の限られた予算で実施しなければならないわけで、地域格差やサービスの質の低下が問題視されている。
 国はどうやら要介護者の「訪問介護」と「通所介護」についても同様の方針でいるらしい。
 つまり、ホームヘルプとデイサービスを介護保険から外してしまおう、という魂胆である。

 また、介護保険サービスを利用するためにはケアプランを作成する介護支援専門員(いわゆるケアマネ)のいる事業所とマネジメント契約をする必要があるが、現在自己負担なしで利用できるケアマネジメントが今後有料化する気配もある。
 明らかに介護保険の利用者を減らしたいのだ。

 むろんこれは、高齢化が進むにつれ膨らむ一方の介護給付費(令和2年度3兆 3,838 億円)を抑制したいという大義名分からなのではあるが、どうなんだろう?
 公的な介護保険サービスでまかなえないところが、たとえばNPOや企業など地域の民間サービスで同等の価格で代替できるのならよいが、そうでないと結局、要介護者の家族にしわ寄せがくる。(家族の世話を“しわ寄せ”と言ってはいけないが・・・)
 高齢者の一人世帯や核家族世帯が増えている日本では、親の介護のために離職せざるを得ない、いわゆる「介護離職」につながる。
 すでに家族の介護・看護が理由で離職する者は年間約10万人という。
 40~60代の働き盛りの人が社会の一線から退くことは、少なくない経済的損失を招き、日本経済の減速を招く。
 つまり、負のループ=悪循環にはまり込んでしまう。

 介護や医療のサービスは、もはや電気や水道やガスや道路と同様のインフラなんだと思う。
 命や健康や生活の質に直結する分野の予算を削るよりも、もっと先に削減してもいいところがたくさんあるはずだ。

車椅子とステレス機
安倍政権がアメリカから購入した最新鋭ステルス戦闘機・F35
1機116億円を147機(1兆7052億円)爆買い




おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損




● 本:『老いる意味 うつ、勇気、夢』(森村誠一著)

2021年中公新書ラクレ

 森村誠一と言えば、映画にもなった『人間の証明』や『野性の証明』、太平洋戦争時の731部隊の戦慄すべき人体実験の様を暴いたノンフィクション『悪魔の飽食』などのベストセラーで一世を風靡した作家である。
 ソルティも十代の頃、上記の映画を観て人並みに感動したし、大学生のときに『悪魔の飽食』を読んで衝撃を受けたものである。
 だが、作家としての森村誠一が好きかと言えば、残念ながら、肌に合わない作家の一人であった。
 いくつかの小説には手をつけてみたが、途中挫折した。
 
 一番の原因は、この作家、基本マッチョイズムなんである。
 高倉健の娘役でデビューした薬師丸ひろ子が一躍スター入りを果たした『野性の証明』なんか、主題歌からしてもろマッチョであった。
 男はだれもみな孤独な戦士――である。
 どうあがいてもマッチョになれない軟弱なソルティは、こういうドラマに接するとかつてはコンプレックスを抱きがちだった。
 登場する男たちの思考や言動をよく理解できなかったし(なんですぐ暴言を吐き暴力を振るうんだろう?)、主人公であるヒーローの生き方にも共感できなかった。
 ハードボイルドはソルティの鬼門であった。
 横溝正史や松本清張は読めても、森村誠一は読めなかった。

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 どうして本書を手に取ったかと言えば、80歳を過ぎた森村誠一が鬱病を発症し、それを告白しているという触れ込みを広告に見たからである。
 森村誠一と鬱病・・・。
 いや、マッチョだって鬱になる権利はある。
 しかし、鬱病になったことをカミングアウトするのは、マッチョにはなかなかできないところであろう。
 しかも、森村誠一は1933年(昭和8年)生まれ。
 石原慎太郎しかり、この世代の日本の男は他人に“弱さ”を見せることを極端に嫌う。
 実際、本書あとがきによると、「先生の作品には強いヒーローが登場しますが、病気もする、人生に苦悩する人間・森村誠一の老い方の本を作りませんか」という編集者の依頼に対し、森村は、

 読者に夢を与える作家は、弱い一面を見せてはいけない」と一度は断った。

――そうである。
 今の若い人にはなかなか理解できない思考回路であろう。
 世界トップランクのテニスプレイヤーである大坂なおみが最近鬱病を告白して話題になったけれど、それによって「夢が壊れた」、「大坂には失望した」なんて思うテニスファンがいるだろうか?
 むしろ、あんなに強いフィジカルとメンタルを持っているアスリートでさえ、名声もお金も恋人も手に入れたスーパースターでさえ鬱病になるんだと、一般庶民の多くはどこかホッとして、かえって大坂に共感を覚え、より応援していきたいと思ったのではなかろうか。(ソルティはそうである)
 「だって、彼女は女じゃないか!」だって?
 それこそマッチョイズム特有のジェンダーバイアスである。

 令和の現在、鬱病であることは恥でも敗北でもない。
 それを告白することは「弱さの証明」ではない。
 いや、弱くったって別にいいじゃないか!
 こんな複雑で目まぐるしく、人間関係ややこしく、大自然との絆も断たれ、自己肯定しづらい時代に、一生鬱病にならないでいられる人のほうが、むしろ珍しいのではないか?
 鈍感すぎるのではないか?
 鬱病こそ、「人間(らしさ)の証明」である。

 昭和時代、鬱病のスティグマは強かった。
 うかつに患者に近寄れば感染してしまう業病のように、鬱病は忌み嫌われた。
 苦悩の大きさの度合いで感受性と天才性を顕示できる芸術家は別として、大の男が鬱を告白することは社会的な死にも等しかった。
 男は黙って「〇大ハム」(ん? なんか違う?)
 昭和ヒトケタの森村にとって、この告白は、それこそ“清水の舞台から飛び降りる”思いだったはずである。
 マッチョからの転落。
 下手すると長年のファンを失望させ、逃げられてしまうかも・・・。
 それゆえ、鬱病になってそこから生還した森村がどう変化したのか、今回思い切ってカミングアウトしたことでなにか心境の変化はあったのか、そのあたりに興味を持ったのである。

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 その日の朝はいつもと違った。 
 今日も充実した時間を過ごせるだろうと思っていた早朝、いつものようにベランダに出て、爽やかな空気を吸いながら身体を動かそうとしたとき、違和感を覚えた。
 前日までとはまったく違ったように、朝がどんよりと濁っていたのである。

 最初のうちは気のせいだとも思った。
 しかし、仕事部屋で原稿用紙に向かったときに愕然とした。
 原稿を書き進めていこうとすると、これまで書いてきた文章とはまったく違う雑然とした文体になっていたのである。
 言葉が、文章が、汚れきっていたのである。

 病院に診断結果を聞きに行って、わかった。
 老人性うつ病という暗い暗いトンネルに入ってしまっていたのである。

 本書によれば、2015年から3年近く“暗いトンネル”の中にいたようである。
 ちなみに、「老人性うつ病」と言うのは正式な病名ではない。
 単に65歳以上の人がかかる鬱病を便宜的にそう呼ぶだけであって、症状や治療法に65歳未満の鬱病と大きな違いがあるわけではない。
 認知症と間違われやすい、不眠や食欲不振や疲労感など身体症状として表れやすいといったあたりが「老人性」の特徴と言われている。

 森村は、「極端な多忙による疲労によって、そうなった」と自己診断している。
 たしかに人気作家だけに執筆や講演に追われる日々を送っていたのだろう。
 が、鬱病の原因は「よくわからない」というのが今の医学の見解である。
 (ソルティが15年くらい前に鬱を患ったときも、「ある日突然、予兆もなく、自転車を漕ぐのがしんどくなった」という気づきから始まった)

 森村は、体力・気力・集中力の低下、物忘れがひどくなる、食欲不振と体重減少、興味・関心の薄れ、社会からの疎外感、喉の違和感、便秘・・・など、鬱病一般の症状に苦しめられたことを記している。
 とくに、「言葉が出てこない」ことに非常に焦りと恐怖を感じたようで、手元にあった雑紙に頭に浮かび上がる単語をひたすら書きつけていったことが写真付きで語られている。
 言葉を武器とする小説家という職業ならではであろう。
 おそらく本書に書いてあるのはほんの触りで、もっとしんどい症状や簡単には口にできないエピソードがあったのではなかろうか?
 同じ高齢男性の鬱病と引きこもりからの生還を描いた『あなたを自殺させない 命の相談所「蜘蛛の糸」佐藤久男の闘い』(中村智志著、新潮社)に比べると、遠慮がちなものを感じる。
 
 3年たって無事、鬱病を“克服”した森村は、執筆生活に戻ることができた。
 その後はいっそう充実した老いを生きるべく、意気軒昂である。

 たとえ老いても、「人間枯れたらおしまいだ」という執念が必要になる。
 「自分は絶対枯れない」という意志を強固にして、そのための生き方を考える。
 人間は歳を重ねても、欲望を持ち続けていれば、艶がなくならない。
 生涯現役で生きていこうと考えるなら、欲望はビタミンと同じように絶対に必要なものになる。
 
 高齢化社会では、寂しさに耐える覚悟が求められ、自分の死に対しては責任を持たなければならない。それがなければ、無責任な孤立死につながっていく。
 
 仕事はやめても、臨戦態勢のままいることが大切になる。
 「生きていく緊張感」を失ってはいけないということだ。
 生きていく緊張感を失うというのは、人生を放棄したことを意味する。そうなってしまえば、老いるのが早くなる。

 あいかわらずのマッチョぶり。
 鬱を“克服”したことが、さらなる自信につながったかのようだ。(ソルティは、鬱は一度取りつかれたらトンネルを抜けることはあっても生涯付き合っていかざるを得ない背後霊のようなもので、“克服”され得ないと思っている)
 自身の小説に登場するヒーロー同様、死ぬまで戦士でいる心づもり満々。

 「三つ子の魂百まで」なので、そこは無理もないし、人の自由である。
 なによりもその堅忍不抜な精神によって作家として成功したのであるから、生き方を変える必要はさらさらない。
 これからも充実した執筆活動を続けていただきたいと思う。 
 ただ、鬱を患いそれを告白したことによって、もうちょっとマッチョイズムからの退却が見られるかと思ったのだが、その点は肩透かしだった。
 わずかに、あとがきで次のような文章があるのが目を惹いた。

 人間老いれば、病気もするし、悩み苦しむ。老いれば他人にも迷惑をかけることもある。他人に助けてもらわないといけないことだらけだ。それが老いというものなのである。 

作家バリバリ


 それにしても、森村誠一に限らず、五木寛之や上野千鶴子曽野綾子キケロ―など、いろいろな作家が老いについて指南しているのをこれまで読んできたが、正直どれも、非常に参考になったとは言い難い。
 なぜというからに、みんな社会的成功者ばかりで、金も人脈も発言力もある人たちだからである。
 ソルティ含む一介の庶民とは立場的にかけ離れたところにいる。
 とくに老後資金のある無しは大きい。
 貧乏で、無名で、交友関係もさして広くなく、平凡な人生を送ってきた人の中に、老いをありのままに受けとめて、穏やかに、力むことなく、自暴自棄になることもなく、日々を大切に生きている高齢者がいたら、その人の言葉こそ市井の読者の役に立つであろうに・・・・。
 そう思って、ハタと気づいた。

 ブッダの教えこそ、まさに無名の庶民に惜しみなく開かれた最高の老いの指南書じゃないか!

 たとえ巨額の財産があなたのものになっても、世界中の人があなたにひれ伏したとしても、心の平穏がなければ、幸福にはなれません。年をとりたくない、死にたくないと怯えながら生活するのは、とても不幸なことなのです。

 この世が、すべてが変化し続ける無常の世界だと気づけば、何に頼ることも、依存することも、執着することもできません。だって変わってしまうのですから、それに値しないのです。すると心は穏やかに安定して、怒りや憎しみもなくなっていきます。
(アルボムッレ・スマナサーラ著『老いと死について』、大和書房刊より)

 ついでに言えば、ヴィッパサナー瞑想(マインドフルネス瞑想)ほど鬱病に効く治療法はないとソルティは思う。
 
  




おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 漫画:『てるてる坊主食堂 末期すい臓がんからの復活』(のりぽきーと・作画)

2019年風濤社

 若くして夫を亡くした女将と、パリで国際結婚のち離婚した娘(のりぽきーと)。
 母娘二人で切り回す地域密着の美味しい「てるてる坊主食堂」(埼玉県が舞台らしい)。
 地元民に愛され、儲かりはしなくとも楽しく充実した日々を送っていた母娘に、悲劇は突然訪れた。
 胃の不調で検査を受けた女将が受けた診断結果、それは「すい臓がんで余命2ヶ月」だった。
 本作は、四コマ漫画とエッセイで綴られた母と娘の闘病記である。

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 まず、立派な体裁に感心する。
 全頁オールカラーなのだ。漫画の一コマ一コマはもちろん、あとがきに載っている母娘や料理の写真も。
 紙質も厚くて、白けざやかで上等。
 ふと、昔サンリオが出していたオールカラーの月刊誌『リリカ』を思い出した。
 手塚治虫(『ユニコ』)、水野英子、山岸凉子、ちばてつや、石ノ森章太郎、樹村みのり、竹宮恵子、萩尾望都、永島慎二など、豪華絢爛たる顔触れの執筆陣だった。

 出版不況のいま、なぜこのような贅沢が可能なの?・・・と思ったら、奥付ページに答えがあった。
 ネットのクラウドファンディングCAMPFIREを通じて出版資金を募ったのだ。
 もともとは、のりぽきーとさん主宰の四コマ漫画ブログだったらしい。
 
 女将は、すい臓摘出の大手術とその後の抗がん剤による副作用を乗り越えて、毎日インスリン投与しつつ、無事お店に復帰する。
 そこに至るまでの母と娘の悲喜こもごもが、二人を支える様々な人々――中学生のハーフの孫娘、常連客、女将の仕事仲間や友人、ブログを通じて知り合ったがんの闘病者、娘がパリで作った異国人脈、病院のイケメン担当医など――との触れ合いとともに描かれる。
 女将を復帰させ、2か月と言われた余命を5年近く延ばしたのは、これら周囲の人々の支えと、料理屋の女将という仕事に対する熱い思いであったことが伝わってくる。
 むろん、しっかり者の娘の愛情と――。
 
 美味しい卵焼きが食べたくなった。

卵料理



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● つがい幻想 映画:『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』(ジョン・マッデン監督)

2015年イギリス、アメリカ
123分

 ジュディ・デンチ、ビル・ナイ、ペネロープ・ウィルトン、マギー・スミスといったベテラン英国名優チームの中に、本作ではハリウッドの正統派二枚目スターであるリチャード・ギア投入というサプライズがなされる。
 リチャード・ギアもついに名優入りか、というよりも、ついにマリーゴールド入居かという感慨が湧いた。
 御年71歳である。

 リチャード・ギアは役者というよりスターである。
 英国の名優たちの中に混じって埋もれないだけのオーラーは、やはり天性のものである。
 大衆は、演技の上手い地味な役者より、華のあるスターに惹かれる。
 リチャード・ギア(のようなキャラ)が宿泊しているだけで、マリーゴールド・ホテルの繁盛は約束されたも同然。

 前作同様、自由気ままで個性的な老人たちの異国でのハプニングが描かれる。
 中心となるのはやはり各人の恋愛模様。
 欧米人は老いても盛んだ。
 プロムの夜から始まる“つがい幻想”は根強い。
 正直、ちょっと辟易した。

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おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 男女7人、老い物語 映画:『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(ジョン・マッデン監督)

2012年イギリス
124分

 インドのジャイプールが舞台。
 ジャイプールにオープンした“高齢者向け豪華リゾート”という触れ込みのマリーゴールド・ホテルに、それぞれの事情からやって来た老男老女7人の英国人のふれあいを描く。
 肩の凝らない、楽しくハートウォーミングなヒューマンコメディである。

 『あるスキャンダルの覚え書き』のジュディ・デンチ、『パレードへようこそ』のビル・ナイ、『ダウントン・アビー』のペネロープ・ウィルトン、そして『ミス・シェパードをお手本に』のマギー・スミスなど、イギリスの名優たちの競演が最大の見物である。
 やっぱり、シェークスピアのお国、演劇の本場と言えば英国である。
 高い鑑賞眼を持つ観客らによって長年鍛えられた彼らの芝居は、骨董品のような価値がある。
 とくに、ジュディ・デンチは、『あるスキャンダルの覚え書き』のストーカーまがいの女教師とも、『オリエント急行殺人事件』の貫禄たっぷりな貴族婦人とも、全く違う魅力的なキャラクターに扮して、芸の幅を感じさせる。
 
 「中国人は世界のどこに行っても中国人」と言われるが、英国人もしかり。
 どこに行っても、普段の生活スタイルを変えないような、ある種の保守性を感じる。
 一番わかりやすい例を言えば、「午後の紅茶」であろう。
 それは、個性を大切にする、心の軸がぶれないといった安定性や信頼感を形づくるものではあるが、一方、変化に柔軟に対応できない硬直さにもつながる。
 とりわけ、老いた者ほどその傾向が強い。
 パソコンやスマホ、無人レジ、キャッシュレス社会、ZOOM会議・・・・・。
 時代についていけなくなる一方だ。
 ソルティも、30年ばかり時を戻してほしいと思うことがたまにある。
 若返りたいという意味ではなく、インターネットのなかった時代にという意味で・・・・・。

 しかし、変化しなければ人は老いる。
 人生は縮小し、心は硬直化する。
 新しい出会いは、新しい自分を発見させてくれる。
 イキイキさせてくれる。

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 誇大広告もいいところで、老朽化し閉鎖寸前のマリーゴールドホテルに行きついた7人。
 新しい珍奇な世界(なんたってインドである!)にすぐ馴染み楽しんでしまう者もいれば、宿に閉じこもってイギリスに帰ることばかり考えている者もいる。
 現地で仕事や恋人を見つけて新たな人生へと踏み出す者もいれば、マンネリの関係に見切りをつけ別れを決める夫婦もいる。
 かつて理不尽な別れをしたインド人の同性の恋人を探し出して再会し、人生の重荷を下ろし、そのまま昇天する者もいる。
 外国人への偏見強く馴染むまでに時は要ったものの、現地の不可触民との出会いを通じて一気に変化を遂げる者もいる。
 人それぞれの身の処し方が味わい深い。

 変化のない穏やかな老後というのは一つの理想であろう。
 だが、死ぬまで何が起こるかわからないというのが現実である。
 良くも悪くも・・・・。
 流れに身をまかせるのが良さそう。



おすすめ度 :★★★ 

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
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● 本:『介護殺人 追いつめられた家族の告白』(毎日新聞大阪社会部取材班)

2019年新潮社より刊行
2016年新潮文庫

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 8年前介護施設に就職して、先輩職員に付いてはじめて認知症フロアに足を踏み入れたとき、
「自分はこんな人たちの世話ができるのだろうか?」
 とずいぶん不安になった。
 そのときは10人あまりの高齢者が、鍵や暗証番号で閉じ込められたフロアにいた。
  • 今がいつでここがどこだか分からない。
  • 訪れてくる息子や娘を他人と間違える。
  • ちょっと前に食事をとったことを忘れ、再度要求する。
  • 自分の部屋が分からず、他人の部屋に入ってそこで寝てしまう。
  • 歯磨きの仕方を忘れ、歯ブラシをポケットに入れて持ち運ぶ。
 ・・・・といったような、いわゆる認知症の“中核症状”は多かれ少なかれ誰にも見られた。
 そのこと自体は驚かなかったし、対応に困ることもなかった。
 がんぜない子供の相手をしていると思えば、可愛らしくもあった。
 だが、それだけですむ利用者ばかりでなかった。
  • 出口を探してフロアを一日中歩き回る。
  • 来訪者が来たタイミングにエレベータに乗り、外に出てしまう。
  • 他人の部屋に入って衣類をいじり、物を持っていってしまう。
  • 入浴や服薬や着替えを拒否する。
  • 失禁した自分の便をいじる。
  • 食べられない物品を口に入れる。
  • 大声や奇声を上げ続け、周囲を怯えさせる。
  • 他の利用者や職員に暴力を振るう。
  • 昼夜逆転して、夜間に動き回る。
 認知症の“周辺症状”と言われるこうした行動が手にあまった。
 それもフロアに一人だけでなく複数同時にいたときは、介護するこちらがパニックになり、ストレスで鬱になり、仕事を辞めたくなった。
 
 しかるに、ソルティは先輩職員の指導を離れ一人立ちしたあとは、どういうわけか認知症フロアに回されることが多かった。
 若い子より修羅場になれていると思われたのか、あるいは若い子に辞められたら困るのでツブシが効かないオヤジが貧乏くじを引かされたのか。
 三度の食事および就寝介助の時以外は、基本たった一人で10人から14人(満床時)の認知症患者を見なければならなかった。
 ずいぶん鍛えられたものである。

 上記の中核症状は認知症患者の脳の障害によるものなので、今の医学では薬などによって進行を遅らせることはできても、改善して治すことはできない。
 一方、周辺症状は患者の身体状態、周囲の環境、介護者の関わり方などに影響されるところが大きい。
 たとえば、徘徊の原因は便秘が4日続いていたことにあり、ナースが座薬を挿入し排便をうながしたら、すっかり落ち着いた――なんてこともよくあった。
 観察と推理、適切な医療介入、そして何より介護者の対応の仕方が大切なのだ。
 仕事を始めて一年くらいしてそのあたりが分かってくると、今度は“問題行動”の多い認知症の利用者をいかにして落ち着かせ、介護拒否をなくし、フロアを平和にしていくかに、やりがいや面白みを感じるようになった。
 「ソルティさんが入っているときはフロアが落ち着いているね」
 「この利用者は他の職員の言うことは聞かないけれど、ソルティさんの言うことなら聞くんだよね」
 なんて、他のスタッフに言われるのはまんざらでもなかった。
 入社時は動物園か精神科の入院病棟のように思えたフロアが、いつの間にか長閑な田園地帯のように思われ、「1年持てば御の字」と思っていた職場に6年以上も在籍していた。
 
 とは言うものの、ベテラン介護士やナースでもどうしても手におえない認知症患者はいる。
 家族やケアマネからの懇願を受けいったん施設で受け入れたものの、数晩あるいは一週間以内に「お引き取り」願うケースもままあった。
 お引き取り先は、主として精神科病院のことが多かった。
 
白ユリ

 
 女性利用者P子さんを思い出す。
 入所手続きを済ませた家族が帰った直後から、P子さんは出口を探してフロアを歩き回り、介護者の声掛けをいっさい受け付けなかった。
 どんどん表情が険しくなっていく。
 夕食を終えても、トイレ介助を許さず、パジャマに着替えることもなく、ずっと歩き回る。
 他の人の部屋に押し入り、驚いた部屋の主と喧嘩を始める。
 二人いる職員が他の利用者の就寝介助をしている隙に、ステーション(職員詰所)にある内線電話を見つけて110番してしまう。
 「私は悪者に誘拐されて閉じ込められている。助けて!」
 内線の110番は、施設の事務所につながっている。
 事情を知っている施設の事務員が出て、適当に話を合わせ、彼女をなだめてくれた。
 歩き回って疲れたのか大人しくなったP子さんは、気難しい顔をしたまま自分の部屋に行き、ベッドに横になった。
 安心した昼間の職員は帰った。

 真夜中、ふと目を醒ましたP子さん、暗闇で状況がかいもく分からず、パニックになった。
 またしてもフロアを歩き回る。
 一人シフトの夜勤職員はずっとついているわけにもいかず、しばらく放っておいた。 
 と、P子さんの目に入ったのが、フロアの目立たぬ壁にあった非常ベル(自動火災報知機)。
 中央のガラスを強く押した。

警報器
 
 全館に鳴り響く警報。
 驚き、慌てふためく各階の夜勤職員と入居者たち。
 施設の非常ベルは消防署と連動している。
 またたく間に施設は何台もの消防車に取り巻かれてしまった。
 混乱する施設の内と外。
 集まってきた不安そうな近所の人々。
 対応に追われる職員。
 そんななか、P子さんはいっこうに落ち着くことなく、ベルの音に起こされ部屋から出てきた他の入居者に襲いかかり、転倒させ、ケガさせてしまった。
 消防車が引くのと入れ違いに、救急車とパトカーがやって来た。
 事情を確かめにフロアまで上がってきた警官に、P子さんは一言。
 「今頃来ても遅いのよ!」

 ここまで来ると、施設で見るのは無理である。
 翌日、勝ち誇った顔のP子さんは、憔悴しきった夜勤職員らに見送られ、呼び出された家族とともに車で精神科病院へ向かった。
 ソルティは、あとから夜勤職員に一部始終を聞いたのだが、
 「もう自分が殺すしかないな・・・・」
 と去り際に家族は言っていたそうだ。


泣く天使

 
 本書では、副題通り、家族の介護に追いつめられた結果、殺害に走ってしまった人々の事例が掲載されている。
 介護保険施行後、おおむね2010~2015年に起こった事件を取り上げている。
 警察庁の統計によれば、2007~2014年の8年間に全国で起きた未遂を含む介護殺人は、371件にのぼるという。
 年平均46件、8日に1件のペースで起きている。
 加害者となった介護人と被害者となった要介護者との関係、要介護者の病状や必要な介護の程度、各家庭の生活事情、周囲のサポートの有無、殺害に至るまでの経緯などは、ケースごとに異なるので一概には言えないのであるが、ある程度の共通項は見ることができる。
  • 被害者は、認知症や精神・知的障害が多い。(身体的介護の軽重は関係ない)
  • 加害者は、犯行時、介護疲れで「うつ」や「不眠」が続いている。
  • 加害者は、責任感が強く、愛情深い人が多く、周囲に助けを求めるのが苦手。
  • 加害者となるのは、娘より息子、妻より夫が多い。つまり、女性より男性(7割)が多い。
 本書では、刑事事件となった様々なケースの経緯を、刑を終えた加害者本人へのインタビューや周囲で心配しながら二人を見守っていた人々(ご近所さん、民生委員、ケアマネ、ヘルパー、遠方に住む家族)の証言を中心にたどり、事件の背景となった要因を探っている。
 介護保険制度の不備や行政の杓子定規な対応、核家族化や地域コミュニティの希薄化、貧困問題や福祉の欠如など、いろいろな要因があるのは間違いない。
 が、本書を読んで意外に思ったのは、テレビの同種の事件報道から自然と持たされていた「周囲から見捨てられた老々介護の夫婦が絶望して心中」といった世の冷たさを知らしむるケースよりも、むしろ、加害者を含めた周囲の人々が「善意」で関わっていながらも、否応なしに事件が起こってしまったケースが多い点である。
 
 作家の重松清が解説でこう記している。
 
 本書のサブタイトルは〈追いつめられた家族の告白〉である。
 では、なにが家族を追いつめたのだろう?
 行政の冷たさか? 社会の無関心か? 医療の進歩によって「生きてしまう」超高齢化社会のジレンマなのか?
 どれも少しずつ正しい。けれど、やはり、最も大きなものは、家族愛なのではないか。まわりに迷惑をかけてはいけないという責任感なのではないか。
 
 家族を愛していなければ、もっと割り切って、自分一人で介護を背負い込まなくてもすむ。もっと身勝手に、逃げ出してしまうこともできる。そうすれば、家族を殺めてしまうという最悪の選択だけはしないでもすんだのかもしれない。
 
 ミヒャエル・ハネケ監督の映画『愛、アムール』(2012)に残酷なまでに描かれているように、加害者となった介護者と被害者となった要介護者(たとえば、夫と妻)には、他の家族の成員をふくめ余人には決して知ることも侵すこともできない、長年積み上げてきた特別の(依存)関係がある。
 そこに他人が踏み込むことは、たとえ何らかのリスクを感じ取っていても、なかなか難しいところであろう。
 
 多くの経験者が口を酸っぱくして言うことがある。介護が始まったら、とにかく一人で抱え込まず、時には手を抜くことが大切だ、ということだ。

 他人の介護に仕事で関わる者として、また、そのうち始まるかもしれない実親の介護に息子として関わる者として、銘記しておきたい言葉である。
 と同時に、自分と親との関係のあり方を今のうちに見直しておかなければ・・・・。
 
 
 
おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● ヘルパーの鏡 本:『震災後の不思議な話 三陸の〈怪談〉』(宇田川敬介著)

2020年飛鳥新社

 東日本大震災および津波による福島原発事故にまつわる〈怪談〉を集めたもの。
 震災前の不思議な予知現象の数々、震災後の被災地で頻発した心霊現象など、体験した本人に著者がじかに会って聞いた話や知人を介して聞いた証言などが掲載されている。


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 死者15,897名、行方不明者2,533名という大惨事。
 しかもそれが一瞬にして起こり、いくつもの町が海の藻屑と消え、それまでの平和な生活が断たれた。
 「こういった霊的現象はたくさんあっただろうなあ、あるだろうなあ」と当時から思ってはいたが、オカルティックなことだけに、直接被害に遭ったわけではない外部の人間があれこれ穿鑿するのははばかれる。
 あれから10年近い歳月を経て、ようやく表立って語られ始めたわけである。

 「作り話だから」とか「非科学的だから」と排除してもいいものではないように思います。幽霊譚が語られる背景や、話の中に込められた被災地の方々の心に思いをはせるべきではないでしょうか。

 と、「あとがき」で著者が述べているように、霊的現象に遭遇せざるを得ない精神的状況に追いやられている被災者や救援者の心をこそ想像すべきである。
 愛する者の突然の死を受け入れることの大変さ、住みなれた郷土やコミュニティの喪失からくる空虚や絶望や孤独、想像を絶する悲惨な現場で救援活動する人々が抱える心的外傷・・・・・。
 非日常にさらされ続けた人々が、日常世界を超えたところにある世界を垣間見たところで、なんら不思議なことはない。
 本書を読んでいると、「この世とあの世は地続きだ」という丹波哲郎の言葉が、まさに証明されている感を持つ。
 生きている者と死んでいる者との違いは、まんま、“生きているか死んでいるか”だけであって、人が抱く思いの様相はまったく変わらないのである。 

 震災前の日常生活の中であったら、現地のほとんどの大人たちに無視され、鼻で笑われ、あるいは怖れられ、忌避されたであろう幽霊譚が、震災後の非日常空間では、あたかも「あたりまえ」のことのように語られ、受け取られ、幽霊の存在を誰も疑っても怖がってもいないように見えるのが、非常に印象的である。
 亡くなったあとも死者は生者のそばにいて何ごとかを伝えたがっている、あるいは見守ってくれている――という、日本の庶民の中に昔からある「あの世観」は、今も決して無くなってはいないのだろう。
 それをもっとも教えてくれるエピソードをかいつまんで紹介する。

星空の飾り線


 震災後に問題となったことの一つに、仮設住宅での高齢者の孤独死があった。
 生まれ故郷からも地域のつながりからも隔離された土地に移転させられ、生きる気力を失う高齢者は少なくなかった。
 ある町の仮設住宅でおばあちゃんが亡くなった。
 誰も住んでいないはずの部屋から夜な夜な声や物音が聞こえる。
 町役場の職員が、おばあちゃんの介護をしていたおばちゃんヘルパーと連れ立って、確かめに行った。
 と、やはり部屋から声がする。
 見ると、布団を一枚敷いた上におばあちゃんが座っている。
 恐怖で腰を抜かし声も出せない職員をよそに、おばちゃんヘルパーはいつもの訪問どおりに、おばあちゃんに語りかける。
 「おばあちゃん、どうしたの?」

 おばあちゃんは、いつも身につけていた孫の作ってくれた膝掛けを探していたのであった。それが、他の遺品と一緒に倉庫に保管されなかったのが気になって、毎夜探しに出てきたのである。
 「膝掛けを探して持ってくるよ」というおばちゃんヘルパーの約束で、おばあちゃんは落ち着いて、消えていった。
 行政職員は、ヘルパーに問う。

「どうしてあんなことができたのですか」 
「仕方ないじゃない、相手は死んじゃってても、私の担当だったんだから。今まであれだけしてきたんだもの、仲良かったんだもの、何か言いたいことがあるから出てきているだけで、私たちに何か悪いことをしようとすることもないから」
「でも、お婆さんはもう死んでいるんですよ」
「生きているのよ。津波で死んだ人も、ここで死んだ人も、みんな、心の中だけじゃなくて、町のことが心配でここにいるんだよ。あんたみたいな若い役場の人が、早く街を元に戻してくれないと、お婆さんも他の人も心配であの世に行けないから、がんばんなさいよ」

 おばちゃんヘルパー、凄い。



おすすめ度 : ★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

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