ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

老い・介護

● ほすぴたる記 2 遠慮

入院第一夜は、案の定、眠れなかった。

夕食後に飲んだ錠剤の効果が切れた深夜あたりから、左足のズキズキ痛に悩まされた。
痛みには波があって、「もう辛抱たまらん。夜勤スタッフを呼んで薬をもらおう」と、ナースコールに手が伸びるや、スウッと引いていく。
その繰り返しは陣痛のやう?

消灯時に美人ナースが、「痛かったら、我慢しないで呼んでくださいね」と言ってくれたのに、なかなかコールが押せない。
職業病だ。
深夜の病棟のあちこちから響くナースコールと、そのたびに訪室する夜勤スタッフのパタパタという足音は、介護施設で同じような立場で働いているソルティを十分遠慮がちにする。
「なるべくスタッフの手を煩わせたくない」と自然思ってしまうのだ。
そしてまた、最新のペインコントロール技術で痛みをすっかり消してしまうことに、なんとなく違和感というか罪悪感というか、おかしな気持ちがある。
「骨を折ったのだから、このくらいの痛みは当然だ」
「ちょっとくらい苦しまないと、病人らしくない。迷惑かける同僚たちにも申しわけない」
「今こそ、感覚を観察することで“私”の虚構性を見抜くヴィパッサナ瞑想の出番じゃないか」
やせ我慢なのか、マゾなのか、修業熱心なのか、単に小心者なだけなのか、自分でもよく分からないが、朝まで思い出したように、「痛み、痛み…」と実況中継していた。

翌朝、眠れなかった旨を美人ナースに伝えると、座薬を出してくれた。 
ケツから挿入してしばらくしたら、ウソのように痛みが曳いた。
ベッドから車椅子に移って、気持ちよくシャワーを浴びられた。
「なんでもっと早く頼まなかったんだ、われ?」

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仕事がら病院にはよく行く。
入退院手続きを手伝ったり、お見舞いに行ったり。
病室の様子もフロアの雰囲気も見慣れているので、目新しいものはない。
あちこちから聞こえるナースと認知症患者のトンチンカンな会話も、車椅子から立ち上がって歩き出そうとする患者への叱咤の声も、リハビリ職員が患者を励ます声も馴染みである。
普通なら非日常となる入院生活が自分にとっては日常の延長のよう。
違うのは、いつもとは立場が違うことだ。
ケアする側だった自分が、ケアされる側になっている。
やはり、される側になってみると、いろいろ気のつくことがある。

たとえば、いま排尿はベッド上で寝たままの姿勢で尿瓶を使っている。
この作業がなかなか難しい。
うまい体勢と正しい尿瓶の向きと適切な発射角を作らなければ、出した尿が逆流し、布団にこぼれてしまう。
自分のような短い“クダ”の主ではなおさらだ (*^^*)
毎度ハラハラしながら排尿している。

患者の苦労や気持ちを知るために、こういう経験も必要なのだろう。

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ベッドで尿瓶を倒さないで♪










● ほすぴたる記 1 転落

今朝、通勤途中に駅のホームの階段から落ちた。

ほぼ階段の中ほどでつまずき、そのまま前のめりに頭から突っ込みそうになった。
どういう反射をしたのか分からないが、とっさにもう一方の足が出て、階段を蹴った。
そこから空中を泳ぎながら、数十段ジャンプしてホームに着地、勢い余って転がった。

おそらく、家の2階の窓から飛び降りた以上の衝撃だった。

自分も驚いたが、周囲はもっと驚いたようだ。
何人か駆けつけて声をかけてくれた。

外傷や痛みがないか確かめながら、ゆっくり身を起こすと、左足首に強い痛みを感じた。

しばらくしゃがみ込んだ状態で足首をさすったが、異変あるようだった。
ホームの柱に捕まって、ゆっくり立ち上がったら、左足を地面につけることができない。
歩くのもままならない。

立ち往生していたら、駅員が3人降りてきた。
親切な人が伝えてくれたのだ。

駅員が持って来た車椅子に乗ってエレベーターを上がり、駅員室に運ばれた。

痛みが続く。 
左足が動かせない。

「救急車を呼んでいいですか?」

これはそのレベルだと思った。

患者の付き添いではなく、当事者として乗る初めての救急車!
サクサクと必要な処置をし、搬入先を探す救急隊員のプロフェッショナルに感心する。

運ばれたのは自宅から歩いて20分ほどの大きな総合病院。
まずはひと安心。

良くて捻挫か脱臼、悪ければアキレス腱か骨折。
とりあえず、職場と自宅に連絡とった。
こういうとき携帯は便利だ。

触診やレントゲンやCTや心電図や肺活量や採血や、一通りの検査が済んだ。
その間に両親もやって来た。

ノートパソコンの画像を示しながら、若い男性医師は言った。
「くるぶしの骨が折れています。入院して手術したほうが良いでしょう」

起こったことは仕方ない。
医師の指示に従って、そのまま入院手続きをとった。

申しわけないのは職場の仲間たちに対して。
人手不足の折にこんなことになってしまって……
病室に落ち着いたあと、意を決して電話をかけ、状況を説明し、当分働けない旨、伝えた。
ここまでで事故から3時間余り。

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手術まで、腫れないように左足首を固定して冷やす。
痛み止めを出してもらう。

午後はズキズキする痛みと付き合いながらウトウト過ごした。

夕食終え、これから夜である。

考えてみたら、入院するのは50年ぶり。
小学1年の秋、交通事故に遭ったとき以来である。

災難と言えば災難だが、あの高さからあの落ち方をして、足首以外なんともなかった、前方に人がいなかった、ホームから転落しなかった、たまたま列車が来ていなかった、のは幸いと言うほかない。

ついているのか、いないのか?


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病院食も久しぶり





























● 本:『カウンセラーは何を見ているか』(信田さよ子著)

2014年医学書院

 『驚きの介護民俗学』、『逝かない身体:ALS的日常を生きる』、『居るのはつらいよ』と同様、「ケアをひらく」シリーズの一作。

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 信田さよ子(「のぶた」と読む)の名前だけはあちこちで見かけていたが、著書を読むのははじめて。
 1946年岐阜県生まれの臨床心理士。1995年に原宿カウンセリングセンターを開設し、女性ばかり十数人のカウンセラーを束ねている。アルコール依存症、ドメスティック・バイオレンス、児童虐待などの問題に精力的に取り組んでいる。
 
 本書の何よりの特徴は2部構成になっている点である。
 第1部は「すべて開陳! 私は何を見ているか」と題し、その道四十ウン年のベテランカウンセラーである信田の来歴と、実際のカウンセリング手法が明らかにされる。「ブッダに握拳なし」ではないが、「ここまで手の内をさらけ出していいの?」とつい思ってしまうような職業上のノウハウが、著者の理念や人間観や覚悟とともに述べられる。
 ソルティは同業者ではないけれど、同じ対人援助を生活の糧とする身なので、興味深く、啓発されるところが多かった。
 
権威という力を利用して目の前に座っているクライエントに何かを伝達しようと思った時点で、カウンセラーは敗北していると思う。なぜかと言えば、そこに生まれる支配と依存の関係は、カウンセリングの中心となる「言葉」の力を剥ぐからだ。
 
ソルティ:文中の「カウンセラー」という単語を「介護職」に、「クライエント」という単語を「利用者」と変換すれば、そのまま通用する。

アディクションとは、本人(行為の主体)にとっては問題解決行動の一つなのである。苦しみや痛み、不安などを感じなくできれば、そのあいだだけなんとか息をつき生き延びることができる。医療の枠組みからは「自己治療」と呼ぶこともある。しかし他者(家族・友人)にとってそれは迷惑であり、苦しみを与えられる。このようにアディクションにおいては、行動の主体の認識と、影響を受ける他者の認識とのあいだには大きな落差とずれが生じるのである。

ソルティ:アディクションは、まともに向き合ったら自己崩壊を起こすような、別のもっと深刻な問題に対して、当面の猶予をくれる安全弁となっている。人はだれも多かれ少なかれ何かにアディクトして生きている。他者に迷惑かけない、よりマシなアディクト行為を見つけることが肝要であろう。

クライエントの多くは社会の基準を必要以上に取り入れているからこそ、自責感に満ちて苦しく、その反動である怒りや不安、緊張にさいなまされている。そこからの離脱を促進するためなら、(カウンセラーである私は)オーバーに憤慨したり驚いたりすることもいとわない。ときにはクライエントの語れなかった感情を言語化したりする。私がしばしばカウンセラーらしくないと言われるのは、そのような表現の過剰さゆえかもしれない。(カッコ内はソルティ補足)

ソルティ:「社会の基準」とは別の言葉でいえば「共同幻想」であり「物語」である。人はまず周囲に溢れる「物語」をかなり無自覚に身に着けて(内面化して)、そのあとから、当の「物語」によって自らを掣肘して苦しめる。人間は苦しむ(ことの好きな)葦である。「物語」からの最終的解放が解脱である。

 続く第2部は趣向ががらりと変わる。
 信田は還暦を過ぎたある日、狭心症の発作を起こし、心臓カテーテル検査のため入院することになった。
 第1部がベテラン医療従事者による専門的でお堅い、ある種“冷感症的”語りとすれば、第2部は夫と二人の子どもに恵まれた普通の中年主婦のドキドキワクワクな入院体験記である。信田なりの「美学」にもとづいて私生活に触れられていない第1部とは打って変わって、第2部は私生活オンパレードである。一人の職業人のONとOFFを見るようでもあり、よりうがった見方をするなら、能楽の「中入り」をはさんだ「マエ」と「アト」のようである。つまり、第1部でうまく煙幕をかけられて隠された著者の正体が、第2部で白日の下にさらけ出されたという感じを受ける。
 この対比が面白い。
 と同時に、この仕掛けが、カウンセラーという職業の何たるかを、第1部での著者自身の懇切丁寧な「開陳!」以上に読む者に知らしめる効果を生んでいる。(仕掛けの提案者は編集の白井正明ではなかろうか?)
 
 入院して一患者となった信田は、相部屋を希望する。同室の患者たちや見舞客をはじめ、共用ラウンジで見かける別室の患者たちやその家族・知人、むろん医師や看護師も抜かりなく観察し、「家政婦は見た!」の市原悦子よろしく会話を盗み聞きし、ミス・マープルのごとく推理をたくましゅうし、しばしば見舞いにやって来る一人娘と一緒になって人間寸評(というよりゴシップ)を楽しむ。ラウンジで声をかけてきたダンディな同年代の患者に対し、ちょっとした想像上のアバンチュールを楽しみさえする。
 最初のうちは、「カウンセラーってのは仕事を離れても人間観察癖が抜けないんだなあ。一種の職業病だなあ」と、面白おかしく読んでいた。一流カウンセラーがどのように世間を見ているか、を伝えるのが第2部の主眼なのだろうと思いつつ。
 が、途中ではたと気がついた。
 逆なのだ。
 カウンセラーがどのように世間を見ているか、ではなくて、どのように世間を見る人が良いカウンセラーになるのか、が肝なのであった。
 
 人間への飽くなき好奇心と想像力。
 それあってこそのカウンセラーなのだろう。
 

 
評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 



● 本:『満足して死に逝く為に ホスピスチャプレンが見た「老い」の叫び』(沼野尚美著)

2013年佼成出版社

 その昔、所属していたNGOの調査の仕事でイギリスの病院を視察したことがあった。ロンドン市内にある公立病院である。
 そのときに、エイズ患者を支えるチーム医療の仕組みについて説明してくれた担当者が、話の中で「チャップリン」という単語を連発するのを聴いて、ソルティは感心したものである。

「さすがイギリスはユーモアの国。患者を支えるスタッフの中に道化師も入っているんだなあ~」

 ロビン・ウィリアムズ主演のアメリカ映画『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』(1998年)が公開されて間もない頃だったので、あの映画に出てくる医師パッチのように、道化(ピエロ)の恰好をして患者を笑わせて治療効果を高める役割を担うスタッフが、すでに英国の病院ではチーム医療の一員として公式採用されているのか、と思ったのである。で、英国では、かの偉大な喜劇俳優にちなんで、その役割を「チャップリン」と呼ぶのであろうと・・・。

 とんだ勘違い、というより語学力不足であった。
 チャップリン(Chaplin)でなくて、チャプレン(Chaplain)であった。 

チャプレンあるいはチャップレンは、教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者(牧師、神父、司祭、僧侶など)。

多くの病院、養護施設、介護施設、ホスピスにおいては、患者、家族、スタッフの精神的、宗教的、スピリチュアルなニーズを支援するチャプレンを雇用している。老人ホーム、介護付き住居などでもチャプレンが採用されている。チャプレンはどのような信仰を持つ人でもケアを提供する。

(ウィキペディア『チャプレン』より抜粋)


 意味を知って、キリスト教文化の深い側面に触れる思いがした。
 というのも、日本の公立の病院やホスピスや介護施設で僧侶を雇っているところなんてあるだろうか? 
 袈裟を着た坊さんが病院をウロウロしていたら、「縁起でもない」と煙たがられるのがオチではなかろうか。

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 著者の沼野は1956年大阪生まれ。薬剤師から病院チャプレンとカウンセラーに転職し、数々のキリスト教系の病院や緩和ケア病棟などで、たくさんの終末期の患者と出会い、看取ってきた。
 本書はその豊富で貴重な体験をもとに、誰にでも訪れる老いと死について考察している。
 
 以下、ソルティが心に留めた言葉を、余計なコメントと共に紹介する。

● 満足できる生き方とは、自分の願いが全部かなう生き方という意味ではありません。苦労が多かろうと、たとえ思い通りに生きられなかったとしても、自分の人生に「これでよし」と言えるものを持っているということです。満足できる生き方をしてきた人は、他者の援助を心地よく受けることのできる方であり、自分の人生に納得し、老いの日々を豊かな気持ちで生きることができます。
ソルティ:「思い通りに生きられる」人なんて滅多いないだろう。望月の栄華を誇った藤原道長でさえ、晩年は病と死と祟りの恐怖に苦しめられた。

● 死にたいという気持ちや願いを責めないで、今、死ぬことは不可能であることを、本人が自ら悟り、あきらめるように援助するならば、「死に急ぐ人」から「死を待つ人」へと導くことができます。そして死を待つ人になれると、今を生きることにも、関心が持てる可能性が出てきます。
ソルティ:「悟った人は、ただ死ぬのを待っているだけ」と言うスマナサーラ長老の言葉を思い出した。

● 人はこの世を去る前に、大切なことを学ばなければなりません。それは迷惑をかけているだけの存在にもかかわらず、なおも自分で自分の存在をいとおしく思い、価値あるものとして見ることができるか――つまり、存在するだけでも、生きているだけでも尊い、意味と価値があることを学ばなければならないのです。
ソルティ:「ただ、居る」ことの本質的価値とは、本質的価値そのものである。

● 高齢者の今日の姿は、やがて迎える将来の自分の姿であることを、そして、今介護の時に高齢者と関わるその同じ関わり方で、介護者自身も老いを迎えた時、関わられるハメになるということを、心にとめておきたいものです。老いは順番なのです。
ソルティ:自分が老いた時、どんな介護をしてもらいたいか。「やっぱ、優しくされたい!!」

● 家族の間で、使うのがむずかしい言葉は、おそらく「ごめんね」という素直な謝罪の言葉かもしれません。人生のある時期に、この言葉をきちんと使っていたら、もっと満足した心地のよい日々を、晩年にお送りになれたかもしれないと思ったケースを沢山見てきました。ごめんねという言葉は、人生の鍵になる言葉であり、家族間で使うには勇気のいる言葉でもあります。
ソルティ:確かに…。「ありがとう」よりも使ったことのない言葉だ。(そもそも、「謝らなくちゃいけないことなんてない」と思っている←傲慢?)

● 人生の中で味わう苦労から学ぶことの一つが、あきらめること、上手にあきらめることです。思い通りにいかないことをあきらめること、誰かのせいにするのではなく、人生というものはこういうものなんだと、素直に受けとめることを何度も繰り返していくと、最後の人生の課題、つまり自分の死をも、しょうがないこととして見つめることができるようです。
ソルティ:「あきらめる」とは「明らめる→明らかにする」、つまり「物事の真理を明らかにする」ことである。

● お金がないから死にたい、これは、きわめて正直で深刻な理由です。お金がなくなると本当に生きる意欲を失います。「生きていてもいいんだよ」と人生の終末期に、自分が自分に言えるような生き方を、今からしておかなければなりません。そのためには、最後の日々のための貯金が必要です。
ソルティ:自分にはこれが一番難題かも。老後資金2000万円なんてとてもとても・・・。ベーシックインカムの勉強&推進運動でもするか!



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損








 

 

● 漫画:『娘が発達障害と診断されて… 母親やめてもいいですか』( 文:山口かこ 絵:にしかわたく )

2013年かもがわ出版

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 発達障害(自閉症)のこどもの育児日記は、昨今珍しくない。
 漫画に限っても、戸部けいこの『光とともに』という名作がある。

 この漫画のユニークにして特筆すべきは、母親である山口かこが、障害児を持つ母親として優等生でも模範生でもないところである。

 娘のたからちゃんが2歳のときに広汎性発達障害の診断を受けてから数年間、死に物狂いで育ててきたものの、ついには心身ともに疲れ果ててしまう。
 家事も育児も投げ出して、チャットにはまり、あやしい宗教にかぶれ、妻子ある男と不倫し、ついには(というか案の定)夫と離婚、たからちゃんは夫の実家に引き取られることになる。
 はたから見たら、「ひどい母親」「ひどい妻」である。(にしかわたくの可愛らしい画風により緩和されているが)


 「自分のことしか考えていない」って!?
 うるさい!!
 発達障害さえなけりゃ、私だっていいお母さんになってたよ!!

 「世の中にはもっと重い障害や病気の子どもを持つお母さんもいる」って!?
 
 うるさい!!
 うるさい!!


 私は“普通の家族”が欲しかったんだ!!


 山口を非難するのは簡単であろうが、誰にだって限界がある。
 その限界を超えて頑張った挙句バーンアウトし、虐待に走ったり、母子心中をはかったりするくらいなら、「私にはこれ以上できない」と素直に認めて、周囲に頼るほうが賢明である。

 幸い、たからちゃんは別れた夫の実家で愛情を注がれてすくすくと育ち、愛らしい落ち着きある娘に育ったようだ。
 自閉症の人の特徴の一つとされるコミュニケーション障害も改善しているらしい。


 作中で紹介されているジム・シンクレアという名の自閉症当事者が書いた手紙の一節が心を打つ。

 「うちの子が自閉症でなければよかった」
 「この子の自閉症が良くなりますように」


 その嘆き、その祈りは、私にはこう聞こえます。


 「自閉症ではない別の子がよかった」


 両親が語りかける夢や希望に
 私たち自閉症者は思い知るのです。


 彼らの一番の願いは
 私の人格が消えてなくなり
 もっと愛せる別の子が
 私の顔だけを引き継いでくれることなのだと・・・


 「普通」という幻想は、いかに我々を強く縛りつけ、苦しめるものか!
 これは、たとえばLGBTの子どもを疎んじる親にも言えることである。

 




評価:★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 英雄的ファンタジー 本:『居るのはつらいよ』(東畑開人著)

2019年医学書院

 好著の多い「ケアをひらく」シリーズの一冊。
 今回は精神障害者のデイケア(精神科デイケア)が舞台となる。

 著者の東畑開人は1983年生まれの臨床心理士。
 大学院卒業後、カウンセリング(セラピー)がやりたくて就活した結果、沖縄のデイケアでカウンセラーとして採用された。 

「精神医療の現場で自分を鍛える。そして、大セラピストになって凱旋する。」
 そういう英雄的ファンタジーに取り憑かれていたのだ。

 しかし、その実態はデイケア10割で、朝から夕方まで10時間デイで過ごして、その合間にカウンセリングするというものだった。
 東畑は、はじめて接する精神科デイケアの現実にカルチャーショックを受ける。
 本書は4年間のデイケア体験について記したものである。

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 ソルティは精神障害者のデイケアには行ったことない。
 高齢者のデイサービスやデイケアならある。そこでは自宅から通ってくる高齢者に対し、介護や簡単な医療ケア、リハビリやレクリエーションを提供する。高齢者の幼稚園という表現は当たらずと言えども遠からず。言うまでもなく、これは介護保険制度の中のサービスである。
 また、身体&知的障害者の生活介護(デイケア)にも行ったことがある。そこでは自宅から通ってくる身体&知的障害者に対し、介護や生活に関する相談および助言、機能訓練や創作的活動・生産活動の機会を提供する。知的障害者にはダウン症と自閉症の人が多かった。これは障害者総合支援制度の中のサービスである。
 東畑の勤めることになったデイケアは、精神科クリニックの外来治療の一つとして開設されたもので、慢性期の統合失調症の人が最も多く、それ以外に躁鬱病、発達障害、パーソナリティ障害などの人がいたようだ。原則医療保険の対象となる。
 同じデイケアでも、対象者や予算の根拠となっている制度の違いによって、ずいぶんと雰囲気が異なる。
 
 精神科デイケアとはどんなところか?
 国の定義によれば、
 
精神疾患を有するものの社会生活機能の回復を目的として個々の患者に応じたプログラムに従ってグループごとに治療するもの

 東畑は着任早々、この定義が理想(建前)であることを身をもって知ることになる。
 精神障害者の「居場所づくり」というのが実質だったのである。
 
 そう、デイケアで過ごす10時間のうちのかなり多くが自由時間なのだ。
 それは何かを「する」のではなく、「いる」時間だ。座って「いる」。とにかくそこに「いる」。ただ、いる、だけ。何も起こらなくて、動きがない静かな時間だ。
 デイケアとは、とにもかくにも、「いる」場所なのだ。
 
 彼ら(ソルティ注:デイケアの利用者)は社会に「いる」のが難しい人たちなのだ。だから、僕の仕事は「いる」のが難しい人と、一緒に「いる」ことだった。
 
 ふしぎの国のデイケアは、入り口の門から最奥の地まで、「ただ、いる、だけ」に敷きつめられている。
 デイケアの門をくぐったその瞬間から、僕は「ただ、いる、だけ」に困惑していた。

 「いる」の反対は何か?
 「いない」ではない。「する」である。Be ではなく Do である。あるいは、「なる(Become)」である。
 そもそも東畑は、カウンセリングという名のセラピー(施療)がやりたくて入職したのであり、学究生活で学んだ様々な技法を駆使したセラピーを施行し(する)、その結果としてデイケア利用者(患者)が良くなることを期待してきたのであった。
 それが蓋を開けてみたら、朝から夕方までデイケアにずっぷり関わり、進歩も成長もない凪のような「終わりなき日常」に首まで漬かってしまう。
 
 しかしそこで、「こんなの、自分が求めていた仕事じゃない!」とさっさと踵を返して本州に戻るようなタマでないところが、東畑の素晴らしいところ。
 カルチャーショックが治まったあとは、送迎車の運転からバレーボールの審判まで、都度求められる雑多な仕事をこなしながら、デイケアとその住人たちを(利用者のみならずスタッフも)観察し、ケアとは何ぞやと考察し、セラピーとの違いについて分析する。
 本書の中心テーマの一つは、ケアとセラピーの違いである。
 
 ケアは傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで、安全を確保し、生存を可能にする。平衡を取り戻し、日常を支える。
 
 セラピーは傷つきに向き合う。ニーズの変更のために、介入し、自立を目指す。すると、人は非日常のなかで葛藤し、そして成長する。


植物の芽


 東畑は、「いる」ことの辛さ、困難についてたびたび言及している。それは大ざっぱに言って、二つの理由に分けられるように思う。心理的理由と社会的理由である。
 
 心理的理由とは、我々現代人が(あるいは人類が?)「いる」ことに慣れていないところから来る。
 何もしないで「ただ、いる」ことは退屈である。どうしても何かをしてしまう。スマホをいじったり、本を開いたり、テレビをつけたり、人と話したり、身体を動かしたり、眠ったり、妄想したり、マスかいたり・・・。なにかを「する」。
 そしてまた、何もしないで時間を過ごすことに、あるいは漫然と同じような日々を繰り返すことに、罪悪感や焦燥感を抱きがちである。「もっと有意義に時間を使わなければ」とつい思ってしまう。なにか生産的なこと、自らの欲望実現や成長につながるようなこと、生活に彩りをもたらし人生を価値あるものにすることをしたくなってしまう。「なる」を求めてしまう。
 
 僕らが生きているこの社会では「変わる」ことがとても大事なこととされている。
 「PDCAサイクル」なんていう言葉もあるけれど、目標を決めて、挑戦して、うまくいったかどうかをチェックして、そして改善する。そうやって、目標を達成する、成長する、変わっていく、そういうことが良しとされている。それが僕らの社会の倫理だ。

 先進国、資本主義社会ではとくにその傾向が強い。
 我々はこうした「行動強迫」「成長幻想」を多かれ少なかれ内面化してしまっている。
 「いる」でなくて「する」、「そのまま」でなくて「変わる(成る)」。
 であればこそ、「日常を支える」を目的とするケアの仕事よりも、「変わる、成長する」を目的とするセラピーの仕事の方が社会的評価が高く、予算もつきやすく、給与も高い。また、ケアに与える定義も、ただ単に「居場所づくり」とするよりは、「社会生活機能の回復」、「グループごとに治療する」ほうが通りがいい。
 
 次に、社会的理由とは、上記と関連することだが、そのような「いる」を目的とするデイケアの仕事にも、少なくない予算がついていることに対するアンビバレントな思いである。
 
だけど、「ただ、いる、だけ」に毎日一人当たり一万円近い社会保障財源が投入されており、それを支えることで自分に給料が支払われているという事実に向き合ったときに、僕らは居心地が悪くなる。会計の声は僕らを居心地悪くさせる。

 ここで問われているのはケアの仕事の生産性である。社会的にアウトプットを生まない(ように見える)活動に従事して血税から給料を得ていること(タダ飯ぐらい)に対する東畑の抱くうしろめたさである。(気持ちは分かるが、ここは「僕ら」とすべきではない。「僕」と単数形にすべきだ。ケアの仕事に誇りを持ち、堂々と報酬をもらっている人に対して礼を失する)
 ことは「タダ飯ぐらい」ですまなかった。さらに輪をかけて、東畑を追い詰める残酷な現実があった。ブラックデイケア問題である。
 
「いる」の本質的価値が見失われているのに、ただ「お金になるから」という倒錯した理由で「いる」が求められる。そのとき、「いる」は金銭を得るための手段へと変わる。

 東畑は新聞沙汰にもなったブラックデイケアの事例を挙げている。患者を囲い込み、過剰なあるいは不必要な治療を施すことで利益を挙げる悪徳クリニックの例である。そこでは患者(デイケア利用者)は病院経営のための道具とみなされる。
 
精神科病院は過去にアサイラムだった。そこでは苛烈な管理がなされ、人権が侵害された。そのことが批判されたことで、患者さんの退院が奨励され、地域で生きていくことが目指された。だけど、地域で生きるのはつらい。そのときに避難所として出現したのがデイケアだった。デイケアは地域で生きる患者さんたちの居場所になり、アジールとなった。だけど、それがふたたびアサイラムに頽落してしまうことがある。それがブラックデイケアだ。

 アジールとは「避難所」のこと、アサイラムとは刑務所や収容所のような「全制的施設」のことである。
 
 東畑は、デイケアで働くうちに上記のような心理的理由および社会的理由に直面し、それをどうにかやり過ごしてきたが、4年経ったところで限界に達した。退職したのである。
 本書ではその後の動向は記されていないが、巻末のプロフィールによると、2017年より白金高輪カウンセリングルームを開設している。つまり、念願であるセラピーの仕事に就いたのだ。
 良かったね!

 東畑は遠回りしたのだろうか?
 
 本書には今一つの隠れたテーマがあると、ソルティは思った。
 それは、若くもあり当事者でもある東畑には見えないものかもしれない。
 が、おそらく、「ケアをひらく」シリーズの企画者にして編集者であり、東畑より年長の白石正明には、企画の当初から期するものあったのではなかろうか。
 この本は一人の青年のビルディングストーリー(成長物語)として面白いのである。冒険ファンタジーで、主人公の少年が道中出会ったユニークな仲間たちとともに様々な困難にぶち当たり、それを知恵と勇気と友情で乗り越え、世界の真実を知って大人になっていく。それと同種の爽やかな感動を本書から受けた。それこそ、英雄的ファンタジーそのものである。
 
 東畑は、「いる」の世界から、「する」「なる」の世界に転身したわけであるが、「いる」と向き合った4年間は決して無駄にはならないと思う。(すでにこの本を書けたことを除いても)
 人間はつまるところ、「いる」の状態(赤ん坊)から始まって、「いる」の状態(寝たきり)で終わるのだから。「いる」は人間の基本なのだから。
 さらに言えば、「いる」の本質的価値が見失われている、と東畑は書いているけれど、ならば、「する」「なる」の本質的価値は何なのか?――とソルティは問いたい。
 「する」ことは幸福につながるのか?
 「なる」ことで人は幸福になるのか?


 いつかその問いにぶつかった時、東畑は遠く沖縄のデイケアの室内に広がる午後の光を胸によみがえらせるのではなかろうか。


あくび猫



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


  

● 本:『なんとめでたいご臨終』(小笠原文雄著)

2017年小学館

 小笠原文雄(ぶんゆう)は1948年岐阜県生まれのお医者さん。日本在宅ホスピス協会の会長をしている。末期がん患者などの在宅看取りをこれまでに1000人以上、ひとり暮らしの看取りを50人以上経験している在宅ホスピス緩和ケアのエキスパートである。 

 現在、75%の人が病院で死を迎えています。しかし実際は、介護保険制度ができたことや在宅医療の質の向上によって、ひとり暮らしの末期がん患者さんでも「最期まで家にいたい」という願いは叶います。好きな“処”を選べるのです。

 在宅ホスピス緩和ケアの「在宅」とは、暮らしている“処”。「ホスピス」とは、いのちを見つめ、生き方や死に方、看取りのあり方を考えること。「緩和」とは、痛みや苦しみを和らげること。「ケア」とは、人と人とが関わり、暖かいものが生まれ、生きる希望が湧いて、力が漲ることです。

 著者の表現を用いてより簡単に言うと、在宅ホスピス緩和ケアとは、痛みを取り、笑顔で長生き、ぴんぴんころりと旅立つことである。
 
 本書では、小笠原が実際に関わった約40例の末期患者の看取りの様子が紹介されている。がん末期の人が多いが、脳出血や心不全、認知症や白血病の例もある。高齢者が多いが、難病の子供や30代の主婦や40代の男性の例もある。家族と同居の人、日中だけひとりになる人、ひとり暮らしの人、家族形態もさまざまである。
 ほとんどの患者は余命宣告を受けたあと、「最期は家で過ごしたい」と退院し、小笠原らの行う在宅ホスピス緩和ケアに移行し、多くが予定より延命し、苦しまずに笑顔で亡くなっていく。家族もまた涙混じりの笑顔で見送っている。その証拠に、ついさっき亡くなった身内の安らかな顔と一緒の「笑顔でピース」の集合写真も掲載されている。
 また、在宅の看取りが病院での最期よりお金がかからないことも具体的な数字で記されている。

 本書を読めば多くの人は、がん末期や心不全で要介護状態にあっても住み慣れた家で苦しまずに死ぬことができることを確信し、ならば「自分も家で死にたい」と思うであろう。
 この流れ、どんどん広がっていってほしい。

安らぎ


 ところで、在宅ホスピス緩和ケアを行うにあたっては、ケアを提供する側(医師、看護師、介護士、ケアマネ、ソーシャルワーカー、地域のボランティアなど)は、関連する様々な知識や技術を身につけておく必要があり、その上で患者や家族とのコミュニケーションをはかり信頼関係を築くこと、多職種のチーム連携、最新テクノロジーを使った情報共有なども大切である。
 一方、患者や家族側にも望まれるものがある。 

 それは病院信仰を捨てることです。病院や主治医を信頼することは大切ですが、病院や主治医が言っていることを何から何まで鵜呑みにしてしまうと、判断を間違えます。そうではなくて、あくまでも冷静に、客観的に、病院の主治医の話をよく聞くことです。

 せっかく当人は家で最期の充実した時を過ごしていたのに、死に間際にパニックとなった家族が救急車を呼んでしまい、病院に運ばれて延命処置を施され、結局苦しみながら亡くなった、というケースがよく聞かれる。
 戦後生まれの我々は、「何かあったら病院!」という思いに強く支配されている。その背景には、目の前で人が死ぬのを経験したことのない人間が多くなったということもある。つまり、「死が怖い」。(付け加えれば、目の前で人が生まれるのも経験しなくなった)

 在宅ホスピス緩和ケアとは、病院から「死」を取り戻すことなのである。



評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 本:『ユマニチュード入門』(本田美和子、イヴ・ジネスト、ロゼット・マレスコッティ著)

2014年医学書院

 ソルティが介護施設で働き始め認知症フロア担当になったばかりの頃、先輩女性スタッフから「い」の一番に注意を受けたのは、「Sさんを絶対転ばせないように!」ということだった。
 Sさん(80代女性)は脳梗塞による片麻痺のため歩行困難で、歩くときは馬蹄型の歩行器を使っていた。が、認知のあるSさんは肝心の歩行器をほったらかしにして歩き出してしまうことがたびたびあった。転倒は必定である。常に職員の目の届く場所にいてもらい、移動の際は見守る必要があった。
 先輩スタッフは言った。
「前に一度転んで骨折したのよ。そしたら娘がすごい剣幕で怒鳴り込んで来て、こんど転ばせたら訴える!って」

 たしかにその娘ならやりかねなかった。
 某政党の区会議員で、押しの強さと舌鋒の鋭さにはだれもがタジタジとなる。介護スタッフの内輪では「レンポウ」とあだ名されていた。週一回母親であるSさんを見舞いにやって来るのだが、その際、ちゃんとケアされているかどうか彼女なりにチェックして、気になることがあれば職員をつかまえて指導していく。もともと病院の看護師をやっていたのでプロとしての自負もあるらしかった。
 むろん、入所している親に少しでも良いケアを望むのは家族として当然であるし、我々スタッフが業務多忙や不注意や技術不足のため、いろいろなことに手が回らない、目が行き届かないのは事実なので、注意を受けるのも致し方なかった。
 しかし、娘が本当にSさんのことを親身に思っているのかというと、「あやしいもの」というのがスタッフ共通の意見だった。
 というのも、娘がどこかで調達してくるSさんの洋服は、Sさんの好みではなく明らかに娘の好みで、80代の女性には派手すぎる(下着も含めて)ものばかり。Sさんと娘との会話の様子を見ていると、一方的に娘がなにやかやと命じるばかりで、Sさんは面倒くさそうな顔で頷いている。娘が帰るとSさんはほっとした表情で、「ああ、鬼がいなくなった」と言うのであった。(10分後には娘が来たことを忘れて、楽しそうに歌レクに参加している)
 ともあれ、Sさんを転ばせないことを第一の使命と任じ、慣れない認知症介護の仕事に取り組んだ。


歩行器


 施設介護の仕事をしていて感じる理不尽については別の記事でも書いたが、施設外の生活空間で常識とされるものが、施設では通らない。施設外にいる人々が当たり前に享受している自由の大半が、施設に入ると奪われてしまう。外出する自由、食べたいときに食べたいものを食べる自由、寝たいときに寝る自由、起きたいときに起きる自由、一人でトイレやお風呂に入る自由、夜間邪魔されずにぐっすり眠る自由・・・。
 なぜそんなことになってしまうのかと言えば、施設介護では「安全と効率」が一番重視されるからである。ソルティの個人的見解では、次のランク付けとなる。 
  1. 安全 ・・・・転ばせない、誤嚥させない、薬を間違えない、傷つけない
  2. 効率 ・・・・時間をかけない、業務を滞りなく行う、利用者を待たさない
  3. 衛生 ・・・・感染症を防ぐ、清潔を保つ、見栄えをよくする
  4. 正確 ・・・・正しく負担のない介護技術
  5. やさしさ 
 介護の仕事におそらく誰もが求めるであろう「やさしさ」が後回しにされ、「安全と効率」に第一席を譲ってしまう。
 それが面白い現象を起こす。
 介護施設で最も幅を利かせていて「仕事ができる」とされるスタッフは、利用者にやさしい職員ではなく、安全確保と効率性に秀でた職員である。やさしくて利用者思いだけれど、ドジで不器用で何事にも時間がかかるスタッフは肩身が狭い。「あの人と組むと業務が回らなくて、こちらの負担が増える」と、他のスタッフから敬遠される傾向にある。新しく入職したスタッフと組んで、「この人はやさしいけれどトロいところがあるなあ。大丈夫かなあ」と思っていたら、案の定、業務の多さと他のスタッフからの圧力で、3ヶ月経たないうちに辞めてしまったというケースがよくあった。
 逆に、介護テクニックは優れていて業務もスムーズに回せるけれど利用者人気はいまいち、というベテランスタッフも結構いた。彼らに共通して言えることは、認知症介護が苦手ということである。認知症介護には「やさしさ(受容と忍耐)」が必須なのである。
 
ユマニチュード入門


 ユマニチュードとは「人間らしくあること」という意味の造語である。フランスの2人の元体育教師が開発した、高齢者とりわけ認知症の人に有効なケアの技法である。すでに30年以上の実績がある。

 ユマニチュード(Humanitude)はイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティによってつくり出された、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションにもとづいたケアの技法です。この技法は「人とは何か」「ケアをする人とは何か」を問う哲学と、それにもとづく150を超える実践技術から成り立っています。
 
 ケアを行うのは病気や障害があるからですが、ケアの中心にあるのは病気や障害ではなく、ケアを必要とする人でもありません。その中心に位置するのはケアを受ける人とケアをする人との「絆」です。この絆によって、両者のあいだに前向きな感情と言葉を取り戻すことができるのです。
 
 本書では、ユマニチュードの哲学とそれにもとづいた基本的なケア技術が紹介されている。それは、一般的な介護の教科書に書かれていてソルティも習ったような歩行介助・移乗介助・食事介助・排泄介助・入浴介助の具体的技術とは違う。「見る」、「話す」、「触れる」、「立つ」の4つを柱とした相手との関わり方や、一つのケアを通して相手とどのように出会い、ケアを行い、再会を約束して別れていくかといった一連の流れである。そこには、ケアを受ける相手を同じ人間として尊重するという姿勢が貫かれている。

 合意のないまま行うケアは、「強制ケア」になってしまいます。「強制ケアを行わない」ことは、ユマニチュードの基本理念です。たとえそれが「ケアする人が相手のためを思って必要と考えるケア」であったとしても、強制的な印象をもたせたままケアを実行してはいけません。
 
 記憶の保持が困難になった人でも、幸せな気分で眠りについたという思いは感情記憶にとどまりますから、就寝時のケアは大切なのです。
 このことを理解していれば、夜間の安否確認のための訪問や、失禁していないかと確認するためのおむつ交換がどれほど悪い影響をもたらしているか想像できるでしょう。ユマニチュードを採用した施設では、睡眠を妨げる行為は、それがたとえケアという目的であってもできる限り排除しています。
 
 高齢の患者と話すときはその視野に入るように接近すること、ケアをしながら絶えず話しかけること、食事介助や口腔ケアを行う際にはいきなりその行為に入るのではなく、まず患者との信頼関係を構築すること、そして嫌がることを決して無理強いしないこと――私たちが受けた短時間のユマニチュード研修では、こうしたことを実践を交えて教えていただきました。(研修参加者によるレポート)

 ユマニチュードを取り入れたことにより、拒否が強くてこれまで誰がやっても介助できなかった相手がすんなり介助を受けたり、転倒リスクあるためスタッフの監視下に置かれて表情を失っていた患者が笑顔を取り戻し歌を唄いだしたなんて実例もあり、「革新的」「魔法のよう」と評されることもあるそうだ。
 しかし、上記の引用を見れば分かるように、「強制しない」、「眠りを妨げない」、「相手の目を見る」、「話しかける」、「信頼関係を得る」といった、相手と良い関係を作りたいのであれば当たり前のことばかりなのである。
 当たり前のことが当たり前にできないところに、いまの医療現場、介護現場の問題があり、良心的スタッフの苦悩がある。


 冒頭に紹介したSさんであるが、スタッフの努力と連携が実って施設にいる間に再度の転倒はなかった。しかるに、施設のケアレベルに満足できなかった娘は、広い人脈を使って評判の高い老人ホームを探し出し、Sさんを移してしまった。もちろん、Sさんの希望はきかずに。
 その後、ソルティが施設のケアマネから聞いた話によると、引っ越し先の施設でSさんは落ち着きを失い徘徊するようになり、スタッフが目を離した隙に転倒し、骨折と頭部外傷。運び込まれた病院で亡くなったとのこと。
 区会議員の娘が訴訟を起こしたのかどうかは知るところではない。



評価:★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



 

● 30年ぶりの帰郷 映画:『私の、息子』(カリン・ピーター・ネッツァー監督)

2013年ルーマニア
112分


 原題の Poziția copilului は「胎児の姿勢」という意味。子離れできない母親と自立できない息子の愛情と葛藤を描く。
 第63回ベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)を獲っている。


 監督自らの体験がもとになっているそうで、いずこの国でもこうした母子依存の問題は同じなんだなあと感じる。個人主義の強い欧米では、成人したら精神的にも経済的にも自立して親と子が対等の関係を結んでいる、というイメージをつい持ちやすいのだが、そんなこと全然ないのである。というより、親子の関係は一つ一つの家庭によって異なるという、ごく当たり前のことである。


 ソルティは母親になったことがないので、母親が子供を思う気持ち、とくに息子を思う気持ちは分かり得ない。父親が娘を思う気持ちとどう違うのか、どちらのほうが強いのか、も分かり得ない。個人的な見解ではあるが、父親の娘に対する思いは娘が結婚すると薄れていくような感があるが、母親の息子に対する思いは息子が結婚して自分の家庭を持っても変わらないような気がする。というのは、老人ホームで働いているときに、施設を訪ねてくる息子や娘と、入居している父親や母親との関係を間近で見ていた経験があるからだ。

 もっとも関係が濃いなあと思ったのは、やはり入居している母親と尋ねてくる息子の場合であった。多くの母親は息子の訪問を心待ちにし、息子がやって来ると本当に嬉しそうであった。普段は食堂でうつらうつらしている母親も、息子が訪ねてくるときだけはシャキッとして会話し、職員の介助ではなかなか進まない食事も息子の介助だと完食するのである。なにより表情が違う。
 これは相手が娘のときより息子のときのほうが顕著であり、既婚の息子より未婚の息子のほうが顕著であった。90歳を超えた車いすの母親が、70歳近い一人暮らしの息子を「〇〇ちゃん」と呼び、その生活をあれこれ心配りするさまは、滑稽を通り越して崇高さを感じるほどであった。
 それにくらべると、父親と娘との関係はお互いに遠慮しているところがあるのか、さばさばしていた。思うに、この場合、すでに親子の関係は精神的に逆転しているからであろう。
 つまり、男は結局、「いつまでたっても子供」と女たちから見られているってことだ。


父と息子


 約30年ぶりに両親のいる実家に戻って3か月になる。
 30年前に家を出た理由の一番はやはり「自立したい」であった。物理的にも経済的にも精神的にも。うち10年間は距離的にも(埼玉と仙台)離れていて、会うのは一年に一回だった。

 結婚したわけでも子供を持ったわけでもないソルティが、30年間でどれくらい「自立」したのか正直よくわからない。いまは食事も洗濯も親任せで、元の黙阿弥という気もする。
 が、半世紀以上も読売新聞と週刊新潮を購読し続け自民党に投票し続けている両親と、その2つのメディアが嫌いで自民党に入れたことのない自分は、まったく別の価値観を有する同士である。若い頃は、その価値観の違いゆえに一緒に住むのもうざったかった。保守的価値観をバックボーンとする両親の言動が、こちらの自由を阻害する気がした。とくにセクシュアルマイノリティであるソルティにとって――。

 いまは両親も老いて気が弱くなったせいか、あるいは社会的には一線を退いた思いがあるせいか、あるいは福祉畑で働く独身の息子がいるメリットを思ってか、うるさいことを言わなくなった。(母親は、風呂のふたを閉め忘れるといった生活上の瑣末なことには相変わらずうるさいが・・・)
 とりあえず波風立たず共生している。




評価:★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 本:『死ぬ権利はあるか 安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値』(有馬斉著)

2019年春風社

 第25回参議院議員選挙が終わった。
 今回新たに候補者を立てた政治団体の中でソルティが動向に注目していたのは、『NHKから国民を守る会』、山本太郎が代表を務める『れいわ新選組』、そして『安楽死制度を考える会』であった。

 欧米を中心に海外では、尊厳死はもとより安楽死を法制化する国が増えている。
 安楽死と尊厳死の違いは以下の通りである。

 尊厳死は、延命措置を断わって自然死を迎えること。たとえば、胃ろうの中止・中心静脈栄養法など点滴の停止・人工透析の中止・人工呼吸器を外す・抗がん剤の投与中止など。消極的安楽死とも言われる。安楽死は、医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を早めること。積極的安楽死とも言われる。もちろん、どちらも「病気が不治で末期状態にあること」、「本人の意思によること」という条件が前提である。
 
 日本の臨床現場では、尊厳死は容認され実施されてもいるが、安楽死は認められていない。法制化されておらず、厚労省や日本医師会などは独自にガイドラインを作成している。
 『安楽死制度を考える会』は、尊厳死だけでなく安楽死も視野に入れ法制化することを訴えている。公式ホームページによればその訴えは次の7点。 

① 自分の最後は自分で決めたい
② 制度を使いたくない人は無視すればよい
③ 耐え難い痛みや辛い思いをしてまで延命したくない
④ 人生の選択肢の一つとしてあると「お守り」の様に安心
⑤ 家族などに世話や迷惑を掛けたくない
⑥ 将来の不安に備えた貯金をする必要がない
⑦ 予算を掛けずに国民が安心感を感じれる
(「安楽死制度を考える会」ホームページより)


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 著者の有馬斉(ひとし)は1978年生まれの研究者。倫理学、生命倫理を専門とし、現在は横浜市立大学の准教授である。本書あとがきによると、当ブログで紹介した『不動の身体と息する機械』を書いた立石真也の研究プロジェクトに参加した経験がある。そこから推測されるように、このテーマに関する有馬の基本姿勢は、安楽死も尊厳死も容認せず、法制化反対である。 

本書の主題は、他人の死期を早めうる主に臨床的なふるまいの是非である。そこで、容認派と反対派の双方からこれまでに提出されてきた主要な議論を整理し、検討する。最終的には、一連の臨床的ふるまいが道徳的に正当化できる(また、法的に許容されるべき)場合の有無、範囲、根拠まであきらかにすることを目指す。

・・・・最終的には、生命維持医療の見送りと、致死薬の使用、持続的で深い鎮静のすべてについて、道徳的に正当化できるのはきわめて限られた場合のみと考えうることを述べる。具体的には、患者の知覚と意識が不可逆的に喪失している場合と、患者が理性的に思考するのを困難にするほどの著しい苦痛に苛まれている場合である。また、これらふたつの場合にかんしても、法律を設けて許容することは、社会的弱者に悪影響を及ぼすと予想できるため推奨できないことを指摘する。

(標題書より引用、ゴチックはソルティ付す)


 有馬はまず、内外の先行研究の分析をもとに、現時点で考えられる安楽死&尊厳死容認派の根拠となる理論を次の3つに整理して掲げている。
  • 1-1 自己決定の尊重(上記の『安楽死制度を考える会』の訴え①と②はこれに含まれる)
  • 1-2 関係者とくに患者本人の利益の重視(③~⑥はこれに含まれる)
  • 1-3 医療費の高騰を抑える(⑦はこれに含まれる)

 一つ一つの理論について、その内容とポイントを読者にわかりやすく説明したあとで、その理論に対してこれまでに提出されている反対意見や理論の欠陥と思われるところを示す。最終的には3つの理論すべてを論理的に否定し、容認派の根拠を崩している。
 とは言っても、上記引用に見る通り、有馬は尊厳死に100%反対しているわけではない。例外を設けている。上記のゴチック部分は、『安楽死制度を考える会』の訴えの③に部分的に相応している。(ちなみに、「患者の知覚と意識が不可逆的に喪失している場合」とは、たとえば脳死による植物状態のことである)

 次に有馬は、安楽死&尊厳死反対派の根拠となる理論を次の3つに整理して掲げている。
  • 2-1 社会的弱者への悪影響
  • 2-2 生命の神聖さ(Sanctity Of Life)に対する冒瀆
  • 2-3 人の尊厳に対する冒涜
 このうち 2-2 の「生命の神聖さに対する冒涜」という理論については、安楽死&尊厳死反対の根拠として説得力に欠き成立し難いものであることを論証する。つまり、「生命というものはそもそも神聖なものだから、安楽死や尊厳死はあってはならない」という理屈は通用しないということだ。この理屈を通用させるためには、人類は蚊取り線香の使用や食肉や戦争や妊娠中絶や死刑をただちに止めなければならない。むろん脳死患者も生かすべきである。
 残りの2つの理論(2-1 と 2-3)についても、そのまま無検討で通過させることはせず、これまでに提出されている反論を紹介し、それについてまた反駁するという手続きを取っている。それによって、2-1 および 2-3 については批判的検証にも耐え抜くことのできる核があることを明らかにせんとしている。
 
本書全体の最重要の眼目は、次のふたつのことを主張することにある。ひとつは、患者の死期を早めうる医療者のふるまいを容認するルールが社会的弱者を脅かすことにある。もうひとつは、同じ医療者のふるまいが、人の存在の内に宿る価値にたいして払われるべき敬意と相いれないことである。患者の死期を早めうるふるまいの是非について検討するとき、またはこれにかかわる具体的な政策の妥当性を評価する場面では、これら二つの否定的側面(デメリット)が考慮されなくてはならない。
 
 「社会的弱者への悪影響」はともかく、「人の尊厳に対する冒涜」が理解しにくいかもしれない。「生命の神聖さ」とどう違うのか?――と思う向きもあるかもしれない。
 有馬によれば、これはドイツの哲学者カントが道徳規範の唯一の根拠にして基準であるべきと考えていた「人格を手段化してはならない」という命題に拠っている。この場合の「人格」とは、合理的本性が備わった理性的存在者を指して言う。

カント理論では、人が内在的価値を持つとされるのは、人間が合理的本性を有する理性的存在だからである。

 人間は合理的本性を持つ理性的存在である(=人格を有する)がゆえに、他人のみならず自分自身をも手段化してはならない。端的に言えば、人間存在そのものに特有の価値があり、生の目的は理性のうちに生きることにある。その価値や目的をないがしろにする安楽死や尊厳死は到底許容できないという見解である。

自殺についても同様である。つらいから、苦しいからという理由で自殺することは、自分という存在にたいする適切な敬意を欠いたふるまいだと理解することができる。その人は、自分という存在について、楽しく幸せでいたいという自分の中の欲求を満たすことができるための前提としてのみ価値があると考えていることになると思われるからである。また、そのような理由でだれかが自殺するのを私が手伝うとすれば、私もまた、相手の存在がそのような価値しか持たないものだと認めていることになるだろう。

 自殺についても同様なら、死刑についても同様というべきだろう。合理的本性を持つ理性的存在とみなし得る死刑囚は世に存在するからだ。ゆえに、カント理論(=人の内在的価値)を足場にして安楽死&尊厳死に反対する者は、当然死刑制度についても反対表明しなければならないはずである。


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 国の内外の容認派の意見、反対派の意見、またそれぞれについての批判や反論が、網羅的に紹介され、丁寧に解説され、きめ細かく検討されているところが、本書の一番の美点である。一読すれば、このテーマに関する論点の全貌が把握できて、安楽死や尊厳死に関する読者自身の意見なり希望なり感情なりが、「どこに立脚しているか、何を根拠にしているのか、どんな反対意見を予期し迎え撃たなければならないのか」、を具体的に確かめることができる。いわば、このテーマについての見取り図とGPSを得ることができる。
 それはまた、自らの死生観、生命観、人生観、幸福感、宗教観、倫理観、人権観を見つめ直す機会でもある。
 ソルティも引き続き考えていきたい。

 さて、このたびの参院選では、「れいわ新選組」から2名の重度身体障害者が当選した。筋萎縮性側索硬化症 (ALS)の舩後靖彦と、脳性麻痺の木村英子である。『安楽死制度を考える会』からの当選はなかった。
 政策決定の場に、二人の重度身体障害者を送り込んだことは、今回の選挙の最大にして最良の成果であったと思う。
 

評価:★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● ねずみっ子? 映画:『楢山節考』(木下惠介監督)

1958年松竹
カラー98分


 深沢七郎による同名小説の最初の映画化である。今村昌平監督・坂本スミ子主演による2度目(1983年版)のほうは、カンヌ国際映画祭にてパルムドールを受賞した。

 なにより驚くのはオールセット撮影!
 屋内はともかく屋外もセットなのだ。庭も畑も道も、村の広場も、崖も川も森も、雪景色も遠景も、全部セットである。
 『楢山節考』くらいセットとそぐわない題材はまずないだけに、木下の強烈な意図をそこに感じる。一昔前の日本の寒村の自然や厳しい風土、稲作文化、村社会、家督制度、祭りや因習や掟、迷信や伝承、夜這いや若衆宿、貧困と飢え、間引きと姥捨て・・・こういった日本的土俗こそが『楢山節考』のエッセンスなので、普通ならばここぞとばかりにロケハンが組まれることであろう。今村監督の『楢山節考』は、まさにそのエッセンスを漏らさず映像化したような作品であった。
 木下監督は、『カルメン、故郷に帰る』や『二十四の瞳』を持ち出すまでもなく野外ロケの名手である。同じ深沢七郎原作の『笛吹川』や開拓期の北海道を舞台にした『死闘の伝説』に見るように、大自然を背景にした人間の格闘を描く技量も持っている。『楢山節考』を野外ロケで撮れなかったはずがあるまい。(日本的土俗は漬物が嫌いだったという木下の性に合わなかったとは思うが・・・)
 また、肝心のセットにしても、とても写実的とは言えず、ハリウッド映画の『オズの魔法使い』を思わせる人工的・寓意的な作りである。


 もう一つの驚きは、歌舞伎の様式を取り入れた演出になっている点である。
 オープニングは、「とざい、と~ざい、このところご覧にいれまするは・・・」という黒子の口上で始まり、拍子木の音とともに定式幕が開く。長唄や浄瑠璃がところどころ挿入される。きわめて演劇的、というかメタフィクション作風なのである。
 これはもう確信犯である。


 木下監督は、『楢山節考』から日本的土俗を剥ぎ取って、特定の土地、特定の文化に限定されない普遍的物語に仕立て上げようとしたのである。


 で、木下が普遍的テーマとして中心に据えたのは、言うまでもない、母と息子の愛である。
 70歳を超えた母親を村の掟ゆえに楢山に捨ててこなければならない息子(=高橋貞二)の苦悩。愛する息子に負担をかけまいと自ら楢山行きを志願する母親(=田中絹代)の毅然とした振る舞い。日本人だろうが外国人だろうが、観る者は母と子の互いを思いやる愛の深さに胸をかきむしられることだろう。
 木下恵介へのオマージュである原恵一監督『はじまりのみち』を見れば分かるように、木下は大変な母親思いであった。デビュー翌年に陸軍省の依頼で戦意高揚映画として制作した『陸軍』は、蓋を開けたらその実、出兵する息子の身を案じる母親を描いた反戦映画であり、木下は陸軍省に睨まれる結果となった。ここで母親役を演じ日本映画史に残る名シーンを残したのが、ほかならぬ田中絹代であった。木下は、田中絹代という女優に自らの母の姿を重ね合わせていたのかもしれない。

 ところで、作品中に「ねずみっ子」という言葉が出てくる。
 田中絹代演じる母は、「ねずみっ子を見る前に山に行きたい」と言う。
 どういう意味だろう?
 調べてみたら、ねずみっ子とは曾孫(孫の子供)のことであった。


長野パワースポットツアー2012夏 032


評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 総強迫性社会 本:『子供の死を祈る親たち』(押川剛著)

2018年新潮文庫

 『「子供を殺してください」という親たち』で一気に注目を浴びた押川剛による第二弾。

 先日、元トップ官僚による40代の引きこもりの息子殺しがあった。8050問題という言葉の広がりとともに、今や中高年の引きこもりは早急に対策を講じなければならない社会問題となった感がある。一千人を超える引きこもりの精神障害者を「対話と説得によって」医療につなげる民間移送サービスを行っている押川の発言力は、いや増すばかりだ。

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 「ドキュメント」と題する本書第一章では、押川が直接関わって精神科入院につなげた6人の事例が紹介されている。
 前作同様、父母・兄弟姉妹はもちろん、保健師や精神科医やケースワーカーなどの専門家でもうかつに近寄れない引きこもり当事者の危機的状況、凄まじい家庭現場の描写に慄然とする。と同時に、「なんでこうなるまで放っておいたんだ! なんでもっと早く手を打たなかったんだ!」と、親たちのあまりの鈍感さ、認識不足、現実逃避ぶりに脱力する。
 もはや押川は言いよどむことすらしない。引きこもりの一番の原因は、本人ではなくて親にある。親の価値観や生き方に問題の根っこがある。

 第三章で、押川は自身が出会ってきた沢山のケースを総括し、「なぜ家族は壊れるのか」を解説している。そこでキーワードとして提出されているのが、総強迫性社会という言葉である。これは、「〇〇でなければならない」という見栄やとりつくろいが強迫観念のごとくはびこっている現代社会のことである。

子供の心を壊してまで、「〇〇でなければならない」に執着する親には、共通する要素があります。実は、親自身が人生において無理をしているのです。たとえば、相当な背伸びをして社会的地位を手に入れていたり、極端に人の評価を気にしていたり、返しきれないほどの借金を抱えてマイホームを購入していたりします。夫婦関係が良くないのを、無理やりに取りつくろっているような例もあります。

 総強迫性社会において「〇〇でなければならない」と思い込み、その価値観を骨の髄まで身につけた親は、曲がりなりにも成功した暁に、今度は自らの子供に同じ価値観を押し付ける。核家族化、都市化、個人主義による閉鎖的な家庭環境で育つ現代の子供たちは、それ以外の価値観に触れることもないまま、親の価値観を相対化することなしに取り入れ、「〇〇でならなければならない、そうでなければ愛されない」と思い込む。それが、長じて何らかの挫折にぶち当たってうまくいかないことが露わになったとき、立ち直るすべなく、引きこもりへの道をたどる。
 劣等感と自己否定に苛まれ、挫折した自分、ケチのついた人生を受け入れることができずに鬱屈する。もはや同居している親の存在は失敗を責め立てるうっとうしいだけの抑圧装置にほかならず、一緒にいることは本人にとってマイナスでしかない。が、そこから脱出する勇気もない。
 また、早いうちから子供に個室をあたえることができ、働かない子供の一人くらいは養っていける裕福な家庭にあっては、そもそも引きこもりを可能にする条件が揃っている。親の側にも、働かずに昼日中からブラブラしている子供の姿をご近所に見せたくないというのもどこかにあるかもしれない。
 
 引きこもった子供に対して親はどうしたらよいのか分からない。それは自らの価値観と相反する現象である。「〇〇でなければならない」という思いを抱いたまま引きこもりの子供に接しても、うまく対話できるべくもない。かと言って、下手に家から追い出して、他害行為を起こされても困る。世間体もよろしくない。
 かくして、引きこもりは長引き、病膏肓に入る。

雪玉

 
 「総強迫性社会」と対峙する概念として、押川は等身大の自分というキーワードを上げている。
   
私が携わってきた若者たちのうち、うまく自立ができた例を振り返ってみると、「等身大の自分」を知り、受け入れられたことが、とても大きかったのではないかと思います。この過程においては、自分史だけでなく両親の歴史も振り返り、自分を育てたカルチャーやファミリーヒストリーを理解する、といったことを行ってきました。
 カルチャーやファミリーヒストリーを理解すると、それにより身についてしまった「認知のゆがみ」や「思考パターンの癖」を自覚できるようになります。自分はどんな思考パターンのときに失敗(あるいは成功)するのかを自覚すれば、危機的状況に巻き込まれないよう自己コントロールできるようになり、自ずと生きていく場所も定まります。
 
 「生きていく場所」は親のそばとは限らない。むしろ、親の価値観を変えることが難しいのであれば、親とは距離を置くほうが望ましいであろう。 

親子間が殺し合いになるくらいなら、あるいは心が壊れてしまうくらいなら、親が子を捨てる、子が親を捨てる、そういう選択があってもいいと思います。

 「親子は仲良くしなければならない」、「何があっても親は子の面倒を見て責任を取らなければならない」、「子は老いた親の世話をしなければならない」というのも一つの強迫観念なのであろう。


サルの家族
 

 「現場からの提言」と題する最終章では、押川の考える処方箋=「危機介入に特化したスペシャリスト集団の設立」が述べられている。これは前著でも触れられていた。今回は、昨今の福祉政策などの現状分析をもとに提言の根拠をより明らかにし、より包括的な見地から語られている。
 ここ数十年の福祉政策は全般として「施設から地域へ」という流れにある。精神障害者のみならず、身体障害者も要介護高齢者も要保護児童なんかもそう。いわゆる地域福祉(コミュニティケア)である。顔の見える社会的つながりこそが福祉の原点という意味でそれは正しいし、予算的理由からも建設・運営に金のかかる施設(病院や介護施設など)などでのケアは抑えられていくのは仕方ない。
 が、問題点もある。 

今のところ、医療機関での治療が受けられ、地域移行・アウトリーチのレールに乗れるのは、「優秀」な患者、すなわち専門家にとって「扱いやすい」患者に限られています。そこからこぼれ落ちた患者たちは、「社会的入院」や「長期入院」こそ免れるかもしれませんが、未治療や受療中断による事件化、そして司法化という「社会的制裁」を受けることになります。この現実に、私は憤りと虚しさを覚えます。

 これはよく理解できる。
 介護施設で働いていた時、まさに重度の認知症や精神障害のある高齢者ほど施設は受け入れたがらないものであることを実感した。というより、現場で働いている自分たち介護職こそがそうした困難事例をあからさま煙たがった。クレーマー家族がいる高齢者も然りである。
 仕事がしんどくなるというのも理由として大きいが、そればかりでなく、一人でもそういう対応困難なケースがあると、他の入居者の安楽な生活を保障することが難しくなるという点もある。
 公共スペースで一日中わけのわからないことを大声で叫び続けている高齢者の姿を想像してみてほしい。認知症の人は感情伝播しやすいので、次から次へと不穏が広がり、やがてフロア全体がカオスとなる。「薬(精神安定剤)でも盛るしかない」とつい思いたくなるではないか。
 一方で、「患者や障害者の人権を守ろう」という掛け声は普遍化しているので、隔離や器具等による身体抑制や投薬による精神抑制はそう簡単には行えない。なら、初めから受け入れないに限る。
 病院の場合、ある一定期間が過ぎれば医療保険の点数が下がるので、患者を長く置いてもおけない。幸いなことに、お上は「施設から地域へ」と謳っている。
 かくして、重篤な精神障害者のような対応困難な人ほど地域に戻されていく。
 ここにはダブルバインドがある。
 
 官僚や学者などの有識者のつくる「きれいごと」では済まされない現実がある。
 ここ最近の引きこもり関連の事件は、その現実からは当の官僚や有識者ももはや目をつぶっていることができないはずと訴えているように思われる。
 いや、総強迫性社会の勝者である彼等の家庭にこそ、まさに当事者が生まれやすい素地があると言うべきか。



評価:★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損






● メロドラマの力 映画:『愛染かつら(総集編)』(野村浩将監督) 

1938年松竹
89分

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花も嵐も 踏み越えて
行くが男の 生きる道
泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
月の比叡を 独り行く

優しかの君 ただ独り
発(た)たせまつりし 旅の空
可愛い子供は 女の生命(いのち)
なぜに淋しい 子守歌
(西條八十作詞・万城目正作曲)

――の劇中歌で有名な元祖すれちがいメロドラマである。

この歌のタイトルを自分はまんま『愛染かつら』だと思っていたのだが、違う。
『旅の夜風』というのである。

以前勤めていた老人ホームで歌レクをやるとき、この曲でいつも盛り上がった。
70代から100代まで、参加する全員が歌えた。
とくに女性でこの歌を知らない人は皆無であった。
戦前に120万枚の売り上げを記録したというのだから凄い。

「この歌はある映画の主題歌です。何の映画でしょうか?」と問えば、
ほぼ全員が「愛染かつら!」と答えた。
「主演していたのは何という名前の俳優でしょうか?」と聞けば、
「上原謙と田中絹代!」と、ほぼ半分が正解した。
田中絹代を、高峰秀子や高峰三枝子と間違える人がちらほらいた。
「この映画はカツラを失くした男の悲劇でしたね?」とボケると、
そこそこウケたあと、頭のしっかりしているレディーたちが物語の筋を話してくれるのであった。
「主人公は看護婦さんで、お医者さんと惚れあうんだけど、なかなか結ばれなくて・・・」
「そうそう。彼女には子供がいるのよ。それを上原謙が知って、他に男がいると勘違いして・・・」
「最後は彼女が歌手になって、上原謙が病院の看護婦たちと一緒にその舞台を見に行くの・・・」
こうなると、老女たちの瞳はランランと輝き、表情には生気が満ち、口ぶりも確か。
聞いているだけのレディーたちもいちいち頷き、楽しそうに回顧している。
こういうのを回想法というのだろうか。
『愛染かつら』『君の名は』『愛と死を見つめて』『ベルばら』『冬のソナタ』『世界の中心で、愛をさけぶ』・・・等々、女性にとってメロドラマは永遠の滋養強壮サプリである。

松竹のトップアイドル時代の田中絹代が初々しい。
どんな役でもこなしてしまう後年の名女優の風格はここにはまだないものの、生涯最後まで保ち続けた山口弁なまりの入った耳朶に残る甘やかにして郷愁をそそる口調が、容貌的には十把一絡げと言ってもよいであろう彼女を主演女優たらしめるほどのインパクトをもたらしている。
あの声とあの喋りには抗しがたい魅力がある。

今風に言えば、田中絹代が演じるヒロインは、手に職をつけたシングルマザー。
職業婦人であり、母親であり、寡婦であり、恋する女であり、ついには歌手デビューを果たす一介の主婦である。
日本じゅうの女性はこぞって、自身を田中絹代に投影したのであろう。




評価:★★★

★★★★★ 
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● 記憶にございません

 3月15日(金)はご存知の通り、平成31年度市民税申告書の申告期限である。
 ソルティは11日の月曜日にふと思い立って、市役所に申告に行くことにした。郵送でも可なのだけれど、市役所近くの図書館にも行きたかったので、ついでに寄れる。


税金申告

 
 事前に送られてきた申告書を取り出して机に広げたはいいが、肝心の年末調整票がないことに気づいた。それがなければ、昨年度の収入も、収めた社会保険料もわからない。
 いつも公的書類を保管しておく引き出しの中を探したが、見つからない。

 そうか!
 考えてみたら、昨年8月に仕事を辞めたので、いつもなら12月の給料日に給与明細と共にもらう年末調整票をもらっていないのであった。
 申告書の欄外を見たら、年末調整票でなくとも、収入の状況が分かるものがあればいいらしい。昨年もらった給与明細を引き出しに探した。

 ・・・・見つからない。
 
 そうだった。
 昨年9月末に四国遍路に行く前に、旅先で何があるか分からないからと思い、若干の身辺整理をしたのである。その際、辞めた職場の給与明細なんかもう要らないと思って、ごっそり捨てたのであった。
 ならば、給与振り込みを記帳した銀行通帳で代替できないものか。
 市役所の税務課に電話してみた。
「辞めた会社に電話して、年末調整票をもらってください。今日は月曜ですから、まだ十分間に合いますよ」と言う。

 役所に行くのはあきらめて、辞めた職場に電話した。
「昨年辞めた者ですが、年末調整票をいただきたいんです」
「あれ? 送られていませんか? 普通はお辞めになられた後、1カ月後くらいにはお送りしているんですが・・・」
「いや~、もらっていないですねえ。手元にないんですよ」
「・・・そうですか。わかりました。じゃあ、今日中に速達で送ります」
「ありがとうございます」

 一度開いた申告書をたたんで封筒に入れ、所定の引き出しに戻そうとしたとき、「平成28年度申告書関係」と表に黒マジックで書いてある茶封筒が目に入った。
「まさか・・・・な」
 中をあらためた。

・・・・・あった。

 平成28年度の年末調整票や控除に必要な生命保険料払込み証明書など、申告に必要な書類にまじって、元の職場が発行した「平成30年分給与所得の源泉徴収票」が隠れていた。
 ちゃんと送られていたのだ。保管する際に、よく考えないで適当な場所に入れてしまったのだ。

 すぐに電話をかけなおした。
「すみません。さきほどの年末調整の件、探したら出てきました。送っていただかなくて大丈夫です」
 しどろもどろ・・・。

 結局、「もらっていない」と、嘘をついてしまった。
 なんといい加減な人間、と思われたことやら・・・。


ピノキオ


 しかし、ソルティの中では嘘をついたつもりはみじんもなかった。
 つまり、もらったものを不注意で失くしてしまったのに、それを隠して、「もらっていない」と嘘を言ったわけではない。
 本当に、「もらっていない」と思っていたのである。
 もらったことを完全に忘れていたのだ。

 おそらく、遍路に行く直前に郵便で受け取った時、「年末調整が来た。これは来年3月に申告で必要になるから、ちゃんと保管しておこう」と思ったはずである。そして、「とりあえず、ここに入れておこう」と、引き出しの中で目についた『平成28年度申告書関係』の茶封筒に入れたのだろう。
 そのとき面倒くさがらずに、『平成30年度申告書関係』という封筒を別に作ってそっちに入れておいたら、あるいは裸のまま引き出しに入れておいたら、すぐに見つけることができて難儀はしなかった。
 ちょっとした手間を惜しんだゆえの失態である。


飛行機

 
 1976年にロッキード事件が日本を揺るがした時、国会で証人喚問された国際興業グループ創業者の小佐野賢治はこう繰り返した。

「記憶にございません」

 このセリフはその年の流行語となった。
 小学生だったソルティは、子供心に、「莫大な金をもらったことを覚えていないわけがない。ふざけんな!」と思い、大の大人がこともあろうに国政の場で、平気で嘘をつくことに失望と憤りを覚えた。
「あんな大人にだけはなりたくない!」
 
 しかし、50歳を超えた現在、「記憶にございません」というセリフがあながち嘘いつわりでない、リアリティある文句であることを実感しつつある。
 子供の頃や若い頃には思いも寄らなかったくらい、ほんとうに記憶が落ちる。半年前でも覚えていないことが多い。
 若年性認知?

 今回の場合、「もらっていない」と言ったから嘘になった。
 「もらった記憶がない」→「もらっていない」と早合点して口にしてしまったのだが、「もらった記憶を忘れる」という、いま一つの選択肢が存在したのである。
 そしてまた、「もらっていない記憶」というのはそもそも存在しないから、「もらっていない」という証言ほどあてにならないものはない。「もらった」ことを覚えているか、忘れたか、そのどちらかしかあり得ない。
 そう、「記憶にございません」と言えば、少なくとも嘘にはならなかった。

 自分の記憶力が今や信用ならないことを自覚して、これからは「記憶にございません」をソルティの辞書にゴチックで加えておくことにしよう。


P.S. 小佐野賢治は、上記の「証言」が偽証罪(議院証言法違反)に問われ、翌1977年(昭和52年)に起訴され、1981年(昭和56年)に懲役1年の実刑判決を受けた。判決が言い渡された翌日に控訴したものの、その後1986年(昭和61年)10月に小佐野が死去したために被告死亡により公訴棄却となった。(ウィキペディア「ロッキード事件」より抜粋)


ピーナッツ
この画像の意味、若い人には分かるまい
 
 





● 本:『親を送る その日は必ずやってくる』(井上理津子著)

2015年集英社
2018年文庫化

 異色の風俗ルポ『さいごの色街 飛田』の著者による、親の介護&見送り体験記。臨場感あふれる筆致と周到な観察は、さすがプロのライターである。
 
 ことは、著者の母親が台所仕事中に大火傷してしまったところから始まる。すぐ病院に行って手当を受ける。数日の入院は必要だが、命に別状はなかった。ホッと安心して胸をなでおろした翌々日、母親の容態は急変する。
 エコノミー症候群――。長時間ベッド上で同じ姿勢でいたことで足か手に血の塊ができ、それがトイレに行くため急に体を動かしたタイミングで、肺に飛んだのであった。
 集中治療室に入れられ、あっという間に意識不明、延命治療状態となる。
 変わり果てた母親の姿にショックを受けるも、親戚一同を呼び集め、医師の説明を聞く。生命維持装置をはずすかどうかの決断を迫られる。
 はじめて経験する身内の通夜と葬儀の手配。金の算段。関係者への連絡。次から次へとやることが出てくる。
 すべてをどうにか済ませ、ひと段落したかと思えば、今度は父親の番。
 認知が強くなり一人暮らしは到底無理。家族交替で見守りを行いながら、入所施設探しに奔走する。その間に自分の仕事をこなす。
 母親の死から4か月、老人ホームに入った父親は肺炎で亡くなった。
 
 著者は、元気で健康だった両親を、わずか半年のうちに相次いで亡くしたのである。
 心の準備も覚悟もなく、いきなり降って来た一大事。落ち着いて考える暇もなく、次々とやって来る事案に決断や選択を迫られる著者の戸惑いや混乱、親戚一同を巻き込んだ怒涛の日々の様子が、まざまざと伝わってくる。
 家族を見送るのは、心理面は措いといても、物理的側面だけでも大変なのだと実感させられた。
 
 それにしても、先立つものはお金である。
 介護保険料、施設入所にかかる費用、タクシー代、病院の入院治療費、葬儀会社への支払い、お寺への支払い、参列者への記念品代、空になった住居の片づけにかかる費用・・・。人ひとり送るのにかかる費用のハンパないこと。
 削れるものはなるべく削りたいのが心情。とくに、お寺関係は戒名やら追善法要やら、「これ必要?」というものが多い。あらかじめ親と相談し、どうしたいか聞いておくのが無難かもしれない。
 
 著者の場合、父母と仲の良かった義理の姉が近くに住んでいて、ずいぶんと助けられている。テキパキと有能な彼女と二人三脚で最初から最後まで対処している。そのほか、自分の娘や息子、いとこ、叔父や叔母、甥や姪、元夫なども協力的である。家族関係、親戚関係、それに友人関係が良いことは、こういう場合、ものを言うなあと思った。檀家寺のある人なら、普段からお寺と懇意にしておくことも役立つだろう。
 
 考えようによっては、悲しみにくれている暇を許さない葬送のバタバタは、かえって有益なのかもしれない。大切な身内が亡くなった後の一番大変な、一番しんどい瞬間を、大勢の人と一緒にいられること(いざるをえないこと)は、当人の落ち込みを緩和する働きがあるのではなかろうか。

  
ふと鏡を見る。私の顔は、五十二歳の顔だ。皺もシミもほうれい線もある。生え際に白髪も混ざっている。五十二歳は、間違いなく十分に大人――人生の後半を歩いている、いい大人だ。後悔ばかりしている五十二歳。情けないなあ。もっと若く親を亡くした人だって、もっと悲惨な形で親を亡くした人だって、世の中にはごまんといるのに。七十九歳と八十四歳の親が亡くなったことが、そんなにも悲しいのか、と自問する。悲しいのである。


 世の中には準備できることと、準備できないことがあるよな。
 読後、親に安否確認のメールを送った。



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評価: ★★★

★★★★★
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● 本:『介護士 K 』(久坂部洋著)

2018年角川書店

 本作のモデルとなっているのは、2014年神奈川県川崎市の有料老人ホームで起きた「アミーユ川崎入居者連続殺人事件」である。夜間、施設の上階のベランダから複数の入居者が転落死し、夜勤に入っていた職員が逮捕された事件である。当時、介護現場で働いていたソルティは、他人事でない怖さを覚えたものである。

 他人事でないというのは、高齢者虐待の最たる原因は介護者のストレス(怒りや絶望や無感覚)にあり、介護職員のストレスはいずこの介護現場も多かれ少なかれ存在するからである。業務の多忙さ・煩雑さ、尋常でなく世話のやける利用者、目の離せない認知症患者、口うるさい家族、夜勤による生活リズムの乱れで疲れの取れない身体、休憩もまともに取れず有休消化など夢のまた夢、なにより命を預かっている責任の重さ、にもかかわらず低い賃金・・・。どんなに優しく忍耐力ある介護職員でも、利用者にムカッとなったことがない人は稀だろう。ソルティも何度ムカッとなったことか。

 ソルティのいた施設は、どちらかと言えば裕福な人が住まう地域にあった。優秀な人材が規定数どおり揃っていたし、労働条件はしっかり守ろうという空気があった。緊急時でなければ休憩時間はちゃんと休めた。有休もある程度は取れた。数ある介護施設の中では、職員にやさしい職場だったのではないかと思う(よそを知らないので比較できないのだが)。介護保険制度前からの社会福祉法人だったという点は大きいだろう。

 介護保険制度後、うわべだけの福祉理念を振りかざす利益最優先の介護企業が続々登場した。そういうところではスタッフの労働環境は二の次にされるから、たまるストレスの半端ないことは容易に想像される。また、誤解を恐れずに言えば、上記の事件があったのが川崎という昔から低所得者層の多い地域であったことも、無視できない一因だと思う。本人にも家族にも施設を選ぶ余裕などないからである。
 条件が一つ違えば、ソルティのいた施設でも、あるいはソルティ自身が、高齢者虐待を行ってしまうリスクはあった。他人事ではない


介護士k


 アミーユ川崎事件の被疑者(1審で死刑判決、現在控訴中)の動機がどんなものかは知らないが、警察は「介護のストレスから犯行に及んだ」とみているらしい(ウィキ「川崎老人ホーム連続殺人事件」参照)
 しかるに、この小説の主人公である介護士Kの殺人動機は、たんなる怒りやストレスではない。そこがこの小説のユニークなところであるとともに、怖いところでもある。

 若くルックスにすぐれ、仕事熱心で親切で、入居者(特に女性の)から慕われ、感心にも将来は医者を目指しているK(恭平)は、職場に飾られた入居者の写真を見てこう独白する。面会に来た家族に見せるための催し物の折の写真である。

 車椅子に座らされた老人の仏頂面、早く終わらないかと苦痛に耐えるしかめ面。よく見れば、半分泣いているような人もいる。折り紙させられ、童謡を歌わされ、職員が扮した鬼に豆の代わりの落花生を投げさせられる。楽しいふりをしているが、心の中では幼稚園児のように扱われることに忸怩たる思いが渦巻いているにちがいない。
 この先、いくら頑張っても、事態が好転することはない。老いては衰え、不如意が増えるだけだ。老人を介護するということは、不幸を長引かせることではないのか。世間は猫なで声で「いつまでも自分らしく」とか、「老いても元気に明るく」などと調子のいいことを言っているが、実態は悲惨の極みだ。

 元気な高齢者もたしかにいる。しかし、それはごく一部だ。死にたいという者にまで生きろというのは、健常者の驕りではないのか。それは一種の虐待だと恭平は思う。
 少しでも入居者に喜んでもらおうと頑張ってきたが、介護が虐待につながるとしたら、いったい自分は何をしているのか――。


 著者の久坂部は、介護士Kの動機として、怒りやストレスでなく「善意」を設定したのである。つまり、もはや「死」しか解放手段がないほど苦しんでいる高齢者に対し、それを提供するという動機である。
 介護現場にいたソルティは、このKの動機を絵空事とか理解困難とか常軌を逸しているとか、一概に決めつけることができない。長く生きたばかりに、老いの苦しみを残酷なほど峻烈に味わわされている利用者をこの目で見てきたからである。「殺してくれ」と哀願する人や自傷行為を行う人も一人や二人ではなかった。(いったん施設に入ったらまず自殺はできません)
 だが、介護現場を知らない世間一般は「善意」という動機をすんなりとは理解できないだろう。
 そこで著者は、悲惨な老いの現実をこれでもかこれでもかとばかりに描き出す。一人一人の丁寧なケアにまでとても手が回らない介護現場の殺気立った様子も描き出す。さらに、Kに影響力をもつ黒原という医師を登場させ、日本の高齢者福祉対策の限界、今後の危機的状況をデッサンさせ、死を肯定する論理を語らせる。

 今の日本は自由で豊かで安全な国だ。だから、情緒的軟弱が蔓延している。優しさ、共感、思いやり。そういうものは一見、よさそうに見えて、実は人々を堕落させる。必要なのは忍耐、克己、死をも恐れない信念だ。


 「自分をごまかすことなく、甘っちょろい期待や、まやかしの希望にすがることもせず、現実を直視し続ける強さ」といった知的強靭さを推奨する黒原は、おのれの信念に殉じたのかどうか知らぬが、専門家ならではの技術を用いて安楽自殺してしまう。

 著者は現役の医師でもあるらしい。日本の福祉医療の状況はもちろん、介護現場の大変さにも要介護高齢者の苦しみにもくわしいことが知られる。なんとなくこの黒原という医師は、著者のネガティブな面の分身のような気がする。
 
 警察やマスコミの包囲網が狭まるなか、ついにKは、自分を取材してきた女性ルポライターに「善意からの殺人」を告白し、自首し逮捕される。死刑される望みを口にさえして――。
 ところが、どっこい。
 苦しむ高齢者を見るに見かねての善意の殺人という動機で最後まで持って行くのかと思ったら、そうではなかった。Kは自供を翻し、弁護人を変えて、一転無罪を主張し始める。自白はルポライターに「そそのかされた」と言う。
 結局、Kは一人のサイコパスに過ぎなかったのである。
 
 この結末のつけ方でテーマがぼやけてしまったように思われる。
 疲弊する介護現場、安楽死の是非、日本人の死生観・・・等々、せっかくの問題提起が、反社会的人格障害といった個人要因レベルに引き落とされてしまった。すべては一人の常軌を逸した男が悪いという結論に収斂されてしまった。

 後味の悪い、デモーニッシュな余韻ばかりが残った。



評価: ★★


★★★★★
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● 本:『ヤクザと介護 暴力団離脱者たちの研究』(廣末登著)

2017年角川新書

 任侠ヘルパーの実態を書いた話かと思ったら、「介護」そのものは呼び水のようなもの。確かにヤクザを辞めて介護職に就いた男の話は出てくるけれど、それは数ページのみで本筋ではない。その意味でメインタイトルはやや詐欺的(笑)。

 著者は1970年福岡生まれ。犯罪社会学を専門とする研究者である。『ヤクザになる理由』『組長の娘』などの著作をもつ、通称「暴力団博士」。
 本書は、「暴力団離脱者が社会復帰する際、どのような思いをし、いかなる障碍があるのか」を、内外の既存研究や当事者へのインタビューなどのフィールドワークをもとに描き出し、元ヤクザの社会復帰が進むためにはいかなる条件が必要であるかを記したものである。社会福祉の専門用語で言うところのソーシャル・インクルージング(社会包括)がテーマである。

 別記事に取り上げたドキュメンタリー『ヤクザと憲法』(東海テレビ、2015年放映)でも描かれているように、暴力団対策法、暴力団排除条例の施行以後、日本の裏社会の様相に変化が生じている。ヤクザへの締め付けが強くなり、組からの離脱者が増加している。
 しかるに、離脱者が表社会にスムーズに復帰できているかと言えば、まったくそんなことはない。本書によれば、「暴排条例が施行されてから7年間、全国で暴力団離脱者は合計4170人で、就職者数はたったの90人」という。つまり、就職率2%である。彼らが職場に定着して、いまも仕事を続けているかについての追跡調査はない。
 さらに、暴力団を離脱しても、一定期間(おおむね5年間)は、銀行口座を開設することも、自分の名義で家を借りることも、教習所に通って免許を取ることもままならない。言うまでもなく、世間の目は冷たい。
 これを自業自得と済まして放っておいていいものか?

 日々を生きるために、暴力団離脱者は稼がなくてはいけません。とりわけ、家族を養う必要がある暴力団離脱者は死に物狂いです。合法的に稼げなければ、非合法的に稼ぎます。彼らが組織に属していた時には、「掟」という鎖がありました。しかし、離脱者は掟に縛られませんし、法律にも縛られませんから、金になることなら、どのような悪事にでも手を染めます。正真正銘のアウトロー(あらゆる掟や規則に縛られぬ存在)の誕生です。

 このアウトローの増加が、日本の裏社会をさらに複雑に、さらに危険なものに変貌させている。
 かつてヤクザには、「カタギの衆には迷惑ばかけん」という一応の掟があった。表社会と裏社会に目には見えない壁があった。アウトローにはこんな壁はない。裏社会が平気で表社会に流入し、カタギの日常が脅かされている。一番わかりやすい例が、オレオレ詐欺の急増や覚醒剤の一般化であろう。
 ある組の元親分夫人(つまり姐御)は次のように述べたそうな――。岩下志麻さまの麗しき着物姿と凄みある啖呵を想像して、読んでほしい。

 ヤクザ辞めた者に、義理も人情もへったくれもないで。カネしかない。カネになることやったらなんでもする連中や・・・・・法律は締め付けすぎやで。


 離脱者のアウトロー化を抑制し、治安の悪化を防ぐためには、どうしたらいいか。著者はこう述べる。

 社会に馴染めない者や犯罪経験者、清く正しく生きられない人たちを受け入れてきた「暴力団というセーフティネット(受け皿)」が、国の政策によって機能不全になっている現在、日本の社会全体が、新たなセーフティネットとして機能しなくてはなりません。

 具体的には、暴力団離脱をスムーズに進めるための「プッシュ要因」と「プル要因」の、童話「北風と太陽」のような連動が必要という。

 プッシュ要因とは、暴力団に居続けることへの魅力の欠如のことです。警察の取り締まりの強化に起因する経済的利益や、暴力団に居続けることへの恩恵の低減は、個人を暴力団から遠ざけるでしょう。
 一方、プル要因とは代替性を指します。それは個人のライフコースにおける暴力団以外のルート、新たな(合法的)活動と道筋に引き付ける環境と状況です。それはたとえば、個人が配偶者や子どもを持ち、地域社会に再統合されて就職することです。


 本書の前半では、劣悪な家庭環境から不良、ヤクザへの道を歩んだ一人の男の人生行路がくわしく語られている。男のジェットコースターのような目まぐるしくも激しい半生と、裏社会の怖さ・底知れない活力の一端がうかがえて、読み物としても面白かった。男はムショ入りをきっかけに組を辞め、家族や周囲の助けあって職業訓練校に通い、いまは施設の介護職として働いている。高齢の入所者から慕われているらしい。介護福祉士の資格を目指して頑張っているとのこと。
 一先輩としては、後進のモデルとなるためにも、ぜひ腰痛に気をつけて働き続けてほしい。

北風と太陽


評価: ★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損








● ハローワークを楽しむ方法

 人生何度目かのハローワーク通いをしている。

 一番最初は20代の時(30年以上前)。ハローワークという名前ではなく、公共職業安定所(通称、職安)だった。はじめての経験で緊張したのを覚えている。
 今と比べると、職員の対応は良くなかった。公務員はサービス業であるという意識が全般低かった。終身雇用制の風潮がまだまだ強かったので、転職者に対するイメージは決して良いものではなかった。ソルティ自身、今よりずっと若くて、景気も今より良かったにも関わらず、「次の職が見つかるかなあ」と不安を覚えた。いったん社会の決められたレールからはずれると戻るのは難しい、という思い込みがあったのである。
 求人ファイルをめくる周囲の求職者もおおむね重苦しい表情をしていた。尾羽打ち枯らした感じの男も少なくなかった。職安に向かう足取りはいつも重かった。
 
 それが数度目ともなると、軽い軽い。
 ハローワークという名前になり、職員の対応も画期的に向上した。求人ファイルからパソコン検索に変わった。圧倒的に女性の職員、女性&若い世代の求職者が増え、フロアが明るくなった。ソルティ自身、もはやシルバー就職に近く、条件は悪くなる一方だというのに、さほど不安を感じていない。面の皮が厚くなったというか、肝が据わったというか。やっぱり、介護の資格と経験を手に入れたことが大きいのかもしれない。介護職はどこも人手不足で、有効求人倍率4倍以上と「超」売り手市場なのである。(県によってはなんと10倍を超えるところもある。ホントどうすんだろう、この先?)

 今やIT全盛――。
 パソコンの前に座るだけで、日本全国のハローワークに寄せられている40万件に及ぶ求人票を簡単に見ることができる。「年齢・希望地・希望職種・雇用期間と形態(正社員or派遣orパート)・休日・就業時間・給料・免許資格」などの条件を打ち込むだけで、希望要件にかなう何十から何万という求人が瞬時にリストアップされ、モニターに表示される。ほんとうに便利な世の中になったものだ。

 この検索作業が面白い。
 思いついた条件を入力し検索をかけると、意外な求人がヒットする。それを読んで、「こんな地域に、こんな仕事があるのか!」と世の中の広さを実感し、職種の多彩さを知る。大げさに言えば、社会の動向を垣間見ることができる。

以下、先日見つけて興味深く思った求人の抜粋。

【僧侶】
  1. 事業所   宗教法人 ××寺
  2. 就業場所  東京都××区
  3. 職種    僧侶
  4. 仕事の内容 法要(葬儀・法要等)の実務、檀家・参詣者への対応、事務、清掃
  5. 雇用形態  正社員
  6. 必要な資格 不問(僧侶資格あれば尚可)
  7. 基本給   25~27万円
  8. 賞与    あり
  9. 休日    週休二日制(基本、お休みは平日)
  10. その他   入居可能住宅あり

ソルティ:僧侶募集って結構出ている。資格不問ってのが面白い。入居可能住宅はやっぱり堂内か?


霊山寺



【技術報道専門職(ヒンディー語)】
  1. 事業所   ××防衛事務所
  2. 就業場所  神奈川県××市
  3. 職種    技術報道専門職
  4. 仕事の内容 軍事、経済、インフラ、技術移転、武器開発や一般的な話題をヒンディー語および英語のオープンソース媒体から分析しレポートを作成する。
  5. 雇用形態  正社員
  6. 必要な資格 ビジネスレベルのヒンディー語能力、TOEIC 550の英語力
  7. 基本給   25.7~28.5万円
  8. 賞与    あり(4.45ヵ月分)
  9. 休日    週休二日制
  10. その他   防衛省と在日米軍との間で締結された労務契約に基づく
ソルティ:軍事大国インドに対する日米の懸念がうかがえる。さすが給与がいい! ヒンディー語、習っておけば良かった?

インド軍



【介護技術指導員】
  1. 事業所   社会福祉法人 ××社会福祉振興団
  2. 就業場所  ベトナム フエ市
  3. 職種    介護技術指導員
  4. 仕事の内容 学生へ行う介護技術授業の補助業務
  5. 雇用形態  非常勤
  6. 必要な資格 介護福祉士
  7. 基本給   時給923~1108円(年棒で120~144万円支給)
  8. 賞与    なし
  9. 休日    週休二日制
  10. その他   入居可能住宅あり。授業のない月も給与支払い。赴任時の交通費は法人負担。
ソルティ:「介護、海外」で検索。明らかに国内の介護人材不足を海外から補う政策の一環。時給は安いが、ベトナムに行ったら高給取りになるのか? 寒さに弱いソルティ、一瞬食指が動いた。


ベトナムの夜



 そうこうしているうちに、あっという間に閉館時間となった。
 肝心の仕事探しが進まず。
 いったい、何しに来たのやら・・・。
 



 

● 本:『おらおらで ひとりいぐも』(若竹千佐子著)

2017年河出書房新社
第54回文藝賞受賞作、第158回芥川賞受賞作

著者は1954年生まれ、受賞当時63歳の主婦。

タイトルが示すように、岩手生まれの74歳老女の独白体小説である。
故郷を捨て上京、夫に先立たれ、娘息子とも疎遠になり、今や思うようにならない頭と体を抱えながら郊外の住宅地に一人生きてる桃子。
楽しい思い出、大切な思い出、悲しい思い出、懐かしい思い出は数々あれど、今は忍び寄る死の足音を聞きながら、孤独と向き合う日々を送っている。
ボケた頭が紡ぎ出すのは捨てたはずの故郷の言葉、岩手弁。

タイトルは going my way といったところか。

素の自分――親でもなく子でもなく、妻でもなく母でもなく、世間ももはや関係ない「ひとりの自分=おら」――をようやく楽しめる境地に到った女性のユニークな語りは、老いのいまひとつの形を見せてくれる。


岩手弁が秀逸である。
これが全編標準語で語られていたら、これだけの楽しさはあるまい。

50代のソルティは、たとえ老人ホーム6年余りの勤務をもってしても、80代の両親を身近に見ていても、老いを十全に理解することなどできない。
相当きついんだろうなあ、さびしいんだろうなあ、と想像するだけだ。
これは当事者になってみないと分からないことである。

思い出すのは、老人ホームで出会ったKさん(女性85歳)である。

Kさんは認知は軽度で、車いすを自分で漕いで移動することができたので、食堂にもトイレにも自力で行くことができ、着替えもゆっくりではあるがご自分でできた。
そのうえ性格は穏やかで控えめな方なので、スタッフとしてはありがたい存在だった。
起床やおやつやお風呂の時間に、Kさんの部屋に行って声掛けさえすれば、あとはほうっておいてよかったのである。

寡黙な方で、食堂にいても周囲のご利用者とあまり会話をされず、持参された冊子を熱心に読んでいることが多かった。
一度何を読んでいるのか気になって、Kさんが席を離れたときにテーブルの上の冊子の表紙を覗いたら、有名女優たちが入信していることで知られている仏教系の宗教団体の会報であった。
Kさんの穏やかで謙虚な人柄は、信仰によって培われているんだなと思った。
そう言えば、これまでにKさんの口から、自分の状況についての愚痴や泣き言、スタッフや施設に対する不平不満、他の利用者や家族の悪口、といった大方の利用者が多かれ少なかれ口にする類いの言葉を耳にした覚えがないことに気付いた。
「やっぱり、信仰を持っている人は違うなあ~」と感心した。

Kさんが入居して一か月たった頃か。
夕食の時間になっても珍しくKさんが食堂に現れないので、声をかけに行った。
部屋の扉をノックしようと思ったら、中から嗚咽がする。
なにごとかと思い、「Kさん、どうかしましたか?」と扉を開けた。
Kさんはベッドに座って、小さい肩を震わせながら泣いていた。
ハンカチを握りしめている。
枕元にはいつもの会報が見えた。
「大丈夫ですか?」
Kさんはソルティの顔を見ると、言った。
「ごめんなさい。遅れちゃって。いま支度します」
「具合が悪いようでしたら、無理しないで結構ですよ。どこかしんどいところがありますか?」
Kさんはハンカチで涙を拭うと、こちらを正視してこう言った。
「あなた、今のうち、しっかり考えて老後の準備したほうがいいわよ。本当につらいんだから。こんなにつらいとは思わなかった」
冷水を背中に注がれたような気がした。


老いとどう向き合うかは万人の課題である。
老いも死も誰にも平等に訪れるということだけは救いである。


庭先の赤い実をつけた木



評価: ★★★


★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損




● 介護の仕事17 現場を離れて (開始6年4ヵ月)

6年4カ月勤務した老人ホームを退職した。
現在、無職。
M78星雲に無事帰還した。

星雲2


辞めた一番の原因は肉体的限界である。
6年あまり酷使ししてきた腰、膝、肩の痛みが、もう誤魔化しようなくなった。
とくに、ここ1年程で急激に悪化した左肩の痛み。
左腕を床と水平以上に挙げると鈍い痛みが走る。
トイレの高い棚に置いてある介護用品(オムツパット)を腕を伸ばして取ろうとすると、ズキンッと鋭い痛みが走る。
思わず新しいパットを便器の中に落としてしまったこと数回(ヒミツ)。
五十肩の兆候である。
(ツクシさん、奇遇です)

10年ほど前に四十肩をやったことがあり、その苦しみはいまも忘れていない。
早めに治療すれば良かったのだが、自然治癒するだろうと高をくくって悪化させてしまい、四六時中痛むようになった。
重い荷物が持てない。
列車の吊り革がつかめない。
頭を洗えない。
頭から被るタイプの上衣が着られない。(前開きのシャツばかり着ていた)
夜も痛くて眠れない。
地蔵化した子泣きジジイが24時間肩に乗っている感じだった。
それが半年以上続いた。

今回も、ほうっておけば悪化の一途をたどることは目に見えている。
早めの治療が必要だ。
が、通院したところで、介護の仕事を続ける限りは治療効果は期待できまい。

しばらく休暇を取る?

痛みは消えるかもしれないが、仕事を再開したら同じことだ。
老後はきっとつらいことだろう。
無理して働けば、そのうち修復不可能なほど、肩や腰や膝を毀してしまうかもしれない。
自分の体だけならまだしも、利用者を抱え損ねてケガさせてしまうかもしれない。

また、一年くらい前から存在を主張してきたモロボシダン病もここ数カ月で本格化してきた。
健康診断や脳ドックで異常は見つからなかった。
とりあえずホッとしたけれど、原因が特定されないのもかえって気味が悪い。
さまざまな症状から素人判断するに、自律神経失調症じゃないかと思われる。
精神的な要因である。

元来、ソルティはストレスに弱い。
12年ほど前に耳鳴りとめまいが続いたことがあり、そのときはメニエール病の可能性を示唆された。
原因は「ストレスだろう」と医者が言った。
たしかにその時期は、職場の人間関係のゴタゴタで、ストレスフルな日々であった。
治療薬が効いたのか、ゴタゴタが収束したためか、そのうちに耳鳴りは治まった。
メニエールではなかったのだろう。
今回のモロボシダン病は、おそらく「ストレス+更年期障害」が原因だろうと思われる。
更年期障害は仕方ない。
半世紀以上生きてきたのだから。
(ソルティが20代の頃、今のソルティの年齢でもう定年=余生だった!)

問題はストレスである。

これまで介護の仕事をして、あんまりストレスを自覚したことはなかった。
仕事を覚えるまではもちろん精神的プレッシャーは多々あったけれど、いったん仕事を覚えて、フロアをまずまず穏便に回せるようになってからは、むしろ楽しい日々であった。
ご利用者との会話は楽しいし、認知症高齢者の介護は自らのコミュニケーション能力を磨く絶好の機会となってチャレンジングであった。
何より彼らの突拍子もない言動が面白くて、大いに笑かしてもらった。
観察眼の鋭くなってきた結果、自ら異常を訴えられない利用者の熱発や便意や発疹などをいち早く発見し、医療職に報告し然るべく対応できた時など、「自分はこの仕事が合っている!」と内心誇らしく思った。
職場の同僚もいい人ばかりで、介護現場でよく聞く派閥争いやイジメはなかった。(自分が気づかなかっただけかもしれないが)

加えて、ソルティは多趣味である。
山登り、寺社巡り、家庭菜園、クラシック鑑賞、落語、読書、映画、芝居、ボランティアやデモ、乗り鉄、資格試験にチャレンジ、こまめなブログ更新・・・・・・我ながら活発である。
職場をいったん離れたら、仕事のことはほとんど頭になかった。
そのうえに、何と言っても自分には仏教がある。
仏教という生きる糧、仏法という心の礎、瞑想修行という生き甲斐があるので、日常(=俗世間)のこまごましたことは、「どうでもいいや」と内心思っている。
仕事も人間関係も決していい加減にするわけではないが、やるだけやって上手くいかなくても、それはそれで仕方ない、別に深刻に思うほどのことではない、と思っている。
どちらかと言えばストレスとは縁遠いと思っていたのである。


夏空


一方、心のどこかで「だいぶ無理してるな」と感じているところもあった。
それは、介護の仕事5に書いたことに関係する。
そこでは、介護の仕事をはじめて10ヵ月したところでソルティが感じた違和感を挙げている。
  1. 利用者が「外に出られない」ということ
  2. 利用者が「好きなものが食べられない」ということ
  3. 利用者が「始終監視される、あるいはプライバシーがない」ということ
  4. 利用者が「好きな時に起床できない、横になれない」ということ
  5. 利用者がリハビリする意味について
  6. 利用者が「暇をもてあます」ということ
  7. 介護者であるソルティが「嘘をつくこと」について

施設の外の世界(一般人の生活空間)と施設の中の世界(介護生活空間)とは勝手が違う。
外の世界の「あたりまえ」が中の世界では通用しない。
中の世界の「常識」が外の世界では「非常識」。
当初、そのギャップに強烈な違和感を持った。
「これでいいのだろうか?」「これしかないのだろうか?」という疑問を抱いた。
が、最近はそれが薄れている。
施設の「あたりまえ」がだんだんと自分の「あたりまえ」になってきているのを感じる。


簡単に言えば、ソルティははじめて老人ホームに入って介護の仕事を始めたときに、非常なカルチャーショックを受けたのであった。
「こんなのまともな人間の生活じゃない!」
「何十年も家族や社会のために尽くしてきた人間の最期がこれなのか!? これしかないのか!?」
と半ば同情し、半ば義憤にかられたのである。
ところが、上記のように、歳月を重ねるごとに違和感がだんだんと薄れてきて、6年たった時点ではまったく感じられなくなっていた。
中の世界の「常識」が、すっかり介護者である自分の「常識」になってしまった。
「洗脳された」「流された」ということだろう。

もっとも、上記のような不自由な境遇に置かれている利用者に対し、「少しでも安楽に過ごしてもらおう。」「日々の生活を楽しんでもらおう」と、それなりに心がけたつもりではある。
他の職員よりは積極的に利用者と会話するよう努めたし、いろいろなレクリエーションを考案し少しでも楽しい時間を持ってもらおうと骨折った。
介護そのものも、機械的・事務的にならないように、目の前の利用者とコミュニケーション取りながら、できる限り丁寧にやってきたつもりではある。
幾人かの利用者とは心の通う関係がつくれたと自負している。
現場の雰囲気も、利用者の表情も、ソルティが働き始めたときより格段と良くなったと感じている。(これはもちろんソルティひとりの力ではない。)

しかし、やっぱり限界はある。
というのも、「自分の親をこの施設に入れたいか?」「自分が年とった時にこの施設に入りたいか?」と問われたときに「YES!」と自信をもって言えないのは、開始10ヵ月の新人のときも、6年以上経ちベテランと呼ばれるようになった現在も、変わってはいないからである。
勤めていた施設が悪いからではない。
これは、施設介護の限界であり、いまの介護保険の限界であり、我が国の少子高齢化対策の失敗の結果であり、日本の社会福祉政策の貧弱さの露呈であり、家族や地域の力が弱体した帰結であり、現代日本人の死生観の空洞化の表れなのである。
すなわち、何十年も家族や社会のために尽くしてきた人に、本人が望むような最期を提供できていない、あるいは少なくとも、本人が望まないような最期を提供しないことができていない――ということだ。

砂の城


当初感じた強烈なカルチャーショックや違和感に蓋をして、「まずは同僚に迷惑かけないよう仕事を覚えるのが先決だ」と心の底に封じ込めてきた結果が、5年過ぎたところで自律神経失調症となって浮上したのではあるまいか。

実際、利用者がトイレで用を足しているまさにその最中に、ドアを開けて入っていくことにあれほど抵抗を感じた自分であったのに、今では半開きしたドアの敷居に立って、トイレの中の利用者を見守りながら、同時にフロアにいる転倒リスクの高い利用者を見守ったりしている。(それもこれも、数十人を見守るには職員数が足りないからだ。)
要領が良くなった、仕事のコツを覚えたと言えば聞こえはいいが、高齢者の「尊厳の保持」という介護保険の理念からすれば、「???」であろう。

そもそもソルティの前職は、人権関係のNGOだったのである。
当時自分があちこちの学校の講演で生徒たちに偉そうに話していたことと、介護現場で自分がやっていることとのギャップは、何よりも自らの心に隠しようもない。

ここいらで少し、現場を離れてみることが必要なのかもしれない。
いろいろな体の不調はそのことを告げているような気がする。

――というわけで退職を決めた。

PA080274


6年4カ月の介護の仕事を一言で振り返ると、「面白かった!」というに尽きる。
介護という仕事の奥深さややりがい、さまざまな人生を歩んできた高齢者との出会い、利用者と家族とが織りなす人間模様の綾、相談員や看護職やリハビリ職との連携、自分の様々な経験や特技がじかに活かされる現場、不穏な利用者など困難なケースを同僚たちと頭をひねって対策を講じ、なんとか乗り越えた時の達成感・・・。

思った以上に介護職が、現場が、性に合っていた。
お世話になった方々には感謝するばかりである。


P.S.
現在、鍼治療に通っている。
初回に院長に体を触診してもらった時に、「どこもかしこもコンクリートのよう」と言われた。
ツボ押しの痛いこと。
鍼のズドンと地鳴りのように響くこと。
体が一斉に悲鳴を上げた。
というか、文字通り喉頭から悲鳴が上がった。
やっぱり、限界だったのだ。


石のバランス



 
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