ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●イベント(講演・集会等)

● CUTEな偉人 講演会:『9条という希望~中村哲のしごと』

日比谷図書文書館
日比谷図書文書館

日時 2026年4月29日(水、祝)14:30~
会場 日比谷図書文書館・地下ホール
演者 西谷文和(ジャーナリスト)、山岡淳一郎(ノンフィクション作家)
主催 デモクラシータイムズ

 日比谷図書館に本を返しに行った時、館内の掲示で数時間後にこの講演会あるを知った。
 当日申込み可だったので、奈良大学通信教育の勉強を途中で切り上げて参加した。
 約200名収容のホールは8割以上埋まっていた。

 ペシャワール会の医師でパキスタンやアフガニスタンで医療活動に従事した中村哲は、2019年12月4日に亡くなった。73歳だった。
 今回の講演は、西谷がアフガニスタンで取材撮影した中村の活動風景をスクリーンに映しながら、西谷と山岡が補足説明し、中村哲の残した足跡を追い、その人物像に迫るものであった。
 ソルティは、『アフガニスタンの診療所から』(筑摩書房)という中村の書いた本を以前読んだことがあり、銃弾に倒れたあとに制作されたドキュメンタリーも観ている。
 アフガニスタンの砂漠に用水路をつくり、不毛の大地を畑や森に変え、移住してきたムスリムたちのためにモスクや学校を建て、何十万人もの生計の資をつくり命を救った中村の偉大な仕事は知っていた。
 だが、こうやって改めて、アフガンの荒れた大地で蝶のように軽やかに現地人の間を動き回る小柄な中村の姿を目にし、褐色の土地が緑の森に変わっていくさまを見ると、底知れない凄さに圧倒される。
 本人自身はまったく、「俺は偉大な仕事をやり遂げた」みたいな自負や得意気や慢心がなく、ゲーセンのUFOキャッチャーでもするかのように楽し気に自ら重機を操って地面を掘削し、趣味の日曜大工の延長気分で建物を設計し、飄々としている。
 そこに偉人という言葉は似つかわしくない。

 中村は、15歳の時に自ら望んでキリスト者になったという。
 根っからの信仰の人であるがゆえの博愛精神であり、意志の強さであり、エゴの薄さであり、裏表のない明朗さなのだと思う。
 パコルと呼ばれるアフガン帽をかぶったチョビ髭の中村の笑顔は、なんだかロベルト・ロッセリーニ監督『神の道化師 フランチェスコ』に出てくる野辺を無邪気に走り回るブラザーたちを髣髴とさせる。
 そう、「偉人」という言葉が似つかわしくないのはCUTEだからだ。

アフガンの中村哲
『アフガニスタンの診療所から』より

 ソルティはまた、奈良時代の僧侶である行基を連想した。
 仏教が鎮護国家のためにあり、国家が僧侶を認定し管理し、経典や仏像を作成し、布教を独占するのがきまりだった当時、行基は禁を破って野に出て、民衆たちに仏の教えを説いた。
 同時に、貧しい人を助けるために布施屋と呼ばれる無料の宿泊所を作り、治水工事や架橋工事などの社会事業を行った。
 朝廷からのたびたびの弾圧にもめげることなかった。
 大乗仏教の教えに則って広く民衆を助ける、いわゆる菩薩行に専心した僧侶として、ほかに空海、空也、親鸞、一遍、良寛、それにその名をほとんど知られていない叡尊と忍性などがいるけれど、先鞭をつけて、のちの遁世僧たちのモデルになったのは行基である。
 こうした利他の精神を極める人は、イスラム教だろうがキリスト教だろうが仏教だろうが関係なく、宗派や教義を超越した境地に達するのだろう。
 ムスリムに愛されたクリスチャンの日本人、という中村のユニークさの秘密はそこにあると思う。 

行基像
行基菩薩像@高尾山

 中村が15歳でクリスチャンになったきっかけの一つとして、講師の山岡は、その前年(1960年)に起きた伯父・火野葦平の自死を挙げていた。
 可愛がってくれた伯父の死――敗戦を境に、“兵隊作家”の栄誉から“戦犯作家”の汚名に突き落とされたすえの死の選択――は、思春期の中村に少なからぬ衝撃を及ぼしたであろうことは想像に難くない。
 ひょっとしたら、中村の活動の底のほうに、愛する伯父の無念を晴らしたいといった思いもあったのかもしれない。

 「どうして、中村に生前、国民栄誉賞やノーベル平和賞をあげなかったんだ!」と、ソルティは不平の一つでも言いたくなるが、当の本人はおそらく、「そんなもの、どうだっていい」と思っていたことだろう。
 とくに、憲法9条を改悪せんとする国家がくれる栄誉賞なんて、中村にとって、アフガンの牛の糞ほどの価値もなかったろう。
 9条堅持を訴え続けた中村は、“お花畑”の住人ではなかった。
 無からお花畑を作った人なのだ。
 
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Ovidiu NegreaによるPixabayからの画像








 

● なんなら、奈良25(奈良大学通信教育日乗) 現説デビュー


北青山三丁目遺跡現説

 現説――すなわち遺跡の現地説明会ってのに参加してみたいなあと思って、ネットで探していたら、「北青山三丁目遺跡」現地説明会が開催されるのを知った。
 地図を見たら、表参道駅から徒歩5分というアクセスの良さ。
 1/24(土)の午前2回、午後2回の計4回、各40分の説明&見学会が実施される。
 ここ数日、東京でも日中ヒトケタ台の寒さが続いてアウトドアは厳しいが、超厚手スパッツとマフラーで防御すれば何とかなるだろう。
 13:00からの回に参加した。

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表参道
突きあたりに明治神宮
日が照って風もなく、思ったより寒くなかった

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浄土宗善光寺
1601年(慶長6年)創立
青山通りに面して建つ
江戸時代、青山は善光寺の門前町であった

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2016年東京都が青山北町アパートの建て替えと再開発計画を発表
その工事現場が会場である

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青山通りの歩道橋から工事現場を臨む
広い!

看板2
UR都市機構による開発
住宅棟のほか商業施設も作られる模様
“オサレ”な1等地だもんね~

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図のA1、A2はすでに完成している
現在工事中はB1部分
ここの遺跡を順次発掘している

看板1
発掘を行っているのは多摩市にある東京都埋蔵文化財センター

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工事現場、兼、発掘調査現場

 画像はここまで。
 撮影OKだったが、調査途中なのでネットに上げるのはNGとのこと。

 現場説明会に行くのははじめてだったので、どのくらいの人が来るのか見当つかなかった。
 寒いし、大々的に告知もしてなさそうだし、ひょっとしてソルティひとりだけの可能性もなきにしもあらず・・・・・
 ――なんて思っていたら、とんだ世間知らず。
 ざっと100人近い参加者がいた。
 それも老若男女入り混じり、子連れの若い夫婦や高校生らしきもいて、遺跡発掘に対する関心の高さに驚いた。
 まあ、近所の住民が多かったと思うが・・・・・。

 東京都埋蔵文化財センターの職員さんから概要の説明を受けたあと、二手に分かれて発掘現場を見学した。
 これまでの発掘調査で、旧石器時代、縄文時代、古代~中世、近世、近現代の遺構と遺物が発見されているという。
  • 旧石器時代: 黒曜石製の石器1点
     この近くで黒曜石が採れたのは、伊豆の神津島、箱根、長野の和田峠である。つまり、そのどこかと交易があった。
  • 縄文時代: 陥し穴(おとしあな)2基
     鹿や猪などの獲物を追い込んで罠にかけたものと思われる
  • 古代~中世: 大型の陥し穴1基
  • 近世: 多量の陶磁器等を廃棄した土坑や柱穴、耕作痕
     江戸時代、このあたりには青山百人組同心(鉄砲隊)の屋敷があった
  • 近代: 青山師範学校の建物跡
  • 現代: 青山北町アパートの前身に関連すると思われる建物の礎石や簡易便所の埋甕など
 今回の見学会では、青山師範学校の建物基礎跡、上水道管、排水施設、空襲で焼け焦げた定規やチョークや硯などの文具を見学し、説明を聞くことができた。


青山師範学校
青山師範学校
東京学芸大学(小金井市)の前身校の一つ
  • 明治6年(1873)東京府庁舎内に開設された小学校教員講習所が始まり
  • 明治33年(1900)北青山に新校舎を建てて移転
  • 明治41年(1908)校名を「東京府青山師範学校」とする
  • 昭和11年(1936)世田谷区下馬(現・学芸大学附属高校)へ移転
 1900~1936年の36年間、当地で教員を目指す生徒たちが生活(全寮制)していたのである。
 その後も、空いた校舎をいくつもの中学校が臨時的に使用していたが、昭和20年(1945)5月の山の手大空襲で焼失。
 しばらく仮設住宅があったと思われるが、「もはや戦後ではない」という言葉が生まれた翌昭和32年(1957)、青山北町アパートの建設が始まった。

 今回見学した青山師範学校跡の下の地層(関東ローム層)には、江戸時代の屋敷跡があり、その下には古代~中世の遺構があり・・・・・。
 同じ一つの土地にいくつもの時代が重なって、いくつもの人間の暮らしがあったという、当たり前のことを実感した。

 青山師範学校の建物跡から見つかったレンガには桜の刻印があり、そこからそれが小菅刑務所(現・東京拘置所)の囚人たちによって作られたものであることが分かるとか、戦争末期の校舎内に「避所(退避所ではない)」と呼ばれる穴が設けられ、空襲の際いったんそこに逃げ込んだ生徒たちは、火事になったら穴から飛び出て消火活動することが課せられたとか、遺跡から見えてくる歴史の深さ・面白さに唸らされた。

 現地説明会、楽しい!
 今後も機会を見つけて、足を運んでみよう。
 新たな趣味の発掘か(笑)

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おみやげにもらった3 in 1充電ケーブル


















 
 





● I & AI : 日本仏教讃仰会主催・佐々木閑講演『仏教と心理学』

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日時 2025年9月20日(土)13:00~15:00
会場 日本交通協会会議室(有楽町・新国際ビル9階)

 2023年11月に続く2度目の聴講。
 80名を超える参加(8割以上高齢者)は、前回の講演の評判が良かったからか。
 
 これまで月例講演に何度か参加しながらも、日本仏教讃仰会については何も知らなかった。
 講演に招かれる講師の陣容を見るに、特段どこかの宗派を背景にもっている組織ではないように思った。
 講師はおおむね僧侶であるが、真言宗、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗、無宗派(善光寺など)など多岐にわたっている。
 会員制でもないので、仏教を広く学びたい人の為の有志運営による会とイメージしていた。
 今さっき検索かけたら、公式ホームページがあった。
 最近できたものだろう。
 一昨年あたり、それまで毎月郵便で届いていた講演案内がメールに替わったので、ついにここもITの波に乗ったかと、最後の砦が失われたような一抹の淋しさを覚えたものだ。
 ホームページによると、なんと1941年(昭和16)に浄土真宗大谷派法善寺住職・中山理々によって創設された組織で、80年以上の歴史がある!
 月例講演会(仏教セミナー)は、「特定の宗派にとらわれずに、幅広い著名な講師陣にそのときどきの社会的状況において、仏教がなしえる役割と歴史について」語ってもらう趣旨で開かれている。
 その意図や、良し。

 残念ながら、日本テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老が講師として招かれたという記録はないので、ここに越えられない壁があると思われる。
 つまり、仏教は仏教でも、大乗仏教による学びがメインなのである。

 ソルティ思うに、テーラワーダ仏教(かつては小乗仏教と呼ばれた)と大乗仏教との間にある溝は、大乗仏教とキリスト教やイスラム教との間にある溝より、ずっと深い。
 大乗仏教とキリスト教・イスラム教との共存(棲み分け)は可能であるが、大乗仏教とテーラワーダ仏教の共存は、釈迦という同じ祖を持ち、同じ仏教という範疇に入れられているだけに厄介なものがある。
 どうしたって、「どっちが正しいか?」、「どっちが釈迦のほんとうの教えなのか?」になってしまうからである。

 その意味で、今回の講師・佐々木閑こそ、日本仏教讃仰会が招くことのできるギリギリの“テーラワーダ的”人選なのではないかと思う。
 佐々木は、現役の僧侶ではないにしても浄土真宗の僧籍を持っているらしいし、仏教研究者・教育者・物書きとしてその名が知られている。
 佐々木の書くものは、明らかに大乗非仏説的、すなわちテーラワーダ仏教寄りなのだが、日本テーラワーダ仏教協会はじめ、どこかのテーラワーダ組織に所属しているわけでもない。
 大乗仏教にも詳しく、その存在価値を認める発言をしている。
 他の宗教や宗派をけなさずに、釈迦の教え(と自身が信じているもの)を語る技量を持っている。
 それに、佐々木が教鞭をとっている花園大学は臨済宗立であるから、あまりにテーラワーダ的言動が過ぎると、いろいろと面倒があるのかもしれない。
 講演の中で、「自分はお釈迦様の教えのスポークスパーソンであって、伝道師ではない」と言っていたが、そのバランス保持の器用さは綱渡りをする曲芸師を思わせる。(別に皮肉ではありません)

綱渡り

 講演の前半は、まさにテーラワーダ的展開。
 スマナサーラ長老の講演を聴いているのと、ほとんど変わりなかった。
 曰く、
  • 仏教は、キリスト教やイスラム教の「神」のような外部の超越的存在を認めない。
  • 自分を救えるのは自分だけ。
  • そのためには、苦しみを作る原因である自分の心を知り、心を変えていくのが基本。仏教が心理学にたとえられるのはそれゆえ。
  • 苦しみが生まれるのは、心がそもそも誤った物の見方(邪見)をし、その情報をもとに世界を構築するから。
  • 邪見の最たるものが「自我」
  • 「自我」は自己中心的な世界を構築し、「永遠の生命(魂)」「アートマン」「自分を救ってくれる絶対神」といった間違った概念を生み出す。
  • だが、現実の世界は「諸行無常」「諸法無我」なので、自我の望みは叶えられない。そこに苦しみが生まれる。
  • 「今より以上の幸せ」を望んでいる「私」こそが苦しみの元凶。
  • 仏教は「幸せ」を願わない宗教。「私」が錯覚であることを悟って、今ここにある苦しみを退治することを目的とする。
  • なので、万人に向かって説き広められる教えではない。それを必要とする者だけに向かって説くのが本分。
  • こんなことを外に出て新橋のサラリーマンに向かって言っても無視されるがいいところ。この場だから言える(笑)

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 個人的にショッキングだったのは後半。
 現在、AI(人工知能)の開発がもの凄い速さで進んでいるが、来たるべきAI社会において人間に何が起こるかに触れられた。
 高齢者ばかりの参加者の顔ぶれを思いやってか、AIの基本構造から話してくれた。
  • AIはプログラムを持っていない。
  • 全世界のすべての情報を数字に直して保持、活用することができる。
  • AIは人間の鏡像。人間の脳の働きを何万倍もの速度、正確さで行うことができる。
  • 人類は自分たちより優れた知的生命体に出会ってしまった。「万物の霊長」の座が奪われていく。
  • AIが今後人間からさまざまな仕事を奪っていく影響も大きいが、より重要(深刻)なのは、AIによって「自我」の概念が徹底的に崩壊する可能性。
  • 「無我」を実感する世界が到来する。
  • そのときに人間は変わりうるのか?
 ここで語られたことは、実は、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』に書かれていたことと同じであった。
 とくに後者の本の中で、ハラリは、生命工学とコンピューターテクノロジーの進歩によって人類の意識に何が起こるかを論じていた。
 ソルティは、ハラリの語る人類の未来像に衝撃は受けたけれど、多くの同世代(アラ還)以上の人と同様、「自分の生きている間には起こらない」と思っている。
 自動運転車くらいは数十年後に普通に街を走っていて、生きていれば自分もその恩恵に与っていると思うが、自己中心的に「私」の幸福(というより快楽)を求める人類の意識を変化させるようなドラスティックなパラダイム変化が、生きている間に生じるとは思えない。
 たとえそういう日が来ても、キリスト教徒やイスラム教徒やユダヤ教徒が「神」の非在を悟り、棄教あるいは改宗するとは思えない。
 否、だからこそ、AI社会が迫る現実との間に混乱が生じるのか。
 う~ん、どうなるんだろう?

 佐々木は、数学者である息子との共著で『仏教とAI』という本を近々刊行するらしい。
 読まなければ。


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GianlucaによるPixabayからの画像


P.S. 本記事の内容はソルティの主観による講演の感想にすぎません。実際の講演内容を必ずしも反映していません。あしからず。










● 初期仏教講演会 : 『ブッダが教える 自己中のススメ』(講師:アルボムッレ・スマナサーラ長老)

自己中のススメ

日時 9月8日(日)13:30~
会場 滝野川会館大ホール(東京都北区)

 このホールに行くのは初めて。
 北とぴあの他にこんなに立派なホールがあるなんて、北区って裕福なん?

 そのうえ、この会館の目の前には国指定の名勝・旧古河庭園がある!
 昨年3月に訪れた時はまだ冬枯れの寂しさが漂っていた。
 いまの時節はどんなだろう?
 1時間ほど前に現地入りし、庭園を散策した。

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都立旧古河庭園
入園料 大人150円

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高台にある東屋より庭を見下ろす

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人の少ない静かな庭園は瞑想にも向いている

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滝音が暑さを和らげてくれる

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作庭は京都無鄰菴で有名な小川治兵衛

古河庭園
2023年3月中旬

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同じ地点からの撮影
紅葉の頃にまた来よう

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滝野川会館
JR京浜東北線・上中里駅から徒歩10分

 滝野川会館大ホールは502席、そのほとんどが埋まっていた。
 盛況である。
 心なしか若い人が多いような気がしたが、考えてみたら自分がどんどん年を取っていく分、(自分より)若い人が増えるのは当たり前の話であった。
 赤ん坊連れの夫婦の姿もあった。
 テーラワーダ仏教に興味を持つ両親に育てられる子供はどんな子になるのだろう?

 今回のテーマ「自己中のススメ」とは、要点だけ言えば、「他人のことにかまけるより、自分の修行を大事にしなさい」ということである。
 人が唯一できるのは自らの心を清らかにし、自らを幸福にすることだけである。
 他人の心を清らかにすることも、他人を幸福にしてあげることもできない。
 自分と他人は、おのおのの認識が捏造したまったく異なる世界に住んでいて、おのおのが「わたしの世界こそ正しい」と思っている。
 なので、自分自身の認識のありよう――それは無明と渇愛によって汚れており、ありのままの事実とはかけ離れている――を観察によって知り尽くして、それを変えていかない限り、下手に他人に関わることは混乱を増し、双方に害をもたらすだけ。

 他人のために生きることは絶対的善ではない。
 他人のために尽くすことに専念して、自分の幸福を破壊してはならない。
 自分の幸福とは何かを知って、そのために精進すべき。

 ――といった内容であった。

 簡単にまとめてしまったが、実はこれ、仏教史にかかわる大問題なのである。
 つまり、紀元前後頃に仏教が小乗仏教と大乗仏教という二つの流れに別れた、そもそもの原因に関係しているからである。
 仏教学者の宮元啓一著『ブッダ 伝統的釈迦の虚構と真実』(光文社文庫)から引用する。

 ゴータマ・ブッダ自身も含めて、伝統仏教は、おおむね出家至上主義であった。輪廻転生の苦しみの世界から解脱して涅槃の境地に到達できるのは出家だけであり、在家の信者は、出家に奉仕することなどで功徳を積み、せいぜい死後に天界に生まれ変わるのを最高の目標とすべきだとされる。

 伝統仏教の出家至上主義にたいして、紀元前2世紀ごろから、すでに述べた讃仏運動を背景に、また、仏塔崇拝を背景に、そしてまた、民衆宗教として成功を収めつつあるヒンドゥー教の救済主義へのあこがれのなかで、主として在家信者のあいだから、民衆的で救済主義的、あるいは神秘主義的な新しい仏教を創る運動が展開し、紀元前後にはつぎつぎと経典が編纂された。
 こうして創出された仏教を、その担い手たちは「偉大な乗り物」という意味で「大乗仏教」と呼び、出家至上主義の部派仏教(とくに説一切有部の仏教)を「劣った乗り物」という意味で「小乗」と呼んで蔑んだ。
 
 想像するに、僧院の中で自らの修行と教理研究にかまけ、外の世界の苦しみや在家信者の救済に関心をもたない出家者たちの姿に、疑問や反感を抱いた少なからぬ人々がいたのだろう。
 彼らにしてみれば、自分一人の悟りだけを追求する小乗仏教は、利他心に欠けた「自己中」に見えたのである。
 これは、日本で言えば、貴族のほうばかり向く既成仏教に対して、大衆の救済を説く鎌倉仏教が起こった経緯を考えれば理解できることで、大乗仏教的な流れが生じたこと自体に不思議はないと思う。

 ただ、初期仏典(『阿含経』)を読めば、ブッダや悟った弟子たちが各地を遍歴し、民衆の間に入って法を説き、苦しみから解き放たれる道を示したのは明らかである。
 アングリマーラのような稀代の悪人さえ救ったではないか。
 どう考えたって、これは利他行である。 
 つまり、初期仏教=小乗仏教ではない。断じて。
 それがいつの間にか民衆から乖離していったのではなかろうか。
 学者先生たちがいわゆる“象牙の塔”に住んで世間に疎くなり大衆を見下すように、その頃の出家者たちも国王や長者といったパトロンの厚遇を受けるうちに、「遍歴して乞食して民衆に法を説け」というブッダの教えをなおざりにする傾向が目立ったのではあるまいか。

 ――というのがソルティの推測(根拠なき主観 or ありがちなストーリー)である。
 としたら、その揺り戻しとして、“大衆の方を向いた”仏教が求められるのは自然であろう。
 問題は、それが行き過ぎてしまって、各々が修行によって智慧を開発し苦しみを終焉すること(自力本願)よりも、神や仏に祈願して救済をはかること(他力本願)に軸がずれてしまい、『阿含経』以外の新たな経典を創作し始めて、もともとのブッダの教えから離れてしまったところにあるのではなかろうか。

 スマナサーラ長老の日本での骨身惜しまぬ布教活動にみるように、あるいはミャンマー(旧ビルマ)のテーラワーダ僧侶たちの平和を求める行動にみるように、こんにちのテーラワーダ仏教もまた「小乗」という言葉は似つかわしくない。 
 本来の仏教は小乗でも大乗でもなくて、誰もが乗ろうと思えば乗れるけれども、天界なり涅槃なりに運んでくれるのは神でも仏でも尊師でもなく、他ならぬ自分の努力のみ――つまり、バス(大乗)でもなく、ハイヤーでもなく(小乗)、自転車でってところだろう。
 スマナサーラ長老は自転車の乗り方を教えているのである。 

 最後に。
 「自己中のススメ」は、しかし、「人助けをするな、ボランティアや奉仕活動をするな」という意味ではあるまい。
 溺れた子供を助けるな。列車の中で老人に席を譲るな。災害にあった地方の復興を手伝うな。近所の公園がゴミで汚れていてもほうっておけ。友人の相談に乗るな。
 そんな無慈悲な世界にはだれも住みたくない。

自己の幸福をなおざりにして他人のために頑張るのはエゴイスティックなアプローチになる

 というスマナサーラ長老の言葉が示すのは、対象への心理的依存(当然、共依存も含む)をもたらすような形の、つまりは貪瞋痴を強める形の慈善活動にはまってはならないという意ではないか。
 と、ソルティもまた、乏しい対人支援の経験を通じて思うのである。


サードゥ、サードゥ、サードゥ


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上中里駅前の百日紅(サルスベリ)


本記事の内容はソルティの主観に基づくもので、文責はソルティにあります。実際の講演内容は日本テーラワーダ仏教協会のホームページ等でご確認ください。




 
   

● Happy Death Day :B.E.2568 ウェーサーカ祭に行く

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日時 2024年5月12日(日)10:30~16:30
会場 日暮里サニーホール(荒川区)
主催 日本テーラワーダ仏教協会

 久しぶりにウェーサーカ祭に参加した。
 実に2017年以来、7年ぶり。
 その間、足を骨折したり、コロナ禍があったり、修行意欲が薄れて、瞑想をさぼったり戒を破ってしまったり、いろいろあった。
 仏道にも山あり谷あり迷い道あり。
 
 ウェーサーカの語源は、サンスクリット語のヴァイシャーカ(第2の月)。
 インド歴の第2の月は、西暦だと4月中旬~5月中旬にあたる。
 テーラワーダ仏教では、お釈迦さまの誕生、成道(開悟)、入滅の3大重要事がすべてウェーサーカ月の満月の夜に起きたと伝えられており、この日に盛大なお祝いをする伝統がある。
 年によって日にちは変わるが、5月の最初の満月に開催する習わしとなっている。(今年は5月23日)
 大乗仏教の日本では、4月8日の花祭り(灌仏会)がそれに該当し、「天上天下唯我独尊」のポーズをした誕生仏に甘茶をかける風習が伝わっている。

天上天下唯我独尊

 会場には250~300人くらい集まった。
 舞台真ん中に色とりどりの花に囲まれた金色のお釈迦さまが燦然と輝き、癒し系の音楽が流れていた。
 会場外のブースにはスマナサーラ長老の著書はじめ、たくさんの仏教関連本が置かれ、人だかりになっていた。
 長老の講演会や瞑想会の時とはまた違う、祝福の気に満ちた和やかな空気が会場を領している。
 「ああ、ここに帰ってきた」
 またたく間に7年の空白を埋めることができた。
  
 午前中は、読経とブッダ・プージャ(お釈迦様へのお供え儀式)とスマナ長老の法話。
 昼休みをはさんで、午後はお坊様たちのお話がメインだった。
 テーラワーダ仏教からはスリランカ出身のヘーマラタナ長老が話された。
 スマナ長老の講演の折りなどにお姿を見かけることはあったが、話を聞くのははじめてだった。
 日本人が外国語であるパーリ語のお経を学ぶ際の注意点などを話された。
 続いて、大乗仏教系の5人のお坊様から短いスピーチがあった。
 真言宗、浄土宗、日蓮宗・・・それぞれが迷える人生の中でスマナサーラ長老とご縁を得て、テーラワーダ仏教を学び、ヴィッパサナー瞑想を実践しながら、住職としての仕事に従事しておられる。
 ユーモアある語り口は、さすが普段から一癖も二癖もある檀家信者を相手に法要を重ねているだけあるなあと感心した。
 最後に参加者みんなが壇上に上がって、お坊様がたから祝福の言葉とともに手首に聖糸を結んでもらった。

 実は、花粉症の薬のせいか、このところ眠くて仕方ない。
 本日の祭典も、半分以上は座席でうつらうつらしていた。
 でも、参加しただけでも十分価値があった。
 日曜の夜を清らかな思いのうちに帰路に着けたのだから。

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有志の方のお布施により配布されたお弁当
ありがとうございます
 
 ときに、なんどかこの催しに参加しながら、今回はじめて、「あっそうか・・」と感じ入ったことがあった。
 日本の花祭りはお釈迦さまの生誕を祝う。
 一方、テーラワーダ仏教のウェーサーカは、生誕と成道と入滅(死)を祝う。
 特に、入滅(死)を祝うというのが大きな違いである。
 日本では昔から、死は穢れであり、忌避すべきものであり、悲しむべきものであり、人生最大の不幸である。
 大事なお釈迦さまの死を祝うなんて、とんでもないことと映る。
 しかるに、本来の仏教では「生」こそ苦しみであり、死は苦しみの終わりであるから決して不幸ではない。
 とりわけ、生前に悟りを開いた修行者や善行を積んだ在家信者にとっては、死はより良い境遇への生まれ変わりを意味する。あるいは、お釈迦さまや阿羅漢すなわち最終的な悟りに達した修行者においては、二度と生まれ変わらない=輪廻転生からの解脱、すなわち涅槃を意味する。
 それこそは仏道の最終的な目標であり、生命にとって最高の幸福である。
 つまり、お釈迦さまの入滅(死)は、最高に寿ぐべき事象なのだ。

 キリスト教と比較してみると、このことがよく分かる。
 クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝い、復活祭は死からの蘇りを祝う。
 キリストの死を祝う記念日などあり得ない。
 なぜなら、キリスト教では復活して「主」の審判を受けたあと天上で永遠の生命を得ることが、最大の幸福とされているからである。
 西洋暦の起点がイエス・キリストの誕生の年であるのにひきかえ、仏教暦の起点がお釈迦さまの入滅した年に設定されているという事実は、この2つの世界的宗教の根本的な違いをまざまざと表している。
 一方は永遠の生命、一方は生存からの離脱。

 ちょっと前に公開されたアメリカ映画で、『Happy Death Day』というホラー映画があった。
 ウェーサーカはまさにお釈迦さまの Happy Death Day を祝う日なのである。
 ちなみに、今年はB.E. (Buddha Era) 2568
 お釈迦さまが涅槃入りされて、2568年後である。

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帰りに『星乃珈琲店』に寄ってケーキセットで休日を締めた
(肥満を恐れない境地にあったのはなぜでしょう?)


サードゥ、サードゥ、サードゥ














● お口くちゅくちゅ : 初期仏教月例講演会(講師:アルボムッレ・スマナサーラ長老)

日時  2024年1月14日(日)13:30~16:30
場所  学術総合センター内・一橋講堂(東京都千代田区)
演題  「新たな一年を生きる」~日々是好日の生き方~
主催  日本テーラワーダ仏教協会
 
 月例講演会に参加したのは実に6年ぶり。
 その間、体調不良があったり、2度の転職があったり、四国遍路に行ったり、引っ越しがあったり、足の骨折があったり、コロナ禍があったり・・・e.t.c.
 その時々の環境に左右されて、仏道修行への意欲や熱意もずいぶん波があった。
 が、スマナ節から6年も離れていたとは!
 ほんとに時が経つのは「あっ!」という間である。
 地球の自転が速まっているのではないか?
 
 6年ぶりに参加しようと思った理由は、やはり、能登半島地震が大きい。
 被災して、家を失い、家族や友人を失い、仕事を失い、寒さにふるえながら避難所で身を寄せ合っている人々の姿に、今こそ慈悲の瞑想を実践したいという思いが生じた。
 破壊され尽くした街や続々と増えていく死者数の報道を見聞きするにつけ、諸行無常の感が強まり、「我が身にだって、いつ何が起こるのかわからない」という焦燥感に似た思いが高まった。

 ほんとうはいつだって、どの瞬間だって、この世も、我々の生も、「無常」の凄まじい流れの中にあるのに、我々の命は砂時計の砂のように止めどなくこぼれ落ちているのに、愚にもつかない妄想におおわれ、「貪・瞋・痴」に振り回され、闇雲に走り回っている。
 過去に囚われ、未来を心配し、「今ここ」という瞬間を取り逃がし続けている。
 いつの間にか人類が陥ってしまったこの罠を、いったい誰が仕組んだのだろう?
 神?
 悪魔?
 遺伝子?
 宇宙人?
 宇宙意識?

 自らの深刻な病気や不幸、近しい人との死別、あるいは今回の震災のような“日常の裂け目”に遭ってはじめて、“無常”という真実に目を向けられるとは、なんという逆説だろう!
 とはいえ、ブッダが説いた四聖諦にあるように、あるいは『仏弟子の告白(テーラガータ)』や『尼僧の告白(テーリーガータ)』に見るように、悟りの入口は「苦」なのだ。

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一橋講堂がある学術総合センタービル

 講演の内容自体は、これまで何度も聴いたり読んだりしていることなので、新たな気づきというほどのものはなかった。
 講演後の質疑応答がなかなか面白かった。
 『ペットを飼っていることについて厳しく指導してください』という会場からの問いに、スマナ長老が『飼わないことです』と一刀両断したのには(質問者には酷ながら)笑った。
 『このままだと(自民党案による)改憲が実現してしまう。どうすればよいのか』といった問いには、憂慮を同じくするソルティも笑ってはいられなかった。
 スマナ長老は、「こうしなさい」「ああしなさい」と明確には答えられなかったが、「自由や人権を害するようなことは良くない」「憂慮というネガティヴな思いが、大切な時もある」と言われていたことから、答えは自ずから明らかであろう。
 自分にできることを、気づきと慈悲をもってやるしかない。
 
 久しぶりにスマナサーラ長老の確たる存在感に触れ、スマナ節を耳にし、同じ仏道を歩む仲間たちの気に触れて、仏教愛と修行意欲が高まった。

過去を追いゆくことなく
また未来を願いゆくことなし
過去はすでに過ぎ去りしもの
未来は未だ来ぬものゆえに

現に存在している現象を
その場その場で観察し
揺らぐことなく動じることなく
智者はそを修するがよい

今日こそ努め励むべきなり
誰が明日の死を知ろう
されば死の大軍に
我ら煩うことなし

昼夜怠ることなく かように住み、励む
こはまさに「日々是好日」と
寂静者なる牟尼は説く

『日々是好日』経

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神田橋を望む外堀通り
10年以上前に職場があった付近
まさに諸行無常を感じる変わりようであった

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帰りはJR神田駅まで歩いた
この駅の山手線発車メロディーは「お口くちゅくちゅ、モンダミン




● 仏教セミナー: 佐々木閑氏講演『これからの時代のためのブッダの教え』

日時 2023年11月18日(土)
会場 日本交通協会会議室(有楽町・新国際ビル内)
主催 日本仏教鑚仰会

 8年前中野サンプラザで聴けなかった佐々木氏の話。
 ようやく目の前で聴くことができた。
 『科学するブッダ 犀の角たち』、『仏教は宇宙をどう見たか』など、氏の本には啓発されるところ大である。

 会場の新国際ビルには初めて来たが、有楽町のこのあたりの変わりように驚いた。
 ソルティの記憶の中では灰色のビルディングの並ぶ殺風景なイメージしかなかったのだが、街路樹の続くレンガ敷きの路上にテーブルが置かれ、休日を思い思いに楽しむ人々が往来する様子は、まるでカルチェラタンのよう。カルチェラタン行ったことないのだが。
 あっ、岸恵子!(ウソ)

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左の建物が会場となった新国際ビル

 冒頭一番、佐々木氏は「これからの時代」を「今日よりも明日が悪くなる時代」と断言した。
 改めて言われるまでもなく、多くの日本人が感じていることだろう。
 少子高齢化、慢性化した不景気、広がるばかりの所得格差、国際競争力の低下、値上げラッシュ、地方の衰退、軍備増強、無縁社会に孤立する人々・・・。
 外を見れば、ウクライナ×ロシア戦争、イスラエル×ハマス戦争、気候変動による災害、ナショナリズムの興隆、分断する国際社会・・・。
 戦後日本人が享受してきた「豊かさと安全」が崩れようとしている。

 一方、世界的な潮流として価値観の大きな変容が見られる。
 「より多くの物を手に入れることが幸福」という資本主義イデオロギーの不毛に気づき、商業主義の洗脳から目覚めた人々は、新たな価値観のもと、これまでの生き方を変えようとしている。
 そんな時代にますます重要度を増すのが仏教である、と佐々木氏は説く。

 世間における幸福とは「欲求の充足、夢の実現」。これは私たちが生物として持っている本能的思考。「虹の向こうの夢を追い求める気持ち」が人類を発展させ、そして多くの人を苦しめてきた。(当日講師配布資料より抜粋、以下同)
 
 「欲」を三毒――三つの悪しきもの、残り二つは「怒り」と「無知」――の一つとし、すべてを捨て去っての出家をすすめたブッダの教えが、資本主義と相反するものであるのは間違いない。
 大乗仏教宗派や仏教まがいの新興宗教の中には、この根本が崩れて、お布施という名の集金活動に熱心なところも見受けられるが、本来の仏教は「欲望の充足でなく、欲望を持たない状態を目指す」。
 そして、人の抱く究極の欲望が「永遠の命」である。
 仏教が、キリスト教やユダヤ教やイスラム教と決定的に異なるところは、後者3つが来世信仰すなわち「天国で永遠の幸福のうちに生き続ける私」という、自我(あるいは魂)の存続を最高到達点とするのにくらべ、仏教は(少なくとも原始仏教は)「この世であろうと、あの世であろうと、生き続けることは苦しみであるから、二度とどこにも生まれ変わらないようにしよう」という涅槃寂静をゴールとする。
 また、神や教会などの外部に救いを求めず、あくまで修行によって「自分の力で自分を変える」。
 仏教がいかに既存のほかの宗教と異なることか!
 もっとも、佐々木氏は言う。

 欲求を追い求める人生と追い求めない人生には、優劣も善悪もない。
 どちらの人生を選ぶかは、人それぞれの状況が選択の基準になる。
 ただし、欲求を追い求める人生には、「快楽」と「苦」とがつきまとう。

 佐々木氏の講義(=説教)は、基本的にテーラワーダ仏教のスマナサーラ長老の説くところと同じ。つまり、原始仏教そのもの。
 阿弥陀様の本願とか、弥勒菩薩の救済とか、称名念仏による極楽往生とかを信じる人々にとっては、梯子をはずされて谷底に突き落とされるようなショッキングな内容である。
 以前、日蓮宗のお寺がスマナ長老を迎えて法話を開催したことがあったが、そのときの会場の凍り付いた空気をソルティはよく覚えている。
 本来の仏教は、身も蓋もないほど、人々の抱く生ぬるい幻想をひっぱがす鋭利な刃物なのである。
 ただ、大学教員である佐々木氏の語りは流暢でユーモアがあり、表情や仕草も多彩で、穏やかな雰囲気を発していた。
 時折、鋭い眼光を放つ瞬間もあり、世間向けの仏教伝道者としての顔と、深い学識と思想を湛えた研究者としての顔と、使い分けているのだろうと察しられた。
  
 休憩時、70歳以上が9割がた占める会場を見やりながら、ふと思った。
 こういった話を佐々木氏の教え子である(サトリ世代と言われる)令和の若者たちは、どんなふうに聴くのだろう?
 経済成長と所有資産の拡大こそが幸福と疑わない多くの昭和世代とは、また違った受け取り方をするのだろうか?
 日本におけるテーラワーダ仏教の今後はどうなっていくのだろう?
 
 休憩後、スマホを確認していた佐々木氏から、池田大作の死を教えられた。

(仏教は)社会を変えることで人を救うのではなく、人を救えない社会で苦しむ人たちを受け入れる受け皿、その目的は、社会の片隅で永く存続すること。


※本記事は実際の講義内容のソルティ流解釈に過ぎません。あしからず。



● 関東大震災朝鮮人・中国人虐殺100年犠牲者追悼大会


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日時 2023年8月31日(木)18:15~
会場 文京シビック大ホール(東京都文京区)

 高麗博物館で開催中の特別展『関東大震災100年 隠蔽された朝鮮人虐殺』を見に行き、四谷区民ホールでの講演会『関東大震災から100年の今を問う』を聴きに行き、ついに犠牲者追悼会に参加する運びとなった。

 思えば、渡辺延志著『関東大震災「虐殺否定」の真相』(2021年ちくま新書)を読んでからというもの、ここ2年ばかり、このテーマを追ってきた。
 やはり関東大震災時に千葉県福田村で起きた、香川の被差別部落から来た行商一行虐殺事件とともに。(こちらは現在、森達也監督の映画『福田村事件』上映中である)
 本を読んで、現地に行って、絵巻を見て、講演を聴いて、虐殺事件のあらましは頭に入ったけれど、知識を身につけるだけでは意味がない。
 亡くなった人たちを追悼するとともに、このような残虐な事件が起こった原因を探り、同じようなことが二度と起こらないようにするという決意がなければ、知識にはなんの価値もない。
 そう思って、満月の夜の集会に参加した。

 シビックホールは後楽園ドームの近くにあり、大ホールの席数は1800あまり。
 ざっと見たところ、1200~1300人くらいの参加があった。
 長らく地域で犠牲者追悼の活動をしてきた人、最近知って興味を抱いた人、共産党や社民党の政治家たち・・・・100年経った今も、この問題に関心を持つ人がこんなにたくさんいるという事実に、なにか心強いものを感じた。

 舞台の上も、客席も、非常に熱い感情に満ちていた。
 それは、虐殺された朝鮮人・中国人犠牲者の遺族(孫など)による怒りと慟哭と告発の叫びであり、その叫びを言葉の壁を越えて受け止めた日本人参加者たちの恥と共感の波であり、ヘイトスピーチやネット上のコメントに見るようにいまなお続く在日朝鮮人・中国人への差別や恫喝に対する当事者の怯えと救いを求める声であり、なにより、虐殺事件をあたかもなかったことのように扱おうとする昨今の日本政府や東京都に対する全会場の怒りと闘いへの連帯意志であった。
 義憤にかられ声を上げる日本人同志がこれだけいることに感動した。
 と同時に、100年経ってもこれだけの抗議集会を開催せざるを得なくしてしまった日本という国の厚顔無恥ぶりに暗澹たる思いを持った。
 1923年9月初めに数千人規模の虐殺があったのは事実であり、その虐殺を政府が扇動したのも事実である。公式な記録に残っている。
 事実を事実として認め、反省や謝罪や償いができない国家が、他国から尊敬を受けられるべくもない。
 国民同士の信頼に基づいた国家間の友好関係を築けるはずもない。
 安部元首相が語った「世界に誇れる美しい国、日本」の内実とは、こんなものなのである。

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李政美氏と紫金草合唱団のみなさん
 
 プログラムには、在日韓国人3世のピアニストである崔善愛(チェ・ソンエ)氏によるショパンの『革命』と『別れの歌』、アリランの演奏があった。
 また、やはり在日韓国人2世の歌手である李政美(イ・ジョンミ)氏と紫金草合唱団による関東大震災時の虐殺をテーマにした歌曲なども披露された。
 魂のこもった演奏や歌声は、人種や国籍や言葉の壁を超える力がある。
 「我々は同じ人間なのだ」と、あたりまえの原点に立ち返らせてくれる。

 本集会実行委員会の共同代表をつとめた田中宏氏(一橋大学名誉教授)の発言にあったのだが、関東大震災のあと、東京帝国大学に学ぶ朝鮮人留学生は『帝国大学新聞』にこう寄稿したという。
 「日本の教育は、人間となるよりもまづ国民になれと云ふ。・・・朝鮮人を殺すことを以て、日本国家に対する大いなる功績と思って居たやうに見える」

 人間たることを止めたとき、人は狼にも鬼にもなりうるのだ。

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Peace,love,happinessによるPixabayからの画像



 

● 虐待の連鎖 講演会:『関東大震災から100年の今を問う』(四谷区民ホール)


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日時 2023年7月31日(月)18:30~
会場 四谷区民ホール(新宿区)
プログラム
  1. 新井勝紘氏(高麗博物館前館長):「関東大震災 描かれた朝鮮人虐殺を読み解く」
  2. 徐京植氏(高麗博物館理事、東京経済大学名誉教授):「韓国現代アーティストの映像作品に見る 『ルワンダ虐殺の記憶』」
主催 高麗博物館

 高麗博物館で開催中の『関東大震災100年 隠蔽された朝鮮人虐殺』に行って、この講演会あるを知った。
 四谷区民ホールは新宿御苑のそばなので、早めに行って御苑の木陰で昼寝でもしようと思ったら、月曜定休であった。仕事を早退までして来たのに残念。
 開場時間まで、区民ホール9階のラウンジでクリームパン食べながら読書した。

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四谷区民ホール

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9階ラウンジからの景色
新宿御苑、明治神宮をはさんで渋谷のビル街が見える

 プログラム1では、2021年に新井氏がヤフオクで見つけて9万6千円で競り落とした湛谷(きこく)作『関東大震災絵巻』を中心に、朝鮮人虐殺を目撃した人が描いたいろいろな絵画作品をパワーポイントを使って紹介、解説された。
 視覚芸術は、文章以上に直截的でインパクトがある。
 刀や鳶口で襲われた朝鮮人の流した血の色が毒々しい。
 中には小学生が描いた絵もあった。
 震災被害だけでも相当なショックだろうに、日本の大人たちが寄ってたかって朝鮮人を虐殺している現場を目撃させられた子供は、どれだけのトラウマを背負ったことだろう? その後の人生にどう影響したことだろう?
 新井氏は繰り返し言った。
 「こんなものを子供たちに見せちゃいけない」
 まったくその通りだ。
 と言って、隠してもいけない。
 
 プログラム2では、このような悲惨な虐殺事件を後世の人々にどう伝え、どう自分事として受け止めてもらい、「省慮(かえりみてよく考えること)」を呼び起こすか、というテーマであった。
 リアルタイムで現場を見ている証言者が少なくなったとき、事件は風化され、忘却される可能性がある。つまり、繰り返される危険がある。
 もちろん、「被害者〇名、いつ誰がどこで」といったデータは残るかもしれない。
 証言集や小説や映画といった形で、2次的に事件に触れることもできるかもしれない。
 しかし、事件を直接知らない後世の人や他国の人は、そうした事実に触れる機会を持っても、「ふ~ん、そんなことがあったんだ」で終わってしまう可能性がある。
 朝鮮人虐殺についても、「100年も昔の話だろう。民主主義の進んだ現在とは関係ない」とか、「こういったパニックは災害時にはよくあること。日本人だけが特別じゃない」とか、「きっと朝鮮人のほうにも何らかの落ち度があったんだろう」とか、ひどいのになると、「朝鮮人虐殺は反日左翼が作ったデマ。デマを教科書に載せて子供たちに教える必要はない」などと言う始末。
 徐京植氏は、「重要なのは想像力。当事者の立場に身を置いて、状況や気持ちを想像できること」と語り、それを考える鍵として、1994年の『ルワンダ虐殺』をテーマにしたジョン・ヨンドゥ氏の映像作品を紹介した。

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 ソルティはエイズNPOで働いていた時、学校に講演に行くことが多かった。
 HIV/AIDSという病気の基礎知識や予防方法を伝えるだけでなく、感染者に対する差別の事例を話し、人権や共生について考えてもらう。
 そのときにいつも使っていたのが、メモリアルキルトという畳一帖ほどの布であった。
 AIDSで亡くなった人の家族や友人らが、故人の思い出を語りながら、その人らしいデザインを考え、遺品を縫い付けたり、イニシアルを縫い込んだりする。
 行政が発表するAIDS死者〇名という統計数字ではなく、そこに「愛する人や物に囲まれ、喜怒哀楽をもって暮らしていた人間がいた」ことの証明である。
 メモリアルキルトの説明を通じて、生徒たちにHIVと共に生きた人の生を想像してもらい、数字や“怖い”イメージばかりが先行していたAIDS患者もまた、自分たちと同じ一人の生活者であることや、実名でなくイニシアルであることの意味を考えてもらった。
 うまく伝わったのかどうか、生徒たちの想像力を喚起できたのかどうか・・・・。
 ただ、伝えるという経験を通して思ったのは、「自らが一人の人間として大切に扱われてはじめて、他の人も大切に扱えるようになる。他の人の苦しみや悲しみを想像し、共感できるようになる」ということであった。
 自分に与えられていないものを他人に施せというのは、どだい無理な話である。
 ソルティが話した生徒たちの中には、普段親から虐待を受けている子供も少なくなかっただろう。
 彼らの心にどう響いたかは、いまでも気になるところである。

 その意味で、ソルティは朝鮮人虐待の加害者となった者たち――警察、軍人、自警団の男たち――のパーソナリティがどのように作られたかが気になるのである。
 子供の頃に親や教師や周囲の大人たちから、どのような扱いを受けたかが気になるのである。
 ナチス時代のドイツ国民が、幼少の頃、体罰当然の厳格で暴力的な教育を受けていたこと。それが成人してのち、ある種の“意趣返し”として、ユダヤ人らに向けられたこと。すなはち、“虐待の連鎖”がそこにあることを指摘したのは、『魂の殺人』で有名なアリス・ミラーである。
 戦前の軍国主義教育は、子供たちに「これこれの行為は良い」「これこれの行為は悪い」と一方的に教え込む(洗脳する)ものであって、「自らの頭で是非を考える」「他人の置かれた立場を想像する」ようなものではなかった。体罰も当たり前にあった。
 令和現在の教育現場で起きている戦前回帰的兆候を思うとき、朝鮮人虐殺を昔の話にはできないと強く思う。

 約400席の会場は満席だったけれど、高齢者が圧倒的であった。
 平日ではあるが、18:30からの開始なので仕事帰りの人だって来られるはずである。
 学生だって夏休み中だろう。
 正直、団塊の世代亡き後の日本が心配だ。






● 仏教セミナー『坐禅に学ぶ身心の調い』(藤田一照×細川晋輔対談)


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芝増上寺と東京タワー

日時 2022年9月24日(土)14:00~15:30
会場 大本山増上寺 慈雲閣ホール
講師 藤田一照(曹洞宗僧侶)、細川晋輔(臨済宗僧侶)
主催 一般社団法人 日本仏教讃仰会

 首都圏に長いこと暮らしながら、芝増上寺には一度も行ったことがなかった。
 NHK『ゆく年くる年』でよく登場するお寺である。
 有名人の葬儀が行われる場所としても知られていて、最近ではむろん、安倍元首相が7月12日に弔われた。
 ここで日本仏教讃仰会主催のセミナーが2年ぶりに開かれる、しかも講師の一人は機会あったら話を聞きたいと思っていた藤田一照氏。
 台風通過後の不安定な空模様であったが、行ってみた。

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増上寺大門

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三解脱門
三つの煩悩(貪・瞋・痴)を解脱する門の意


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本殿
本尊は阿弥陀如来像

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法然上人
増上寺は浄土宗の七大本山の一つ

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本殿から見た浜松町

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会場となった慈雲閣

 広い境内の一角にある慈雲閣1階ホールが会場。
 参加者は50~60名であった。
 藤田一照氏は1954年生まれの68歳、細川晋輔氏は1979年生まれの42歳。
 親子ほど違う年齢差、禅僧としての経験の違い、あるいは知名度なんかもあって、対談とは言え、全般的には藤田氏の坐禅観を細川氏が合の手を入れながら引き出して展開する、といった流れであった。

 実際、藤田氏は話上手で、知識はもちろん米国での長い布教生活など話の引き出しが多く、話しぶりにもアメリカンな率直さを感じた。
 細川氏によれば、藤田氏の坐禅観は伝統的なそれとは大分異なっていて、「いま禅業界(?)に革命を起こしている」のだという。
 
 タイトルにある「身心の調い」というところから話は始まった。
 この「調い」は、「整い」とは違って、英語で言えばharmonize あるいは balance に近い。
 身心を制御(control, regulate)して自己をあるべき理想に近づけようとするのではなく、身心と周りとの関係の調和をはかる営為だという。
 悟りを求めて一心不乱に修行するのが伝統的な坐禅イメージとするなら、「あらゆるものとの関係性の中にある自分の身心に気づく」といったイメージになろうか。
 
 続いて、「健康」とはなにかという話。
 細川氏によると、「“けんこう”はもともと“堅剛”と書いた。それに“健康”という字を最初に当てたのは白隠禅師」とのこと。
 その振りを受けた藤田氏は、「健」「康」という漢字が、「手に筆をまっすぐ持っている」さまを表した象形文字から生まれたと解説し、健康を「本来の働きがしっかり現れている体と心」と定義した。
 坐禅とは、身心を調えて健康になること、すなわち、本来の働きをしっかり有らしめることなのだ。

 次に、藤田氏が今の坐禅観にたどりつくようになった経緯が語られた。
 野口体操や鍼灸や漢方との出会い、アメリカ生活で実践したボディワークやマインドフルネス。
 東洋と西洋の身体観、身心観がバックボーンとなったとのこと。
 なるほど、藤田氏はマインドフルネスの唱導者ティク・ナット・ハンの本を訳している。
 
 最後に、坐禅によって調えるべき3つについてまとめられた。
  1.  調身・・・・大地とのつながりの調和の探究
  2.  調息・・・・大気とのつながりの調和の探究
  3.  調心・・・・六感(眼耳鼻舌身意=視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・心に触れるもの)とのつながりの調和の探究
 坐禅は自己と周囲との「関係の調律」なのであるが、言うまでもなく、自己も周囲も一瞬一瞬変動している(諸行無常である)。
 つまり、一坐一坐が毎回、未知の探究になる。
 だから、坐禅は標準化もマニュアル化もできない。

 話を聴きながら思い起こしたのは、カルロ・ロヴェッリ著『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』(2021年NHK出版)であった。
 量子の奇妙な振る舞いの説明として「関係論的解釈」を唱えた画期的な書であるが、その中で著者は、関係論的解釈と古代インドの仏教学者ナーガルジュナ(龍樹)の「空の思想」を結び付けていた。

一つ一つの対象物は、その相互作用のありようそのものである。ほかといっさい相互作用を行なわない対象物、何にも影響を及ぼさず、光も発せず、何も引きつけず、何もはねつけず、何にも触れず、匂いもしない対象物があったとしたら・・・・・その対象物は存在しないに等しい。(中略) わたしたちが知っているこの世界、わたしたちと関係があってわたしたちの興味をそそる世界、わたしたちが「現実」と呼んでいるものは、互いに作用し合う存在の広大な網なのである。そこにはわたしたちも含まれていて、それらの存在は、互いに作用し合うことによって立ち現れる。わたしたちは、この網について論じているのだ。(『世界は「関係」でできている』より)

何ものもそれ自体では存在しないとすると、あらゆるものは別の何かに依存する形で、別の何かとの関係においてのみ存在することになる。ナーガルジュナは、独立した存在があり得ないということを、「空」(シューニャター)という専門用語で表している。
(小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』の「龍樹」項より)

 「互いに作用し合う存在の広大な網=空」の中に自己投棄する――それが坐禅の極意ということか。


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本堂内部


※本記事は講座を聴いたソルティの主観的解釈に過ぎません。実際の講座の主旨とは異なる可能性大。あしからず。

















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