ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

仏教

● みちのく・仏めぐり その3


5月1日(日)曇りのち雨 郡山~会津若松~大宮

 郡山駅8:29発の磐越西線に乗る。
 磐梯山を車窓の左に右に前に後ろに望みながら、会津若松到着。
 駅前のバスセンターで軽食を取りながら、坂下(ばんげ)行きのバスを待つ。

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会津磐梯山は宝ぁのや~ま~よ

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会津若松駅

 勝常寺は会津若松市の北に位置する湯川村(福島で一番小さい村)にある。
 鶴ヶ城、さざえ堂、飯森山(白虎隊十九士の墓)、七日町通り、東山温泉・・・会津若松観光の定番スポットには入っていない。
 これは勝常寺の存在とその素晴らしさがよく知られていないからであろう。
 ソルティも過去に2度会津若松に来ているが、知らなかった。

 だが、自信を持って言える。
 会津若松に来て勝常寺に行かないのは、京都に来て無鄰菴に行かないようなもの、金沢に来て鈴木大拙館に行かないようなもの、長野に来て戸隠神社に行かないようなものである。
 つまり、静けさと清らかさとゆったりした時の流れを愛する、“通”な大人向けの観想空間である。
 いまの住職があまり観光やら人寄せやらに興味を持っていないのも一因である(と村の人は言っていた)らしいが、本来ならもっと注目を浴びてもいいお寺である。
 なんといっても所蔵の仏像たちがあまりに見事すぎる!

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「道の駅あいづ」でバスを下りる
ここから歩いて15分

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広大な田んぼの間を縫ってゆく
奥に見える森がお寺のあるところ

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参道
地元の人が協力して黒い板塀に揃えたとのこと

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勝常寺

 勝常寺は大同2年(807)、法相宗の徳一上人によって開かれた。
 徳一は最澄との間で繰り広げた三一論争で有名であるが、二十歳にして塵埃まみれの都から草深い会津に移り住み、恵日寺や勝常寺を建立し、当地で仏教を広めた道の人である。その生涯は謎に包まれている部分が多い。(おかざき真理の『阿吽』ではやたらと背の高い隻眼の坊主というキャラである)
 ともあれ、空海、最澄の両天才と同じレベルで論争できたのだから、その学識や思考力や弁論術の高さが比類ないものだったのは間違いなかろう。

 往時の勝常寺は七堂伽藍が奈良の古寺のように整然とたちならび、大勢の僧侶が学問していたという。法相宗の中心教義たる唯識論を学んでいたのだろう。
 鎌倉時代に真言宗に鞍替えして現在に至っている。

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薬師堂(元講堂)
応永5年(1398)再建
国指定重要文化財

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収蔵庫
国宝の木造薬師如来像と日光・月光菩薩像のほか
平安初期の仏像が9体もある

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湯川村の案内パンフレットより
実物の荘厳さ・迫力・気品ある美しさには
思わず膝をつき手を合わせてしまった

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徳一上人の像もあった!
なかなかふてぶてしいご尊顔

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境内は緑豊かで実に気持ちいい
昭和61年に皇嗣時代の令和天皇が訪れている

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本堂
平成22年6月に新築された

 心ゆくまで仏像と対話し所蔵庫を出たら、雨が降ってきた。
 雨宿りできるところはないかと思ったら、お寺の前に休憩所兼みやげ物屋らしき小屋がある。「角屋」とある。
 入ってみたら、天井や壁が竹細工で内装された洒落た造り。
 地元でとれた米や酒、工芸品などが置かれていた。
 店番の人によると、農機具の収納小屋だったものを改装したとのことで、なんとこの4月末にオープンしたばかり。
 村起こしのためいろいろ工夫して頑張っている様子が窺えた。

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角屋

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地元の人と交流できるのも魅力である

 ここで「湯川たから館」のチラシを見つけた。
 常設展として「湯川が生んだ撮影監督 高羽哲夫の軌跡」を展示しているという。
 高羽哲夫の名前は知らなかったが、彼の撮影した映画は有名である。
 なんと、山田洋次監督とのコンビで渥美清主演『男はつらいよ』シリーズの第1作から第48作までを撮っているほか、高倉健主演『幸福の黄色いハンカチ』や倍賞千恵子主演『霧の旗』などのカメラを担当している。
 湯川村出身だったのだ。
 『男はつらいよ』シリーズを順繰りに観ていこうかな~、と思っていた矢先のこの出会い。これを宿縁と呼ばずになんと呼ぼう(偶然?)
 そぼ降る雨の中、お寺の裏手にある「たから館」に足を向けた。

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高羽(たかう)という姓は湯川村でも珍しいらしい

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湯川たから館

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第1作から最終作まで、時代を映すポスターの列は壮観

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ゴッホを愛読していたというのが興味深い
ゴッホの光と影に学んだのだろうか?

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撮影現場の後藤久美子と高羽哲夫
ゴクミが国民的美少女と言われたころ

 寅さんファン、日本映画ファンなら、一度は訪れる価値がある。
 勝常寺、たから館、そして「湯川村が一枚の田んぼ」と言われる昔ながらの田園風景も都会人には新鮮である。
 新しい会津若松の観光スポットになる日も遠くあるまい。
 
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湯川村はコシヒカリの名産地
(湯川村案内パンフの写真より)

 郡山に戻り、東北本線に乗る。
 帰りの窓外はずっと雨。
 角屋で買った凍み餅をかじりながら、『チボー家の人々』を開いた。

凍み餅
もち米・うるち米・紫黒米をつき、自然乾燥して味付けたもの


 振り返ってみれば、お墓とお寺をめぐった旅であった。
 仏に出会う旅。これがソルティの黄金週間か。



 終わり





● みちのく・仏めぐり その2


4月30日(土)晴れ 仙台~山形~寒河江~郡山

 昨晩は東北随一の歓楽街・国分町のカプセルホテルに泊まった。
 露天風呂に入っていたら土砂降りになった。気温もぐんぐん下がって、夜半にはみぞれとなった。
 リクライニングチェアの並ぶ広い休憩室には漫画本がごまんとあった。
 読みたかったおかざき真里『阿吽』を発見。小学館『月刊スピリッツ』で連載されていた作品である。

 同時代に生きて真摯に仏法を追い求め、それぞれ真言宗と天台宗の開祖となった弘法大師空海と伝教大師最澄の出会いと別れ、友情と対立の熱いドラマである。
 佐藤純彌監督の『空海』にも描かれているように、当初は互いに深く尊敬し合っているかに見えた2人の関係は、密教の主要経典である『理趣経』の貸借をきっかけに、そして最澄の一番弟子であった泰範が空海のもとに走ってしまったのをとどめに、決定的な決裂に至った。
 これまで漫画化されていなかったのが不思議なほど、面白いライバルドラマがそこにはある。
 2人を取り巻く登場人物もすこぶる魅力的。
 平安京を開いた豪傑・桓武天皇、第一皇子で精神不安定な安殿の皇子(のちの平城天皇)、その側室となって政権を乗っ取ろうと謀った妖婦・薬子とその兄・藤原仲成、唐の都・長安で空海に密教の奥義を授けた恵果和尚、そして昨年岩波新書から発行された師茂樹著『最澄と徳一 仏教史上最大の対決』によって俄然注目を浴びている気鋭の法相宗僧侶・徳一などなど。

 全14巻のところ立て続けに6巻まで読み、さすがに寝不足を思って手を止めた。
 が、ここでソルティは因縁を受け取った。
 帰りは会津若松に寄って、徳一の開いた勝常寺に行ってみようと思いついたのである。
 ネットで調べてみると、勝常寺には国宝3体はじめ、平安初期に造られた素晴らしい仏像がたくさんあるという。
 これは行かねば・・・・。
 そう決心しながらカプセルに潜った。
 
 翌朝はよく晴れた。
 仙山線で山形へ。宮城と山形の県境の長いトンネルを抜けたら、雪国であった。
 よもやゴールデンウィークに雪を見るとは思わなかった。

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JR仙山線・面白山高原駅

 一足早く山形入りしていたP君と合流し、左沢線で寒河江に行く。
 左沢は「ひだりさわ」でも「さざわ」でもなく、「あてらざわ」と読む。
 読めないよなあ~、ふつう。
 ウィキによると、最上川の右岸を「こちら」、左岸を「あちら」と言っていたのが、なまって「あてら」になったとか・・・(他の説もある)。
 寒河江駅からタクシーに乗り、K君のお墓のあるお寺まで。
 道中はサクランボの白い花が満開であった。

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山形駅

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左沢線と寒河江駅

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寒河江駅

 K君はソルティより3つ4つ年下だったろうか?
 いいとこのお坊ちゃま風な真面目な外見を一皮むけば、美川憲一風のオネエさまであった。
 20年以上会っていなかったので詳しい事情は知らないが、お堅い事務系の仕事をしていてストレスが半端なかったようだ。精神安定剤を飲んでいたとも聞く。
 一昨年の正月早々にK君急逝の知らせをP君からもらった。
 その後にコロナが始まって、墓参りどころでなくなった。
 
 K君のお墓は見晴らしと日当たりの良い小高い丘の上にあった。
 父方の先祖代々の土地のようであった。
 持ってきたお花を活けて、線香をあげた。
 缶ビールを墓前に捧げ、ソルティとP君もご相伴に預かった。
 K君の思い出で一番残っているのは、ある時、寺山修司作×美輪明宏主演で有名になった『毛皮のマリー』を演じるというので、サークルEの仲間数人と連れ立って山形まで観に行ったことである。K君は演技素人なれど、堂々の主演女優であった。
 芝居の途中でマリーに仕える下男役が、食器の乗ったお盆を引っくり返すハプニングがあった。
 しばしのスリリングな間のあとに、マリー扮するK君が「ちゃんと片付けておきなさいよ!」とアドリブでつなげた一言が忘れられない。
 冥福を祈る。

さくらんぼ畑
さくらんぼの花

 今回初めて知ったが、寒河江は源頼朝の側近・大江広元ゆかりの地なのであった。
 鎌倉幕府成立後の文治5年(1189)、その功績により広元が寒河江荘の地頭に任じられたのがそもそもの起こりで、その後天正12年(1584)に18代大江高元が山形城主・最上義光との戦いに敗れて自害するまでの約400年間、寒河江は大江氏の治政下にあった。
 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では俳優の栗原英雄が奸智に長けた広元を気品をもって演じているが、いま寒河江は密かな広元ブームに湧いている。
 昨日の味方が今日の敵に転じるような鎌倉幕府成立期の混乱にあって、大江広元は最後の最後まで頼朝はじめ北条政子や義時に信頼され、かつ信頼にこたえた男であった。
 ドラマの最終回が近づくにつれ、クローズアップされることであろう。

 その大江一族が篤く庇護したお寺が慈恩寺。
 慈恩寺こそは知る人ぞ知る寒河江の一大名所であり、駅にはポスターが張り巡らされ、多くの観光客が足を運ぶ。
 墓参りを終えた後、参詣することにした。

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寒河江駅で見かけたポスター

 慈恩寺は天平18年(746)聖武天皇の勅命によりインドの婆羅門僧正が開基したと伝えられている。
 江戸時代には東西1キロ、南北5キロにわたる東北一の境内を誇り、本堂や三重塔をはじめ50近い院坊が、寒河江を見下ろす一山全体に散らばっていた。
 国指定重要文化財である木造聖徳太子立像や木造十二神将立像など、鎌倉期の仏像が多く残っており、また山のふもとには令和3年5月にオープンしたばかりの総合案内施設「慈恩寺テラス」があって、地産そばに舌鼓を打ちながら慈恩寺の歴史を学ぶことができる。
 なにより境内の空気のすがすがしいことったら!


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本堂は山の中腹にある

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立派な山門
建造物は江戸時代に再建された

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本堂は国指定の重要文化財
屋根は茅拭き!
中に聖徳太子立像がある

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三重塔
中には木造大日如来座像(ポスターの主役)
御開帳中で拝観なりました


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長い石段を登る
四国遍路を思い出させる風情

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展望台から寒河江町を見渡す
手前を流れているのが寒河江川

 左沢線で山形に戻り、P君と別れる。
 夕食の弁当を買って奥羽本線に乗る。
 GWどこ吹く風のガラ空き車両。 
 ここから郡山まで3時間強の“乗りテツ”夢時間。
 リュックの中には数冊の『チボー家の人々』がある。
 幸せなひととき。

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米沢駅で買った名物ミルクケーキと山梨ワイン



続く

● ほとけは何故西からやって来たのか? 本:『深大寺の白鳳仏』(貴田正子著)

2021年春秋社

 東京三鷹にある深大寺の釈迦如来像が平成29年(2017)9月に国宝指定された。
 その一ヶ月後、ソルティは新そば目当てに深大寺を訪れ、拝顔することができた。
 思ったよりずっと小ぶり(83.9㎝)で可愛らしいお釈迦様であった。
 さび色に鈍く光るブロンズのなめらかな質感が、たおやかな顔立ちや体や衣装の柔らかな線とマッチして、美しかった。

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 この像は7世紀後半の白鳳時代に作られたもので、関東以北でもっとも古い仏像と言われている。
 数百年深大寺にあったにもかかわらず、いつの間にか同じ境内にある元三大師堂の縁の下にしまい込まれ、忘れ去られ、世間に発見され衝撃を巻き起こしたのは明治42年(1909)10月のことだった――という来歴の突飛さも話題である。
 仏像愛好家の間では、その美しさから白鳳三仏の一つに数えられている。
 すなわち、
  • 奈良・新薬師寺の香薬師如来立像(旧国宝)
  • 奈良・法隆寺の夢違観音像(国宝)
  • 東京・深大寺の釈迦如来倚像(国宝)
 著者の貴田によると、白鳳時代の仏像の特徴は直前の飛鳥時代にくらべ、「丸顔、入定相の目(半眼)、可憐な小さな鼻、口角が水平、写実主義が進みプロポーションが人体に近づく」というもので、「世界に誇る日本独自の“かわいい文化”の起源」とのこと。
 なるほど、深大寺の釈迦如来像は童子のように可愛い。

 上記の白鳳三仏のうち新薬師寺の香薬師如来像は昭和18年(1943)に盗まれ、現在行方不明になっている。国宝指定を受けていないのはそれ故だ。
 なんという罰当たりな人間がいることか!
 実は、ソルティの実家の産土神社もまた、祭神を象った像が盗まれて久しい。
 「神様を盗む人間などいるはずがない」という地域住民に対する神社の信頼が裏目に出たのだろう。 
 (祠の中に扉に鍵もかけず置かれてあった)
 最近はちょっと珍しい仏像や神像の画像が“インスタ映え”を狙ってネットで出回る時代だから、それを見つけて、良からぬ動機を抱いて外からやって来た者がいたのでないかと思う。
 早く返してくれ~! 

盗まれた宇賀神さま
行方不明中

 香薬師如来像はいまも行方知れずなのだが、盗まれた時に取れたのか、かろうじて右手だけが現場に残された。
 が、この右手もいつの間にか行方が分からなくなっていた。
 産経新聞の記者時代から香薬師如来像の行方を追い続けてきた貴田(1969年生)は、あふれんばかりの仏像愛と情熱と執念でこの右手探索に乗り出し、ついにその在りかを突き止め、平成27年(2015)に65年ぶりに新薬師寺に戻すのに一役買った。
 貴田は別の著書でその経緯をくわしく記しているが、本書もまた歴史ロマンであると共に仏像ミステリーである。

香薬師寺像の右手
同じ著者による
香薬師像の右手発見の経緯を描く

 では、深大寺の釈迦如来像に関するミステリーとは何か?
 言うまでもない。
  1.  なんで白鳳時代を代表する国宝級の素晴らしい仏像が、当時は未開の蛮地である関東のこんな草深い寺に存在するのか?
  2.  なぜそれが明治になるまで人知れず埋もれていたのか?

 関東随一の天台古刹、深大寺でもっとも著名といえば、なんといっても本書主役の「深大寺像」である。天平5(733)年とされる寺の開創よりも古く、関東最古の傑作白鳳仏である。
 繰り返しになるが、深大寺像について、その伝来を記した寺史はいっさい存在しない。

 見つけ出した考古学者の柴田常恵の回顧録によると、寺の梵鐘調査に訪れていた柴田ら三人が梵鐘の拓本をとり、帰り支度をはじめながら元三大師堂に回った。そばにいた年配の寺務員に「古い寺だから写経の大般若などないか」などと尋ねると、その寺務員は「たいしたものはない」と返しつつ、縁の下に仏像があることを教えた。柴田が二人がかりで引っ張り出してみると、あまりに見事な仏像で驚いたという。

 深大寺の創建は天平5年(733)、満功上人によると言われている。(762年の説もあり)
 大陸(高句麗)からの渡来人である福満が当地の豪族の娘と恋に陥り、娘の親の猛反対を押し切って二人は結ばれた。その助けをしてくれたのが深沙大王(じんじゃだいおう)であったことから、二人の間に生まれた満功上人はのちに大王を祀った。それが深大寺という名の謂れである。ちなみに、深沙大王とは『西遊記』に登場する沙悟浄のことらしい。
 一方、深大寺の如来像はその造りから、白鳳三仏の他の二像と同じ工房で作られた可能性が非常に高い。
 つまり、関西で生まれたのだ。
 それが、なぜ、いつ、誰の手によって関東に運ばれたのか?

深大寺
深沙大王堂

 貴田は国会図書館に何度も通い、様々な文献にあたり、実地調査を行い、仏像研究家や関連する寺の住職や同好の士との議論を重ね、自ら年表を作成し、謎の解明に向けて邁進する。
 その何かに憑かれたような情熱とふるまい、そして随所で起こる不思議な偶然のさまは、森下典子著『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』(光文社、1995年)を想起させた。
 つまり、スピリチュアル・ミステリーの色合い濃く、書き手のワクワク感が読み手にも伝わってくる。


 貴田は、福満のいま一人の息子、満功上人の腹違いの弟に焦点を当てる。
 少年の頃に武蔵野から京に上り、持って生まれた才覚一つで出世の階段を駆け上がり、聖武天皇と光明皇后と孝謙(称徳)天皇の篤い信頼を得て生涯重用された一官僚、高倉福信がその人である。 
 当時、関東に深い縁を持ち、貴重で高価な仏像を手に入れられるほど中央政府に入り込んだ人間は彼以外にいないという。
 貴田探偵は、高倉福信が何らかの縁で手にした釈迦如来像が福信から兄の満功上人に渡り、深大寺に納められた――という至極納得いく仮説を立て、それをもとにさらに調査を進め、福信に仏像を託した人物および仏像の造られた由来にまで推理を深めていく。
 このあたり、上質な本格ミステリーのようなスリルと満足度が味わえる。
 
 ソルティは本書で高倉福信という人物をはじめて知った。
 深大寺のそばにある祇園寺(調布市)の重要性もまた。
 近いうちに深大寺像に会いに行き、深大寺そばに舌鼓を打ちたいものである。

 「如何なるか是れ祖師西来意」
 「庭前の蕎麦」



深大寺そば



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







 
 

● ちばの里山・結縁寺を歩く

 ここもまた、筒井功著『利根川民俗誌 日本の原風景を歩く』を読んで訪れたいと思った。
 聞けば(公財)森林文化協会によるにほんの里100選に選ばれているという。
 その名の示す通り、古いお寺が中心となって数百年続いてきた農村である。
 開発が急ピッチで進んでいる印西地区の中にあって、結界で守られているかのように昔のままの姿が
残されているというのが興趣をそそる。
 暑くなる前に訪ねることにした。

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北総鉄道・千葉ニュータウン中央駅南口MAP
左上に結縁寺がある

日時 2022年4月16日(土)
天候 くもりのち晴れ
行程
11:30 北総鉄道・千葉ニュータウン中央駅
     歩行開始
11:50 ニュータウン大橋
12:30 結縁寺着~熊野神社~谷津めぐり
13:20 松崎台公園、昼食(40分)
14:50 頼政塚
15:20 結縁寺、休憩(20分)
16:00 名馬塚
16:15 にんたまラーメン、軽食(30分)
17:40 真名井の湯
     歩行終了
所要時間 6時間10分(歩行4時間40分+休憩1時間30分)

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北総鉄道・千葉ニュータウン中央駅
北総鉄道に乗るのは人生初めて
沿線の開発ぶりに驚いた!
千葉県の中心は千葉市や船橋市でなく
今やこっちなのか?


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駅前広場
高層マンションやショッピングモールが立ち並ぶのに
人がいないのが不思議


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線路沿いに設置された太陽光パネル

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ニュータウン大橋を渡る
これは川ではなくて調整池

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ニュータウン大橋と駅周辺を振り返る

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池の周囲に気持ちのいい緑地が広がる
しかし人がいない

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東京キリスト教学園を目印に進むとわかりやすい
時折打ち鳴らされる鐘の響きがなんともゆかしい

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このあたりから風景ががらりと変わる
令和からいきなり昭和40年代以前に突入した感じ

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畑中の道と学園の鐘楼

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道路を挟んでくっきりと時代が異なる
(多々羅田町付近)

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自家製野菜の販売所

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多々羅田の守り神・道祖神

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多々羅田を抜けると森に入る

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見事に育った孟宗竹
森を抜けて坂を下りたら・・・

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晴天山・結縁寺
神亀年間(724~729)に行基が創建したと伝えられる
重要文化財に銅造不動大名王立像を擁す
蓮池と木々に囲まれた素朴なたたずまいは癒し効果抜群!

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現在の本堂は2005年に新築されたもの
シンメトリカルで美しい

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本堂横に小さなお堂が・・・

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ハイハイ、今回もあなたが呼んだのですね
真言宗豊山派のお寺でした

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境内はさして広くないが、きれいに掃除されて気持ちいい
いつまでもいたくなる

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境内から池を望む
この光景、デジャヴュあった

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蓮の見頃は7月中旬くらい
きっと極楽浄土のようだろう

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池をはさんで寺を見る
中ノ島に弁財天が祀られている

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熊野神社

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祭神はむろん熊野権現


 ここから「にほんの里100選」に選ばれた風景を歩く。
 結縁寺の特徴は谷津(谷戸、谷地とも言う)と呼ばれる地形にある。
 これは高台に無数の細い谷間が複雑に切り込んだもので、谷底が湿地であるため水田に適している。
 こんもりした古墳のような雑木林とその間隙を埋める76ヘクタールの水田。  
 大昔からほとんど変わっていないであろう日本の伝統的景観や歴史遺跡を逍遥する。

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これから田植えシーズン

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心に沁み入る懐かしさ
子どもの頃、近くの農家までラジオ体操に通った夏の朝を思い出す

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泥道もまた良きかな
肩の力がふうわりと抜けていく

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湧き水豊かな湿地帯なので水はけが大事

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ほらごらん、蜃気楼のような21世紀を

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広々した松崎台公園で昼食
ウグイスの鳴き声を子守歌に草の上でゴロ寝

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数十年前どこにでもあった風景がこんなに貴重になるなんて・・・

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顔の筋肉がゆるみだす
ゆったりと流れる時間は身体に直接作用する
ウクライナで起きていることが夢のよう・・・

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田植えの頃、刈り入れの頃、また来たい

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要所要所にある道しるべ
訪れる人の少なくないことを示す

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頼政塚

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源頼政は大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にも登場した武将
鵺(ヌエ)退治の勇者としても知られるが、こんな最期だったとは・・・

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高台の住宅地にあるお堂

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森の中にあった「車塚」

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森の中の道

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結縁寺に戻ってきた
20分瞑想し、別れを告げる

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名馬塚
源頼政の首を運んだ馬が葬られている

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観音の頭部に馬が乗っている

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おっ! なんだか馬そうな旨そうな気配

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大蒜たっぷりのコクあるスープと自家製玉子麵(680円)
美味でした

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来た道を戻る

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鈴蘭の花盛り

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締めはニュータウン中央駅近くの温泉
海が近いわけでもないのに塩辛い湯だった


 令和から平成、昭和、大正、その昔・・・・へと時間を遡っていくような散策であった。
 結縁寺に入ったとたん、空気の色と時間の流れが違っていた。
 まさに結界の中に入り込んだような感覚。
 意識の次元も変わるような気がした。
 連休前のせいか訪れる人も少なく、静かで平和な里歩きを楽しめた。

 願わくば、自然と静寂と弘法大師を愛する人が訪れてくれますように。
 ここでは一日、スマホを忘れて過ごしてほしい。







  


















● 利根運河の春を歩く(後半)~運河駅・江戸川往復~

 野菜たっぷりラーメンを食べて、すっかり満腹となった。
 ここまで4時間近く歩き続けて、2年半前に骨折した左足くるぶしに痛みが生じていた。
 「ここで中止しようか」という思いも一瞬浮かんだが、限界を知るいいチャンスと思い直し、続行。

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ふれあい橋のすぐ先に立つ運河交流館
時間があれば寄りたかった

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このあたりは運河水辺公園として市民に親しまれている

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運河に渡した木橋よりふれあい橋を振り返る

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桜攻勢はまだまだ続く

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運河大橋(県道5号)

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地平線が見える平野がまだあったのか・・・

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ついに放水口に到着!

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江戸川だあ!
利根川取水口から8.5㎞、2時間20分(休憩のぞく)を要した

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江戸川は埼玉県・東京都から千葉県を分かち、東京湾に注ぐ
つまり千葉県は、江戸川・利根川・太平洋・東京湾に囲まれたアイランド(島)なのだ

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河川敷では開発が進む
 
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放水口の岸辺で釣り糸を垂れる太公望

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放水口より運河を振り返る

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江戸川の対岸は埼玉県吉川市


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ここにも桜の園があった
休憩して足をマッサージ(限界近し)

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右岸に回って運河駅へ戻る
彼方に筑波山が見えた

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〽菜の花畑に入り日薄れ

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不思議な光景に見えますが・・・
(ゴルフの練習場です)

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おや、これはなんだ?

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利根運河・四国八十八霊場
大正2年(1913)運河開削工事の犠牲者の慰霊と地元住民の交流を目的として建立。
運河沿いに四国八十八の札所を模した参拝所が点在し、巡礼することができる。
ここには十七札所がまとまっている。

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結局、今回もこの方に呼ばれたのか・・・・

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運河沿いの窪田酒造
明治5年(1872)創業。いまも地元の酒米を使用している。
代表銘柄「勝鹿」

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窪田味噌・醤油工場
大正14年(1925)創業。野田の醤油はキッコーマンとキノエネだけではなかった。

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東武アーバンパークライン・運河駅に無事帰還


 連続15kmの歩行は、骨折以来の最高距離であった。
 帰りは左足を引きずって歩く始末で、翌日はほぼ一日、足を休めていた。
 連日の長距離歩行はまだ難しいようだ。
 が、今年中の登頂を企図している秩父の武甲山(1304m)も両神山(1723m)も総歩行距離10㎞くらいなので、もう少し鍛えれば挑戦できそうだ。

 一つ気づいたことがあった。
 利根運河の完成は1890年(明治23)、関東大震災および福田村事件があったのは1923年(大正12)である。当時の福田村一帯はまさに運河の開通の恩恵を被っていたのである。
 一方でそれは、つながった利根川と江戸川を利用して、たくさんの見知らぬ人々がこの農村にやってくるようになったことを意味する。中には香取神社や円福寺を詣でる人もいたことだろう。
 この事件を最初に知ったとき、ソルティは、“よそ者”に慣れていない閉鎖的な農村で起こった悲劇という印象を持ったけれど、たぶんそれは事実とは異なる。
 震災の直後に朝鮮人暴動の噂が広がったとき、村人たちは川を上って来るいつもの“よそ者”を恐れたに違いない。
 利根運河の開通が、事件の一つの因をなしていた可能性を思った。

 それにしても、どこに行っても弘法大師と出会うのは不思議なほど。
 いや、弘法大師がそれだけ庶民に愛されていることの証左なのだろう。

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 おんあぼきゃ、べいろしゃのう、まかぼだら、まに
 はんどまじんばら、はらぱりたやうん

 不空真実なる大日如来よ 
 偉大なる光明により
 暗き世を明るく照らしたまえ
 (光明真言)












● 本:『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』(木島泰三著)

2020年講談社

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 いやあ、難しかった。
 おのれの読解力の限界に挑戦するような読書体験であった。
 自分は文系だなんてよく言えたものだ。
 遺伝(生まれ)か環境(育ち)かは知らず、脳の構造や頭の働きにはどうにもならない壁があるってのを痛感した。

 もちろん最初から哲学書と分かってはいた。
 山口百恵の引退ラストソングを思わせるようなノスタルジックでパセティックなタイトルに警戒心を解いて、おもむろに読み始めたものの、文意を理解し論理を追うのに手こずった。
 自由意志の有無をめぐる昨今の議論は興味深いし衝撃的でもあるので、もっと“一般向け”にわかりやすく書いてくれたら・・・・・と願わざるを得なかった。

 内容を的確にまとめるのも紹介するのも自信がないので、読書感想文レベルで素直に思ったことを記す。
 まず、著者の木島泰三は西洋近世哲学を専門とする研究者(1969年生まれ)ということなので「哲学者」と言っていいと思うのだが、現代の哲学者には科学的素養が不可欠なのだということを改めて感じた。 
 哲学とは、「人間はなんのために生きるか?」とか「人間はどう生きるべきか?」といったことを問う学問と思うが、その肝心の「人間」がそもそもどういう存在であるかを把握する上で、現代科学(とくにダーウィン以降)の知見がもはや欠かせないのである。
 進化論、遺伝子学、脳科学、心理学、動物行動学、果ては宇宙物理学や量子力学まで、「人間存在」を科学の言葉で解明できる部分が少なくない、という現実がある。
 その意味で、本書も哲学書でありながら科学書の趣きもある。
 現代の哲学者はたいへんだ。

 次に、本書全体の特徴を言うなら、「自由意志の問題を考察する上で最低限知っておきたいトピックをほぼ網羅した見取り図を描いている」ということになろう。
 古代ギリシャのソクラテスやデモクリトスに始まって、リチャード・ドーキンスの『利己的遺伝子』やベンジャミン・リベットの実験に至るまで、哲学史と科学史をたどりつつ、この問題に関する幅広い議論や説や様々な論点を整理・紹介してくれている、たいへんな労作である。 
 ソルティは、最先端の科学が自由意志の存在を否定する(ように見える)ことに関心を抱き、興味の赴くまま関連本を読んできたのであるが、そもそも自由意志の問題は哲学史において、古代から議論白熱の主要トピックの一つだったのである。
 その視点がソルティにはまったく抜けていたということに気づかされた。

 とはいえ、それも仕方ない。
 本書でも記されているように、近代科学の勃興をみるまで、自由意志の問題はおおむねキリスト教神学の中で取り上げられてきたのであった。
 
 こういう全能の唯一神を中心に据えるようになったヨーロッパ思想において、自由意志の問題は何より、神の全能性と人間の自由をどのように調停するのか、という問題として取り組まれてきた。これは人間の運命を気にかけ、それを左右しようとする人格的存在と自由意志との関係という問題であり、典型的な「運命論」の問題である。 

 つまり、ソルティが関心を持っている「自由意志の存在の有無を科学的に如何する」というテーマとはおのずから次元が異なる。
 全能の唯一神をはなから想定していない者にしてみれば、まったく関係ない議論である。
 
 一方、著者が本書でもっとも議論を尽くして強調している「運命論」と「因果的決定論」との違いは重要なポイントであり、現代の自由意志論争においても関係ないとは言えない。
 (人間についての)因果的決定論とは「自然法則に適った何らかの過程が意志を決定している」という意味で、簡単に言えば「ドミノ倒しのような原因と結果の法則は、人間の思考や感情や行動を含めたすべてに適用される」ということである。
 著者はこれを「運命論」とは明確に区別されるべきと主張している。

 運命論と因果的決定論との最大の区別はどこにあるか。それは、因果的決定論は目的論の要素を含まない思想であるのに対し、運命論が本質的に目的論の一形態として解される思想であるというところにある。つまり運命論によれば将来の「運命」があらかじめ定まっており、それを実現させる「ために」という、終着点(テロス)の指定が不可欠の要素として想定されている。あるいはそれは、「どこへ?」という問いかけと抜きがたく結びついている。

 たとえば、いま科学者が「自由意志は存在しない」とか「我々の思考や行動を決定しているのは無意識であり、意識は傍観者に過ぎない」と言ったときに、「ならば、我々の運命はあらかじめ決まっていて、何をしても無駄なのか?」とつい悲観的になってしまう人がいるかもしれない。
 が、人の運命をあらかじめ定めているような偉大な神なり宇宙的プログラマーなりは存在しないので、悲観したり捨て鉢になったりする必要はないよということである。
 たしかに、この違いをわきまえることは重要であろう。

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 現在、自由意志の有無をめぐる議論は、次の3つの立場に分かれるという。
  1. 自由意志原理主義(リバタリアン)・・・自由意志はある!
  2. ハード決定論(因果的決定論)・・・自由意志はない!
  3. 両立論・・・1と2は両立できる?
 詳しくは本書にゆずる(ゆずらざるを得ない)が、著者の立場は、たとえこの先、2のハード決定論が科学的に完璧に証明されたとしても、それで人生をあきらめる必要もないし、自らの定めた目的に向かって努力やチャレンジするのを「無駄」と切り捨てる必然性もないよ、ということのようだ。(ひどい雑なまとめ!)

 もう一点。
 因果的決定論の最たるものは、おそらく仏教それも初期仏教であろう。
 「是あれば彼あり、是なければ彼なし」の因縁の教えは仏教の中心教義である。
 また、仏教で「意志」という概念にあたるのは「行(サンカーラ)」だと思うが、ブッダは人間を構成する五蘊(色・受・想・行・識)のいずれもが「無常であり、無我であり、苦である」と説いた。
 「行(=意志)は幻想である。それは“わたし”ではないし、そこに“わたし”はいないし、そこを離れた外部にも“わたし”はいない」と言った。
 こうしたブッダの教えが、最先端の科学の知見と符合するところが多いというのが、ソルティがそもそもこのテーマに関心を持った理由であった。

 木島は西洋哲学専門なので、本書には仏教に関する論考が入っていない。
 しかし、自由意志の問題に関する見取り図を作るなら、やはり仏教に触れないわけにはいかないと思うし、仏教が「決定論をめぐる哲学史」においてどういう位置を占めるのか、自由意志についてブッダはどうとらえていたか、非常に気になるところである。
 
 著者は『エチカ』を著したオランダの哲学者スピノザ(1632-1677)に多大な影響を受けた模様。
 唯一絶対神を否定したスピノザの思想は「歴史上もっともラディカル」と言われている。
 私見だが、歴史上もっともラディカルな思想は、スピノザでもマルクスでもなく、ブッダだと思う。
  
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スピノザ
気になるが、ソルティに読めるだろうか?




おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 2022秩父・春のお彼岸リトリート(後編)

 最終日はまずまず晴れたので山歩きした。
 秩父札所巡礼時を含め3度目となる琴平ハイキングコース。

●歩いた日 3月20(日)
●天気   曇り時々晴れ
●タイムスケジュール
12:30 秩父鉄道・影森駅
    歩行開始
12:40 大渕寺(秩父札所27番)
13:00 護国観音
    昼食(20分)
13:40 円融寺奥ノ院・岩井堂(秩父札所26番)
14:00 東屋 
    休憩(10分)
15:20 野坂寺(秩父札所12番)
16:00 カフェ「木亭」
    歩行終了
●所要時間 3時間30分(歩行3時間+休憩30分)
●標高   399m(最大標高差165m)

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秩父鉄道・影森駅スタート

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札所27番大渕寺
曹洞宗のお寺。裏手の崖を登ると・・・

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護国観音
昭和10年(1935年)建立、高さ16.5m
足下のナップザックで大きさを実感してください

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眺望をおかずにおにぎりを食べる
至福のひととき

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札所26番円融寺・岩井堂
清水の舞台や山寺(立石寺)を思わせる江戸中期の建築

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岩井堂に奉納された額絵
NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する畠山重忠ゆかりの寺
(重忠を演じているのは中川大志)

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生きとし生けるものが幸せでありますように


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崖の上に建つ修験堂
この険しい丘陵は修験道の地でもあった

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行者たちはこの岩を這い上がったのだろう

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ピーク(399m)付近から見える武甲山の尾根

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武甲山山頂

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岩の多い静かな山道を進む

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下山して里山風景に癒される。振り返ると・・・


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梅が見頃であった

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札所12番・野坂寺
臨済宗のお寺。四季折々の花が美しく、清涼な気の満つるパワースポット

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臼を引く女性像
境内のお堂の中にある木彫り十三尊仏は地元の公務員さんが
母親の成仏を願い、仕事のかたわら独学で彫り上げたという
臼を引く母親の像には作り手の愛と感謝が籠められている

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街中に古風なカフェを発見

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その昔養蚕をしていた蔵を改装した店内は雰囲気抜群!

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コーヒーとレアチーズケーキが足の疲れを忘れる美味しさだった
こういった素敵なお店との出会いも旅のよろこび

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秩父鉄道では春から秋の間、SL(蒸気機関車)を走らせている

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ボーッという汽笛の音が旅情をかき立てる
(秩父鉄道・寄居駅付近)


今回も良いリトリートであった。
































 

 

● 2022秩父・春のお彼岸リトリート(中編)

 秩父に行くたびに必ず参詣するのは、秩父神社と札所16番・西光寺である。
 秩父34観音札所には、弘法大師が創設したと言われる四国88巡礼札所とは違って、真言宗のお寺は少ない。
 真言宗は34札所のうち、16番西光寺、21番観音寺、22番童子堂の3つである。
 残りの19ヵ所は曹洞宗、12ヵ所は臨済宗、つまり禅寺が多いのである。

 四国歩き遍路をしたソルティは、当然、弘法大師と同行二人の人生と思っているので、真言宗のお寺には愛着が湧く。
 16番西光寺は、JR秩父駅から徒歩15分、秩父公園橋(荒川)から徒歩5分のアクセスのよい街中にあり、近くに秩父最大のショッピングセンターたる「Bercベルク」もあるので、毎日のように参拝することになる。
 また、宗派云々は別としても、ここのお寺は明るく、季節の花や緑が多く、長閑な雰囲気に包まれ、いつ行っても気持ちが安らぐ。
 すっかり人慣れしている猫たちが境内のベンチや段ボール箱の中でごろ寝しているところも、癒しポイント高い。

西光寺1
16番・西光寺境内(初夏)

 もちろん、境内には真言宗のお寺にはお約束の、笠をかぶり錫杖を付いた弘法大師さまの像が立っている。
 しかし、ここ16番には別に、驚きのお大師様がいる。
 裏手の駐車場になんと化粧したお大師様――ソルティ命名“お女装大師(おじょそだいし)”――がお立ち遊ばれているのである!
 そのお隣には、石の涅槃像すなわち今まさに入滅されたばかりのお釈迦様が横たわっておられる。
 空海と涅槃像――この組み合わせは、高知県の室戸岬を想起させる。

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弘法大師像(一般)


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お女装大師

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釈迦涅槃像
もしかして目を開けている?!

 さらに、16番の境内には四国88ヶ所の本尊が祀られた回廊がある。
 四国に行かずとも、この回廊を巡って一つ一つの本尊に経を捧げれば、四国遍路したのと同等のご利益が期待できる!――というわけだ。
 ソルティは、この回廊を巡りながら、1番から順番にお寺の名前を口にして記憶を新たにし、自作の御詠歌を読み上げる。
 遍路したときのいろいろな思い出がよみがえる。

西光寺2
四国88霊場回廊


 今回も16番に足を運び参拝し、回廊巡りしていたら、こんなものを見つけた。
 
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弘法大師空海すごろく(真言宗豊山派制作)

 空海の生誕から、亡くなったあと醍醐天皇より「弘法大師」という称号をもらうまでの一生を、すごろく仕立てにしたものである。
 大学入学(1 8歳)、唐に行こう(31歳)、大きな池をなおす(48歳)、真言宗の確立、みんなの学校をつくる(55歳)など、主要な出来事が刻まれている。
 早く上がることが目的ではなく、途中途中でもらったり返したりする“散華(蓮の花びらを模した色紙)”を最終的にたくさん集めた人が勝ちとなる。
 大人も子供も遊びながらお大師様のことを学べるツールというわけだ。
 逆に言えば、すごろくが作れるくらいに弘法大師の生涯は波乱万丈で豊かで面白いものなのだ。
 上記のような大きな転機以外にも、「字が上手(三筆と讃えられた)」とか「いろは歌を作った」とか「祈祷で雨を降らせた」とか「中国からうどんを持ち帰った(讃岐うどんの由来)」とか、まさに天才の名に恥じないエピソードばかり。
 
 ちなみに、62歳で亡くなられた時のコマの文言は、「人々と共に生き続ける」である。
 そう、真言宗ではお大師様は“亡くなった”のではなく、高野山奥之院にて“入定”し、弥勒菩薩の出現の時まで衆生救済を願って瞑想修行しているのである。

弘法大師像
高野山奥の院の弘法大師像







● 本:『初期仏教 ブッダの思想をたどる』(馬場紀寿著)

2018年岩波新書

 お釈迦様が亡くなった後、最高の悟りに達した500人の弟子たちが一堂に会して、お釈迦様の教えと教団(サンガ)の規則を確認し、暗唱した。いわゆる結集である。
 ここで確定されたお釈迦様の教え(経)とサンガの規則(律)――すなわち結集仏典は、以後およそ400~500年にわたって出家者たちによって口頭で伝承された。

 紀元前後になって仏典は書写されるようになる。
 その頃、仏教教団はいくつかの部派に分かれていたが、それぞれの部派は結集仏典として伝えられていた「経」と「律」を書写・編集し、仏法を緻密に分析し体系化した仏教哲学たる「論」(アビダンマ)と合わせて、「経・律・論」の三蔵という形に整えた。
 一つの部派の三蔵がほぼ完全な形で今に残っているのは、パーリ語で伝えられたスリランカの上座部大寺派の『パーリ三蔵』のみで、他は、説一切有部・化地部・宝蔵部・大衆部などで伝えられてきた三蔵がそれぞれ部分的に残っているそうである。
 これらの部派によって伝えられた「経」が、いわゆる“小乗仏教”の主要経典であり、一般にお釈迦様の“直説”と言いならわされている『阿含経典』である。

阿含経典(増谷訳)
『阿含経典』(増谷文雄訳、ちくま学芸文庫)

 しかしながら、『阿含経典』のすべてがお釈迦様の“直説”すなわち結集時に弟子たちによって確定された教えかと言えば、あやしいところである。
 数百年の口頭での伝承の間に、伝言ゲームのように(作為の有無はともかく)いろいろなものが混じったり抜けたり変化したりする可能性は無きにしもあらずだし、書写し編集する過程においてもまた、創造力に富んだ編者が親切心から新たなお釈迦様と弟子のエピソードを盛り込んだ可能性もある。
 一例であるが、お釈迦様の最後の旅を記した『阿含経典』内の『大般涅槃経』では、お釈迦様より先に死んでいるはずのサーリプッタ尊者が登場する。
 第一回結集に参加したアーナンダやマハー・カッサパがそんな出鱈目を許すわけがなかろう。
 明らかに後世の創作である。

 本書で著者は、書写が始まる前の口頭伝承時代の仏教を「初期仏教」と定義している。
 つまり紀元前の仏教である。
 そして、「歴史的読解」という方法を通じて、初期仏教において結集仏典の核となるテーマを特定し、そこからお釈迦様の教えをたどろうと試みている。
 馬場紀寿(のりひさ)は1973年青森生まれの仏教学者である。

 歴史的読解とは、仏典を歴史的文脈で読み解く作業である。仏典を資料として批判的に検証した上で、仏典を取り巻く歴史的状況を考察し、恣意的な解釈を慎み、文献学的に正確な読解を目指す。(本書より引用、以下同)

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 はじめに、古代インドの歴史の叙述から始まって、『ヴェーダ』を聖典とするバラモン教の支配する社会において、ジャイナ教をはじめとする六師外道らと同時期に、まったく新しい世界観・人間観・社会観・道徳観を備えた仏教が登場した経緯が描き出される。
 形式的で権威主義に陥ったバラモン教に対するお釈迦様のパラダイム刷新は、ユダヤ教に対するイエス・キリストのそれと実に符合する。 
 次に、文献学にもとづく近代的な仏教研究の成果をもとに、各部派に残る『阿含経典』の片鱗や律を精密に比較検討し、最大公約数的な共通テーマを取り出し、それが作られた時代が紀元前までさかのぼれることを立証する。
 その際の論拠として言及されるガンダーラ写本なるものをソルティは初めて聞いた。

 ガンダーラ写本の発見は、旧ソ連のアフガニスタン侵攻(1979-89)によるアフガニスタン内戦の長期化により、仏教写本が国外に流出し、90年代中頃から古美術マーケットにかけられたことが発端とのこと。
 ガンダーラ写本は、それまでに見つかっていた写本の制作時期をはるかにさかのぼり、紀元前後のものもあるという。書かれていた経はまさに口頭伝承から書写に移る刹那のものである可能性が高い。
 現在、ロシアのウクライナ侵攻が国際社会を揺るがしているけれど、戦争が貴重な仏典発掘のきっかけになるとは、なんという皮肉か。

貝葉経
サンスクリット語で葉っぱに書かれた貝葉経
世界最古の経文と言われる
秩父美術館所蔵)
 
 ともあれ、歴史的読解によって馬場が明らかにしたのは、以下のようなことである。
  1. 結集仏典にあったと推定されるのは、三蔵のうちの「律」及び現存する『阿含経典』5部のうち「長部」「中部」「相応部」「増支部」の4部であり、韻文スタイルの「小部」はなかった。
  2. 初期仏教においてお釈迦様の教えとして特定し得るのは、「布施」「戒」「四聖諦」「縁起」「五蘊」「六処」である。
 1.については馬場以外の研究者も指摘しているらしいが、これが本当ならちょっとした事件である。
 というのも、「小部」の中にある『スッタニパータ』や『ダンマパダ』こそ、文献学的に最も古い仏典であり、お釈迦様の直説である可能性が高いとこれまで言われてきたからである。
 であればこそ、中村元先生は「経の集まり」の意である『スッタニパータ』を岩波文庫で訳すにあたって、『ブッダのことば』というタイトルをつけられたのであろう。 
 同じ中村元訳・岩波文庫の『真理の言葉(ダンマパダ)・感興のことば(ウダーナヴァルガ)』もまた、『阿含経典』の「小部」に収録されている経である。
 これらが結集仏典でない=お釈迦様の直説でないとすると、いったいどういうことになるのであろうか?
 岩波書店は何とチャレンジングな道に踏み込んだのだろう。
 
 これら(ソルティ注:小部)の仏典には、仏教特有の語句がほとんどなく、むしろジャイナ教聖典や『マハーバーラタ』などの叙事詩と共通の詩や表現を多く含む。仏教の出家教団に言及することもなく、たとえば「犀角」は「犀の角のようにただ一人歩め」と繰り返す。多くの研究者が指摘してきたように、これらの仏典は、仏教以外の苦行者文学を取り入れて成立したものである。 

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 第4章以降は、上記2.の「布施」「戒」「四聖諦」「縁起」「五蘊」「六処」について、簡潔にして分かりやすく論じている。
 この部分を読むと、馬場が単なる探究心旺盛で有能な仏教研究者というばかりでなく、鋭い智恵をもった真摯な仏教者であることが洞察される。(ついでに言えば、随所に見られる比喩の性質からして、馬場はソルティ同様、音楽愛好家だろう)
 四聖諦や五蘊(色・受・想・行・識)六処(眼・耳・鼻・舌・身・意)の説明が要を衝いて見事であると同時に、各々の有機的関係を鮮やかに解き明かしていて隙がない。
 次の文章などは、仏教における「自己」という概念のもつ二面性――すなわち古くからの「ゴルビアスの結び目」的テーマである「無我と輪廻の矛盾」について核心に迫ったもので、本書中の白眉と言えよう。
 
 生存は、常に危うい状態にある。思いもかけないところから統制のきかない事態に陥り、日常に自明だと思っていたことが覆ってしまう。このような状態は潜在的に続いていて、たとえ多くの人が安定していると思っていても、何らかのきっかけで顕在化する。
 したがってこの過程では、認識主体・行為主体・輪廻主体としての「自己」の存在を認めることはできない。自己は諸要素の集合に過ぎず、諸要素を統一する主体などないからである。この意味で仏教は「主体の不在」を説いている。
 
 生存そのものは、繰り返し「自己を作り上げる」ことによって成り立っている。未来に向けて努力すれば、よりよい世界が開けるのであり、それを怠れば、どんどん状態は悪化していく。良い方向であれ、悪い方向であれ、そのように次から次へと新たな自己を作り上げることによって、生存を維持するために生存を維持するという無限の反復に陥っている。
 この過程では、渇望があるかぎり、執着が起こり、生存が繰り返し作られる。諸要素の集合に過ぎない非主体的なこの生存を仮に「自己」と呼ぶなら、仏教は「自己の再生産」をも説いていると言える。(ゴチックはソルティ付す) 

 本書もまた、仏教研究書としての一面と、仏教入門書としての一面を備えた「ヤヌスの鏡」的(笑)良書と言える。

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双頭神ヤヌス(杉浦幸ではない)



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



  

● 本:『ブッダが説いた幸せな生き方』(今枝由郎著)

2021年岩波新書

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 著者は、現代における最良の仏教入門書の一つであるワールポラ・ラーフラ著『ブッダが説いたこと』(1959年刊行、2016年初邦訳)の翻訳者であり、自らも『ブータン仏教から見た日本仏教』など多数の著書をもつチベット研究者にして生粋の仏教者である。

 「あとがき」に本書を記した理由として、①ラーフラ師への敬意を示すため、②「インド的でいささか煩わしい」文体で書かれた『ブッダが説いたこと』を日本人にとってより受け入れやすいものにしたいと思った、③「仏教にもともとあった、よりよく生きるための教えという側面」に光を当てたかった、の3つが挙げられている。
 まさに、その3点がしっかりと実現されている、読みやすくてわかりやすい書である。
 本書を読んだ後に『ブッダが説いたこと』を読めば、仏教の何たるかが一層深く理解できることであろう。
 
 いつもながら、今枝の歯に衣着せぬ率直な物言いに感心する。
 もとからの性格もあろうが、やはりフランスやブータンなど海外生活が長かったことが影響しているような気がする。
 つまり、一つには欧米の個人主義の感覚が身についているから、一つには日本のピラミッド型縦割り組織に属していないがゆえに、どこにも遠慮や忖度する必要がないのだ。
 テーラワーダ仏教(いわゆる小乗仏教)の名著が邦訳されるのに、今枝の登場まで半世紀以上待たなくてはならなかったのは、そのあたりの日本的事情を思わせるものであり、実にもったいないことであった。
 
 

おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● 私を本当の名前で呼んでください


 禅僧で平和活動家のティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh)が、1月22日母国ベトナムで亡くなられた。享年95。

 30代はじめに師の著作に会っていなかったら、ソルティはおそらく仏教徒になっていなかっただろう。
 師が造られた“インタービーイング(interbeing、相互共存)”という言葉こそは、諸法無我にして空にして因縁の教えなのだと、今になって理解できる。
 行動する仏教(Engaged Buddhism)の提唱者にして実践者であると同時に、2000年以上前のブッダの教えを、分かりやすい美しい比喩で伝えることのできる稀有なる詩人であった。
 師が広めたマインドフルネスの教えは、今や世界中のたくさんの人の生きる指針となっている。

 師の偉大なる事績を讃え、ソルティがもっとも好きな詩を追悼掲載します。

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私を本当の名前で呼んでください


私が明日発つと言わないで
なぜって いま もうすでにここに着いているから

深く見つめてごらんなさい 私はいつもここにいる
春の小枝の芽になって
新しい巣で囀りはじめた
まだ翼の生え揃わない小鳥
花のなかをうごめく青虫
そして石のなかに隠れた宝石となって
 
私はいまでもここにいる
笑ったり泣いたり
恐れたり喜んだりするために
私の心臓の鼓動は
生きてあるすべてのものの
生と死を刻んでいる

私は川面で変身するかげろう
そして春になると
かげろうを食べにくる小鳥

私は透きとおった池で嬉しそうに泳ぐ蛙
そしてしずかに忍び寄り 蛙をひと飲みする草蛇

私はウガンダの骨と皮になった子ども
私の脚は細い竹のよう
そして私は武器商人 ウガンダに死の武器を売りに行く

私は12歳の少女
小さな舟の難民で
海賊に襲われて
海に身を投げた少女
そして私は海賊で
まだよく見ることも愛することも知らぬ者

私はこの両腕に大いなる力を持つ権力者
そして私は彼の「血の負債」を払うべく
強制収容所でしずかに死んでゆく者

私の喜びは春のよう
とても温かくて
生きとし生けるもののいのちを花ひらかせる
私の苦しみは涙の川のよう
溢れるように湧いては流れ
四つの海を満たしている

私を本当の名前で呼んでください
すべての叫びとすべての笑い声が
同時にこの耳にとどくように
喜びと悲しみが
ひとつのすがたでこの瞳に映るように

私を本当の名前で呼んでください
私が目ざめ
こころの扉のその奥の
慈悲の扉がひらかれるように


出典:『微笑みを生きる <気づき>の瞑想と実践』 
ティク・ナット・ハン 著
池田久代 訳
1995年春秋社刊



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● 本:『最澄と徳一 仏教史上最大の対決』(師 茂樹著)

2021年岩波新書

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 狂言に『宗論』という演目がある。
 旅先で知り合った法華宗の僧侶と浄土宗の僧侶が、どちらの教えが優れているか論争する話で、最後はそれぞれのお題目(南無妙法蓮華経)と念仏(南無阿弥陀仏)を相手に負けじと大声で唱えているうちに、知らず題目と念仏が入れ替わってしまい・・・・という滑稽な話。
 「坊主が2人いれば、宗派が3つできる」と知り合いの僧侶が言っていた。
 
 むろん仏教に限らず、宗教あるところ宗論はついて回る。
 キリスト教ならカトリックv.s.プロテスタントが「史上最大の対決」であろうし、同じカトリック内でもたとえばウンベルト・エコー著『薔薇の名前』にみるように、聖書の解釈をめぐってそれこそ命を懸けた議論の応酬がなされた歴史がある。
 イスラム教のシーア派v.s.スンニ派の対立は、国家同士の争いにまで発展している。
  
 「仏教史上最大の対決」は、おそらく紀元前後より始まった伝統仏教(小乗仏教)と新興仏教(大乗仏教)の対立であろう。
 伝統仏教の流れを組むテーラワーダ(上座部)仏教は、最初期の経典(ブッダの直説と言われる阿含経典)とともにタイ・スリランカ・ミャンマーなどに伝わり、今も国教のような存在となっている。
 一方、インドから各地に広がった大乗仏教の流れの一端は、中国や朝鮮半島を経て、大量の創作経典(ブッダの直説ではない)とともに6世紀初め日本に伝わったことは、よく知られるところである。いわゆる北伝仏教。
 なので、本書で書かれている最澄と徳一の対決は、北伝の大乗仏教の中の日本仏教における「最大の対決」である。
 そして、論争の当事者であった最澄も徳一も、こうした歴史的・文献学的背景について適確な情報や視座を得られる時代には生きておらず、どれがブッダの直説か――少なくともそれに一番近い教えと言えるのか――現代の我々のようには知り得なかった。
 この点をまず押さえておくことが肝要と思われる。 
 
 著者の師茂樹(もろしげき)は1972年生まれの仏教研究者。日本では非常にレアな因明(仏教論理学)の研究者でもある。
 なにせ平安時代初期の宗論に関する本であるから、古文や漢文の引用が主となるのはもちろんのこと、古いお経の引用も多い。
 当時の日本の仏教界の勢力図やそれぞれの派閥の宗旨、そこにつながる流れを作ってきたインド・中国をも含む古い時代からの師弟関係・・・・。
 こういった事柄が扱われるので、率直、ある程度仏教についての知識がないと読みこなすのは難しいかもしれない。
 だがそこさえクリアできれば、骨子はすっきりしており、因明研究者らしく(?)論旨も通っている。文章も分かりやすい。
 天台宗の開祖で歴史の教科書に肖像画付きで載っている超セレブ・最澄と、この最澄との宗論によってのみ名前を残すことになった僻地会津の僧侶・徳一の地獄落ちも覚悟の――というのも正法(ブッダの教え)を誹謗する者は地獄行きと言われているから――真剣な一戦。
 とても面白く読んだ。 
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 最澄と徳一はいったい、①何をテーマに、②どういう風に議論したか。そして、③どちらに軍配が上がったか。

 まず、①議論のテーマであるが、単純に言えば「仏性の有無について」である。
 仏性とは「ブッダに成れる資質」。
 最澄および彼が代表する一派(天台宗、鑑真上人系、大安寺系など)は、「すべての人には仏性があり、遅かれ早かれブッダに成れる」と説いた。
 仏教を信仰する者に用意されたゴールは一つなので、むろん乗り物も一つ。ゆえに一乗説と言う。
 この説の後ろ盾になっているのは、ブッダが最晩年に説いたとされる大乗経典の『法華経』と『大般涅槃経』である。

 一方、徳一が代表する法相宗は、乗り物は3つ(三乗説)と説く。
 仏道のゴールは、
  • 師から教えを聞き、修行によって阿羅漢となって解脱・涅槃する(声聞種姓)
  • 師から教えを聞くことなく独力で解脱・涅槃する(独覚種姓)
  • 菩薩となって大衆を助けたのちブッダとなる(菩薩種姓)
の3つである。
 より正確には、
  • どの乗り物に乗るか定まっていない(不定性)
  • どの乗り物にも乗れず永遠に輪廻転生する(無性)
の5つの分類があるので「五姓格別説」と呼ばれる。
 後ろ盾となる経典は、『西遊記』の三蔵法師として知られる玄奘が訳した大乗経典の『瑜伽師地論(ゆがしじろん)』『解深密経(げじんみっきょう)』『成唯識論』である。
 最後の経の名前からわかるように、玄奘はインドの世親(ヴァスバンド)が大成した唯識論の中国への伝承者であり、法相宗の開祖となった。
 法相宗は、653年に遣唐使として中国に派遣され玄奘の愛弟子となった道昭が、帰国後に日本に広め、のちに南都六宗の一つに数えられるほどの勢力となった。
 法相宗の僧である徳一は、三乗説の唱道者であると同時に、世親→玄奘→道昭・・・の流れを汲む唯識論の信者でもあった。

 徳一(法相宗)と最澄(天台宗)との仏性の有無をめぐる「三一論争」が起こるよりもっと前から、法相宗は別のテーマをめぐって、同じ南都六宗の仲間である三論宗と宗論を繰り返してきた。
 「空有の論争」と呼ばれている。
 「この世界のすべては空である(一切皆空、色即是空)」というインドの龍樹(ナーガルジュナ)が確立した「空の思想」に対して、「いや、すべては空ではない。すべては識である。ただ識のみが有る」という世親の唯識論を対置させたものである。
 三論宗は前者、法相宗は後者の立場をとった。
 古代インドにおいて始まった空有の論争が、中国に輸入されて彼の地でも繰り返され、日本に輸入されてまたしても繰り返されたわけである。
 すべては空か、それともすべては識(有)か?
 
 ここで面白いなあと思うのは、現在スピリチュアル業界で流行っている非二元(ノンデュアリティ)は「私=識=世界(あるいは梵我一如)」という唯識論のニュアンスを多分に含んでいる点である。
 一方、日本人が一番好きでおそらく一番頻繁に唱えられているお経である『般若心経』は、「色即是空、空即是色」という有名な文句にみる通り、空の思想に基づいたものである。
 これをテーラワーダ仏教のスマナサーラ長老は、『般若心経は間違い?』(宝島社新書)という著書の中でタイトルそのままに一刀両断にしている。
 いわく、「色即是空はいいが、空即是色はおかしい」「“無い無いづくし”の『般若心経』は虚無主義に転落する」・・・・等々。
 伝統仏教(初期仏教、テーラワーダ仏教)の立場からすれば、「諸法無我」の教えと反する唯識論は間違いであり、「空」を「無」とすり替えてしまっている『般若心経』もまた間違いということになる。(空有の論争そのものについて言えば、伝統仏教は「空」の立場だろう)

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2007年宝島新書発行

 同じように、最澄と徳一の三一論争もまた、伝統仏教の立場から見るとナンセンス。
 というのも、『阿含経典』においてお釈迦様は「仏道修行する者のゴールは阿羅漢になって解脱・涅槃すること」と明確に語っており、断じて「ブッダに成ること」ではない。
 仏性についてはなにも語っていない。
 「これこそブッダの真意だ!」と、正統性をめぐって激しくやりあった三論宗と法相宗の「空有の論争」も、徳一と最澄の「三一論争」も、お釈迦様の手のひらの上にも乗っていなかったという不都合な真実・・・。
 
 大乗とは「偉大な道」といった意味であるが、先にも述べたように、これは伝統的な教団(部派)に伝承されている教えは完全な教え(了義)ではない、つまり小乗=劣った道であり、不完全な教え(未了義)である、という言明とセットになっている。このような他の権威の否定と自身の正統性の主張は、「小乗」に対してだけでなく、先行する大乗仏教にも向けられる。
 
 大乗仏教は、言わば「何がブッダの教えなのか」を争う運動であり、「問いの絶えざる提出とそれへの新たな回答」による「正統性の絶えざる更新」によって、「真のブッダの教え」がどんどん遠ざかっていくような構造になっている(下田2020)。

(本書より引用、以下同) 


 次に、②どういう風に二人は議論したか。
 過去の仏典に根拠をもとめて、それぞれの論の正統性・正当性を主張したのは上に書いた通り。
 京都と会津では実際に会って口角泡飛ばすというわけにはいかないので、ZOOM討論ならぬ手紙のやり取りとなるのも必定である。
 本書の大きな特徴は、二人がどういったスタイルで、つまりどういった論法を用いて議論したか、を具体例を挙げて著述しているところにあり、そこが著者の面目躍如たるところ。
 すなわち、因明である。

 因明とは、「ヘートゥ・ヴィドヤーというサンスクリット語の訳語である。ヘートゥは「原因」といった意味であるが、ここでは「知識を生み出す原因」、すなわち理由や論拠などを意味する。ヴィドヤーは「学問」といった意味である。つまり因明は、「論拠(因)についての学問(明)」という意味になる。もともとはインドの討論術を起源とするが、仏教内でも研究され、唯識学派の陳那(ディグナーガ、420-500頃)が論理学・認識論の体系として大成した(桂1998)。その著作が玄奘によって漢訳、紹介され、東アジアで広まった。

 ここでもまた玄奘サマサマなのである。
 『西遊記』って馬鹿にならない。
 仏教における論理学、討論術である因明は、もちろん日本にももたらされ、宗派を超えて学ばれた。
 因明の形式で書かれているお経は多いので、それを習得するのは僧侶にとって必須であったであろうし、ましてや他の宗派の僧と何らかのテーマをめぐって討論しようと思うのなら、因明に長けていることは当たり前田のクラッカーである。
 著者によれば、学僧だけでなく、貴族など一般の知識人の間でも一種の教養となっていたらしい。

 現代日本人が、上手く使いこなせるかどうかは別として、慣れ親しんでいる西洋論理学や弁術のスタイルとはかなり異なる。
 詳しくは本書を読んでほしいところであるが、一例を上げると、
 
  主張 あの山には火がある。
  理由 煙があるから。
  例喩 かまどのように。

 因明では、立論者が論証したいと思っている主張・結論(宗)を最初に述べる。次に、論証するための根拠となる理由、論拠(因)を述べる。「因明」の「因」はこの理由のことである。そして最後に、理由を裏づける前例(喩)を述べる。因明における正しい論証は、必ずこの宗・因・喩の三つで構成されることから、三支作法とよばれる。 

 西洋論理学の三段論法とはずいぶん違っている。
 なんかツッコミどころ満載のようにも思える(笑)が、他方、「自分がよりどころとする教説と矛盾する主張をすること」(自教相違)や、「あらゆる言明はすべて虚妄である」というような論理のパラドクスに陥る主張をすること(自語相違)は過失(=論理破綻)であるといった、現代の我々でも十分理解し納得しうるルールもある。
 以下の文章もまた納得できよう。
 
 究極の真理は言葉で表現することはできないという考え方は、大乗仏教全般で共通するものであり、法相宗でもそれは共有されている。因明はあくまで言葉を使って何かを考えたり、コミュニケーションやプレゼンテーションをしたりするための(仏教的に言えば世俗諦の)技法であって、どんなに言葉を積み重ねても、それだけでブッダの悟った究極の真理に到達することはできない。 

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 最後に、③最澄と徳一のどちらが勝利したのか。
 これは論争の途中で最澄が亡くなってしまったので、「勝敗なし」とするのが公正なところだろう。
 三一論争自体は、その後も(鎌倉時代くらいまで)継承されたらしい。
 ただ、現代日本の代表的な大乗仏教の宗派(浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、曹洞宗、臨済宗)の祖師たちが、最澄の開いた比叡山で学び修業したことはよく知られるところで、大雑把に言えば最澄の弟子たちである。
 「すべての人に仏性がある」という一乗説は、「あるがままのこの具体的な現象世界をそのまま悟りの世界として肯定する」天台本覚思想と結びついて、鎌倉仏教の各宗派の基底音とも通低音ともなっている。
 「悪人なおもて往生をとぐ(親鸞)」とか「修証一如(道元)」とか「念仏や題目を唱えさえすれば救われる(法然、日蓮)」といった教えは、一乗説あってゆえだろう。
 そればかりか、古来からアミニズムになじんでいた日本人にとって、仏性の領域をさらに広げて「山川草木悉有仏性」という美しい思想を手に入れるのに苦労はなかった。
 そう考えると、日本人の宗教観や日本文化への影響に関して言えば、時は最澄に味方したと言っていいだろう。(ただし、仏教離れの現代においては両者共倒れの感が否めない)

 著者は、三一論争を概観したあとに、「歴史を書くこと」という章を別に設けている。
 ここがまた本書のユニークなところで、著者の歴史研究に対するスタンスや研究者としての態度が伺える興味深い一節となっている。
 著者が言及しているイギリスの哲学者マイケル・オークショットの提唱した二種類の過去――「実用的な過去」と「歴史学的な過去」――という対概念が面白い。
 
 「実用的な過去」とは、個人や集団が抱える問題を解決したり、生存戦略・戦術として用いたりする「過去」であり、「歴史学的な過去」とは、歴史学者などによって行われる、没利害的で、過去を知ることそれ自体を目的として研究されるような過去のことである(ホワイト2017)。

 なので、「実用的な過去」は恣意的・主観的・便宜的なものであり、最近、洋の東西で炎上を生んでいる歴史修正主義につながりやすい。
 一方、「歴史学的な過去」は、科学的・客観的な事実を突きつけて人々の幻想(信仰、信念、夢など)を破壊する暴力に転じやすい。わかりやすい例を挙げると、皇統(天皇制)における欠史八代――。
 言うまでもないが、純粋に客観的な真実の歴史なんてものはない。
 いかに科学的な研究がベースになっていようが、歴史を語る際にはどうしたって語り手の知識量はもちろん、人となりやバックグラウンドや様々なレベルの損得勘定が入り込んでくる。
 すなわち、語り手自身がバイアスとなる。
 師茂樹はその点に非常に自覚的・意識的な研究者であり、書き手である自分を「  」に括ってメタ化(相対化)する習性をもっているらしいことが伺える。
 ソルティはそこに1972年生まれの師茂樹が持つある種の時代性、『大乗非仏説をこえて』の大竹晋(1974年生まれ)や『仏教思想のゼロポイント』の魚川祐司(1979年生まれ)と共通するような、日本では70年代から顕著になった「セルフツッコミ文化」の影響を嗅ぎ取ったものである。

日記

・・・と日記には書いておこう
(1973年浅田飴のCMより)


おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







 





● 本:『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』(カルロ・ロヴェッリ著)

2020年原著刊行
2021年NHK出版(冨永星 訳)

 今回の秩父リトリートに持って行った一冊。
 200ページに満たない小冊子ほどの分量であるが、なにせ量子論である。
 すっきりした頭と心と体で、じっくり時間をかけて集中して読まないと到底読みこなせないと思い、リトリートまで読むのを待っていた。

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 カルロ・ロヴェッリは1956年イタリア生まれの理論物理学者。
 最先端科学の知見を、ソルティのような科学素人にもわかりやすく説き明かしてくれる文学センスに恵まれた書き手で、同じNHK出版から出ている『時間は存在しない』は世界的ベストセラーとなった。(ソルティ未読)
 アインシュタインの相対性理論とハイゼンベルクの量子論との結合を研究目標としているという。
 
 科学音痴のソルティ、とりわけ物理は大の苦手で高校時代はいつも赤点だった。
 それでも量子論に惹かれるのは、量子論が我々の生きる世界のありようについての従来の解釈を決定的に打ち壊し、いわゆるパラダイム変換させるものを含んでいるからにほかならない。
 つまり、ニュートンに代表される古典物理学――人間(科学者)が物質(対象)を客観的に観測し、物質が持っている様々な性質を見極め、また物質間に存在する恒常的な物理法則をつきとめて公式化する――が、どうやら量子の世界では通用しないらしく、現象を解釈するための新たな枠組みが必要とされている。
 その新たな枠組みとして俄然注視を浴びているのが、ほかならぬ仏教なのである。
 ひとりの仏教徒として関心を持たざるを得ない。
 瞑想とウォーキングと脱アルコールと節食とでクリアにした頭をもって二度読みし、なんとかカルロの言葉についていった。
 
 まず、カルロは量子論誕生の背景を語る。
 立役者は23歳のドイツの青年ハイゼンベルク。
 ハイゼンベルクと彼の師であるニールス・ボアとマックス・ボルン、そして同僚のパスクアル・ヨルダンとヴォルフガング・パウリ、これらの面子が量子論誕生の中心となった。
 続いて、イギリスのポール・ディラックや猫のたとえ話で有名なシュレーディンガーが登場する。
 このあたりの記述は、偶然と興奮と驚嘆と激論と感動がついて回る科学的大発見の物語として面白く読める。
 シュレーディンガーが“女ったらし”だったとは知らなかった。

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箱の中の猫は起きているのか、寝ているのか
 
 次に、カルロが描くのはあまりに不可解な量子のふるまい(量子現象)と、それを説明するためにこれまで専門家によって唱えられた解釈の列挙である。 
  • 量子飛躍・・・・量子は一つの軌道から別の軌道に瞬時に飛ぶ
  • 量子干渉・・・・量子を観測しようとしただけで、そのふるまい方が変わる
  • 量子もつれ・・・遠く離れた二つの量子の一方を観測した結果が、もう一方の量子に瞬時に伝わる
 これまでの物理法則では説明しがたい現象をなんとか合理的に説明しようとして、専門家はいくつかの説を編み出した。 
  • 「多世界解釈」理論・・・・この世界は一つでなく、観測と同時に分裂し、無限に存在する
  • 「隠れた変数」理論・・・・我々には決して見えず測定できない波(変数)があって、それが量子に影響を及ぼしている
  • 「自発的収縮」理論・・・・(これは説明を読んでもよくわからなかった)
  • 「QBイズム(認識論的解釈)」・・・・観測する我々の認識にそもそも非合理なものがある(ってことを言っているらしい)
 カルロは上記の解釈をすべて退けて、自説を打ち出す。
 それが本書の核心であり、タイトルの意味するところ、すなわち関係論的解釈である。

 その答えの鍵、とわたしが信じているのは――同時にこの本のさまざまな着想の要でもあるのだが――科学者も測定機器と同じように自然の一部である、という単純な観察だ。そのとき量子論は、自然の一部が別の自然の一部に対してどのように立ち現れるのかを記述する。
 量子論の関係を基盤とする解釈、すなわち関係論的な解釈の核には、この理論が、量子的な対象物のわたしたち(あるいは「観測」という特別なことをする主体)に対する現れ方を記述しているわけではい、という見方がある。この理論は、一つ一つの物理的対象物が、ほか任意の物理的対象物に対してどのように立ち現れるかを記述する。つまり、好き勝手な物理的存在が、別の好き勝手な物理的存在にどう働きかけるかを記述するのだ。

 一つ一つの対象物は、その相互作用のありようそのものである。ほかといっさい相互作用を行なわない対象物、何にも影響を及ぼさず、光も発せず、何も引きつけず、何もはねつけず、何にも触れず、匂いもしない対象物があったとしたら・・・・・その対象物は存在しないに等しい。(中略) わたしたちが知っているこの世界、わたしたちと関係があってわたしたちの興味をそそる世界、わたしたちが「現実」と呼んでいるものは、互いに作用し合う存在の広大な網なのである。そこにはわたしたちも含まれていて、それらの存在は、互いに作用し合うことによって立ち現れる。わたしたちは、この網について論じているのだ。

 量子論は、物理的な世界を確固たる属性を持つ対象物の集まりと捉える視点から、関係の網と捉える視点へとわたしたちを誘う。対象物は、その網の結び目なのである。

 このような解釈を唱えるカルロが、「この奇妙な世界像を理解するための、観念的基盤」を求めていたところ、ぶち当たったのがなんとナーガルジュナ(龍樹)であった。

龍樹(150―250ころ)
インドの最大の仏教学者。原名はナーガルジュナ。南インドの出身。
当時のインド諸思想を学んだのち北インドに赴いて、仏教、とくに新興の大乗仏教思想に通暁して、その基礎づけを果たし、晩年は故郷に帰った。
主著に『中論』『大智度(だいちど)論』その他がある。
『中論』において確立された空(くう)の思想は、彼以後のすべての仏教思想に最大の影響を与えている。すなわち、実体(自性)をたて、実体的な原理を想定しようとするあり方を、この書は徹底的に批判し去り、存在や運動や時間などを含むいっさいのものが、他との依存、相待、相関、相依の関係(縁起)のうえに初めて成立することを明らかにする。
(小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』より抜粋)

 どうだろう?
 まさに関係論的解釈そのものではないか!
 「我意を得たり!」のカルロの驚きと喜びを想像するのは難しくない。

 何ものもそれ自体では存在しないとすると、あらゆるものは別の何かに依存する形で、別の何かとの関係においてのみ存在することになる。ナーガルジュナは、独立した存在があり得ないということを、「空」(シューニャター)という専門用語で表している。

 しかし、テーラワーダ仏教を学ぶ者なら誰もが知っている。
 専売特許はナーガルジュナにない。
 上記の内容は、「諸行無常」「諸法無我」「縁起」「因縁」という言葉をもって2000年以上前にブッダが説き明かしている。
 諸行無常で諸法無我だから「空」なのだ。縁起と因縁が存在の様式なのだ。
 ブッダは『阿含経典』の中で、五蘊――すなわち色(物質)・受(感覚)・想(観念やイメージ)・行(意志や感情や思考)・識(認識)――がどれも無常であり無我であり苦であると明確に語っている。

 五蘊の原理は無我(Anatta)であることを示す。「人間の生命」は様々な構成要素の集まりであり、そしてこれらの構成要素の集まったものも自我ではない。それぞれの構成要素も自我ではない。また、これらの構成要素とは別に自我であるものもありえないことを示す。このように見ると、自我に固執することを止めることができる。
(ポー・オー・パユットー著『仏法』サンガ出版より)

 カルロの量子論は実に仏教そのものである。(ただし、カルロは輪廻転生の類いは信じていないらしい。自身を「ハードコアな唯物論者で自然主義者」と言っている)

 ここにおいてソルティは、「宗教」と「哲学」と「科学」の三者に関する次のような歴史的洞察を披露したいという誘惑に抗しきれない。
 すなわち、
  1. 大昔(たとえば原始社会)において、宗教と哲学と科学は同じ一つのもの(三位一体)であった。(キリスト教原理主義者やイスラム教原理主義者にとってはいまも一つのままである)
  2. 古代ギリシアにおいて、哲学と科学が宗教から独立した。
  3. 中世ヨーロッパでは、宗教(キリスト教)が哲学と科学の上に立った。
  4. ルネサンスから近代を経て、宗教が玉座から転がり落ち(「神は死んだ」by ニーチェ)、哲学と科学が隆盛になった。
  5. 近現代、哲学も袋小路に陥り、科学万能の時代が到来した。
  6. 量子論は、宗教と哲学と科学をふたたび結合させる可能性を示唆している。ただし、その場合の宗教とは仏教である。
 本書においてカルロは、量子現象の関係論的解釈が、人間の発する「問い」の表現を変えてしまう可能性を指摘している。 
 ごく単純なレベルで言えば、問いを発する際の主語が「私( I )」という一人称単数から、「私たち(We)」とか「世界(World)」とか「生きとし生けるもの(All Living Being)」に変わっていくやもしれない。
 環境問題を語るときにすでにそうなっているように・・・・。


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おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 箱庭の中の仏教 本:『立松和平 仏教対談集』

2010年アーツアンドクラフツ

 立松和平を読むのははじめて。
 ソルティの中では、永島敏行が主演したATG制作映画『遠雷』(1981)の原作者であることと、久米宏司会のテレビ朝日『ニュースステーション』に時々出演し、朴訥な栃木訛りで世界各地の自然風景を紹介していた人というイメージがある。
 たくさんの著書があり文学賞なども獲っているのだが、行動派で活動分野が広かったので、小説家なのかジャーナリストなのか環境活動家なのか、よくわからなかった。
 ましてや仏教に造詣が深いとは・・・・。
 しかるに、立松は若い頃にインドを旅して仏跡を巡っているし、道元の伝記を書いてもいれば、道元を題材にした歌舞伎台本『道元の月』も物して高い評価を受けている。
 2010年に62歳で亡くなった時の絶筆は『良寛』だったという。

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 本書では11名の相手と仏教について語っている。
 玄侑宗久(作家、臨済宗僧侶)、山折哲雄(宗教学者)、大谷光真(浄土真宗僧侶)、板橋興宗(曹洞宗僧侶)、酒井雄哉(比叡山千日回峰行達成者)など生粋の仏教者もいれば、岩田慶治(文化人類学者)、坂東三津五郎(歌舞伎役者)、神津カンナ(エッセイスト)など分野の異なる相手もいる。
 様々な相手と自由無碍に語り、豊富な話題を繰り出す立松の博識と幅広い人生体験が際立っている。
 そのぶん、言葉のキャッチボールの面白さや対話による「他者」の発見の妙を味わえるのが一番の興趣であるはずのせっかくの対談という形式が、ところどころ立松の自分語りになってしまい、対話が深まらないまま終わってしまい、残念な感もある。(とりわけ仏教者との対話において顕著)
 たとえば、三島由紀夫と石原慎太郎による対談や、岸惠子と吉永小百合による対談、そして五木寛之と沖浦和光による対談などと比べれば、そのもったいなさは歯がゆいほど。
 対談というのは、簡単そうに見えて難しいものなのだ。

 それにしても、日本の著名な仏教者同士の対話を読んでいると、「話がまさに日本仏教の中にすっぽり収まる」ということに今さらながら感じ入る。
 すなわち、「日本的大乗仏教こそが仏教」という前提がまずあって、そのたしかに豊穣ではあるが日本人にしか分からない(暗黙の了解的)閉鎖性を持つ箱庭の中で、仏教がさまざまに語られる。
 その特徴は単純に言うと、アニミズム的、現世肯定的、即身成仏的ってことになろう。
 日本古来の神道と修験道、中国由来の仏教(禅や密教含む)と道教、そこにいつからか日本人の血の中を桜の花びらとともに流れるようになった「もののあはれ」的無常観――そういったもののミックスである。
 おなじみの言説としては、「一切衆生悉有仏性=生きとし生けるものはすべて生まれながら仏となりうる素質をもつ、あるいは仏である」、「仏教というは森羅万象なり」、「あるがままに生きる」、「修証一等」、「梵我一如」、「すべての衆は救われておるんじゃ~」・・・・e.t.c.

 末木文美士はその著『日本仏教史 思想史としてのアプローチ』の中で、「あるがままのこの具体的な現象世界をそのまま悟りの世界として肯定する思想」すなわち本覚思想が、「古代末期から中世へかけての日本の天台宗でおおいに発展し、天台宗のみならず仏教界全体、さらには文学・芸術にまで大きな影響をおよぼした」と論じている。
 箱庭とは本覚思想のことである。

箱庭


 かつて小乗仏教と貶められたテーラワーダ仏教は、歴史的にもっとも古い『阿含経典』を聖典とし、二千年以上、形を変えず伝えてきた。
 お釈迦様の教えに近いと言われるゆえんだ。
 ソルティは阿含経典のすべてを読んだわけではないが、主要なものの中に本覚思想は見当たらない。
 母の手で包み込まれるような優しい感のある日本的大乗仏教にくらべると、その冷徹なまでの論理性、容赦ない自力本願性、徹底した現世否定の姿勢は、同じ宗教とはとても思われないくらいの違いがある。
 別にテーラワーダ仏教を勧めるわけではないが、一度箱庭から出て、外から日本人の仏教を見つめ直すことは、自らを相対化する上で意義があるのではなかろうか。
 本書を読んで、そう思った。



おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 幼少期のトラウマ 映画:『地獄』(中川信夫監督)

1960年新東宝
101分、カラー

 子供の頃にテレビで観た映画のうち最も怖かったのがこの『地獄』であった。
 むろん、監督や出演俳優の名前はわからなかったので、後年になってからてっきり神代辰巳監督の『地獄』(1979年東映)がそれかと思ったのだが、観てみたらどうも違う。
 だいたい79年の映画ならソルティはすでに思春期、「子どもの頃」のはずがなく、もう少し記憶もはっきりしているはず。
 それに映画の中で最も怖かったのは、闇の底から無数の人の手がイソギンチャクのように揺らめきながら伸びてくるシーンであったのだが、79年の『地獄』にはそれがなかった。
 今回、そのシーンを目にして、「ああ、これこれ!」と懐かしさと不気味さが入り混じった奇怪な感覚を味わった。

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 三途の川、閻魔大王の審判、針の山、血の池など地獄のさまを描いた内容そのものも確かに恐ろしいには違いないが、ソルティの脳内に悪夢のごとく残り続けた恐怖の一番の源は、上記のシーンに代表されるシュールな映像の魔力であった。
 『怪談』の小林正樹監督や『ツゴイネルワイゼン』、『東京流れ者』の鈴木清順監督に比されるべき映像美術がここにはある。
 実際、今見ても60年制作とは思えぬほどの新しさを感じる。


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吊り橋の上でのラブシーン(逆さ撮り)


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唐傘の配置が見事


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灼熱地獄で水を求める亡者


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血の川を流れる赤ん坊
このシーンもわけなく怖かった


 今見ると、本当に怖いのは地獄の刑罰ではなく、現世における人間のさまざまな欲望や迷妄だと知られる。
 つまり心の中の地獄。
 人間世界のドロドロを容赦なく描く前半がおっかない。
 「怪談映画の巨匠」と呼ばれた中川監督の本領は、むしろそちらにあるのではないかと思う。
 他の作品を観ていきたい。

 天知茂、三ツ矢歌子、沼田曜一といった新東宝の俳優たちも、下手に役者役者していないフレッシュな佇まいがかえって印象的である。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● ONとOFF 本:『ブッダの実践心理学第5巻 業と輪廻の分析』(アルボムッレ・スマナサーラ、藤本晃共著)

2009年サンガ発行

 仏教の三蔵(三つの聖典・・・経蔵・律蔵・論蔵)のうち論蔵にあたるアビダンマを、テーラワーダ仏教の出家僧たるスマナサーラ長老が懇切丁寧に説いた、アビダンマ講義シリーズの一巻である。
 アビダンマはいわば、仏教哲学の集大成である。

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 本巻で取り上げられている「業(カルマ)と輪廻」こそは、仏教の言説の中でもっとも神秘的かつオカルチックで、非科学的・迷信的と断じられやすく、物議をかもす部分であろう。

 業と言えば「自業自得」という言葉がすぐに思い浮かぶが、どこか冷酷で断罪的なイメージが強い。
 元来は「自分で行った行為の結果が自分に返ってくる」というニュートラルな意味合いで、悪い行いだけでなく善い行いについても使われる言葉なのだが、残念ながら、「それみたことか!」、「自己責任!」、「言わんこっちゃない!」、「思い知れ!」といった否定的ニュアンスで使われることが多い。
 使い方を間違うといらぬ誤解を招き、人間関係にひびを入れたり、他人を傷つける結果になりやすい。
 とくに輪廻転生(生まれ変わり)と絡んで使われる場合、「前世で悪いことをしたから障害者として生まれた」とか、「いかなる理由があろうと、生んでくれた親を殺めたからには来世は地獄行き」といったように、本人に責任(の自覚)がないのに一方的に人を裁いて貶めたり、尊属殺人に対する重罰(つい最近まで日本では親を殺したら死刑が普通だった)を正当化する根拠のごとくみなされたりと、合理性と思いやりに満ちた概念とはとうてい言えまい。

 それに現実を見れば、「悪いことをしたら必ず悪い結果が跳ね返ってくる」なんて正義の鉄槌はむしろ少なくて、うまく立ち回る悪人こそが栄え、正直につましく生きている者が不当な仕打ちを受けるのが世の習いではないか。(だからこそ物語では正義の味方が渇望されるのだ)
 それに対する業論の理屈は、「いや、今生では結果が出なくとも来世か、その先のどこかの転生先で報いは必ずあるのだ」とか、「たしかにカルマは正しく働いているが、カルマがすぐに出るのを妨害するカルマというのもあるのだ」とか、結局どう結果が出ても巧みに言い逃れできる占い師のような都合のいい言説を振りかざす。
 ソルティは基本的に業論が嫌いであるし、業論を振り回す人も嫌いである。

 輪廻転生(生まれ変わり)もまた議論百出である。
 「自分の前世はなに?」、「今生での課題はなに?」、「私のソウルメイトは誰?」といったスピリチュアルでファンシーな世迷言を生み出し、それを利用した霊感商法まがいの詐欺も引き起こす。
 また、「生まれ変わりがあるとしたら、一体何が生まれ変わるのか? 永遠の魂か?」、「しかるに仏教では永続するものはないと言っている。無我と輪廻転生はどう両立できるのか?」といった数世紀にわたる難問も立ちはだかっている。
 だいたい今の日本では、社会生活の中で輪廻転生を口にする人間は、「あやしい人」、「オウム系? それともムー系?」と思われるのが関の山だろう。
 
ダライラマ
生まれ変わりと言えばこの人


 アビダンマでは、業と輪廻について緻密な論理でもって詳細に分析している。
 本書でのスマナサーラ長老の説明は非常にわかりやすいし、アビダンマの記述の矛盾や不明点を率直に指摘していて信頼が持てる。
 そして、講義が単なる知的な説明に終わらず、聴き手(読み手)に対する説法になっている。
 つまり、業システムや輪廻転生の“科学的”説明を礎に、そこに豊かにして有益なアドリブを付け加えて、聴き手(読み手)の心の成長に役立つ実践的なノウハウをも授けてくれる。
 そこが本書の最大の価値であり魅力であろう。

 そもそも、業や輪廻転生について思い悩むことはナンセンスである。
 科学的に立証され得ないし、「脅し」によって人心をコントロールし得る危険な(悪用されやすい)言説にもなり得る。
 前世の因業のせいにして今生をあきらめるのも、来世に望みを託して今生を投げやりに生きるのも、とうてい前向きな姿勢とは言えまい。 
 そもそも、来世で「どこに、何に」生まれ変わろうが、記憶がつながっていないかぎり、そこに生まれた「自分」は今生の「自分」とは関係ないのだから、考えても意味がない。
 与えられた生を一回こっきりのものとして、与えられた場で生きるほうが充実感は高かろう。(本書によると、餓鬼道すなわち霊界と地獄においては前世の記憶があるらしい)
 要は、今をしっかりと慈悲と智慧をもって生きることだ。
 業システムや生まれ変わりが本当にあるのならば、そのように生きることで来世の幸福は保証されるし、それらが実在しないとしても少なくとも今生において、「自分は何にも恥じない生き方をしている」と自信をもって明るく生きられる。
 生まれ変わりや業はあってもなくても関係ない。
 こういう考え方を仏教では「アパンナカ(無戯論)」と言っている。

 思うに、輪廻という概念において重要なのは、前世とか来世とか六道廻りとかソウルメイトといったことよりも、輪廻とは変化の謂いであり、諸行無常の様態を表しているという理解であろう。

 仏教が言う「生まれ変わり」とは、「この身体に生まれる最後の瞬間が終わったら、すぐ次に、なんの隙間もなく、同じ感覚で、次の心が生まれる。今も隙間なく心が生滅変化しているのだから、そのときも隙間なく、死んだ。そして次に、生まれた」ということです。

 本当は、死は、いつでもあるものです。いつでも、死ななければ新しいものは生まれないのです。我々が勉強したら、新しい知識が生まれるでしょう。それには、前の心が死ななければ、生まれるわけはないのです。身体が死ななければ、いくら運動しても健康にはならないのです。弱い身体の人が運動すると、その弱い身体がじわじわと死んでいって、強い身体が生まれてくるのです。だから、死ななければ、何も成り立ちません。「瞬間の死」ということが、一番大事なことなのです。
(本書より抜粋)

 瞬間瞬間、我々の心も、身体も、この世界も、生まれては死んでいる。死んでは生まれている。
 コンピュータのように、0(OFF)と1(ON)とを繰り返している。
 それがあまりにも速いので、そして我々は0(OFF)を認識することができないので、連続しているように(常にONばかり)見えるだけなのである。
 諸行無常とは、「桜の花はすぐに散って儚いねえ~」とか「驕る平家は久しからず」といった“もののあはれ”風な感慨とは別物である。

 いったいにONとOFFを繰り返す以外に、物が変化していく方法があるだろうか?
 たとえば、アジサイの花の色の変化をじっと観察する。
 人間の視覚の分解能は1秒の1000分の50~100程度と言われるので、この時間よりも短い変化を認識することはできない。
 思考実験してみる。
 もし視覚の分解能に限りがなくて、どこまでも微分して観察してゆくことができたなら、アジサイの色の変化の瞬間をとらえることができるだろうか?
 最終的にはOFFの瞬間がなければ変化は成り立たないと得心できるはずだ。

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おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
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● 21世紀の仏教経典 本:『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)

2015年原著刊行
2018年河出書房新社より邦訳発行(柴田裕之訳)

 『サピエンス全史』は、人類の過去から現在までを俯瞰し、とりわけ3~7万年前に起きた認知革命によって人類が虚構(物語)を共有できるようになったことが、人と他の動物を分かつ決定的な進化(退化?)につながったことが説かれていた。
 続編となる本書では、人類の過去の歩みと傾向、および現在飛躍的な進歩を遂げている科学と IT 分野の現状を踏まえ、人類の行く末を予測している。
 前著同様、ユヴァルの博覧強記と具体的でわかりやすい事例を挙げて解説・論証する説得力、そしてブラックジョーク風ユーモア満載の語り口に圧倒される。


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 ホモ・デウス=ホモ(人間)+デウス(神)=神人――というのが、ホモ・サピエンス(賢い人間)たる我々が今後目標とするであろう存在のあり方だ、というのがユヴァルの予測である。
 人類は何万年以上もの間、「飢餓・疫病・戦争」の3つに苦しめられてきたが、21世紀を迎えてようやくそれらを克服できるようになった。(コロナワクチン開発の速さと高い効果を見よ!)
 次に人類が目指すべきは次の3つ――「不死・至福・神性」であり、それこそはまさに数千年の昔から神の属性と考えられてきたものである。
 これに到達するために最大限活かされるツールが、遺伝子工学や脳科学を中心とする生命工学(バイオテクノロジー)であり、膨大なデータを瞬時に解析・処理・記憶・応用できる I T(コンピュータ―テクノロジー)である。

 21世紀初頭の今、進歩の列車は再び駅を出ようとしている。そしてこれはおそらく、ホモ・サピエンスと呼ばれる駅を離れる最後の列車となるだろう。これに乗りそこねた人には、二度とチャンスは巡ってこない。この列車に席を確保するためには、21世紀のテクノロジー、それもとくにバイオテクノロジーとコンピューターアルゴリズムの力を理解する必要がある。これらの力は蒸気や電信の力とは比べ物にならないほど強大で、食糧や織物、武器の生産にだけ使われるわけではない。21世紀の主要な製品は、体と脳と心で、体と脳の設計の仕方を知っている人と知らない人との間の格差は、ディケンズのイギリスとマフディーのスーダンの間の隔たりよりも大幅に拡がる。それどころか、サピエンスとネアンデルタールの間の隔たりさえ凌ぐだろう。21世紀には、進歩の列車に乗る人は神のような創造と破壊の力を獲得する一方、後に取り残される人は絶滅の憂き目に遭いそうだ。

 ソルティは早々に絶滅しそうです(笑)
 ちなみに、アルゴリズムとは

計算や問題解決の手順のこと。定められた手続に従って計算していけばいつかは答えが得られ、それが正解であることが保証されている手続である。
(小学館『日本大百科全書 ニッポニカ』より抜粋)

 クローン人間の創造とかIDの付いたコンピュータチップを体内に埋め込むとかには眉を顰める自分であるけれど、たとえば、近眼と老眼に悩んでいる目、数十年付きあってきて今後確実に悪化の一途をたどるであろう腰痛、地肌が透けて見える頭髪の過疎化を、安価で完璧に治してくれる再生医療があったとしたら、あるいは、行きたいところにはどこでも安全に快適に最速で連れていってくれる自動運転車があったとしたら、やっぱりそれを利用したいではないか。
 人間の欲望と資本主義経済を基盤とする、ユヴァル言うところの“自由主義的人間至上主義”は、実現可能なことで利益を生むものならなんだって実現していく道を選ぶ。
 もちろん、そこには倫理という壁が立ちはだかるが、残念なことに神は数世紀前に死んでしまった。

 本書では、最先端の生命工学やコンピューターテクノロジーを活用したビジネス(主としてアメリカで起こっていること)の事例が紹介される。
 30年前ならSF小説かトンデモ科学の本の中にしかお目にかかれなかったような荒唐無稽・奇想天外なアイデアが、すでに実用化されつつあることに驚きと慄きを覚えざるを得ない。
 キアヌ・リーブス主演『マトリックス』は88年の映画だが、あそこで描かれていたヴァーチャル・リアリティの技術――脳を電極に繋がれた人間たちが透明ポッドの中で仮想世界を現実と思いながら生きる――は、もう手の届くところまで来ているのだ。

 映画では主人公ネオはその欺瞞に気づき、カプセルから脱出してコンピュータと闘う。
 その姿に鑑賞者は共感し応援するけれど、カプセルの中と外と、いったいどちらが幸せなのかは保証の限りではない。
 というのも、コンピュータは人間の感じる幸福感の正体をビッグデータを通じて解析し、それを生み出すような脳への電気刺激や薬物を適宜与えることができるからだ。
 ネオの奮闘によりカプセルから抜け出した群衆が、助けてくれたネオに集団で襲いかかり殺戮する可能性だってある。
「なんで、起こしたんだ!?」


バーチャルリアリティ


 ユヴァルは示唆する。
 生命工学と IT の進歩は人間を神のごとき万能な存在に近づけるかもしれない。
 が、一方、人間の存在価値を剥奪してしまうかもしれない。
 一つには、自由意志や自己の幻想性を徹底的に知らしめることで。
 一つには、コンピュータの能力が人間のそれをはるかに凌駕し、人間から仕事を奪うことで。
 と同時に、「私」以上に「私」のことをよく知っているコンピュータが、「私」に変わって常に最適な答えを提供してくれるようになるがゆえに。

 18世紀には、ホモ・サピエンスは謎めいたブラックボックスさながらで、内部の仕組みは人間の理解を超えていた。だから、ある人がなぜナイフを抜いて別の人を刺し殺したのかと学者が尋ねると、次のような答えが受け容れられた。「なぜなら、そうすることを選んだからだ。自分の自由意志を使って殺人を選んだ。したがって、その人は自分の犯罪の全責任を負っている」。ところが20世紀に科学者がサピエンスのブラックボックスを開けると、魂も自由意志も「自己」も見つからず、遺伝子とホルモンとニューロンがあるばかりで、それらはその他の現実の現象を支配するのと同じ物理と化学の法則に従っていた。

 生き物はアルゴリズムで、キリンもトマトも人間もたんに異なるデータ処理の方法にすぎないという考えに同意できない人もいるかもしれない。だが、これが現在の科学界の定説であり、それが私たちの世界を一変させつつあることは知っておくべきだ。

 昨今のニコラ・テスラ再評価の理由がこれで理解できよう。
 二コラは人間がアルゴリズムであることをいち早く見抜いていたのだ。
 (現在、イーサン・ホーク主演の伝記映画が公開中である!)
 
 ユヴァルは、神の死とともに始まった近現代の人間至上主義が、人間を含むすべての生物をデータというフラットなものに還元するデータ至上主義に変わっていく未来を予測している。

 データ至上主義は、人間の経験をデータのパターンと同等と見なすことによって、私たちの権威や意味の主要な源泉を切り崩し、18世紀以来見られなかったような、途方もない規模の宗教革命の到来を告げる。ロックやヒュームやヴォルテールの時代に、人間至上主義者は「神は人間の想像力の産物だ」と主張した。今度はデータ至上主義者が人間至上主義者に向かって同じようなことを言う。「そうです。神は人間の想像力の産物ですが、人間の想像力そのものは、生化学的なアルゴリズムの産物にすぎません。」 18世紀には、人間至上主義が世界観を神中心から人間中心に変えることで、神を主役から外した。21世紀には、データ至上主義者が世界観を人間中心からデータ中心に変えることで、人間を主役から外すかもしれない。

 これは、人類の過去と現在とを十分に研究・検討したうえでの未来予測である。
 ノストラダムスの大予言のような根拠のない言説とは違い、蓋然性の高い未来図と言えるだろう。
 むろん、まったく予期しない第三項が生じるかもしれない(たとえば世界同時多発発電所破壊テロとか)。あるいは、ユヴァルがこういった予測を立てて全世界に向けて発表したこと自体が予測を変貌させる結果につながるかもしれない。(観察すること自体が結果に影響を与える量子力学の観察者バイアスのように)
 コロナウイルスの発生同様、なにが起こるか分からないのがこの世の中だ。
 
バタフライ効果



 本書は内容自体が衝撃的と言っていいものであるが、実はソルティがなにより衝撃を食らったのは、上巻の扉を開いて目次のあとに来る献辞ページを見た瞬間であった。
 こう書かれていた。

 重要なことを愛情をもって教えてくれた恩師、S・N・ゴエンカ(1924~2013)に 

 ゴエンカってまさか、あのゴエンカ?
 下巻の巻末にある謝辞を見ると、こう書かれていた。

 ヴィッパサナー瞑想の技法を手ほどきしてくれた恩師サティア・ナラヤン・ゴエンカ。この技法はこれまでずっと、私があるがままに見て取り、心とこの世界を前よりよく知るのに役立ってきた。過去15年にわたってヴィッパサナー瞑想を実践することから得られた集中力と心の平穏と洞察力なしには、本書は書けなかっただろう。

 間違いない。
 瞑想業界で有名なあのゴエンカ師である。
 ユヴァルは、ヴィッパサナー瞑想(俗にマインドフル瞑想と呼ばれる)の実践者だったのである!
 それも15年以上もの!(ソルティより長い)
 つまり、仏教徒かどうかは知らないが、かなり深く仏教を学び理解しているのは間違いない。
 ブッダの重要な教えであるところの「諸行無常、諸法無我、一切皆苦、縁起、輪廻」を言葉の上の知識としてではなく、智慧として掴んでいる可能性が高い。上記の「ヴィッパサナー瞑想を実践することから得られた洞察力」とは、そういう意味に違いあるまい。
 だとしたら、自由意志や自己が幻想であることも、アルゴリズム(=「これあるゆえにそれがある。これなきゆえにそれがない」)とはすなわち「縁起」や「輪廻」の別称であることも、科学や IT の勉強を通してではなく坐禅によって悟っているのかもしれない。
 本書や『サピエンス全史』が、仏教の智慧を有するイスラエル在住のユダヤ人のゲイの学者によって書かれた意味は大きい。

以下、引用。

 歴史を学ぶ目的は、私たちを押さえつける過去の手から逃れることにある。歴史を学べば、私たちはあちらへ、こちらへと顔を向け、祖先には想像できなかった可能性や祖先が私たちに想像してほしくなかった可能性に気づき始める。私たちをここまで導いてきた偶然の出来事の連鎖を目にすれば、自分が抱いている考えや夢がどのように形を取ったかに気づき、違う考えや夢を抱けるようになる。歴史を学んでも、何を選ぶべきかはわからないだろうが、少なくとも、選択肢は増える。

 虚構は悪くない。不可欠だ。お金や国家や協力などについて、広く受け容れられている物語がなければ、複雑な人間社会は一つとして機能しえない。人が定めた同一のルールを誰もが信じていないかぎりサッカーはできないし、それと似通った想像上の物語なしでは市場や法廷の恩恵を受けることはできない。
 だが、物語は道具にすぎない。だから、物語を目標や基準にすべきではない。私たちは物語がただの虚構であることを忘れたら、現実を見失ってしまう。すると、「企業に莫大な収益をもたらすため」、あるいは「国益を守るため」に戦争を始めてしまう。

 国家や神や貨幣と同様、自己もまた想像上の物語であることが見て取れる。私たちのそれぞれが手の込んだシステムを持っており、自分の経験の大半を捨てて少数の選り抜きのサンプルだけ取っておき、自分の観た映画や、読んだ小説、耳にした演説、耽った白昼夢と混ぜ合わせ、その寄せ集めの中から、自分が何者で、どこから来て、どこへ行くのかにまつわる筋の通った物語を織り上げる。この物語が私に、何を好み、誰を憎み、自分をどうするかを命じる。私が自分の命を犠牲にすることを物語の筋が求めるなら、それさえこの物語は私にやらせる。私たちは誰もが自分のジャンルを持っている。悲劇を生きる人もいれば、果てしない宗教的ドラマの中で暮らす人もいるし、まるでアクション映画であるかのように人生に取り組む人もいれば、喜劇に出演しているかのように振舞う人も少なからずいる。だがけっきょく、それはすべてただの物語にすぎない。


 現代科学が我々に見せるありのままのこの世の風景は、きわめて仏教的である。
 本書では触れられていないけれど、人間至上主義の先に待っているのはデータ至上主義(この世のすべては現象の生起消滅に過ぎない)であると同時に、人類がホモ・デウスならぬホモ・ブッダとなる一縷の可能性なのかもしれない。




おすすめ度 :★★★★★

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● 行為は意志に先立つ? 本:『マインド・タイム 脳と意識の時間』(ベンジャミン・リベット著)

2004年原著刊行
2005年岩波書店より邦訳発行
2021年岩波現代文庫(訳・下條信輔、安納令奈)

 ベンジャミン・リベット(1916-2007)はアメリカの生理学者、医師。
 彼の主著である本書には、パラダイムを一新し、我々の世界観・人間観を根底から覆すような衝撃の科学的発見が記されている。
 邦訳発行からしばらくの間は、彼の名前やその発見内容がメディアに取り上げられ、かなり話題になったのを覚えているが、ここ最近はあまり見聞きしなくなった。
 といって、彼の発見が事実として世間に認められ、常識として定着したからではあるまい。
 いまだにリベットの名は科学や哲学に関心ある人の間ではともかく、世間的には知られていないと思うし、その発見の意味するところを他人に語れる人も多くないと思われる。

 察するに、リベットの発見した内容があまりに突飛すぎて、我々の実感とそぐわないものであることが一因としてあるのだろう。

「単なる仮説だろう?」
「トンデモ科学者の発言なんじゃないの?」
「実験そのものにおかしなところがあるに決まっている!」

 そしてまた、その発見内容が人類にとって好ましくないもの・聞きたくないもの(いわゆる「不都合な真実」)であり、まかり間違えば倫理を破壊しかねないものであるところも、話題に乗りにくい原因なのではあるまいか。
 実際、リベットが本書で記している発見とそれが引き出す究極の結論を鵜呑みにした人は「モラルに反する行動をとりやすい」――ということを示した実験結果もあるそうだ。

 究極の結論とは、我々の自由意志の全否定であり、運命決定論である。


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 この本でリベットは、大きく分けて三つの画期的なことを述べています。
 その第一は、感覚が脳で「知覚」されるのに時間がかかるということ、にもかかわらずその遅れを遡り、補うメカニズムを脳が備えているということです。
 第二は、自由で自発的な意志決定といえども、それに先立つ脳神経活動があるということ。このことは一見決定論に加担し人間の自由を奪うようにみえます。そこでリベットは、みずからの発見から自由意志を救い出すためにかなりの紙幅を割いています。
 そして最後が、脳神経活動の空間的な場(リベットがCMFと呼ぶもの)が意識を紡ぎ出しているという仮説でした。(「訳者あとがき」より引用)


 我々が何かに「気づく(アウェアネスがある)」とは、四六時中無意識に受けている膨大な情報の中から特定のものが意識に上がることを言うわけだが、意識に上がるためにはある条件があって、それは「脳内で一定の条件を満たした神経活動が約0.5秒間続かなければならない」――というのが第一の発見である。
 つまり、感覚で何らかの情報を受け取った時点からそれを自覚するまで、少なくとも0.5秒の遅延が生じる。

 自覚したものごとは、それに先立つおよそ0.5秒前にすでに起きたことなのです。私たち人間は、実際の今、この瞬間を意識していません。いつも、少しだけ遅れるのです。

 精神世界でよく「今、ここ」に意識を置いて生きることの大切さが唱えられるけれど、実を言えば、意識のある限り、我々は「今」に生きることができない、常に0.5秒後の世界を生きているのだ。

 でもまあ、これは今さら驚くほどのことではない。
 たとえば、「今」夜空に見えている星が地球から8億光年離れているとしたら、我々が実際に見ているのはその星が8億年前に発した光である。
 もしかしたら、その星は4億年前に消滅して、「今」はないのかもしれない。
 それと同じ類いの話である。


星の爆発

 
 重要なのは二つ目の発見である。
 S・M・コスリンによる「序文」から引用する。

 リベットは人々に、彼らが選んだ任意の時間に手首を動かすことを求めた。実験の参加者は、時間を動かす点をみて、手首を曲げようとした正確な瞬間(に点がどこにあったか)を心に留めておくように求められた。彼らは実際に運動を始める約200ミリ秒前に意図を持ったと報告した。リベットはまた、脳内の「準備電位」を計測している。これは(運動の制御にかかわる)補足運動野からの活動記録によって明らかにされた。この準備電位は実際の行為の開始におよそ550ミリ秒も先立って生じる。したがって、運動を生み出す脳内現象は、実験の参加者当人が決定を下したことに気づくよりも約330ミリ秒前には起こっているということになる。

 すなわち、ふつう我々は、「①まず意志決定があって、②それから行為につながる脳内の段取りがいろいろあって、③最後に脳からの指令によって行為が現れる」と何の疑いもなく思っているけれど、実験結果が示したのはそれとは違って、「①脳内の段取りがスタートし、②その次に意志決定し、③最後に行為が現れる」というものであったのだ。
 行為は意志に先立つ。
 別の言い方をすれば、我々は無意識が決定した行為を、「自分の意志で行った」と勘違いしながら生きている。

 本書には、実験の詳細な方法や過程、結果とそれについての評価、結果から引き出されるリベット自身の解釈、そしてリベットの発表に対して湧き起こった様々な反論についての反駁が記されている。(このあたりの記述は文系のソルティには正直理解が難しかった)
 リベットは言う。

 自発的に活動しようとする意図または願望に被験者自身が気づくよりもずっと前に、脳は自発的なプロセスを無意識に始動します。この結果は、自由意志の性質をどのように考えるかについてと、個人が追う責任と罪にまつわる問題に、まぎれもなく深い影響を与えます。

 すべての行為が無意識の決定によるというのなら、我々は事前にプラグラミングされた通りに動くロボットのようなものである。
 生まれたときから運命はすでに決まっている。
 であるのなら、この世で罪を犯すことも事前にプログラムに書かれているのだから、それについて責任を問われるのは理不尽ということになる。
 これが、この発見が倫理上の問題を引き起こしかねないという意味合いである。


ロボット



 リベットの発見は、運命決定論者や「心的現象はすべて脳神経の問題に還元できる」という決定論的唯物主義者にとって力強い論拠となり、その持論や研究を後押しする流れを作ったことが、訳者の下條信輔による解説で触れられている。(当ブログでも取り上げた前野隆司の受動意識仮説はその流れの一つであろう)
 世間的には一見忘れ去られているように見えても、脳科学や意識研究の先端においては今や本流となっている知見(作業仮設)なのであった。
 生物学、生物工学を専門とする下條自身もまた、こう言っている。

 私自身の立場は「自由意志は、真正のイリュージョン」というものだ。この「真正」にポイントがあり、「自由意志はリアルで実体がある。ただし、他の知覚・認知と同等の身分で」というのと、ほぼ同じ主張だ。


 ただし、本家本元たるリベット自身は最初の引用に見るように、「みずからの発見から自由意志を救い出す」方向性を選び取った。
 究極の運命決定論に与さなかったのである。

 意識を伴う自由意志は、人間の自由で自発的な行為を起動しません。ですが、意識を伴う自由意志は行為の成果や行為の実際のパフォーマンスを制御できます。行為を(実行に至るまで)推し進めることもできるし、行為が起こらないよう拒否もできます。

 すなわち、「①脳内の段取りがスタートし(0.5秒前)、②その次に意志決定し(0.2秒前)、③最後に行為が現れる(0秒時点)」という流れにおいて、無意識の領分である①の段階には介入できないが、意識の領分である②の段階において「拒否権」を発動できる。
 無意識が決定したことにNOを言うのが、我々の自由意志の主たる役割という。
 究極の運命決定論との違いは、プログラムは事前に決定されてはいるものの、それに従わないことを選択できる0.5秒内の自由裁量が与えられているってことだろう。
 そこを逃したら、我々はロボットのように自動的に生きるほかない。

 ただし、リベットの“良心的な”救い出しの理論は、不整合が指摘されている。
 無意識が決定したことにNOを言う、すなわち「拒否する」という意志自体もまた、先行する無意識の決定に0.5秒遅れて発動されている可能性があるではないか?――というものだ。
 つまり、「拒否する」こと自体を0.7秒前に無意識が決めているのではないか?
 であれば、結局、決定論と変わりない。
 リベットは、「意識を伴う拒否には、先行する無意識プロセスは必要ないし、あるいはその直接的な結果でもない」と言っているが、それは実験による検証を経た事実ではなく、希望的観測に近いとみなされている。

脳みそ


 
 ソルティのなによりの関心は、リベットの発見と見解が原始仏教の言説と重なるところである。
 無意識による行為の決定と運命支配の様相は、あたかも業(カルマ)や因縁について語っているように思われる。
 つまり、原因と条件があって結果が生じる。私の意志もまた原因と条件があって勝手に生じている。すべては起こるべくして起こっている
 また、リベットがここで言う自由意志とは原始仏教の五蘊(色・受・想・行・識)の中の「行」(サンカーラ)に相当すると思うのだが、ブッダはまさに五蘊は無常であり無我であり、自由意志は幻想(イリュージョン)に過ぎないと説いたのであった。
 無明から始まる十二因縁がただ連続して生起消滅し、果てしない過去から果てしない未来へと苦の連鎖すなわち輪廻転生が続いているのが我々の生(と死)であって、その流れのどこにも「私」と言えるものは実体として存在しない。
 そこに気づかないから輪廻転生は終わらない、欲望と衝動に突き動かされてありのままの真実を見ないから無明から抜けられない、そう説いたのである。
 そして、輪廻の苦しみから抜け出る唯一の方法は、「気づき(念)」すなわちアウェアネスを育てて輪廻の輪に楔を打ち込むことであり、それがヴィパッサナ瞑想である。
 気づきによって無意識の罠(=プログラミングされた生)から抜けること、それが解脱であろう。


知恵の輪


 最終章でリベットは、ルネ・デカルトとの架空対談を設定している。
 デカルトは言うまでもなく、「心と体は別物」という二元論説の生みの親にして、「我思う、ゆえに我あり」の近代的自我の発見者と目されている。
 この対談によって、リベットの発見や見解が近代哲学においてどう位置づけられるかが措定されるとともに、「自己や魂や自由意志のいかなる感情もイリュージョンである」とする決定論的唯物主義者とは微妙に距離を置くリベット自身の世界観(あるいは宗教観)も明らかにされる。
 面白い趣向である。

 だが、リベットはここでブッダとこそ対談すべきであった。
 おそらくリベットは原始仏教を知らなかったのだろう。知っていたらデカルトでなくブッダを対談相手に選んだはずである。
 さすれば、おのれが発見し辿りついた見解が、2000年以上も前にすでにブッダによって明らかにされ理路整然と説かれていることに驚愕し、即座に三宝帰依したに違いない。

 現代の脳科学者や意識研究者たる者、原始仏教の経典を紐解かずに研究し発言することは、恥をかきたくないのならば、控えたいところである。


サードゥ、サードゥ、サードゥ


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おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 春の秩父リトリート 後編

 今回のリトリートの目的の一つに、秩父美術館があった。
 ここは個人(故人)の収集品をもとに作られた私立美術館なのだが、中で興味深いのは仏教資料館が併設されている点である。
 日本のみならずアジア各地の珍しい仏像や仏具、古い経典などが展示されていて、ソルティの素人目にはその真偽のほどや歴史的あるいは美術的価値のほどは分からぬが、面白い展示ばかりであるのは間違いない。秘宝館とでも言いたいような・・・・。

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秩父鉄道・秩父駅から徒歩20分

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2階に仏教資料館がある

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種々雑多な仏教資料が所狭しと並んでいる

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桃山時代の厨子入りキリシタン仏(大日如来像)
十字架は取り外しできる

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マリア観音
ご光背の裏に十字架が刻まれている

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江戸時代の踏み絵
踏まれた部分が白い

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インドで見つかった貝葉(ばいよう)経の原典
樹木の葉っぱに鳥の骨などでサンスクリット文字を刻んだもの
世界最初の経文と言われるが、はたして・・・・・?


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カラフルな延命地蔵(室町時代)

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ヒンズー教の神ブラフマー

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秘仏中の秘仏と言われる聖天様
二頭の象神(ガネーシャ)が抱き合っている

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江戸時代の産泰神(さんたいしん)
「さんたいさま」「こやすさま」「うぶがみさま」と呼ばれ、
産婦と新生児の守護神


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チベットの金剛杵
密教の秘具である

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庭に飾れた石像の神様

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昔懐かし民俗資料館も併設されている

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秩父事件の際に柱に切り付けられた刀傷とか・・・


 実に面白い収蔵品の数々。
 もちろん、幕末の水墨画や現代絵画も多く展示されている。
 別館に骨董掘り出し長屋もあり、収蔵品のバラエティに驚かされる。
 仏像および骨董品に関心ある人はぜひ一度足を運ばれたし。


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こちらは秩父の街の某所に見つけた弘法大師像
よく見ると・・・・

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なんとお化粧をしている!
お女装大師だ
 

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風にはためく仏教旗


 ところで、リトリートの主目的たる肝心の瞑想について。
 ちょっと腑に落ちたことがあった。
 ソルティはこれまで瞑想することによって、苦しみや迷いを消して精神的な安定を図りたいとか、「悟り」のような何らかの境地に達したいとか、日常を突破する何らかの神秘現象を体験してみたいとか、何らかの智慧を獲得したいとか、心身の状態を良くしてなるべくハッピーに浮世を暮らしたいとか・・・・まぁ、いろいろな動機に突き動かされていたわけである。
 しかるにここ最近、瞑想の目的とは「今ここにいること」であって、「今ここにいること」が瞑想そのものであると思うようになった。それ以上に期待する必要などない。
 なぜなら、どんな境地に達しようが、仙人だろうが阿羅漢だろうが聖者だろうが、「今ここにいること」以上のまっとうな生き方はこの世ではできないからである。
 瞑想することによって何か特別なものを獲得しようと心のうちに抱くこと、そのベクトルが「今ここ」から意識を反らし、すでに瞑想から外れている。
 「今ここにいる」を時々刻々更新していくこと、それが瞑想の出発点にしてゴールなのだ。
 

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 リトリートのお開きは、お隣の横瀬町にある武甲温泉。
 ちょうど名物の「横瀬川鯉のぼり祭り」が開催中で、温泉の前の河原には180匹のカラフルな鯉たちが薫風に泳いでいた。

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武甲温泉
西武秩父鉄道・横瀬駅から徒歩15分

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● 春の秩父リトリート 前編

 三泊四日の秩父リトリートを行なった。
 一日のスケジュールはおおむね前回通り。9時間の瞑想、4時間のウォーキングである。

 ウォーキングは気晴らし&骨折した足のリハビリが主目的であるが、長時間の瞑想の余波を受けて、ウォーキングの最中も自然と瞑想モードな意識状態が続くようになる。
 すなわち、「今、ここ」に注意が向けられ、過去や未来へと意識が勝手にさまよう傾向がほとんどなくなる。
 すると、春たけなわの秩父を完全に味わうことができる。
 うららかに良く晴れて、暑くも寒くもなく、行き交う人も車も少なく、素晴らしいウォーキングが楽しめた。


★百花繚乱

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山躑躅

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水仙

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鈴蘭

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染井吉野

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枝垂れ桜

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寒緋桜?

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花桃?

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秩父札所20番岩之上堂より武甲山を望む


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お堂の屋根、新緑、色とりどりの花の配合が実に美しい!

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紅白の桃の向こうに武甲山

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秩父名物・芝桜

 
★盆地展望

 秩父は四方を山に囲まれた盆地であるが、それがかえって広々とした空間を感じさせるから不思議である。
 とくに、いまや街のシンボルたる秩父公園橋の巨大な三角ケーブルをくぐって、荒川の上から街を振り返ると、気宇壮大という表現がぴったりな風景に胸が広がる思いがする。


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秩父公園橋の三角ケーブル
形状から秩父ハープ橋とも呼ばれている

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荒川の向こうの山上に見えるモニュメントがずっと気になっていた

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秩父公園橋を渡って山登り

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荒川

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秩父公園橋から見る武甲山と秩父市街

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到着!
樹海から天に向かってこぎだす船をイメージしているとのこと。
ステージを船首、塔をマストに見立てている。

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ステージ側 

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展望は言わんかたない

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秩父公園橋が目立つ


秩父盆地展望
秩父盆地全景










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