ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

  ケアマネへの道

● ケアマネへの道1 13.1 パーセント、または○○と愚者の石

 10月8日(日)の介護支援専門員実務研修受講試験(長い!)を申し込んだ。

 介護支援専門員とは、いわゆるケアマネジャーのこと。介護保険のケアプランを作るのが主たる仕事である。このケアプランに沿って、介護を必要とする高齢者は介護保険を利用し、訪問介護(ホームヘルプ)や訪問看護を受けたり、デイサービスに通ったり、施設に一時的に入所したり、特別養護老人ホームや認知症のグループホームに入所したり、必要な福祉用具(杖とか車椅子とベッドとか)をレンタルしたりする。ケアマネジャー(以降ケアマネ)とは、介護を必要とする高齢者が「どこから・どんなケアを・どれくらいの頻度で」利用するかをプラグラミングする人と言っていいだろう。
 むろん、ケアプランは介護を受ける当人や家族も作ることができる。自分の生活設計なのだから自分で作るに越したことはない。
 が、自らの要介護度(=使える保険の限度額)に即したケアプランを作る作業はなかなか面倒だし、地域のどこに・どんな介護提供者がいて、その評判はどうかなどを把握するのは素人にはなかなか困難だし、ケアプランを作ってもらう料金は基本無料(一部負担なし)なので、たいていの人は地域包括支援センターや居宅介護支援事業所というところに勤務しているケアマネに依頼する。
 利用者の生活設計をサポートするという意味で、ケアマネは介護保険の影の主役と言っていいだろう。

 ソルティは今のところケアマネにはあまり興味がない。
 高齢者と日々じかに向き合える現場のほうが面白い。ケアマネになると利用者の家族(主として娘や息子たち)との関わりが多くなる(当人が認知症なら必然的に)。面倒くさくてウンザリするような家族関係に付き合わなければならない。学校の先生が、自分の担当する生徒だけでなく、口うるさい親御さんとも付き合わなければならないのと似ている。というかその逆座標だ。
 そしてまた、利益誘導の問題もある。
 ケアマネの多くは、たとえば、社会福祉法人「金の成る木」の経営する居宅介護支援事業所「金を生む土地」に勤務して給料をもらっている。すると、利用者のケアプランを作るに際して、社会福祉法人「金の成る木」が経営するいくつかの介護事業所――訪問介護「金をつくる種」、訪問入浴「金を増やす葉っぱ」、通所介護「金の伸びる茎」、短期入所介護施設「金の咲く花」――をプランに組み込むよう、‘上のほうから’陰に陽に圧力を受ける。つまり、同法人内の系列事業所への利益誘導の役を果たす「金を運ぶ鳥」として利用されてしまうのである。「半数を超えるケアマネが営業活動を行っている」という調査結果も見たことがある。
 もちろん、自分が所属する法人の系列介護事業所が自分でも誇れるくらい(自分の両親にも利用させたいくらい)良いものであるなら問題はないだろう。が、自分を信頼しケアプランの作成を一任してくれている要介護高齢者の立場に立ったときに、そこが必ずしも最も適切な利用先でないと分かっている場合、ケアマネは倫理的なジレンマを抱えることになる。利用者の幸せを願う志の高いケアマネほど葛藤に苦しむことになろう。
 そんなところに身を置きたくない。
 
 じゃあ、なぜ受けることにしたか?
 きっかけは、職場の同僚から「来年度からケアマネの受験資格が変わるよ」と聞いたことにある。気になって調べてみると、ソルティの保持資格に即して述べると、こういうことが分かった。
● 平成29年度までは・・・ヘルパー2級を取ってからの実際の介護経験5年以上+介護福祉士資格、で受験できる。
● 平成30年度以降は・・・介護福祉士資格を取ってからの実際の介護経験5年以上、で受験できる。

 ソルティは実際の介護経験は5年を超えているが、介護福祉士を取ったのは1年半前なので、今年度を逃すとあと4年間はケアマネ試験を受けられない。
 現金なもので、そうと知ったら「受けなきゃ損だ」という気になった。
 しかも、今なら今年1月に終えたばかりの社会福祉士国家試験の受験勉強で、半年かけて習得した知識が頭の片隅におぼろげながら残っている。ケアマネの試験内容とかぶるところが多いので効率がよい。
「やるなら今でしょ」(古い)

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 というわけで、職場に実務経験証明書を発行してもらい、お決まりの顔写真を撮って、受験料9,200円を振り込み、願書を郵送した。
 先日、本屋に行って教材を買った。
 準備は整った。
 あますところたった3ヶ月!
 
 ケアマネ試験は全60問に対して制限時間2時間。もちろんマークシート方式だ。全150問に対して制限時間4時間の社会福祉士国家試験に比べればラクな気がする。しかも出題範囲の広さがまったく違う。社会福祉士はそれこそ福祉全般(19科目)であった。ケアマネはあたりまえだが介護分野に特化している。ポイントを絞りやすいのは確かである。
 しかし、である。
 社会福祉士国家試験の昨年度の合格率が25.8%(約4人に1人)だったのに比べ、昨年度のケアマネの合格率はなんとたった13.1%(7.7人に1人)である!
 なんという狭き門か!
 ちなみに昨年度の医師国家試験の合格率は88.7%、看護師試験の合格率は88.5%、介護福祉士の合格率は72.1%である。ケアマネの合格率は、第1回(1998年)の44.1%(2.3人に1人)を頂点とし年々低下している。低下させている。明らかに国としては、「ケママネ? もう間に合ってます」なのだろう。
 
 合格ラインは総得点のおおむね70%で、毎年40点弱が合否の分かれ目となる。昨年度の問題は難しかったらしく35点以上で合格だった。小手調べに昨年度の過去問をやってみたところ30点(50%)だった。
 まあ、やり甲斐のある出発点と言えよう。

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 受験を決めた今ひとつの切実なる理由がある。
 記憶力の減退が只ならぬからだ。
 30代後半から会話に「ほら、あれあれ、あれだよ」が増えてきて、同じような友人と笑い合っていたのも今思えば暢気な時代であった。40代半ばで忘れた名詞を思い出そうとするのさえ億劫になり、「すぐに出てこないのはたいして重要でないってことだ」と開き直った。その結果、日常生活に支障をきたすレベルに至ったのである。言いたい名詞がすんなり出てこないので会話が繋がらない。ばかりか人と会話するのも億劫になっている昨今なのである。
 先日も、入所したばかりの認知症の男性利用者Kさんの魅力について、休憩室で女性スタッフ数人と話しているとき、「Kさんって○○に似ているよね」という大いに共感と賛同とウケが得られる一言をソルティは思いついた。しかし、肝心の○○という名前が出てこない。もちろん、○○の姿形は眼前に思い浮かぶ。キャラクターも周知だ。どころか、○○が登場する本は世界じゅうで記録的ベストセラーとなり、映画も大ヒットした。
 頭の中に小さな砂時計が出現し、脳回路がフリーズしている音がする。
 タイミングを逸してしまった。ソルティが脳内スキャンしている間に、会話は別のトピックにうつってしまい、気の利いた一言は永遠に埋没してしまった。
 最近こういう展開が滅多やたらと多い。年を重ねるに連れて自分が高倉健なみに寡黙になっていくのを実感しているのだが、その実体は「言葉が出てこない」という10~20代の人が思いもつかないような老化現象ゆえなのである。(ただし、時間をかければ出てくる。こうやってブログを書くのは問題ない。情報のアウトプットに時間がかかるのである)
 体と同様、脳も使わなければ、鍛えなければ、退化していく。仕事を支障なく行えているからと言って安心できない。というのも、毎日やっている仕事はほとんど自分の中で自動化(マニュアル化)しているから、頭を使っているようで実は使っていない場合が多いのである。
 認知症を予防したいなら、意図的な負荷をかけるほかない。
 期限と出題内容の決まった資格試験は記憶力を鍛える恰好の訓練となろう。動機づけも高く保てる。

 そんなこんなで運よく13.1%の中に入って合格しても、ペーパードライバーならぬペーパーケアマネになる可能性大であるが、これから3ヶ月、またシコシコ勉強することになった。
 退路を断って気合を入れるべく、こうしてブログに書いた次第。 
 
 
 上記の○○とは、「ハリーポッターに出てくるドビー」である。脇役のドビーはともかく、ハリーポッターという名詞さえ出てこなかった。






● ケアマネへの道2 夏天炎上~筑波山 V.S. 赤城山

 ケアマネ試験まで2ヶ月を切った。
 仕事のある日は1時間、休日は4時間くらいのペースで勉強を続けているのだが、ここで伝家の宝刀を抜くことにした。
 社会福祉士国家試験の受験勉強時に開発したJR一筆書き学習法である。
 趣味の‘乗り鉄’を兼ねたこの学習法は素晴らしい効果が期待できる!
 
 折りしも、関東地方はこの夏一番の暑さ。最高気温37度超え。
 冷房車に揺られながら、丸一日、勉学に励むことにした。


日時 8月9日(水)
行程 出発:国分寺駅(10:20)→到着:西国分寺駅(20:30)
ルート
  1. 中央線/国分寺→神田
  2. 山手線/神田→上野
  3. 常磐線/上野→友部
  4. 水戸線/友部→小山
  5. 両毛線/小山→高崎
  6. 高崎線/高崎→大宮
  7. 埼京線/大宮→武蔵浦和
  8. 武蔵野線/武蔵浦和→西国分寺
所要時間 9時間50分(うち乗車時間?分)
 

路線図


 前回、八王子(東京)→大宮(埼玉)→小山(栃木)→友部(茨城)→松戸(千葉)→上野(東京)と、北関東を時計回りで周遊したのだが、今回は逆回りしてみた。しかも、これに小山から高崎に向かう両毛線を加え、群馬県にも足を伸ばした。路線図を見てもらえば分かるが、かなりの大回りである。
 このルートを取ると、関東平野の東の横綱・筑波山と西の横綱・赤城山の両方を沿線に拝むことができるのが大きな魅力である。

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常磐線・高浜駅直前の恋瀬川から仰ぐ筑波山塊
 

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友部駅構内から見る筑波山塊。
霞ヶ浦が近いせいか、気持ちいい風が吹き、都心より涼しかった。
 

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友部駅の象徴たる太平洋セメント。
というか他に何もない・・・駅構内に売店もない。


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水戸線・新治駅付近から眺める筑波山。水田が青々してコントラストが見事!
 

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小山駅前にある白鴎大学の校舎。
壁面に雲が映って不思議な光景。


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閑散とした両毛線ホーム。なぜこんなに広い?
 

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両毛線。ローカルなのにクロスシートでないのが残念。
 
 
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両毛線の先頭車両から。そうです、単線なのです!
 

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お出まし! 両毛線・岩宿駅あたりから見る赤城山。


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なんと晴れ晴れたる山容でしょうか! 登りたい!


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高崎駅構内のお蕎麦やさんで腹ごなし
 

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天婦羅そば大好き!
 

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ゴールは西国分寺駅。自動改札はタイムアウトで通れない。 
「駅員さん。大回りです!」 「はい」


 平日のこの時間帯のこのルートで、すべての列車で座ることができた。もっとも、3.5.6.は始発駅だから当然なのだが。
 勉強も随分はかどった。
 いったい勉強するために列車に乗っているのか、それとも列車に乗らんがために勉強を口実にしているのか。
 自分でもよく分からなくなるほど、楽しい時間であった。  



 



● ケアマネへの道3 ガジュマルに囲まれて

 試験日まで1ヶ月を切った。
 先月受験票が届いた。受験資格は無事クリアしたようである
 会場は首都大学東京南大沢キャンパス(八王子市)。むろん行ったことがない。(ここの学生オケは2度も聴いている!) 自宅からさほど遠くないので、次の休みに散歩がてら下見に行くか。

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 勉強のほうはまずまず順調に推移している。
 評判の高い晶文社の『ケアマネジャー基本問題集(上下巻)』を繰り返し読み試験範囲をざっとさらって、過去7年分の試験問題にチャレンジした。正答率は年によってまちまちであるが、おおむね7~8割は取れている。合格ラインが7割なので、残り1ヶ月真面目にやれば何とかなりそうだ。
 やはり、昨年後半から社会福祉士国家試験の受験勉強をしていたのがここに来てジワジワ効いてきた。範囲の重なる部分(結構多い!)で、古井戸の底から這い出してくる貞子のごとく、記憶が脳の奥から浮上してきたのである。これがまったくのゼロからのスタートだったら、とても3ヶ月では無理であろう。
 というのも、重箱の隅をつつくようなトリビアさなのだ。
 このトリビアさはまさに介護保険制度の複雑さに対応しているわけである。スタートしてたった17年、改正につぐ改正で、グロテスクにも入り組んだその様態はまさに屋久島のガジュマル!(なつかしい)


2012年3月屋久島&九州旅行 057


 

 制度というものはどれもみなそんなものだろう。すでに19世紀にチャールズ・ディケンズが英国の役所や司法制度の形式至上主義や繁文縟礼を小説の中で揶揄っていたのを思い出す。司法制度や医療制度に較べれば介護保険制度の17年など、「日本史の飛鳥天平時代までを暗記すればいい」というようなものだろう。

 改正といえば、ケアマネジャー資格取得のための試験や研修の内容もこの先変更される可能性があるらしい。試験合格者が受講しなければならない実務研修は、すでに2016年度から研修時間が44時間から87時間に倍増し、内容が濃くなった。試験のほうは、問題数を現在の60問からもっと増やそうとか、出題範囲を拡大しようとか、合格基準点を引き上げようとか、いろいろ取り沙汰されている。要するにハードルを高くするってことだ。

 やはり、一発で合格するに越したことはない。

 また明日からネジを巻きなおそう!――って表現が昭和だ。




● ケアマネへの道4 第三世代 本:『介護危機 「数字」と「現場」の処方箋』(宮本剛宏著)

2017年プレジデント社発行。

 以前、入浴介助中にご利用者のMさん(75歳男性、妻あり、子供なし)と日本の介護問題について議論したことがある。
 Mさんは社会問題に関心が高く、会社を経営していた人で、縁あって自身が当事者として渦中に巻き込まれることになった日本の介護問題についてビジネス的関心を抱くようになったらしかった。おそらく、恒常的な人手不足でシフトを回すのにヒイヒイ言ってる施設の内情を間近に見て、介護問題の深刻さを実感したのであろう。
 議論の焦点は、「これからますます度を増していく超高齢社会を前に、介護に必要なお金と人とをどうやって調達するか」ということである。
 現在ですら4K(危険、きつい、汚い、給料安い)の介護職は人気がなく、どの介護サービス事業所も人手不足にあえいでいる。有効求人倍率は全産業平均の常に2倍前後をキープ。景気が良くなればなるほど介護職に来る人は減っていく。
 一方、介護を必要とする高齢者人口は平均寿命の延びとともに右肩上がりに増えている。団塊の世代が高齢者(65歳以上)となった今、この先30年は要支援者も要介護者も認知症患者も増加していくのは間違いない。
 介護保険制度を支える人材と財源をどう捻出したらいいのだろう?
 
 Mさんとソルティは石鹸の泡にまみれながら議論した。
 こういう案はどうだろう? こういう制度にしたらどう?・・・等々、いろいろな打開策を出しあっては、その利点と欠点とを指摘しあった。
 経営者であったMさんは、やはり鋭い数字感覚と広い社会常識の持ち主なので、経営の才などまったくないソルティの提案する非現実的で帳尻の合わない愚策はものの3分で論破され、排水溝に流されてしまうのであった。
 そんななか、Mさんが「ああ、それはいいかも?」と共鳴してくれた案がある。
 題して、『介護サービスのユビキタス&リゾート戦略』


 地代も建設費も人件費も施設運営費も安く、治安も環境も良い東南アジアやアフリカの地域に、介護を必要とする日本の高齢者の街(施設群)をつくって、そこで日本人のリーダーのもと現地人のケアワーカーや従業員を多数雇い入れ、高齢者を最期までサポートする。
 考えられるメリット。
 ●介護事業にかかる経費の削減
 ●雇用創出や資金投下による現地国への経済的援助
 ●現地国との文化交流の活発化(移住高齢者の家族や知人、ボランティアが現地を訪問する際、また現地スタッフが日本と現地を行き来する際は安く渡航できる)
 ●自らが選んだ国の美しい自然と静かな環境、多様な人間関係の中で送る老後
 ●街中に介護スタッフの住宅も造れば、「数年なら海外で働きたい」という日本人も多いであろう(貯蓄もできる)
 ●むろんIT環境を整え、高齢者もスタッフもSkype等を使って日本の家族や友人と毎日でも会話できる
 ●街の中にはスーパーはもちろん、日本庭園やお寺や文化施設もつくる
 

 いかがでしょう?

リゾート



 さて、本書は「人」と「金」をめぐるこの介護危機について真正面から切り込んだ良書である。
 副題の通り、介護危機の実態や現状を「数字(統計)」と「現場(経験)」から得た情報をもとに、正確に客観的に読み解き、手際よくまとめている。と同時に、介護サービス事業の経営者でもある著者が、自ら実践し成功をもたらしてきた戦略をもとに作った‘介護危機を乗り越える処方箋’を提案している。問題の深刻さや複雑さを指摘して読者に不安や恐怖を与えて終わりにしてしまう‘ノストラダムス的’ドキュメンタリ-とは一線を画する。そこが好感持てる。


 著者は、1979年東京生まれ。日清紡、ITコンサルティング会社を経て、2008年に首都圏での訪問介護事業を核とする(株)ケアリッツ・アンド・パートナーズを設立。同社は介護人材への投資と業務効率化によって急成長を遂げ、いまや社員数約900人、訪問介護事業所51、デイサービス3、居宅介護支援事業所8、サービス付き高齢者向け住宅2棟を運営(2017年4月現在)する業界のリーディングカンパニーとなっている。(本書プロフィール参照)


 ビジネスセンスや経営力に優れ、介護現場の実状もそこで働く職員の心情もよく知っており、介護業界を成長させたいという野心もある。
 「これは第三世代の登場かな?」と思った。
 つまり、社会福祉法人を中心とする「介護=社会奉仕」を旨とするのが第一世代。介護保険制度の成立とともに業界参入し「介護=新しい投資先」を旨とするのが第二世代(例.コムスンやワタミ)。この宮本は「介護=ソーシャルビジネス」を旨とする新世代と言えるのではないか。
 第三世代の特徴は、「介護は社会奉仕だから職員の雇用環境は二の次」という第一世代の高野連的精神主義には冒されず、「介護は金儲けのツールだから職員の雇用環境は二の次」というブラック企業的搾取主義にも毒されない。介護事業を日本経済の中の一つのビジネスとして他の職種と同列に位置付けつつ、職員の雇用環境を良くし、顧客いわゆるサービス対象者である高齢者の満足度を高めていこうとする。つまるところ、資本主義社会におけるまっとうで良心的な会社経営ということに過ぎないのだが、長いこと公的機関や社会福祉法人に独占されてきた介護業界は、企業戦略や人材開発といったドラッカー的発想にはなかなか馴染まないのである。


 多くの介護企業の経営理念には、「思いやり」「優しさ」「利用者第一主義」などの美辞麗句が並んでいます。企業文化や風土を醸成するために、社員の考え方や行動の指針は必要です。とはいえ、一般的に精神論で社員のモチベーションを上げようという手法は、「やりがい搾取」「ブラック企業のポエム」などと報道で批判されています。(本書より)


 著者が提示する人材・財源不足に対する処方箋は、ソルティの中学生のようなアイデアとは違って、あるいは現場を知らない学者や官僚の作る‘絵に描いた餅’のごとき政策とも違って、極めて現実的で実現可能性が高く、数字の裏打ちもあり、日本社会や経済の動向ともリンクしていて、さらに著者自身の会社という成功事例も示されている。説得力がある。
 介護問題の真の危機にして核心は、人でも金でもなく「介護の質」であるということを忘れずに踏まえるのであれば、著者の提言は傾聴に値しよう。

 本書の第1章(約4分の1)は、ほぼ介護保険制度の説明に終始している。著者の提言を正当に評価するためには制度の理解が欠かせないから仕方ないのだけれど、介護素人の読者には難しくわずらわしさを感じるかもしれない。
 ケアマネ試験勉強中のソルティは、むろんスラスラと読み進めることができたし、ちょうど良い総復習の機会をいただいた。掲載されている様々な統計データーも興味深く、介護問題を考える上での材料をもらった。
 たとえば、
  • 施設介護の平均費用は一人当たり約29万円、在宅介護の平均費用は約11万円。
  • 東京23区で一番、つまり日本で一番高齢者の多い町は世田谷区である(176,439人)
  • 全産業における労働人口のうち非正規雇用の比率は37%であるのに対し、介護業界では非正規雇用が5割以上を占めている。とりわけ、訪問介護員の非正規雇用は約8割。(宮本の会社では訪問介護員の6割以上が正社員だそうである)

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セキレイ科ハクセキレイ



 さて、『介護サービスのユビキタス&リゾ-ト戦略』であるが、

「それって結局、体のいい楢山節考(姥捨て)じゃないの?」
「医療はどうすんのよ?」
「日本に帰りたくなったら帰してくれるの?」
「家族と引き離すなんて酷い!」
「自分の国のお年寄りを自分の国で看取れないなんて国際的恥辱だ」
「それって、ユビキタスというより、もろグローバリズムじゃん」

と言った批判が聞こえてくる。

 うべなるかな・・・。

 そもそも、生まれた国以外の土地で最期を迎えるという発想を「よし」とする人はなかなかいないだろう。年をとればとるほど、人は原点回帰するものだから。
 ソルティもMさんも、「別に日本で死ぬことにこだわることないよな~」「最後は家族に見守られなくとも構わないよなあ~」という点で一致したからこその、いわば孤独者同士の共鳴だったのである。


泡

● ケアマネへの道5 試験本番

 10月8日(日)はケアマネ試験だった。
 早めに家を出たが、行き先の違う列車に乗ってしまい、気がついて一駅後戻り。
 あれ? 緊張してる?

 でも、おかげで面白いことがあった。
 正しい列車に乗り換えて、おもむろに参考書を取り出して最後のあがきをしていたら、前に立っていた男から声をかけられた。
「受けるんですか?」
 見ると、同年輩の男で片手に杖を突いている。
「ええ。お宅もですか?」
「はい。首都大学まで行きます」
 それから少しの間、会話した。
 その男はソルティ同様介護の仕事をしているのであるが、この夏に脳梗塞をやったとのこと。杖を突いているのはそのためだった。6月にケアマネ試験を申し込んだあとで自分が介護を受ける羽目になったのである。
「まさか、こんなことになるなんて。今自分は要介護1なんですよ」
 救急車で運ばれて入院、治療を受け一カ月ほど集中的にリハビリして、やっとこうして一人で外出できるまでに回復したのだそう。一概には言えないが、体を使う介護の仕事はもう無理かもしれない。
「大変でしたねえ。事務系の仕事につけるといいですね」
「ええ。ただ今回の試験は諦めています。どんなものか見ておこうと思って・・・」
 駅に着いたところでエール交換して別れたのであった。


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京王相模原線・南大沢駅


 会場は京王相模原線の南大沢駅から徒歩5分の首都大学東京。
 開場時刻まで間があったので、駅近くのマクドでコーヒー片手に最終チェックをする。周囲は同じ趣旨の人たちで満席である。脇目もふらない真剣な人もいれば、同じ職場の仲間数人と受けに来たらしく、おしゃべりに興じている女性たちもいる。ケアマネ試験は合格率が低いので、何度も受けているベテラン(?)が結構いるのである。


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駅からのアプローチ
昔の東急東横線「都立大学」にあった時分とは全然違うお洒落な空間


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会場となった1号館
外壁に日時計がある

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 試験会場に入って座席につく。
 やはり、介護福祉士社会福祉士の試験の時より、受験者の年齢層が高い。女性が多いのは同じだが。男50代のソルティもここではそんなに浮いてない。
 試験は全60問、120分。
 前半25問は「介護支援分野」、後半35問は「保健医療分野」と「福祉サービス分野」である。合格するには、前半と後半のそれぞれにおいて、おおむね70%以上の得点が必要とされている。どちらか一方が極端に低いと、全体で70%超えていても不合格なのである。
 
 社会福祉士試験の時と同様、20問程度まとめて解いて問題用紙の選択肢に〇をつけてから、答案用紙にマークシートするというやり方で進めた。
 元来左利きのソルティはマークシートを塗るのは左手なので、通常の向きと順序(上から下へ、左から右へ)でマークしていくと、自分の左手の小指の付け根から手首にかけての部位(小指球というらしい)で、先に鉛筆で塗ったところを擦ってしまうことになる。答案用紙が汚れるのだ。
 どう対処したかというと、答案用紙を90度右回転して「右から左へ、上から下へ」と進むようにした。
 おそらく右利きの人には想像もつかないことであろう。
 マイノリティはつらいよ。

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 感触としては「例年よりやさしい!?」という気がした。
 過去問をしっかりやっておきさえすれば、それほど躊躇なく解ける問題が多かった。出題傾向からはずれた新奇な問題や重箱の隅をつつくようなトリビアすぎる問題は見当たらなかった。
 ソルティの勘だが、おそらく昨年度がかなり難しくて合格率が過去最低(13.1%)になったことと、来年度から受験資格が厳しくなるので受けられなくなる人も出てくる。そこで、「これまでだめだった受験者諸君よ、頑張って今回で受かっときなさい」的な温情采配が働いたのではあるまいか。
 つまり、今回受けたのはラッキーだったという気がした。


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1号館の塔内にある巨大振り子時計
振り子部分は3.6mもある。
毎正時パイプオルガンの演奏が鳴るのだが、試験中は鳴らなかった。
止めておいてくれたのだろう。

 
 結果通知は11月下旬であるが、業者の解答予想で自己採点したところ、前半も後半も8割を上回っていた。無事、合格である。

 ふう~。

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 3カ月の受験勉強は、途中で夏バテしたり息切れしたりすることもあったが、どうにか落着をみた。応援してくださった方々にお礼を申し上げます。
 むろん、これでケアマネになれたわけではない。あくまで「介護支援専門員実務研修」を受けるための選抜試験なのだ。来年87時間の実務研修を受講して、修了後東京都に資格登録し「介護支援専門員証」の交付を受けてはじめて、ケアマネを名乗れるのである。
 ケアマネへの道はまだまだ続く。


P.S. ソルティはかた自作『ケアマネ試験のための介護サービス早見表(PDF版)』をアップしました。当ブログの読者でケアマネ試験を受ける人がいたら参考にしてください。(ただし制度改定があるので最新の情報は要チェックです)




● ケアマネへの道6 実務研修を終えて

 ケアマネジャー(介護支援専門員)の資格を得るための足かけ3カ月にわたる実務研修がやっと終わった。現在、都の登録を済ませ、介護支援専門員証(いわばケアマネ免許証)の交付を待っているところである。それがもらえれば、ケアマネとして実務につくことができる。

 思えば、昨年10月のペーパー試験のための受験勉強開始から1年余り、長い道のりであった。
 いや、受験資格を得るために必要とされる実務経験(介護の仕事)の年数も含めれば6年と4カ月、長い長い道のりであった。
 ちょっといま放心状態である。

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 ゴールデンウィーク明けから始まった実務研修は、
  • 15日間(87時間)の講義&演習
  • 居宅介護支援事業所での3日間の実習
という構成であった。(受講費用は52,800円
 講義&演習は前半後半に分かれ、真ん中の6月に3日間の実習が入る。つまり、5月と7月は各月とも7~8日の講義&演習があるわけで、おおむね週2回は研修会場まで通い、朝から夕まで講義を受けなければならない。
 これが結構きつかった。

 まず、会場が都心だったものだから数年ぶりの通勤地獄を経験した。

「こんなきついこと、みんな毎日ようやる!」

 酷暑の日々、重いテキストを抱えての1時間の通学は一分一秒苦痛でしかなく、会場に着くころには一日のエネルギーの半分は消費していた。
 後半は早朝通学に切り替えた。研修開始2時間前(!)に会場近くの喫茶店に到着してモーニングを注文し、開始時刻まで本を読んだり瞑想したりしていた。店の窓から見下ろす都心の朝の通勤風景は、10年前まで東京駅近くの事務所まで通勤していたソルティにとって懐かしいものではあったが、もう二度とその渦中に入る気のないことを痛感した。


市ヶ谷駅


 次に、一日中、椅子に座って講義を受けるきつさ。フロアを走り回って声を出し体を動かすのが習性となっている肉体労働者にとって、これは苦痛の極みであり、昼食後の数時間は「傾眠」状態。ふと目覚めて周囲を見渡せば、同じように舟を漕いでいる仲間がたくさん。
 さすがに、講師による一方的な講義形式は時代遅れであり、ケアマネという相談職を育てるのに効果的なやり方でないことは明らかである。講義時間は最低限に抑えられて、個人ワークやグループワークやロールプレイが多く取り入れられていた。それでも、きつい。長時間のデスクワークが向かない体(とくに老眼)になってしまった

 建物の中で一番広い会場だったと思うが、なにせ100人を軽く超える受講生、椅子を後ろに引くのさえ気が引ける人口密度であった。このうちの何パーセントが実際にケアマネとして働くことになるのだろう? 
 毎回ごと新たにクジ引きで6~9人グループに編成される。同じグループになったメンバーといろいろ情報交換したり、自分とは異なる介護現場の話を聞くのは面白かった。
 が、いかんせん、みんなシャイというか現代人である。休憩時間中、それぞれが席について黙って各自のスマホをいじくっている光景を見るにつけ、スマホを持たぬソルティはスマホの功罪について考えさせられた。むろん、スマホに熱中している(フリをしている?)人間に話しかけるのはためらわれるので、会話ははじめから遮断される。
 観察していると、ある年代以下の人は、「隣にいる生身の他人より、SNS上の知人またはゲーム」を優先する傾向があるようである。というか、それがコミュニケーションの基本デバイスになっているように感じた。余計なお世話だが、相談職がつとまるのだろうか??? 

 研修は、通学コースと通信コースに分かれていた。
 いくつかの単元については「DVDによる自宅学習+レポート提出」に代替できるので、通信コースを選べば週2回のところ週1回の通学で済む。通学コースを選んだ人は会場まで来て、その単元のDVDを他の受講生と一緒に視聴し、その場でレポートを書く。むろん、早送りも一時停止も巻き戻し(失礼、早戻し)もできない。要は、同じDVDを自宅で見るか、他の受講生と一緒に会場で見るかだけの違い。
「どう考えても通信コースだろう」
 ソルティは迷わず通信コースを選んだのだが、聞いてみると通学コースの人も結構いて、びっくりした。
 彼らが言うには、
「家にいたらDVDを見る時間なんか絶対に取れない」
「家では勉強したくない」
「有休がとれるから仕事に行くよりラク」
「まさかDVDを見るだけの講義とは思わなかった。講師が来てレクチャーしてくれるかと思っていた」
・・・・・e.t.c.
 ソルティは、スクリーンに投影される、内容的にも映像的にも出来がいいとはおせじにも言えないDVD――講師がパワーポイントを使ってテキスト内容を淡々と喋る――をひがな一日坐って見ているだけなら、現場で仕事していたほうがいい。
 このDVDはほとんどの受講者に不評だった。
  
 思いがけず楽しかったのは居宅介護支援事業所での実習である。
 居宅介護支援事業所とは、簡単に言えば「ケアマネの巣」である。
 そこを根城として、ケアマネたちは、事業所と契約した要介護高齢者の自宅を訪問してアセスメント(状況把握)し、その人に必要な介護&医療サービスを見極め、地域の介護関連サービス事業所(たとえばデイサービスや訪問介護や訪問入浴や福祉用具取り扱い所など)や家族・友人・地域住民・ボランティア等を活用したその人オリジナルのケアプランを作成する。その後は月1回自宅を訪ねケアプランが効果を上げているかどうかモニタリング(評価)する。また、その人が毎月どのくらい介護保険サービスを利用したかを計算し、明細書を保険者(市町村の委託を受けた国民健康保険団体連合会)に提出する。
 ケアマネとは、まったくもって、足(フットワーク)と頭(デスクワーク)と心(相談業務)の3つが必要とされる仕事である。

 3日間、都内の居宅介護支援事業所に行って、実習指導者(ベテランケアマネ)について、いろいろなことを学んだ。事業所の実際の利用者(要介護高齢者)のアセスメントシートを見せてもらい、その人の家族関係や生活歴や病歴やADL(可能な日常生活動作)を把握し、指導者と共に自宅を訪問し、モニタリングする現場に立ち会った。「お宅訪問」的な面白さに加え、施設でなく自宅で暮らしている高齢者の表情や生活ぶりに触れ、施設勤務のソルティにとって新鮮であった。
 やっぱり、施設の高齢者より、個性的で生活感濃厚でイキイキしている。彼らに比べると、施設の高齢者は漂白されて生気を失っている感じすらする(とくに男は!)。
「やっぱり、できる限り最後まで家で過ごすに越したことはない」
と率直に思った。
 資料を使っての講義もふんだんにあったけれど、現場の第一線で働いているケアマネだからこそできる実践的・具体的な内容で、建前でない本音や裏事情も伺えて興味深かった。
 最後は、その事業所と契約している実在の高齢者のケースについて、アセスメントシートをもとにケアプランを作成するところまでやった。
 一日中、椅子に座って眠気と戦っているよりもずっと刺激的で面白かった。
 もっとも実習は3日間だけなので、研修を施す方も受ける方も短期集中的な思いで臨める。これが社会福祉士の現場実習のときのように一カ月連続とかであったら、途中で緊張が途切れ疲弊する場面もあるやもしれない。

 今回実習に行って現場で働くケアマネ達の姿を見たら、ソルティの中のケアマネイメージが改善された。ケアプランの作成を任せてもらっている利用者やその家族との生活の場における人間的係わりの中に、ケアマネジメントの面白さもやりがいもあるんだなあ~と実感できた。

 いまのところケアマネをやるつもりはないのであるが、介護職6年あまりの集大成として、ケアマネ試験を受けて実務研修を受けられたのは良かった。

 ただ、しばらくはもう、試験も研修も実習もカンベンである。


実務研修テキスト
受講生すべての負担であったぶ厚く重いテキスト
(A4サイズで700ページもある)






● 一粒で二度おいしい 本:『ケアマネジャーはらはら日記』(岸山真理子著)

2021年フォレスト出版

 『交通誘導員ヨレヨレ日記』、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』に続く「3K仕事、内幕暴露日記シリーズ」の3作目。
 今回の3Kは「きつい、気骨が折れる、空回り」か。

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 一読、非常に面白かった。
 むろん、ケアマネジャー(介護支援相談員)は介護畑で働くソルティにとって関係の深い職種だからではあるが、それを抜きにしても、読み始めたら止められないスリル満点の展開が待っていた。
 まさにタイトル通り“はらはら”した。
 著者の岸山はケアマネ歴20年のベテランとあるが、物書きとしての才もなかなかのものではなかろうか。

 ケアマネは介護保険のキーパーソンと言える存在である。
 介護保険サービスを使っている人のすべてに、必ず一人の担当ケアマネがついている。
 ケアマネは、利用者の心身の状態や生活環境、経済状態などを見て、介護の必要度を判断し、利用者や家族の希望をもとにケアプランを立てる。
 そのケアプランにしたがって、訪問ヘルパーやデイサービス、歩行器・車椅子などの福祉用具、介護施設の利用といったサービスが提供される。
 良いプランであれば、利用者の健康に資するものとなり、介護サービスを使いながらその人らしい自立した生活を送ることができる。
 悪いプランであれば、利用者の心身の状態は悪化し、ますます介護度が重くなって、死期を早めてしまいかねない。
 「老いと死の最前線」にいるケアマネは、利用者の命や健康の手綱を握っている。

 本書の前半では、岸山がケアマネになるまでの半生と、これまでに担当者として関わった高齢者たちのエピソードが語られる。
 20~30代は非正規の単純労働の職を転々としていて、40過ぎてから正規雇用の介護職に就き、47歳からケアマネとなった岸山のふらふら半生が面白い。(ソルティとよく似ていて共感大)
 ケアマネは彼女にとって天職だったのだろう。
 以後はケアマネ一筋で、たくさんの利用者と出会い、ひとりひとりの生活を支えてきた。
 68歳になる今も現役である。

 いっさいの介護サービスを拒む人、ケアマネにこれまでの人生で積りに積もった怒りをぶつける人、老々介護の危うさ、認知症の親に振り回され消耗する子供たち、ゴミ屋敷の住人、80代の親が認知症で50代の子供が精神障害の8050家族、介護給付費を抑えたい行政との不毛なやりとり、一人暮らしの親の介護に関わることを拒絶し「死ぬまでは一切連絡するな」という子供たち・・・・。
 いまの日本社会の縮図がここにある。
 超高齢化と少子化、家族の崩壊、地縁の消滅、個人主義、親世代から子世代・孫世代への貧困の連鎖、不安定な雇用、精神障害者の増加、定年後の生きがいの喪失・・・・。

 ケアマネは、利用者の墜落を恐れる。墜落しないようにあらゆる施策をとり、どこかに不時着させなければならない。
 しかし、墜落しないまでも、いつ墜落するかわからない低空飛行がどこまでもどこまでも続く場合が多い。ケアマネの迷いながら、戸惑いながらの日々も、利用者の飛行とともにどこまでも続いていく。

イカルスの失墜
マルク・シャガール「イカルスの失墜」


 岸山が出会った様々な利用者のエピソードはたしかに興味深く、考えさせられること多く、家族ドラマ・人間ドラマとしても、日本社会を映すドキュメントとしても、とても読み出がある。
 また、ひとりひとりの利用者に親身に寄り添い、彼らに代わって行政や大家と喧嘩し、休日返上で駆けずり回る岸山の熱心な仕事ぶりにも感心する。
 しかし、まあこれは想定内である。
 本書の何よりの面白さは、後半以降の岸山自身に起こった“すったもんだ”の一部始終にある。
 
 岸山は地域包括支援センターという、各地域にある高齢者の総合相談窓口の代表者として長年働いてきたが、定年になって延長希望叶わず、追い出されてしまう。
 その後、別の地域の同じ包括支援センターに採用されるも、職場内のコミュニケーションがうまく行かず、思うように経験や実力を発揮できず、つまらないミスを重ね、しまいには村八分のような目にあって辞職を余儀なくされる。
 本書前半における岸山のイメージ――利用者思いで、相談能力に長け、フットワーク軽く、さまざまな社会資源を熟知した海千山千のベテランケアマネ――が、ここに来てガタガタと崩れていく。
 この落差がすごいのだ。

 その秘密はおそらく、岸山が注意欠陥・多動症(ADHD)と軽度の学習障害を持っていることにあるらしい。(本人も自覚している)
 グザヴィエ・ドラン監督の映画『Mommy/マミー』(2014)はADHDの少年の話であるが、この障害は次のような症状が特徴と言われる。
  • 簡単に気をそらされる、細部をミスする、物事を忘れる
  • ひとつの作業に集中し続けるのが難しい
  • その作業が楽しくないと、数分後にはすぐに退屈になる
  • じっと座っていることができない
  • 絶え間なく喋り続ける
  • 黙ってじっとし続けられない
  • 結論なしに喋りつづける
  • 他の人を遮って喋る
  • 自分の話す順番を待つことが出来ない
 (以上、ウィキペディア『注意欠陥・多動性障害』より抜粋)
 
 思うに、おそらく岸山自身がまったく気がつかないところで、周囲の同僚たちや仕事関係者、もしかしたら利用者たちも、岸山の言動を奇異に感じたり、困惑したり、ストレスを感じたりということがあったのかもしれない。
 本書の記述だけ読むと、岸山が周囲の冷たい人間たちからいじめを受けた被害者のように見えるけれど、周囲にはそれなりの言い分があるのだろう。

 と言って、もちろん、ADHDの人はケアマネになるべきでない、管理職に就くべきではない、なんてことではまったくない。
 ADHDや学習障害はその人の個性であり、当人が困ってない限りは無理に治す必要もなく、病気に関する周囲の理解と寛容な心があれば、生き生きと仕事をすることは可能であろう。
 つまり、岸山の場合、どうもその環境に恵まれなかったのではないかと思うのだ。
 今働いている居宅介護事業所「雀」において、ようやく安住の地を見つけたらしいことが最後に語られている。(居宅介護事業所とはケアマネの巣である)

 10年間働いた地域包括支援センターで定年延長してもらえなかったのも、次に就職したセンターを追い出されたのも、私の弱点によりパフォーマンスが悪いせいだった。
 しかし、「雀」では同僚たちに導かれ、助けられながらも仕事は滞らず、なんとか回っている。
 あらためて注意欠陥・多動症への対策は環境が決め手であることを痛感した。
 「雀」では誰も私を責めない。叱らない。蔑まない。

 本書は、ケアマネジャーという3K仕事の内幕や我が国の介護現場の現実について読者に伝えてくれるとともに、ADHDという障害を抱えて生きる人の苦労やものの見方・感じ方を教えてくれる。
 一粒で二度おいしいような本である。


道頓堀



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 

● 福祉住環境コーディネーター試験に向けて

 高齢者や障害者の介護を考えるにあたって欠かせないものに、福祉用具と住宅改修がある。

 福祉用具は、よく知られている車いすや杖や補聴器にはじまって、装具・義肢、歩行器、手すり、スロープ、介護ベッド、ポータブルトイレ、入浴用のいす、認知症老人徘徊感知器など、ごまんとある。
 「福祉用具法」(1993年制定)では、「老人または心身障害者の日常生活上の便宜を図るための用具、およびこれらの者の機能訓練のための用具並びに補装具」と定義されている。
 介護保険を使って、お手頃価格でレンタルや購入できるものも多い。

 住宅改修は、階段や廊下に手すりをつける、扉を開き戸から引き戸に替える、段差を解消する、滑りにくい床材に替える、便器を和式から洋式に取り換えるなど、当事者がより安全で快適な生活が送れるように住宅の一部を改修工事する。
 介護保険では20万円までの補助が出る(一人原則一回限り)。

 介護の仕事をしていると、当事者や家族から福祉用具や住宅改修について相談を受けることが多い。
 また、こちらから本人のADL(日常生活動作)や家屋の様子をみて適切なアドバイスを与えられなければ、とても「プロってる」とは言えまい。
 たとえば、
  • 膝や腰が悪くて低い位置から立ち上がるのが難しい人に、高さの調節できる介護ベッドや、通常(ケロヨンタイプ)より高さのある入浴用のいすをすすめる。
  • 歩行がおぼつかなくて転倒しやすい人に、家の要所に手すりの設置、段差解消のためのスロープや踏み台の設置をすすめる。
  • 夜間、介助者なしにトイレまで行くのが難しい人に、ベッドの脇におけるポータブルトイレの購入をすすめる。
といった具合に。

ポータブルトイレ
ソルティが足の骨折時に使っていたポータブルトイレ

 しかし、専門業者や理学療法士ならいざ知らず、ソルティが保有している介護福祉士とか介護支援専門員(ケアマネ)では、資格取得の過程において福祉用具や住宅改修に関する具体的な知識や技術を学ぶ機会は少ない。
 車いすの扱い、装具のつけ方、ポータブルトイレ設置の要不要の判断など、介護施設の現場において見よう見まねで覚えていったことも多いけれど、住宅改修などはほぼ未知の世界である。
 当事者や家族に相談されてもその場では答えられず、「業者の人に確認してみます」、「リハビリの先生(理学療法士)に聞いてみてください」などと答えざるを得ないこともしばしば・・・。

 そのへん情けなさを感じていたところ、「福祉住環境コーディネーター」という資格があることを知った。
 高齢者や障害者に住みやすい住環境を提案するアドバイザーを養成することを目的に、東京商工会議所が検定試験(1~3級)を実施している。
 福祉用具と住宅改修について体系的に一から学ぶことができる。
「よし、これを受けてみよう!」

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 いまのところ、この資格を持っていなければできないことは特にない(ケアマネの資格で包括できる)ので、資格を取ることが目的ではないけれど、受験料を払って期限を設けないとなかなか学習する気にならないのが、長年身についた悲しい受験生体質である。
 12月の2級検定試験を目指して、公式テキストなるものを購読、現在は過去問をやっている。
 ちょっとでも、利用者へのアドバイスに自信がつけば御の字。
 
 学習意欲を高めるためというわけではないが、先日、以前から気になっていた埼玉県さいたま市にある介護すまいる館に足を運んでみた。
 JR京浜東北線・与野駅西口から歩いて10分、福祉関連の事業所が集まっている「彩の国すこやかプラザ」の1階にある。

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与野駅西口

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彩の国すこやかプラザ

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介護すまいる館入口
福祉用具の情報提供・相談・展示・販売を行っている
埼玉県社会福祉協議会が運営


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食事に使われる福祉用具

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ずらっと並ぶ車いす(試乗もできる)

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介護ベッドや手すりのコーナー

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男性のソレを直接さしこむタイプのオムツ

 ソルティが介護施設で働いていた時に目にしたもの、手にしたもの、扱ったものが多く、その福祉用具と共にそれを使っていた利用者の顔や体の一部(!)が浮かんできて、懐かしい思いにかられた。
 一方、初めて見る福祉用具も多く、医療や工学の進歩とともに新しくより快適に使える福祉用具が、次々と生まれていることを実感した。
 とくに、今後現場での活用が期待されている介護ロボットのコーナーが一角に設けてあるのを見て、「介護スタッフの重労働が少しでも軽減され、肩や腰の痛みで仕事を辞めなくても済むようになればなあ~」と、離職経験者の一人として思った。
 現在50代のソルティが介護を必要とする頃には、イケメン介護ロボットまもる君のケアが期待できるかしらん?

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与野駅の近くの洋食店でランチ

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昼から優雅で贅沢でしょ(運動しなければ!)

 

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