ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

 ★同行二人で行く四国遍路

● 本:『四国徧禮道指南 しこくへんろみちしるべ』(眞念著)

1687年初版刊行
2015年講談社学術文庫

 江戸時代の僧侶である眞念(?-1692)が、自ら何十回も挙行した四国八十八札所巡礼について、遍路を志す老若男女のために書き下ろした実用ガイドブック。旅の準備・心得、道順、ご本尊イラスト、御詠歌、宿を貸してくれる人、土地の伝承や見所など実用情報が満載で、現在あまた出版されている同種の本の元祖にして手本と言えよう。
 原文読み下しと現代語訳に加え、実際に眞念が歩いたルートを現代の2万5千分の1地図上に再現したページが付いていて、非常に興味深い。

 弘法大師の足跡をたどる四国遍路の起源は不明であって、それこそ空海の弟子真済(800-860)が遺跡を巡拝したのがはじまりという説もあるくらい古いのだが、現在の八十八ヶ所巡りが定番となったのは戦国から江戸時代初期にかけてらしい。眞念が本書を書こうと思い立ったのも、それまで行者や聖といった求道者のための修行の場であった四国遍路が、この頃から一般庶民に開かれてきたことが背景にあるようだ。

 読んでいて現在の遍路との違いが面白い。

1. 札所が現在と違うところがある
これは明治初期の神仏分離令によって、これまで神仏習合で一緒だった神社とお寺が分かたれて混乱が生じたためである。秩父34ヵ所札所巡礼でも同様のことが起こっている。当時の関係者の戸惑いはいかばかりであったろう。

2. 般若心経は唱えていなかった
巡礼と言えば般若心経であるが、眞念の心得によると、

男女ともに光明真言大師の寶号にて回向し、其札所の哥三遍よむなり

つまり、密教の光明真言と「南無大師金剛遍照」(弘法大師法号)を唱えた後、札所の御詠歌を3回読むと言っている。
ソルティは般若心経がどうも苦手で(とくに最後の呪文のところ)秩父巡礼でもよんでいない。よもやそれで功徳が減るとは思っていないが、こうやって弘法大師爾来のことではないと証明されるとすっきりする。
 
3. 男と女で道が違う
これは道中のところどころで女人禁制の拝所があったためである。

4. 身分差別の存在
松山の道後温泉にある第51番石手寺の記述(現代語訳)。

湯壺が全部で五つあります。まず鍵湯といって、雑人の入らない湯があります。この湯の中に薬師の石仏が安置されています。この足元から湧き出る湯は谷川のようです。二の湯は女性の入る湯です。三の湯は男の湯です。第四の湯は養生湯といって男女の別なく入ります。諸国の湯治の人が夜、昼別なく入ります。第五の湯は非人と牛馬が入ります。

5. 民宿はなかった
当然のことであるが、当時大きな町以外に宿はなかった。巡礼者はお堂や善意で泊めてくれる人を当てにするほかなかった。宿を施してくれる人の固有名詞が「かのみて村三右衛門宿かす」といったように掲載されている。現在ではちょっと考えられないことである。
 かのみて村(現・愛媛県松山市鹿峰)の三右衛門さんも、よもや330年後に自分の名前がこうして同じ日本人の目に触れることになるとは思っていなかったであろう。



十悪のわが身を捨てず そのままに
浄土の寺へ 参りこそすれ

(四国遍路第49番浄土寺御詠歌)


宝仙寺 017



● 本:『空海の風景』を旅する(NHK取材班著)

2002年中央公論社


司馬遼太郎の代表作の一つである『空海の風景』は映像化され、2002年1月NHKスペシャルで放映された。
本書は、担当スタッフらが、制作秘話を盛り込みながら、今度は活字で、天才・空海を描き出そうと試みたものである。
讃岐・奈良・室戸岬・長安・博多・京都(東寺)・高野山など空海が足跡を残したゆかりの土地を訪ねて、その今昔の風景描写を盛り込んでいるのは、先立つ映像作品と同様であろう。(ソルティは映像作品のほうは未見)

空海の人間としての大きさ、ふところの広さ、ダ・ヴィンチに匹敵する万能ぶり、密教(あるいは仏教すら)分からなくとも「お大師さま」を父母のように愛着する、今も昔も変わらぬ素朴な人びとの信心。
司馬遼太郎の原作や制作背景は置いといて、単純に空海の一つの伝記として読んでも楽しめる本となっている。


空海って、その名の通り、海のように「なんでも飲み込む」寛容さと、空のように「いつもそこにあって見守ってくれている」心強さが、最大の魅力なのだと思う。
つくづく、空海が日本人に残したのは、密教ではなく、お大師様教だったのだと思う。

本書に頻繁に(無自覚に)出てくるフレーズに、「中国から帰った空海は密教を日本に広めようとした」というのがある。
よく考えると、この言葉は矛盾している。
密教を広めることなんかできない。
秘密だから、一子相伝だからこその、密教なのだから。(この場合の「子」は弟子の意)
広められるものなら、それは密教でなく顕教である。

空海のような密教完成者がせいぜいできるのは、密教の効験の勝れていることを世に広めて、国家や民衆が密教に依存し、密教完成者(理屈ではこの世に一人しかいないはず)を神のごと天皇のごと崇拝するよう仕向けることであろう。
空海はそんなこと望んでいなかったと思う。
それとも庶民レベルの密教ってのがあるのか。
真言立川流?

空海にとって仏教とはなんだったのか。
この世とは、生きるとは、なんだったのか。
ソルティが本当に知りたいのはそこである。


宝仙寺 021

関頑亭作 : 弘法大師像(中野の宝仙寺)




● ソルティはかた、かく旅立てり

四国遍路にいくことになった。
仕事を辞めてフリーになったからには、それしかないだろうと――。

鐘付堂山&羅漢山 038


四国八十八ヶ所通し打ちは、若い時から、「人生で一度はやってみたいこと」の一つだった。
いつかその時が来るだろうと思っていたが、どうやら来たらしい。
今ならまだ体力的に(たぶん)可能だと思うし、周囲の状況も許せる。
養うべき家族もいないし、介護すべき親族もいない。
80代の両親はまずまず健康で、2ヶ月くらい顔見なくとも問題なかろう。 
経済的に余裕のあるわけでは全然ないけれど、2ヶ月分の旅費ぐらいは捻出できるだろう。
帰ったらまた頑張って働けばよい。

ありがたいことに、10年前区切り打ちで満願した友人や四国出身の知り合いがいて、いろいろアドバイスを受けることができた。(高知の道は軍手2枚必須です、ってのは笑った。どんな道だ!)

荷物は出来るだけ軽くしたいので、パソコンは持っていかない。
体力維持のため、基本、宿に泊まる。
日記はアナログ式にペンと帳面でつけることにする。
スマホは・・・・・
最後まで迷いに迷った。

道案内(GPS機能)やら、宿の予約やら、バスや列車の時刻調べやら、遍路同士の情報交換やら、役立つことは今さら言うまでもない。
だけど、スマホを持っていると、どうしてもスマホに頼ってしまいがちになる。
何かにつけポケットから取り出して、路上で、宿で、スマホ操作している自分が目に浮かぶ。
それはあまり好きな絵ではない。
地元の人に道を尋ねたり、宿の人に情報を教えてもらったり、ベテラン遍路に案内を乞うたり、心細いひとり旅ならではの、そうした人との交流の機会が減ってしまうのは本意ではない。
それに、道に迷って途方に暮れて、泣きたくなるところに見えた宿の灯りの安堵感こそ、遍路の醍醐味じゃないか、という気もする。
同行二人の相手はスマホじゃない。


多摩全生園 006
弘法大師


一方、GPS機能だけはあるにこしたことはない。
山の中で道に迷い遭難したら、ケガや死のリスクがあるばかりでなく、周囲にも多大なる迷惑がかかるからだ。(ソルティは愛媛にある西日本最高峰の石鎚山1,982mにも挑戦したいと思っている)
目の前にあるセーフティネットをわざわざ敬遠して、危険を冒すのも大人げない気がする。
ソルティが無事帰ってくることを願ってくれる人が一人でもいる以上・・・。
それに、やっぱり若さを頼みとすることは最早できない。
体調も、退職してからは上がり調子ではあるものの、万全とは言えない。

迷いに迷った挙句、スマホを購入した(2年ぶりである)。

でも、遍路を歩くときはなるべく使わずに、バッグの奥に水戸黄門の印籠のごと忍ばせておこうと思っている。
先人や「へんろみち保存協力会」の人たちが作ってくれた道標や紙地図を一番の頼りにしよう。


へんみち協力会地図表紙


というわけで、近日中に東京からフェリーで徳島入りします。
スマホがうまく使いこなせるようになったら、そして一日30キロ近い歩行のあとに気力体力残っていたら、道中経過をここに上げていきたいと思います。

それでは、お大師さまの大いなる袂に!


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● 徳島入り

午後1時、フェリーしまんとは徳島港に着いた。
バスで徳島駅に。

今日は駅前のホテルに泊まる。
午後いっぱい中心街を歩き回って、四国の気に心身を馴染ませた。

通りかかった立派な仏具屋に入ったら、なんと寂聴尼ゆかりの店だった。
縁起良い(?)ので、納経書と納札を買った。

明日からスタート(^_^)


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秋雨に けぶる眉山や 初へんろ














● うっかり八兵衛

四国地方は台風前夜。

今日は早めに歩き終えて、宿に入った。
明日は丸一日、ホテルに缶詰めになるだろう(^_-)
三日歩き通しだったので、ちょうど良い骨休めだ。

そのあとに、四国遍路最大の難所と言われる焼山寺越えが待っている。

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ホテルの部屋から見た鴨島の町
間近にある山々がまったくかき消されている 


まだ三日しか経っていないのに、ディープな出会いに驚いている。
よもや坊さんとスピリチュアルトークすることになるとは思わなかった^_^;
非二元とか輪廻転生とか遍路にいる悪霊とか人身受け難しとか・・・
すべての話に付いていける自分が怖い(*^^*)

今日は大チョンボの発覚。

朝一番に8番寺まで歩いて御朱印をもらおうと納経帳を開いたら、なんと7番のページが真っ白!
昨日スキップしてしまったのだ((((*゜▽゜*))))

賽銭上げて、読経して、そのまま寺をあとにして、宿入りして、温泉入って、寝てしまったのである。

あまりの抜け加減に笑ってしまった。

笠や杖を置き忘れる話はよく聞いていたので身の回りの物には注意を払っていたのだが、まさか御朱印もらうのを忘れるとは!
盲点であった。
というか、うっかり八兵衛であった。

戻るのも面倒なので、7番の御朱印は最後にもらうことにする。
むろん交通機関を使って。

でもこれには、なんか意味があるのかも・・・


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雨の音がだんだん強くなってきた。
各地とも被害が少なくて済みますように!


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曼珠沙華 あらしの前の 狂い咲き








● 初接待

歩いていると、毎日なんらかのお接待をいただく。

初めての時は「これが噂の!」と新鮮な驚きに満たされた。

感心するのは、みんな渡し方がスマートで手慣れていること。
こちらに何の負担も戸惑いも感じさせず、止めた車の窓から「はい、お接待」と言って、こちらのお礼も待たずに、さっと去っていく。
習慣になっているのを感じさせる。

遍路体験記に必ずと言っていいほど書かれていることだが、やっぱりいただくと元気が出る。
足が軽くなる。

誰に頼まれたわけでなし、自己満足でやっている遍路なのに、それを見守ってくれている人がいることが、これほど力になるとは!

今日もまた交通の激しい国道沿いを歩いていたら、止めてあった車から降りてきた60がらみの男が話しかけてきた。
しばらく並んで歩きながら会話していたら、カバンに手を入れて何か取り出した。
「お接待かな?」と思ったら、
某キリスト系宗教団体のパンフレットだった。

そういうこともある。

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おせんべいとアメちゃんがパッキングしてある用意良さ!



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二日目に妙齢の女性から頂いた豆パン



初接待 真念どのに おすそ分け

マメに泣き 豆に喜ぶ 豆へんろ




● オフ中のオフ呂

今日は丸一日、雨だった。

焼山寺越えの疲れも残っていることだし、今日はオフにした。
遍路自体が人生のオフみたいなものだから、オフ中のオフってところか😁

いま泊まっているのは、徳島市内の朝食付き一泊3500円!!という安宿。
部屋はきれいだし、朝食はバイキング式で好きなだけ食べられるし、洗濯&乾燥も無料でできるし、パソコンも利用できるし、従業員の対応も良い。
お遍路だけでなく、出張中のリーマンにも人気のようだ。

ただ、連泊しても、日中11時から16時は部屋にいられない決まりになっている。
そこで、ネットで調べて、近場の温泉施設に出かけた。

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源泉掛け流しや炭酸風呂や塩サウナやジャグジーなどに2時間近く浸かって、足や肩の筋肉をほぐした。
浴後は、休憩所でゴロ寝して、東京から持って来た司馬遼太郎の「空海の風景」(中央公論)を読んでいた。

やはり空海と最澄の関係が面白い。
空海って、非常にしたたかな人間である。
機を見て敏に動く。
天才は間違いないけれど、宗教家には珍しいような戦略家という印象を受ける。

明日も雨の予報だが、遍路に戻る。
四国遍路第2の難所と言われる鶴林寺に向かって、山の中に入って行く。
さあ、歩くぞ!


そうそう。
浴後に体重計に乗ったら、開始前より約2キロ減っていた😆
これがまた歩くモチベーションになるのだ。






















● 海だ!!!

今日ようやく海岸線に到達した。

これまでずっと山の中や街の周辺だったのが、一気に視界が開けた。
徳島の海はコバルトブルーに照り輝いていた。

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抑えがたい開放感は、海を目の前にしたことだけではない。
四国遍路の難所トップ3(焼山寺、鶴林寺、太龍寺の山越え)を、無事クリアしたことがでかい。
今日の宿は日和佐というウミガメの産卵で知られる漁港だが、宿の女将がいうには、「日和佐までたどり着いた人は最後まで行ける」そうな😁

宿近くのスーパーマーケットで巻き寿司とカツオのたたきと山クラゲのお浸しを買って、防波堤に座って、暮れゆく日和佐の海を眺めながら、ノンアルコールビールで一人乾杯していたら、若い頃感じていたのと寸分たがわぬ旅情が甦ってきた。

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ウミガメも ふりだしに戻る 遍路かな





● 高知入り

高知に入った。

638mの水床トンネルを抜けたら、光溢れる高知が待っていた。

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国内外からサーファーが集まる、その名もホワイトビーチを擁する東洋町が、遍路にとっての高知入口である。朝から断続的に降っていた雨も上がって、夏の終わりのような陽光が浜辺に満ちた。

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海水に素足を浸したいというポエムな衝動に逆らいがたく、遍路スタイルを解除して、砂浜に降りた。
浜辺の東屋で潮騒を子守唄にうたた寝した。

遍路とサーファーが同宿する町。
両者を繋げているのは「海」という一文字。


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高齢者施設の看板。
高知らしい命名だけど、まず入居したくない、働きたくないなあ~😏

サーフボードの 隣りに杖を 置く夕べ



追記:むろん、この「慎太郎」とは、幕末の志士の一人である「海援隊」の中岡慎太郎のことである。









●  岬めぐり

東洋町を過ぎてから室戸岬までの約40㎞はほぼ海岸線を歩く。右手に山、左手に海、いくつもの岬と港や浜辺を繰り返しながら、国道55号を延々と行く。

日和佐で同宿した遍路経験ある女性が、「寺もなく、気晴らしになるものがないから、ここが一番しんどい」と言っていた。ソルティは逆に「こんな快適な道はない」と思った。
人それぞれ、何をしんどく感じるかは異なる。
意外なことに、ここまでの遍路路は思ったより楽だった。山歩きや秩父巡礼、なにより介護の仕事で、足を鍛えていたことが大きいようだ。

高知の岬めぐりをしていると、いろいろ気づかされることがある。
ひとつは、植生の変化。
やはり南国である。

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庭先のハイビスカス


いまひとつは、津波対策。
どの町にも鉄骨の津波避難タワーというのが立っている。それが町で一番高い建物だったりする。
高知出身の友人からのメールによると、昨晩泊まった東洋町は、10年ほど前に核の最終処分場に手を挙げて、高知で大揉めになったそうだ。3.11が起こって話は立ち消えになったらしい。
そもそも、津波対策が必要な町に核処分場をつくる、という発想がどこから出てくるのだろう?

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海が悪いのじゃない。
人が愚かなのだ。

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180度の海 中心点は空なる私






● 室戸岬の釈迦如来

今朝は、廃校となった小学校を利用した室戸廃校水族館に寄った。メディアで紹介されるなど大人気で、週末は混み合うらしい。

平日の開館直後だったので、一人でじっくり見て回ることができた。

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プールの中にサメやウミガメが泳いでいたり、飛び箱や手洗い場を覗くと金魚やトコブシがひしめいていたり、教室だった場所に置かれた巨大水槽の中でエイが優雅に羽ばたいていたり、懐かしさを伴う不思議な感覚に襲われる。

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特段珍しい生き物がいるわけではないけれど、時間を忘れる楽しさだった。
アイデアの勝利だ。


昼過ぎに室戸岬到達😆
55号線を歩いていて、前方に弘法大師の白い像が見えた時は、さすがに胸にジンと来るものがあった。

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岬の先端に東を向いてすくっと立ち、「嵐よ。来るなら来い」とばかりに太平洋をグッと睨んでいる。
頼もしい。

近寄って背後に回ると、金色のお釈迦様が横たわっていた。
いわゆる涅槃像である。
こちらは、太平洋に尻を向けて、テレビを見ているうちに知らず寝入ってしまったオバチャンのようなしどけないポーズ。

一体、なぜに両者は背を向け合っているのか❓

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答えは簡単。
お釈迦様は北枕で西を向いて亡くなったとされているからである。
そのエピソードに従うと、室戸岬東岸では海に背を向けざるをえなくなるのだ。
別に、本来顕教であるべき仏教を密教にしてしまった御大師様を怒っているわけではない。
(でも、空海は海、釈迦は陸に、顔を向けているって、なんとなく象徴的だ)

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「諸々の現象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させよ」




● ご褒美

今日はこれまで最長28キロ歩いた。
宿に着いたのは、18時ちょうど。(寄り道が過ぎた)
さすがに疲れたが、ご褒美も大きかった。



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奈半利から見た足摺岬に沈む夕陽




● 大ボケ小ボケ

昨日、高知市に到着した。
久しぶりの大都会は新鮮である。
31番竹林寺を打ち終えて、五台山に登って展望を楽しんでいたら、自転車で登ってきた若者に声かけられた。
高知大学のイケメン1年生だった。
眼下の夕暮れの市街地を眺めながら、しばし会話を楽しんだ😁

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多くの遍路は繁華街に立ち入らず、素通りして先を急ぐのだが、高知久しぶりのソルティはここでオフを取ることにした。

今日はホテル近くのバス停から、龍河洞に出かけた。日本三大鍾乳洞の一つである。
通常30分で回るコースを2時間かけて、じっくり見物した。
鍾乳石が1センチ伸びるのに100年かかると言う。それが十数メートルの柱になっているのだ。
まさに悠久。
2時間くらい短いものだ。

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帰りは、途中の土佐山田駅でバスを降りて、土讃線で高知駅に戻るつもりであった。
乗り鉄趣味は遍路していても変わらない。

列車の待ち時間に、駅前のレストランでシーフードカレーを食べた。
発車時刻ぎりぎりまで、新聞を読んでいた。

店を出て、高知駅までの切符を買っていたら、離れたホームに列車が入ってきた。
「あ、あれだ」
足早に跨線橋を渡り、列車に飛び乗った。
背後でドアがシュッーと閉まった。

全員同じ方向を向いているリッチな感じの客車を見て、気がついた。
「あ、急行に乗ってしまった!」

しかし、この時間に高知方面行きの急行はないはず。
もしかするとーー

社内放送がのたまわる。
「次は大歩危です」

反対方向(高松)に行く急行に乗ってしまった!

列車はみるみるスピードを上げて、深い山の中に入って行く。

自らの失態にあきれ果てて、呆然と車窓風景を眺めていたら、若い車掌さんが通りかかった。
事情を説明すると、ソルティの切符に「誤乗車」と書き入れて判を押してくれた。

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「次の大歩危で降りて、逆方向の列車に乗ってください」
むろん、そのつもりだ。が、
「大歩危までどのくらいかかりますか❓」
「40分くらいです」
「・・・・・。」

かくして、今、高知方面の列車が来るのを50分近く待ちながら、大歩危駅ホームのベンチでこれを記している。

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100年に比べれば、2時間ちょっとのロスくらいどうってことない😂😂😂












● セイタカアワダチソウ

この時期、高知を歩いて一番目立つ草花は、ススキでもコスモスでも芙蓉でもなく、セイタカアワダチソウである。
道路沿いに、田野に、山の中に、その名の通り、人の背丈を超える高みから、やまぶき色した穂のような花の大群が、通り過ぎる遍路たちを見下ろしている。

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見て愛でるような美しい花ではない。
それはいいとして、問題はこの花のすさまじいまでの繁殖力である。

この花は竹やスギナと同じように地下に根を張って仲間を増やしていくのだが、その際に根っこから毒(化学物質)を出して周囲の草花を根絶やしにしてしまうのである。
セイタカアワダチソウが土地の一角に生えると、もともとあった草花たちは姿を消して、あっという間に、あたり一面、黄色く染められてしまう。

外来種のセイタカアワダチソウが、日本の伝統的な秋の草花たちを一掃する。
かくして、単調で凡庸な秋の光景が広がっていく。

そんなことを考えながら歩いていたら、前方から来た70代くらいの男に声かけられた。

「何か悩みでもあるのですか❓」

「遍路=悩みがある」というイメージはやはり強いので、その問い自体には驚かないが、普通は、歩いている遍路に対してその問いを直接ぶつける人は、土地の人あるいは遍路同士を問わず、まずいない。デリカシーというか、プライバシーの問題である。
なので、その強引な声かけに不意をつかれ立ち止まった。

ひと呼吸置いて、
「いや、別にありません」
ソルティがそう答えると、男はちょっとがっかりしたようであった。
が、ひるまず問いかけてくる。
「真言宗を信仰してますか❓」
これもプライバシーの領域と思ったが、
「いいえ、違います」

もはやこちらの答えなど関係ない勢いで、男は続ける。
「真言宗は弘法大師空海が説いたけど、もともとはお釈迦様の教えです」
「????」
「でも、お釈迦様が本当に伝えたかったのは、法華経だったのです。涅槃に入られる前に、そうおっしゃられました」

こちらが何も知らないと思って、よくもまあそんなデタラメを言いやがって・・・・
と、内心あきれたが、この強引なこじつけが一体どこに落着するのかが気になる。

「だから、真言も浄土も方便です。法華経こそがお釈迦様の真実の教えです!」
そう力強く言って、男は一枚のパンフレットを差し出した。
見ると、日蓮正宗のお寺の案内だった。

男「道中お気をつけて」
ソルティ「ありがとうございます」

そう言って別れた。

お釈迦様の真実の教え・・・・ねえ。

周囲のセイタカアワダチソウが迫ってくるかのように暑苦しく感じられた。
































● 同行三人

四国遍路の旅は、弘法大師(杖)と一緒の同行二人と言われているのだが、高知に入ってからというもの、ソルティの旅は同行三人が続いている。

三人目は、高知県民なら誰もが知ってるアイドル的人気の可愛い女の子で、名前と緑色の瞳から、ハーフか外国人かと思われる。
最初に出会ったのは室戸岬に向かう途中の道の駅。
あまりの可愛らしさとおいしそうなオーラに、ソルティおじさん思わず手に取って、レジに連れて行ってしまった。

彼女の名前は、ミレーちゃん。


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高知市にある野村煎豆加工店が60年前から製造販売しているビスケットで、油で揚げた生地のサクサク感と香ばしさに、天日塩のまろやかな味付けが相まって、食べ始めたら止められない美味しさなのだ。
種類も伝統的なプレーン味のほか、コーヒー味、キャラメル味、ブラックペッパー味、南国ならではの柚味などいろいろ取り揃えている。
ソルティのお気に入りは、プレーン味とレモン味である。

ミレーちゃんキャラクターは、高知出身のやなせたかしがデザインしている。

このビスケット、コンビニには置いてない。地元のスーパーや道の駅や土産物屋で一番目立つ所に置かれている。そこがまたいい。

ソルティは常にリュックに小袋を一つ忍ばせておいて、長い遍路の休憩時につまんだり、素泊まりの夜の軽い夕食のあと、コーヒー片手に日記を書きながらボリボリ頬張ったりしている。

ぜひぜひ、食べてミレー!







● 足摺の奇跡 

現在、四国遍路88札所間の最長区間である37番岩本寺と38番金剛福寺の途上にいる。
四万十川を越えて足摺岬に向かう道で、その距離なんと80.7㎞。

2番目に長い区間は、23番薬王寺から24番最御崎寺までの室戸岬に向かう75.4㎞で、これを自分は一日20㎞ずつ歩いて三泊四日で完遂した。その時は、そのぐらいのペースが限界だった。

あれから広い高知を横断すること10日。その間に幾多の峠を越え、山の上にある札所を訪れ、シーサイドを黙々と歩き続け、日に日に脚力が付いてきた。太ももとふくらはぎの筋肉が増強し、毎日部活動で走り回っていた高校時代のような、はち切れんばかりのパンパンの足になった😁

一日20㎞が限界だったのが、20㎞では物足りない、急いでいるつもりはまったくないのに予約した宿に早く着きすぎてしまうようになった。
そのうち限界設定が一日25㎞になった。

いま、足摺岬までの80㎞を一日30㎞ペースで進んでいる。二泊三日で到達する。
自分でも、この進化に驚いている。

使わないと退化する。
使えば進化する。
当たり前のことなのだが、50才過ぎた肉体をあまりに見損なっていた。

明日はいよいよ足摺岬だ。

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四万十は 万万とまた 万万と



● 爽やかなオヤジたち

一週間以上、ほぼ同じペースで歩き、同じ土地で宿を取り、休憩所や札所でよく一緒になった二人の遍路仲間と、今日お別れした。

一人は地元香川在住のTさん。
定年退職して、「意気揚々と(本人弁)」遍路を始めたものの、足の痛みと腫れで断念寸前まで追い詰められた。ところが、「奇跡的に(本人弁)」腫れが引き、痛みもなくなった。そこからは60代後半とは思えぬ馬力と活力で、グングン歩いている。
よく舌の回る根っから明るいキャラクターで、よく笑わせてくれた。

いま一人はソルティと同じ東京から来ているKさん。
なんと22巡目のベテラン遍路である。55才で退職して、それから年に2回四国に来ている。なぜそんなことが可能なのか聞かなかったが、まずうらやましい身分である。ソルティやTさんのような新人遍路に、道や宿のことを始め、いろいろと役に立つ情報を教えてくれる親切な人だ。

道の上で知り合い、情報交換し、しばらく一緒に歩いたあと、別れていく。その後、休憩所や寺や宿でまた顔を合わす。そんなつかず離れずの関係が、遍路の典型的な交わりである。

歩く時は基本一人、いや弘法大師とミレーちゃんとの同行三人である。
人にはそれぞれの歩くペース、休むペース、写真撮影など寄り道するペースがある。短い距離なら、どちらかがもう一方に合わせることもできようが、何十キロにも及ぶ長い距離では、合わせ続けるのは無理である。マイペースを保とうという強い意志がなければ、とてもとても1200㎞歩き倒せるべくもない。
その意味で、遍路は孤独である。

しかし、同じ道を同じ目的地を目指して歩いている仲間が、自らの前方や後方にいるという思いが、歩き続ける力になる。

足摺岬突端の金剛福寺を打ち終わった遍路は、次の札所へ向かう3つのルートからどれか一つを選ぶ必要がある。
ソルティは、TさんやKさんとは別のルート、海岸線に沿って岬を回る最も長いルートを行くつもりだ。他の二つのルートより日数が余分にかかるので、二人からは遅れることになる。

足摺岬の手前で、すでに金剛福寺を打って往路を戻って来た二人と出会い、握手して別れを告げた。

ベテラン遍路のKさんには携帯番号を教えてもらったので、この先わからないことがあったら教えてもらえる。心強いサポートセンターを得た思いだ。

10日間弱の短い時間ではあったけれど、世代や立場や属性を超えた、爽やかな交流だった。


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落陽せまる足摺岬



















● 見残海岸の煙

天気の良い日が続いている。
高知に入ってから、レインウェアが必要なほど降られたのはたった一日だけ。それも高知の遍路道には珍しい、海岸沿いでなく内陸部を歩いた一日だった。
室戸岬から足摺岬まで、海岸を歩く時は常に夏日のような陽光の下、紺碧に輝く海が波打っていた。

言うまでもなく、晴れと雨とではまったく気分が違う。
雨の日は景色も沈んでいるし、レインウェアを着て防水したつもりが、歩いているうちに汗をたくさんかいて内側からぐっちょり濡れてしまい、ウェアが意味をなさない。
サウナスーツを着ているのと変わりない。

服はまだいい。
靴の中に雨が染み込むのが一番怖い。
足の裏が濡れると、マメが出来やすくなるからだ。
遍路は誰しも「ウェットシューズ恐怖症」になっている。

晴れている。
それだけでもう何もいらない。
十分幸せな気分になる。

今日は足摺岬をあとにして、奇岩の名勝・竜串海岸まで24㎞を歩いた。
到着後、四国中を修行で歩き回った空海が唯一見残した場所と言われる「見残海岸」へと、グラスボートで渡った。
グラスボートとは、船底に透明な板が取り付けてあって、船の中から水中の様子が覗けるボートである。

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サンゴ礁を泳ぎ回る南国の魚たちが、いかにも涼しげであった。

その後、見残海岸にただ一人上陸し、ボートが迎えに来てくれるまで小一時間ほど奇岩鑑賞した。

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24㎞歩き続けたあとで、アップダウン激しい岩場を小一時間散策できる自分に驚く。
余裕と言うよりも、好奇心のなせるワザだ。
足が疲れているにもかかわらず、長く急な階段を展望台まで登って、この目で景色を確かめざるを得ない。
「展望台」という表示にどうも弱い。

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なんとかと煙は高いところが好き、を地でいくソルティである。





● 出会いの洪水

足摺岬の西海岸を回るルートを選んだ結果、他の歩き遍路とほとんど会わなくなった。
今日見かけたのは、逆打ちしている一人の男だけ。
他のルートより時間が余分にかかるためか敬遠されがちだけど、もったいない話である。

西海岸の巨岩や奇岩や絶壁が黒潮との衝突によって創り上げるダイナミックな景観は、室戸岬とも、足摺岬の東海岸とも比較にならないド迫力。
気宇壮大という言葉がピッタリ。
ことに、叶崎あたりの光景は寒気がするくらいの荘厳さで圧倒されっぱなしだった。

今日は、遍路仲間との出会いが無くなった分、ほかの風物との出会いに満ちた一日であった。


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叶崎の休憩所に居着いている子猫たち。
人懐っこく、膝に飛び乗ってくる。
加重も厭わず、リュックに入れて東京まで連れて帰りたいほどであった。
新鮮な魚を食べつけているのだろう。
こちらが差し出したミレーちゃんには、見向きもしなかった。

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月山神社近くで見たウロコ雲。
天も地に負けずにダイナミックさを競う。


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月山神社へ続く山道にたくさん吊り下げられた地元の小学生のメッセージ。
きつい傾斜もなんのその。
大いに励まされた。


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大月町ご自慢のコスモス畑。
中を歩いていると、天国にいるかのよう。


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月山神社付近の木々はどれも根元から幹が複数に分裂して生えている。
専門用語で「株立ち」というらしい。
木の種類を問わず全山そうなので人為的なものではないと思われる。
不思議😮😮😮

むろん地域の住民ともたくさん挨拶し、会話を交わした。(お饅頭とリンゴジュースのお接待あり)


出会いの洪水に消化不良を起こしそうな日であった。

















● オフ中のオフ呂2

昨日、高知県の最後の札所である延光寺を打ち終わった。
疲れも溜まっていることだし、右足首に違和感もあるので、今日はオフにした。

土佐くろしお鉄道の東宿毛駅から30分ほど乗った中村駅に行き、少し前に雨の中を通り過ぎた四万十川に舞い戻る。

土日祝日は、土佐くろしお鉄道は一日フリー乗車500円とかで、往復で720円も得してしまった😁

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中村駅前の観光案内所でレンタサイクル(5時間1000円)し、四万十川を見に行く。

ずっと歩いている遍路の身には、自転車の速さは驚異的である。
坂を下るときなんか、つんのめりそうで怖いほどだ。

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快晴の四万十川は眩しかった。
が、思ったほど透明度は感じられなかった。
もっと上流に行けば違うのだろうか?

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雄大な景色を堪能したあとは、ネットで見つけておいた温泉施設に向かう。
やっぱりスマホは便利だなあ~

四万十温泉・平和な湯(600円)

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打たせ湯で両肩の凝りをほぐせたのがよかった。
露天風呂のリクライニングチェアに寝転がって、雲一つない青空を見ていたら、確かに「平和な」気分になった😴
風呂上がり恒例の体重測定では、なんと遍路開始前より5キロも減っていた😙


明日から愛媛に入る。
昨晩は壊れた竹笠と輪袈裟を修繕した。
(Pよ、裁縫セット役に立ったぞ!)

高知県、楽しかったなあ~
海、きれいだったなあ~
魚、うまかったなあ~

さよなら、四万十
さよなら、カツオのたたき
さよなら、ミレーちゃん



青空よ 見つめているのか 見られているのか









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