ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

 ★同行二人で行く四国遍路

● 愛媛入り

愛媛に入った。


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国道56号線の正木トンネルを抜けると、高知とはどこか違った“気“が感じられた。
やんわりした穏やかな“気“が。
相変わらず陽射しは強いが、四国の西海岸は風が強いらしく、汗ばむことはない。

秋らしい里山風景に心和む。

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右足首の違和感が続いているので、一日20㎞の初期設定に戻すことにした。
休憩も小まめに取る。
なかなか行程は進まないが、まだあと半分残っていることを考えれば無理は禁物。
ルートもなるべくアップダウンの少ない道を選ぶことにする。

そう。
今日の観自在寺でほぼ600㎞に達した。
ここは一番札所の霊山寺から最も離れた地点にあり、裏関所と呼ばれているらしい。
昔ながらの寺町風景と、全国共通のバイパス沿線風景が入り混じっている。

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今日は素泊まりなので、宿の自転車を借りてバイパス沿いのデカいショッピングセンターにご飯を買いに行った。
中華弁当とノンアルコールビール。
「龍馬1865」という銘柄は初めて見た。
なんでも、龍馬が初めてビールを飲んだのが、1865年だそうである。

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● 遍路小屋の再会 

この時期、高知がカツオのたたき攻勢だとしたら、愛媛はもちろんこれである。


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国道沿いの無人販売所に投げ売りのような価格で山と積まれている。
遍路でなければ喜んで5袋くらい買っていくのに、いかんせん重荷になる。
泣く泣く見送ることになる。

ある瀟洒なデザインの休憩所で休んでいたら、ミカンの袋を抱えた40代と覚しき男がやって来た。
靴下まで脱いでくつろいでいるソルティを見て、ちょっとビックリしている。
なんと遍路のための休憩所(遍路小屋)かと思っていたら、無人販売所だったのだ。

恐縮して謝ったら、
「良かったら、倉庫のほうで休んでください」
と言う。
まったく四国の民ときたら・・・・・!

「もう十分休んだので出発します」
と言うと、彼は手にした袋の中からミカン2個取り出して、こちらに差し出した。
「重荷になるから、たくさんはかえって迷惑でしょう」
よく分かっておられる。

その後の道中もミカン接待は続き、結局一日で半ダースもいただいた。
当地ではビタミンC不足の心配はなさそうだ。


それにつけても、地域の人々のお遍路サポート魂には驚くばかり。
個人的なお接待はむろんのこと、各地域で「遍路小屋」と呼ばれる東屋風の休憩所を建て、お遍路さんが疲れた足を休めるよう便宜を図ってくれる。
今日利用させてもらった愛南町の休憩所など、トイレ併設、エアコン付き、コーヒー・日本茶・紅茶サービス、まさに至れり尽くせりであった。
ほんと頭が下がるm(_ _)m


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こうした休憩所の多くには落書きノートが置かれていて、利用した遍路たちがメッセージを残せるようになっている。
当然、感謝の言葉が並んでいる。

ソルティも一筆書いて、ページをめくりながら他の遍路のメッセージをさかのぼって読んでいたら、高知市の宿で相部屋になった台湾人の青年と、足摺岬の宿で夕食を共にしたアメリカ人女性の名前を見つけた。

彼らもここに寄って休んだのか!

なんだかうれしい再会だった。













● トンネルか、峠か?

へんろ道は山が多い。
300メートル超える山が20以上ある。
うち15は500メートルを超える。

昔の遍路さんはみな、この山をひとつひとつ足で越えていったのだ。
頭が下がる。

今は道路が整備されて、多くの山では迂回路を取ることができる。
なによりかにより、トンネルが通っているところが多い。

遍路はそこで選択を迫られる。
昔ながらの「へんろみち」を選び峠越えするか、それとも車道を選んでトンネルを抜けるか。

トンネルを選べば、
①肉体的にラク。
②時間が大幅に短縮される(=距離を稼げる)
③道に迷うことがない。
④雨や雪や風をしのげる。
メリットが大きい。

一方、デメリットもある。
①排気ガスを浴びる。
②交通量の多い所は危険。
③景色が楽しめない。
④遍路気分を味わえない。
⑤ラクな道を選んでいる後ろめたさにかられる。

「俺はトンネルは一切使わない」と決めて歩いている猛者というか苦行マニアもいる。
へんろ道でなく国道ばかりを選んでトンネルメリットを享受する人もいる。
多くの遍路は、その日の気分や体調、予定の道のり(その晩の宿泊地)を鑑みて、随時どっちにするか決めているようである。
ソルティも基本そうなのだが、高知の終盤で右足首を痛めてからというもの、峠越えを回避して迂回路やトンネルばかり選んできた。
また、西予地方は7月7日の豪雨災害の爪痕生々しく、峠越えのへんろ道が土砂で埋まり、いまだに通行止めになっているところもある。
さすがの猛者もこれには逆らえまい。

大事をとって無理しないでいたおかげか、足の調子は良くなってきている。
一時は「疲労骨折じゃないか。通し打ち断念か」と覚悟を決めたほど、痛みが強かった。
どうやら、一日25キロを超えるとダメ出しが来るようである。
飛行機の手荷物制限か!

昨日は、標高470メートルの峠越えがあった。
43番明石寺のある西予市から、別格7番&8番のある大洲市に入る境にある鳥坂峠である。
例によって、国道56号線を歩いてそのまま鳥坂トンネルを通過するルートと、トンネルの少し手前でへんろ道に入って峠越えするルートがある。
ソルティは、リハビリの意味を込めて久方ぶりに峠越えを選んだ。
これから別格7番出石寺(812メートル)や久万高原のひわた峠(790メートル)が控えているからである。
文字通り、足慣らしが必要だ。
そしてまた、鳥坂トンネルは交通量がとても多いのに、道幅が狭くて、歩道がついていない。それが1117メートルも続く。
トンネル派でも回避したくなる物件だ。

峠に入る村道の入口でしばし休憩したあと、ストレッチしてへんろ道に入った。
まもなく山道が始まった。
大丈夫、痛みはない。
スイスイと登っていける。

やっぱり、へんろ道はいい。
空気は澄んでいるし、景観も目の保養になる。
靴底の感触もアスファルトとは違って、柔らかだ。
車だらけの堅い国道とは比べものにならない快適さ。

と、林道に出た。
標識に従って右折。
道は平坦になり、それから徐々に下っていく。
「おお、もう頂上に達したのか! 早かったなあ~」
甦った健脚にうれしさ一入である。

道なりに進んでいくと、不意にとんでもない光景が現れた。

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どう考えても、これは通行止めである。
道を間違えたに違いない。
標識を見落としたのだろう。
あるいは、さっきの分岐で右と左を取り違えたか。
それにしても、通行止めの標識がなかったのはどうしてだろう?
それすら見落とした?

しばらく呆然と土砂の山を眺めていた。
「戻るしかないか」
が、さっきの分岐から歩いてきた距離を思うと、簡単に引くに引けない。
ここはスマホの出番だ。
Google Map様々だ。

GPSで現在地を確認する。
山中なので今いちよくわからないが、さっきまで歩いていた56号線が近くを走っている。
そこに出ればなんとかなる。
問題は、この土砂の向こう側らしいということだ。

イチかバチか、土砂山に登ってみた。
見ると向こう側にはきれいな林道が続いている。
崖崩れはほんの一角だけみたいだ。
そのまま土砂山を越えて、向こう側に降り立った。
良い子はマネしちゃいけない。

GPSを頼りに道なりに下っていくと、木々の間から国道56号が下方に見えた。
ほっとした^_^;

さらに下っていくと、道の真ん中に「通行止め」の標識があちらを向いて立っていた。
「やっぱりな」
その脇を通り抜けて小さな村落を下っていくと、国道に合流した。
「やれやれ。どうにか峠は越えたようだ」

だが、どうも目の前に広がる国道沿線の里山風景に見覚えがある。
トンネル前から分け入ったへんろ道に似ている。
もしかして・・・

GPSで確認する。

鳥坂トンネルはすぐ近くにある。
その向こうが大洲市だ。

!!

なんとまあ、ソルティは結局、トンネルの左側から山を登って、トンネルの上を通過し、トンネルの右側に降りたのであった!

・・・・・・・。

もちろん、もはやトンネルのデメリットなぞ目じゃない。
長い長い鳥坂トンネルに足は向かった。

かくして、トンネルも、峠も、制覇したのである。

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● 金山出石寺の夕日

伝統的な88の札所とは別に、特別にピックアップした四国各地の弘法大師ゆかりの20のお寺を別格霊場と言う。
1968年創設だから、今年がちょうど50周年である。
88+20=108で、合わせて回れば煩悩の消滅が期待できる・・・・らしい。

別格札所は、88の基本へんろ道のルート上に位置しているものもあれば、88ルートから離れているものもある。
いくつかは、離れている上に、山頂にある。
108すべてを打つのは大変なのである。

実はソルティは、別格札所も回っている。
煩悩の消滅を期待しているわけではもとよりない。
2ヶ月の予定で回っているので、別格もこなせるだろうと単純に思ったのだ。
これまで徳島と高知の6つの別格札所を比較的楽に打ってきた。

しかし、ここに来て問題発生。

右足首の痛みである。

一時は、通し打ちの断念まで考えたくらいなので、回復傾向にあるとは言え、無理はしたくない。
88ルートから離れた厳しい場所にある別格を打ちに行ったせいで、痛みが復活し、88札所も回れなくなったら元も子もない。

88を完遂することを最優先し別格は捨てよう、と決めた。
少なくとも基本ルートから離れた別格は次の機会に回そう、と。

愛媛に入ったら、徐々に足の具合は回復してきた。
ゆっくりしたペースで、適宜休憩を取りながら、一日25㎞以内に抑えれば、大丈夫なようだ。

回復してきたら、欲が出てきた。
「別格も続けられるのではないか?」
「せっかくここまで打ってきたのだから、あきらめたらもったいない」
「次の機会なんか当てにならんぞ」

そこに迎えたのが、別格7番金山出石寺であった。

基本ルートから14㎞離れている上に、812メートルの山頂にある。
往復するのに一日がかりだ。
別格の中でもトップを競う難所である。
 
 どうしよう?

数日間、歩きながら悩んでいた。
悩みながら歩いていた。

別格にこだわる必要はまったくないと思う一方で、スキップしたことをあとから後悔するのではないか、とも思う。
無茶しないのが賢明だと思う一方で、臆病風に吹かれているだけな気もする。
「山登りはお前の十八番だろう?」
「いや、だからこそ山の怖さが分かるのだ」
自分の中で、若者(イケイケ派)と大人(やめとけ派)が議論している。
「どっちにしろ、どうでもいいことじゃん。遍路なんて暇な人間のお遊びだろ。くだらん」
と達観する者もいる。

昨夕ついに大洲市に到着した。
別格7番の出発地である。
ここを離れたら、もうあきらめることになる。

宿にチェックインしたあと、思い余ってKさんに電話した。
高知のへんろ道で知り合ったベテラン遍路である。
Kさんは言う。
「別格7番の道について詳しい人がいるから、彼に聞いてみたらどうかな?」
遍路に人気ある大洲のT旅館の名を挙げた。
そこの主人が詳しいらしい。

ソルティはさっそくT旅館に電話をかけた。
すると、ご主人は別格7番へ行くわかりやすい資料をくれると言う。
「ありがとうございます。今から取りに伺います」

15分ほど離れたT旅館に着くと、ご主人が出てきた。
思ったよりずっと若い。
なかなかのイケメン。
「まあ、上がってください」
応接間のようなスペースに案内され、ご主人作成の地図をいただき、ルートのポイント部分を撮った写真を示しながら手取り足取り説明してくれた。
もうこの時点で、ソルティの不安はすっかり解消されていた。
「よし、明日行こう」

あとから考えたら、Kさんに電話した時点で、行くことは決めていたのだ。
ソルティは後押しが欲しかったのだ。

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そして今、出石寺の宿坊にいる。

山道は思ったほど険しくなかった。
整備が行き届いて、道標もこまめにあった。
T旅館のご主人からもらった地図は完璧なガイドだった。
いつものことながら、案ずるより産むが易し。

雲の下に、朝の大洲の町を見下ろす神秘的光景。
標高の高い山寺だからこそ味わえる清新な大気。
伊予灘を挟んで国東半島に沈む夕日と、その南に横たわる大分県と宮崎県。
108の札所中、四国から九州が見えるのはきっとここだけだろう。
そして今、滅多に味わえない独りきりの宿坊の深い静寂に満たされた夜。

本当に来て良かった。
あきらめないで良かった。

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● ノーベル賞のふるさと

弘法大師がその下で野宿したという十夜ヶ橋から久万高原に向かう途中に、内子という町がある。
江戸や明治の伝統的な造りの町屋や豪商の屋敷が今も残るタイムスリップな町並みが、興趣をそそる。
そこから小田川に沿って二里ほど山の中に入ったところに、大瀬の里がある。
ノーベル文学賞作家・大江健三郎のふるさとである。

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燃料店をしていたという実家は今も残っていて、内子ほどではないにせよ、瀟洒な家並みの中にある。

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二十代の頃、この作家にはまったソルティにとって、ここはいわゆる“聖地“と言える。
彼の小説(とりわけ初期)の原風景はここにあったのか!
と、ワクワクしながら小さな集落を歩き回った。

その後、また遍路に戻り、しばらく歩いていたら、80才はゆうに越えていると思われる翁に遭遇した。
道行く遍路にお接待したり、病気や事故で困っている遍路を助けたり、近くの名所まで道案内したり、遍路との交流エピソードの尽きない人だった。
そんな話を聞いていたら、自然、大江健三郎の話になった。

なんと翁は、大江の親戚筋だったのである。
若い頃、大瀬まで店の手伝いに行ったこともあると言う。
翁曰く、
「とにかく子供の頃から頭が良かった。あんまり出来がいいから、内子の学校まで越境通学していた」

さもありなん。

「ノーベル賞取った時はマスコミが押し寄せて、そりゃあ、たいへんな騒ぎだったよ」

とてつもなく澄みきった小田川のほとりの、この小さな山間の里が一躍脚光を浴び、揺れに揺れた光景を想像し、心がニンマリした。

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文豪を「健ちゃん」と呼ぶ 大瀬老














● 秋からのお接待

久万高原の45番岩屋寺あたりは、天を指して聳え立つ奇峰・奇岩群で知られるところである。
お寺自体も巨大な岩壁のたもとにあって、巨岩の細い隙間を鎖や梯子を頼りに登っていく「せりわり禅定」という修行場がある。

このお寺からの帰り道の国道沿いに、「古岩屋」という奇峰群の名所があって、UFOでも飛来しそうなアリゾナ的非日常雰囲気が漂っている。

ちょうど今、紅葉真っ盛りだった。

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延々3時間半の登りの疲れが一挙に癒やされた。
秋の山々からのお接待であった。






● オフ中のオフ呂3

ついに松山市に来た。

ここには何百年も前からの遍路のオアシスがある。

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道後温泉は日本最古の温泉だという。
当地出身の一遍上人はもちろん、空海や聖徳太子、さらにさかのぼって大国主命も入ったそうだ。
ソルティは初めてである。

遍路の大先達である江戸時代の真念が書いたガイドブックによれば、「道後温泉には5つの湯壷」がある。
案内パンフレットを確かめたら、今も同じ5つであった。
江戸時代は身分によって入る湯壷が違っていた。
5番めの湯壷は「非人と馬」専用だったらしい。
今はどの湯壷になっているのだろう?


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現代は身分ではなくて、懐具合で5つのコースに分かれている。
ソルティは奮発して上から2番目の1250円コースを選んだ。
タオルとみかん石鹸と浴衣付きで、3つの湯壷(男の場合)に入れて、湯上がりは専用休憩室でお茶とお菓子がいただける。
漱石や子規が過ごした明治時代の空間から、朝まだき平成の道後の町を眺める。
ちょっと贅沢な時間😉

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だけど、ここは一度行けば十分だな。
確かに湯の質は良いけれど、休憩も含め1時間以内という時間制限がある。
朝(6時開業)から列を成す人気名所なので仕方ないが、のんびりはできない。

午後は荷物をホテルに預けて松山観光。
と言っても、松山城を遠目に見て、中心街をぶらぶらして、路面電車に乗れば、余は満足である。
途中見つけたスピード床屋でスポーツ刈りにした。

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JR松山駅前のホテルにチェックイン。
夜は近くの温泉施設に出かけた。
650円で時間制限なし。
やっぱ、これでなくちゃ、ネ。

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行程は残り3分の1。
路銀も残り少なくなった😂😂😂
あと20日以内で結願しなければなるまい。

一日一日を大切に楽しもう。









● 遍路タイム

通し打ちも1ヶ月も過ぎると、遍路生活が板に付いてくる。
非日常であったはずの遍路が日常に移行し始め、自分なりの一日のスケジュールが出来上がってくる。

ソルティの一日はおおむね次のように過ぎる。

5:30 起床(夜が早いから自然目が覚める)
   荷物を取りまとめる
6:00 朝食
6:45 排便
7:00 宿をチェックアウト
   歩き開始

ソルティは50分歩いたら8分休みを取るサイクルにしている。(山登りの時と同じ)
午前中に4回、このサイクルを繰り返したところで、30分程度のランチ休憩。
午後は3回繰り返して、歩き終える。
このサイクルの合間合間に、札所でのお参りと納経(寺での滞在時間は20~30分)や、通りすがりの地元住民との会話や、興味を惹かれた事物の寄り道が入るので、宿に着くのはいつも4時くらいになってしまう。

4:00 荷物を解いて汗だくの服を脱ぎ、一服
4:30 お風呂
5:00 洗濯
   明日の行程チェックと宿の予約
   出納帳をつける
6:00 夕食(他の遍路との交流)
7:00 日記をつける(余裕があればブログ更新)
8:00 横になって瞑想(足の疲れで坐が組めない)
   今後の行程をあれこれ検討しつつ就寝

健康的な生活である。
遍路に出て、いろいろな病気が治ったという話をたくさん聞くが、さもありなんと思う。
運動不足と食べ過ぎと思い煩いの3つが無くなれば、日本人のたいていの病気は良くなるだろう。
80才90才のベテラン遍路を多く見かけるのも不思議なことではない。

だが、遍路たちを待っている別の病がある。
難治性の厄介な病である。

「お四国病」

四国遍路を一度経験した者が、遍路の魅力に取り憑かれて、何度も繰り返さざるを得なくなる。
ある意味で「遍路アディクション」と言ってもいいのかもしれない。
ソルティのこの旅のサポートセンターであるKさんなど、まさにそうだろう。
年2回の通し打ちを10年以上続けているのだから。
彼曰く、
「お彼岸になると、行きたくなるんだよね~」

四万十のオフ中に中村駅で出会った60代のおばちゃんは、まさに結願し終えたばかりで、高知の友人に会いに行くところだった。
興味津々で遍路の感想を伺ったら、こう言った。
「これが最初で最後。もう二度と来ない!」

ソルティは果たしてどんな感想を抱くのだろう?
遍路タイムからの社会復帰は可能なのだろうか?

ま、なるようになるほかない。


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ここからは 右頬灼ける 瀬戸内海

















   


   

● 菊のお接待 

朝7時半、伊予亀岡駅から歩き始めたソルティの足取りは軽快とはほど遠いものであった。

昨日は松山市内からこの伊予亀岡までの約32㎞を歩き、そこから予讃線に乗って、宿のある伊予北条まで戻った。
何時間もかけて歩いた道をわずか20分で帰っていく徒労感。
疲れが倍増した。

その上、どうやら風邪を引いたらしい。
喉の痛み、鼻水、痰、咳、体熱感、だるさ。

昨夜は早めに布団に入って、しっかり眠るつもりだったが、そうは問屋が卸さなかった。

泊まったのは民家を改造したユースホステル。
夜遅くまで元気なユースのはしゃぐ声が聞こえていた。
飼っている犬の吠える声も。

ユースでない自分をしっかり痛感させられた😥😥

そんなわけで、足取り重く伊予亀岡駅を出発したソルティであった。

駅前からへんろ道に入って、すぐのところで思わず足を止めて、感嘆の声を上げた。

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手入れをしているおばちゃんに話を聞くと、もう何十年も趣味で育てていると言う。
段上になるよう丈を長短揃えて、花球が大きくなるように咲かすのは、技術がいるそうである。
「ここはへんろ道なので、通りかかった遍路さんの目の保養になればと思って・・・。毎年、夏から準備しているんですよ」

今、9割の開花状況とのこと。
「あと数日で終わりでしょう」

「きれいに咲かすには根をしっかり張らせないとダメ。人間と同じ。すぐにぱっと咲くのは、小ぶりですぐに枯れてしまう。じっくり栄養つけて根がしっかり張ると、最後に大輪の花をつける」

いささか耳の痛い言葉ではあったが、まさに開花時期にここを通りかかった幸運に感謝した。

その後の足取りが軽くなったのは言うまでもない。












● 風邪の功名

ユースホステルの寝苦しい一夜の反動から、昨夜は誰もが知っている大手チェーンホテルに泊まった。
素泊まり4800円は遍路宿としてはやや高めだが、健康には代えられない。
風邪をこじらせると厄介なので、思い切って明日はオフにしてホテルにこもっていようと決めた。
天気予報は午後から雨模様と言っているし。

フロントに連泊を頼んだところ、
「明日は満室なんです」
ビジネス客で埋まっているそうだ。
「こんな愛媛の片田舎で?」
意外であった。
災害復興関連の業者だろうか。

うまくいかない日もある。

今朝はチェックアウトぎりぎりの9:50まで部屋で横になっていた。
風邪薬を飲んでホテルを発った。

ベテラン遍路が作成した「歩き遍路ハンドブック」(ビギナー必携)に載っていた素泊まり3000円の安宿まで移動して、そこで養生することにした。
14キロ程歩かなければならないが、そのくらいなら症状が悪化することはないだろう。

午後3時ジャスト、宿に到着した。


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モーテルを遍路宿に改造したつくりで、各部屋はまんまモーテルの一室である。
ホテル以上の独立感がある。
畳敷きの部屋はきれいで、6畳+3畳の広さ。
風呂はないが、トイレがついている。
(近くに温泉あり)


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ゆっくり休めそうだ。
そしてまた、オーナーのおばちゃんの親切なこと!
予約時に、風邪を引いたことを伝えていたのだが、到着したらバナナとヨーグルトとゆで卵と栄養ドリンクと生姜湯が用意されていた。
素泊まりなのに・・・

道中のコンビニで買ったパンとチーズでささやかな夕食とっていたら、ノックがあり、餃子の差し入れがあった。
無料で洗濯もしてくれた。
素泊まりなのに・・・

朝、遍路の支度をしていたら、ノックがあり、
「朝ご飯、下に出来てるけんね」
素泊まりなのに・・・!

ここに泊まった外国人遍路がブログで推奨したせいで、外国人が次々訪れるそうだ。
日本の世話焼きおばちゃんの「おもてなし」に、世界がぞっこん参っている。

連泊して、ここを拠点に近場の札所を回ることにした。

風邪を引かなかったならば、この宿に足を止めることはなかった。
チェーンホテルが満室でなかったならば、この宿に泊まることはなかった。

風邪の功名、とでも言おうか。

「やって来た出来事は、抵抗せず、おいらかに受け止めよ」
お大師さまがそう告げている気がした。


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● 五十中年漂流記

今日は小雨のぱらつく肌寒い一日だった。

宿から10㎞圏内にある別格札所2つを打ちに行こうと支度したが、どうも気が乗らない。
天候のせいもあるし、まだ風邪が抜けきっていないせいもあろう。
頭はGOを出しているが、体と心はSTOPと言っている。
後者の声に従うことにした。

午前中は布団の中でゴロゴロしていた。
昼前に宿を出て、買い物に出かけた。
やはりSTOPして正解だった。
冷たい雨が降り続いている。

今いるのは西条市の壬生川(にゅうがわ)駅の近くである。
昨日国道196号を歩いていて、沿線に大きな古本屋の看板を見かけ、気になっていた。

退屈な午後を読書でもして過ごそうと思う。


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店に入ったはいいが、何千冊とある本の中から何を選んだものか。

遍路中なので、サクッと読めて捨てられる文庫かマンガが良い。
難しい本は気分的に受け付けない。
ミステリーは睡眠不足になりそうでこわい。
軽くて、面白くて、遍路の足が進みそうな本って?

1時間近く棚から棚へ渉猟し、
「あっ、これだ!」
2冊選んだ。


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心霊マンガは趣味なのでご愛嬌😉
ヴェルヌの古典は、子供向けに書かれたものしか読んでいなかった。

軽くて、面白くて、遍路中に読むのにぴったり!

スーパーに寄って昼飯を買い、宿に戻る。
と、世話になっているベテラン遍路のKさんから電話が入った。
「今さっき結願しました。いろいろありがとうございました」

お礼を言うのはこっちのほうだが、それよりも、

(二十日前は一緒に歩いた仲なのに!)

ソルティの遍路はまさに漂流の域に達しつつある。















● どうでもいいこと

札所62番宝寿寺をめぐる問題については、メディアで話題になったこともあり、耳にした人もいるだろう。

88の札所で構成される「四国八十八ヶ所霊場会」と62番宝寿寺が裁判で争った結果、宝寿寺が正式に脱会してしまった。
霊場会は新たな62番札所を61番香園寺の駐車場内に作り、巡礼者がそこで参拝や納経できるよう図った。

かくして、62番札所が2つ出現!という未曾有の事態になったのである。

両者が争うことになったそもそもの原因や、それぞれの言い分について、詳しいことはよく知らないし、あまり関心もない。
未曾有と書いたけれど、どの業界にもよくある「巨大組織v.s.一匹狼」的な揉め事の一つと言えなくもない。

遍路にとっての問題は、「どちらの札所で62番を打つか(ご朱印をもらうか)」という点のみにある。

趨勢としては、61番駐車場(以下、ソルティ命名「パーキング62」)に流れているようだ。
61番と63番の納経所には、パーキング62を勧める文言が書かれた紙が張り出してある。
バスツアー等の団体遍路は、パーキング62に集中しているようだ。(駐車しやすいのは大きなメリットである)


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元々の62番札所(以下、同様に「オリジン62」)は、納経書のご朱印料を霊場会共通の300円から倍の600円に上げている。
参拝者が減って経済的に苦しくなったのは間違いなかろう。


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さて、どちらで打とうか?
フトコロ具合からすると、パーキング62がお得だ。
61番の帰りがけに寄れるので、手軽でもある。
が、本尊がおられるのは、言うまでもなくオリジン62である。

どうする?

ソルティは別格札所も回っているので、1札所に1ページが割り当てられている88札所専用のものとは別に、別格用の白地の納経書も携行している。
つまり2冊持っている。
出費を惜しまず両方もらおうか。
そう思った。

が、61番を打ったあとパーキング62の横を通り、その仮設的なたたずまいを見て、どうにも立ち寄る気が起こらず、そのまま通過してしまった。
どこかに、世間的にみれば不器用で愚かな一匹狼に対する共感めいたものがあったのかもしれない。

いずれにせよ、大事なのはご朱印を集めることではなく、弘法大師ゆかりの場所で読経し祈ることであろう。

そんなわけで、オリジン62に礼拝し、ご朱印をもらった。

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ま、どうでもいいことである。




























● どうでもいいこと2

四国遍路にはいろいろな慣例というか、決まりごとがある。
誰がいつ決めたのか、もはやよく分からないが、初心者のためのガイドブックなんか見ると、まず書いてある。

例えば、

1. 札所では般若心経を唱える 
2. トイレでは輪袈裟を外す
3. 橋の上では杖をつかない
4. 知り合った遍路仲間やお接待を戴いた相手には、名前と連絡先を書いた納め札を渡す

といったことである。

最初のうちはソルティも「郷に入っては郷に従え」の謙虚さで決まりを守っていたのだけれど、今やどうでもよくなってしまった。


1. 般若心経を唱える

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もともとそれほど好きなお経ではない。
なぜ、観自在菩薩が、阿羅漢であり完全な悟りに達しているはずのサーリプッタ(舎利子)に今さら仏法を説くのかよく分からない。
最後の呪文も意味不明である。

が、そこを抑えて1番札所では唱えた。

2番札所で唱えようとしたら、隣りに来た関西弁のおばさんが大声で願い事をまくしたて始めた。
娘の病気が良くなりますようにとか、孫が無事大学に受かりますようにとか、個人的なことである。
それが7つか8つくらいあった。
それから叩きつけるように般若心経を唱え始めた。
それを横で聞いていたら、気持ちが悪くなってしまった。

過去から現在までの膨大な人々の願いごとや呪詛、すなわち欲や怒りが、般若心経には纏わり付いている。
それが札所の空間に消える暇もなく立ち込めている。
そんなイメージが湧いた。

3番からは唱えていない。


2. トイレで輪袈裟を外す

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輪袈裟は、お坊さんの着る袈裟の代用である。
お坊さんはトイレに行くときわざわざ袈裟を脱ぐだろうか。
まさか!

なぜ輪袈裟はいけないのか?

思うに、男の場合(むろん昔は男だけだった)輪袈裟をつけたまま小便すると、誤って輪袈裟の先端を濡らしてしまうからじゃないか。

が、そもそも袈裟はその名も糞掃衣(ふんぞうえ)と言われたくらい粗末なものだったのである。
何を気取る必要あろう?

ソルティは輪袈裟を後ろに回して小便している。(さすがに大の時は外している!)


3. 橋の上で杖を突かない

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これは別格8番十夜ヶ橋(とよがばし)の故事から来ているらしい。
修行中の弘法大師が十夜ヶ橋の下で野宿した。
なので、杖の音を立ててお大師様を起こしてはいけない、ということだ。

だが、実際の十夜ヶ橋は杖の音どころか、朝から晩まで車がひっきりなしに行き交う超騒音地帯である。

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思うに、昔の橋は木でできていたから、巡礼たちが杖をつくと木材が傷み劣化が激しくなる。
それを避けるためにそういう戒めが生まれたのではなかろうか。

ソルティは最初のうちは橋が来ると、意識的に杖を上げていた。
今は橋を気にせずに歩いている。
なのに不思議なことに、橋が来ると杖を持つ手が自然と上がる。
歩いていて、ふと杖を持つ手が上がるので、「どうしたんだろう?」と思ったら、目の前に橋があった、なんて展開も多い。


4. 納め札について

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本来、お参りした記念に、お堂の前に設置してある納札箱に入れるものである。
四国ではそれが、遍路同士の連絡先交換やお接待のお礼として使われている。

納め札に何らかの効用というか価値が付与されている。
それが高じて、巡礼した回数によって使用できる納め札の色が決まっている、なんてアホくさいことが起きている。
1~4回は白、7~24回は赤、25~49回は銀、50~99回は金、100回以上は錦というように、納め札に冠位十二階ばりの格付けがあり、上位のものほど有り難がられる。
錦色の納め札を求めて、納札箱をあさる人もいるらしい。

アホくさ。

遍路に来てまで、そんな俗世間的なランキングごっこやって、どうしようというのか?

馬鹿らしくて付き合っちゃいられん。

連絡先を交換したいなら、携帯番号かメールアドレスで事足りる。

徳島の瀬戸内仏具店で買った納め札は、ほぼ使われないままリュックの底で眠っている。


もちろん、遍路の決まりごとを大切に思い、一生懸命やっている人もいるので、あえて口に出して否定することはない。

ただ、弘法大師が現状を見たらどう思うだろう?
お釈迦様だったらどう言われるだろう?
そう考えると、

「どうでもいいや」

と思うのである。

































● 徳島戻り

いま、徳島にいる。

と言っても結願したわけではない。
別格15番箸蔵寺は徳島県の北西に位置しているので、別格打ちの遍路は愛媛県と別れて香川県に入る際に、徳島県を経由することになるのだ。

その名も境目トンネルを通り抜けて、なつかしき阿波の大地に舞い戻った。


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今夜は阿波池田という吉野川源流近くの町に泊まっている。
世界中から、ラフティングする若者達がやって来るそうで、東洋町のサーフィンと言い、今治のサイクリングと言い、四国のアスレチック大国ぶりに驚かされる!

阿波池田から土讃線で5つ離れたところに、過日ソルティがボケをかました大歩危駅がある。
つまり、だんだんと出発地点に近づいている。
うれしい気持ちとさみしい気持ちが交差する、まさに境目にいる。

思えば愛媛では、足を痛めたり、風邪で寝込んだり、道に迷ったり、道を間違えたり、何かと滞りがあった。
夏そのものの高知から急に晩秋の伊予に放り出され、遍路仲間もグンと減って、心細い気分も味わった。
俗に、“発心の徳島、修行の高知、菩提の愛媛“というけれど、ソルティにとっては、“脱俗の徳島、悦楽の高知、苦渋の愛媛“という感じだった。
それだけに、愛媛のへんろ道や宿で受けた数々のお接待が身に沁みた。

札所中一番高いところにある(912m)雲辺寺を打ったら、“涅槃の香川“である。

どんな香川になるのだろう?


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別格14番常福寺(椿堂)の秘仏、“福の神“

地域の古くからの道祖神信仰の色を感じるが、ある意味、これが最も密教的=空海的である。


ご朱印に 型取りしたき 魔羅光る

























● 大ボケ小コボケ2

なんとも不思議な巡り合わせで、今日は因縁の大歩危に行ったのである。



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阿波池田の宿を発って別格15番箸蔵寺を打ち、また同じ宿に戻る。歩行距離20㎞弱の、いわゆる「打ち戻り」が本日の予定だった。
午後2時頃には歩き終わってしまうが、箸蔵寺から19㎞離れた次の雲辺寺(標高910m)まで行くにはちょっと無理がある。
たとえ行けても宿泊に困る。

そんな話を昨夕、宿の管理人さんにしたら、
「それなら、昼から大歩危に連れて行ってあげよう。車ですぐだから」
と言われる。
感謝感激何とやら、お願いした。


箸蔵寺は見事な古刹だった。
広い境内は晩秋の澄んだ大気に被われて、紅葉が陽の光に燦めいていた。
無事打ち終えて、寺の駐車場でランチし、管理人さんの車を待った。
小春日和である。


吉野川沿いに国道32号線を登って行き、祖谷口橋(いやぐちばし)、小歩危、大歩危と巡る。
途中からは、祖谷川沿いの雄大な渓谷を縫うように走って、有名な「祖谷のかずら橋」に寄った。


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名産の祖谷そばを食べたり、アスレチック施設のゴーカートに乗ったり、たくさんの外国人(台湾人が多い!)に混じって土産物屋を覗いたり、観光客そのものの半日。
遍路の身であることをつい忘れそうになった。


こんなラッキーな経験ができたのは、ソルティの人徳ゆえーーではない。
数日前から、アメリカ人女性と一緒に歩いているおかげである。

彼女との馴れ初めはそのうち触れるとして、「たった一人ではじめての四国遍路をしている外国人女性」を目の前にして、四国民の誰が優しくしないでいられようか?
しかも、彼女は愛嬌があり、礼儀をわきまえており、なかなかの美人と来ている。

彼女に降り注ぐ厚いお接待の余波が、一緒に歩いているソルティに及んでいる。
いわば、おこぼれに預かっている?

もとい、計算ずくで一緒にいるわけではない。
「もちつもたれつ」の関係だと思う。
日本語がそれほど達者でなく、携帯電話を持っていない彼女の代わりに、これまで何度か宿の予約を代行した。 

昨晩は同じ宿に泊まり、今日は出発時刻は違えどーーー歩く速さが違うのでーー箸蔵寺を同時に打ち終え、駐車場で管理人さんの迎えを一緒に待ったわけである。

ソルティだけだったら、ここまではしてもらえなかったと思う。


数日一緒に過ごしてみて気づいたのだが、似たもの同士で、彼女もよくボケをかます。
今日は、寺に行く途上、カメラと杖の置き忘れをして都合3㎞ロスしたと言う。

大ボケ&小ボケコンビかも・・・。


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泊まっている宿から見える吉野川風景。
この風景に惹かれ、「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」の林芙美子は、この町に10日滞在したそうだ。

納得!
































● 香川入り

寒さに震えた雲辺寺を打ち終えて、ロープウェイを横目に下山路をとる。
標高が下がるに連れ、植生が針葉樹から広葉樹に移るに連れ、面白いように寒さが薄れていく。
ロープウェイふもと駅に到着したときには、冬から春に逆戻りしたかのようだった。

駐車場に並ぶ車のナンバープレートを見て、実感した。
「ついに香川に入った!」


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目の前に広がる、霞む瀬戸内海を背景にした池の散在する平野は、明らかに高知とも愛媛とも徳島とも違う、讃岐ならではの光景である。


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のどかで、どことなく上品で落ち着いた空気が、心身をくつろがせる。
聖サンフランチェスコが生まれ育ったイタリアのアッシジを思い出した。

そう、ここはお大師様の生まれ故郷である。

泣いても笑っても、あと10日以内に結願する。
信じ難いことだが、本当だ。

ここは、日本で一番小さい県なのである。
(北海道の1/42だとさ)

















● 只今お四国遍路中

四国てくてく坊や







● 満濃池の賜物

香川県は池が多い。
小高い山から見下ろすと、田園のあちらこちらに大小の池が散らばっている。

だがこれは、香川の水の豊かさを示すものではなくて、むしろ逆なのである。
雨が少なく、川も少ないこの地方は、昔から渇水対策が盛んだった。
池はどれも溜め池、すなわち灌漑用の人工池なのである。

その最大のものが南西部にある満濃池、8世紀初頭に讃岐の国守・道守朝臣が築き上げ、決壊を繰り返していたのを、9世紀初頭に弘法大師空海が中国から持ち帰った技術と多大な人手により修復した、いわゆるダム湖である。


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映画『空海』(1984年東映)では、満濃池修復シーンが一大スペクタクルとしてクライマックスを形成していた。
四国遍路に行くと決まった時から、最も行くのを楽しみにしていた。
ここには別格17番神野寺がある。

連休初日のこんぴら様(金刀比羅)の賑わいに混じって、長い長い石段を今や苦もなく上りきり、参詣後はお約束のうどんを食べた。
そこから一時間強歩くと、満濃池のある丘が見えてくる。

自然、足が速まる。
このワクワク感は、室戸岬以来だ。
ある意味、今日がソルティ的には四国遍路クライマックスかもしれない。


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紅葉の山々に囲まれた満濃池は、豊かな水を湛え、静かで平和で、美しかった。
心安まる光景は、結願迫る一遍路への四国からの、お大師様からの祝福のように思われた。

帰りは、讃岐らしい田園風景の中を歩いた。
この黄金に燃える稲の実りこそ、満濃池の賜物なのである。


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奇しくも今日11月23日は、新嘗祭であった。









● トンネルより怖いもの

四国遍路していて、いやでも気づかざるを得ないことの一つは、かつての繁華街のさびれようである。
これはもう本当に、目も当てられないくらい凄まじい。

昔からのへんろ道は宿場の街道沿いを通っているので、つい数十年前までは、そこが町一番の目抜き通りだった。
様々な店が立ちならび、たくさんの人で賑わったはずである。
休日は家族連れが多かったであろう。
その殷賑のなかを、遍路たちは黙々と通り抜けて行った。

それが今やこのありさまである。


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上は、香川県有数の都市の一つである坂出市の駅前通り。
通ったのは日曜日である。

閑散としている、なんてもんじゃない。
廃墟に近い。
アーケードがまるでトンネルに見えた。
夜は怖くて入れないかも・・・

やっと人の姿が見えたかと思えば、路上でキャッチボールする子供たちだった。


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人々はどこへ行ったのだろう?

その答えは坂出駅前に行ったら分かった。


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「無常、無常」

そう心の中で呟いて、街をあとにした。









● 五色台の韓国人

高松市の五色台は紅葉の名所として知られている。
この山の中腹に81番白峰寺と82番根香寺(ねごろじ)がある。

秋の初め(9月末)に旅立ったときから、ここを打つ時にタイミング良く紅葉シーズンにかち合わないかなあ~、と願っていた。

ドンピシャであった!


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特に根香寺境内の美しさは、京都の紅葉の名刹に匹敵する。
平日にも関わらず、多くの人が訪れていた。

今日でちょうど歩き始めて2ヶ月になる。
55日くらいで結願する目算だったが、高野山参りも含めれば65日くらいになりそうだ。
のんびりペースのおかげで、素晴らしい紅葉を拝めたわけである。

五色台から83番一宮寺まで一緒に歩いた韓国人の男は、「今日で1ヶ月目」だと言う!

マジ!?

聞けば一日45㎞歩いているとのこと。
48才と言っていたが、すごい脚力である。
英語と日本語チャンポンで、いろいろ楽しく話していたら、彼のペースにつられて予定より30分も早く一宮寺に着いてしまった。
やればできるじゃん、ソルティ😂

面白いのは、彼は地図を持たず、スマホだけを頼りに歩いている。
宿を探すのもスマホ、食料店を探すのもスマホ、言いたいことを日本語に翻訳するのもスマホ、もちろん紅葉を撮るのもスマホである。

地図を持っている日本人のソルティが、地図を持たない韓国人に、札所まで一番近い道を教えてもらうのだから、スマホの威力はすごい。

ネットとスマホが、四国遍路の国際化を推進しているのは間違いない。


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p.s. しばらくして分かったが、韓国の彼は結構、道を間違えていた。
いかにスマホでも方向音痴は修正できないようである。






























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