ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、寺社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●ほすぴたる記(2019年12月踵骨骨折)

● ほすぴたる記 11 のだめとカラヤン

 入院生活11日目。

 しきりに音楽が恋しい。
 事前にチケットを買ってとても楽しみにしていた演奏会(12/13東京芸術劇場でのマーラー『復活』)をキャンセルせざるを得なかった無念さもあって、余計に欠乏感が募っている。

 残念ながら、ソルティは軽量ノートパソコンとポケットWi-Fiを持っていないので、ここでは動画も映画も見られない。動画さえ見られれば、クラシック音楽はほぼ聴き放題なのに・・・。

 はい? スマホ?
 昨年の四国遍路のために購入した格安スマホの容量は4G、動画は見られない。どころか、病院の中というせいもあるのか、ネットにつながる時間さえ限られている有様。このブログを書くのにも苦労している。(投稿時刻を見よ!)

 原則「携帯電話や電気機器使用禁止」の院内には、Wi-Fiはない。
 この時代、入院しているからといってスマホやパソコンが使えないのはナンセンスであろう。ここの病院の入院患者は圧倒的に高齢者が多いから、今のところさほどクレームも出ていないようだが、ネット世代が増えるのも時間の問題だ。これからはネット環境で病院や入所施設が選ばれる時代が来よう。
 せめて、ネットが自由に使えるWi-Fiスペースが院内にあるといいのだが・・・。

 そういうわけで、音楽欠乏症にかかっている。
 今日は見舞いに来た八十過ぎの父親をパシリにして、近くの図書館まで、二ノ宮知子の『のだめカンタービレ』を借りに行かせた。
 なんつう息子だ! 8050問題か!

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 クラシック音楽ギャグ漫画といったところか。主人公のだめのキャラの魅力で引っ張る、引っ張る。評判通りの面白さに夢中で読みふけった。
 が、ナマ音が聴きたい思いをますます募らせてしまった。

「そうだ、今日は日曜じゃないか!! もしかして・・・」

 テレビ欄を調べたら、じゃーん! NHK教育テレビで夜9時からクラシック演奏会の放送がある。モーツァルトの交響曲40番とレクイエムだ。オケはもちろんN響、指揮はトン・コープマン。今年10月10日のライブ収録である。
 あって良かったNHK。

 夕食後、タイマーを21時にセットして仮眠。消灯ラッパの鳴り響く中(比喩ね)、おもむろにヘッドホンつけて本番に臨んだ。

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 N響のレベルの高い演奏には十分満足した。レクイエムの歌唱も良かった。
 しかるに、ソルティをまったく驚かせ、ここ数日の音楽欠乏症を完全に払拭したのは、コープマン&N響のモーツァルトではなかった。
 番組の残りの時間で放送された、在りし日のカラヤン&ベルリンフィルのベートーヴェン『運命』であった!
 流されたのは1957年にカラヤンがベルリンフィルを率いて2度目に来日した際の記録映像である。

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 度肝を抜かれた。

 映像はフィルムの劣化激しく見にくい。音声も現代の技術からすれば数段落ちる。その上、放送されたのは、全曲でなく抜粋である。
 しかるに、半世紀の時をタイムボカンのごとく超えて、テレビのモニターを貞子のごとく超えて、伝わってくる、このとてつもない熱量はなんとしたことか! 臨場感のハンパなさはどうだろう!

 音楽が生きている!!

 申し訳ないが、番組前半が吹っ飛んでしまった。

 やっぱり、カラヤンってタダもんじゃなかとね~。(by のだめ)





 





 

● ほすぴたる記 12 リハビリ回春

 この病院のリハビリは充実している。 
 ソルティを担当してくれる青年スタッフの話によると、現在80名近いリハビリ職員が働いていて、来年度の入職予定者は25名だという。
 大企業か!

 リハビリ室は非常に広く、外光をいっぱい取り込んで明るい。
 いつ行っても、たくさんの高齢患者たちが、孫あるいはひ孫ほど年の離れた若いスタッフたちと共に、リハビリに取り込んでいる。
 そう。スタッフの若さには特筆すべきものがある。
 おそらく、平均年齢は35才を切るんじゃないか。

 この若さの秘密は、理学療法士や作業療法士といったリハビリ職が、医療介護の現場で脚光を浴び、働き口が増えるようになってから、まだ日が浅いためにあると思われる。
 また、リハビリ職は介護職と比べると資格を取るためのハードルが高いので、介護職には多く見られる中高年転職組の少ないこともあろう。
 ソルティが前に勤めた施設でも、介護職や看護職に比べると、リハビリ職員の平均年齢は低かった。

 この若さというのが馬鹿にならない。

 病棟より明らかに寒く、だだっ広いリハビリ室で、揃いのオレンジ色の半袖ユニフォームを着て、きびきびと動き回る若いスタッフたちの発散する生気は、それだけで十分、高齢患者たちを活気づける。
 その上に、リハビリという名目がなければ明らかにセクハラに当たるであろうほど、若い彼らは患者たちに体を密着させてくる。
 患部やその周囲を執拗にマッサージし、背後から両脇に腕を入れて抱きかかえ、固くなった股関節を念入りにほぐし等々・・・。丁寧な声かけと優しい笑顔を伴って。
 科学的エビデンスに裏付けられたさまざま施術と並んで、あるいは施術以上に、患者にプラス効果をもたらすのは、接触による「若いエキス(笑)」の摂取である。

 リハビリとは、被害者による合法的なセクハラ行為である😘

 今日もソルティがマッサージを受けている隣りの寝台では、70才は超えていると覚しき小太りでちりちりパーマの女性が、30才くらいの彫りの深い阿部寛風イケメンスタッフに背後から羽交い締めにされて、顔を真っ赤にして恍惚境に彷徨っていた。二人の、複雑に絡み合った肢体は、まるでインドカジュラホの有名な男女神交合像のよう。

「痛くないですか?」
 耳元で優しく問いかけるイケメン。
「ん・・・だ、だいじょうぶ。良く効いてますゥ」

 見てはいけないものを見た気がした。

 いや、人のことは言えん。
 ソルティもまた、息子世代のさわやか系青年スタッフの容赦ない関節攻撃にアヘアへである。
 一週間の固定処置で硬くなった足首の関節と筋肉を元に戻すためには、それなりの痛みを覚悟しなければならない。ちょっとくらいエロスの魔法に頼って、「痛み」を「気持ち良さ」で緩和してもいいではないか。

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病室から拝む夕映え富士



 
 

 
 

● ほすぴたる記 13 ロキソプロフェン

 昨晩は足の痛みが激しかった。
 ここ数日落ち着いていたので、不意をつかれた。

 午前3時過ぎから存在を主張し始めた痛みは、次第に暴力度を増していき、眠るどころではなくなった。
 できるだけ安楽な体勢を探して、ベッドの上を断末魔のミミズのごとのたうち回ること2時間強、最後はベッド横の車椅子に移乗した。ギプスの付いた左足を真っ直ぐ伸ばして丸椅子に乗っけた。
 しばらくその体勢でヴィパサナー瞑想をしていたが、6時を過ぎる頃、痛みは絶頂に達し、サティが打てなくなった。悟りが遠ざかる・・・。
 たまらずナースコール。

 やって来た夜勤ナースに事情を話すと、
「朝食後の痛み止めをいま飲んでもいいですよ」

 早く言ってよ!

 処方されている痛み止めのロキソプロフェンは、一日3回毎食後に服用することになっている。
 ソルティはこれを律儀に守って、朝昼晩の食後30分したら、飲んでいた。8時、13時、20時に。

 ちょっと考えれば分かることだが、これだと夕食後の服用から次の朝食後の服用まで12時間のブランクがある。眠っている間に薬の効き目が薄れてしまう。夜間、痛みに襲われ、不眠に苦しむのは当然至極である。

 単純に考えれば、一日3回なら8時間おきに服用すれば、薬の効果が丸一日持続し、痛みの波は緩やかになるはずである。
 たとえば、7時、15時、23時に。

 こんな単純明快なことに気づかずに、律儀に食後30分を守っていたおのれの阿呆さ加減にあきれる。

 でも、やっぱり、早く言ってよ!

 
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痛みから解放され、お気に入りのラウンジで読書中





 

● ほすぴたる記 14 ポケットわいふぁい

 入院2週間経過。

 スマホのあまりの使えなさに業を煮やして、ネットでポケットWi-Fi(ルーター)契約をした。

 UQのWiMAX2+というサービスだ。
 月額約3000円(安心サポート込)で月間7GIGAまで利用できる。端末は、Speed Wi-Fi NEXT W06という機器で、端末代無料である。

 申し込んだ翌日には、手元に届いた。速っ!

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 さっそく設定してみた。
 と言っても、端末に付属のICカードを取り付けて電源を入れたら、スマホの方で自動的に読み込んでくれた。
 なんて簡単! 

 調べてみたら、ポケットWi-Fiの利用できる距離は、アンテナのタイプや障害物の有無にもよるが、だいたい50~100メートルだそう。
 庶民レベルの一軒家なら、どこでも使える。スマホはむろん、自宅のすべてのパソコンは電波範囲内だ。

 性能はいかに❓
 試しにスマホで動画を読み込んでみたら、動く、動く! 

 ベッド横の車椅子特別シートにて、クシシュトフ・エッシェンバッハ指揮、パリ管弦楽団の『マーラー交響曲第3番』第6楽章のライブ演奏(動画)を聴いて、音楽が天から降りて来た喜びを味わった。

 むろん、ブログを書くのも投稿するのも、これでストレスフリー。

 入院の思わぬ副作用、もとい副産物である。




 



 

● ほすぴたる記 15 白夜行

 現在、松葉杖の特訓中。
 5階病室と1階リハビリ室を往復したり、練習専用の短い階段の上り下りを繰り返している。

 10年以上前、登山中の滑落で右膝を傷めた際、松葉杖を使った。通勤も普通にしていた。
 だから、それほど大変なこととは思っていなかった。
 が、久しぶりの松葉杖はやけに使いづらく、不安定で、怖い。
 何でだろう?

 答えは簡単。
 老いゆえである。
 ケガした左足を支えるための右足や体幹の筋力、松葉杖を扱う両腕の力や握力が、10年前よりグッと落ちている。なににも増して、全身のバランス感覚と反射神経が衰えている。ちょっとした拍子にふらっと来る。
 近くで見守る青年スタッフの表情は、いい加減ガタが来ているのにそのことに気づかない困ったオヤジを懸念するものなのだ、と今日気がついた。

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 午前と午後の各1時間弱のリハビリ以外は、基本フリーな一日。
 巧まずして得られたこの貴重な時をいかに過ごそう?

 テレビはどうにもつまらない。
 映画を観る環境もない。
 他の入院患者とのおしゃべりも気が乗らない。(高齢者ばかりなのでつい仕事モードになってしまう。こんなところに来てまで傾聴・受容・共感するのか!?)
 電子ゲームにも興味ない。
 日中寝てしまうと、夜眠れなくなるので、昼寝もほどほどにしておきたい。

 つまるところ、読書、音楽鑑賞、瞑想、数独やクロスワードなどのパズル、そしてブログ更新あたりが定番になる。
 って、普段と変わらない?

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 入院すると、読書が趣味で良かったと、つくづく思う。
 ことに、面白いミステリーに没入していると、ここが病院であることも、自分が患者であることも、左足のギプスの鬱陶しさも、周りの騒音も、すべて遠のいてしまう。

 今日は東野圭吾作『白夜行』を読み終えた。
 今から20年も前に発表されたミステリーである。テレビドラマ化、映画化され、200万部を超えるベストセラーになり、当時はずいぶん話題になった。
 が、ソルティはテレビも映画も観ておらず、どういう話か全く知らなかった。

 
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 犯人探しの推理小説では全然なかった。
 反社会的人格障害の幼なじみの男と女が、非道な悪事を次から次へと起こしていく道行きをリアリティ豊かに描く犯罪小説。
 これがミステリー(謎)たるゆえんは、フーダニット(犯人は誰だ?)ゆえではなく、ハウダニット(犯行方法は?)ゆえでもない。ホワイダニット(犯行動機は?)ゆえである。それも二人が反社会的人格障害をまとうことになった、そもそもの要因、すなわち子供の頃のトラウマが最後まで伏せられているところにある。
 その謎が強烈なサスペンスを生んで、東野の圧倒的筆力と共に読者を惹きつけ、数百ページの大著を楽々とクリアさせる。
 おかげで寝不足。(これまた、松葉杖使用を危うくする)

 発表から20年経った今なお、全く古びていない傑作である。




 







 

● ほすぴたる記 16 抜糸

 オペから10日目、抜糸した。
 
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 経過は良好のよう。
 ギプスを外してシャワーを浴びてよい、一週間したら湯舟に浸かってもよい、と許可もらった。
 早く温泉に行きたい!

 ときに、病院の食事は「量が少ない」「おいしくない」と相場が決まっている。
 が、ソルティは最近食が細く、またグルメではないので、質量ともに満足している。朝食についているパンなど、一枚残すほどだ。

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ヨーグルトとミカンは持参

 
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 ただ、うまいや否やを別にして、毎日三食すべて病院食が10日も続くと、さすがに飽きてくる。
 献立はそこそこバラエティに富んでいるし、食材も豊富である。毎日芋天ぷら、毎晩煮魚なんてことはない。
 飽きるのは、味つけが決まっているからである。同じ厨房で、同じ調理人が作るのだから、同じ味つけになるのは仕方ない。
 毎日三回、同じ中華料理店に通うと考えれば、分かってもらえるだろう。一回一回違うメニューを注文したとしても、そのうち飽きてこよう。

 今日は久しぶりにカップラーメンを食べた。
 食後も舌にからみつく化学調味料のしつこく不健康な味が、おいしかった。

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 今夜は、フィギュアスケート全日本選手権を観ながら、最後の夜を過ごす。
 明日、退院だ。















 


● ほすぴたる記 17 退院


 奈良の古代寺院や古墳をめぐる旅をしていたら、小高い丘のふもとに湧き水が流れていた。
 透き通った、豊かな清水。
 両手で掬って一口飲んでみた。
 「うまい!」
 甘く、柔らかく、複雑玄妙な味がした。
 どこかでカラスが鳴いている。

湧き水

 
 と、目が覚めた。
 カラスと思ったのは、離れた病室から聞こえるエリーゼ(95歳、認知あり、車いす使用)の雄叫びだった。
 「だれか~! わたしをトイレへ連れてって~! トイレぇ~!」
 入院最終日の朝は、エリーゼの声で起こされた。
 
 朝食後にリハビリ。
 リハビリ室に入る際に、スタッフからマスクを手渡された。
 インフルエンザ予防である。
 聞くと、先年この病院ではインフルエンザが猛威を振るい、病棟隔離があったという。
 リハビリ室には外来患者もやって来る。外から運ばれてきたウイルスが、リハビリスタッフを通して病棟に持ち込まれてしまう危険がある。それは、医師や看護師や見舞い客でも同じことだが、とくにリハビリスタッフは患者との接触が距離的にも時間的にも密なので、媒介者になりやすい。
 「昨年は、二日間、リハビリ室が閉鎖されたんですよ」とスタッフ。
 
 リハビリから帰ってベッドでうだうだしていたら、隣の患者のところに誰かが見えた気配。腰の骨を折って、夜中に救急で運ばれてきた患者である。
 カーテン越しに聞くともなしに聞いていたら、見舞いに来たのは一人息子であった。ソルティの知る限り、初登場である。
 (そうか、今日は土曜日だったな。)
 そう言えば、奥さんの声をこのところ聴いていない。ソルティがリハビリに行っているか、階下のラウンジでまったり過ごしている間に、おそらく夫を訪ねてきているのだろう、と思っていた。
 ところが、大変なことになっていたのである。
 奥さんは、夫が入院した五日後に自宅でイレウス(腸閉塞)を起こし、別の病院に運ばれていた。現在、イレウス管を鼻から腸まで挿入した状態で、点滴治療しているらしい。たしかに、見舞いに来るたび、腹痛と強い吐き気を夫相手に訴えていた。
 「このあと、おふくろのところにも寄らなければならない」と難儀そうな息子の声。
 一方の夫(父親)は、入院費用の支払いの心配と、お茶が飲みたいのにペットボトルを買いに行けないという愚痴ばかり話している。
 「なんで、自分のことばかりなんだよ」と苛立ちを隠せない息子。
 父と息子の会話は、やはり夫婦のそれ同様に噛み合っておらず、互いの感情は行き違い、意思疎通はうまくいかず、話すほどに空気が重くなっていくのが分かる。
 この年の瀬に、両親いっぺんに入院となった一人息子に同情したいはやまやまなれど、電車で1時間弱という町に住んでいながら、彼が父親を見舞ったのは今日が初めて。
 正直、もっとたびたび実家の様子を見に来て、母親の負担を軽くしてあげていたら、母親まで入院するハメにはならなかったのではないか・・・と思う。
 家族ってむずかしい。
 
 そのあと、担当医師が病室にやって来て、父親の状態を息子に説明していた。
 「病態的にはもう起き上がっても問題ないのです。ただ、ご本人に意欲がなく、リハビリが進んでいません。このままだと車椅子になるでしょう。自宅で車椅子で暮らせますか?」
 「無理です」と息子。
 「そしたら、施設に入ることを検討しなければなりませんね」と医師は言った。
 
 昼食後、入院窓口に行って会計を済ます。
 支払いは、松葉杖レンタルのための保証金のみ(4000円)。これは杖返却時に戻ってくる。
 治療費はもちろん、食事代もパジャマ代もタオル代もかからなかった。
 労災、万歳 \(^o^)/
 
 荷物を取りまとめ、ナースステーションでぬり絵をしているエリーゼに胸の内で「さよなら」を告げ、美しきナースたちに感謝する。
 迎えに来た両親とともに、タクシーで病院をあとにした。
 
 約半月ぶりの自宅。
 夕食はずっと食べたかったカレーライス。
 
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 今夜は、熟睡できそうだ。

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 入院中にネット購入したポータブルトイレ
 (両親より先にお世話になるとは!)

 
 


 
 
 
 
 
 

● 歓喜のイタメシ : 都響スペシャル「第九」

日時  2019年12月23日19時~
会場  東京芸術劇場コンサートホール(池袋)
出演
 指揮:レオシュ・スワロフスキー
 合唱:二期会合唱団
 ソプラノ:安井陽子
 メゾソプラノ:富岡明子
 テノール:福井敬
 バリトン:甲斐栄次郎

 退院後、松葉杖での初の外出は「第九」であった。
 いや、むしろこの「第九」を聴かんがために、リハビリを頑張り、退院したのであった。

 数日前からコンサートホールのある池袋駅の構内図とにらめっこし、どうやったら駅からホールまで階段やエスカレーターを使わずに到達できるか、検討した。松葉杖でエスカレーターに乗るのは、一見楽そうに見えて、実はとても危険なのである。エレベーターに限る。
 また、開演と終演の時刻、池袋は帰宅ラッシュのピークにあたる。駅構内も列車も混んでいる。乗り降りもたいへんだ。慣れない松葉杖では心もとない。
 当日は劇場近くのホテルに泊まることにした。それなら、早めにチェックインしてホテルで休み、余裕をもって会場入りし、翌日の空いている昼の時間帯に帰宅列車に乗ることができる。ちなみに、自宅の最寄り駅(ここのホームの階段で転落して骨折した)はエレベーターがあるので問題ない。
 ちょっとしたアドベンチャー。
 
 今回初めて知ったのであるが、池袋駅構内から地下道を通って、西口にある東京芸術劇場まで直接行けるルートがある。雨風を避けて劇場入りできるのだ。劇場に入ってしまえば、エレベータを2回乗り換えて、最上階のコンサートホールまでスムーズに行くことができる。
 ただ残念ながら、地下道から劇場に入る箇所(2b出口)に20段ほどの階段があった。その脇に車椅子用のリフトが設置されているが、それを動かすためにはわざわざ警備員を呼ばなければならない。ここだけは頑張ってリハビリで習得した階段昇降テクを披露した(誰に?)。
 
 一か月前に予約した席は、3階席の一番前の通路脇。まるで、ギプスと松葉杖を使うハメになることを予見していたかのような特等席だった。
 普通に歩いて5分もかからない距離にあるホテルから、30分かけて無事客席についた段階で、すでに頭の中に「歓喜の歌」は鳴り響いていた。

池袋駅構内図
複雑さではピカイチの池袋駅構内
 

 今回の指揮者はチェコ出身のスワロフスキー。オケは東京都交響楽団。どちらもはじめて聴く。
 なので、指揮者によるものなのか、それともオケの特徴なのか判別できないのだが、音に丸味があった。
 一つ一つの音が、透明の丸い泡に包まれて空間に放たれる。あたかも、子供の息によって一斉に吹き出される無数のシャボン玉のように。そして、そのシャボン玉には光線の加減で色彩が踊っている。
 前プロも中プロもなしに、いきなり「第九」第一楽章が始まってまず感じたのは、都響の文句つけようのない巧さとともに、鋭角のない温かみある音によって紡ぎだされた、激しくないまろやかなる「第九」であった。
 これはちょっと意外。

 丸い色彩の粒のような音が次々と空間に散りばめられていく様子から連想されたのは、なんと、子供の頃に観たテレビドラマ『気になる嫁さん』であった。愛くるしさいっぱいの榊原るみと、もじゃもじゃ頭の石立鉄男と、「リキ坊ちゃま~」の浦辺粂子が共演した、1970年代初頭の人気ファミリードラマである。
 毎回、オープニングでは爽やかなテーマ曲(大野雄二作曲)をバックに、スタッフや出演者の名前が定石どおりクレジットされる。
 このときの背景映像が点描だった。
 何もない無地の画面に最初の一点が打たれ、そこから次々とさまざまな色合いの点が矢継ぎ早に(早送りで)重ねられていく。最初はなんの絵か分からずに観ていると、テーマ曲が進むにつれて、形を成していき、しまいには花瓶に生けた色とりどりの花であることが判明するのだ。
 子供の頃、このオープニングが面白くてたまらなかった。点描というものがあるのを知ったのも、このドラマのおかげである。
 そう、都響&スワロフスキー&二期会合唱団による「第九」は、第一楽章の出だしの一音から始まって第四楽章のラストの一音で完成する、点描による絵画の創造のように思えたのである。
 では、ソルティの頭の中の画布では、いったいどんな絵が仕上がったのだろうか。


点描


 第一楽章は波打ち際の風景である。どこまでも広がる砂浜、押し寄せては曳いていく波、白く崩れる波頭、遠浅の海の透き通った海底、揺らぐ海草と遊ぶ魚たち、はじける泡、差しいる光。

 第二楽章では潜水艦のように海中に潜り、深海へと分け入っていく。さまざまな海の表情が描かれる。凪の海、時化の海、嵐の海、昼の海、夜の海、無数の生き物を育む母たる海。

 第三楽章の冒頭で、海に沈む夕日が鮮やかに描き出され、視点は海から空へと向かっていく。夕焼けが海水で鎮火されると、空には星々が煌めきはじめる。北極星、天の川、星雲、銀河、ブラックホール、そして広大な宇宙。

 ああ、この先には天があるのだな、この世を離れ、神(Vater)へと向かうのだな、天国への道が描かれるのだな。それでこそ「歓喜の歌」だ。

 と思いきや、第四楽章で4人のソリストと二期会合唱団の圧倒的な歌声で描き出されたのは・・・・
 あの世ではなく、この世であった!
 天界でなく、大地であった! 山であった! 森であった! 畑であった!
 神(Vater)ではなくて、人間(Menschen)であった! 兄弟(Bruder)であった!
 
 もちろんそうだ。
 それでこそ、この絵は完成するのだ。
 海と空と大地が描かれて、地球は完成する。
 人間や生き物が描かれて、世界は完成する。

 歓びはそこにある。
 彼岸ではなく此岸に。
 あの世ではなくこの世に。
 
 歓喜はどこか遠い別の場所、星空の彼方にあるのではない。
 それは「いまここに」あって、あなた自身がそれなのだよ。
 
 完成された絵は、そう伝えているように思われた。

 
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ホテル近くのイタメシ店で退院後初の外食








 

● ほすぴたる記その後 1 (事故後30日)

 事故後一か月、主治医の診察を受けた。
 レントゲン結果を見せてもらったら、エグイほどきれいにビスが穿たれていた。
 人造人間のよう。

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このビスは金属探知機に引っかからない

「一か月後にビスを抜きましょう」と先生。
「入院が必要ですか?」
「いや、日帰りで大丈夫。局所麻酔で行います」
 ギプスが取れるのはそのあとになりそうだ。
 まだまだ松葉杖生活に耐えねばならない。

 目下一番にすべきことはリハビリである。
 週に3~4回病院の送迎バスで外来に通うと共に、家で自主リハビリを行っている。
 コンクリートのように固くなった左足首や足指の筋肉をタオルやゴムバンドを使ってほぐし、日常使われずにナマってしまう左足全体の筋肉をストレッチで鍛える。
 骨折は折った直後の処置と同じくらい、リハビリが重要なのである。

 それにしても、自分の体の硬さにはまいる。
 狭い家の中での移動は四つん這いか尻移動にならざるをえないのだが、それを続けていると腰をはじめ体のあちこちが痛んでくる。
 今からこれじゃ、老後はどれほどしんどいことか。
 50代というのは、若い頃の不摂生や不養生に報復され始める時期なのだとつくづく感じる。




● ほすぴたる記その後 2 (事故後40日)

 現在休職中である。
 松葉杖を使っての1時間以上の列車通勤(乗り換え2回)も、フロアを行ったり来たりの介護の仕事も到底無理だ。
 これがデスクワークで通勤がもっと楽ならば、そして休業補償のある労災でなかったならば、多少無理してでも仕事に行くやもしれない。自分にしかできない、自分にしかわからない類いの仕事だったなら、行かなければならなかったかもしれない。不幸中の幸い?
 ネットを見ると、松葉杖でも毎日列車通勤している人の声が結構載っている。
 ご苦労なこってすなあ~。
 
 仕事はともかく、たとえ松葉杖でも外出はどんどんしよう、と当初思っていた。
 部屋に閉じこもっているのは精神衛生上よろしくないし、身体機能も衰える。傘の差せない雨や雪の日はともかく、そうでない日はなるべく外出し、“社会” に触れていようと思っていた。
 と言って、大げさなことではなく、喫茶店に行ったり、外食したり、DVDや本を借りに行ったり、コンサートに行ったり、友人と会ったり、たまに職場に顔を出したり、といった程度のことであるが。

 しかるに、松葉杖の外出は想像以上にしんどかった。

 同じ距離を歩くのに通常の3倍時間がかかる。5分の距離なら15分だ。
 歩いていると、体重のかかる左右の手のひらや両腕が痛くなってくる。常に杖の着地面や周囲に気を配っていなければならないので、気も疲れる。10分歩くと、へたばってしまう。

 週に3回リハビリのため病院に通っているが、病院に行って帰って来るだけでひと仕事。
 家から駅まで10分かけて歩く(はじめのうちは15分かかった)。病院の送迎バスに乗る。3段の幅の狭いタラップの乗り降りが怖い。
 病院に着いたら、整形外来の受付まで混雑を掻いくぐって数十メートル歩く。松葉杖をカウンターに立てかけて、片足でバランスを取りながら、診察カードを取り出す。職員から受け取ったA4サイズの個人ファイルを、松葉杖を握った指先に挟むようにして持ち(口に咥えたいところだが)、リハビリ室までさらに数十メートル歩く。
 両手が空かないのは実に不便である。
 何回目かの通院で、軽量のものなら首にかけて持ち運びできるよう、下のようなグッズを考案した。
 
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 使い始めて一か月ほどになるので松葉杖にもずいぶん慣れて、自分の手足のようにとはいかないまでも、それなりに器用に扱えるようになってはきた。必要な筋肉もついてきた。

 それでも、手のひらの痛みにはなかなか慣れない。
 なにかもっと楽な歩行手段はないものかとネットを調べていたら、スマートクラッチという新しいタイプの松葉杖を発見した。
 もともとはモトクロスの選手が南アフリカで考案したものを、日本のジーニアスインターナショナルという会社が修正改良を施し、製造販売している。
 最大の特徴は、昔ながらの松葉杖のように両脇に挟み込んで両手のひらで体重を支えるのとは違って、両腕を器具の輪っか状の部分(カフと言う)に入れて、肘から手首までの前腕で体重を支える仕組みになっているところである。つまり、荷重が分散されるので、より楽に体を支えることができ、手のひらも痛まない。通常の松葉杖に比べ、荷重は最大 1/6 だと言う。

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外観もその名の通りスマートである
 

 左右両方で4万円くらいする。とてもじゃないが購入する気になれない。半年くらい持続して使うならともかく、治癒するまでのせいぜい1~2か月のことである。 
 がっかりしていたら、なんとレンタルシステムがあった。一か月約1万円である。
 早速、申し込んだ。

 届いた器具を組み立てて、自分サイズにあちこちの長さや角度を調整したのち、家の周りを歩いてみた。
 確かに、手のひらがまったく痛まない。荷重負担も軽減し、速く歩くことができる。立ち止まっているときは手のひらが空くので、ちょっとした手作業(財布から小銭を出すとか、切符を買うとか)ならできる。これなら杖をしたまま診察券やA4ファイルを持ち歩ける。
 一方、昔ながらの松葉杖にくらべ、安定性に欠け、転倒リスクを感じる。脇で締めないぶん、左右方向へのぐらつきがある。とくに階段の上り下りには危険を感じる。
 また、しばらく歩いていたら、上腕と肩が痛くなった。どうやら、普段使わない筋肉に負担が来ているらしい。翌日は筋肉痛で外出ままならなかった。(インナーマッスルを鍛えるのには適しているのかも・・・)
 なかなか期待通りにはいかないものである。
 もっと慣れが必要なのか?

 現在は、昔ながらの松葉杖とスマートクラッチとを、行先や要件に応じて使い分けている。階段を使わざるを得ない外出の時は昔ながらのものを使い、平地をちょっと長く歩く必要があるときはスマートクラッチを使う。
 二刀流ってか。

 なんにせよ、松葉杖を使って外出することで、世の中の親切に出会うことができる。
 それは不幸中の大幸いかも。







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ソルティはかたへのメッセージ

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