ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ほすぴたる記(2019年12月踵骨骨折)

● ほすぴたる記 その後 4(事故後60日)

本日、ふたたび入院した。
抜釘(ばってい)手術、すなわち前回かかとの骨を整復し固定するのに入れたビスを、抜き取る手術を、明日行うためである。

今日は、同意書にサインしたり、レントゲン撮ったり、前回同様、腕に点滴用ルートを作ったりした。
2度目ともなると、そして今回は難しいオペではないので(局所麻酔だ)、気分的に楽である。

前回の退院後、部屋にこもりがちなブタな日々を送っていたので、いい気分転換になる。

今回はちょっと贅沢して、一日1500円プラスの特別室を選んだ。
前回と同じ4床の相部屋でも、お隣りさんとのしきりがカーテンでなく、チェスト付きの壁になっている。
個室感&セレブ感が高い。
ナースステーションや共用ラウンジからも離れているので、前回の部屋よりずっ~と静かで、とても落ち着く。

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しかも、テレビと冷蔵庫は使い放題(利用料に含まれている)である。
さっそく、冷蔵庫を埋めるべく、買い出しに出かけた。

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今のところ遠足気分😎

そうそう。
入院手続きを済ませ、エレベーターで病棟に上がったら、目の前のナースステーションで塗り絵をしていたのは、懐かしきエリーゼであった。

まだ入院していたのか!












● ほすぴたる記 その後5 記念品

 オペが終わった。

 午前中の患者のオペが長引いて、午後1時開始の予定が4時半になった。

 待っている間、道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』(新潮文庫)を読み終えた。
 生まれ変わり(輪廻転生)をテーマに絡ませたミステリーで、その点は新機軸だけれど、推理小説としては感心しなかった。
 登場人物たちが死んでもすぐに生まれ変わっちゃうという設定が、肝心の殺人自体を卑小に感じさせてしまうのは致し方あるまい。
 ただ、ダークファンタジー作家としての道尾の才能は十分認められた。
 手術前不安を緩和してもらえたストリーテリングにも感謝!

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 4時半に手術室入りして、なんやかんやと準備に時間がかかり、麻酔注射を打った時は5時を回っていた。

 足元から家庭内手工業的な音がする。異和感はあるが、痛くはない。
体の緊張と心拍音の上昇は、実際の痛みのせいではなく、痛みを予期してしまうからだ。
 局所麻酔は全身麻酔に比べ侵襲性が低いと言われるのだが、心臓と精神には良くない。
 とはいえ、華岡青州の時代と比べたら天国である。

痛み、痛み、痛み、音、音、音、(おなかの)膨らみ、膨らみ、膨らみ・・・・

 ここぞとばかり、ヴィパサナ瞑想していたら、オペの終わり頃に波動が変わり、脳内ルクスが上がった。

 オペにかかった時間は正味15分、一番痛かったのは、結局、麻酔注射だった。

 5時半に病室に戻って数独していたら、術前説明時に担当ドクターに頼んでおいた品物が届けられた。

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 これでアクセでも作ろうか!


● ほすぴたる記 その後6 陣痛未満

昨夜は塗炭の苦しみを味わった。

局所麻酔が切れた20時頃から、痛みがカメレオンのように忍び寄ってきた。
夕食後に飲んだロキソニンの効果がまったく望めないと見切りをつけた21時半、ナースコールを押して坐薬を頼んだ。
前回は坐薬にずいぶん救われたのだ。

痔持ちのソルティは、坐薬挿入には慣れている。
肛門の粘膜から吸収された薬効成分が血管に入って、全身を巡り、神経をマヒさせてくれるさまを思い描き、しばらく痛みに耐えていた。

が、いっこうに楽にならない。

「あの坐薬、さてはプラシーボだな?」
と、夜勤ナースを疑う始末。
もはや、入院初日の遠足気分は完全に吹っ飛び、嫌足気分に支配された。

ベッドの上で七転八倒していたが、どうにも身の置きどころなく、車椅子に移って、痛みから気を逸らすべく超難解レベルの数独にチャレンジした。

痛みはズキンズキンと領土を拡張し、そのうちに数独のマス目が歪んできた。

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ああ、これが障子の桟が歪んで見えるという、出産の苦しみか!

頑張ったところで赤ん坊は誕生しないから、ナースコールを押した。

手術のために腕に付けていた点滴の管から、鎮痛剤を入れてもらう。
「これが一番強い薬ですよ」とナース。

これが効かなかったら、あとがない!

祈るような気持ちで、ベッドに這い戻って安静にしていたら、遠い日の花火よろしく徐々に痛みは退いていった。

ああ、世のお母さんたちよ!
あなたがたは偉い!

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ソルティは保育所の増設と、医療用麻薬の認可に、一票!












● ほすぴたる記 その後7 マーメイドのごとく

 手術の翌日からリハビリを再開した。
 「まだ傷口もふさがってないのに・・・。まだ動かすと痛いのに・・・」
 と思うところだが、仕方ない。
 別に退院をせき立てられているわけではない。リハビリ介入は早ければ早いほど、原状回復につながる、後遺症を残さずに済むからである。

 この2カ月、立つ時は右足1本で約60キロの体を支えていた。歩く時は松葉杖との3本で。左足は宙に浮いていた。
 これを元に戻す。
 左足に荷重をかけていく訓練が始まった。

 といっても、いきなり全体重を支えることはできない。無理をすると、せっかくついた骨が分離してしまいかねない。
 まずは2分の1すなわち30キロまで荷重する。それで約二週間訓練したら、次の二週間は3分の2すなわち40キロまで荷重する。一ヶ月後に左足だけで全体重を支られるようにする。
 まだまだ松葉杖を手放せ、もとい足放せない。

 リハビリ室の平行棒の間に入って、右足を低い台の上に、左足を体重計に載せる。 
 「じゃあ、左足に体重かけてください」
 と、リハビリスタッフが言う。
 「よし!」とばかりに左足を踏み込んだが、体重計の針は5キロ以上に振れない。
 踏み込み方を忘れてしまったのだ。自分では思い切り踏み込んでいるつもりなのだが、力が全然入っていない。
 スタッフの助けを借りて何度か繰り返すうちに、目盛りの値は10キロ、15キロと上がっていき、20分近くしたら、やっと30キロに届くようになった。
 が、ちょっと力を抜くと、すぐ値は下がってゆく。意識的にかなり頑張らないと荷重できないのである。

 人は立っているだけで、歩いているだけで、体重分の重さを両足で支えている。
 ハイハイから立ち上がった幼児の時から、それに慣れてしまっているから、そのことを普段は自覚していない。
 プールでしばらく遊泳したあと、プールサイドに上がる瞬間、体の重さを感じない人はいないだろう。だが、プールサイドを歩き出したとたん、もう忘れてしまう。両足が即座に普段の感覚を取り戻すゆえに。
 
 人類は二足歩行したときに、赤ん坊がつかまり立ちしたときと同様、体重(重力)をプレゼントされたのである。

 魔法の力で足をもらった人魚姫が、苦痛に喘ぎながら岩場で立ち上がる。イケメン王子に会うために!

 そんなイメージを抱きながら、訓練に励んでいる。

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● ほすぴたる記 その後8 ツララ落つ

 今朝7時に目が覚めて、病室の窓を見上げたら、窓枠にツララが光っていた。ほんの数センチのかわいい奴だが、本物である。

 晴れた日に、地元でツララを見たのは何十年ぶりだろう?
 今朝の氷点下の寒さと、田んぼだらけの野ざらしに建っている病院の立地と、ソルティが居るのが5階の北向きの部屋という条件が重なって、この奇観を生んだのだろう。

 「このツララが溶けるとき、自分の命も尽きるのだ」
 と、『最後の一葉』のジョンジーみたいな心境を愉しんだ。
 スマホで撮影した直後、ツララは落ちていった。

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 その数時間前、向かいのベッドの物音に目覚め、何事かと聞き耳立てたら、患者とナースが話している。
 三日前に入院した初老の男である。世話焼きの奥さまが毎日のようにやって来る。
 どうやら今から外出するらしい。
 時計を見たら午前4時半。外は真っ暗だ。

 「どちらまで行かれるんでしたっけ?」と、支度を手伝いながらナースが聞く。
 「〇〇区の現場まで」と男が答える。
 「〇〇区って、東京の?」
 「そう」
 「結構、遠いですね~」

 いったい、何の現場なのか?
 なぜ、こんな早い時刻に行かなくてはならないのか?
 病気で入院中の(常時点滴している)彼が、どうあっても行かねばならない仕事なのか?
 体調は大丈夫なのか?
 奥さまも止められないほど大切な用件なのか?

 好奇心が湧いた。
 もしかしたら、現場というのは殺人現場か? 男の正体は刑事一課の敏腕課長か?(まだ顔を見ていない) 
 あるいは建築現場か? 高層ビルのコンクリート流し込みが今日から始まるのか? 男の正体は現場監督か?

 それにつけても、入院していてさえ仕事に駆けつける日本のサラリーマンの執念というか習性には驚く。
 
 昼前に帰ってきた男は、昼食も取らずに爆睡していた。 

 今日は午前中シャワーを浴びてリハビリし、午後はまるまる自由時間だった。
 ヘンリー・ジェイムズ短編小説集を持って、階下のラウンジで読書に興じた。

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 学生時代に読んで以来だが、ジェイムズの巧みな語り口を堪能した。
 50代の今の自分の作品解釈が、20代の時のそれとは、まったく異なっているのに、複雑な思いがした。
 というのも、収録されている短編は、幽霊やドッペルゲンガーが登場する一種のファンタジーなのだが、今ではそうした怪異現象に現実的で合理的な理屈をつけて解釈する自分がいた。まるで某大槻教授のように。
 若い頃は、怪異を怪異としてそのまま受け取って読んだのだが。

 消え去りし
 二十歳の吾や
 ツララ落つ
 (凡人)











 
 
 

 

 

 

● ほすぴたる記 その後9 北の国から

 本日退院した。
 払った費用は、差額ベッド代の9900円(1650円×6日)であった。

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入院最終日の昼食(野菜ジュースは自持ち)

 
 ソルティは多床室で同室の患者が立てる物音は(イビキも含めて)さほど気にならないのであるが、匂いは気になった。
 今回は途中からストマ(人口肛門)を持つ寝たきり患者が入ってきて、そのストマがよく漏れるのである。排泄口に合っていない装具を使っているんじゃないかと思う。

ストーマ(stoma、ストマとも)とは、消化管や尿路の疾患などにより、腹部に便又は尿を排泄するために増設された排泄口のことである。ストーマを持つ人をオストメイトと呼ぶ。
(ウィキペディア『ストーマ』より抜粋)

 朝に、昼に、真夜中に、時を選ばずその患者のストマは漏れ、そのたび便臭が病室いっぱい充満する。
 やはり、これは気持ちいいものではない。
 ソルティは介護職なので、通常の人に較べれば他人の便臭などへっちゃらである。マスクしないで、おむつ交換や陰洗やストマ交換できる。
 だが、ケアのために他人の便を扱うのと、自分も患者として病床にいて他人の便臭に包まれるのとでは、やはり違うのだと体感した。喫煙所にしばらくいるとタバコの匂いが衣服に染みつくように、自分の寝具やパジャマやベッド周りの持ち物に他人の便臭が染みつくような気がした。
 つまり、自分の生活空間に入ってくる異臭は不快に感じるのである。
 何回かは窓を開けて換気したが、この寒さなので長いこと開けてはいられない。それに窓を開けるには、礼儀上、他の3人の患者の許可を得なければなるまい。それもメンドクサイ。

 と言って、手をこまねいていたわけではない。
 ソルティは常時ラベンダーのアロマオイルの小瓶を持ち歩いている。
 ティッシュにオイルを数滴たらし、ベッドサイドに置いておくと、消臭・殺菌・芳香・リラックス効果が期待できる!
 あら不思議。肥溜めが一瞬にして富良野の丘に。
(ただ、これも度が過ぎると、他の患者から文句が出かねないのでほどほどに)
 入院時には、消臭剤とアロマオイル。
 これは必須アイテムである。

ラベンダー畑



 家に帰ってほっと安心したけれど、実のところ、移動に関して言えば病院のほうがラクチンだった。
 病院では車椅子が使えたが、狭い家の中では車椅子も松葉杖も使えない。四つん這いになって這い回るほかない。ついには膝がこすれて痛くなったので、ネットでバレーボール選手がつけるような膝当てを購入した。
 シャワーもまた病院なら浴室用車椅子に乗り換えて、そのまま洗い場に入って洗体も洗髪もできるが、自宅だとそうスムーズにはいかない。清拭で済ませてしまうことが多い。


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 前回の17日間と今回の6日間で、いかにして心地よく入院生活を送るかをしっかりと学ばせてもらった。
 やっぱり、一番役に立ったのはマジックハンドである。





● ほすぴたる記 その後10(事故後70日)

 骨折した左足のむくみがなかなか取れない。
 リハビリスタッフに言われたように、寝るとき足を高くしたり、足を締めつける弾性ストッキングをはいたり、自分でマッサージしたりしているのだが、ケガしていない右足と比べると豚足のよう。

 むくみが引かないと可動域が広がらない。歩行訓練もままならない。松葉杖とお別れできない。社会復帰が遅くなる。遊びにも行けない。
 焦っても仕方ないけれど、なにか良い手立てはないものか?

 そんなとき、当ブログをお読みいただいたツクシさんから、「アーシングしてみては?」というメッセージをいただいた。

  アーシング

 アーシング(Erathing)とは、地面とつながる健康法である。

 多くの電化製品にはアース線が取り付けられている。
 漏電による感電事故を防ぐため、静電気を逃がすため、雷等による高圧がかかるのをセーブして製品の故障を防ぐため、有害な電磁波から身を守るため・・・。
 こうした理由からアース線を地面につないで、電気を逃がすわけである。

 同じ原理で、人の体内に溜まった有害な、あるいは過剰な電磁波を大地に逃がし、代わりに大地のエネルギーを取り入れて、体を整える。

 やり方は簡単。素足を地面につけるだけ。
 (くわしく知りたい人はこちらを)

 考えてみたら、ソルティは月に一度は山登りに行き、森林浴している。週一回は温泉(健康ランド含む)につかる。週2~3回はプールで泳いで汗を流す。
 “気”の良くない場所に行くことの多い都会生活で、身体が命じるままに適度にアーシングし、デトックスしている。
 もちろん、ケガする前の話である。

 昨年12月初旬にケガしてからは、まったくこれらができていない。
 加えて、部屋に引きこもりがちの生活のため、家電やスマホの電磁波浴び放題である。
 相当に帯電している。
 毒素が溜まっているような気がする。
 それがむくみが一向に引かない一因ではなかろうか?


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 そういうわけで、家の近くの、むき出しの土のある公園に出かけた。(これがなかなか少ない)
 陽当たりのいいベンチに座って、包帯とギプスをはずし、素足を地面に乗せた。
 足裏に触れる湿った土の感触が気持ちいい。
 
 タイマーを1時間後にセットして、目を閉じて瞑想する。
 普通なら2月の吹きさらしの戸外で1時間もナマ足さらして座っていられないだろう。
 が、ご承知の通り、異常気象である。
 気温15度超えのぽかぽか陽気は、日向ぼっこにちょうど良い。

 中学生がサッカーボールを蹴る音
 子どもたちのはしゃぎ声
 お母さんたちのお喋り
 春をよろこぶ鳥の声
 遠くの車のクラクション
 小学生の下校を知らせる市内放送
 常緑樹を騒がす風の音

 心が、過去でも未来でもなく、「いま、ここ」に憩う。


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アーシング開始前

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一時間後

 上記の写真の通り、むくみは軽減し、両足とも白魚のようにきれいになった。
 アーシングの効果なのか、足が冷えたせいなのか、はっきりとは分からないが。
 数時間後には元に戻ってしまったけれど、実に70日ぶりに身体が整って、その夜はよく眠れた。

 今後も続けていこう。





● ほすぴたる記 その後11 ギプス・オフ

 抜釘手術の際に縫合した糸を抜いて、本日より晴れてギプスOFFとなった。
 二ヶ月半ぶりに左の足に靴を履いて、通院外出した。
 もっとも、足のむくみのせいで普通の靴は入らないので、ゴムサンダルである。
 亀の歩みの松葉杖歩行ではあるが、両足の裏を交互に地面について前進すると、「歩けた!」というクララ気分になる。

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 担当医師より、足の荷重も全荷重(60キロ)でいいと許可が下りた。
 どこにもつかまらずに両足で立つことはできるようになったが、まだ左足一本で案山子のように立つのは難しい。左足全体の骨や筋肉が弱くなっているので体重を支えきれない。荷重をかけていると膝が痛くなってくる。
 歩行もおぼつかない。
 足首が硬くて、痛くて、うまく体重移動ができない。ロボットみたいなぎこちない動き、薄氷を踏むような恐々した動き、になってしまう。
 むしろ、ここからが正念場という気がする。
 中途半端な状態で足首が固まってしまわないよう、踏ん張らねば。

 院内では職員、患者ともマスク使用者が目立つ。
 病棟に上がる見舞客は必ずつけなければならない。これは、コロナ騒動以前からで、インフルエンザ対策のためだ。
 「よもや、こんな埼玉県の畑のど真ん中に立つ病院まではコロナも来るまい」と、つい思ってしまうけれど、ウイルスの伝播には都会も地方も関係ない。
 ソルティのリハビリを担当してくれる20代の青年は、ウイルス性胃腸炎で一週間以上、出勤停止を食らっていた。コロナだったら、当然ソルティにもうつっているだろう。
パンデミック
 
 リハビリ後に院内の売店で買い物していたら、ソルティと同じ両松葉杖の男と出会った。右足にギプスをしている。松葉杖を操りながら大きな買い物かごを持つという、器用な、というか危険なスタイルで通路を動き回っている。見かねた女性店員が、「お手伝いしましょうか?」と声をかけたが、「いや、大丈夫です」と断っていた。

 今回ソルティが怪我をして学んだことの一つは、他人の好意を素直に受け取ること、遠慮せずに他人に頼むこと、他人に甘えること、「ありがとう」という言葉を他人にプレゼントすること——である。
 自分もどちらかと言えば、上記の男のように、「人の手を煩わせたくない、人に迷惑をかけたくない、人の好意に甘えるのが苦手」なタイプである。逆の立場なら、つまり自分が頼まれたのなら喜んで人に手を貸すほうなのに、同じことを他人に頼めない。
 おそらく、NOと言われたり、イヤな顔をされるのが怖いのだろう。「自分のことは自分でしなさい、他人に迷惑をかけるな」という子供の頃からの教育(通俗道徳)のせいもあろう。

 松葉杖の何がいちばん不便かと言えば、両手がふさがれることである。物を運ぶのはリュックサックに入れて担げばよいが、買い物がようできないのである。
 有り難いことに今の時代、ネットショッピングというものがあり、ソルティも随分 Amazon のお世話になっている。家族に頼んで買ってきてもらうこともある。
 近所のコンビニで買い物するとき、あらかじめ買いたい物が決まっている場合は、手の空いてそうな店員に頼んで、カゴを持ってもらい買い物に付き合ってもらう。みな、喜んでやってくれる。
 じっくり選んで買い物したい場合は、下のような工夫を編み出した。

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 松葉杖にS字フックをかけ、レジ袋を下げる。選んだ商品をその都度レジ袋に入れていく。最後にレジ袋をレジに持っていき清算する。
 大切なのは、万引きと間違えられないよう、あらかじめ店員に了解取っておくことである。

 病気って、本当にいろいろなことを学ばせてくれる。




 




● ほすぴたる記 その後12 ヤンキー座り

 病院でのリハビリ最中に、担当の若い理学療法士がソルティの目の前ですっと腰を落とし、ヤンキー座りをした。
 その姿にいささかショックを受けた。

「ああ君、ヤンキー座りできるんだ?」
「えっ? ソルティさん、できないんですか?」
「昔からできないんだよねえ」
「そうですか。じゃあ、もとから足首固いんですね」
 
 そうなのだ。
 中学生時分、体育館の裏手でヤンキー座りしてタバコを吸っているドカンズボンでリーゼントの不良たちを見たときに、怖さと共に抱いたのは、「よく、あんな座り方できるなあ~」という感心であった。
 家に帰ってマネしてみたが、足の裏をべったり地面につけて座ろうとすると、どうしても後ろにひっくり返ってしまう。
 足首が曲がらないので、上体が乗せられないのだ。
「ああ、自分は不良にはなれないのだな」と思ったものである。

ヤンキー座り

 いったい日本人の何パーセントがヤンキー座りできるのだろう?
 ネットで調べてみたら、「日本人を含むアジア人はできる人が多く、アメリカ人は9割方できない」と書いてある記事を見つけた。「便所座り」あるいは「うんこ座り」という別の言い方が示す通り、和式トイレで育ったか、洋式トイレで育ったかにも関係あるらしい。(だとすれば、最近の日本の若者はできない率が高いはずである)
 成人するまでソルティの家はずっと和式だった。
 けれど、ソルティにはできない。和式トイレでしゃがむときは、かかとが浮く。
 欧米か!

 この座り方、欧米では「アジアン・スクワット」と呼ばれているらしい。
 足首の可動域を広げるのに四苦八苦している最中であるが、この際、アジアン・スクワットができるようになるまで頑張ってみようか。




● ほすぴたる記 その後 13 通院停止


 昨夜遅く、病院のリハビリ担当者から電話があった。
 「コロナウイルス蔓延防止のため、しばらく外来リハビリ中止になりました」
 
 来たか・・・。
 
 しばらく前から見舞客の制限が始まっていた。
 熱や咳症状のある来院者への注意書きが、正面入口に貼られた。
 「病院内に入らず、まずこちらの電話番号までお問合せください」
 
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 半月に一度の担当医の診察はいつも1時間近くの順番待ちとなるのだが、昨日の診察は20分ほどの待ちですんだ。フロアがすいていた。
 やはり、一昨日に全国一斉休校の要請が出た影響が大きい。
 
 次回のリハビリ予約はキャンセル。
 再開の見通しはむろん立っていない。
 途方にくれている患者も少なくないことだろう。
 
 いま家の中では、家具や手すりにつかまりながら、なんとか立って歩けている。
 狭い家ゆえのメリットだ。
 外出の際はまだ松葉杖が必要だが、試してみたら片松葉杖でもいけた。
 ただ、片松葉杖だとバランスが悪く、歩き方がいびつになる。
 そのまま固定して癖がついてしまうと厄介なので、バランスよく真っすぐきれいに歩けるようになるまでは、両松葉杖が無難だろう。
 左足に体重を乗せられるようになって、かなりの距離を疲れずに歩けるようになったのがうれしい。
 
 レントゲンによる診察の結果、「骨はズレていない」とのこと。
 これからは自主リハビリ+アーシングで復活を目指す。

 
 
蝶々
 
 
 
 
 
 

● ほすぴたる記 その後 14 事故後90日


 ギプスが取れて、大地に足をつけられるようになってからの回復ぶりに、自分でも驚いている。
 ほんの10日前まで、
「ああ、今後一生、山登りも介護の仕事もサイクリングもできないかもしれない・・・」
 と半ばあきらめていたくらい、ケガした左足は硬さと痛みとでままならなかった。

 それが、日々リハビリするにつれて、何もつかまらずに仁王立ちできるようになり、物につかまってカニ歩きできるようになり、手すりをたよりに階段を上り下りできるようになり、片松葉杖でまっすぐ歩けるようになり、今ではヨロヨロではあるが杖なしでも歩けるようになった。

 まだ、右足にくらべると可動域は20度ばかり狭い。膝を曲げてしゃがむ姿勢が取れない。しっかりと地面を蹴って歩くこともできない。
 けれど、復帰までは時間の問題だろう。
 一昔前だったら、石膏ギプスをはずしてから本格的なリハビリが始まるので、回復までがつらく長かった。
 整形外科学の進歩をつくづく感じる。

 今日もまた、リハビリを兼ねた散歩の途中で公園に寄って、アーシング瞑想した。
 顔にあたる春の陽ざしとつがいを求める鳥の声が、今年はとりわけ心地よい。


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 今日は労災の休業補償の申請書を書いた。
 休業補償の算定は次の通り。
  1. ケガをして休業する直前の締め日を最後とし、3ヶ月間の給料を諸手当も含み総計する(ただしボーナスなどの一時手当はのぞく)。(例)ソルティの場合、昨年の9、10、11月分の給与が対象。
  2. その額を総日数で割る。(例)30+31+30=91で割る。
  3. これを「給付基礎日額」と呼ぶ。給付基礎日額の80%が、休業1日あたりの支給額となる。
  4. ただし、「最低保証平均賃金」というのが決められており、上記3で出した給付基礎日額がこれを下回っている場合、最低保証平均賃金が適用される。
  5. 休業補償請求の時効は、休業した初日から2年である。
 わざわざ書いたのは覚え書きのためもあるが、ソルティの場合、どうやら最低保証平均賃金の適用になりそうだからである。
 ワーキングプアの面目躍如である

 書類を担当地区の労働基準監督署に提出したあと、審査を受け、実際に支給されるまで、少なくとも1ヶ月以上みなければならないようだ。
 その間、収入がないわけだから、貯金のない人は困ることだろう。

 思えば、昨年は失業保険で始まり、労災保険で終わった1年であった。
 現在自分はペーパー・ソーシャルワーカーなのだが、社会保障制度の実際を身をもって勉強することになるとは・・・。
 残るは、生活保護か。





● ほすぴたる記 その後 15 イタリア風おやき

 午後、1時間のリハビリ散歩をしている。
 ケガしていない右側で松葉杖をつき、姿勢をまっすぐ保ち、転ばないよう気をつけながら、2キロ近く歩く。
 ひたすら、左足を鍛える段階に入った。
 
 時速2キロで歩いていると、健康なときは見過ごしていた、街のさまざまな風景が目に入る。

 こんなところにリサイクルショップあったっけ?
 いつのまに、こんな立派な介護施設ができたのか?
 この家の庭は手入れが行き届いているなあ。
 杖やシルバーカーの高齢者って、結構いるんだなあ。
 あ、フキノトウが咲いている!
 
 今日は、自宅から約1キロ離れたレンタルDVD店まで行った。
 ケガをする前は、週に一度は通い、映画を借りていた。
 実に3ヶ月ぶり。

 店は雑居ビルの3階にあり、階段もエレベーターもない。エスカレーターのみ。
 エスカレーターを利用するのも3ヶ月ぶりだった。
 松葉杖でのエスカレーターは、ステップに乗る時よりも、ステップから降りる時が怖い。
 到達する階の床面に杖を突くタイミング、動いているステップから足を離すタイミング。
 普段無意識にやっていたことが、まるで初めてエスカレーターを見た途上国の人みたいに、おっかなびっくりになる。

エスカレーター

 
 店内を回ってDVDをあれこれ物色できるのも、片手が空いたおかげである。
 ホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』など3本をチョイスした。
 コロナ騒ぎで、みなインドア志向のせいか、常より店が混んでいた。
 
 帰りにサイゼリアに寄る。
 イタメシ&ワイン好きのソルティは、たまにサイゼに行くのを楽しみにしている。
 最近(といっても、これも3ヶ月ぶりなのだが)、よく注文する料理は、昨年7月からメニューに登場したフリウリ風フリコである。
 フリコとは、イタリア北東部にあるフリウリ地方の郷土料理で、マッシュポテトとチーズを使ったイタリア風おやきである。マカロニとホワイトソースを抜いたグラタンみたいな感じか。赤ワインによく合う。
 これだけだと野菜が少ないので、ほうれん草のソテーを一緒に注文し、ミックスする。

 
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二皿合わせて657キロカロリー、税別600円程度

 
 サイゼの女性店員さんは、松葉杖を突いたソルティを見て、「ドリンクバーの近くの席にいたしましょうか?」と案内してくれた。
 こまやかな気遣いがうれしい。

 この3ヶ月、松葉杖のおかげで、なにかと親切にしてもらうことが多かった。
 なんだか手放すのが惜しい気がするこの頃である。



● ほすぴたる記 その後16 ああ、上野駅!(事故後100日)

 今日は担当医による診察日だった。
 病院の空き加減がはなはだしい。
 とくに整形外科の待合室の椅子はいつもの半分も埋まっていない。
 それほど必要もないのに来院していた高齢者が多かったってことか。

 視診もレントゲン結果も異常なし。
 今後は月一回の診察でよいらしい。
 「いまコロナで外来リハはやってないけれど、自主リハで頑張ってください」と先生。
 頑張りますとも。

 松葉杖なしでもかなり安定して歩けるようになった。
 が、杖なしだとケガをした左足は楽に流されて、足裏全体をべったりと地面につけてのガニ股歩きになってしまう。
 踵から先にまっすぐ地面につけて、最後はつま先で蹴る、正しい歩き方ができない。
 癖がついたらまずいので、もう少し松葉杖を使った矯正が必要だ。
 
 とにかく、左足一本での爪先立ちがまったくできないのである。(両足ならできる)
 「踵をやった人は爪先立ちができなくなることが多いですね」と、いつぞやリハビリスタッフが言った。
 「そうか、じゃあ、もうバレエはあきらめるか」
 「右足でならグランフェッティ(回転)できますよ」
 などと冗談を言って笑っていられたのは、片足だけで爪先立ちするシチュエイションなど日常にはないだろう、と思っていたからであった。

 なんと浅はかな!

 片足で爪先立ちができないってのは、走れないってことなのだ。
 わたし、もう走れないの?!
 その昔の大映ドラマ『赤い衝撃』の山口百恵のブルマに赤いハチマキ姿(スプリンター大山友子役)が浮かんだ。
 走れ! 俺のウサギ!(by 中条静夫)

爪先立ち

 
 爪先立ちの訓練を開始した。
 一番いいレッスンはバレエでなくて、浮力が利用できる水の中でのリハビリ、つまり水中ウォーキングだと思う。
 が、この時節スポーツジムに行ったものかどうか・・・。
 散歩の途中、会員証を持っている近所のスポーツジムをガラス越しにのぞくと、トレーニングルームは見事に閑古鳥が鳴いていた。
 一番近くの人との距離が3メートルくらいの人口密度の低さ。
 これならかえって安全かも・・・?
 
 午後は用事で都心に出かけた。
 山手線に乗るのは3ヶ月以上ぶりである。
 正午にJR上野駅に到着し、エレベータで構内に上がったら、衝撃的な光景が目の前にあった。

 上野駅が空いている!
 

 早朝や深夜はともかく、昼日中、こんなに閑散とした上野駅を観たのは、半世紀以上生きてはじめてであった。
 上野公園の博物館、美術館、動物園、科学館、軒並み休館。
 アメ横から中国人はじめ外国人の姿消えて。
  
 それでも桜は咲くだろう。


上野公園花見
上野公園






● ほすぴたる記 その後 17 杖替わり(事故後120日)

片松葉杖からT字ステッキに昇進(?)した。
松葉杖みたいに一歩進むごとに地面に杖先を突かなくてもよいので、歩くスピードが増した。
時速2キロから3キロくらいに上がっただろうか?
だが、長く歩くと足首が痛んでくる。
大方15分歩くと、ペースダウンせざるをえない。

仕事もぼちぼち復帰しつつある。
が、一日シフトに入った翌日は、疲れて家で半日寝ている始末。
3ヶ月をこえる休暇で、体力や筋力がガクンと落ちてしまった。
4月はリハビリを兼ねるつもりで、週3回の日勤でシフトを組んでもらった。
大丈夫だろうか?

この足はどこまで元通りに戻るのか?
介護の仕事が今後も続けられるのか?
施設にコロナが入ってきたらどうなってしまうか?
いや、自分がどこかで感染し、同居の両親や施設の入居者にうつしてしまうんじゃないか?
・・・・・・・・

いろいろ考えると気が滅入る。
ソルティはどちらかと言えば、最悪の事態を想定しておいて先回りして準備し、あとから、「そうならなくて良かった!」と安心を得るタイプなのである。
つまり、気苦労が多い。


天気が良いので数日ぶりに散歩に出かけ、いつもの公園でアーシング瞑想した。
風は結構強いが、陽射しはあたたかく、気持ちよい。
40分ほど瞑想し、心と体が落ち着いた。

ふと目を上げると、木々がすっかり芽吹いていた。
――芽吹いているのに気づいた。

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そう、桜が散れば、木の芽時なのだ。
今年の花見は、地元のささやかな名所に足を運んだくらい。
半世紀前に卒業した幼稚園のそばの桜並木である。
自分が入園していた頃にこの桜の木があったかどうか、覚えていない。
桜を美しく感じられるのが、大人になった証拠なのだろうか?


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公園からの帰り道、軒先に可愛い花が咲いていた。
――咲いているのに気づいた。
まったくありふれた、いつもの春の野の花だ。

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歩くのが速くなると、見逃してしまうものが多くなる。
コロナに気を取られると、春の訪れにも気づかない。





 

● ほすぴたる記 その後18 奇貨 (事故後150日)

 骨折事故から5ヶ月経った。
 
 ここにきて、回復ペースがダウンしているように感じる。
 予定では今月から杖なしでスタスタ歩いているはずなのだが、まだまだ正常な歩行には程遠く、よたよた歩きである。
 いにしえの奴隷か囚人のように、左足首に鉄枷がはめられて鎖を引きずっているかのような重さと締め付け感がある。
 歩行スピードも思ったほど上がっていない。時速3キロくらいか。
 引き続き、T字杖に頼っている。
 
 どうも寝ている間に足首が固まってしまうらしい。
 朝起きて、しばらくの間は左足のギアが入らない。
 ロボットのようにぎこちない動きで立ち上がって、床に足をつけると、左足の外くるぶしの下あたりの筋に痛みが走る。
 日によっての差も大きく、雨の日や仕事で動き回った翌日などは立ち上がるのも億劫だ。
 
 通院リハビリが中止になって2ヶ月経つ。
 やはり、ちゃんとリハビリに通い、プロの手当てと助言を受ける必要を感じる。
 目下、別の整体を探しているところ。

 
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足のむくみは消えてきた(現在)

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2月中旬

 
 とはいえ、仕事上の不便をのぞけば、さして困ってはいない。
 「不要・不急の外出自粛」のため、足が良くなったところで、どちらにせよ行動は制限される。
 山登りにも温泉にも、スポーツジムにもコンサートにも、落語にも美術館にも映画館にも、乗り鉄にも、法話を聞きにも行けない。

 ケガをした昨年12月はじめから、好むと好まざるとにかかわらず外出自粛を強いられ、上記の趣味をあきらめてきた。
 基本、家の中で読書や映画鑑賞や瞑想やブログ更新をし、たまに気分転換とリハビリがてら、家の周辺を散歩するという日々が続いていた。
 感覚的にはいまもその延長で来ているに過ぎない。
 むしろ、足が治るにつれて行動範囲が広がり、自由度は増している。
 コロナのせいで自由度が減っていくことを憂える世間の人々と逆行している。
 皮肉なものだ。
 
 人間万事、塞翁が馬。
 いまは、仏法の勉強や瞑想にあてる時間が増えたことを奇貨としている。


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瞑想の森
 
 





● ほすぴたる記 その後 19 リハビリ再開(事故後半年)

 本日より通院リハビリが再開となった。
 実に3ヶ月のブランク。
 
 その間もそれなりに自主リハビリしてはいた。
 が、自分でできることには限りがあり、プロ(=理学療法士)の助言とケアが欲しかった。
 起床後の数時間、あるいは雨や低温の日、あるいは仕事で動き回った翌日、左足首が蝋のように固まって、床に足をつけると左くるぶしの周辺が痛み、まともに歩けない。
 「このまま固定してしまうのでは?」
 という一抹の不安もあった。
 
 レントゲン結果は良好。
 骨はちゃんとくっついている。
 足が痛むのは、足首の関節が硬くなっているのと、使わなかった筋やら腱やらが衰えているからとのこと。
 
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術後のレントゲン


 
 入口で体温チェック受けて、院内へ。
 久しぶりのリハビリ室は閑散としていた。
 まだ通院を控えている人が多いためと、“三密”を避けるべく予約をとる際に患者を散らして、一度にリハビリ室に入れる人数を調整しているためである。
 リハビリスタッフも平常時の3分の1もいなかった。
 
 まずは歩くところを見てもらう。
 「やはり、左側のほうの足先が開いてしまいますね~」とスタッフ。
 足首に負担をかけないラクな歩きグセが、知らず身についてしまっていた。
 ベッドに横になって、関節や筋肉をほぐすところから再スタートである。
 久しぶりの濃厚接触(スキンシップ)が気持ちよかった。
 
  ● 現在、元のようにできないこと。
  • 階段のくだり(⇒ 外出時はエレベーター、エスカレータを使っている)
  • 左足だけで爪先立ちする
  • 走る
  • あぐらをかく(⇒ 座禅が組めない)
  • 正坐
  • 30分以上続けての歩行(⇒ 痛みが出る)

 ケガした当初予想していたより、回復が遅い。
 半年したら高尾山くらいは登れるだろうとタカをくくっていた。
 同じく踵骨骨折した人のブログを読んで、経過を比べる日々であったが、やはり個人差が大きいようだ。

 一般に、踵の骨折は後遺症が残りやすい。
 
  ● よくある後遺症
  • 長い距離が歩けなくなる
  • 踏ん張れなくなる
  • 腱鞘炎が起こることで痛みがでる
  • 天候の変化や冷えで痛みが悪化する
  • 神経炎が起こることで足が痺れたり痛んだりする
  • スムーズな動きができなくなるので不意の動作で転びやすくなる 
  • 腰・背中・首の痛みが悪化する 
  • 左右の足のサイズが違ってしまう
 
 とは言え、ここまで治ったのは――この程度で済んだのは――もっけの幸いと思っている。
 いま思い返しても、本当に危険な、まかり間違えば首の骨を折ってもおかしくないような、派手な落下の仕方をしたのだ。
 外出するときは念のためまだ杖を突いているが、自分の足で歩いて、時間はかかっても行きたいところに行ける(コロナ自粛はあれど)。
 両松葉杖でコンサートに行った時の苦労や、室内を尻移動や膝移動でいざっていたときのわずらわしさや、膝から下をビニールで包んでシャワーを浴びるメンドクササを思えば――ああ走馬灯のように浮かんでくる!――天国である。

 そしてまた、一昨年思い切って四国遍路に行っておいて良かった。
 あれだけ(約1400キロ)歩いたので、いまはもう、山登り含め、歩き旅への欲求は希薄になっている。
 
 今後は週一回リハビリに通う予定。

 帰り道の公園で、木陰に寝転がって、読書&瞑想&昼寝した。
 基本、これさえできれば HAPPY な昨今。
 骨折とコロナは生活を単純にした。


 
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● ほすぴたる記 その後20 護符と男密

 梅雨の晴れ間の日曜日、秩父温泉・満願の湯に行ってきた。
 
 コロナ感染が再び広がっている中、不要不急の移動はなるべく控えるべきところだが、同じ県内移動だし、梅雨時だし、山の中だし、そのうえ早い時間帯に行けば、3密となる可能性は少ないだろう。
 何と言っても、この温泉に行くのを一つの目標として、ここまで治療とリハビリを頑張ってきたので、行かないことには区切りがつかない。
 足のケガにはもちろん、最近とみにひどい肩こりにもきっと良い効果があるだろう。
 とにもかくにも、自然の気を浴びたい! 
 
 電車を乗り継いで、まずは秩父鉄道・秩父駅へ。
 梅雨らしいどんよりした日々が続いていたが、今日はさわやかな五月晴れの予感。
 秩父の雄・武甲山が迎えてくれた。
 ちなみに、「五月晴れ」とは本来、梅雨の晴れ間のことを言ったそうな。
 昔(太陰暦)の皐月(さつき)は、今(太陽暦)の六月にあたるのだ。
 
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秩父鉄道・秩父駅

 
 駅近くの秩父神社に参詣する。
 ここは秩父34札所巡礼の際に立ち寄って、御朱印をいただいた。
 清新な気の満ちる、気持ちのよい境内である。

 
秩父神社本殿
秩父神社本殿
 

 主祭神は 
  • 八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)
  • 知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)
  • 天之御中主神(あめのみなかねのみこと) 
  • 秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)
 の四神なのだが、摂社の日御𥔎宮(ひのみさきぐう)には、素戔嗚尊(スサノオノミコト)が祀られている。

ひのみさきぐう
日御𥔎宮


 スサノオノミコトは、日本神話のヤマタノオロチ退治で有名な英雄だが、神仏習合においては、インドの祇園精舎の守護神であった牛頭天王(ごずてんのう)の垂迹神とみなされ、厄病除けの神様として知られる。
 秩父神社の縁起にはこう記されているそうだ。
 
天武天皇白鳳四年(676)、天下疫病大いに流行し、其の災禍を禳わんことを祈る為に、国造奏請して社殿を造営し始めて、鎮祭せられたり
 
 秩父神社では、新型コロナウイルスの沈静化と氏子の皆様の平穏無事を祈って、悪疫病除けの護符『素戔嗚尊』を作成し、参詣者に無料で配布している。
 それがこれだ。

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 アマビエ、あるいは元三大師降魔札いわゆる角大師と、いずれが一番効くだろうか?


 土地の神への挨拶と骨折治癒の御礼を終えたあと、秩父鉄道に乗る。
 空いていた。
 普段の日の晴れの休日なら、長瀞観光や山登り客で賑わいでいるところだ。
 向かい席の40代の父親と10代の息子は明らかに鉄チャンで、マニアックかつメカニックな会話のやりとりが面白かった。この親子はきっと、子供が思春期を迎えても、成人しても、会話が無くなることはないだろう。羨ましい気がした。

 皆野駅から町営バスに乗る。
 乗客はわずか4人、秩父温泉バス停で下りたのは自分ひとりだった。
 時刻は午前11時。

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皆野駅ホーム風景


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秩父温泉・満願の湯


 「おや?」と思うほど駐車場が埋まっていたので、イヤな予感がした。
 入館して、更衣室の暖簾をくぐってみると、若い男がいっぱい。
 「なぜ? しかもこんな早い時刻から?」
 午後ならばまだ、登山を終えた汗臭い客やツーリング族であふれるのは分かるのだが・・・。

 混雑している洗い場を素通りし、日野沢川の渓流を見下ろす露天風呂に直行する。
 二つある湯舟はどちらも、やはり若い男の群れに占領されていた。
 しかも、次から次からへと、新たな一団がやってくる。
 3密ならぬ、男密・・・。

 彼らの会話を聞いて、わけが分かった。
 満願の湯の裏手には、コテージやトレーラーハウスが並ぶ「満願ビレッジ」というオートキャンプ場がある。
 彼らは、前日に仲間と車でやって来て、そこに泊まっていたのであった。
 午前10時のチェックアウト後、たいがいはアルコールを抜く為、ちょうど開館したばかりの温泉に押し掛けたのである。
「う~ん、そこまでは読めなかった」

 会話を聞いていると、「明日からまたテレワークだよ」、「だれだれ先輩の結婚式、コロナで延期になったんだよな」などと言う話も聞こえ、中にはマスクをつけたまま入浴している男もいた。
 なんて卑猥な・・・(笑)
 
 正午を過ぎると、急に閑散としてきた。
 ゆっくりと露天風呂で体をほぐし、夏の緑に覆われた渓谷と滝の眺めを楽しみ、渓流と鳥の声を堪能した。
 どんなにかこの瞬間を待ちわびていたことか!

 「ほすぴたる記」もこれで一段落。
 これからも忍耐と根気を必要とするリハビリは続くが、日常の行住坐臥はほぼ原状復帰と言ってよかろう。
 走ったり、階段をスムーズに下りたり、山登りしたり、重労働したり、長時間座禅を組んだりするのは、今後の課題として残っているけれど、ここまで回復したことに感謝。

 心身ともにさっぱりしたあとは、長かった闘病生活のご褒美を享受した。


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秩父名物・わらじカツ
足のケガにはぴったり!













 
 
 
 


● ほすぴたる記その後21 荒川越えの一万三千歩

 昨日は天気が良かったので、長い散歩をした。

 JR武蔵野線の北朝霞駅で下車し、ひとつ隣りの西浦和駅まで、5.0キロを歩いた。
 武蔵野線は基本的に、首都圏を走る列車の中では駅間距離が長いのだが、上記区間はその中でも2番目に長い。(一番は新小平―新秋津間の5.6キロ)
 むろん、高架の線路に沿ってずっと道が続いているわけではないので、実際に歩く距離は6.5キロくらいになる。
 たいした距離ではないが、足をケガしてからは最長の歩行となった。

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崖の上に建つ住宅(新河岸川近く)


 このコースの良いところは、新河岸川と荒川、二つの大きな川を渡ることである。
 とくに荒川を渡る秋ヶ瀬橋は全長1045.0メートル、埼玉県の県道に架かる鋼橋としては最長である。
 橋の上から見る景色はまこと気宇壮大。
 地平線に北から西へと、赤城山、秩父の山々、丹沢、富士山を拝むことができる。(富士山は雲に隠れていたが)

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秋ヶ瀬橋より望む荒川(北方面) 


 西浦和駅に着く頃はさすがに痛みが出て、少し足を引きずるようになったものの、約2時間、13,000歩あまりを休みなく歩きとおした。

 今月で通院リハビリも卒業。
 コロナによる休止の3ヶ月間(3~5月)をのぞく、7ヶ月の通院であった。
 労災でなかったら、こんなに長く頻繁に通うのは難しかったであろう。
 ありがたいことである。

 今秋中にはどこかの山に行けたらいいな。

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荒川土手沿いの道を縁取る曼殊沙華



 
   

● ほすぴたる記その後22 高尾ロス

 午後、急に思い立って高尾山に行った。

 なんと一年ぶりの山登り。
 一番最近は昨年10月末の鷹取山だった。
 これほど山から離れていたのは、山登りが趣味となった15年前からついぞなかった。
 むろん、骨折後はじめてである。

 そして、高尾山は昨年4月以来。
 恒例の初詣を含め、生涯もっとも多く登っている山にもすっかりご無沙汰であった。
 
 京王高尾山駅に着くと、駅周辺も、高尾山へと続く参道も、人であふれていた。
 コロナ前とまったく変わりない。
 いや、もしかしたらコロナ前より多いかもしれない。
 山歩きは、人との距離が取れるアウトドアで、ストレス解消にも最適だ。
 みな、そこを狙って来たのだろう。
 ただ、すでに午後3時を回っていたため、下山客がほとんどで、これから登る者は少なかった。


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 ケーブルカー麓駅の脇から、勝手知ったる琵琶滝コースに入ると、頭や心より前に身体が反応した。
 全細胞が久しぶりに浸かる高尾の“気”に打ち震えた。
 足りてないのはこの“気”であった。
 求めていたのはこの“気”であった。
 
 中央線を高尾駅で降りたときからすでに感じていたのだが、やっぱり高尾の“気”は違う。
 ヒノキや杉などの針葉樹が発する、明らかに神社系の“気”で、気高さと清涼感にあふれている。
 丹沢の山とも武蔵の山とも違う。
 富士山から連なる中央線沿いの山々だけに許された神(コノハナサクヤヒメ?)なる“気”である。
 とくに高尾山は、昔から修験の山で、頂上には真言宗薬王院があり、琵琶滝や蛇滝などに見るように水系豊かなため、中央線の山々の中で一番都心に近いにもかかわらず、素晴らしい“気”を保っている。


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琵琶滝


 高尾と言ったら天狗だが、ソルティはどちらかと言えば、龍を連想する。
 身体を波打って貫くようなエネルギーを感じるのだ。
 圏央道のトンネル貫通も、ミシュラン3ツ星による世俗化も、この“気”を奪うことはなかったのだ。
 いや、もしかすると、コロナで一時入山者が減ったおかげで、本来の“気”がよみがえったのであろうか?

 山道を進むにつれて、全身の成分が入れ替わっていくのが感じられた。
 一年ぶんの代謝。

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 歩いて山頂まで行き、下りはケーブルカーかリフトを使うつもりであった。
 上りより下りのほうが、足に負担がかかるからだ。
 が、結局、30分ほど歩いた3号目あたりで棄権した。
 平地では90分以上連続して歩けるようになったが、上りで、しかも足元の不安定な山道はまだ無理が効かないようだ。
 それに速度もつかないので、山頂に着くまでに暗くなりそうだった。

 沢を見下ろすベンチに腰掛けて、40分ほど瞑想した。


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 ・・・・・ととのった。

 中央線沿線に住んでいた15年の間に、自分がどれだけ高尾の“気”に馴染んでいたか、その聖なるエネルギーを糧にして生きていたかを、つくづく思い知った。
 昨年4月に実家のある埼玉に戻ってから、身心ともになんとなくすっきりしないものを感じていたのだが、その正体は“高尾ロス”だったのだ。
 土から抜かれた植物のように、エネルギー源から切り離されていたがゆえに枯渇していたらしい。

 下山後は、友人と待ち合わせ、高尾極楽湯でのんびりした。
 と言っても、ここもコロナ前の休日と変わりない混みよう。
 露天風呂は芋を洗う猿たち(笑)でいっぱいであった。
 ソーシャルディスタンス的にはかえって「やばかった」かも・・・・・?

 そうそう、コロナ前と大きく違ったのは、ほぼ日本人100%の高尾山だったこと。 
 何年ぶりの光景だろう?

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● ほすぴたる記その後23 高尾登頂(事故後丸1年)


 12月5日で、転落による左足踵骨の骨折後、丸1年になる。
 今さらであるが、月日の速さにギョッとする。
 
 この1年はおそらく(世界中の)誰にとっても “おかしな一年” だったろう。
 新型コロナウイルスに関する国内最初の報道は、2019年12月31日だったというから、まさに「コロナで始まりコロナで終わった一年」になってしまった。

 黒船来航時の江戸庶民の騒ぎもかくや、と思わせたダイヤモンドプリンセス号横浜着岸(2月3日)のニュースを、ソルティは抜糸手術のための2度目の入院中、病室のテレビで観た。
 退院後(2月中旬)にリハビリ通院しながら、「こんな田舎までよもやコロナも来るまい」と余裕をかましていたが、今や全国各地に感染は広がってしまった。
 ソルティの入院していた病院は、つい最近クラスター化した。
 世話になった看護師やリハビリ職員は大丈夫だろうか?
 
 社会的にはコロナの一年だったが、個人的には骨折に始まり、骨折により生活上の変化を余儀なくされ(身体介護の仕事をあきらめ事務系に転職した)、骨折と共に生きた一年であった。
 ウィズ骨折だ。
 手術後は、時の経過とリハビリにより日に日に可動域は広がって、痛むことも少なくなり、日常生活でできることがどんどん増えていった。
 コロナの第一波がやわらいだ6月からは、最寄りのスポーツ施設で水中ウォーキングを開始した。
 空いている平日の夜間帯を狙って、30分ほど歩き、15分ほど泳いでいる。

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 現在は、起床時に立ち上がって歩きはじめるのに難儀するのが一番のネック(足首だけに)。
 寝ている間に足が固まってしまうからだ。
 しばらくは外くるぶしの筋に痛みを覚えつつ、足を引きずって歩く。
 朝食を終え仕事に出かける頃には、痛みも消え、杖を持たずに普通に歩ける。
 駅の階段の上り下りも支障ない。(階段にはずいぶん注意するようになった)
 正坐も坐禅も組めるようになった。
 つま先立ちできるようになった。
 まだ走れないが、速足はできる。
 ケガする前と同レベルではないが、また、おそらくはどんなに頑張っても何らかの後遺症は残るだろうが、「一年後の予後良好」と言っていいのだろう。
 病院には感謝である。

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 10月末に我が檀家山たる高尾山に挑戦し、3合目あたりで挫折した。
 昨日、装備万端で再チャレンジし、ついに山頂(599m)まで登ることができた。
 感無量である。


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山頂から見た都心の風景

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 山頂ひろば
ケガの前なら90分で登れたところ、150分かかった
 
 前回、人混みの休日に行き、あとからコロナ感染不安に陥ったことの反省もあって、今回は平日に登った。
 人はまばらで、登り道でも山頂でもマスクをつける必要はまったく感じなかった。
 マスクを外し、思いっきり新鮮な大気を吸い込むことの気持ち良さったら!
 秋の陽射しに輝く紅葉もとても美しかった。


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天狗様よ、そのヤツデのうちわで
コロナを吹き払いください
 
 下山の途中に真言宗薬王院に寄り参拝、今年初めてのおみくじを引いた。
 大吉だった。
 有効期限はあと一ヶ月なのか・・・?
 宝くじでも買ってみようか。  


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 「あまりにも良すぎて位負をするほどの強い運です」
 ここまで良いくじは人生初めて
 
 下りにはまだ不安があるので、薬王院から先はリフトを使った。
 もう少し鍛えてからチャレンジする。
 下山後は、前回同様、麓の極楽湯でゆったり過ごした。(ここも空いていた)

 一日の歩行数は17000歩強。 
 趣味の山登りができるまで復活した。
 それ自体が「大吉」なのかも・・・。
 

 
 
 
 

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