ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

シャフクへの道

● 漫画:『わたし中学生から統合失調症やってます。』(作画:ともよ)

2018年合同出版

 副題『水色ともちゃんのつれづれ日記』
 タイトル通り、ともちゃんは中学生の時から統合失調症を患い、根拠のない不安や強い自己否定からリストカットや不登校を繰り返し、15歳で精神科入院。
 退院後は精神科デイケアに通ったり、社会復帰(というより社会デビュー)を目指して就労支援を受けたり、興味をもったピアノを習い始めたり、こうして自らの経験を漫画に描きブログ投稿したり・・・。
 統合失調症とのつらく苦しい闘いと、本人がその状態を受け入れ、「この相棒と共生」するようになるまでの日々が、『オバケのQ太郎』に出てくるO次郎(「バケラッタ!」)みたいな可愛いキャラに託されて描かれる。
 1990年生まれとあるから現在21歳か。
 統合失調症患者が書いた闘病記は世界にも珍しく、例外的に『ボクには世界がこう見えていた』(小林和彦著)があるが、十代の当事者によるものはさらに珍しいのではないか。
 その意味で、貴重な症例記録と言えよう。

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 病気に関する解説を主治医の成重竜一郎氏(若宮病院児童精神科医長)が書いている。
 統合失調症について、また患者の内面世界について知り、病気への理解を深めるのに恰好の一冊である。
 
 人の脳は、日々膨大な量の知覚情報や思考の流れを処理しています。通常であればそれらのほとんどは意識されず、必要なものだけを意識に上げて処理するよう自動的に調整されています。視界には入っていても気づかないということが起きるのはそのためです。
 ところが、統合失調症にかかるとどういう理由かは不明ですが、このシステムの働きが悪くなり、普段であれば不要だとみなされ、意識に上らない知覚情報や思考の流れが、部分的に意識されるようになります。その際に、本来意識されないものが意識されてしまうことのつじつまを合わせようとして、脳が勝手な意識づけしてしまうのが“幻覚”であり、“妄想”です。
(成重竜一郎による解説より) 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 本:『ヤクザの文化人類学 ウラから見た日本』(ヤコブ・ラズ著)

1996年岩波書店

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 ソルティの中のヤクザのイメージと言えば、まず60年代東映の任侠シリーズ。
 鶴田浩二、高倉健、菅原文太、藤純子といった錚々たるスターが銀幕に焼き付けた“義理と人情”の裏街道。
 着流し、入れ墨、日本刀、親分子分の盃、日本家屋、番傘、博打、啖呵、出入り、一宿一飯の恩、カタギには迷惑かけん・・・・・。
 あくまで忍耐強く、あくまでストイック。
 画面を彩る敗者の美学。 
 緋牡丹のお竜こと藤純子の花そのものの美しさといったら!

牡丹


 その後、東映は73年公開の『仁義なき戦い』(深作欣二監督)の大ヒットを皮切りに実録路線に変更していったが、ソルティはこちらには興味が湧かなかった。
 ダブルのスーツ、白いエナメルの先のとがった靴、外車、サングラス、角刈り、チャカ(拳銃)、シャブ(覚醒剤)、シマの取り合い、壮絶な銃撃戦、簀巻きにして大阪湾、イロ(女)を風俗で働かせてのヒモ生活・・・・。
 刑事ドラマや東映Vシネに描かれるようなその後のヤクザ像は、この実録路線の延長上にあるのだろう。
 それはもはや、任侠道とか敗者の美学というものとは程遠く、まさに暴力団とか“反社”という呼称こそふさわしい。(岩下志麻主演の『極妻』については未見なのでよくわからない)
 
 いずれにせよ、ソルティのヤクザイメージはマスメディアによって作られたもので、現実にヤクザの知り合いもいなければ、パチンコや賭け事もやらず、近所に組の事務所があるわけでもないので、まず彼らとは接点のない半生を送ってきた。
 たまに繁華街のサウナに行ったときに、それらしき入れ墨の主を見るくらいである。
 その点では、本書で著者が述べている通りである。
 
 一般社会にとって意味があるのは、ヤクザは犯罪者で暴力的で社会に寄生しているという事実だけである。それ以上の情報は必要としない。なるほどその情報は事実であるかもしれないが、そのような態度からは個人としてのヤクザを完全に非人間化するというプロセスしか生じない。 

 だから、東海テレビが制作したドキュメンタリー『ヤクザと憲法』(2015)は大変面白く、刺激的であった。
 カメラが大阪にある某ヤクザ事務所に入っていって、親分はじめ組員一人一人にインタビューして、その人柄や来歴を見せてくれたのである。
 そこに映し出されたヤクザの素顔は、おおむね不器用かつ直情径行で、世渡り上手とはおせじにも言えず、人間っぽさ濃厚であった。
 
 本書はそれに先立つこと20年前、1986年から1990年にヤクザの世界に単身乗り込んだ一研究者が、丹念なリサーチの結果をまとめあげた稀有なる記録である。
 それを実現したのが、本邦の研究者ではなく、イスラエルの文化人類学者であるところが衝撃的である。
 本書が発刊された時の反響を自分は覚えていないが、日本の文化人類学界や社会学界のみならず、マスコミ関係者や警察関係者においても、いや一般読者においても相当な衝撃をもって迎えられたのではなかろうか?
 日本人の研究者でもよくし得ないことが、イスラエル人にしてやられるとは・・・・!
 
 だが、もちろん外国人の研究者だからこそ、このような恐れ知らずの、偏見知らずの、しがらみ知らずのフィールドワークができたのは間違いあるまい。
 取材される相手(=ヤクザたち)も、表社会にいてヤクザを偏見の目で見ることに慣れたカタギの日本人ではなく、日本文化の外にいる外国人という部外者だからこそ、すんなりと受け入れ、胸襟を開き、本音を晒したのであろう。
 それは『さいごの色街 飛田』で飛田遊郭を取材した井上理津子に言えることと同じである。
 
 本書は、ヤクザという存在について、文化人類学、社会学、心理学、ジャーナリズムの扱いなど様々な視点からの洞察がなされ、興味深い。
 縁日には欠かせないテキヤの仕組みや日常の記述などは、著者も彼らと一緒に旅して露店で売り子もしたというだけあって、非常に具体的で面白い。 
 また数年に及ぶフィールドワークの結果として生じた著者とインフォーマント(情報提供者)たるヤクザたちとの友情や親睦の様子も描かれ、「ヤクザ」「外国人」「学者」といったレッテルをはがした人と人との真摯な関係の可能性について教えてくれる。

 一連の研究の果てに著者が実感したのは次のようなことであった。
 
 ヤクザは日本人の中心的自我の一つの変形であり、逆もまた真なりと言える。この主張に対してはたいていの日本人が異議を唱えるだろう。たいていの日本人はヤクザの中に自分自身を認めることなどできないだろうし、また認めようともしないであろう。しかし私の考えでは、ヤクザは伝統的社会からは排除され拒絶されてはいるが、多くの点で日本人の文化的な自己の一部であって、しかも周縁とは言い切れない一部である。二つの社会が似ているからこそ排除や拒絶が起こるのである。
 
 裏社会という言葉は言い得て妙で、表社会の正確な倒立像が裏社会たるヤクザの世界であろう。
 性風俗や賭博やドラッグなど、表社会の健全な人々がもつ後ろ暗い欲望を密かに叶えてくれるのが、裏社会の役割であった。
 ジギルとハイドの正体は、同じ一人の人間である。
 両者は分けられない。

 著者があとがきで記しているように、フィールドワークが行われたのは92年の暴力団対策法施行の以前であり、その後、日本社会(表社会)も裏社会も大きく変わってしまった。
 暴力団への締め付けが厳しくなり、組からの離脱者が増えている。
 既存の組織もまた存続の危機にあるが、それは「暴力団壊滅、バンザイ!」と市民社会が一概に喜んでばかりいられるものでなく、掟も縛りもない半グレや国際ギャングのようなアウトローの増加を生んでいる。
 著者が言うように、「昔風のヤクザは、もうこの世界の規範ではなく、骨董品めいたものになった」のである。

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 60年代の東映任侠映画に入れ込んでいた20代の頃、ソルティは「人はなぜヤクザの道を選ぶのか」、ほとんど考えることがなかった。
 ただ美しくスタイリッシュな映像と、カッコいい科白と、見事な太刀さばきに見とれているばかりであった。
 関西の人間なら暗黙の了解として知っているであろうことを、関東生まれで世間知らずの自分は知らなかった。
 無知っていうのは罪だなあと思う。
 と同時に、タブーを作って顕在化させないでいるのは、やはり日本人にとって教育上よろしくないと思う。
 被差別部落や在日朝鮮人などマイノリティの視点から、再度、東映ヤクザ映画を見直してみたい。
 
ヤクザ世界に庇護を求める者たちのもっとも根本的な動機は、通常社会に順応できないことにある。周縁的であるからこそヤクザは、自分がそこに所属し、そこで成功した気持ちがもてるのだ。反転世界での逆転した成功は、差別されうまく適応できなかった人々の周縁的なアウトローの世界にいるという思いに基づいている。



 
おすすめ度 :★★★

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● 映画:『かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ監督)

2012年スターサンズ(日本)
100分

 ヤン・ヨンヒの小説『朝鮮大学校物語』が面白かったので、借りてみた。
 本作は同年のキネ旬1位、ブルーリボン作品賞を獲っている。
 日本アカデミー賞にはノミネートすらされなかったのはなぜ?
 
 朝鮮総聯幹部の父の勧めで16歳で家族と離れて北朝鮮に渡ったソンホ(=井浦新)。
 結婚し、いまでは一児の父である。 
 彼の地ではできない脳腫瘍の手術を受けるため、25年ぶりに日本に戻って来られることになった。
 慈父のような金主席の配慮で3ヶ月という特別滞在許可が下りたのだ。
 人が変わったように無口で笑わなくなったソンホを温かく迎える母(=宮崎美子)と妹リエ(=安藤サクラ)、そして旧友たち。
 しかし、ソンホの帰国生活は同志ヤンによる監視付きで、そのうえリエを北朝鮮のスパイとしてスカウトするよう命じられていた。兄の言葉に傷つき、激しく拒絶するリエ。
 数日後、手術の見込みも立たないまま、突然なんの理由もなく帰国命令が出て、家族はまた離れ離れになる。 

 主演の安藤サクラは本作で主演女優賞を総ナメにしたが、それも納得の好演技。
 樹木希林の衣鉢を継ぐのはやっぱこの人だ。
 井浦新はこれまで注目したことがなかった。雰囲気のいい役者である。
 宮崎美子演じる母親(おそらく在日2世)も、安藤や井浦演じる子供たち(おそらく3世)も、言葉や仕草の点で在日コリアンの演技としてはどうなのかな?――と一瞬思ったが、ソルティがステレオタイプの在日コリアン像(それと分かる1世の人の言動より抽出された)を知らず身に着けているだけと気づいた。お恥ずかしい・・・。
 
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 1910年の日韓併合によって、労働力として日本に強制連行されたのが在日朝鮮人の始まりと言われる。
 その当事者や家族、子孫ら約10万人は、1950年代から1984年にかけての壮大な帰還事業で北朝鮮に永住帰国した。
 当時、北朝鮮は「地上の楽園」と言われていたのである。(吉永小百合の代表作『キューポラのある街』にこのへんのことが描かれている)
 蓋を開けてみたら、その実態は楽園とは正反対の金一族の独裁体制による生き地獄。
 もはや自由は微塵もなかった。
 結果的に、「在日」として不当な差別や抑圧を受けながらも、日本に残ることを選択した者たちのほうが賢かったのである。
 こんな皮肉な話もあるまい。
 
 同じ朝鮮民族が、朝鮮戦争による分断の結果、あるいは北朝鮮に生き、あるいは韓国に生き、あるいは在日の子孫として韓国語を忘れて日本に生き、あるいは朝鮮人の誇りを胸に帰国して北朝鮮に生きている。
 いったいどの朝鮮人が一番幸せなのか?
 まるでユダヤ民族のそれのような朝鮮民族の受難に思いを馳せざるを得ない。
  
 日本人がこうした歴史を教えない、教わらないのは罪としか言いようがない。

  
 
おすすめ度 :★★★★

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● 君の名前を教えて 本:『朝鮮大学校物語』(ヤン・ヨンヒ著) 

2018年(株)KADOKAWA

 朝鮮学校を舞台とするドキュメンタリー『アイたちの学校』を観ていて生じた疑問、

 朝鮮学校では金主席や北朝鮮という国の体制をどこまで批判できるのか?

 ――を確かめようと、検索していたら本書に当たった。
 著者は1964年大阪生まれの映画監督。在日コリアン2世である。

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 朝鮮大学校は東京都小平市にある。
 武蔵野美術大学(通称「ムサビ」)、創価学園(いわゆる「ガッカイ」)、白梅学園、津田塾大学、都立小平西高校などが集まる文教地区で、玉川上水の緑豊かな遊歩道が続く閑静な住宅地である。
 最寄りは西武国分寺線の鷹の台駅。毎朝、小学生から中・高・大学生まで多くの学生たちが改札を抜けて、それぞれの学校へと向かう。
 ただし、その中に朝鮮大学校の学生の姿はない。
 全寮制だからである。
 ここは民族教育の最高学府であり、全国の朝鮮高校からやって来た在日コリアンの若者たちが、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)を担う幹部となるべく、勉学や民族意識の確立に励んでいる。
 文部科学省から大学としての認可は受けておらず、法律上は各種学校である。

 本書は、80年代前半に大阪の朝鮮高校から朝鮮大学校へ入学した一人の女性、パク・ミヨンを主人公とした学園青春物語である。
 むろん、ミヨンのモデルは若かりし日の著者ヤン・ヨンヒ自身であり、三人称のフィクションという形を取ってはいるが、書かれていることのかなりの部分――朝鮮大学校での授業や寮生活の様子、卒業旅行で訪れた北朝鮮での見聞など――は、著者の体験に基づいた事実と思われる。

 ミヨンが朝鮮大学校に入学した一番の目的は、東京でたくさんの芝居や映画を観ること。将来は演劇の道に進むつもりなのである。
 本書に登場する映画のタイトルや劇場名、劇団名は、同じ80年代の東京で『ぴあ』を片手に青春を過ごしたソルティの耳に懐かしく響くものばかりであった。
 入学早々、六本木の俳優座に芝居を観に行って夜8時の門限破りをしてしまったミヨンは、生活指導員に呼び出され、厳しく注意される。

「ここは日本ではありません! 朝鮮大学校で生活している貴女は、共和国で、すなわち朝鮮民主主義人民共和国で生きているのだと自覚しなさい!」

 比較的自由が享受できた大阪の朝鮮高校とは違って、朝鮮大学校は規則づくめで管理のきびしい、まるで中世のカトリック修道院のような場所であった。
 修道院と違うのは、敬愛と信仰の対象となるのがイエス・キリストや聖母マリアではなくて、北朝鮮の最高指導者たる金日成(キム・イルスン)・金正日(キム・ジョンイル)親子であること。
 朝は、「放送事故のような音量で」流される革命的行進曲と合唱団が歌う戦闘曲で起こされ、毎夜の政治学習の時間には金親子の著作集を読まなければならない。
 そのあとに一日の自分の言動をルームメイトの前で振り返る“総括”が待っている
 抜き打ちの持ち物チェックでは、倭風(日本的)や洋風の物を持っていないか徹底的に調べ上げられ、ミヨンの持っていた外国音楽のカセットや映画雑誌、バタイユの『エロティシズム』などは没収されてしまう。
 外出できるのは週一回日曜日のみ。外出先と目的を書いた許可書を提出し、5人の管理者の印を受けなければならない。
 外部の日本人との交流は制限され、とくに日本人男子との交際などもってのほか。
 つまりは、まったくの洗脳教育機関である。

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玉川上水


 映画や演劇を愛するだけあって自由な感性の持ち主であるミヨンは、校風に馴染めず、事あるごとに反抗を重ね、お隣のムサビの男子学生との恋愛騒ぎを巻き起こし、問題児のレッテルを貼られてしまう。
 卒業旅行では、幼い頃に北朝鮮に“帰国した”実の姉との数年ぶりの再会を心待ちにするも、当局の不興を買った姉夫婦は首都ピョンヤンから僻地に追放されていた。
 持ち前の度胸と袖の下を使ってやっと姉のもとを訪れることができたミヨンは、その道中、貧しい祖国の悲惨な現実を知り、監視社会のもと自由が奪われた人々の絶望しきった暗い表情を見る。
 ひたすら姉のことを心配するミヨンに向かって、姉は言う。

「アンタは私の分身やから。私の分も幸せになってくれな困るの! 組織や家族のためとかアホなこと言うたら私が許さへん。後悔せんように。わかった? 朝鮮で生きるのもキツいけど、この国背負わされて日本で生きるのも大変やと思うわ」

 日本への帰国間近、ミヨンたち一行は思いがけずも金日成主席の姿を拝謁する機会を得る。
 アフリカのどこかの国の大統領を迎える金主席を讃えるサクラとなるため、空港に召集されたのである。
 「民族の太陽」のおでましに、号泣しながら「万歳!」を叫ぶ教員や同級生たちの間にあって、ミヨンはひとり冷めている。
 
「これが本物のキム・イルソン・・・・」
 伝説のカリスマを目撃しているという事実よりも、集団心理に感染しない自分を発見した実感の方がスリリングだ。
 この人はこの国をどう思っているのだろう? この国の実情を知っているのか。部下たちはちゃんと報告するのだろうか。この国の現状にどれほど満足しているのだろうか。

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Tomoyuki MizutaによるPixabayからの画像


 本書に描かれているのは、30年以上前の朝鮮大学校の実態であり、いまの金正恩(キム・ジョンウン)主席の祖父にあたる金日成時代の北朝鮮である。
 令和の現在、当時とはいろいろと違っていることだろう。
 まず間違いなく状況は悪化しているに違いない。
 本書の裏表紙に載っている朝鮮大学校の校舎の黒ずんだ外壁の写真を見れば、相当な経営難に陥っていることは推察できるし、入学する生徒も激減していると聞く。
 コロナ禍のいま、北朝鮮の内情に至っては想像するだに怖ろしい。

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 世界中の誰だって、自ら望むことなく前もって定められた条件下に生まれ落ち、歴史に翻弄されながら、各々が属する国や民族や宗教や文化や社会制度や伝統に絡めとられ、かつ、そこにアイデンティティを見出しながら生きている。
 日本人しかり、在日コリアンしかり、台湾人しかり・・・・。  
 アイデンティティとは“条件付け”にほかならない。
 同じ日本に生まれ、同じ空気を吸いながら、在日コリアンの人々と日本人とではいかにバックグラウンドが異なることか。
 見ている景色が違うことか。
 アイデンティティの中味が異なることか・・・・。

 仏教徒のソルティとしては、“条件付け”からの解放こそが最終的な自由への道と思ってはいるけれど、それは今現在自分や他人が大切にしているアイデンティティを軽視していいということには決してならない。
 それは互いに尊重すべき、でき得る限り理解に努めるべきものであろう。
 「自分たちは国籍なんて気にしないよ。君がナニジンだろうが関係ないよ」という、ムサビの恋人をはじめとする周囲の善意の日本人たちの言葉にミヨンが傷つくのは、それが(幸運にも)国籍を気にしなくてすむ立場にいる人間による“上から目線”のセリフだからだ。
 セクシャルマイノリティの一人であるソルティも、「わざわざカミングアウトしなくたって実生活上の問題がなければ別にいいじゃん」という“決して差別者ではない”ヘテロの同僚の発言に、「それはそうだけど・・・・」とふっ切れない思いとともに口をつぐんだことがある。
 その瞬間、自分(を含むセクシャルマイノリティ)という存在が「無きもの」とされたような気持ちがしたのである。
 「多様性を受け入れる」というのは、「君が何であっても関係ないよ。差別しないよ」という表面的なものではなくて、「君が何であるか教えてくれ。自分は黙って聴くから」ということなのだろう。

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cm_dasilvaによるPixabayからの画像


 朝鮮大学校は、ソルティが想像していた通りの、あるいはそれ以上の不自由で窮屈な怖ろしい世界であった。
 しかるに、そこで学ぶ若者たちの皆が皆、洗脳されてしまうわけではないことが本書では証明されている。
 おそらく、完全に洗脳されて金主席を神と仰ぎ、北朝鮮を理想の国と信じ込むのは一握りの“優秀な”学生だけであって、ほとんどの学生は教員や朝鮮総聯に目を付けられないよう外面は従順なふりをしつつ、それなりに楽しみを見つけながら、自己表現の手段を探しながら、したたかに生きているのだろう。

 まあ、難しいことは抜きにしても、本書はとても面白い小説である。
 「一人でも多くの人に読んでほしい」という言い回しは、たいていの場合、評者の誇張か独り善がりに過ぎないので、あまり口にしたくない。
 が、本書に限っては「一人でも多くの日本人に読んでほしい」と素直に思った。
 


おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
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● 本:『怒羅権と私 創設期メンバーの怒りと悲しみの半生』(ワンナン著)

2021年彩図社

 本書の表紙カバーにでかでかと載った著者の顔写真を見て、どう感じるだろう?
 中国人であることは分からないかもしれない。
 13年間ムショにいた男というのも分からないかもしれない。
 一見、人懐っこそうな顔立ち。
 賢そうな額。
 意志の強そうな顎の線。
 人生の辛酸が刻まれた深い皺。
 凄みのある風貌は、長く海風に吹かれた漁師か、数々の建築現場をかんな一つで渡り歩いてきた凄腕の大工のようにも見える。
 しかるに、カメラ(=読者)にひたと向けられた両の瞳をのぞき込むと、長年蓄えられた怒りと悲しみと絶望、簡単には人を信じない用心深さとある種の冷酷さ、瞬時に相手の正体を見抜く眼光の鋭さ、そしてどんな相手でも飄々と受け入れるであろう懐のふかさを読み取ることができよう。
 「修羅場をなんども潜り抜けてきた人だな」と直感する。

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 怒羅権(ドラゴン)は、東京都江戸川区葛西に暮らす中国残留孤児の2世や3世の少年たちが1980年代後半から徒党を組むようになり、88年に命名し誕生した。
 初期メンバーは12人、90年代前半の全盛期には府中や八王子にまで勢力が拡大し、800人の大所帯になったという。
 日本人の作る上下関係の厳しいピラミッド型の組織とは違い、上下関係の希薄な、ゆるやかなつながりのチームで、中国人らしい“今の瞬間の絆を大切にする精神”が息づいていたという。
 それが「反社」を取り締まる警察にしてみれば、親分やヘッドをあげれば組織が瓦解する既存の暴力団や暴走族とは異なる摘発の難しさにつながっていたのである。
 汪楠(ワンナン)は初期メンバーの一人であり、おそらく最も勇猛果敢で、最も知能が高く、最もよく稼いだ男である。
 
 1972年中国吉林省生まれ。
 日本好きな父親に強引に連れてこられ、14歳より日本に暮らすようになる。
 怒羅権と暴力団の両方に関わって悪事を働いていたが、28歳のときに逮捕され、岐阜のLB級刑務所に収監される。
 2014年出所後は犯罪の世界に戻らないことを決意し、全国の受刑者に本を差し入れる「ほんにかえるプロジェクト」に力を入れている。 

 ソルティは90年代を仙台で過ごした。
 怒羅権についてはよく知らなかった。
 怒羅権と名乗る在日中国人の若者たちが都心でひどく暴れ回っているというのは聞き知っていたが、「そんなこともあるだろう」くらいの感覚であった。
 よもや、ソルティの古くからの馴染みである池袋の文芸坐(現・新文芸坐)が組織拡大の拠点になっていたとは!
  
 本書を読んで、90年代の東京の荒れ具合というのを実感した。
 ソルティは80年代半ばから都内で一人暮らしをしていたが、91年に「東京はあまりに変だ。このまま東京にいたら自分がダメになる」と思って、仙台に越した。
 バブル絶頂期の東京があまりに異様なものに思えたのである。
 人々は「24時間闘えますか!」の覚醒剤常用者のような総躁状態、ゴールドラッシュ時の西部開拓者のような欲に目がくらんだ脱抑制状態にはまり込んで、人間としての(生物としての)あたりまえの感覚を失っていた。
 「明るさ・軽さ・浪費」がひたすら推奨・追求され、その反対の「暗さ・重さ・倹約」が軽蔑・忌避された。ネアカ、ネクラなんて言葉が流行った。
 ひとりの人間には陽の部分もあれば陰の部分もある。社会には陽の当たる層もあれば陰を背負わせられる層もある。
 ひたすら陽の面だけを追求していれば、いつかはきっと陰の面が浮上して、社会に対して復讐を開始するだろう。
 そんなことを思って、東京を離れた。 
 いや、自分の中の陰の部分が危険信号を出していたのかもしれない。
 オウム真理教の一連の事件や怒羅権の出現は、まさにバブル時代の日本人(とくに都会人)が抑圧してきた陰の部分の報復だったのだろう。
 
 90年代前半に怒羅権のニュースを聞いて「そんなこともあるだろう」と思ったのは、もちろん在日中国人(や在日朝鮮人)の境遇を知っていたからである。
 怒羅権はもともと、「日本社会で孤立していた中国残留孤児の子孫たちが生き残るため、自然発生的に生まれた助け合いのための集まり」だったという。
 同調圧力の強い日本社会でいじめや差別を受け、一袋500円の大量のパンの耳を仲間で分け合うような貧困(ときはバブルだ!)を舐め、教師をはじめ周囲の大人たちからの不等な扱いに苦しむ若者たちの鬱屈したエネルギーが、怒りとなって暴発するのは火を見るより明らかである。
 
 少なくとも私も仲間たちも、非行少年にはなりたくなかったし、ましてや刑務所に入るような人間になるとは、あの頃は思っていませんでした。
 私の犯した犯罪は私が自発的に実行したもので、これを時代のせいや環境のせいにすることは許されません。しかし、あまりにも多くの望まない現実が私たちに振りかかり、その現実に抗うためにもがいた結果として、いつしか暴力がアイデンティティとなり、犯罪を通じてしか他者とのつながりを持てなくなっていったのもまた事実なのです。
 そのようにして自分の歴史を振り返ってみると、私たちは負の存在で、負の遺産しか生み出せなかったのかもしれないと分かっていても、これまでの歩みを全否定できない自分がいます。それは自分が自己中心的な人間だからでしょうか。もしかすると、もう生きるためには肯定するしかないと思っているからなのでしょうか。 

 本書では、著者のおこなってきた数々の喧嘩の模様や犯罪の手口が結構詳しく書かれている。捕まった後に求められて披露した錠前破りの手口などは、その場の警察官や刑務所関係者を蒼ざめさせたという。
 また、内側から見た裏社会や刑務所の実情も描かれ、そこで一目置かれて人脈を広げていく著者の人心掌握術と器の大きさが伺える。
 これほど賢くて器用で肝っ玉が据わっていて、人を集め動かす力のある人物が、もし最初から日本社会に正当に受け入れられ真価を発揮していたら、どれだけ社会にとって益になることだろう!
 一部の人間を疎外することで一番損害を被るのは当の社会であることを、我々は知らなければならないだろう。
 
 
おすすめ度 :★★★★

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● ワンチームの是非 本:『扉を開けて』(共同通信ひきこもり取材班著)

2019年かもがわ出版

 副題は「ひきこもり、その声が聞こえますか」

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 共同通信の記者たちによるルポルタージュ。
 ひきこもり当事者(と言っても“元ひきこもり”になるのはやむをえまい)、その家族、行政や民間の支援者、精神科医の斎藤環らにインタビューし、この問題を多角的視点でとらえている。
  • 多額の費用を受け取り、ひきこもりを強制的に家から引っ張り出し、刑務所のような収容施設に閉じ込め、何ら自立支援らしいことは行わない悪徳自立支援ビジネス。
  • 社会復帰を目指すひきこもりに就労の場を提供し、あたたかく見守る地域の経営者。
  • 女性のひきこもり当事者の抱える男性当事者とは異なる問題(たとえば、男性恐怖の人が多いので男性がいる会合には参加しづらい、母親との関係に悩む人が多いなど)
  • 親の高齢化や認知などの要介護化あるいは死によって、ひきこもりを可能ならしめてきた経済的基盤が失われ、生命の危機に直面する当事者。
 ひきこもり人口が全国で60万人を超え、年齢も10~70代と広い層におよび、ひきこもりが絡んだ悲惨な事件報道が増え、また当事者の中から声を上げる人が出てくるにつれて、この問題の複雑で多様な相が一挙にあぶり出されてきた感を持つ。
 
 問題が家庭内で隠されてきたこと、あるいは問題が社会に認識されない状態が長くあったことを思えば、ひきこもりが社会問題として陽の目を見た今の状況は、前進というべきなのだろう。
 とりわけ、政治的な支援の必要が認識され、厚労省肝いりで各県に「ひきこもり地域支援センター」が設置(平成21年~)されたのは大きい。
 やはり、2019年6月に東京練馬で起きた元農林水産事務次官によるひきこもりの息子殺害事件が、官僚や政治家たちにショックを与えたのだろうか。
 KHJ 全国ひきこもり家族連絡会のような当事者家族による互助&政策提言活動も全国に広がっている。(KHJ は Kazoku Hikikomori Japan の略)
 ひきこもり新聞といった紙媒体やネットを利用した情報発信や交流など、当事者自身の活動も盛んになってきた。
 地殻変動につながるような巨大で静かなうねりが起こっている気がする。
 日本社会のパラダイムを変えうるような・・・・。

渓谷

 
 ソルティがひきこもり問題を最初に知ったのは、90年代中頃であった。
 当時は、人間関係をつくるのが不得手で社会に出て働くのが困難、といった軽度の精神障害者などの居場所づくりが各地で盛んだった。
 80年代に不登校が大きな社会問題となっていたので、なんとなく「その延長かな?」、つまり「80年代に不登校だった子供たちが成人して、今度は社会に出られず、日中を過ごす“居場所”を必要としているのかな?」と思った。
 が、そうした居場所に出てこられる人はまだいいほうで、家から一歩も外に出てこられない若者たちがいる、という話であった。
 そのころ住んでいた地方都市で、ひきこもり(という命名があったかどうか覚えていない)に関するシンポジウムが初めて開かれて、知人に誘われて参加した。
 登壇していたのは、地元の精神科医やフリースクール運営者やアルコール依存症の自助グループの代表などであった。
 元当事者や家族の姿は、少なくとも壇上にはなかったと思う。
 話の内容はほとんど覚えていないのだが、一つ気になったのは、壇上にいる演者がみな、「ひきこもりが家から出て社会参加することが一番」というモードで語っていた点であった。
 当時も今も天邪鬼のソルティは、「なんでひきこもっていたらいけないんだろう?」、「なんで社会参加しないといけないんだろう?」と思った。
 質疑応答の場で思い切って手を上げて、こう問うた。
 「本人が暴力をふるって家族が困っているとか、家計が苦しいといった場合は別として、そうでない場合、そもそもなんでひきこもっていたらいけないのですか?」
 会場が凍りついた。

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Siggy NowakによるPixabayからの画像
 

 福祉の現場ではしばらく前から社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)という用語がブームとなっている。
 
 社会的包摂(しゃかいてきほうせつ)あるいはソーシャル・インクルージョン(英: social inclusion)とは、社会的に弱い立場にある人々をも含め市民ひとりひとり、排除や摩擦、孤独や孤立から援護し、社会(地域社会)の一員として取り込み、支え合う考え方のこと。 社会的排除の反対の概念である。
(ウィキペディア「社会的包摂」より抜粋) 

 ソルティも一人のマイノリティ(LGBT)として、また介護分野において福祉にたずさわる者として、このコンセプトには全面的に賛成であり、今回のコロナ感染者差別にみるような社会的排除は「もってのほか」と思っている。
 が一方、心のどこかで、「個人が社会というものに(半ば強制的に)取り込まれなければならない」ということに息苦しさを覚えてしまう。
 それが、行政が主導して用意する枠組みにしたがってのことなら、なおさらに。
 “ワンチーム”とか“一岩となって”という晴れがましい掛け声にちょっと引いてしまうところがある。

 単なるワガママ(自我の強さ)なのかもしれない。
 近代個人主義の弊害なのかもしれない。
 ただ、この国は同調圧力が強く、「右へならえ」の傾向が多分にあるので、あんまり“ワンチーム化”しないほうがいいのではないかという思いがあるのだ。
 たとえば、だれもが「一員として取り込まれる」先の“社会”がもし良からぬものであったら、一体だれがその“社会”の暴走に歯止めをかけるのであろう?
 お隣り中国における個人の自由の制約のさまを見るがいい。
 民主化への社会変革がどれだけ困難になってしまったかを見るがいい。
 つまり、ひきこもりの社会参加を語るのであれば、その“社会”の質こそがまず問われなければならないと思うのである。

 本書の中で、ソルティの琴線に触れた一節をちょっと長くなるが紹介したい。
 神奈川県でひきこもり当事者や家族支援を行っている丸山康彦氏へのインタビューである。
 1964年生まれの丸山氏は、28歳から7年間ひきこもっていた。

【なぜ人はひきこもるのでしょうか】
 当事者に直接会ったり、親御さんの相談を受けたりして感じるのは、ひきこもりは異常でも悪行でもなく、特有の心理状態による生きざまだといいうことです。一般の人は自宅と社会がセットで行ったり来たりできるのですが、ひきこもりの人の場合は自宅と社会の間が裂けていて、そこに生まれた「第三の世界」に心がある状態です。本人もどうしてそうなるのか分からないので、私は「無意識の指令」と呼んでいます。
 
【無意識の指令とは】
このままだと潰れてしまう、行き詰ってしまうということを予知して、本能的に自らを防御するということです。「逃げるは恥だが役に立つ」というテレビドラマがありましたが、あれは絶品なタイトルですね。まさに、自分を守るために逃避したというのがひきこもり状態なのかなと思います。

【もう少し詳しく説明していただけますか】
 当事者がよく口にするのは「普通でありたい」という言葉です。何が普通かというのは時代によって違いますが、現代であれば学校や仕事に行くのが当たり前で、仕事というのは企業などに雇われて、歯車として働くということでしょう。しかし、昔は町に1人や2人はぶらぶらしている人がいて、居候という言葉も珍しくなかった。
 今はそういう人がはじかれやすい世の中です。大気汚染から公害病が生まれるように、時代の空気に苦しくなった人たちが、心が折れて、ひきこもり状態になるのではないでしょうか。 

 この言葉を読んでソルティの心にすぐさま浮かんだのは、一つは渥美清演じる寅さん、こと車寅次郎の姿であり、今一つは戦後日本から消えてしまったサンカと呼ばれた人々のことである。
 日本には長いこと、国家の身分制度の外にいて一般庶民には蔑視されながらも、自然とともにたくましく生きる“化外の民”がいた。
 いわゆるマージナル・マン
 彼らは百姓を代表とする常民(=定住の民)の周縁にあって、村から村、山から山、川から川、浜から浜へと漂泊する民であった。
 ジブリ映画の『かぐや姫の物語』に出てくる竹取の翁や木地師の一家は、まさにそうした人々である。
 このような制度の外にいて日本中を漂泊する人々の存在が、「既存の日常性を破る異化効果をもたらした」と文化人類学者の沖浦和光は述べている。
 
 ひきこもりの存在を、こういった視点から見てみることも有意義なのではなかろうか。
 


 
おすすめ度 :★★★ 

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● ソーシャル・ディスタンスのプロたち 本:『中高年ひきこもり』(藤田孝典著)

2019年扶桑社新書

 いわゆる8050問題として注視されるようになった中高年ひきこもり。
 平成30年度の内閣府調査によると、40歳から64歳までのひきこもりは、全国で約63万人という。が、現場でこの問題と取り組んでいる人の実感では「この数字は疑わし」く、実際には100万~200万人はいるという。
 むろん、ひきこもるのは中高年だけではない。登校拒否の10代、鬱になって会社を辞めた20代、「家事手伝い」という名目で実家に引きこもる若い女性、なんらかの精神障害を抱えた30代、それに定年後に家族以外の人と交流せず一日中テレビを観ているお父さん・・・・。このような人たちも入れたら、200万ではきかないだろう。
 
 ひきこもりをどう定義するか。
 精神科医の斎藤環によれば、

 20代後半までに問題化し、6ヶ月以上自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの。
 
 ポイントは、①精神疾患のような医学的要因ではないこと、②それが「問題化」していること、である。
 本人や周囲が苦しんでいなければ、そこに問題はない。
 たとえば、親の遺産のおかげで働かなくとも生活できる人が自宅アトリエに半年以上こもって好きな絵を描き続けるとか、自らの意志で山中に土地を買い小屋を建てて誰にも迷惑かけず自給自足の気ままな生活を送るとか、それは生き方の自由である。
 そもそも「社会参加しなければならない」と決めつけるのもおかしな話だ。
 ソルティだって、20代後半頃に半年以上アパートにひきこもって昼夜逆転の生活をして、ひたすら小説を書いていたことがある。コンビニの店員以外ほとんど誰とも話さなかったし、もちろんSNS(インターネット)なんかなかった。概して幸福な日々であった。

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 ひきこもりの問題を考える上で大切なのは、「なぜ社会参加が必要なのか?」、「だれが社会参加を求めているのか?」の視点であろう。
 上記の内閣府の調査が、ひきこもり当事者の上限年齢を64歳と設定しているのは、まさに語るに落ちるで、「就労可能年齢なのに働いていない」ことが問題視されているのだ。
 つまり、「お国の経済のために尽くしていない」、「税金を増やすための駒となっていない」点が暗に非難されている。この場合、社会参加の呼びかけは、ひきこもっている当人のためでなく、「社会のため・お国のため」である。
 あるいは、親兄弟が世間体のために当人のひきこもりを隠そうとしたり、当人に社会参加を強要する場合、求められているのは当人の幸せではなく、親兄弟自身の心の安寧である。
 当人の気持ちとは別のところで社会参加が謳われるとき、ひきこもりの問題が解決されるのは難しいと思う。
 というのも、ひきこもりの原因の大きな部分を成すのは、まさにこの「日本社会」に参加することへの当人なりの疑義や不安や嫌悪や恐怖だから――と思うからだ。 
 本書の副題が「社会問題を背負わされた人たち」とあるのは、まさにそうした見方に拠っている。

 当然、ひきこもり当事者のなかには医療福祉によるケアが必要な人もいる。すべてを否定するつもりはないが、ひきこもり当事者への対応は、苦しさやつらさの緩和という対症療法に陥らざるを得なかった。こうした過去の誤ちを清算し、中高年ひきこもりは社会の側に生み出す要因があるという認識のもと、本質的な改善に取り組まなければならない。

 すなわち、ひきこもり問題は、当人の性格とか甘えとか努力・根性不足といった個人的要因に帰すべきものではなく、人と「同じ」であることを求める画一的教育、ブラックな労働環境、通俗道徳を振り回す親や世間、効率や成果ばかりを重視し「働くことの意義や喜び」を人から奪う経済至上主義――といった社会的要因にこそその根があることを、内閣府の調査結果や当事者の証言を分析し、縷々説いているのが本書なのである。
 
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 著者の藤田孝典は、ホームレスなどの生活困窮者の支援に長年関わってきたソーシャルワーカーで、当ブログでは著書『反貧困のソーシャルワーク実践 NPO「ほっとポット」の挑戦』を紹介している。
 コロナ禍におけるナインティナイン岡村のブラック発言、「生活苦に陥った若く可愛い女の子が風俗に流れてくるのが楽しみ!」に対して、批判の急先鋒に立ったことで世間にその名を広めた。
  
 皮肉なことに、今回のコロナ禍によってひきこもりを巡る状況に変化が起きている。
 本書はコロナ発生前に発行されているが、当事者団体の一人がこう述べているのが興味深い。

 ネット環境が整った今なら、ひきこもったままでもいいんです。自分が穏やかでいられるよう、例えば自室をリフォームするなどして理想の環境を整え、ひきこもりながら生きていけるようにすればいい。ネットで外界の人たちとつながり、在宅勤務で仕事をすることが可能になった現在、ひきこもっていても社会参加することは十分に可能です。


 しばらくは、一億総ひきこもり時代が続くであろう。
 その間の日本人の内省がなんらかの良い社会変化を生みだすのであれば、「禍福はあざなえる縄の如し」である。
 


おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損










● 退会届、あるいはベーシック・インカム再考

 昨日、会員になっていたスポーツクラブを退会した。
 むろん、コロナのためである。
 
 昨年9月に入会したので、まだ7ヶ月ほどしか経っておらず、うち4ヶ月は足のケガで通えなかった。
 正味3ヶ月である。
 なのに、退会届を出すにあたって、ずいぶんと迷いあぐね、踏ん切りがつかず、度胸が要った。
 
 毎月8日が各種届の締切り日なので、この日を過ぎると翌月分も会員料金を取られる。
 銀行から自動的に引き落とされてしまう。
 4月分はすでに払い済みだが、5月分を払わずに済ませるためには、昨日が期限だった。
 
 骨折した足がある程度治ったところで、水中ウォーキングや筋トレマシーンでリハビリしたかった。
 だから、ここ4ヶ月はクラブに通えないにもかかわらず、毎月7000円の会員料金を納入してきたのである。
 
 今さら言うまでもないが、コロナ騒動でスポーツクラブ関連は甚大な被害を受けている。
 館内消毒を徹底する、定期的に換気する、プログラムを練り直して利用者の密集を防ぐ等々、クラブ側もいろいろと努力を重ねているのが、公式サイトから伺える。
 が、散歩の途中に窓の外から筋トレルームを覗くと、片手で数えられるほどしか利用者がいなくて、平素は隙間なく埋まっている専用駐輪場も櫛の歯が欠けたような有様。
 大丈夫だろうか?
 いつまで持ちこたえるだろうか?
 
 杖なしでも歩けるようになってきたので、本当ならそろそろクラブ復帰したかった。
 空いている夜のプールで歩行を楽しみ、トレーニングルームでヨガをしたかった。
 ミストサウナでぼーっとして、広いお風呂場でくつろぎたかった。
 思いっきり体を動かして汗をかいて、ぐっすり眠って、ストレス発散したかった。

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 もし、自分が高齢者や病人と関りを持つ介護の仕事をしていなかったならば、あるいは、80代の両親と一緒に暮らしていなかったならば、そのままクラブ会員であり続け、週3回通うであろう。
 おばさま会員のように、運動が終わってからロッカールームやサウナで長時間ぺちゃくちゃ喋るわけじゃないし、自分のメイン目的であるプールは塩素消毒が効いているから、コロナに感染する確率は低いと思う。
 満員電車での通勤のほうが、よっぽど危なかろう。
 とは言え、今は自分を守るためというより、他人を守るために、少しでもリスクある行動は控えなければなるまい。
 
 もし、3ヶ月後にコロナが終息すると分かっているならば、会員であり続けるかもしれない。
 その間お金はもったいないけれど、3ヶ月分くらいならば、クラブの経営を支えるために、クラブで働くスタッフの生活を支えるために、払い続けるのは惜しくない。
 つぶれてはこちらとしても困るのだ。
 
 そう、スタッフたちの生活・・・・。
 それを思うと、簡単に退会届を出せない自分がいる。
 彼らの失職に拍車をかける行為と思えば、心安からずである。
 
 一斉休校要請が出た3月半ばから「退会」という言葉が頭をかすめ、踏ん切りのつかないまま、昨日8日の期限を迎えてしまった。
 家を出てクラブに向かう途中も、クラブの入口の前のベンチでも、逡巡し続けた。
 運動を終え、はつらつとした表情の、肝の座った(?)利用者らが、三々五々出てくる。
 やっぱり、少ない。
 最盛期の5分の1くらいか?
 「ここまで利用者が減ったら、もう休館は時間の問題だろう・・・」
 そう思って、受付に向かった。
 
 退会手続きを取っている間も、人はやって来て、退会を申し出ている。
 やはり、皆ぎりぎりまで迷っていたのだろう。
 ソルティのように最近通い始めたのとは違い、何年も通い続け、日課となっている人も多い。
 スタッフと顔見知りになり、若い彼らとの交流こそが楽しみで来ている高齢者も少なくない。
 
 ここ数ヶ月ですっかり慣れたのだろう。
 担当スタッフは、淡々と事務的に、丁寧に、暗い顔ひとつ見せず、手続きを取ってくれた。
 「コロナが終息したら、また来てくださいね」
 
 こんなふうに、仕事の場がどんどん失われていっている。
 コロナ拡大防止のためには外出自粛も致し方ないけれど、失職した人たちへの補償をしっかりやってほしいものだ。
 失職した人々が失業保険申請のためにハローワークに駆け付ければ、感染拡大リスクが高まる。
 いっそ、スペイン政府のように、ベーシック・インカム(最低所得保障制度)を検討してはどうかと思う。

ウミガメ
また会う日まで





● だれもが当事者

たぶん40歳以下の人は知らないだろうが、今から30年以上前にエイズパニックというものがあった。
日本はもちろん、世界中で。

80年代初頭アメリカで、免疫力が次第に損なわれて死に至る奇病が、ゲイの間で蔓延した。
まもなく、原因はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)であると判明し、AIDS(後天性免疫不全症候群)と名付けられた。
1985年に日本人第1号患者の報道があった。アメリカ在住のゲイの男性だった。

ここまでは対岸の火事。

1987年、神戸で日本人女性の感染が報告された。
そこからのパニックが凄まじかった。
マスコミはこの女性の氏名・住所をつきとめて顔写真入りで公開した。
風俗に勤めているというデマが広がった結果、歓楽街が空になった。
この女性が外国人と付き合っていたという噂が独り歩きし、その後に松本で起きたフィリピン人女性の感染報道と相まって、各地で外国人入店拒否などの差別が起こった。
検査所に身に覚えある男達が殺到した。
ノイローゼとなったある弁護士は、検査結果を待たずに自殺した。(結果陰性だった)


エイズパニック記事(神戸)
昭和62年1月18日のサンケイ新聞(当時)朝刊


感染者に対する差別は酷いものであった。
診療拒否、病院たらい回し、解雇、内定取り消し、入居拒否、さまざまなレベルのプライヴァシー破壊・・・・・。家族もまた差別された。
ソルティは、当時の様子を調べるため、関東地方のある大病院を取材したことがある。
その際、担当者は言った。
「最初にウチに入院した患者が亡くなったあと、彼が使っていたベッドを焼却しました」
パニックになると、科学的事実など簡単に吹っ飛ぶものだと痛感した。

HIVは当初、ゲイと血友病患者と風俗で働く(遊ぶ)人の特有の病と思われていた。
「不特定多数の相手とのセックスは避けましょう」と盛んに言われた。
そこに当てはまらない人間にとっては、当事者性が低い。
「血友病患者をのぞけば、性的にふしだらな人間がかかる病でしょう?」とみなされた結果、感染者は倫理的に断罪され、それが差別を助長した。

感染者と分かると差別されると知って、こんどは検査を受ける人が激減した。
「どうせ陽性と分かったところで治療法はないし、八分されるだけでしょう? なら、このまま何も知らずに、いままで通りの生活を続けるよ」
感染拡大防止の観点から、これがもっとも怖い展開なのは言うまでもない。
(※現在、HIVには何種類もの薬がある。血液中のウイルスを検出限度以下まで減らし、AIDS発病を抑制できる。相手に感染させるリスクもほぼゼロになる)

コロナウイルス


新型コロナウイルスは、人と関わって社会生活を送る人間ならば、だれでも感染しうる。
感染者に対する差別は、いずれ差別した当人にそのまま降りかかってくる。
倫理も、貧富の差も、地位も、職業も、性別も、セクシュアリティも、性行動も、国籍も、人種も、年齢も、関係ない。
大統領も、世界的スターも、政治家も、官僚も、医者も、金持ちも、宗教家も、そうでない人々と同じ俎上に上げられる。

だれもが当事者。
それが今回のウイルス騒動の特徴であろう。




 

● ほすぴたる記 その後 14 事故後90日


 ギプスが取れて、大地に足をつけられるようになってからの回復ぶりに、自分でも驚いている。
 ほんの10日前まで、
「ああ、今後一生、山登りも介護の仕事もサイクリングもできないかもしれない・・・」
 と半ばあきらめていたくらい、ケガした左足は硬さと痛みとでままならなかった。

 それが、日々リハビリするにつれて、何もつかまらずに仁王立ちできるようになり、物につかまってカニ歩きできるようになり、手すりをたよりに階段を上り下りできるようになり、片松葉杖でまっすぐ歩けるようになり、今ではヨロヨロではあるが杖なしでも歩けるようになった。

 まだ、右足にくらべると可動域は20度ばかり狭い。膝を曲げてしゃがむ姿勢が取れない。しっかりと地面を蹴って歩くこともできない。
 けれど、復帰までは時間の問題だろう。
 一昔前だったら、石膏ギプスをはずしてから本格的なリハビリが始まるので、回復までがつらく長かった。
 整形外科学の進歩をつくづく感じる。

 今日もまた、リハビリを兼ねた散歩の途中で公園に寄って、アーシング瞑想した。
 顔にあたる春の陽ざしとつがいを求める鳥の声が、今年はとりわけ心地よい。


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 今日は労災の休業補償の申請書を書いた。
 休業補償の算定は次の通り。
  1. ケガをして休業する直前の締め日を最後とし、3ヶ月間の給料を諸手当も含み総計する(ただしボーナスなどの一時手当はのぞく)。(例)ソルティの場合、昨年の9、10、11月分の給与が対象。
  2. その額を総日数で割る。(例)30+31+30=91で割る。
  3. これを「給付基礎日額」と呼ぶ。給付基礎日額の80%が、休業1日あたりの支給額となる。
  4. ただし、「最低保証平均賃金」というのが決められており、上記3で出した給付基礎日額がこれを下回っている場合、最低保証平均賃金が適用される。
  5. 休業補償請求の時効は、休業した初日から2年である。
 わざわざ書いたのは覚え書きのためもあるが、ソルティの場合、どうやら最低保証平均賃金の適用になりそうだからである。
 ワーキングプアの面目躍如である

 書類を担当地区の労働基準監督署に提出したあと、審査を受け、実際に支給されるまで、少なくとも1ヶ月以上みなければならないようだ。
 その間、収入がないわけだから、貯金のない人は困ることだろう。

 思えば、昨年は失業保険で始まり、労災保険で終わった1年であった。
 現在自分はペーパー・ソーシャルワーカーなのだが、社会保障制度の実際を身をもって勉強することになるとは・・・。
 残るは、生活保護か。





● 日英、車中生活者 映画:『ミス・シェパードをお手本に』(ニコラス・ハイトナー監督)

2015年イギリス
104分

 原題は The Lady in the Van 「ヴァンの中の淑女」
 劇作家アラン・ベネットが実体験をもとに書いたコメディドラマである。
 マギー・スミスとアレックス・ジェニングス共演で1999年に舞台化、15年間のロングランとなり、同じ顔触れで映画化された。

 内容からして、『ミス・シェパードをお手本に』という邦題はそぐわないし、ちょっとダサい。
 2001年に日本で舞台化されたときの邦題は、『ポンコツ車のレディ』。
 いいタイトルじゃん。なんでこれにしなかったのか?
 
 多くの芸術家が住むロンドンのカムデン・タウンに越してきたアラン・ベネット(=アレックス・ジェニングス)。独身の劇作家で、実はゲイである。彼はそこで、路上に停めたポンコツのヴァンの中で暮らす正体不明の老女ミス・シェパード(=マギー・スミス)と出会う。
 頑固で偏屈で不潔で感謝知らずのミス・シェパードの奇矯な行動に振り回されながらも、なぜか気になってしまい、何くれと世話するベネット。しまいには自宅の庭にヴァンを駐車させてあげるはめに。
 二人の関係は15年にも及び、やがてベネットは彼女の波乱万丈の過去を知ることになる。

 ―—といった話なのだが、この映画はタイトルや成り立ちやテーマやストーリーよりも、何を措いてもまず、英国の国民的名女優たるマギー・スミスの至高の演技を味わうべき作品である。ソルティがレンタルしたのも、マギー・スミスの演技が観たいからであった。
 期待を裏切らない、どころか期待をはるかに超えた本物の演技に脱帽するほかない。

ミスシェパード

 
 英国におけるマギー・スミスの位置づけを本邦の女優で置きかえたら誰であろう?
 すぐに浮かぶのは一昨年亡くなった樹木希林である。
 演技力といい、知名度といい、庶民的かつ個性的な顔立ちといい、頑固一徹そうな性格といい、演じた役柄の幅の広さといい、両女優は似ている。
 希林亡きあと、その座を占める女優はそうすぐには出てこないと思われる。一番近いところにいるのは、大竹しのぶだろうか。
 ちなみに、日本で舞台化されたときのミス・シェパードは黒柳徹子、ベネットは芝俊夫と田中健の“二人一役”だった。徹子さんは適役だったろう。
 
 ソルティは樹木希林の演技をあまり好まなかった。
 巧すぎてかえって鼻につく感じがしたのである。
 彼女が演じている様々なキャラクターのうしろから、「わたし、うまく演じているでしょう」という希林の心の声が聞こえてくるような気がした。とくに、物語が佳境に入り、最高の見せ場であるほど、深く複雑な感情表現が必要とされるシーンほど、その傾向を感じた。
 演じている自分をどこかで観察、計算、評価している、もう一人の希林の存在を感じた。
 
 一方、マギー・スミスは映画・演劇関係者のだれもが「上手い」と認めざるをない女優だが、彼女の芝居には「鼻につくような巧さ」を感じることがない。あまりに演じている役に同化してしまうから、観ている方もそこに、女優マギー・スミスでなく、物語の登場人物を観るからである。
 この映画でも、最初のうちこそマギー・スミスの名演技を鑑賞する心づもりでいたが、話が進むにつれ、ミス・シェパードという風変わりな老女の隠された過去や行く末に関心を寄せている自分がいた。
 ミス・シャパードとマギーが一体化し、あたかもマギーの“地”であるかのような自然さに達している。
 その意味では、樹木希林より大竹しのぶのほうが、よりマギーの演技に近いかもしれない。
 役をつくる人(姫川亜弓)と、役になりきる人(北島マヤ)の違いだろうか?

琴弾八幡宮の白猫


 ところで、この映画をレンタルしたその日の夜、NHKスペシャルで『車中の人々、駐車場の片隅で』というドキュメンタリーをやっていた。やむを得ない事情のため長期間車の中で暮らさざるを得なくなった人々(車中生活者)を取材・調査した番組だ。
 それによると、全国1160の道の駅のうち335か所の駐車場に車中生活者が存在した。単身者ばかりでなく、夫婦、子連れ家族、ペット連れ、認知症の要介護者、病気を抱える人がいて、車中で亡くなる人も少なくない。年齢は幅広く、そうなったきっかけはさまざまであるが、失業や貧困や人間関係のストレスなどが多いようである。道の駅を利用する理由は、24時間無料でトイレや売店があり、他人と話す必要がなく、夜間追い出されることがないためである。
 インタビューを受けた当事者の一人はこう言った。
 「生活保護を申請するために役所に行ったら、車があるからダメですと断られた」

 ミス・シェパードは、ロンドン市民が住む街中で車中生活をしていた。近所の人々は一様に困った顔はしていたが、追い出したり、嫌がらせしたり、警察に通報したりはしなかった。時にはお菓子や食べ物の差し入れしながら、遠くから気にかけていた。
 彼女のもとには定期的にソーシャルワーカーが訪問し、様子を見守っていた。施設への入所を進めたが、これは以前入所した精神病院で嫌な体験をしたミス・シェパードによって拒否された。
 自由と尊厳が守れる車中生活を望むミス・シェパードの決定を尊重しながら、ゆるやかなネットワークで見守っていたのである。

 ミス・シェパードをお手本に。
 なるほどなあ~。


 
評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





 

● 通俗道徳というトラップ 本:『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』(松沢裕作著)

2018年岩波ジュニア新書

 図書館の新着図書コーナーで見かけ、気になって手に取ったら、字が大きくて読みやすそう。
 家に持ち帰ってからジュニア向けと気づいた。
 道理で・・・。

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 もちろん、ジュニア向けだからと言ってバカにするのは間違っている。
 むしろ、わかりやすさと読みやすさを配慮し内容が絞られている分、著者の言いたいテーマが明確に打ち出されていると感じた。
 著者は1976年東京生まれの歴史研究者。専門は日本近代史という。
 
私がこの本のなかでこれから述べることは、不安のなかを生きた明治時代の人たちは、ある種の「わな」にはまってしまったということです。人は不安だとついついやたらとがんばってしまったりします。みんなが不安だとみんながやたらとがんばりだすので、取り残されるんじゃないかと不安になり、ますますがんばってしまったりします。これは実は「わな」です。なぜなら、世の中は努力すればかならず報われるようにはできていないからです。
(本書「はじめに」より)

 どうだろう?
 出来事を時系列に並べた歴史書とも、むかしの日本の風俗や事件を面白おかしく紹介する娯楽本とも、明治時代を生きた庶民の苦難を描いた『ああ野麦峠』のような記録書とも、ちょっと毛色が異なるのが見えてこよう。
 一気に興味が増した。

 著者は、大政奉還と王政復古の大号令により始まった明治維新の混乱の中で、旧い制度の崩壊や不安定な景気、残存する身分制度や男尊女卑の桎梏といった背景にあって、多くの庶民が貧困に苦しんだ姿を描き出している。秩父事件に象徴される多発した農民騒擾、都市下層社会のその日暮らしの生活、家計を助けるため身売りされる若い女性たち・・・。
 しわ寄せが、最も弱い部分に来るのは昔も今も変わらない。高齢者、障害者、女性、子ども、失業者・・・。現代なら福祉の第一の対象となる人々である。
 だが、政府にも社会にもお金がなく、あっても富国強兵と殖産興業に回される時代、福祉にかける予算はないに等しかった。どころか、福祉に予算を回す必要性すら大っぴらに否定されたのである。
 そのバックボーンとなった考え方が「通俗道徳」であり、これこそが明治時代の人々がはまった「わな」である、と著者は言う。
 
人が貧困に陥るのは、その人の努力が足りないからだ、という考え方のことを、日本の歴史学界では「通俗道徳」と呼んでいます。この「通俗道徳」が、近代日本の人びとにとって重大な意味をもっていた、という指摘をおこなったのは、2016年に亡くなった安丸良夫さんという歴史学者です。

勤勉に働けば豊かになる。倹約して貯蓄をしておけばいざという時に困ることはない。親孝行すれば家族は円満である・・・・。しかしかならずそうなるという保証はどこにあるでしょうか。勤勉に働いていても病気で仕事ができなくなり貧乏になる、いくら倹約をしても貯蓄をするほどの収入がない。そういう場合はいくらでもあります。実際のところ、個人の人生には偶然はつきものだからです。
 ところが、人びとが通俗道徳を信じ切っているところでは、ある人が直面する問題は、すべて当人のせいにされます。ある人が貧乏であるとすれば、それはあの人ががんばって働かなかったからだ、ちゃんと倹約して貯蓄しておかなかったからだ、当人が悪い、となるわけです。

 どうだろう?
 明治時代の話が一挙に令和時代につながってこないだろうか?
 日々耳に🐙ができるほど垂れ流されている TOKYO 2020 のメッセージにつながってこないだろうか?

 上記の思想=通俗道徳を身に着けてしまえば、生活保護費の削減も、派遣切りも、シングルマザーの苦労も、ネットカフェ難民の増加も、加えて不倫した人間への過度な非難と代償も、「自業自得・自己責任」の一言で正当化できる。自分は「道徳的に優れている」という印籠を手に、好き放題コメントできる。
  
明治社会と現代日本社会が、「努力すればなんとかなる」「競争の勝者は優れている」という思考法がはびこり、それゆえ、競争の敗者や、偶然運が悪かったにすぎない人びとのことを考える余裕を失い、みんなが必死で競争に参加しなければならない息苦しい社会である、という点で似ているのはなぜか、その原因は、不安を受け止める仕組みがどこにもないという共通点があるからではないか、これが私の答えです。

 いまのジュニアはこんな本を読むことができるのか。
 いや、ぜひ読んでほしい。


評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● シャフクへの道15(最終回) 春を探しに・・・

 第29回社会福祉士国家試験が終了した。
 
 足掛け4年、正味2年と9ヶ月の資格取得プロジェクト――その間には介護福祉士国家試験もあった――が満期を迎え、約7ヶ月にわたる受験勉強が終結し、ホッとしている反面、荷降ろし症候群にでもなるんじゃないかという虚脱感もある。
 ま、とりあえず一ヶ月は遊んで暮らしたい。

 1月29日はとても良く晴れ、風もなく、暖かかった。最高の試験日和(?)である。雪が降って交通機関がマヒしたり、会場の寒さで試験に集中できなかったりということがなかった。受験者それぞれが実力を発揮できたことだろう。(インフルになった人は悔しかろう)

 会場はお台場にある東京ビッグサイト(東京国際展示場)。試験会場に「東京」を希望した受験者の大半はここに集められたのではなかろうか。りんかい線とゆりかもめの国際展示場(正門)駅から、エヴェンゲリオンの第5使徒ラミエルを思わせるビッグサイトへと吸い込まれていく多量の受験者の流れに身を投じる。
 世代は20~30代の若者が多い。ソルティのような中高年もチラホラいる。中にはすっかり白髪の紳士の姿も。学ぶに遅すぎることはない。
 7:3くらいで女性が多い。頑張ろう、男性諸君。

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 見通しの良いだだっ広い会場には長テーブルと椅子が何百と並べられていた。各テーブルの隅には受験番号が貼ってある。セッティングだけでも相当の時間がかかったであろう。早く到着した受験者は参考書を広げ、最後のあがきに邁進中。
 席に着いたソルティは鉛筆と時計の用意をして、あとは始まるまで例のごとくヴィパッサナー瞑想を行っていた。これで完全に落ち着いた。

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 試験は午前2時間15分(共通科目)、午後1時間45分(専門科目)。あまり考え込まずにスイスイと進めたので、時間的には余裕があった。難易度は例年並みという気がした。(過去問の25回だけは格別に難しく、合格率が例年の10%近くまで下がった。合格者は4人に1人の割合が通例なのだが、25回は5人に1人以下だった)
 1時間半の昼休み。会場の脇を流れる運河の土手を歩くと、よく日の当たるベンチがあった。穏やかな運河の向こう、春めいた青空を背景に林立する大観覧車、フジテレビ、テレコムセンターらの建築物と、その下を縫うように移動するゆりかもめ。お台場もなかなか美しい。ここで昼食および昼寝をする。昼寝のお伴はマーラー交響曲第3番第6楽章である。

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 午後の専門科目のほうが易しかった。
 が、ここでちょっと手が止まった問題が二つあった。
 問題【97】および【135】である。


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 「未婚の母」問題である。
 正解は、「生んで子育てしたい」という本人の希望(自己決定)を尊重した選択肢2番である(各業者の模範解答によれば)。本人が未成年ならまだしも成年に達しているので、「クライエントの自己決定を尊重し社会資源を活用して支援する」というソーシャルワークの黄金律が適用される。2番で間違いない。
 しかし、ソルティの手は一瞬、3番の上で止まった。
 もし、ソルティの姪っ子が同じ状況にはまって彼女から相談を受けたとしたら、最終的に3番のように当人が自己決定するよう、はっきりとではなく遠回しであるが誘導助言してしまうのではないかと思ったのである。それはソーシャルワーカーのプロとしての立場ではなく、世の中というものを多少知ったつもりでいる、当事者と近い立場にある年長者の知恵(あるいは偏見)からである。心の中でこう考えるだろう。
 
 「女が一人で子供を育てるのがどんなに大変なことか分かってる? 途中で嫌になったからって投げ出すわけにはいかないんだよ。生まれてくる子供だって最初から片親という不利を背負わされるじゃないか。経済的にだって苦労するだろう。可哀想だよ。あんたは若いんだし、そこそこきれいなんだから、この先もっと素晴らしい相手に巡り合える。子供だってつくれる。
 そもそもあんた、つき合っている女の妊娠を知ったらとたんに音信不通になるようなどうしようもない男につかまったんだろう。今のままだと、この先だって同じような男にのぼせるに決まっている。男を見る目がないんだから。それでまた子供ができたら産む気かい? 苦労するのが目に見えている。
 せっかく希望した大学に入って大事な学業の途中なんだから、将来をよく考えて、お父さんお母さんともよく相談して、一時の感情に流されずに決めたほうがいい」

 これを老婆心、あるいはおせっかいババアの繰り言という。
 でも、世間的にはこうした因循姑息たる助言(別名「渡る世間は鬼ばかり」的教訓)がまだまだ多いのではないかなあ~。
 この女子大生のパーソナリティが説明されていないところもミソである。あるいは、子育てしながら自立して生きられるしっかりした賢い女性なのかもしれない。あるいは、男に優しい言葉をかけられたらコロリと騙されてしまう依存心の強い女性なのかもしれない。世間知ならば、本人の性格も考慮して助言するところだろう。
 本人のパーソナリティに関わらず、それこそ本人が何らかの障害を抱えていようがいまいが、選択肢2番のような対応をするのが現代のソーシャルワークの真骨頂である。

 

シャフクへの道15 003


 これはソルティの職域に関わる。
 認知症高齢者のフロア徘徊は日常茶飯事。他の利用者の部屋に勝手に入ったり、そこで放尿・放便したり、真夜中に手を叩きながら歩き回ったり、他の利用者から職員に苦情が寄せられたり、部屋に戻ってもらおうと声がけした職員が怒鳴られ殴られたり・・・・なんて珍しくも何ともない。
 しかし、利用者を部屋に閉じ込めて外から施錠することは身体拘束になる。虐待となる。利用者本人や他の利用者の安全を守るために一時的に「拘束止むなし」と判断したとしても、実施に際しては、前もって利用者の家族に了解を得る、拘束の期限を決めるなどの所定の手続きを踏む必要がある。ソルティの職場でもA介護職員がとったような対応は許されていない。
 正解は2つ。
 選択肢2番と5番はすぐに消去できる。
 4番が正解であることも疑う余地ない。
 すると、もう一つの正解は1番か3番となる。
 ソルティははじめ3番に丸をつけた。家族に「状況を説明し、了解を求める」のは大切かつ必要なことで良心的でもある。ソルティがL社会福祉士なら、まずこれをするだろう。
 しかし、事後報告・事後了解である。そこが問題だ。
 数秒考えた結果、1番に変更した。高齢者虐待防止法に以下の文言があるからだ。

第二十一条  養介護施設従事者等は、当該養介護施設従事者等がその業務に従事している養介護施設又は養介護事業において業務に従事する養介護施設従事者等による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。

 業者の模範解答を見ると、正解は1番と4番としているところが多い。(3番と4番としているところもあった)
 世間常識レベルで考えるならば、こうした対応(S町への通報)を、たとえ事業所の管理者であるとはいえL社会福祉士が個人判断でしてしまうことは、もしかしたら事業所の経営陣から睨まれる結果になるかもしれない。虐待者として通報されたA介護職員からは逆恨みを受けるかもしれない。事業所は混乱に陥る可能性が高い。L社会福祉士は「世渡り下手」ということになるだろう。(むろん、拘束を受けたMさんに怪我等の異変があった場合には、報告しないのは犯罪になろう。Mさんに何もなかったので「今回だけは大目に見る」という選択も現実的には結構あると思う)
 だが、原理原則を押さえて回答するのが資格試験のルールであろう。(このケースの場合、「何が虐待にあたるのか」を前もってA介護職員に伝えておかなかった点が一番の問題である。その意味では管理者のL社会福祉士の責任は免れまい)

 上記の2問以外はあまり迷わずにスイスイと進んだ。が、それはすべての問題について「正解がはっきり見えた」からではなくて、すぐに解答が出てこない問いについては「この問題に時間を割いても無駄だ」と素早く判断し、直感で解答したからである。
 結局のところ、5つの選択肢のそれぞれについて「正しいか、正しくないか」を判断するということは、「知っているか、知らないか」の問題、すなわち知識の有無の問題であり、記憶力如何にかかっているからである。思考能力はことさら関係ないので、「知らない」ものについていくら考えても無駄なのだ。(むしろ、下手に考えて選択肢を変更した結果、直感で選んだ最初の選択肢のほうが当たっていたということのほうが多かったりする)
 やっぱり、試験は最終的には記憶力勝負なのだ。
 その点で、若い人が有利なのは間違いなかろう。

 中高年の不利は記憶力減退のほかにもある。老眼である。
 マークシートが細かすぎて、上手く塗れない!
 近眼にして老眼のソルティは、眼鏡をかけていると老眼で苦労し、眼鏡をはずすと近眼で苦労する。(近眼の人は老眼になりにくいなんて嘘を言っていたのは誰だ!) 問題用紙を読むときは眼鏡が欠かせなく、マークシートを塗るときは眼鏡をはずしたほうがやりやすい。一問答えるごとに、いちいち眼鏡をはずしたり、掛けなおしたりしなくてはならない。うっとうしい。
 どうしたかと言うと、20問ずつで区切って(眼鏡をしたまま)問題用紙の選択肢に○をつけていき、(眼鏡をはずして)まとめてマークシートに転記するということをやった。
 自宅で過去問をやったときにマークシートを塗る練習もついでにやったのだが、そのときはコンビニでマークシート用紙をご丁寧にも拡大コピーしていたのである。阿呆か。
 
 そんなこんなで、とりあえず持てる力は出し尽くした。これで駄目だったら、この先何回受けても駄目だろう。いや、再受験する気力もない。
 
 いくつかの業者の出している模範解答は、解答の分かれるものもある。専門家が調べて考えて出した模範解答が分かれるってどういうことだよ、それって問題に不備がないのか――って正直思う。
 それぞれ模範解答によって自己採点した結果、150点満点中96~102点の間で落ち着いた。共通科目で64%、選択科目で73%の正答率だった。合格基準点は60%つまり合計90点以上なので、マークシートのミスさえなければまず問題なかろう。

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試験が終わって会場をあとにする人たち、みんなお疲れ様~! 

 
 試験日前日には実習でお世話になった障害者施設の担当者(社会福祉士)から励ましの手紙が届いた。若い(20代のイケメン)のに本当によく出来た男だ。
 医学評論社の『社会福祉士の合格教科書』を基本参考書として選んで、これを繰り返し読んだ。著者の飯塚慶子先生に感謝。確かにこれ一冊で十分でした。
 通信教育の学校やスクーリングで出会った講師や仲間にも感謝。
 応援してくれた家族、友人、同僚にも感謝。
 そして、何よりも最後の追い込みで一筆書き学習法の機会を提供してくれたJR東日本に感謝。
 受かっても、受かっていなくても、春を探しに鉄道旅行に行きます。 
 
 
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● シャフクへの道14 千葉アイランド、あるいは140円の至福

 すでに趣味の領域に入った‘一筆書き学習法’であるが、今回は千葉県の上半分をぐるりと巡ってみた。

●乗車日 2017年1月18日(水)
●天候 晴れのち曇り
●経路 出発駅:国分寺駅 目的駅:西国分寺駅
10:48 国分寺駅発
  中央線(乗車時間44分)
11:54 東京駅発
  総武本線(39分)
13:00 千葉駅発
  総武本線(16分)
13:32 佐倉駅発
  総武本線(26分)
14:48 成東駅発
  総武本線(48分)
16:10 松岸駅発
  成田線(79分)
17:44 成田駅発
  成田線(41分)
18:27 我孫子駅発
  常磐線(13分)
18:50 新松戸駅発
  武蔵野線(58分)
19:48 西国分寺駅着
●所要時間 9時間(うち乗車時間6時間04分)  
●運賃  
犬吠崎めぐり 002


 東京駅から出る総武本線は、錦糸町駅付近でスカイツリーを左手に眺めたあと、江戸川を渡って千葉県に入る。そのまま房総半島の根の部分を切断するように千葉県を横断し、銚子半島の終点・銚子駅に到達する。その先は関東平野の最東端である犬吠崎が、太平洋の波に洗われている。
 だが、銚子駅まで‘ちょうし’に乗って行ってしまうと、一筆書きが成立しなくなる。松岸駅―銚子駅間で線が重複してしまうからである。松岸駅で下車して、銚子から戻ってくる列車を待たなければならないのだ。
 松岸駅からは成田線に乗って、茨城県との境をなす利根川沿いに我孫子駅まで遡る(途中、成田駅でいったん利根川から離れるが)。
 我孫子駅で水戸方面から来る常磐線に乗り、新松戸駅で武蔵野線に乗り換え、埼玉県を経由して都内に戻る。
 

犬吠崎めぐりrosenzu 002


 こうしてみると、千葉県が周囲を水に囲まれた県――川(江戸川・利根川)と海(東京湾・太平洋)とによって他県から断ち切られた土地、つまり‘島’なのだと実感する。


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千葉駅(新しく生まれ変わったエキナカの発車時刻案内板)


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佐倉駅(長嶋茂雄の故郷というイメージしかない)


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成東駅(周囲は広い野っぱら)


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成東駅のホームの待合所で50分の待ち時間を過ごす(むろん勉強中)



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折り返し地点となる総武本線・松岸駅(駅名から海が見えるかと思ったが、見えない)



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昔なつかしい駅舎に心和むひととき



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成田線・香取駅の駅舎(注連縄に注目。無人駅だが悪いことできないぞ)


 こうやって乗り鉄しながら関東地方を巡っていると、今更ながらだが、「関東は都会」と言ったところでそれは山手線の内側を核とした中心地帯、あるいは大きな駅の周囲だけのことであって、都心から1時間も列車に乗れば、まだまだ田畑が広がり、山や森の中に人家が点々とするような田舎なんだなあ、と実感する。(まさか、相模線に無人駅があるとは思わなかった・・・)
 
 どの沿線を走っていても共通して気づいたことが二つある。
 一つは、どこの地域でも高齢者施設が目立つようになったこと。介護保険導入(チョー高齢社会)の影響だ。一般に、田舎に行くほど高齢化も進めば、施設建設も(土地が安いから)進むわけである。
 もう一つは、太陽光発電のパネルが非常に増えたこと。民家の屋根だけでなく、線路沿いの陽当たりのいい空き地にモノリスのようなソーラーパネルが何百と並んでいる。これは福島原発事故の影響だろうか。

一筆書き学習法イラスト 002
八高線・児玉駅付近の沿線


 犬吠崎近くを走っていたら、風力発電の風車がいくつも並んでいるのが見えた。
 なんとなく不思議な光景で、SF映画を観ているような気がした。さすがに、巨人と間違えて槍で突進しようとは思わないが・・・。

犬吠崎めぐり 012


 車窓を流れ去る景色を漫然と眺めながら、‘つれづれなるままに’よしなしごとを考えている瞬間こそ、乗り鉄の至福である。
 

犬吠崎めぐり 014
 
 
犬吠崎めぐり 003
ゴールは西国分寺駅(ここで友人と待ち合わせ)


● シャフクへの道13 ツクバヤマハレ(筑波山晴れ)

 社会福祉士国家試験まで一ヶ月を切った。
 受験生には正月なんか無いのである。おとそ気分で浮かれている暇があったら、一問でも多く過去問を解くべし。
 というわけで、本日もまた参考書とホットコーヒー入りマグとデジカメを鞄に詰めて、一筆書き学習法を敢行した。

●乗車日 2017年1月4日(水)
●天候 晴れ
●経路 西国分寺駅 目的地:国分寺駅
12:14 西国分寺駅発
  中央線(乗車時間21分)
12:48 八王子駅発
  八高線(59分)
13:50 川越駅発
  川越線(23分)
14:21 大宮駅発
  宇都宮線(50分)
15:36 小山駅発
  水戸線(64分)
16:46 友部駅発
  常磐線(75分)
18:37 日暮里駅発
  山手線(10分)
19:04 神田駅発
  中央線(40分)
19:44 国分寺駅着
●所要時間 7時間30分(うち乗車時間5時間42分)  
●運賃 140円

水戸線と筑波山


 この学習法は‘乗り鉄’趣味を満足させてくれるので一挙両得なのであるが、学習効果もすこぶる高い。家や図書館や喫茶店で勉強するよりもずっと集中して取り組める。
 なんでだろう?
 理由を考えてみた。
  1. 列車内だと適宜(停車駅ごとに)換気してくれるので、常に頭がすっきりした状態を保てる。(暖房の効いた部屋で勉強していると、だんだん頭がぼうっとしてくる。と言って、こまめに喚起するのは手間である)
  2. 列車だと座席からそう簡単に離れられない。(他の乗客に取られてしまうので)
  3. 列車の振動が適度に体内感覚を刺激するので、かえって体と心が落ち着く。(一つところでじっと動かないでいるのは意外に苦痛である。勉強中の人が知らぬ間に貧乏ゆすりしたり、鼻をほじくったり、髪の毛をいじったり、ボールペンを回して遊んだりするのはそのせいだろう)
  4. 乗り換えのときに気持ちの切り替えができる。
  5. 疲れたら車窓からの景色を眺め、沿線で暮らす地元の人々を観察し、リラックス&エンジョイできる。
  6. 明るさ(照明)や室温や椅子の硬さがちょうど良い。
  7. 一人で勉強している孤独感が緩和される。(「家よりも喫茶店や図書館で勉強するほうがはかどる」と言う人がいるのはこのためだろう)
  8. おなかが空いたら乗換駅で簡単に食料調達できる。
  9. 外とつながっているため個室で味わえない解放感があり、脳が活性化する。
  10. 一筆書きの達成感が学習の達成感につながる。
 と、いろいろ考えてみたが、やっぱり一番大きいのは、

 11.旅情が味わえるので、勉強が苦にならない。

 今回も、小山駅から友部駅に向かう水戸線で、すっかり旅人気分を満喫した。
 
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 小山駅を出てしばらくは、何の変哲も無い、日本のどこにでもあるような無味乾燥な住宅地が続く。
 鬼怒川を越える頃になると、畑が一面広がり、空が大きさを増してくる。地元の高校生が乗り込んできて、ローカル線らしさが際立ってくる。

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 やがて、地平線の彼方に名峰・筑波山が悠々たる姿を現す。
 二つの峰を有し、裾野は他の山によって遮られることなく地平まで優美に流れる。
 平野(盆地)から見た筑波山の威容は、古来から信仰の対象となるのも道理と十分納得できる神々しさである。

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 武蔵や多摩の山頂から見ると筑波山は独立峰に見えるのだが、実際には筑波山隗と呼ばれる1000m以下のいくつかの山々から成っている。水戸線で友部駅まで行き、そこで常磐線に乗り換え、折り返すように首都圏を目指すと、ちょうど筑波山隗を、北側(水戸線沿線)から、東側(友部駅)から、南側(常磐線沿線)から、角度を変えてぐるりと巡るように眺めることができる。これが3D映像ぽくって面白い。
 時刻は夕刻。
 旅情マックス!!

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水戸線沿線から見る筑波山隗

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JR友部駅構内から見る筑波山塊
 
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常磐線沿線から見る筑波山塊


 勉強もサクサクと進み、上野駅に向かう常磐線でウトウトしていたら、気づかぬうちに車内は大きな荷物を抱えた乗客でいっぱい。田舎からのUターン客である。
「そうかあ。世間は今日で正月休み終わりなんだな」

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 受験生には正月は無い。
 しかし介護職には、はなから正月は無いのである。
 そのぶん、「明日から仕事かあ~」という長期休暇後の憂鬱気分もここ数年味わっていない。
 
 神田駅構内で好物のかき揚げそばを食べ、一筆書きを完成させるべく中央線に乗った。
 さあて、ラストスパートだ。
 
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● シャフクへの道12  本:『反貧困のソーシャルワーク実践 NPO「ほっとポット」の挑戦』(藤田孝典、金子充編著)

2010年明石書店発行。

特定非営利活動法人「ほっとポット」は、生活に困窮されている方や家を失った方(ホームレス)に対して、社会福祉士が相談や生活支援などの総合的なサポートをおこなうNPO(非営利団体)です。地域の福祉を良くしたいとの思いで、貧困、失業、病気、精神疾患、孤立、住居喪失といった生活課題を抱えた人たちに向き合い、司法や行政との連携を図りながら、権利擁護や日常生活支援等の専門的なソーシャルワーク(福祉実践)を展開しています。(本書カバーより引用)

 本書は、「ほっとポット」の設立者の一人である藤田孝典(1982年茨城生まれ)が、社会福祉を学ぶ学生時代にバイトに行く道端で出会ったホームレスとの交流をきっかけに貧困問題に目覚め、新宿の夜回りボランティアや地元埼玉での自主的な巡回活動を体験し、貧困を取り巻く様々な問題を机上だけでなく実地で学び、同じ社会福祉士の資格を持つ仲間と組んで同団体を立ち上げるまでを描いている。そして、その後4年にわたる「ほっとポット」の活動の実際を、活動の広がり・発展・成果・課題・著者の問題意識の変容・今後の方向性などをからめて描いている。
 ここ十数年の現場から見た日本の貧困問題を知るのに恰好の参考書であり、行政ではない民間組織――メンバー全員が社会福祉士という専門家――によるホームレス支援のありようを伺うテキストであり、社会問題を自分事として感じ取った一人の若者がその問題解決を仕事として選び取り生業として成立させていく過程を描くNPO誕生秘話であり、加えて一人の青年の成長物語としての面白さもある。

 読みながら一番感じたのは、現代日本社会にこういう若者たちがいてくれることの頼もしさ、有り難さである。
 別にソルティが‘いまどきの若者’に絶望しているわけでも過小評価しているわけでもない。いつの時代の若者も基本変わらないと思う。どんな時代にも、問題意識が高く、フットワークが軽く、ネットワークを作る才に恵まれ、戦略家であると同時に弱者に対する優しい心根を持った若者はたくさんいることであろう。
 有り難さを痛感する理由は、単純にソルティが老いを感じているからである。
 自分もいつ仕事ができなくなり、収入が途絶え、ホームレスになるかわからない。病気になっても病院に行けず、アパートで孤独死あるいはどこかの河原で凍死するかもしれない。そんな有り難くない予感が頭の片隅にちらつく昨今、「ほっとポット」のような活動をしている団体がいることは何と希望のあることか。自分とは直接関係のない、社会から見捨てられた他人のために、給料もそんなに(同年代の行政職員ほど)高くはないであろうに、八方手を尽くして動いてくれる若者のいることが、どれほど嬉しいことか。
 「ほっとポット」の意義はもちろん活動内容それ自体であるけれど、それとは違った次元で、「存在することそのもの」にあろう。こういう若者と出会うことは、つらく厳しい人生を送ってきて‘人をも世をも’信じるのが困難になったであろうホームレスの人々に、人間や人生を今一度信じる機会を与えてくれるのではないかと思う。人生の最後にマザーテレサと出会ったコルカタの貧者たちがそうであったように。
 
 むろん、マザーテレサと藤田孝典および「ほっとポット」は違う。
 一番の違いは、「ほっとポット」がその活動の理念および基本方針に、メンバーの共通する保有資格である社会福祉士の倫理綱領や行動規範を置いていることであり、その活動スタイルが現代のソーシャルワーク理論の主要潮流であるジェネラリスト・ソーシャルワークに則っていることであろう。
 
●ソーシャルワークの定義
ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウェルビーイング)の増進を目指して、社会の変革を進め、人間関係における問題解決を図り、人々のエンパワーメントと解放を促していく。ソーシャルワークは人間の行動と社会システムに関する理論を利用して、人びとがその環境と相互に影響し合う接点に介入する。人権と社会正義の原理は、ソーシャルワークの拠り所とする基盤である。(2000年7月国際ソーシャルワーカー連盟が採択)

 
●ソーシャル・インクルージョン
  1. 社会福祉士は、特に不利益な立場にあり、抑圧されている利用者が、選択と決定の機会を行使できるように働きかけなければならない。
  2. 社会福祉士は、利用者や住民が社会の政策・制度の形成に参加することを積極的に支援しなければならない。
  3. 社会福祉士は、専門的な視点と方法により、利用者のニーズを社会全体と地域社会に伝達しなければならない。
  (公益社団法人「日本社会福祉士会」倫理綱領より抜粋)


●ジェネラリスト・ソーシャルワーク
90年代に確立したジェネラリスト・ソーシャルワークを理論的裏づけとする「総合的かつ包括的な相談援助」の基本的視座は、次の四つに集約される。
  1. 本人の生活の場で展開する援助・・・クライエント本人が生活する場を拠点として、クライエントとクライエントを取り巻く環境に一体的に援助を展開する。
  2. 援助対象の拡大・・・クライエントの側に立って総合的に問題を把握し、従来の法律の枠組みでは対応できなかった新しい問題や複合的な課題にも対応していく。
  3. 予防的かつ積極的アプローチ・・・予防的に働きかけ、問題が深刻になる前に対応することによって、より効果的な援助を提供する。また、サービスを拒否していたりニーズや課題があることに気づいていない人たちに対して積極的に働きかけていく。
  4. ネットワークによる連携と協働・・・複数の援助機関や地域住民等がネットワークやチームを形成し、連携と協働によって援助を提供することで、地域の社会資源を最大限活用し、援助の幅と可能性を広げる。
  (中央法規発行『新・社会福祉士養成講座6「相談援助の基盤と専門職」第2版』より抜粋)


 社会福祉士国家試験勉強中のソルティにしてみれば、「ほっとポット」の活動はまさに我が国の社会福祉の最先端をしゃかりきに道を拓きながら進んでいるブルドーザーのように思えるし、テキストで学んでいることの最も理想的な形がここに実現されているという感じを受ける。
 むろん、本書で藤田が書いているとおり、テキストで学ぶこと(理想論)と実際の福祉現場(現実)にはとてつもないギャップがある。本書にはあまり詳しく書かれていないけれど、ホームレス支援の活動をする過程で思い通りにいかない現実――たとえば、福祉事務所の硬直した対応、生活保護認定の不可解な厳しさ、地域の無理解や偏見、ナンセンスな法律や条例の存在、当事者の非協力的態度e.t.c.――に直面し、憤りを感じたり、落胆したり、悲哀を感じたり、バーンアウトすれすれまで行ったり・・・ということもあったにちがいない。まだまだソーシャル・インクルージョンは日本では(世界でも)「絵に描いた餅」である。
 それでも、藤田たちの熱意とプロ意識と(おそらくは)無私の純粋性にほだされて、ネットワークが広がり、協力者・理解者が増え、地域が次第に変わっていく様子を読んでいると、いまソルティが勉強している内容、つまり藤田らも履修した現在の社会福祉士養成課程というものが、おおむね正しい軌道に乗っているのだなあということを実感する。(と言うと、ソルティが養成過程に不信を抱きながら学習しているみたいに聞こえるか・・・。実は不信というほどではないが、「ソーシャルワークを仕事とするなら、もうちょっと他に知っておくべきことがあるのではないか」という思いは持っている。たとえば、日本の様々なマイノリティ問題についての情報量が決定的に不足している!)
 
 共著者の金子充(かねこじゅう)は「ほっとポット」の幹事であり立正大学社会福祉学部の准教授である。いわば、会の活動の学術的裏づけを担保するアドバイザーであろう。
 こう書いている。

これまでの「社会福祉」――社会保障制度や福祉サービス――は、一般の人たちにとって非常に遠い存在であった。「社会福祉」といえば、私たちの生活の中にある「あたりまえのかかわり」ではなく、法律や行政のサービスとして存在していたり、「制度」として確立されているものを意味してきた。だから、身近なところにあるものではなく、どこか遠いところにある「難しい法律」や「特別な援助」を意味してきたように思う。


 別記事で紹介した勝部麗子の『ひとりぽっちをつくらない コミュニティソシャルワーカーの仕事』(全国社会福祉協議会発行)と並び、社会福祉士およびそれを目指すものにとって必読の書と言っていいだろう。




● シャフクへの道11 :JRに乾杯!

 今回は北関東を一筆書きしてみた。
 もちろん、車内では社会福祉国家試験の勉強(テキスト熟読&一問一答問題集)をやり、疲れたら車窓の風景で目を休めた。のどかな田園地帯が広がる地帯なので、疲れをほぐすのにはもってこい。このタイムスケジュールだと、すべての列車で座ることができた。

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●実施日 12月21日(水)
●ルートと時刻(括弧内は乗車時間)
11:39発 JR中央線・立川駅スタート
 青梅線(11分)    
12:01発 拝島駅
 八高線(24分)
13:03発 高麗川駅
 八高線(84分)
15:10発 高崎駅
 両毛線(102分)
17:03発 小山駅
 宇都宮線(42分)
17:51発 大宮駅
 埼京線(6分)
18:08発 武蔵浦和駅
 武蔵野線(26分)
18:42発 西国分寺駅
 中央線(2分)
18:44着 JR中央線・国立駅ゴール
●所要時間 7時間05分(うち乗車時間4時間57分)
●運賃 140円

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 八高線は、東京(八王子)から埼玉を縦断して群馬(高崎)まで行く長距離列車。
 運転系統が分かれているため乗換えが必要な高麗川駅(埼玉県日高市)のホームで、日光浴しながら鮭と昆布のおにぎりを食べる。
 冬至だというのにポカポカ陽気で気持ちいい。
 駅前ロータリーには韓国の民俗信仰である将軍漂(チャングンピョ)をモチーフにしたモニュメントが見える。

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716年に設置された武蔵国高麗郡高麗郷の地で、当時高麗郡大領に任命された高句麗王族の高麗若光を祭る高麗神社が鎮座する。高麗郡は668年に唐に滅ぼされた高句麗から亡命してきた帰化人を収容した。(ウィキペディア「日高市」より抜粋)


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 丹荘(たんしょう)駅(児玉郡神川町)と群馬藤岡駅(藤岡市)の間を流れる神流川(かんながわ)が、埼玉と群馬の県境である。

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水の少ない神流川。遠くに望むは赤城山。
 

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 さすがに高崎駅まで来ると、「は~るばる来たぜ たかさっきぃ!」という気分がする。

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 両毛線に乗るのは何十年ぶりだろう。
 20代の終わりのプー太郎(無職)時代に18切符で日本一周したとき以来かもしれない。
 この路線は、名前だけはよく耳にするけれどなかなか足を運ぶ機会のない観光名所が多い。
 たとえば、森高千里の歌で有名になった渡良瀬川、CMでよく耳にする佐野厄除け大師、日本にも旧石器時代が存在したことを証明した岩宿遺跡、古代から絹織物の産地として知られる桐生、そして国定忠治のセリフ「赤城の山も今宵限り」で全国的に有名な赤城山(最高地点1,828m)。
 シャフクの試験が終わったら、赤城山登山を中心にこのあたりを旅してみたいものだ。
 

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先頭車両から見た光景。線路の左にたたずむ男の姿が怖い(撮影時は気づかなかった)
 
 
 小山駅が近づくにつれ、学校帰りの高校生らに車両が占領された。都会では見られない光景である。それほど喧しくないのは、ほとんどの子がスマホをいじっているせいである。いいんだか、悪いんだか・・・。
 

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 小山駅では特大の鏡餅が飾られていた。そういえば正月だった・・・。
 
 勉強のほうはなんと二つの単元を読破し、計画の遅れを取り戻してあまりあった。
 実にはかどる
 しかも、‘乗り鉄’ソルティにとって、これは完全なる遊び(趣味)との両立である。勉強が少しも苦にならない。
 実にいい勉強法を見つけたものである。

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 小山からは、空いた車両で缶ビールと助六寿司で夕食をとりながら、ネオンの浮かぶ冬至の夜を見ながら、一人旅の孤独を満喫した。
 

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● シャフクへの道10 映画:『キューポラのある街』(浦山桐郎監督)

1962年日活制作。

 鋳物の街でキューポラ(鉄の溶解炉)が多く見られた埼玉県川口市を舞台とした青春ドラマ。主人公ジュン(吉永小百合)の周りで起こる貧困や親子問題、民族、友情、性など多くのエピソードを描いている。
 脚本は浦山の師である今村昌平との共同執筆であり、日活の助監督だった浦山の監督昇格デビュー作である。ブルーリボン賞作品賞受賞作品。主演の吉永も今作でブルーリボン賞主演女優賞などを受賞し、大きく飛躍するきっかけになった作品である。(ウィキペディア「キューポラのある街」より抜粋)
 
 何といっても当時17歳の吉永小百合の輝きが最大の見どころ。
 まさにスター誕生!
 道で擦れ違った100人が100人とも振り向かずにはいられない可憐なる美少女ぶりもなるほど凄いものではある。が、最大の魅力は、溌剌とした生の輝きと、作為をまったく感じさせない体当たり演技の爽快感である。大人になった小百合が身につけてしまった「美しく」撮られることへの使命感から来る作為や、抑制された感情表現のつまらなさ、サユリストによって作り上げられてしまった「清純イメージ」の結界の中での自縄自縛が、まったくない。――でありながら、天然に「美しく、清純」な小百合がここにいる。
 全作品を観ていないので断言できないが、おそらく吉永小百合の生涯ベスト1であろう。
 半世紀以上、彼女がこれを超える作品と出会えなかったこと、これを越える印象的な演技を生み出せなかったことは、はなはだ残念だしもったいない気もするけれど、たとえば外国の女優を見ても、オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』、ヴィヴィアン・リーの『風と共に去りぬ』、リンダ・ブレアの『エクソシスト』など、若い日のたった1本の作品が女優としての代表作にして最高傑作になってしまう例はたくさんある。
 むしろ、吉永小百合と『キューポラのある街』との出会いの奇跡を祝福し、監督デビューにして見事、十代の小百合の魅力をあますところなくフィルムに焼き付けた浦山桐郎の手腕を称えるべきであろう。
 
 小百合のみならず登場する子役たちも素晴らしい。
 ジュン(小百合)の弟タカユキを演じる市川好郎は助演男優賞ものの闊達な演技。この人は、その後、『美しい十代 』(1964)、『網走番外地 悪への挑戦』 (1967)、『太陽を盗んだ男』 (1979)、『二百三高地』 (1980)、『人生劇場』 (1983)などを経て、1993年に亡くなっている。享年45歳とは若すぎる。この役者の代表作もやはりこれであろう。
 さらに、ソルティ世代では水戸黄門と言えばこの人、東野英治郎が頑固一徹の職人で酒癖の悪いジュンの父親・辰五郎を演じている。何の映画に出ていても、この人の存在感は半端ではない。
 日活時代の小百合の黄金のパートナー浜田光夫も隣家に住む青年として登場する。当時を知らない者からすると、「なぜこの人がそんなに人気あったの?」と不思議に思わざるを得ない平凡なルックス、平凡な演技である。小百合が引き立つから?
 さらに、ジュンの担任教師を演じている加藤武がいい味出している。この人は実際に英語の先生だったはず。昨年亡くなっている。市川崑監督「金田一耕助シリーズ」の「よしっ! 分かった!」が懐かしい。
 
 この映画では60年代初頭の貧しい庶民の暮らしぶりが描かれている。
 鋳物工場の危険な重労働、劣悪な労働条件、みすぼらしい路地の家々、職を失い酒浸り(今なら「アルコール依存症」)の一家の主、貧乏子沢山、お金がなくて進学をあきらめる子供たち、将来に希望が見出せず不良化する若者たち、在日朝鮮人差別と北朝鮮帰還運動、そして福祉の欠如・・・。
 ともすれば自暴自棄になりそうな底知れないぬかるみの中で、泥中の蓮のごとく、一人希望の光を放っているのがジュンこと吉永小百合であり、物語を暗さから救っているのが子供たちの無邪気さである。
 現在ソルティは社会福祉士国家試験の勉強をしていることもあって、こういうドラマを見ると、頭の中で自然とソーシャルワークしてしまう。
 この貧困と絶望の連鎖から抜け出るために、ジュンの一家はどういう制度が活用できるのか。
 シュミレーションしてみよう。
 まず、辰五郎は長年働いてきた鋳物工場を体の故障と年齢が原因で解雇される。そのことが、そうでなくとも貧しい一家の家計に深刻なダメージをもたらす。
 まず、解雇に正当な事由があるとしても、
  1. 退職金がもらえるかもしれない。
  2. 告知なしの解雇ならば、一ト月分の給料はもらえる。
  3. 雇用保険(失業保険)が3ヶ月の待機期間なしで受給できる。
  4. 辰五郎の体の故障はそもそも仕事中の事故が原因らしい。ならば、労災(労働者災害補償保険)認定が可能である。障害補償一時金や障害補償年金がもらえるかもしれない。
  5. 辰五郎夫妻には中学生以下の子供が4人いる。児童手当がもらえる。
  6. 辰五郎の再就職先が見つからず、どうにもこうにも生活が立ち行かないのであれば、生活保護を申請という手がある。
  7. 年金や健康保険料の納付に関しては減免手続きができる。
  8. ジュンの高校進学の学費については奨学金を申請する。 
――といった福祉制度の利用が考えられる。
 辰五郎一家はこのうちの一つも受給していない。社会扶助らしいものが出てくるのは、修学旅行に行く費用が工面できないジュンに川口市から補助が出るエピソードくらい。それも、担任教師の差配で可能になったのである。
 むろん、1962年にはなかった制度や特例もある。たとえば、⑤の児童手当は1972年開始だから、もらえるはずがない。(これがあったら、一家はかなり救われたであろう。今なら中学生以下4人の子供について月額50,000円もらえる勘定になる)
 それ以外の制度は、今ほど中身が充実していないにしても62年にはすでにあった。
 いくら良い制度があっても、実際に利用できないことにはどうしようもないという現実がここにはある。
 制度の存在(社会資源)と実際の活用状況(ニーズ)とのズレの原因は、いろいろあろう。
  1. 市民がそもそも制度の存在について知らない。福祉制度は基本、申請主義なので知らないことには利用できない。
  2. 制度の存在を知っていても(映画の辰五郎がそうであったように)意地やプライドから、あるいは「負け組」スティグマがつくのを恐れて、利用するのを拒む。
  3. 手続きの煩雑さにメンドクサさが先立つ。
  4. せっかく申請しても役所にシャットアウトされる。
  5. 表立って会社や公的機関と争う――争うのではなく当然の権利の行使なのだが――のを好まない日本人特有の謙譲の精神。
 映画では、一家の長である辰五郎の昔ながらの職人気質、依怙地なプライド、組合や労働運動(=アカという偏見を持っている)に対する不信感が、制度の利用を阻む主因となっている。クビになった工場の仲間たちが善意から集めた見舞金さえ、「アカの世話にはならない」と受け取るのを断る辰五郎。妻やジュンをはじめとする子供たちはそんな辰五郎をどうにも説得しようがない。気に食わないことがあれば酒を飲んで暴力すら振るうのだ。
 ここに、福祉制度の利用を阻む今ひとつの壁が指摘できる。
 ――家父長制。
 
 権力と決定権を持った一家の主が「ウン」と言わなければ、どんなに良い社会資源があっても、またそれが家族にとって役立つものであることが明白であっても、ニーズと資源とがマッチングすることは叶わない。妻子は、頑固親父の犠牲になるしかない。

 物語の最後で、元の職場にめでたく復帰することが決まり、祝い酒に酔う辰五郎に向かって、ジュンは宣言する。
「わたしは全日制の高校には行かないことにした。昼間は工場で働きながら、自ら稼いだお金で定時制高校に通う。お父さんにまた何かあると困るから」
 こうやって、戦後の女性たちは自立の道を歩んで行ったのだろう。
 
 「キューポラ」とは家父長制の象徴なのかもしれない。



評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 

● シャフクへの道9 :‘一筆書き’学習法

 社会福祉士国家試験まで3ヶ月を切った。
 現在、飯塚慶子著『社会福祉士の合格教科書』の2度目の通読をしながら、過去問に精出しているところである。さすが過去問をよく分析してポイントを絞ってわかりやすく作られたテキスト。過去問正答率は平均して7割。この時期ならまずまずだろう。
 平日は仕事前か仕事後の1時間、休日は最低2時間、勉強に当てる予定を立てたのだが、平日はともかく、休日になるとどうも怠けがちになる。時間があることがかえって「あとでやればいいや」という甘えを生み、遊んでしまって、気がつくと夜になっている。テキストを開いても、途中でスマホでネットを見たりゲームをしたりと、どうにも集中力に欠く。そうでなくとも、記憶力減退著しい五十路だというに・・・。
 
 とりわけ、今日のようなさわやかな秋晴れの日は、家にいても落ち着かない。
 「絶好の行楽日和を無駄にしてもいいのか。山が呼んでいるぞ。」
 悪魔のささやきを振り切って、
 「よし、勉強道具を持って喫茶店に行こう!」
と思ったら、あいにく財布の中は小銭ばかり。遠出なんてそもそもムリだった

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 そうだ!小銭で遠出する方法がある!
 しかも、勉強もしっかりできる!
 
 JR一筆書き大回りツアーだ!

 リュックに勉強道具とアイスコーヒーを入れたマグボトルをつめて、意気揚々と自宅を後にした。
 (ご存知ない方はこちらを参照)

●ルートと時刻
14:40 JR中央線・西国分寺駅スタート
 武蔵野線    
14:50 府中本町駅
 南武線
15:50 川崎駅
 京浜東北線
16:50 東京駅
 京葉線・武蔵野線
18:30 武蔵浦和駅
 埼京線
19:10 新宿駅
 中央線
19:40 JR中央線・国分寺駅ゴール
●所要時間 5時間(うち乗車時間3時間46分)
●運賃 140円

 スタートは定期券が使える西国分寺駅。ここで隣り駅(国分寺)までの切符を購入する。
 日差しがまぶしい。
 
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 武蔵野線乗車。すぐ終点の府中本町駅に着く。
 東京の列車とは思えないほど長閑な南武線に乗り換える。

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 ここからは乗車時間が長い。座ってテキストを開く。
 今読んでいるのは「児童や家庭に対する支援と児童・家庭福祉制度」。子供も家庭もソルティには縁遠い存在のうえ、最近制度が変わったばかりでややこしい。なかなか頭に入らないのだが・・・。
 うん、家より集中できる!(他の乗客に対する「私は勉強中」アピールが効くのかもしれない)
 
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 川崎駅着。
 さすがに雑踏している。
 京浜東北線に乗り換える。この時刻だとまだ十分座れる。
 引き続きテキスト熟読。

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 東京駅着。
 VIPが新幹線を利用するらしく警備がものものしい。
 (あとで調べたら天皇皇后両陛下が京都訪問から戻られたらしい。)
 

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 京葉線に向かう長い動く歩道(水平型エスカレーター)に乗って、超スロウスピードで運ばれてゆく。周囲の壁に掲示されている千葉県の観光案内広告が旅心をそそる。
 階段を下りた右側に、ステンドガラスの美しい巨大壁画がある。
 素晴らしい。
 

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 『天地創造』 (福沢一郎作)
 
 
 構内のショップでアンパン(130円)を買って、乗車。
 始発なので当然座れる。アンパンを食べながらテキスト熟読。
 ふと窓外を見るともう日没。地平線を覆う墨色の雲に夕焼けが侵食されていく。
 
 舞浜ではディズニーランド帰りの人たちが遊び疲れた様子で乗り込んでくる。
 気づけば帰宅ラッシュ。車内はどんどん混んで来る。


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 武蔵浦和駅着。
 埼京線に乗り換える。もうすっかり夜。
 テキストはキリの良いところまで進んだので終了。別に持ってきた本『忘れられた日本の村』(筒井功著)を読む。
 面白いんだ、これが。
 

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 新宿駅着。
 なんだか懐かしい。
 なんの用事も持たない旅人気分で通過すると、雑踏すらも気にならないから不思議だ。
 青梅行きの中央線に乗る。さすがにここでは座れなかった。
 

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 目的地である国分寺駅に到着。
 あっという間の5時間だった。
 なんと、予定していた2倍の分量、テキストが進んだ。
 この充実感
 
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 安上がりで、集中できて、‘乗り鉄’趣味も満足できて、ちょっとした旅の気分も味わえて、頭休めに駅構内を散策できて、(これからの季節)暖房代も節約できて、VIPにも遭遇できて、これはまったく自分に合った良い学習法である。
 
 ‘車福’への道、今後も活用しよう。
 

● シャフクへの道8 8050問題って? 本:『ひとりぽっちをつくらない コミュニティソーシャルワーカーの仕事』(勝部麗子著)

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2016年全国社会福祉協議会刊行。

 8050(ハチマルゴーマル)問題をご存知だろうか?
 「80歳まで50本以上自分の歯を保とう!」
 それは厚生労働省と日本歯科医師会がやっている「8020運動」。成人の歯の数は、親知らずが全部揃っている人の場合32本が普通である。
 8050問題とは、「80歳代の親と50歳代の独身の子供が同居する世帯が抱える様々な問題」を言う。
 例えば、50歳代のひきこもりの息子を心配する80歳代の両親、80歳代の親の年金で暮らす50歳代の独身女性、認知症の80歳代の親を介護する50歳代の独身の息子・・・・・。
 
 8050問題の背景には世代間にある経済的格差が見え隠れしています。つまり、現在80歳代の親世代は、1960年代以降の高度経済成長の時代に終身雇用・正社員として働き、多くがマイホームをもち厚生年金を受け取って生活をしています。一方50歳代の子ども世代は、90年代のバブル崩壊以降にすすんだ「雇用の非正規化」の波に洗われ、若い世代と同様に非正規労働の割合が大きく増えました。正社員として働くことがむずかしくなった世代です。通常は、現役世代の方が豊かで、質素に年金生活を送る親世代を助けていくはずですが、現在の日本では、経済的な豊かさが逆になっている場合があります。・・・・・8050問題の多くのケースが、比較的経済的にしっかりした親世代に対して、それを頼りに生きてきた子ども世代が、親が亡くなったり病気になったりして、その支えを失い、問題を引き起こしています。(本書より)

 親の年金を頼りに暮らしてきた中高年の子どもが、親の亡くなったのを周囲に隠して白骨となった遺体と一緒に暮らしていたというニュースが時折り聞かれる。まさに8050問題のもたらした悲劇と言えよう。
 
 まったく他人事ではない。
 というのもソルティもあと数年で、80歳代の親を抱える50歳代の独身の子どもになるからだ。違うのは、親と同居していないことと、自分の稼いだ収入で暮らしを立てていることだ。が、50年間ただ一つの会社で正社員として働いてきた父親の受け取っている年金収入と、ローリングストーン(転がる石)のような30年間の職歴を持つ現在の自分の勤労収入を比べると、自分の方が低い。
 しかも、ローンが済んだ持ち家に住んでいる両親には家賃が発生しない。当然年金は払っていないし、税金も保険料も医療費も自分より安い。悠々自適と言うほどではないにせよ、財布の中身や銀行の残高と相談しながらケチケチ暮らす必要はない。まず、うらやましい身分である。
 この先、親に何かあったら同居の可能性が出てくる。在宅介護が必要となったら、仕事を辞めなければならないかもしれない。そうしたら、親の建てた家(実家)で、親の年金で暮らすことになるやもしれない。もろ、8050問題予備軍である。

 こうした8050世帯を、どう見守り、支援していくのかが、地域の新たな課題になっています。・・・・・8050世帯は、現役世代が同居して介護しているという認識から、見守りの対象だとは考えられてこなかったのです。もし何かあっても、必要があればSOSを出せるであろうと思われてきました。8050世帯は、いわば「見守りの狭間」「支援の狭間」に落ち込んでいたと言えます。

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 著者の勝部麗子は、大阪府豊中市社会福祉協議会所属のコミュニティソーシャルワーカーである。本書がおそらく初めての本だと思うが、彼女の顔や活躍は全国的に知られている。2014年7月にNHK『プロフェッショナルの流儀』に出演したからである。普段はテレビをまったく観ないソルティだが、どういうわけかこの回だけは観てしまった。あたかも呼ばれたかのように・・・。
 で、凄い女性がいるもんだと感心した。

 コミュニティソーシャルワーカーとは何か。

 コミュニティソーシャルワーカーの存在は、これまで地域で「助けて!」と言えなかった、SOSを出せなかった「サイレント・プア(声なき貧困)」を、住民の協力を得ながら発見し、行政やさまざまな関係機関と連携しながら、これまでなかった地域独自の解決の仕組みを創造していきます。それは、誰もが安心して暮らすことができる地域をつくるためのセーフティネットの構築であり、地域の福祉力を高めることでもあります。

 これまでの福祉は、いわゆる「申請主義」と言われていたように、生活保護でも介護保険でも、原則は本人の申請があってから、担当者が制度の対象としての要件に適合するか否かを検討しはじめるのです。
 コミュニティソーシャルワーカーの支援は全く違います。申請を待つのではなく、住民の協力を得て、「助けて!」と自らSOSを出せない本人を「発見」します。こうした方法を「アウトリーチ」と言います。

 まったく新しい社会的機能あるいは職種と思うかもしれないが、そうではない。
 「ケースワークの母」と呼ばれソーシャルワーカーの先駆となったメアリー・リッチモンド(1861-1928)が、米国慈善組織協会(COS)の友愛訪問員として貧困地域に足を運び実践していたこと、目指していたことが、まさに上記だからである。その意味では、勝部のやっていることは社会福祉の原点回帰であり、勝部はリッチモンドの正統の後継者と言うことができる。お役所への申請主義を常識としてきた「これまでの福祉」の方がずれていたのである。そこでは、福祉手続き担当者は窓口にふんぞり返って、来所した者が既存の制度に適合するかどうかだけを判定すれば良かった。だから、「今まで自分は土木のほうをやっていて福祉ははじめてなので・・・」という頼りなさそうな担当者――実際にソルティが出会った――でも、それなりに務まったのである。

 本書の最大の魅力は実用性にあろう。
 大阪府のコミュニティソーシャルワーカーである勝部が、実際の現場で発見し、出会い、支援し、何らかの解決につなげた「サイレント・プア」の事例が具体的に紹介されている。そして、解決に至るまでの道筋や手段や困難や支援のポイントが惜しみなく披露されている。「ブッダに握拳なし」ではないが、勝部は自らが何年間もの汗と涙と足のマメとで獲得した知恵や技術を、なんら出し惜しみすることなく、小売りすることなく、もったいぶることなく、地域福祉に日々悩みながら携わっている者やこれから携わろうと考えている後進に向けて伝授してくれる。うまくいったケースだけでなく、当事者の自死という残念な結果になったケースもありのまま語っている。とても誠実で公平な人なのだろう。
 コミュニティソーシャルワーカー必携のバイブルであるのは間違いない。

 同時に、本書で紹介されている勝部の関わった10のケース(以下)から、現代日本の地域社会に潜在している様々な深刻な問題が浮き彫りにされる。現代の日本人および日本社会が抱える最も本質的な弱点が見えてくる。

  1. ごみ屋敷の住人
  2. ひきこもりの子どもを抱える家族
  3. 徘徊する若年性認知症患者とその家族
  4. 8050問題
  5. ホームレス
  6. 高次脳機能障害者とその家族
  7. 大地震の被災者
  8. 一人親家庭の子育て
  9. 孤独死
  10. マイノリティ(外国人、セクシャルマイノリティ)
 
 これらがまさにサイレント・プアが息を潜めて生活する現場であり、コミュニティソーシャルワーカーがアウトリーチによって発見し働くフィールドである。
 これらのケースに共通して言えるのは、
① 既存の法律や制度だけでは解決できない。(制度の狭間にある)
② 行政機関や専門家だけでも、地域住民の力だけでも、解決できない。
③ 当事者からSOSが出しにくいため問題が潜在化し、こじらせてしまう。
④ 「人間関係の貧困」が背景にある。
といったところだ。
 見方を変えれば、現代日本社会(法や制度、国民性や文化・慣習、政治や経済)の矛盾や欠陥や弊害や限界が最も脆弱な部分に集まって、傷口からの膿出しを担っているのがこれらのケースだと言えよう。この10のケースのどれにも該当しない‘幸福な’人びとは、該当する人びとの犠牲の上に、市民的な幸福を享受している。
 とりわけ、10のケースに共通して指摘でき、典型的に表出されている「現代の日本人および日本社会が抱える最も本質的な弱点」が、人間関係の貧困=社会的孤立である。

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 町内会や寄り合いや自治会などの「地縁」、家族や親戚などの「血縁」、労働を通じて結ばれる「仕事縁」というものが、戦後どんどん希薄になっていったのは今さら指摘するまでもない。
 この背景には、産業構造の変化、都市化、核家族化、生活様式の変化(欧米化)、高齢化・・・・等々の要因が考えられる。個人はいまや、家族・親類から切り離され、地域から切り離され、労働現場から切り離され、個人主義の御旗のもと「自由」と「プライバシー」を手に入れたのと引き換えに、「孤独」と「不安」にさいなまされることになった。
 若くて健康なうちはそれでもいい。インターネットもあれば、飲みにも行ける。働き口もあるし、娯楽もたくさんある。だが、歳を取って弱ったとき、病気や事故で障害を負ったとき、災害や不運で家族と離れ離れになったとき、仕事が見つからず所持金が尽きたとき、孤独と不安は簡単に人を押しつぶす。昔だったらそんな危機の折には「血縁・地縁・仕事縁」といった‘人間関係のセーフティネット’が機能したのだが、自らそれらに背を向けてしまった。恥も外聞もかなぐり捨てて、「助けて!」の声を上げられなければ、サイレント・プアに嵌まり込んでしまう。
 
 「昔の日本に戻せばいいんだ!」「隣近所で助け合った良き時代へ帰ろう!」
 ・・・・というわけにはいかない。時を戻すのは無理な話。人びとの意識を一昔前に戻すのも無理な話。
 そもそも地縁や血縁や仕事縁を基盤としたかつての組織から人心が離れたのは、それなりの理由があったからである。それらはどれも内部においては、抑圧的で、同一の価値観を押しつけられ、権威主義的で、男尊女卑であった。プライバシーの蹂躙も容赦なかった。外部に対しては、閉鎖的で、差別主義的であった。
 新時代の人びとは、田舎から都会へ逃げるように、うっとうしい‘縁=しがらみ’から身を引き剥がしたのである。それは無理もないことであった。80年代バブル期に都会にあふれたフリーターは、まさに‘縁’を断ち切った者たちの象徴、輝かしいヒーローだった。アルバイトでもパートでも無職でもなく、「自由人(フリーター)」なのだ。彼らは好き勝手に仕事を選び、また選ぶことができた。
 それもバブルが許した幻想であった。ここでもやはり社会にお金がなくなると、その皺寄せは一番にフリーターに向った。フリーターは「派遣労働者」「非正規雇用」と名を変え、もはや企業の人件費削減の為の格好の調整弁でしかなくなった。8050問題における50歳代の子どもたちは、まさに元フリーターだった人々と重なるんじゃないかという気がする。
 
 ともあれ、静御前のように「昔を今になすよしもがな」と嘆いていても仕方ない。新しいルールとつながり方に基づいた新時代のコミュニティが必要になったのである。
 筆頭に上げられるのがNPOであろう。他にも、当事者団体、趣味・道楽の会、オフ会、宗教団体などが挙げられよう。要は、参加者が平等の立場で関わり、学歴や職歴などを持ち込まず、性別や年齢やその他の属性に関わらず参加者各人の権利が等しく守られ、価値観の多様性が保障されるような組織である。あらかじめそこに縛り付けられ選択の余地のない「血縁」や「地縁」に代わり、自分の意思で自由に選べて嫌になったら抜け出すことのできる「選択縁」が重視されるようになったのである。(「仕事縁」も若い世代では「選択縁」になりつつある)
 
 自分の所属するところは自分で選択する。
 基本これでいいのだと思う。
 そう思えばこそソルティも、ローリングストーンの半生を歩んできたのである。ソルティのようなセクシュアルマイノリティにとって、血縁や地縁はまさに「うっとうしい」ものの権化である。(昔、盆正月に親類一同が集まるたびに「結婚はまだか」と責められる農家の長男であるゲイの友人がいた。彼はどうしているだろう?東南アジアの女性と偽装結婚でもしただろうか?)
 一方、選択できないものもある。
 自分が生まれ育つ家庭は、子どもには選択できない。こればかりはどうしようもない。
 また、無人島にでも行かない限り、どこに住んでも隣近所は存在する。選択縁で出会った人々――たとえば同じ宗教組織のメンバーたち――と一つの村を作るのでもない限り、多様な価値観をもつ地域の人びとと共生していかなければならない。自らがサイレント・プアにならないように、地域でサイレント・プアを生まないように、助け合っていく必要がある。なぜなら、孤独と不安で孤立している住人が地域にいることは、地域のいざというときの脆さのバロメーターであり、また犯罪等の発生リスクを高めるから。
 そこではじめて「地域を育てる」という視点が生まれてくる。うっとうしい「血縁や地縁」から逃れ、孤独と不安と‘人間関係のセーフティネット’との大切さを十分に知った人びとが、自らが住むことを選んだ地域に、今度は自らが主体となって、新しいルールを他の住民と協同で創造しながら、‘縁’を作り出していく。それがいわゆる「共生の文化」である。
 コミュニティソーシャルワーカーの役割はその触媒となること。
 すなわち、 地域のサイレント・プアの支援を通じて地域の課題を顕在化させ、解決に向けて主体的に動く人を地域に作り出し、これまでにない新たな地域独自の解決の仕組みを作り、もって地域の福祉力を高めてゆくことである。
 その視点に立ったとき、8050問題の当事者をはじめ「サイレント・プア」の存在は、地域の未熟さを表す指標であると同時に、より社会的包括性に富んだ「優しい」地域を創造するためのきっかけを与えてくれるキーパーソンと言い得るのである。
 
 社会福祉士養成講座のテキストの受け売りのような‘理想論=絵空事’と思うかもしれない。
 だが、勝部麗子はそれをまさに自身が暮らしている地域で実践し、官民連携により10年で400件のゴミ屋敷を当事者の協力を得て解決するという‘奇跡’を起こしている。
 本当の改革者とはこういう人を言うのだろう。

 プロフェッショナル! 

 

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