2018年岩波ジュニア新書
図書館の新着図書コーナーで見かけ、気になって手に取ったら、字が大きくて読みやすそう。
家に持ち帰ってからジュニア向けと気づいた。
道理で・・・。
もちろん、ジュニア向けだからと言ってバカにするのは間違っている。
むしろ、わかりやすさと読みやすさを配慮し内容が絞られている分、著者の言いたいテーマが明確に打ち出されていると感じた。
著者は1976年東京生まれの歴史研究者。専門は日本近代史という。
私がこの本のなかでこれから述べることは、不安のなかを生きた明治時代の人たちは、ある種の「わな」にはまってしまったということです。人は不安だとついついやたらとがんばってしまったりします。みんなが不安だとみんながやたらとがんばりだすので、取り残されるんじゃないかと不安になり、ますますがんばってしまったりします。これは実は「わな」です。なぜなら、世の中は努力すればかならず報われるようにはできていないからです。
(本書「はじめに」より)
どうだろう?
出来事を時系列に並べた歴史書とも、むかしの日本の風俗や事件を面白おかしく紹介する娯楽本とも、明治時代を生きた庶民の苦難を描いた『ああ野麦峠』のような記録書とも、ちょっと毛色が異なるのが見えてこよう。
一気に興味が増した。
著者は、大政奉還と王政復古の大号令により始まった明治維新の混乱の中で、旧い制度の崩壊や不安定な景気、残存する身分制度や男尊女卑の桎梏といった背景にあって、多くの庶民が貧困に苦しんだ姿を描き出している。秩父事件に象徴される多発した農民騒擾、都市下層社会のその日暮らしの生活、家計を助けるため身売りされる若い女性たち・・・。
しわ寄せが、最も弱い部分に来るのは昔も今も変わらない。高齢者、障害者、女性、子ども、失業者・・・。現代なら福祉の第一の対象となる人々である。
だが、政府にも社会にもお金がなく、あっても富国強兵と殖産興業に回される時代、福祉にかける予算はないに等しかった。どころか、福祉に予算を回す必要性すら大っぴらに否定されたのである。
そのバックボーンとなった考え方が「通俗道徳」であり、これこそが明治時代の人々がはまった「わな」である、と著者は言う。
しわ寄せが、最も弱い部分に来るのは昔も今も変わらない。高齢者、障害者、女性、子ども、失業者・・・。現代なら福祉の第一の対象となる人々である。
だが、政府にも社会にもお金がなく、あっても富国強兵と殖産興業に回される時代、福祉にかける予算はないに等しかった。どころか、福祉に予算を回す必要性すら大っぴらに否定されたのである。
そのバックボーンとなった考え方が「通俗道徳」であり、これこそが明治時代の人々がはまった「わな」である、と著者は言う。
人が貧困に陥るのは、その人の努力が足りないからだ、という考え方のことを、日本の歴史学界では「通俗道徳」と呼んでいます。この「通俗道徳」が、近代日本の人びとにとって重大な意味をもっていた、という指摘をおこなったのは、2016年に亡くなった安丸良夫さんという歴史学者です。
勤勉に働けば豊かになる。倹約して貯蓄をしておけばいざという時に困ることはない。親孝行すれば家族は円満である・・・・。しかしかならずそうなるという保証はどこにあるでしょうか。勤勉に働いていても病気で仕事ができなくなり貧乏になる、いくら倹約をしても貯蓄をするほどの収入がない。そういう場合はいくらでもあります。実際のところ、個人の人生には偶然はつきものだからです。
ところが、人びとが通俗道徳を信じ切っているところでは、ある人が直面する問題は、すべて当人のせいにされます。ある人が貧乏であるとすれば、それはあの人ががんばって働かなかったからだ、ちゃんと倹約して貯蓄しておかなかったからだ、当人が悪い、となるわけです。
どうだろう?
明治時代の話が一挙に令和時代につながってこないだろうか?
日々耳に🐙ができるほど垂れ流されている TOKYO 2020 のメッセージにつながってこないだろうか?
上記の思想=通俗道徳を身に着けてしまえば、生活保護費の削減も、派遣切りも、シングルマザーの苦労も、ネットカフェ難民の増加も、加えて不倫した人間への過度な非難と代償も、「自業自得・自己責任」の一言で正当化できる。自分は「道徳的に優れている」という印籠を手に、好き放題コメントできる。
明治社会と現代日本社会が、「努力すればなんとかなる」「競争の勝者は優れている」という思考法がはびこり、それゆえ、競争の敗者や、偶然運が悪かったにすぎない人びとのことを考える余裕を失い、みんなが必死で競争に参加しなければならない息苦しい社会である、という点で似ているのはなぜか、その原因は、不安を受け止める仕組みがどこにもないという共通点があるからではないか、これが私の答えです。
いまのジュニアはこんな本を読むことができるのか。
いや、ぜひ読んでほしい。
評価:★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損