ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

雑記

● 映画:『眼の壁』(大庭秀雄監督)

1958年松竹
95分、白黒

 松本清張の社会派ミステリー。
 原作は読んでない。
 小泉孝太郎主演で昨年TVドラマ化されたらしいが、知らなかった。
 よもや、こういう“フカ~い”話とは思わなかった。

 敬愛していた上司が約束手形詐欺にあい、責任を感じて自害した。
 部下の萩崎(佐田啓二)は、新聞記者の友人(高野真二)の助けを借りて、詐欺グループについて調査を開始する。
 行く先々で現れる謎めいた美女・絵津子(鳳八千代)に翻弄される萩崎。
 次々と殺されていく関係者。
 すべての背景には、政治家や右翼のフィクサーが関わる大がかりな犯罪組織があった。

 上の内容だけなら、よくある裏社会絡みの犯罪ミステリー、いわゆるフィルム・ノワール日本版で済むのだが、本作の一番の押さえどころは、くだんの犯罪組織の出自をそれとなく匂わせている点にある。
 清張も大庭監督も作品中でそれとはっきり名指ししなかった(できなかった)ので、気づかない人は気づかないまま観終わってしまうだろうが、本作の底には被差別部落問題が横たわっている。

 萩崎が調査に訪れた信州の村で、硫酸で肉を溶かす工場が出てくる。
 それが本作に使われるトリックの一つで、犯人一味が死体を硫酸で溶かすことによってその白骨化を速め、死亡推定時刻を混乱させたことがあとで判明する。
 このトリックが当時の検屍レベルにおいて成り立ったかどうか知らない。(榊マリコのいる現在の科捜研ではまず無理だろう)
 が、ここで押さえるべきは、食用に適さない屑肉を様々な方法で溶かして油脂や肉骨粉にし、石鹸や家畜の飼料や肥料をつくる、いわゆるレンダリング(化整)の仕事は、長いこと部落産業の一つとされてきたという点である。
 その村こそ、犯罪組織のボスや絵津子が生まれ育った土地だった。

水平社博物館
水平社博物館(奈良県御所市柏原)
部落の歴史や仕事、解放運動の歴史について学ぶことができる

 周囲から厳しい差別を受け、貧しい暮らしを強いられた部落の青年が、正体を隠して(三国人=朝鮮人のフリをしている)都会に乗り込み、才覚をもって身を立て、表では政治家に影響力をもつ右翼のフィクサーとなり、裏では犯罪組織のボスとなる。
 彼の手下となって働く一団こそ、同じ部落出身の仲間たち。
 自分たちを差別する社会や世間に対する複雑な思いを共にする、強い絆で結ばれた同志である。
 
 ウィキ『眼の壁』には、当時清張の小説が部落解放同盟から「差別を助長する」と批判を受け、いろいろやり合った経緯が書かれている。
 原作についてはわからないが、少なくとも本映画については、「差別を助長する」ものとは思えなかった。
 といって、部落問題がそれと判らぬようにうまく隠してあるからではない。
 社会や世間から蔑視され不当な差別を受け疎外され続けてきた人々が、社会や世間に対して恨みを抱き、グレたり復讐の念をもったりするのは、ある意味、当たり前の話であって、それを否定するのはかえって不自然である。
 自身部落出身を公言している作家の角岡伸彦が『はじめての部落問題』(文藝春秋)に書いているように、『なんらかの背景や理由があるから、人はヤクザになるのであって、それを見ずして「差別反対、暴力はいけません」「部落はけっして怖くありません」などと言うのはきれいごとに過ぎない』。
 現実に「ある」ものを「ない」と糊塗することでは、問題はいつまでたっても解決しない。
 「ある」ものは「ある」と認め、原因を探り対策を講じていくことが肝要である。
 「眼の壁」とはずばりタブーのことだ。
 タブーをタブーのままにして見過ごすことが、どれだけ当事者を苦しめ、社会をいびつにするかは、いまのジャニーズ問題をみれば明らかであろう。

 本作は、ボスの壮絶死と犯罪組織の解体によって事件が解決し、萩崎と絵津子の恋の成就を暗示させるシーンで終わる。
 萩崎は当然、事件捜査の過程で絵津子の出自を知った。
 でもそれは恋の前には関係ない。
 このラストが暗い物語を救っている。
 
 佐田啓二、鳳八千代、新聞記者役の高野真二、部落の老人を演じる左卜全、いずれも好演である。
 
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佐田啓二と鳳八千代 



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 本:『黎明 日本左翼史 左派の誕生と弾圧・転向1867‐1945』(池上彰、佐藤優共著)

2023年講談社現代新書

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 彰優(えいゆう?)コンビニよる日本左翼史シリーズ第4弾。
 今度こそ完結編だ。
 明治維新から太平洋戦争までの左翼史を扱っている。
 4冊目ということで、二人の対話も役割分担もスムーズで、概して読みやすいものになっている。
 おそらく、前3冊と合本にして、かなり厚めの新書『日本左翼史』がそのうち刊行されることになるのだろう。
 よい企画だったと思う。

 日本の左翼がいつ誕生したかを特定するのは難しい。 
 板垣退助らによる自由民権運動(1874~)か、秩父事件(1884)か、幸徳秋水や片山潜らによる社会主義協会の設立(1990)か、日本社会党の結成(1906)か、日本共産党の結成(1922)か・・・。
 それはたぶん、左翼をどう定義するかによって変わってくるのだろう。
 マルクス主義に根差した改革(革命)運動という意味でとれば、社会主義協会の設立をもって左翼の誕生と言えそうな気もするが、1917年ソ連成立の影響を受けた、国体(天皇制)の変革を前提にした共産社会に向けての組織的運動という意味でとれば、日本共産党の結成が起点となるように思う。
 1922年には日本で初めての人権宣言である水平社宣言が発表されてもいる。
 この年が、日本左翼史において一つのメルクマールであることは疑いえない。

水平社宣言記念碑
奈良県御所市柏原に建つ水平社宣言記念碑

 いずれにせよ、戦前の左翼史についてはひと言でまとめることができる。
 「弾圧」である。
 開国このかた、欧米の植民地になることを防ぐための国民一丸となっての富国強兵・殖産興業、すなわち近代化を焦眉の急とした大日本帝国政府が、その流れに竿さそうとする動きに対して弾圧を加えたがるのは、わからなくもない。
 また、伝統的国体である天皇制の解体を目指す、背後に人類初の社会主義国家ソ連の影が揺曳する組織に対し、保守的な層のみならず、天皇を敬愛していた国民の大多数が危険なものを感じたのも無理はない。
 ただし、弾圧の仕方は到底、近代民主主義国家にふさわしいものではなかったが。
 その意味では、日本の左翼の真の誕生は、言論・集会・結社の自由が保障された戦後と言えるのかもしれない。

 以下、引用

佐藤 戦前の世直し運動、異議申し立て運動には右翼と左翼に加えて宗教というもう一つの極があり、この三者がときに対立し、ときに相互に重複しつつ展開していったというのが実際のところだと思うのです。

佐藤 自由民権運動は佐賀の乱や西南戦争など明治初期の士族反乱の延長線上にあるものであって、維新政府の「負け組」が仕掛けた単なる権力闘争にすぎない、というのが私の評価です。この運動を左翼の誕生とダイレクトに結びつけるのは無理があるでしょうね。
 
佐藤 右翼は宗教との親和性が高いので宗教と結託し、宗教の力を利用することもできたわけですが、左翼の場合は核の部分に無神論があるがゆえに宗教の活用ということはなかなかできなかった。

池上 廣松渉が『〈近代の超克〉論〉』(講談社学術文庫)でも言っているように、戦前において革命はタブーではなかったし、社会主義も決してタブーではなかった。ただ天皇制の否定だけがタブーでした。


 最後に――。
 本シリーズのそもそもの目的の一つは、「格差の拡大や戦争の危機といった現代の諸問題が左翼の論点そのものであり、左翼とは何だったのかを問うことで閉塞感に覆われた時代を生き抜く上での展望を提示する」というところにあった。
 しかるに、4冊終わってみると、この目的が十分達しられたとは言い難い。
 池上も佐藤も、左翼批判とくに共産党批判の向きが強く、美点よりも欠点をあげつらってばかりいる。
 欠点や過ちを指摘するのはよいが、それを検証してより良い方法論を示し、時代を生き抜く上での「展望を提示する」ところまでは至っていない。 
 読者に託された課題ということか。





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● ストライキ上等! 映画:『豚と軍艦』(今村昌平監督)

1961年日活
108分、白黒

 米軍基地のある街・横須賀の戦後間もない風景をリアルに切り取った社会風俗ドラマ。
 今村自身はこれを「重喜劇」と呼んだ。
 たしかに、米兵の金に群がるヤクザや娼婦やポン引きが登場し、人殺しやレイプや銃撃戦が繰り広げられるシリアスな「重さ」はあるものの、一方で、黛敏郎のマーチ風音楽に象徴されるテンポの良さと軽快さ、あるいはラスト近くで路地に溢れる豚の大群シーンに見られるような滑稽感もあり、全体として諧謔味に溢れている。
 ちょうど、エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』(1995)のようだ。
 パワーあふれる人間喜劇。

 その重喜劇的諧謔を体現する主役の若者が、ヤクザのチンピラ欣太。演じるは長門裕之である。
 長門は『太陽の季節』(1956)で主役をとったが、あまりいい出来ではなかった。
 演技力どうこうの問題ではなく、湘南の不良お坊ちゃま愚連隊である「太陽族」が、長門のイメージにまったく合っていなかった。
 長門もまた名のある芸能一族に生まれたお坊ちゃまには違いないのだが、下町の御用聞き風の顔立ち(桑田佳祐そっくり!)や、ニヒリズムやダダイズムとは縁遠い、地に足着いた生活臭の濃さが、石原慎太郎の描く太陽族とはカラーが違いすぎた。
 結果的に、脇役の岡田真澄や端役の石原裕次郎の、作品の質と釣り合った存在感に喰われてしまって、代表作にはなり得ていない。
 その意味で、今村監督との出会いは長門にとって非常に幸運であったというほかない。(逆もまた然り。長門との出会いは今村にとっても幸運であった)
 長門裕之という俳優の特質が、まさに今村作品の質と釣り合ったものであることが、ここに証明されている。

 他の役者たちもそれぞれにリアリティある魅力的キャラをふり当てられ、実に人間臭い充実の芝居をしている。
 ヤクザの組員で欣太の兄貴分・鉄次を演じる丹波哲郎のふてぶてしくもクールな存在感、その妻を演じる南田洋子の艶々しさ(本作公開の年に長門と結婚した)、欣太の組員仲間を演じる大坂志郎、加藤武、小沢昭一らの滑稽感ある達者なチームワーク(とりわけサイコパス風の加藤武が秀逸!)、貧しい庶民を演じたら右に出るものがないベテラン菅井きんと東野英次郎。
 そこに、当時まだ高校2年生だった新人の吉村実子が体当たり演技で加わって、ベテランたちに負けない鮮烈な印象を刻んでいる。(吉村実子は吉村真理の妹だとか)

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左から小沢昭一、加藤武、長門裕之、丹波哲郎、一人はさんで大坂志郎
こんがりと焼いた豚肉をみんなで頬張る作中一番の滑稽シーン
このあとにとんでもない事実が発覚し・・・

 ソルティは戦後混乱期の風俗や裏社会の仕組みに詳しくないので、物語の筋は実のところあまりよく理解できなかった。
 が、徹底的にリアルを追求した骨太の作風のうちに、ありのままの人間の欲や情熱や愚かさや醜さや猥雑さやバイタリティがこれでもかと描き出されて、圧倒された。
 戦後80年たって、無菌化・無臭化・IT化・孤立化し、政府やメディアや世間によって牙を抜かれ家畜化した日本人が失ってしまったものが、ここには焼き付けられている。
 



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 18切符で巡る、2023みちのくの夏(奥入瀬渓流編)

 青森駅に降りたのは30年ぶりくらいだろうか。
 道の両側にアーケードの続く、長い駅前通りこそ記憶に残るままだが、日本のどの都市にもあるような立派なビルディングが立ち並び、最果ての港町といった感がない。
 30年前は街角の公衆電話ボックスの土台の高さ(冬の積雪のため)に「なるほどな~」と感心したものだが、いまや電話ボックスそのものを見つけるのが難しい。
 東口を出て左手に進むと見えてくる青森湾の青さと、かつての青函連絡船・八甲田丸の雄姿だけが、「ああ、青森に来た」と感興を呼びさましてくれた。

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青森駅は改修工事中だった

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青森湾
下北半島の山々が見える

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青函連絡船・八甲田丸


8月28日(月)晴れ、ときどき曇り、一時雨

 青森駅前から十和田湖行きのJRバスに乗る。
 街中を過ぎ、森の道を高度を上げていくと、ひらけた台地の彼方に八甲田の山々が見えてくる。
 車内アナウンスが、高倉健主演で映画にもなった明治35年「八甲田山死の彷徨」のドラマを語る。
 1977年の映画公開当時、北大路欣也のセリフ「天は我々を見放した」は流行語となり、中学生だったソルティも授業で抜き打ちテストなんかあると、よく叫んだものだ。
 八甲田山ロープウェイはこの日強風のため運転中止となり、それを目的にやって来た乗客たちから落胆の声が上がった。(せめて乗車前に分かれば良かったのにね)

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八甲田の山々
最高峰は大岳(1,585m)

 山の中に入ると、S字カーブのところどころに温泉が続く。
 城ケ倉温泉、千人風呂で有名な酸ヶ湯温泉、猿倉温泉、日本三大秘湯の一つ谷地温泉、蔦温泉・・・・。
 約2時間で奥入瀬渓流入口にある奥入瀬渓流館に着いた。
 ここを出発点とし十和田湖をゴールとする14kmのウォーキングスタート。

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奥入瀬渓流館
ここでマップがもらえる

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途中にある石ヶ戸休憩所から歩く人が多い
それだと約9kmの歩行となる

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整備された遊歩道
昨晩雨が降ったせいもあるが、このあたりの透明度は低い
上流に向かうほど澄んでくる

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阿修羅の流れ
水音は想像されたし

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気温30度を超えていたが、水音と木陰のおかげでしんどくはなかった

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千筋の滝

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雲井の滝
落差約25m
滝の真下まで近づいて轟音とマイナスイオンを浴びられる
ここで昼食休憩をとった

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白布の滝

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景観を損ねない山小屋風のトイレ

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九段の滝

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銚子大滝
道中一番の人気スポット
幅20m、落差7mの爆流はスモール・ナイアガラと呼ばれるにふさわしい

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ここだけはインターナショナルな観光バス客で混みあっていた
ほかはたまに人とすれ違う(追い抜く)静かなウォーキングだった

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最後に裸足になって渓流の中に足を浸した
自然との一体感つうか

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十和田湖からの取水堰

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流れに漂う水草が美しい

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考えてみたら、こっちが渓流のスタート地点だな

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十和田湖に到着!
14kmを4時間20分で歩いた
うち休憩が50分なので時速4km


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周囲46km、最大水深326.8mのカルデラ湖

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ああ、あの山の姿も湖水の水も
静かに静かに黄昏れて行く
(佐藤惣之助作詞、高峰三枝子歌唱『湖畔の宿』より)

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湖畔の樹々があざやか
紅葉時はいかばかりか

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子ノ口バス停
軽食のほか土産も売っている

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平日にもかかわらず、バスは補助席使用の満席だった
三分の一、いや半分は外国人とくに中国人のようだった
インバウンド効果は馬鹿にならないが、福島原発汚染水問題でこの先どうなることやら?

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帰路の途中で下車
今日の宿りは谷地温泉♨





● 18切符で巡る、2023みちのくの夏(JR五能線編)

 今回ショックだったのは、18切符では盛岡(岩手県)から青森(青森県)に直接行けないという事実を知ったことであった。
 いつの間にかJR東北本線の終点は、青森駅でなく、盛岡駅になっていたのだ。
 もちろん、盛岡駅から、岩手県内(盛岡~好摩~金田一温泉)を走るIGRいわて銀河鉄道、および青森県内(目時~八戸~青森)を走る青い森鉄道を乗り継いで、青森駅に行くことはできる。
 しかし、この2つの路線の運営はJRではなく、半官半民のいわゆる第3セクターなので、18切符は使えない。別に切符(5590円)を買わなければならない。
 どうあっても18切符だけを使って盛岡から青森に行きたいのなら、盛岡駅からJR田沢湖線で大曲駅まで行ってJR奥羽本線に乗り換え、秋田~東能代~大館~弘前経由で青森駅を目指すという、秋田県経由の大回りをとるしかない。
 JRの在来線が、本州のすべての都府県をつないでいる時代はとうに終わっていたのだと、今さらながら気づかされた。


googleマップより

 今回は、秋田県から五能線に乗って日本海沿線を北上したかったので、盛岡からIGRいわて銀河鉄道で好摩まで行き、JR花輪線に乗り換えて大館まで行き、JR奥羽本線に乗り換えて東能代下車。
 そこから五能線に乗った。
 五能線は日に数本の各駅停車のほか、春から秋の期間は観光用の臨時快速列車「リゾートしらかみ」が走っている。
 全席指定で乗車券(18切符もOK)のほかに500円強の指定席券が必要となる。
 となると、どうあっても海側の窓側席をとりたいのが人情。
 出発5日前にJRのホームページで空席状況を確認したら、すでに窓側席は埋まっていた。  
 各駅列車でもいいかなと思いつつ、出発前日に再度確認したら、一席キャンセルが出た。
 即クリックした。

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盛岡駅前で食べた冷麺


8月27日(日)晴れ

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盛岡発大館行きのJR花輪線
(盛岡~好摩区間はIGRいわて銀河鉄道の管轄)

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早朝の空いた車両で緑のトンネルを抜ける快適さ

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進行方向左手に岩手山(2,038m)
石川啄木のふるさと「渋民」付近

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右手に姫神山(1,124m)
なだらかでシンメトリカルな山容が美しい

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十和田南駅
ここでスイッチバックする(進行方向が変わる)ため数分間停車

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東能代駅
能代市は林業とバスケが盛ん

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列車の形をした待合室
中は冷房が効かず暑かった

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五能線リゾートしらかみ「くまげら」号

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ゆったりした柔らかいシート、大きな窓、別に展望ラウンジも設けてあり、快適そのもの

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ザ・日本海
秋田と青森の県境あたり

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もっとも景色の美しい区間で列車速度を落としてくれる=シャッターチャンス

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おだやかな波
冬の日本海はこうはゆかない


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十二湖駅(青森県)で下車

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バスで山の中へ
白神山地の端っこに足を踏み入れる

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このあたりには大小12の湖沼が点在する

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もっとも有名な青池
天候や時間帯によって色が変化する

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ブナ天然林を歩く

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小一時間の散策コースがおすすめ
ここから白神岳(1,232m)頂上へは約8時間かかる
コースは廃道状態にあるとか

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沸壺の池

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五能線に戻って白神山地をあとにする

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漁村
湾の向こうに男鹿半島

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千畳敷
1792年(寛政4年)の地震で隆起したと伝えられる海岸段丘面。
津軽藩の殿様がここに千畳畳を敷かせ大宴会を開いたとされることからこの名がある。
この駅で10分間ほど停車時間を設け、警笛が鳴るまで自由に散策できる。

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津軽出身の作家太宰治の小説『津軽』に出てくるらしい

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カメラを向けたら近寄ってきた人懐っこい海鳥

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シギだろうか?
七面鳥くらいの大きさがあった
かわいい目をしている
「あっ、警笛が鳴った!」


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進行方向右手に岩木山(1,625m)
「帰って来いよォ~」







● ルッキズム・ホラー 映画:『東海道四谷怪談』(中川信夫監督)

1959年新東宝
76分

 ソルティは子供の頃から恐い映画が好きだったが、「怖い」と感じるのはいつも西洋のオカルト映画やホラー映画であった。『ローズマリーの赤ちゃん』、『エクソシスト』、『オーメン』、『サスペリア』、『悪魔の棲む家』、『ハロウィン』・・・e.t.c.
 日本の昔ながらのお化け映画、いわゆる怪談はどうしても滑稽感が先立ってしまい、本気で怖がることができなかった。
 よもや「オバケのQちゃん」のせいとも思えないが・・・・。
 
 理由の一つは、おそらく、子供の頃のソルティの生活がすでに西洋風になっていたからであろう。
 夜も灯りが煌々と灯る首都圏のベッドタウンには、お岩さんやお菊さんの居場所はなかった。
 柳や竹藪や古池や墓地や畑中の暗い道、障子や縁側や母屋から離れた便所や井戸のある日本家屋――そういったものが彼女たちが登場するにふさわしい舞台なのであり、それらが急速に失われていったのがソルティの子供時代であった。

 けれども、子供の頃にテレビで観てほんとうに怖いと感じた日本のホラー映画が二つあった。
 その一つが『地獄』であり、中川信夫監督によるものと最近判明した。
 もう一つは、鶴屋南北原作『四谷怪談』の数ある映画化(木下惠介作品を含む)のうちのどれかだった。
 今回その正体が判明した。
 やはり中川信夫監督によるものだったのである!
 子供のソルティは中川信夫にしてやられたのであった。

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 毒を飲まされて醜くなったお岩さん(若杉嘉津子)が櫛で髪を梳かすと、髪の毛がごっそり抜けるシーン。
 戸板に張り付けられたお岩さんの遺体を引っくり返すと、やはり一緒に殺された按摩(大友純)のどす黒くなった遺体が現れるシーン。
 蚊帳の上に、布団の上に、たらいの中に、蛇がうごめくシーン。
 中川信夫監督の演出と研ぎ澄まされた映像美が、強烈なインパクトをもたらした。
 今見てもやっぱり怖い。
 『地獄』ともども言えることだが、映画における怖さの本質とは、物語や脚本や役者の演技そのものにあるわけではなくて、観る者の無意識に刺さるような演出と絵づくりにあるのだ。
 中田秀夫監督の『リング』(1998年)が日本のホラー映画に新時代をもたらしたのはまさにそれゆえであった。

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 伊右衛門を演じる天知茂は美形が光っている。木下作品の上原謙といい勝負である。
 お岩役の若杉嘉津子の役者根性は讃嘆に値する。木下作品でお岩を演じた田中絹代を凌駕する熱演・怪演・凄演。よくもまあ、ここまで・・・・。
 伊右衛門を悪の道に引きずり込む直助役は、江見俊太郎という名の男優。
 TV時代劇の悪役をよくやっていたようだが、ここでは生まれついてのサイコパスたる直助を軽妙に若々しく演じている。あたかも、直助は伊右衛門の心の中にある悪のささやきのよう。
 木下作品では名優・滝沢修がシェークスピア『オセロ』に出てくるイアーゴばりのキャラクターを作り上げ、主役の上原や田中を喰っていた。
 中川作品は、人間ドラマであることより怪談であることを優先しているので、江見の芝居はちょうどいい按配と言えよう。役者間のバランスもいい。
 
 今回久しぶりに四谷怪談を観てあらためて思ったが、この映画のもっとも怖いシーンはお岩さんが“化けて出る”ところではない。
 お岩さんが醜くなるところである。
 すなわち、美しい女の容貌が崩れていく怖さである。
 「若く美しい」に高い価値を置く社会だからこそ、「老いて醜い」が忌避され、恐れられる。
 この怪談は社会のルッキズム(外見重視主義)、とくに女性に対するそれを反映しているところに成り立っている。
 むろん、ソルティもまたそうした価値観を大なり小なり内面化しているからこそ、かつて怖いと感じたのだし、今も怖いと感じてしまうのだ。(たとえば、伊右衛門や直助が誤って毒を飲んで醜くなるケースを想定すれば、それは明瞭であろう)
 その意味で、令和の現在、『四谷怪談』をホラーとして映像化するのはなかなか難しいのではないかと思う。

 言い訳するわけではないが、ソルティはどんなに外見が美しかろうと、性格が悪い男優や女優(たとえば宝塚出身の●●やジャニーズの××)を好きになることはないし、実生活の恋愛においてもそれは同じである。(ほんとか?)
 
 ともあれこの猛暑、中川信夫の作品をもっと観たいものである。

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秩父札所25番久昌寺
ここは夜は怖いと思う



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても!
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 埼玉県民のソウルフード

 全国どこの土地にも名産があり、ソウルフードがある。
 秋田のしょっつる鍋、香川の讃岐うどん、高知のカツオのたたき、京都のおばんざい、奈良の三輪そうめん、熊本の馬刺し、沖縄のソーキそば・・・・。
 「埼玉県にはないなあ~」と、県民の一人としてうら悲しく思っていたのだが、あったのである。

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 山田うどんこそ、埼玉県民のソウルフード。
 小中学校の給食で、「ソフトめん」の名で週に一度は登場し、子供たちの人気の的であった。
 とくに、カレーうどんが献立にある日は、朝から4時間目の終了を楽しみに待ったものだ。
 味噌スープにつけた山田ラーメンの味も忘れ難い。
 本社は、埼玉県所沢にある。

 先日、家の近くのドラッグストアで、見覚えのある案山子ちゃんを目撃した。
 山田のカップうどん!?

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2023年4月17日サンヨー食品から発売された

 さっそく買い求めて、食べてみた。
 待ち時間は4分。

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ふえるワカメちゃんを追加しています

 ん~。
 添加物は、白墨とかっぽう着とヒマワリの種か? クセになりそな、懐かしの味。
 カレー味もでないかしらん?












 

● 本:『天使の囀り』(貴志祐介著)

1998年角川書店
2000年角川ホラー文庫

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 本書を読み始めてまもなく、自室の本棚から、ひときわ大きく重たい一冊を抜き出した。
 スミソニアン協会監修『地球博物学大図鑑』(東京書籍)である。
 植物、動物、菌類、微生物など、地球上の生き物5000種以上がフルカラーの写真入りで掲載されている。
 ソルティの宝の本である。

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 霊長類のページを開いて、ウアカリという猿を探した。
 「あった・・・・!」
 やはり、実物の写真はインパクトが違う。
 「頭の禿げ上がった鮮紅色の奇怪な風貌から、現地では『悪魔の猿』と呼ばれている」という、文章による描写だけでは得られない迫真力がある。
 実際に目の前にいきなり現れたら、ゾッとしそう。
 本書の陰の主役は、このウアカリなのである。

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 さらにしばらくして、もう一つの陰の主役――それは人間でないという意味において「陰」というだけであって実質的には真の主役――の特徴を探るために、図鑑の別のページをめくることになった。
 未読の人のために、それが何かは記すべきでないだろう。

 『クリムゾンの迷宮』、『新世界より』、『雀蜂』といった作品から、貴志祐介が動物や昆虫に非常に関心が高く、かつ詳しい人であることは分かっていた。
 本書はその事実をさらに補強する内容で、よくぞまあ(文字通り)微細にわたり調べたものよと感心する。
 徹底的な取材と正確な知識あって、つまりリアリティが学問によって担保されることで、貴志のホラー小説は、ただの怪談から“現実に起こりえそうな脅威”へと飛躍する。
 なので貴志の読者には、ある程度の知的レベルが要求される。
 本書も、生物学や精神医学やギリシア神話への興味と基本的な教養が前提として求められる。 
 そこが、ストーリーやキャラクターの面白さ、アイデアの卓抜さ、エログロやバイオレンスの猟奇性などに加えて言及されるべき、貴志作品の魅力であろう。
 読み終わったとき、数学の難題をクリアしたような気分になる。

 本書は25年も前の作品で、貴志作品の中でも評価が高い。
 面白さは折り紙付き。 
 いまさら評するまでもないので、ちょっと別の視点で気づいたところを述べたい。

 本書の主人公(人間側の主役)である北島早苗は、精神科医であり、ホスピスで働いている。
 彼女がケアしているのは死を前にしたエイズ患者、つまりエイズホスピスなのである。
 1998年とはそういう時代――エイズで死ぬ時代――だった。
 ちょうどその頃から、機序の異なる複数の薬を併用するカクテル療法(多剤併用療法)が始まって、体内でのエイズウイルスの増殖を抑えることができるようになった。
 以後、先進国ではエイズによる死亡率は劇的に下がっていく。
 現在、エイズは死ぬ病気ではない。
 90年代末とは、カクテル療法が間に合って生き延びることができた患者と、いろいろな理由から間に合わずに亡くなっていった患者の、生死を分ける分岐点だったのである。

 早苗のホスピスには、性行為でHIV感染した患者のほか、薬害による患者もいる。
 HIVが混入していた血液製剤を治療薬として使用したため、HIV感染してしまった血友病の男の子である。
 血友病患者らが国相手に長らく闘ってきた薬害エイズ訴訟が和解し、厚労省が加害責任を認めて謝罪したのが、96年3月。
 その後、血友病治療の権威である阿部英医師、血液製剤を製造・販売していた製薬企業、元厚労省の幹部らが逮捕された。
 本書の書かれた当時、日本中が薬害エイズ事件で揺れていた。
 貴志はビビッドな題材をとり入れたわけである。

 さらに、エイズの起源として、アカゲザルという猿に寄生していたウイルスが、なんらかのきっかけで人に感染し、人の体内で変異を繰り返した結果、人から人へと感染する力を持つようになった――という説がまことしやかに唱えられていた。
 刊行時に本書を手にとった人は、おそらくこの物語に、いま目の前にあるエイズの恐怖を重ね合わせて読んだことだろう。

 ほかにも、電子情報保存媒体としてフロッピーディスクやMOが出てきたり、ネット接続するのに電話回線を使用したり、本書はあの時代を感じさせる囀りに満ちている。
 これから読む若い世代には聞こえない囀りに・・・・。




 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 映画:『パブリック 図書館の奇跡』(エミリオ・エステベス監督)

2019年アメリカ
109分

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 エミリオ・エステべスと言えば、マーティン・シーンの息子で、チャーリー・シーンの兄である。
 チャーリー・シーンは、80~90年代、トム・クルーズと並ぶイケメン人気スターだった。
 『地獄の黙示録』ほか名作出演が多い偉大な父親と、暴力事件やHIV感染など何かとお騒がせな弟の陰に隠れて、エミリオはあまり目立たない存在だったが、いつの間にやら映画監督になっていた。
 テレビ映画をのぞけば、本作は6本目の監督作品となる。
 前々から、なぜ父親や弟と姓が違うのだろうと不思議に思っていたが、エステべスは本名であり、シーンのほうが芸名だった。
 マーティン・シーンの本名は、ラモン・ジェラルド・アントニオ・エステベス。
 チャーリー・シーンの本名は、カルロス・アーウィン・エステベス。
 スペイン系である。

 本作で示される脚本家・監督としてのエミリオの技量は、なかなかのものである。
 構成やセリフもこなれているし、演出もカット割りもそつがない。
 ホームレスの人権や人種差別や格差社会という重く暗くなりがちな社会的テーマを扱いながらも、笑ってホロリとして感動できる、家族で楽しめる娯楽作品に仕上がっている。
 その絶妙なバランス感覚は天性のものだろう。
 他の監督作も見たくなった。

 本作の舞台は The Pubic すなわち公立図書館。
 市の図書館にたむろするホームレスたちが主人公である。
 ホームレスたちにとって、図書館はオアシスであるとともに、ライフライン(命綱)である。
 警察に追い回されたり、一部住民の襲撃に怯えたりすることなく、柔らかい椅子で体を休めることができる。
 洗面所で顔を洗い、髭を剃ることができる。
 猛暑の夏や極寒の冬は恰好の避難所となる。
 いろいろな情報を無料で手に入れることもできる。
 公立であるがゆえ、原則、施設側はホームレス利用者を拒否することはできない。
 正当な理由なく拒否すれば人権侵害となり、訴訟問題へと発展しかねない。

 エミリオ・エステベス演じる図書館員スチュアートは、ほかの利用者からの苦情を受けて、悪臭を放つホームレスを図書館から追い出した。
 そのことで、図書館すなわち市は、くだんのホームレスから訴えられ、巨額の和解金を支払う羽目になる。
 スチュアートは解雇を告げられる。
 そんな折、大寒波が街を襲った。
 凍死におびえるホームレスたちは、閉館時間が過ぎても図書館から外に出ようとせず、一夜の滞在をスチュアートに乞う。
 スチュアートは上司に許可を求めるが、むろん却下される。
 100人のホームレスたちの命を守るため、そして体面と規則だけで事を運ぶ行政に対する抵抗のため、スチュアートは彼らと共に図書館に立て籠もる決意をする。

図書館

 本DVDは、常日頃利用する地域の図書館で借りた。
 退職した男性高齢者の姿は多いが、ホームレスらしき人をそこで見たことはない。
 やはり、大きな街の図書館に集まるのだろう。
 どこの街だったか忘れたが旅先のこと、現代建築の粋を集めたようなスタイリッシュでカッコいい、市長が自慢するであろう立派な図書館に立ち寄ったところ、全面ガラス張りの壁面の向こうにホームレスが多数寝ているのが、人通りの多い街路から丸見えであった。
 建築設計者の浅はかさに失笑を禁じえなかった。
 いや、行政の低所得者対策の無策ぶりを市民や観光客に見せつけるには、最高のショールームだったのか?

 本作を観た図書館員の感想を聴きたいものだ。
 フォレスト出版の日記シリーズで「図書館司書編」って出ないものかな?
 

 

おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 夢のカケラ 本:『ディズニーキャストざわざわ日記』(笠原一郎著)

2022年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 今回は、57歳までキリンビールにつとめ、その後8年間、東京ディズニーランドでカストーディアルキャスト(清掃員)として働いた男の体験談。
 子育ても終わっている。退職金も並より高いだろうし、厚生年金もある。
 他の日記シリーズに見られるような、生活費を稼ぐために嫌でも働かざるを得ない境遇にはない。
 その点では、筆致には余裕があり、悲壮感はない。
 「勝ち組」の社会科見学、といったイヤミな感想がどうにも浮かぶのは、妬みか僻みか。
 もっとも、著者の態度や文章が「上から目線」というわけではない。
 
 ソルティは、オリエンタルランドが運営するディズニーランドにもディズニーシーにも行ったことがない。
 ディズニーには興味が湧かない。
 それに人混みが苦手である。
 何十分(何分?)というアトラクションのために、何時間も列に並んで待つというのが無理である。
 本書を読んで、「へえ、そうなのか~」と思ったことがいくつかあったが、それらは生粋のディズニーファンならば当然知っていることなのだろう。
 たとえば、
  • 非日常の世界観を守るため、パーク内では迷子さがしの放送を流さない。
  • カストーディアルキャスト(清掃員)に「なにを拾っているのですか?」と尋ねると、「夢のカケラを集めています」と答えてくれる。
  • 労働組合がある。
  • 大人たちが学校時代の制服を着てパークで遊ぶ「制服ディズニー」という趣向がある。
  • 従業員は、ミッキーマウスなどのキャラクターを「かぶりもの」と言ってはいけない。
  • 昭和30~40年代に『ディズニーランド』というテレビ番組があった(日テレ系列)
 定年退職後に何もすることがないまま、家にこもってテレビを観たり、近所の図書館で暇をつぶしたりという男性が多いなかで、孫世代の若い人や事情(ワケ)ありオバちゃんらに混じって一から仕事を覚え、ゲスト(来場者)を喜ばせる裏方仕事に徹する著者の姿勢には、学ぶべきものがある。

 オリエンタルランドはたくさんのゲストに日々、夢や感動を提供している企業である。そのことは誰も否定できないだろう。
 だからこそ、オリエンタルランドにはパークを支えるキャストのことをもっと大事に考えてほしいと願っている。

 そう、「夢の国」は、25%の正社員と、75%の非正規労働者によって支えられている。
 本書の一番の読みどころは、その実態を垣間見せてくれるところにある。





おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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