ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●雑記

● DA・I・KI・CHI ! 高尾山薬王院初詣

 恒例の高尾山薬王院初詣。
 今年は世間一般が仕事始めとなる5日(月)に出かけた。
 ソルティは基本テーラワーダ仏教徒なので、日本の大乗仏教しかも密教である 真言宗は関係ないのだが、年の初めに高尾山の清新な空気に触れて、生きとし生けるものの幸福を、多くの参拝者と一緒に願うのは悪くない。
 家で飲食にふけりながらゴロゴロとテレビを観ているよりは、健康にも良い。
 朝8時に京王高尾山口駅で友人と待ち合わせ。
 ケーブルカーで山頂駅に登り、9時からの護摩法要に参列した。

IMG_20260105_080559
今年は午(うま)歳。どうも「牛」と読んでしまう

IMG_20260105_082336

東京スカイツリーと相模湾を望見

高尾山薬王院
薬王院本堂
平日の9時台は空いていた
外国人を一人も見かけなかった

IMG_20260105_092250
開山は行基菩薩(天平16年=744年)
東大寺大仏造立のための勧進に尽くした僧である
奈良では空海より行基が尊い

行基
近鉄奈良駅前の行基菩薩像

IMG_20260105_102214
天狗は本尊・飯綱大権現さまの眷属

IMG_20260105_095456
山頂から見た富士山
尊い!
近隣の部活高校生がたくさんいた

IMG_20260105_103135
知る人ぞ知る福徳弁財天
薬王院の裏手の洞窟におわします

IMG_20260105_102803
昭和天皇即位の年に築かれたという
岩に穿たれた防空壕のような5mほどの洞穴である

IMG_20260105_103103
一番奥におわします
弁財天は七福神のひとりで、音楽・福徳・学芸の神様
今年も奈良大学通信教育の勉強がはかどりますよ~に!

IMG_20260105_114430
帰りはリフトで下山
気持ちいい~

極楽湯
ふもとの極楽湯で温泉はじめ

IMG_20260106_063140
DA・I・KI・CHI !









 

● 長澤まさみの猛演 映画:『MOTHERマザー』(大森立嗣監督)

2020年日本
126分

MOTHER

 2014年3月に埼玉県川口市で起きた17歳の少年による祖父母殺害事件、そして同事件を取材した毎日新聞記者山寺香が書いた『誰もボクを見ていない なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』をもとに作られた作品。
 ソルティは同事件を覚えておらず、山寺の本も読んでいない。
 「こんな事件があったんだ」という驚きとともに、2014年当時の自分の脱世間ぶりにおののいた。

 少年は母親にそそのかされて祖父母を手にかけたらしい。
 普通17歳にもなれば善悪の判断はつくし、損得も判断できる。
 母親に指示されたからと言って、人を殺める息子などありえない。
 それも、ほとんど親交のなかった自らの祖父母を金目的で殺すなんて。
 しかも、捕まった当初、少年は母親から指示されていたことを否定した。
 母親を守るために。

 少年は、子供のときから学校に行かせてもらえず、離婚した母親にあちこち連れ回され、養父に虐待され、公園で野宿するなど悲惨な暮らしを送らされていた。
 その中で無力感に追いやられ、母親にマインドコントロールされた状態になっていたのである。
 彼にとってはMOTHERが世界のすべてだった。
 本作は、事件が起きるまでの母親と少年の十数年にわたる日常生活、そこで築かれた異様な母子関係を時系列で描いている。

夜逃げする母子

 MOTHER(母親)を演じる長澤まさみが凄い。
 本作でアカデミー最優秀主演女優賞を獲ったが、それも納得の猛演技。
 最初のうちはあまりの美貌と抜群のプロポーションが、生活破綻した貧困女性に扮するには不自然すぎるという気がしたが、そのうちにその美しさが逆に怖さを生みだすのに益しているように思えてくる。
 聖母のように美しいがゆえに、周囲の男達は簡単にだまされ手なずけられてしまい、息子もまた逆らい難いものを感じてしまうのだと。
 美しさが凶器になっているのである。
 長澤は、『黒い家』の大竹しのぶ、『誰も知らない』のYOUとはまた違った毒母像を生み出すのに成功している。

 少年を演じているのは奥平大兼。(子供時代は郡司翔)
 2003年生まれなので、撮影当時ちょうど17歳。
 事件を起こした時の少年と同年齢である。
 母親との関係に閉じ込められ、MOTHER以外の世界を思い描けず、奴隷のような無力感を生きる息子の表情と雰囲気を、見事に醸し出している。

 チャランポランな養父を演じる阿部サダヲの上手さは相変わらず。
 この長澤まさみと阿部サダヲの巻き散らす厄介加減が、行政はじめ周囲の大人たちが介入して少年と妹を救いだすのを妨げていたことが、十分納得できる。
 
 事件に至るまでの推移を淡々と描いていく大森監督の演出も冴えている。
 変にドラマチックな演出を取り入れないことで、ドキュメンタリー性が加味されるとともに、母親と少年の関係に観る者の焦点が向く。
 少年が祖父母を刺し殺す場面では、まったく暴力シーンを映し出さない。
 出血サービスも、少年のシャツについた返り血だけの絵で済ませている。
 この抑制力、さすがベテラン監督である。

 どう頑張っても後味のいい映画にはならないので、感動したとは素直に言い難い。
 だが、この衝撃をそのまま胸に受け止め、現実から目をそらさないでいることが、大切なのだろう。

 実際の少年は、懲役15年の判決を受け、現在も服役中。
 母親は強盗罪で裁かれ、懲役4年6ヵ月の勤めを終え、“社会復帰”している。



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● キラキラネームとシベリウス : 東京学芸大学管弦楽団 第60回定期演奏会

学芸大60回演奏会

日時: 2025年12月20日(土)16時~
会場: さいたま市文化センター大ホール
曲目:
  • A. ドヴォルザーク: 序曲「謝肉祭」 作品92
  • P. チャイコフスキー: イタリア奇想曲 作品45
  • J. シベリウス: 交響曲第2番 ニ長調 作品43
  • アンコール シベリウス: 組曲『カレリア』より「行進曲風に」
指揮: 苫米地 英一

 埼玉会館と勘違いして浦和駅まで行ってしまった('A`|||)
 さいたま市文化センターは南浦和駅西口から徒歩8分のところにある。
 南浦和にこんな立派な施設があったとは!
 35年以上埼玉県民やっているのに知らなかった。

IMG_20251220_151818
さいたま市文化センター
市立南浦和図書館を併設している

 苫米地英一の指揮は、ベートーヴェンを専門とするL.v.B.室内管弦楽団との共演を過去に聴いている。
 熟練のオケによる安定度の高い素晴らしい演奏であった。
 学生オケとの共演はどうであろうか?

 前プロの2曲は、非日常的なお祭り(カーニヴァル)がテーマであったり、イタリア旅行に触発されたチャイコが作った異国情緒あふれるカプリッチョ(気まぐれ)であったり、いわゆる“ノリのいい”曲。
 若くエネルギッシュな学生たちに向いている。
 教員養成校として知られる学芸大学の生徒ゆえか、総じて真面目で教科書的な演奏であったが、そこに若いエネルギーとフレッシュネスが加わり、バランスよい音楽となった。
 休憩中にプログラムを開いて、唖然とした。
 オケのメンバーたちの名前のあまりのキラキラしさに。

愛萌、叶望、咲季、颯世、唯花、愛菜、咲綾香、美音、日、実都葉、
綺花、夕姫、陽日樹、海央、華衣、芽瑠萌、桃花、美空、彩愛、
心音、藍菜、麻飛、帆乃花、理桜、花音、貴城、柚穂・・・・。

 よ、読めない (; ̄Д ̄)
 なんか凄いことになっている。
 彼らの親御さんたちは、大体70~80年代生まれだろう。
 キラキラネームは90年代半ば頃から増えたと言われるが、まさに第1世代が社会人デビューを迎えているのだ。
 大切な子供に美しい名前をつけたいという親心は理解できるものの、学校の先生は苦労しているだろうなあ~。
 ――と思ったら、彼らこそが先生になる可能性大の人たちであった。

 ちょっと前に、ソルティは仕事で地域の小学校に認知症の話をしに行った。
 生徒たちの机の上には、各人の名前が書かれた三角ネームプレートが貼り付けてあった。
 漢字の上に(あるいは英語やタガログ語の上に)大きくふりがなが振ってあった。
 そういう時代なんだな。

世界の子供

 さて、後半のシベリウス第2番。
 やはり、実直な演奏で、大きな乱れはない。
 シベリウスの代表曲と言われるほどの名曲なので、あやまたず感動をくれる。
 最終楽章ではソルティの胸のチャクラに矢が突き刺さった。

 死の淵をさまようような重苦しい第2楽章から、苦しみと哀しみを避けられない運命の受容といったふうの第3楽章を経て、生々流転・自然法爾の第4楽章。
 ソルティはこの曲に東洋的・道教的なエッセンスを聴く。
 なので、この曲を指揮し演奏するには、やっぱり人生経験がものを言うと思うのである。

 キラキラネームを持つ若者たちが、いつかこの曲の真価を悟り、自らの人生や心と呼応させながら演奏できる日が来るのだろうか?
 苦しみや悲しみを知らないまま、いつまでも子供のように無邪気に罪なく美しく生きてほしいと親は願うものだが、それが子供にとって必ずしも幸福であるとは限らないのである。
 









● 1984を回避するために 本:『デジタル・デモクラシー』(内田聖子著)

2024年地平社

 こうしてブログを綴ってはいるものの、ITには疎いソルティ。
 ツイッターもとい「X」はやっているが、ほぼブログへの呼び込みになっている。
 LINE、フェイスブック、インスタグラム、ユーチューブには興味ない。
 昨今、パソコンやスマホからでないと、コンサートのチケットも新幹線の切符も宿の予約もとれないので、仕方なくネットを利用しているが、クレジット購入というものに今ひとつ信用が置けない。
 商品を購入する際、住所や電話番号やクレジットカードのセキュリティコードなどの個人情報をPC画面に入力するとき、一抹の不安を覚えざるを得ない。

 そんな昭和オヤジ丸出しの状況でありながら、現在のITをめぐる世界的動向、とくに巨大IT企業がどれだけ世界を支配しているか、ITがどれだけ市民の生活に入り込み個々人を監視しているかという点について、これまた疎いままであった。

 本書は、巨大IT企業(ビッグ・テック)による最新技術を用いた監視と搾取のシステムについて国際的視野から現状を伝え、民主主義と人権を守るためにビッグ・テックと闘う各国の人々の姿を描いたノンフィクションである。
 著者の内田聖子は、NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)の共同代表をつとめ、自由貿易協定やデジタル政策のウォッチ、政府や国際機関への提言活動を行っている。
 副題は「ビッグ・テックを包囲するグローバル市民社会」

IMG_20251202_173515

 恥ずかしながら、はじめて聞いた(知った)言葉が多かった。
 ビッグ・マックならぬビッグ・テック(Big Tech)=巨大IT企業もその一つだが、以下も今回はじめて意味を知った。
  • GAFAM
    Google(Alphabet)、Apple、Meta(旧Facebook)、Amazon.com、Microsoftの5社

  • 監視資本主義(surveillance capitalism)
    企業による広範な個人データの収集・分析を指す政治経済学の用語。分析結果に基づいて、個人仕様に選ばれた広告が表示されたり、特定の商品やサービスが推奨されたりする。目的はもちろん、企業がより多くの利益を得ることにある。

  • データブローカー
    個人の情報を収集、整理し、第三者に販売する企業や組織のこと。日本で言う「名簿屋」がこれに当たる。

  • スマートシティ
    IT・デジタル技術の活用により、都市の機能やサービスを効率化・高度化し、課題解決とともに快適性や利便性を高める都市開発のあり方。たとえば自動運転やドローンを用いた自動配達、カメラやセンサーによる騒音や人流の把握、医療や教育の遠隔化、行政サービスのIT化など、実装される技術は多岐に渡る。(本書より引用)

  • プラットフォーム労働
    アプリなどのデジタルプラッ トフォームの仲介により、個人や組織間で労務を提供する形態の労働。よく知られるものに、Uber Eatsクラウドワークスなどがある。

  • コンテンツ・モデレーター
    インターネット上のコンテンツが安全で適切に保たれるように監視する職業。
 インターネット上のプラットフォームやアプリは、基本的にユーザーが暴力やポルノ、差別シーンを目にしないように設計されている。ユーチューブにもXにもフェイスブックにも倫理基準があり、「問題あるコンテンツは削除」されることになっている。実際、これら企業はソフトウェアを使い、問題コンテンツを自動的に削除するようにしていて、AIの導入によってこの作業は飛躍的に効率化された。
 しかし、AIのフィルタリング・システムは完璧ではない。「親指の写真と男性器の写真をAIはうまく区別できない」という有名な例がそれを象徴している。現時点ではAIだけにネット空間の「適正化」を任せることは無理であるため、各プラットフォーム企業はAIでは対応できない「判断」をする「人」を必要としているのだ。
 私たちが当たり前のように享受しているインターネット世界の倫理性を最終的に支えているのが、・・・略・・・コンテンツ・モデレーターの手作業だ。

 コンテンツ・モデレーターたちは、毎日毎時間、世界中からネットにアップされるリアルな残酷映像やエログロ映像や小児虐待映像などを見続けているわけで、これが心の健康にとって良くないのは言うまでもない。
 ゾンビ映画を観てキャーキャー言ってるのとは、まったく違うレベルである。

混乱する男

 本書は、GAFAMを筆頭とするビッグ・テックが牽引するデジタル経済モデルにおいてすでに起きている、国家権力による監視や管理、プライバシーなどの人権侵害、偽情報やフェイクニュースの蔓延、差別や貧困の再生産などの様相を、さまざまな事例を出して示している。
 また、ビッグ・テックが、情報インフラの独占や莫大な資金を投入しての政治家へのロビー活動によって、市場や政治をいかに支配しているかが語られる。

 日本ではまだITの利便性のみが謳われ、人々は無料のアプリのダウンロードと引き換えに個人情報を進んでIT企業に渡しているし、街のあちこちに設置されている顔認識カメラによって自らの姿が知らないうちに記録され解析されることについても反対の声が聞こえてこない。治安維持の為なら仕方ないと思っているのかもしれない。
 だが、こうした位置情報を含む個人情報が権力の手によって悪用されると、実に怖ろしい監視社会に成り変わるのは、中国の例を見れば明らかである。
 ビッグ・テックが国家権力と結びついた“生き地獄”を描いたのが、ジョージ・オーウェル著『1984』であり、テリー・ギリアム監督『未来世紀ブラジル』であった。
 『1984』や『未来世紀ブラジル』の世界を現実化してしまったのが、今の中国であろう。(昨今、中国人の悪口ばかりやたら聞こえてくるが、ソルティは中国人は可哀想としか思えない)
 日本も気を付けないと、同じような道を歩みかねない。
 ナショナリズムの行き過ぎは国家権力の増大につながり、民主主義の危機を招くからである。

cherry-blossoms-8436420_1280
MollyroseleeによるPixabayからの画像

 「やっぱり、欧米は違うな~」と思ったのが、こうしたビッグ・テックの横暴に対して抗議の声を上げて立ち上がり連帯する市民の存在である。
 本書には、国家による監視への抵抗、ビッグ・テックの監視広告への反対、消費者(とくに子供や若者)がオンライン・ゲームやSNSによって精神的ダメージを受けないよう規制を求める運動、プラットフォーム労働者らによる組合結成運動など、市民社会が中心となった抗議活動の様子が描かれている。
 不当解雇を訴えてたった一人でAmazonに立ち向かった、元倉庫労働者のクリス・スモールズの話など、そのうち映画にでもなりそうな勇敢物語である。
 欧米の人々に根付いている人権意識と民主主義に対する信念は筋金入りだ。
 やはり、市民革命を経験しているからであろうか?
 あるいは、一神教をバックボーンに持つ個人主義のせいであろうか?

 ソルティが、現在高市政権のもと進行しているナショナリズムを危惧するのは、日本人には元来、人権意識と民主主義への信念が不足している、と思うからである。
 おそらく、その二つのものが敗戦によってGHQ=アメリカから与えられたもので、自ら勝ち取ったものでないというところに、因があるのではないかと思う。
 街頭でデモをする人々を“特殊な人、めんどくさい人”と遠目に見たり、「就職の妨げになるから政治活動には関わらない」という若者の声を聞いたりすると、いったい日本国憲法下の戦後80年間の教育ってなんだったんだろう?・・・・と思ったりする。

 ひょっとしたら、先進国では、日本人くらいビッグ・テックにとって“いい”お客さん=餌食はないんじゃなかろうか?
 中国に侵略される脅威をしきりに訴えているうちに、GAFAMに骨の髄まで支配される日常に馴らされてしまうんじゃないか?
 
 少なくともソルティは、今後しばらくはAmazonでの買い物を控えることにする。
 



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 傾聴の効用

 午後のコンサートが終わった後、某駅前のファミレスに寄った。
 日曜だったので混んでいたが、店の一角に電源コンセント付おひとりさま専用席があり、一番端っこが空いていた。
 店の一番奥にあたる隣りのテーブル席には、妙齢のオバサマ4人が、罪のない無責任なおしゃべりを楽しんでいた。家に帰ったら、夕餉の支度が待っているのだろう。
 ドリンクバーを注文し、図書館で借りた考古学の本にしばらく集中した。
 奈良大学通信教育のレポート作成のためである。

 章の終わりでドリンクバーに立ったときに気がついた。
 いつの間にか、隣りにいたオバサマ連中は帰ってしまって、3人の男と入れ替わっていた。
 普段着の70代くらいのインテリ風の白髪の男と、30~40代のスーツ姿の男2人であった。
 これはどういった関係のトリオなのか?
 なんとはなしに会話に耳を傾けた。

drink_bar

 3人はクラシック音楽の話をしていた。
 さては、さっきのコンサートに行ったお仲間か? テーブル席が空くのをいままで入口で待っていたのかな?
 親しみと好奇心が湧き、本の文字を追いながらも、テーブル席側の片耳はダンボ状態になった。
 コンサートの感想披瀝はすでに終わったらしく、いまは年長の白髪の男の独壇場であった。
 どうやら彼は芸大出身らしく、若い頃は音楽家を志していたようで、クラシック音楽にも業界事情にも詳しかった。
 プロの道には進まなかったが、ピアノの腕前は相当なもののようで、近々に地元のカフェを借り切って独演会を開くという。良かったら君らも聴きに来ないか?
 若い2人は二つ返事で了承し、白髪の男から連絡先を受け取った。年長の男の博識や人脈の広さに感嘆の声を上げ、抜群のタイミングで相槌を打ち、さらなる蘊蓄を引き出す。
 師匠と弟子?
 先輩と後輩?
 かつての上司と部下?
 編集者と執筆者?
 3人の関係が読めなくてもどかしい気もしたが、それよりむしろ、若い2人の傾聴能力の高さに感心した。
 いまどきこれだけ人の話をさえぎらずに聴ける男も珍しい。
 相槌、オウム返し、共感のことば、パラフレーズの使用、適宜な沈黙・・・・傾聴のテクニックが身についている。
 ひょっとして、ソルティと同じ相談関連のひと?
 2人の男はトイレやドリンクバーなどで席を離れるときも代わる代わる行き、残った一人が聞き役を引き取り、会話の流れを途絶えさせない。
 白髪の男の口はますます滑らかになり、話の内容もどんどんプライベートなものになっていく。
 海外にいる息子家族の話、学生運動していた頃の話、持病の話、亡くなった友人や妻の話・・・・。
 「もうこの先そんなに長くないから、あとはこうやって好きなことをして過ごしたい」
 「コロナの時みたいに、いつ何があるかわからないからな」
 「生きていれば、こういう楽しい出会いもあるしな」

 と、ここでこれまでひたすら聞き役に徹していた2人のうちの1人が、おもむろに切り出した。
 「やっぱり、だれだって最後は心細くなったり、不安になったりしますよね。そんなときに、心の支えになるものがあるのとないのとでは大違いです。ぼくたちがお手伝いできると思うんです」
 すかさず、もう1人の男が手元のカバンからパンフレットようなものを取り出すのが見えた。
 あっ、保険の勧誘か!
 顧客候補と営業マンか。
 自分の鈍感さにあきれた。
 
 差し出されたパンフレットを見て、白髪の男ははじめて我に返ったごとく押し黙った。
 いままでと違うトーンが声に現われた。
 「いや、自分は・・・・。自分も、今までいろんなところに行って、いろんな人の話を聞いているから。もうそういうの必要ないんだな」
 若い1人が切り返す。
 「どういったところに行かれたんですか?」
 「それはもういろいろ。仏教系もあるし、キリスト教系もあるし、スピリチュアル系もあるし、自分なりに西洋哲学や東洋思想を勉強したし・・・・。」
 「それでなにか結論が出ましたか?」
 「・・・・・」
 保険の勧誘ではなく、某新興宗教団体のリクルートだった。

 そこからは攻守変わって、スーツの2人が白髪の男を説得するモードに転じた。
 白髪の男が持ち出した意見(=勧誘を断るための言い訳)をひとつひとつ理屈と能弁をもって棄却し、矛盾があれば追及し、それまでに聞き出していた白髪の男の苦労話を持ち出してそれに役立ちそうな会の教えを諄々と説き、入信したことで運が向上した第三者の具体的な事例を滔々と語り、白髪の男のためにドリンクバーから飲み物を取ってきて・・・・。
 はじめのうちは勢いよく「自分には必要ない」と主張していた白髪の男も、若者2人の攻勢に押され、だんだんと声に力がなくなり、さっきまで自信に満ちていた表情はかげりを帯びてきた。
 これまでずっと話を真剣に聞いてもらっていた手前か、白髪の男も無下な態度で席を立つこともできないようであった。
 そもそも、最初からテーブルの壁際のほうに白髪の男が一人で座り、通路側に2人の若い男が陣取ったので、押し込められているような形勢ができあがっていた。

 まだまだ3人の会話は続きそうな気配。
 窓の外はすっかり暗くなった。 
 家で夕食が待っているソルティは、本をリュックに押し込み、席を立った。
 最後に振り返ってみたとき、白髪の男は心なしか涙目になっていた。

DSCN7542

 





● 映画:『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』(チャン・イーモウ監督)

2020年中国
103分
原題『一秒鐘』

ワンセカンド

 『紅いコーリャン』、『活きる』、『あの子を探して』、『初恋のきた道』、『HERO』、『単騎、千里を走る。』、『王妃の紋章』、『グレートウォール』など、歴史・人情・アクション・恋愛・サスペンス・コメディといった多様なジャンルの傑作・話題作・大作を連発し、「中国の黒澤明」というにふさわしいチャン・イーモウ。
 まぎれもなく、『黄色い大地』、『子供たちの王様』、『さらば、わが愛/覇王別姫』、『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』のチェン・カイコ―と並んで、中国映画史上もっとも成功した監督である。
 ソルティは、どうも昔からこの2人の監督を混同してしまう。

 2人とも素晴らしい監督であるが、残念なことに、国策映画を撮らされてしまう。
 中国共産党下では、ほんとうに撮りたい映画がつくれない。
 ちょうど、スターリン独裁下の作曲家ショスタコーヴィチのように。
 華々しい成功の蔭で、欧米や日本の映画監督にはわからない忸怩たる思いがあるものと想像される。

 本作は、「この作品を映画を愛するすべての人々に捧げたい」という監督の言葉が表しているように、映画愛がテーマである。
 なので、あまり政治的な縛りを受けることなく、自由に撮れた一品と言える。

 文化大革命(1966~76)真っ只中の中国の地方の村を舞台に、3ヶ月に一度の上映会に際して巻き起こる人間ドラマが描かれる。
  • 上映が終わった町から次の町へ、缶に入ったフィルムをバイクで運ぶ男。
  • 本編の前に流される短いニュース映像を観ることだけを目的に、遠い隣り町から砂漠を越えてやってきた男。
  • フィルムを盗もうとする男まさりな少女。
  • 村に一人だけの映写技師で、村民から敬意を払われる館主。
  • やっと到着したフィルムを不注意から駄目にしてしまう館主の息子。
  • 映画上映を心から待ち望み、フィルムの修復に協力する村民たち。
 一本の映画の上映をめぐって、これだけ熱い人間ドラマが展開される。
 映画が娯楽の殿堂だった時代があった。
 好きな時に、好きな映画が、好きな場所で、繰り返し観ることができて、映画以外の娯楽がありあまるほど存在する現代日本との違いは、歴然としている。
 先進国ほど映画への熱量が失われていくのは、仕方ないことなのだろう。

 『アラビアのロレンス』を彷彿とする冒頭の砂漠のシーンから始まって、過去の名作映画のカットを想起させる美しい映像は、さすがチャン・イーモウ。
 光と影、線と色彩、静止と運動によってもたらされる映像の魔力は、たしかに映画を愛する者にとって、最高の贈り物である。
 それが「映画愛」というテーマと絡んで、感動を呼ぶ。
 同じような趣向として『ニューシネマ・パラダイス』があるが、映像の美しさは本作が上である。

movie-5974820_1280
 
 上映中のフィルムが燃えるシーンがある。
 映写技師が素早い対応をしたおかげで事なきを得るが、昔のフィルムはよく自然発火したのである。

1940年代までに映画用あるいは写真用に使われていたナイトレートフィルムは、ベースにニトロセルロースを使っていたため、常温でも非常に燃えやすく不安定であった。そのため、初期の映画の多くは、燃えたり腐食したりして永久に失われた。(ウィキペディア『安全フィルム』)

 日本では戦後、可燃性の低い安全フィルムに置き換わったので、60年代生まれのソルティは、「フィルムが燃える」を体験していない。(80歳以上の人なら覚えているかもしれない。)
 中国では70年代くらいまでナイトレートフィルムが普通だったのだ。

 「フィルムが燃える」を効果的に取り入れた傑作が、林海象のデビュー作『夢見るように眠りたい』である。





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 本:『人間の未来 AIの未来』(羽生善治&山中伸弥共著)

2018年講談社

IMG_20250925_143311~2

 「永世七冠」の称号を持ち2018年に国民栄誉賞を受賞した羽生善治と、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の発見で2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥。
 2人の天才による AI をテーマにした対談である。

 てっきり、棋士の羽生が科学者の山中に AI について問いかけるスタイルなのかと思ったら、意外なことに逆であった。
 羽生が AI にこんなに詳しいとは知らなかった。
 だが、考えてみれば不思議でもなんでもなく、将棋の世界ではすでに AI の活用なしに練習したり、勝因・敗因分析したり、新しい手を研究したり、ということは考えられないのである。
 プロ棋士の対局中継でも、差し手ごとに将棋ソフトが同時解析して、現在の局面がどちらがどのくらい有利かを瞬時に算出してくれる。
 もちろん、インターネット対戦はあたりまえである。
 藤井聡太が出現するまでトップを走り続けてきた羽生が、AI に興味を抱き、勉強し、詳しくなるのも当たり前なのであった。
 ノーベル賞受賞の科学者といろいろなテーマで対等に話せる羽生の知的能力の高さに感心した。

羽生 AI はデータに基づいて人々が好むもの、選ぶものを予測するのは得意ですが、とんでもないものを好きになる、意外性を愛する人間の可能性は予測できないはずです。それこそ人間にしかできない創造的行為だと思います。

羽生 ある特定の目的に限定した専門人工知能は順調に開発が進み、活用されていくと思います。でも一つの分野で学習した知能を他の分野で応用できる、人間の知性のような「汎用性」を持った人工知能ができるのは、まだまだ先でしょうね。

 一方、山中は、 iPS細胞発見の経緯や医療への応用の可能性、ノーベル賞受賞の裏話、新しいアイデアが生まれる秘訣、科学研究をめぐる日本の状況など、専門的にならない一般大衆向けトークに長けている様を見せる。
 学生時代にラグビーや柔道をやっていて、もともと整形外科医だったという経歴には、驚かされる。
 日の当たらない実験室に一日中こもっている白衣を着たうらなり、という科学者に対するイメージが払拭される。

 2人のお互いへの敬意とコミュニケーション能力の光る、読みやすくて面白い本である。



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 本:『優等生は探偵に向かない』(ホリー・ジャクソン著)

2022年創元社推理文庫

服部京子・訳


IMG_20250920_075205
 

 『自由研究には向かない殺人』に続いて、女子高生探偵ピッパが活躍するYAM(ヤングアダルトミステリー)。

 前作同様、フェイスブックやポッドキャストやインスタグラムやマッチングアプリなど、インターネット上のソーシャルメディアを駆使して、警察顔負けの捜査をやってのける。

 ITが苦手な人はこのミステリーは理解不能だろう。

 ブログとマッチグアプリ止まりのソルティも、ついていくのがやっとである。

 金田一耕助や刑事コロンボがやっていたような足で稼ぐ地道な捜査ってのは、昭和とともに消え去った。

 

 YAM小説だからと言ってバカにしてはいけない。

 大人社会の複雑で冷徹なリアリティには欠けるものの、ストーリーテリングも構成も伏線配置もうまく、一気に読ませる筆力がある。

 ピッパの直感まがいの推理と行動力(いったい何回他人の留守宅に無断浸入するのやら?)は、爽快ですらある。

 大人と対等に向きあい、時には大人を出し抜くスーパー少女。

 YA読者は、自らをピッパに重ねて、ふだん大人たちから味わわされている屈辱に対して、溜飲を下げるのだろう。

 

 ホリー・ジャクソンはイギリス出身の作家で、本小説もイギリスが舞台なのだが、なぜかアメリカン・ミステリーのような感がある。

 それはおそらく、インターネットの世界は無国籍、無境界、「いつでもどこでも」のユビキタス (ubiquitous)だからなのだろう。

 ミス・マープルが暮らしていたセント・メアリー・ミードのような英国らしさを愛する者としては、いささか残念ではある。


イギリスの村



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

 

● VRゴーグル初体験 :東京国立博物館「江戸大奥」展に行く

IMG_20250819_135404

 盆明けの平日の午後なら空いているかと思ったのだが、結構混んでいた。
 女性客が多いのは想定内だが、外国人の多さは不思議。
 外国人がなぜ江戸時代の大奥に関心ある?
 よしながふみのコミック『大奥』(男女逆転!パラレル時代劇)が英訳されて、アザーワイズ賞(旧ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞)を獲ったことが影響しているのだろうか?

DSCN7657

DSCN7656
 
 ドラマ『大奥』(NHK放映)で俳優たちがまとった衣装の展示から始まって、有名な御台所たちの肖像画、明治時代の浮世絵師揚州周延が描いた「千代田の大奥」シリーズ、大奥の成り立ちや構造、大奥の暮らし、女中たちの生涯、歴代ヒロインゆかりの品々、豪華絢爛な着物や調度の数々・・・。
 大奥ファンにはたまらない内容だろう。
 ソルティは大奥に詳しくないし、よしながふみの『大奥』を読んでいなければ、TVドラマや映画も観ていないので、2時間程度で大まかに鑑賞した。

 大奥ってのは、一度入ったら簡単には出られない広大な座敷牢みたいなもので、厳しい規則やしきたりがあった。
 斬首や島流しや江戸追放を含み関係者1400名が処罰された江島生島事件など、きっかけは大奥お年寄の江島が、墓参りの帰りにちょっと芝居小屋に寄って門限に遅れたことであった。
 恋もままならないし、側室間の派閥争いや権謀術数には巻き込まれるし、ふつうに町娘でいるほうがずっと幸福だと思うのだが・・・・。
 それでもセレブにあこがれる女子は多かったのだろうなあ。
 食うには困らないってのも大きかったのかもしれない。

 足が止まったのは、東京目黒区にある祐天寺の阿弥陀如来坐像の前。
 これは享保8年(1723)に5代将軍徳川綱吉の養女である竹姫(浄岸院)より寄進されたのだと言う。信仰篤き大奥人だったのだ。
 全般シンプルなつくりであるが、そのシンプルさが表面を蔽う金の輝きを品よく見せている。表情も穏やかで観る者に安心感を与える。
 大奥展で仏像を見るとは思わなかった。 
 人間よりも仏像に興味が向いてしまうソルティであった。

 実を言うと、いちばん面白かったのは入口の脇でやっていた大奥VR(Virtual Reality)体験。
 NHK番組『歴史探偵』がCG制作した大奥の内部映像を、VRゴーグルを頭に付けて体感するというもの。
 ソルティ、実はVR初体験。
 頭を左右に動かしても、上下に動かしても、後ろを振り向いても、ちゃんと奥行きある映像が不自然なく立ち現れて、まさに江戸の大奥の座敷に自分がいるような感覚が味わえる。
 隣には自分と同じようにゴーグルを付けている現代人がいるはずなのに、その存在がすっかり消えてしまう。
 不思議な感覚だった。
 これが進化したら、実際に足を運ばなくとも、観光旅行や時間旅行できるようになるのでは?

vr-3411378_1280
dlohnerによるPixabayからの画像

 ソルティにとって今秋の最大のイベントは、9月9日から東博で始まる『運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂』展である。
 なんと、奈良・興福寺北円堂の諸仏をすべて東京に運んできて、その空間を再現してしまおうというのだ。
 日本彫刻史上の最高傑作と言われる世親・無着菩薩立像、弥勒如来坐像、四天王立像の計7点の国宝がやってくる!
 はたして、リアルな運慶空間に、仮想現実は太刀打ちできるのか?

IMG_20250819_164841





● 芸のためなら 映画:『国宝』(李相日監督)

2025年日本
175分

IMG_20250703_145602

 吉田修一原作の話題沸騰の芸道映画。
 歌舞伎の世界を舞台に、芸に憑りつかれた男たちの生きざま・死にざまを描いている。
 似たようなテーマの溝口健二監督『残菊物語』(1939)、豊田四郎監督『地獄変』(1969)、ジョン・カサベテス監督『オープニング・ナイト』(1977)、陳凱歌監督『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)、映画ではないが栗本薫の小説『絃の聖域』、そして読んだばかりの西木暉著『仏師成朝と運慶 猜疑の果てに』を想起した。
 芸の道を究めた人間は、だいたい最後は狂気や孤独に陥るらしい。
 芸の神様は嫉妬深くて、芸を志した人間が家族や友情といった世間的幸福を犠牲にしてはじめて、その気難しい顔を綻ばすのである。
 こうしたテーマになるといつも、マリア・カラスと山田五十鈴を思い出す。

 歌舞伎の世界の裏表が赤裸々に描かれ、『道成寺』、『藤娘』、『鷺娘』、『連獅子』、『曽根崎心中』など有名な演目が登場するので、歌舞伎ファンなら一瞬たりとも目が離せないと思う。
 歌舞伎に詳しくないソルティでさえ、3時間近くの上映時間を長いと感じることなく、最初から最後までスクリーンに釘付けになった。
 脚本(奥寺佐渡子)が巧みで、退屈させない。
 撮影(ソフィアン・エル・ファニ)が美しく、遠近(ロング、バスト、アップ)や切り返しショットが効果的に用いられ、ドラマに緩急をもたらす。
 『フラガール』、『怒り』、『悪人』などで知られる李相日(リ・サンイル)監督の演出は、壮大重厚にしてたっぷりな素材を、大きな陶器の平皿に手際よく盛りつけて、御馳走感はんぱない。(ソルティが年のせいか、若干盛りすぎを感じたが)
 ここ数年の日本映画では出色の出来栄え。
 大ヒットも頷ける。

 役者がみな素晴らしい。
 渡辺謙と横浜流星の「べらぼうコンビ」の安定感。
 吉沢亮の蔭のある美しさは印象的。女形姿も艶である。
 その子供時代を演じた黒川想矢が圧巻の存在感。『博多っ子純情』(1976)の光石研、『誰も知らない』(2004)の柳楽優弥、『共喰い』(2013)の菅田将暉を思わせる鮮烈な眼力である。
 年老いた女形の人間国宝を演じる田中泯は、舞踏家としての田中の持つイメージ、すなわち“踊りの怪物”が、そのままここで演じる役に重なって見える。適役というほかない。
 三浦友和の息子の三浦貴大が歌舞伎の興行主の役で出演している。杉村太蔵か石黒賢かと思った。父親と同じ“いぶし銀”の道を歩み始めたようだ。

 一等感心したのは、歌舞伎役者花井半二郎(渡辺謙)の妻を演じる寺島しのぶ。
 寺島が出てくるだけで、この作品にリアリティがもたらされる。
 主要な3人の役者、渡辺謙、吉沢亮、横浜流星は本来歌舞伎役者ではないので、どんなに頑張って演じても、いや頑張って演じれば演じるほど、テレビ&映画的なモードが滲み出てしまう。
 どうしたって歌舞伎モードが不足する。
 そこに、由緒ある歌舞伎一家の血を引く寺島が加わることで、一挙に歌舞伎モードが備わるのである。
 やっぱり、血はあらそえない。
 立ち方、座り方、着こなし、声の出し方、家族としてあるいは師匠として歌舞伎役者を見る眼差し・・・・。こうしたものは、演技ではなかなか身に付けられまい。
 寺島しのぶの存在が、この作品を支えていると言っても過言ではない。

kabuki-theater-81808_1280
Antal BódiによるPixabayからの画像

 この映画の主たる時代背景は昭和である。
 昭和時代は、歌舞伎や能にしろ、日本舞踏や三味線にしろ、落語や茶道にしろ、伝統芸能の世界にあっては近現代的価値観の通用しない面が少なくなかった。
 たとえば、役者が妾や隠し子を持つのはあたりまえ、師匠が弟子を殴るのはあたりまえ、ヤクザが興行を仕切るのはあたりまえ、男子が世襲するのはあたりまえ・・・・・。
 大衆もまた、「特殊な世界のことだから」と大目に見るのが普通であった。
 「芸のためなら女房も泣かす」という歌(作詞/たかたかし、作曲/岡千秋)がヒットしたのは昭和58年(1983)のことである。
 が、昨今の世界的なSDGsや人権やコンプライアンス遵守の風潮の中で、伝統芸能の世界も影響を受けないわけにはいかないだろう。
 その意味で、この映画は“古き悪しき?”時代の証言といった側面もある。
 




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




記事検索
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文