ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、寺社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

●雑記

● ガラ携の脱皮

 寝る前にアラームセットしようとガラ携を手にしたら、画面が真っ黒。
 「あれ? いつの間に電源切ったかな?」と思い、電源ボタンを押したが明るくならない。
 電池切れかと思い、充電して寝た。
 アラームはスマホを使った。(2台使いなのだ)

 朝、ガラ携を確認したらまだ真っ黒。
 電源ボタンを押してみても変化がない。
 あれ? どうしたんだろ?
 そのとき、誰かからのメールが着信する音がした。
 生きている!
 スマホからガラ携に電話をかけてみたら、呼び出し音が響いた。
 どうやら液晶画面の故障らしい。
 「そう言えば、昨晩、机の上に置いてあったガラ携を床に落としたっけ?」
 たいした高さからではなかったし(1mくらい)、厚手の絨毯の上に落ちたので、気に留めなかった。
 それまでも山登り時にズボンのポケットから地面に落とすようなことはたまにあったけれど、全然無事だったので、ガラ携の強度を過信していた。

 今さらであるが、画面が出てこないとなんの操作もできない。
 電話機能は使えるけれど、アドレス帳からかけたい相手の番号を検索できないし、メールも打てない、送れない。
 相手から送られてきたメールも、かかってきた電話も、どこの誰からか、わからない。
 むろん、アラーム機能も留守録も電卓も乗換検索もできない。
 携帯電話はまったくのところ画面に依存しているのだ。
 
 ネットで近隣のauショップを検索し、翌日の朝一番の予約を入れた。
 故障修理はまず無理だろうから、機器交換あるいは機種交換を想定した。
 保険に入っていたかどうかはっきり覚えていないので不安だったが、契約時の資料を探すのも面倒。
 自分の契約内容をauのホームページの会員ページから確認できるはずだが、そこに入るためには au ID とパスワードが必要。
 それが分からない。覚えていない。
 ほんとうにメンドクサイ時代だ。
 便利になったのか、不便になったのか・・・。
 ソルティは基本IT音痴なのだ。
 
IT音痴
 
 翌朝、職場に事情を話して出勤が遅れることを伝え、ショップに向かった。
 若い男のスタッフは、パソコン上でソルティの顧客情報を確認したあと、こちらの渡したガラ携をちょっと確認し、言った。
 「これはもう使えませんので交換が必要です。新しい機種に変えると数万円かかりますが、お客様は故障紛失サポートに入っておられますので、まったく同じ機種でよければ安く交換できますよ」
 良かったー!
 「それでお願いします」
 その後、KDDIの故障紛失サポート配送センターのスタッフと電話をつないでもらい、担当者から説明を受けた。
 「故障紛失サポートは年2回まで利用できます。今回が1回目となります。代金は税込みで2,750円になります。これまで使っていたものと同じ機種の新しい携帯電話とガイドブックを、本日中にクロネコヤマトでご自宅にお届けします。代金は来月の請求時に上乗せします」
 「はい、わかりました。よろしくお願いします」
 なんと、簡単なこと!
 しかも今日中に届けてくれるとは!
 ソルティは2日や3日や一週間くらい携帯がなくとも困るような生活はしていないが、「スマホ命!」の若者たちや日々仕事で携帯を駆使している人なら、一秒でも早い対応はありがたいことだろう。
 また、これまでと同じ機種というのにも安心した。
 せっかくいろいろな操作を覚え、手に馴染んだのに、別の機種だとまたイチから覚えなおさなければならない。
 昭和のオジサンはものぐさなのだ。
 そうそう、大切なことを聞くのを忘れた。
 「前の携帯のデータを新しい携帯に移せますか?」
 「それはご自身で前もってどこかに保存していなければできません」
 「・・・・・」
 
 IT音痴で昭和のオジサンでものぐさなソルティは、そんな器用な(メンドクサイ)ことはしていない。
 すなわち、前のガラ携に入っていたおよそ20年分のアドレス帳も画像もメール履歴も、ぜんぶパアになった。
 スマホのほうはネット検索やアプリ使用が主なので、アドレス帳の類いは使っていない。もちろん、紙媒体での記録もない。
 頭の中が真っ白・・・・
 
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 ――ということはなかった。
 むしろ、なんだか重荷が取れたようなスッキリ感があった。
 「なるほど、そういうことなんだな」という納得感があった。
 というのも、ガラ携の故障を知ったのが、自分の還暦の誕生日だったからである。
 「すべてをまっさらにして、ゼロからスタートしなさい」
 なにかの啓示のように思ったのである。
 
 たぶん、秋葉原あたりの店に行けば、なんらかの方法で壊れた携帯からデータを取り出して、新しい携帯に移転することができるのかもしれない。
 が、わざわざそこまでやるつもりもない。
 必要な人脈はほうっておいても再生するだろう。
 
 さきほど、古いガラ携からSIMカードを抜いて、届いたばかりの新しいガラ携に挿入し、初期設定を完了した。
 画面が復活した!
 やったー!
 おお、さっそく数日遅れのHappy birthday メールが着信した。
  B兄ィ、わたしを覚えていてくれたのネ。
 「忘れていいのよ♪」(by谷川新司&小川知子)とは申しません。

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エロイム・エッサイム 古き骸を捨て、蛇はここに蘇るべし
(深作欣二監督『魔界転生』より) 




● 北関東のある町で 映画:『暴力の街』(山本薩夫監督)

1950年大映配給
111分、白黒

 1948年に実際にあった事件をもとにした社会派映画。
 有力な町会議員と警察とヤクザ組織が結託して街を牛耳り、ヤミ取引等の不正を行い、住民がおびえて暮らす某県東篠町。
 一人の新聞記者の書いた告発記事がきっかけとなって、暴力団追放・行政刷新の住民運動が徐々に広がり、町民大会が開催され、闇が暴かれ、町が浄化されていく過程を描く。
 なにを隠そう、某県とはわが故郷埼玉県であり、東篠町とはいまの本庄市のことである。
 この事件は本庄事件としてウィキペディアにも載っている。
 ちなみに、不正と闘った新聞記者とは朝日新聞の岸薫夫記者である。

 本庄市は埼玉県の北端に位置し、利根川をはさんだ向こうは群馬県伊勢崎市である。
 古くは中山道の宿場町として栄え、織物で有名な町だったようだが、ソルティはとんと知らなかった。
 だいたいソルティのような東京寄りの県南に住んでいる者は、親戚でもいない限りわざわざ県北に行く機会も動機もない。(小学校の社会科見学で行田に古墳見学に行ったくらい)
 同じ埼玉というよりも、群馬や茨城や栃木と込みの「北関東」という別文化に属しているような感覚がある。
 つまり、暴走族、頭文字D、トラック野郎、工藤静香、深夜のコンビニやパチンコ店にたむろするジャージの若者・・・・いわゆるヤンキー文化。
 なので、今回はじめて本庄事件を知っても別段驚くことはなく、「昔から“やんちゃ”な風土だったんだな~」という印象を強めることとなった。
 いや、現在の本庄市は平和な住みよい街だと思います、きっと。

 出演陣がバラエティに富んでいる。
 主役の岸記者(北記者と名を変えている)に原保美、歌人・原阿佐緒の息子である。
 支局長に“たらこ唇”志村喬。
 町民の敵となる町一番の権力者に三島雅夫。
 そのほか池部良、宇野重吉、三條美紀、中條静夫、根上淳、船越英二、大坂志郎、殿山泰司、滝沢修、高堂国典と、実力ある個性的バイプレイヤーたちが揃っている。
 三島雅夫はどこかで見た顔と思ったら、小津安二郎『晩春』で、再婚して若い嫁をもらったばかりに紀子役の原節子に、「おじさま、不潔よ!」と敵視されてしまうチョビ髭の親爺である。本作では、ほんものの敵役、ふてぶてしい憎まれ役に徹している。

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左より、船越英二、原保美、池部良、志村喬

 人権と民主主義を謳う日本国憲法が公布されたとはいえ、旧態依然とした封建的風土の根強く残る時代、ましてや戦後の混乱期である。
 こうした腐敗は、本庄のみならず、日本のあちこちの街で起きていたのだろう。
 保守系町会議員とヤミ取引を行う織物業者と警察署長と検事と報道機関が、座敷に芸者を呼んでの飲めや歌えやの乱痴気騒ぎ。
 こういう光景は、まさに昭和ならでは。
 ネット社会の現在では一発アウトだろう。

 映画では触れられていないが、本庄事件における朝日新聞の告発キャンペーンをGHQ(埼玉県軍政部)がバックアップしていたらしい。
 朝日以外の報道機関は、街の有力者の背後に保守系の国会議員が潜んでいたので、口をつぐんでいた。
 もちろん、1948年の日本はまだGHQ占領下にあった。
 GHQという“錦の御旗?”がついていたからこそ、朝日新聞はくじけずにキャンペーンを完遂でき、この町民運動は成功したんだろうか?
 としたら、ずいぶん皮肉な話である。





おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 小説の醍醐味 本:『被差別小説傑作集』(塩見鮮一郎編)

2016年河出文庫

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 『被差別文学全集』の姉妹編で、刊行はこちらが先である。
 被差別部落に関係した小説を集めて編んだ意義を、塩見は次のように述べている。

 戦前の社会がどのような差別意識を持っていたのかを明らかにしようとした。いまなお無意識に同質の感性を引きついでいないかどうかも検証したかった。
(『被差別文学全集』あとがき)

 一口に「戦前」と言っても、明治の文明開化から日中戦争直前まで約70年もの歳月があり、時代時代によって、被差別部落に対する社会=世間一般の意識のあり方はかなり異なる。
 部落解放の大まかな歴史に添って本作に収録されている11の作品を年表化すると、次のようになる。
  • 1867 明治維新
  • 1871 解放令・・・穢多非人という呼称が公的に廃止されるが、代わって「新平民」と区別化
  • 1874 板垣退助らによる自由民権運動
  • 1896 『藪こうじ』(徳田秋声)、『寝白粉』(小栗風葉)
  • 1899 『移民学園』(清水紫琴)
  • 1906 島崎藤村『破戒』発表、『山国の新平民』
  • 1917 『鈴木藤吉郎』(森鴎外)
  • 1920 『因縁事』(宇野浩二)
  • 1921 『火つけ彦七』(伊藤野枝)
  • 1922 全国水平社設立、日本共産党結成、『特殊部落の犯罪』(豊島与志郎)
  • 1923 関東大震災、福田村事件
  • 1934 『関東・武州長瀬事件始末』(平野小剣)、『骸骨の黒穂』(夢野久作)
  • 1935 『黎明』(島木健作)
 たかだか11編の小説から一般化する拙速を承知の上で言うが、やはり、藤村『破戒』(1906)と全国水平社設立(1923)、この二つが分水嶺となっている。これらの前後で、被差別部落に対する作者の眼差し――それは結局読者(=世間)の眼差しと重なるところ大である――が、変化しているように感じられた。

 『藪こうじ』、『寝白粉』、『移民学園』は文語体(雅俗折衷体)で書かれており、文語に慣れていない身にとって読み難いことこの上ない。
 が、七五調のリズムを基にした日本語の美しさ、語彙の豊かさを感じる。
 前2編は江戸時代の戯作文学の名残が強く、被差別部落や部落民に対する因果見世物的、煽情的なニュアンスが濃い。文章は美しいが、差別小説の悪名は免れまい。

 『破戒』以後に書かれた『鈴木藤吉郎』、『因縁事』、『火つけ彦七』の3作は、部落差別の理不尽なること、不当なることを前提に書かれている。
 鴎外『鈴木藤吉郎』は、鈴木藤吉郎という江戸時代の実在の人物が講談『安政三組盃』において「穢多であった」と語られていることについて、「それは間違いだ」ということを立証する話。鴎外は、藤吉郎の親戚の男に頼まれてこれを書いたのであるが、念の入った調査・取材を経ての藤吉郎の生涯や事績を綴った最後にこう記している。

 三組盃は藤吉郎を以て穢多の裔(すえ)となした。穢多の裔たるは固(もと)より辱とするに足らぬが、其説には何の根拠もない。(ゴシックはソルティ付す)
 
 鴎外の高潔さが伝わる一文である。
 『因果事』は部落出身の老女による身の上話、『火つけ彦七』は部落差別に対する世間への怒りから放火犯罪を起こす男の話。いずれも差別の理不尽さや差別を温存する社会の歪さを、差別される当事者の視点から描いている。
 映画『眼の壁』の記事にも書いたが、不当に社会に虐げられている者の犯罪に流れることに何の不思議あるか!
 
 全国水平社設立後の4編のうち、夢野久作『骸骨の黒穂』は被差別部落ではなく山窩(サンカ)がテーマである。
 『関東・武州長瀬事件始末』の平野小剣は、自身部落出身者で全国水平社設立の発起人の一人。いまや当事者らが連帯して組織を立ち上げ、自ら発信媒体をもち、差別解消を社会に訴える時代となった。
 『黎明』は、共産党の息のかかった農民運動に献身している都会出身の青年が、地方の農村に派遣されてオルグ活動する中で部落問題に直面する話。すでに部落差別が解決すべき社会問題として認識されていることが読み取れる。
 
 こんなふうに、ある一つのテーマを小説(文学)という媒体を通じて経時的に追っていき、そこから時代ごとの社会の価値観、世間一般の意識のあり方を検証していくのは、実に興味深い。
 70年という歳月で、ずいぶんと社会は変わるし、世間一般の価値観も変化するものと実感する。
 平成生まれが、昭和生まれのオヤジたちを煙たがるのも無理はない。

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 単純に小説としての面白さで言うなら、『移民学園』と『黎明』が抜きんでていた。
 『移民学園』は、世間の憧憬と羨望を集める容姿端麗なる内閣大臣令夫人が、実は被差別部落の出身で、夫人は長いこと疎遠になっていた父親の病床に駆けつけて、そこではじめてそれを知るという話。
 それだけなら、同じ時期に書かれた『藪こうじ』や『寝白粉』と変わらぬゴシップ風のキワモノ小説の域を出ない。
 本作の驚くべきところは、真実を知った夫人はそれを否定したり隠したりすることなく、物心つかないうちに離れた生まれ故郷の部落にとどまって父親の看病を申し出る。(父親はむろん反対する、どころか数年ぶりにあった娘を否認する。このあたり『砂の器』の加藤嘉の名演を想起する)
 壁に耳ありクロード・チアリ、人の口に戸は立てられず、夫人の出自はまもなく世間に知れ渡る。すると、あろうことか、夫は大臣を辞職し、夫人とともに北海道に移住して移民学園を設立し、移民の子供たちの教育事業に身を捧げる。
 これが、『破戒』の7年前に発表されていたことに驚いた。
 口語体の長編で写実小説として書いていたら、『破戒』を凌駕する衝撃作かつ傑作となったのではなかろうか。
 作者の清水紫琴は、福島から上京し女学校の教壇に立つかたわら自由民権思想に共鳴し、女権拡張運動をしていたという。結婚して農学者の夫に執筆を禁じられ、本作を最後に筆を折ってしまった。つくづく残念。
 この小説、原節子か高峰三枝子主演で木下惠介あたりに映画化してもらいたかったな。

 『黎明』の面白さは、農民運動を進めるべく田舎の村にやって来たやる気満々の都会の青年が、ひどい差別を受け陋劣な環境に置かれている部落民の男と知り合い、交流を深めていく様を描いている点にある。
 はじめて部落を訪れた青年は、男の粗末な家に上がり、その家の茶碗でその家の飯を食う。
 すると部落の男は驚愕し、涙を流して喜び、以後青年を慕うようになる。
 今となっては紋切り型のエピソードという誹りは免れないかもしれないが、裏返せば、当時の世間の部落民に対する扱い、及び自己卑下せざるを得ないまでに世間によって貶められた当事者の心境がよくわかるくだりである。
 本作の結末はいたって悲しいもので、青年の立派な志しは挫折する。
 当事者でない外側の人間が、当事者に代わって解放運動を進めていくことの難しさを痛感させる物語である。
 だが、本作の一番の良さは、これが「他者との邂逅」「未知との遭遇」を描いている点に尽きる。
 つまるところ、ソルティにとっての小説の醍醐味、面白さはそこにある。

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Janos PerianによるPixabayからの画像



おすすめ度 :★★★★

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● 文学の力 本:『被差別文学全集』(塩見鮮一郎編)

2016年河出文庫

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 著者の塩見は、江戸の穢多頭であった浅草弾左衛門、同じく非人頭の車善七に関する書をもつ、江戸の下層社会や部落問題についてのオーソリティ。
 1938年生まれ。もとは河出書房新社に勤めていたらしい。

 本書は、先立って刊行された『被差別小説傑作集』の姉妹編で、明治維新以降に発表された11の作品を収録している。小説だけでなく、エッセイや論文や落語もある。
 被差別部落をテーマにしたものが中心ではあるが、それ以外にも、栃木の山奥に住むサンカ(山窩)夫婦の話、蛇使いの娘の切ない恋の話、川端康成のエッセイ『葬式の名人』なども収録され、形式的にも内容的にもバラエティに富んでいる。
 もっとも古いのが明治24年(1892)頃に書かれた泉鏡花の『蛇くい』、もっとも新しいのが昭和32年(1957)に発表された福田蘭堂の『ダイナマイトを食う山窩』。
 高名な民俗学者である柳田國男の『唱門師の話』や喜田貞吉の『特殊部落と寺院』といった論文が読めるのもうれしい。

 収録されている小説は5編だが、被差別というテーマ性は別として、文学の力といった観点からすれば、やはり正岡子規『曼殊沙華』と泉鏡花『蛇くい』の2編が圧倒的である。
 文体の個性的魅力、現実と虚構の狭間を描き出す筆力、読者を独特の世界に引きずり込む詩的創造力。
 明治の文豪はやっぱり凄い。
 とくに正岡子規は短歌で有名なので、こんな見事な小説を書ける人とは知らなかった。
 
 文学には元来暴力的なところがあると思う。
 その時代その土地の“まっとうな”倫理や価値観を超越し、また破壊してこそ、文学の文学たるゆえんがある。
 その暴力が、物理的なものでもなく、左翼的運動によるものでもなく、一本のペンから生み出される“まっとうな”世界へのアジテーション(懐疑や反抗や否定)であるところが、作家の本懐である。
 それはつまり、発表された作品が“まっとうな”世界において非難され、糾弾を受け、物議を醸す可能性が高いということである。人を傷つけることも否めない。
 昨今は、糾弾(炎上)を身に受ける覚悟をもつほどの文学者がいない、あるいはそれだけの思想が出てこない点が、文学の衰退している原因ではないかと思う。

まんジしゃげ



おすすめ度 :★★★

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● 映画:『声もなく』(ホン・ウィジョン監督)

2020年韓国
99分

 卵売りのかたわら、死体処理など犯罪組織の雑用を請け負って暮らしているチャンボクとテイン。
 幼い頃両親と別れた10代のテインは、口を利くことができず、妹ムンジャとともにチャンボクの世話になっていた。
 ある日、誘拐された少女チョヒを身代金が支払われるまで預かる役を組織に言いつけられた二人。
 チャンボクに命じられ、テインは仕方なくチョヒを自分の小屋に連れていく。
 だが、チョヒの父親は身代金を支払おうとはしなかった。
 かくして、チョヒとテインとムンジャの疑似家族のような生活が始まる。

 まさに声も出ない傑作である。
 話の悲惨さ・エグさにもかかわらず、全編圧倒的な美しさに満ちている。
 これが長編映画デビューというホン・ウィジョン監督(1982年生まれの女性)の才能に感嘆した。
 韓国が舞台で、出演者は韓国人ばかりの生粋の韓国映画でありながら、アメリカ映画それもアメリカ西南部のロードムーヴィーのような印象を受ける。
 空間の広がり、明るく鮮やかな色彩、ボトルネックのギター。
 ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』を想起させる。
 映画の美しさに撃たれるとき、人は国境も国籍も時代も超えることを証明してあまりない。

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世界映画史において最も美しいシーンの一つ
(さて、なんという映画でしょう?)
 
 口のきけないテインを演じるユ・アインの演技が素晴らしい。
 1986年生まれというから撮影当時すでに30歳を超えていたはずだが、福祉から見捨てられた無教養・無教育でぶっきらぼうの10代の青年になりきっている。
 セリフが与えられていないので、テインの気持ちや考えていることは、すべて表情や仕草で表現しなければならない。
 その難役をリアリティ豊かに演じ、観る者の共感を誘うことに成功している。
 どころか、セリフがないことが逆に、観る者がテインの内面に直接入り込み、テインと一つになることを可能にしているかのよう。
 韓国内に限らず、全世界の若い男優たちは、ユ・アインに嫉妬しなければいけない。

 これがいつの時代の話なのかわからないが、携帯電話が使われているからには少なくとも2000年以降だろう。
 韓国にはまだこんな地域、つまり一見美しく平和な田園風景が広がっているが、一皮むけば犯罪の温床で、棄民と反社会組織がタッグする無法地帯――が残っているのだろうか?
 日本にもかつてあったのは間違いないが、現代ではネットの中に移行したかのように見える。
 そこもまた声のない世界である。


 
おすすめ度 :★★★★

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● 映画:『眼の壁』(大庭秀雄監督)

1958年松竹
95分、白黒

 松本清張の社会派ミステリー。
 原作は読んでない。
 小泉孝太郎主演で昨年TVドラマ化されたらしいが、知らなかった。
 よもや、こういう“フカ~い”話とは思わなかった。

 敬愛していた上司が約束手形詐欺にあい、責任を感じて自害した。
 部下の萩崎(佐田啓二)は、新聞記者の友人(高野真二)の助けを借りて、詐欺グループについて調査を開始する。
 行く先々で現れる謎めいた美女・絵津子(鳳八千代)に翻弄される萩崎。
 次々と殺されていく関係者。
 すべての背景には、政治家や右翼のフィクサーが関わる大がかりな犯罪組織があった。

 上の内容だけなら、よくある裏社会絡みの犯罪ミステリー、いわゆるフィルム・ノワール日本版で済むのだが、本作の一番の押さえどころは、くだんの犯罪組織の出自をそれとなく匂わせている点にある。
 清張も大庭監督も作品中でそれとはっきり名指ししなかった(できなかった)ので、気づかない人は気づかないまま観終わってしまうだろうが、本作の底には被差別部落問題が横たわっている。

 萩崎が調査に訪れた信州の村で、硫酸で肉を溶かす工場が出てくる。
 それが本作に使われるトリックの一つで、犯人一味が死体を硫酸で溶かすことによってその白骨化を速め、死亡推定時刻を混乱させたことがあとで判明する。
 このトリックが当時の検屍レベルにおいて成り立ったかどうか知らない。(榊マリコのいる現在の科捜研ではまず無理だろう)
 が、ここで押さえるべきは、食用に適さない屑肉を様々な方法で溶かして油脂や肉骨粉にし、石鹸や家畜の飼料や肥料をつくる、いわゆるレンダリング(化整)の仕事は、長いこと部落産業の一つとされてきたという点である。
 その村こそ、犯罪組織のボスや絵津子が生まれ育った土地だった。

水平社博物館
水平社博物館(奈良県御所市柏原)
部落の歴史や仕事、解放運動の歴史について学ぶことができる

 周囲から厳しい差別を受け、貧しい暮らしを強いられた部落の青年が、正体を隠して(三国人=朝鮮人のフリをしている)都会に乗り込み、才覚をもって身を立て、表では政治家に影響力をもつ右翼のフィクサーとなり、裏では犯罪組織のボスとなる。
 彼の手下となって働く一団こそ、同じ部落出身の仲間たち。
 自分たちを差別する社会や世間に対する複雑な思いを共にする、強い絆で結ばれた同志である。
 
 ウィキ『眼の壁』には、当時清張の小説が部落解放同盟から「差別を助長する」と批判を受け、いろいろやり合った経緯が書かれている。
 原作についてはわからないが、少なくとも本映画については、「差別を助長する」ものとは思えなかった。
 といって、部落問題がそれと判らぬようにうまく隠してあるからではない。
 社会や世間から蔑視され不当な差別を受け疎外され続けてきた人々が、社会や世間に対して恨みを抱き、グレたり復讐の念をもったりするのは、ある意味、当たり前の話であって、それを否定するのはかえって不自然である。
 自身部落出身を公言している作家の角岡伸彦が『はじめての部落問題』(文藝春秋)に書いているように、『なんらかの背景や理由があるから、人はヤクザになるのであって、それを見ずして「差別反対、暴力はいけません」「部落はけっして怖くありません」などと言うのはきれいごとに過ぎない』。
 現実に「ある」ものを「ない」と糊塗することでは、問題はいつまでたっても解決しない。
 「ある」ものは「ある」と認め、原因を探り対策を講じていくことが肝要である。
 「眼の壁」とはずばりタブーのことだ。
 タブーをタブーのままにして見過ごすことが、どれだけ当事者を苦しめ、社会をいびつにするかは、いまのジャニーズ問題をみれば明らかであろう。

 本作は、ボスの壮絶死と犯罪組織の解体によって事件が解決し、萩崎と絵津子の恋の成就を暗示させるシーンで終わる。
 萩崎は当然、事件捜査の過程で絵津子の出自を知った。
 でもそれは恋の前には関係ない。
 このラストが暗い物語を救っている。
 
 佐田啓二、鳳八千代、新聞記者役の高野真二、部落の老人を演じる左卜全、いずれも好演である。
 
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佐田啓二と鳳八千代 



おすすめ度 :★★★

★★★★★
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● 本:『黎明 日本左翼史 左派の誕生と弾圧・転向1867‐1945』(池上彰、佐藤優共著)

2023年講談社現代新書

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 彰優(えいゆう?)コンビニよる日本左翼史シリーズ第4弾。
 今度こそ完結編だ。
 明治維新から太平洋戦争までの左翼史を扱っている。
 4冊目ということで、二人の対話も役割分担もスムーズで、概して読みやすいものになっている。
 おそらく、前3冊と合本にして、かなり厚めの新書『日本左翼史』がそのうち刊行されることになるのだろう。
 よい企画だったと思う。

 日本の左翼がいつ誕生したかを特定するのは難しい。 
 板垣退助らによる自由民権運動(1874~)か、秩父事件(1884)か、幸徳秋水や片山潜らによる社会主義協会の設立(1990)か、日本社会党の結成(1906)か、日本共産党の結成(1922)か・・・。
 それはたぶん、左翼をどう定義するかによって変わってくるのだろう。
 マルクス主義に根差した改革(革命)運動という意味でとれば、社会主義協会の設立をもって左翼の誕生と言えそうな気もするが、1917年ソ連成立の影響を受けた、国体(天皇制)の変革を前提にした共産社会に向けての組織的運動という意味でとれば、日本共産党の結成が起点となるように思う。
 1922年には日本で初めての人権宣言である水平社宣言が発表されてもいる。
 この年が、日本左翼史において一つのメルクマールであることは疑いえない。

水平社宣言記念碑
奈良県御所市柏原に建つ水平社宣言記念碑

 いずれにせよ、戦前の左翼史についてはひと言でまとめることができる。
 「弾圧」である。
 開国このかた、欧米の植民地になることを防ぐための国民一丸となっての富国強兵・殖産興業、すなわち近代化を焦眉の急とした大日本帝国政府が、その流れに竿さそうとする動きに対して弾圧を加えたがるのは、わからなくもない。
 また、伝統的国体である天皇制の解体を目指す、背後に人類初の社会主義国家ソ連の影が揺曳する組織に対し、保守的な層のみならず、天皇を敬愛していた国民の大多数が危険なものを感じたのも無理はない。
 ただし、弾圧の仕方は到底、近代民主主義国家にふさわしいものではなかったが。
 その意味では、日本の左翼の真の誕生は、言論・集会・結社の自由が保障された戦後と言えるのかもしれない。

 以下、引用

佐藤 戦前の世直し運動、異議申し立て運動には右翼と左翼に加えて宗教というもう一つの極があり、この三者がときに対立し、ときに相互に重複しつつ展開していったというのが実際のところだと思うのです。

佐藤 自由民権運動は佐賀の乱や西南戦争など明治初期の士族反乱の延長線上にあるものであって、維新政府の「負け組」が仕掛けた単なる権力闘争にすぎない、というのが私の評価です。この運動を左翼の誕生とダイレクトに結びつけるのは無理があるでしょうね。
 
佐藤 右翼は宗教との親和性が高いので宗教と結託し、宗教の力を利用することもできたわけですが、左翼の場合は核の部分に無神論があるがゆえに宗教の活用ということはなかなかできなかった。

池上 廣松渉が『〈近代の超克〉論〉』(講談社学術文庫)でも言っているように、戦前において革命はタブーではなかったし、社会主義も決してタブーではなかった。ただ天皇制の否定だけがタブーでした。


 最後に――。
 本シリーズのそもそもの目的の一つは、「格差の拡大や戦争の危機といった現代の諸問題が左翼の論点そのものであり、左翼とは何だったのかを問うことで閉塞感に覆われた時代を生き抜く上での展望を提示する」というところにあった。
 しかるに、4冊終わってみると、この目的が十分達しられたとは言い難い。
 池上も佐藤も、左翼批判とくに共産党批判の向きが強く、美点よりも欠点をあげつらってばかりいる。
 欠点や過ちを指摘するのはよいが、それを検証してより良い方法論を示し、時代を生き抜く上での「展望を提示する」ところまでは至っていない。 
 読者に託された課題ということか。





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● ストライキ上等! 映画:『豚と軍艦』(今村昌平監督)

1961年日活
108分、白黒

 米軍基地のある街・横須賀の戦後間もない風景をリアルに切り取った社会風俗ドラマ。
 今村自身はこれを「重喜劇」と呼んだ。
 たしかに、米兵の金に群がるヤクザや娼婦やポン引きが登場し、人殺しやレイプや銃撃戦が繰り広げられるシリアスな「重さ」はあるものの、一方で、黛敏郎のマーチ風音楽に象徴されるテンポの良さと軽快さ、あるいはラスト近くで路地に溢れる豚の大群シーンに見られるような滑稽感もあり、全体として諧謔味に溢れている。
 ちょうど、エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』(1995)のようだ。
 パワーあふれる人間喜劇。

 その重喜劇的諧謔を体現する主役の若者が、ヤクザのチンピラ欣太。演じるは長門裕之である。
 長門は『太陽の季節』(1956)で主役をとったが、あまりいい出来ではなかった。
 演技力どうこうの問題ではなく、湘南の不良お坊ちゃま愚連隊である「太陽族」が、長門のイメージにまったく合っていなかった。
 長門もまた名のある芸能一族に生まれたお坊ちゃまには違いないのだが、下町の御用聞き風の顔立ち(桑田佳祐そっくり!)や、ニヒリズムやダダイズムとは縁遠い、地に足着いた生活臭の濃さが、石原慎太郎の描く太陽族とはカラーが違いすぎた。
 結果的に、脇役の岡田真澄や端役の石原裕次郎の、作品の質と釣り合った存在感に喰われてしまって、代表作にはなり得ていない。
 その意味で、今村監督との出会いは長門にとって非常に幸運であったというほかない。(逆もまた然り。長門との出会いは今村にとっても幸運であった)
 長門裕之という俳優の特質が、まさに今村作品の質と釣り合ったものであることが、ここに証明されている。

 他の役者たちもそれぞれにリアリティある魅力的キャラをふり当てられ、実に人間臭い充実の芝居をしている。
 ヤクザの組員で欣太の兄貴分・鉄次を演じる丹波哲郎のふてぶてしくもクールな存在感、その妻を演じる南田洋子の艶々しさ(本作公開の年に長門と結婚した)、欣太の組員仲間を演じる大坂志郎、加藤武、小沢昭一らの滑稽感ある達者なチームワーク(とりわけサイコパス風の加藤武が秀逸!)、貧しい庶民を演じたら右に出るものがないベテラン菅井きんと東野英次郎。
 そこに、当時まだ高校2年生だった新人の吉村実子が体当たり演技で加わって、ベテランたちに負けない鮮烈な印象を刻んでいる。(吉村実子は吉村真理の妹だとか)

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左から小沢昭一、加藤武、長門裕之、丹波哲郎、一人はさんで大坂志郎
こんがりと焼いた豚肉をみんなで頬張る作中一番の滑稽シーン
このあとにとんでもない事実が発覚し・・・

 ソルティは戦後混乱期の風俗や裏社会の仕組みに詳しくないので、物語の筋は実のところあまりよく理解できなかった。
 が、徹底的にリアルを追求した骨太の作風のうちに、ありのままの人間の欲や情熱や愚かさや醜さや猥雑さやバイタリティがこれでもかと描き出されて、圧倒された。
 戦後80年たって、無菌化・無臭化・IT化・孤立化し、政府やメディアや世間によって牙を抜かれ家畜化した日本人が失ってしまったものが、ここには焼き付けられている。
 



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 18切符で巡る、2023みちのくの夏(奥入瀬渓流編)

 青森駅に降りたのは30年ぶりくらいだろうか。
 道の両側にアーケードの続く、長い駅前通りこそ記憶に残るままだが、日本のどの都市にもあるような立派なビルディングが立ち並び、最果ての港町といった感がない。
 30年前は街角の公衆電話ボックスの土台の高さ(冬の積雪のため)に「なるほどな~」と感心したものだが、いまや電話ボックスそのものを見つけるのが難しい。
 東口を出て左手に進むと見えてくる青森湾の青さと、かつての青函連絡船・八甲田丸の雄姿だけが、「ああ、青森に来た」と感興を呼びさましてくれた。

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青森駅は改修工事中だった

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青森湾
下北半島の山々が見える

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青函連絡船・八甲田丸


8月28日(月)晴れ、ときどき曇り、一時雨

 青森駅前から十和田湖行きのJRバスに乗る。
 街中を過ぎ、森の道を高度を上げていくと、ひらけた台地の彼方に八甲田の山々が見えてくる。
 車内アナウンスが、高倉健主演で映画にもなった明治35年「八甲田山死の彷徨」のドラマを語る。
 1977年の映画公開当時、北大路欣也のセリフ「天は我々を見放した」は流行語となり、中学生だったソルティも授業で抜き打ちテストなんかあると、よく叫んだものだ。
 八甲田山ロープウェイはこの日強風のため運転中止となり、それを目的にやって来た乗客たちから落胆の声が上がった。(せめて乗車前に分かれば良かったのにね)

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八甲田の山々
最高峰は大岳(1,585m)

 山の中に入ると、S字カーブのところどころに温泉が続く。
 城ケ倉温泉、千人風呂で有名な酸ヶ湯温泉、猿倉温泉、日本三大秘湯の一つ谷地温泉、蔦温泉・・・・。
 約2時間で奥入瀬渓流入口にある奥入瀬渓流館に着いた。
 ここを出発点とし十和田湖をゴールとする14kmのウォーキングスタート。

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奥入瀬渓流館
ここでマップがもらえる

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途中にある石ヶ戸休憩所から歩く人が多い
それだと約9kmの歩行となる

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整備された遊歩道
昨晩雨が降ったせいもあるが、このあたりの透明度は低い
上流に向かうほど澄んでくる

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阿修羅の流れ
水音は想像されたし

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気温30度を超えていたが、水音と木陰のおかげでしんどくはなかった

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千筋の滝

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雲井の滝
落差約25m
滝の真下まで近づいて轟音とマイナスイオンを浴びられる
ここで昼食休憩をとった

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白布の滝

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景観を損ねない山小屋風のトイレ

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九段の滝

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銚子大滝
道中一番の人気スポット
幅20m、落差7mの爆流はスモール・ナイアガラと呼ばれるにふさわしい

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ここだけはインターナショナルな観光バス客で混みあっていた
ほかはたまに人とすれ違う(追い抜く)静かなウォーキングだった

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最後に裸足になって渓流の中に足を浸した
自然との一体感つうか

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十和田湖からの取水堰

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流れに漂う水草が美しい

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考えてみたら、こっちが渓流のスタート地点だな

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十和田湖に到着!
14kmを4時間20分で歩いた
うち休憩が50分なので時速4km


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周囲46km、最大水深326.8mのカルデラ湖

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ああ、あの山の姿も湖水の水も
静かに静かに黄昏れて行く
(佐藤惣之助作詞、高峰三枝子歌唱『湖畔の宿』より)

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湖畔の樹々があざやか
紅葉時はいかばかりか

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子ノ口バス停
軽食のほか土産も売っている

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平日にもかかわらず、バスは補助席使用の満席だった
三分の一、いや半分は外国人とくに中国人のようだった
インバウンド効果は馬鹿にならないが、福島原発汚染水問題でこの先どうなることやら?

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帰路の途中で下車
今日の宿りは谷地温泉♨





● 18切符で巡る、2023みちのくの夏(JR五能線編)

 今回ショックだったのは、18切符では盛岡(岩手県)から青森(青森県)に直接行けないという事実を知ったことであった。
 いつの間にかJR東北本線の終点は、青森駅でなく、盛岡駅になっていたのだ。
 もちろん、盛岡駅から、岩手県内(盛岡~好摩~金田一温泉)を走るIGRいわて銀河鉄道、および青森県内(目時~八戸~青森)を走る青い森鉄道を乗り継いで、青森駅に行くことはできる。
 しかし、この2つの路線の運営はJRではなく、半官半民のいわゆる第3セクターなので、18切符は使えない。別に切符(5590円)を買わなければならない。
 どうあっても18切符だけを使って盛岡から青森に行きたいのなら、盛岡駅からJR田沢湖線で大曲駅まで行ってJR奥羽本線に乗り換え、秋田~東能代~大館~弘前経由で青森駅を目指すという、秋田県経由の大回りをとるしかない。
 JRの在来線が、本州のすべての都府県をつないでいる時代はとうに終わっていたのだと、今さらながら気づかされた。


googleマップより

 今回は、秋田県から五能線に乗って日本海沿線を北上したかったので、盛岡からIGRいわて銀河鉄道で好摩まで行き、JR花輪線に乗り換えて大館まで行き、JR奥羽本線に乗り換えて東能代下車。
 そこから五能線に乗った。
 五能線は日に数本の各駅停車のほか、春から秋の期間は観光用の臨時快速列車「リゾートしらかみ」が走っている。
 全席指定で乗車券(18切符もOK)のほかに500円強の指定席券が必要となる。
 となると、どうあっても海側の窓側席をとりたいのが人情。
 出発5日前にJRのホームページで空席状況を確認したら、すでに窓側席は埋まっていた。  
 各駅列車でもいいかなと思いつつ、出発前日に再度確認したら、一席キャンセルが出た。
 即クリックした。

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盛岡駅前で食べた冷麺


8月27日(日)晴れ

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盛岡発大館行きのJR花輪線
(盛岡~好摩区間はIGRいわて銀河鉄道の管轄)

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早朝の空いた車両で緑のトンネルを抜ける快適さ

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進行方向左手に岩手山(2,038m)
石川啄木のふるさと「渋民」付近

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右手に姫神山(1,124m)
なだらかでシンメトリカルな山容が美しい

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十和田南駅
ここでスイッチバックする(進行方向が変わる)ため数分間停車

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東能代駅
能代市は林業とバスケが盛ん

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列車の形をした待合室
中は冷房が効かず暑かった

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五能線リゾートしらかみ「くまげら」号

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ゆったりした柔らかいシート、大きな窓、別に展望ラウンジも設けてあり、快適そのもの

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ザ・日本海
秋田と青森の県境あたり

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もっとも景色の美しい区間で列車速度を落としてくれる=シャッターチャンス

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おだやかな波
冬の日本海はこうはゆかない


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十二湖駅(青森県)で下車

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バスで山の中へ
白神山地の端っこに足を踏み入れる

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このあたりには大小12の湖沼が点在する

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もっとも有名な青池
天候や時間帯によって色が変化する

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ブナ天然林を歩く

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小一時間の散策コースがおすすめ
ここから白神岳(1,232m)頂上へは約8時間かかる
コースは廃道状態にあるとか

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沸壺の池

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五能線に戻って白神山地をあとにする

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漁村
湾の向こうに男鹿半島

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千畳敷
1792年(寛政4年)の地震で隆起したと伝えられる海岸段丘面。
津軽藩の殿様がここに千畳畳を敷かせ大宴会を開いたとされることからこの名がある。
この駅で10分間ほど停車時間を設け、警笛が鳴るまで自由に散策できる。

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津軽出身の作家太宰治の小説『津軽』に出てくるらしい

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カメラを向けたら近寄ってきた人懐っこい海鳥

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シギだろうか?
七面鳥くらいの大きさがあった
かわいい目をしている
「あっ、警笛が鳴った!」


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進行方向右手に岩木山(1,625m)
「帰って来いよォ~」







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