ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

 ★住井すゑ著『橋のない川』を読む

● 橋下知事の出自 映画:『人間みな兄弟 部落差別の記録』(亀井文夫監督)

 1960年日本映画。

 部落問題を描いたドキュメンタリー映画としてはもっとも早い時期に作られたものである。
 制作にあたっては部落解放同盟、全国同和教育研究協議会(現・全国人権教育研究協議会)ら当事者団体の協力を得ている。したがって、『破戒』や『橋のない川』などの文芸作品の映画化とは違い、当事者が関わってお墨付きを与えた「正しく」描かれた部落の姿および部落問題と、一応は言えるのかもしれない。
 古い映画であり、部落問題以外のところで人権的にも学問的にも現在の感覚からすれば不適切な表現が見られるので、テレビはもとより一般の映画館で上映されるわけもなくTUTAYAに置いてあるわけもない。
 上映された会場は浅草にある東京都人権プラザ、主催は東京都人権啓発センターである。上映終了後に静岡大学で部落問題を研究している黒川みどり氏の講演があった。

 上映時間は60分、モノクロである。

 部落の置かれている場所(崖の上や川べりなど人が住むのに適さない場所にあることが多い)についての言及から始まって、衣食住、路地の風景、生業、具体的な差別事例、不就学児童、信仰(浄土真宗の信徒が多い)、生活の中の楽しみなど、部落の人々の暮らしぶりが赤裸々に描かれてゆく。
 また、部落差別をいわゆる江戸時代の「士農工商穢多非人」の身分制度由来という歴史的経緯から説明するだけでなく、「近代になっても差別はなくなるどころか、むしろそれは政治にとって必要なものとして維持されており。今も一部ではつくられつつある」という認識のもと、社会構造的な見方を提示している。(江戸時代起源説は今否定されているらしいが。)
 責善教育(いわゆる同和教育)の推進によって新しい世代では部落外の人々との融和がはかられつつあるという希望も描き、部落問題を「みじめさ、悲惨さ、暗さ、恐ろしさ、絶望」といったマイナスイメージだけで語る陥穽から免れている。


 まず、全編を通じて印象づけられるのは、部落の貧しさである。
 60年代初頭の日本はまだ貧しかった。「ウサギ小屋」に家族が身を寄せ合って、隣近所と醤油やお米の貸し借りしながら、継ぎのあたったお古を着て、節約第一に暮らしている民は多かっただろう。
 それでもここで描かれている部落の貧しさに比すべくもない。
 普通なら雑巾にすらしないだろうボロボロの薄汚れた肌着が、何十枚と洗濯されて「幸福の黄色いハンカチ」よろしく紐にくくられて家の外に干してあるシーンがある。その光景は、言葉による説明をどんなにたくさん差し出されるよりも、一瞬にして部落の貧しさを観る者に知らしめる。まさに映像の持つ力である。子供の頃の自分の家も貧乏だったと思うけれど、干してあるあの肌着の中のもっともましな、もっとも汚れの少ないものでさえ、子供の頃に着せられた覚えがない。
 部落外の庶民の貧しさと部落民の貧しさを分かつもっとも大きなものは、部落民は職業選択ができなかったところにある。実入りの安定した仕事は部落民には閉ざされていた。どんなに勉強して良い成績を取ろうが就職の段階ではじかれてしまう。漁村でも漁の仲間に入れてもらえず、農村でも畑が持てない。だから、昔ながらの賤業と呼ばれる実入りの悪い仕事を続けるか、下請けの下請けの下請けのような不安定な安賃金の仕事をして糊口をしのぐほかなかったのである。
 職業が自由に選べさえしたら、安定した雇用が得られさえしたら、持って生まれた自分の能力が発揮できさえすれば、収入を得て貧困から抜けられる。そうやって、部落外の日本人は戦後の貧困から抜け出していった。部落民はそれが許されなかったゆえに貧乏のままに置かれ続けていた。そこから抜けて一発逆転する道は、芸能かスポーツの分野で成功するか、裏社会に連なることくらいしかなかったであろう。

 この映画が上映された1960年は、同和対策審議会が設置された年でもある。これによって部落をめぐる環境は大きく変貌していく。同和対策事業に莫大な予算がつけられ、道路や住宅が整備され、貧困や就職差別を無くすためのいろいろな策が取られ、生活状態全般の改善がはかられた。教育水準も上がった。明らかに差別も減った。この映画に出てくるような劣悪の環境に置かれた悲惨な部落は、今や見つけるのが難しいだろう。その意味でこの映画は歴史的証言としての価値がある。
 一方で、当時の部落問題で指摘されていることが、2012年現在の労働問題・貧困問題にそのままつながる。亀井監督の発言にこうある。
「有力な会社が部落の人々を差別して就職させない事情は、驚くほどである。(中略)会社側に言わせると、部落の人々は労務管理上やっかいな問題を起こしやすいから使わないのだそうだが、実際は一般労働者の低賃金制の土台として、部落のぼう大な失業者ないし無業者群を温存しておく方が、より有利な結果になっている。」
 この「部落の人々」という言葉を「派遣労働者」「フリーター」などと変換すれば、そのまま現在の労働事情にあてはまる。


 半世紀前に作られたこの映画を見て、貧しさと同時に強く感じたことがもう一つある。
 それは部落の人々がもつバイタリティ、生きる力、生きる知恵である。それを部落民全体に一般化してしまうのはまたしても「ステレオタイプ」という偏見を作ってしまう危険はあるのだが、日本人がここ数十年で失ってしまったこれらのものを映画に登場する人々から感じとるのはさして難しくない。
 近隣の工場から捨てられて部落を通る川を流れてくるハンダのくずを、川に入ってざるで漉して拾い集める少年の話が出てくる。集めたハンダくずを火で溶かして型に流し込んでふたたび棒状に鋳造し、それを必要とする同じ部落内の職人に売るのである。ナレーションが入る。
 「部落ではどんなことでも仕事(金)にしてしまう。」
 こうしたしぶとさ、生き抜くための知恵と工夫のようなものが、日本人とくに戦後生まれには欠けている。お仕着せのもの、出来合いのものあふれる中で、何不自由なく育った人間の創造力の弱さ、バイタリティの乏しさ。
 部落の人々はある意味「開き直った」ところに生きている。これ以下のどん底はないのだ。カッコつけたり見栄を張ったりする余裕も必要もない。ギリギリのところで生きている人間が放つ逞しさ、なりふりかまわず生きるパワーこそ、今の日本に必要なものかもしれない。


 ところで、この映画の筋書きは『製作趣意書』の中で前もって提示されていた。
 閉ざされた就職の門、はばまれた恋愛・結婚、部落はつくられた、分裂政策、ニコヨン(日雇い仕事のこと)、行商、不就学児童、寺の勢力・・・等々。
 この筋書きは、その数年前(1957年)に『週刊朝日』で掲載された「部落を開放せよー日本の中の封建制」というルポルタージュ記事とほとんど一致しているそうである。
 つまり、当時『週刊朝日』は、部落問題を当事者視点で「正しく」とらえていたのである。
 橋下大阪知事の出自をめぐる記事の件で『週刊朝日』は全面的に謝罪をする結果となった。
 『週刊朝日』が橋下徹という人物およびその政治姿勢を嫌うにはそれなりの理由と因縁があるのだろう。自分もかなり危険な人物だと感じている。
 しかし、いくら嫌いだろうと、相手を貶めたかろうと、超えてはいけない規(のり)がある。
 『週刊朝日』はその規を超えてしまった。それと共に、過去の編集者が守ってきた「朝日」の良心を汚し、イメージを失墜させてしまった。
 自分は記事そのものは読んでいないけれど、あの「ハシシタ」という見出しだけで十分差別的である。橋下徹に対する差別というよりも、「橋の下」のような劣悪の環境で生きることを強いられた部落の人々に対する蔑視と悪意丸出しである。(なんで今回、解放同盟は出て来ないのだろう?)

 天下の「朝日」が人権問題でミソをつける。
 日本のマスコミはまさに「病膏肓に入って」しまった。
 そして、なにあらん。
 橋下徹を生んだのは部落ではない。まぎれもなくマスコミであった。


評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!





● 北林谷栄、絶賛 ‼ 映画 :『橋のない川 第1部』(今井正監督)

1969年
127分、白黒(一部カラー)

 この映画、ずっと気になっていた。
 というのも、おそらくは島崎藤村『破戒』と並んで、部落差別をテーマにした小説としてはもっとも知られていて800万部を超えるベストセラーになった住井すゑの大作『橋のない川』の最初の映画化(2度目は1992年東陽一監督による)である本作が、当の部落解放同盟によって「差別助長映画」と批判されたことを聞いていたからである。
 原作に対するそうした批判は聞いていない――でなければ2度目の映画化などありえなかったろう――ので、今井正監督による本作に、どこか当事者を苛立たせるような、原作と離れたセリフなり演出なり脚色なりがあるのだろうと思った。
 
 ところが、冒頭のクレジットでいきなり驚いた。
 「部落解放同盟中央本部」協力と大きく出ているではないか。
 解放同盟は自ら制作協力したものについて、あとから後悔し、自己批判したのだろうか?
 脚本の段階で、あるいは撮影を終えたラッシュ試写の段階で、「これは差別映画だ」と気づかなかったのだろうか?
 クレジット掲載を取りやめるに間に合わなかったのか?
 ――と、いろいろ考えながら観始めた。
 
 結論から言えば、これは差別を助長する映画ではない。
 どころか、差別の酷さ、理不尽さ、愚昧さを、見世物的にも教条的にもならず人間ドラマとして観る者に伝え得る、質の高い作品に仕上がっている。
 部落出身の主人公・丑松が、出自を隠していたことを周囲にカミングアウトして土下座する、藤村の『破戒』の救い無さにくらぶれば、同じ明治時代を背景とする作品としては、当事者の尊厳と希望とがきちんと描かれている。
 奈良盆地の四季を映したロケや撮影、リアリズムに徹した脚本や演出、役者たちの演技、ひとつの映画芸術として見た場合でも及第点に達し、完成度は高い。
 
 とりわけ、主役一家の祖母・畑中ぬいを演じる北林谷栄と、飲んだくれの荷車引き・永井藤作を演じる伊藤雄之助の演技が、記録に残したいほど素晴らしい!(記録に残って良かった)
 
若い頃から老け役が多く、30代後半で、既に老女役は北林という名称を獲得し、日本を代表するおばあちゃん役者として広く知られた。特に、映画・テレビ共に、田舎の農村・漁村・山村で生活するおばあさんを演ずることが多い。衣装は自前である。盛岡の朝市のおばさんの着物や朝鮮人のおばあさんの古着など、「生活の苦汁」がしみ込み「生活の垢」がついたキモノを集めて愛蔵し、さまざまな役に応じて着なしていた。(ウィキペディア「北林谷栄」より抜粋)


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北林谷栄と伊藤雄之助(間に顔を覗かせるは若き日の長山藍子)

 
 時代は明治の終わりから大正にかけて。
 奈良盆地にある被差別部落・小森に暮らす人々の生活が描き出される。
 明治4年の解放令から40年近くが立つが、まったく旧態依然とした部落差別が続いている。
 地主が田畑を貸してくれない、火事になってもポンプ車が来ない、奉公先が見つからない、子供が学校でいじめを受ける、警察から犯罪の疑いをかけられる・・・等々、さまざまな差別が描かれる。
 
 「なるほどなあ~」と思わされたのは、昔から連綿と続いてきた習慣から、村の人々の間で差別がもはや「空気化」していて、「えった(エタ)は差別されてあたりまえの存在」ということが常識となっている点である。
 少なくとも令和の現在、たとえ差別はなかなか解消せずと言えども、少なくとも、「差別は良くない」、「差別はおかしい」という意識を持たない一般人は少ないだろう。
 つまり、いまの人々は、「差別は良くない」と知っていながら差別する。
 ところが、映画に出てくる村人たちは、そもそも「差別がおかしい」とすら思っていない。
 
 学校で同級生に「えった」となじられた主人公一家の長男・誠太郎は、相手の少年に殴りかかって怪我させる。
 殴った理由を問う男性教師に、誠太郎はなかなか訳を言わず、罰としてバケツを持って廊下に立たされる。
 事情を知った祖母(=北林谷栄)が職員室に駆け付けて、校長相手に涙ながらに談判する。
 「わいが理由を教えます。相手が誠太郎のことを“えった”と言ったからや!」
 すると、男性教師は悪びれもせず不思議そうな顔で問い返す。
 「それだけですか?」 
 
 第一部では、主人公一家の子供たちが通う小学校が舞台となるシーンが多く、部落と“一般地区”の子供たちのやりとりが頻繁に描かれる。
 言うまでもなく、子供は残酷で率直である。
 家庭内での大人たちの差別的言辞を、なんら躊躇することなく、表に出す。
 
 次男・孝二は、同級生の“一般地区”の可愛い少女に恋をする。
 相手も自分にまんざらでもない様子がうかがえる。
 明治天皇が亡くなった折りの夜間の学校集会で、少女は孝二の手を握ってきた。
 有頂天になる孝二。
 しかし後日、少女はこう告げるのだ。
 「部落の人は夜になると蛇みたいに手が冷たくなるというから、確かめてみようと思ったの」
 
 時代が変わって、法律が変わったところで、人々の意識はそう簡単には変わらない。
 ここから長く険しい当事者の闘いが始まる。
 そのスタート地点を描いた一つの作品として、この映画は解放運動史の観点からも、解放同盟がお墨付きを与えた亀井文夫監督のドキュメンタリー映画『人間みな兄弟 部落差別の記録』同様、価値は高いと思う。
 「協力」のクレジットは解放同盟にとって恥でも過ちでもあるまい。 
 



おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





 

● 伊藤雄之助、絶賛 !! 映画:『橋のない川 第2部』(今井正監督)

1970年
140分、白黒

 第1部に登場した被差別部落・小森の子供たちも青年となり、社会に出て働くようになっている。
 ここで彼らは様々な現実の壁にぶつかる。
 恋愛、結婚、就職、職場での差別、抜け出せない貧困の構造・・・・。
 青年たちそれぞれの人生に降りかかる差別のエピソードとともに、第2部では1918年の米騒動を契機に、部落の人々の間で社会闘争の気運が高まっていく様子が描かれる。
 それが、1922年の京都での『水平社宣言』につながるところで、全編は終了する。

 第1部以上に、飲んだくれの厄介者・永井藤作を演じる伊藤雄之助の熱演が目立つ。
 いつのまにか荷車引きをやめて靴みがきになっている。
 女郎屋に売った実の娘のところに酔っぱらって出向いては小遣いをせがむ。
 本当にどうしようもないやくざ者である。
 しかし、滑稽なところや無頼な一面も合わせ持っていて、本作における道化役、狂言回しとなっている。
 俳優・伊藤雄之助の「生涯の一本」と言っていいのではないか。

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米問屋に入り込んで米俵を群集に投げる藤作(=伊藤雄之助)

 
 藤作らによる米問屋の打ち壊しや官警相手の乱闘、その報復としての資本家の手先による小森部落襲撃といった迫力あるアクションシーン。
 第1部では無残に破れた孝二の初恋のほの甘い続き。一方、愛し合いながらも無理やり周囲に別れさせられる誠太郎と主家の娘の悲恋。
 加藤嘉、南美江、大滝秀治といった実力ある役者の投入、華のある大型新人・原田大二郎の起用、そして小森の腕白小僧の可愛らしさ。
 第1部よりも明らかにエンターテインメント性が高まっている。
 140分を長く感じることはなかった。
 
 ただし、完成度から見れば第1部にかなわない。
 肝心かなめの水平社創立にこぎつけるまでの“熱い”ドラマが見事にすっ飛ばされて、終盤は取ってつけたような、尻すぼみのラストになっている。
 監督自身の言によれば、もともと3部構成だったところ、解放同盟の妨害が厳しくなって、2部と3部を合体させて製作せざるをえなかったという。
 たしかに、第2部のクレジットには部落解放同盟の名前はない。
 
 ソルティの実感では、第2部も第1部同様、差別を助長する映画とはまったく思えなかった。
 上記のような欠陥はあるものの、それは構成的なものであり、内容的には差別の理不尽さ、惨さを訴えながらも、小森部落の人々を(永井藤作をも含め)愛情もって生き生きと描いており、観る者は自然、彼らに共感し、不正に立ち上がらんとする彼らを応援したくなるはずだ。
 
 そのうちに住井すゑの原作を読んでみよう。



おすすめ度 :★★★ 

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● 本:『描かれた被差別部落 映画の中の自画像と他者像』(黒川みどり著)

2011年岩波書店

 部落解放同盟による映画『橋のない川』上映阻止事件について調べていたら、この書に行き当たった。
 著者の黒川みどりの講演を聴いたことがある。ドキュメンタリー映画『人間みな兄弟 部落差別の記録』の上映会に際してであった。日本近現代史を専門とする大学教授で、部落問題についてくわしい人である。

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 本書は、「戦後における部落問題の変遷を映画作品を通して明らかにしようとする」試みで、題材として取り上げられている映画は以下の通り。
  1.  1947年 木下惠介監督 『破戒』
  2.  1960年 亀井文夫監督 『人間みな兄弟 部落差別の記録
  3.  1962年 市川崑監督 『破戒
  4.  1969年 今井正監督 『 橋のない川 第一部
  5.  1970年 今井正監督 『橋のない川 第二部
  6.  1986年 小池征人監督 『人間の街――大阪・被差別部落』
  7.  1988年 小池征人監督 『家族――部落差別を生きる』
  8.  1992年 東陽一監督 『橋のない川』
 今のところソルティが観ているのはリンクを付けた4作品だけなので、本書での著者の所論についてコメントする立場にはない。
 単なる感想を言えば、たいへん興味深く、面白かった。
 映画評論としても読めるし、部落問題の研究書としても啓発的であるし、マイノリティの解放運動における芸術表現のありようを考えるといった視点からも考えさせられることが多かった。

 3つめの「マイノリティの解放運動における芸術表現のありよう」というのは、たとえば、こういうことである。
 
部落問題の深刻さ、部落外との格差の大きさを強調すればするほど、それは差別の徴表を際だたせることになり、そこからは、被差別部落の作り手と被差別当事者の一致する範囲を超えて、当事者が望まない被差別部落表象が受け手の側に生まれることも十分にありうる。(表題書より引用)
 
 つまり、きびしい差別の現実を深刻に描けば描くほど、当事者に付与されているスティグマ(=マイナスイメージ)を強固にしてしまい、映画を観る非当事者の間に、さらなる差別意識を植えつけてしまうリスクがある、ということだ。
 基本的にはこれが、解放同盟が今井正監督『橋のない川』を批判し、上映阻止行動に走った要因と思われる。

 一方、当事者自身が自ら望むスタイルと内容でもって――たとえば、「ブラック・イズ・ビューティフル!」とか「ゲイプライド!」といったような――自己表現したときに、当事者の自己肯定を高める効果は見逃せないものの、それが果たして社会にどれだけのインパクトを与えられるかというと、いささか心もとない感がある。
 なぜなら、この情報過多&スポンサー重視&刺激追求社会で、少しでも多くの人に視聴してもらい、感情を揺り動かし、マイノリティの置かれている現状に関心を持ってもらい、運動を支援してもらうためには、残念ながら、受け手に「ショックを与える」演出が求められるからである。
 とりわけ、なんらかの政治的成果を短期間で得たいならば、メディアに取り上げられ、世論を動かし、政治家が重い腰を上げたくなるような「悲劇的物語」が望まれる傾向がある。
 
 これはなにも部落問題に限ることなく、障害者、LGBT、在日外国人、アイヌ、HIV感染者、ハンセン病患者などマイノリティ全般に共通する解放運動上のジレンマと言えよう。 
 本書の副題にある「自画像と他者像」とはそういった意味合いと思われる。
 当事者自身が望んで描く「自画像」と、多くの非当事者からなる社会が期待しイメージする「マイノリティ像(=他者像)」との間には、少なからぬギャップがあるのだ。

 そこで、老獪なる運動家であるほど、ぬらりくらりとした戦略をとる。
 ある政治的局面では、社会が望む「他者像」をとりあえず肯定し、自らもそのように振舞い、余人の注意を引きつける。別の局面では、社会から押し付けられる「他者像」を否定し、自ら望む「自画像」を訴え出る。
 よっぽど当事者のスティグマを強化しそうに個人的には思われる1960年『人間みな兄弟 部落差別の記録』が解放同盟のお墨付きを受けたのに、それよりもずっとソフトな内容と思われる1969、70年の今井正版『橋のない川』が同団体から批判の矢を浴びたのは、そういった時代・政治的背景や当事者の権利意識や自己表現力の向上といった点を考慮に入れる必要があるのだろう。
 
 いずれにせよ、芸術作品というものは、作った人間の意図を離れて、時代や地域や文化や大衆の意識の変化などに応じて、様々に評価され、様々に解釈され、様々に翻案・脚色・編集・演出され、新しい命を与えられる。
 それが芸術作品の宿命であり、特権なのだ。



おすすめ度 : ★★★

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● スカーレット・オハラは美人ではなかった 本:『橋のない川 第一部』(住井すゑ著)

1961年新潮社より刊行

 石川啄木『破戒』と並び、部落差別を描いた小説として名高い。
 第七部まである大長編なので、今までなかなか手が出せなかった。
 これもコロナ自粛の効用である。

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 明治後期の奈良県の被差別部落(小森部落)を舞台とし、父親を日露戦争で亡くした貧しい一家(畑中家)の歴史が描かれる。
 二度映画化されていて、ソルティは最初の今井正監督版(1969年)を観ている。
 なので、映画との比較という点でも興味深かった。
 なによりも、畑中家の最年長である姑・ぬいと嫁・ふでのやりとりを読んでいると、どうしたって映画の中の北林谷栄と長山藍子の姿が彷彿とせざるをえない。
 とくに北林谷栄以外のぬいの顔や姿や話し声や挙措を思い描くことができない。
 そのくらい北林の演技は完璧であった。
 一方、長山藍子もまた素晴らしく役にはまって、姑思いの優しく忍耐強い嫁像をつくっていたと思うが、原作のふでは「美人ではない」と書いてある。
 長山藍子はどう見たって雛には稀な美人である。 
 泉ピン子とは言わないが、大竹しのぶあたりが原作に近いかもしれない。

 ちなみに、『風と共に去りぬ』のヒロインであるスカーレット・オハラもまた、それこそ原作の冒頭で「美人ではなかった」と書かれている。
 映画の影響で、スカーレット=ヴィヴィアン・リーはもはや動かせないハマリ役とされてしまったが、ヴィヴィアン・リーは誰がどう見たって絶世の美女である。
 原作に従うならば、もっと××な女優がふさわしかったはず。
 もちろん、ヴィヴィアン・リーの起用は(クラーク・ゲーブルやオリヴィア・デ・ハヴィランドの起用と共に)大正解だったわけであるが。
 こういった原作と映画のキャラの変容は面白い。


ヴィヴィアン・リー
スカーレット・オハラを演じるヴィヴィアン・リー

 
 さて、第一部では畑中家の子供たち・長男誠太郎と次男孝二の成長を軸に、小森部落における一家の暮らしぶりが丁寧に描かれる。
 厳しい差別と貧しさの中で、優しい祖母と母親に見守られ、良い友人に恵まれ、自らの置かれた不当な環境に目覚めていく少年たちの姿が、切なくも頼もしい。
 思えば、子供を主人公とする小説を読むのは久しぶりなので、新鮮な感動があった。
 子供というものは、大人以上に感じやすく、小さなことにも傷つきやすく、周囲のいろいろなことに疑問を持つものなのだと、自らの子供の頃を思い出したものである。
 そう、ソルティは下村湖人の『次郎物語』が好きだった。
 そうした子供の繊細な心を掬いとり、四季折々の自然描写と詩的に重ね合わせていく作者の筆に、「優れた小説とはこのようなものだ」とあらためて思った。
 
 部落差別と天皇制の関係についてよく言われているのは知っていたが、これまで深く調べたことも考えたこともなかった。
 天皇=神、天皇=総帥であった明治時代の話であり、本書には天皇に関する記述が多い。 
 たしかに天皇は日本の身分制度の頂点であり要であるので、部落差別を考えるうえで天皇制は避けて通れないものである。
 このへんはおいおい調べていきたい。
 

 
おすすめ度 : ★★★★

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● 本:『橋のない川 第二部』(住井すゑ著)

1961年新潮社より刊行

 第二部は、思春期に入った畑中家の次男・孝二を中心に描かれる。
 友情、初恋、失恋、勉学、社会や政治への関心の芽生えと疑問、将来への不安、一人旅、修学旅行、教師との関係、家族との関係、親類との交流・・・・等々、社会への入り口に立つ思春期の少年の初々しくも重苦しい心情が描かれていく。
 むろん、重苦しさの理由は部落差別にある。

 これまでは学校仲間や近隣の人たちから受けていた身の回りの差別が、「社会」という、より大きな正体の分からないものの中に強靭に覆しがたいものとして仕組まれていて、職業や恋愛や結婚や交友関係など今後の人生の様々なことにわたって暗い影を落としていくことが、だんだんと分かってくる。
 見聞を広めるほどに、過酷な現実に気づかされていく。
 “一般”の少年が抱く将来への希望や期待を、孝二はじめ部落の少年たちは共有することが叶わない。
 少年だけではない。
 少女もまた怯えている。自分が将来産み落とす子が「エタ」となることに。
 なんと痛ましいことだろう!

 夜の学校集会の最中、クラス一の美少女まちえに手を握られた孝二。
 「まちえは自分に気があるのか?」、それとも「ほかの誰かと間違えたのか?」
 恋を知った孝二はひとり煩悶とする。
 まちえの気持ちをたしかめたいけれど、その勇気のなかなか持てないのは、思春期や真面目な性格だけが理由ではない。
 同じ部落の親友である貞夫は、孝二に変わって真相を探る。
 すると、
 「エタは夜になると蛇のように肌が冷たくなるって大人が言うから、確かめようと思った」
というまちえの意図が明らかになる。
 最初は自分の胸の内に真相を秘めておこうと思っていた貞夫だったが、まちえに甘い幻想を抱き続ける孝二の姿にたまらなくなり、ついにすべてを打ち明ける。

貞夫 「まちえはあの夜、たしかに孝やんの手を握ったと里村にも言うとる。せやけどそれは畑中の手や無うて・・・・・。」
孝二 「エッタの手やってンな?」

 まちえが握ったのは「孝二の手」でなくて、「エタの手」だった。
 恋愛対象どころか、同じ人間と見られていなかったのである。

 差別の理不尽は、ひとりひとりの人間よりもカテゴリーが重視されてしまうところにある。
 小森孝二という一つの自由な精神が、「エタ」というカテゴリーに括られ埋没してしまう。
 「部落に生まれたこと」は小森孝二という人間の属性の一つに過ぎないはずなのに、逆に、「部落出身であること」によって小森孝二が類型化され、縛られ、社会の約束通りに扱われてしまう。
 しかも、「部落に生まれたこと」は人為的につくられた属性であって、たとえば、「黒人であること」、「新型コロナウイルスの感染者であること」、「LGBTであること」といったような、他のマジョリティと区別できるほどに明確な“違い”は存在しない。
 いわば、差別のためにつくられた差別である。 

 失恋ですら甘酸っぱい思い出になりうる思春期の恋が、こんな残酷な終わり方をするとは!
 ソルティが孝二の立場なら、「二度と人を好きになんかなるもんか!」と決意するのではなかろうか。

 孝二はこれからどうなるのだろう・・・・・?
 

● GOTOトラブル 本:『橋のない川 第三部』(住井すゑ著)

1961年新潮社より

 第三部に入って、物語は大きく政治性、時代性を濃くする。
 ときは大正7年(1918年)。
 第一次世界大戦のさなか、ロシア革命が勃発し史上初の社会主義国が誕生。
 その騒ぎに乗じた日本政府(寺内正毅内閣)はシベリア出兵に踏み切る。
 国内では、富山の主婦らによる打ちこわしを端に発した米騒動が広がり、一方、最終的には死者39万人(当時日本人口は5500万人)に至ったスペイン風邪が流行する。

 そんな世相の中、大阪の米屋で番頭を務める畑中家の長男誠太郎は、主家の娘安田あさ子と結婚の約束を交わすも、徴兵検査で甲種合格となって兵に取られる。
 祖母ぬい、母ふでと小森部落に暮らす次男孝二は、大逆事件を起こした幸徳秋水の著書との出会いにより人権思想にめざめてゆく。
 孝二は、兄への手紙でこう書く。

 僕は教室でしばしば考えました。“なんでわしらには天皇のために死ぬ義務があるんやろか。もし先生がいうように、六千国民がみな君のために「死ぬ」義務を負うていて、死ぬことが一番立派やというなら、別にむつかしい勉強で苦労することは要らぬやないか。”と。
 僕は今にしてわかります。八年間の教育は、人間として教え育てるために設けられたものではなく、人間を奴隷に鍛冶するために過ぎなかったのです。ですから日本人すべてが、実は義務の重荷を背負うた奴隷で、人間として生きる権利を持つ者は一人も居ないことになります。そう言えば大臣や大将や官吏も、その肩書によってそれぞれ何かの職権を持ちはしますが、人間として生きぬく権利や、その権利を主張する自由は全然持ち合わせないのではありますまいか。いや、それよりも、僕は世間の人たちが自分で自分をはっきり人間として考えたことがあるのかどうか疑わずにはいられません。もし自分が人間だということがわかれば、僕たち小森にうまれた者も、また同じく人間だということがわかる道理です。

 ここには人権思想の根幹をなす「先天性」と「普遍性」とが謳われている。
 人権とは、すべての人間に対して“生まれつき平等に”付与されているものであるという考えである。
 この根本理念あればこそ、人は、自らとは違い自らが理解も共感もできず自らが厭わしくさえ思う、他の人種や国籍や性別や身分や職業やセクシュアリティや犯罪歴や思想などをもつ人間たちの人権をも、進んで守らなければならないのだ。
 他人の人権の危機は、人権の根本理念そのものの危機であり、それはとりもなおさず、自分の人権の危機を意味するからである。
 自己の人権を大切にしたいからこそ、他人の人権も大切にしなければならない。
 ここでもまた、人は、自分に与えることのできるものだけを他人にも与えることができ、他人に与えることのできないものは自分にも与えることができない。

 コロナ差別が吹き荒れる今、そして国民の意思や人権を無視した政策(とも言えぬGOTOトラブル)が横行する現在、なぜ、自分が『橋のない川』を読んでいるのか、ここに来て見えた気がする。


百姓一揆
いらすとやさん、いつもお世話になっています






● 歪みの象徴 本:『天皇制と部落差別』(上杉聰著)

1990年三一書房

 住井すゑ著『橋のない川』の時代設定は、明治後期から水平社宣言がなされた大正11年。
 有史以来、日本がもっとも著しく天皇制による国粋化をはかった時代と言っていいだろう。
 そうした極端な時代において、天皇制と部落差別の関係が浮き彫りにされたさまを住井は描いている。
 本書で上杉はその歴史的根拠を探っている。

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 まず、著者は天皇制をこう定義している。

 「古代中国から輸入された支配制度と、排除を利用した支配制度が結びついたもの」と、大まかにいってよいのではないかと思う。これが始まるのは、推古朝(592~628年)の聖徳太子の改革のころからであり、「大化の改新」(645年)後に成立したものであった。 

 天皇制の始まりを、『古事記』や『日本書紀』に出てくる第1代神武天皇に、あるいは欠史八代(2代~9代)をのぞいた第10代崇神天皇に置いていない点に留意したい。
 確かに、天皇という名称が使われたのは大化の改新以後の天武朝からと言われている。
 
 本書では、天皇制を支える三つの軸として、
  1. 「神国日本」、「アジアの盟主」といった日本版中華思想というべき世界観(アジア観)
  2.  家制度や男系による家督相続システムにより身分の固定を図る戸籍制度
  3.  神道にもとづく「けがれ」観および荘園制度進展により生じた排除のシステム
を上げて、それぞれの観点から、部落差別が生まれ、固定化し、持続していった経緯を究明している。
 3.の排除のシステムとは次のようなものである。

 古代的な民衆支配が崩壊した後、それに代わる天皇制の支配の方法は、荘園制の進展に対応しつつ、一方で荘園の外部にいる人びとへの差別を強化し、他方で内部にいる農民の位置を制度的にも観念的にも高める方式が採用された。荘園制から外れた河原や坂などに住み、自由に生き、活動する人びとに対する神道・仏教の諸観念を動員した差別意識の強化が、こうしてはかられることになった。
 天皇制の公領で始まったこの「排除」のシステムは、以後、各荘園領主に「便利」な支配秩序として受け入れられ、全国化する。また農民自身も、自立化を進めるにしたがって、このシステムに深くとらえられ、やがて、自分たちを被差別部落と明確に区別する意識が生まれ、自己を天皇の子孫と考えるなどの思想が浸透する。(ゴチックはソルティ付与)
  
 上記の天皇制の公領で始まったというのが一つのポイントで、著者は部落差別の源流を平安時代中期の京都に起きた史実にもとめている。
 天皇家の京都の守護神である鴨御祖神社(下鴨神社)の周囲に住んでいた「濫僧」「屠者」と呼ばれる人々を「ケガレ」ゆえに追放し、そののち彼らに京都市中の死人の清掃を担わせた。この「濫僧」「屠者」こそは「穢多」「非人」の前身という。
 いったん社会から排除した者を、なんらかの形で(たとえば、3Kのような人の嫌がる仕事を押し付けるといった形で)社会と関係づけるところに、被差別部落が発生する土壌が用意される。
 このあたりの記述は、中世ヨーロッパに見られた特定の職業の人々への差別について、歴史学者の阿部謹也が述べた説を連想させる。

 心の底で恐れを抱いている人びとが、社会的には葬られながら、現実に共同体を担う仕事をしているという奇妙な関係が成立したのです。このような状況のなかで、一般の人びとも、それらの職業の人びとを恐れながら遠ざけようとし、そこから賤視が生じるのだと私は考えます。(『自分のなかに歴史をよむ』阿部謹也著、ちくま文庫)

中世の道化師

 
 明治4年(1871年)の賎民廃止令(「解放令」)以後も、現代に至るまで部落差別が続いてきた社会的要因として、著者は上記の「戸籍制度」とともに、資本主義社会における日本的経営スタイルを指摘している。いわゆる、終身雇用制度に象徴されるものである。
 「社員は家族」の終身雇用制度のもと、『部落地名総鑑』を悪用した就職差別などがなぜ起こったのかを解き明かしていく過程で、日本社会が背負ってきた「負」あるいは「歪み」がえぐり出されていく。
 「社員は家族」であればこそ、その中に穢多・非人が紛れ込むのを厭うたのである。
 逆の見方をすると、人々が「自由・平等・個人の権利」をモットーとする近代民主主義の価値観を当り前のものとするようになったがゆえに、社会構造の中にしぶとく生き残っている前近代の“常識”や、大衆の中にしぶとく生き残っている前近代の“意識”が、「負」や「歪み」としてあらわになってきたのであろう。

 本書の最終章では、解放令の直後に各地で勃発した零細農民らによる部落解放反対一揆(穢多狩り)の凄まじい残虐ぶりが描き出されていて、読んでいて言葉を失う。
 これまで自分たちの下にいて優越感を与えてくれた相手が、近代思想に目覚め「平等、権利」を主張するようになるや、正気を失うほどの憤りにかられるさまは、フェミニズムに目覚めた妻をカッとなって殴るDV夫を思わせる。

 ある村では、「おまえたち、随分偉そうに振舞うているじゃないか。もし昔の穢多に戻るというのだったら許してやる。しかし、今までどおりに偉そうに振舞うんだったら、村も焼く、おまえの命もない」といって竹槍を突きつけるわけです。それに対して「穢多でようござんす。命だけは助けてください」――。わずか20戸や30戸の村です。そこに1000人もの周りの村民が竹槍をもって、なかには鉄砲までももって襲ってくるんです。これに抵抗できるわけはないですよね。みんなそうやって詫び状を、涙ながらに書いて出すわけです。


 「自由・平等・個人の権利」を当事者に許さない天皇制こそは、前近代の遺物の最たるものである。
 すなわち、日本の “歪みの象徴” である。
 これを現代民主主義のなかにどう位置づけるのか、あるいはどう位置づけないのか、がいまも問われているのだろう。
 

菊のご紋

 

おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



 

● 人間に光あれ 本:『橋のない川 第四部』(住井すゑ著)

1964年新潮社

 動乱の第三部にくらべると、第四部はこれといった大きな社会的事件も主人公・畑中一家の生活上の変化もなく、平穏無事な展開と言える。
 もっとも、長男誠太郎のロシア出兵と無事帰還、小森部落内に公衆浴場ができる、部落から大阪に働きに出た若い男女の心中事件といった出来事は起こるのだが。

 この巻の焦点は、部落の人々が権利意識と社会不正に目覚め、それがだんだんと高まっていく様子を描くところにあろう。
 くだんの公衆浴場開設についても、それをお上からの有難い恩賜と受け取り、衛生環境を向上することで部落民に対する世間の偏見をなくしていこうという部落内の融和穏健派に対し、畑中家の次男孝二をはじめとする若者たちは容易に与することなく、部落差別を温存する社会と闘って社会を変えてこそ本当の意味での“解放”はあると議論を深めていく。
 その全国的な盛り上がりが、1922年(大正11年)京都における全国水平社の創立大会へとつながっていく。

 本巻では創立大会直前までの畑中一家と小森部落の日常風景が丹念にたどられるが、ここでついに小森部落の真宗寺院の跡取り息子である村上秀昭が、実在の社会運動家西光万吉をモデルとしていることが明らかとなり、本巻の最後は秀昭(=万吉)が書いた「水平社宣言」の草稿を孝二たちが読むところで終わる。
 人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光あれ

 
桂冠旗
水平社創立当時の桂冠旗
西光万吉によって考案された


 いよいよ話も佳境、次の巻に入るのが待ち遠しいところであるが、本巻を読んでふと気になったことがある。
 部落の人々が権利意識に目覚めるのも、あるいは同時代の貧しい農民や工場労働者が格差社会に怒り米騒動やストライキを頻繁に起こすようになるのも、1917年ロシア革命とそれによって広まった共産主義の思想によるところが大きいという点である。
 少なくとも作者である住井すゑはそうした観点から物語を書いている。
 これは住井の思想信条(共産党びいき?)も関係しているのかもしれないが、やはり時代的に見ても、共産主義の影響こそ、当時の日本庶民の権利意識を目覚めさせるのに大いに力あったのであろう。
 つまり、普通「人権」と言えば、ロックやルソーやモンテスキューらによって思想的基盤が用意され、フランス革命やピューリタン革命やアメリカ独立宣言などの市民革命により民衆が勝ち取った成果というイメージがあるけれど、日本の場合は、その西欧的人権思想が大衆の間に広く浸透し深く根づく暇のないまま、共産主義思想すなわち“階級闘争による平等社会の実現”という政治経済的欲求のほうが専横してしまったのではないか、ということである。
 きびしい差別を受けていた部落民のようなマイノリティはともかく、はたして一般大衆のどれだけが、「人が生まれつき持ち、国家権力によっても侵されない」人権の根幹を理解していたのだろうか。
 
 森喜朗の女性蔑視発言とかコロナ禍における感染者差別とか、いまだになかなか根づかない日本人の人権感覚を鑑みるに、そして、「人権」を口にするとたちまち「左の人」と決めつけられてしまう不可解さを思うに、明治維新後の日本人の近代人としての思想形成史の中に、なにか抜け落ちているものがあるのではないかという気がするのだ。




● 水平社100周年 本:『橋のない川 第五部』(住井すゑ著)


1970年新潮社

 第五部は水平社が設立された直後の小森部落の様子や世間の反応が描かれる。
 歓喜の声を上げ闘志と希望に満ち溢れる部落と、世の秩序を転覆するものとして水平社を恐れ快く思わない世間と。
 その対立の中で、地域の小学校での差別事件に対する糾弾を行なった畑中孝二をはじめとする小森の青年ら7人は、それを騒擾罪とみなした当局に逮捕され、五条監獄に70日間収監されてしまう。
 しかし、それは小森のみならず全国の部落民の団結と闘志をいよいよ強める焚き付けとなり、各地に水平社の支部が作られ、機関紙『水平』が発行され、全国少年・少女水平社や全国婦人水平社も誕生していく。
 そんな折、関東大震災が起こる。

 長い間虐げられてきた部落の人々が声を上げて立ち上がっていく本巻は、読んでいて胸が熱くなるシーンが多い。
 とりわけ、普段は大人しくて優しい孝二が、騒動の調停役を買って出た国粋会の今川忠吉――地域の顔役で土建の親方、すなわち権力側の番犬である――に面と向かってこう告げるシーンは、胸がすく思いがした。

 これから二十年、或いは三十年先になるかもしれませんが、教育勅語は必ず消えて失うなる日がくるのです。けれども水平社宣言は、絶対に消えて失うなる日はありません。それは人の世を支配する権力は必ず滅ぶが、働く人間に滅びがないのが歴史の教訓で、水平社宣言はこの働く人間の血と涙の叫びだからです。

 関東大震災の記述にハッとしたが、水平社設立は震災の前年の大正11年3月3日、すなわち西暦2022年である。
 来年は、水平社創立100周年にあたるのだ。
 コロナが落ち着いたら、この物語のモデルとなった舞台を歩いてみたい。
 リニューアルオープンされる水平社博物館にも行ってみたい。


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● 本:『結婚差別の社会学』(齋藤直子著)

2017年勁草書房

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 著者は1973年生まれの部落問題、家族社会学を専門とする研究者。
 ここで言う「結婚差別」とは部落差別の一つで、部落出身者と部落外出身者とが結婚を望んだときに主として部落外出身者の親が反対することである。

 本書の目的は、結婚差別問題が生じたときに、カップルと反対する親との間で、どのような対立や交渉や和解、あるいは決裂が生じるのかを描くことである。とくに、恋人たちがいかにしてその問題を解決していくのか、そのプロセスを丹念に記述することが本書の中心的な課題である。

 水平社設立から一世紀近く、同和対策事業特別措置法の施行から半世紀以上(2002年終了)、部落差別は明らかに減った。
 同和地区指定を受けた部落の居住環境や教育水準は向上し、『部落地名総鑑』や興信所を利用した就職差別も表立って聞くことは少なくなった。
 部落出身者と部落外出身者との恋愛や結婚も増えている。
 差別落書きやインターネットにおける誹謗中傷など、劣等感の塊のような一部の人間が行う卑劣な行為は見られるものの、一般市民の差別意識が薄らいだのは間違いなかろう。
 そんななかで「最後の越えがたい壁」と言われているのが、結婚差別なのである。

 就職に関しては、企業や行政の取り組みや学校現場の同和教育を通じて、状況は大きく変化したが、結婚差別問題は、私的な領域の問題であり、直接的にアプローチすることが難しいこともあって、いまだ残された課題となっている。

 本書には、実際に結婚差別を受けた経験のある人々や、結婚差別を受けたカップルをサポートした人々に対しておこなった聞き取り調査の分析結果が述べられている。
 著者の齋藤が関西の人間であることもあって、取り上げられている多くが大阪の事例である。
 こうした系統だった研究は珍しいのだそうだ。

 読みながら、「いまだにこんな理不尽なことがあるのか!」という驚きが先立つ。
 分析のもとになっている調査はいずれも2000年以降のものであり、聞き取り調査の対象となっているのは20~30代の人が多い。
 つまり、平成時代に実際にあった結婚差別の事例が多く取り上げられている。
 結婚に反対した彼らの親たちはまず間違いなく戦後生まれである。
 なんつー、アタマの古さ・・・・。

 当事者が語る滑稽なまでに理不尽な体験談に驚きあきれかえるばかり。
 が、一方、ソルティはこの問題に関して何ごとかを言うべき資格を持たないように感じるのである。

 一つには、ソルティは関東生まれ関東育ちで、親戚づき合いのほとんどないサラリーマン家庭の一員で、周囲もほぼ同様であった。
 高校時代に一コマだけの同和教育でビデオを見た記憶はあるが、部落差別は遠い過去の話、遠い土地の話という認識しかなく、具体的な差別エピソードなり差別的言辞を身の回りで聞いたことがなかった。
 社会人になってから、どうやら部落は西のほうに多いらしいと知るのだが、出張や旅行以外で西に行くことはほとんどなく、住んだこともない。
 西の友人も少ないので、そういった話を聞く機会もなかった。
 西の人とくに関西圏の人たちが、どのような“部落観”を持っているのか、日常生活の中で部落差別とどのように出会い、どのように感じ、どのように配慮し、普段どのような問題意識や口に出せない思い(本音)を持って暮らしているのか、よくわからないのである。
 もちろん、関東にも部落は存在した(する)し、部落差別もあった(ある)のだが、ソルティの住んでいるあたりは人の出入りが激しく、街の区画も風景も年々様変わりしていくので、「家系・住所・職業」のいわゆる“三位一体”によって部落民を特定するなんてのは、まったくのナンセンスである。
 そういったわけで、部落差別のある風土を肌身で感じた経験がないため、あたかも“別世界の出来事”のような感じがするのである。
 
 今一つ、ゲイである自分にとって、結婚というのがやはり“別世界の出来事”である。
 結婚という人生の選択肢を自分に適用したことがないので、結婚をめぐる事象に関心もなければ詳しくもない。
 時代風潮として、この先日本でも同性婚がありうるかもしれないが、そうなってみると、果たしてそもそも自分が結婚したいのかどうか疑問である。
 つまり、自分は「ゲイだから結婚しない」のではなく、「ゲイでなくとも結婚しない」タイプの人間ではなかろうかと思うのである。
 結婚したい人の気持ち、結婚しなければと焦る人の気持ち、子供に結婚を望む親の気持ち、どれもよく分かるとは言い難い。
 
 本書で語られているような結婚差別がどうして起こるのかと言うと、部落外出身者の親が娘や息子が部落出身者と結婚することを反対し、それに対して娘や息子がなんとか親に許してもらおうと説得を試みるから、そこに対立が生まれ、問題となるのである。
 ソルティは、その過程を読んでいて歯がゆく思うのだ。
 「成人同士の結婚に親の許可なんか要らないじゃん。さっさと入籍するなり同居するなり子供を作るなりして、既成事実を作ってしまえばいいのに・・・・」と。
 しかるにそれでは納得できない当事者は多いらしく、どうしても親の理解と祝福がほしいようなのである。
 著者はそれを「育ててくれた親に対する愛情と恩ゆえ」のように書いているけれど、裏を返せばそれは、自分が“親不孝者、薄情な子供”となってしまうこと、そう周囲に思われてしまうことに対する抵抗感からくるのではないか。
 つまり、結婚差別問題の背景にあるのは、部落差別だけでなく、親子関係の有り様なのである。
 このあたりの親子間の心の機微というのが、どちらかと言えば感情的に淡白な家庭に育ったソルティにはまた伺い知れないところである。(偏見かもしれないが、東より西のほうが浪花節的人間関係が濃い気がする)
 
 親と関係悪化することで生じる具体的な損失――たとえば、遺産相続とか育児サポートとかまさかのときの避難所とかの喪失――について残念に思うのは当然であり、これは十分理解できる。
 しかし、好きな人との仲を引き裂かれて、その後ずっと親を怨み続けるくらいなら、多少の不便は覚悟のうえで親との関係を一時的に絶って、好きな人の胸に飛び込んだほうが後悔はないだろう。
 この長寿社会、ほうっておいても老いてくれば親のほうから折れてくる可能性は高い。
 そう思ってしまうソルティは、やはり打算的で身勝手で単純な個人主義者なのだろう。

 
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 ときに、ちょっと前ネットで、高視聴率のドラマをたくさん生み出してきた有名プロデューサーのインタビュー記事を読んでたら、「最近では枷がないから恋愛ドラマが成り立たない」と言っていた。
 恋愛ドラマというものは、恋する二人の間に乗り越えがたい障壁があってこそ面白くなるし、視聴者も食いつくということだ。『ロミオとジュリエット』や岸恵子主演『君の名は』や『おっさんずラブ』を例に出すまでもない。
 「そのとおりだな。もう視聴者の心を湧き立たせるような恋愛ドラマをつくるのは難しいだろうな」と思ったが、本書を読んで考えが変わった。

 「ここに恋愛ドラマの宝庫があるじゃん!」

 部落差別という“立派な”枷があり、愛しあう若い二人がいて、無理解な親や世間がいて、あたたかい支援者がいて、二人がめでたく結ばれるまでの或いは悲劇に終わるまでの紆余曲折があって、愛あり、悩みあり、告白あり、怒りあり、混乱あり、葛藤あり、逆境あり、諦めあり、闘いあり、慟哭あり、絶望あり、希望あり、それでも切れることない親子の絆あり、新しい命の誕生あり、成長あり・・・・。
 この一冊から、どれだけ豊かな、熱い人間ドラマが生み出されることか。

 最後に事例を一つ紹介する。
 大阪の部落出身の30代女性Uさんの体験である。
 
 Uさんは、短大時代にアルバイト先で、のちに夫となる人に出会った。彼は、八年にわたる交際期間のなかで、Uさんが部落出身であることに気づいていたようだが、お互いにそのことについて触れることはなかった。(中略)
 結婚式は、Uさんたちの住む大阪で行われた。夫の側からの親族の出席は、ほとんどなかった。夫の親戚には高齢者が多く、郷里から出てくるのは大変だからという理由であった。Uさんは、親戚が参列しないことを、特に不審に思わなかった。
 ところが、結婚後まもなく、夫の郷里の親戚に挨拶にいったとき、Uさんを驚かせる出来事が起こった。郷里の親戚が一同に料亭に待機しており、その場でいきなり披露宴が始まったのである。つまり、Uさんには何の相談もなく、夫の親族だけを集めた二度目の結婚式が準備されていたのである。

 さらに驚いたことには、その後Uさんの義妹(夫の妹)が大阪で結婚式を挙げることになったとき、夫の親戚はバスを借り切って田舎から大挙してやってきたという。「高齢で郷里から出てくるのが大変」というのは嘘だったのである。Uさんが問い詰めると、夫は最初の結婚式の時に自分の親戚に招待状を出さなかったことを白状した。

 酷い話である。
 これから一生を共にする相手に、よくもこんな非情な仕打ちができるものだ。
 こんな夫と離婚しないでいるUさんの度量というか忍耐力には驚かされる。
 ソルティがUさんの立場だったら、途端に愛が冷めて、縁を切る。
 やっぱり、結婚には向かないタチなのだろう。
 

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naobimによるPixabayからの画像



おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 母性的小説? 本:『橋のない川 第六部』(住井すゑ著)

1973年新潮社

 第六部前半は、1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災後の混乱、とくに流言に踊らされた自警団による朝鮮人虐殺の模様が描かれる。
 この頃、著者の住井すゑは東京で暮らし、結婚&作家生活をスタートしていたので、実際にその身で震災を体験し、あちこちの暴動の様を見聞きしていたのだろう。
 また、混乱に乗じた社会主義者や無政府主義者の殺害もあり、本書ではのちに満州国警察庁長官となる甘粕正彦が、大杉栄と妻子を惨殺した事件が語られている。
 甘粕正彦はベルトルッチの映画『ラスト・エンペラー』(1987)で、坂本龍一が演じた軍人である。

 後半は、年頃となった畑中孝二のいとこたちの恋愛や結婚の模様が描かれる。
 部落外の女性と恋仲になった和一、部落外の男性から求婚された七重、そして小学校の同級生だった孝二と杉本まちえ、いずれも叶わぬ恋とあきらめて、あるは独身を貫き、あるは部落者同士の結婚を選び取る。
 100年後の今でさえ残る結婚差別
 当時、部落と“一般”との通婚など、まさに橋のない激流を泳いで渡らんとする如きであったろう。
 その背景に、大正13年1月26日の皇太子裕仁(昭和天皇)と良子(香淳皇后)の結婚と奈良にある畝傍御陵参りが重ねられ、この慶事への妨害を懸念した当局によって当地の水平社の青年たちが拘束されるという不条理が起こる。
 やはり、天皇制と部落差別は切っても切れない関係にあるのだ。


皇居の桜

 
 小説を読んでいると、どうしても今井正監督の映画『橋のない川』と比べてしまう。
 リアリティにおいては映画のほうが上かなあと思うのは、小森部落の人々を美化していない点である。
 たとえば映画では、伊藤雄之助演じる荷車引きの永井藤作は、息子を虐待し娘を遊郭に売るような飲んだくれの乱暴者で、良くも悪くも八面六臂の活躍ぶりであったが、小説ではほとんど目立たない。
 映画では、若くして後家となった畑中ふで(=長山藍子)に懸想しちょっかいを出す“一般”の男が登場するが、小説ではそのようなシーンはない。
 小説では、草鞋づくりする部落の男たちの作業風景がしばしば描かれるが、そこでなされる会話は総じて上品である。セクハラ・パワハラ糾弾かまびすしい平成令和ならいざ知らず、大正時代の若い男衆ばかりの集りで“夜這い自慢”の一つもないってのはまず考えられまい。
 著者の住井が女性ってこともあろうが、「差別の理不尽を訴える」という目的のために部落の人々を美化して描いている――というより、弱者に対する母親的な愛を持って全体を包みこんでいる、という印象を受ける。

 と言ったら、ジェンダー差別になるだろうか?





● 漫画化希望! 本:『橋のない川 第七部』(住井すゑ著)

1992年新潮社

 住井すゑが30年以上にわたり書き続けてきた大作を、一ヶ月半にわたって読んできて、ようやく完読した。
 住井は第七部を出したばかりの90歳時の講演で、「第八部を書きたい」と言っていたが、ままならず、95歳の生涯を終えた。

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 とは言え、本作は未完というわけでもない。
 部落差別やそれと闘う人々の姿を書き続けるなら、それこそ2021年の今日まで物語は続けることが可能であろうし、希望を描くということなら、水平社創立と解放運動の全国的な広がりを描いたあたりまでで、その目的は達している。
 個人的には、第五部ですんなり終わらせてもよかったのでは?という気がする。
 第六部からはかなり理念的・思想的・政治的に、つまり理屈っぽさを増して、小説としての味わいが若干薄れているように感じるからである。
 今井正監督の映画(1969年)のように、主人公の畑中孝二とその思い人である杉村まちえを再会させて、それぞれの心になんらかの決着をつけさせて「了」としてもよかったかもしれない。
 といっても、第六部も第七部も面白く読んだが。

 全巻をふりかえっての感想を四つばかり。

 第一に、これは部落差別の物語であるだけでなく、戦前の貧しい農家の暮らしを丹念に写し取った農民文学である。
 稲作や裏作の農業の大変さ、季節ごとの自然風景や畑の景観、昔の農機具、天候とのたたかい、土に生きる人々の喜びや苦しみや忍耐や祈り、貧しい中での衣食住、冠婚葬祭、近所づきあい・・・・。
 とくに畑中家の祖母ぬいと嫁ふでが用意する日々の食事の描写(主食は粥である)には、ソルティ自身の贅沢な食生活と腹回りの脂肪を恥じ入らせるに十分なものがあった。
 住井の生家は裕福だったらしいので、おそらく、農家の長男で農民文学者であった夫の犬田卯(しげる)から学ぶところ多かったのではないか。
 全編、稲作とともにある暮らしの尊さを描いてあまりあるけれど、一方、この稲作讃歌こそが日本文化を、ひいては天皇制を、ひいては部落差別を、根底から支えるものであったという事実も見逃すわけにはいくまい。
 その構造的矛盾にまでは住井は迫っていない。
 住井が網野史学を知ったら、どう思っただろう?
 
 第二に、水平社宣言について、日本人はちゃんと習うべきである。
 それも同和教育の一環としてではなく、日本の人権史上のもっとも重要な、もっとも画期的な、フランスやアメリカのそれらと並ぶ、我が国初の人権宣言として。
 いやその前に、学校教育の中に性教育(ジェンダー教育含む)や IT 教育とならんで、人権教育というコマが必要であろう。
 真の国際化を望むならば。

 第三に、本作でたびたび言及されている天皇制の問題
 戦後も GHQ の恩恵(思惑?)により生き延びたわけだが、どうなのだろう?
 今一番天皇制で苦しんでいるのがほかならぬ皇室の人々であることは、火を見るより明らかではなかろうか?
 好きなところに住めず、外出もままならず、職業選択の自由もなく、稼ぐこともできず、好きな人と結婚することもかなわず、四六時中居場所がつきとめられ動向が探られ、思ったことを発言することもかなわず、メディアやツイッターでやり返すすべさえないのに一方的に叩かれる。
 まるで国民の奴隷のようではないか。
 ソルティは、「日本人はそろそろ天皇制から卒業すべき」、「皇室の人々を茨のしとねから解放してあげるべき」と、数十年前から思っているのだが・・・・・。

 第四に、畑中家の重鎮である祖母ぬい。
 どうしても今井正版の北林谷栄しか思い浮かばない。
 ぬいの登場シーンでは、行間をモンペ姿の北林が揺曳し、セリフの響きは北林のそれである。
 ぬいは巻数が進むほどに存在感を増し、小森部落内で若者たちの尊敬を集めるようになり、ある意味“神格化”されていく。
 もしかしたら、最初の映画化(1969年)以降、住井の筆のほうが北林谷栄のぬいを追ってしまったのではなかろうか。知らずコロッケの真似をしてしまう美川憲一のように・・・・。
 一俳優が原作小説の登場人物のイメージをこれほどまでに確定してしまったケースは、ほかに『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リー、金田一耕助シリーズの石坂浩二、『砂の女』の岸田今日子、『黒蜥蜴』の美輪明宏・・・・・それほど多くはないと思う。

 この小説の漫画化を希望する。


畑中ぬい
畑中ぬい役の北林谷栄



おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 映画:『千年の愉楽』(若松孝二監督)

2013年
118分

 原作は中上健次の同名小説。
 中上言うところの“路地”、すなわち海辺の被差別部落を舞台とする、不吉な伝承に囚われたある一族の美しき男たちの生き様、死に様が描かれる。

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 夭折した芥川賞作家・中上健次と『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)の若松孝二に対する敬意から見続けはしたが、かなり退屈した。
 途中で止めなかったのは、主演のオリウを演じる寺島しのぶの演技ゆえである。
 同じ役名である“お竜”を演じた母親(富司純子)の映画はずいぶん観たけれど、娘の出演作は水野晴朗の撮った『シベリア超特急2』しか観ておらず、しかも出演シーンをまったく覚えていない。
 今回初めてしっかりと観た。
 美貌の点では母親にはかなわないが、演技力では上かもしれない。
 これからほかの出演作を当たっていきたい。

 若松の演出は、室内シーンはまだ良いが、室外が良くない。
 まるでテレビのような安易な演出、カメラ回しでげんなりした。
 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』では室内シーンが多かったので、この欠点に気づかなかったのだろう。
 低予算のせいもあるかと思うが、肝心の路地という場所の空気が醸されていない。
 主要人物以外の住人の姿もなく、路地で遊ぶ子供の声すら聞こえない。
 男たちが山中で木を伐採するシーンでも、山の気というものがまるで映し撮られていない。
 中上健次が観たら、どう思っただろう?

 中本家の男たちはたんなる美形ではなく、女が放っておかないフェロモンの持ち主という設定だが、演じている役者たち(高良健吾、高岡蒼佑、染谷将太)はなるほど美形かもしれないが、性的魅力が今一つである。
 ただこれは、若松監督が男を色っぽく撮れないからなのかもしれない。
 迫力では高岡蒼佑が群を抜いている。

 ソルティは中上健次はほとんど読んでいないので、その世界観や思想を知らず、批評できる立場にはない。
 なので、この映画だけからの印象である。
 路地で生まれ育った男たちの暴力や犯罪癖、セックスや薬への依存、つまり狂った性格や破滅的な生涯を「身内に流れる高貴で忌まわしい血のせい」としてしまうのは、前近代的な言説であると同時に、一種の自己陶酔であろう。
 いわゆる貴種流離譚である。
 ソルティはむしろ、こんなに海の近くに生まれ育ちながら漁の仲間に入れないという差別的な境遇こそが、男たちを絶望させ自己破壊的な生に向かわせているように思う。
 その事実から目を背けるための救いとしての装置が「高貴な血の呪い」伝承であるならば、それはある意味、現実逃避にほかならない。
 高貴な血の呪い伝承とは、反転した天皇神話なのではあるまいか。

 ラストクレジットのBGMでは、明治維新で四民平等になったはずなのに“一般民”に嬲り殺された部落民のさまを描いた小唄が流される。
 少なくとも、若松監督にはその視点があった。 



おすすめ度 :★★

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