ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、寺社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

  住井すゑ著『橋のない川』を読む

● 本:『結婚差別の社会学』(齋藤直子著)

2017年勁草書房

IMG_20210224_204625


 著者は1973年生まれの部落問題、家族社会学を専門とする研究者。
 ここで言う「結婚差別」とは部落差別の一つで、部落出身者と部落外出身者とが結婚を望んだときに主として部落外出身者の親が反対することである。

 本書の目的は、結婚差別問題が生じたときに、カップルと反対する親との間で、どのような対立や交渉や和解、あるいは決裂が生じるのかを描くことである。とくに、恋人たちがいかにしてその問題を解決していくのか、そのプロセスを丹念に記述することが本書の中心的な課題である。

 水平社設立から一世紀近く、同和対策事業特別措置法の施行から半世紀以上(2002年終了)、部落差別は明らかに減った。
 同和地区指定を受けた部落の居住環境や教育水準は向上し、『部落地名総鑑』や興信所を利用した就職差別も表立って聞くことは少なくなった。
 部落出身者と部落外出身者との恋愛や結婚も増えている。
 差別落書きやインターネットにおける誹謗中傷など、劣等感の塊のような一部の人間が行う卑劣な行為は見られるものの、一般市民の差別意識が薄らいだのは間違いなかろう。
 そんななかで「最後の越えがたい壁」と言われているのが、結婚差別なのである。

 就職に関しては、企業や行政の取り組みや学校現場の同和教育を通じて、状況は大きく変化したが、結婚差別問題は、私的な領域の問題であり、直接的にアプローチすることが難しいこともあって、いまだ残された課題となっている。

 本書には、実際に結婚差別を受けた経験のある人々や、結婚差別を受けたカップルをサポートした人々に対しておこなった聞き取り調査の分析結果が述べられている。
 著者の齋藤が関西の人間であることもあって、取り上げられている多くが大阪の事例である。
 こうした系統だった研究は珍しいのだそうだ。

 読みながら、「いまだにこんな理不尽なことがあるのか!」という驚きが先立つ。
 分析のもとになっている調査はいずれも2000年以降のものであり、聞き取り調査の対象となっているのは20~30代の人が多い。
 つまり、平成時代に実際にあった結婚差別の事例が多く取り上げられている。
 結婚に反対した彼らの親たちはまず間違いなく戦後生まれである。
 なんつー、アタマの古さ・・・・。

 当事者が語る滑稽なまでに理不尽な体験談に驚きあきれかえるばかり。
 が、一方、ソルティはこの問題に関して何ごとかを言うべき資格を持たないように感じるのである。

 一つには、ソルティは関東生まれ関東育ちで、親戚づき合いのほとんどないサラリーマン家庭の一員で、周囲もほぼ同様であった。
 高校時代に一コマだけの同和教育でビデオを見た記憶はあるが、部落差別は遠い過去の話、遠い土地の話という認識しかなく、具体的な差別エピソードなり差別的言辞を身の回りで聞いたことがなかった。
 社会人になってから、どうやら部落は西のほうに多いらしいと知るのだが、出張や旅行以外で西に行くことはほとんどなく、住んだこともない。
 西の友人も少ないので、そういった話を聞く機会もなかった。
 西の人とくに関西圏の人たちが、どのような“部落観”を持っているのか、日常生活の中で部落差別とどのように出会い、どのように感じ、どのように配慮し、普段どのような問題意識や口に出せない思い(本音)を持って暮らしているのか、よくわからないのである。
 もちろん、関東にも部落は存在した(する)し、部落差別もあった(ある)のだが、ソルティの住んでいるあたりは人の出入りが激しく、街の区画も風景も年々様変わりしていくので、「家系・住所・職業」のいわゆる“三位一体”によって部落民を特定するなんてのは、まったくのナンセンスである。
 そういったわけで、部落差別のある風土を肌身で感じた経験がないため、あたかも“別世界の出来事”のような感じがするのである。
 
 今一つ、ゲイである自分にとって、結婚というのがやはり“別世界の出来事”である。
 結婚という人生の選択肢を自分に適用したことがないので、結婚をめぐる事象に関心もなければ詳しくもない。
 時代風潮として、この先日本でも同性婚がありうるかもしれないが、そうなってみると、果たしてそもそも自分が結婚したいのかどうか疑問である。
 つまり、自分は「ゲイだから結婚しない」のではなく、「ゲイでなくとも結婚しない」タイプの人間ではなかろうかと思うのである。
 結婚したい人の気持ち、結婚しなければと焦る人の気持ち、子供に結婚を望む親の気持ち、どれもよく分かるとは言い難い。
 
 本書で語られているような結婚差別がどうして起こるのかと言うと、部落外出身者の親が娘や息子が部落出身者と結婚することを反対し、それに対して娘や息子がなんとか親に許してもらおうと説得を試みるから、そこに対立が生まれ、問題となるのである。
 ソルティは、その過程を読んでいて歯がゆく思うのだ。
 「成人同士の結婚に親の許可なんか要らないじゃん。さっさと入籍するなり同居するなり子供を作るなりして、既成事実を作ってしまえばいいのに・・・・」と。
 しかるにそれでは納得できない当事者は多いらしく、どうしても親の理解と祝福がほしいようなのである。
 著者はそれを「育ててくれた親に対する愛情と恩ゆえ」のように書いているけれど、裏を返せばそれは、自分が“親不孝者、薄情な子供”となってしまうこと、そう周囲に思われてしまうことに対する抵抗感からくるのではないか。
 つまり、結婚差別問題の背景にあるのは、部落差別だけでなく、親子関係の有り様なのである。
 このあたりの親子間の心の機微というのが、どちらかと言えば感情的に淡白な家庭に育ったソルティにはまた伺い知れないところである。(偏見かもしれないが、東より西のほうが浪花節的人間関係が濃い気がする)
 
 親と関係悪化することで生じる具体的な損失――たとえば、遺産相続とか育児サポートとかまさかのときの避難所とかの喪失――について残念に思うのは当然であり、これは十分理解できる。
 しかし、好きな人との仲を引き裂かれて、その後ずっと親を怨み続けるくらいなら、多少の不便は覚悟のうえで親との関係を一時的に絶って、好きな人の胸に飛び込んだほうが後悔はないだろう。
 この長寿社会、ほうっておいても老いてくれば親のほうから折れてくる可能性は高い。
 そう思ってしまうソルティは、やはり打算的で身勝手で単純な個人主義者なのだろう。

 
shield-492989_1280


 ときに、ちょっと前ネットで、高視聴率のドラマをたくさん生み出してきた有名プロデューサーのインタビュー記事を読んでたら、「最近では枷がないから恋愛ドラマが成り立たない」と言っていた。
 恋愛ドラマというものは、恋する二人の間に乗り越えがたい障壁があってこそ面白くなるし、視聴者も食いつくということだ。『ロミオとジュリエット』や岸恵子主演『君の名は』や『おっさんずラブ』を例に出すまでもない。
 「そのとおりだな。もう視聴者の心を湧き立たせるような恋愛ドラマをつくるのは難しいだろうな」と思ったが、本書を読んで考えが変わった。

 「ここに恋愛ドラマの宝庫があるじゃん!」

 部落差別という“立派な”枷があり、愛しあう若い二人がいて、無理解な親や世間がいて、あたたかい支援者がいて、二人がめでたく結ばれるまでの或いは悲劇に終わるまでの紆余曲折があって、愛あり、悩みあり、告白あり、怒りあり、混乱あり、葛藤あり、逆境あり、諦めあり、闘いあり、慟哭あり、絶望あり、希望あり、それでも切れることない親子の絆あり、新しい命の誕生あり、成長あり・・・・。
 この一冊から、どれだけ豊かな、熱い人間ドラマが生み出されることか。

 最後に事例を一つ紹介する。
 大阪の部落出身の30代女性Uさんの体験である。
 
 Uさんは、短大時代にアルバイト先で、のちに夫となる人に出会った。彼は、八年にわたる交際期間のなかで、Uさんが部落出身であることに気づいていたようだが、お互いにそのことについて触れることはなかった。(中略)
 結婚式は、Uさんたちの住む大阪で行われた。夫の側からの親族の出席は、ほとんどなかった。夫の親戚には高齢者が多く、郷里から出てくるのは大変だからという理由であった。Uさんは、親戚が参列しないことを、特に不審に思わなかった。
 ところが、結婚後まもなく、夫の郷里の親戚に挨拶にいったとき、Uさんを驚かせる出来事が起こった。郷里の親戚が一同に料亭に待機しており、その場でいきなり披露宴が始まったのである。つまり、Uさんには何の相談もなく、夫の親族だけを集めた二度目の結婚式が準備されていたのである。

 さらに驚いたことには、その後Uさんの義妹(夫の妹)が大阪で結婚式を挙げることになったとき、夫の親戚はバスを借り切って田舎から大挙してやってきたという。「高齢で郷里から出てくるのが大変」というのは嘘だったのである。Uさんが問い詰めると、夫は最初の結婚式の時に自分の親戚に招待状を出さなかったことを白状した。

 酷い話である。
 これから一生を共にする相手に、よくもこんな非情な仕打ちができるものだ。
 こんな夫と離婚しないでいるUさんの度量というか忍耐力には驚かされる。
 ソルティがUさんの立場だったら、途端に愛が冷めて、縁を切る。
 やっぱり、結婚には向かないタチなのだろう。
 

bonfire-2051093_1280
naobimによるPixabayからの画像



おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 母性的小説? 本:『橋のない川 第六部』(住井すゑ著)

1973年新潮社

 第六部前半は、1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災後の混乱、とくに流言に踊らされた自警団による朝鮮人虐殺の模様が描かれる。
 この頃、著者の住井すゑは東京で暮らし、結婚&作家生活をスタートしていたので、実際にその身で震災を体験し、あちこちの暴動の様を見聞きしていたのだろう。
 また、混乱に乗じた社会主義者や無政府主義者の殺害もあり、本書ではのちに満州国警察庁長官となる甘粕正彦が、大杉栄と妻子を惨殺した事件が語られている。
 甘粕正彦はベルトルッチの映画『ラスト・エンペラー』(1987)で、坂本龍一が演じた軍人である。

 後半は、年頃となった畑中孝二のいとこたちの恋愛や結婚の模様が描かれる。
 部落外の女性と恋仲になった和一、部落外の男性から求婚された七重、そして小学校の同級生だった孝二と杉本まちえ、いずれも叶わぬ恋とあきらめて、あるは独身を貫き、あるは部落者同士の結婚を選び取る。
 100年後の今でさえ残る結婚差別
 当時、部落と“一般”との通婚など、まさに橋のない激流を泳いで渡らんとする如きであったろう。
 その背景に、大正13年1月26日の皇太子裕仁(昭和天皇)と良子(香淳皇后)の結婚と奈良にある畝傍御陵参りが重ねられ、この慶事への妨害を懸念した当局によって当地の水平社の青年たちが拘束されるという不条理が起こる。
 やはり、天皇制と部落差別は切っても切れない関係にあるのだ。


皇居の桜

 
 小説を読んでいると、どうしても今井正監督の映画『橋のない川』と比べてしまう。
 リアリティにおいては映画のほうが上かなあと思うのは、小森部落の人々を美化していない点である。
 たとえば映画では、伊藤雄之助演じる荷車引きの永井藤作は、息子を虐待し娘を遊郭に売るような飲んだくれの乱暴者で、良くも悪くも八面六臂の活躍ぶりであったが、小説ではほとんど目立たない。
 映画では、若くして後家となった畑中ふで(=長山藍子)に懸想しちょっかいを出す“一般”の男が登場するが、小説ではそのようなシーンはない。
 小説では、草鞋づくりする部落の男たちの作業風景がしばしば描かれるが、そこでなされる会話は総じて上品である。セクハラ・パワハラ糾弾かまびすしい平成令和ならいざ知らず、大正時代の若い男衆ばかりの集りで“夜這い自慢”の一つもないってのはまず考えられまい。
 著者の住井が女性ってこともあろうが、「差別の理不尽を訴える」という目的のために部落の人々を美化して描いている――というより、弱者に対する母親的な愛を持って全体を包みこんでいる、という印象を受ける。

 と言ったら、ジェンダー差別になるだろうか?





● 漫画化希望! 本:『橋のない川 第七部』(住井すゑ著)

1992年新潮社

 住井すゑが30年以上にわたり書き続けてきた大作を、一ヶ月半にわたって読んできて、ようやく完読した。
 住井は第七部を出したばかりの90歳時の講演で、「第八部を書きたい」と言っていたが、ままならず、95歳の生涯を終えた。

IMG_20210307_140710


 とは言え、本作は未完というわけでもない。
 部落差別やそれと闘う人々の姿を書き続けるなら、それこそ2021年の今日まで物語は続けることが可能であろうし、希望を描くということなら、水平社創立と解放運動の全国的な広がりを描いたあたりまでで、その目的は達している。
 個人的には、第五部ですんなり終わらせてもよかったのでは?という気がする。
 第六部からはかなり理念的・思想的・政治的に、つまり理屈っぽさを増して、小説としての味わいが若干薄れているように感じるからである。
 今井正監督の映画(1969年)のように、主人公の畑中孝二とその思い人である杉村まちえを再会させて、それぞれの心になんらかの決着をつけさせて「了」としてもよかったかもしれない。
 といっても、第六部も第七部も面白く読んだが。

 全巻をふりかえっての感想を四つばかり。

 第一に、これは部落差別の物語であるだけでなく、戦前の貧しい農家の暮らしを丹念に写し取った農民文学である。
 稲作や裏作の農業の大変さ、季節ごとの自然風景や畑の景観、昔の農機具、天候とのたたかい、土に生きる人々の喜びや苦しみや忍耐や祈り、貧しい中での衣食住、冠婚葬祭、近所づきあい・・・・。
 とくに畑中家の祖母ぬいと嫁ふでが用意する日々の食事の描写(主食は粥である)には、ソルティ自身の贅沢な食生活と腹回りの脂肪を恥じ入らせるに十分なものがあった。
 住井の生家は裕福だったらしいので、おそらく、農家の長男で農民文学者であった夫の犬田卯(しげる)から学ぶところ多かったのではないか。
 全編、稲作とともにある暮らしの尊さを描いてあまりあるけれど、一方、この稲作讃歌こそが日本文化を、ひいては天皇制を、ひいては部落差別を、根底から支えるものであったという事実も見逃すわけにはいくまい。
 その構造的矛盾にまでは住井は迫っていない。
 住井が網野史学を知ったら、どう思っただろう?
 
 第二に、水平社宣言について、日本人はちゃんと習うべきである。
 それも同和教育の一環としてではなく、日本の人権史上のもっとも重要な、もっとも画期的な、フランスやアメリカのそれらと並ぶ、我が国初の人権宣言として。
 いやその前に、学校教育の中に性教育(ジェンダー教育含む)や IT 教育とならんで、人権教育というコマが必要であろう。
 真の国際化を望むならば。

 第三に、本作でたびたび言及されている天皇制の問題
 戦後も GHQ の恩恵(思惑?)により生き延びたわけだが、どうなのだろう?
 今一番天皇制で苦しんでいるのがほかならぬ皇室の人々であることは、火を見るより明らかではなかろうか?
 好きなところに住めず、外出もままならず、職業選択の自由もなく、稼ぐこともできず、好きな人と結婚することもかなわず、四六時中居場所がつきとめられ動向が探られ、思ったことを発言することもかなわず、メディアやツイッターでやり返すすべさえないのに一方的に叩かれる。
 まるで国民の奴隷のようではないか。
 ソルティは、「日本人はそろそろ天皇制から卒業すべき」、「皇室の人々を茨のしとねから解放してあげるべき」と、数十年前から思っているのだが・・・・・。

 第四に、畑中家の重鎮である祖母ぬい。
 どうしても今井正版の北林谷栄しか思い浮かばない。
 ぬいの登場シーンでは、行間をモンペ姿の北林が揺曳し、セリフの響きは北林のそれである。
 ぬいは巻数が進むほどに存在感を増し、小森部落内で若者たちの尊敬を集めるようになり、ある意味“神格化”されていく。
 もしかしたら、最初の映画化(1969年)以降、住井の筆のほうが北林谷栄のぬいを追ってしまったのではなかろうか。知らずコロッケの真似をしてしまう美川憲一のように・・・・。
 一俳優が原作小説の登場人物のイメージをこれほどまでに確定してしまったケースは、ほかに『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リー、金田一耕助シリーズの石坂浩二、『砂の女』の岸田今日子、『黒蜥蜴』の美輪明宏・・・・・それほど多くはないと思う。

 この小説の漫画化を希望する。


畑中ぬい
畑中ぬい役の北林谷栄



おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 映画:『千年の愉楽』(若松孝二監督)

2013年
118分

 原作は中上健次の同名小説。
 中上言うところの“路地”、すなわち海辺の被差別部落を舞台とする、不吉な伝承に囚われたある一族の美しき男たちの生き様、死に様が描かれる。

IMG_20210306_205437


 夭折した芥川賞作家・中上健次と『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)の若松孝二に対する敬意から見続けはしたが、かなり退屈した。
 途中で止めなかったのは、主演のオリウを演じる寺島しのぶの演技ゆえである。
 同じ役名である“お竜”を演じた母親(富司純子)の映画はずいぶん観たけれど、娘の出演作は水野晴朗の撮った『シベリア超特急2』しか観ておらず、しかも出演シーンをまったく覚えていない。
 今回初めてしっかりと観た。
 美貌の点では母親にはかなわないが、演技力では上かもしれない。
 これからほかの出演作を当たっていきたい。

 若松の演出は、室内シーンはまだ良いが、室外が良くない。
 まるでテレビのような安易な演出、カメラ回しでげんなりした。
 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』では室内シーンが多かったので、この欠点に気づかなかったのだろう。
 低予算のせいもあるかと思うが、肝心の路地という場所の空気が醸されていない。
 主要人物以外の住人の姿もなく、路地で遊ぶ子供の声すら聞こえない。
 男たちが山中で木を伐採するシーンでも、山の気というものがまるで映し撮られていない。
 中上健次が観たら、どう思っただろう?

 中本家の男たちはたんなる美形ではなく、女が放っておかないフェロモンの持ち主という設定だが、演じている役者たち(高良健吾、高岡蒼佑、染谷将太)はなるほど美形かもしれないが、性的魅力が今一つである。
 ただこれは、若松監督が男を色っぽく撮れないからなのかもしれない。
 迫力では高岡蒼佑が群を抜いている。

 ソルティは中上健次はほとんど読んでいないので、その世界観や思想を知らず、批評できる立場にはない。
 なので、この映画だけからの印象である。
 路地で生まれ育った男たちの暴力や犯罪癖、セックスや薬への依存、つまり狂った性格や破滅的な生涯を「身内に流れる高貴で忌まわしい血のせい」としてしまうのは、前近代的な言説であると同時に、一種の自己陶酔であろう。
 いわゆる貴種流離譚である。
 ソルティはむしろ、こんなに海の近くに生まれ育ちながら漁の仲間に入れないという差別的な境遇こそが、男たちを絶望させ自己破壊的な生に向かわせているように思う。
 その事実から目を背けるための救いとしての装置が「高貴な血の呪い」伝承であるならば、それはある意味、現実逃避にほかならない。
 高貴な血の呪い伝承とは、反転した天皇神話なのではあるまいか。

 ラストクレジットのBGMでは、明治維新で四民平等になったはずなのに“一般民”に嬲り殺された部落民のさまを描いた小唄が流される。
 少なくとも、若松監督にはその視点があった。 



おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 



● 京都&奈良・初春の神仏めぐり(急)

 2日目の夜は天理市にある奈良健康ランドに泊まった。
 露天風呂やサウナはもちろん、いろいろな種類の風呂があり、マンガ本の揃ったレストルームも広くてきれい。
 心地良く過ごせた。

IMG_20230228_094520
JR郡山駅前から送迎バスが出ている

IMG_20230228_094244
朝のJR郡山駅

 住井すゑの『橋のない川』を読んだときから「聖地巡礼したい」、すなわち舞台となった御所市柏原に行ってみたいという思いがあった。
 折しも昨年は水平社創立100周年にあたり、柏原にある水平社博物館がリニューアルされたばかり。
 コロナの状況や財布の状態と相談しながら行く機会を探っていたが、間宮祥太朗主演の『破戒』を観て、「今でしょ!」と決行した。 
 御所市は奈良県中部の西よりに位置し、大阪府と和歌山県の県境に近い。


第3日(2/28)奈良

09:49 JR郡山駅
10:41 JR掖上駅
11:00 水平社博物館(60分)
12:00 『橋のない川』聖地巡礼
    昼食
14:37 JR掖上駅
16:28 近鉄京都駅
17:05 JR京都駅発

IMG_20230228_151753
JR和歌山線・掖上(わきがみ)駅
無人駅である
ここから20分ほど、のどかな宅地を歩く

IMG_20230228_151647
曽我川と郡界橋
ここからは川に沿って進む

IMG_20230228_145721
住宅地の目立たぬところに建つ水平社宣言記念碑(1975年建立)
「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ」で始まる水平社宣言が刻まれている
読んでいると、「人の世の冷たさが、どんなに冷たいか」の箇所でいつも胸が詰まる

IMG_20230228_151434
水平社博物館
建物も立派だし、展示内容も充実していた。
特に、1922年3月3日の京都市公会堂での創立大会を一聴衆となって体感できるシアターが良かった。
この日こそは、日本の人権史において最も重要なメルクマール。
また、西光万吉、阪本清一、松本治一郎など水平社運動の基盤を作った人々が、晩年になってから、当時を振り返って語っている映像を見ることができる。
当事者の証言および表情は、いかなる展示物より多くを物語る。
じっくり見学したら3~4時間はかかるだろう。

IMG_20230304_170948
受付でもらった周辺マップを手にフィールドワーク
『橋のない川』の登場人物たちやエピソードを思い出しながらの聖地巡り

IMG_20230228_150009
西光寺(浄土真宗本願寺派)
西光万吉(本名:清原一隆)の生家。1748年に建立された。
部落の人々の心の拠り所であったろう。
現在、お寺の周囲は「人権のふるさと公園」となっている。

IMG_20230228_145858
境内にある西光万吉の墓
「人の世に熱あれ 人間に光あれ」

IMG_20230228_145624
いのち燦燦の塔
水平社創立90周年を記念して建立
3月3日には記念碑の穴から朝日が差し入る

IMG_20230228_145125
お寺の背後にある本馬山の一角に立つ燕神社
1921年8月28日に建立された。
万吉をはじめとする青年たちはここに集まり、部落差別をなくすための話し合いを重ねたという。

IMG_20230228_145300
彼らはこの集まりを燕会と称した。
燕が「日本国中どこに散らばっていても、春が来たら必ず戻ってくる」ように、同志はどこへ散らばっても一年に一度故郷に戻ってくるように、という思いを込めた。

IMG_20230228_145447
燕神社から掖上駅方面を望む
中央のテーブルのような山は国見山(229m)
おにぎりとゆで卵の昼食。
こんな平和でのどかな村で酷い差別があったなんて・・・

IMG_20230228_145158
燕神社より本馬川と曽我川の合流地点を見下ろす

中世において「穢多」とは、掃除や葬送、土木工事、斃牛馬(へいぎゅうば)の処理や皮革業など、「ケガレ」を清める仕事を担っていた「河原者」の異称であった。(ひょうご部落解放・人権研究所編/解放出版社発行『はじめてみよう!これからの部落問題学習』より抜粋)

「穢れ」を取る→穢取り→えとり→えた、という説もあるようだ。
ある種の宗教的職能者の一群だった可能性を示唆する。
筒井功の説を想起した。

IMG_20230228_145056
JR掖上駅にて列車待ち
2時間半の滞在のつもりが、1時間伸びた。
指定予約していた「のぞみ」に間に合わず、自由席で帰った。

今回の旅は、お稲荷さんと白鳳仏と水平社に呼ばれた旅であった。
奈良にはまだ見たことのないお寺や仏像がたくさんある。
古墳や古代の天皇の御陵にも行ってみたい。
次回は一週間くらい滞在したいなあ。
ご縁がありますように!


DSCN5857
神泉苑(京都)






記事検索
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文