ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

  フォレスト出版の××日記シリーズ

● 夢のカケラ 本:『ディズニーキャストざわざわ日記』(笠原一郎著)

2022年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 今回は、57歳までキリンビールにつとめ、その後8年間、東京ディズニーランドでカストーディアルキャスト(清掃員)として働いた男の体験談。
 子育ても終わっている。退職金も並より高いだろうし、厚生年金もある。
 他の日記シリーズに見られるような、生活費を稼ぐために嫌でも働かざるを得ない境遇にはない。
 その点では、筆致には余裕があり、悲壮感はない。
 「勝ち組」の社会科見学、といったイヤミな感想がどうにも浮かぶのは、妬みか僻みか。
 もっとも、著者の態度や文章が「上から目線」というわけではない。
 
 ソルティは、オリエンタルランドが運営するディズニーランドにもディズニーシーにも行ったことがない。
 ディズニーには興味が湧かない。
 それに人混みが苦手である。
 何十分(何分?)というアトラクションのために、何時間も列に並んで待つというのが無理である。
 本書を読んで、「へえ、そうなのか~」と思ったことがいくつかあったが、それらは生粋のディズニーファンならば当然知っていることなのだろう。
 たとえば、
  • 非日常の世界観を守るため、パーク内では迷子さがしの放送を流さない。
  • カストーディアルキャスト(清掃員)に「なにを拾っているのですか?」と尋ねると、「夢のカケラを集めています」と答えてくれる。
  • 労働組合がある。
  • 大人たちが学校時代の制服を着てパークで遊ぶ「制服ディズニー」という趣向がある。
  • 従業員は、ミッキーマウスなどのキャラクターを「かぶりもの」と言ってはいけない。
  • 昭和30~40年代に『ディズニーランド』というテレビ番組があった(日テレ系列)
 定年退職後に何もすることがないまま、家にこもってテレビを観たり、近所の図書館で暇をつぶしたりという男性が多いなかで、孫世代の若い人や事情(ワケ)ありオバちゃんらに混じって一から仕事を覚え、ゲスト(来場者)を喜ばせる裏方仕事に徹する著者の姿勢には、学ぶべきものがある。

 オリエンタルランドはたくさんのゲストに日々、夢や感動を提供している企業である。そのことは誰も否定できないだろう。
 だからこそ、オリエンタルランドにはパークを支えるキャストのことをもっと大事に考えてほしいと願っている。

 そう、「夢の国」は、25%の正社員と、75%の非正規労働者によって支えられている。
 本書の一番の読みどころは、その実態を垣間見せてくれるところにある。





おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 本:『住宅営業マンぺこぺこ日記』(屋敷康蔵著)

2022年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 今回の「日記シリーズ」は、住宅展示場でよく見かける営業マンの体験談&内幕暴露である。
 1970年生まれの著者は、大手消費者金融に勤めた後、35歳のときローコスト住宅メーカー「たまごホーム」に転職、福島県の営業所に配属され、10年間で120件におよぶ住宅建築に携わった。
 妻と二人の子持ちである。

 ソルティは家を買ったことはないし、買おうと思ったこともない。
 住宅展示場に足を踏み入れたこともない。
 もちろん、不動産や建築関係で働いたこともない。
 なので、まったく知らない遠い世界の話であり、興味深く、かつ面白かった。
 自分が「絶対に働けない、働きたくない」ようなところで働いている人を見ると、感心やら驚きやら憐憫やらの入り混じった不可解な気持ちになるものだが、逆の立場からすれば、ソルティが働いてきたような低収入の福祉NGOや介護職なんかも、「なんでわざわざそんな仕事を選ぶかね?」と不可解に思われることだろう。
 人それぞれ、関心や得意不得意や性格や人生観が違うからこそ、この世にさまざまな職が成り立ち、持ちつ持たれつ社会は回る。
 うまくできている。

 さて、内実はよく知らないながらも、住宅営業は売上げノルマに縛られるブラックな世界だろうとは思っていた。
 まさにそのとおりであった。
 男ばかりで潤いや安らぎのない、イジメやパワハラの横行するマッチョな職場。
 上からの命令は絶対の軍隊のようなピラミッド組織。
 徹底的な成果主義。
 有名無実化している労働基準法。
 使い捨てされる社員。
 社員同士の足の引っ張り合い。
 顧客のクレームに振り回される日々。

 数回あっただけの相手に数千万円の契約をさせるのは、会社の信用性もさることながら、担当営業マンへの信頼がなければ成し遂げられない。
 営業マンの人間性などはどうでもいい。あくまでお客の目に映る営業マンが信頼に足るかどうか。そういう意味で住宅営業マンはお客の前で理想の人間を演じ続ける“一流の詐欺師”でなければならないのだ。

 気になる給与面だが、著者の場合、「固定給22万円に歩合給がつく。歩合は、契約金額の1.2%を、着工時・上棟時・完工時と3分割で支給され」たとのこと。
 たとえば、3000万円の契約を取ると、36万円が歩合として懐に入る。
 この計算だと、年収1000万円を超えるには736万円の歩合給が必要であり、そのためには約6億1千3百万円の契約を取ってこなければならない。
 ひと月平均5000万円以上。ローコスト住宅なら4~5件の成約か。
 よっぽどやり手の営業マンが我武者羅に働かなければ、達成できるものではない。
 実際、著者の勤めた営業所でトップクラスの成績を誇った47歳の営業マンは、あまりの過労とストレスで急性心筋梗塞を起こし、妻と3人の子供を残して亡くなったという。
 しかも、亡くなったのは、なけなしの休日に強制的に狩りだされて参加した会社主催のソフトボール大会の翌朝のこと。
 遺族は会社相手に裁判を起こしたらしい。
 家族のためとはいえ、こんな働き方をしてはいけない。
 こんな働き方をさせてはいけない。

 一番びっくりしたエピソード。
 2011年3月11日に東日本大震災が発生した時、数キロ離れたところで家屋が倒壊し津波による甚大な被害が発生しているにもかかわらず、「本社から指示がないから」夜9時まで営業し続け、翌12日に40キロ離れたところにある福島第一原発が爆発しても社員を避難させなかった。
 14日に2回目の爆発が起きてやっと「店長判断で」営業所を閉めて避難したそうだが、後日そのことが問題視され、東北ブロックの本部長から「許可なく勝手に職場放棄した」と叱責を受けたという。
 まるで戦時中の大日本帝国ではないか。
 どうかしてる!
 こんな会社に、家族が安心して住めるホームを作る資格などない!

マイホーム

 著者は10年間勤めたところで精神的にも肉体的にも限界を迎えバーンアウト、退職せざるをえなくなった。
 35年で組んでいた自らの家のローンが返済できなくなって、家を手放さざるをえなくなり、一家は離散する。
 “一流の詐欺師”となってマイホームを売りさばいてきた住宅営業マンが、自らのホームを失うという悲喜劇。
 結末がどうなるかはここには書かないが、本書は2011年の福島を舞台とするホームドラマに脚色し、TVドラマ化あるいは映画化したら、かなり面白いものになると思う。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 本:『コールセンターもしもし日記』(吉川徹著)

2022年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 フォレスト出版の××日記シリーズを、ソルティは基本近所の図書館で借りているのだが、新刊は大人気でいつも順番待ちとなる。
 本書は予約してから3ヶ月以上待った。
 同じ日に予約した『住宅営業マンぺこぺこ日記』は現時点で5人待ち、『ディズニーキャストざわざわ日記』は8人待ちである。
 忘れた頃に通知がやって来る。

 最近は書店の平棚に並んでいる本シリーズを見ることもある。
 版元としては、10作を超える思いがけないヒットにびっくり&ホクホクだろうが、決め手はやはり中味。うまい書き手が揃っている。
 不安定な労働条件やきびしい労働環境に翻弄されながらも、決して捨て鉢になることなく家族や生活のために働き続け、若い頃夢見たのとは違ってしまった人生を粛然と受け入れようとする書き手たちの姿が共感を呼ぶ。 

 本作もコールセンターにおける仕事の実態が赤裸々に描かれて、興味深かった。
 クレーム電話の伏魔殿とも言えるコールセンターで、派遣社員として働いてきた著者(1967年新潟生まれ)の喜怒哀楽。
 食品店や相談業務や介護現場といった対人業務を渡り歩いてきたソルティ、身につまされた。
 客あるところクレームあり。
 人あるところ変人あり。
 モンスタークレーマーはどこにでもいるものだ。

モンスター
オレは悪くない!

 著者は今、コールセンターから足を洗って、障がい者の介護現場でイキイキと働いているらしい。
 介護現場もまたクレームはつきもの。
 でも、それ以上に感謝されること多く、人や社会の役に立っているという自負も得られる。
 電話とは違って、相手の笑顔も見られる。体温も感じられる。
 全身を使う仕事なので、肩や腰に気をつければ、健康にも良い。
 コールセンターの仕事で身に着けた忍耐力やコミュニケーション力が生かされているようでなによりだと思う。
 体に気をつけて頑張ってほしい。
 いや、介護現場に携わる同じ50代、互いに頑張りましょう。


 
 
おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★    いい退屈しのぎになった
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● 本:『タクシードライバーぐるぐる日記』(内田正治著)

2021年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

 シルバー・プロレタリア文学シリーズのラスト(今のところ)を飾るは、15年間の都内タクシー運転手生活を綴った一編。
 著者は1951年埼玉生まれ。
 家業である雑貨会社が倒産したのを機に、大手タクシー会社に雇われることになった。

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 タクシー運転手ほど、さまざまな人間の裏の顔をのぞく機会に恵まれた職業はないと思う。
 車内は一種のプライベート空間であり、乗客は運転手を空気のような存在とみなしがちだし、深夜や飲み会の後などの人間がもっとも素をさらしやすい現場に関わるからである。
 本書でも、人を人と思わないような態度をとる大手広告社社員やドラマ撮影中の女優、朝のワイドショーに出ている有名コメンテーターの話が登場する。
 また、吉原のソープランドで働く女性たち、助手席に乗り込み著者に熱い視線を送る上野界隈のオネエさん、「できれば乗せたくない」その筋の人たち、銀座のホステスと常連客との「タヌキとキツネの化かし合い」、乗車料ふんだくりの詐欺師、上野から富山まで8時間かけて送った客(料金20万円)の話など、興味深いエピソードてんこもりで楽しく読んだ。
 嫌な客、困った客は多いだろうし、朝から深夜まで一回18時間勤務はつらいと思うが、人間観察の場としては最適だろう。
 タクシー運転手を主人公とした探偵小説(ドラマ)があってもいいんじゃないか?

 タクシー運転手の就労形態も良く知らなかったので、興味深かった。
 たとえば、
  • 一台の車を二人で交互に使う。
  • 営収(メーター総計)の60%がその日の手取りとなる。
  • 基本18時間勤務で、一ヶ月12回の出番。
  • 休憩時間はちゃんと取らなければならない(レコーダーに記録される)。
  • 燃料(LPガス)は満タン返ししなければならない。
  • 無線連絡「大きな荷物の忘れ物があります」は都内での事件発生を知らせる隠語。
  • 黒タク運転手は優良乗務員のしるし。(著者は黒タクをまかされていた)
 地理オンチで、腰痛持ち痔持ちのソルティは、長時間の座位が課せられるタクシー運転手はできない。加えて、飛蚊症と羞明と夜盲症があるから、雨の日や夜間は危険である。
 そもそも何十年もペーパーなので、今さら運転を始めても人を乗せるなど怖くてできない。
 著者も一過性黒内障の疑いで視力に自信がなくなり、退職を決めたという。
 お疲れ様でした。

タクシー運転手

 これでシルバー・プロレタリア文学シリーズ既刊8冊をすべて読み終えた。
 つくづく思うに、「世の中に楽な仕事なんかないなあ~」

 会社勤めは人間関係やノルマ、顧客や取引先に悩まされるし、フリーの仕事は不安定な立場におびやかされるし、福祉など対人相手の仕事は身心のきつさを伴う。

 かと言って、まったく働かないでいる日々を長期間過ごすのも結構しんどいものである。
 ソルティは過去に数回失業して無職になった。
 最初のうちは勤めから解放された自由を満喫していたが、おおむね三ヶ月過ぎると、昼夜逆転して怠惰になってくる。退屈と同時に、社会に組み込まれていない不安や後ろめたさが忍び寄ってくる。(気の小さいヤツ)
 そういうときに心の安定を保つ助けになった一つは、このブログであった。
 毎日一記事書くことを日課としていた。
 失業保険が切れると、蓄えもないので重い腰を上げてハローワークに行き、次の仕事探しを始めるわけだが、もし働かなくてもいいくらいの財産や定期収入があったら、どうなるだろう?
 よほど固い意志がないと、退廃した日々を送ることになりそう。
 日々の仕事が、規則正しい生活や他人との交流機会や緊張感をつくり、心身を健康に保つ鍵となっているのは間違いない。

 本シリーズを読んだあとでは、街で見かける交通誘導員やタクシードライバー、住宅地で見かけるメーター検針員や介護職員やマンション管理員、旅先で見かける派遣添乗員などに、これまでよりずっとやさしい視線を送れそうな気がする。
 当ブログで洋書を紹介する時は、翻訳者の名前も列記するようにしよう。

 良いシリーズであった。 
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● シルバー・プロレタリアたち 本:『メーター検針員テゲテゲ日記』(川島徹著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 「テゲテゲ」とは鹿児島弁で「適当に」という意味で、「テゲテゲやらんな」(=あまり一生懸命やらなくてもいいんじゃない?)というふうに使うそうだ。
 著者は1950年鹿児島生まれ。巨大企業Q電力(←九州電力しかないじゃん)の下請け検針サービス会社にメーター検針員として勤務。勤続10年にして解雇される。

 検針員は、巨大Q電力や巨大T電力の正社員や派遣社員ではないにしても、少なくとも下請け会社の社員だと思っていたら、一人一人が年間契約による業務委託員。つまり、厚生年金も社会保険も労災も適用されない個人事業主なのだという。“一国一城の主”と言えば聞こえはいいが、ソープランドで働く女性たちとその不安定な立場は変わらない。実入りに関して言えば、一件40円で一日せいぜい250件(日給1万円)の検針員は、到底ソープランド嬢に敵わない。同じく針を扱う商売にしても。(←バブル親父ギャク炸裂!)

 酷暑の日も、風雨の激しい日も、雪や火山灰舞い散る日も(鹿児島ならでは!)、バイクにまたがり、ハンディ(検針用の小型携帯コンピュータ)片手に家々を訪問し、一般に目立たぬところにある電気メーターを探し、見づらい数値を読みとり、犬に噛まれハチに刺され、家人に不審の目を向けられ、やれ「植木鉢を倒した」だのやれ「洗濯物を汚した」だのやれ「挨拶もなく無断侵入した」だのと苦情を上に持ち込まれ、誤検針を年に10件もやるとクビになる。
 テゲテゲ働きたくてもなかなかそうはいかない10年間の苦労が描き出されている。
 この業界の内幕はまったく知らなかったので、非常に興味深くかつ楽しく読んだ。
 作家を目指して年収850万の外資系企業を40半ばで辞めたという著者の文章は、なかなかユーモラスで、情景が浮かぶような筆致が冴えている。

検針員
 
 ソルティもむろん子供の頃から時たま家を訪れる検針員の姿は目にしていた。アパートで一人暮らししている時も、仕事から帰るとポストの中にスーパーのレシートのような「電気ご使用量のお知らせ」が入っていて、「今日検針が来たんだなあ」と知った。
 しかるに、一昨年実家に戻ってからは検針員の姿を一度も見ていない。「電気ご使用量のお知らせ」の白い紙も見ていない。
 本書を読んでそのことにハタと気づいた。
 検針員さんはどこに行ったの?

 あと数年で電気メーターの検針の仕事はなくなってしまう。
 スマートメーターという新しい電気メーターの導入で、検針は無線化され、電気の使用量は30分置きに電力会社に送信されるからだ。

 すでに多くの家庭はスマートメーターに切り替わっているという。
 すぐさま実家の電気メーターを確認したら、アパートにあったものとは見かけが違っている。
 その名の通りスマートで、ITチックになっている。

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スマートメーター

アナログ電気メーター
かつての電気メーター
透明な容器がキカイダーを思わせる

 明治時代の街灯はガス燈であった。点消方(てんしょうかた)という専門職が、点灯や消灯、部品交換などのメンテナンスを行っていた。点灯夫とも言った。
 その姿は街灯が電気に切り替わるとともに街から消えていった。
 あるいは、ソルティが子供の頃、家のトイレは汲み取り式だった。便器の下にある便槽に溜まった糞尿を、定期的に業者が汲み取りに来た。先に野球ボールをはめ込んだ緑色の長いホースを大蛇のようにくねらせて、作業服に長靴を身に着けた男が門から侵入して便所のある家の裏手に回る。大蛇が飲み込んだ家人の糞尿は、ホースをたどって、車体に付いた大きな緑色のタンクの中に吸い込まれていく。 
 水洗トイレになって、その姿も消えた。
 それと同じように、ITの導入がメーター検針員を日本から消していく。
 本書が、失われた職業の証言になる日も近い。

 この三五館シンシャ、フォレスト出版による3K仕事シリーズを、『ケアマネジャーはらはら日記』の著者である岸山真理子氏がプロレタリア文学と評したのに、ソルティは膝を打った。
 いみじくも本書の「まえがき」で著者の川島徹はこう記している。

 低賃金で過酷で、法律すら守ってくれない仕事がどこにでも存在しつづけ、そこで働く人たちも存在しつづける。
 ただ、そうした仕事をしている人たちも、自分の生活を築きながら、社会の役に立ち、そして生きていることを楽しみたいと思っているのである。過酷な仕事の中にも、ささやかな楽しみを見つけようとしているのである。それが働くということであり、生きるということではないだろうか。

 
 本シリーズの著者の多くは、どちらかと言えば高学歴で、かつては“恵まれた”労働環境で高給をもらっていた人である。理由は各人それぞれだが、自らそういった環境を離れて、きびしい生活に入り込んでいった。
 それを「落ちぶれた」とか「人生を誤った」とか「若気の至り」と言うのは当たらないと思う。
 本シリーズで表現される庶民の哀歓と人生の機微を、Q電力やT電力のような大企業に守られている社員たちは、決して知ることがないだろう。 
 本シリーズをシルバー・プロレタリア文学と称したいゆえんである。




おすすめ度 :★★★★

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もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 本:『非正規介護職員ヨボヨボ日記』(真山剛著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 この介護職員編こそは、ソルティが実態を良く知る、共感の高い一編である。
 ここに書かれていることのほとんどは、五十歳近くなってからヘルパー2級を取得し高齢者施設の介護職員となったソルティも、現場で体験し、感じ、戸惑い、考えたことであった。
 1960年生まれの著者の場合、56歳から介護の世界に足を踏み入れたというから、慣れるまでは心身共に、ソルティ以上にきつい日々であったことだろう。

 年下の同僚になめられ叱られ、職場のお局様のご機嫌を伺い、仕事がなかなか覚えられず何もできない自分に苛立ち、利用者からの罵倒や暴力に耐え、認知症患者の突拍子もない言動に振り回され、利用者家族の理不尽な要求に辟易し、利用者と会話する暇さえない寸刻みの業務に追われ、腰や肩の故障におびえ、夜勤で狂った体内時計に頭が朦朧とし、転倒事故や誤薬や物品破壊の始末書をため込み、安月給に甘んじ・・・・。
 こうやってエッセイを書けるまで余裕ができたことを祝福したい。

 ――と書くと、「いいことなんか一つもないじゃん」と思われそうだけど、それでも介護職を続けることができるのは、著者が「あとがき」でも書いているように、「人と関わること」の面白さなのだろう。
 それも、家族やパートナーのように“深く長く”関わるのではなく、施設という閉鎖空間で、利用者が死ぬまであるいは退所するまでの短期間だけ、“濃く短く”関わるところにポイントがある。
 通常の人間関係なら長いつきあいののちに初めて見せてくれるようなありのままの姿を、死期の近い老人たちは年若い介護職員たちにさらけ出してくれる。
 人間の良い面も醜い面もすべて――。
 それを役得と感じられるような人が、介護職を続けられるのだと思う。

 心身の故障で現場を退いてしまったソルティであるが、たまにあの修羅場のような、コールが鳴り響くフロアを懐かしく思うことがある。
 数秒で正確にオムツを当てる神業のようなテクニックが、今やすっかり錆びついているのを、もったいなく思う。
 認知症の人たちとの不思議なコミュニケーション空間を貴重なものに思う。 
 それにあの頃はいくら食べても太らなかった。
 


おすすめ度 :★★★

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もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● 本:『派遣添乗員ヘトヘト日記』(梅村達著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 このシリーズを手に取るのもこれで5冊目。
 ケアマネ翻訳家交通誘導員マンション管理員、いろいろな業界の内幕を楽しませてもらっている。(あとは介護職員、メーター点検員、タクシー運転手が残っている)

 書き手が20~30代の夢と野望あふれる若手ではなく、第一線で活躍するバリバリの40~50代でもなく、いくつかの業界で荒波をくぐって来て人生の酸いも甘いも知った60~70代の人間であることが、本シリーズのユーモアとペーソスまじりの渋い味わいを生んでいる。
 それぞれの現場で、取引先との関係に苦慮しながら、舞い込んでくるクレームに追われ頭を下げながら、低賃金や時間外就労などの劣悪労働条件をぼやきながら、一歩引いた大人の目でもって業界と人間と自分自身とを観察しているあたりが、やっぱり「亀の甲より年の功」という気がする。
 だから、それが3Kと呼ばれるような仕事であっても、派遣や非常勤であっても、悲壮な感じはしない。
 伊波二郎によるヘタウマ感あるイラストがまた、本シリーズ人気の理由であろう。
 ソルティは図書館で借りているが、どの本も予約待ちのことが多い。

 今回の書き手は、団体旅行の添乗員を15年以上やっている60代後半の男。
 映画制作、塾講師、フリーライターなどの世界を渡り歩いてきたという。
 国内旅行、国外旅行、修学旅行、社員旅行、日帰りツアー、関連イベント手伝い等々、いろいろな現場で著者が見聞きした愉快なエピソード、旅行先で起こった様々な珍事やヒヤヒヤや思いがけない感動、委託元である旅行会社との気を遣うやり取り、楽しく読ませてもらった。

トラベルトラブル


 ソルティも旅行好きなほうであるが、成人してからは団体旅行というものに参加したことがない。
 あらかじめスケジュールが決まって、時間と行く先が自由にならないというのが性に合わない。旅先では気分次第で動きたい。
 それに、団体旅行は人気の高いスポットをめぐることが多いので、どこ行っても混雑する。これがまたストレスである。
 国内国外問わず、圧倒的に閑散期をねらった一人旅が多かった。
 
 しかるに、年をとったらそう言ってもばかりいられないかもしれない。
 足腰が弱って、頭も働かなくなり、宿の予約や飛行機の手配など自分で段取り付けるのも億劫になり、加えて人恋しくなってくれば、団体旅行の便利さと賑やかさが好ましく思われてくるのかもしれない。
 これまで添乗員さんの世話になることはなかったけれど、今後はあるかもしれない。
 その時には旅の終わりに添乗員さんにあたたかいねぎらいの言葉の一つでもかけてあげよう。

 コロナ禍で一年半以上の旅行自粛が続く中、添乗員の仕事も閑古鳥だったろう。
 本作の印税が少しでも著者の生活の助けになっていればよいのだが。
 (――って図書館で借りたお前が言うな!)



おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損

 
 

● 本:『マンション管理員オロオロ日記』(南野苑生著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 著者は、妻と共に住みこみでマンション管理員をしいる72歳の男。
 かつては広告代理店勤務で「空気を商売にしている」ようなバブリーな生活を送っていたが、思い切っての独立後、不況で経営に行き詰まる。
 ホームレス寸前までいった59歳の時、マンション管理員に転身する。
 これまでに関西地区の三つのマンションを渡り歩いてきた。
 
 ソルティはマンションに住んだことがないので、管理員の大変さを知らなかった。
 いや、住んでいる人でも知らない人は知らないであろう。
 共用スペースの切れた蛍光灯を取り換えたり、ゴミ収集所の管理をしたり、駐車場・駐輪場に目を光らせたり、建物周囲の植え込みに水をやったり、留守宅の宅急便を預かったり、定時巡回したり・・・・日々そんなことをしているんだろうなあというイメージがあった。
 どのマンションでも定年退職者らしき高齢者が従事しているのは見知っていたので、「それほど骨の折れる仕事ではあるまい」と思っていた。
 小中学校の用務員さんみたいなイメージだ。(と言って小中学校の用務員の実情をよく知らない。本シリーズで、『学校用務員グダグダ日記』を企画してはくれまいか)
 
 本書を読むと、日課となっている上のような基本業務――ただし宅急便の預かりはやってないようだ。マンション住人は私用を管理員に頼んではならないと決まっているのだ――はそれほど大変でもなさそうだ。
 なんと言っても、大変なのはクレーム対応。
 著者によれば、集合住宅の三大クレームは、①無断駐車、②ペット、③生活騒音、とのこと。
 ほかにも、器物損壊、上階からの水漏れ、悪臭、共用スペースの私物化、自殺志願者(自殺名所となっているマンションは多い)、認知症老人の世話、住民同士のいざこざ、敷地内の緑地にあるベンチで昼間からイチャイチャする高校生など、四方八方からさまざまな事件やクレームが飛び込んでくる。
 他の住民のためにもなる正当なクレームならまだしも、クレームのためのクレームすなわちモンスタークレーマーがいた日には、うんざりを通り越して疲弊するばかりである。
 通常の場合、管理員も他の勤め人同様に9時-5時で雇われているので、勤務が終われば仕事から解放される。
 が、著者夫婦のような住み込みの場合、ほとんど24時間対応に追われることになる。
 
 騒音問題の仲裁であったり、部屋で暴れる奥さんの緊急対応や立ちション目撃者からの通報などなど、日ごろのウップンの聞き役であったり、癪にさわることを注意してもらおうという人たちの受け皿、もしくは苦情承りと目されているのが、マンション管理員の実情なのである。

 
 マンション管理員を雇っているのは管理会社で、管理会社と契約しているのはマンションの理事会である。
 なので一般に管理員は、管理会社の当該物件担当者であるフロントマンに逆らえず、フロントマンは理事会とくに理事長には逆らえない。
 管理員は、フロントマンと理事長の顔色を見ながら仕事をしなければならない。
 これがまためんどくさい。 
 著者が二つ目に勤めた大阪のマンションでは、フロントマンと理事長が結託して住民から集めた管理組合費の私的流用をするわ、それを咎めた著者を煙たがって時間外労働を押し付けるわ、裁判も辞さない覚悟で法令遵守を訴えた著者にヤクザまがいの台詞で脅すわ、さんざんな目に遭ったようだ。
 むろん著者はそこを即刻辞めたのであるが、分譲マンションの住民は簡単には逃げられない。
 こんな腐っている理事会と管理会社をもつ住民こそ哀れである。

集合住宅

 
 著者は京都と大阪のマンション管理員を経験してきたようだが、「どこの地域にある、どの社会階層(収入・学歴・年代・国籍など)が住むマンションか」によって、管理員の大変さもずいぶん異なってくるだろう。
 管理員の大変さは、地域の治安レベルや居住者の“民度”に左右されるところが大きい。
 もっともそれは、たとえば警察(交番)、お役所、学校、介護施設など地域住民を相手とする他の仕事にも共通するところである。
 著者の紹介するエピソードには、自転車のサドル狙いの暴走族やら、その筋の男(暴力団員)やら、詐欺を稼業とする夜逃げ一家が登場する。
 なかなかの修羅場地域とお見受けした。
 
 ソルティはマンションにこそ住んだことはないものの、集合住宅(賃貸アパート)は何件か渡り歩いた。
 都合、25年くらいになろうか。
 本書を読みながら、これまで住んだアパートで体験したいろいろな被害が走馬灯のように浮かんできた。
 隣室の騒音(アノ時の声含む)、自転車盗難、上階からの水漏れ、ガス漏れ、ぼや騒ぎ、警報機の誤作動、水道管の凍結と破裂、自殺、救命救急、洗濯物盗難(なぜ三十路の男物を?と当時思った)、ストーカー大家による室内無断侵入、シロアリ、ペットに対する苦情(これは無断で猫を飼っていたソルティが悪い)・・・・・。

 ああ、なつかしい。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 

● 一粒で二度おいしい 本:『ケアマネジャーはらはら日記』(岸山真理子著)

2021年フォレスト出版

 『交通誘導員ヨレヨレ日記』、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』に続く「3K仕事、内幕暴露日記シリーズ」の3作目。
 今回の3Kは「きつい、気骨が折れる、空回り」か。

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 一読、非常に面白かった。
 むろん、ケアマネジャー(介護支援相談員)は介護畑で働くソルティにとって関係の深い職種だからではあるが、それを抜きにしても、読み始めたら止められないスリル満点の展開が待っていた。
 まさにタイトル通り“はらはら”した。
 著者の岸山はケアマネ歴20年のベテランとあるが、物書きとしての才もなかなかのものではなかろうか。

 ケアマネは介護保険のキーパーソンと言える存在である。
 介護保険サービスを使っている人のすべてに、必ず一人の担当ケアマネがついている。
 ケアマネは、利用者の心身の状態や生活環境、経済状態などを見て、介護の必要度を判断し、利用者や家族の希望をもとにケアプランを立てる。
 そのケアプランにしたがって、訪問ヘルパーやデイサービス、歩行器・車椅子などの福祉用具、介護施設の利用といったサービスが提供される。
 良いプランであれば、利用者の健康に資するものとなり、介護サービスを使いながらその人らしい自立した生活を送ることができる。
 悪いプランであれば、利用者の心身の状態は悪化し、ますます介護度が重くなって、死期を早めてしまいかねない。
 「老いと死の最前線」にいるケアマネは、利用者の命や健康の手綱を握っている。

 本書の前半では、岸山がケアマネになるまでの半生と、これまでに担当者として関わった高齢者たちのエピソードが語られる。
 20~30代は非正規の単純労働の職を転々としていて、40過ぎてから正規雇用の介護職に就き、47歳からケアマネとなった岸山のふらふら半生が面白い。(ソルティとよく似ていて共感大)
 ケアマネは彼女にとって天職だったのだろう。
 以後はケアマネ一筋で、たくさんの利用者と出会い、ひとりひとりの生活を支えてきた。
 68歳になる今も現役である。

 いっさいの介護サービスを拒む人、ケアマネにこれまでの人生で積りに積もった怒りをぶつける人、老々介護の危うさ、認知症の親に振り回され消耗する子供たち、ゴミ屋敷の住人、80代の親が認知症で50代の子供が精神障害の8050家族、介護給付費を抑えたい行政との不毛なやりとり、一人暮らしの親の介護に関わることを拒絶し「死ぬまでは一切連絡するな」という子供たち・・・・。
 いまの日本社会の縮図がここにある。
 超高齢化と少子化、家族の崩壊、地縁の消滅、個人主義、親世代から子世代・孫世代への貧困の連鎖、不安定な雇用、精神障害者の増加、定年後の生きがいの喪失・・・・。

 ケアマネは、利用者の墜落を恐れる。墜落しないようにあらゆる施策をとり、どこかに不時着させなければならない。
 しかし、墜落しないまでも、いつ墜落するかわからない低空飛行がどこまでもどこまでも続く場合が多い。ケアマネの迷いながら、戸惑いながらの日々も、利用者の飛行とともにどこまでも続いていく。

イカルスの失墜
マルク・シャガール「イカルスの失墜」


 岸山が出会った様々な利用者のエピソードはたしかに興味深く、考えさせられること多く、家族ドラマ・人間ドラマとしても、日本社会を映すドキュメントとしても、とても読み出がある。
 また、ひとりひとりの利用者に親身に寄り添い、彼らに代わって行政や大家と喧嘩し、休日返上で駆けずり回る岸山の熱心な仕事ぶりにも感心する。
 しかし、まあこれは想定内である。
 本書の何よりの面白さは、後半以降の岸山自身に起こった“すったもんだ”の一部始終にある。
 
 岸山は地域包括支援センターという、各地域にある高齢者の総合相談窓口の代表者として長年働いてきたが、定年になって延長希望叶わず、追い出されてしまう。
 その後、別の地域の同じ包括支援センターに採用されるも、職場内のコミュニケーションがうまく行かず、思うように経験や実力を発揮できず、つまらないミスを重ね、しまいには村八分のような目にあって辞職を余儀なくされる。
 本書前半における岸山のイメージ――利用者思いで、相談能力に長け、フットワーク軽く、さまざまな社会資源を熟知した海千山千のベテランケアマネ――が、ここに来てガタガタと崩れていく。
 この落差がすごいのだ。

 その秘密はおそらく、岸山が注意欠陥・多動症(ADHD)と軽度の学習障害を持っていることにあるらしい。(本人も自覚している)
 グザヴィエ・ドラン監督の映画『Mommy/マミー』(2014)はADHDの少年の話であるが、この障害は次のような症状が特徴と言われる。
  • 簡単に気をそらされる、細部をミスする、物事を忘れる
  • ひとつの作業に集中し続けるのが難しい
  • その作業が楽しくないと、数分後にはすぐに退屈になる
  • じっと座っていることができない
  • 絶え間なく喋り続ける
  • 黙ってじっとし続けられない
  • 結論なしに喋りつづける
  • 他の人を遮って喋る
  • 自分の話す順番を待つことが出来ない
 (以上、ウィキペディア『注意欠陥・多動性障害』より抜粋)
 
 思うに、おそらく岸山自身がまったく気がつかないところで、周囲の同僚たちや仕事関係者、もしかしたら利用者たちも、岸山の言動を奇異に感じたり、困惑したり、ストレスを感じたりということがあったのかもしれない。
 本書の記述だけ読むと、岸山が周囲の冷たい人間たちからいじめを受けた被害者のように見えるけれど、周囲にはそれなりの言い分があるのだろう。

 と言って、もちろん、ADHDの人はケアマネになるべきでない、管理職に就くべきではない、なんてことではまったくない。
 ADHDや学習障害はその人の個性であり、当人が困ってない限りは無理に治す必要もなく、病気に関する周囲の理解と寛容な心があれば、生き生きと仕事をすることは可能であろう。
 つまり、岸山の場合、どうもその環境に恵まれなかったのではないかと思うのだ。
 今働いている居宅介護事業所「雀」において、ようやく安住の地を見つけたらしいことが最後に語られている。(居宅介護事業所とはケアマネの巣である)

 10年間働いた地域包括支援センターで定年延長してもらえなかったのも、次に就職したセンターを追い出されたのも、私の弱点によりパフォーマンスが悪いせいだった。
 しかし、「雀」では同僚たちに導かれ、助けられながらも仕事は滞らず、なんとか回っている。
 あらためて注意欠陥・多動症への対策は環境が決め手であることを痛感した。
 「雀」では誰も私を責めない。叱らない。蔑まない。

 本書は、ケアマネジャーという3K仕事の内幕や我が国の介護現場の現実について読者に伝えてくれるとともに、ADHDという障害を抱えて生きる人の苦労やものの見方・感じ方を教えてくれる。
 一粒で二度おいしいような本である。


道頓堀



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 

● 本:『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(宮崎伸治著)

2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 別記事で紹介した『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一著)と同じ「3K仕事、内幕暴露日記シリーズ」(ソルティ命名)の一冊。

 副題に『こうして私は職業的な「死」を迎えた』とある通り、イギリスへの留学経験含め英語力を身に着けるための熱心な武者修行の果てに憧れの出版翻訳家になった著者が、一時は訳者として関わった本(スティーブン・R・コヴィー著『7つの習慣』)がベストセラーになり多額の印税と“引く手あまた”の栄光を手に入れるも、出版業界の独特にして理不尽きわまる慣行に振り回されて怒りとストレスをためてバーンアウト、ついには翻訳業から手を引く決心をするまでの波乱含みの経緯を記している。
 この場合の「3K」とは、「きつい、契約がずさん、金にならない」だろうか。

 10代の頃から創元推理文庫や早川書房の本格ミステリーが好きで、大学では英文科に籍を置いたソルティも、「翻訳家になろうかな」と一時思った(魔が差した)ことがある。
 自らが発見した欧米の傑作ミステリーを、自らの手で訳して紹介し、それが書店に並んでベストセラーとなって、優雅な印税生活ができたら素晴らしいじゃないか、と夢想したのである。
 出版社に言われた締切りさえあるものの、好きな時に好きな場所でマイペースで仕事できて、会社勤めのような人間関係に悩まされないところもポイント高かった。
 しかし、どうやったら翻訳家になれるんだろう? 
 どうやって仕事を手に入れるんだろう?
 食っていけるだけの収入はあるのだろうか?
 そんな疑問が胸をよぎった。

 本書の魅力の一つは、そういった疑問に十分こたえてくれているところである。
 出版翻訳家という職業の実態と過酷な労働事情と出版業界の闇(病み)――とりわけインターネットが登場して「出版不況」が叫ばれるようになってからのジリ貧――を教えてくれる。
 なるほど、翻訳家にならなくて良かった・・・。

 私は本書で、ただ単に自分の不遇を嘆きたかったのではない。私には何がなんでも伝えたかった重要なメッセージがあった。
 ひと昔前までの私は金銭欲も名誉欲も旺盛な俗物であった。だからこそ欲望に惑わされて関わってはならない人や出版社と関わり、さまざまな「地獄」に陥った。そしてその「地獄」の底で私は金銭も名誉も幸せを保証するものではないことを悟った。

 著者は現在、警備の仕事をしているという。
 もとい警備の仕事を馬鹿にするわけではないが、著者が時間と金と気力をかけて長年磨き上げた英語力が活用されないのは、とてももったいない気がする。(ハッ!自分もそうか
 本書の発行を機に、新たな仕事とこれまでとは景色の異なる人生が展開することを祈念するものである。
 著者自身がかつて霊感と驚異的な集中力でもって訳した成功哲学の聖典『7つの習慣』の真価を、いまこそ見せてほしい。



おすすめ度 :★★★★

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